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タイトル:天使と悪魔―日常の最中― アクション

――英国での任務を終え、帰国した水亜に下された次なる任務。それは、人身売買を生業とするブローカーに誘拐された、サウジアラビア国王の息子の奪還というものだった。果たして彼女は、此度の任務も無事に遂行することができるのか……という話はさておいて、久しぶりに帰ってきた日本での和やかな日常を描いた最初のパート(´・ω・) そして、注目すべきは今作より開始されたボブの子育て日記。むしろそっちが本編とか、言ってあげないでくだしあ(・ω・;)

月夜 2011年01月18日 (火) 15時19分(222)
 
題名:天使と悪魔―日常の最中―(第一章)

――日本、芹沢ビル6Fオフィス、8/7、現地時間8:00――


「おはよーございまーす」
オフィスへの扉をくぐり、我ながら気の抜けた声で朝の挨拶をこなす。
だが、お世辞にも部署内で人気のある方ではない……いや、正直に言おう。
大多数に好かれていない私だ。
ほとんどの同僚は、手持ちの資料やパソコンの画面に目を向けたままで、返事をする者はほとんどおらず、返ってくる挨拶も義務的なものだけだった。
「あ、先輩。おはようございます」
「おはよー、みーちゃん」
そんな中、しっかりと私の方を向き、笑顔で出迎えてくれるのは、やっぱり聖と絢音の二人だけだ。
……しかしその二人も、今朝は少し様子がおかしい。
まだ就業時間には幾分余裕のある今の時間、いつもなら自分の机の前で、両者揃って気だるそうに背もたれに身を預けているか、もしくはパソコンをインターネットに繋いでカタカタやっているのが常。
だが、今朝は二人して机の前にはおらず、椅子だけを動かしてお互いに向き合う形になっていた。
そんな両者の手には、何やら小型のゲーム機らしき物が握られており、視線は既に私から逸れ、そちらへと向けられている。
「あーっ! ちょっと、今の何ですか!? 寝てる相手に攻撃しつつ自分は回復とか、卑怯ですよ!」
「ふはははは! 勝てば良い! どんな手を使おうとな!」
「……あんたら、何やってんの?」
聖の側に歩み寄り、横からその手元を覗き込む。
光の反射のせいで、ここからでは良く見えないが、ウルトラマンのカラータイマー点滅を連想させる、テコンテコンという断続的な電子音が、何かの危険を知らせている。
ちなみに、その音源は聖のゲーム機の方だ。
「ポケ○ンの通信対戦ですよ」
私の問いに答えながらも、依然として画面から目を逸らさない聖。
「あぁっ! もう何ターン寝続けるつもりだよ、この役立たずは!」
「クックック……眠ってる間にやりたい放題やられちゃって、ねぇどんな気持ち? どんな気持ち?」
「ぐぬぬぬ……」
……楽しそうね、あんたら……って、そうじゃなくて、
「……あんたら、朝っぱらから、しかも職場で何やってんのよ」
「さっきさっちゃんが言ってたっしょ? ポケ○ンの通信対戦……」
「いや、そういうことじゃなくて」
さも当然のように答える絢音の言葉を、全部言い切るのを待たずにピシャリと切り捨てる。
私が聞いてる何は、そういう意味じゃないから。
朝も早くから、このバカときたらまた絶好調ね。
「まだ仕事の開始時間前ですし、問題ないと思いますけど?」
あぁ、こっちのバカにはちゃんと伝わってたみたいね。
とはいえ、回答はバカ丸出しなんだけど。
「あのねぇ……そういう問題じゃないでしょうが。大体、就業開始時間ってのは、その時間から仕事を始められるようにって意味で定められてるのよ。5分前には、事前準備を終えてもうスタンバってるのが、社会人のあるべき姿ってもんよ」
「おー、まさかそれをみーちゃんが言うとはねー」
「先輩、その理論でいくと、月の半分くらいは、社会人としてあるまじき姿を晒してることになっちゃいますけど」
「う゛っ……」
こ、こいつら……揃いも揃って、ここぞと反撃してきおってからに……。
「だ、だとしても! 就業開始時間ギリギリまで遊んでるだなんて、褒められた行いじゃないわよ!」
「でも、先輩の言ってることに従うなら、事前の準備さえしっかりしてれば、5分前までは遊んでても問題ないってことでしょう?」
「そ、それは……」
「私たちのことをとやかく言うより、みーちゃんこそ早く準備した方が良いんじゃない? 着替えとかもまだなんだし」
「着替えなんて、そんなのコートを脱げば……」

――ババッ。

「はい、完了っと」
コートの下には、予め制服を着込んでおく。
こんなの常識よね。
「……冬場に体育がある日の小学生とかじゃないんですから……」
そんな私のことを見つめる、呆れ混じりの聖の眼差し。
「……あれ?」
それが、不意に訝しげに細められた。
「ん? どうかした?」
「いや、えっと、その……」
と思ったら、途端に口ごもり、様子を伺うように、こちらをちらちらと盗み見始める。
おかしな奴ね。
「……みーちゃん、もしかして今朝、いつも以上に慌ただしく家を出たんじゃない?」
「え? なんで?」
「いや、ただそう思っただけなんだけど……」
「……」
実のことを言うと、今日はちょっと二度寝をしてしまい、普段より急ぎ気味に家を出ている。
しかし、別にいつもの電車に間に合わなかったという訳でもないし、駅に着いてから後はいつも通りだ。
息も上がってないし、汗もかいてないし、衣服が乱れているということもない。
なら、どうして気付かれたんだろう?
「あれ? 違った?」
「いや、そうだけど……何で、あんたがそんなこと知ってんのよ」
「あ〜、やっぱりぃ? そんな気はしたんだけど、やっぱりそうだったんだ〜?」
憎たらしい笑みを浮かべながら、横目でこちらを見つめる絢音。
朝っぱらから、何とも良い笑顔だ。
例えるなら、問答無用で鼻の頭にグーパンを叩き込みたい顔ね。
「……何よ、ニヤニヤして、気持ち悪いわね」
「そりゃだって……ねぇ〜?」
「あ、えっと、その……」
絢音の言葉に、否定するとも相槌を打つともせず、ただあたふたと戸惑うだけの聖。
本当に、一体何だと言うんだ。
「それじゃ、もう一つ当ててあげるー。みーちゃん、昨日のパジャマ、鳥さんの絵柄でしょ?」
「!? な、何であんたがそんなこと……っ!?」
ま、まさか!?
慌てて上体を前のめりに倒し、足の部分に目線を落とす。
そこには、制服のロングスカートの裾からはみ出して見える、愛用のパジャマの端の部分が。
……なるほど。
つまり、私は今朝、慌て過ぎていた為に、パジャマの上からスカートをはいてしまったと。
とはいえ、外ではコートを羽織っていたから、その間は特に誰の目にも触れなかった訳で。
ただ、出社してコートを脱いだ今、そのだらしない姿が露わになった訳で。
で、その様を、目の前にいるバカ二人が、黙って見つめている訳で。
「……」
「あ……えっと……」
沈黙する私と、未だに動揺しっ放しの聖との目が合う。
しかし、それは一瞬。
直ぐに、気恥ずかしさからか何なのかは定かでないが、私の顔から目を逸らす聖。
そして、その視線が向けられた先は――。

「――っ!? どこ見てんのよっ!!」
気付いた時、私は反射的に振り上げた足を、思い切り振るっていた。

――ドゴッ!

肉を叩く不気味な濁音。
「へぶぁっ!?」
それに続き、悲痛な呻き声を上げる聖が、椅子ごと後方に吹き飛んだ。

――ドガシャアン!

「うわぁっ!?」
「きゃあぁっ!?」
そして、激突したデスクに加え数人の同僚を巻き込み、派手な破壊音と共に轟沈する。
「はぁっ……はぁっ……」
高鳴る動悸の息苦しさに、私は大きく肩で息をした。
あ、あのバカは……デリカシーってもんが、まるでないんだから!
「おー、こりゃまた豪快だねー。さすがみーちゃん、朝から絶好調だね」
……まぁ、それ以上にデリカシーに欠如し、かつふてぶてしい輩が、今私の直ぐ傍らにいるわけなんだけど。
「えぇ、すこぶる絶好調だわ。今なら、ものの数秒で、あんたも同じ目に合わせてやれそうな気分よ」
「きゃー♪ みーちゃんこわーい♪」
「……割と本気でぶっ飛ばすわよ?」
「またまた〜。私とみーちゃんの仲でしょ? 今更パジャマの一つや二つ、何の暴露にもならないって」
「ほう? それなら、また今度あんたにもパジャマで出社してもらおうかしら?」
「あー、私、そういう露出狂っぽい趣味はないんだ」
「誰が露出狂よ! どこも露出なんかしてないでしょ!」
「むしろ、多少の露出なら、そっちの方がまだ正常だよね」
「……そんな減らず口を叩く生意気な口は、この口かしら?」
頬をつまみ、好き放題左右に引っ張る。

――ぐに〜。

……相変わらず、つまみ心地の良いほっぺたしてるわね。
何だか、楽しくなってくるじゃない。
肌もすべすべで柔らかいし、キメも細やかで、触ってて気持ち良いし、おまけに胸もでかいし……何かまたムカついてきたわね。

――グニグニグニー。

「いひゃいー。ひーひゃん、いひゃいよー」
「黙らっしゃい。あんたは、素直に私の玩具になってたらいいのよ」

――ガチャッ。

背後から、唐突に聞こえてきたドアの開く音。

月夜 2011年01月18日 (火) 15時21分(223)
題名:天使と悪魔―日常の最中―(第二章)

「おはよう。何だか騒がしいようだが……」
「へ……?」
次いで聞こえてきた声に、私は反射的にそちらへと目を向けた。
そこにあったのは、扉の前に立ち、こちらを見つめる社長の姿だった。
『おはようございます、社長』
椅子から立ち上がり、異口同音の挨拶と共に頭を下げる大勢の同僚。
「あ、おひいひゃん。おひゃひょー」
そして、私に頬をつままれたまま、何とも聞き取りにくい挨拶を告げる絢音。
「え、えっと……お、おはようございます……」
それら全員から遅れること数秒の後、ようやく我に返った私は、狼狽えながらも挨拶を述べた。
「あ、あぁ……おはよう……」
その場にいる全員に向かって、戸惑いを露わに挨拶を返す社長。
その視線は、机を巻き込んで倒壊した室内の一部を捉えてから、頬をこねくり回される孫娘を経て、最後に私へと向けられる。
「……」
大体事の過程が読めたのか、社長は、特にこれといって何も聞かない。
「……明神君」
「は、はい……」
「後で、私の部屋に来てくれ」
「……わ、わかりました」
代わりに、溜め息一つそう言い残し、踵を返す社長の背に、私は肯定の意を示すしかなかった。

――バタン。

――ざわざわ。

社長が出ていくと同時に、急に社内をどよめきが満たす。

――おい、聞いたか、今の。

――あぁ。社長直々の呼び出しとは、あいつも遂に終わりだな。

――ねぇねぇ、やっぱり辞めさせられるのかしら?

――いきなりはないわよ。せいぜい、部署異動とか謹慎くらいじゃない?

……などなど。
好き放題言ってくれるわね、こいつら。
「らいひょーふよ、ひーひゃん。おひーひゃんほひーひゃん、はふはひらひ」
「……何言ってるかわかんないわよ、それじゃ」
人間の言葉が喋れないのでは、さすがにコミュニケーションが取り辛いので、私は仕方なく絢音の頬を離してやった。
「だいじょーぶだいじょーぶ。みーちゃんとおじいちゃん、マブダチっしょ? そんな心配しなくても平気だって」
「またあんたは、そんな呑気なことを……」
マブダチじゃないっつーの。
もしそうだったら、どれだけ楽なことか……。
「でも、似たようなもんでしょ? みーちゃん、おじいちゃんのこと嫌い?」
「そりゃあ、そんなことないけど……」
「じゃあマブダチじゃん」
「何でそーなんのよ。あんた、嫌いじゃない奴全員とマブダチなの? 世界中皆友達なの?」
「そうは言わないけどさ。みーちゃんの場合、嫌いじゃない=好きでしょ? 嫌いな人は、誰だって堂々と嫌いって言うだろうし、どっちでもない人なら、どうでもいいって言って、別に否定もしないんじゃない?」
「う……」
図星を突かれて、思わず返事に詰まる。
伊達に私と長年親友やっちゃいないわね、こいつ。
「それに、おじいちゃんだって言ってたよ」
「社長が言ってたって……何を?」
「この前、おじいちゃんに聞いてみたの。“おじいちゃんは、みーちゃんのことをどう思ってるの?”って」
「えっ……」

――ドクン。

何故か、心臓が高鳴った。
強く脈動する心臓が、全身へと勢い良く血液を流す。
明確なまでに感じられる体温の上昇。
……自分でも、理由は良く分からない。
だけど、何だろう……胸が、痛いような、苦しいような……変な気持ちだ。
「……みーちゃん?」
「……え、何?」
「大丈夫? 何か、顔色が悪いみたいだけど……」
「そう? 別に平気よ」
努めて普通を装う。
だが、こう見えて絢音は意外と勘の良い奴だ。
下手に白々しい態度を取ると、かえって怪しまれるかもしれない。
なので、疑われる前に、こちらから話を戻すことにした。
「で、社長は? 何て言ったの?」
「うん。えっとね、“彼女は、私の娘のようなものだ”って言ってたよ」
「……」

――娘。

その言葉が、体の奥底に、心にまで深く染み渡る。
あの日、あの時のことは、今でも全て鮮明に思い出せる。
彼が私にくれた言葉も、彼が私に向けてくれた表情も、彼が私を抱き締めてくれた暖かさも、あの時の情景も、何もかも。
私を……化け物の私のことを、娘と呼んでくれた。
この気持ちは……何だろう?
言葉では、上手く言い表せられない。
押し寄せる高波のような感情を、熱くなる目頭を、ただ押し殺すだけで精一杯だった。
「でも、良く考えたらおかしな話だよね。私がおじいちゃんの孫なのに、みーちゃんが娘だったら、みーちゃんが私のお母さんってことになっちゃうもん」
だから、絢音の溢す軽口が、今はありがたかった。
「誰がお母さんよ」
「お母さ〜ん」
「あんたみたいな娘を、育てた覚えはないわ」

――ポカッ。

その頭を軽く小突き、さっきまでの昂った感情をリセットする。
「痛っ! もー。みーちゃん、ドイヒー」
「何がドイヒーよ。娘は、母親に逆らっちゃダメなのよ?」
「あ、今、みーちゃん認めた? 私のお母さんってことで良いんだ?」
「えぇ、良いわよ。奴隷が哀れに思うくらい、こき使って上げる」
「お母さん、ドイヒー!」
「はいはい、ドイヒードイヒー」
適当にあしらいながら、私は絢音に背を向けた。
「みーちゃん、どこ行くの?」
「お父さんに、お叱りの言葉をいただきに行くのよ」
溜め息混じりに、うんざりといった口調で呟く。
その実、ダルさや面倒臭さは微塵とないのだけれど。
むしろ、早く社長の姿を見たくて、気が急いているくらいかもしれない。
「……そのままの格好で?」
……だからだろう。
絢音に改めて言われるまで、自分の身なりをすっかり失念していた。
「……忘れてたわ」
「もー。お母さんってば、ドジっ娘さんなんだから〜」
「しつこい」

――ポカッ。

すれ違い様にもう一度、絢音の軽い頭を叩く。
「あたっ! またぶったー!」
「叩きたくなるような頭してるあんたが悪いのよ」
「家庭内暴力はんた〜い。DVはんた〜い」
「そこでせいぜい喚いてなさい」
ブーブーと文句を垂れる絢音に後ろ手で手を振りながら、更衣室へと足を向ける。
その間、今から説教されるにもかかわらず、私は顔をニヤつかせずにはいられなかった。

月夜 2011年01月18日 (火) 15時22分(224)
題名:天使と悪魔―日常の最中―(第三章)

――日本、芹沢ビル6F社長室前、8/7、現地時間8:30――


「さて、と……」
社長室へと続く分厚い木造の扉の前に立ち、水亜は一つ息をついた。
そして緩んだ頬を、両の手でパチンと軽く張る。
さすがに、今から説教されるというのに、ニヤニヤしている訳にはいかないと思ったのだろう。
「すぅ……はぁ……」
一度だけ、目を閉じて大きく深呼吸。
「……よし」
そう小さく呟き、瞼を開いた彼女の表情は、一転して固く引き締まったものとなっていた。

――コンコン。

良質の木材を叩く小気味の良い音。
「明神です」
「あぁ、入っていいぞ」
水亜の言葉が終わるなり、扉の向こうから、威厳に満ちた低く渋い声が聞こえてきた。
「失礼します」

――ガチャッ。

廊下とはどことなく漂う空気の違う、荘厳な雰囲気の室内へ足を踏み入れる。

――バタン。

そして、出来るだけ静かに扉を閉めてから、水亜は嘉治の方へと向き直った。
「朝早くから呼び出して済まないな、明神君」
「いえ、問題ありません」
部屋の奥に位置する長机の、その向こう側に座す嘉治の元へと歩み寄る。
「では、早速だが本題に入ろうか」
そう呟き、嘉治は引き出しから大きめの茶封筒を取り出した。
「本題……ですか?」
てっきり、先ほどのことで怒られるとばかり思っていたのだろう。
急に出された本題という言葉と書類に、水亜は怪訝そうに目を細めた。
「あぁ……どうした? そんな不思議そうに首を傾げて」
「あ、いえ、その……何でもありません」
だが、敢えて説教されるような流れに、誰が話題を変えるものか。
水亜もその例に外れることなく、小さく首を左右に振った。
「そうか? まぁいい。とりあえず、中の書類に目を通してくれ」
手渡される茶封筒を受け取り、中の書類に目を落とす。
そこに記載されていたのは、当然のことながら、彼女が一般的なO.L.としてこなすべき業務内容ではなかった。
「……また公務……ですか」
水亜が少し暗い声音で呟く。
「あぁ。君は、イギリスでの大仕事を終えてまだ間もない。できることなら他のO.L.に任せたいところだったのだが、失敗は許されない重要な任務なのでな。季慈長官からも、迷惑をかけて済まないとの言伝を預かっている」
そう答えながら、嘉治はいつものようにシガレットケースから一本、煙草を取り出す。
口にくわえたそれに、ジッポの火を近付け、蓋を閉じると同時に白い煙を吐き出した。
煙草の先端からくゆる白煙が、天へと上っては希薄になり、次第に消えてゆく。
「やれやれ……今度はどこに飛ばされるのかしら」
「サウジアラビアだ」
水亜のぼやきのような問いに、嘉治が間髪を入れず答える。
サウジアラビアと言えば、世界最大の産油国として、多くの人がその名を知っていることだろう。
ここで言う最大とは、埋蔵量、採掘量、輸出量の全てにかかっており、世界の石油事情に多大な影響力を持っている。
日本との関係も深く、日本が輸入している石油の約3割が、サウジアラビアとの貿易によるものだ。
その政治は、国王が首相も兼任する君主制。
失業率が10%弱と高く、年々増加傾向にある若年層の雇用問題の解決が急務とされている。
「任務に関する詳しい内容は、その書類に書かれているから、後程しっかりと読んでおいてくれ。出発は明後日だ。準備の為に、明日は休日にしておこう」
「わかりました」
さて、と会話を一旦区切り、短くなった煙草の先端を灰皿に押し付ける。
そして、嘉治はおもむろに切り出した。
「……で、話は変わるが、さっきのオフィスでの騒動は何だったんだ?」
「う……」
苦虫を噛み潰したかのような表情を浮かべる水亜。
「……あ、あれは、聖と絢音が、もうすぐ就業時間だというのに、いつまでも二人して遊んでるから、少し注意を……」
「就業時間以前なら、そのくらい特に問題あるまい。……そんなことより、今はもう直してあるようだが、オフィスでの君は、スカートの裾から何やら変なものが飛び出ていた気がするが?」
「うぐ……」
さすがの洞察力である。
「……」
ジト目で水亜を見据える嘉治。
その懐疑的な視線に、遂に心が折れたのか、水亜はおずおずと口を開いた。
「えぇっと……その……それは、出社してから着替えるのが面倒だったので、家で予め制服を着てきたんですけど……」
「その時、誤って寝巻きの上から着てしまったと?」
「……」
気恥ずかしさからか、目を逸らし、ほんのり頬を染めながら、小さく頷く水亜。
「まったく……子どもか、君は。着替えるのが面倒だからと、横着をするんじゃない。朝早く起きられないなら、少し夜早く寝るようにしなさい」
「う……は、はい……」
「それにだ。何をどうしたのかは大体予想はついてるから言うが、直ぐに手や足を出すのは止めるように。君ももう良い歳の女性なんだから、それ相応の自覚を持ちなさい」
「わ、わかりました……」
嘉治の言葉に、水亜はショボくれたまま、ただ頷くことしか出来なかった。
「……」
そんな折り、不意にその口元に浮かんだ微かな笑み。
何を思っての笑みなのか、それは本人にしか分からない。
だが、その微笑はとても柔らかで暖かく、見ている誰もが優しい気持ちになれるような、そんな笑顔だった。
「……? 何を笑ってるんだ?」
「あ、いえ……」
「どうした?」
「その……何だか、上司に説教されていると言うより、お父さんに叱られてるみたいで……」
「……」
水亜の言葉に、驚いたように目を丸くし、押し黙る嘉治。
だが、それはほんの一瞬。
その表情は、直ぐにいつもの彼の持つ、引き締まったものへと戻っていた。
「……似たようなものだろう」
にべもなく言い放つ。
だが、その普段と変わらぬ声色や表情が、何故か今は、本心を偽った照れ隠しのようにも見えた。
「……そうですね」
「……まぁいい。次からは、ちゃんと気を付けるように」
「はい、わかりました」
「よし。それじゃ、職務に戻ってくれ。くれぐれもサボらないようにな」
「大丈夫ですって。では、失礼します」
一度だけ後ろを振り返り、ウインクを残して、水亜は社長室を後にした。

――バタン。

扉の閉まる音が、会話のなくなった室内にこだまする。
「……」
無言のまま、再び懐からシガレットケースを手に取る。
その中から一本、煙草を抜き取ろうとしたところで……、

――コンコン。

突然、扉がノックされた。
「明神です」
「? 入っていいぞ」
動きを止め、入室を促す。

――ガチャッ。

扉を半分だけ開き、水亜が顔だけを覗かせる。
「どうした?」
「一つ、娘として言い忘れてました」
「?」
「煙草、身体に悪いから、控えた方が良いよ」
「……」
「では、今度こそ、本当に失礼します」
呆気に取られる嘉治をよそに、水亜は頭を下げて、静かにその場を後にした。
「……」
しばらく、無言のまま手の中のシガレットケースと、もう片方の指で摘まんでいる煙草とを見比べる。
「……やれやれ。参ったな」
結局、嘉治は口元に微かな笑みを浮かべ、抜きかけていた煙草をケースの中に戻し、それを懐にしまい込むのだった。

月夜 2011年01月18日 (火) 15時23分(225)
題名:天使と悪魔―日常の最中―(第四章)

――日本、芹沢ビル屋上、8/7、現地時間12:30分――


日も昇りきり、空腹を覚える頃、ようやく昼の休憩時間となり、オフィス内から人の姿が消え始める。
ある人は優雅にフレンチと洒落込み、またある人は、同僚数人とレストランやカフェで談笑を交わし、またある人は、持参した弁当を平らげながら、まだ残っている仕事を片付けたりもしている。
何とも仕事熱心なことだ。
私には到底真似できないわね。
という訳で、優雅にフレンチなんて柄でもなく、これといった友人もおらず、自分で言うのも何だが、当然勤労精神の欠片も持ち合わせていない私は、一人寂しく屋上で、貯水槽に背を預けながら、コンビニ弁当をつついていた。
ちなみに、聖と絢音は揃って昼食を即座に済まし、今は人気のないオフィスでゲームに熱中している。
いつまで経っても子どもなんだから。
「ふぃー。ごちそうさまでしたっと」
パンッと手を合わせ、食べ終えた弁当を空の袋に突っ込む。
うん。
やっぱり、コンビニ弁当はのり弁に限る。
響きも中身もチープだけど、王道定番にハズレなしよね。
「さてと。それじゃ、食後のお楽しみといきましょうか」
誰に言うともなくそう呟き、小さめのコンビニ袋から取り出したるは……、

――ガサゴソ。

……そう、スイーツの王様こと紫芋まん!
しかも今日はリッチに二つ!
ということで、一つ目に思い切りかぶり付く。
途端、口の中いっぱいに広がる芋の仄かな甘味。
それがふんわりとした生地と合わさり、ふわふわもっちりな至高の食感に。
う〜ん、デリシャス。
……っと、ちょうど時間もあることだし、今の内に任務の内容でも確認しておこうかしら。
芋まん片手に、先ほど受け取った茶封筒から、書類の束を取り出す。
最初のページに記されているのは、事件の概要のようだ。

“サウジアラビアにて、毎月13日に行われる闇オークション会場に、今月、一人の少年が競りに掛けられるという情報を入手。その人物は、現サウジアラビア国王、アフマド・ビン・アブドゥルアズィーズ・アールサウード国王の息子である。だが、正式な息子ではなく、彼が侍らせる四人の妻以外との間にもうけた隠し子であり、表向きな繋がりは一切ない。その少年が人身売買を生業とするブローカーに拐われ、オークション出品物となった際、国王の政敵にその情報が漏れたことが、今回の事件の発端である。イスラム教の戒律を破った非人道的行為が公になれば、国王兼首相としての地位が危ぶまれる。国王の政敵がその少年を落札するより先に救い出し、国王の元へと安全に連れ戻すこと”

……何とも気乗りしない任務内容だ。
こういうのを自業自得って言うんだけど……何で上層部のお偉いさんは、こんなふざけた依頼を承諾したんだろう?
……まぁ、ある程度、理由は推測できる。
サウジアラビア側が、石油を初めとする資源に乏しい日本の足下を見て、半ば脅し気味に強要してきたのだろう。
日本のようにエネルギーを大量に消費する国は、産油国には頭が上がらない。
万が一、サウジアラビアからの石油輸入がストップするようなことになれば、日本は大パニックだ。
第三次石油危機は免れない。
ムカつくやり口だが、従わない訳にもいかないのだろう。

――ペラッ。

次のページをめくる。
そこにあったのは、国王の腹違いの息子である少年に関する詳細情報だった。
少年の名前は、リドワーン・サイード・アルダー。
年齢は10歳か。
父親が国王であることは知らず、一般人として普通の生活を送る。
母親、祖父との三人暮らし。
家庭は裕福ではなかったが貧しいとも言えず、至極一般的な家庭環境。
教育水準の高いサウジアラビアの学内でも極めて優秀な成績を残しており、教師からも将来を有望視されている……と。
写真は……無いみたいね。

――ペラッ。

次のページにあるのは……ん?
サウジアラビア側からの追加要求?
何かしら?

“ご存知の通り、我が国は崇高なる預言者ムハンマドの生まれた地であり、アッラーの教えを重んじるイスラム国家であります。つきましては、貴女にもイスラムの戒律に則り、アバヤを着用することで目元以外の肌を隠していただきたい。貴女がリヤド空港に到着次第、王宮より迎えの車を向かわせます故、王宮にてアバヤの着用を願います。以後、街中を歩く際は、欠かさずアバヤを着用のこと、よろしくお願いいたします”

「……マジで?」
思わず、そんな言葉が口を突いて出た。
サウジアラビアは、イスラム国家の中でも戒律の厳しい国で、外国人にも強制適用されるイスラム法が多く存在する。
外出時、女性は肌をさらけ出さないよう、全身をアバヤという黒い布で覆わなければならないというのも、そんなイスラム法の一つである。
なので、私にもそのアバヤの着用を求めているという訳だ。
あんなの着て外を歩くだなんて、考えただけでも鬱陶しい。
ただ、風紀取締役として街を闊歩しているムタワの連中に一々目を付けられるのも、それはそれで厄介だ。
第一、他の女性が皆全員黒ずくめな中、私一人が普通の姿で道を歩き回っていたのでは、目立つことこの上ない。
何とも面倒な話ではあるが、郷に入れば郷に従えという有名な諺もある。
ここは私も一つ、イスラムの教えに則るしかなさそうだ。
さて、最後のページは……これからの私の行動プランね。

“8月9日、明神水亜は朝7時15分成田発の便にて、ドバイを経由した後首都リヤドへと向かう。その際に使用する外交ビザとフライトチケットは同封してあるので、予め確認をしておくこと。到着後、王宮へと赴き、外相のアムドゥフ氏より詳細な情報を得る。その後の行動は任務随行者の判断に一任することとする”

……つまり、早い話がほとんど本人にお任せってわけね。
いつものことだから、もう慣れっこなんだけど。
とりあえず、13日のオークション開始までに、このリドワーン君を助け出せれば良い。
時間にも余裕があるし、戦闘訓練をこなした軍人が相手って訳でもなさそうだし、今回は大して難しい任務にはならなさそうね。
とは言え、サウジアラビアかぁ。
特にこれといって観光したい場所もないし、ショッピングするにもあまり魅力を感じない。
今回は、どうも楽且つ暇な任務になりそうだ。
しかし、勿論油断は禁物。
事前準備は入念に、一分の隙なく怠りなくが私のモットーだ。
明日は休みにしてもらったわけだし、一日ゆっくりと休んで、万全の体調で任務に臨むとしましょうか。
小さくなった芋まんの欠片を口の中に放り込み、時計を確認する。
まだ昼休みは残ってるわね。
天気も良いし、残り時間はここでまったり昼寝でもしようかしら。
後頭部で組んだ腕を枕代わりに、ゴロンと寝転がる。
暖かい陽射しを身に浴びながら、私はそっと瞼を下ろした。

月夜 2011年01月18日 (火) 15時23分(226)
題名:天使と悪魔―日常の最中―(第五章)

――日本、芹沢ビル6Fオフィス、8/7、現地時間14:00――


「……この、大バカモンが!」
オフィスに響き渡る怒号。
それはもう数分以上の間、まるで勢いを弱めることなく、ずっと空気を揺るがし続けていた。
その音源は、私の目の前に座るハゲ散らかしたオヤジ……もとい、上司である課長だ。
「屋上で昼寝をするなとはもう言わん! だが、昼休みが終わるまでには職場に戻ってこい!」
怒り任せに怒鳴る課長。
時折、その怒声の間に、机を叩く鈍い音が混じる。
「そんなこともできんのか、お前は!? 社会人として最低限の常識くらい、守ろうという気はないのか!?」
「……」
目を閉じ、黙したままうつ向きがちに、努めて深刻そうな表情を試みる。
あーあ、早く終わんないかしら、この説教。
正直、もう聞き飽きてうんざりなんだけど。
「大体、毎日毎日懲りもせずに問題ばかり起こして、何とも思わんのか!?」
……あ〜、ずっと目ぇ閉じてたら、何か眠たくなってきたわ……。
こんな状態で寝たりしたら、絶対怒られるだろうなぁ……。
「……から……なんだ……!」
でも、まだしばらく終わりそうにないし……ちょっとくらいなら、きっと大丈夫、大丈……夫……。

――――!
――――、――――!!

「……い……おい! 分かってるのか! 明神!」
「……ふぁい」
何だか良く分からないが、名前を呼ばれた気がしたので、とりあえず欠伸をを押し殺して返事だけしてみた。
「ならいい! さっさと席に着いて、仕事に戻れ!」
「……ふぁい」
なんか席に着けって言われたし、もう戻ってもいいみたいね。
眠り目を擦りながら、ぼやけた視界を頼りに自分の席へと戻る。
「ふぅ……」
椅子に腰を下ろしながら、首筋に手を添える。
ずっとうつ向いていたせいか、何だか首が痛い。
とはいえ、課長に居眠りがバレなくて良かった。
もしそんなことになっていれば、説教時間が倍以上に延びていただろう。
大体、課長は小言が過ぎる。
あんなだから、頭髪が見るも無惨な荒れ地になっちゃうのよ。
育毛剤なんかに手を出すより先に、その性格を改善することから始めなさいってーの。
……っと、そろそろ仕事に取り掛からないと。
あんまりモタモタしてたら、また怒られかねない。
「それじゃ、始めようかな……って、あれ?」
そう思い、机上へ視線を落とすと、何やら見覚えのないものが目に止まった。
小さく折り畳まれたメモ用紙のようだ。
なんだろう?
不思議に思いながら、幾重にも折り重ねられた紙を開く。
その中には、小さなメモ用紙にしても更に控えめな文字で“今夜、お暇ですか?”と書かれており、その下に名前と携帯のメアドが記されていた。
これは……まさかとは思うけど、夕飯のお誘いとかそういう系?
……この私が?
途端に弾ける眠気。
生まれてこの方、異性からアプローチをされたことなんて……まぁ、夜の繁華街での怪しさ満点な勧誘とかなら、もう数えきれないくらいあるけど、こんなラブレターっぽいお誘いを受けるのは、初めてのことだ。
……何かテンション上がってきたわ!
私のことをあばずれやらじゃじゃ馬やら、散々言ってる奴らに見せてやりたいもんね。
で、送り主はっと……磯谷誠司?
……聞き覚えはある。
去年入社してきたばかりの、新人の男の子だったんじゃなかったかしら?
確か、席は向こうの端の方……。
「っ!?」
顔を上げた私と、彼の視線が不意に交差する。
「……///」
驚いた様に目を見開いた後、慌てて私から目を逸らす彼。
随分と可愛いリアクションね。
ま、わざわざアドレス書いてくれてるんだし、メールぐらいはしてあげようかしら。
課長の目を気にしながら、こっそりと携帯を取り出す。

――いきなり今夜暇かだなんて、どうしたの?

送信っと。
……あ、そういや件名無題のままだった。
まぁ、文面から私だってことは分かるとは思うけど……。

――ヴヴヴヴヴヴ。

携帯のバイブレーションが、返信があったことを私に知らせる。
やっぱり、無用な心配だったみたい。
にしても早い返信ね。
よっぽど携帯打ち慣れてるのかしら?
そんなことを考えながら、携帯を開いて届いたメールを確認する。
件名には“磯谷誠司”と、しっかり名前が書かれていた。

――いきなりですみません。後、お返事くださってありがとうございます。もし、今夜お時間あれば、一緒にお食事でもどうかと思ったんですが、ご迷惑だったでしょうか?

随分ときっちりした文章ね。
礼儀正しいっちゃ礼儀正しいんだけど……何か堅苦しい感じがする。
多分、私と違って真面目な人柄なんだろう。
……なんて分析はさておき、やっぱりディナーのお誘いだったわね。
明後日からの任務の準備があるとはいえ、それほど事前に用意しなければならないことがある訳じゃない。
明日一日の休みがあれば、十分に事足りる。
それに、無下に断るのも何だか悪いし……たまには年下のお願いに付き合ってあげるのも、悪くないか。

――えぇ、良いわよ。それじゃ、仕事終わったら、ビルの入り口で待ち合わせましょうか。

送信ボタンを押し、携帯を胸ポケットにしまう。

――ヴヴヴヴヴヴ。

しまうなり、ほとんど間を置かずに震え出す携帯。
どんだけレスポンス早いのよ。
呆れと感心の入り交じった感情を胸に、再度携帯を開く。

――はい! ありがとうございます! それでは、また後で!

何だかすごい喜び様ね。
メールの文面からなのに、まるで感情が直接伝わってくるかのようだ。
となれば、間違っても残業なんて羽目にならないよう、ちゃちゃっと仕事を終わらせないと。
携帯を閉じ、デスクへと向き直る。
本来なら鬱陶しいだけの仕事の山だが、今だけは何だか少し楽しく感じた。

月夜 2011年01月18日 (火) 15時24分(227)
題名:天使と悪魔―日常の最中―(第六章)

「ん〜……っと。よし、完了」
山積みの資料を一まとめにし、大きく伸びをする。
と同時に、何気なく壁の掛け時計へと目をやった。
示される時刻は午後6時30分。
この季節、まだ外は日も沈みきっておらず、窓から赤い夕日の光が射し込んでいる。
「お? みーちゃん、仕事終わったの?」
不意に、上から掛けられる聞き慣れた声。
「何よ、その物珍しそうな言い方は。聞き捨てならないわね」
椅子にもたれながら、首だけを横に向けて、直ぐ傍に立つ絢音を見上げた。
「だってみーちゃん、週の半分くらいは残業してるじゃん」
「それを言ったら、あんただって似たようなもんじゃない」
「そんなことないよー。私はせいぜい週一回か二回くらいだもん」
「……それ、威張って言えるようなことじゃないわよ」
何故か偉そうにふんぞり返る絢音を横目に、荷物を鞄の中へと放り込む。
「あ、そうそう。さっちゃんと、今から飲みに行こうって話してたんだけど、みーちゃんもどう?」
「あー、残念ね。今日は予定入っちゃってるからパスで」
席から立ち、制服の上からいつものコートを羽織る。
肩から鞄を提げて、準備完了っと。
「およ? これまた珍しいね。予定って何?」
「ちょっとね」
「ん〜? 怪しいなぁ〜?」
にやけ顔で、私の様子を横目で伺う絢音。
「もしかして、デートのご予定とかでもおありで?」
どこぞのエロ親父か、あんたは。
しかし、夕飯を一緒に食べるということは、果たしてデートに入るのだろうか?
こういうことに疎いから、何とも言えないけど……夕飯だけじゃ、さすがにデートとは言わないわよね。
第一、まだほとんど知り合ってない、赤の他人も同然の二人なんだし。
「……黙ったってことは、もしやマジデート?」
「違うわよ。ちょっと考え事してただけ」
「ホントに〜? 私たちの仲で、隠し事はなしだよ〜?」
にやにやと嫌らしい笑みを浮かべて、絢音がこちらへと擦り寄ってくる。
「あー、もー、鬱陶しいわね〜」
「先輩、お疲れ様です」
そんな私たちの元へと歩み寄りながら、聖がいつもの明るい笑顔を向けてくる。
うんうん、良い笑顔だ。
見てるこっちも、気持ち良くなるわね。
「ん、お疲れ」
「ねーねー、さっちゃんさっちゃん。みーちゃんが、私たちより男を取るって言うんだよ。酷いよね〜」
……それに引き換え、こいつはしつこいわね〜。
まぁ、これもある意味いつも通りっちゃ、いつも通りなんだけど。
「だから、違うって言って……」
「えぇっ!? お、男を取ったって……せ、先輩が!?」
私の言葉を遮るようにして、聖が突如、そんな驚愕の声を上げる。
……何か、ちょっとイラッときた。
「……その驚き方、癪に障るじゃない。何? そんなに意外?」
「え……あ、いや、そういう訳じゃ……」
しまったといった表情を浮かべ、聖があたふたと戸惑い始める。
……何だろう。
さっきはちょっとと表現したが、何かだんだん本格的に腹が立ってきた。
「私に男絡みの話題は、似合わないとでも言いたい訳? ん?」
「あ、えと、そ、そんなことは……」
徐々に詰め寄る私に、ジリジリと後退する聖。
こいつは、相変わらずデリカシー0なんだから。
私みたいな女が言うのもなんだけど、少しは乙女心というものを学習しなさいよ。
……でも、何でこんなに腹立たしいんだろう?
そりゃ、あんなことを言われたら、少なからず頭にきて当然だ。
だけど、だからって、こんなにもイライラするだろうか?
もし、これを他の誰かに言われたのだとしたら、こんなにも腹を立てただろうか?
……多分、こうはならないと思う。
少しイラッとするぐらいで、別に言葉にも出さないだろうし、少し時間が経てば、きれいさっぱり忘れられたに違いない。
だから、今私がこんなに憤りを覚えているのは、きっと相手がこいつだからなんだろう。
でも、何故?
どうして、相手が聖だと、こんなにも腹が立つの?
……分からない。
分からないけど……いや、分からないからこそなのか、原因不明の怒りが、更にうねりを上げて大きくなっていくようだ。
あぁっ!
もう、訳分かんない!
何で私が、聖なんかのためにこんな思いをしなきゃならないのよ!
「あの……先輩……?」
突然、私の眼前近くから聞こえてきた聖の声に、焦点を失っていた私の視界が輪郭を取り戻す。
「っ!?」
目の前、本当に息遣いさえ感じられる程近くに、聖の顔があった。
不思議そうな、それでいてどこか心配そうなその表情。
その顔色が何を思ってのことなのか、推測するよりも先に、私は腕を振り上げていた。
「この……!」
「……へ?」
「バカーッ!」

――バシイィン!

室内に響き渡る、頬を張り飛ばす痛々しい音。
「へぶしっ!?」
何とも言えない悲痛な声を上げて、朝同様に吹き飛び、聖が頭からデスクに激突する。
そんな聖の姿を視界の端に捉えながら、私は半ば逃げ出すようにして、オフィスを飛び出した。

月夜 2011年01月18日 (火) 15時25分(228)
題名:天使と悪魔―日常の最中―(第七章)

――日本、芹沢ビル1Fフロント、8/7、現地時間19:00――


――チンッ。

短い電子音と、一階に着いたことを告げる音声の後、エレベーターの扉が開く。
人々の波に身を任せ、エレベーターを降りて出入口へ。
するとそこには、いつから待っていたのか、どことなく挙動不審な誠司の姿があった。
あっちをウロウロ、こっちをウロウロ、左に右にキョロキョロと、まるで落ち着かない。
「あっ……」
そんな彼の瞳が、こちらの姿を認めるなり、大きく見開かれる。
「ごめんごめん。待たせちゃったかしら?」
小走りに彼の元へ駆け寄る。
その傍まで近付いてから、私の方が背が高いことに気付いた。
って、そういえば、私って男の人と比べてもかなり身長高いのよね。
いつもは、こうして絡む男性なんて聖ぐらいのものだったから、あまり意識したことはなかったけど……何だか、改めて認識させられた気分だ。
「あ、い、いえ! そんなことないです! 僕も、今着いたばかりですから……」
慌てて否定する誠司。
今着いたばかりだなどと口では言っているが、それがありきたりな嘘であろうことは、容易に想像がつく。
定時から既に十数分の時間が過ぎているので、少なくとも二十分以上は待たせただろう。
ちょっと悪いことをしたなぁ……と、反省はしつつも、それを口には出さない。
そんなことを言えば、彼の体がより一層恐縮して縮こまることは、火を見るより明らかだ。
それを言うなら、今の時点でもう全身強張ってガチガチなのだが。
どんな話題を振ろうかでも迷っているのか、唇は小刻みに震えて、視点はあちこちをさ迷っている。
……さすがに見てられないわね。
「ねぇ、磯谷君」
「は、はい! な、何でしょう!?」
「……えい」

――ぐにー。

「……ふぇ?」
今朝、絢音にしたのと同じように、その頬をつまんで左右に引っ張る。
……うん、悪くない肌触りだ。
だけど、やっぱり絢音の方が弾力性があって気持ち良いわね。
「ふぁ、ふぁひふるんへふは? (な、何するんですか?)」
「んー? 磯谷君、すごく緊張してるみたいだったから、気を紛らしてあげようと思ってね」
しばらく好き放題こねくり回した後、手を離す。
「どう? 少しは落ち着いた?」
「あ、え、えっと……は、はい……」
……この姿を見る限りだと、あんまり効果はなかったみたいね。
「ほら、そんなにキョドらないの! しっかりしなさい」
「は、はい!」
……な〜んか心配ねぇ。
男の子なんだから、もっとしゃんとして欲しいものだ。
「……ま、良いわ。で、どこに食べに行くの?」
「あ、はい。繁華街の外れに、美味しい串揚げの店があるんですけど、どうですか?」
「串揚げねぇ……良いじゃない。お酒が進みそうだわ」
「それじゃ、そこで良いですか?」
「えぇ。案内よろしくね」
「は、はい!」
「も〜、だから、そんなに緊張しないの。リラックスリラックス」
依然として機械みたいな動きをする彼の背中を、トントンと軽く叩く。
「あっ、は、はい!」
……やれやれ。
この分だと、先が思いやられるわ。
微かな呆れと不安を胸に、私は彼と肩を並べてビルを後にした。

月夜 2011年01月18日 (火) 15時25分(229)
題名:天使と悪魔―日常の最中―(第八章)


「……ま、まさか本当に、みーちゃんが男に手を出していただなんて……」
二人揃ってビルから出ていく、水亜と誠司の後ろ姿を物陰から見つめながら、絢音はある種の戦慄をたたえた声音で呟いた。
「きっと、私たちをよそに、これからあの子と二人で、ラブラブデートを満喫するつもりなんだわ!」
「……にしては、随分とギクシャクしてた気がしますけど」
今にもハンカチを噛み締め出し、ヒステリーでも起こしそうな絢音に対し、聖はその隣で冷静に状況を分析していた。
「何呑気なこと言ってんのよ、さっちゃん! さっちゃんは、みーちゃんがあんなへなちょこに取られちゃっても良いって言うの!?」
「へなちょこって……仮にも同僚に対して、言うことが酷いですね……」
「あんな貧弱男子に、私のみーちゃんを渡すわけにはいかないわ! 断固阻止すべし!」
「私のって……高礼さん、なんかさっきから言ってることが母親みたいですよ」
「って訳だから、さっちゃん。行くわよ」
「行くって……どこにですか?」
「みーちゃんたちの後を尾けるのよ。決まってるでしょ」
「それはちょっとやり過ぎじゃ……」
「シャラーップ!」
聖が全てを言い切るのを待たず、絢音がピシャリと言い放つ。
「さっきから聞いてたら何よ! さっちゃんったら我関せずみたいなことばっかり言って! さっちゃんは、みーちゃんがどうなっても良いの!?」
「どうなってもって……一緒に夕飯食べに行くだけじゃないですか」
「甘い! 甘過ぎる! プリンの上にカスタードクリーム塗りたくって、ハチミツぶっかけた上で練乳の海に沈めるくらい甘いわ! 食事なんてのは二人っきりになるためだけの口実で、その実彼が性欲の権化だったらどうするの!? 口車に上手く乗せられちゃって、みーちゃんがホテルにでも連れ込まれちゃったら、一体どうするってゆーの!?」
いつものおっとりとした口調からは想像もつかないほど、早口でまくし立てる絢音。
その剣幕は、鬼気迫るという表現がこの上なく似つかわしい。
「いや、いくらなんでもそんなことには……」
「そんなのわかんないよ? みーちゃんって、ああ見えてすごいピュアでウブいんだから。その上お酒が入って酔っ払ったりなんかしたら、ついついその場のノリで体を許しちゃうかもしれないじゃない!」
「う……」
絢音の勢いに気圧されたのか、それとも本当にそんな気がしてきたのか、聖が返す言葉に詰まる。
「だからと言って、尾行だなんてさすがに……先輩にも、プライバシーってものがありますし……」
「もう! いつまでそんな煮え切らないこと言ってんのよ! さっちゃんは、みーちゃんのこと心配じゃないの!?」
「そ、そんなことはないですけど……」
やっぱり返事に戸惑う聖。
その何とも言えない複雑そうな表情が、今の彼の心情を雄弁に表していた。
「ほら、見えなくなっちゃうよ! 私は追いかけるからね! じゃ」
次第に遠退いていく二人の背を追って、絢音が脱兎の如く駆け出す。
「あ、ちょっと! 高礼さん!?」
引き止めようと掛けた声も、伸ばした手も届かず、一人取り残される聖。
「……あぁっ! もう!」
少しの間、その場で頭を抱えていた聖だったが、やがて観念したように大声を上げると、先を行く絢音の後を追って、走り出すのだった。

月夜 2011年01月18日 (火) 15時26分(230)
題名:天使と悪魔―日常の最中―(第九章)

――日本、串揚げムラオカ、8/7、現地時間19:30――


ビルを出て、歩くこと十数分。
私たちは、繁華街から一つ路地を挟んだ先にある、串揚げ屋に来ていた。
立地的に目立たない場所であるにもかかわらず、店内はなかなか賑わっており、あちらこちらから談笑が聞こえてくる。
パッと辺りを見渡しただけでも、仕事帰りの飲み会的な社会人の集まりから、デート中のカップル、それに家族連れの姿と、客層は幅広い。
控えめなジャズの音楽と、提灯のぼんやりとした明かりを基調とした、少し薄暗い照明の加減が、なかなか良い雰囲気を醸し出していた。
「良い感じのお店じゃない」
座敷の上にあぐらをかき、辺りを見回しながら呟く。
「気に入ってもらえて良かったです」
そんな私を見つめながら、誠司ははにかむような笑みを浮かべた。
「お待たせしましたー! 生大と生中になりまーす!」
溢れんばかりになみなみとビールを注がれたグラスが、ゴトッという音と共にテーブルへ置かれる。
「お、きたきた」
早速、大きいグラスの取っ手を握り締める。
手に感じる独特の冷たさと重量感に、何とも言えず気分が高まる。
「それじゃ、今日も一日、お互いご苦労様でしたってことで、乾杯!」
「はい、ご苦労様でした」

――カチン。

グラスの縁に口を付け、一気にビール流し込む。
口から喉へ、そして食道を通り胃へと滑り落ちてゆくビールの炭酸が、渇いた喉に心地良い。
「っぷはー! 美味しい! やっぱり、仕事終わりのビールは最高よねー」
一瞬で空になったグラスを、テーブルの上に叩きつけるようにして置く。
「そ、そうですね……」
「……ん? どうしたの、そんなきょとんとしちゃって」
「いや、まさか、大ジョッキを一息で飲み干しちゃうとは、思いもしなかったので……」
唖然といった表情で、私と空のグラスとを見比べる誠司。
その手にある中ジョッキには、まだビールが半分以上残っていた。
「何言ってんのよ。ビールなんて一息一気が常識よ? あ、お姉さん。こっち、冷酒お願い」
「っ!? も、もう日本酒いっちゃうんですか?」
「そうだけど?」
つまみとして、最初からテーブルの上に置かれていた枝豆を口の中に放り込む。
「い、いくらなんでも、ピッチ早すぎませんか?」
「そうかしら? こんなもんじゃない?」
「そ、そうなんですか……」
驚きからか、意気消沈する誠司の声が、尻すぼみに消えていく。
そんなにびっくりすることかしら?
ちなみに、行きつけジョッキ一息から冷酒の流れは、飲み会における私のいつもの流れだ。
「はい、冷酒お待たせしました〜! 後、こちら、ホタテと鯛の串になります。一番右の塩でお召し上がり下さい」
「おっ、美味しそうじゃない。それじゃ早速……」
鯛の串を手に取り、塩をつけて口に頬張る。
白身魚に塩というあっさりした組み合わせだったが、しっかりと脂の乗って引き締まった鯛の身が、あっさりさの中にも濃厚な深い味を演出していた。
「ん〜っ! 美味しい!」
「本当ですか? お口に合って良かったです」
ホッと胸を撫でおろす誠司。
「でも、よくこんな店知ってたわね。繁盛はしてるみたいだけど、大分目立たない場所にあるのに」
「僕、こういう飲み屋巡りが趣味なんです。隠れ家的な名店って、実はこの辺り結構あるんですよ」
「へ〜、そうなんだ。また今度、美味しいお店教えてもらおうかしら?」
「えぇ、良いですよ」
「そいつは楽しみだわ」
酒瓶を片手に、それを傾け猪口に日本酒を注ごうとする。
「あ、お注ぎしますよ」
「お? なかなか殊勝な心がけね。それじゃ、お願いしようかしら」
誠司に主瓶を手渡し、猪口を前へと差し出す。
斜めに傾けられたその口から
小さな猪口に、溢れんばかりに注がれる日本酒。
「っとと、オッケーオッケー。それじゃ、いただきま〜す」
縁に口を付け、ぐいっと飲み干す。
喉をその辛みで刺激しながら、食堂を滑り落ち、胃から全身へと染み渡っていく感覚。
「く〜っ、美味しいっ! やっぱ、何だかんだ言っても、お酒と言えば日本酒よね」
「明神さんの飲み方を見てると、本当に美味しそうに見えますね」
「美味しそうじゃなくて、美味しいのよ。磯谷君は、日本酒嫌い?」
「嫌いって訳じゃありませんけど……あんまり飲まないですから」
「ちょっと。日本人が日本酒飲まないでどうするのよ。ほら、貴方も飲みなさい」
誠司の手から酒瓶をふんだくり、代わりに空になった猪口を持たせる。
「え、えぇっ!? で、でもこのお猪口、さっき明神さんが……」
「何よ。私の酒が飲めないって言うのかしら?」
「い、いえ! け、決してそんなことは……!」
「ん、よろしい」
空の猪口に、たっぷりと日本酒を注いでやる。
「さ、飲みなさい」
「あ、えっと、でも……」
「ほら、男の子でしょ? 覚悟を決めなさい!」
「そ、それじゃあ……い、いただきます!」
固く目を閉じ、勢い任せに飲み込む。
「っくぅ……ご、ごちそうさまでした……」
そう言って、誠司がテーブルの上に猪口を置いた時、その中に液体はなかった。
「お〜、やれば出来るじゃない。どうよ? 美味しいもんでしょ?」
「あ、えっと、まぁ……は、はい……」
「……? 大丈夫? 何か、一気に顔赤くなってない?」
「そ、そんなことないですよ!? な、なんでもないですから!」
慌てて左右に首を振って否定する誠司。
変な子ね。
「そ、そんなことより、明神さんって……えっと……こ、この会社に来る前って、何してたんですか?」
誠司が、所々言葉に詰まりながら、そんなことを尋ねてくる。
何とか話題を変えようという考えが、見え見えだ。
相手が聖とか絢音なら、当然逃がしはしないんだけど、彼相手にそんなイジメをするのは可哀想ね。
「あら、女性にいきなり過去を聞くだなんて、磯谷君って意外に大胆なのね」
「あ、そ、その……そういうつもりじゃ……」
再度、慌てふためき出す誠司。
これはこれで、聖とは違う意味で弄り甲斐があるわね。
「ふふっ、冗談よ、冗談。別にそんなこと思ってないから、安心しなさい」
「も、もう……明神さんって、結構意地悪な人なんですね」
「あら、今更気付いたの? まぁ、そんなことは置いといて、私の昔の話よね……とは言っても、何を話せば良いのかしら……」
「大学高校どこに行ってたかとか、部活何してたかとか、色々あるでしょう?」
「あ〜……」
誠司の言葉に、思わずそんな呟きが漏れる。
大学、高校、部活……どれもこれも、聞いたことのある名前。
誰しもにとって、手を伸ばせば届き、必然的に通ってきたであろう道。
だけど、私には果てしなく遠く、縁遠い道。
私は、彼と違う。
私は、皆と違う。
私だけは、誰とも違う。
そう、私だけが……。
「……明神さん?」
「え?」
知らず知らずの内に、どこか在らぬ方を見ていた私の目が、焦点を取り戻す。
その先にあるのは、不思議そうな、それでいて、どこか不安そうな表情を浮かべる誠司だった。
「どうかしたんですか? 何だか、暗い顔をしてるように見えましたけど……」
「そう? 気のせいじゃない?」
冷静を装って、冷酒を一口。
そしてホタテを食べて、剥き身になった串を円柱型の容器にさす。
「私、実は大学高校って出てないのよ」
「えっ!? ってことは、中卒なんですか!?」
「中卒でもないわ。中学も行ってないし、小学校にも行ったことないの」
「え……でも日本って、小学校中学校と義務教育で……」
「こう見えて私、生まれは日本じゃなくてイギリスなのよ」
「えっ!? そ、そうなんですか!?」
「えぇ。あんまり知ってる人はいないけどね」
驚愕する誠司をよそに、私は新しく運ばれてきた串に手を伸ばした。
「……あれ? ですけど、イギリスでも初等教育と中等教育は、義務だったと思うんですけど……」

月夜 2011年01月18日 (火) 15時27分(231)
題名:天使と悪魔―日常の最中―(第十章)

「うん、そうなんだけど、私の場合、色々と問題があってね」
「問題……?」
「捨て子だったのよ、私。向こうで言う、ストリートチルドレンってやつ」
「えっ……」
「物心ついたときには、一人路地裏に立ってた。父親や母親の顔も知らないし、当然身寄りはおろか知り合い一人といなかったから、一日を生きていくのに精一杯な毎日だったわ。」
「……」
「で、まぁ何とか死なずに生き抜いてきた私を、とある人が拾ってくれて、日本に連れてきてくれて、今に至るってわけよ」
串にかじりつき、猪口を傾ける。
「……」
そんな私を前に、驚きからか、それとも同情からか、うつ向いて押し黙る誠司。
「……すみませんでした」
しばしの沈黙の後、誠司が絞り出すような声で呟いた。
「ん? どうして謝るのかしら?」
「だって……僕が不用意に昔のことなんて聞いたりしたから、思い出したくもないことを思い出させてしまって……」
視線を伏せたまま、弱々しい声を漏らす。
その深刻な表情は、ともすれば、今にも泣き出しかねないようにさえ見えた。
「そんなこと気にしてたの?」
「そんなことって……」
「そんなことよ。もう十何年も昔の話だもの。それに、思い出させてしまって〜とか言ってたけど、そもそもあの日々を忘れたことはなかったわ。生きるためとはいえ、随分と悪いこともしたしね」
「……」
「これが、私の話せる昔話よ。どう? 幻滅した?」
「っ!? 幻滅だなんて、とんでもない!」
「でも、今貴方の目の前にいるのは、平気で人を傷付けたり、盗みを働いたりしてた女なのよ?」
「それこそ昔の話でしょう? 過去は所詮過去。僕の知っている明神さんは、そんな人じゃありませんから」
「……」
真剣な目付きで、私を真っ直ぐに見据える。
へぇ、こんな目もできたのね。
最初は控えめで押しの弱い草食系男子かと思ってたけど、意外とそうでもないみたい。
「……何か、暗い話になってしまいましたね。せっかくの飲みなんですし、もっと楽しくいきましょう!」
「それもそうね。それじゃ、今度は貴方の昔話でも聞こうかしら?」
「えっ、ぼ、僕のですか!? そ、そんなの、聞いても楽しくありませんって!」
「楽しいか楽しくないか、決めるのは私よ。それに、私と違って貴方は学校に行ってるんでしょ? 私、学校って知識としては知ってるけど、実際にどんなところかは知らないから、その辺り教えてよ」
「わ、わかりました……。つまらなくても、知らないですよ?」
「くどいわねぇ。そんなの、話してみなきゃわからないでしょ? ほら、うだうだ言ってる暇があったら、しっかり口を動かす!」
「は、はい、それじゃ……」
おずおずと口を開く誠司の言葉に耳を傾けながら、私は猪口に酒を注いだ。

月夜 2011年01月18日 (火) 15時28分(232)
題名:天使と悪魔―日常の最中―(第十一章)


「こちら、鶏モモ肉とチーズの串揚げになります。右から二番目のソースを付けて、召し上がりください」
テーブルの上に長皿を置きながら、店員が何やら説明しているのが聞こえる。
だが、そんなものは、まるで耳に残らなかった。
「は〜い。どうも〜」
「……」
高礼さんがちゃんと礼を述べる中、俺はうつ向いたまま無言だった。
「それじゃ、いただきま〜す。ん〜、おいひ〜♪」
早速運ばれてきた串を頬張り、ご満悦な様子の高礼さん。
いつも通り、普段通りの姿だ。
しかし、今の俺には、どうして彼女がこんなにも楽しそうに笑えるのか、理解できなかった。
あんな……先輩のあんな話を聞いて、なんでこの人は、いつもと変わらずにいられるのだろう。
分からない。
日頃から見ている、本来なら心和む明るい笑顔。
しかし今は、何か名状し難い苛立ちしか覚えなかった。
「……高礼さんは、知ってたんですか?」
自然と低くなる声。
それは、自分でも驚くくらい、暗く沈んだものだった。
「何を?」
「……先輩の昔の話ですよ」
「知らなかったよ」
「えっ……」
思いがけない答えに、反射的に顔を上げる。
視線の先にあるのは、こちらを見つめる高礼さんの表情。
ついさっきまでと変わらない笑顔のはずなのに……何故だか、少し憂いを帯びているように見えた。
「みーちゃんとは付き合い長いって言っても、会社入ってからだから、高々6年程度だもん。知らないことくらい色々とあるよ」
どこか達観したような、それでいて何かを悟っているような……少なくとも、今までに俺が見てきた彼女のどの表情とも、それは明らかに異なるものだった。
「で、でも、あんな重大なことを……」
「重大かどうか、決めるのは私たちじゃなくてみーちゃんよ。もしも、本当にそれが大事なことで、私たちが知らなきゃいけないことなら、みーちゃんの方から話してくれてるよ」
そう言って、高礼さんは串に手を伸ばした。
……確かに、その通りかもしれない。
意識的に黙っていたわけじゃなく、わざわざ話す必要もないから、語らなかっただけ。
そうなのかもしれない。
だけど、本当はそうじゃなく、先輩にとって俺たちが、まだ心を許せる存在になれていないからだったとしたら?
楽しく付き合ってるのは表面上だけで、実際心の中では、俺たちのことなんて、何とも思っていないんだとしたら?
……そんなことを考えていると、何か得体の知れない薄ら寒さが、背筋を駆け抜けるようだった。
「……本当に、そうなんでしょうか」
「どういうこと?」
「……本当は、先輩にとって俺たちなんて、ただ単なる同僚としか思われてないんじゃないかって……」
「……」
力なく呟く俺のことを、高礼さんが黙って見つめる。
しばらくの間、重苦しく過ぎる無言の時間。
「……さっちゃんがそう思ってるんなら、そうなのかもねぇ」
そんな沈黙を裂いて、高礼さんが口を開いた。
「そう……なんでしょうか……」
「知らないよ。私はみーちゃんじゃないんだから。それに、聞いてきたのはさっちゃんの方じゃん」
「……」
「……でも、私はそんなことないと思うけどな〜」
「えっ……?」
「逆に聞くけどさ。さっちゃんは、何で自分がみーちゃんにとって、ただの同僚なんじゃないかなんて思うの?」
「それは……俺、先輩と飲んだことは何度もありますけど、あんな話、聞いたこともなかったから……」
「でも、みーちゃんの昔のこととか、さっちゃんの方から聞いたことある?」
「……ない、ですけど……」
「でしょ? こっちから聞いて答えてくれなかったてんならともかく、聞いてもいないことに対して言ってくれてないなんて、そんなの当然じゃん?」
「……」
口をつぐむ。
だが、それは返す言葉に詰まったからではない。
喉元まで出かかっていた悲観的な言葉を、無理やり飲み込んだが故の沈黙だ。
「それに、私思うんだけどさ。昔のことって、そんなに大事?」
「……」
「過去は過去。私たちが知っているのは、今のみーちゃん。それで良いじゃない。昔のことを知ったからって、何が変わるわけでもないよ」
「それは……」
「さっちゃんは、さっきのみーちゃんの話を聞いて、みーちゃんを見る目変わっちゃった? 怖くなった?」
「いいえ」
その問いには、迷いなく答えられた。
「昔がどうであれ、今の先輩がどういう人か、俺は良く知っているつもりです。だから、怖くなんてありません」
「じゃあ、昔のことなんて、別にどうだって良いじゃない。みーちゃんだって、きっとおんなじことを思ってるよ」
そう言って一口、チューハイで喉を鳴らす高礼さん。
その表情に、陰りや不安は一切見えなかった。
自信に満ちた……いや、自信と言うよりかは、限りなく確信に近いようにも見える。
そんな彼女を見ていると、その確信がどこから来るんだという疑問より、高礼さんが言うんだから間違いないという、ある種の安心感のようなものを覚えた。
「……そうですよね。先輩は先輩です。昔がどうだったとか、そんなこと関係ありませんよね」
「そうそう。ようやく分かった?」
「はい。高礼さん、ありがとうございます」
「良いって良いって。礼には及ばぬよ。レクチャー代については、この場のお会計はさっちゃん持ちってことで一つ手を打とうじゃないか」
「ぅえっ!? ちょ、ちょっと待って下さいよ! 何ですかレクチャー代って!? そんなの聞いてないですよ!」
「悩める少年の相談に、こんなにも快く耳を傾け、それを解決してあげた優しいお姉さんに対して、感謝の気持ちとかないの?」
「いや、だから、さっきありがとうございますって……」
「感謝の気持ちとは、言葉で伝えるだけでは足りないことも時にあるのだよ。そういう時は、言葉以外の形で報いることも、大事だとは思わんかね?」
「思いません」
きっぱりと即答する。
「第一、礼には及ばないってついさっき言ってたじゃないですか」
「それはそれ、これはこれよ」
そんな意味の分からないことを言いながら、また新しい串へと手を伸ばす高礼さん。
「それもこれもないです。大体、さっきから何本食べてるんですか」
「しょうがないじゃん。だって、お腹空いてるんだもん」
悪びれもなく言う。
なんてふてぶてしいんだろう。
「はぁ……」
思わず溜め息が溢れる。
さっきまで、あんなにカッコいいこと言ってたのに、これじゃ台無しだ。
「……ん?」
……と、不意に、視界の隅に何かの影が映った。
不審に思い、そちらへと目をやる……が、既にそこに先ほどの影はなかった。
代わりに、明らかに串が何本か減っている俺の取り皿が。
そして、対面には何か色々と串を頬張る高礼さんの姿が。
「あーっ!」
直ぐ様、合点がいった。
「ちょっと! 何勝手に人のもの取ってるんですか!」
「ふはははは! 所詮この世は弱肉強食! 弱者に肉を食う権利はないのだー!」
「なら、俺だって!」
ふんぞり返って高笑う高礼さんの目の前の皿から、串を掠めとる。
「あっ! それ、私が取っておいたやつ!」
「そんなこと知りませんよ。弱者に肉を食う権利はないんでしょう?」
「ぐぬぬ……さっちゃんのくせに、なかなか言うじゃない……」
「色々と鍛えられましたから。あ、今のうちに言っときますけど、これ、ワリカンですからね?」
「……本当に逞しくなったね。ちょっと前までなら、素直に奢ってくれてたのに」
「そう何度も奢ってられるほど、お金に余裕ありませんから」
「も〜、本当にわがままなんだから〜」
「高礼さんにだけは言われたくないです」
投げやりにそう返す。
「15番テーブルさん、お会計でーす!」
不意に、背後から威勢の良い声が聞こえてきた。
「先輩たち、出るみたいですけど、どうします?」
「最初はみーちゃんの貞操の危機かと思ってたけど、彼、本格的に草食みたいだし、大丈夫でしょ」
「それじゃ、もう少し飲んでいきますか?」
「そうしようそうしよう。いっそのこと、二日酔いで会社休めるくらい飲もう」
「そうなったら、ちゃんと課長には伝えときますね」
「何言ってんのよ。さっちゃんも、一緒に休むに決まってんじゃん」
「生憎、俺はそんな見境なく飲むタイプじゃないんで」
「え〜。つまんな〜い。それじゃ、より多くお酒を飲んだ方が勝ちにして、負けた方が代金持ちってことで勝負しよう」
「え、でも、そんなの……」
「つべこべ言わない! それじゃ、ヨーイドン!」
どうやって判断するんですかという問いさえ許されない内に、高礼さんは手元にあったチューハイを勢い良く飲み始めた。
「……やれやれ」
そんな高礼さんをよそに、俺は当然アルコールのピッチを上げることなどせず、溜め息混じりに串揚げをつまみ上げるのだった。

月夜 2011年01月18日 (火) 15時32分(233)
題名:天使と悪魔―日常の最中―(第十二章)

――サウジアラビア、リヤド、8/7、現地時間21:00――


――ガチャッ。

洗面所と浴室とを隔てる扉が開き、熱気で白む中から一人の女性が姿を現す。
濡れた短めの黒髪が、光を反射して艶やかに光り、そこから垂れる水滴が、タイルで弾けてピチャッという音を立てる。
日焼けとは明らかに違う褐色の地肌が、彼女が日本人でないことを示していた。
だが、その体つきは日本人女性と比較しても大差ないか、少し小柄なくらいだろう。
女性を象徴する肥沃な胸の双丘と、ふっくらとした肉付きの良い四肢が、なんとも扇情的だ。
しかし、それ以上に今は、身体中の部分部分に見受けられるアザや擦り傷の方が、何倍も痛々しく見る者の目を刺す。
ほとんどの傷がまだかさぶたにもなっていないことから、彼女がこれらの傷を負ってから、まだあまり時間が立っていないことが読み取れた。
「……」
うつ向きがちに目を伏せたまま、彼女は手近に置かれたバスタオルを取り、それを頭から被った。
何を見るでもなく、漠然と床へ向けられている赤みがかった瞳は、心なしか憂いを帯びているように見える。
「……」
しばらくの間、一言も発することなく、微動だにすることもなく、ただただその場に立ち尽くす。
ようやくとさえ言える頃、彼女はバスタオルを使って体を拭き始めた。
さかし、その動きは非常に緩慢かつ力なく、拭いていると言うより、撫でていると表現した方が正確なくらいだ。
粗方全身を拭き終えるのに、時間をかけること数分。
着替えを終えて、洗面所を後にする。
「……サミレフ」
そんな彼女――サミレフの姿に、リビングの方から不安げな声がかけられた。
「……」
その声に反応して……と言うにはあまりにも鈍い動きで、サミレフが目線を上げる。
少し垂れた細い目に低い鼻、微かに見えるえくぼに、弾力のある柔らかそうな唇と、その外見はキレイと表現するより可愛いといった雰囲気だ。
全体的に丸みを帯びた顔つきが、柔和なイメージを連想させる。
だが、あくまでもそれは普段の彼女の姿。
今の暗く沈んだ表情は、傍目にも明らかなくらい絶望の色で満たされており、陰鬱なイメージしか見て取れなかった。
「……」
言うべき言葉が見当たらないといった様子で、声をかけた男性が自ら開いた口を閉じる。
「……お父さん、心配しないで。私なら、大丈夫だから……」
そんな彼の……父の言わんとすることをくみ取り、努めて平気なフリを演じようと、サミレフが笑顔を作る。
……本人は、自分なりに笑っているつもりなのかもしれない。
だが、その笑顔は決して明るいものではなかった。
不安、無気力、絶望……そんな負のイメージばかりをたたえた、疲れきった笑顔だった。
そんな顔で心配しないでなどと言われても、心休まるはずはない。
むしろ、その明らか過ぎるやせ我慢に、見ている方が心苦しい。
「……無理だけはするんじゃないぞ」
下手な慰めを口にすることはできず、かといって気の利いた励ましも思い付かず、結局そんなありきたりな言葉をかけることしかできなかった。
「うん……ありがとう……」
そう、疲弊した笑顔で呟き、静かに寝室へと足を向ける。
「あ、おい……」
「……何?」
「……」
背を呼び止めたものの、生気と輝きを失った暗い瞳に見つめられ、返す言葉に詰まる。
いや、もしかしたら、彼女の瞳は何も見ていないのかもしれない。
父である彼の姿も、その向こうにある壁も。
何も見ず、何も捉えず、何も感じず、ただ声がした方へと、条件反射的に振り向いただけ。
だとしたら、そんな彼女に対して、その目に映ってさえいない彼に、一体何を言えるというのか。
「……いや、何でもない。お休み、サミレフ……」
「……お休みなさい」

――パタ、パタ、パタ。

無音の空間に、階段を上る彼女が鳴らすスリッパの足音だけが、虚しく響き渡る。
「……くそっ!」

――ドン!

力の限り、思いっきり己の足を叩きつける。
それこそ、骨を砕くぐらいのつもりで。
叩いた手に返ってくる痺れと痛み。
だが、足にそれを感じることはなかった。
痺れも痛みも、それどころか、叩かれたという感覚さえも。
「……何も感じない……か」
誰に言うともなく、消え入るような声で呟く。
動くことがなくなってから、一体どれ程の刻が経ったのだろう。
あの日、あの子を助けて動かなくなったこの足に対して、彼は一度も後悔したことはなかった。
むしろ、誇りでさえあった。
だが、それは甚だしい誤解。
二度と動かぬモノに、一体何の価値があろうか。
そのような誇り、無価値な自己満足に過ぎない。
今、彼が真に求めているのは、自らの意思で動き、愛する者の為に走れる足だ。
横目で部屋の隅を見つめる。
タンスに立て掛けられた、古ぼけた松葉杖。
いつ頃からか屋内の移動にしか用いず、外を出歩いていたのは、一体どれ程昔の話だろう。
上体を崩し、腕を松葉杖へと伸ばす。
最近、あまり使っていなかったせいか、直に持っても手に馴染まない。
だが、その程度、今の彼にとって何ら障害にはならなかった。

神よ、今一度、私に立ち上がる決意と力を。
愛しき愛娘と、孫息子のために。

月夜 2011年01月18日 (火) 15時32分(234)
題名:ぼぶのこそだてにっき、いちにちめ

「ただいま〜」
家の扉を開け放ち、約半日ぶりの我が家へ。

――……。

だが、本来返ってくるはずの出迎えの言葉はない。
聞こえてないのか?
「アリー?」
リビングへと向かう。
そこにも求める姿はない。
ソファーには、いつか買ってやった絵本が、開きっ放しで放置されていた。
自分で言うのも切ないが、そう広くない家だ。
探すような場所は限られている。
ここにいないとなると、思い当たる場所は……もう一つしかない。

――まさか……。

慌てて屋根裏へと続く梯子を上る。
果たして、その先にあったのは……、
「!?」
数多の重火器に囲まれながら、ハンドガンを弄くる愛娘、アリートルデの姿があった。
「ア、アリー!?」
「?」
俺の呼び声に反応して、手の中のハンドガンへと落としていた視線をこちらへ向ける。
「あ、パパ! お帰りなさい!」
俺を真っ直ぐに見つめる、純真な瞳と無垢な笑顔。
その姿は、まさに天使。
あぁ、なんて愛らしいんだ。
思わずハグしたくなるじゃないか……って、違う!
そうじゃないだろ、俺!
今は、アリーの可愛さに身悶えている時と場合じゃない!
「? パパ、どうしたの?」
小首を傾げながら、訝しげな目をするアリー。
その様は、まるで子猫かリスといった小動物のよう。
あぁっ!
止めてくれ!
そんな可愛らしい仕草で、俺を誘惑しないでくれ!
そんなことされたら、我慢できなくなっちゃうかもしれないじゃないか!
「パパ?」
座った体勢のまま、アリーが床を滑るようにしてこちらへと近寄る。
ダメだ!
もう限界だ!
よ〜し、パパ、理性ぶっ飛ばしちゃうぞー!
「アリィィィィィィィィィー!」
「え?」

――ガァン!

と、我を失い、今にも彼女へ飛び掛かろうとした矢先、突然轟音が鳴り響いた。
長年聞き慣れた音だ。
それが何であるか、分からないはずはなかった。
アリーの手に握られたハンドガンの銃口から立ち上る湯気と、煙たい硝煙の匂い、そして先ほどの銃声、そしてついでに頬に感じる微かな痛みと湿り気が、トリップしていた俺の理性を呼び戻した。
「ア、アリー……」
「なぁに? パパ」
依然として無邪気な表情を浮かべるアリー。
恐らく、当の本人は自分が何をしたのか、まるで理解していないのだろう。
一瞬、さっきまでの天使のようだった彼女の姿が、悪魔と重なって見えた気がした。
「と、とりあえず、それは危ないから置いておこうか」
そんな彼女の小さな手をそっと掴み、ハンドガンを取り上げる。
「あっ……」
途端、アリーが小さく驚きの声を漏らす。
その残念そうな表情は、まるでお気に入りの玩具を取り上げられたかのようだった。
こんな危なっかしいものを気に入られたら、たまったものじゃない。
「アリー。ここに置かれてるものは、危ないものばかりなんだ。だから、もうここで遊ぶのは止めような」
「えー……せっかく、楽しそうな遊び場を見つけたのに……」
「あのなアリー。ここにあるのは、どれもこれも遊び道具じゃないんだ」
「そんなこと言ったって〜。家の中で一人でゴロゴロしてるだけなんて、つまらないんだもん」
「何言ってるんだ。遊び道具なら、この前買ってきてやっただろう」
「人形とか絵本なんかで、そんないつまでも遊べるはずないよ。大体、アリーそういうの好きじゃないし」
「じゃあ、どういうのが好きなんだ?」
「そういうの」
そう言ってアリーが指差す先には、今は俺の手の中にある、先ほどまで彼女が弄くって遊んでいたハンドガンがあった。
「さっきも言っただろう。これは玩具じゃないんだ。それに、危ないから触っちゃダメ」
「危ないなんて言ってるけど、パパはずっと持ってるじゃん。パパは良くて、何でアリーはダメなの?」
「アリーはまだ子どもだからだよ」
「じゃあ、おっきくなったら、アリーにも触らせてくれる?」
「そうだな。考えておいてやるよ」
「本当に?」
「あぁ」
「やった〜! パパ、ありがとう!」
俺の言葉に、アリーが手放しで喜び、同時に俺の腰へ抱きついてくる。
あぁ、なんと愛らしいのだろう。
「さぁ、さっきも言ったようにここは危ないから、もう下に降りようか」
「うん! ねぇねぇ、ダーツやろうよ! ダーツ! アリー、あれから練習して、すっごく上手くなったんだよ!」
「へぇ〜、そりゃ楽しみだな。それじゃ、晩御飯食べた後にでもやろうか」
「わーい! パパ大好き!」
腰に抱きついたまま、より一層腕に力を込めるアリー。
おい、信じられるか?
俺の腰に幼女が抱きついて、パパ大好き〜なんて、満面の笑顔で言ってくれてるんだぜ?
で、今からそんな幼女と、ダーツで遊んじゃうんだぜ?
そんなの、ダーツだけで終わらせていいのか?
否!
終わらせていいはずがない!
終わる訳がない!
幼女愛至上主義を志す者たちよ。
俺は今、天国への階段を上るぞ!
「……あれ? どうしたの、パパ? 鼻血出てるよ」
「……はっ!」
アリーの無邪気な声と、訝しげな眼差しが、弾けかけといた理性を呼び戻した。
待て!
落ち着け、スラッグ・O・ヴァルカン!
お前は今、何をしようとしていた!?
俺のことを信じてくれているアリーを、裏切るつもりか!?
勘違いするな、スラッグ!
アリーが大好きと言っているのは、彼女の知る父親としての俺なのだ!
幼女を愛する者は、幼女の嫌がることはしない!
幼女の信用を裏切るなど、言語道断横断歩道!
えぇい!
鎮まれ!
鎮まるんだ、俺の中の獣よ!
「パパ、大丈夫?」
「あ、あぁ、大好……大丈夫大丈夫。さ、降りようか」
戸惑い気味のアリーを抱き抱え、俺は必死に欲望を抑えながら、階下へと降りるのだった。

月夜 2011年01月18日 (火) 15時33分(235)
題名:天使と悪魔―日常の最中―(あとがき)






私のお年玉は終了しました

















というわけで、新年早々ローテンションな月夜です。

来年からお年玉あげる側とかマジかよ……

しかし、私は諦めない!

私は知っている。

この世界には、永遠の17歳を公言できる17歳教なる宗教兼ギルドがあることを!

保健室のちょっとエロいお姉さんと言えば、真っ先に名が上がるであろう

あのお方

が開祖であり、その信者にも、信仰厚い雛見沢の

にぱ〜♪

な方や、どこぞのハーレムな学園にやってきた

ショタ全開の魔法先生

や、さくら舞い散る島の料理に難ありな

義妹

や、マジカルなカボチャンと帚に乗ってひたすら空を飛ぶドジッ娘属性の

魔女っ娘

とか、17歳教マジぱねぇ!(゜Д゜)


ってことで、私も是非入会をば……え?


男子禁制?

……(´・ω・`)

月夜ちゃんに入会してもらえばおkですよn(ry




ってわけで、皆さん改めましてあけおめです。

新年始まって最初の作品のあとがきで、こんなにトランスしている私を見て、皆さん安心してくださっておられることでしょう。

私は、これからこんなキャラで社会へ旅立つことに、言い知れぬ不安で胸いっぱいです。

さて、今回また始まりましたO.L.長編作品。
でも、今回はそんなに長々とは続かせない予定です。
まぁ、予定は未定なんですけど。

そして、恐らく次回からまた血生臭い、または泥臭い話になりそうな気がしたので、水亜さんに穏やかな日常シーンを上げたくて、今回こんな感じにしてみました。

ちょっとgdgdな感は否めないけど、次以降スピーディーに展開させるつもりなので、ここはそのための助走期間ということで一つ(´・ω・`)

そして、最後のボブの子育て日記は、これから各話の章末に入れていく予定。
ボブが幼女のアリーに対して、いつまで英国紳士を保てるのか、乞うご期待!


っと、まぁ新年一発目はこのくらいにしておきましょうか。

この作品に対する感想等ございましたら、下の「小説感想アンケート板」または「小説感想掲示板」、「月夜に吠えろ」からお便りとか、まぁどこからでも言ってやって下さい。
月夜が泣いて喜ぶので(`≧ω≦)b


ここまでは、折角元旦早起きしてみたのに、こういう時に限って初日の出が見れない幸の薄い私、月夜がお送りしました。

















来いよ、初日の出! 雲なんか捨ててかかって来いy(ry


月夜 2011年01月18日 (火) 15時34分(236)


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