「あ〜……しんど〜……」
「だからって、そんなにグダらないでいただけません? 見てるこっちまで気だるくなってきますわ」
「そんじゃ見なきゃい〜じゃん」
「真横でそんな態度を取られてたら、嫌が応でも目に入るに決まってるでしょう。今は仕事中なんですから、もっときちんとなさい」
「そんなこと言ったって、寝違えて首がものっそ痛いんだもん……誰かさんのせいで」
「はぁ? 誰かさんって誰のことかしら? まさかとは思いますけど、こんなとこで机に突っ伏したままうたた寝をしてた馬鹿娘を、わざわざベッドまで運んで上げた、親切極まりない女性に対して言ったわけじゃありませんよね?」
「親切極まりないだなんて、自分のことを棚に上げてよくそこまで言えるもんね。私を寝かし付けたいなら、ちゃんと私の安眠体勢くらい把握しててよ。ねぇ? そう思わない?」
「あ、えっと……あ、あはは……」
「……」
――ガシュッ。
「今戻ったぞ」
「あ、おじいちゃん。お帰り〜」
「お疲れ様です、博士」
「博士……お帰りなさいませ。少々お待ち下さい。今、コーヒーを淹れますので」
「あぁ、頼む」
「……」
「ねぇねぇ、貴方、私の安眠体勢知ってる?」
「えっ? あ、いえ……」
「えー。そんなこっちゃダメじゃない。もしかしたら、貴方が寝てる私をベッドまで運ぶこともあるかもしれないんだから」
「いや……ちゃんと、最初からベッドで寝れば……」
「いーい? 先ず、私の安眠体勢の基本はこう、横向きなのね。そんで、手と足の位置がこんな感じで、枕の高さがこれくらいで……」
「あ、えと……その……」
「まったく……またあの娘は……」
「……博士」
「ん? どうした?」
「あの……少しお話があるんですが……」
「話? 何だ?」
「あの、彼のことなんですけど……ここでは少し……」
「……分かった」
――ガシュッ。
「……」
「で、あいつに関して話したいこととは?」
「その……もしかしたら、私の杞憂かもしれませんし、そうであるなら、それに越したことはないのですけれど……」
「君にしては珍しく、煮え切らない態度だな。何やら良くない話であることは予想がつくが……」
「……昨晩、彼の電話での話を、偶然聞いてしまって……」
「内容は?」
「正確には分かりません……ですが、能力には個性がある……リストを送ろうか……そんな言葉が聞こえてきました」
「……そうか。分かった」
「博士、まさかとは思いますが、彼は……」
「現段階では何とも言えん。だが、そのまさかがある可能性は否定できんな」
「……」
「君の言った通り、ただの杞憂に終われば、それが何よりなのだが……疑わしきを放置する訳にもいかない。あいつの行動には、監視を付けざるを得ないだろう」
「そんな……」
「我々の研究内容を考えれば、仕方のないことだ。もしあいつが潔白だったなら、それでいい。これからのあいつを信用する為の布石だったんだと、ポジティブに捉えることだ」
「ですが……今、私が彼を疑っていることに変わりはありません。そんなことで、信頼関係を保つことなんて……」
「根拠無き信頼は、信頼ではない。ただそうであって欲しいというだけの願望だ」
「……しかし……」
「信用の裏返しは疑惑ではなく、不信だ。あいつに対し疑惑を持つということは、あいつを信じていないことと同義ではない」
「……そう……ですわね」
「さぁ、分かったなら君は仕事に戻るんだ。後のことは私に任せなさい」
「……はい、分かりました」
――ガシュッ。
「……」
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