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新世界作品置き場

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タイトル:新世界11 SF

夢奏が見せる悪夢の中、遂に目覚める紗女の神憑。その不気味な狂気が、逆に夢奏へと牙を剥く。一方、三鎚の身に起きた異常に感付きながらも、その命に従うグリッジと、戸惑いを露わにする蒼焔。交錯するその思いに、答えはあるのか……。遂に、全てのメンバーが一ヶ所に集合。急速に展開するであろう、物語の転に当たる今作は、珍しくコメディ要素皆無な新世界第11作目!

月夜 2010年11月17日 (水) 23時37分(152)
 
題名:新世界11(第一章)

「あ〜……しんど〜……」

「だからって、そんなにグダらないでいただけません? 見てるこっちまで気だるくなってきますわ」

「そんじゃ見なきゃい〜じゃん」

「真横でそんな態度を取られてたら、嫌が応でも目に入るに決まってるでしょう。今は仕事中なんですから、もっときちんとなさい」

「そんなこと言ったって、寝違えて首がものっそ痛いんだもん……誰かさんのせいで」

「はぁ? 誰かさんって誰のことかしら? まさかとは思いますけど、こんなとこで机に突っ伏したままうたた寝をしてた馬鹿娘を、わざわざベッドまで運んで上げた、親切極まりない女性に対して言ったわけじゃありませんよね?」

「親切極まりないだなんて、自分のことを棚に上げてよくそこまで言えるもんね。私を寝かし付けたいなら、ちゃんと私の安眠体勢くらい把握しててよ。ねぇ? そう思わない?」

「あ、えっと……あ、あはは……」

「……」

――ガシュッ。

「今戻ったぞ」

「あ、おじいちゃん。お帰り〜」

「お疲れ様です、博士」

「博士……お帰りなさいませ。少々お待ち下さい。今、コーヒーを淹れますので」

「あぁ、頼む」

「……」

「ねぇねぇ、貴方、私の安眠体勢知ってる?」

「えっ? あ、いえ……」

「えー。そんなこっちゃダメじゃない。もしかしたら、貴方が寝てる私をベッドまで運ぶこともあるかもしれないんだから」

「いや……ちゃんと、最初からベッドで寝れば……」

「いーい? 先ず、私の安眠体勢の基本はこう、横向きなのね。そんで、手と足の位置がこんな感じで、枕の高さがこれくらいで……」

「あ、えと……その……」

「まったく……またあの娘は……」

「……博士」

「ん? どうした?」

「あの……少しお話があるんですが……」

「話? 何だ?」

「あの、彼のことなんですけど……ここでは少し……」

「……分かった」

――ガシュッ。

「……」

「で、あいつに関して話したいこととは?」

「その……もしかしたら、私の杞憂かもしれませんし、そうであるなら、それに越したことはないのですけれど……」

「君にしては珍しく、煮え切らない態度だな。何やら良くない話であることは予想がつくが……」

「……昨晩、彼の電話での話を、偶然聞いてしまって……」

「内容は?」

「正確には分かりません……ですが、能力には個性がある……リストを送ろうか……そんな言葉が聞こえてきました」

「……そうか。分かった」

「博士、まさかとは思いますが、彼は……」

「現段階では何とも言えん。だが、そのまさかがある可能性は否定できんな」

「……」

「君の言った通り、ただの杞憂に終われば、それが何よりなのだが……疑わしきを放置する訳にもいかない。あいつの行動には、監視を付けざるを得ないだろう」

「そんな……」

「我々の研究内容を考えれば、仕方のないことだ。もしあいつが潔白だったなら、それでいい。これからのあいつを信用する為の布石だったんだと、ポジティブに捉えることだ」

「ですが……今、私が彼を疑っていることに変わりはありません。そんなことで、信頼関係を保つことなんて……」

「根拠無き信頼は、信頼ではない。ただそうであって欲しいというだけの願望だ」

「……しかし……」

「信用の裏返しは疑惑ではなく、不信だ。あいつに対し疑惑を持つということは、あいつを信じていないことと同義ではない」

「……そう……ですわね」

「さぁ、分かったなら君は仕事に戻るんだ。後のことは私に任せなさい」

「……はい、分かりました」

――ガシュッ。

「……」

月夜 2010年11月17日 (水) 23時40分(153)
題名:新世界11(第二章)

……あぁ、またか。
自分自身さえ把握できない暗闇の中、私は半ばうんざりしたように内心呟いた。
ここは、いつかにも見た夢の中。
一寸先さえも見えない闇。
その中を、私はあてどなくさ迷うだけ。
出来ることならば、こんな夢からは一刻も覚めたい。
そう思い、頬をつねってみる。
……特に痛みはない。
だから、目も覚めない。
やっぱりね。
普通、夢であることを理解したら直ぐに目が覚めて然るべきなんだけど……この夢はそうならない。
そして、こんな夢を見るようになったのは、この世界に堕ちてから。
……いや、それよりもっと正確な表現がある。
あの女……夢奏に出会ってからだ。
怪しいとは思っていたが、こうも立て続けにこんな悪夢を見るとは、ただの偶然とは思えない。
だが、何も証拠がない以上、問い詰めようもないし……。
尻尾を出すのを待つか、この夢の中で、確信に至る何かを見つけるか……。

???「……紗女」

……とか何とか言ってる内に、また拷問の時間みたいね。
声のした方を振り返る。
そこに立っていたのは、予想に違わず彼だった。

蒼空「……」

紗女「……あら、坊っちゃん。ご機嫌麗しゅう」

皮肉たっぷりに言い放つ。
今、私の眼前に立ち、こちらへと歩み寄ってきているのは、彼の姿を偽った幻。
私の中の恐怖が、そのまま形になっただけの、現実には存在しない儚い夢幻。
そう、昨夜のことで理解した以上、そんなものに何を言われようと、今更何ともない。

蒼空「……」

紗女「どうしたんですか、坊っちゃん……っと、こう言っちゃうと、本当に坊っちゃんに向けて言ってるみたいで心苦しいですね。所詮は私の夢の中の、偽者でしかありませんのに」

蒼空「……」

紗女「……今回は何も喋らないんですね。まぁ、何を言われても不愉快でしかないですけど」

蒼空「……」

――スッ。

私の目の前に立ったそいつが、首の方へと手を伸ばしてくる。
私の首を締めようとでもいうのだろうか?
夢の中で何をされたところで、痛くも痒くもないのに……無駄なことを。

――ガッ!

紗女「……っ!?」

なっ……く、苦しいっ……!?
そんな……さっき頬をつねった時は、思い切りやっても何ともなかったのに……!?

蒼空「……」

――ググッ。

無言のまま、より強い力で締め上げてくる。

紗女「ぐ……がっ……!」

反射的に、私の首を締めるその両腕を掴む。
引き剥がそうと力を込めるが、こいつの力が強いのか、それとも私の力が弱っているのか、はたまた何か全く別の力でも働いているのか、まるでビクともしない。

蒼空「……」

――グググッ!

紗女「あ……か、はっ……」

ヤ、ヤバイ……意識が朦朧としてきた……。
くっ……何とか……何とか、しない……と……。

――ドン!

っ!?
な、何、今のは!?
息苦しさが……消えた?
いや、消えたのは息苦しさだけじゃない。
首を締め付ける痛みも、その腕を掴んでいる手の感覚も、不気味な浮遊感も、何もない。
これは、一体……。

???「クカカカ……やっト、出らレタた……」

っ……!?
今のは……何?

???「……イヒヒヒ、久しブリのカラだ……ケヒャヒャヒャヒャヒャ!」

これ……私の口から出てるの……?
違う!
私、そんなこと言ってない!

???「そウ……怖がラらなくテモ、イィぃぃぃ! ワダシはンまぇ……ンまぇは、ワダシなのだカラら……」

私が貴方で……貴方が私?
何を言ってるの、貴方?

???「クカカカ……いズレ、スグに分かル……。今ハ、目ノ前のこいツヲ……」

――ガッ!

あっ!
ま、待っ……。

――ベキッ!

っ……!
骨の砕ける鈍い破砕音。
誰よりも慕う彼の姿が、無惨に折れ、砕けていく様を見たくなくて、私は逃げるように目を背けた。

――ベキャッ! グシャッ! ゴキャッ!

???「ヒャハッ! 脆イ! 脆イいぃぃィィ! モッと砕ケろ! モッと潰レろろィィぃ!!」

――ゴキッ! バキャグチャッ!

……音が鳴り止む。
恐る恐る目線を上げたその先には……

蒼空「……」

……首から上を捻りきられ、胴体を縦に引き裂かれ、両の腕を根元から握り潰された、無惨な首なしの死体があった。
噴水の如く噴き出す鮮血が、私でない私の全身を生臭く包み込む。
見るに耐えない光景だ。

――ググッ!

だが、そのような姿に成り果てど尚、そいつの腕は未だにこの首を締め上げていた。
自分の夢ながら、まさに悪夢と呼ぶにふさわしい現象だ。

???「何ィイ言ってるンだ? ンまぇ、コレがマダ動イてテルように見エルのォか?」

見えるも何も……実際、首を締めてきてるじゃないか。

???「クカカカ……にブイおォンナだ。ソレじゃあ、ンまぇにも分カルようニしてヤるよ」

耳障りな声でそう言って、そいつは未だに首を掴んでいる死体の腕を握った。

――バキグチャバキャッ!

肉を潰し、骨を砕きながら、その腕を乱雑に引きちぎってゆく。
肘から上がねじ切られ、手首が砕き潰され、最後に手が引き裂かれる。
そしてついに、跡形もなく腕が消え去るに至った。

――ググッ!

……にもかかわらず、未だに首を締める圧力は消えない。
どういうことだ?

???「どうイウこトカハ、そこノヤツニ聞けバいイィぃンじゃナイか?」

そこの奴?
私でない私が背後を振り返るのに併せて、私も後ろへと視線を送る。

???「……」

そこに座す、一人の和装姿の女性。
その眼前には、巨大な琴があり、そこから伸びる一本の弦が、私の首に巻き付いていた。
うつ向いているせいで表情は伺えないが、見紛うはずはない。
間違いない……夢奏だ。

???「ンまぇノ予想通リ、コイぃツが、コノ悪夢の元凶みたイぃだナ」

夢奏「動かないで頂けますか?」

一歩、夢奏の方へと足を踏み出した私を、彼女が今までに聞いたことのない暗い声音で制する。

夢奏「それ以上こちらへと近づくおつもりなら、首と胴体が離れることになりますよ?」

普段の彼女が見せる穏やかな眼差しとは似ても似つかぬ、鋭く吊り上がった目つき。
眼光だけで殺さんと言わんばかりの尖鋭な目が、彼女の言葉に嘘偽りがないことを示していた。
ようやく、本性を現したと言ったところだろうか。

???「クカカカ……ソレで、ワダシヲ脅してテルつモリか? バカダな、ンまぇ」

そんな夢奏の言葉などまるで意に介さず、私じゃない私は、嘲るような笑いと共に、悠然と歩みを進める。
なっ、何てことを!?
こいつは、今の夢奏を見て何も感じないのか!?
あの目は本気の目だ!
ただの脅しなんかじゃない!
このまま近付けば、私の首は間違いなく飛ぶ!
ちょっと!
何余裕見せつけてんの!?

???「クカカ。ヤらせてヤレばいイィィィヒヒヒヒ……」

しかし、そんな私の忠告などまるで意にすら介さず、故にその歩みが止まりはしない。

夢奏「……警告はしましたからね」

冷たい声でそう言い放ち、夢奏は琴に這わせていた指で、弦を小さく弾いた。

――ピン。

そんな乾いた音と共に、首に巻き付く弦が更にその力を増す。
皮膚を裂き、首に食い込む弦。
数瞬の後、それは肉を抉り、骨を砕き、私の首をはね飛ばした。
血飛沫を撒き散らし、地へと転がり落ちる首。
それを、私は直ぐ後ろから、第三者のように眺めていた。

???「……」

耳障りな笑い声が消え、その動きを停止する私の体。
あぁ、言わんこっちゃない。
こうなることは、こいつも分かっていたはずなのに……。

夢奏「……」

依然として、冷たく無機質な目付きのまま、彼女は小さく弦を弾いた。
つい先程、私の首をはね飛ばした赤く染まった弦が、うねる蛇のような動きで彼女の琴へと戻っていく。

夢奏「……自業自得ですわ」

凍てつく程に無感情な声で、夢奏がそう吐き捨てる。
その様を見て、思う。
……この女が、坊っちゃんに向けていた、あの明るい笑顔も、はにかんだような笑みも、不安に揺れる陰りの差した表情も、全ては偽り。
坊っちゃんを騙すための仮面だったんだ。
背筋を不気味な怖気が走る。
こいつだけは……こいつだけは、何としても坊っちゃんの側から引き離さなければ……。

???「クカカ……何ヨゆうヅらシテルるんだ?」

夢奏「っ!?」

っ!?
し、喋った!?
バカな……首を撥ね飛ばされてるのに、喋れるはずが……って、そういえば、これは夢の中だったっけ。
さっきも思ったことだけど、本当に何でもありね。

???「クカカカ……」

耳障りな笑い声と共に、そいつが揺らめくロウソクのような動きで立ち上がる。
依然、切断された首からは血が汚ならしく飛び散り、周囲に飛散しては黒に埋まって見えなくなってゆく。
そんな中、こいつは髪を掴み、地に転がった首をぶら下げるように持ち上げた。

???「ケケ……ナニヲ驚いテルる? ここハワダシの夢ノ中……支配シテいルのは、ンまぇジャなく……コのワダシイいぃィィ!」

夢奏「くっ……!」

月夜 2010年11月17日 (水) 23時42分(154)
題名:新世界11(第三章)


苦々しく不快に顔を歪めながら、傲慢に高笑う私でない私に向かって、夢奏が再び弦を飛ばす。
今度のそれは一本ではなく、複数。
四本の細い弦が、しなる鞭のような動きで、四方から襲いかかる。

???「クカカ……」

しかし、こいつはそれを前にして尚動かず。
ただ呆然と……いや、意図的に、わざとその場に立ち尽くすのみ。
その四肢へと巻き付く弦。
皮膚を破り、肉を裂き、血を吸った赤い弦が骨を断つ。
根元から切り落とされる、両の腕と足。
毒々しい鮮血を噴き荒らして、為す術なく胴体が崩れ落ちる。
支えを失った首が、再び地に落ち、夢奏の方へと転がってゆく。

???「アヒャッ! 痛イ! 痛いイィぃヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒぃィィ!!」

夢奏「うっ……」

直ぐ眼前で上がる狂気に満ちた笑い声に、夢奏が口元を手で押さえる。
と同時に、空いているもう片方の手で弦を操り、けたたましく笑う顔を、文字通り八つ裂きに切り裂く。

???「ケヒャヒャヒャヒャ! 痛イ? 痛い! 痛いヒヒぃィィけど痛クなヒィぃぃヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒャヒャヒャヒャ!!」

しかし、それでも尚止むことのない笑い声。
しかも、それは一所ばかりから聞こえるものではなかった。

???「痛いヒィぃヒヒヒヒヒハハハハハハハハハ!!」

???「八つ裂キききキきキキもチイいいぃィィヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒキャキャキャキャ!!」
???「ンまぇも八つ裂キキキキャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャ!!」

不愉快極まりない狂った笑い声。

夢奏「ちっ……」

だが、その出所が定められないのか、夢奏は舌打ちと共に周囲を見回すことしか出来ずにいた。
無理もない。
何故なら、その声の音源は……。

???「マダ気づカナいのカ? ンまぇモにブイおォンナだ……自分ノ目の前デ起きタ異変サエ、把握できキナイとはナ……クカカカ」

夢奏「何を……っ!?」

そこで、彼女は初めて気付く。
その声の内一つが、自分の直ぐ近くから聞こえていることに。
慌てて視線を下に下ろす。

夢奏「ひっ!?」

短い悲鳴を上げ、夢奏は先程まで奏でていた琴から、逃げるように後退った。
その視界に入ったのは、弦を通じて飛んだ、返り血を浴びた琴。
その表面には、そいつの醜悪な顔が浮かび上がっていた。

???「ケケケケケケ、怖イ? 怖いィヒヒヒヒぃィィ!?」

今度は直ぐ背後から。

夢奏「!?」

弾けたように後ろを振り返る。
そこには、八つ裂きにされた顔の断片が、血を足らしながら浮遊していた。

夢奏「いやぁっ!!」

立ち上がり、耳を手のひらで押さえて駆け出す。

???「キャキャキャキャ! 逃ゲル? 逃げルるウウうゥぅぅぅ!」

???「デモ、ドコに? ドコニ逃ゲるウウうゥぅぅぃイヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒ!!」

しかし、その声は小さくならない。
いや、むしろ大きくさえなっているはず。
それが何故か……彼女も気付いたのだろう。

夢奏「……」

ふと立ち止まり、耳を押さえつけていた手を離すと、恐る恐るその手のひらを眼前に持ち上げる。
そこには……、

夢奏「い……」

???『クケケケケケケケケケケケケ!!』

けたたましく笑う歪んだ顔が、膿んだ傷のように蠢いていた。

夢奏「いやああああああああああああああああぁぁっ!!」

絶叫。

――ピィン。

そして、どこかから聞こえてきた、張り詰めた糸を切る短い音。
それを境に、世界が暗転し、全ての音が消え去る。
何も見えない。
何も聞こえない。
何も感じない。
そして、次第に薄れてゆく全身の感覚神経。
睡魔や目眩といった類いとは全く違う、抗いようのない肉体と自我の解離。
為す術なく、私は意識の瞼を下ろした。

月夜 2010年11月17日 (水) 23時42分(155)
題名:新世界11(第四章)

「はっ……はぁっ……」
荒々しく乱れる呼吸。
肩の上下動が止まらない。
まるで、肺の中の空気を無理やり絞り出されたみたいだ。
あまりの息苦しさに、胸を強く押さえる。
その手を伝って感じられる、激しく高鳴る動悸。
今にも、心臓が弾け飛びそうだ。
「はぁっ……すぅ……はぁ……」
胸に手のひらを押し当てたまま、瞳を閉じて大きく深呼吸をする。
「すぅ……はぁ……すぅ……はぁ……」
何度も、何度も繰り返す。
……やがて、血管を破らんばかりの勢いで流れていた血流も、徐々に落ち着きを取り戻し始めた。
「……」
ゆっくりと目を開く。
辺りに人の気配はなく、赤く巨大な月が、その晧晧たる輝きで世界を照らしている。
体に感じる風が、普段に比べてやけに冷たい。
最初は夜の冷気のせいかとも思ったが、何気なく首筋に手を触れて気付いた。
私が、尋常じゃないほどの汗をかいているということに。
額、鼻、首筋、胸、背中……どこもかしこも汗でベッタリだ。
あぁ、気持ち悪い。
どこかで湯浴みでもしないことには、この不快感は消えそうにないな。
全身を苛む疲労感から、直ぐ背面に立つ木にもたれかかる。
ゴツゴツとした感触は、お世辞にも心地良いものじゃなかったけど、それでも何かに身を預けられるだけで、大分マシだった。
……それにしても、まさかこんなことになろうとは、正直、予想もしていなかった。
私の力は、相手の夢の中に忍び込み、悪夢を操って心を壊すというもの。
どんなに屈強な肉体を持っていようと、そんなものは所詮器。
剥き身の心というのは脆いもので、記憶の中からその人間のトラウマや負い目を漁り、軽く弄くってやれば、それだけで簡単にひび割れる。
そういった記憶がなくとも、その人間が今までに築き上げてきたもの……例えば、地位であったり、名誉であったり、他者との信頼関係だ。
それをズタズタに引き裂いてやれば、心は深刻な被害を被る。
後は、少しずつ……少しずつ、ジェンガのピースを抜き取るように、心に穴を開けていき、最後に一思いにバラバラにしてやれば、それで廃人の完成だ。
今まで、私はこの手法で、何人もの心を壊してきた。
しくじったことなどない。
一度標的を定めたが最後、私の支配下にある夢の中で、抗う術も逃げる場所もないのだから。
……そう、今までは。
まさか、狩る側であるはずのこの私が、相手の夢の中で主導権を握られ、あまつさえ狩られる側に回ってしまう日が来ようとは……。
両の目の焦点を、琴へと集中させる。
私から見て手前より二本目……相手の夢に入り込むための弦が、根元から切れていた。
それを切ったのは、当然私だ。
こうするしかなかった。
弦を切って、無理やり夢を終わらせる他、あの戦慄から逃れる手段がなかった。
そうしていなければ、今頃私の心は、恐怖に屈して壊されていただろう。
私が……こんな屈辱を……っ!

――ギリッ。

気味の悪い歯軋りの音が、痛みと共に体に染み込む。
消え去った恐怖と入れ違いに込み上がってくるのは、怒りと形容するのも生温い憤怒。
だが、その対象はあの女以上に、夢の中での私自身に向けられていた。
「……」
握る拳に力がこもる。
それこそ、指の骨を砕くぐらいのつもりで。
しかし、非力な私では、いくら拳を強く握り締めたところで、せいぜい肌に爪痕が残る程度。
骨を砕くことは疎か、皮膚を貫いて血を流すことさえ叶わなかった。
荒れ狂う胸中の憤りは、治まる気配さえ見せない。
だが、冷静になれ……。
冷静に、冴えた思考で、今までの状況を、そして現状及びこれからを予測するんだ。
夢の中で出会したあの狂った奴が、紗女の神憑と見てまず間違いないだろう。
私の操る夢の中で、逆に私に悪夢を見せるなどという芸当が出来ることから察するに、奴の力も人の夢や心に影響を与えるものと考えられる。
それも、私より上位の。
切れた夢入の弦は、しばらくすれば自然に直るけれど、あいつを悪夢の中で殺すのは無理そうだ。
となれば、現実の世界で殺すしかない。
殺すしかないのだが……私の力は、お世話にも現実での戦闘には向いていない。
弦の内数本は、伸縮自在の鞭のように使えるけれど、現実世界で力を発揮できるのはそれだけ。
しかも、鞭のようにとは言ったが、所詮は音を奏でるための糸。
強度も破壊力も、本物の鞭には遠く及ばない。
夢の中でもやったように、相手の首に巻き付けてはね飛ばすくらいのことは可能だが……なにぶん時間が掛かる。
相手が少し場慣れした輩なら、巻き付けてはねるまでの間に、あっさりと弦を切られてしまうだろう。
だが、攻撃手段云々以前の問題に、弦を操作するという私の能力の特性上、力を使うためには目の前に琴がなくてはならない。
何の自慢にもならないが、私は非力だ。
こんなに重い琴を持って移動するなんてこと、どう頑張ったって出来はしない。
つまり、私が力を使おうと思ったら、琴の前から一切動けないということだ。
その場を動けず、攻撃手段も乏しく、その威力も今一つとくれば、それはもはやただの的。
どうぞ、思うがままに殺して下さいと言っているようなものだ。
……ははっ、我が力ながら、なんと貧弱貧相なのだろう。
ここまで不利な力関係で、尚戦いを挑むなどと、無謀を通り越して目に見える犬死にだ。
合理的に考えるなら、他の誰かと交代するか、力を借りるべきなのだろう。
「……あり得ないわ」
そう小さく呟き、私は首を振ってそんな思考回路を拒絶した。
他の誰かと交代?
力を借りる?
ここまでコケにされて、すごすご引き下がると言うのか?
あり得ない。
そんなこと、どれだけ合理的であろうと、誰に何を言われようと、私のプライドが許さない。
あいつだけは、何としてもこの手で殺してやる……!
《夢奏、聞こえるか》
と、不意に、耳慣れた声が聞こえてきた。
聞こえてきたと表現はしたが、私の中に直接響いてきている声だから、他の誰の耳にも届いてはいないが。
《はい、聞こえますわ》
《定時連絡の時間だ。集合してもらっても構わないか?》
《……えぇ、構いませんわ》
辺りに人気が無いことを再確認してから、返事を返す。
《よし。なら、少し待っていてくれ》
《了解しました》
そっと目の前の琴に触れ、巨大化させていたそれを再び髪飾りに戻し、頭に挿す。
仕方ない……あいつのことは、また後で考えよう。
「……貴女は、私が殺す……必ず……」
立ち並ぶ木々の向こう、あいつが寝ているであろう方角を一瞥した後、私はその場に立ち上がり、静かに瞳を閉じた。

月夜 2010年11月17日 (水) 23時45分(156)
題名:新世界11(第五章)

三鎚「……」

蒼焔「……なぁ、グリ爺」

グリッジ「なんじゃ?」

蒼焔「昨日のあの女の件、兄上の仕業だと思うか?」

グリッジ「普通に考えるなら、そうじゃろう。この世界に来ている男で、且つ一人というのなら、あやつ以外に該当者はおるまい」

蒼焔「しかし、兄上の能力は限定的な通信と瞬間移動だ。身体能力は俺たちの中で一番だろうけど、それだけであれほどの攻撃が出来るものか?」

グリッジ「無理じゃな。人間の体を吹き飛ばし、あんな轟音を巻き起こす程の勢いで木に叩きつけるなど、不可能じゃろう」

蒼焔「だとしたら、可能性として考えられるのは二つ。兄上の体に、何かしらの異常が起きた。もしくは、この世界に新しく何者かがやってきて、宿った神憑の力で彼女を吹き飛ばした」

グリッジ「後者だとすれば、些か神憑の覚醒が早すぎるのう。まぁ、あり得なくもないが」

蒼焔「……こうして見る限り、兄上に異常はなさそうだし、俺はそっちの可能性が濃厚だと思う」

グリッジ「どうじゃろうな……。まぁ、ここで二人で討論していても仕方あるまい。夢ちゃんが来るのを待って、本人に聞けばよかろう」

蒼焔「……それもそうだな」

夢奏「……っとと。皆さん、お待たせいたしました」

グリッジ「おぉ、夢ちゃん。久しぶりじゃのう」

夢奏「あら、グリ爺。ご機嫌麗しゅう」

蒼焔「久しぶりって……昨日も一昨日も会ってるだろ」

グリッジ「夢ちゃんのような可愛い娘には、半日会わないだけでも久しぶりになるんじゃよ。のう? 夢ちゃん」

夢奏「さすがはグリ爺ですわ。良く分かっていらっしゃる」

蒼焔「……お前、少しは謙虚さの欠片でも見せろよ」

夢奏「だって本当のことなんですもの。過ぎた謙遜は卑屈になりますわ」

蒼焔「謙遜なんてしたことないだろうに……」

三鎚「さて、これで全員集まったな。それじゃ、順々に報告してもらおうか」

夢奏「はい。こちらは状況に特に変化ありません。あの女の心を壊している最中ですわ」

三鎚「どれくらい時間が掛かる?」

夢奏「そうですわね……明日、明後日中には、始末してみせますわ」

三鎚「よし、引き続き頼む」

夢奏「えぇ、お任せ下さい」

三鎚「蒼焔とグリッジの方はどうだ?」

蒼焔「こちらは、また新たに白月という女の神憑が覚醒しました」

三鎚「またか。どんな能力だ?」

グリッジ「この世界の維持存続を司る力と言っておったが、実際にはそんな大層なものでもないようじゃな」

夢奏「この世界の維持存続を司るって、どういうことですか?」

蒼焔「文字通りだよ。彼女が生きている間、この世界は滅びることなく続くが、彼女が死ねば、それを境に崩壊へとひた走るらしい」

夢奏「それのどこが大層でもないんですか。彼女が死んだら、この世界はおしまいなんでしょう?」

グリッジ「正確に言えば、彼女の存在が消えればということらしいがの」

夢奏「存在が消える……?」

蒼焔「神憑を宿した人間が死んでも、その神憑まで死ぬわけじゃない。次に宿る人間が現れるまで、永く眠るだけだ。それを死ぬとは呼ばないってことだよ」

グリッジ「まぁ、早い話が、噐と中身を同時に破壊されない限り、神憑が消えることはないというわけじゃ」

夢奏「なるほど。その考え方でいくなら、その神憑は無力というわけですね?」

蒼焔「まぁ……そういうことになるな」

夢奏「でしたら、何の気兼ねもなく殺せると」

三鎚「……いや、そうとも限らないぞ」

蒼焔「えっ?」

夢奏「三鎚さん、それはどういう意味ですか?」

三鎚「その言葉が、信用に足るとは言い切れんということだ。例え真実だったにせよ、万が一ということもある。可能ならば、その女はこちらで捕らえて、生かさず殺さずその身柄を拘束しておきたいところだな」

蒼焔「生かさず殺さず拘束……ですか……」

三鎚「あぁ。出来そうか?」

グリッジ「ワシと蒼焔だけでは無理じゃろうな。あの連中全員を敵に回すようなマネをして、五体満足で居られるとは思えん」

三鎚「本当にそうか? お前なら、それくらい何とでもなるんじゃないか?」

蒼焔「……」

グリッジ「……そうじゃな。出来なくもないじゃろう。だが、確実性には欠けるぞ?」

三鎚「そうか。……だが、まだ覚醒していない輩は、例のS.I.保持者を含めて二人……そろそろ動き出さないとな」

蒼焔「……兄上、もう一つ報告があります」

三鎚「ん? なんだ?」

蒼焔「昨日、蒼竜という名の女性が、意識不明の重傷で発見されました」

三鎚「あぁ、それなら俺がやった」

グリッジ「……お主が?」

蒼焔「……失礼ですが、兄上の能力は限定的な通信、及び瞬間移動のみのはず。あれほどの勢いで人を吹き飛ばせるような力があるとは、存じ上げませんが……」

三鎚「あれは、恐らくあいつ自身の力だ。殴りかかった俺の方も、あいつ同様大きく吹き飛ばされたからな。覚醒して間もなかったのか、それとも負傷のせいなのかは分からんが、上手く力を制御できなかったんだろう」

蒼焔「そうですか……」

三鎚「あの女はまだ生きているのか?」

グリッジ「うむ。例の連中の中に、怪我を一瞬で治してしまう者がおってな。彼女が傷を塞ぎ、瀕死の状態は免れたようじゃ」

三鎚「そうか……そいつは厄介だな……」

蒼焔「えっ……?」

三鎚「そんな治癒能力を有する者が居たのでは、致命傷が致命傷にならない。そいつは、真っ先に始末しておきたいところだな」

夢奏「当然ですわね」

蒼焔「……殺れ、と?」

三鎚「あぁ。そいつを殺しつつ、例の女の身柄を拘束する……あぁ、ついでにさっきの死に損ないにもトドメを刺しておいてくれ。……できるな?」

蒼焔「……」

グリッジ「……よかろう」

蒼焔「グ、グリ爺!?」

グリッジ「何を驚いておる? ワシらが連中の懐に潜り込んだのは、いずれこうなった時、迅速に行動を起こせるようにする為じゃろう?」

蒼焔「それは……そうだけど……」

夢奏「……まさかとは思いますけど、蒼焔……貴方、連中と過ごしている内に、妙な情でも沸いたんじゃないでしょうね?」

蒼焔「……」

夢奏「……無言は肯定と取りますが、それでよろしいですか?」

蒼焔「……そんなことはない」

夢奏「本当に?」

蒼焔「あぁ……」

夢奏「……」

蒼焔「……」

夢奏「……まぁ、良いでしょう。私は私で、やるべきことをやるだけですわ……貴方も、そうするべきです」

蒼焔「……分かってる」

グリッジ「……」

三鎚「よし、それじゃこれで会議は終了だ。各自、行動に移ってくれ」

夢奏「了解しました。それでは、私はこれで。失礼します」

グリッジ「うむ。頑張るんじゃぞ、夢ちゃん。だが、決して無理はせんようにな」

夢奏「ありがとうございます。ですが、心配には及びませんわ。では……」

グリッジ「……さて、じゃあ、ワシらも戻るとするか。行くぞい、蒼焔」

蒼焔「……」

三鎚「……ん? どうした、蒼焔」

蒼焔「……兄上」

三鎚「何だ?」

蒼焔「その……」

三鎚「……」

蒼焔「……いえ、やっぱり何でもありません……」

三鎚「そうか。なら、お前も早く持ち場に戻ることだ」

蒼焔「……はい、分かりました……行こう、グリ爺」

グリッジ「……あぁ」

三鎚「……」

月夜 2010年11月17日 (水) 23時46分(157)
題名:新世界11(第六章)

蒼焔「……グリ爺」

グリッジ「何じゃ?」

蒼焔「……俺が何を聞こうとしているのかくらい、わざわざ言わなくても分かってるだろ?」

グリッジ「……まぁの」

蒼焔「あれは……兄上じゃない」

グリッジ「……」

蒼焔「兄上は……あんな人じゃない。ここがどれほど残酷な世界か、兄上は良く知ってる。そんな兄上が、敵相手とは言え、生かさず殺さず身柄を拘束しろだなんて、言うはずがない……!」

グリッジ「……」

蒼焔「グリ爺もそう思うだろ!?」

グリッジ「……そうじゃな。あやつは、口にこそ出さなかったが、他の誰よりお前を気にかけていた。兄と呼んで慕ってくるお前のことを、本当の弟のように思っているのじゃろう。そんなお前の身の危険も顧みず、かような命令を下すとは思えん」

蒼焔「……やはり、兄上の身に何か……」

グリッジ「じゃが、表立った異常は特に見当たらなんだ。傍目からは、ある意味いつも通りじゃったがのう」

蒼焔「いつも通りなんかじゃない……あれじゃ、まるで姿形を兄上に似せただけの別者だ……!」

――ガサッ。

『っ!?』

――……。

蒼焔「……グリ爺」

グリッジ「……誰かおるのか?」

――ザッ。

ルア「あ〜、やっぱこういうコソコソしたことは苦手だぜ。俺の性に合わねぇや」

蒼焔「艦隊……じゃないな。お前、誰だ?」

ルア「そういや、お前らは知らなかったか? 俺はルア。このバカの神憑だ」

艦隊《誰がバカだ! 人の体乗っ取った挙げ句、バカ扱いしてんじゃねぇ!》

ルア《バカにバカと言って何が悪い? 悔しかったら、少しは理知的なとこを見せてみろや》

艦隊《何をおっしゃる。俺の行動はいつも理性に満ち満ちて……》

グリッジ「……お主、なぜこのような場所にいる? 普段なら、今もまだ寝ているはずなんじゃが?」

ルア「まぁな。ただ、今夜は何とも面白そうな場面が、たまたま視えちまったんでな」

艦隊《無視すなー!》

ルア《はいはい。わぁーったから、少し黙ってろ》

艦隊《ぬぐぐ……軽くあしらいやがって……》

ルア「で、ちょっと様子を伺いに来てみたら、面白そうな話が聞こえてきたんだが……ありゃ、俺の幻聴とかじゃあねぇよな?」

グリッジ「……どこから聞いておった?」

ルア「四人程集まって、何やら話をしていたのは視えたが、この耳で聞いたのは、兄上がどうこう言ってたお前らの話だけだぜ」

蒼焔「……」

ルア「殺る気マンマン……ってとこか? 殺気しか感じないぜ、お前。まぁ、その方が俺も殺る気になれるからいいけどな」

艦隊《ちょ、ちょっと待てよ! お前、蒼焔を殺す気か!?》

ルア《当たり前だろうが。何寝ぼけたこと言ってんだ?》

艦隊《何が当たり前なんだよ!? 何で蒼焔を殺さなきゃならないんだ!?》

ルア《はぁ? お前、あっちが殺す気なんだぜ? んなもんこっちも殺しにかかるのは当然の対応だろ》

艦隊《そんなバカな! 蒼焔が、俺たちを殺そうとするはず……》

ルア《それじゃあお前、あいつのあの目を見ても、まだ同じことを言えるんだな?》

艦隊《えっ……?》

蒼焔「……」

艦隊《……そ、蒼焔……》

グリッジ「……」

ルア「……あんたも、準備オッケーって感じだな

艦隊《……グ、グリ爺まで……》

ルア《覚悟を決めるんだな……来るぞ》

艦隊《ま、待てっ!》

ルア《っ!? お前、何を……》

――ドン!

艦隊「蒼焔! グリ爺!」

蒼焔「……艦隊か」

艦隊「二人共、どうしたって言うんだよ! 何でそんなに好戦的になってるんだ!」

グリッジ「お主は……いや、お主らは、ワシらの秘密を知ってしまった。見逃すわけにはいかん」

艦隊「秘密ってなんだよ! 俺たち以外の誰かと喋ってただけだろ!? 見逃すとか訳分かんねぇよ!」

蒼焔「……」

艦隊「……俺たち、まだ会って間もないけど、仲間だろ? 少なくとも俺はそう思ってる。今だってそうだ。それとも、そんなのはただの俺の勘違いで、お前らは何とも思ってないとでも言うのか?」

蒼焔「それは……」

グリッジ「……あぁ、そうじゃ」

艦隊「っ!?」

グリッジ「今まで隠していたが、ワシらはお主たちのように、何も知らずにこの世界に迷い込んだのではない。この世界を管理している連中から、故意に送り込まれたんじゃ」

蒼焔「……」

艦隊「この世界を管理している……令定者とかいう奴らか」

グリッジ「お主らはそう呼んでいるようじゃな」

艦隊「そんな連中の命令に、何で従わなきゃいけないんだよ! そんなの無視すれば良いだろ!?」

グリッジ「そうもいかんのじゃよ。ワシらが生きるためにはの」

艦隊「そんな……何とかならないのか!?」

グリッジ「何ともならんよ。お主らが、ワシらの要求通りにしてくれんことにはな」

艦隊「要求……ってことは、俺たちがその通りにすれば、蒼焔やグリ爺が死ぬことはないんだな!?」

グリッジ「まぁ、そうなるな」

艦隊「何だ! どうすれば良いんだ!? 言ってくれ! 俺たちに出来ることだったら、何でもしてやるぞ!?」

グリッジ「死んでくれ」

艦隊「っ!?」

グリッジ「……お主に求められる要求はただ一つ、これだけじゃ」

艦隊「そ、そんな……」

蒼焔「……」

艦隊「……蒼焔……お前も、考えてることは同じなのか……?」

蒼焔「……」

艦隊「……なんだよ……何とか言ってくれよ……」

ルア《無言は肯定と同義たぁ、良く言ったもんだぜ?》

艦隊「うるさい!」

ルア《現実を受け入れろ。お前がいくら喚いたところで、あいつらの考えは変わらねぇよ》

艦隊「うるさいうるさい!」

ルア《いい加減にしやがれ! これ以上わがまま言ってたら、お前、死ぬぞ!?》

艦隊「お前は黙ってろ! そんなわけがあるか! 蒼焔が……グリ爺が、俺を殺すなんてこと、あるはずないだろっ!」

蒼焔「艦隊……」

グリッジ「……」

ルア《大概にしとけよ、お前! 駄々こねてんじゃねぇ! 本当に殺されるぞ!》

艦隊「うるさい! うるさいうるさい!! お前なんかに何が分かる! 蒼焔もグリ爺も、俺たちの仲間だ! そんなこと、あるわけが――」

――ダッ!

蒼焔「っ!? グ、グリ爺!?」

艦隊「えっ?」

――ドスッ!

艦隊「――っ!?」

――バキャッ!

艦隊「かはっ!?」

――ドサッ。

ルア《艦隊!!》

グリッジ「……」

艦隊「グ……グリ……爺……蒼……焔……」

蒼焔「……」

ルア《おい! しっかりしろ!》

艦隊「な……んで……」

月夜 2010年11月17日 (水) 23時47分(158)
題名:新世界11(第七章)

艦隊の意識が消え、肉体が脱力感に支配される。
それと同時に、俺を拒んできた力が消え去った。
ただ倒れ伏すだけの体の制御を得た俺は、直ぐ様その場に立ち上がる。
「くっ……」
瞬間、胸から腹部にかけて走るズキズキとした鈍い痛み。
再度その場に崩れ落ちそうになる膝を叱咤し、距離を開けるべく大きく後方へと飛び退いた。
アバラがイカれてやがる。
しかも、一本や二本程度じゃねぇ。
いくら無防備だったとは言え、一撃でここまでのダメージとは……野郎、いよいよもってただのジジイじゃねぇな。
とは言え、口からの吐血はほとんどない。
ただ単に骨が折れただけで、内臓に損傷はないらしい。
不幸中の幸いというやつか。
……にしても、
「……てめぇ、やってくれるじゃねぇか……!」
口の端から垂れる血を拭いながら、眼光鋭くグリッジを睨み付ける。
「……今度はルアか」
そんな俺の目を真っ直ぐに見つめ返し、グリッジが小声で呟く。
「無防備な奴に向かって、あんな一撃を打ってくる辺り、てめぇも相当外道だな」
「外道とはまた酷い言われ様じゃな。ワシは、ちゃんと死んでくれと言ったはずじゃが?」
「だから何だってんだよ。死んでくれと言ったから、死ぬのが当然だとでも言うつもりか?」
「そうまでは言わんがな。しかし、こちらが明らかな殺気を放っているにもかかわらず、それを前に何の対処もしない己を棚に上げて無防備などと、図々しいとは思わんか?」
「……」
まぁ、確かに奴の言う通りだ。
死ねと目の前で言われた上で、且つ身構えないなど愚の骨頂。
どうぞ殺して下さいと、自ら喉元に刃を突き立てているようなものだ。
どこの世界でも、どんな綺麗事や口上を並べ立てたところで、その根幹は弱肉強食。
弱者は、強者によって淘汰されるだけの存在。
そして、艦隊は弱者だった。
あっさりアバラ数本を砕かれたのも、奴が弱かったからに他ならない。
その仕組みを理解している以上、俺は連中を責められない。
そんなことは、分かってる。
分かってるが……。
「……だな。てめぇの言う通りだ。**と言われて尚、何の行動も起こさなかった、こいつの弱さこそが何よりの悪」
「……」
「……だがな。意識を失うような一撃を食らって、それでもまだ信じ続けるなんてバカなマネをして、本当にバカを見るなんてこたぁ、いくらなんでもあんまりじゃねぇか?」
「それは……」
「……」
思い詰めた表情でうつ向く蒼焔と、それとは対照的に落ち着き払った態度のグリッジ。
引き締まった口元や、無感動的な冷たい眼差しに、普段の温厚な雰囲気は欠片と見当たらない。
まぁ、あいつが蒼焔みたく辛そうな表情をすることなんて、最初から期待もしていない。
ここら辺は、亀の甲より年の功、経験の差ってやつだな。
むしろ、今更そんな表情をされたところで、余計に腹立たしくなるだけだから、それで一向に構わない。
こいつの気持ちはどうあれ、既に奴の殺意は拳となって、一度この身を穿っている。
となれば、ここから提起される問題はただ一つ。
「……」
……殺るか、殺られるかだ。
「……」
俺の殺意に呼応するかのように、グリッジが音もなく身構える。
軽く握り締めた拳を胸の前へ、そして片方の足を、半歩だけ後ろに下げた。
一見しただけでは、特に何の変哲もないファイティングポーズ。
だが、その実それが、いついかなるタイミングでも、一瞬にしてこちらとの距離を詰め、先ほどのような一撃を放てる体勢、間合いであることが、俺の目には鮮明に視えていた。
さっきみたいな拳をまたキレイにもらいでもしたら、今度こそ間違いなく致命傷だ。
だからといって、激しい動きは砕けたアバラに過負荷なことこの上ない。
可能な限り静かに、且つ最小の動きで奴の攻撃を避けつつ、隙をついて関節を取る。
これしかないな。
「……作戦は決まったかの?」
「けっ、ジジイを殺るのに作戦もクソもあるかよ。手負いだからってナメてんじゃねぇぞ?」
「フォッフォッフォッ、吠えよるわ若造が。一丁、経験の差というものを教えてやろうかの」
「若造ねぇ。ただの人間のお前より、よっぽど長く生きてるんだがな」
「大切なのは、生きてきた時間じゃなく、そこで得てきた経験じゃよ」
その言葉を境に、半歩退いていた奴の足の筋肉に緊張が走る。
……来るか。

――ダッ!

地を蹴りつける音が聞こえたと、耳が認識した頃には、もう俺の体は奴の間合いの中。
放たれる正拳が、再度俺の砕けたアバラを穿ちにくる。
だが、そんなことは当然俺の予想の範囲内。

――バシッ!

手のひらでその拳を受け止め、空いている方の手で首筋へと手刀を叩き下ろす。
それを、奴は懐へと潜りこむようにして避け、それと同時に俺の胴目掛けて、頭からタックルを試みる。
だから、その頭部に膝を叩き込もうとすれば……。
「くっ……!」
膝蹴りから身を守るべく、腕を顔の前で交差させる。
予想通り、退屈な反応だ。
一瞬縮こまり、勢いが弱まったその隙に、奴の頭部を両手で鷲掴みにする。
「っ!?」
再度、グリッジの筋肉に緊張が走る。
だが、もう遅い。
掴んだ頭部を押さえつけながら、そこに思い切り膝を叩き込んだ。

――ガッ!

「がっ……!」
短い呻き声と共に、グリッジがよろめきながら後退する。
膝そのものは交差した腕で防げただろうが、その威力はほとんど殺せなかっただろう。
自らの腕を通して顔面に伝わった衝撃は、外傷さえ残していないものの、今この一瞬に限り、その動きを止めるには十分。
この隙に、さっきのお返しをしてやるぜ!

――ブンッ!

大きく引いた拳に、前へと踏み込む勢いも乗せて、全力で突きを放つ。
生身の人間の体だ。
当たれば、肋骨はバキバキに粉砕され、運が悪ければ、その破片が肺を突き破って、死も十分あり得る一撃。
さぁ……死ねっ!

――バシィッ!

拳に伝わる感触
……だが、それは肉を穿ったものでも、骨を砕いたものでもなかった。
「……」
俺とグリッジの間に割って入る影……それが、俺の正拳を受け止めていた。
「……何のマネだ、ガキ」
その影――蒼焔に向けて、俺は冷たく語りかける。
「……はっ!」
突き出される拳。
それを受け止めながら、俺は後方へと跳躍して、一旦距離を開けた。
「蒼焔……」
「後は俺に任せてくれ、グリ爺」
「次はてめぇが相手になるってのか?」
「……あぁ、そうだ」
「ガキが、ナメた口ききやがって……まぁいい。ジジイの前に、まずお前から始末してやるよ」
「……」
軽く膝を曲げ、蒼焔が臨戦体勢を取る。
その手には何もなく、いわゆる素手の状態。
だが、その実燕尾服の内側には、ちゃんとエモノが装備されているのを、俺の目が見逃すはずはない。
おいおい、俺相手にそのままで良いのか?
「ガキ。懐のそれはただの飾りか?」
「っ!?」
俺の言葉に、蒼焔が驚愕を露わに目を見開く。
しかし、それはほんの僅か。
「……」
直ぐに表情は平静さを取り戻し、目線だけで相手を刺殺せんばかりの鋭い眼光と共に、改めて素手のまま身構えた。
……俺相手に、そんなもんは必要ないとでも言うつもりか?
はっ、ふざけたガキだ。
その自惚れがどこまで通用するか、見せてもらおうか。
「……行くぜ?」
「……」
依然として無言のままの蒼焔へと向かって駆ける。
一気に距離を詰め、その勢いのまま拳を繰り出した。

――パシッ。

受けるでも避けるでもなく、片手でその軌道を逸らすように軽く弾く。
容易くいなしやがって……ムカつくガキだぜ。
足を止め、次は反対の拳を腹部へと向ける。

――パンッ!

今度は簡単に受け止められる。
だが、それでいい。
受け止められたところへ、重ねて膝を打ち込む。
この体勢では避けられまい。
尊大な態度の代償として、しばらく悶絶してやがれ。

――ガシッ。

「なっ……!?」
思わず、そんな声が漏れる。
叩き込んだはずの膝が、それよりも先に奴の手に掴まれていた。
そのまま一気に上方へと持ち上げられ、体勢が斜めに崩れる。
足が地を離れ、気味の悪い浮遊感に全身が寒気立つ。
しかし、このまま転倒する訳にはいかない。
「くっ……」
無理やり体を捻り、視線を空から地面へと移す。
と、同時に手を突き、先ほどまで軸足としていた方の足で、その側頭部を蹴る。

――バシッ!

……が、それさえも容易に受け止められる。
だが、それだけでは終わらなかった。
「っ!?」
気付いた時には、既に眼前にまで迫っていた蹴撃。
避ける術を模索する間もなく、眉間に強烈な蹴りを受ける。
「ぐぁっ……!」
あまりの衝撃に、目の前が真っ暗になる。
だが、バランスを崩したこの体が、今まさに倒れ伏そうとしていることだけは、感覚的に理解できた。
咄嗟に、まだ直ぐ傍にあるであろう、奴の体を足場代わりに蹴って、距離を離そうとする。

――ガッ!

だが、不意に感じた足首を拘束される感触が、それさえ叶わなかったことを俺に伝えた。
支えを完全に失った俺の体は、抗う術の一切を持たない。
腹部に感じる鈍い痛みと、地面に叩きつけられる痺れにも似た激痛。
「かはっ……」
肺の中の空気を絞り出され、意識が虚ろになる。
だが、このまま倒れている訳にはいかない。
今、更なる追撃を許したら、今度こそ殺られる。
つま先で思い切り地面を蹴り、腹筋を使って体を丸め、後転して距離を開けながら体勢を立て直す。
「……」
だが、俺が立ち上がった時、開いていたはずの距離は既に無く、奴の殴打が俺の顔面へと襲い掛かっていた。
身構えてもいない今の状態では、防ごうにも間に合わない。
「ちっ……!」
咄嗟に顔を横へと動かして避ける。
しかし、そんな俺の回避行動を嘲笑うかのように、奴は腕を曲げ、肘で俺の側頭部を狙ってきた。
その動きを理解すると同時に、頭部に走る鈍痛。
「がっ……!」
くそっ!
一体どういう訳だ!?
あのガキ、一つ一つの動き全てが、俺の裏を突いてやがる!
最初の膝に絡めてきた腕と言い、さっきの肘打ちと言い、どれもこれも、その場での対応にしてはあまりに超反応過ぎる。
あれじゃまるで、俺の動きを最初から知っていたかのよう……!?
まさか、野郎……。

――ドスッ!

「がはっ!?」
脛椎を打つ強い衝撃に、思考が断絶される。

――ドサッ。

直ぐ近くから聞こえてきた今の音は……俺の体が倒れた音だ。薄れる意識と、消え行く感覚神経。
そして、予感する。
己の最後……死を。
ちくしょう……こんなガキに……この……俺、がっ……。

――――

――――、――――

月夜 2010年11月17日 (水) 23時48分(159)
題名:新世界11(第八章)

月夜「ふあぁ〜……」

ティラ《いつまでそんな欠伸をしてるんですか? ほら、しゃんとしなさい》

月夜《だって〜……まだ眠いんだもん〜……》

ティラ《そんなことじゃ、また皆さんにバカにされますよ?》

月夜《そんなこと言ったってぇ〜……》

月夜「ふあぁ〜……」

朱蒼「あら、月夜ちゃん。お目覚め?」

月夜「おはよ〜……ふああぁ〜……」

白月「いつにも増して、間抜けな欠伸してるわね」

ティラ《ほら、見なさい》

月夜《むぅ〜……》

月夜「眠いんだから仕方ないじゃ〜ん……」

ギスラウ「あぁ……眠そうに目頭を擦る月夜も可愛いぜ……。やっぱ、月夜は俺様の不動の嫁候補一位だぜ……」

月夜「そう〜? んふふ〜、ありがと〜……」

ティラ《……まったく、この娘は……》

月夜《ん〜? どうかした〜?》

ティラ《……いいえ、何でもありませんよ》

白月「寝ぼけ眼ってレベルじゃないわね。この娘、自分が何を言われて何を言ってるかも、良く分かってないんじゃない?」

鏡架「まぁ、仕方ありませんよ。いつもみたいに昼過ぎとかならともかく、今日は本当に朝早いんですし」

春紫苑「これが普通だ。こいつは毎日毎日寝坊が過ぎる」

朱蒼「そう言う貴方は、毎日毎日寝相が……」

春紫苑「……」

朱蒼「っと、怖い怖い」

春「……起きてきたか」

蒼竜「これで全員だな……一応は」

伽藍「……」

月夜「……あれ? 蒼焔とグリ爺は?」

春「朝起きた時にはもう居なかったよ」

月夜「ふ〜ん。お手洗いにでも行ってるのかな?」

春紫苑「こんな長い訳があるか。お前と違って、僕らはもっと前から起きてるんだ」

月夜「ってことは、もしかして……」

ティラ《……》

蒼竜「だから、今マヤとメカが探しに行ってるよ」

月夜「そう……あっ、目が覚めたんだね、えっと……」

蒼竜「俺は蒼竜だ。よろしく」

月夜「そうそう、蒼竜さんだったよね。私は月夜って言います。こちらこそよろしく」

蒼竜「あぁ。……そうだ。お前さんの神憑……確かティラとか言ったか? そいつには随分と世話になったみたいだから、ありがとうと伝えておいてくれ」

月夜「あ、うん」

月夜《だってさ》

ティラ《私は当然の事をしたまでですから、そんな改まってお礼を言われる程ではありませんよ。そんなことより、無事に目を覚ましてくれて何よりです》

月夜「当然の事をしただけだから、わざわざお礼なんていいってさ。後、無事に目を覚ましてくれて良かったですって」

蒼竜「そうか。ありがとう」

月夜「どういたしまして〜。……って、そういや艦隊の姿も見えないけど、まだ寝てんの?」

鏡架「それが……」

月夜「……何? どうかしたの?」

白月「……彼も、今朝目を覚ました時から姿が見えないのよ」

月夜「艦隊も……?」

春紫苑「夜中の間に、一斉に三人も姿を消したとなると、これはもうただ事じゃない。何かしら、事が起きたのは間違いないだろう。……それも、恐らくは望ましくない事態だ」

月夜「そ、そんな……」

ギスラウ「なっ……んだってぇっ!?」

朱蒼「ん?」

――チッ! チュチッ!

ギスラウ「何でそんなこと今まで黙ってたんだよ!」

月夜「? ギッちゃん、そんなに叫び散らしてどうしたの?」

ギスラウ「あぁ。何でもこの雀が、夜中に出ていく連中の姿を見たらしいぜ」

鏡架「本当ですか!?」

春「三人がいつ頃出て行ったのか分かるか?」

――チッ、チチチュチャッ。
(さぁな。正確な時間は分からないが、出て行ったのは別々だったぜ)

ギスラウ「正確な時間は分からねぇけど、別々に出て行ったみたいだぜ」

朱蒼「じゃあ、誰がどういう順番で、どれくらい置きに出て行ったかは分かる?」

――チチッ。チュチチュチュン。
(誰かは暗くて見えなかったが、先ず最初に二人が一緒に出て行って、それからしばらくしてもう一人が出て行ったぜ)

ギスラウ「んだよ、使えねぇ雀だな。結局のところ、何も分からねぇのと大して変わんねぇじゃねぇか」

――チュッ、チュチチュチチチッ。
(鳥目なんだから仕方ねぇだろ。何の役にも立たない、どこぞの翼竜もどきに偉そうなこと言われたかねぇな)

ギスラウ「あぁ!? ナメた口利いてんじゃねぇぞ! 今ここで焼き鳥にしてやろうか!?」

月夜「どーどー、落ち着きなよ、ギッちゃん」

ギスラウ「離せ! 孤高の翼竜たる俺様が、こんなちんまい雀如きにバカにされて、黙ってられるかってんだ!」

――チチッ、チュチチョン。
(孤高? 非常食の間違いだろ?)

ギスラウ「んだとてめぇ! もう我慢ならねぇ! 俺様の火炎放射で雀の丸焼きにしてや……」

――ガシッ!

ギスラウ「……えっ?」

ティラ「……以前にも同じことを言ったと思いますが……貴方、私のチコちゃんに手を出したら、どうなるか分かってますよね?」

ギスラウ「あ、テ、ティラ姉さんの方かい? え、えぇっと……あ、あははは、ジョークジョーク! ちょっとお茶目な冗談だって!」

ティラ「本当でしょうね……?」

ギスラウ「ホントもホント! 天地神妙+ティラ姉さんに誓って、雀の焼き鳥とかそんなこと考えてないから!」

ティラ「……ならよろしい」

――パッ。

ティラ「次からは、言葉遣いにも気をつけなさい」

ギスラウ「ラ、ラジャー!」

鏡架「……彼も懲りませんね」

白月「鳥頭だからでしょ。三歩歩いたら忘れるって言うくらいだから、明日になったらきれいさっぱり忘れてるんじゃない?」

鏡架《相変わらず酷い言われ様だなぁ……》

朱蒼「……で、チコちゃんは何て?」

ギスラウ「あ、あぁ……誰がどういう順番で出て行ったのかは暗くて見えなかったけど、最初に二人が出て行ってから、しばらくしてもう一人が出て行ったらしいぜ」

春「三人同時に出て行ったってわけではない……と」

春紫苑「最初に二人組が出て行ったということは、恐らくそれが蒼焔とグリッジだろうな」

白月「その後、しばらくしてから出て行ったのが艦隊ね、きっと」

鏡架「問題は、どうして艦隊さんが、そんな夜更けに出て行ったのかということですね」

蒼竜「その艦隊とかいう奴にも、神憑がいるんだろ? 出て行ったのは、艦隊よりむしろそいつって可能性の方が高くないか?」

白月「……そうですね。言われてみれば、確かにその通りです」

ティラ「艦隊さんの神憑……ルアですか」

春紫苑「そいつはどんな奴なんだ?」

ユスティス《万視の神さ。なんでも、本来見えないはずの色々な物事が見えるらしいぜ》

春紫苑《……お前には聞いてない》

ユスティス《おーおー、相変わらず冷たいことで》

春「万里を見通し、万物を視ることのできる神だ。遠く離れた場所からでも、望む光景を視ることが出来る」

ギスラウ「へ〜、そいつぁ便利だな」

ギスラウ《その力があれば、女湯とかもう覗き放題じゃねぇか》

ティラ「……貴方、その力があれば、女湯も覗き放題だとか、そんな不謹慎極まりないことを考えてるんじゃないでしょうね?」

ギスラウ「っ!?」

ティラ「……」

ギスラウ「あ、あはは……や、やだなぁ姉さん。俺は硬派で男気に溢れた翼竜の中の翼竜だぜ? そんな不埒な考え、スルハズガナイジャナイカ!」

白月「硬派で男気に溢れた……?」

春紫苑「軟派で性欲にまみれたの間違いだろう」

鏡架「……どちらにせよ、最後のあの片言感から察するに、図星だったんでしょうね……」

春「もし、ルアが夜中に一人で出て行ったんだとしたら、少々不味いな」

鏡架「不味いって……何故です?」

春「あいつは、己の力を過大評価している節がある上に好戦的なんだ。奴の隣には、誰かしらその行為を諌める者が必要だ」

蒼竜「そりゃ危なっかしいな。戦場で真っ先に死ぬタイプだぜ、そいつ」

春紫苑「とは言え、そいつも一応は神なんだろう? そう易々と殺られたりするものか?」

春「……まぁな。並大抵な輩に遅れを取ることはないだろう。だが、相手も神となれば話は違う」

白月「それって、まさか……」

蒼竜「……っ!?」

ティラ「……しっ! 静かに……」

月夜《えっ!?》

鏡架「えっ……?」

ティラ「皆さん、音を立てないで……」

月夜 2010年11月17日 (水) 23時50分(160)
題名:新世界11(第九章)

月夜《テ、ティラ? 急にどうしたの?》

ティラ《誰か……近付いてきています》

蒼竜「……誰か居るな。いや、居ると言うより、向かって来ると言った方が正しいか」

白月「向かって来るって……」

蒼竜「耳を澄ましてみな。足音が聞こえるだろう」

――ザッザッ……。

春「……一人じゃないな」

蒼竜「あぁ、恐らく二人だ。……あっちからだな」

朱蒼「二人……ってことは、もしかして……」

――ザッザッザッ。

白月「……」

ルナン《ねぇ、白月》

白月《……何?》

ルナン《今だけ、ルナンに体渡してくれない?》

白月《……後でちゃんと返しなさいよ?》

ルナン《オッケーオッケー。まっかせといて!》

――ドン!

ルナン「……っと」

春紫苑「……」

ユスティス《……おい、春紫苑さんよ》

春紫苑《何だ?》

ユスティス《もしもの時の為に、俺と交代しとかねぇか?》

春紫苑《……わかった》

ユスティス《お、意外と物分かりが良いな》

春紫苑《勘違いするな。もしもの時の為に代わるだけだ。事が終わったら、直ぐに返してもらう》

ユスティス《……相変わらずつれないねぇ。もうちっと、そのひねくれ具合を何とかできないもんかな》

春紫苑《余計なお世話だ》

――ドン!

ユスティス「うぉ……っと」

ユスティス《自分から無理やり引っ込むとは、また器用なことをする……》

春紫苑《わざわざ貸してやったんだ。さっさと終わらせて、直ぐに返せ》

ユスティス《……ま、尽力させてもらうよ》

――ザッザッ……ガサッ。

蒼焔「……」

グリッジ「……」

春「……」

鏡架「蒼焔君に……グリッジさん……」

ルナン「……あれ? その肩に背負ってるのって……」

艦隊「……」

月夜《艦隊!?》

ティラ《えっ!? あっ、月夜、待っ……!》

――ドン!

月夜「艦隊!」

――ダダッ!

ユスティス「っ!?」

蒼竜「なっ……バ、バカ!」

蒼焔「……」

月夜「艦隊!? 艦隊! 大丈夫!?」

グリッジ「……」

――スゥッ。

ティラ《月夜! 離れて!》

月夜「えっ?」

――トンッ。

月夜「あっ……」

――ドサッ。

朱蒼「つ、月夜ちゃん!?」

ティラ《くっ……!》

――ドン!

ティラ「っ!」

――バッ!

ティラ「貴方たち……どういうつもりですか!?」

グリッジ「……見れば分かるじゃろう?」

ユスティス「あぁ。俺たちを殺る気なんだろ? どうせそこの艦隊も、既に物言わぬ脱け殻だろうしな」

鏡架「っ!? そ、そんな……」

蒼竜「……」

――カチャッ。

春「……待て」

蒼竜「なんで止める? 奴らは敵だ。殺られる前に殺る。これはこの世界の鉄則だろ?」

春「まだ艦隊が死んだと決まってない。それに、あいつらが敵と決まったわけでもない。今引き金を引くのは、いささか短絡的だ」

蒼竜「慎重な奴……いや、臆病な奴だな、お前。そんなことじゃ、直ぐに死んじまうぞ」

春「もう慣れたさ」

蒼竜「……慣れた?」

春「……」

蒼竜「……まぁいい」

伽藍「……」

蒼竜「伽藍。俺の傍から離れるなよ」

伽藍「……うん」

朱蒼「……蒼焔ちゃん」

蒼焔「……」

朱蒼「……嘘よね? 蒼焔ちゃんが、彼を殺しただなんて、そんなの嘘よね? 私たちの敵だなんて、そんなの嘘よね?」

蒼焔「それは……」

朱蒼「……蒼焔ちゃん……」

グリッジ「……あぁ、こやつは何もしとらん」

蒼焔「えっ……?」

グリッジ「嫌だ嫌だと最後まで喚き散らしおって……」

――ドカッ!

蒼焔「っ!?」

――ズサァッ!

蒼焔「痛っ!?」

朱蒼「そ、蒼焔ちゃん!」

グリッジ「お主のような貧弱な輩は、ワシらには必要ない。せいぜいそこの連中と、甘ったるく群れておるがいい」

蒼焔「グ、グリ爺? 何を言って……」

グリッジ「……」

蒼焔「あ……」

朱蒼「蒼焔ちゃん、大丈夫!?」

蒼焔「……平気です」

グリッジ「さて、それじゃ本題に入ろうかの」

春「本題だと……?」

グリッジ「白月ちゃん、ちょっといいかの?」

白月《私……?》

ルナン「白月なら、今はルナンの中だけど?」

グリッジ「おぉ、今はルナンちゃんが表に出とるのか。まぁ、ワシとしてはどちらでもいいんじゃがな」

ルナン「? ルナンと白月に、何か用事でもあるの?」

グリッジ「うむ。実はな、ワシと一緒に来て欲しいんじゃ。あぁ、予め言っておくが、無論拒否権はないぞ?」

白月《なっ……!?》

ルナン「はぁ? 何言ってんの? 今、自分がどういう状況にあるか、分かって言ってんの?」

グリッジ「当然じゃ」

ユスティス「だとしたら、眼科すっ飛ばして精神科へ行くことをオススメするぜ? この人数に対して、たった一人で何ができる?」

グリッジ「何ができると問われても困るが、まぁ粗方ある程度はできるんじゃないかのぅ?」

蒼竜「えらい自信だな、ご老体。だが、過信は身を滅ぼすぜ?」

グリッジ「じゃが、お主らではワシは殺せない。何せ……」

ユスティス「何せ?」

グリッジ「ワシに対して危害を加えれば、その主は死んでしまうんじゃからな」

春「何……?」

蒼焔「……」

ユスティス「はっ、戯れ言をほざくな。神憑も覚醒してないただの人間が、調子に乗るなよ?」

グリッジ「戯れ言と思うのなら、試してみたらどうじゃ? 神憑のお主なら、ワシ程度容易く殺せるじゃろう?」

ユスティス「当たり前だ。死んでから、己の浅はかさを悔やむんだな」

春紫苑《おい、大丈夫か? グリッジの奴、えらく自信満々だぞ?》

ユスティス《んなもん口からでまかせに決まってるだろ》

春紫苑《危害を加えれば死ぬって言ってたが、もしかするとそういう能力を有しているんじゃないか?》

ユスティス《けっ、ただの人間風情に、そんな力があってたまるかよ》

ユスティス「……」

グリッジ「……どうした? 来ないのか?」

ユスティス「……ふん。そんなに死にたいのか? なら、お望み通り……」

――ダッ!

グリッジ「……」

――ヒュッ!

ユスティス「死ね……っ!?」

――ピタッ。

グリッジ「……どうした? ワシを殺すんじゃなかったのか?」

ユスティス「くっ……!」

グリッジ「ワシは何もしとらんぞ? ほれ、もう一寸手を伸ばせば、ワシの首を握り潰せるぞい?」

ユスティス《バ、バカな……!?》

春紫苑《お、おい! どうしたんだ!?》

ユスティス《体が……動かない……!?》

グリッジ「……はっ!」

――ドスッ!

ユスティス「ぐっ……」

春紫苑《ユスティス!?》

――タッ。

ユスティス「くそっ……!」

グリッジ「だから言ったじゃろう? ワシに危害を加えれば、その者は死ぬと。ワシを殺すということは、自殺と何ら変わらんのじゃよ」

ユスティス《ちっ……何だったんだ、今のは……》

鏡架「い、一体どうしたんでしょうか……何だか、急に動きが止まったように見えましたけど……」

ティラ「えぇ……彼の言った通り、何かをしたようには見えませんでしたが……」

ルナン「でも、なんかしらしたんじゃん? じゃないと、あんな妙な止まり方しないでしょ?」

白月《にしては、ただ突っ立っていたようにしか見えなかったけど?》

ルナン《そうだけどさ。逆に何もしてなかったら、あんなタイミングで攻撃を止めるはずないっしょ?》

白月《……まぁ、確かに》

春「グリッジが言っていただろう? 自分に手を出したら命を落とすと」

蒼竜「それがあいつの能力ってことか?」

ギスラウ「ちょっと待てよ。ってことは何か? あいつには、一切の攻撃ができないってことか?」

春「己の死を顧みない限りはな」

朱蒼「……」

グリッジ「……と、言うことじゃ。分かったら、交渉に移らせてもらって構わんかのぅ?」

ユスティス「ちっ……」

朱蒼「……」

グリッジ「白月……いや、ルナンちゃん、ワシと一緒に来てくれ」

ルナン「べーっだ! そんなのお断りだよ! ルナンはエナの居るここが良いの! あんたなんかに、誰がついていくもんか!」

グリッジ「そりゃ残念。じゃが、ルナンちゃんが断ると、こやつが死ぬことになるが、構わんか?」

白月《っ!?》

月夜 2010年11月17日 (水) 23時51分(161)
題名:新世界11(第十章)

ティラ「艦隊さんは生きてるんですね?」

グリッジ「まだ、な。じゃが、早く治療しないとマズイかもしれんのぅ」

蒼竜「汚い爺だな」

ルナン「そんなのが脅しになると思ってんの? 殺りたきゃ殺れば良いじゃん? ルナンには関係ないし」

白月《ちょっと! あんた、何言ってんの!?》

ルナン《何って? 何かおかしなこと言った?》

白月《惚けないで! あんた、艦隊を見捨てるつもりなの!?》

ルナン《うん。あんな人質になるような奴、居たって居なくたって変わらないし、別に死んでも良いんじゃない?》

白月《……あんた、自分が何言ってるか分かってんの? 自分が助かる為に、目の前で傷付いてる艦隊を見殺しにするって言ってんのよ!?》

ルナン《白月こそ、何言ってるか分かってる? 艦隊を助けて自分は死ぬって言ってるんだよ?》

白月《……》

ルナン《あんたが元居た世界がどんだけ平和なとこだったのかは知らないけど、ここはそんななまっちょろい世界じゃないの。自分の為なら、他人なんて気にしてられない。綺麗事なんて言ってられないのよ》

白月《……そんなの知らないわ》

ルナン《えっ?》

白月《あんたの言うことなんか知ったこっちゃないわ。この体は私のもの。私の好きなようにさせてもらうから》

ルナン《えっ!? ちょっ、何言って……!》

――ドン!

白月「……グリッジさん」

グリッジ「今度は白月ちゃんの方か」

白月「私が貴方と一緒に行けば、艦隊さんは解放してくれるんですね?」

ルナン《ちょっと! 何勝手なことを……》

白月「あんたは黙ってなさい!!」

ルナン《っ!?》

ティラ「白月さん……」

グリッジ「うむ。約束しよう」

白月「……分かりました」

朱蒼「……いよ……」

蒼焔「えっ……?」

グリッジ「それじゃ、一緒に来てもらおうか」

白月「……」

朱蒼「……待ちなさいよ!」

蒼焔「っ!?」

鏡架「し、朱蒼さん!?」

朱蒼「殺すとか殺さないとか、死ぬとか死なないとか、貴方たちいい加減にしなさい! 人の命を何だと思ってるの!?」

春「……」

ティラ「……」

朱蒼「何で同じ境遇の人同士が、こんなところで争わなきゃならないの!? どうして、そんなに直ぐ殺す殺すって言えるの!? 皆おかしいわ!」

蒼焔「朱蒼さん……」

ユスティス「……だが、それがこの世界の真実だ。殺られる前に殺る。これが出来ない奴は、弱者として ない」

朱蒼「それがおかしいって言ってるのよ! 何でお互いに分かり合おうと思わないの!? 手を取り合おうとしないの!? 口を開けば直ぐ殺すだなんて異常よ!」

蒼竜「……確かに、朱蒼の言うことも尤もだ。こうなった過程も分からないまま殺意を剥き出しにするのは、些か暴力的過ぎるかもしれないな」

モト《……貴女が言うのも……どうかと思うけど……》

蒼竜《……余計なお世話だ。ってか、起きてたんなら一言何か言えよ》

モト《あ、その……ご、ごめん……なさい……》

蒼竜《あぁ、別に怒ってるわけじゃねぇから、そんな怯えた声出すなよ》

モト《……うん》

ティラ「そうですね。考えてみれば、グリッジさんがどうして私たちに牙を剥いているのか、その理由さえ私たちは知りません。先ずは、それを教えて下さりませんか?」

グリッジ「そうじゃな、何と言ったものか……上司的な人物の命令といった感じかのぅ」

鏡架「上司的な人物……それは、この世界を外から監視している、令定者のことですか?」

グリッジ「当たらずとも遠からずじゃな」

ユスティス「曖昧な言い方だな。じゃあ、ルナンを連れて行こうとするのは何故だ?」

グリッジ「さぁ? ワシにも良くわからん」

ユスティス「はぁ? 何だそりゃ。理由も分からないまま、ただ言われたことだけをこなすとか、お前マリオネットかよ」

グリッジ「何とでも言うが良い。さぁ、白月ちゃん。こっちへ来てもらおうかの」

白月「……」

――ザッ。

朱蒼「白月さん! ま、待って……」

白月「良いんです、朱蒼さん」

朱蒼「良くない! 貴女一人が犠牲になるなんてこと良いはずが……」

白月「……もう、私のせいで、誰かに死んで欲しくないんです」

朱蒼「っ!?」

白月「……」

朱蒼「あっ……」

グリッジ「悪いな、白月ちゃん」

白月「……約束は、守ってもらいますよ?」

グリッジ「無論じゃ」

――トサッ。

グリッジ「それじゃ、行こうか」

白月「……えぇ」

朱蒼「し、白月さん! 待って!」

白月「……皆さん、短い間でしたが、お世話になりました」

ギスラウ「お、おい、何言ってんだよ……」

鏡架「そ、そうですよ……そんなの……もう会えないみたいじゃないですか……」

白月「……」

春「……」

ティラ「くっ……」

ユスティス「……」

白月「……さようなら」

――ザッ。

朱蒼「ま、待って……待ってよ……!」

白月「……」

――ザッザッザッ……。

朱蒼「ねぇ、白月さん……白月さあああぁんっ!!」

月夜 2010年11月17日 (水) 23時54分(162)
題名:新世界11(第十一章)

マヤ「艦隊ー! グリッジー! 蒼焔ー!」

メカ「聞こえたら返事してくれー!」

――……。

マヤ「……やっぱり返事なし、か」

メカ「まぁ、宛てもなく探してる訳だし、仕方ないっちゃ仕方ないわな」

マヤ「まったく……夜中にこっそりどこ行ったんだか……」

メカ「多分、こっそり出て行ったのは、艦隊じゃなく神憑のルアの方だと思うけどな」

マヤ「艦隊に関してはそうだろうな。だが、グリッジと蒼焔はどう説明する?」

メカ「あの二人だって、神憑がまだ眠ったままとは限らないだろ?」

マヤ「あの日、あの時間帯に同時に目覚めて、出て行ったって言うのか?」

メカ「……もしくは、初めから覚醒していたか、な」

マヤ「……お前、あの二人のことを疑ってるのか?」

メカ「お前だって、人のことは言えないだろ?」

マヤ「……」

メカ「あの二人が、最初から真っ直ぐ俺たちの方へ会いに来ていれば、そこまで疑いもしなかっただろう。しかし、あいつらは少し離れた位置から、俺たちのことを伺っていた」

マヤ「見ず知らずの世界に落とされて、慎重になっていた……にしては、いやに落ち着いてたしな」

メカ「まず間違いなく、あの二人は俺たちと同じ境遇じゃないだろう。初めから、俺たちを監視するのが目的だったとしか思えない」

マヤ「……二人は令定者側の人間で、俺たちに近付いたのは、監視し易くするためだと?」

メカ「俺はそう考えてる。少なくとも、その考え方だと、今の状況も辻褄が合う」

マヤ「……」

バゼル《……そやつの言う通りだな》

マヤ《……何だ、起きてたのか。どこから聞いてたんだ?》

バゼル《最初からに決まっているだろう。貴様が起きる数刻前には、我は当に目覚めていた》

マヤ《早起きな神様だね、いやはや……》

バゼル《茶化すな。我の事など今はどうでも良い》

マヤ《……お前も、メカと同意見ってことか?》

バゼル《何を他人事のように言っている? 同意見なのは、貴様とて同じだろう》

マヤ《俺は……》

バゼル《貴様の考えている事が、我に分からぬはずがなかろう》

マヤ《……》

バゼル《自己を偽るな。己自身に懐疑的であることは、マイナスにしか作用しない。自分さえ信じられない者が、満足な生を掴めた試しなど世に例なし。死にたくなければ、己が思考を信じることだ》

マヤ《……分かってる》

メカ「……もし、この仮定が正しいとしたら、俺たちの呼び掛けに、あいつらがのこのこと姿を現すとは考えにくいな」

マヤ「あぁ。しかし、だからと言って、どこかから様子を盗み見られている感じはしない。少なくとも、今のところはな」

メカ「どちらにせよ、急がないとな」

マヤ「あぁ。もし、艦隊があの二人と接触していたのなら、尚更だ」

???「何言ってるんだ!!」

メカ「……何だ?」

マヤ「あの声は……」

メカ「聞き覚えがあるのか?」

マヤ「あぁ。あっちの方から聞こえてきたな」

メカ「あの怒鳴り声はただ事じゃない。行ってみるか」

マヤ「そうだな」

月夜 2010年11月17日 (水) 23時55分(163)
題名:新世界11(第十二章)

紗女「……坊っちゃん」

蒼空「夢奏が敵だなんて、いきなり何を言うんだ!」

紗女「……ですが、これは事実です。現に、私は彼女に殺されそうになりました」

蒼空「それは夢の中での話だろう! 現実と夢をごっちゃにするんじゃない!」

紗女「……確かに夢の中の出来事です。しかし、あそこで殺されそうになった時に感じた苦痛は、紛れもなく現実のものでした。あのまま屈服していたら、私は死んでいたでしょう」

蒼空「そんなの、お前の勘違いかもしれないだろ!? 夢の中で人を殺すだなんて、アニメや映画の世界じゃないか!」

紗女「お忘れですか、坊っちゃん。ここは、そういう世界です」

蒼空「そ、それは……」

夢奏「……」

蒼空「夢奏も何とか言ってくれよ! そんなの、ただの勘違いだって!」

夢奏「……確かに、紗女さんの気のせいかもしれません。ですが、絶対にそうだとも、私には言えません……」

蒼空「な、何で……」

夢奏「神憑……この世界に迷い込んだ人間に宿る、特殊な力ともう一人の人格……。もう一人の私が、私の知らない内に紗女さんを襲ったという可能性を、私は否定できません……」

蒼空「そ、そんなこと……」

夢奏「もし……もしも、本当に紗女さんの言う通りだったとしたら、私は私の知らない内に、誰か他の人を……蒼空、貴方さえも傷付けてしまうかもしれない……そんなことになったら、私は……私は……!」

蒼空「……夢奏」

紗女「……白々しい演技を……」

蒼空「……何だって? 紗女、今何て言った!?」

紗女「……彼女は危険な存在です。彼女の神憑がどうこうではなく、彼女自身が……」

蒼空「そんなことない! お前、彼女の涙を見ても何とも思わないのか!? 本当に俺たちを殺そうとしている人間が、こんな涙を流せるわけない!」

紗女「坊っちゃん……」

???「何か泥沼になってるみたいだな」

蒼空「っ!? 誰……あっ!」

マヤ「よっ、久しぶりだな」

メカ「まぁ、俺は初めましてなんだけどな」

紗女「あなた方は……」

メカ「あぁ、俺のことはメカって呼んでくれ。よろしく」

マヤ「あ、そうそう、俺はマヤっていうんだ」

メカ「何だ、お前名乗ってなかったのか?」

マヤ「ん、まぁな。前会った時は、少し話して直ぐに別れたからな」

メカ「適当な奴だな」

紗女「……ちょうど良いところに来て下さいました。ぶしつけながら、一つお願いしてもよろしいでしょうか?」

マヤ「何だ?」

紗女「坊っちゃんを、あなた方のところに連れて行ってくれませんか?」

蒼空「なっ……!」

マヤ「あぁ、良いぞ」

紗女「ありがとうございます」

蒼空「おい! 勝手に決めるな! 紗女、何を言ってるんだ!」

紗女「坊っちゃん。私の言うことを信じる信じないは、坊っちゃん次第です。ですが、これだけは分かって下さい。私は、いつでも坊っちゃんのことを思っています」

蒼空「……」

紗女「私の全ての行動は、坊っちゃんを思っての行動です。そのことを……頭の片隅にでも構いません。覚えていて下さい」

蒼空「紗女……」

マヤ「……お前ら、何を別れの挨拶みたいなこと言ってるんだ?」

蒼空「……え?」

マヤ「別に蒼空一人でこっち来なくても、全員まとめて来れば良いじゃないか。なぁ?」

メカ「あぁ。紗女と夢奏だったか? 三人まとめて歓迎してやるぞ?」

紗女「……お気持ちはありがたいですが、遠慮しておきます。話すと長くなるので割愛しますが、そこの女性は危険な存在です。彼女は、私がここで排除します」

夢奏「……」

蒼空「お前、まだそんなことを……!」

マヤ「だったら、さっさと殺れば良いじゃないか」

蒼空「なっ……!」

メカ「……マヤ?」

紗女「えぇ。ですから、あなた方が坊っちゃんを連れてここから離れて下されば、直ぐにでも……」

マヤ「そういう意味じゃない。もし、本当に彼女が危険な存在で、捨て置くことができないと確信しているなら、蒼空が居ようと居まいと、既に殺しているんじゃないか?

紗女「それは……」

マヤ「それをしていないということは、彼女が本当に危険かどうか、まだ心のどこかで決めかねているんだ……違うか?」

紗女「……」

夢奏「……」

蒼空「紗女……」

マヤ「もし、彼女が本当に危険人物だったとしても、俺たちと一緒なら、そう軽率な行動も取れないだろう」

紗女「……」

メカ「何、遠慮することはない。どこに居たって、危険なことには変わりないんだ。大勢で居る方が、まだ比較的安全さ」

紗女「……そうとも……限らないんですよ……」

マヤ「? 何か言ったか?」

紗女「……いえ、何でもありません。そうですね、あなた方の言うことも一理あります。ここは、ご厚意に甘えさせていただくことにします」

マヤ「よし。そうと決まれば、三人とも歓迎してやるよ」

夢奏「あの……私も……ご一緒してよろしいのでしょうか……?」

メカ「あぁ、当然だろ」

夢奏「……ありがとうございます」

マヤ「良いってことよ。さ、案内するぜ」

紗女「……」

蒼空「……紗女?」

紗女「……何でもありません。さぁ、行きましょう」

蒼空「あ、あぁ……」

月夜 2010年11月17日 (水) 23時56分(164)
題名:新世界11(第十三章)

艦隊「……」

春「……艦隊の状態はどうだ?」

朱蒼「……特に、これといった外傷は見当たりません……」

ティラ「脈も呼吸も正常ですから、時間が経てば直に目を覚ますでしょう」

鏡架「そうですか……良かった……」

朱蒼「……良くないわよ!」

蒼焔「朱蒼さん……」

鏡架「あ、その……ご、ごめんなさい……」

朱蒼「……いえ、私が悪かったわ。急に怒鳴ったりしてごめんなさいね」

鏡架「いえ、そんな……」

春紫苑「謝罪の応酬はその辺にしておけ。これ以上は、ただの悪循環になるぞ」

ギスラウ「だけど、姐さんの気持ちも分からないではないぜ。白月を目の前で連れて行かれる中、何も出来なかったんだからな」

ティラ「それを言えば、私たちも同じですよ……助けようとすることは疎か、何も出来なかった……何もっ……!」

蒼竜「とは言っても、あの爺の言ってた事が本当だとしたら、手の施しようがないぜ」

鏡架「……確かに。危害を加えたらこちらが死んでしまうんじゃ、白月さんを助けようにも、迂闊に手は出せません……」

春紫苑「……おい、蒼焔。お前、グリッジの力について、何か知らないのか?」

蒼焔「……」

蒼竜「分かってると思うが、黙秘が許される状況じゃないぞ? もしお前がだんまりを決め込むというのなら、その時は……」

――カチャッ。

蒼焔「……」

朱蒼「っ!? 貴女、何をする気!?」

蒼竜「何もしないさ。そいつが全てを吐くならな。だが、黙秘を貫くようなら、容赦なく引き金を引く」

朱蒼「そんな!」

蒼焔「……」

鏡架「い、いくらなんでも、それは……」

蒼竜「酷いとでも言うつもりか? 冗談はよせよ。今まで、お前らのことを騙し、欺き続けてきたんだぜ? 問答無用で殺されてないだけ、ありがたいもんだ。なぁ?」

蒼焔「……」

春紫苑「……まぁ、蒼竜の言う通りだな」

朱蒼「なっ……貴方まで何を……」

春紫苑「僕らが今まで騙されていて、今になって裏切られたというのは、もはや覆しようのない事実だ。笑って許せるようなことじゃない」

鏡架「それは……そうかもしれませんけど……」

春紫苑「蒼焔が、僕たちにとって敵なのかどうか……決める必要がある……そうだろう?」

朱蒼「……」

鏡架「……」

蒼竜「さて、それじゃあ、そろそろ決めてもらおうか。知ってることをゲロするか、それともどたまに鉛玉食らって、そのきれいな面を石榴みたく弾けさせるか……どっちが好みだ?」

蒼焔「……」

朱蒼「……蒼焔ちゃん……」

蒼焔「……」

蒼竜「……その黙秘は、後者を選んだと考えて良いか?」

朱蒼「ま、待っ……」

春「……認識錯誤」

蒼焔「えっ……?」

春「相手に、誤った認識を植え付ける……それが、グリッジの能力だ」

蒼焔「なっ……ど、どうしてその事を……」

朱蒼「……ちょっと待って」

蒼焔「え……?」

朱蒼「春さん……まさか貴方、彼の能力のこと、最初から知っていたんじゃないでしょうね?」

春「……」

朱蒼「……答えて」

蒼焔「……」

春「……あぁ、知っていた」

朱蒼「っ!! じゃあ、なんであの時……」

春「正確には、つい先ほど分かったと言うべきか」

ティラ「どういうことですか?」

春「グリッジの能力は、俺たちに間違った情報を植え付ける力だ。あの時、あいつが俺たちに向けて放った言葉を覚えてるか?」

蒼竜「自分に危害を加えたら、その主は死ぬ……そう言ってやがったな」

春「あぁ、そうだ。その言葉で、俺たちは全員“知って”しまった。グリッジを攻撃したら、死んでしまうと」

ティラ「だけど、それはただ単なる嘘で、本当はそんなことはない……」

春紫苑「……つまり、グリッジの能力は、他人を誤解させる力か」

春「端的に言うなら、そういうことだ」

蒼竜「だが、それじゃ問いの答えにはなってないな。何で今更になってそれが分かったのか……あの時と今とで、特に俺たちの情報量は変わらない。今分かることなら、あの時分かったんじゃないのか?」

春「思い出したからだよ」

鏡架「何をですか?」

春「奴の言っていた、危害を加えたら死ぬという能力……そんなものは、今までお目にかかったことがない。令定者側から送り込まれた人間なら、俺の未知の能力であるはずがないからな」

春紫苑「そこまで知っていたなら、グリッジの嘘も直ぐ見抜けたんじゃないのか?」

春「あいつの誤認能力はそう甘くない。植え付けた誤解が解けないよう、辻褄の合わない事実は、一時的に全て忘れさせられてしまう」

ティラ「彼が離れて時間が経ったから、思い出したということですね」

春「そうだ」

ギスラウ「ちっ……んだよ、ビビって損したぜ。だが、これでもう怖くもなんともねぇ。次会ったら、遠慮なくボコしてやる」

春「……息巻くのは構わないが、そう上手くいくかな」

ギスラウ「あ? どういう意味だよ? てめぇ、俺様をおちょくってんのか? あんなただのハッタリ爺に、何をビビる必要があるってんだよ」

春「あぁ、何もお前をバカにした訳じゃない。そう気を悪くするな」

蒼竜「しかし、奴じゃあないが、俺も理由を聞きたいな。今のお前の説明を聞いた限り、奴の発言はただの脅しでしかないという意味に聞こえたが?」

春「言っただろ? 奴の言葉と辻褄の合わない事実は、一時的に全て忘れると」

鏡架「今、こうして話していることも、忘れてしまうと?」

春「あぁ、そうだ」

蒼竜「だとしても、んなもん一度カラクリを知っちまえば、なんとでもなりそうなもんだがな」

春「そう簡単じゃないさ。じゃあお前、絶対に死なないからって言われて、高層ビルの屋上から身を投げれるか?」

蒼竜「いや、それとこれとは話が違う……」

春「何も違わないさ。むしろ、どんな奇跡が起きようと確実に死ぬと“知って”しまっているんだから、ビルの屋上からの身投げより、恐怖の度合いは大きいぞ」

蒼竜「……」

春紫苑「そうは言うが、とにかく忘れないようにすれば良いんだろう? なら、体に傷でも付けて、血文字ならぬ傷文字でも刻めば、忘れることもないだろう」

春「無駄だな」

ティラ「何故です?」

春「何をしたところで、奴の嘘をその場で見抜くことはできない。腕に文字を彫り込んだところで、それがいつどのように出来たかさえ忘れてしまうんだ」

鏡架「それじゃあ……完全にお手上げってことですか……?」

春「……いや、そうでもない」

朱蒼「では、どんな手段が?」

春「何、単純なことだ。……まぁ、その話は、あいつらを入れてから、改めてするとしようか」

鏡架「えっ……?」

マヤ「今戻ったぞ」

メカ「ただいま」

ティラ「マヤさん、メカさん……お帰りなさい」

マヤ「あぁ、ただいま」

蒼空「……」

紗女「……」

夢奏「……」

鏡架「あら? 後ろの方々は?」

マヤ「あぁ、また新しく一緒になる追加メンバーだよ」

メカ「向こうから紗女、蒼空、それから夢奏だ」

蒼焔「っ!?」

蒼空「初めまして。僕は蒼空と言います。よろしくお願いします」

紗女「私は紗女。坊っちゃん……彼の専属メイドです。皆さん、どうぞよろしくお願いいたします」

夢奏「お初にお目にかかります。夢奏と申します。皆さん、どうぞよしなに」

蒼焔「……」

鏡架「私は鏡架と申します。よろしくお願いします」

春紫苑「……春紫苑だ」

ティラ「私はティラ。この娘の神憑です。彼女は月夜という名前なのですが、今はちょっと出てこれない状況ですので、私からよろしくと言わさせていただきます」

朱蒼「私は朱蒼。よろしくね、お三方」

蒼焔「……」

朱蒼「……蒼焔ちゃん?」

蒼焔「え?」

朱蒼「ボーッとしてどうしたの? 自己紹介、貴方の番よ?」

蒼焔「あ、す、すいません……蒼焔と言います。えっと……その……よ、よろしく……」

春「俺は春だ。よろしく頼む……まぁ、何だ、いつもならもっと明るいんだが、今はちょっと訳ありでな。多少雰囲気が暗いが、勘弁してやってくれ」

マヤ「……で、そこで寝てるのが艦隊だ」

メカ「……もう一人、絶対に居なきゃならない人物がいたはずなんだが……どうしたんだ?」

朱蒼「……」

鏡架「……」

ティラ「……」

春「そのことも含めて、最初から話そう。そこの三人も、一緒に聞いてくれ」

マヤ「……どうやら、ただ事じゃないみたいだな」

メカ「ああ。腰を据えて聞く必要がありそうだ」

蒼焔「……」

夢奏「……」

月夜 2010年11月17日 (水) 23時59分(165)
題名:新世界11(第十四章)

グリッジ「……」

白月「……」

ルナン《……あ〜あ、暇だな〜》

白月「……」

ルナン《二人とも、黙ったままそんなに黙々と歩き続けて、疲れないの?》

白月《……少し静かにしてなさい》

ルナン《やーなこった。私が何を思って何を言おうと、私の自由だもんね〜》

白月《……なら勝手にしなさい》

ルナン《およ? いつになく退くのが早いじゃない。いつもなら、ここで何かしら理屈を挙げて、怒ってくるとこなのに》

白月《……今は、あんたと話す気分じゃないの》

ルナン《ふ〜ん。んじゃ代わってよ。ルナン、グリ爺と話すから》

白月《……好きにすれば?》

ルナン《それじゃ、お言葉に甘えて……》

――ドン!

ルナン「……っと。やっと出られた〜」

グリッジ「ルナンちゃんか」

ルナン「ピンポーン。ねぇねぇ、グリ爺ってさ、本当に令定者の犬なの?」

グリッジ「はっはっは、なんともストレートじゃな」

ルナン「? ルナン、何かおかしなこと聞いた?」

グリッジ「いや、なんでもない。そうじゃな。令定者の使いとしてこの世界に送り込まれたという意味じゃ、令定者の犬そのものじゃな」

ルナン「ふーん。その令定者って、どんな連中なの?」

グリッジ「そうじゃのぅ……主だってこの世界の管理をしてるのは四人なんじゃが……」

ルナン「結構少ないんだね」

グリッジ「うむ。まぁ、四人の内女子二人は、月夜ちゃんと白月ちゃんにそっくりじゃな」

ルナン「へぇ〜。ってことは、毎日結構騒がしいことになってるっぽいね」

グリッジ「見てる分には楽しいもんじゃよ」

ルナン「見てるだけなの? そういうの見てると、何かこう“私も混ぜろーっ!”ってならない?」

グリッジ「ははっ、相変わらず、ルナンちゃんは元気な娘っ子じゃのぅ」

ルナン「あれ? グリ爺はならないの?」

グリッジ「あの二人のノリは、さすがに老体には堪えるんじゃよ」

ルナン「若々しいみたいなこと言ってた癖に、急に年寄りくさいこと言っちゃって〜」

グリッジ「いやいや、時には自分を労ることも大事じゃぞ?」

ルナン「またまた〜。じゃあじゃあ、後の二人どんな人なの?」

グリッジ「一人はちょっと優柔不断そうな青年で、もう一人はワシとそう変わらない歳の爺じゃよ」

ルナン「ふーん。何か思ってたよりふつーな感じ」

グリッジ「別に特別な力を持ってるわけでもない、普通の人間じゃからな」

ルナン「えっ!? 何にも特別な力持ってないの!? じゃあ、どうやってこの世界を管理してんの!?」

グリッジ「専門家じゃないからのぅ……ワシも良くは知らんよ。ややこしい機械が大量にあったが、ワシにゃ何が何やら」

ルナン「キカイ……ルナン知ってるよ! キカイって、確かデンキってやつで動く、色んな能力のある凄い物なんだよね」

グリッジ「あぁ、そうじゃ。ルナンちゃんは物知りじゃな」

ルナン「でしょでしょー。でも、この世界の管理ができるなんて、ただの物のくせにすごいなぁ……どんなのなんだろ?」

グリッジ「見てみたいのかい?」

ルナン「うん! ルナン、この世界のことしか知らないから、一回外の世界を見に行ってみたいの!」

グリッジ「そうか。行けたらいいのぅ」

ルナン「……でも、無理なんだよね」

グリッジ「どうしてじゃ?」

ルナン「だって、ルナンが居なくなったらこの世界、無くなっちゃうもん」

グリッジ「……」

白月《……》

ルナン「外の世界は見てみたいけど……そんなことしたら、この世界が無くなっちゃう。そしたら、エナも消えちゃう……そんなの、嫌だもん……」

グリッジ「……」

ルナン「……ちょっと前まで……って言っても、実際にはもう何百年も前のことになるけど、こんな世界、無くなっちゃえば良いって思ってたんだ」

グリッジ「……そりゃまた何で?」

ルナン「だって、こんな世界があるから、皆辛い思いをするんだもん。ルナンも、もう何回か覚えてらんないくらい死んじゃったけど、毎回毎回、痛くて、辛くて、泣きそうになるんだよ? きっと、エナだって他の皆だって、生き返る度に、あぁ、また殺して殺されてをするのかって、うんざりしてるに決まってる。なら、こんな世界無い方が良いって思わない?」

白月《……》

グリッジ「……そうじゃな。そうかもしれん……」

ルナン「やっぱり、グリ爺もそう思うでしょ? ルナンもそう思ったんだ。だから、どうやったらこの世界から居なくなれるか、色々調べてみたの」

グリッジ「調べてみた?」

ルナン「うん。普通に殺されても、また生き返っちゃったから、きっと死に方が悪かったんだと思ってね。色んな死に方を試してみたんだ。焼死、凍死、溺死、圧死、轢死、失血死、脱水死……あぁ、一回餓死も試してみたけど、あれは本当に地獄だよ。空腹を感じてるだけの頃は良いんだけど、しばらくすると頭が痛くなってきて、体がダルくなって、どんどん手足が痩せこけていくのが分かってくるようになるの。それからもっとすると、今度は体が動かなくなって、だんだん頭も痛くなくなってきて、代わりに意識がボーッとしてくるんだ。栄養失調で目が見えなくなって、耳も遠くなって、何も聞こえなくなって……なのに自分の心臓の音だけはしっかり聞こえるの。でも、それもだんだんと弱々しく、遅くなっていって、最後には聞こえなくなるの」

白月《……》

グリッジ「……」

ルナン「あれだけは、もう二度とごめんかな〜。他の死に方と違って、長い間ずーっと苦しいまんまだから、本当に辛いんだよね〜。心臓一突きとかであっさり死んだ方が楽だから、グリ爺も死ぬ時はそうした方が良いよ」

グリッジ「……あぁ……肝に命じておこうかの……」

ルナン「でも、どうやったら本当に死ねるか、この世界を終わらせられるかなんてことばっかり考えてたルナンだけど、今はもう違うんだよ」

グリッジ「どういうことじゃ?」

ルナン「この前、エナと白月が言ってくれたの。この世界がこんなことになってるのは、ルナンのせいじゃない。この世界が辛いのは、この世界に生きる皆のせいだから、ルナンが一人で責任を感じる必要はない……って」

白月《……》

ルナン「だから今回は、せっかく生き返ったんだから、どうせなら楽しもうって思ってるんだ」

グリッジ「……ルナンちゃんは強いな」

ルナン「当然じゃん。だってルナン、神様なんだよ?」

グリッジ「そういえば、そうじゃったな」

ルナン「むっ! 何さ、その口振り! 神様っぽくないからって、バカにしないでよね!」

グリッジ「はっはっは、そう怒るでない。元気で明るいことも大切じゃよ」

ルナン「子ども扱いするなー!」

???「えらく賑やかだな」

ルナン「ん?」

グリッジ「……三鎚か」

三鎚「……蒼焔の姿が見えないが?」

グリッジ「あいつならまだ向こうじゃよ。問題なかろう?」

三鎚「あぁ……」

ルナン「……」

白月《……ルナン?》

三鎚「……そいつか? 例のこの世界の維持存続を司る神憑を宿した人間は」

グリッジ「あぁ、そうじゃ。まぁ、今は神憑の方が表に出ているがな」

ルナン「……ねぇ、グリ爺」

グリッジ「ん? なんじゃ、ルナンちゃん」

ルナン「あれ、何?」

グリッジ「あぁ、三鎚と言って、ワシらのリーダーじゃよ」

ルナン「違うよ。ルナンが聞いてるのは、あいつの名前なんかじゃなくて、あいつが何者なのかってことだよ」

グリッジ「それは、どういう意味じゃ?」

白月「……ふ〜ん。仲間にも本当のことは話してないって訳? 随分慎重……と言うか、チキンなんだね」

白月《……ルナン? 貴女、何を言って……》

三鎚「何を言ってるんだ? お前」

ルナン「惚けなくても良いじゃん。あんた、人間じゃないっしょ?」

グリッジ「っ……」

三鎚「……」

白月《彼が人間じゃないって……ほ、本当に? どこからどう見ても、人間にしか見えないんだけど……》

ルナン「まぁ、もしかしたら元は人間だったのかもしれないけど。だとしたら、今は神憑に完全に乗っ取られてるね」

グリッジ「そう……なのか……?」

三鎚「……」

ルナン「無言は肯定って、良く言ったもんだよね〜。何が目的なのかは知らないけど、最後まで隠し通せるとでも思ってたの?」

三鎚?「……ふっ、良く分かったな」

ルナン「何言ってんの? 気付かない訳ないじゃん。あんた、ルナンをバカにしてんの?」

月夜 2010年11月18日 (木) 00時00分(166)
題名:新世界11(第十五章)

三鎚?「あぁ、いささか侮っていたな。下等とは言え、神に属する者という訳か」

ルナン「は? ルナンが下等? 言ってくれるじゃん。あんた、何様のつもり?」

三鎚?「……万死にあたる無礼な物言いだが、貴様は交渉に必要な存在だからな。今は殺さずにおいてやる」

ルナン「……一々ムカつく言い方するね。あんたみたいな偉そうな奴、大っ嫌いなんで、ぶん殴ってもいい?」

三鎚?「……愚かな。己と相手との力量差も満足に分析できないとは……やはり、神に属するとは言ったものの、所詮は下等か」

ルナン「バカにしてんじゃないわよ! もう決めた! あんたは、ルナンがボッコボコにしてあげる!」

白月《ル、ルナン!? ちょっと、落ち着きなさいよ!》

ルナン「白月は黙ってて! さぁ、覚悟しなさいよ! 泣いて謝っても、絶対許さないんだから!」

三鎚?「思い上がるな。貴様如き、我が直接相手をする価値もない。コレとでも戯れていろ」

――バチッ!

ルナン「っ!?」

白月《な、何!? 空間が……歪んで……!?》

――キシャアアァッ!

ルナン「な、何よ、コイツ!」

三鎚?「狩神の下っ派だ。まぁ、貴様の遊び相手にはちょうど良いんじゃないか?」

ルナン「っ……またバカにして……!」

白月《!? ルナン! 危ないっ!》

ルナン「っ!?」

――シャッ!

ルナン「くっ……」

白月《ルナン!? 大丈夫!?》

ルナン《平気だよ。少し腕を切られちゃったけど、大した傷じゃないから》

三鎚?「おい、貴様。久しぶりの戦いで血が騒ぐのは分かるが、間違っても殺すんじゃないぞ」

――キシャッ!

ルナン「こンの……またナメたことを……」

白月《ルナン! あいつの言うことなんかに気を取られちゃダメよ! 今は、目の前のあいつに集中しないと!》

ルナン《ちっ……!》

三鎚?「あいつはあれで十分だな。さて、グリッジよ。貴様は、ちゃんと我が命を果たしたのだろうな?」

グリッジ「……お主、いつから三鎚に成り代わっておった?」

三鎚?「誰が貴様に質問を許した? 我が問いに回答せよ。速やかに且つ正確に、嘘偽りなくだ」

グリッジ「……それよりも先ず、ワシの問いに答えてもらおう。いつから、三鎚の体を乗っ取った? 本物の三鎚をどうした?」

三鎚?「……どうにも、ここの連中は利口じゃない奴ばかりだな。我が命に従わぬ者に、生きる価値はない」

グリッジ「大きな口を叩くが、お前ではワシには勝てん。ワシに危害を加えれば、死ぬのはお前の方なのじゃからな」

三鎚?「……ほう。言うではないか。ならば、試してみるか?」

グリッジ「できるものならな」

三鎚?「……愚か者が」

――ダッ!

グリッジ「……」

――ドスッ!

グリッジ「がっ……!?」

三鎚?「……思い知ったか? 己がいかに無力であるかを」

グリッジ「バ、バカな……何故……っ、がはっ!」

――ガクッ。

三鎚?「我は神の中の神。全知全能の我に、認識錯誤のような小賢しい能力が、通じるとでも思ったのか?」

グリッジ「ぐ、はっ……くっ……」

ルナン「グリ爺!」

白月《っ!? ルナン! 避けてっ!》

ルナン「くっ……!」

――ヒュッ。

ルナン「鬱陶しい奴……ねっ!」

――ドゴッ!

――ギジャアアアアァァッ!!

ルナン「グリ爺っ! 大丈……」

――ガクッ。

ルナン「えっ……?」

白月《ル、ルナン!?》

――ドサッ。

ルナン「あ……れ……?」

白月《ルナン! どうしたの!?》

ルナン「体が……動かな……」

三鎚?「あぁ、言い忘れていたが、奴の腕の刃には神経毒が塗り込まれていてな。掠ったが最後、全身に毒が行き渡り、いずれ動けなくなる」

ルナン「くっ……この……卑怯……者っ……!」

三鎚?「まだ減らず口を叩く気力があるか……まぁ良い。直ぐに意識もなくなるだろう」

ルナン「……く……そっ……!」

白月《ルナン!? ルナン! しっかりなさい!》

ルナン「……」

三鎚?「さて。後は貴様だけだ。命令を忠実に果たしたのなら、これ以上反抗しない方が身のためだぞ?」

グリッジ「み、三鎚……」

三鎚?「貴様も学習しないな。奴は……まぁ、人間にしては良く抵抗したが、その意識は既に存在しない。この体は我が支配下だ」

グリッジ「……ぐ、ふっ……あ、あやつが……お前の思い通りになぞ……なるものか……!」

三鎚?「……そこまでいくと、頑固と言うよりただの愚鈍に過ぎぬな。さて、貴様の力は我には意味を為さぬ……が、他の連中には脅威だ。もし我に協力すると言うのなら、命は助けてやる」

白月《っ!?》

グリッジ「ふ……ふふっ……ワシも、随分甘く見られたものじゃな……」

白月《や、止めて……》

三鎚?「……返事は簡潔に、イエスかノーで答えろ」

グリッジ「無論……お断りじゃよ……」

白月《止めて……グリ爺、止めてっ……!》

三鎚「そうか。ならば……」

――スゥッ。

グリッジ「くっ……」

三鎚「死ね」

白月《止めてええええええええぇぇぇぇっ!!》

月夜 2010年11月18日 (木) 00時03分(167)
題名:新世界11(あとがき)















月夜? 誰ソレ?





そろそろ、そんな発言が飛び出してきそうな今日この頃、皆様お元気でしょうか?

非常に残念ながら、月夜は今日も生きてます。



(´゜∀゜)<ヒャッハー! 汚物は消毒だー!



(月゜Д゜)<アバババババババババ!?



なんて日が近々来るんじゃないかと、戦々恐々しております。

あ、ちょ、火炎放射機はマジ勘弁……


(月゜Д゜)<俺のそばに、近寄るなーーーーーーっ!!











とりあえず、“かえんほうしゃき”と入れて、“火炎奉仕焼”と変換する私の携帯自重。

どんだけドMなんだと。

……あ、でも、クールビューティなお姉さんが、頬をほんのりと朱に染めながら

「私の愛を受け取って」

って言いながらノズルを向けてくれるなら、それはそれで……。















……なしですよね、そうですよね。

そんなの、クールビューティじゃなくて、ただの

ヤンデレ

でしかないですよね。











我々の業界でも拷問です、本当にありがとうございましt(ry










と言う訳で、ようやく新世界の新作完成でございます。

本当に、トップの更新情報欄で、何度言い訳をしたことか……(´・ω・`)

いや、まぁ自動車免許とか卒論とかで、リアルに忙しかったってのは本当なんですけどね。

とは言え、もう自動車免許は取れたし、卒論も一応完成の形にはこぎ着けたんで、大分楽にはなったんで、もうダイジョブダイジョブのはず(来年の4月までは)

内容の方ですが、遂に新世界メンバーも全員が一所に集まり、本格的なバトルに発展しそうな予感。

三鎚を乗っ取ったのは一体何者なのか?
交渉とは一体どういうものなのか?
拐われた白月を、いかなる運命が待ち受けるのか!?

それは、(やっぱり)書いてみるまで分からない!

とりあえず、そろそろ文章量もパネェことになりそうな悪寒で、ドキがムネムネしてきそうですよこんちくしょう(´・ω・`)

しかしまぁ、それはそれで書き応えありってことで、自分を騙していこうと思います。

この作品についての感想、アドバイス、キャラ設定への批判(泣)等々ございましたら、下の「小説感想アンケート板」または「小説感想掲示板」、「月夜に吠えろ」の方へじゃんじゃんカキコしてくださいましね〜。


ここまでは、ようやく免許ゲットして、この間久しぶりに車を運転してみたら(させられたら)、バックで右往左往した月夜が、半泣きになりながらお送りしました。















半年ぶりに車乗るのに、何で夜に運転させるんだと(´・ω・`)


月夜 2010年11月18日 (木) 00時08分(168)


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