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新世界作品置き場

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タイトル:新世界4 SF

――直面した危機から仲間を逃がすべく、一人身を犠牲にするマヤ! 暮れゆく空を染めるのは、血を思わせる紅から憂いの蒼へ。夜空より照らす蒼き月灯りを浴びし時、マヤの中に眠る力が覚醒する! シリーズ4作目にして、会話文のみという構成についに月夜が音を上げた!? コメディ要素は控えめに、アクションを取り入れたシリアス展開が貴方を待つ!

月夜 2010年07月09日 (金) 03時10分(36)
 
題名:新世界4(第一章)

「状況はどうだ?」

「何も問題ありません。先刻より常態のまま経過しています」

「つまり、進展なしということか。調停者との連絡は?」

「継続してコンタクト可能ですわ」

「まぁ、あの子元々無口だから、連絡取れてもあんまし喋ってくれないんだけどね〜」

「また要らぬことを……貴女みたいに五月蝿いのより、何倍もマシというものです」

「五月蝿いとは酷いわね。どうせなら賑やかって言ってくれない?」

「賑やかというのは、周りを楽しませるような雰囲気のことを言うのです。貴女のそれは騒がしいだけで、何っにも楽しくありませんもの。それを、五月蝿いと言わずなんと言えと?」

「ほほぉ……言ってくれるじゃないの、このナイチチまな板女が……」

「……なんですって?」

「あら、もう一回言って欲しいの? ツルペタナイムネ女」

「ふん、貴女みたいに胸ばっか栄養行ったちゃらんぽらんな女と比べれば、そっちの方が何倍もマシでしてよ」

「ふっ……ムネナシの僻みは聞くに堪えないわね。遠吠えの虚しさに、思わず涙が出てくるわ」

「あら、知らないんですの? 世の男性は、LサイズよりS〜Mサイズを好むのですよ?」

「分かってないわね〜。そんなの、貴女みたいな可哀想な女のために作られた、建前に決まっているでしょう」

「じゃあ、実際に聞いてみましょうか?」

「望むところよ」

――キッ!

「……え゛?」

『どっち!?』

「え、あ、あの……えぇっと……」

……ま、あっちが常態なら、こっちもこれが常態といったところか。
どっちもどっち、賑やかで騒がしい娘たちだ。
さてさて、あの二人は彼に任せて、私は状況の確認といくか。
……ん?
なんだ、このリストアップされている数人は?
……あぁ、そうか。そういえば、今日はあの月が昇る日だったな。
ということは、これらの面々は、あの月を己の月神に選んだということか。
いや、ただ単に選んだと言うと、些か語弊を招く。
敢えて言うなら、潜在的意識の内に選んだと言うべきか。
さて、彼らは一体、どんな力に目覚めるのやら……。

「胸はやっぱりおっきい方が好きよね? ほら、あんな貧相なまな板女に、遠慮することないのよ?」

「巨乳の時代なんてとうに終わってんのよ、この時代錯誤のお天気娘。でかいばっかりで役に立たない牝牛に、情けをかける必要はないんですのよ?」

「え、あ、いや……僕は……その……」

「その……何?」

「えっと……僕は、そのぉ……胸より、足とかの方が……」

『っ!!?』

「……」

「……」

『……ふん』

「……何よ、鼻で笑ってくれちゃって。このボンレスハム」

「……それはこっちの台詞ですわ。この短足大根女」

「かちーん! 誰が短足大根だってのよ! このスラッとしたカモシカの如き脚線美が目に入らないの!?」

「な〜にがカモシカよ。な〜にが脚線美よ。足短すぎて、脚線そのものすら見えませんわね〜」

「ふん、そんな丸太みたいな足して、良く言えたもんね。あんた、ゴリラの遺伝子でも引いてんじゃない?」

「その言葉、そっくりそのまま貴女に返して差し上げますわ。私ほど理知的な人間に、ゴリラみたいな野生的遺伝子は無縁でしてよ。貴女にはお似合いでしょうけれど」

「……何よ、やる気? この寸胴」

「大根」

「ボンレスハム」

「短足」

「まな板」

「牛」

「え、えっと……喧嘩はそのくらいに……」

『あんたは黙ってなさい!』

「は、はいぃ……」

「……はぁ」

月夜 2010年07月09日 (金) 03時10分(37)
題名:新世界4(第二章)

マヤ「ん〜っ……やっぱ、夜はいいな。夜風が涼しいし、何より静かで落ち着く」

――……。

マヤ「……お前も、そう思わないか?」

???「っ!?」

マヤ「出てきなよ。別にやり合おうって訳じゃないんだろ?」

???「ふっ……」

――ガサッ。

蒼竜「なかなかやるな。気配は完全に殺していたつもりだが」

マヤ「ははっ、気配を殺して他人を監視とは、良い趣味してるじゃないか。夕刻、俺たちの食事中を木の上から見ていたのもお前か?」

蒼竜「ほぅ……あの時既に俺の存在に気付いていたのか」

マヤ「まぁな。何やら、そっちはそっちで忙しそうだったし、特に殺意も感じなかったから放っておいたが」

蒼竜:忙しそう……つまり、あの距離で、俺だけじゃなく伽藍の気配も感じていたということか。

蒼竜「……お前、何者だ」

マヤ「ただのしがない建築業者さ」

蒼竜「……ふざけた奴だ」

マヤ「ふざけてなんていやしないさ。俺はいつでも真剣そのものだぜ?」

蒼竜「勝手に言ってろ。人を待たせてるから、俺はもう行く。じゃあな」

マヤ「あ! お、おい、ちょっと……」

――ガサッ。

マヤ「行っちまったか。人の話を聞かない奴だな、全く……」

メカ「お前こそな」

――ガサッ。

マヤ「何だよ、少しくらい別にいいだろ」

メカ「危険だと言っただろう。ここは誰も知らない未知の場所なんだぞ」

マヤ「だからって、いつまでもあんな狭いあなぐらにとじ込もってられないさ」

???「まったくだ」

マヤ&メカ『っ!?』

春紫苑「? どうした?」

マヤ「なんだ、お前か」

メカ「気配を消して近づくな。悪趣味だ」

春紫苑「別にそんなことをした覚えはないが……まぁいい。マヤの言うように、こんな月の夜に大人しくしていろという方が無理な話だ」

メカ「……紅の次は蒼か」

マヤ「紅、蒼ときたら、次は翠か? 三原色にちなんで」

春紫苑「ま、何でも構わないがな。僕は、この前の紅い月より、こっちの方が良い」

マヤ「奇遇だな。俺もそう思っていたところだ」

メカ「どちらにせよ、その異常性という点ではなんら変わりはない」

春紫苑「もっともだ」

マヤ「さて、夜の散歩も悪くないが、そろそろ戻った方がいいだろう。こんなとこ、あいつに見つかったら面倒だしな」

メカ「いや、どうかな? 春紫苑は見つかった方が嬉しいんじゃないか? 色々と絡まれて楽しいだろうし」

春紫苑「なっ、何をバカなことを……あんなやかましい女に、これ以上まとわりつかれてたまるものか!」

マヤ「ん〜? やかましい女? 変だな、俺はあいつとしか言ってなかったはずだが?」

メカ「誰のことを言ってるのかねぇ?」

春紫苑「……! 付き合ってられん! 僕は一足先に帰るぞ!」

マヤ「……相っ変わらず素直じゃないな」

メカ「ひねた奴って言うんだよ」

マヤ「ははっ、それもそうだな。じゃあ、俺たちも戻るか」

メカ「ん、あぁ……」

――ザッザッザッ……。

メカ「……なぁ。一つ、聞いてもいいか?」

マヤ「なんだ?」

メカ「前々から思っていたんだが、お前……いや、やはりいい。気にするな」

マヤ「おかしな奴だな。聞きたいことがあったんじゃないのか?」

メカ「ん……まぁ、そうなんだが……俺が知ったところで、何が変わるという訳でもないしな。単に己の知的好奇心を満たすためだけに、込み入ったことまで聞こうとは思わんさ」

マヤ「込み入ったことかどうかは、聞いてみないとわからないんじゃないか?」

メカ「それはそうだが……」

マヤ「じゃあ、言ってみろよ。それで、本当に俺が話したくないことだったら、そんときゃそんとき。話さなければいいんだろう? 妙な遠慮はいらないぜ?」

メカ「……」

マヤ「……」

メカ「……その左手」

マヤ「ん? 左手がどうかしたか?」

メカ「薬指の付け根にだけ、日焼けの跡が無いなと思ってな」

マヤ「……へぇ」

メカ「な、なんだよ……」

マヤ「いや、そんな細かいところまで、良く見てるもんだなと思ってな」

メカ「まぁ、こう見えても一応は機械だからな」

マヤ「そういやそうだったな。意識してないとたまに忘れるぜ。……あぁ、そうそう、左手のこれな、見ての通り指輪を着けてた跡さ」

メカ「婚約指輪か?」

マヤ「残念。はずれだ。俺は今も昔も独り身さ」

メカ「じゃあ、何だ?」

マヤ「これはな……」

メカ「……」

マヤ「……ただの指輪の跡さ」

メカ「……そうか」

マヤ「あぁ。お前の知的好奇心を満たしてやれなくて、悪かったな」

メカ「いや、十二分に満たされたよ」

マヤ「それはなによりだ。さ、早く戻ろうぜ。直に夜が明け……っ!?」

メカ「どうした?」

マヤ「え……あ、いや……なんでもない。ちょっと立ち眩みがしただけだよ」

メカ「そうか? ならいいんだが……」

マヤ「心配は無用だ。さぁ、行こうぜ」

メカ「あ、あぁ……」

月夜 2010年07月09日 (金) 03時11分(38)
題名:新世界4(第三章)

月夜「ふぁ〜っ……んぅ……」

朱蒼「ほらほら、いつまで眠り目でいるつもり? しっかりしなさい」

鏡架「そうですよ。そんなふらふらした足取りだと、いつか転けてしまいますよ?」

月夜「そんなこと言ったってぇ〜……」

白月「お二人共、そんなバカに構う必要ありませんよ。一回派手に転倒でもして、痛い目に会わないと分からないんですから」

――ガッ。

月夜「わっ!?」

――ガシッ。

白月「……へ?」

月夜「わわわぁっ!?」

白月「きゃあっ!?」

――ドスン!

月夜「あたたた……」

白月「……」

鏡架「えっと……だ、大丈夫ですか……?」

月夜「ん、ダイジョブ。ちょっと膝を擦りむいちゃったけど」

朱蒼「まぁ、貴女は大丈夫でしょう。彼女を下敷きにしてるんだから」

月夜「彼女? ……おぉぅ!? なんで白月が私の下に!? まさか、私を庇うために自ら下敷きに……」

艦隊「……俺の目には、転ける間際に自分で引き摺り倒したように見えたんだが」

春紫苑「お前だけじゃない。この場にいる全員の目にそう映ってる」

月夜「わ、私を助けるために、自らを犠牲にするなんて……ありがとう、白月。貴女のことは忘れな……」

白月「……っざけんじゃないわよ!」

月夜「おぉ、生きてた」

白月「人を勝手に殺さない! 私をクッション代わりに引き倒しておきながら、よくそんなことが言えたものね!」

月夜「ち、違うよ〜。たまたま私が転けた方向に貴女がいて、偶然手が引っ掛かっちゃっただけじゃない」

白月「たまたま引っ掛かっただけの手で、どうやったら相手を自分の体の真下に引き倒せるってのよ! 故意にやった事実を認めなさい!」

月夜「別にわざとじゃないってば。たまたま……」

白月「黙らっしゃい! 貴女のたわけた戯れ言はもう聞き飽きました! 大人しくそこに直りなさ……つっ!?」

月夜「え、ど、どうしたの!?」

白月「なんか、足首の辺りが……」

春「挫いたか?」

朱蒼「ちょっと見せて下さい……目立った外傷もないですし、多分軽い捻挫ですね。しばらくすれば治るでしょう」

白月「これくらい別に平気よ。歩けない程ではないですし」

マヤ「止めておけ。ちゃんと回復するまでは、無理に歩かない方がいいぞ。悪化したら、それこそ大事に至らないとも限らん」

白月「ですが……」

春「別に急ぐ理由もない。何一つ明確な目標のない今の俺たちにできることなんて、せいぜい毎日を生き抜くことくらいのものだからな」

メカ「春の言う通りだ。手掛かりの少なすぎる現状、何かしら状況が進展する時を待つしかない」

艦隊「そのためにも、日々を無事に過ごすことが大切って訳だ」

白月「しかし、ここに来た当初に襲われた恐竜の件もあります。況してや、ここは鬱蒼と繁る森の中で、視界も開けてませんし、ここで動きを止めるのは危険じゃありませんか?」

春「それを言うなら、ここそのものが完全に未知の世界なんだ。どこにいたって危険は付き物さ。下手に見通しの良い場所に止まって油断を招くより、敢えて危機感を絶やせない場所に身を置いた方が、安全とも考えられるだろう?」

鏡架「そうですよ。どこにいたって危険であることに変わりはないんですから、早く怪我を治した方が良いですよ」

白月「……な〜んか上手く言いくるめられた感がしますけど、皆さんがそう言って下さるのなら」

マヤ「なら決定だな。それじゃ、俺はちょっとその辺見回ってくるよ。何か食べられそうな野草とか、結構生えてそうだからな」

艦隊「あ、そういうことなら俺も行くぜ」

春「じゃあ、俺とメカ、それに白月はここに残ろう。他の皆はどうする?」

朱蒼「私も残るわ。まぁ、多分何も問題はないと思うけど、彼女のことが心配だし、念のためにね」

鏡架「でしたら、私は散策側にいきましょうか。どんな動植物があるのか、少し楽しみですし」

マヤ「お前はどうする?」

春紫苑「僕はどちらでも構わないが」

マヤ「ならついてきてくれよ。そんなに大勢で留守番する必要はないだろうし、もし大量に食糧が見つかったら、今のうちにできるだけ回収しておきたいからな」

春紫苑「わかった」

艦隊「月夜は?」

月夜「……え?」

艦隊「どうする? 一緒に来るか?」

月夜「わ、私は……残るよ」

白月「あら、貴女が自分から残るなんて珍しいわね。どうかしたの?」

月夜「だ、だって……」

白月「……もしかして、私に遠慮してるのかしら?」

月夜「……怪我させちゃったの、私のせいだし……」

白月「何よ、らしくないわね〜。行きたいんじゃないの?」

月夜「そ、そりゃあ……まぁ……」

白月「なら行ってきなさいよ。貴女みたいに騒がしいの、いない方が体に良いわ」

月夜「なっ……人がせっかく心配してやってんのに、何よその言いぐさはっ!」

白月「そっちこそ、誰のせいでこんなことになったと思ってんのよ! あんたが私を身代わりなんかにするからでしょ!」

月夜「私の転ける方向にぼーっと突っ立ってんのが悪いのよ!」

白月「何よ、私のせいだとでも言うつもり? 責任転嫁も甚だしいわね」

月夜「あぁっ! もう知らない! こんな奴の心配して損した! 皆、さっさと行くわよ!」

艦隊「あ、おい、ちょっと待てよ!」

マヤ「……いいのか?」

白月「いいんですよ」

鏡架「でも、あの言い方は……」

白月「ああでも言わないと、きっとあの子、頑なにここに残ってたと思いますから」

朱蒼「優しいのね」

白月「違いますよ。やかましいのを追い払うために、ああ言ったまでです」

月夜「何やってんのさー! そんな恩知らずに構ってないで、さっさと行こうよー!」

白月「ほら、お転婆娘が呼んでますよ? 皆さん行ってあげたらいかがですか?」

春紫苑「だな。これ以上騒がれても迷惑だ」

マヤ「そうだな。それじゃ、留守は頼んだぞ」

メカ「任せておけ」

春「ほどほどで戻ってこいよ」

春紫苑「分かってる」

鏡架「それじゃ、行ってきますね」

白月「えぇ、行ってらっしゃい。あのバカ娘の面倒、ちゃんと見て上げてくださいね」

マヤ「了解」

鏡架「わかりました」

春紫苑「……面倒だな」

春「ふっ……」

春紫苑「……なんだ?」

春「いや、なんでもないさ」

月夜「もう! 何やってんのよ〜!」

艦隊「皆〜! 早く行こうぜ〜!」

マヤ「分かってる! 今行くよ〜!」

朱蒼「相変わらず賑やかな娘ね」

春「ああいうのは、賑やかじゃなく騒がしいって言うんだよ」

白月「ふふっ……全くですね」

メカ「……」

白月「? どうかしましたか?」

メカ「いや、なんでもない」

白月「?」

月夜 2010年07月09日 (金) 03時12分(39)
題名:新世界4(第四章)

月夜「ねぇねぇマヤさん。このキノコ、食べられるかな?」

マヤ「あ〜、キノコ類は危険だな。外形だけで毒性の有無を見分けるのが難しいから」

月夜「そうなんだ……なんか美味しそうなんだけどな〜、これ」

鏡架「どんなキノコです?」

月夜「これ」

マヤ「どれどれ……え゛?」

艦隊「……これ?」

月夜「うん。なんか、見た目綺麗じゃん?」

マヤ「綺麗と言うか、これを……」

艦隊「毒々しいの間違いだろ……?」

鏡架「……相変わらず、凄い感性してますね」

月夜「毒キノコなのかなぁ……?」

マヤ「どこからどう見ても、毒キノコだろうな」

艦隊「きっと、相当毒性強いぞ」

月夜「そうかなぁ……でも、食べてみなけりゃわかんないじゃん?」

春紫苑「バカか、お前」

月夜「わっ!? な、なんだ春ちゃんか……いきなり出てこないでよ」

鏡架「あら? 春紫苑さん、貴方今まで一体どこに?」

艦隊「そういや、なんか見掛けなかったな。お前どこにいたんだ?」

春紫苑「……何を言ってる? 僕はずっとお前たちと一緒だったぞ?」

マヤ:ん……なんか前にも似たようなことがあったような……。

春紫苑「とりあえず……」

――ヒョイ。

月夜「あっ……」

春紫苑「こんな訳の分からない物は捨てろ」

――ポイッ。

月夜「あ〜っ、何すんのよ! せっかくの食べ物を〜っ!」

春紫苑「バカなことを……あんなものを食ったら、腹痛通り越して死ぬぞ」

鏡架「あはは……」

マヤ:……まぁ、気のせいか。

月夜「あれ〜……どこいっちゃったのかな〜。この辺に落ちたと思ったんだけど……」

マヤ「こらこら、探すな探すな」

鏡架「そうですよ。他にも食べられそうなものなんて、いっぱいあるでしょう?」

月夜「む〜……じゃあさ。前みたいに川魚でも捕ろうよ」

マヤ「川が無いだろ、川が」

月夜「え〜……」

鏡架「ですが、食べられそうな野草なら、そこら中に沢山生えてると思いますよ?」

春紫苑「一部の木の実も食べられそうだな」

月夜「木の実はともかく、野草ってなんか響き的に美味しくなさそう」

マヤ「好き嫌いはいけないぞ。七草粥の七草の中にだって、野草は混じってるんだからな」

月夜「七草粥なんて、何が美味しいのよ〜。どこぞの寺のお坊さんじゃあるまいし、そんな精進料理みたいなの食べたくないって」

春紫苑「お前、今のこの状況で、よくそんなワガママが言えたものだな。好き嫌いは良くない以前に、好き嫌いしていられる程の余裕がないんだ」

月夜「そりゃ分かってるけどさ〜……第一、春の七草っていう響きが気に入らないね、私ゃ。うん。なんで春だけ特別扱いされて、夏とか秋とか冬にはないのよ」

鏡架「あら。夏と冬にはありませんけど、秋にも春と同じように、ちゃんと秋の七草というものがあるんですよ」

月夜「え? そうなの?」

鏡架「えぇ。秋の七草というのは、萩・尾花・藤袴・桔梗・葛・女郎花・撫子の七つのことを指すんです」

艦隊「尾花?」

春紫苑「ススキのことだ」

鏡架「あの細長い形状を動物の尾に見立てて、そういう呼び名が付いたんだそうですよ」

艦隊「秋の七草も、やっぱり粥とかにして食べるのか?」

鏡架「いえ。秋の七草は、春のそれとは違って、見て愛でるものなんですよ。そうですね……一番身近なものだと、萩やススキなんかを飾る十五夜が有名ですかね」

春紫苑「常識的に考えて、ススキやら萩やらを食べると思うか?」

艦隊「そんなのわかんねーだろ? 世の中には蟻やら蜂の子なんかを食うゲテモノ好きがいるくらいなんだから、それくらい食べる奴いくらでもいそうなもんだぜ」

鏡架「ススキの未成熟な実を、食用とする地域も一部あるそうですよ」

艦隊「ほれみろ。やっぱ食べるとこあるじゃねぇか」

春紫苑「一部地域と言ってただろう。常識的に食べる物じゃないってことだ」

マヤ「ススキの実かぁ……さすがに俺も食ったことないな。それって美味いのか?」

鏡架「そうですね〜……聞いた話によると、パサパサした小さな実で、水を多めに使って粟みたいな食べ方をするんだそうですけど、あんまり美味しくはなかったらしいですよ」

月夜「へ〜、鏡架さんって物知りだね〜」

鏡架「……物知り……ですか」

月夜「うんうん」

鏡架「……そんなこと……ないですよ」

艦隊「いや、俺もそう思うぜ。俺なんか、秋の七草の存在自体知らなかったし」

月夜「うんうん」

春紫苑「……お前らはただ単に無知なだけだ」

月夜「あんですって〜!」

春紫苑「ふん。僕は事実を言ったまでだ」

艦隊「……くっくっく」

月夜「……んっふっふ」

春紫苑「なんだ、その気味の悪い笑みは」

月夜「春ちゃんも意外と学習能力がないのね?」

春紫苑「何……っ!?」

艦隊「ぬっふっふ……」

春紫苑「こ、このっ……! 離せっ!」

艦隊「離せと言われて離すバカなど、ここにいるとお思いかね?」

月夜「そういうこと。さぁ……観念してもらいましょーか?」

春紫苑「な、何をする気だ……」

月夜「何って、そうねぇ……こ〜んなことかなぁ?」

春紫苑「な、何だ、その指の奇妙な動きは……っ!」

月夜「こちょこちょ〜っと」

春紫苑「くっ……はっ……ふふっ……」

月夜「ほれほれ〜」

艦隊「さて、いつまで耐えられるかな〜?」

春紫苑「く、くそっ……ぷっ……あっはははははは!」

月夜「それそれ〜。まだまだ終わらないよ〜」

艦隊「良いぞ、もっとやれ〜!」

春紫苑「くっ……あははははっ! きっ、貴様ら……こ、こんなことをして、ただで済むと思っ、ははははははっ!」

月夜「まだまだ反省の色が見えないわね〜。さぁ、どんどん行くよ〜♪」

春紫苑「はっ……ひぃ……も、もう止めっ、あっははははははっ!」

マヤ「やれやれ……あんなことして、あいつら後々酷いな。学習能力の無いのはどっちだよ」


鏡架「……」

マヤ「……どうした?」

鏡架「えっ……?」

マヤ「大丈夫か? 気分でも優れないのか?」

鏡架「あ、いえ、大丈夫ですよ。ちょっとボーッとしてしまっただけですから」

マヤ「そうか? 体調が悪いとかだったら、遠慮なく言うんだぞ?」

鏡架「はい。ご心配をお掛けして、申し訳ありません」

マヤ「いいってことよ。……さて、俺はそろそろあのバカ共を止めるとするかな。お〜い、お前ら〜っ!」

鏡架「……真に博識なる者とは、けだし神的知恵を己が血肉として内包せし賢者。知識を知恵と履き違え、知を得ることのみを目的とせんは愚者の行い……私は今も、ただの愚か者のままって訳ね……」

マヤ「……ん? 何か言ったか?」

鏡架「……いえ、別に」

マヤ「??」

月夜 2010年07月09日 (金) 03時13分(40)
題名:新世界4(第五章)

朱蒼「……これで良しっと」

白月「すみません。ご迷惑をお掛けしました」

朱蒼「気にしない気にしない。それに、謝られるくらいなら感謝されたいものだわ」

白月「そうですね。ありがとうございます、朱蒼さん」

朱蒼「どういたしまして」

春「捻挫の具合はどうだ?」

白月「えぇ、もう大丈夫……」

朱蒼「な〜んて本人は言ってるけど、もうしばらくは歩かない方が賢明ね。下手に負荷を掛けて、捻挫癖になってしまうと、後々厄介ですから」

春「だろうな。有事に至る前に、負傷は再発防止も含めて完治させるべきだ」

メカ「右に同じく」

白月「……皆さん、揃いも揃ってお節介焼きですね」

春「慎重派と言ってくれ。集団行動において、それを形成する個の損傷は全体に及ぶのが必定。なら、そのような傷の治癒は、何をもってしても優先すべきだろう」

朱蒼「その通りね。今の私たちにとって、貴女の怪我は貴女だけの怪我じゃないものね」

白月「……あ、ありがとうございます」

メカ「……」

春「……どうした?」

メカ「……ん、何でもない」

朱蒼「何でもないことなさそうだけど? 何かあったのかしら?」

メカ「ただの考え事さ」

白月「考え事? この世界に関することですか?」

メカ「いや、一個人の知的好奇心を満たすためだけの、下らないものさ」

朱蒼「へぇ。なんだか面白そうだけど、私が興味本意で聞いて良さそうな雰囲気じゃあなさそうね」

メカ「どうだろうなぁ……俺にも良く分からないことだから、何とも言えないな」

春「そうか。にしても、知ることに興味を抱くなんて、益々もって機械らしからぬ奴だな」

メカ「自分でも思うよ」

白月「少し気になったんですけど、貴方を作った人ってどんな人なんですか?」

メカ「俺を作った人間か……」

朱蒼「コンピュータ関連のプロフェッショナルなんでしょうね、その人」

春「特にプログラミングに関する、な。ただ学習するだけじゃなく、完全な自我を持った機械など、この目でお前を見るまで、ただの夢物語に過ぎないと思っていたよ」

メカ「ま、そうだろうな。人間のように動く機械ならいくらでもあるが、人間と何ら変わらない機械なんて、一般的に見れば非現実的だしな」

春「しかし、現実にお前という実例が、こうして目の前にいる以上、否定することはできないさ」

朱蒼「それに、貴方みたいな機械が、実際には沢山いるのでしょう? 以前、製造番号とか種類とか言ってましたし」

メカ「いや、俺は俺だけだよ。他はいない」

白月「あら? ですが、この前聞いた限りですと、M.KVとか、Typeがどうとか言っていませんでした?」

メカ「あぁ、あのM.Kってのは、製作者のイニシャルさ。M.KVは、初代製作者から数えて三代目の人物って意味だよ」

朱蒼「なら、Typeっていうのはどういう意味なの?」

メカ「あれは、まぁ一応種類と言うこともできるかもしれないが、それ以上に第何段目の作品かっていう意味に近いかな。一度行って失敗した過程を、もう一度辿ることほど無駄なことはないからな」

春「ということは、お前は1063番目の、いわば試作機だったわけか」

メカ「そういうことだ。しかし、良くそんな番号覚えてたな」

春「記憶力には自信があるほうなんでね」

メカ「実はお前も機械なんじゃないのか?」

春「まさか。よもや機械に機械の疑いをかけられる日が来ようとは、夢にも思わなかったよ」

朱蒼「うなじの辺り見てみたら、ネジ穴でもあるんじゃない?」

白月「いやいや、そんな見えるところじゃなくて、服に隠れた背中とかじゃありませんか?」

春「……お前ら、二人揃って何を悪ノリしてるんだ」

白月「ん〜……ありませんね〜……」

朱蒼「おかしいわね〜」

春「何がおかしいものか。当たり前だ」

朱蒼「あ、そうか。こんなありきたりな場所じゃなくて、もっと秘密の所にあるのね」

春「……は?」

白月「え、そ、それってまさか……」

朱蒼「そうねぇ。例えば……こことか?」

白月「――っ!!?」

春「なっ!? お、お前、いきなり何をっ!!?」

朱蒼「クスクス。普段の素振りは冷静沈着な大人そのものだけど、この手に関しては素人みたいね〜」

春「バカなマネはよせ! こ、こら、何処に手をやろうとしてる!」

メカ「……意外なとこに、とんだ厄介者がいたものだ」

白月「……」

メカ「……どうした?」

白月「……別に」

メカ「見るからに不機嫌そうな態度だな。分かりやすい奴だ」

白月「どういう意味です?」

メカ「深い意味はないさ。気に食わないんなら、蹴り飛ばしてでもあいつのポジションを奪ったらどうだってことだよ」

白月「……」

春「止めろっ! 変なとこを触るんじゃない!」

朱蒼「ほらほら、抵抗しないで。坊やは経験豊富なお姉さんに任せ、はぶぽぁっ!?」

――ドサッ。

春「……」

メカ「……」

白月「言われた通り、蹴り飛ばしてみましたが……」

朱蒼「……」

白月「……ま、蹴る分には楽しくないこともないわね」

メカ「凄まじい蹴りだったな……」

春「と言うか、あれは本当に蹴りだったのか? 俺の目には、蹴る瞬間も蹴られる瞬間もまるで見えなかったが……」

メカ「俺でも防ぎきれないような気がする……」

朱蒼「……い、医者……」

白月「あら、医者が必要ですか? まだ真似事のレベルですが、診てさしあげましょうか?」

朱蒼「……謹んで、ご遠慮させていただきます」

春「……ま、質の悪い悪ふざけに対する相応な報いというやつだな」

白月「全くですね。あんなはしたないこと、堂々とできる人の思考回路が理解できません。貴女もあのお転婆娘同様、頭の回線がどこかイカれてるんじゃありませんか?」

メカ「本人のいない所で、酷い言い様だな」

春「あながち間違ってもいないところが、またなんとも言えないな」

朱蒼「酷いわね。私までおんなじ扱いなの?」

白月「さっきまでの行為に対する評価としては、至極当然だと思いますけど?」

朱蒼「おー、怖い怖い。でも、何で貴女にそんな睨まれなくちゃならないのかしら?」

白月「何でも何も……貴女があんなことをするから……」

朱蒼「あら、私がしてたのは、貴女にじゃなく春さんに対してよ。別に貴女が直接被害を被ってる訳でもないのに、どうして私があんな目に合わなきゃならないのかしら?」

白月「そ、それは……えぇっと……」

朱蒼「ん〜? 何でなのかしらね〜? あ〜、そうかそうか。貴女、実は春さんのこと、はぶぁぷげぴぎゃん!!?」

――ドサッ。

朱蒼「……」

白月「な、何てこと言うんですかーっ!!」

メカ「……そういうことを言うなら、せめて最後まで言わせてやってからにしろよ」

春「……こいつ、こんなどこぞのバカみたいな性格だったか? 大分キャラを間違ってる気がするんだが……」

メカ「まぁ、楽しくていいんじゃないか。死なない内は」

春「今現在で、既に瀕死なんじゃないか?」

メカ「ま、大丈夫だろ。さて、と……」

春「どうした?」

メカ「あいつら、遅いと思わないか? ちょっと迎えに行ってくるよ」

春「ん……まだあいつらが行ってから、一時間強ってところだ。そんなに遅いとも思わないが……しかし、お前が急にそんなことを言うってことは、何かしらの異常が起きている、その確証があるということか」

メカ「そういうことだ。実は、こっそり例の問題児に発信器を取り付けておいたんだが……」

春「つくづく便利な奴だな。そんなものまで標準装備かよ」

メカ「まぁな。しかし、その発信器からの反応が、少しおかしくてな」

春「おかしい?」

メカ「あぁ。15分ほど前から、俺たちのいるこの場所を中心に、付かず離れずの一定の距離を保ったまま、絶え間なく動いているんだ。それも、障害物だらけの森であることを考慮にいれれば、全力疾走に近い勢いでな」

春「……どういうことだ?」

メカ「それは、お前もなんとなくわかっているんじゃないか?」

春「……相手は誰だと思う?」

メカ「人じゃないことは確かだろうな。恐らく、人では敵わないであろう何かといったところか」

春「しかも、この世界での夜は早い……ますます危険だな」

メカ「だから、少し様子を見てくるよ」

白月「あら? メカさん、どこに行くんですか?」

メカ「あぁ、あいつらの帰りが遅いから、様子を見てきてやろうと思ってな」

朱蒼「遅いと言っても、まだ一時間を少し過ぎた程度よ? それに、彼らの居場所、わかってるの?」

メカ「例のバカに発信器を付けてあるんでな」

白月「そ、そんなものまであるんですね……」

メカ「あんな問題児、野放しにはできないからな。それじゃ、俺はちょっと様子を見てくるよ」

朱蒼「大丈夫だとは思うけど、十分に気をつけて」

メカ「わかってる。心配はいらないさ。それより、お前らこそ……」

白月「……どうかしましたか?」

メカ「……ふっ、いや、何でもない。要らぬ心配という奴だ」

白月「??」

メカ「それじゃ、行ってくるよ。なるべくすぐに戻ってくるようにする」

春「……気をつけろよ」

メカ「あぁ」

月夜 2010年07月09日 (金) 03時13分(41)
題名:新世界4(第六章)

鏡架「はぁ……っ、はっ……!」

月夜「鏡架さん、大丈夫?」

鏡架「っ……はぁっ……は、はい……まだ、なんとか……」

マヤ「きつそうだな。まぁ、もうかれこれ20分近く走りっぱなしだから、無理もない」

艦隊「はぁ……はぁ……確かに、俺もそろそろしんどいかも……」

春紫苑「はっ……はっ……一体、ど、どこまで走るつもりなんだ……!」

マヤ「どこまでって、そりゃあ……」

――バキバキッ!

月夜「あいつが追ってこなくなるまででしょ?」

鏡架「はぁっ……はっ……そ、そうは言っても、一体どこまで逃げれば良いっていうんですか!」

月夜「さ〜ね〜。諦めてくれるまで、逃げ続けるしかないんじゃない? まさか、あんなのと喧嘩するわけにもいかないっしょ?」

春紫苑「当たり前だ! 第一、あれは何だって言うんだ!」

艦隊「何って……熊だろうな?」

月夜「それも、とびっきり巨大な、ね」

鏡架「大きいにも程があります! 私たちの軽く倍はあるあの身の丈、小さめに見積もったって4mは裕にありますよ!」

春紫苑「そんな熊があってたまるか!」

月夜「けど、こうやって実際に私たちの目の前にいる以上、否定もできないっしょ? とりあえず、捕まったら確実にあっちの世界へ一直線だろうし、死ぬ気で逃げるしかないよ」

艦隊「はぁっ……ちっ……それしか、ないだろうな……」

鏡架「くっ……っはぁっ……そ、そうですね……それにしても、お三方ともこんな状況で良く落ち着いていられますね……」

艦隊「ははっ、自分でも意外だよ。しかし、マヤはともかくとしても、月夜にそんな度胸があったとは、驚きだぜ」

マヤ「ま、慌てたところで、状況は何も良くならないしな。それなら、怯えるだけ損だろう?」

月夜「私ゃ十分怖いけどね。必死にひた隠しにしてるだけよ」

鏡架「……立派ですね」

月夜「あはは、そう言ってもらえると、何か嬉しいな」

春紫苑「無駄口を叩いて、体力を消耗している場合か。そんなことは、逃げ切ってから話せばいい」

月夜「だね」

鏡架「……ですね」

マヤ「ん〜……」

月夜「どうしたの?」

マヤ「……なぁ、月夜」

月夜「ん?」

マヤ「このままずっと走っていて、逃げ切れると思うか?」

月夜「ん……」

――バキッ! メキメキッ!

月夜「……正直、このままじゃ厳しいと思う。今のところ、距離を詰められてはいなさそうだけど、もう春ちゃんも鏡架さんも艦隊も、体力的にしんどそうだし……それに、そろそろ日も沈み始めてるし」

マヤ「あぁ。俺もそう思ってたところだ。このままじゃ、遅かれ早かれ追い付かれるだろう。いや、追い付かれなくとも、夜になってしまえばここは闇に閉ざされる。そうなればもう完全に奴らの世界だ」

月夜「でも、それじゃどうするっていうの?」

マヤ「俺が囮になろう。その間に、お前は三人を連れて皆のところへ戻れ」

月夜「……恐らく、それが今の私たちの取れる最善手ね」

マヤ「なかなか冷静な状況判断だ。そうと決まれば、早く……」

月夜「でも、囮役に問題があるんじゃない?」

マヤ「なに?」

月夜「三人を連れて戻るのは、マヤさんの仕事だよ。あれを引き付けるのは、私の方が適してる」

マヤ「なっ……お前、何を言ってるんだ」

月夜「あいつの注意を自分に逸らし、他の皆を逃がしながら、尚且つ自身も生き残る。それなら、貴方より小柄な私の方が向いてるでしょ?」

マヤ「却下だ」

月夜「ちょっ……なんでそんな否定的なのさ。私、何か間違ったこと言った?」

マヤ「男には男のプライドってもんがあるし、年長者には年長者のプライドがある。生憎、今の俺にはその両方があってな。自分の子ども程度の歳の娘に、そう易々と救われるわけにはいかないんだよ」

月夜「そんなプライド、捨てちゃいなよ。命に代えるほどのものじゃないでしょ?」

マヤ「……月夜」

月夜「え?」

マヤ「……あいつらのこと、頼んだぞ?」

月夜「……」

春紫苑「くそっ……まだ追ってくるのかっ……!」

鏡架「はぁっ……っは……いい加減、諦めて下されば良いのに……」

艦隊「全くだ……はっ……しつこい奴は嫌われるんだぜ……!」

月夜「……わかった」

マヤ「……それでいい。それじゃあ……行けっ!!」

月夜「春ちゃん! 鏡架さん! 艦隊っ! 後ろは一切振り返らず、私についてきてっ!」

鏡架「えっ……? マ、マヤさんっ!?」

マヤ「いいから行け! あいつの言葉に従うんだ!」

艦隊「お、おい……そりゃ、一体どういう……」

春紫苑「……わかった。行くぞ」

艦隊「なっ……!?」

鏡架「で、ですが……!」

春紫苑「ぐずぐずするなっ! 早くしろっ!」

艦隊「あ、あぁ……」

鏡架「は、はい……っ!」

月夜「急いでっ! 何も考えず、とにかく全速力で走って!」

月夜:マヤさん……気をつけて……。

月夜 2010年07月09日 (金) 03時14分(42)
題名:新世界4(第七章)

月夜「さぁ、急いで!」

春紫苑「はぁ……はぁ……わ、わかってる!」

艦隊「わかっちゃあいるが……はぁ……はぁっ……なかなか体が、な……」

鏡架「はぁ……はっ……こ、これ以上速くは……む、無理です……」

月夜「モタモタしてたら、マヤさんの思いが無駄になるでしょ! ほら、もっと速く……あれ?」

メカ「ん? お前ら、こんなとこで何をしてるんだ?」

鏡架「っはぁ……はぁ……メ、メカさん……」

春紫苑「はぁ……ふぅ……お前こそ、何でここに……?」

メカ「お前らのことを心配してきてやったんだ。ありがたく思え……って、何だ、一人足りないようだが、何かあったのか?」

艦隊「……」

メカ「……あまり喜ばしいことじゃなさそうだな。何だ? 言ってみろ」

月夜「実は、野草採りの最中に、凄い大きな熊に襲われて……」

鏡架「私たち、必死に逃げてたんですけど、どうしても逃げ切れなくて……」

春紫苑「で、俺たちを逃がすために、あいつが囮役を自ら買って出たんだ」

メカ「……なるほどな」

艦隊「あいつ、勝手な真似しやがって……!」

鏡架「すいません……私が、足手まといになってしまったばかりに……うぅっ……」

春紫苑「お前一人のせいじゃない。自分を責めるな」

艦隊「あぁ、そうだぜ。お前だけに責任がある訳じゃない」

月夜「そうだよ。鏡架さんが謝ることじゃないよ」

鏡架「ですが……」

メカ「皆の言う通りだな。お前の責任ではない。それに、お前がいくら自責の念に捕らわれ、どれほど後悔したところで、今更何が変わるという訳でもあるまい」

鏡架「そう、ですね……」

月夜「お願い、メカさん。早くマヤさんを……」

メカ「あぁ。もうじき夜になる。そうなれば、余計厄介な事になるだろうしな」

春紫苑「気を付けろよ。相手は相当な巨体だ。いくらお前が機械で頑丈とは言え、下手を打てばただじゃ済まないぞ」

メカ「肝に命じておくよ。さ、お前たちは早く戻るんだ。あいつのことは、俺に任せておけ」

鏡架「わかりました……マヤさんのこと、どうかよろしくお願いします……」

艦隊「早く、戻ってこいよ……」

メカ「心配性な奴らだな。任せておけと言ったろ? 大丈夫。どれだけでかかろうと、所詮は野生の熊。軽く蹴散らしてきてやるさ」

――ダッ。

春紫苑「……」

月夜「……それじゃあ、私たちは戻ろうか」

艦隊「……そうだな」

鏡架「……はい」

春紫苑「……」

鏡架「……春紫苑さん?」

春紫苑「ん?」

鏡架「どうかしたんですか? なんだかぼんやりされていたようですけど……」

春紫苑「いや、何でもない。気にするな」

鏡架「そう……ですか……」

月夜「二人とも、なにやってんの? 早く帰るよ」

春紫苑「あぁ、そうだな。行こう」

鏡架「え、えぇ……」

春紫苑:蒼い月、か……。

月夜 2010年07月09日 (金) 03時15分(43)
題名:新世界4(第八章)

「それでいい。急いで戻るんだぞー!」

――バキバキッ!

俺のすぐ傍らで巻き起こる、木々を薙ぎ倒す破壊音。
その奥から姿を現すのは、黒々とした深い体毛で身を包んだ、巨大な熊だ。
その丈は4m……いや、5m近いかもしれない。
軽く薙いだだけで、木をまるで小枝の如く砕くその腕は、破壊力という点で、一撃必殺の兵器に等しい。
どれだけ屈強な者であろうと、ただの人間にあれを真正面から受け止められる道理はない。
当たれば最後、即死というやつだ。
「さて……」
そんな、おおよそ熊と表現していいかどうかすら定かでない、未知の生命体を前に、俺はその方へと向き直った。

――グオオオォォッ!!

轟音さながらの咆哮が、大気をビリビリと震わせる。
思わず後退りしそうになる体。
だが、ここで一歩でも退くわけにはいかない。
あいつらが安全に皆の元へ戻れるよう、俺はこの化け物と対峙すると決めた。
ならば、例え僅かでも奴に隙を見せるわけにはいかない。
俺は、ともすれば怯えの念に捕らわれそうになる己を叱咤し、軽く身構えた。
「問題はここからだな。まぁ、カッコつけた手前、間違ってもやられるわけにはいかないぜ」
冷静さを取り戻すため、敢えて軽口を叩いてみる。
……なるほど。
良く小説かなんかで見る表現だが、実際にやってみても、多少の効果はあるもんだな。

――命に代えるほどのものじゃないでしょ?

不意に脳裏に蘇る、別れ際にかけられた言葉。
命に代えるほどのものじゃない……か。
ま、あいつからしてみればそうかもしれないが……俺にとっては、そうでもないんだな、これが。
何気なく、未だ左手の薬指に残る指輪の痕に目線を落とす。

――ふっ……。

無意識の内に、口元に浮かんだ微かな笑み。
その理由は、俺自身が一番良くわかっている。
気分は、なかなかに悪くない。
「ま、こんな危険な仕事は、うら若き女子が務めることじゃないってな」

――オオオォォッ!

再び上がる雄叫び。
それは、狩るべき獲物を見つけ、闘争本能に基づく欲求の捌け口を見出だしたことを示す、歓喜の怒号だ。
だが、俺とてそう易々と殺されてやるつもりはない。
むしろ、隙あらば返り討ちにしてやるくらいの気持ちだ。
狩る側と、狩られる側。
どちらがハンターでどちらが獲物なのか、分からせてやらないとな。
「そう猛るな。俺は逃げも隠れもしない。さぁ、かかってきな」

――ブンッ!

こちらが言い終わるとほぼ同時に、叩き付けるように薙ぎ払われる腕。
「っと! 危ない危ない……」
風を切る乾いた音を合図に、俺は反射的に後ろへと飛び退いた。
丸太のような黒い大腕が、すぐ目の前を通過する。
ふぅ、一瞬ヒヤッとしたぜ。
予想はしていたが、いやはや……想像の中と実際に受けるのとでは、こんなにも違うものか。
あの巨体だ。
リーチも普通の熊とは比較にならないであろうことはわかっていたが、それでも、まさかあの場から動くことなくここまで腕が届くとはな。
もし、あんな殴打を直撃でもらおうものなら、全身の骨が粉々になっちまうぜ。
ま、逆に考えれば、あんなものは当たらなきゃ壊れた扇風機と変わらない。
さっきのは危なかったが、おかげで奴の間合いは把握した。
十分注意していれば、かわすくらい訳ないな。
「さ、こいよ。遊んでやろう」

――グオオオォォン!!

唸り声を上げ、高々と掲げられる両腕。
その姿は、己を大きく見せることによって、こちらを威嚇しているようにも見えたし、見方によっては、挑発されたことに対して怒り狂っているようにも見えた。
おぉ、怖い怖い。
バカにされてるって分かってんのかな?
ま、いくら図体がでかくても、所詮はただの動物。
両の目でその姿をしっかり捉えていれば、動きを読むのは容易い。
「ほら、どうした? あれだけ追い続けた獲物が、目の前にいるんだぞ? もう来ないのか?」

――グオオオオォォォッ!!

振り上げられた腕が、思い切り叩き下ろされる。
その一撃は、数瞬前まで俺の姿があった場所を透過し、勢いそのままに大地を激しく打った。
その箇所を中心として、蜘蛛の巣状に走る幾本もの亀裂。
まるで漫画か何かを見ているようだ。
絶え間なく振り上げては降ろされる、鎚を振り回すような乱暴で粗野な愚直極まりない攻撃。
心なしか、先ほどより攻撃が大振りになった気がする。
なんだ、想像してたより大したことはないな。
……一丁、反撃でもしてみてやるか。
何度目かの攻撃を、横に小さくステップして避け、それと同時に奴目掛けて大きく跳躍。
その胸部に足を、肩に左手をかけて体を固定する。
空いている右手を引き、反動をつけて突き出す。
狙う先は、どのような動物でも、決して守ることのできない、常に外気に晒されている急所、つまり――

「はっ!」

――目だ!
開いた右手を、目の中に一気にねじ込み、眼球を鷲掴みにする。
直ぐ様腕を引き抜き、眼に繋がる筋肉と神経系を引きちぎった。

――グオオォォォォッ!!

その口から上がるのは、先ほどまでの怒りを孕んだ怒号ではなく、激痛に対する条件反射とも言える絶叫。
俺は、手に眼球を握ったまま、胸を突いていた足に力を込め、思い切り背面方向へと跳んだ。
案の定、俺を狙った腕の一撃が、その標的を見失い、結果、奴は自らの腕で己が身を打ち付けることとなった。
自身を直接打つ羽目になるとは、予想もしていなかったのだろう。
勢いのあまり、黒く深い体毛の内側から、赤黒い血液が溢れ出しているのが見える。
「悪いな。殺らなきゃ殺られるのはこちらも同じなんだ。まぁ、俺とて鬼じゃない。今なら片方だけで勘弁してやるよ」
そう言って、俺は手の中にある抉り取った眼球を、後ろ手に放り捨てた。
その言葉には、これ以上刃向かうつもりなら、片目では済まさないという脅迫的要素も、暗に仄めかされていた。
だが、相手は人語を解する術を持たぬ獣。
無論、その意味を理解できるはずはない。
動物は誰しも、本能的に相手と自分の力量を推し測り、勝てないと判断した場合、弱者は自分から身を引くものだ。
それは、生存本能に基づく延命手段。
その点において、今目の前にいる獣は、並の動物以下と言えた。
図体のでかさに自惚れ、我こそ最強と慢心を覚えたか?
愚かな奴だ。
本能の囁きを失った時点で、貴様はもはや生命の台座より転げたも同然。
その驕りがいかに自身を愚鈍と化させていたか、死をもって知れ。
唸りを上げて降り下ろされる腕を、先と同じ要領で横跳びに避ける。
跳躍し、奴の胸部付近に体を固定し、これまたさっきと同じように、左手でその眼球を抉る。

月夜 2010年07月09日 (金) 03時15分(44)
題名:新世界4(第九章)

「っ!?」
……否、抉ろうとした。
いや、正確に言うなら、最初の跳躍を含め、それら一連の行動全てが、未遂の枠から外れていなかった。
突如として、背後に感じた何かの気配。
背筋を這い上がるこのおぞましい寒気が予感させるのは……死。
「くっ……!」
後ろを振り返るほどの余裕もない。
俺は咄嗟に地を蹴り、横方向に転がった。
「ぐぁっ!!」
左の足首付近に感じた激痛に、思わずうめき声が溢れる。
瞬間、宙にて舞う身体が一回転、二回転。
回る世界の中、俺だけが重力の戒めより自由。
だが、そんな薄気味悪い浮遊感は、刹那の内に恐怖を伴った墜落感へと変貌する。
「くそっ!」
地面に叩き付けられる瞬間、傷付いていない半身が下になったのは幸運だった。
何とか受け身を取り、その場から出来る限り距離を離すと、素早く体勢を立て直す。
一瞬だけ、先ほど衝撃の走った足首に目を向ける。
目立った外傷は見られなかったが、この激しい熱りを孕むズキズキとした痺れるような痛みから想像するに、骨が折れたか、関節が外れたか、幸運ならばただの捻挫かといったところか。
次いで視線を持ち上げてみると……やはりそこには、右目を失った奴とは違う、もう一体別の獣の姿があった。
四本の足で地を踏みしめ、鋭く深い漆黒の3つの眼でこちらを凝視するそれは、月明かりを吸って輝く銀の鬣が、そこはかとない優雅さを漂わせる銀狼だ。
……くっ、今まで気づかなかったが、もう空は薄暗いじゃないか。
殺り合うにせよ、逃げるにせよ、もうあまり猶予はないな。

――ウオオオォォォォン!!

上体を反らし、月に向かって吠える甲高い雄叫びが、森中に響き渡る。
「ちっ……!」
俺は知ってる。
この遠吠えが、一体何を意味しているかということを。
だから、自然と舌打ちが出るのは、至極当然のことと言えた。
途端、周囲に感じる夥しい数の何かの気配。
見渡さなくても分かった。
仲間を呼んだのだ。
無論、俺を確実に殺すために。
「へっ……大人数での手厚い歓迎、痛み入るね。だが、生憎俺は大勢で騒ぎ散らすより、一人静かに月見酒をたしなめる方が好みなんだ」
その場に屈み込んだまま、俺は天を仰いだ。
夜空という名の暗幕のステージに浮かぶのは、無数の星々と、蒼く輝く蒼月……え?
蒼い、月……蒼、月?
なんだ、この感覚は……。
そう、この月は、昨夜も浮かんでいた。
蒼い輝きで、この世界を照らしていた。
それは知ってる。
つまり、違うんだ。
知っているという事は、謂わば理解していることと同義。
頭で理解していることならば、違和感を覚えるはずがない。
そうじゃない。
俺が今感じた違和感は、そんなことじゃないんだ。
なら、一体……?
「蒼月……其は悲壮を双翼と成し、闇夜空にたゆとう哀しき望月……」
な、なに……?
これは、俺が言っているのか……?
バカな……俺は口を開いてなどいないぞ……?
途端、自分の中に感じる、自分以外の存在。
それは、何の前触れもなく突然現れた。
降って湧いたようにという表現の、まさにそのままだ。
心に芽生えるのは、得体の知れない何かに対する漠然とした恐怖。
「底知れぬ悲哀を糧とし、救いなき憎悪を食み、暗澹たる絶望に身を委ねた、決して赦されぬ業に育まれん血染めの子羊は、慈悲無き世にいかなる救済を見るのか……己が力量を見誤った愚者の群れよ。その浅はかさ、死して悔やむがいい」
そんな、意味難解極まりない言葉が、果たして本当に俺の口から出ている言葉なのか。
意識ははっきりとしていた。
思考力だって麻痺してはいない。
だが、俺の肉体であるはずのこの体は、既に俺の指揮下になかった。
ついさっきまで激痛を放っていた足首からも、今はもう何も感じない。
まるで傍観者の気分だ。
そんな俺に向かって……いや、俺ならざる俺に向かって、一匹の銀狼が飛びかかった。
え?
狼なら、単位は頭じゃないのかって?
ははっ……この光景を見れば、誰だって一匹と言ってしまうさ。

――グシャッ。

そんな音が、鼓膜を刺激した。
どんな音かと聞かれても、例えようがない。
何故なら、そんな音は聞いたことがあってはならないからだ。
無理に例を挙げるとすれば……そう、異様に勢いのついたプレス機で、肉塊を潰したような音とでも言えばいいのだろうか?
……自分でも思うよ。
“なんてそのままな表現なんだろう”ってな。
だが、直接このような音を耳にするような状況、生まれるはずもなければ、生まれてもいけないものだった。
そんな、この世のものとは思えない不気味な音を上げ、首から上を失ったその狼は、近場の木の下に横たわっていた。
つい先ほど、瞬間的に絶命したことを証明するかのように、その全身が小刻みに痙攣する。
完全にちぎれ飛んだ頭部は、鮮烈な赤を周囲に撒き散らし、もう動かぬ遺体のすぐ隣で、あり得ない形にひしゃげていた。
眼球は飛び出し、牙はことごとく砕け散り、脳漿は辺り一面にぶちまけられている。
頭という部位に内容されていた全ての物体が、四方八方へと飛散していた。
一体どのようなことをしたら、こんな地獄絵図が現実に生まれると言うんだ……。
……あぁ、知ってるよ。
俺は見てる。
俺の身体が、どうやってあの銀狼を吹き飛ばしたのか、俺はしっかりとこの目で見た。
ただの裏拳。
それも、その場に座したままの、だ。
何の変哲もない、そこらへんの喧嘩でも見られそうな、極々普通の手の甲による殴打だった。
どう贔屓目に見ても、頬骨を砕き、頭蓋を割り、脳を四散させるような打撃ではなかった……そのはずなのに……。
「己が分際をわきまえぬ愚かな獣が、一つの命を散らせた……。さぁ、その身に背負いし罪深き業を禊ぎたい者はまだいるのか?」
聞く者が皆、背筋に弁舌に尽くしがたい恐怖を抱かずにはいられない、暗く低い、それでいて冷たく透き通った声。
それは、理性を持たぬ獣にも伝わったようだった。

――グルルルルル……。

低くくぐもった唸り声を上げながら、ジリジリと後退していく銀狼たち。
その声だけなら、聞きようによっては威嚇しているように聞こえなくもなかったが、あまりにも明確な力量の違いに、既に怯えを宿した瞳からは、ありありと戦意の喪失が伺い知れた。

――グオオオォォォォッ!

そんな最中において、未だ戦意を失っていない者がいた。
片目を抉られた怒りが収まらないのだろうか。
猛り狂う怒号が、夜の森に荒々しく響き渡る。
「……憤怒と屈辱に我を見失ったか。良かろう、来るがいい。貴様は、生き延びられる最善の選択肢を、今失った」
ゆっくりと、水面に波打つ波紋のような捉えどころのない動きで、俺はその場に立ち上がった。

月夜 2010年07月09日 (金) 03時16分(45)
題名:新世界4(第十章)

負傷した左足には、ほとんど体重を掛けることなく、もはや片足立ちに近い体勢で構えを取る。
それはつまり、回避行動は取れないと言っているようなものだった。
今まで以上に、大きく振り上げられる腕。
今度の相手は、先ほどの人より一回りは小さい狼などではない。
こちらの倍以上の巨体を誇る、怒りに支配された獰猛な熊なのだ。
その一撃の重さは、狼のそれとは比較にならない。
当初俺が抱いた通り、その一撃は人である以上受け止められるはずはない。

――ゴシャッ。

……では、俺のすぐ傍で巻き起こったこの鈍い音は、果たして何なのか。
考える必要もなかった。
すぐ目の前を横切る、平らで丸い何かの断面。
その断面は、鋭利な刃物で斬ったような美しいものではなく、例えるなら錆び付いた大鉈で無理やり斬り飛ばしたかのような、ぐちゃぐちゃに潰れた無残なものだった。
もう、言うまでもないだろう。
俺じゃない俺は、この体一つ、いや、たったの腕一本だけで、巨大な熊の放つ渾身の一撃を受け止め、あろうことか、相手の腕の肘付近から下を吹き飛ばしたのだ。
しかし、奴は叫び声を上げなかった。
……上げられなかった、と言った方が正しいだろうか。
奴の腕を飛ばした次の瞬間には、もう既に空いた方の腕による致命的な刺突が、その心臓に決まっていたからだ。
固く伸ばされた五本の指が、分厚い胸板を貫き、筋肉の束を引き裂き、心臓を抉り、その勢いのまま背中側へと貫通していた。

――グチャッ。

腕を引き抜くと同時に、血と肉の摩擦が、無気味な濁音を生み出す。

――ズゥン!

次いで地を響かす、大地を揺るがすかのような轟音。
その音源から溢れ出すのは、夥しいとさえ言えるほど大量の赤黒い液体。
それはすぐ、動かぬ亡骸の周囲に深い血溜まりを形成した。
そこに沈む黒いその体躯は、以後二度と動くことはなく、気付いた時にはもう、狼たちは一頭残らず消え去っていた。
「……そう、無駄に命を捨てることはない。限りある生を謳歌することこそ、生命に許された唯一にして至高の目的なのだから」
そう呟くその声色は、先ほどまでの脅迫じみた暗い声ではなく、どことなく慈愛を感じらる、優しく暖かい声だった。
分からない。さっきの冷酷に徹した声と、今の仄かな暖かみを宿した優しげな声。
どっちが、こいつの本性なんだ?

――おい、お前。

聞こえるかどうか分からないが、俺は声をかけてみた。
無論、それは音にならないため、耳という機関を介さない声なき声だが。
「……」
だが、こいつは何も返事を返さなかった。
無言のまま、蒼き月の浮かぶ夜空を仰ぐだけ。
しかし、何故か確信できた。
聞こえている、と。
こいつは俺の声が聞こえており、その上で敢えて聞こえていないフリをしているだけなのだと。
だから俺はもう一度語りかけた。

――無視するなよ。同じ体を共有する者同士だろ。

「……」
それでも尚、こいつは口を開こうとはしなかった。
こっちから話しかけてやってると言うのに、無愛想な奴だな。
そう、思った瞬間だった。

――っ!?

奇妙な衝撃に、一瞬思考が停止する。
それは、衝撃と表現していいのかどうかさえ定かでない、今までに体感したことのない感覚だった。
今まで部屋に込もっていたのに、いきなり外へ追い出されたような、そんな感じだ。
「なんだ、今のは……ん?」
そう口にして、初めて気付いた。
手のひらを目の前に掲げ、軽く開閉してみる。
握られては開かれてを繰り返す俺の手。
いつの間にか、この体は俺の支配下に戻っていた。
感覚というものの存在を、何だか随分久々に感じる気がした。
「……なるほど、これが返事って訳か。まだろくに話してもいないってのに、俺も嫌われたもんだ」
口の端に自嘲気味の笑みを浮かべる。
まぁ、いいさ。
これからも付き合うことになるのなら、いずれは言葉を交わす機会もあるだろう。
それより、今は自分のことだ。
改めて、己の体に視線を落とす。
思っていたより、返り血は浴びていないようだった。
それだけ、一撃毎の威力が凄まじかったということだろう。
……しかし、これはどういうことだ?
最後、あいつは熊の心臓をこの右腕で串刺しにしたはず。
だというのに、全く血で汚れていないのは何故だ?
……考えるだけ無駄ってやつだな。
服が汚れなくて良かったということにしておくか。
「あ〜ぁ……すっかり夜になっちまったな。あいつら、ちゃんと戻れたんだろうな」
そんなことを呟きながら、踵を返す。
「つっ……!」
そんな折り、突然左の足首に走った痺れにも似た鈍い痛みに、俺は思わず苦悶の声を上げた。
あぁ、そう言えば、あの銀狼に奇襲されたとき、厄介そうな傷を負わされてたっけな。
左足に、垂直方向に体重をかけてみる。
多少の違和感はあるが、痛みは大したことない。
次に、少しずつ体を傾けて、斜めに負荷を与えてみた。
「……っと」
数秒と経たない内に、関節から鈍い痛みを感じた。
だが、予期していたほどではない。
意外にも、どうやら軽く捻った程度の傷で済んだようだ。
歩けない程ではないな。
さて、俺もそろそろ戻らないと。
皆心配していることだろうしな。
何気なく、後ろを振り返ってみる。
そこには、胸に文字通り風穴を空けて倒れ伏す巨大な骸と、首から上を失った狼の死体が無惨に転がっていた。

――ま、このことは、あいつらには話さない方が良さそうだな。

そんなことを思いながら、俺は痛む左足を引きずるようにして、皆の待っているであろう待ち合わせの場所へと向かった。

月夜 2010年07月09日 (金) 03時17分(46)
題名:新世界4(第十一章)

メカ「よぅ」

マヤ「ん……あぁ、お前か」

メカ「生きてたみたいだな。安心したよ」

マヤ「はは、なんとかな」

メカ「熊相手に生きて戻ってこれるとは、お前もなかなか人間離れしてるな」

マヤ「人間じゃない奴に人間離れしてるなんて言われる日がくるとは、思ってもみなかったぜ」

メカ「そりゃ言いたくもなるさ。何の武器も持ってない人間が、襲ってきた熊を逆に倒したんだからな」

マヤ「……なんだ、見てたのかよ」

メカ「……まぁ、な」

マヤ「どこからだ?」

メカ「俺がここに着いた時、ちょうどお前が素手で熊の胸板を貫いていたところだったよ」

マヤ「最後の最後だな。まぁ、それまでに辿り着いていたなら、お前のことだ。何も言わなくても、何かしらの手出しはしてただろうしな」

メカ「どうかな。あのおおよそお前らしからぬお前には、助力が必要なようには欠片も見えなかったぞ」

マヤ「そんなに異常だったのか……っ、いてて……」

メカ「おいおい、大丈夫か?」

マヤ「ん……あぁ、さっき熊共とやり合ってた時に、ちょっと足を捻ったみたいでな」

メカ「それでよく無事だったもんだ」

マヤ「自分でもそう思うよ」

メカ「肩、貸してやろうか?」

マヤ「ん、助かる。で、話を戻すが、端から見てもそんなにおかしかったのか?」

メカ「瞳の色からして異常だったな」

マヤ「瞳の色?」

メカ「あぁ。蒼く光ってたぞ。そう、ちょうどあの月みたいにな」

マヤ「月……蒼月か」

メカ「ん? そういう呼び方をするのか? あの月は」

マヤ「あいつ曰く、そうらしいな」

メカ「あいつ? 誰のことだ?」

マヤ「あぁ……実はな――」

――――、――――。

マヤ「――っとまぁ、そういう訳だ」

メカ「なるほど……にわかには信じられない話だが、ここ最近、自分たちが当然としている常識がいかに脆いものかということを、身を持って体験させられているからな。信じない訳にもいくまい」

マヤ「しかし、我が事ながら、あれは異常にも程があるぜ。人間の体で、狼の頭を原型すら留めないくらいに潰したり、5m超の化け物熊の一撃を受け止め、逆にその腕を吹き飛ばしたり、熊の胸に手刀で風穴空けたり……とても考えられないことばかりだ」

メカ「そりゃ、もう人間技じゃないな。……にしてもお前、どうしてそんなにキレイなんだ?」

マヤ「キレイ? 何がだ?」

メカ「お前のその今着てる服だよ。あれだけ派手に立ち回っておいて、付いた汚れが服に跳んだ僅かな血痕のみってのは、どう考えてもおかしいだろう?

マヤ「あぁ、そのことか。それは俺も思ってたよ。服に付着した血の少なさはまだいいとしても、奴を貫いたこの右腕まで、ほとんど血に濡れてないんだからな」

メカ「それもまた、普通に考えればあり得ないことだな……まぁ、いくら考えたところで、今は何の答えも出ないだろう」

マヤ「だな。考えるだけ無駄ってやつか」

メカ「そういうことだ。どうしても気になるって言うなら、また後で春にでも聞いてみればいいさ」

マヤ「春に? なんでだ?」

メカ「ん……いや、あいつ、何か俺たちの知らないことまで知ってるみたいだからさ」

マヤ「俺たちの知らないことを? 春も俺たちも、この訳のわからない世界に来たのは同時のはずだぞ?」

メカ「それは……そうなんだが……」

マヤ「お前の勘ってやつか。ま、聞くにしても、なんと言って切り出したら良いものか……」

メカ「さっきお前が体験したことを、ありのまま伝えればいいんじゃないか?」

マヤ「ありのまま、ねぇ……果たして信じてもらえるものか……」

メカ「……既知、かもしれんがな……」

マヤ「ん? 今、何か言ったか?」

メカ「いや、何も」

マヤ「そうか……空耳か?」

メカ「耳が遠くなるにはまだ時期尚早だぞ?」

マヤ「やかましい。お前のネジ巻き、今この場でへし折ってくれようか?」

メカ「ははは、そりゃ勘弁願う。あれが無いと、俺はただの人形になっちまうからな」

マヤ「なら、さっさと俺を皆の元へ連れて行け。捻った足首が痛くてかなわないんだ」

メカ「このまま、ここに放置していったらどうなるのか、気になるところだな」

マヤ「……」

メカ「わかった、わかった。連れて行ってやる。だから、そう睨むなって」

マヤ「よろしい」

メカ「……偉そうに」

マヤ「何か?」

メカ「いや、何も……」

――ガンッ!

メカ「痛っ!?」

マヤ「俺は、悪口は言うのも言われるのも嫌いなんでね」

メカ「なんだ、しっかり聞こえてるんじゃないか。それなら聞こえてなかったフリなんかするなよな」

マヤ「こう見えても地獄耳で有名でね。さ、きびきび歩こうか」

メカ「はいはい」

月夜 2010年07月09日 (金) 03時19分(47)
題名:新世界4(第十二章)

蒼竜「あいつ、明らかに気付いてやがったな。さっきの台詞と目配せは、ここは俺に任せるってわけか。ったく……良いように使いやがって」

伽藍「……」

蒼竜「まぁ、別に何が起きるという訳でもなさそうだし、構わないか」

伽藍「……ふぁ……」

蒼竜「ん? どうした?」

伽藍「……何でもない」

蒼竜「眠たいのか? 目が赤いぞ?」

伽藍「大丈夫……平気……」

蒼竜「眠たいなら眠った方がいいぞ……とはいっても、木の上で寝るなんてお前には無理か。どうする? 下りるか?」

伽藍「いい……一緒にいる……」

蒼竜「そうか。まぁ、あんまり無理はしないようにな」

伽藍「……うん」

蒼竜「にしても、こんな風に木の上からこっそりなんて、なんか俺たちストーカーみたいだな」

伽藍「ストーカー……?」

蒼竜「知らないのか? ほら、あれだ。好きな人のことをつけ回る、質の悪い根暗な奴のことさ。たまにニュースとかで報道されてるだろう?」

伽藍「……知らない」

蒼竜「なんだ、案外世間知らずなんだな。伽藍も他人事じゃないかもしれんぜ?」

伽藍「……どうして?」

蒼竜「お前さん、結構可愛いからな。どこぞの変態につけ狙われないとも限らないぞ?」

伽藍「え……あ……え、えと……」

蒼竜:なんだ、可愛いって言われただけで赤くなるなんて、かなりの照れ屋だな。頬を赤らめてうつ向くその姿ときたら、世のロリコン共のことごとくを一撃悩殺間違いなしだ……あぁ〜、可愛すぎるぞ、ちくしょうめっ!

伽藍「……?……どう、したの……?」

蒼竜「……え? あ、あぁ、いや、何でもない」

蒼竜:俺は女相手に、しかもこんな子供を相手に、何を考えてるんだっ! 去れっ! 煩悩よ、俺の中からキレイに消え去れっ!

伽藍「……?」

蒼竜:えぇい、こいつはわざとやっているのか!? どこぞの漫画のキャラみたく小首を傾げるな! 超可愛いじゃないかっ!

伽藍「蒼竜さんも……気を付けた、方が……」

蒼竜「ん? 気を付けるって、何にだ?」

伽藍「……ストーカー」

蒼竜「ストーカー? 俺に? ははっ、ないない。俺みたいに女らしさの欠片もない奴を、一体どこのどいつがストーキングするってんだ?」

伽藍「そんなこと……ない。蒼竜さん、とっても……す、す……」

蒼竜「何?」

伽藍「す、素敵で……キレイ、です……」

蒼竜「え、あ、ありがとう……」

伽藍「……」

蒼竜:自分で言って、自分で照れるなよな……こっちまで恥ずかしくなっちまうじゃねぇか……。

伽藍「……あ」

蒼竜「どうした? あぁ、帰ってきたのか。……しかし、二人ほどまだ戻ってないみたいだな。あいつら、何をやってるんだ?」

伽藍「……変……」

蒼竜「変? 何がだ?」

伽藍「様子が……おかしい……」

蒼竜「……確かに、あの慌て様……何かあったみたいだな」


鏡架「はぁっ……っはぁ……」

朱蒼「どう? 落ち着いた?」

鏡架「は、はい……ご迷惑をおかけしました……」

春「で、何があった?」

月夜「熊に襲われたの」

艦隊「それも、バカみたいに巨大な奴さ。4、5mはあったと思うぜ」

白月「4、5mって……それ、本当に熊なんですか!?」

春紫苑「姿形は熊だった。本当に熊かどうかはわからんがな」

春「で、マヤはお前たちを逃がす為、その化け物と一人で対峙しているというわけか」

月夜「……うん」

鏡架「……私のせい……私が、皆さんの足を引っ張ったから……」

月夜「鏡架さん……」

白月「……」

鏡架「私が……私が……っ!」

白月「……それくらいにしときなさいよ」

鏡架「でも……私にもっと体力があれば……」

白月「……っ加減にしなさいっ!」

鏡架「っ!?」

白月「貴女、自分を責めて何がしたいのっ!? 自分を責めて、呪って、一体何が解決するって言うのよ!」

春「……」

白月「何も解決しない! 何も改善されない! 何も変わりはしないっ! 何もっ!!」

鏡架「あ……あぁ……」

朱蒼「……白月さん」

白月「はっ……はぁっ……」

朱蒼「……もう、大丈夫よね?」

白月「……はい。すいません、柄にもなく取り乱しました……」

月夜「白月……」

白月「大丈夫……もう、大丈夫。鏡架さん、急に怒鳴ったりしてすいませんでした」

鏡架「あ、いえ、そんなことは……貴女の、言う通りです……」

春「まぁ、お前が自分にどんな責任を負わせたところで、何も変わらないというのはもっともだ。それに、何も手遅れになってしまった訳でもないだろう。途中、そちらへ向かうメカに会ったはずだ」

春紫苑「あぁ。だが、あんな化け物相手だ。……こんなこと言いたくはないが、いくらあいつが機械だといっても、勝てる見込みは……」

艦隊「元より、勝つ勝たないの話じゃないだろ。時間さえ稼げば、後は隙を見て逃げるだけだ」

朱蒼「そうね。話に聞く限り、相手は相当な巨体なんでしょう? なら、動きは緩慢だろうから、逃げ延びるのは比較的容易なんじゃないかしら」

鏡架「ですが、もし万が一、一撃でも当たってしまえば……」

月夜「もし〜、とか万が一〜、とか言うのは禁止。マヤさんのことだから、絶対大丈夫」

春紫苑「そうだな。ネガティブな思考は、それ相応の結果を導きかねない。こういう時は、前向きに考えるべきだ」

鏡架「……そうですよね。すいません」

春「どちらにせよ、俺たちはここで待つしかないわけだ」

朱蒼「そうね。ただ待つしかない……辛いことだけど、待つ者がいない人は帰って来れない。信じて待つことも、大事なことよ」

鏡架「そう、ですね……」


蒼竜「……なるほどね」

伽藍「……どう、するの……?」

蒼竜「どうもしないさ」

伽藍「え……」

蒼竜「俺は、あいつにこの場を頼まれたんだ。なら、あいつが戻ってくるまで、ここに留まることが任された者の義務ってやつだ……とは言っても、直接言葉を介して依頼された訳じゃないがな」

伽藍「……でも」

蒼竜「それに、あの二人はお前が思っているよりずっと強いぜ? きっと、俺の助けなんて欠片も期待していないさ」

伽藍「……」

蒼竜「大丈夫。あいつらはいずれ戻ってくる。それまで、俺たちはここで、陰ながら連中のお守りをしていればいいんだ」

伽藍「……わかった」

蒼竜「なんだ、そんな不安そうな顔して。そんなにあの二人が心配か?」

伽藍「え……あ、う……うん……」

蒼竜「優しいんだな、伽藍は」

伽藍「違う……私……優しく、なんか……」

蒼竜「ま、俺の言葉を信じてみろって。それに、あの朱蒼とかいう女も言ってたろ? 帰りを待つ誰かがいないと、人は帰ってこないってな」

伽藍「……」

蒼竜「その誰かってのには、連中はもちろんのこと、奴らをこうして見守ってる俺たちも入るんだぜ? だから、俺たちも信じて待つべきなのさ。あいつらの帰りをな」

伽藍「……うん……」

伽藍:……。

蒼竜「……なんだ、まだ何か納得いかないのか?」

伽藍「……帰っ……来なかっ……」

蒼竜「何?」

伽藍「……何でもない」

蒼竜「お前が何を怖がっているのか知らんが、何も恐れる必要はないぜ」

伽藍「……何で……?」

蒼竜「え?」

伽藍「……どうして……そんなこと、言えるの……?」

蒼竜「どうしてって……どうしても何も……」

伽藍「先のことなんて……誰にも分からない……どんな未来も、それが運命なら、必ずやってくる……人の身に許される抵抗なんて……本当に微々たるもの……」

蒼竜「……何を言ってるんだ?」

伽藍「……幕を上げた悲劇は……終演まで終わらない……瞼を開けたが最後、ここが舞台の上であることを知ってしまう……自分がただの観客ではなく、ステージに立つ役者であることに気付いてしまう……強制される狂った舞踏……壊れた脚本は、決してリテイクを許さない……錆びた歯車は軋み……悲鳴を上げながら、それでも回り続ける……紅、蒼、翠……溶け合うことのない三色は、やがて全てを崩壊へと導く……」

蒼竜「伽藍……?」

伽藍「それが……運命……」

蒼竜「……」

伽藍「……」

蒼竜「……伽藍。お前が俺の知らない何を知っているのか、俺には見当もつかないし、つけようとも思わない」

伽藍「……」

蒼竜「けどな。自分一人で背負おうとはするな。重くて、辛くて、押し潰されそうになったら、その胸の内を俺に打ち明けてくれ。その重みを俺にも支えさせてくれ」

伽藍「……」

蒼竜「そうじゃなきゃ、こうして二人で一緒にいる意味、ないだろう?」

伽藍「……っく……うぅ……ひっく……」

蒼竜「泣きたきゃ泣きな。お前が泣き疲れて寝ちまっても、俺は傍にいてやるから」

伽藍「ぃっく……あ、ありがとぉ……」

伽藍:……私……どうしたら……。

月夜 2010年07月09日 (金) 03時20分(48)
題名:新世界4(第十三章)

マヤ「痛っ! 痛いってさっきから言ってんだろ!? もっと優しく歩いてくれよ!」

鏡架「っ!!」

メカ「さっきからうるさい奴だなぁ。そんなに言うなら、お姫様抱っこでもしてやろうか?」

春「……戻ってきたか」

春紫苑「みたいだな」

艦隊「あぁ。思っていたより、結構早いお帰りだったな」

白月「……良かった」

朱蒼「えぇ。こうして見る限り、そんなに大した怪我もなさそうだしね」

鏡架「マヤさん!」

マヤ「うぉっと」

鏡架「無事だったんですね! 良かった……!」

マヤ「そう簡単に殺されてたまるかってな。初めて会った時に言ったろ? サバイバル経験は豊富だって」

鏡架「でも……っく……本当に良かった……」

マヤ「お、おいおい、何も泣くほどのことじゃないだろ?」

朱蒼「もし、貴方に何かあったら、私のせいだ……って、ずっと言ってたのよ、彼女」

マヤ「鏡架の? どうしてそうなるんだ?」

鏡架「だって……私、何か起きたらすぐにパニックになってしまいますし、体力も運動神経も全然ですし……さっきだって、私が皆さんの足を引っ張ってしまったから……」

白月「……」

マヤ「……くっ、あははははっ」

鏡架「え……な、何で笑うんですか! 私、真剣に……」

マヤ「な〜に言ってんだ。お前さんは、足なんて引っ張っちゃいないよ」

鏡架「で、ですが、私があのとき一緒にいなければ、皆揃って逃げることが出来て……」

マヤ「いいや、違うね。あのとき、あそこにいたのがどんなメンバーだったとしても、全員で逃げることなんて出来やしなかったよ」

鏡架「ど、どうしてですか……」

マヤ「わからないか? ……なぁ?」

春紫苑「……僕に振るんじゃない」

艦隊「右に同じく、だ」

鏡架「え、え……?」

春紫苑「……足を引っ張っていたのは、お前だけじゃないってことだ」

艦隊「ま、俺も春紫苑も、マヤや月夜についていけたとは、お世辞にも言えないからな」

鏡架「あ……」

マヤ「まぁ、それは冗談としてだ。全員揃って逃げるっていうのは、実は一番危険なことなんだぞ?」

鏡架「それはどういう……」

春「集団で逃げれば、それだけトラブルが起きやすいということだ。森での逃走なら、誰かが木の根に躓いて転倒するかもしれないし、視界の悪さのせいではぐれるかもしれない。そういった危険を減らすには、そのメンバーの中で優秀な誰かが、囮役になるのがベストってことさ」

マヤ「ま、そういうことだ。だから、何も鏡架が悪いとか、そういう訳じゃないんだよ」

鏡架「で、ですけど……」

マヤ「気にしない気にしない。誰も死んでないし、大した怪我もない。結果良ければ全て良しってな」

白月「……っ!!」

鏡架「……そうですね。ありがとうございます」

白月「……」

朱蒼「……大丈夫?」

白月「……すいません……今は少し……」

朱蒼「……OK。貴女に何があったかは知らないけれど、無理しないようにね?」

白月「……はい」

マヤ「で、今気付いたんだが、こういう状況で本来真っ先に騒ぎ出す奴が、何だかやけに大人しい気がするが……」

艦隊「あいつなら……ほら」

月夜「すぅ……すぅ……」

マヤ「なんだ、寝てるのか?」

朱蒼「戻ってきて、一通り説明し終わるなり、すぐにコテンってね」

春紫苑「よほど疲れたんだろう。一歩間違えば、容易に死んでおかしくなかったんだ。しかも、マヤと別れてからは僕たちを先導する役、言い換えれば、三人分の命を背負って駆けていた。表情こそ涼しげだったが、その実精神的負担はかなりのものだったはずだ」

朱蒼「この小さな体で、よく頑張ったものね」

マヤ「ホントにな。こいつ、こう見えて結構すごい奴かもしれないな」

鏡架「彼女はすごいですよ。私なんかじゃ、足元にも及ばないくらい」

白月「いつもはパッパラパーですけどね」

春「それはまた酷い言い種だな」

春紫苑「否定はしないがな」

艦隊「しないと言うよりかは、できないと言うべきかな」

マヤ「あいつも哀れだな……なぁ?」

メカ「……ん? なんだ?」

マヤ「どうした? 明後日の方向いてたが、あっちに何かあるのか?」

メカ「いや、なんでもないよ」

マヤ「? 何だ、ニヤニヤして……おかしな奴だな」

月夜「ふぅ……はひゅぅ……」

白月「……こうして黙って寝ていれば、少しは可愛らしくも見えてくるものね。普段、あんなにがさつな娘と同一人物だなんて、この寝顔からは想像もつかないわ」

朱蒼「ふふっ、本当ね」

鏡架「でも、今日は彼女に助けられました。もしこの娘があの場にいなかったら、私たちは今頃、全員揃ってここには居られなかったかもしれません」

春紫苑「そうだな。まさか、こいつがあんなに体力のある奴だとは、思いもしなかった」

艦隊「本当にな。俺も、体力にはそこそこ自信のある方だったんだが、そんな自信、今じゃもう見るも無惨に粉々だぜ」

春「ほう。こいつ、そんなに凄かったのか?」

マヤ「あぁ。全力で走りながら、周りに気を配って且つ客観的視点に基づいた冷静な判断力を失わない。大したもんだよ」

白月「皆さん、少し大袈裟に言い過ぎではありませんか? この小娘に、そんなに大層なことができるとは、とても思えないんですが……」

月夜「何よぉ! 誰が小娘ですってぇっ!」

白月「っ!? 貴女、起きて……」

月夜「お姉ちゃんこそ……私より……背ぇ低いじゃない……ふひゅぅ……」

朱蒼「……ない、みたいね」

白月「全く、紛らわしい寝言を……誰がお姉ちゃんだってのよ」

メカ「良いじゃないか。お似合いの姉妹だと思うぞ?」

白月「なっ……誰がこんなバカ娘と……」

朱蒼「別に照れなくてもいいじゃない」

白月「照れてなんかいません!」


マヤ「……」

鏡架「……マヤさん、月を見てるんですか?」

マヤ「ん……あぁ、なんとなく気になってな。無意識の内に、目を惹かれるというか……」

鏡架「そうですか? ……私は、あの月を見ていると、なんとなく気が滅入ってきそうになるんですけど……」

マヤ「そうか? 俺は、前に見た紅い月より、この蒼い月の方が、見ていて落ち着くがな」

鏡架「そうですか……私は、その紅い月というのを見た記憶がないので、なんとも言えませんけど……」

マヤ「……そういえば、そうだったな」

鏡架「……見たはずのものを、そんな瞬間的に忘れるなんてこと、あるんでしょうか……」

マヤ「だが、お前はあの月を見た途端、気を失ったと言うじゃないか」

鏡架「えぇ……ですが、気を失うその直前ですら記憶があやふやなんです。紅い月という単語も、目を覚まして初めて聞いた感じでしたし……」

マヤ「ま、気にするだけ無駄さ。あまり深く考えないことだな」

鏡架「はい……」

マヤ:……蒼月、ねぇ……。

月夜 2010年07月09日 (金) 03時21分(49)
題名:新世界4(第十四章)

???「……おい、起きろ」

???「すぅ……すぅ……」

???「起きろ」

???「んにゅ……何よ〜……お酒、もうこんだけしかないの〜? ……もっと、持ってきなさいよぉ……」

???「ったく……起きろと……言ってるだろうがっ!」

――ガン!

???「……ふぁ……んぁ?」

???「目は覚めたか?」

???「あ……坊っちゃん……お早うございますぅ……ふぁ……」

???「なんとも呑気な奴だ。そんなことを言ってる場合じゃないぞ」

???「……はや? 私たち、野宿なんてしてましたっけ?」

???「する訳があるか」

???「ってことは……またあの陰険悪質意地悪クソばばぁの仕業ですかっ!」

???「……相変わらず酷い呼称だな」

???「でも、坊っちゃんはお嫌いなんでしょう? あの新しい母方は」

???「当たり前だ。俺の母上はたった一人。いくら父上が認めようと、そんなことは関係ない。俺は、あいつを母とは認めないし、母と呼ぶつもりもない」

???「坊っちゃんがお嫌いなものは、私も嫌いです。坊っちゃんの敵は、私にとっても敵なのですから」

???「……ありがとう」

???「はい、どういたしまして♪ ……で、お話を戻しますけど、どうして私たちはこんなところに?」

???「それが分かれば苦労はしない。分からないから困っているんだ」

???「ん〜……まず第一に、ここはどこなんでしょう? お屋敷の近くに、こんな浜辺なんてありましたっけ?」

???「無いに決まっているだろう。ここがどこかなんて、俺にも皆目見当が付かない」

???「あらあら、それは困りましたねぇ。いつの間にやら、大分遠くまで運ばれてしまったようですね。あのばばぁもなかなかやるものです」

???「アホか。お前はともかく、俺がただ寝ているだけで、途中一度も目覚めることなくこんな所まで連れてこられる訳がないだろう」

???「いえいえ、分かりませんよ? よっぽどお疲れになっておられたか、もしかしたら睡眠薬でも盛られたのでは?」

???「何を言っている。夕飯の支度は、素材選びから調理まで全てお前が担当していたんだ。一体誰が睡眠薬を盛れると言うんだ」

???「そりゃあ……私とか?」

???「ははっ、笑える冗談だ。それにだ、睡眠薬というのは基本速効性のあるものだ。にもかかわらず、俺には夕食後数時間分の記憶はある。それも、ベッドに横たわって就寝する、その時までな」

???「では、あのばばぁはどうやって私たちをこんなところまで運んだんでしょう?」

???「俺が考えるに、犯人はあの女じゃないと思うぞ」

???「え? それじゃあ、一体誰が……」

???「……人じゃない、かもな」

???「……それは、どういう……」

???「空を見てみろよ」

???「あ……」

???「なんとも神々しい、蒼い月じゃないか」

???「これは……何故……!?」

???「俺たちの知ってる世界では、月はあんなに大きくないし、蒼く輝いてもいない」

???「……」

???「つまり、ここは俺たちの居た世界じゃないってことだ。見当も付かなくて当然だ。なぁ?」

???「……」

???「……おい?」

???「え? あ、はい。なんでしょう?」

???「大丈夫か? 大分呆けていたようだったが……」

???「あ、あれ? そうですか? おかしいな〜……まだ寝たりないのかなぁ」

???「……どうしたのか知らんが、何かあったらすぐに言えよ?」

???「はい。お気遣い、ありがとうございます」

???:……一体、誰が……?

月夜 2010年07月09日 (金) 03時22分(50)
題名:新世界4(あとがき)












みなさん























すっごいお久しぶりです












あれ? まだ生きてたの?



とか、



月夜? 誰?



とか、




このアトリエに、管理人とかいたっけ?




とか、






























え? 月夜って逝ったんじゃなかったの?





とか言ってあげないでくれると、泣いて喜びまs(ry



























。・゜゜(つ∀`)ノ゜゜・。

















更新、滞り過ぎですよね。
ホントすみません(´・ω・`)
とある個人的諸事情により、9月の頭くらいから、しばらくの間こちらに時間を割くことができなくなっていたのです。
しかし、恐らくそれももうないかとは思われますので、これからはちゃんとこっちに時間を費やせるはず。
なので、こんなにも更新停滞することはないはず。


……そのはz(ry



さて、不甲斐ない管理人の懺悔祭りはこれくらいにしておいて、話題を今作へと展開させましょうか。

今回は、ちょっと色んな所に伏線を張りすぎたかなとちょっと反省気味。

これ、ちゃんと全部消化できんのかよと、思わず己に突っ込んでしまいそうになりますね。
しかし、張ってしまったからには意味を持たせるのが作家の務め。
しっかりと、上手いこと全部使ってみせますとも(´・ω・`)

そして今回、新たに力に目覚めたマヤさん。

熊の胸板を素手で貫くとか、あり得ねぇww

まぁ、なんでもありの世界だから、少しくらいチートな能力があったっていいよね(´・ω・`)

そして、遂に会話文のみでの文章構成に音を上げた私がががが。
ああいう戦闘シーンとか、会話文のみはいくらなんでも無理っす。
他はまだなんとか騙し騙し貫いているので、ご勘弁願いまする(´・ω・`)


更に、最後に登場した新キャラと思しき二人組。

シャークさんは乱入確定としても、もう一方がね〜。
シンさんが乱入したがっていたっぽいのですが、最近音沙汰が無いものなので、いかんせんどうしたものかと(´・ω・`)

ってことで、このアトリエと月夜のことを見捨てないでいてくれ、尚且つあんなイミフな世界に突撃したいという、心優しくもむぼu……じゃなくて、勇気ある常連さん募集中でし(´・ω・`)

ではでは、今回はこの辺りでお目汚し終了と致しましょう。

この作品に対する感想を「小説感想アンケート板」または「小説感想掲示板」、「月夜に吠えろ」まで、つらつらと述べに来てくださると、月夜は喜びに咽び泣くそうです。

それでは、皆さんまたお会いしましょう。
ありがと〜ございました〜(´・ω・`)ノ


ここまでは、ギャロップもえもんバージョンに踏みつけられたいとか考えたりしてる病んだ子、月夜がお送りしました。



























ポニータでもいいよ?

月夜 2010年07月09日 (金) 03時24分(51)


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