「……」
「博士、コーヒーが淹りました」
「ん……あぁ、ありがとう」
「……いかがかなされましたか? 何やら随分とお悩みのようでしたが……」
「いや、悩みという程のことじゃない。そろそろ、こちらからもアプローチが必要だと思ってな」
「こちらから、と言いますと……」
「もう月も一周した。自然に目覚める者も出てきてはいるが、肝心のS.I.保持者は最初、紅月の時に僅かな反応を見せたのみ。それ以降、覚醒の様子はまるで見えない。ならば、いい加減刺激を与える頃合いだとは思わんか?」
「そうですわね……」
「でも、ここは慎重に行った方がいいんじゃないの?」
「きゃっ!? ……貴女ねぇ、いきなり人の後ろに現れないで下さる?」
「いいじゃん、別に。っていうか、さっきからずっと居たけど」
「さっきからって……私もここに来たのはつい先ほど、コーヒーを淹れてからですわよ?」
「だから、あんたがコーヒー淹れてるときからよ」
「……まさか、貴女その時からずっと、私の後ろに居たとか言うんじゃないでしょうね?」
「そのまさかだけど。いやね、いつ気付かれるかな〜ってドキドキしてたんだけど、こうも見事に気付かれないとは思わなかったよ」
「ストーカーですか、貴女は……まぁ、そんなことは別にどうでも良いですけど」
「ふふん、分かりやすい負け惜しみね」
「まず第一に何の勝負かが分かりませんわ」
「わかってないのね。人生これ則ち他人との勝負。人は生きてる以上、常に何かと戦っているものなのだよ」
「私の中にあるその何かのリストに、貴女の名前なんてエントリーされてなくてよ」
「放棄は敗北と同義よ。まぁ、尻尾巻いて逃げるってんなら止めはしないけど」
「はいはい。でしたら、私は遠慮なく逃げますわ。この勝負は貴女の勝ちでよろしくてよ。ほら、これで満足でしょ? 邪魔だから、あっち行ってなさい」
「……何か全然嬉しくな〜い」
「しかし、慎重に行くということは、消極的手段でただ待つだけということだ。今までもそうだったが、彼らの自主的な覚醒はあまり期待できない。M.D.覚醒者にしても、その身に迫った危機が、彼の中に宿った力を目覚めさせただけで、あんなことでもなければ、最後まで眠っていたままだったかもしれない。なら、いつ訪れるかもわからぬ異変をただ待つより、こちらから刺激してやるべきだろう」
「……いきなり話をお戻しになりましたね。まぁ、実際おっしゃる通りだとは思いますけど……」
「でも、今回はどうしても物にしたい能力があるんでしょ? だったら、みすみすその芽を摘みかねないようなこと、する必要ないと思うけどなぁ」
「尤もな意見だ。確かに、より確実性を求めるならそれが一番だろう。しかし、急進性という点のみで言えば、最もかけ離れた手法とも言える。……あまり、そうのんびりもしていられないのだ」
「のんびりもしていられないって……何かあったの?」
「……援助の打ち切りが決まったのですね?」
「えっ……」
「……半分正解、と言っておこうか」
「半分……ですか? それは一体どういう意味ですの?」
「まだ、全てを語るわけにはいかない。何せ、確定事項が何一つとないのだからな」
「ってことは、援助の打ち切りもまだ完全に決まっちゃいないってこと?」
「まず間違いなくそうなるだろうがな。いつを境に打ち切るのか、その明確な日時は示されていない」
「しかし、それ以外にも何かしらの問題が生じた……と、そういうわけですわね」
「あぁ」
「……あれ? そういやあの足フェチはどこ行ったんだろ?」
「あぁ、彼なら2時間程前に出ていきましたわよ」
「ふ〜ん。そういや、何か最近良くどっか行ってるよね。ナンパでもしに行ってんのかな?」
「まさか。あのヘタレに、そんな度胸あるわけがありませんわ」
「だよね〜。でも、それじゃあ何してんだろ?」
「さぁ? その辺りは個人の自由じゃありませんか? ちゃんと就業規則は守ってますし、問題ないでしょう」
「そっか〜。……にしても、足フェチやらヘタレやら、居ないとこで散々な言われようね。しかも特にツッコミがないってんだから、何だか可哀想だわ」
「何が可哀想ですか。最初に言い出したのは貴女でしょう」
「いや、そりゃそうだけどさ〜。なんか陰口叩いてるみたいで気分悪い……っていうか、あんたもヘタレって言ってたじゃん」
「ヘタレにヘタレと言って、何が悪いのかしら? そういう事は、往々にして言われる側に問題がある……」
「只今戻りました〜」
『っ!?』
「……って、どうしたんですか、二人とも」
「さ、さぁ〜、はりきって研究研究〜! き、今日も頑張ろうね〜!」
「え、えぇ、そうですわね! き、今日も頑張りましょう!」
「……どうかしたんですか? なんか妙に仲良さげな感じですけど」
「さぁな。いつもの発作の逆バージョンじゃないか?」
「珍しいこともあるもんですね〜。まぁ、普段ケンカばっかりしてるから、たまには楽しそうなのもいいかもしれませんけど」
「……そうだな。さて、そろそろ研究の方に戻るとするか」
「はい、わかりました」
「……」
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