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新世界作品置き場

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タイトル:新世界6 SF

――意図的に放たれる刺客をきっかけに、次々と覚醒してゆくメンバーたち。「……そろそろ、頃合いかもしれないな」 そう呟き、遂に重い口を開いた春の告げる、この世界の真実とは……。彼らの迷い込んだ、非現実的極まりない世界、その片鱗が垣間見える、新世界第六弾!

月夜 2010年07月09日 (金) 13時46分(71)
 
題名:新世界6(第一章)

「……」

「博士、コーヒーが淹りました」

「ん……あぁ、ありがとう」

「……いかがかなされましたか? 何やら随分とお悩みのようでしたが……」

「いや、悩みという程のことじゃない。そろそろ、こちらからもアプローチが必要だと思ってな」

「こちらから、と言いますと……」

「もう月も一周した。自然に目覚める者も出てきてはいるが、肝心のS.I.保持者は最初、紅月の時に僅かな反応を見せたのみ。それ以降、覚醒の様子はまるで見えない。ならば、いい加減刺激を与える頃合いだとは思わんか?」

「そうですわね……」

「でも、ここは慎重に行った方がいいんじゃないの?」

「きゃっ!? ……貴女ねぇ、いきなり人の後ろに現れないで下さる?」

「いいじゃん、別に。っていうか、さっきからずっと居たけど」

「さっきからって……私もここに来たのはつい先ほど、コーヒーを淹れてからですわよ?」

「だから、あんたがコーヒー淹れてるときからよ」

「……まさか、貴女その時からずっと、私の後ろに居たとか言うんじゃないでしょうね?」

「そのまさかだけど。いやね、いつ気付かれるかな〜ってドキドキしてたんだけど、こうも見事に気付かれないとは思わなかったよ」

「ストーカーですか、貴女は……まぁ、そんなことは別にどうでも良いですけど」

「ふふん、分かりやすい負け惜しみね」

「まず第一に何の勝負かが分かりませんわ」

「わかってないのね。人生これ則ち他人との勝負。人は生きてる以上、常に何かと戦っているものなのだよ」

「私の中にあるその何かのリストに、貴女の名前なんてエントリーされてなくてよ」

「放棄は敗北と同義よ。まぁ、尻尾巻いて逃げるってんなら止めはしないけど」

「はいはい。でしたら、私は遠慮なく逃げますわ。この勝負は貴女の勝ちでよろしくてよ。ほら、これで満足でしょ? 邪魔だから、あっち行ってなさい」

「……何か全然嬉しくな〜い」

「しかし、慎重に行くということは、消極的手段でただ待つだけということだ。今までもそうだったが、彼らの自主的な覚醒はあまり期待できない。M.D.覚醒者にしても、その身に迫った危機が、彼の中に宿った力を目覚めさせただけで、あんなことでもなければ、最後まで眠っていたままだったかもしれない。なら、いつ訪れるかもわからぬ異変をただ待つより、こちらから刺激してやるべきだろう」

「……いきなり話をお戻しになりましたね。まぁ、実際おっしゃる通りだとは思いますけど……」

「でも、今回はどうしても物にしたい能力があるんでしょ? だったら、みすみすその芽を摘みかねないようなこと、する必要ないと思うけどなぁ」

「尤もな意見だ。確かに、より確実性を求めるならそれが一番だろう。しかし、急進性という点のみで言えば、最もかけ離れた手法とも言える。……あまり、そうのんびりもしていられないのだ」

「のんびりもしていられないって……何かあったの?」

「……援助の打ち切りが決まったのですね?」

「えっ……」

「……半分正解、と言っておこうか」

「半分……ですか? それは一体どういう意味ですの?」

「まだ、全てを語るわけにはいかない。何せ、確定事項が何一つとないのだからな」

「ってことは、援助の打ち切りもまだ完全に決まっちゃいないってこと?」

「まず間違いなくそうなるだろうがな。いつを境に打ち切るのか、その明確な日時は示されていない」

「しかし、それ以外にも何かしらの問題が生じた……と、そういうわけですわね」

「あぁ」

「……あれ? そういやあの足フェチはどこ行ったんだろ?」

「あぁ、彼なら2時間程前に出ていきましたわよ」

「ふ〜ん。そういや、何か最近良くどっか行ってるよね。ナンパでもしに行ってんのかな?」

「まさか。あのヘタレに、そんな度胸あるわけがありませんわ」

「だよね〜。でも、それじゃあ何してんだろ?」

「さぁ? その辺りは個人の自由じゃありませんか? ちゃんと就業規則は守ってますし、問題ないでしょう」

「そっか〜。……にしても、足フェチやらヘタレやら、居ないとこで散々な言われようね。しかも特にツッコミがないってんだから、何だか可哀想だわ」

「何が可哀想ですか。最初に言い出したのは貴女でしょう」

「いや、そりゃそうだけどさ〜。なんか陰口叩いてるみたいで気分悪い……っていうか、あんたもヘタレって言ってたじゃん」

「ヘタレにヘタレと言って、何が悪いのかしら? そういう事は、往々にして言われる側に問題がある……」

「只今戻りました〜」

『っ!?』

「……って、どうしたんですか、二人とも」

「さ、さぁ〜、はりきって研究研究〜! き、今日も頑張ろうね〜!」

「え、えぇ、そうですわね! き、今日も頑張りましょう!」

「……どうかしたんですか? なんか妙に仲良さげな感じですけど」

「さぁな。いつもの発作の逆バージョンじゃないか?」

「珍しいこともあるもんですね〜。まぁ、普段ケンカばっかりしてるから、たまには楽しそうなのもいいかもしれませんけど」

「……そうだな。さて、そろそろ研究の方に戻るとするか」

「はい、わかりました」

「……」

月夜 2010年07月09日 (金) 13時48分(72)
題名:新世界6(第二章)

春「……来たか。いずれ来るだろうとは思っていたが……」

???「おい」

春「ん……お前は……?」

艦隊?「あぁ、とりあえず初めましてだな。ルアってんだ。一応よろしくと言っとくぜ」

春《ルア……万視の神か。なるほど、艦隊はこいつが神憑というわけだな》

春「そうか。で、何の用だ?」

ルア「おいおい、素っ気ねぇな。なんかもっと愛想の良い応対ってもんがあるだろ? 自分も名乗って、握手を求めるとかよ」

春「俺は春だ。よろしく」

ルア「あ、あぁ……なんだ、意外に素直だな。……ってか、春ってのはその人間の名前だろ? 俺が聞いてるのは、お前自身の名前なんだが?」

春「俺は春だと言ったろ。それ以外の名前はないよ」

ルア「……まぁ、言いたくないってんなら、これ以上は聞かねぇけどな」

春「で、何の用だ?」

ルア「とぼけんなよ。今、妙な奴がこっち側に来たろ? そいつ、俺がもらうぜ」

春「あまりオススメはしないぞ」

ルア「何故だ?」

春「わざわざ説明する必要があるのか? それこそ、お前自身が一番良く理解していることだろう」

ルア「今まで、何も考えず一切動けずにただ眠り続けで、ようやく出てこれたんだ。少しくらい運動させろよ」

春「戯けたことを……。お前、戦う為の能力なんか持ってないだろう。況してや体を得たばかりのズレた感覚神経で、勝てるとでも思ってるのか? 準備運動の前に、黄泉送りにされてもおかしくないぞ」

ルア「ふん、俺もナメられたもんだな。身体能力だけでも、そんじょそこらの雑魚くらい蹴散らせるさ」

春「そうか。なら勝手にすればいいさ。奴は……って、どこにいるかなんて、お前には言う必要なかったな」

ルア「そういうこと。奴がどこにいるか、俺以上に正確に視えてる奴はいねぇからな。それじゃあ行ってくるぜ」

――ダッ。

春「……」

???「……良かったのですか? 放っておいて」

春「……あいつに続いて、今度はお前か。一体いつ目覚めた?」

月夜?「昨晩、蒼月の夜にですよ。そんなことより、何で止めなかったんですか?」

春「止めたさ。それでも尚あいつは行くと言い張った。なら、もう言うことはない」

月夜?「……変わりましたね、貴方」

春「あれから何千年と経ってるんだ。そりゃあ変わりもするさ」

月夜?「そう……ですね」

春「……」

月夜?「……私が知っていた貴方は、誰よりも強かった」

春「強かった? むしろその正反対じゃなかったか?」

月夜「確かに、目の前に立ちはだかる障害を退けるという類いの純粋な力だけなら、貴方は最も弱かったでしょう」

春「ははっ、事実とはいえ、まるで遠慮なしだな」

月夜?「だけど、意志の力なら、貴方は決して誰にも劣ってはいなかった」

春「意志?」

月夜?「えぇ。何物にも屈しない確固たる信念。それに支えられた鋼の如き意志。誰もが諦め、絶望に苛まれていた時でさえ、貴方だけは一切うつ向かなかった。勝ち目のない戦いにも、必死に最善策を模索し、出口のない闇の世界から脱しようと、ただただ遮二無二努力していた」

春「……」

月夜?「……何より、優しかった」

春「……そんなことはない」

月夜?「いいえ、貴方は優しかったわ。他人の不幸を憂い、幸せを分かち合う。誰かが傷付き倒れそうになれば、己が身を呈してそれを支える。貴方はそういう人です」

春「買い被り過ぎだな。俺はお前が思うほど優しくない。寧ろ、冷酷に徹することの方が多いくらいだ」

月夜?「そんなことありません。だって、私は貴方から、そんな優しさと挫けぬ意志を学んだのですから」

春「ただの勘違いだ。お前の優しさや意志は、お前が元から持っていたもの。俺は何も関係ない」

月夜?「違う! エナ! 私は貴方から……」

春「その名で呼ぶな……!」

月夜?「……エナ」

春「……俺はエナなどではない」

月夜?「……わかりました。それでは、この世界の皆さんと同じように、春さんと呼ばせていただきます」

春「好きにすればいい」

月夜?「……」

春「……どこへ行く?」

月夜?「貴方が先ほど犯してしまった間違いを、正してきます」

春「そうか……」

月夜「……」

春「……気をつけてな」

月夜?「……ふふっ」

春「どうした?」

月夜?「いえ、何でもありません。では、行ってきますね」

春「あ、あぁ……」

月夜 2010年07月09日 (金) 13時49分(73)
題名:新世界6(第三章)

背の高い樹木が生い茂る深夜の森の中は、漆黒の闇と呼ぶに相応しかった。
夜空に浮かぶ巨大な翠月から降り注ぐ月光も、今この場においては何の役にも立たない。
普通の人間なら、こんな闇の中でまともに歩みを進めることなどできはしない。
せいぜい、両手を前に突き出しながら、手探りで一歩ずつ慎重に歩くことが関の山だろう。
しかし、俺は駆ける。
木々にぶつかることも、足場の悪さにつまずくこともなく、故に一切立ち止めることなく駆けることができる。
理由は簡単。
俺には、この暗闇の最中においても、全てを見通すことが可能だから。
俺にとってみれば、周囲の明るさ暗さなどどうでもよいこと。
時の昼夜、世界の明暗に左右されることなく、何もかもを見透かす……それが俺の力だ。
そんな俺が、自ら足を止める時、それは――

――ザッ。

――目的地に辿り着いた時のみだ。
「……」
目の前に広がる、少し開けた円形の空間。
それはさながら小さな広場のようで、とてもじゃないが自然とできたものとは思えなかった。
ってことは、誰かが故意に作った……?
「……ま、んなこたぁどうでもいいか」
歩みを広場の中心へと進めながら、何気なく周囲を見渡す。
本当に何気ない、ただ無造作に見回しただけの動作。
だが、周辺の地形を理解するのには十分だった。
下準備なんて特にいらないとは思うが、まぁここまでやっとけば十分だろう。
「さて、と……そろそろ出てきたらどうだ?」
俺は何者かの隠れている茂みの方を横目で見つめながら、そう言った。
……反応はなし。
だが、そこにいるのは分かっている。
いくらだんまりを決め込み、完全に気配を絶ったところで、俺が相手では何の意味も為さない。
その姿、鮮明に視えてるぜ?
「おいおい、いつまでそうやってるつもりだ? わざわざこっちから出向いてやったんだぜ? いい加減出てこいよ」
再び、声をかける。
今度は横目などではなく、向きを直し真正面から見据えた。
……しかし、またしても反応はなし。
どうやら、出てくる気はまるでないようだ。
はぁ?
何だ、こいつは。
もしかして、まだ見つかってないとでも思ってんのか?
だとしたら、相当な間抜けだぜ。
あんな低姿勢に身を屈めたままの体勢、正確に位置を見抜かれて先制されようもんなら、抵抗する間もなく瞬殺だ。
それすらも理解してないとなれば、もうただのバカだ。
ったく……これじゃ準備運動にもなりゃしねぇ。
萎えさせやがって……そういうことなら、一瞬で殺してやるよ。
僅かに身を屈め、今まさに駆け出さんとした、ちょうどその時。

――ガサッ。

「……」
無言のまま、そいつは姿を現した。
「ようやく観念したか」
それを境に、俺は屈めていた体勢を元に戻すと、そいつを凝視した。
一見したところ、普通の人間と大差ない。
筋肉や骨格、脳の体積や臓器の活動状況。
どれもこれも並程度で、特にこれといった特徴は見受けられない。
……見受けられないが、

――こいつ、まともじゃねぇな……。

言外の内に悟る。
目の前にいる人間が、ただの人間であろうはずがないことを。
あいつらのように、別の次元からこちらへと落とされた普通の人間なら、もっとそれ相応の反応があって然るべき。
驚嘆、絶望、現実逃避……そのような感情を一切見せることなく、ここまで平静を保てる。
それはつまり、こいつがこの世界へやってきたのは、何の前触れもなく突如として落とされたのではなく、予定調和の一つということに他ならない。
なら、こいつがここにやってきた、その理由はなんだ?
そもそも、ここは外界から自由に出入りできるような場所なのか?。
こいつ、どうやってここに入ってきやがったんだ?
「……」
俺がそんな思考に耽っている間に、そいつは既に臨戦態勢を整えていた。
何の感情も宿していない冷たい眼差しが、冷ややかな殺意で俺を刺す。
「……ま、考えるのは後にするか」
第一、考えるってのは俺の専門分野じゃない。
そんな面倒くさい仕事は、あの脳味噌野郎に任せておけばいい。
今の俺がやるべきことは、初めて味わう肉体と感覚を慣らし、目の前の対象を排除すること……ただそれだけだ。
奴同様、俺も全身の神経に戦闘体勢を告げる。
足を半歩後ろに下げ、だらりと降ろした両腕に意識を集中させた。
「……」
「……」
風の吹き抜ける掠れた音だけが、やけに大きく聞こえる。
そんな中、双方共に微塵と動かない。
ちっ、やっぱり動かねぇか。
あいつがどんな能力を持ってるか分からない以上、あんまりこちらから仕掛けたくはないんだが……まぁ、問題ないか。
ただの人間でないとは言え、高位の神憑とは到底思えない。
……やるか。
「そっちが動かないなら、こっちから行くぜ?」
足に力を込め、俺は一気に駆け出した。
それを口切りとして、奴も静から動へと急転する。
先ずは小手調べ。
腰だめに構えた右腕を、前方への勢いを乗せて突き出す。

――バシッ!

乾いた音を上げて、俺の拳が受け止められる。
なるほど。
全力で放ったわけではないが、軽く止められたか。
何の変哲もないただの人間なら、受け止めようとすれば確実に骨が砕けるくらいの力はあった。
どの類いかは分からないが、神憑であることは間違いなさそうだ。
なら、これはどうだ?
右腕を引きながら、空いている左手を喉元へと伸ばす。
もちろん、それを許してしまえば、その瞬間奴の首の骨はバキバキだ。
さぁ、どう止める?
「……」
そいつは、依然として一言も発することなく、喉へ食らい付かんとする俺の手を、右手で外から内へと弾いた。
それなら……こうか?
弾かれた左手と同じ方向へと身を捻り、遠心力を加えて右の裏拳を側頭部へと放つ。
慌てて右腕を戻し、防ごうとするが僅かに遅い。
ガッという鈍い殴打の音と、手の甲に走る固い衝撃。
そいつは殴られた方角へと吹き飛び、土煙を上げながら地面を転がった。
「……」
巻き上がる土によって形成された茶色い煙幕の中、そいつはやはり無言で立ち上がった。
浮かべる表情も完全なまでの無。
苦痛に歪むこともなければ、余裕の笑みを見せることもない。
効いてねぇのか?
……いや、そんなはずはない。
今度は思い切り、体の捻りまで加えてぶち込んだんだ。
あれがまるっきり効果無し、なんてことはあり得ない。
「ちっ……薄気味悪い野郎だぜ」
悪態を付きながら、再度身構える。
とりあえず、身体能力や格闘センスなら、奴より俺の方が上だ。
不気味な奴ではあるが、何のことはない。
俺が勝つのは時間の問題だ。
そう、思っていた。
しかし次の瞬間、状況は一変する。
「っ!?」
突然、奴の体から眩い輝きが放たれる。
一瞬、反射的に目を閉じそうになるが、この状況下で視界をみすみす暗転させるわけにはいかない。
すんでのところで踏みとどまり、目を刺す強い光に堪え、なんとか瞼を開き続けた。
そして、その輝きの正体を見極めんとする。
光源は、奴の掌。
さながら太陽を思わせる光玉が、その上に浮かんでいた。
「……」
そいつは腕を高く掲げると、思い切り降り降ろした。
その勢いそのままに、こちらめがけて飛来する光球。
近づくにつれ、瞳に注ぐ光は強くなる。
とてもじゃないが、目を開けてなどいられない。
「ちっ」
僅かに目を閉じ、記憶を頼りに光球の辿る線上から身を逸らす。
通過したのを確認してから、素早く瞼を持ち上げる。
開けた視界の中、敵の姿を求める。
だが、先ほどまで奴の居た場所に、人影はなかった。
居ない?
いや、そんなはずはない。
前に見えないとなれば、それは則ち……

――後ろか!

前方へと小さく跳躍しながら、背後を振り返る。
すぐ眼前にまで迫る拳。
それをすんでのところでかわし、反撃を試みる。
……が、その時には既に、奴の回し蹴りが俺の側頭部を狙っていた。

――バシッ!

「くっ……」
腕を立てて何とか防ぐが、足腰が整っていない状態だったため、その威力を殺しきれない。
体勢がにわかにぐらつく。
その瞬間を、奴は見逃してくれなかった。
再度放たれる、今度は腹部めがけての蹴り。
避けることはおろか、防ぐ余裕もない。
反射的に背面方向へと飛び退き、受ける被害を軽減した。

――ドスッ!

「ぐぁっ……!」
肉を打つ鈍い音に、思わず苦悶の声が漏れる。
だが、ただで蹴り飛ばされるわけにはいかない。
地面に手をつき、バク転の要領で体勢を整え、俺はすぐさま奴の元へと再度疾駆する。
あの光玉が何なのか、その正体はさっぱりだが、どうやら予備動作なしにポンポン出せるわけじゃなさそうだ。
なら、作る前に詰め寄って、肉弾戦で潰してやる!
そう考えた俺の目の前で、そいつは腕を掲げる。
それとほぼ同時に、その手には先と同じ光玉が生み出されていた。
ちっ……なんてこった。
こいつ、一切時間をかけることなくあの光球を作れるのか。
一度しか見ていないというのに、決断を下すのがいささか早かったか。
だが、どちらにせよこの機を逃す術はない。
今なら、奴が腕を降り下ろす頃には、こちらもその姿を射程内に捉えられている。
後は目を閉じていたって問題ない。
俺の突きが速いか、奴が腕を降り下ろすのが速いか。
どちらにせよ、勝負は一瞬。
その身……俺が穿ってやるぜ!
「はぁっ!!」
俺は、烈迫の気合いと共に、あらん限りの力を込めた正拳を放つ。
……否、放とうとした。

――ドスッ!

「っ!?」
その刹那、すぐ目の前に現れた何かの気配。
反射的に後方へと飛び退き、ある程度距離を開けてから、俺は閉じていた目を開いた。
遠退き少し小さくなった奴の姿と、俺との間に突如として現れた何かの正体が目に映った。
先端部の尖った丸太のような茶色がかった物が、大地を抉るように突き刺している。
その根元の方へと視線を沿わせて行くと、一本の木へとたどり着いた。
木の枝に佇む見覚えのある容姿が、翠月の明かりによって照らし出される。
大地に突き刺さるそれを伝って、そいつがこちらへとゆっくり歩み寄る。
一歩歩く度、銀色の長い髪がその背面方向へと緩やかにたなびく。
そして、そいつはちょうど俺と奴の中間まで来てから地面へと降り立ち、俺の方を見つめてこう言った。
「この辺りで、終わりにしませんか?」

月夜 2010年07月09日 (金) 13時49分(74)
題名:新世界6(第四章)

「……何言ってんだ、てめぇ」
私に向かって、彼は不機嫌さを前面にそう返した。
何でお前にそんなことを言われなきゃならないんだと、表情がそう語っている。
「言葉通りの意味です。無意味な争い事は、もう止めませんか?」
「後から出てきて、余計な茶々いれてんじゃねぇよ。これは俺とあいつの問題だ。てめぇには関係ねぇだろ」
やれやれ……物分かりの悪い人ですね。
内心密かに溜め息をつく。
しかし、彼にこれ以上戦ってもらうわけにはいきません。
できれば、手荒なマネは避けたいのだけれど……。
「関係ありますよ。間違っても、こんなところで貴方に死なれては困りますので」
「……俺が、こいつに殺られるって言うのか?」
「いいえ。一対一でなら、9分9厘貴方が勝つでしょう」
「なら、なんで邪魔をする?」
「貴方には、敗北してしまう可能性が1厘あります。しかし、私にはない」
最後の部分を強調し、私は断言するように言い放った。
「何……?」
一瞬、その眉間に深い皺が寄る。
しかし、これは事実だ。
彼の力は、戦うための力ではない。
かといって、神憑としてのクラスは下位ではなさそうだから、この程度の輩であれば、その身体能力の優位性で押し切れてしまう可能性が高い。
しかし、彼はまだ圧倒的に戦闘経験が足りていない。
全てを見通す目を持っていながら、敵の本質がまるで見えていない。
そんな状態で戦えば、絶対に不覚を取らないと誰が保証できようか。
「ですから、ここは私に任せてくださいませんか?」
ダメで元々というやつだ。
彼の好戦的な性格から察するに、きっと素直に引いてはくれないだろう。
悪いけど、その時は……。
「……良いだろう」
「……え?」
少し手荒なマネをしてでもとばかり考えていた私は、彼の言葉に思わず間の抜けた声を上げてしまった。
「そこまで言い切るんだ。よほど腕に覚えがあるんだろ? その力がどれ程のものか、見せてもらおうか」
そう言って彼は口元に不敵な笑みを浮かべると、戦闘体勢を解いて後ろへと半歩退いた。
理由はどうあれ、結果オーライ。
「ありがとうございます」
私は彼に笑顔で礼を告げると、敵対する相手へと向き直った。
「……」
相手が彼から私へと変わっても、一切無言。
さっきから見ていたけど、一言たりとて言葉を発していない。
「……貴方も、身を引いていただけませんか?」
「……」
……やはり無反応。
言語を解していないという訳ではなさそうだけど……はてさて、どうしたものかしら……。
凍てついた瞳は、酷く無感情でその深淵が読み取り辛い。
だが、彼と違い臨戦体勢を解く気はなさそうだ。
無表情の内にも、明確な殺意をひしひしと感じる。
「はぁ……仕方ありませんね……」
そう溜め息混じりに溢し、私は一気に前方へと跳躍した。
秒を待たずして詰まる距離。
その勢いそのままに、相手のみぞおちへと正拳を放つ。
「がっ……!?」
言葉にならない鈍い呻き声を上げ、その場に力なく膝を付く。
踏み込んだ足を軸に体を捻り、私はその側頭部を思い切り蹴り飛ばした。
地面を転がり、土色の煙幕の中に再度その姿が沈む。
それが収まる頃、奴は地に手を突きながら、ふらつく足でなんとか立ち上がろうとしていた。
しかし、それでも尚、その瞳に宿る光は無感情。
肉体は負傷の程を体現しているが、その表情もまた未だに無。
背筋を薄気味悪い冷たさが駆ける。
「……まだやりますか?」
そんな感情を押し殺し、冷徹な声色を意識して語りかける。
「……」
だが、奴はここにきて未だ無言。
失語症を患っているかのような寡黙ぶりだ。
しかし、それに対する返事は態度で示されていた。
まだやれると言わんばかりにファイティングポーズを取ると、拳を開き、私の方へと腕を伸ばす。
瞬間、その手のひらを光源として周囲に走る目映い輝き。
目を開いていることすら困難な程の、夥しい光の束を前に、私は……、
「……」
躊躇うことなく瞼を閉じた。
閉ざされる視覚。
だけど、今から私がやろうとしていることに、それは別段必要ではない。
奴同様手のひらに意識を集中させ、大地に向けて“力”を放つ。
直接触れた方が断然早いのだけれど、いきなりその場にしゃがみこむなんて不自然なことをしたら、私が何かしようとしていることがバレてしまう。
急がば回れ。
確実に、気付かれることなく、奴の動きを拘束する。
あと少し……もう少しで……。

――……今っ!

時が満ちるなり、私は拳を握り締めた。
生じる地鳴りと僅かな震動。
この瞬間、勝敗が決したことを確信する。
「……さて、これで終わりです」
私はそう呟き、片手を額に添えて光を遮りながら、静かに瞼を開いた。
視線を相手の足下へと向ける。

――……よし。

その先に見えた予想通りの光景に、私は心の中で小さく頷いた。
そこにあったのは、足首から下を大地によって拘束された足。
それは頑丈に相手の足を捕縛し、その動きを完全に封じている。
引き抜こうと抵抗してはいるようだが、まるでびくともしていない。
当然だ。
いくら足掻いたところで、あの程度で抜けられるほど私の“力”は生易しくはない。
奴は動くという行為を諦めると、光玉を浮かべている方の腕を振り上げる。
そして、それをこちらへと投げつけようとする、まさにすんでのところで、私は口を開いた。
「……そんな殺傷力の欠片もない光の玉、いくら投げつけたところで無意味ですよ」
「……!?」
初めて、男の顔に動揺の色が浮かぶ。
そう。
あの光の玉、一見すればそれなりの破壊力を備えていそうだが、実はその真逆。
あれは、強烈な光を用いて相手の視界を奪うだけ。
実際には破壊力など皆無だ。
その証拠に、先ほど奴があの光玉を彼へと投げつけた時。
それは彼の体に触れることなく宙を駆け、最終的に木に当たって霧散したのだが、その木にこれといって目立った外傷は何もなかった。
これこそ、奴の力の本質。
全てを見通す千里の眼を持ちながら、彼の瞳に映らなかったこの戦いの核だ。
「さぁ、もう止めにしましょう。これ以上続けたところで、貴方に勝ち目はありません。無為に命を散らす必要はない。そうでしょう?」
「……」
そんな私の説得に対し、やはり言葉は発しなかったものの、言外に同意しているのが見てとれた。
無感情、無表情の内に冷たい殺意を湛えていたその瞳から、負の想念が消えていくのを感じる。
良かった。
これで、無益な殺生を行わなくて済む。
この娘の綺麗な手を、血に汚さずに済む……そう思った、その矢先だった。

――ヒイィン!

「……え?」
そんな甲高い音が耳に届いた瞬間、状況に異変が生じた。
男の体を包み込むように、局地的に紫色の光が立ち上る。
その光の中で、腕を振り回してもがき苦しむ彼の姿。
「なっ……!?」
その姿が、時を経るに従って徐々に希薄となってゆく。
悶えるその体が半透明化してゆき、数秒の後、完全に消え去った。
つい先ほどまで、彼の足を固定していた大地の足枷だけが、そこに誰かが居たことを証明していた。
これは、一体……。
「……な〜に甘いこと言ってんだか」
「っ!?」
突然、背後から聞こえてきた声に、私は弾けたようにそちらを振り返った。
そこに立つのは、見覚えのある一人の少年の姿。
だが、それは外見の容姿だけで、中身はまるで別物。
今目の前にいるその人物は、この娘や私の知る彼では、断じてない。
「そんなこと言ってると、お前いずれ死ぬぜ?」

月夜 2010年07月09日 (金) 13時50分(75)
題名:新世界6(第五章)

月夜?「……それは、どういう意味ですか?」

春紫苑?「言葉通りの意味さ。所詮この世界は弱肉強食。あんな戯れ言吐いてるようじゃ、生きていけないってことだ」

月夜?「そうですね。確かに、どこの世界、いつの時代でも、その根幹は弱肉強食そのものでしょう。しかし、だからといってむやみやたらと命を奪うのはいかがなものかとも思うのですが?」

春紫苑?「殺られる前に殺る。それが、この世界を生き抜く為の原則だ。得体の知れない輩は消すのが一番安全で手っ取り早い」

月夜?「そうやって心を閉ざし、排他的に周りを傷付けるだけでは、争いしか生まれません。その繰り返しの中で、果たして貴方は何度命を落としたのでしょうね?」

春紫苑?「それを言わせたら、こっちだって同じことが言えるぞ? さっきみたいな戯言をほざき、今までに何度裏切られ、寝首をかかれて死んだことやら……」

月夜?「残念ながら、私は今まで一度も寝首をかかれたことはありませんので」

春紫苑?「それはつまり、寝首をかかれたことはなくとも、裏切られたことは多々あると解釈できるが?」

月夜?「……」

春紫苑?「何だ、図星か? まぁ、そうだろうとは思ったがな」

月夜?「……あれは裏切りではありません。それが、逃れ得ぬ運命だっただけです」

春紫苑?「運命ねぇ。便利な言葉だよな、それ。起きてしまった嫌な事は、全部そいつのせいにすれば良いんだもんなぁ」

月夜?「何を知った風な……!」

春紫苑?「なんだ、やる気か? まぁ、俺は一向に構わないが。さっきの奴同様、跡形も無く消し去ってやるよ」

月夜?「言ってくれますね。どちらが格上なのか、その身を以て知りなさい……!」

――パンパン!

ルア「はいはい、その辺にしときなって」

『……っ!』

ルア「そう睨まないでくれよ。お前ら、こんなとこで仲間割れなんかして、一体何がしてぇんだ?」

月夜?「……そうですね。貴方の言う通りです。私がどうかしていました」

春紫苑?「仲間、ねぇ。この世界で、その言葉ほど信用ならないものはないけどな」

月夜?「……」

ルア「? 信用ならねぇって、そりゃどういうこった?」

春紫苑?「なんだ、お前知らないのか? この世界は……」

月夜?「……止しなさい」

春紫苑?「……」

ルア「……なんか良くわかんねぇけど、とりあえずもうあいつは消えちまったんだろ? なら、いつまでもそうギスギスすんなって」

月夜?「えぇ、そうですね。私としたことが、ついカッとなってしまいました。申し訳ありません」

春紫苑?「……別に構わないさ。最初に横やりを入れたのは俺だしな」

月夜?「ありがとうございます」

春紫苑?「あぁ」

月夜?「貴方も、私達を止めてくれてありがとうございました。えぇっと……」

ルア「俺はルアってんだ。よろしくな」

月夜?「ルアさんですね。私はティラと言います」

ルア「ティラね。そっちのあんたは?

春紫苑?「ユスティス。一応よろしくと言っとくよ」

ティラ「……ユスティス?」

ユスティス「あぁ……どうかしたか?」

ティラ「あ、いえ……別に……」

ユスティス「?」

ルア「よっしゃ。もう月も沈んだし、そろそろ戻ろうぜ?」

ティラ「そうですね。今は寝てますけど、この娘たちがいつ起きるとも限りませんものね」

ユスティス「そうと決まれば、さっさと……」

ルア「ひやあああああぁぁっ!!?」

『!?』

ティラ「い、一体どうしたんですか!?」

ユスティス「……また敵か?」

ルア「あ、あれあれあれあれっ!!」

ティラ「あれ? あれって……」

ユスティス「なんだ? 別に何も……」

ルア「何言ってんだよてめぇら! 目の前にいるじゃねぇか!」

ティラ「目の前と言われましても……」

――……。

ユスティス「……まさかとは思うが……」

――……チュンッ!

ユスティス「……あれのことか?」

ルア「分かってんなら、早く追い払ってくれよ!」

ティラ「追い払ってって……あれ、ただの雀ですよ?」

ルア「俺は鳥ダメなんだよ! 頼むから、さっさとなんとかしてくれ!」

ユスティス「しかたないな……」

――ヒイィン!

ティラ「ちょっ!?」

――ガシッ!

ユスティス「なんだ?」

ティラ「それはこっちの台詞です! こんな可愛い雀に対して、何しようとしてるんですか!?」

ユスティス「なんとかしてくれと言われたから、なんとかしようとしてるんじゃないか」

ティラ「もっと普通に追い払えばいいでしょう! 何いきなり消し去ろうとしてるんです!」

ユスティス「そ、そう怒るなって。ったく、分かったよ」

ティラ「まったく……ほら、こんなとこに一人で居ては危ないですよ? 早くお仲間の元へと戻りなさいな」

――チュッ! チチッ!

ティラ「……おかしいですね。こんなに近寄ったら、普通飛んでいくものですが……」

ユスティス「怪我でもしてるんじゃないか?」

ルア「どうでもいいけど、早くどうにかしてくれよ!」

ユスティス「やっぱり、消し去って……」

ティラ「……」

ユスティス「……冗談だ」

ティラ「んもぅ……ん〜、しかし、もし怪我をしているのだとしたら、ここに放っておくのは可哀想ですね」

ユスティス「だが、身を守る術を持たぬ弱者は死ぬのが自然界の法則だ。それを乱すのは、あまり感心しないな」

ルア「お、俺もその意見に賛成!」

ティラ「……血も涙もない人たちですね。さて、どうしたものか……」

――チュン!

ティラ「……」

――チッ! チチュッ!

ティラ「……よし、決めました」

ユスティス「ようやく心が決まったか? それじゃ、さっさと……」

ティラ「この子は、私が責任をもって保護します」

『……は?』

ティラ「この子は、私が責任をもって保護します」

ユスティス「何を戯けたことを……」

ルア「保護するったって、鳥かごも何もねぇじゃねぇか!」

ティラ「心配には及びません。それくらいなら……」

――ガキャキャキャッ!

ティラ「ほら、私の“力”でこの通り」

ユスティス「なんという能力の無駄遣い……」

ルア「その木に謝れ! っつーか、むしろ俺に謝れ!」

ティラ「木さん、ルアさん、どうもすいませんでした。これで良いですか?」

ルア「良くねぇよ! 俺は鳥が苦手だっつったろ!? そんな雀、とっととどっかに追い払……」

ティラ「この子は! 私が! 責任をもって! 保護しますっ!」

ルア「……」

ティラ「……まだ何か文句でも?」

ルア「……い、いいえ」

ティラ「はい、よろしい。さ、ここにお入りなさい。今日からは、私があなたを守ってあげますからね」

――チチッ! チュンッ!

ティラ「ふふっ。よしよし、良い子ですね〜」

ルア「あぁ……なんてこった……」

ユスティス「……はぁ」

月夜 2010年07月09日 (金) 13時51分(76)
題名:新世界6(第六章)

白月「……話はわかりました」

月夜「信じてくれるの?」

白月「信じるも何も、まず第一にそんな嘘を吐く必要がないでしょう? ……まぁ、欠片も疑いがないかと聞かれたら、軽々しく頷くわけにもいきませんけど」

鏡架「それにしても、何だかより一層ファンタジーじみてきましたね」

艦隊「まったくだよ。俺の中に自分以外の誰かが居るだなんて、気味が悪いぜ」

ルア《随分な言い方してくれるじゃねぇか、おい。次ナメた口叩くようなら、容赦なく乗っとるぞ?》

艦隊《そんなの脅しになるかって。第一、それができるようならお前、もう既に実行してるだろ》

ルア《……ちっ》

艦隊《分かったら大人しくしてろって。まぁ、これも何かの縁だ。仲良くやろうや》

ルア《……仕方ねぇな》

春紫苑「同感だな。この体は僕のものだ。そんな得体の知れない誰かになぞ、渡してたまるか」

ユスティス《そう言うなって。俺だって、わざとお前に憑いたわけじゃないんだ》

春紫苑《そんなこと、僕には関係ない。さっさと出ていってくれ》

ユスティス《だ〜か〜ら、さっきも言ったろ? 一回憑いたら、俺の意思で出入り自由とはいかないんだって》

春紫苑《なら静かにしてろ。二度と出てこようとするな》

ユスティス《そう邪険にするなって。仲良くやろうぜ?》

春紫苑《断る》

ユスティス《……参ったね、こりゃ》

月夜「ん〜、そうかな? 私はそうでもないけど……」

春紫苑「……相変わらず感性のとち狂った奴だな」

月夜「そんなことないよー! 春ちゃんとか艦隊のもう一人の自分がどんなのか知らないけど、私のはすっごい良い人なんだよ?」

ティラ《ふふっ、嬉しいことを言ってくれますね》

月夜《本当のことだもん》

ティラ《良い娘ですね、月夜さんは》

月夜《そんな……さん付けとかよしてよ〜。なんか恥ずかしいじゃん》

ティラ《そうですね、わかりました。……でも、月夜》

月夜《何?》

ティラ《……私のこと、迷惑じゃありませんか?》

月夜《何で?》

ティラ《だって、何の許可もなく、いきなり貴女の体に取り憑いたりなんかして……普通なら、迷惑に思うものではありませんか?》

月夜《そうかな? 私は友達が増えたみたいでむしろ嬉しいけど?》

ティラ《私が……友達?》

月夜《うん。あ、でも、ティラってすっごく落ち着いてるから、どっちかと言うとお姉さんって感じかな?》

ティラ《……》

月夜《どっちにしろ、迷惑なんて全然思ってないから。私の体で良かったら、じゃんじゃん使ってくれていいよ》

ティラ《……ありがとう、月夜》

月夜《どういたしまして。これからよろしくね》

ティラ《えぇ、こちらこそよろしく》

メカ「それにしても、今まで何の前触れもなかったってのに、一気に覚醒したもんだな」

朱蒼「本当ね。でも、同時に三人もだなんて、何か作為的なものを感じるけど」

月夜「あ、朱蒼さん。その子、どうだった?」

朱蒼「羽が折れてただけだったわ。添え木をして固定しておいたから、しばらくすれば治るわよ」

ルア《う゛……》

艦隊《ん? どうした?》

ルア《……なんでもねぇよ》

艦隊《……変な奴》

月夜「よかった〜。ありがとう!」

ティラ《よかった……》

月夜「ティラもありがとうってさ」

朱蒼「ふふっ、どういたしまして。それじゃ、はい」

月夜「おかえり〜。よかったね〜、チコちゃん」

朱蒼「へ〜。その子、チコちゃんって言うんだ?」

月夜「良い名前でしょ? これ、ティラが考えたんだよ?」

ティラ《ちょっ……!》

マヤ「へぇ。ティラって、雀にそんな可愛い名前を付けるような奴なんだな」

ティラ《月夜! そのことは内緒にと……》

月夜《いーじゃんいーじゃん。良い名前だよ?》

ティラ《そ、そういう問題じゃなくて……》

鏡架「本当、可愛らしい名前ですね」

月夜《……ほらね?》

ティラ《……///》

白月「ん〜、そうかしら? もっと良い名前、あると思うけど」

月夜「例えば?」

白月「……え?」

月夜「チコちゃんより良い名前あるんでしょ? 例えばどんなのさ」

白月「え、えっと……それは……」

月夜「なになに?」

白月「……デ、デイブとか……」

一同『……』

白月「……あれ? どうしました?」

艦隊「あ、いや、えぇっと……ど、どうだろうな?」

月夜《答えにくい空気に、艦隊たまらず流したー!》

マヤ「お、俺に振るなよ! え、えぇっと……ま、まぁ、悪くないんじゃないかな……な、なぁ?」

月夜《まさかの俺に振るな発言! そしてまたしてもスルーパス!》

鏡架「へっ? あ、えと……あ、あはは……い、良い名前ですね……ね、ねぇ?」

月夜《なあなあに頷いたー! 争いを好まぬお嬢様らしい返しだー!》

朱蒼「そうかしら? 私はチコちゃんの方が好きだけど」

月夜《そして平然とぶったぎったー!! さすがは朱蒼さん! 皆の姐さんの貫禄は伊達じゃない!》

ティラ《……楽しそうですね、貴女》

月夜《口に出せないのがとっても残念》

春紫苑「……凄まじいネーミングセンスだな」

月夜「しっ! そんなこと言っちゃダメでしょ!」

メカ「まぁ、この雀を最初に見つけたのはティラなんだ。ここは、彼女の意見を尊重しようじゃないか」

白月「……残念ですけど、おっしゃる通りですね。大人しく諦めましょう」

マヤ《本気だったのか……》

艦隊《本気だったんだ……》

鏡架《本気だったんですね……》

春「……」

マヤ「……どうした? さっきから難しい顔して」

春「……そろそろ、頃合いかもしれないな」

マヤ「……話すのか?」

春「いずれ、話さねばならないことだ。ついに、あちら側からの直接的干渉も起きた。話すなら、今が最適だ」

――ザッ。

春「みんな、ちょっと良いか?」

鏡架「どうしたんですか?」

春「今から俺が話すこと、茶化すことなく真剣に聞いてくれ」

白月「え、えぇ……」

マヤ「……」

月夜 2010年07月09日 (金) 13時52分(77)
題名:新世界6(第七章)

蒼竜「自分の中にもう一人の自分ねぇ。なんだか、いよいよもって現実離れな話になってきたもんだな」

伽藍「……」

蒼竜「おまけに、各々が千里眼やらなんやらといった特殊な力を持ってるだなんて、実際こんなおかしな世界に居なきゃ、信じられるはずもない話だぜ。なぁ?」

伽藍「……うん」

蒼竜「……どうした? いつにもまして元気がないじゃないか。体調でも悪い……」

伽藍「……」

――ガタガタガタ。

蒼竜「……震えてるのか、お前」

伽藍「……」

春「みんな、ちょっと良いか?」

伽藍「っ!?」

――ビクッ!

蒼竜「伽藍?」

伽藍「……」

蒼竜「一体どうしたって言うんだ? そんなに怯えて……」

伽藍「……」

蒼竜「あいつが話そうとしてることと、何か関係あるのか?」

伽藍「……」

蒼竜「伽藍……お前は、何をそんなに怖がってるんだ? あいつの話を聞きたくないって言うなら、今すぐここから離れて……」

――ガシッ!

伽藍「ダメ……!」

蒼竜「伽藍……」

伽藍「聞かなきゃ……ダメ……」

蒼竜「……分かった」

伽藍「……」

――ガタガタガタ。

蒼竜「……」

――グイッ。

伽藍「え……?」

――ギュッ。

伽藍「あ……」

蒼竜「……少しはマシになったか?」

伽藍「……うん」

蒼竜「前にも言ったことだが、お前は一人じゃないんだ。悩みや苦しみがあるなら、一人で抱え込まず、打ち明けてくれ。例えそれがどれほづ重い荷であろうと、俺が絶対に受け止めてやるから」

伽藍「……うん」

伽藍《……でも……それでも、私は……》

――ガタガタガタ。

蒼竜「……伽藍」

伽藍「……」

月夜 2010年07月09日 (金) 13時52分(78)
題名:新世界6(第八章)

蒼空「自分の中に自分以外の誰か……多重人格みたいなものか?」

紗女「……」

蒼空「それに加え、人智を越えた特殊な力ねぇ。何ともきな臭い話だな」

紗女「……」

蒼空「……紗女?」

紗女「……え? あ、はい、何でしょう?」

蒼空「何でしょうじゃない。さっきから何を呆けてるんだ?」

紗女「べ、別に呆けてなんていませんよ? 私の脳は今日もバリバリに冴え渡ってますとも!」

蒼空「……本当にどうしたって言うんだ? ここへ来てからというもの、ずっとらしくないぞ」

紗女「坊っちゃんの気のせいじゃないですか? 私はいつも通りですよ」

蒼空「ふざけたことを言うな。俺が、一体何年お前の側に居たと思ってる? そんな俺がらしくないと言ってるんだ。気のせいなんかであるはずないだろう」

紗女「……」

蒼空「……お前が話したくないというのなら、無理に聞き出そうとはしない」

紗女「私は……」

蒼空「お前も、無理に話そうとする必要もない」

紗女「……」

蒼空「……」

紗女「……坊っちゃん」

蒼空「何だ?」

紗女「……私が知っていること、お話ししましょう」

蒼空「……良いのか?」

紗女「はい。話そうと話さまいと、何も変わりはしません。ならば、この世界に居る以上、坊っちゃんにも知る権利があります。……とりあえず、ここを離れましょう。人気のないところで、全てをお話しします」

蒼空「わかった」

紗女「……」

月夜 2010年07月09日 (金) 13時53分(79)
題名:新世界6(第九章)

春「さて、それじゃあ先ずは、この世界について話そうか」

白月「この世界についてって……春さんは、この世界の本質がどういうものか、知っているのですか?」

春「少なからず、な。だが、全てを知っているわけじゃない」

メカ「ってことは、最初何も分かってないフリをしていたのは、わざとだったってことか?」

春「いや、あの時は何も知らなかった。正確には、思い出せていなかったと言うべきかな。俺が記憶を取り戻したのは、最初に紅い月を見たあの時だ」

春紫苑「そんなことはどうでもいい。この世界の本質というのは、一体何なんだ?」

春「この世界は、一言で表現するなら神話の世界だ」

鏡架「神話……と言うと、ギリシャやらローマといった、あの神話ですか?」

春「あぁ」

マヤ「しかし、それだけじゃ抽象的過ぎてまるで分からないぞ?」

艦隊「そうだな。神話の世界と言われても、何か今一つピンと来ないぜ」

春「これは話すと長いんだが……まぁ、時間はあるし、一から話すとするか。お前たち、神話には詳しいか?」

月夜「神話ってあれでしょ? イザナギとイザナミとがなんたらかんたらってあれっしょ?」

白月「……中身がすっからかんじゃない。その説明じゃ、何も分からないわよ」

月夜「じゃあどんなのさ。白月が説明してみてよ」

白月「イザナギとイザナミは、国産み、神産みの神様よ。日本を作ったのは彼らだって言われてるわ」

鏡架「有名な話に、イザナギが亡くなったイザナミに逢いに行く話がありますね」

艦隊「へぇ、死んだ人にも逢いにいけるとは、神話の世界は便利だな」

白月「……」

鏡架「いえ、実際はどうか知りませんが、お話の中ではそうでもありませんよ」

マヤ「どういうことだ?」

鏡架「亡くなったイザナミのことを忘れられず、黄泉の国まで彼女に逢いに行ったイザナギは、彼女に絶対こちらを振り返らないでと言われるのですが、我慢出来ず、彼女との約束を破って後ろを振り返ってしまうんです。そこで彼が見たものは……」

月夜「……見たものは?」

鏡架「腐敗しきって蛆にたかられた、変わり果てたイザナミの姿でした」

艦隊「うぇ……」

鏡架「そのあまりの醜さに逃げ出したイザナギは、黄泉の国と現世を繋ぐ唯一の道である黄泉比良坂を、大岩で塞いでしまったと言います」

朱蒼「それから、二人は岩越しに会話をするのよ。イザナミはその恨みから「貴方の国の民を1日に千人殺す」と。そして、それを受けてイザナギは「なら私は1日に千五百の産屋を建てよう」ってね。人の生死、この世とあの世の境が生まれたのは、この時からだって言われてるわ」

月夜「へぇ〜、そんなお話だったんだ、あれ」

春「二人共、なかなか詳しいな。だが、ここで俺が聞きたいのは日本神話じゃないんだ。タルタロスというのを知ってるか?」

月夜「タルタロス……タルタルソースの親戚?」

艦隊「いや、ドンタコスの親戚じゃないか?」

月夜「あ〜、最近見掛けなくなっちゃったよね〜。結構好きだったのに」

白月「……貴方たちはもう黙ってなさい」

鏡架「タルタロスというと、ギリシャ神話の地獄ですか?」

春「そうだ。ここは、その一歩手前とも言うべき場所だ」

マヤ「ってことはなにか? ここは地獄の入り口みたいなとこってか?」

春「厳密には少し違う。タルタロスの円卓……神話の時より、ここはそう呼ばれている」

春紫苑「タルタロスの円卓……」

マヤ「……なんだそりゃ?」

春「お前たち、ギリシャ神話を知ってるか?」

月夜「確か、ゼウスとかが出てくるやつだよね」

白月「相変わらず貴女は神様の名前挙げるだけですね」

月夜「何さ! 別に間違ってないっしょ!?」

白月「神話なんですから、知ってるかと聞かれれば、普通知っている話を挙げるべきでしょう?」

月夜「神話ってのは神様の話なんだから、別に神様の名前だけでもいいじゃん!」

朱蒼「はいはい、そんなにムキにならないの。春さんが話せないでしょう?」

春「……続きを話してもいいかな?」

月夜「……はい」

春「そのギリシャ神話における、クロノスとゼウスの戦争を知ってるか?」

艦隊「ゼウスってのは聞いたことあるけど、クロノスってのは誰だ?」

鏡架「ゼウスの父親にあたる天空神ですよ」

月夜「ってことは、そのクロノスって神様が一番偉いの?」

鏡架「いえ、そのクロノスも、ウラノスとガイアの間に生まれた子供と言われてます。他の神々を産み出した一番最初の神、大地母神ガイアが神々の始祖という点で一番偉いのかもしれませんね」

朱蒼「クロノスとゼウスの戦争というのは、クロノスがガイアとの間に生まれた5人の子供を、生まれて間もない内に呑み込んでしまったことが原因になってるのよ」

艦隊「子供を呑み込んだ? なんでまたそんなことを」

朱蒼「予言を受けるのよ。お前は、いずれ息子の手により今の地位から追放されるだろうってね」

マヤ「だからって子を殺すとは、なかなか感心しない神だな。親が子の犠牲となるのは、自然界でもよく見られることだってのに」

白月「神話っていうのは、神々の威光を示すための物語じゃありませんからね。むしろ、一般の人々にも取っ付きやすい、人間臭さのある神様の方が多いわ」

鏡架「そして、ガイアは末の子ゼウスを産んだ時、クロノスを騙して彼を助けるんです。その後、ゼウスはクロノスの腹の中に封じられた兄弟を助け出し、タルタロスに幽閉されていた巨人族を解放してクロノスに立ち向かい、これを打ち倒して王となる……でしたよね?」

春「そう。それが皆の知る神話だ。だが、そのお話には色々と裏があるんだよ」

月夜「裏……?」

白月「……と、言いますと?」

春「その神々の戦争の際、ゼウスの側に付いた者たちとして、ヘカトンケイルやキュクロプスといった名前が挙げられるが、それは皆タルタロスに幽閉されていた連中だ。それとは別に、クロノス側に付いていた者も多数いた。その両者の違い、何だと思う?」

マヤ「何って言われても……」

メカ「普通に考えれば、力とか忠誠心とか、その辺りだと思うが……」

春紫苑「話に聞く限り、そのクロノスとかいう神は権力に相当固執してるようだから、部下として扱うなら、野心の小さい輩の方が使いやすいだろうな」

春「その通り。さっきも言った通り、クロノスは己の保身の為には我が子ですら殺そうという奴だ。そういう奴が、部下に相応しい条件として真っ先に挙げるのは、間違っても自分の地位を危ぶめようとはしない、野心のない連中であることだ」

艦隊「でも、それがこの世界と何の関係があるってんだ?」

春「分からないか? この世界こそが、その判別機の役割を担っていた場所なんだよ」

月夜「ここが……?」

春「あぁ。生まれた神のことごとくをこの世界に封じ、その中で互いに争わせたのさ。そして、生き残った強靭な者たちだけを選別して……」

メカ「タルタロスに突き落としたと、そういうことか」

春「そう。そして、その世界で敗れた敗者を蘇生させ、自らの側近として置いたのだ」

朱蒼「一度敗北を味わった者の野心など、取るに足らないってわけね」

艦隊「なんともねじ曲がった思考回路だな」

鏡架「ですが、己の地位を守るというその一点に限っては、間違いなく効率的です。ガイアがゼウスを救わなければ、きっとクロノスが王位を追われることもなかったでしょう」

月夜「ん〜……」

マヤ「……どうした?」

月夜「いや、なんでクロノスは、わざわざそんなことしたのかな〜って思ってね」

白月「わざわざってどういうこと?」

月夜「いや、だって、こんなことしたって恨みを買うだけじゃん? ホントに王様であり続けたかったのなら、皆と仲良くするのが一番良いと思わない?」

春「……そうだな。月夜の言う通りだ」

鏡架「えぇ。それが一番平和な政策でしょうね……実現できれば、ですが」

月夜「実現できればって?」

春紫苑「皆が皆、お前のように平和主義のちゃらんぽらんならこれも可能だろう。だが、実際は己の欲しか考えられない下劣な輩なぞ星の数ほどいる」

月夜「……」

マヤ「まぁ、そういうこったな。非常に悲しいことだが」

メカ「全員が月夜みたいになったら、きっと争い事なんてなくなるんだろうな」

白月「その代わり、世界中こんなのばっかになりますけどね」

春紫苑「それはそれで由々しき事態だな」

月夜「こんなのばっかってどういうことさ! 由々しき事態ってどういうことさっ!!」

朱蒼「どーどー、とりあえず落ち着きなさいって。私はそんな世界の方が全然良いと思うわ」

鏡架「ふふっ、そうですね。月夜さんがいっぱいだなんて、聞いてるだけでも楽しそうです」

月夜「……その言い方、何か嬉しくな〜い」

春「とにかく、この世界はそういった一種の判別機だってことだ」

艦隊「そこは分かった。分かったけど、それって神話の時代の話だろ? なら、もう今はこんなもの、使う必要ないんじゃないのか?」

マヤ「そういやそうだな。なんで未だにこんなもんが機能してるのか、なんで俺たちがこんな世界に招かれたのか、その理由がさっぱりだな。まず、俺たちは神でもなんでもない、ただの人間だ」

春「それなんだが、艦隊の言う通り、クロノスが王の座を失って以来、ゼウスの手によってタルタロスの円卓は封印されていた。神々の負の遺産としてな」

月夜「封印されていたってことは……」

白月「つまり、誰かがその封を解いたと?」

春「そういうことだ。ここ数千年、この場所はずっと使われていなかった。解放されたのはここ数年の間の話だ」

月夜 2010年07月09日 (金) 13時54分(80)
題名:新世界6(第十章)

鏡架「偶然封印が解けた……ということはないでしょうね」

メカ「数千年も眠っていた物が、唐突に目覚めるとは考えにくい。誰かが故意に起こしたと考えるのが、この場合は妥当だろう」

春「まず間違いないだろうな。外部からの明らかな干渉もいくつかある。俺は、そいつらのことを令定者と呼んでいる」

マヤ「令定者……ねぇ」

朱蒼「じゃあ、こんなことをしているその令定者って人たちの目的というのは、一体何なんでしょうね?」

春「思い当たる節はいくらかあるが、一番可能性として高そうなのは、お前たちの目覚める“力”目当てだろうな」

鏡架「力……ですか?」

月夜「それってティラたちが持ってる不思議な能力のこと?」

春「あぁ。どうやら奴らは、この世界に落とされた者たちの宿す力を、データ化して保存することができるらしい」

メカ「能力をデータ化して保存するだって?」

春「恐らくな。あちら側からこちらに送られてくる連中の中には、最初から能力に目覚めている奴がいる。何も知らずにこの世界に迷い込んだのなら、最初から覚醒しているはずはない。お前たちのようにな」

春紫苑「なるほど……つまり、今朝早くにもう一人の僕たちが会ったという奴は、そのデータ化した力を得ていた、令定者たちの犬というわけか」

春「そう、断言しても良いだろう」

月夜「……ふと思ったんだけどさぁ」

マヤ「どうしたんだ?」

月夜「その力って、みんなにもあるんだよね?」

春「あぁ。この世界に居る俺以外の全員にな」

白月「春さん以外? それはどういうことですか?」

春「俺の役目は知ることだからな。お前たちのような力は持っていないのさ」

艦隊「役目って……」

春「まぁ、そんなことはどうでもいい。で、それがどうした? 他の連中がどんな力を持っているのか、気になったか?」

月夜「……あ、うん、そんな感じかな」

春「そうだな、大体は分かるが、その本質までは把握しきれないといったところか。どんな能力であれ、その所持者が一番良く己の力を理解していて然るべきだろう」

朱蒼「あら、大体分かるんだったら、教えてくれない? なんだか気になるわ」

白月「確かに気にはなりますが、私は不気味さの方が大きいですね。まぁ、能力云々より、私の中に自分以外の誰かが居るということの方が、断然気味が悪いですけど」

鏡架「そうですね。得体の知れない誰かに、勝手に体を使われるのは少し怖いと思います。でも、不思議な能力っていうのはちょっと気になるかも……」

白月「ろくでもない能力だったらどうするんですか。私はそんな不思議な力はいりません。願わくば、もう一人の私には永遠に眠ったままでいてもらいたいものです」

春紫苑「極めて同感だな。こんな奴に目覚められても、迷惑なだけだ」

ユスティス《そう邪険にするなって〜。もうちょっと……》

春紫苑《黙れ》

ユスティス《……せめて最後まで言わせろよ》

マヤ「まぁ、それも目覚めた人格がどういった性質かにもよるよな。月夜のとこのティラみたく、人間できた性格なら、目覚められたところで迷惑にはならないだろう」

白月「そうかもしれませんね。むしろ、このバカ娘と主人格を入れ替えてしまえばいいんじゃありません?」

月夜「いいの〜? そんなことになっちゃったら、白月、弄る相手いなくなって寂しく……」

白月「なりません」

月夜「……おぅいぇい」

春「まぁ、時が来ればいずれ目覚めるだろう。遅かれ早かれ、誰しもがな」

朱蒼「……」

春「さて、そろそろ話は終わりだ。いつまでもこんな危険なところにいる必要もない。全員動けるようになったことだし、一旦例の穴ぐらまで戻ろう」

朱蒼「そうね。白月さん、もう足は大丈夫かしら?」

白月「えぇ。もう痛みも違和感もありません」

艦隊「よし、ならさっさと戻ろうぜ。もう熊やら何やらに追われるのはゴメンだ」

マヤ「ははっ、まったくだ」

鏡架「……」

――ポン。

鏡架「え?」

朱蒼「終わったことは気にしないの。ね?」

鏡架「……はい」

月夜「ん? どったの、二人とも。早くしないと置いてっちゃうよ〜?」

朱蒼「はいはい。さ、行きましょう?」

鏡架「え、えぇ……」

月夜 2010年07月09日 (金) 13時55分(81)
題名:新世界6(第十一章)

蒼竜「……なるほどねぇ」

伽藍「……」

蒼竜「あいつの言っていたことが真実だとするなら、俺や伽藍の中にも俺以外の誰かが眠っていて、何かしら妙な能力を持っているってことか……ったく、悪い冗談だぜ」

伽藍「……」

――ガタガタガタ。

蒼竜「……伽藍、さっきから何をそんなに怯えているんだ?」

伽藍「……」

蒼竜「話したくないか?」

伽藍「……」

蒼竜「……まぁ、無理もないな。まだ俺とお前は会って数日程度。信頼関係を築くには短すぎる」

伽藍「っ!? そ、そんなことないっ!」

蒼竜「が、伽藍?」

伽藍「私……信じてる……誰より、貴女を……」

蒼竜「……だったら」

伽藍「……だから……言えない」

蒼竜「……」

伽藍「……言いたくない……認めたくない……」

蒼竜「……伽藍」

伽藍「……怖い……怖いの……」

蒼竜「怖いって、何が……」

伽藍「貴女と……離れること……」

蒼竜「……どういう意味だ?」

伽藍「……」

蒼竜「あぁ、悪い。言いたくないんだったな。それじゃ、これ以上は聞かないでおくよ」

伽藍「……ごめん……なさい」

蒼竜「謝ることじゃねぇよ。言いたくないことを、無理に言う必要はないんだからな」

伽藍「……うん」

蒼竜「まぁ、今の俺には、お前が何を言いたいのか、何で俺とお前が離れなければならないのか、まるで分からない。だから、そんなことは絶対にないなんて、何の確証のない約束はできない」

伽藍「……」

蒼竜「だけど、これだけは言っとくぞ」

伽藍「……?」

蒼竜「いつか離れ離れになることがあっても、絶対にまた会える。今、俺の腕の中にいるお前は幻じゃないし、お前を抱いている俺も幻なんかじゃない。なら、お互いがこの感覚を忘れない限り、二度と会えなくなるなんてことはない」

伽藍「……絶対に?」

蒼竜「あぁ、絶対に」

伽藍「……約束……してくれる……?」

蒼竜「いくらでもしてやるさ。嘘吐いたら、針だろうと手榴弾だろうと迷わず飲み込んでやる」

伽藍「そ、そんなことしたら、死んじゃう……!」

蒼竜「嘘吐かなきゃ、死にゃしない。そうだろう?」

伽藍「……蒼竜、さん……」

蒼竜「さ、あいつらもどっか行ったことだし、俺たちもこんな木の上にいつまでもいることはない。さっさと下りようぜ」

伽藍「……うん……!」

月夜 2010年07月09日 (金) 13時55分(82)
題名:新世界6(第十二章)

紗女「……以上が、私がこの世界について知っていることです」

蒼空「……」

紗女「……あはは、いきなりこんな話をされても、信じられるはずありませんよね……」

蒼空「ん? そんなことないぞ?」

紗女「……へ?」

蒼空「俺の中に自分自身じゃない誰かが居て、しかもそいつらは皆決まって何かしら特別な能力を有してるんだろ? 聞いてるだけでも楽しそうな話じゃないか」

紗女「……疑わないんですか?」

蒼空「おいおい、お前まで疑い始めたら、俺は一体誰の言うことを信じられるって言うんだ? それとも何か? お前、俺に対してそんな真摯な顔して嘘吐けるってのか?」

紗女「坊っちゃん……」

蒼空「どんなに非現実的な事でも、俺はお前が言うことを疑いはしないさ」

紗女「……じゃあ、実は私、男なんです――なんて言っても、信じます?」

蒼空「いや、それは信じない。って言うか、断じて認めない」

紗女「さっきと言ってること違うじゃないですか〜」

蒼空「そういうのは嘘じゃなくて、質の悪い冗談って言うんだよ」

紗女「わかりませんよ? もしかしたら私、本当に男かも……」

蒼空「それはないな」

紗女「なんでそんなこと断言できるんですか? ……あ、もしかして、私が入浴中とかに覗いたりなんかして……」

蒼空「するか」

紗女「……ちょっとは慌てる素振りくらい見せて下さいよ。それでも年頃の男の子ですか」

蒼空「年頃の男=風呂場を覗く変態という、お前の脳内の方程式を何とかしろ」

紗女「わ、私……坊っちゃんにでしたら、その……」

蒼空「あぁ、はいはい、わかったわかった。キガムイタラノゾキマスヨー」

紗女「……ぶー」

蒼空「そんなことはどうでも良いんだよ。それよりさっきの話だが、俺の中にその“神憑”とかいう奴がいるのは分かった。だが、お前はどうなんだ?」

紗女「えっ……私、ですか?」

蒼空「あぁ。お前言ってたろ? この世界に落とされた“人間”には、神憑が起きるみたいだって。なら、人間じゃないとどうなるんだ?」

紗女「さぁ……それは私にもわかりません。私が知っているのは、あくまでも神々の世界における円卓だけです。今のこれがどういう原理なのかがさっぱりな以上、そこまでは……。それに、人間に起きるといったのも、私の予想に過ぎません。元来、ここに落とされるのは誕生して間もない神々だけでしたから。ただ……」

蒼空「ただ?」

紗女「彼らに神憑が起きた以上、私だけが無関係というわけにも、多分いかないと思います」

蒼空「あくまでも可能性の範疇というわけか」

紗女「はい」

蒼空「……にしても、お前やたらとこの世界について詳しいな。これ、遥か古のシステムで、お前が生まれる頃にはもう機能してなかったんじゃないのか?」

紗女「えぇ。私が生まれる千年以上前に、黒歴史として封印されていましたよ」

蒼空「だったらお前、何で……」

紗女「調べたんですよ、文献や伝承を宛に色々とね。……ただ、過ぎた好奇心は身を滅ぼすとは、良く言ったものですね」

蒼空「……それって、まさか……」

紗女「そのまさかですよ。私が地上に堕とされたのは、そのことがお偉いさんにバレちゃったからです」

蒼空「……すまない。悪いことを聞いたな……」

紗女「やだな〜、気にしないで下さいよ。それに、そのお陰で坊っちゃんに会うことができたんですから、むしろ堕としてくれてありがとうってなもんですよ」

蒼空「……紗女」

紗女「そんなことより、今はどうやって元の世界に戻ればいいか、その方法を探すのが先です。そうでしょう?」

蒼空「……あぁ、そうだな」

紗女「では、戻りましょうか……って、あ、あれ?」

蒼空「どうした?」

紗女「え、えぇっと……坊っちゃん?」

蒼空「なんだ?」

紗女「……い、いえ、やっぱりなんでもありません。あ、あはは〜……」

蒼空「……」

紗女「……」

蒼空「……お前、まさかとは思うが、帰り道忘れたとか言わないよな?」

紗女「はぅっ!?」

蒼空「……」

紗女「坊っちゃん、いつの間に読心術なんていう能力を……」

蒼空「バレバレだ、阿呆が」

紗女「だ、大丈夫ですよ! 私にどーんと任せといてください! あっちです!」

蒼空「……本当か?」

紗女「……多分」

蒼空「はぁ……」

月夜 2010年07月09日 (金) 13時56分(83)
題名:新世界6(あとがきその1)


























姉より優れた妹など、存在しねぇ!











はい、皆さんお久しぶりです。
恵まれない私に萌えを下さいでお馴染み、月夜ですよ〜♪



……まぁ、とりあえず







今腋っつった奴、表出ろ






(^ω^#)ビキビキ





はい、今回で新世界も第六段。
一気に急展開させて、かなりこの世界の謎を白日の下に晒してみました。
でも、まだまだこの世界は謎だらけなのでご安心をば(´・ω・`)b

にしても、雑談所にも書いたことだけど、新世界の敵キャラ設定、結構お便り多くて嬉しい限りです。
役に立つのか立たないのかさっぱりなやつとか、Let's Go 厨ニ病的なやつとか、中には能力云々は二の次で幼女な敵キャラも欲しいという、もはやただの願望に近いものまでいぱ〜いで、結構カオスなことになってて良い感じです(´・ω・`)b
皆さん、遠慮なくガンガン送ってくださいね〜(´・ω・`)ノ

今回、月夜、艦隊及び春ちゃんの中に、神憑なる別人格を発言させてみました。
まぁ、こんな具合の別人格がほぼ皆にありますので、これ以上人数増えるとヤバいんですよ、うん(´・ω・`)
なので、人員増加はこの程度にしておいて、以後の参戦希望者は次作以降の新世界にということでどうか一つ(・ω・;)

ではでは、今回色々とネタバレしちゃったので、第一回以降溜まっていたキャラ紹介を、次の後書きで一気にやっちゃおうと思います。

それでは、此度はこの辺りでさよならいたしましょうか。
この作品に対する感想等ございましたら、遠慮なく下の「小説感想アンケート板」または「小説感想掲示板」、「月夜に吠えろ」までいくらでもドゾー(´・ω・`)

ここまでは、最近色々な作品掛け持ちしてて、何が何やら分からなくなってきてる私、月夜がお送りしますた。

















私、どんな小説を書くにしろ、コメディ要素を入れずにはいられないみたいです(´・ω・`)

月夜 2010年07月09日 (金) 13時57分(84)
題名:新世界6(あとがきその2)

蒼竜

スラッと伸びた長身と長い青髪、それに男そのものな言葉遣いが特徴的。
排他的で他人を寄せ付けず、気難しく見えるが、根は優しく結構な世話好き。
道端を歩いていると、良く同性から声を掛けられることが悩みの種だそうな。
平気で銃機類を振り回していることからも分かるように、その道のプロフェッショナル。
とある組織を追っているらしいが……。


伽藍

白金色の短い髪と低い身長、そして何よりゴスロリ一直線な衣装が特徴的。
無口だが喋れないわけではなく、むしろ今まであまり他者と喋る機会がなかったため、彼女自身は会話という行為を楽しんでいる。
口には出さない(恥ずかしくて出せない)が、蒼竜のことを誰より慕っている。
結構な赤面症で人見知りな為、初対面の人と相対する時は、決まって口を閉ざして顔を赤くしてしまう。
たまに不可解な発言をすることがあるが、果たして……


蒼空

裕福な家庭に生まれた、典型的なお坊ちゃん。
財政的に恵まれて育ったものの、両親には厳しくしつけられてきたため、礼儀作法はしっかりとしている。
紗女とは、時には彼女を姉のように慕い、そして時には妹のように面倒を見るという複雑な関係。
だが、母の死とそれを境にやってきた新しい母の存在に疑心暗鬼を募らせていた彼にとって、彼女は唯一心を許せる人物であり、それ故他の誰より彼女のことを信頼している。


紗女

性格は明朗快活。
青緑色の長い髪が特徴的な、細かいところまで気が付く面倒見の良いお姉さんキャラ。
だが、その実意外と世間知らずだったり間抜けな一面も多々あり、蒼空に良く突っ込まれたり叱られたりしている。
人と何ら変わらぬ姿をしているが、実は天界より堕とされた堕天使。
神々の禁忌、タルタロスの円卓に手を出したがために地上に堕とされ、路頭に迷っていたところを蒼空に保護される。
そのため、自分の命の恩人である蒼空のことを誰より慕っており、その身を守るためなら己の死すらいとわない覚悟を持っている。


ティラ

月夜の神憑。
忌み名は“黄道の天恵者”
ありとあらゆる物に力を分け与える。
例えば木に力を与えることにより、急激な勢いで幹や枝を成長させたり、岩に力を与え、自分の望む形にそれを切り取ったり、人に力を与えて細胞を活性化させ、傷を癒すこともできる。
これは対象とする物に接触していなくても可能だが、直接触れている時の方が数倍早い。
他の神憑が基本好戦的な性質な中、彼女は慈愛の心が強く、故に特定の状況下を除いてあまり好戦的ではない。
常に毅然とした態度と物腰柔らかな口調が特徴的。
可愛らしい小動物(特に小鳥やリス)が大好き。
春とは何やら旧知の仲のようだが……


ユスティス

春紫苑の神憑。
忌み名は“紫洸の追放者”
読んで字の如く、対象をその場から追放する能力。
大地から立ち上る紫色の光に包まれた時、その存在は次第に希薄となってゆき、最終的には世界から“追放”される。
好戦的ではあるものの、性格はそこそこ友好的。
ただ、春紫苑本人は得体の知れない奴と毛嫌いしている。
ティラは何故かその名を聞いた時、若干動揺していたようだが……?


ルア

艦隊の神憑。
忌み名は“翠眼の監視者”
俗に言う千里眼。
千里を見通し、万理を見透かす真実の眼。
ただ、まだ戦闘経験が浅く、いざ自分が戦うとなると、目の前のことで手一杯になってしまい、その眼の力を最大限に発揮できなくなってしまう。
にもかかわらず、自分の力を過信する悪い癖があり、結構楽観的な性質で、何事もなんとかなるさと、あまり物事を深く考えることはない。
あまり口はよろしくなく、性格もひねくれているが、中身まで悪人ということはない。
鳥が苦手と言ってはいるが、実際は鳥に限らず飛んでいるものが全般的に苦手で、故に羽を持つ昆虫も基本嫌い。
特に蛾に対する嫌悪感は尋常ではなかったり。

月夜 2010年07月09日 (金) 14時03分(87)


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