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新世界作品置き場

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タイトル:新世界8 SF

――紅い月の下、覚醒する殺戮と血に飢えた狂い神。その内なる衝動に蝕まれてゆく鏡架の心。そんな彼女の視界に現れたのは……此度の覚醒者は二人。今回は圧倒的シリアス展開! でも、やっぱり相変わらずなギッちゃんのおかげで若干のコメディ要素も含まれる、新世界第八作目!

月夜 2010年07月09日 (金) 14時49分(101)
 
題名:新世界8(第一章)

――ピピピピピッ、ピピピピ、カチャッ。

「はいは〜い、こちら私、こちら私」

「こちら私なんて応答はありません。ちゃんと名乗りなさい」

???《……伽藍です》

「あの子の方が、貴女より断然しっかりしていてよ? 歳上の女として、恥ずかしくないのかしら?」

「うっさいわね〜。私はいつまでも若々しくがモットーなの。あんたはそんなんだから、実年齢より年増に見られるのよ」

「精錬された立ち居振舞いや落ち着きがあるから、大人びて見えるのですわ。貴女と違ってね」

「はぁ……伽藍ちゃん、将来こんな耳年増にはなっちゃだめよ?」

「伽藍さん、間違ってもこんな質の悪いガキみたいな大人になってはいけませんわよ?」

伽藍《……》

「……伽藍さん? いかがなさいました?」

「珍しくそっちから回線繋いでくれたのに、だんまりだなんてお姉さん悲しいなぁ」

伽藍《……あの》

「ん? 何?」

伽藍《……》

「貴方が自分から回線を繋いできたということは、何か話したいこと、もしくは聞きたいことがあるのでしょう?」

「そうなの?」

伽藍《……はい》

「なら、何でも遠慮なく言ってよ。私と伽藍ちゃんの仲じゃない」

伽藍《……》

「……ですが、もし言えないことなら、無理に言わなくてもいいですよ?」

「できれば、躊躇いなく胸中をぶちまけて欲しいとこではあるけどね〜」

伽藍《……》

「……」

「……」

伽藍《……あの》

「何?」

伽藍《私……役立たず……?》

「えっ!? が、伽藍ちゃん、今なんて……」

伽藍《……》

「……どうして、急にそのようなことを?」

伽藍《……別に。……ただ……そんな気がしただけ……》

「……」

「そ、そんなこと、あるわけ……」

「……えぇ、そうですわね。そうかもしれません」

伽藍《……》

「なっ!? ち、ちょっとあんた……」

「第一、自分からそんなことを聞くのですから、自分自身、少なからずそう思っているのでしょう?」

伽藍《……》

「自分で自分のことを役立たずだなどと言うのは、何かしら為すべきことを為していないと、自覚しているからに他なりません。そのような人を、有能な人材とは呼べませんわ」

「あんたねぇ! 少しは言葉を選んで……」

「貴女は黙ってなさい」

「うっ……」

伽藍《……》

「……ですが、私はそうは思いません」

伽藍《え……?》

「伽藍さんが何を思ってこんなことを聞いてきたのか、私には分かりません。ですが、一度深く考えてご覧なさい。今、貴方が考えている為すべきことは、本当に為さねばならないことなのかどうかを」

伽藍《……》

「私たちは、こちらから事の成り行きを見つめることしかできない、ただの傍観者でしかありませんわ。しかし、貴方は違う。その混沌とした世界の中で生きている、当事者の一人なのです」

伽藍《……》

「悲しいことですが、こちらから見ているだけの私たちには、貴方の気持ちは分かりません。ですが、だからこそ、私たちに貴方を束縛する権利なんてありません。何を気にすることもない。貴方は貴方のやりたいことを、やりたいようにやっていれば良いのではありませんか」

伽藍《やりたいことを……やりたいように……》

「えぇ。そんな貴方を、一体誰が責められると言うのです? ねぇ?」

「え……あ、う、うん! そうだよ! 人間誰だって、やりたいことをやるのが一番だよ!」

伽藍《……ありがとう》

「礼はよろしくてよ。貴方の悩みが解決したのなら、それが何よりですわ」

「何かまた相談したい事ができたのなら、いつでも話しなよ? 頼りになるお姉さんたちが、バッチリ解決したげるからさ♪」

伽藍《うん……それじゃ……》

「えぇ」

「またね〜」

――プッ。

「……ふぅ」

「んっふっふ〜……」

「? 何よ、ニヤニヤして、いつにも増して気持ち悪いわね」

「いや、普段ツンツンしてるくせに、優しいところもあるんだな〜って」

「私は元々優しい人間でしてよ。……そんなことより貴女、さっきさも当然のように私たちと言ってましたが、貴女はなんにもしてないでしょう」

「まぁまぁ、細かいことは良いじゃない。ささ、おじいちゃんたちが来る前に、ちゃちゃっと準備しちゃお」

「はぁ……」

月夜 2010年07月09日 (金) 14時50分(102)
題名:新世界8(第二章)

三鎚「……」

――……ヒュッ。

夢奏「っと……」

グリッジ「おぉ、お帰り、夢ちゃん」

夢奏「はい、ただいま戻りました。もう皆さんお集まりのようですね」

蒼焔「あぁ。お前で最後だ」

三鎚「……ふぅ」

蒼焔「……兄上、大丈夫ですか?」

三鎚「何、心配ない。久しぶりだったから、少し疲れただけだ」

蒼焔「ですが……」

グリッジ「心配いらん心配いらん。こいつのことじゃ。何かしら行動に支障をきたすようなら、ワシらに隠そうとはせんよ」

三鎚「そういうことだ。それじゃ、それぞれ軽く報告してもらおうか?」

夢奏「では、私から」

三鎚「あぁ」

夢奏「例の二人の懐へは、案外あっさりと潜り込めましたわ。立場としては彼ら同様、突然この世界に迷い込んだということにしています」

蒼焔「疑われてはいないのか?」

夢奏「恐らくは。少なくとも、彼は私のことを信じきっていますわ」

三鎚「それは、裏を返せば付き添いの女の方は、お前に疑惑を覚えている可能性があるということだな」

夢奏「そうなりますわね」

グリッジ「そういう時は、疑われていることを前提に行動した方がいいのう」

夢奏「もちろんですわ。迂闊な行動や言動は控えるつもりです」

三鎚「蒼焔とグリッジの方はどうだ?」

蒼焔「こちらは、当初の予定とは少し変わってしまいましたが、今のところ特に大きな問題はありません」

三鎚「当初の予定と変わったとは?」

グリッジ「あの時出た結論は、連中の様子を監視して、隙を見て一人一人始末する算段じゃったろ?」

三鎚「あぁ」

グリッジ「それが、そこの困った奴のせいでイレギュラーが起きてのう……。ワシらも連中の懐に潜り込む形になったんじゃ」

蒼焔「なっ……あれは俺のせいじゃないだろ! グリ爺が放置するから……」

グリッジ「言い訳は見苦しいぞい、蒼焔や。直接的な原因を作ったのは、お前さんじゃろう」

蒼焔「ぐ……」

夢奏「あらあら、ドジですわねぇ。こんなことでしたら、あちらも私が担当した方がよろしかったかしら?」

蒼焔「うぅっ……」

三鎚「そう虐めてやるな。今肝心なのは、その状況でも作戦の進行は可能なのかどうかだ」

蒼焔「そ、それに関しては問題ありません。幸い、我々に敵意を向けてきている者はいませんから、当初の予定に支障はないかと……」

三鎚「なら何も言うことはないな。そのまま期を伺えば良い。今更後悔したところで、なってしまったものはどうにもならんのだからな」

蒼焔「兄上……はい!」

グリッジ「三鎚に対してだけは、本当に礼儀正しいのう、蒼焔は」

蒼焔「兄上は尊敬すべき方だ。敬意と礼儀を以て接するのは当然だろう」

夢奏「それにしたって、礼儀正し過ぎやしませんか? ……はっ!? もしかして貴方……」

蒼焔「何だ?」

夢奏「……そっちの気があるんじゃ……」

蒼焔「んな訳あるかっ!」

――ゴン。

夢奏「痛っ! もぅ、か弱い女の子に対して、何てことするんですか」

蒼焔「誰がか弱い女の子だ。そんなサドっ気全開のか弱い女の子なんて、聞いたことがない」

夢奏「それはそれ、これはこれですわ。ひ弱な乙女は受けじゃなきゃいけない、なんていう法律はありませんもの」

グリッジ「そうじゃそうじゃ。夢ちゃんの言うことは正しい。いや、むしろ女子こそ強くあるべきじゃよ」

蒼焔「いや、これは強さとかじゃなくて、もはや性癖……」

夢奏「さすがグリ爺。わかっていらっしゃいますわ」

グリッジ「ガッハッハ。そうじゃろう、そうじゃろうて」

蒼焔「……」

三鎚「……蒼焔、お前もいい加減この展開に慣れたらどうだ?」

蒼焔「いや、慣れたら慣れたで、何かもう色々ダメな気が……」

グリッジ「? 二人共、何をぶつぶつ言っとるんじゃ?」

三鎚「別になんでもないさ」

夢奏「……怪しいですわね」

蒼焔「もうお前は黙ってろ!」

夢奏「ムキになるところが、余計疑わしいですわ」

蒼焔「この……」

三鎚「あ〜、もうそのくらいにしておけ。夢奏、あんまり蒼焔をからかうんじゃない」

夢奏「三鎚さんがそう言うなら、仕方がありませんわね」

三鎚「蒼焔も、一々突っ掛かるな。大人の対応として軽く受け流すことも覚えるんだ」

蒼焔「……はい、分かりました」

グリッジ「さて、二人とも静かになったところで、最後の報告を聞くとしようかのう」

三鎚「俺は残りの二人に会ってきたよ」

夢奏「首尾の方は、如何だったんです?」

三鎚「軽く戦闘になった。女の方とな」

蒼焔「会うなり戦闘だなんて、随分と穏やかじゃないですね……あ、っていうことは、もうそちらの二人は始末してしまったのですか?」

三鎚「いや、まだだ。ただの雑魚だったら、すぐにでも消してやるつもりだったんだが、これが意外にできる奴でな。一旦引いてきたよ」

蒼焔「兄上が自分から身を引くだなんて……相当な手練れですね、それは」

三鎚「そうだな。お前たちも、あの女には不用意に接触しないよう、十分気をつけることだ」

蒼焔「はい」

夢奏「分かりましたわ」

グリッジ「了解じゃ」

三鎚「……報告はこんなものか」

グリッジ「じゃな」

三鎚「それじゃ、これで解散だ。各々、自分の持ち場に戻ってくれ」

夢奏「え〜……」

グリッジ「どうしたんじゃ、夢ちゃん。随分と不服そうじゃな」

夢奏「だって、ここから歩いて戻るとなると、あの二人の場所まで結構遠いんですもの。三鎚さん、ここに連れてきてくれた時と同じようにして、送り届けていただけません?」

三鎚「それは無理だな」

夢奏「どうして?」

三鎚「お前、例のモノは身に付けたままだろう。そんなお前をこの場に呼び寄せることはできても、別の場所に転送するようなことはできない」

蒼焔「それにお前、無知を装ってあの二人と行動を共にしてるんだろう? そんなお前が何もない所から突然現れでもしたら、疑いの目は避けられないぞ」

夢奏「……それもそうですわね。仕方がありません」

三鎚「すまないな。不便と思うかもしれないが、我慢してくれ」

グリッジ「しかし、どうしてもと言うなら、お姫様抱っこして走り届けてやるぞい?」

蒼焔「……突然現れるよりも怪しいだろ、それ」

グリッジ「蒼焔が」

蒼焔「何で俺がなんだ!」

夢奏「あら、そうなんですの? でしたら、お願いしようかしら」

蒼焔「なっ……お前、寝言は寝てから言え!」

グリッジ「良いじゃないか。こんな可愛い女の子をお姫様抱っこできるんじゃぞ? 羨ましいのぅ……」

蒼焔「じゃあグリ爺がやれば良いだろ! なんでわざわざ俺なんだよ!」

夢奏「何を言ってるんです。お年寄りを労るのは若輩者の務めでしてよ? グリ爺の手を煩わせるわけにはいきませんわ」

蒼焔「なら、さっさと歩いて帰れ!」

夢奏「蒼焔はまだまだ若いでしょう? 女性一人抱き抱えられないようでは、男が廃りましてよ?」

グリッジ「そうじゃぞ。お主もワシのようなマッソーボディーが欲しくないか?」

蒼焔「そんな恥ずかしい筋肉の付け方はしたくない! 大体、お前は恥ずかしくないのか!?」

夢奏「別に? 私、蒼焔さんになら、抱かれても構いませんわよ」

蒼焔「なっ……ななな……!!?」

グリッジ「おおー、若いのぅ、羨ましいのぅ」

蒼焔「うるさい!」

――ブンッ!

グリッジ「ふぉっふぉっふぉ。当たらん当たらん♪」

三鎚「はいはい、その辺で終わりにしておけ。全員ちゃっちゃと持ち場に戻る!」

夢奏「はーい。それでは皆さん、失礼いたします」

グリッジ「それじゃあの、夢ちゃん。ほれ、ワシらもいくぞ」

蒼焔「あっ、おい……」

三鎚「蒼焔」

蒼焔「うぅっ……了解しました……」

グリッジ「お主もまだまだ甘いのぅ」

蒼焔「やかましい!」

――ブンッ!

グリッジ「ぶほほほ、当たらん、当たらんのう〜」

三鎚「……困ったものだ」

月夜 2010年07月09日 (金) 14時50分(103)
題名:新世界8(第三章)

鏡架「ふあぁ……」

私はアクビをしながら、ねぐらである洞窟を、出口に向かって歩いていた。

鏡架「背中が痛いなぁ……」

腕を背に回し、服越しにズキズキと痛む部位をさすってみる。
……痛っ……うぅ、やっぱり痛い。
昨日と同じで、また寝る場所が悪かったみたい。
できるだけ平らな所で寝たつもりだったんだけど……やっぱり少し凸凹してたのかなぁ。
他の皆は大丈夫なのに、私だけが甘えるのは嫌だったから何も言わなかったけど……やっぱり、メカさんに頼んで平たくしてもらうべきだったかしら。
……ううん!
そんなのダメよ!
皆、きっと少なからず寝苦しいはずなのに、誰も愚痴すら溢してないんだもの。
私だけが、こんな些細なことで甘えちゃダメ!
皆と一緒に頑張っていくためにも、今までみたいなご令嬢のままじゃいけないわ!
しっかりしなさい、鏡架!

鏡架「……よし! 私も頑張らないと!」

自分自身に渇をいれる。
そして、私は入れてから気付いた。

鏡架「……こんなことしてたら、何だか眠気なくなっちゃったなぁ……」

そりゃ、こんな気合いを入れるようなことをしてたら、眠気もなくなるでしょうよ。
思わず自分に突っ込んでしまう。
今から寝床に戻っても、きっとしばらくは寝られないだろうな。
う〜ん……どうしよう。
……仕方ない。
どっちにしても寝られないだろうし、ちょっと夜風を浴びてこよう。
外に出るなとは言われてるけど、遠くに行かなきゃ大丈夫だよね。
……それにしても、ここは本当にどこなんだろう。
見たこともない植物に、見たこともない生き物、それに、とっくの昔に絶滅した筈の恐竜……。
今私たちのいるこの世界は、紛れもなくファンタジーの世界だ。
常識なんか一切通用しない、完全なる未知の世界。
だけど、春さんはこの世界のことを知っていた。

鏡架「神々の負の遺産、タルタロスの円卓……か」

口に出して呟いてみる……が、その円卓の上で今まさに自分が踊っているという自覚は、あまり沸かなかった。
多分その原因は、私が当事者だからなんだろうな。
物語を読んで、その情景を思い描いたり、登場人物に自分を重ね合わせて楽しんだりするのは良くあることだ。
だけど、それは確固たる“現実”の世界で、私が決して起こり得ない“空想”に思いを馳せているからこそのヴァーチャルな楽しみ。
実際にその“空想”世界に入り込んでしまった瞬間、それはヴァーチャルからリアルな“現実”へと姿を変えてしまう。
現実という観点から見れば、ここは紛れもなく空想の世界。
だけれど、今の私にとっては、この空想こそ現実に他ならないんだ。

鏡架「現実かぁ……」

ふと、家のことを思い出す。
お母さん、今頃どうしてるんだろう?
会社経営は、ちゃんとできてるのかな?
今まで、経理は私が手伝ってたけど、大丈夫かな?
お母さんは数字が苦手だから、不安だなぁ……。
そんなことより、風邪なんて引いてないかな?
病弱な私と違って、お母さんは健康体だから平気だと思うけど……でも、普段滅多に風邪を引かない人ほど、いざ風邪を引いちゃうと大変って良く言うもんね。
ちゃんと暖かくして寝てるかなぁ……。

鏡架「お母さん……」

口にすると、無性に悲しさが込み上げてきた。
目元に湿り気を感じる……だけど、泣いちゃダメだ。
今は泣くべき時じゃない。
うつ向かず、振り返らず、しっかりと顔を上げて、前を見つめなきゃ。
そう、こんな風に……?

鏡架「……あれ?」

見上げる空に浮かぶのは、真っ赤な月だった。
かつて、誰かに言われたことを思い出す。

――紅い月。

私は……この月を見たことがある?
見覚えがないはずの紅い月。
今まで見たことがないはずなのに、どこか懐かしい色。
何だろう、この感覚……頭がボーッとしてくる……。

???《うふふっ……また会ったね、お姉ちゃん》

瞬間、脳に直接声が響いてきた。

鏡架《……貴女は?》

???《あたし? あたしはアナンタ》

鏡架《アナンタ……?》

聞いたことのある名前だった。
何だったろう……確か、どこかの神話に出てきた名前だった気がするけど……ダメだ、頭がぼんやりして思い出せない。
そんなことより、気になったことがあった。

鏡架《また会ったねって……?》

アナンタ《お姉ちゃん、覚えてないんだね。まぁ、お姉ちゃんは普通の人間だし、あの時はこの世界にも慣れてなくて、紅月見ただけで気を失っちゃってたから、無理もないかな》

あの時……いつの話だろう?
この世界に来て最初に迎えた朝から、少し記憶が抜け落ちてる部分があるけど……そこのことだろうか?

鏡架《貴女は……神様なの?》

アナンタ《そうだよ》

鏡架《何の神様?》

アナンタ《人殺し》

鏡架《……えっ?》

アナンタ《聞こえなかった? ヒ・ト・ゴ・ロ・シ》

鏡架《人殺しって……貴女、人を殺す神様なの!?》

アナンタ《どうしたの、そんなに驚いて》

鏡架《だって、神様が人を殺すだなんて……》

アナンタ《そんなにおかしいこと? 貴女たちだって、似たようなことをしてるじゃない。保健所なんて、その代表例でしょ? 動物集めるだけ集めて、まとめて一斉に皆殺し。ほら、おんなじ》

鏡架《……それは、貴女たちにとって私たち人間は、ペットと大して変わらないってこと?》

アナンタ《ペットって言うより、害獣かな。ほっといたら、際限なく殖えていくでしょ、人間って。殖えすぎる前に、数減らししておかないと》

鏡架《私たちが……害獣……》

アナンタ《……とは言っても、あたしが直接人を殺すわけじゃないけどね》

鏡架《え……?》

アナンタ《だって、そんなのあたし一人じゃ、いくら殺っても追い付かないよ。そりゃ、色んな方法で人を殺せるのは楽しいから、あたしも殺しはするけど、それだけじゃ人間の数減らしはできないもん。だから、あたしは人間共に植え付けるの》

鏡架《植え付けるって……?》

アナンタ《誰かを殺したいっていう気持ちだよ》

鏡架《なっ……!?》

アナンタ《お姉ちゃんもあるでしょ。あいつが憎い。恨めしい。妬ましい。殺したい。殺してやりたい》

鏡架《そんなこと……》

思ったことなんてない。
そう、声を荒げて言いたかった。
でも、言えない。
羨望、嫉妬、憎悪……殺意。
抱いたことがないと言えば、どれも嘘になる。

アナンタ《どうせなら、苦しむ姿が見たい。苦痛に悶え、醜く歪む醜態が見たい。なら、どうすれば良いんだろう? 首を締めて、窒息させる? 爪を剥ぎ取って、指を一本ずつ切り落としていく?》

鏡架《止めて……》

次々と浮かんでは消える凄惨な光景。
それは、彼女が心から楽しいと思っている光景なのだろう。
でも、私は違う。
私はそんな殺人嗜好の狂人なんかじゃない。
そう、強く自分に言い聞かせる。

アナンタ《そうだ。腹を裂いて、内臓を引き摺り出そう。その後、片方だけ眼球を抉り貫いてから、そいつの目の前で、引き摺りだしたハラワタと眼球を、食べてみよう。本来の味は美味しくはないかもしれないけど、きっとそいつの恐怖にひきつった表情が、極上の調味料になってくれるよね》

鏡架《あ……あぁ……》

しかし、汚染されていく。
いつしか私は、その光景に私自身を重ね合わせて、言い知れぬ恍惚に身を震わせていた。

アナンタ《まだ生きてるみたいだけど……もう悲鳴も上がらないみたい。それじゃあ、もうこれはただの肉の塊だから、いらないなぁ。特に美味しくもないし、最後は頭を踏み潰してっと……》

想像の中の私が、内臓をだらしなく垂れ流し、片目を抉られた肉の塊を放り捨て、その頭部目掛けて足を踏み下ろす。

月夜 2010年07月09日 (金) 14時51分(104)
題名:新世界8(第四章)

アナンタ《……グシャッ。はい、おしま〜い♪ あ は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は は》

鏡架《う……ふ、ふふ……》

溢れそうになる笑い。
何で、私は今笑いそうになってるんだろう?
何で?
決まってる。
そんなの、楽しいからに決まってる。
じゃあ、どうして私は、笑いそうになってるのを堪えてるんだろう?
そりゃあ……えっと……何でだろう?
……そうだ。
だって、人の内臓とか眼球を食べるなんて、おかしい……っ!?

鏡架「っ!!?」

刹那の暗転の後、目に見える景色に現が舞い戻る。
ぼやけていた視界が鮮明さを取り戻すと同時に、薄らんでいた理性と常識が蘇る。

鏡架「うっ……うぇっ……」

込み上げてくる吐き気。
食べたはずないのに、まるでさも食べたかのような錯覚を覚える。
内臓を食らった時の、弾力を伴った歯応えと生臭さ。
眼球を噛んだ時の、溢れ出す水分と口内で弾ける感触。
気持ち悪い。

アナンタ《どうだった? お姉ちゃん。私の想像した人殺し》

どうだった?
気持ち悪かったに決まってるじゃない。
気持ち悪い気持ち悪い。

アナンタ《楽しかったでしょ?》

そんな筈ないでしょう。
気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い。

アナンタ《人間の内臓、美味しかった?》

気持ち悪かったって言ってるじゃない。
気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い。

アナンタ《……お姉ちゃん、嘘はついちゃダメだよ。お姉ちゃんは、楽しんでた。人を恐怖で縛ることを。人を喰らうことを。……人を殺すことを》

そんな筈ない。
そんなわけない。
そんなことあり得ない。
気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い

アナンタ《あたし、お姉ちゃんとは気が合いそうだなぁ……》

ソンナハズナイ。
ソンナワケナイ
ソンナコトアリエナイ。

アナンタ《ねぇ、お姉ちゃん。あたしなら、お姉ちゃんの欲を、満たしてあげられるよ? 誰も叶えられない、お姉ちゃんのしたい楽しいこと……あたしを受け入れてくれたら、それだけで叶うんだよ?》

キモチワルイキモチワルイキモチワルイキモチワルイキモチワルイキモチワルイキモチワルイキモチワルイキモチワルイ。

アナンタ《ねぇ、お姉ちゃん……あたしとぉ……イイコト、しようよぉ……?》

ハズソンナワケソンナアリエナイハズワケナイソキモチワルイキモチワルイキモチワルイキモチワルイキモチワルイワルイキモチワルイキモソンナハズワケナイハズソンナソンナソンナソンナソンナソンナソンナソンナソンナ――

アナンタ「……うふふっ。あはっ、ははははははははははははははははははははははははははははははっ!」

月夜 2010年07月09日 (金) 14時52分(105)
題名:新世界8(第五章)

紅月の照らす夜の世界。
仄かに赤い月明かりの下、一人の女性が静かに立ち尽くしていた。
「……」
口元に歪な笑みを浮かべる彼女のその真紅の瞳には、一体何が 映し出されているのか。

――ザッ。

微かな足音。
茂みの向こう側からだ。
その音に反応して、その女性がゆったりとした動作で背後を振り返る。
そこにあったのは、彼女の方へと歩み寄る何者かの姿。
「……!」
瞬間、その瞳が大きく見開かれる。
だが、それは驚きや恐怖といった類いの感情によるものではない。
まるで……そう、楽しそうな玩具を見つけた時の子どものような、純真無垢な心からの興味。
「……こんなところで、何してるんだ?」
その人物――マヤが問いかける。
声は平静を装っていたが、鋭い視線からは微塵の隙も見出だせない。
臨戦態勢……とまでは言わないが、今の彼の不意を突くことは土台無理だろう。
「……月を見てたの」
そんなマヤの警戒心を知ってか知らずか、その人物――鏡架は、何をするでもなく、ただその場でクルリと一回転、身を翻し、彼の方を見て微笑んだ。
「……」
いつもの彼女とは、決定的に違った。
何かが違うなどという、曖昧な異変ではない。
そういう表現の方法をするなら……何もかもが違う。
そのことを、鏡架の紅の瞳から、マヤは明確に感じ取った。
「おじさん……あたしと遊んでくれるの?」
「おじさん呼ばわりとは酷いな。まだまだ若いんだ。せめてお兄さんと呼んでくれないか?」
おちゃらけた返しをしながらも、マヤの眼差しは鋭いまま、無邪気に笑う彼女の姿を捉えていた。
いつ相手が動き出そうとも、瞬時に反応できるよう、全身の筋肉に臨戦の電気信号を送る。
「それじゃ、お兄ちゃん。あたしと……」
ゆらり。
彼女の体が揺れる。
「……アソボ♪」
その言葉がマヤの耳に届く頃、そこに彼女の姿はなかった。
「っ!?」
驚愕に見開かれる瞳。
だが、次の瞬間、その視界は暗転していた。

――ザシュッ。

体内に直接響くかのような、鈍く生々しい音が聞こえた。
これは、比喩ではない。
本当に、体内に直接響いたのだ。
その音源がどこであるか、マヤはしばらく分からなかった。
しかし、それは視界が暗転したという事実と、遅れてやってきた激痛によって示された。
「ぐああああぁぁっ!!」
絶叫を上げ、目を押さえ付けながらうずくまるマヤ。
手で覆われたその下から、粘性の高い真っ赤な液体が流れ落ちる。
「ふふっ。お兄ちゃん、痛い? それとも、怖い?」
直ぐ前方から聞こえてくる声。
だが、正確な距離も位置も、マヤにはわからない。
「くっ……!」
悪あがきをするように、闇雲に腕を振り回す。
しかし、そんな攻撃が意味を為すような相手ではなかった。

――バシッ。

軽い衝撃を伴って、振り回していた拳が容易く受け止められ、そのまま拘束される。
「くそっ……!」
なんとか振りほどこうとはするが、まるでビクともしない。
「クスクス……そんなに怖がらないで……」
そう言って、彼女はマヤの腕を握り締めたまま、ゆっくりと膝を折り、うずくまる彼と背丈を合わせた。
「……ふふっ」
そして妖しく微笑むと、彼の目元を覆う手をそっとどかし、そこに自分の顔を近付けていく。

――ピチャッ。

艶かしい水音。
それは、彼女がマヤの目から溢れ出る血を、舌で舐め取った音だった。
「お兄ちゃんの、美味しい……クスクス……」
直ぐ耳元で囁かれる、恍惚に酔った甘美な幼声。
「……」
そんな彼女を前に、マヤは言葉もないまま動けずにいた。
その心を支配するのは、未だかつて抱いたことのない、形容し難いまでの恐怖。
殺されるなどといった、ただの死に対する怖れではない。
むしろ、その逆。
もしかすると、自分はこのまま生死の狭間で、彼女に飼い殺されるのではないか。
死ぬことも許されず、かといって生を謳歌することも許されず、ただただ彼女の玩具として、永久に蹂躙され続けるのではないか。
そんなおぞましい想像に、背筋が凍り付く。
だが、体はまるで動かない。
全身を駆け巡る、激しい虚脱感と脱力感。
その根源にあるものが、果たしてこの怯えなのか、それとも諦観なのか、それさえも分からない。
いつしかその体は、知らず知らずの内に小刻みに震えていた。
「お兄ちゃん、どうしたの? 震えてるよ?」
「……」
何か言おうとはするのだが、言葉にならない。
噛み合わない上下の歯が、ガチガチと耳障りな音を立てるのみ。
「……やっぱり怖いんだね、あたしのこと」
「え……」
そう呟く彼女の声色は、どこか先程までとは少し違うように感じた。
ついさっきまで、彼女の声は狂気を孕むどころではなく、狂気に満ち溢れていた。
誰か人間を見る時、そこに他者への慈しみの心など欠片となく、それどころか、高々と積み上げられた積み木を、今まさに崩さんとしている子どものような、嬉々溢れんばかりの喜色に満ち満ちていた。
だが今は、その声には別の感情が含まれているように感じられた。
誰にも理解されないという孤独感、それが当然という諦観の念、だから一人でもいいという悲壮感。
今宵の月の如き紅に染まった瞳も、いつしか残忍な色を潜め始めていた。
「……そんなことは……」
……ない。
そう、マヤが言おうとした瞬間だった。
「……クスッ」
「え……?」
不意に聞こえてきた笑い声に、マヤの口から戸惑いの声が漏れる。
「あっはははははは! そうだよね? そうだよね!? そうじゃないと、怖がる顔が見れないもん。そんなの、つまらないよね!? あははははははははははははははははははははは!」
「……」
言葉を失い、茫然自失とするマヤの目の前で、鏡架は狂ったように笑っていた。
その瞳につい先ほどまで伺えた悲哀はなく、再び紅色の狂気に染め上げられている。
先の微かに覗けた哀しみは、他者が妄想の中で抱いた、儚い幻想に過ぎなかったのだろうか。
「クスクス……お兄ちゃん、どうしたの? ほら、もっと遊ぼうよぉ……」
そう言って笑いながら、自分の唇の周りに付着した血を、舌なめずりで拭い取る。
「鏡架、お前……っ!?」
何かを言おうとして、口を開いたマヤだが、唐突にその身に起きた異変に、言葉が途切れる。

《……代われ》

心の中に直接響く、厳かな威厳を漂わせた声。
事実、その声は鏡架には聞こえておらず、そのことが耳を媒介とした外部からの音声ではないことを証明していた。
刹那、脳裏をよぎる、蒼き月の夜の記憶。
襲い来る三つ目の狼たちと、こちらの身の丈の倍以上はある大熊。
それらの頭を素手で吹き飛ばし、分厚い胸板を貫いた時の己ならざる己と、自己の中より沸き上がる声なき声とが重なり合う。

《お前は……あの時の……?》

《問答は不要だ。死にたくなければ、我に貴様の体を託せ》

《体を託せって言われても……》

《全身の力を抜け。何も考えるな。そうすれば、自然と意識は混濁していく》

《……》

言われた通り、強張っていた全身の筋肉を弛緩させ、思考という行為を停止させる。
すると、直ぐに意識は虚ろにまどろみ、深く沈み込んでいった。
それに合わせて、自分の五体がその支配下を徐々に離れていく、不気味な感覚を覚える。
「……それで良い」
彼の口から漏れる声。
それは、既に彼本来のものではなかった。
「えっ……!?」

――ドンッ。

肉を打つ鈍い殴打の音。
その正拳が腹部を打つ前に、とっさに背面方向へと飛び退いて、衝撃を軽くすることはできたが、その分大きく吹き飛ばされる。
空中で後方へと身をひねり、彼女は軽やかに着地した。
「……」
無言のまま、静かにその場に立ち上がる、マヤの姿を借りた何者か。
「貴様か……我に仇為す者は」
先鋭たる眼差しに加え、荘厳な威圧感を孕む低い声。
並大抵の輩なら、怯え逃げ出すか竦み上がるか。
いずれにせよ、真っ向に敵対することなど到底出来はしまい。
「クスクス……お兄ちゃんってば、怖いなぁ……クスクス……」
しかし、彼女は笑っていた。
残酷な微笑に口を歪めたままで、怯える様子など微塵と見せずに。
対峙する二人が浮かべる表情は両極端。
そんな彼らを照らす紅色の月は、まるで彼らを自らと同じ色に染め上げんとせしめるかのように、ただただ冷たく闇空をたゆたっていた。

月夜 2010年07月09日 (金) 14時52分(106)
題名:新世界8(第六章)

蒼竜「……なんだ、ここは?」

――……。

蒼竜「誰もいないのか……?」

――……。

蒼竜「ちっ……ん?」

???「……」

蒼竜「何だ、いるんじゃねぇか」

???「……」

蒼竜「なぁ、ここはどこなんだ? お前、俺があいつとやり合ってる時に話し掛けてきた奴か?」

???「……」

蒼竜「……やれやれ、ホント、つくづく俺の周りには口数の少ない奴らしか集まらないんだな」

???《……ごめんなさい》

蒼竜「……あれ? 今のは……」

???《心の中から話し掛けてるの……》

蒼竜「へぇ〜、テレパシーってやつか。こりゃ便利だな。誰とでも話せるのか?」

???《……ううん。貴女とだけ……》

蒼竜「俺とだけ? そりゃまたどうして?」

???《僕が……貴女の神憑だから……》

蒼竜「神憑……あぁ、あいつらが言ってたあれか。確か、自分の中にいるもう一人の人格ってやつだろ」

???《そう》

蒼竜「じゃあ、お前にも何かしら特別な力ってのがあるのか?」

???《うん》

蒼竜「どんな力なんだ?」

???《上手く言えないんだけど……攻撃を弾く……みたいなの》

蒼竜「ふ〜ん。結構防御型の能力みたいだな」

???《……》

蒼竜「そういえば、お前何て名前なんだ?」

???《……モト》

蒼竜「モト……変わった名だな。神話関連でそんな名前、あったっけなぁ……」

モト《そんなに……有名じゃないから……》

蒼竜「ふ〜ん……あぁ、そうそう、俺は蒼竜だ。とりあえずよろしくな」

モト《……》

蒼竜「……? どうした?」

モト《……迷惑じゃ……ないの?》

蒼竜「迷惑?」

モト《僕みたいな……得体の知れない奴に、勝手に体の中に入り込まれて……嫌じゃない……?》

蒼竜「まぁ、違和感はあるよ。でも、お前は悪い奴じゃなさそうだからな。お前だって、悪意があって俺の中に潜り込んできたわけじゃないんだろ? なら、別に構わないさ」

モト《……》

蒼竜「ってわけだから、これからよろしくな」

モト《……うん》

月夜 2010年07月09日 (金) 14時53分(107)
題名:新世界8(第七章)

「あはははっ! それっ!」

――キンッ!

「ふん……!」

――ギィン!

……それにしても頑張るなぁ、お兄ちゃん。
両目潰されて、視界ゼロなはずなのに、何であたしの攻撃をこんなに避けれるんだろう?
「ねぇねぇ、お兄ちゃん。目ぇ見えてないのに、どうしてあたしの攻撃をかわせるの?」
「……」
「そんなに怖い顔しないでよぉ。別に教えてくれたって良いじゃない」
「……貴様と交わす言葉はない」
「ケチー。それじゃ、そっちのお兄ちゃんの名前教えてよ」
「……」
「それくらい良いじゃん、減るもんじゃなしー!」
「……バゼルだ」
「ふ〜ん……破壊の神か。ってことは、あたしと同じような類だね。あ、あたしはアナンタって言うんだ」
「……人殺しの狂い神か。他者を殺めることに快感を覚えるなど、神の風上にも置けぬ劣悪さだな」
「劣悪とは酷いなぁ……人殺しなんて楽しいこと、淡々とこなせるわけないじゃない」
「……もう喋るな。今すぐ冥府へ送り返してやろう」
「頑固だなぁ。でも……」
なんだろう……この気持ち。
さっきまでのお兄ちゃんなら、ペットとして飼ってあげてもいいかなって思えたけど、今のお兄ちゃんを見てると、何だか無性に……、
「……それはこっちの台詞だよ?」
……殺したくなっちゃった!
距離を詰めると同時に、思い切り爪を降り下ろす。

――ガィン!

ありゃりゃ、また受け止められちゃった。
あたしの爪、指から先は見えないはずなのに……って、それを言ったら、今のお兄ちゃんには何にも見えてないんだっけ。
そんなことより、あたしの爪をどうやって受け止めてるのかってのも気になるなぁ。
これ、鉄くらいなら簡単に切断できるくらい鋭いから、生身の腕で弾くことなんて無理なのに。
「哈っ……!」
「おっと」

――バキッ!

「ふぅ、危ない危ない」
「ちっ……」
今のはホントに危なかった……って、うわ……あんな太い木の幹に風穴空けるだなんて、すごい力だなぁ。
もしまともに当たったら、きっとぐちゃぐちゃにひしゃげて死んじゃうな。
辺り一面に脳漿内臓血反吐をぶちまけて、原型なんてまるで留めていない無惨な肉塊になって転がっちゃうんだろう。
そんなあたしを、皆はどんな目で見るんだろう?
怖がるのかな?
気持ち悪さに吐き気をもよおすのかな?
それとも、逆に興奮するような人もいるのかな?
そして最後には、血と腐敗臭に誘われたハイエナとかカラスが、あたしの肉体に群がって、その腐肉を食む……うふふ、そんな最期もいいかもね。
そんな醜い死に様を晒すあたしの姿を想像したら……やばっ、すっごいぞくぞくする。
でも、それはやっぱり最後に取っておかないとね。
第一、まだこっちに来て誰も殺してないもん。
さすがに、いくらなんでも幕引きには早すぎる。
「……何を呆けている?」
「別に、呆けてたわけじゃないよ?」

――ブン!

腰の捻りを加えて放たれる裏拳を、上体を曲げて避け、

――シャッ!

次いで放たれる正拳を掌で受け止める。

――ゴキャッ!

「……え?」
そんな折、正面から聞こえてきた、何かの砕ける鈍い破砕音。
何の音だろう?
首を傾げながら、ふと自分の手へと視線を落とす。
そこにあったのは、醜くひしゃげた何かだった。
多分、元々は手だったのだろう。
だけど、今となっては見る影もなし。
掌の中央部を原点に、砕け散った骨が皮膚を破り、四方へと突き出ている。
手首の関節は外れ、そこから先はもうまるで動かない。
指は、親指を除いて無事だった。
親指は、正拳を受け止めた時にかすりでもしたのか、根元から完全に吹き飛ばされ、血を噴き出す潰れた断面だけが、それがつい先ほどまで確かに存在していたことを証明していた。
これ……あたしの手?
浮かび上がる疑問。
だが、遅れてやってきた激痛により、その疑問は解消されることとなった。
「……っ!? ぎゃああああぁぁぁっ!!」
い、痛いっ!?
なにこれ、すごく痛いっ!!
「痛い……痛いよ……!」
痛い……痛い痛い痛い……。
「痛いよ……痛いよぉ……くふっ、ふっ、ふふふふ……」
あぁ、痛い。
ものすっごく痛い。
イタイイタイイタイ。
イタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイ。
「あはっ、あははははは!! 痛い! これ、とっても痛いよぉ!! ねぇ、お兄ちゃぁん!?」
イタイイタイイタイイタイイタイキモチイイキモチイイキモチイイキモチイイキモチイイ。
「もっと殴って! もっと砕いて! もっと潰して! もっとあたしをぐちゃぐちゃにして! あたしも、お兄ちゃんをぐちゃぐちゃにしたい! お兄ちゃんのハラワタを引きずり出して、血まみれのお兄ちゃんの目の前で、その血肉に食らい付きたい! お兄ちゃんにハラワタを引きずり出されて、血まみれのあたしの目の前で、その血肉に食らい付いて欲しい! ねぇ、あたしと一緒に食べっこしよ!? 今夜は、お兄ちゃんと二人っきりで、最初で最後の臓物パーティーだね! あっははははははは!!」
「……下衆が」
「きゃはっ! そんなつれないこと言わないでよ! ねぇ、どうする? どうやって食べたい? 内容物ごといっちゃう? それとも、裏返して中身と臓器別々に食べる? あたしは、ワイルドに丸ごとをオススメするよ!? あっははははははははははははははははははははははは!!!」
「うるさい……!」
あはっ、きて……きてっ、お兄ちゃん!
その逞しい腕で、あたしをイカせてぇっ!!

――ザッ。

『っ!?』
突然現れた誰かの足音に、あたしとお兄ちゃんの動きが同時に止まる。
そちらへと視線を向けてみると、紅月の光を背に佇む、一人の女の人の姿があった。
「……」
「……貴様は……」
「……あんた、誰?」
「……」
「何よ、無視? あんた誰って聞いてるんだけど?」
高揚感が冷めるに従って、冷たい怒りと殺意が胸の奥底よりふつふつと沸き上がる。
「……」
何でずっとだんまりなのよ。
さっきまでのお楽しみな時間に水を差されて、あたし、今最っ高にイライラしてるんだから。
「……」
ああっ、もう我慢できない!
鬱陶しいなぁ……あいつ。
「……ふ〜ん。まぁ、あたしたちのお楽しみの邪魔するって言うんなら、別に構わないけど。その代わり……」
邪魔だから、殺しちゃおっと。
「死んでもらうね」
飛びかかり、無傷な腕でその首を刈り取りにいく……刹那。

――ドッ。

鈍い音を伴って、延髄に強い痺れを感じた。

――トサッ。

次いで、体全体を打ち付ける衝撃。
いつの間にか、目の前は真っ暗だった。
あたし、別に目を閉じてなんかいないのに……あれ?
目だけじゃなくて、耳も聞こえない。
それどころか、体も動かない。
それに……なんだか、ちょっと眠たい……。
なんでだろ……意識が……だんだん……遠……く……。

月夜 2010年07月09日 (金) 14時55分(108)
題名:新世界8(第八章)

――トサッ。

アナンタ「……」

バゼル「……貴様……何者だ?」

モト「……」

マヤ《蒼竜……じゃ、ないのか……?》

バゼル《……もう目覚めていたとは、順応性の高い奴だ》

マヤ《いや、気付いたのはついさっきだよ。それより、一体どうなってるんだ? 鏡架はどうした? 何で、蒼竜がこんなところにいるんだ?》

バゼル《一度に複数の問いをかけるな。鏡架は……いや、あの人殺しの狂い神なら、そこで眠っている》

マヤ《人殺しの……狂い神?》

バゼル《鏡架という女の中に宿る神憑だ。正式な名をアナンタという》

マヤ《人殺しの神、アナンタ……》

バゼル《そんなことはどうでもいい。それより、今真に注意を傾けるべきは、奴だ》

モト「……」

マヤ《だが、やっぱりどう見たってあいつ、間違いなく蒼竜だぞ。多分、あいつもお前みたく、あいつの中にいる神憑が表面化してるんじゃないか?》

バゼル《あぁ、恐らくはそうだろう。そして、奴は敵だ》

マヤ《なっ、て、敵って……なんでそんなこと……》

バゼル《我にはわかる。我が本能が囁いているのだ。奴を殺せ、とな》

マヤ《何ふざけたこと言ってんだ! 第一、なんであいつが敵なんだよ! 敵対心なんて欠片も見せてないじゃないか》

バゼル《だが、これは不変の事実。変えられはせん》

マヤ《何の証拠があって、そんなことを言うんだ!?》

バゼル《蒼月を月神とする我が、そう感じた。これこそが、奴らの月神が紅月であり、我とは相容れない存在である何よりの証拠》

マヤ《月神だの相容れないだの、訳わかんねぇこと言ってんじゃねぇ! 鏡架も蒼竜も、俺たちの仲間だ! お前なんかに敵呼ばわりされる義理はねぇ!》

バゼル《……》

モト「……」

バゼル「貴様は……その女の神憑だな?」

モト「……」

――コクッ。

マヤ《頷いてるぞ》

バゼル「貴様の月神は、この月だな?」

モト「……」

――コクッ。

マヤ《そうだってさ》

バゼル「……我を消しにきたのか?」

モト「……」

――フルフル。

マヤ《それは違うってさ》

バゼル「違う? では、何故ここに……」

モト「……」

――ダッ!

バゼル「なっ、お、おい!」

モト「……」

――ピタッ。

バゼル「……?」

モト「……」

――ペコッ。

バゼル「……」

モト「……」

――ダッ!

マヤ《……あの態度、どう見たって敵じゃないだろ?》

バゼル《……今は、そうかもしれんな》

――ザッザッ。

マヤ《……今は? それってどういう……あ、おい!》

――ザッ。

バゼル《……》

マヤ《……おい、お前。鏡架に何をする気だ》

バゼル《こいつは危険だ。生かしておくわけにはいかん》

マヤ《なっ!? お前、そんなふざけたことを!》

バゼル《事実だ。貴様も、この女に目を潰されたのだぞ?》

マヤ《それは……だけど、鏡架自身はそんな奴じゃない! 彼女自身は暖かく心優しい人だ!》

バゼル《どうだか……彼女自身の深層心理に抱えていた狂気が、アナンタによって覚醒させられたという可能性も、否定はできん》

マヤ《そんなことは断じてない! 鏡架のことを何も知らないお前が、知った風な口を叩くな!》

バゼル《ならば聞くが、お前こそこの女の何を知っているのだ?》

マヤ《何をって……》

バゼル《彼女の生まれは? 育ちは? 家族構成は? 学歴は? 趣味は? 貴様こそ、こいつの何を知っているんだ?》

マヤ《そ、それは……》

バゼル《……》

マヤ《……》

バゼル《……答えられぬか。当然だな。自分の発言には、それ相応の責任を持つことだ》

マヤ《くっ……》

バゼル《……》

マヤ《……》

――バッ。

バゼル《……ふん》

マヤ《えっ……?》

バゼル《かような場所に、女子を放置していく訳にもいかんだろう》

マヤ《お前……》

バゼル《……案内しろ。この体では、目が見えん》

マヤ《……すまないな。これは借りにしとくぜ》

バゼル《ふん。同じ体を共有する者同士で、貸しも借りもなかろう》

マヤ《……確かに、それもそうだな》

バゼル《……》

マヤ《……ありがとう》

バゼル《……あぁ》

月夜 2010年07月09日 (金) 14時55分(109)
題名:新世界8(第九章)

ティラ「……」

マヤ「……」

月夜《……どう? 治りそう?》

ティラ《……静かに》

月夜《あっ、ご、ごめんなさい……》

ティラ「……」

マヤ「……」

ティラ「……はい、これで大丈夫なはずですよ。目を開けてみて下さい」

マヤ「ん……おぉーっ」

白月「どうです? 見えますか?」

マヤ「もうバッチリ。以前より目が良くなった気がするくらいだ」

月夜《良かったぁ……ありがとう、ティラ!》

ティラ《ふふっ、どういたしまして》

艦隊「ほーっ、すごいもんだなぁ、ティラ」

ティラ「いえ、これくらいは大したことじゃありませんよ」

朱蒼「十分すごいわよ。失った眼球を視神経ごと元あったまま再生するだなんて、現代医学じゃ天地がひっくり返っても不可能だわ」

メカ「現代云々の問題じゃなく、過去未来に渡っても到底不可能だろうな」

ギスラウ「やっぱ、流石は月夜のアレだな」

マヤ「アレ? アレってなんだ?」

ギスラウ「アレはアレだよ。その……えぇっと、ほら、何か言ってたじゃねぇか。鏡餅とかなんとか」

春紫苑「……神憑のことか?」

ギスラウ「あぁ、それそれ。いや〜、やっぱ俺様の月夜が選んだ神憑だけあるね、あんた」

ティラ「えっと……そ、そうかしら……?」

ギスラウ「ホント、物腰柔らかで優しく清楚。月夜の元気な魅力とは正反対の魅力に満ちてて、良い女だぜ。先に月夜に出会ってなければ、あんたが俺様の嫁候補になってたかもな」

ティラ「えと、その……ど、どうも……」

ギスラウ「……だが許せ、ティラ姉さん! 俺の嫁は月夜一人なんだ! 世間的に一夫多妻制が認められるまで待ってくれるっていうんなら、真っ先にあんたを第二妻にしてやるぜ?」

ティラ「あの……」

朱蒼「……放っておきなさい。下手に関わると、貴女までバカになっちゃうわよ」

白月「そうそう。バカの相手はバカしか務まらないのよ。そういう意味じゃ、バカ同士で良い組み合わせなのかもしれないけど」

月夜《二人の言う通りだよ。ティラは賢いんだから、ギッちゃんの相手なんかしなくてもいいよ》

ティラ《……》

月夜《……ん? どったの?》

ティラ《いえ、何でも……》

ティラ《……不憫な》

月夜《……不憫?》

ティラ《いえ、独り言ですから、気にしないで下さい》

月夜《……?》

春「……そんなことよりも、だ」

鏡架「……」

春「今すぐにでも、話し合わなければならないことがあるだろう?」

朱蒼「……」

グリッジ「そうじゃな」

蒼焔「……だな」

月夜《鏡架さん……》

白月「なんでこんなことに……」

春紫苑「そうだな。先ず最初に、状況説明からしてもらおうか」

マヤ「言ったろ? 夜、この穴ぐらから出ていく鏡架の姿が見えて、後を追ったらあのザマさ」

艦隊「他に何か気付いたことはないのか? ほら、いつもと様子が違ったとか」

マヤ「様子が違うどころじゃなく、完全に別者だったよ。……あぁ、そういえば、瞳の色がいつもとはあからさまに違ったな」

朱蒼「っ……!」

メカ「瞳の色?」

マヤ「あぁ。あの日の月と同じ、鮮やかな真紅だったよ。対峙するなり、いきなり両目を抉り取られて試合終了。後は俺の中のバゼルとかいう神憑にバトンタッチさ」

朱蒼「……」

グリッジ「話に聞いた限りじゃと、神憑とかいう何やら不思議な特殊能力なんぞ関係なく、思考回路そのものが危険極まりないのう、そやつは」

白月「そうですね。狂ってるという言葉がこれほどまでに似合うのは、そうそうありませんよ」

春「結論としてどうするかだが……」

春紫苑「僕は、今この場で何かしら手を講じておくべきだと考えるな」

蒼焔「何かしらと言うと?」

春紫苑「両手を切り落とす」

艦隊「えっ……!?」

朱蒼「っ……!」

月夜《なっ……! そ、そんなの酷いよ!》

ティラ《……》

月夜《ティラ! 貴女から何か言ってよ!》

ティラ《……》

月夜《ねぇ、ティラ! なんで黙ってるの!? ティラは、鏡架さんの両手が切り落とされても構わないの!? ねぇ! ねぇってばっ!!》

ティラ《私は……》

――ダンッ!

月夜《っ!?》

朱蒼「何を言ってるの、貴方!」

艦隊「そうだぜ!」

春紫苑「……何か?」

朱蒼「両手を切り落とすだなんて、いくらなんでも酷いわ! そんなことされたら、彼女は……」

艦隊「両手なしじゃ、日常生活すらままならないじゃないか! 況してやこんな危険な世界でそんなことになったら、もう死んでるのとほとんど変わらないぜ!?」

春紫苑「……なら、このまま放置しておくのか? いつまたアナンタが目覚めて、狂気の赴くままに誰かが殺されるとも限らないのに?」

艦隊「う……」

朱蒼「そ、それは……」

春紫苑「彼女の知らない内に、その中にいる得体の知れない狂人が、もしこの中の誰かを殺めてしまったら? 彼女が意識的に殺したのではないとしても、その誰かを殺めたのは、間違いなく彼女の手だ。そして目覚めた彼女に、お前は何と言う? 死んでしまった誰かに、何と謝る?」

艦隊「……」

朱蒼「……」

春紫苑「……冷静になれ。誰もかれもを守るなんて綺麗事は、ここでは通用しない」

朱蒼「でも……」

艦隊「だからって……」

ティラ「……その必要はありませんよ」

艦隊「えっ……?」

朱蒼「え……」

月夜《ティラ……?》

春紫苑「必要がない、とは?」

ティラ「手を切り落としたところで、何も変わりませんよ。彼女の能力なら、手首から先を失っても、十分過ぎる力を発揮できます。どうしてもその能力を封印したいと言うなら、腕の付け根から叩き落とさないとダメです」

月夜《なっ……!?》

朱蒼「あ、貴女、一体何を……」

ティラ「……ですが、そんなことをしてしまっては、彼女は間違いなく死にます。それでは、今ここで殺してしまうのともはや同義……いえ、いっそこの場で殺してしまった方が、まだ慈悲深いくらいかもしれません」

春紫苑「なら、どうすれば良いと?」

ティラ「何もしません。何もしないで、彼女には次目覚めた時に、ありのままの事実を伝えます。その上で、彼女自身に判断を仰ぎます」

春紫苑「……それで?」

ティラ「事実を知った上で、彼女が生きることを選び、その生の過程で再度狂気に支配されるようなことがあれば、その時は私が責任を持って彼女の命を絶ちましょう」

月夜《ティラ……》

春紫苑「……」

春「ダメだな」

朱蒼「えっ!?」

艦隊「な、なんでだよ!?」

グリッジ「確かに、お前さんが不服とするところが、ワシには分からんな。ワシが言うのもなんじゃが、彼女の悲壮な決意は切ないほど強い。そう易々と揺るぎそうにはないと思うんじゃがのう」

春「決意云々の問題じゃない。ティラ。お前、アナンタと真っ向から殺し合って、勝てる気でいるのか?」

ティラ「……」

白月「それは、どういう意味ですか?」

春「言葉通りさ。こいつでは、アナンタに勝てる見込みは極めて薄い。途中に乱入があったとは言え、今回はバゼルが相手だったからこそ、両者共に生き延びることができているんだ。同じことが、果たしてお前にできるのか?」

ティラ「それは……」

蒼焔「アナンタという奴は、それほどまでに強いのか?」

春「あぁ。単純な戦闘力という点のみで見れば、神憑の中でも間違いなくトップクラスだ」

マヤ《ふ〜ん……ってことは、そんなバケモノじみた奴を、視界ゼロで相手していたお前は、とんでもないバケモノってわけか》

バゼル《我をバケモノ扱いとは、随分と無礼な輩だな》

マヤ《実際そうだろ? お前、本当に一体何者なんだよ》

バゼル《我が名は破壊神バゼル。それ以外の何者でもない。……話は終わりだ》

マヤ《……ったく。どこまでも無愛想だねぇ》

春「そういう訳だから、お前の案を承諾することはできない。案を出す前に、己の力量をわきまえることだ」

ティラ「……」

春「わかったか? それじゃあ……」

マヤ「いや、別にそれで良いんじゃないか?」

ティラ「……えっ?」

マヤ「ティラの案に、俺は一票入れさせてもらうぜ。責任は俺も一緒に持とう」

艦隊「それって、つまり……」

マヤ「またアナンタが目覚めたとしても、俺が必ず止めてみせよう」

ティラ「マヤさん……」

春紫苑「お前……」

バゼル《……》

春「……」

マヤ「それでもまだ、お前は彼女を殺せと言うのか?」

春「……」

艦隊「……よし! そういうことなら、俺たちもティラの案に乗っからせてもらうぜ!」

ルア《あ!? てめぇ、勝手に何言ってんだ!?》

艦隊《どうかしたか?》

ルア《どうもこうもねぇよ! お前、アナンタがどれぐらいイカれた奴か、知ってて言ってんのか!?》

艦隊《もちろん知らん》

ルア《はぁ……あのなぁ、言っとくが、あいつのイカれっぷりは、お前の想像を遥かに越えてるぜ? その上強さも尋常じゃねぇんだぞ?》

艦隊《んなこたぁ関係ないな。俺は、ただ鏡架を死なせたくないが為に言ってるだけだ。それともお前、そのアナンタって奴にビビってるのか?》

ルア《なっ……んな訳ねぇだろうが!》

艦隊《じゃ、決まりだな。便りにしてるぜ?》

ルア《ちっ……》

月夜 2010年07月09日 (金) 14時56分(110)
題名:新世界8(第十章)

マヤ「なら、後は……」

春紫苑「……ん?」

一同『……』

春紫苑「……なっ、ぼ、僕は、そんなこと……」

ユスティス《良いじゃねぇか。お前も協力してやれよ》

春紫苑《ふざけるな! 話に聞いていただけでも、まともじゃないぞ、そのアナンタって奴は!》

ユスティス《そうは言うがな。この状況下でお前、まだ彼女の両腕を肩口から切り落とそうってのか?》

春紫苑《それは……僕は……》

ユスティス《そうナーバスになるなって。いざというときは、俺がなんとかしてやるから》

春紫苑《……》

艦隊「ほら、お前も一票入れてやれよ」

春紫苑「……仕方がないな」

マヤ「ってわけで、もしもの時は神憑覚醒者四人がかりで取り押さえることになったが、それでもまだ不服か?」

春「……はぁ。どこまでも命知らずな連中だな。分かったよ。そうまで言うなら、お前たちに任せよう」

ティラ「春さん……ありがとうございます」

春「礼なら、そこの命知らずなバカ共に言ってやれ」

マヤ「ははっ、命知らずなバカとは、俺も酷い言われようだな」

バゼル《だが真実だ。みすみすあんな危険極まりない奴を、何の対策も講じることなくのうのうと生かすなど、正気の沙汰とは思えん》

マヤ《そう言うなよ。お前、強いんだろ?》

バゼル《我は己が力を過信したりはせぬ。我に仇なす可能性のがあるものは、芽の内に摘むのが最善だ》

マヤ《まぁまぁ、そう言わずに。少しくらい、人間のワガママを聞いてやってくれよ》

バゼル《……ふん》

ティラ「マヤさん、皆さん、ありがとうございます」

マヤ「そんな礼を言われる程のことじゃないさ。鏡架の為でもあるしな」

艦隊「そうそう。一人は皆の為に、皆は一人の為にって言うだろ」

白月「珍しく良いこと言ったわね」

朱蒼「明日は隕石でも降ってくるのかしら?」

艦隊「……」

メカ「相変わらず酷い扱いだな、お前」

艦隊「わっはっはっは……もう慣れたさ……」

春紫苑「しかしお前、良くあそこまで言う気になったな」

蒼焔「あぁ。今は治ったとは言え、両の眼球抉られた相手を、ああも庇えるとは驚きだ」

マヤ「実際にそれをやったのは鏡架本人じゃないだろ。それに、彼女はそんな残酷な人間じゃないと知ってるしな」

朱蒼「……そうよ。本当の彼女は誰よりも心優しい人だわ。皆も知っているように」

メカ「……あぁ、そうだな」

月夜《……ねぇ、ティラ》

ティラ《ん? どうしたのですか?》

月夜《あのさ、ちょっと代わってくんないかな? なんかずっとこうしてると、体がムズムズする感じがして落ち着かないんだ》

ティラ《そうですか……ん〜、困りましたね……》

月夜《困るって、何で? まだ私に体を返したくないってこと?》

ティラ《いえ、別にそういうわけじゃないんですけど……まぁ、良いでしょう。いずれは慣れてもらわなければならないことですしね》

月夜《? どういうこと?》

ティラ《代わってみればわかりますよ。それじゃ、交代しますね》

月夜「……え?」

――フラッ。

月夜「え、えっ……?」

――パタッ。

月夜「あ……れ……?」

マヤ「ティラ!?」

白月「だ、大丈夫ですか!?」

月夜「あ、いや、ティラじゃなくて、私なんだけど……」

グリッジ「月夜ちゃんの方か。いきなり倒れるだなんて、どうしたんじゃ?」

月夜「いや……何か、体が自由に動かなくて……」

ティラ《それが、私の力の反動ですよ》

月夜《力の……反動……?》

ティラ《私はさっき、鏡架さんの砕けた手と、マヤさんの抉られた両目の治療をしたでしょう?》

月夜《うん》

ティラ《私の力というのは、自分以外の誰かに力を与えるという能力なんです。例えば、木に力を与えて急激に成長させたり、石に力を与えて望む形に変えたりです》

月夜《ふんふん》

ティラ《鏡架さんやマヤさんを治した力も、根本的にはそれと同じ。私が力を送り、その力を以て傷を治癒する……私がやっていることは、言うなれば自己再生能力の促進です》

月夜《ほうほう》

ティラ《しかし今回のように、ただの自然治癒では完全に治りきらないような重傷の治療となると、使う力の量が尋常ではないため、力を送っている側である貴女にも、影響が及んでしまうというわけです》

月夜《ふむふむ》

ティラ《……月夜。貴女、本当に理解してますか?》

月夜《分かってるよー! 要するに、力を使い過ぎると疲れちゃうってことでしょ?》

ティラ《……まぁ、簡潔にまとめるなら、そういうことです》

月夜《あれ? でも、それだったら、ティラも私と同じくらいしんどかったんじゃないの? そんな風には見えなかったけど……》

ティラ《私だって、多少の疲労は感じますよ。ただ、貴女よりその疲労感に慣れている……それだけのことです。月夜も、しばらくすれば慣れますよ》

月夜《そっか。分かった》

朱蒼「月夜ちゃん、どこか具合でも悪いの? 診てあげましょうか?」

月夜「あ、ううん、大丈夫大丈夫。疲れてるだけってティラが言ってたから」

白月「疲れてるだけ? 貴女、何か疲れるようなことしてたかしら?」

月夜「鏡架さんとマヤさんを治療した際の疲労だってさ。実際体がすごくダルい以外、別にこれと言って異常はないし」

艦隊「ふ〜ん。そういうことなら、別に大したことはなさそうだな」

マヤ「ほら、起きれるか? 手なら貸してやるぞ?」

月夜「あ、ありが……」

ギスラウ「ちょいと待ったー!」

――ドンッ。

マヤ「痛っ! おい、何するんだよ」

ギスラウ「そいつぁこっちの台詞だぜ! 俺様の許可なく、マイスウィートハニーに触れてんじゃねぇぜ?」

白月「うわ……」

艦隊「良くそんなことペラペラと言えるもんだなぁ……」

グリッジ「相変わらず積極的じゃのう」

春「ここまで来ると、見ていて痛々しいけどな」

ギスラウ「さぁ、マイハニー。手ならこのユアスパイシーダーリンが、いくらでも貸してやるぜ?」

月夜「え、えっと……」

艦隊「……スパイシーダーリンってどういうことだ?」

メカ「スウィートなハニーに対して、スパイシーなダーリンって意味じゃないか?」

春紫苑「どちらかというと、あいつはスパイシーなチキンになる運命だろ」

白月「どう調理しても不味そうですけどね」

月夜《……私以上に扱いヒドイわね、ギッちゃん》

ティラ《まぁ……あんなんだし、仕方ないんじゃないですか?》

ギスラウ「さぁ、遠慮はいらないぜハニー」

月夜「そ、そう? そりゃどうも……って、どこ持てばいいの?」

ギスラウ「どこって……足だろ、どう考えても」

月夜「……やっぱいいよ。私のせいでギッちゃんの足もげたら嫌だし」

ギスラウ「はっはっは。月夜程度の重さ、支えられない俺様じゃないぜ?」

月夜「ん〜……それじゃ……」

――ガシッ。

ギスラウ「よし。ちゃんと掴まってろよ!」

――バサバサッ。

艦隊「……俺、無理に賭けるわ」

マヤ「んじゃ、俺も」

グリッジ「ワシもじゃ」

朱蒼「奇遇ね、私もよ」

蒼焔「……もはや、賭けとして成立してないな」

――バサバサッ!

ギスラウ「ぬ、ぬぬうっ……!!」

――バサバサバサッ!

月夜「……あ、あの、ギッちゃん。無理しなくていいから……」

ギスラウ「何が無理なもんかい! 愛とは! 耐え! 忍び! そして乗り越えるものぉっ!!!」

艦隊「なんとも低い壁だな、おい」

マヤ「まぁ、あいつにはそれさえ乗り越えられそうにないがな」

――チッ、チュチッ!

ギスラウ「あぁ!? てめぇ、もう一辺言ってみやがれ!」

――チュッ! チヂッ!

ギスラウ「雀如きが、調子に乗ってんじゃねぇぞゴラァ!」

月夜「……あれ? ギッちゃん、チコちゃんの言ってることわかるの?」

ギスラウ「え……あ、いや、まぁ……」

――チュチッ! チチュチッ!
(なんとも貧弱な翼竜だな。女一人の上体を起こしてやることもできないとか、非常食以外で役に立つ道ないんじゃね?)

ギスラウ「っんだとオラァ! 今この場で丸焼きにして……」

――ガシッ!

ギスラウ「へ……?」

月夜「……」

ギスラウ「え、ちょ……つ、月夜……?」

ティラ「貴方、私のチコちゃんに手を出したら……どうなるか、分かってるんでしょうね……?」

ギスラウ「あ、テ、ティラ姉さんの方かい……は、ははは、そ、そんなことするわけないだろ? ジョークさ、ジョーク! イッツァカインドオブジョーク、わっはっはっは!」

ティラ「ふ〜ん……なら、良いんですけどね……」

ギスラウ「えっと……だから、その……は、離してくれませんかね……?」

ティラ「……良いでしょう」

――パッ。

ティラ「……焼き鳥にならないよう、気を付けなさい」

ギスラウ「イ、イエス、マム!」

マヤ「……案外怖いんだな、ティラって」

白月「さっきの目……本気でしたね」

春「……あいつ、あんな目もできたんだな」

蒼焔「……」

グリッジ「……どうしたんじゃ?」

蒼焔「いや……何でも……」

グリッジ「そうか……」

ギスラウ「いやはや、でもやっぱり強気な姉ちゃんってのもいいね。何か、これはこれでアリな気も……」

マヤ「遂にMに目覚めたか」

白月「貴方と同じね」

艦隊「俺のどこが……」

朱蒼「どこからどう見てもそうじゃない?」

春紫苑「そうだな」

メカ「あぁ、そうだな」

艦隊「お、お前らなぁ……」

蒼焔「……」

グリッジ「……」

月夜 2010年07月09日 (金) 14時57分(111)
題名:新世界8(第十一章)

紗女「……ここは……?」

どこなんだろう?
真っ暗で何も見えないわ。
……って言うか、自分が今どうなってるのかも分からない。
……あぁ、そうか。
これ、私の見てる夢なんだ。
そうじゃないと、自分で自分が把握できないなんてこと、あるはずないもの。
にしても、なんでまたこんな夢を……

蒼空「……紗女」

紗女「? あら、坊っちゃんじゃないですか」

って言っても、これは私の夢の中の坊っちゃんなんだけど。

紗女「どうかしたんですか?」

蒼空「紗女……前々から言いたかったんだ……」

紗女「何です?」

坊っちゃんが、前々から私に言いたかったこと?
一体何だろう?

蒼空「もう、俺の傍にいないでくれ」

紗女「……え?」

今……なんて……?

蒼空「俺の目の届くところから、今すぐ消えてくれ」

紗女「……」

……え?
これ、坊っちゃんが、私に向けて言ってる言葉なの?

蒼空「……」

紗女「……あ、あはは、も、もぉ〜。坊っちゃんったら、またまたご冗談を……」

蒼空「……気持ち悪いんだよ。人間じゃないくせに」

紗女「っ!?」

――人間じゃないくせに。

雨の降りしきる夜の街で、私は坊っちゃんに拾われた。
坊っちゃんは、瀕死の私を屋敷に迎え入れ、メイドとして仕えるよう指示してくれた。
私の正体が天使だということを知っても、坊っちゃんの態度は変わらなかった。
私は、そんな坊っちゃんの優しさに救われたからこそ、今こうして生きていられるんだ。

――にんげんじゃないくせに。

私は、勝手に思ってただけなんだろうか?
坊っちゃんは、私が人間かどうかなんて気にしていない、問題にしていないと、一人身勝手に勘違いしてただけなの?
人間である坊っちゃんにとって、私は得体の知れない化け物でしかないの?

――ニンゲンジャナイクセニ。

止めて!
それ以上言わないで!
何度も繰り返さないで!

蒼空「……それに、僕には彼女がいるんだ」

紗女「え……?」

彼女?
一体誰のこと……!?

夢奏「ふふっ、ご機嫌よう、紗女さん」

紗女「あ、貴女……」

夢奏「ごめんなさいね。蒼空は、私が居れば貴女なんていらないんですって。ね?」

蒼空「あぁ。夢奏さえ居てくれれば、それだけでいい。こんな人外なんて用済みだよ」

紗女「そ、そんな……」

蒼空「さ、行こうか、夢奏」

夢奏「えぇ、そうですわね」

紗女「ま、待っ……!?」

――キイィィィィン。

い、痛いっ!
頭が……割れそう……!

――キイィィィィン。

止めてっ!
誰か、この音を止めて!
誰か、この夢を止めて!
誰か、私をこの悪夢から救い出してっ!

――……っ……!

……あれ?
音が……止んだ?

――さ……おき……!

代わりに聞こえてくるこの声は……聞き慣れたこの声は……。
……あぁ、そうか。
やっぱり、夢だったんだね。
だって、今、私をここから救い出してくれてる声は……

月夜 2010年07月09日 (金) 14時57分(112)
題名:新世界8(第十二章)

紗女「う……くぅっ……! い、嫌……っ!」

蒼空「紗女! 紗女っ!」

紗女「うぅ……ん……」

蒼空「紗女、見えるか? 俺のこと、分かるか?」

紗女「……将来、ジャニーズに入れそうなこんなイケメン、誰かと思ったら、坊っちゃんじゃないですか」

蒼空「……その様子なら、大丈夫そうだな」

紗女「心配、してくださったんですか?」

蒼空「当たり前だろう。全く……」

紗女「……ありがとうございます、坊っちゃん」

蒼空「それより、あんなにうなされるだなんて、一体どんな夢を見てたんだ?」

紗女「……」

――ニンゲンジャナイクセニ。

蒼空「……紗女?」

紗女「ん……それが、あんまり良く覚えてないんですよね」

蒼空「はぁ? お前、あれだけうんうん唸るような悪夢見ておいて、良くもまぁ起きて早々に忘れられるもんだなぁ」

紗女「あはは、ほら、私ってあんまり細かいことは気にしない質じゃないですか。それに、悪夢なんていう根拠のないもの、きれいさっぱり忘れ去るのが一番ですよ」

蒼空「……相変わらずだな、お前って奴は」

夢奏「あら、おはようございます、お二方様」

蒼空「あ、夢奏。おはよう」

紗女「……おはようございます」

蒼空「ところで夢奏。姿が見えないとは思ってたけど、今までどこ行ってたんだ?」

夢奏「私、いつも早朝は外を散歩する習慣がありまして……今朝も早く目が覚めてしまったので、少し辺りを歩いていました」

蒼空「そうだったのか。でも、ここは未知の世界で、周囲は危険だらけなんだ。一人歩きは止めた方が良い」

夢奏「大丈夫ですよ。私、こう見えても身軽なんですから」

蒼空「身軽って言ったって、そんな和服姿じゃあ、全力疾走なんてできないだろ?」

夢奏「そりゃあ……まぁ、そうですけど……」

蒼空「だったらダメだ。今後、一人で勝手にどこかへ行かないように」

夢奏「……はい……」

蒼空「だから……その……ど、どうしても散歩したいのなら、俺が一緒について行くから……さ」

夢奏「……蒼空」

蒼空「そ、そういう訳だから、今後どこかに行きたい時は、ちゃんと俺に声をかけること!」

夢奏「……はい。ありがとう、蒼空」

蒼空「そ、そんな……礼を言われるほどのことじゃ……」

紗女「あらあら、まさかインドア派な坊っちゃんが、女の子と手を繋いで朝のお散歩をする日が来ようとは、夢にも思いませんでした」

蒼空「な、何だよそれ! 手を繋いでとか、変なこと言うな!」

紗女「あれ、違うんですか? あぁ、手を繋ぐ程度じゃ飽き足らず、もっと密着するが為に腕を組むってわけですか。朝からお熱いですね〜」

蒼空「なっ……て、適当なこと言うんじゃない!」

紗女「きゃー、坊っちゃん怖〜い」

夢奏「……クスッ」

紗女「……」

月夜 2010年07月09日 (金) 14時58分(113)
題名:新世界8(第十三章)

蒼竜「ん……ふあぁ……っと。良く寝た……あれ?」

――キョロキョロ。

蒼竜《……おかしいな。俺、こんなとこで寝てたっけか?》

蒼竜「……伽藍? おーい! 伽藍、どこだー!」

伽藍「……おはよう」

蒼竜「おぉ、そんなとこに居たのか。おはよう、伽藍」

伽藍「……」

蒼竜「……どうした?」

伽藍「……別に」

蒼竜「何だ。やけにご機嫌斜めだな」

伽藍「……」

蒼竜「話してくれないと分からないだろ? お前がそんなに怒るだなんて、珍しいじゃないか。一体何があったんだ?」

伽藍「……こんなとこにいた」

蒼竜「え?」

伽藍「……いつの間にかいなかった……傍に居てくれなかった……」

蒼竜「……あぁ、そういうことか」

蒼竜《傍に居てくれなかったから拗ねてるってわけか。相変わらず可愛い奴だな、こいつ》

伽藍「……」

蒼竜「あぁ、すまんすまん。俺が悪かったよ。謝るから、機嫌を直してくれないか?」

伽藍「……もう、しない?」

蒼竜「安心しろ。ちゃんと傍にいてやるから」

伽藍「……絶対?」

蒼竜「絶対だ」

伽藍「……約束?」

蒼竜「約束だ」

伽藍「じゃあ……許す……」

蒼竜「助かるよ。……にしても、俺はなんだってこんな場所で……あ」

伽藍「……?」

蒼竜「ちょっと待ってな」

蒼竜《モト。モト!》

モト《……》

蒼竜《モト、聞こえてないのか?》

モト《……何?》

蒼竜《聞こえてるんじゃねぇか。おい、お前もしかして、昨日の夜勝手に俺の体使ったか?》

モト《……》

蒼竜《……使ったんだな?》

モト《……ごめんなさい》

蒼竜《別に謝ることじゃねぇよ。使うのはお前の好きにすればいい。ただ、夜俺が寝ている間に使うなら、なるだけ元通りにするようにな》

モト《……はい》

蒼竜《よし。それじゃ、ちょっと俺の体を貸してやるから、伽藍に謝るんだ》

モト《……え?》

蒼竜《さっぎまでの会話、聞いてなかったのか? お前のせいで、伽藍が心細い思いをしたんだ。なら、謝るのが当然だろう?》

モト《え、えっ、そ、そんなの……ぼ、僕……》

蒼竜《ぶつくさ言わない! それじゃ、代わるぞ》

モト《あ、ちょっ……》

――ドン!

モト「……」

伽藍「……蒼竜……さん?」

モト「っ!?」

――ズサッ!

伽藍「……」

モト「……」

蒼竜《おい、何やってるんだよ》

モト《む、無理だよ……僕、僕……》

伽藍「あの……貴方……誰?」

モト「ぁ……ぅ……」

蒼竜《どうした? あっちから聞いてきてるんだ。自己紹介しないと》

モト《……僕……喋れない……》

蒼竜《喋れないって……何言ってんだよ。現に今、こうして俺と話せてるじゃねぇか》

モト《それは、口を使わずに直接頭の中で話してるから……僕、言葉が使えないから……》

蒼竜《……マジ?》

モト《……うん》

蒼竜《……すまない、そうとは知らず、酷いことをしたな……》

モト《……》

蒼竜《待ってろ、直ぐに代わって……》

伽藍「貴方……蒼竜さんの神憑……?」

モト「……」

――コクッ。

伽藍「……」

モト「……」

伽藍「……」

――スッ。

モト「……?」

伽藍「……私、伽藍……よろしく」

モト「……」

蒼竜《伽藍……》

伽藍「……」

モト「……」

伽藍「……握手……したくない?」

モト「……」

――フルフル。

伽藍「……」

モト「……」

――ギュッ。

伽藍「……よろしく」

モト「……」

――コクッ。

蒼竜《……意外に何とかなりそうだな》

月夜 2010年07月09日 (金) 14時59分(114)
題名:新世界8(第十四章)

「お待たせしました」

「別に構わんよ。そんなことより、経過の方はどうなんだね?」

「まだ覚醒はしていませんが、周りの人間は順調に目覚め始めています。S.I.が覚醒するのもそう遠くはないでしょう」

「……つまり、進展はなしと、そういうことだな」

「……はい。ですが……」

「無為な時間を過ごした。今日のところは……いや、今日のところも帰らせてもらおう」

「待って下さい。まだ話は……」

「事の過程に興味はない。重んじられるのは常に結果のみ。世の中とはそういうものだ。では、次こそ良い報告がもらえることを、一応期待しているよ」

「待っ……」

――バタン。

「……ちっ、金しかない老いぼれ風情が、上からモノ言いやがって……見てろ。どちらが上の立場にいるのか、思い知らせてやるぜ……」




「お待たせして申し訳ありません」

「いえ、私も着いたばかりですから、お気になさらず」

「そう言っていただけると助かります」

「着いたばかりで恐縮ですが、その後の経過はどうですか?」

「……今のところ、まだ本人に覚醒の兆しは見られません」

「……特にこれといった進展はなし、ということですね?」

「えぇ」

「そうですか……」

「……どうしました? 妙な溜め息をついて」

「妙な溜め息?」

「以前から進展なしだというのに、溜め息を着く貴方の表情から、どこか安堵に似た弛緩した雰囲気を感じましたもので」

「……そうですね。そうかもしれません。しかし、これは貴方にも少なからず当てはまる感情なはずですが?」

「……ごもっともです」

「事が進まないことによる焦燥感。そして、今日も何事もなく終わったことに対する安堵。本来相容れないはずの感情を同時に味わうことが、こんなにもやりきれないものだとは、つい最近まで露と知りませんでしたよ」

「私もです。最近になって良く考えますよ。今、私がやっていることは、本当に正しいことなのか……と」

「本当に正しいこと……ですか。その答えが分かれば、一体どれほど楽でしょうね」

「しかし、いくら求めようと、誰もが納得をする唯一無二の正解など、求まるはずもない。特に、今我々がやっていることに対しては」

「ですか恐らく、世論に問えば誤りとされるでしょう。しかし、立ち止まるわけにはいきません」

「進むしか出来ないなら、せめて自分が正しいと思う方へ進む。今の我々にできることなんて、それだけですよ」

「そうですね。仰る通りです」

「では、私は戻ります。こんな老いた身でも、一応は総責任者ですので」

「そうですか……一番辛い場所に居られない我が身が歯痒いです」

「その言葉だけで、私としては救われる思いです。ありがとうございます」

「お礼を申し上げるべきは私の方です。ありがとうございます。そして、どうかよろしくお願いいたします」

「はい」

「次に会える日を楽しみに……と言えないのが残念ですが、どうがご無理はなさらず……」

「お気遣い痛み入ります。それでは……」

「えぇ。では、また……」

月夜 2010年07月09日 (金) 15時00分(115)
題名:新世界8(あとがき)































本年の月夜は全て終了しました
(ちょっと就活、ちょっと勉学、そして主に人間性的な意味で)


















どうも、年明け早々に何かが終了した私、月夜です(´・ω・`)
まぁ私の場合、生まれた時点から何かしら終わってはいるんでしょうけどね。

私が考えるに、終わりがないのが終わりであるなら、始まる前に終わっているのもまた終わりなのではないでしょうか。


これはなんというゴールドエクスペリエンスレクイエム(´・ω・`)


私、この小説を書き終えたら結婚するんだ。















……相手がいないため、亡フラグにすらならないという悲劇。















いっそ殺して















むしろ、リア充が









゜。゜(つД`)゜。゜










さて、今回の新世界、いかがでしたか?
とある絵描きの鞍糸さんに「狂気分が足りない」と言われ、今回ちょっと思いきってみました。

鏡架さんの神憑であるアナンタ、私が言うのもなんですが、相当イッちゃってます。

ドS且つドMでリョナっ気のある惨殺嗜好者で更に本人はロリとか、疑いの余地なく厨二設定。

でも、そんな超絶危ない子ですが、私は嫌いじゃありません。
実際、どちらかと言うと好きな方です。
多分、実際にそういう方も案外いるのではないでしょうか?

ほら、良くニコ動のタグにあるじゃないですか。

我々の業界ではご褒美ですって。


まぁ、多分その次のタグには、我々の業界でも拷問です


とあるでしょうけどね(´・ω・`)

ではでは、今回はこの辺りで幕を下ろしましょうかね。
この作品に対する感想は「小説感想アンケート板」または「小説感想掲示板」、「月夜に吠えろ」とかに、ジャンジャン書き込み投票してくれると嬉しいです。

さてさて、新世界も神憑覚醒者が増えてきて、より一層アクション風味を増してきました。
一体この後どう展開させるのか、作者でさえ謎です(´・ω・`)

ここまでは、そういえばこの新世界って、最初は会話文だけで作るとか言ってたっけなどと、昔を回想しながらの月夜がお送りしました。




















過去の私ざまぁ!(゜∀゜)ざまぁ!(゜∀゜)


月夜 2010年07月09日 (金) 15時01分(116)


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