玄鳥 定例句会

2017年

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五月定例句会 投稿者:世話人 (2017年05月12日 (金) 20時49分)[10703]
句会の皆様
 5月に入って、まさに「万緑」の候を迎えようとしています。俳句界では、中村草田男創刊の「萬緑」が、平成29年3月号をもって終刊、71年の幕を閉じました。「極小の形が極大の世界と響き合うのは季語があるから」 草田男

 それでは、今月も皆様の力作21句が揃いましたので句会を始めます。
主宰先生、今月もご指導ご教示のほど宜しくお願い申し上げます。
今月の月番は、渡利寿美さんにお願いします。皆様のコメントお待ちしています。宜子

     句会 19日(金)まで  作者発表 20日(土)


寿美 > 最近物忘れがひどく病気にかかってクスリも飲んでいるのですが、お年のせいでしょうか一向に回復しません。それなのに月番なんてトホホです。みなさまの活発なごいけんを寄せていただきますようお願いいたします。 (2017年05月13日 (土) 18時47分)[10713]

世話人 > 月番、寿美さんのパソコンがうまく動いてくれないようです。コメント入力が遅れるかも知れませんが、皆さんの書き込みを続けてお願いします。 (2017年05月15日 (月) 21時39分)[10746]

世話人 > 期日が来ましたので、作者を発表しました。
主宰先生、各句へのご指導、ご指摘有り難うございました。コメントを頂いた皆様、おかげさまで今月も無事、終えることが出来ました。感謝申し上げます。月番をお務め下さいました寿美さん、ご機嫌の悪いパソコンを宥めつつの書き込み、お疲れ様でした。
来週はいよいよ年に一度の全国大会!!それでは皆様!富山でお会いしましょう。 (2017年05月20日 (土) 12時16分)[10846]
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1 棕櫚の花エレベーターの無い団地 投稿者:世話人 (2017年05月12日 (金) 20時46分)[10702]
紫翠 オサム 宜子 循子 進二 美鈴 剛 淳子 眞佐子 主宰 (11点)


循子 > ほぼケネディ大統領暗殺の頃ですから、随分前になりますが、当時は公団住宅の入居はなかなか難しかった。私ども家族は何度か抽選に外れて、ついに諦めました。幸運にも入居出来た同僚の一人は一昨年亡くなるまで、そこで過ごしました。4階建ての集合住宅が万博公園近くに林立していました。80歳前後になると、エレベーターのない4階まで登るのは大変だと夫にそのひとはこぼしていたようです。入居のころは30歳に満たぬ働き盛り。自分の80歳を思う事はなかったでしょう。奈良市内にもその頃の団地が、荒廃した雰囲気で残っていて、言いようのない感慨を覚えたのも数年前の記憶です。上手く再生できる団地もあれば、そのままどうにもならず、さりとて更地にもならぬところは、他にもあるようです。大げさに言えば少子高齢化に向かって驀進しているような国の未来を感じて暗澹たる心地になることがあります。棕櫚の花は何とも不気味で好きではありませんが、ここでは実に効果的に使われています。 (2017年05月14日 (日) 13時41分)[10718]

宜子 > エレベーターの無いことも、「団地」という呼び名も、少し前の時代をイメージさせます。季語の「棕櫚の花」との取り合わせが成功しているかどうかだと思うのです。循子さんの書かれているように、余り美しいとは思えない花との取り合わせは絶妙と思いました。 (2017年05月15日 (月) 21時20分)[10742]

オサム > ある意味、現代の廃墟のように取り残されたマンモス団地。昼間など一人ぼうっと棕櫚の樹の下で佇む老人を見かけることもありそうです。もちろん暗澹な感じもありますが、反面、南国の楽園風の棕櫚が、一抹の救いのようなものも感じさせてくれたのでした。 (2017年05月16日 (火) 03時05分)[10751]

> 昭和30年代と思うが、今は無い政府関係特殊法人の日本住宅公団によって建設が始まった公団住宅は普通に団地と呼ばれ、勤め人などにとっては憧れの住宅だった。今でも大都市周辺には名を変え、手当をされて残っているが、たぶん5階までが多いと思う。6階以上であればエレベーターを設置する義務があった筈である。お三方の書かれた通り、この句の背景にあるのは、時代から取り残されたように残された寂しい建造物であり、また住む人達も高齢化が進んでいる事も示唆している様である。今年も花をつけた棕櫚は毛で覆われた幹の所為であろうか、何故か老いを思わせる樹のような気がしてならない。 (2017年05月16日 (火) 09時35分)[10755]

紫翠 > 「棕櫚の花」と「エレベーターの無い団地」の取り合わせが見事に決まった作品と思います。棕櫚の花が「階段の団地」を連想させるように思います。 (2017年05月17日 (水) 11時08分)[10770]

眞佐子 > 私も昭和30年代の終わり頃から40年代の始めまで、エレベーターのない四階建てのアパートに住んでいました。今は取り壊されて一戸建ての住宅が建っていますが、「棕櫚の花」高さが「エレベーターのない団地」と上手くあっているようにおもいます。 (2017年05月17日 (水) 16時12分)[10781]

進 二 >  玄鳥世代には、実感の句。説明らしい所の無いのが効果的に。 (2017年05月18日 (木) 17時32分)[10796]

榮一 > 五階以上の建物は確か建築法でエレベーターを付けなければならなかったように記憶します。団地が全盛のころはそんな理由から四階建てが多かったように思います。平均的なサラリーマンにはありがたい団地群でした。ただ、同じような建物が並ぶのは探しにくい面もありました。団地内をぐるぐる探し回ったことを思い出します。最近は随分と年寄り団地が増えているようです。都市計画も複雑なものがありますね。棕櫚は針金のような繊維があって埃臭くて登りにくい木です。粟粒のような花が咲くと欲しくてよく上ったものです。どちらも遠い過去のような気がします。取り合わせが良かったです。 (2017年05月19日 (金) 10時20分)[10802]

世話人 > 作者は石田加津子さんです (2017年05月20日 (土) 11時39分)[10825]
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2 初夏の風ベースが遠い始球式     投稿者:世話人 (2017年05月12日 (金) 20時44分)[10701]
  紫翠 直 孝子 淳子 寿美 (5点)


寿美 > お年を召して何らかの地位にある方が始球をされているんだろうなと想像してせつなくもおかしいところをとらえられたなと感心してしまいました。 (2017年05月13日 (土) 18時56分)[10714]

循子 > ミニスカートのアイドルが投げても遥か手前でポトリ。逆に歓声が上がったりして。初夏の風がさわやか。 (2017年05月14日 (日) 13時49分)[10719]

> プロ野球など派手な試合では、アイドルが始球式を行いますが、高校野球や社会人野球では、小学1、2年生が投げます。ほとんど、球が届かないか、大暴投になります。でも、本人は多く練習し前夜は昂奮したと思います。さわやかでいいですね。 (2017年05月15日 (月) 15時33分)[10738]

孝子 > 始球式の大役をになって一生懸命練習したはずなのに、どういうわけか思ったようにはいかなかった。うまくいってもいかなくても、それはそれ、さわやかな初夏の風がふいているのである。 (2017年05月16日 (火) 19時41分)[10759]

紫翠 > 「ベースが遠い始球式」が上手い。「が」は「の」にした方が良いように感じました。上五は工夫の余地がありそうに思います。 (2017年05月17日 (水) 11時17分)[10771]

榮一 > 始球式は見ているものかご自身がされたものかがよくわかりませんでした。大概は有名な歌手とか女優とかアスリートが努めます。18メートルほどの距離ですが初めてではやはり遠い様に思います。なかなか届かないようです。 (2017年05月19日 (金) 10時28分)[10803]

世話人 > 作者は桝室杏花さんです (2017年05月20日 (土) 11時39分)[10826]
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3 参拝料払ふ化野春愁い        投稿者:世話人 (2017年05月12日 (金) 20時43分)[10700]
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循子 > 元々は葬送の地であった化野。そこにある念仏寺は7500体ほどのお地蔵さまや石塔をお祀りしています。それだけのお寺だと思うのですが、いまは参拝料を千円も取られるのですね。八月の千灯供養は夢幻的な雰囲気に人気があって、入場制限するほど観光化したので、仕方ないのかも知れません。今春、久しぶりに参拝された作者のお気持ちが春愁という表現になったのでしょう。最後の「い」という送り仮名は無くもがなと思います。 (2017年05月14日 (日) 14時08分)[10720]

寿美 > 恥ずかしいですが、化野という言葉があることも知りませんでした。 (2017年05月14日 (日) 17時10分)[10730]

宜子 > 化野(あだしの)といえば念仏寺。いちめんにお地蔵様や石塔がならんだ境内は一種異様な世界です。興味を持って訪れる多くの人々とそれに伴う観光地化。たしかに「春愁」ではあるのですが、「参拝料払ふ」に、作者の批判が少し見えたのかも知れません。 (2017年05月15日 (月) 21時30分)[10743]

作者 > 循子さまありがとうございます。拝観料はひとり500円でした。二人で参拝しましたのできちんとお話しないで申し訳ございません。春憂いの「い」はいりませんね。お恥ずかしいかぎりです。 (2017年05月17日 (水) 09時04分)[10768]

榮一 > 化野の念仏寺です。拝観料がいるようになったのですね。時代ですね。春愁いは広辞苑では「い」をおくっていますが歳時記では「い」はおくっていません。春愁と言う季語の名詞形になっているからです。 (2017年05月19日 (金) 10時34分)[10804]

世話人 > 作者は佐藤美鈴さんです (2017年05月20日 (土) 11時40分)[10827]
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4 自転車に春の疲れの溜まりけり    投稿者:世話人 (2017年05月12日 (金) 20時42分)[10699]
   美保子 主宰 (3点)


宜子 > 「春の疲れ」が読み切れませんでした。絵にならなかったのです。 (2017年05月15日 (月) 21時33分)[10744]

循子 > 絵にはしにくいでしょうが、感覚的には分かる気がします。ただ私は自転車に乗れないという珍しいドジ人間なので…。 (2017年05月17日 (水) 16時05分)[10780]

榮一 > 春の疲れは抵抗感がありました。「自転車に疲れ」と「春の〜」でいいように思います。駅周辺に放置の自転車はまさに疲れが溜まった状態のように見えます。自転車群に何かすっきりしないものを何時も受けています。 (2017年05月19日 (金) 10時42分)[10805]

世話人 > 作者は石田剛さんです (2017年05月20日 (土) 11時41分)[10828]
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5 葉桜や石に腰掛く東西屋       投稿者:世話人 (2017年05月12日 (金) 20時40分)[10698]
保子 オサム 宜子 義之 孝子 美鈴 剛 洋子 吉章 眞佐子 
千尋 主宰 (13点)
 


循子 > 広目屋、東西屋といっても、いまの若いひとたちには分からないでしょうね。チンドン屋さえ珍しくなりましたもの。でも東西屋、広目屋共に明治を感じさせて、風情のある懐かしさを感じさせる言葉です。景としては「石に腰掛く」とあるので、懐古の句でしょうか。数年前に神戸三宮駅前でパチンコ店のチンドン屋さんを見かけて感動(!)しましたが。 (2017年05月14日 (日) 14時22分)[10721]

洋子 > 東西屋というのは初めて知りましたが、「トザイトーザイ」で始まる広告宣伝の走りのような職業でチンドン屋の始まりのようなものと思いました。桜の花の季節も終わり葉桜になってチンドン屋さんも少しひまになり、疲れも出て石に腰を掛けて休んでいるところかなと思って、ふっと気の抜けた感じをいただきました。私の家のすぐ隣に神戸大学がありますが、モダンチンドン何とかという部活があって時々チンドンして町に繰り出していますが・・・。 (2017年05月15日 (月) 13時33分)[10734]

オサム > 私も洋子さんと同じで、気合を入れて口上を述べたあと、ちょっと一息入れている感じが好きでいただきました。(腰掛く)は下二段活用の連体形であるならば、(腰掛くる)ではないのでしょうか?詳しい方教えてください。 (2017年05月16日 (火) 03時19分)[10752]

洋子 > 今朝構内を通ったら、モダンドンチキという部活の立て看板がありましたのでそれです。
(2017年05月16日 (火) 09時08分)[10754]

孝子 > 東西屋というのは、辞書でしりました、私はずっとちんどんやでした。10年近く前までは大田区の蒲田という商店街の近くに仕事をしていたときはときどき、にぎやかな音が聞こえ、帰りには見ることがありました。電車のなかでもみたものです。オサムさんと同じにちょっと腰掛くが疑問でした。腰掛けかとおもったのですが。 (2017年05月16日 (火) 19時59分)[10760]

循子 > オサムさん、孝子さんの疑問点について。私も「腰掛く」が気になりました。この句を頂かなかった大きな理由の一つです。「葉桜や」とはっきり切れていますから、中七は東西屋に係るはず。「腰掛け」と口語体にするか、そうでなければ「腰掛くる」と連体形にするべきではないでしょうか?終止形を使った例もあるようですが、私は舌ッ足らずの感じがどうしても気になります。 (2017年05月17日 (水) 10時12分)[10769]

眞佐子 > 「石に腰掛け」かなと思いながらいただいた句でした。富山では毎年四月のお花見頃に「ちんどん祭り」と言って「ちんどん屋のコンクール」があります。全国からちんどん屋が集まって、町を練り歩き技を競います。丁度一息付いたところで石に腰掛けて休んでいるちんどん屋が見えました。 (2017年05月17日 (水) 16時44分)[10782]

オサム > 循子さま、文法の件、教えてくださりありがとうございました。他人の句を見ていると、文法的な疑問が時々湧いてきますが、自分の句では全然気づかないことが多いです。 (2017年05月17日 (水) 16時55分)[10783]

循子 > オサムさん、私は文法、ことに文語文法には筋道立った知識がありません。教えるどころか常に「教えてほしい」立場です。もうずいぶん前のことですが梟夢庵先生に、「文語文法については全く知らないのですが、間違っている時はなんとなく落ち着かないのです」とお話したことがあります。先生は「そう、それでいいんですよ」と言って下さいました。辞書を引くと、文語の活用も必ず出ています。自分が句を書くときは、それを入口にして確認するようにします。そうしても不安で仕方ない。私の文法知識はそんな程度です。私も間違っていたら、どうぞご指摘願います。 (2017年05月17日 (水) 20時44分)[10787]

> 東西屋と云う、今どきは滅多に使われない言葉に興味を覚えたのは、間違いない。松谷さんが書かれたように、人を集める文化や史跡などの少ない富山市は、桜の頃にチンドン屋さんの全国コンクールが開かれている。その昔娯楽の無い頃は賑わったが、少子化の進む今はかなり寂れて、時代から取り残されようとしている。いずれは消えてゆくのかも知れない。この句、開店案内などで街中を廻った東西屋が一息入れている、何となく腰かけたくなるような石が、葉桜の下にあった。文語も口語も文法には全く疎いと何時も思う。オサム氏の言われるように、自分でも気がつかないで過ぎて居るかも知れない。文献によれば「腰掛く(こしかく)」は「カ行下一段活用の動詞「腰掛ける」の連用形、あるいは連用形が名詞化したもの」また「腰掛く」の口語形としては、カ行下一段活用の動詞「腰掛ける」が対応する。とあり、勉強させていただきました。 (2017年05月18日 (木) 13時18分)[10793]

榮一 > 「掛くる」が正しいですね。一休みの東西屋ですね。葉桜の季節感もよくあっているように思います。アナログがかえって新鮮に映りました。 (2017年05月19日 (金) 10時49分)[10806]

世話人 > 作者は樋口進二さんです (2017年05月20日 (土) 11時42分)[10829]
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6 若葉食む恐竜の四肢欅林       投稿者:世話人 (2017年05月12日 (金) 20時38分)[10697]
  オサム 美保子 杏花 (3点)


杏花 > 先日娘の車にて篠山方面へ出かけた緑の中を気持ちがいいドライブでしたあのあたりに恐竜の話を思い思いが重なりました
作者に思いをはせるひと時でした。 (2017年05月13日 (土) 00時39分)[10705]

オサム > はるか昔まで時空を遡った作者様の想像力に驚きました。草食恐竜が大きな欅の樹の葉をもしゃもしゃ食べている。木漏れ日に恐竜の四肢が輝いているようで、生命力にあふれた力強い句ですね。 (2017年05月16日 (火) 03時30分)[10753]

美保子 > テレビで恐竜の骨がよく出る地域だったと思うのですが、実物大の恐竜が置かれているのを見たと思うのです。オサム様の書き込みのように、本物だったら、どんなに楽しいかと思うのに、私はとっさにテレビの映像を思い浮かべてしまって、「本物だったら全然読みが違ってくる」とワクワクしてしまいました。 (2017年05月16日 (火) 21時20分)[10762]

榮一 > 大きな恐竜の像でもあったのでしょうか。それとも何かの暗示でしょうか。イメージがわきませんでした。 (2017年05月19日 (金) 10時52分)[10807]

世話人 > 作者は宮本義之さんです。 (2017年05月20日 (土) 11時43分)[10830]
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7 花時計の赤い秒針夜の新樹       投稿者:世話人 (2017年05月12日 (金) 20時37分)[10696]
  オサム 義之 美鈴 寿美 吉章 加津子 (6点)


寿美 > 赤と緑は補色関係にあり美しいですよね。いまどこでも花時計が作られているようですね。家から20分くらいの三叉路にもありパンジー・キンセンカ・キンギョソウなどで満開で美しいですよ。ここでは夜もライトアップされているようですね。秒針が赤色でみどりの新樹めにみえるようです。 (2017年05月13日 (土) 20時57分)[10715]

寿美 > 赤と緑は補色関係にあり美しいですよね。いまどこでも花時計が作られているようですね。家から20分くらいの三叉路にもありパンジー・キンセンカ・キンギョソウなどで満開で美しいですよ。ここでは夜もライトアップされて (2017年05月13日 (土) 21時00分)[10716]

寿美 > パソコンの調子が悪く二重投稿になってしまいました (2017年05月13日 (土) 21時06分)[10717]

オサム > 私が住む神戸市では、市役所前に1957年、日本で最初に花時計が作られました。そして38年後の1995年には、あの阪神淡路大震災が発生し、花時計前の市役所も倒屈するなど大きな被害を受けました。そこから更に22年が過ぎ、幾たびかのデザインの変更を経て、今でも花時計の秒針は時を刻み続けています。そんな訳で花時計には惹かれるものがあります。全国各地で、夜も街灯の灯りや月明かりの下で動き続ける花時計の秒針は、周りに植えられた樹々の成長を、そして人々の生命を支え続けてくれているかのようにも思えるのです。 (2017年05月17日 (水) 02時11分)[10766]

加津子 > 何か気持ちがざわざわと感じて頂きました。説明がつかなくてすみません。 (2017年05月17日 (水) 14時53分)[10777]

世話人 > 作者は主宰先生です。 (2017年05月20日 (土) 11時44分)[10831]
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8 夏兆す少し派手目の服を着る      投稿者:世話人 (2017年05月12日 (金) 20時36分)[10695]
   保子 直 杏花 (3点)


杏花 > 年をかさねるに従って派手な服が着たくなる夏ぐらいはいいかなと思う私がいる (2017年05月13日 (土) 00時29分)[10704]

循子 > 杏花さんの書き込みに共感します。娘を持たぬせいか、季節に関わりなく、私は年とともに齢を忘れて派手目のものを着ている気がします。直さんがお採りになっているところをみると、男性も同じなんですかねえと思っています。 (2017年05月14日 (日) 14時30分)[10722]

> 私もあと2か月で、満80歳になります。町内を歩く時は普通ですが、外出するときは、つとめて明るい色に心掛けております。 (2017年05月15日 (月) 16時38分)[10739]

保子 > 「少し」「派手目」な服に控えめな作者さんを想像しました。「着る」と断定4された処にホッとしました。 (2017年05月17日 (水) 00時19分)[10764]

榮一 > なかなか思い切れないのが服装ですね。わかる気がしますが「兆す」より「来る」のほうが気分がすっきりするように思います。 (2017年05月19日 (金) 10時58分)[10808]

世話人 > 作者は渡利寿美さんです。 (2017年05月20日 (土) 11時45分)[10832]
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9 勅願の寺に入りし日傘かな  投稿者:世話人 (2017年05月12日 (金) 20時35分)[10694]
  紫翠 保子 美保子 進二 剛 千尋 主宰 (8点)


循子 > 勅願寺というのは東大寺・薬師寺・天龍寺などすぐ思い浮かぶもの以外に50とか70とか、へぇ〜と思うようなものまで、数多くあるのですね。印象に残った女人(多分)の日傘が入ったのは、どこの寺か?どこが似合うか?想像の楽しくなる句です。男性が4人もお採りになってるのもまた私には興味深いことです。 (2017年05月15日 (月) 10時44分)[10732]

> 時の天皇が発願して建立されたこの寺は、奈良や京都に集中しているようである。多くは観光の中に組み込まれて、知る人ぞ知るである。日傘は白だと単純に思っていたが、最近は黒もよく見かける。初夏の緑の中と日差しの下を動いていた日傘はふっと視界から消えた。と、想像を働かせた。最近は日傘をさすおとこも居るようであるが、やはり日傘は女人が良く似合う。 (2017年05月16日 (火) 10時06分)[10756]

美保子 > 掲句はまさに映像となって心に残る句でした。周りの風景も京都や奈良であればこそ。日傘を持った女性もしかしたら、絽の着物だったりと思いました。 (2017年05月16日 (火) 21時13分)[10761]

紫翠 > 勅願の寺に入る日傘の光景を切り取った作者の感性に脱帽です。 (2017年05月17日 (水) 11時26分)[10772]

進 二 >  「勅願の寺」という固い言葉とご婦人の日傘との取り合わせが良かったと思いました。 (2017年05月18日 (木) 17時39分)[10797]

榮一 > 由緒ある寺ですね。その寺へ一人の女人が入っていったとゆうことです。小津安二郎の映画を見ているようです。 (2017年05月19日 (金) 11時01分)[10810]

世話人 > 作者は山内宜子です。 (2017年05月20日 (土) 11時46分)[10833]
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10 道の辺の浪花いばらの馨しき      投稿者:世話人 (2017年05月12日 (金) 20時34分)[10693]
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循子 > 浪速いばらという茨を知らなかったのですが、調べて見たら、可愛い。道端に咲いてそんなにかぐわしいのですね。「馨しき」まで述べられてしまったので、読者はもう何もすることが無くなってしまったみたい。少しは想像の余地を残して頂きたい。そう思います。 (2017年05月14日 (日) 16時04分)[10726]

世話人 > 浪花いばらの写真が見られます。→http://www.hana300.com/naniwa.html
白くて上品な花です。近畿地方から栽培が始まったのでこの名があるそうです。 (2017年05月15日 (月) 21時46分)[10747]

榮一 > 芭蕉曰く「いいおうせてなにやある」ですね。俳句はご自分の感想を述べるものではないということですね。 (2017年05月19日 (金) 11時05分)[10811]

世話人 > 作者は太田鈴子さんです。 (2017年05月20日 (土) 11時47分)[10834]
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11 風少し足湯の空の吹き流し       投稿者:世話人 (2017年05月12日 (金) 20時33分)[10692]
  義之 孝子 洋子 寿美 吉章 鈴子 杏花 (7点)


杏花 > 神戸北区有馬温泉の近くの住まいです
有馬へは良く出かける最近足湯も出来この句に惹かれました足湯には屋根もあります風少しが物語っているように思いました (2017年05月13日 (土) 01時05分)[10706]

寿美 > 二、三年前、阿蘇に別荘を持ってらっしゃる人に一泊二日で娘一家と婿殿の両親とうちの夫婦とでお借りして山小屋風の温泉付きの別荘でした。こうゆうところに別荘が持ててうらやましくもあり、部屋もいくつもあり、寝具も整っていました。屋根はついていましたが露天風呂で幸せでした。雄大な阿蘇の風を感じ瑞々しい空気を吸ってとても気持ち良いものでした。この方もこいのぼりの吹き流しのようにゆたりこったり楽しんでいらっしゃる。気持ちのいい句でした。 (2017年05月13日 (土) 17時53分)[10709]

洋子 > 足湯につかっている、さわやかな風が吹いている、空には吹き流しが流れている、ああいいなあ、極楽極楽という気持ちがつたわって来ました。 (2017年05月15日 (月) 13時42分)[10736]

榮一 > 吹き流しだから風が入ったのでしょうか。吹き流しがだらりと垂れ下がっていても悪くはなさそうです。縁語には注意がいるような気がします。 (2017年05月19日 (金) 11時08分)[10812]

世話人 > 作者は松谷眞佐子さんです。 (2017年05月20日 (土) 11時48分)[10835]
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12 首里城に主は居らず春時雨      投稿者:世話人 (2017年05月12日 (金) 20時32分)[10691]
  循子 鈴子 宜子 (3点)


循子 > 琉球王国の歴史には悲しいものがあります。首里城も沖縄戦で焼失。戦後復元されたようですが、そこに琉球の王はもう不在。沖縄の歴史の哀しさのようなものを感じた作者の詠みかと思います。ただ「春時雨」という言葉のもつ情感が琉球・沖縄の自然に嵌るのかどうか。ちょっと疑問というか違和感みたいなものはあります。沖縄らしい表現があるのかも知れない。手元の「雨のことば辞典」を繰ってみましたが、沖縄池間地方に「びーじぅんあみ」という言葉があり、しいて漢字を当てると「春雨」になる、とあります。ただしこれが季語として使えるわけでもありません。蛇足ですが、細かい雨を指すのは「ふぇーぶやー」(沖縄中頭地方)、梅雨のことを「ゆどぅん」(沖縄石垣島)などあり。 (2017年05月14日 (日) 15時37分)[10723]

寿美 > 循子さん詳しく教えていただきありがとうございます。また雨のことば辞典など持ってられるんですね。さすがーと感心してしまいました。 (2017年05月14日 (日) 16時29分)[10728]

宜子 > 主のいない城は、住む人の居ない家と同じで、少し寒々しいです。赤く塗られた首里城は、中の空洞を一層強く感じさせました。「沖縄」ではなく「琉球」を。 (2017年05月15日 (月) 21時56分)[10748]

榮一 > 時雨は京の北山あたりが本場です。ある俳人が東京の街中では冬の雨は降っても時雨は降らないと言っていたように思います。やはり近隣にそこそこの山がないと時雨の情緒では無いようです。「春の雨」でいいのではと思います。 (2017年05月19日 (金) 11時13分)[10815]

世話人 > 作者は若林千尋さんです。 (2017年05月20日 (土) 11時49分)[10836]
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13 パパたちの抱っこバンドや麦の道  投稿者:世話人 (2017年05月12日 (金) 20時29分)[10690]
  加津子 千尋 杏花 (3点)


杏花 > 私の住まい 隣は小学校です、今は父親参加の行事が多くこの句の情景がぴったりです素直に5・7・5に纏められたことです。 (2017年05月13日 (土) 01時26分)[10708]

加津子 > 娘一家の子育てを見ていると、パパのお休みを手ぐすね引いて待っています。パパたちがぞろぞろと歩いている様子は、少し哀れに感じてしまいますが、麦の道で明るいと句といただきました。おんぶ紐で子育てした時代が懐かしく思います。 (2017年05月17日 (水) 14時45分)[10775]

榮一 > イクメンの今時ですね。道が嫌でした。 (2017年05月19日 (金) 11時15分)[10816]

世話人 > 作者は鈴木美保子さんです。 (2017年05月20日 (土) 11時51分)[10837]
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14 余花に遇う地獄図の寺風渡る  投稿者:世話人 (2017年05月12日 (金) 20時29分)[10689]
  洋子 寿美 主宰 (4点)


寿美 > 篠栗はお遍路の街で札所の88か所があり年間巡礼者は万人を超しているようです。地獄絵馬もあり、血の池地獄などみるにおどろおどろの絵馬で子供心にとても恐ろしいものでした。特に28番札所はエンマ大王の大きな人形左右に赤鬼青鬼が立っています。毎年この場所で4月1日お遍路さんのお接待でお茶とお菓子を配っていますが、子供は来ないものの、閻魔様にはお賽銭もよくあがるし、皆さん熱心に拝んでおられます。焔魔堂の横には大きな桜の木があって、咲いてる風景もいいですが、花弁が風に舞って焔魔堂に吹き込んでくる景もいいものです。 (2017年05月13日 (土) 18時15分)[10710]

循子 > 篠栗はほんといいところですね。いつまでも記憶に残ります。 (2017年05月14日 (日) 15時41分)[10724]

洋子 > 関西で地獄図の寺と言えば奈良の山の辺の道にある長岳寺でしょうか。20年ほど前に立ち寄ったことがあります。長岳寺が大好きという人の案内で山の辺の道を歩いたのでしたが、私は当時は何気なく通り過ぎてしまったような気がします。10月には大地獄絵図と言うものが開帳されるそうです。ただ、鄙びた山の辺の道にある緑深いお寺に、帰り花が咲いていて、さわやかな五月の風が吹いているという景が、奥に地獄絵という隠し味を秘めて、一層心地よい、心惹かれる思いでいただきました。
(2017年05月15日 (月) 13時24分)[10733]

洋子 > 「帰り花」ではなくて「余花」でした。すみません。 (2017年05月15日 (月) 17時36分)[10740]

榮一 > 地獄図に風渡るは余分なことのように思いました。余花と地獄図で十分ですね。俳句はやはり難しいですね。 (2017年05月19日 (金) 11時21分)[10818]

榮一 > 人生観のようなものが出てくるのが気になったのです。 (2017年05月19日 (金) 11時22分)[10819]

世話人 > 作者は安田循子さんです。 (2017年05月20日 (土) 11時54分)[10838]
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15 新しき防具の匂い青嵐        投稿者:世話人 (2017年05月12日 (金) 20時28分)[10688]
紫翠 保子 美保子 循子 進二 美鈴 剛 洋子 眞佐子 杏花 加津子 
鈴子 千尋 (13点)


杏花 > 青嵐と新しき防具とても取合せが素晴らしい
東京の子供達は剣道を習っているので重なり合って嬉しい気持ちになりました
青嵐がとても良い。
(2017年05月13日 (土) 01時14分)[10707]

洋子 > 杏花さんのおっしゃるように新しい防具の匂いと青嵐の取り合わせが、とてもさわやかで、生気にあふれていていいと思いました。 (2017年05月15日 (月) 13時38分)[10735]

紫翠 > 杏花さんの書かれている通りと思います。習いはじめる剣道への期待と不安がよく伝わります。 (2017年05月17日 (水) 11時35分)[10773]

加津子 > 清々しくて気持ちの良い句と思いました。 (2017年05月17日 (水) 14時49分)[10776]

循子 > 皆さまと同様で、気分のよい読後感でした。 (2017年05月18日 (木) 11時55分)[10791]

進 二 >  新しい防具の匂いは、とてもいいものですが、非常に高価でしたので、私などは、その匂いより、夏場(青嵐の頃)には、面に染み込んだ汗の匂いの方が強烈に残っています。一瞬息を止めて被ったものです。しかし、この句の文字だけを見るとつい頂くことになりました。 (2017年05月18日 (木) 18時03分)[10798]

> 防具と云っても色々あるが、皆さんの書かれた通り、たぶん剣道の防具だろう。
この「新しき防具の匂い」と云う言葉の先に見えるものは、将来のある若さに願う希望や、羨望の眼差しだろう。陰りの無い真っ白な句である
(2017年05月19日 (金) 11時09分)[10813]

榮一 > 青嵐がどうかと思いました。作者の意識がやはり気になります。 (2017年05月19日 (金) 11時23分)[10820]

世話人 > 作者は久野孝子さんです。 (2017年05月20日 (土) 11時56分)[10839]
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16 柿若葉いのちにかたちあるならば     投稿者:世話人 (2017年05月12日 (金) 20時27分)[10687]
  直 循子 進二 洋子 (4点)


循子 > 新緑の季節。どの樹木も美しい。その中で最も私が生命力を感じるのが柿若葉。何故だろう?昨日、駅前の名前も分からぬ大木の新緑を見上げながら、これは私の身の丈と関わりがありそうだと、ふと気が付きました。柿の木は私の目にいちばん入り易い高さなのですね。柿若葉の艶やかな新緑はなんて美しく力強いんだろう…と私は、よく道端で立ち止まることがあるのです。まさに「いのち」のかたち。実感として頂きました。 (2017年05月14日 (日) 16時17分)[10727]

洋子 > 命に形があるならば、柿若葉のようだ、ということで、確かにつやつやと光っていて、形も丸くて単純、若葉だからこれからぐんぐん大きくなるだろうと、その見立てを実感していただきました。 (2017年05月15日 (月) 13時47分)[10737]

> 私の生家に一本の柿の木があります。初夏には艶々した若葉をつけ、秋には多くの実をつけ(甘柿)で小学生時代からおやつ代わりに食べていました。以来70年、生家は甥が守つています。帰省した時は、必ずこの木を撫ぜて帰ります。今でもとても元気で秋になると、甥が、柿を送ってくれます。私が生きている限り、続きます。 (2017年05月15日 (月) 21時08分)[10741]

進 二 >  行き付けの酒蔵(福寿)の庭に、まだ若い柿の木があるのですが、その若葉の頃の様は何度見ても、息を呑むレベルのものです。納得の句でした。 (2017年05月18日 (木) 18時20分)[10799]

榮一 > 中七以下の観念的な表現はどうかと思いました。 (2017年05月19日 (金) 11時25分)[10821]

世話人 > 作者は木村オサムさんです。 (2017年05月20日 (土) 11時57分)[10840]
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17 メーデーや記憶の端の労働歌   投稿者:世話人 (2017年05月12日 (金) 20時24分)[10686]
保子 直 美保子 吉章 循子 進二 孝子 美鈴 剛 淳子 宜子 鈴子 
眞佐子 千尋 (14点)


月番 > こんげつの最高点句です。取られた方はもちろん取られなかった方も活発なご意見お願いします。 (2017年05月14日 (日) 16時52分)[10729]

宜子 > 「記憶の端の」に、メーデーや労働祭が遠いものになったと思いました。メーデーも昭和と共に思い出のひとつになってしまうようです。 (2017年05月15日 (月) 22時04分)[10749]

循子 > メーデーと労働歌のセットはある意味で陳腐ではなかろうか。そんな思いがありました。しかし手を伸ばさずにいられないのが安保を知る世代だと、情の選択しました。「世界をつなげ花の輪に」、「聞け万国の労働者」、「若者よ」などなど、改めて口ずさんでみると、歌詞の記憶もあやしくなっています。まさに記憶の端です。この中七の措辞につい負けてしまいました。ついでに小説「されどわれらが日々」が懐かしく思い出されたりします。熱っぽいメーデーは宜子さんがお書きになっているように思い出のひとつになってしまいそう。 (2017年05月15日 (月) 23時22分)[10750]

> 脳の中の海馬がつかさどる記憶と云うのは面白い。私などは齢相応に惚け始めましたが、脳の中に残る記憶は昨日の事は忘れても、60年前の事が鮮やかに思い浮かぶこともある。記憶の中と云わないで、端であると述べたのは云い得て妙だとも思う。平和なこの世である、この先にメーデー(労働祭)がまず激することはあるまい。と作者の思いが見え隠れするようだった。衝き動かされたようにあの時代に生きて、その熱気の中にいた者の一人として、作者と同じ記憶を辿ることになる。安田さんの「メーデーと労働歌のセットはある意味で陳腐ではなかろうか」に頷いておりますが、とても懐かしいので許したい。 (2017年05月16日 (火) 14時51分)[10758]

美保子 > 夫も若い時は当たり前の様に労働組合の一員として、ある程度の年齢になったら、管理側として切り替わる事の不思議さを思ったなあと懐かしく思い出しました。ニュースの映像も今では一通りの挨拶を耳にし、目にするのみに終わっていて、時代が変わったと。「記憶の端の」が共感を得るものになったのではと思いました。
(2017年05月16日 (火) 21時38分)[10763]

循子 > 剛氏の「とても懐かしいので、許したい」というコメントは愉快です。最高です。 (2017年05月17日 (水) 20時49分)[10788]

鈴子 > メーデーのデモに参加したことはありませんが、歌声喫茶で歌ったことがあるような気がしてきたのは「ガンバロウ」という一節が思い浮かびました。まさに記憶の端そのものです。 (2017年05月18日 (木) 15時58分)[10795]

進 二 >  循子さんの列記された歌や鈴子さんの「ガンバロウ」には、」眠っていた記憶を起こされた思いです。皆様ご指摘の「記憶の端」に共感であります。 (2017年05月18日 (木) 18時47分)[10800]

榮一 > よくわかる句です。記憶の端はどうかと思います。 (2017年05月19日 (金) 11時27分)[10822]

世話人 > 作者は小川紫翠さんです。今月の最高点を得られましたので、来月の月番をお願いします。 (2017年05月20日 (土) 12時03分)[10841]
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18 パンダ舎に群がる大人昭和の日    投稿者:世話人 (2017年05月12日 (金) 20時23分)[10685]
  紫翠 オサム 義之 直 吉章 加津子 鈴子 (7点)


> ゴールデンウイークの最中、多くの親子連れが行かれた事と思います。我が家は子供は大人で孫は受験の準備で寄り付かず、でもテレビで拝見しますと楽しそうでした。 (2017年05月15日 (月) 21時35分)[10745]

オサム > 1972年9月、日中国交正常化を記念して、中国政府から2頭のパンダ、カンカン(オス2才)とランラン(メス2才)が上野動物園にやって来ました。当時の日本では、パンダは「幻の動物」と言われていました。あの時のパンダの人気ぶりは当時まだ小学生だった私もはっきり覚えています。あの頃の昭和の日本はまさに高度成長を謳歌していた時期で、ある意味、パンダもその象徴だったのかもしれません。そんな訳で、今でも子供はもちろんのこと、同伴の父母や祖父母にとっても、パンダは思い入れの深い動物なのです。(昭和の日)の句では、戦争や昔気質の人物と結びつけた句はよく見かけるのですが、掲句では、パンダと結びつけたところが、新鮮に感じられました。
(2017年05月17日 (水) 02時34分)[10767]

紫翠 > 「昭和の日」が付きすぎるかなと思ったのですが、オサムさんのご指摘のように視点が良かったようです。 (2017年05月17日 (水) 11時40分)[10774]

加津子 > なぜか朝の連ドラの「ひよっこ」の彼女たちの今が思い浮かびました。そのうち平成の日もできるのでしょうか。 (2017年05月17日 (水) 14時59分)[10778]

鈴子 > パンダ舎に「群がる大人」で頂きました。パンダを初めて観に行ったとき、大変な行列で、立ち止まらないでください。とアナウンスがあり、気忙しく、パンダが可愛かったという思いもなく帰宅したことを思い出しました。 (2017年05月18日 (木) 12時11分)[10792]

進 二 >  入社して1〜2年の頃、多分、昭和39年か40年頃だったかなと思いますが、東京に出張した際、学校の先輩が休日に連れて行ってくれた所が上野動物園でした。何と二十歳を過ぎた男を連れて行ってくれた所がパンダだったのです。まさにこの句の景でありました。それも行列をして係から急がされてのちょっと見でありました。そんな昭和の一コマですね。実感がよく出ていると思いましたがスパイスがもう一振りあればと思いつつ取りそびれました。 (2017年05月19日 (金) 11時01分)[10809]

進 二 >  今、あらためてオサムさんのコメントを見ると1972年でしたか、それだと昭和47年になりますね、勘違いするぐらい、昭和は遠くなりにけりなのですね。言い訳になりましたが。 (2017年05月19日 (金) 11時10分)[10814]

榮一 > 上野動物園に初めてパンダが来た時のことですね。ニュースで長い行列が良く取り上げられていたものです。あのような喧騒はもはやありませんが。 (2017年05月19日 (金) 11時30分)[10823]

世話人 > 作者は森内洋子さんです。 (2017年05月20日 (土) 12時06分)[10842]
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19 銘の皿に吉野の鮎や姿佳し       投稿者:世話人 (2017年05月12日 (金) 20時22分)[10684]
   淳子 (1点)


循子 > 知り合いのお宅に伺った折に出して下さった和菓子の皿の銘が「乾山」とあったので、「尾形乾山ですか?だったら凄いですね」と思わず言ってしまいました。「そう?母が島根の名家の出だから…私はなにもわからないけど」とのことでした。私も骨董はさっぱりわかりませんから、真贋のほどは不明ですが、非常に気になるものでした。掲句の「銘の皿」もそうしたものでしょうか。吉野の鮎も一際姿佳く見栄えがしたのでしょう。「姿佳し」は書かなくてもいいのでは? (2017年05月14日 (日) 23時06分)[10731]

世話人 > 作者は村上直さんです。 (2017年05月20日 (土) 12時09分)[10843]
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20 曲水の宴の吟や散居村       投稿者:世話人 (2017年05月12日 (金) 20時21分)[10683]
   眞佐子 寿美 (2点)


寿美 > 大宰府天満宮に行ったときにたまたまお琴の演奏会があっていまして、それを聴いたことがありますが、お琴、民謡、詩吟など日本文化はいいなとこの頃とみに思います。散居村は存じませんが、加味中七で雰囲気が伝わってきます。 (2017年05月13日 (土) 18時29分)[10711]

寿美 > 加味ではなく上五中七です (2017年05月13日 (土) 18時35分)[10712]

循子 > 「散居村」とありますから、限界集落みたいな想像をするのですが、そんなところで今も雅な曲水の宴があるのですね。私は京都の城南宮ぐらいしか知りません。優雅な歌の朗詠が聞こえてくるようですが、散居村が具体的に見えて来なくて採れませんでした。すみません。 (2017年05月14日 (日) 15時49分)[10725]

> この句の散居村は、たぶん富山の砺波平野の扇状地に点在する農家だろう、田に水が入る頃に、地方の新聞は上空から撮った集落の形態写真を風物詩として載せる。そのむかし宮廷や貴族の邸宅などでも行われ、雅(みやび)と云われる曲水の宴は、今でも当時から引き継がれ、歴史を踏まえて各地で継承されている。富山でもこの時期に開かれて和歌を献上するらしい。整った句であるが、散居村と云うマイナーな知名度もあり、焦点を絞り切れない事もある。 (2017年05月16日 (火) 13時29分)[10757]

眞佐子 > 剛さんがおっしゃる様に富山市の「各願時」で毎年四月に富山藩主の入山行列と曲水の宴がおこなわれます。各願寺は小高い山の中腹にありますので、見渡せば、町や村の家々が見えますので、散居村かなと思いいただきました。見たことがある人しか解らないのではないかと思います。 (2017年05月17日 (水) 17時29分)[10785]

循子 > お二方のコメントで改めて富山という地の文化を思いました。旅人、家持の昔から都の雅な文化が根付いているのですね。この句、腑に落ちました。有難うございました。 (2017年05月17日 (水) 21時05分)[10789]

作者 > 当地では、今でも歴史ある古刹で、曲水の宴が継承されています。昭和45年に偶然発見された平安初期の集落跡が古代荘園跡として国指定の史跡となりました。毎年6月曲水に咲く見事な菖蒲の花を愛でながら、吟詠の会が、催されます。曲水を詠んだ自作の漢詩や、和歌など、朗詠されます。暖かい散居の人々の熱入りが感じられます。他方からも参加して、長閑なひと時が味わえます。 (2017年05月18日 (木) 14時20分)[10794]

循子 > 有難うございます。富山の「ふちゅう曲水の宴」という各願寺でのイベントならば、四月十六日に終了しているので、「毎年6月…」の曲水の宴は別のものでしょうか。各願寺は1300年もの歴史があるようです。知りませんでした。 (2017年05月18日 (木) 23時07分)[10801]

世話人 > 作者は渡辺淳子さんです。 (2017年05月20日 (土) 12時10分)[10844]
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21 クレーンの鉤の空っぽ風若葉  投稿者:世話人 (2017年05月12日 (金) 20時20分)[10682]
  義之 孝子 淳子 宜子 加津子 (5点)


義之 > 俳句で詠まれるクレーンといえば、もっぱら都会の高層ビルの建設現場のタワークレーンであろう。すらりと背が高く、紅白に塗り分けられたその形は、華奢に見えても一巻きで、数十トンもの部材を吊り上げることが出来る力持ちであり、ビルの建設の進捗に合わせ、何千トンもの建設資材を吊り上げてきたのである。しかしながら、今日、遠目に見るクレーンの鉤(フック)には吊り荷も無く、ただ空中にぶら下がっている。季語の「風若葉」の表現は作者のこだわりであろうが、歳時記の通りの「若葉風」でいいように思う。「クレーンの鉤の空っぽ」という措辞に新鮮さを感じ、頂きました。 (2017年05月17日 (水) 02時05分)[10765]

加津子 > 私も同じような光景を目にしました。クレーンの鉤がどうなるのだろかと気になってしまいしばらく見入ってしまいました。句はできませんでしたが、その時の光景が目に浮かびいただきました。 (2017年05月17日 (水) 15時12分)[10779]

オサム > 私も、義之さんと同じで「風若葉」という表現にはちょっと違和感がありました。「若葉」の季語は、「朴若葉」などと柿や椎、樟など樹種を冠して詠んだり、「山若葉」などと里や庭、谷な
ど場所を冠して詠むことも多いのですが、「風若葉」は例句も探してみたのですが、今のところ見つかりませんでした。 (2017年05月17日 (水) 17時23分)[10784]

孝子 > 先日クレーンごと落ちる事故があって、心配しましたが題材にはよくつかわれますし、私もつかいます。でも目のいきどころが、新鮮と思いいただきました。若葉風のほうがよかったなと私も思います。循子さん。余談ですが今日都美術館にバベルの塔をみてきましたが、東京芸大がすごく大きく拡大したりスリーdとか時代がかわりましたね。 (2017年05月17日 (水) 19時58分)[10786]

循子 > 有難う、孝子さん。次男が「東京を格別良いとも思わないんだけど、美術館の数が圧倒的に多いんだよねぇ、それだけが羨ましくて仕方ない」と言ったことがあります。東京芸大が3D云々はちょっとわかりませんが、「バベルの塔」は羨ましい。私は昨日「伊藤若冲展(後期)」を相国寺承天閣美術館で観てきました。「鸚鵡牡丹図」など。私も余談で、皆さま、済みません。 (2017年05月17日 (水) 21時37分)[10790]

寿美 > 皆さんさすが立派な俳人ですね。常に何気なく見る風景から俳句のネタじゃないけどそんな意気込みを感じます。ぼやっと、てれっと歩いてたら駄目ですよね。 (2017年05月19日 (金) 11時17分)[10817]

榮一 > 風若葉は若葉風で。情景がよく見えた句ですが。 (2017年05月19日 (金) 11時31分)[10824]

世話人 > 作者は伊藤保子さんです。 (2017年05月20日 (土) 12時11分)[10845]
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5月定例句会 投稿者:世話人 (2017年05月12日 (金) 20時18分)[10681]

  句会準備中 (^▽^)

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29年度ネット句会参加費(年会費)納入のお願い 投稿者:節子 (2017年04月16日 (日) 13時03分)[10569]
29年度のネット句会参加費を受付けています。
 年会費  1000円 
 締切日  5月末日
 送金先  紀平節子(みなと支部) 郵送でお願いします。
(受領確認:句会掲示板に掲載しています。ご確認ください) 

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四月定例句会 投稿者:世話人 (2017年04月12日 (水) 22時06分)[10495]
句会の皆様
 今月の句会の兼題に合わせたように、町に、丘に桜が咲き揃っています。
お花見の時期は約一週間。句会も一週間。皆さんが咲かせた21本の桜の下のお花見です。
主宰先生、今月もご指導ご教示のほど宜しくお願い申し上げます。
今月の月番は、松谷眞佐子さんにお願いします。皆様のコメントお待ちしています。宜子

     句会 19日(水)まで  作者発表 20日(木)


眞佐子 > 月番を仰せつかりました松谷眞佐子でございます。皆様のご意見をお待ちいたしております。よろしくお願いいたします。 (2017年04月13日 (木) 05時37分)[10497]

月番 > 句会の皆様書き込みありがとうございます。句会も明日までとなりましたので、書き込みをされてない方、まだまだ書い足りない方も書き込みをお願い致します。 (2017年04月18日 (火) 20時44分)[10631]

世話人 > 期日がきましたので、ただいま作者を発表しました。
主宰先生、ご多忙の中、全句に触れていただき有り難うございました。
月番をお務め下さいました眞佐子さん、お疲れ様でした。全国大会のご準備中、猫の手も借りたい状態の中での月番であったことと、御礼申し上げます。また、ご参加の皆さんの書き込みのおかげで、桜満開の句会となりました。世話人冥利に尽きます。有り難うございました。宜子 (2017年04月20日 (木) 19時08分)[10679]

月番 > 句会のみなさま沢山の書き込みありがとうございました。世話人の宜子さんにも大変お世話になりました。お忙しい主宰先生にも多くのご指導をいただき本当にありがとうございました。頼りない月番でしたが、皆さんのおかがで、なんとか句会を終えることができまましたことお礼申し上げます。来月もこの句会でお会いしましょう。 (2017年04月20日 (木) 20時46分)[10680]
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1 石ひとつ栗鼠の墓標に舞う桜     投稿者:世話人 (2017年04月12日 (水) 22時02分)[10494]
  美鈴 洋子 美保子 吉章 主宰 (6点) 


月番 > 石ひとつの小さな墓標なのでしょうね。どなたからでもご意見お願いします (2017年04月13日 (木) 13時21分)[10498]

洋子 > 童話の絵本の最後のページを見ているような気になります。美しい絵です。どんな物語だったんでしょう。 (2017年04月15日 (土) 10時46分)[10530]

洋子 > 栗鼠をほかのものに読み替えてみたらいろいろ違った鑑賞ができますね。戦死者だったり、遊女だったり、行路病者だったり・・・・。 (2017年04月16日 (日) 09時47分)[10555]

月番 > 栗鼠の墓標しか思いつきませんでしたが、いろいろな鑑賞ができそうですね。 (2017年04月16日 (日) 11時52分)[10563]

美保子 > 洋子様の想像力の豊かさのおかげで、鑑賞が広がりました。今月の兼題の桜も下五に 舞う桜 と持ってきて、ふわっと空気が薄桃色になったようです。 (2017年04月17日 (月) 15時40分)[10600]

美鈴 > この作者の方は栗鼠のお墓であることをご存じなのかもしれません。栗鼠の死を悲しむように桜が散っているのでしょう。 (2017年04月18日 (火) 17時59分)[10627]

榮一 > 句意が少し曖昧になっているようだ。特に「石ひとつ」が宙に浮いているようです。石一つと栗鼠に断点があり、一つある石は栗鼠の墓とも言いきれていないように思える。上五と下五を入れ替えて「散る桜栗鼠の墓標の石ひとつ」で句意が一層はっきりすると思う。舞うも気取った言い方で好きではありません。可愛らしい女の子が見えて来たので取りましたが。 (2017年04月19日 (水) 11時10分)[10637]

作者 > ありがとうございます。兼題から昔飼っていたりすを土手近くの桜の木の下にうめてもらったことを思い出してつくりましたがなおしていただいてすっきりしました。ありがとうございます。 (2017年04月19日 (水) 21時13分)[10657]

世話人 > 作者は久野孝子さんです。 (2017年04月20日 (木) 18時31分)[10658]
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2 さくらさくら無音の太鼓響きをり    投稿者:世話人 (2017年04月12日 (水) 22時00分)[10493]
  洋子 義之 眞佐子 (3点)


月番 > 満開の桜のどこかで太鼓の響きを感じるのでしょうか。洋子さん、義之さんご意見お願いします。 (2017年04月13日 (木) 13時26分)[10499]

義之 > 「私と同じような発想をする方がいらっしゃる」というのが、感想です。桜のトンネルに自身が閉ざされると、天上から、ティンパニーの強打を伴うシンフォニーが、鳴り響くという、体験を思い出しました。 (2017年04月15日 (土) 01時52分)[10526]

洋子 > 満開の桜の質感と和太鼓のドーンドーンという音の質感は、視覚と聴覚の違いはありますが、あっていると思いました。心象的に響きあっているのでしょう。義之さんと同様に、「私と同じような発想をする方がいらっしゃる」と嬉しく思いました。 (2017年04月15日 (土) 09時09分)[10529]

眞佐子 > 義之さん洋子さんに同感です。 (2017年04月15日 (土) 14時47分)[10543]

榮一 > 無音の太鼓が響くは心象なのでしょう。伝わってくるものがなかったです。 (2017年04月19日 (水) 11時13分)[10638]

世話人 > 作者は木村オサムさんです。 (2017年04月20日 (木) 18時32分)[10659]
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3 み吉野の神に仕える山桜     投稿者:世話人 (2017年04月12日 (水) 21時59分)[10492]
  千尋 オサム 進二 美保子 杏花 寿美 主宰 (8点)


月番 > 吉野の山桜は神に仕えるのですね!皆さんのご意見お待ちしています。 (2017年04月13日 (木) 13時30分)[10500]

千尋 > なるほど吉野の山桜は神様に仕えるために咲いているのかと納得してしまいました。でも上五ではっきり切れた方がいいかなぁとも思っています。 (2017年04月13日 (木) 21時46分)[10520]

月番 > 千尋さん早速書き込みありがとうございました。なるほど切れがありませんね。 (2017年04月14日 (金) 16時29分)[10522]

循子 > 吉野山の桜は、もともと修験道と関わりがあるようです。、役小角が金剛蔵王権現像を桜の木で彫ったのが始まりで、修験道の行者にとっての神木とされ、蔵王権現に願い事するをする人々はご神木として桜の苗木を寄進するようになり、どんどん桜が増えていった、といようなことを、読んだ記憶があります。それら二冊ほどを昨夜から探すのですが、処分したのか見つかりません。だから確かなことはいえませんが、吉野の桜は昔から多くの人々の願いを込めて、特別な意味を持っていると理解しています。観光客のいない吉野山には独特の霊気があります。
掲句には、その通りと共感はしますが、衆知の事実を述べるだけに終わったのではないかと感じました。 (2017年04月15日 (土) 11時36分)[10533]

月番 > 循子さん、吉野山の桜のお話ありがとうございました。 (2017年04月15日 (土) 14時33分)[10541]

進 二 >  満開時の吉野の山桜、「神に仕える」に違和感を覚えない。ただ、循子さんの終わりの方のご指摘は感じなくもなかったですが。潔い表現と受け止めて。 (2017年04月16日 (日) 17時16分)[10575]

美保子 > 山岳信仰、と言われるものなのですね。それにしても、吉野の桜が寄進によるものだと知ることができて、又、違う感覚を持ちました。いろいろ教えて頂き、ありがとうございます。俳句に誘っていただく前に、少しだけ、短歌を作っていた時期、西行に関心をもっていて、吉野と西行の関わりがすごく頭に残っています。吉野の桜を見る機会はもうないかもしれませんが、テレビや写真で楽しんでいます。 (2017年04月18日 (火) 21時17分)[10635]

榮一 > 循子さんが言われるように常識的で平凡と言えば言えなくもないように思います。ただ、作者の心を少し覗いたような気がしました。 (2017年04月19日 (水) 11時17分)[10639]

世話人 > 作者は村上直さんです。 (2017年04月20日 (木) 18時33分)[10660]
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4 父母の亡くも故郷夕桜     投稿者:世話人 (2017年04月12日 (水) 21時56分)[10491]
  循子 美鈴 保子 直 剛 オサム 加津子 宜子 吉章 (9点)


月番 > 父母が亡くなっても故郷の夕桜は美しいのでしょうか。沢山の方が取っておいでます。ご意見お願いします。 (2017年04月13日 (木) 13時37分)[10501]

循子 > 私にとっての故郷は実体のないものになり、いわば故郷喪失者。記憶の中だけの故郷です。父母がなくなっても、故郷であることに変わりないと、この方は故郷に立って思っているのか、それとも思いの中だけなのか。こういう感傷的なものに私は理屈抜きで弱いのです。 (2017年04月15日 (土) 12時34分)[10534]

オサム > 父母が存命中よりも、実は父母がいなくなってからの方が、人は故郷を強く意識するものなのかもしれませんね。桜関連の季語の中で(夕桜)を斡旋されたことに賛否はあるかもしれないと、ちょっと思いました。 (2017年04月16日 (日) 00時18分)[10551]

> 生まれ育った故郷と、もうこの世にいない父母、切れる筈は無い縁(えにし)。17音では言い尽くされている世界である、よほどの句でなければと思うが、安田さんの言うように採った方々はこんな句に弱いのである。オサム氏の書かれた、父母の居ない故郷の意識は他の土地で暮らせばその通りである。兼題の句なので夕桜で仕方があるまい。齢と共に望郷の念は積もるが、帰れない故郷を持つ人もある。 (2017年04月16日 (日) 10時03分)[10556]

加津子 > 桜というと母とのお花見が思い出される。どうしても行きたいと駄々をこねて、土砂降りの雨の中河原土手でふるえながらアイスクリームを食べた。寒かったけれど楽しかった。桜が咲くとあの時の母に感謝です。私も弱いんです。 (2017年04月16日 (日) 16時16分)[10570]

宜子 > 「父母の亡くも」の「も」に、少しこだわるものがありますが、十七音に流れる情のようなものに、気持ちよく流されました。良い句かどうかはわかりませんが、一時、父母の温もりを思い出させてくれた一句でした。私も弱いんです。 (2017年04月16日 (日) 17時05分)[10574]

> 今週義母の七回忌で、帰省して今帰宅した所です。今は親、兄弟、は全員亡くなっており、どの家も甥、姪の家で私にとつて、帰省とは、親戚全部を回る事であり、妻と同郷のため、倍程かかりまた同窓会もあり桜の季節夕桜も楽しめました。 (2017年04月17日 (月) 19時37分)[10605]

保子 > 「夕桜」に作者の思いを感じます。 (2017年04月18日 (火) 01時09分)[10613]

榮一 > 今は亡き父母、故郷、夕桜。琴線に触れるもばかりです。 (2017年04月19日 (水) 11時24分)[10640]

世話人 > 作者は小川紫翠さんです。 (2017年04月20日 (木) 18時34分)[10661]
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5 やまざくら小學國史の文語体    投稿者:世話人 (2017年04月12日 (水) 21時55分)[10490]
   義之 千尋 オサム 淳子 寿美 宜子 主宰 (8点)


月番 > 戦前の教科書は文語体だったと思います。やまざくらとの関係はどうでしょう。ご意見お待ちしています。 (2017年04月13日 (木) 13時43分)[10502]

オサム > 『尋常小學國史』は戦前の国定教科書の中では最も長期間使用された文語文での記述の最後の歴史教科書である。菊と共に日本を代表する花といえる桜が咲き誇る山あいの尋常小学校。かつて子供たちは、この教科書を通じて日本の歴史を学んできた。中七以下の固い言葉に対して、上五の(やまざくら)というひらがな表記が掲句を、この学校を、そして日本人の心までをも優しく包んでくれているようで、実に効果的。時空を超えた壮大な一句。 (2017年04月16日 (日) 00時10分)[10550]

寿美 > 小学校一年生の最初の国語のページに大きなひらがなで「さいた さいた さくらがさいた」であったと記憶しています。小学校の入学式に黒の紋付き羽織の母と桜並木の校門をくぐって入学式に行った事が鮮やかによみがえってきました。 (2017年04月16日 (日) 09時43分)[10554]

月番 > 私は終戦の年に入学でしたので、校庭のさくらの中母はモンペ姿であったと思います。 (2017年04月16日 (日) 12時32分)[10568]

宜子 > 戦後生まれで、教科書は新しくなっていましたが「小學國史の文語体」は、一瞬で昭和以前をイメージさせます。その頃を作者はどのように感じているのか、「やまざくら」の、ひらがな表記が手がかりでした。 (2017年04月16日 (日) 17時22分)[10576]

千尋 > 尋常小学校の国語ではなくて國史とあるので、天皇の名前を暗記したり、神代の頃の歴史を習う教科書でしょうか。わたしは日本の歴史は縄文時代から習いましたが、戦前は神武天皇から習ったと聞いています。当然、文語体で平仮名でなくてカタカナだったでしょう。また国語の教科書は「ハト マメ」から始まったようです。
この句は山桜から日本人のルーツに思いを馳せたのでしょうか。尋常小学國史は長くて硬い言葉で少し悩みましたが。 (2017年04月17日 (月) 12時48分)[10598]

循子 > 定例句会のメンバーで、國史教科書を墨で黒く塗りつぶした経験者は私だけではないかと思いますが、その初等科國史教科書はすでに「です・ます」体になっていました。文語体であったのは大正の第三期まで。國史の始まりは天照大神だったと思います、というのは記憶も曖昧ゆえ)。昭和18年に第六期の改定。私が終戦によって、國史教科書を殆ど真っ黒に塗りつぶしたのは、この版です。≪サイタ サイタ サクラガ サイタ≫が国語(國史ではない)のトップであった世代にとって、櫻には言い難い思い入れがあります。兵役経験のあるもっと上の世代の方々にとっては、尚更でしょうね。 (2017年04月17日 (月) 15時58分)[10601]

月番 > 皆さんありがとうございました。小學國史について私は何も解っていなかったと思います。因みに、国語の教科書も「アカイアカイアサヒアサヒ」から始まり、次のページには「ヘイタイサンススメススメチテチテタトタテテトテタ」と片仮名ばかりだったと思います。 (2017年04月17日 (月) 16時36分)[10603]

榮一 > 明治生まれの父母の時代の「尋常小學國史」です。漢文と書き言葉の文語は基準的な教育の基本であったと思います。日本語の標準化には大変な苦労があったようです。山桜がよく効いています。 (2017年04月19日 (水) 11時35分)[10641]

世話人 > 作者は安田循子さんです。 (2017年04月20日 (木) 18時34分)[10662]
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6 銭湯の大きアンテナ朝桜 投稿者:世話人 (2017年04月12日 (水) 21時54分)[10489]
 孝子 紫翠 千尋 加津子 杏花 (5点)


月番 > 最近はアンテナが少なくなりましたが、銭湯ののアンテナは大きいのでしょう。ご意見お願いします。 (2017年04月13日 (木) 13時56分)[10505]

加津子 > 一日中賑わう人情味溢れる銭湯を想像しました。朝桜は清々しくて富士山の描かれた湯船につかった気分です。 (2017年04月16日 (日) 16時35分)[10572]

孝子 > よく通る道に銭湯があって大きな煙突が目印でしたが、あるときなくなってお風呂やめたのかしらと思っていましたら銭湯はやっていました。この句はアンテナをみつけられたのですね。朝桜がよかったです。 (2017年04月16日 (日) 22時55分)[10587]

千尋 > 周りは高い建物が増えて見つけ難くなっしまった銭湯、お客様用のテレビも見え難くなったのでアンテナの位置を付け替えたのでしょうか。今のまるで目印というか看板のようです。朝湯とは贅沢ですね。風呂上がりの満開の桜なんて贅沢ですね。 (2017年04月17日 (月) 11時07分)[10592]

紫翠 > 朝桜と限定しない方が良かったかなと思いましたが、「銭湯」と「桜」の取り合わせが良かった。 (2017年04月17日 (月) 11時33分)[10597]

榮一 > 煙突を止めて大きなアンテナを据えました。銭湯と朝桜はよくついています。中央市場の近くなどでは長距離ドライバーなどのために朝早くから営業している銭湯がありそうです。大きアンテナは実景かもしれませんが響くものがなかったです。 (2017年04月19日 (水) 11時42分)[10642]

世話人 > 作者は伊藤保子さんです。 (2017年04月20日 (木) 18時35分)[10663]
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7 背の高き桜鹿の子の舞妓かな 投稿者:世話人 (2017年04月12日 (水) 21時52分)[10488]
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世話人 > 掲句について、作者さんより訂正がありました。投句の際は「舞妓まな」でしたが、「舞妓かな」のタイプミスとのことです。
〈背の高き桜鹿の子の舞妓かな〉で、鑑賞をお願いします。 (2017年04月12日 (水) 22時11分)[10496]

月番 > タイプミスで点が入らなかたのかも知れませんね。何方からでもご意見お願いします。 (2017年04月13日 (木) 13時48分)[10503]

循子 > 「舞妓まな」とありましたので、はじめは「まな」という舞妓さんの固有名詞かと思いました。最近の舞妓さんにはこういう名もありそうだし。「まな」は可愛いという意味があり、そこから「かわいい子」としても使われるようだから、これだろう…かな、など思いました。残念ながら点がでませんでしたが、いろいろと考え、楽しませて頂きました。桜鹿の子は桜色や桜柄の鹿の子絞り。女の子があれば、一度は着せてみたいものです。飯島晴子の「寒晴やあはれ舞妓の背の高き」をすぐに思い出しますが、掲句の舞妓さんもやはり背高なのですね。あまり上背のある舞妓さんにはちょっと桜鹿の子はどうかなぁ。そう読んでくると作者さんの詠みも分かる気がします。ミスは残念でした。 (2017年04月13日 (木) 15時51分)[10517]

洋子 > 世話人様の御案内に兼題は季語の「桜」とありましたが、この場合の桜鹿の子は季語になるのかなあと思いました。 (2017年04月13日 (木) 17時26分)[10518]

月番 > 循子さん、洋子さんありがとうございました。
「桜鹿の子」は季語になるのでしょうか。ご意見お待ちしています。 (2017年04月14日 (金) 16時34分)[10523]

循子 > 確かに世話人のかたからは(季語の「桜」)と指示がありますから、「桜鹿の子」外れるのでは?私はうっかり気づきませんでした。舞妓さんの衣装としては春にしか着ない柄のように思うので、季節感を感じたのですね。 (2017年04月15日 (土) 12時47分)[10535]

月番 > 季節感があるのですね。 (2017年04月15日 (土) 15時01分)[10545]

宜子 > 兼題をお出しした世話人としては季語の「桜」とお願いしたので、やはり掲句は兼題からは少しはずれるようです。作者さんは「桜」一字読み込みの一句のおつもりだったかも知れません。分かりにくかったら、お詫びします。循子さん、コメント有り難うございます。一字読み込みの一句として鑑賞して頂けたら助かります。 (2017年04月16日 (日) 17時33分)[10577]

月番 > 宜子さんいつもお気遣いありがとうございます。「桜」の兼題よかったと思います。 (2017年04月17日 (月) 22時33分)[10610]

宜子 > 眞佐子さん、こちらこそ優しいコメント有り難うございます。ホッと致しました。。 (2017年04月18日 (火) 21時00分)[10633]

榮一 > 背の高き舞妓は飯田晴子の句がやはり邪魔をします。「まな」と「かな」は違いが大きすぎたようです。 (2017年04月19日 (水) 11時50分)[10643]

世話人 > 作者は若林千尋さんです。 (2017年04月20日 (木) 18時36分)[10664]
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8 山桜カラーコーンの一列に 投稿者:世話人 (2017年04月12日 (水) 21時50分)[10487]
   剛 (1点)


月番 > 山桜が満開なのでしょうか。剛さんご意見
お願いします。 (2017年04月13日 (木) 13時52分)[10504]

> 山桜に特別の思いがあるわけではないが、古くは桜といえば自生の山桜を指していたようである。枝垂桜や江戸彼岸、染井吉野、桜が開花したとの桜前線は確か品種改良のされたソメイヨシノの話である。この句はそんな桜にこだわりは無いようであるが、こだわりが有るとすれば、一本だけの年を経た名のある古木だろうか。一列に並んだカラーコーンはパイロンとも呼ぶが、交通規制や区分けのために置かれる物であり、花には無粋と言えるかもしれない。桜を見に繰り出す人たちと、無機質、無言な物に規制される、この社会の姿を見たような気がした。 (2017年04月14日 (金) 14時11分)[10521]

月番 > 剛さんありがとうございました。桜は山桜が最初のようですね。
(2017年04月14日 (金) 16時39分)[10524]

循子 > もうここ何年も吉野山の桜を愛でに、信じられぬほどの観光客がやって来ます。遥か前方の橋のうえに観光バスが列を連ねて立ち往生。乗用車の列。何度かうんざりして引き返したものですが、そのうち桜と紅葉の時期には吉野山へはとてもじゃないけど行けないよねぇと、敬遠するようになりました。掲句は比較的近年に出来た公営の広い駐車場が、すぐ思い浮かびました。無粋なパイロンが並び、そこに入るために皆さんは我慢強く車中で待つのです。山中も整備され、いっぱい生えていて、長閑な蕨採りをしたのがウソみたい。 (2017年04月15日 (土) 13時03分)[10536]

榮一 > 有名になるとどこの花見も人や車で溢れます。句材は現代的ですが平凡に感じました。 (2017年04月19日 (水) 11時55分)[10644]

世話人 > 作者は石田加津子さんです。 (2017年04月20日 (木) 18時37分)[10665]
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9 創業の夫婦の像や朝桜 投稿者:世話人 (2017年04月12日 (水) 21時49分)[10486]
  孝子 直 紫翠 進二 淳子 (5点)


月番 > 創業者夫婦の像と朝桜の関係はいかがでしょう。ご意見お待ちしています。 (2017年04月13日 (木) 14時01分)[10506]

循子 > 企業や私立の学校の門を入ると、こういう光景を目にすることがあります。「朝桜」とありますから、関係者はお辞儀とか目礼とかをして、その前を通られるのでしょうか。朝のルーティンになっているのかも知れません。戦中戦後の混乱を知るものとしては、こういう景に或る儚さを感じてしまうのは、どうしょうもないのです。 (2017年04月16日 (日) 11時29分)[10562]

孝子 > 以前こういう光景をテレビでみたことがあります。ふつうの像は男の人が多いのですが、ご夫婦の像というと深みがあります。 (2017年04月16日 (日) 23時19分)[10588]

紫翠 > 「朝桜」に工夫の余地があるように感じますが内容は伝わります。 (2017年04月17日 (月) 11時23分)[10595]

> テレビで拝見いたしました。私立学校の創業者夫婦の像があり本人が出演されており驚きました。 (2017年04月17日 (月) 20時45分)[10607]

榮一 > ありそうな景ですね。今話題の小学校ももし出来上がったとしたら夫婦の像が立っていそうですね。 (2017年04月19日 (水) 12時00分)[10645]

世話人 > 作者は宮本義之さんです。 (2017年04月20日 (木) 18時38分)[10666]
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10 山桜夕日を返すテレビ塔  投稿者:世話人 (2017年04月12日 (水) 21時48分)[10485]
  保子 淳子 紫翠 (3点)


紫翠 > 「山桜」と「テレビ塔」の取り合わせに惹かれました。 (2017年04月15日 (土) 11時32分)[10531]

循子 > 私もこの取り合せは好きです。 (2017年04月15日 (土) 13時16分)[10538]

月番 > 紫翠さん循子さん、ありがとうございました。 (2017年04月16日 (日) 12時26分)[10567]

千尋 > これは個人的なことですが、はテレビ塔というと名古屋の繁華街栄町のど真ん中に建っているテレビ塔が浮かびました。それで、山桜とはミスマッチに思えたのです。でも、テレビ塔は固有名詞とは言えませんから、これはどちらのテレビ塔でしょうか。 (2017年04月17日 (月) 11時24分)[10596]

保子 > 場所の設定は考えませんでした。ただ「夕日」を返すではなく「夕日の中のテレビ塔」ぐらいが良いかなと思いました。東京タワーの立地の中にも山桜が咲いているかも知れませんけど〜〜〜。 (2017年04月18日 (火) 01時29分)[10614]

榮一 > 地方都市ではありそうな景ですが。返すはどうかと思いました。 (2017年04月19日 (水) 12時05分)[10646]

世話人 > 作者は松谷眞佐子さんです。 (2017年04月20日 (木) 18時39分)[10667]
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11 散る桜キャベツ買おうか四半分 投稿者:世話人 (2017年04月12日 (水) 21時46分)[10484]
  循子 孝子 眞佐子 加津子 杏花 主宰 (7点)


月番 > 四半分のキャベツが気になります。ご意見お待ちしています。 (2017年04月13日 (木) 14時04分)[10507]

循子 > 失礼な言い草ですが、ちょっとバカバカしいけど、とても単純でわかりやすいと思って、笑いたくなりました。桜がさかんに散り始めた頃、この主人公はそれをじっと眺めていて、フッとキャベツの千切りを思い出した。それも俎板、包丁のやり方ではなく、手抜き用のスライサーで作るものです。ボールのなかへ落ちてゆく千切りキャベツは散る桜と見れば見える。しかもこのひとは何らかの事情で一人暮らしなのだ。四半分買えば、余るほどの千切りキャベツは出来上がります。とんかつに添えれば、いくらでも食べられますけれど。 (2017年04月15日 (土) 13時15分)[10537]

眞佐子 > 私も最近は、スライサーで千切りキャベツを作ります。スライサーは四半分の方が使いいいようにおもいます。 (2017年04月15日 (土) 15時08分)[10546]

千尋 > キャベツですが、四半分でも一人暮しですと持て余します。スライサーでカットすると嵩が増えてしまうので、四半分の四半分で十分。あとは炒めて卵とじにしようか、ラーメンや味噌汁に入れようかと使い切るためには悩みます。ですから作者が四半分のキャベツを買おうかどうか悩むのは十分分かりました。が、キャベツって夏の季語じゃなかったっけと悩んだのです。 (2017年04月16日 (日) 00時49分)[10552]

月番 > そうですね。キャベツは夏の季語でした。四半分に気を取られてすっかり忘れていました。 (2017年04月16日 (日) 12時00分)[10564]

循子 > キャベツ・甘藍は夏ですが、「散る桜」と先ずボンと提示されているので、いいんじゃないかと思いますが、駄目でしょうか?ならば、「散る桜」からの、この作者の連想は不成立ということになります。個人的には、この句、捨てたくないのですが…。 (2017年04月16日 (日) 12時26分)[10566]

加津子 > 月番さんと同じです。季語から抜け落ちていました。一日中食べることに追われる主婦としてキャベツの四半分を買おうか真剣に悩んでいる姿にじぶんと重なりました。この気持ちよくわかります。 (2017年04月16日 (日) 16時45分)[10573]

孝子 > キャベツが夏の季語とはまったく意識がいきませんでした。それだけ四半分のほうに意識がいっていたのだと思います。散る桜からキャベツにいく感覚。すばらしいとおもいました。たとえ季違いだとしても私的にはオッケイでした。面白いです。 (2017年04月16日 (日) 23時30分)[10589]

榮一 > 年中ある野菜の季語は悩ましいですね。ものの本によれはこんな時主の季語と従の季語として考えるとありました。私は全体の句の流れで季語を感じたいと思っています。この句の場合はやはり散る桜の情緒と季節感です。余り意味のない何でもない心の動きが面白いです。 (2017年04月19日 (水) 12時15分)[10647]

世話人 > 作者は石田剛さんです。 (2017年04月20日 (木) 18時40分)[10668]
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12 桜咲き西行逝きぬ魑魅魍魎   投稿者:世話人 (2017年04月12日 (水) 21時45分)[10483]
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月番 > 西行と魑魅魍魎、点数が入っていませんが、何方からでもご意見お願いいたします。 (2017年04月13日 (木) 14時08分)[10508]

オサム > 「願はくは花の下にて春死なむ その如月の望月のころ」この歌のとおり、西行は釈迦入滅の日でもある三月の終わり頃に亡くなったそうです。掲句の(桜咲き西行逝きぬ)は、まさにその通りということになります。では(魑魅魍魎)はどういうことなのでしょう。歌に詠んだ通りの日に亡くなることも、ある意味、魑魅魍魎的ですね。そして、西行は主に和歌を通じて日本三大怨霊の一人でもある崇徳天皇と交流があったということですから、その辺のことも魑魅魍魎的なのかもしれません。色々な広がりや深みを持つ句ではあるのですが、17音の俳句に仕上げるには大変なテーマかもわかりませんね。 (2017年04月15日 (土) 23時47分)[10549]

月番 > オサムさん西行に関する解説ありがとうございました。 (2017年04月16日 (日) 12時08分)[10565]

美鈴 > よくわからなくて頂きませんでしたが、上田秋成の雨月物語の「白峰」の冒頭に崇徳院の怨霊とのやり取りが出てきます。ふっとそのことが浮かびました。黄泉の国の西行はいかに・・との連想がわきました。 (2017年04月16日 (日) 17時53分)[10581]

循子 > 大阪府河南町の弘川寺が西行終焉の地と言われています。ご存じの方が居られるでしょうが、辻 邦生の『西行花伝』の「二十一の帖」に≪師西行はこうして満月の白く光る夜、花盛りの桜のもとに、七十三年の生涯を終えた。≫という美しい一節あり。それが陰暦二月十六日。弘川寺の桜は後年植えられたものですが、桜が美しい。崇徳上皇の怨霊との交流は面白いですね。そこからの連想で魑魅魍魎が呈示されたとしたら、わからないこともないですが、飛躍が大きくて、オサムさんの言われる通り、そこへ辿り着くには、大変なテーマのようです。 (2017年04月17日 (月) 15時22分)[10599]

寿美 > 願わくは花の下にて春死なむ・・・西行の歌は何となくうろ覚えながら出てくるのですが、書き込みの皆さんの物覚えの良さに舌をまきます。最近は片っ端からものを忘れて、このままいくと廃人か〜と恐ろしくなります。 (2017年04月18日 (火) 15時53分)[10623]

榮一 > 魑魅魍魎がわかりませんでした。 (2017年04月19日 (水) 12時21分)[10648]

世話人 > 作者は森内洋子さんです。 (2017年04月20日 (木) 18時41分)[10669]
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13 膨らむや桜蕾に目を凝らす     投稿者:世話人 (2017年04月12日 (水) 21時44分)[10482]
  直 吉章 (2点)


月番 > おとりになった方も、取られなかった方もご意見お待ちしています。 (2017年04月15日 (土) 15時11分)[10547]

孝子 > 辛口であえて言わしていただくと、桜蕾だけですよね。膨らんできた桜の蕾に感動してるのはよくわかるのですが、書きすぎというか作者のこころそのまま全部かかれると読み手の想像するたのしみがなくなると思います。 (2017年04月16日 (日) 23時42分)[10590]

> 私は、膨らむ蕾にとても関心があります。蕾が膨らんで花が咲き、そして実が生る。四国高松から奈良に帰る時友人よりオリーブの木を頂きました。以来40年蕾なし、もう一本植えましたが、変化なし、近所の歯科医さんは小さい木ですが50個実がなります。木は異なりますが膨らむ蕾を待つている人もおりますよ。 (2017年04月18日 (火) 16時34分)[10625]

榮一 > 目を凝らして桜の蕾が膨らんだのを穴のあくほど観察してから大胆な発想を展開させてと願います。今は報告ですね。 (2017年04月19日 (水) 12時24分)[10649]

世話人 > 作者は渡辺淳子さんです。 (2017年04月20日 (木) 18時42分)[10670]
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14 一本の桜の下の宴かな  投稿者:世話人 (2017年04月12日 (水) 21時43分)[10481]
  保子 剛 眞佐子 進二 淳子 宜子 紫翠 (7点)


月番 > 一本の桜の宴です。物語がありそうですね。ご意見お待ちしています。 (2017年04月13日 (木) 14時12分)[10509]

紫翠 > 一句一章の作品ですが、いろいろな情景や場面を想像させてくれ、奥の深い句と思います。 (2017年04月15日 (土) 11時36分)[10532]

進 二 >  桜苑や桜並木ではなく、一本の見事な桜と読みました。面白い景が浮かんできました。参加メンバーにとっては至上の空間になったことでしょう。はた目にも、面白い景に。 (2017年04月16日 (日) 17時38分)[10578]

宜子 > 東京で言えば上野や青山の豪華な桜並木ではなく、一本の桜。その下での宴はおそらく一人の宴。思い出の方と、思い出の桜の下でのしばしの語らい・・甘すぎる読みのようです。 (2017年04月16日 (日) 17時40分)[10579]

孝子 > 我が家のお向かいにある会社、工場のいり口に立派な桜の木があります。道をとおる人も咲き加減を楽しみにしていますが、毎年その桜のしたで工場の人たちの宴がひらかれます。外から見てもほほえましくおもわれます。みなさんのいい関係がうかがえます。やはりいただくべきでした。 (2017年04月16日 (日) 23時54分)[10591]

保子 > 細々とした木ながらも咲く桜の花、遠い遠い思い出そっとしておきたい感じで頂きました。
(2017年04月18日 (火) 01時39分)[10615]

> 5百年、千年と生きて、「桜守」と、呼ばれている人達に見守られている、一本桜と呼ばれる古木も各地にあるようだ。紫翠さんの書かれた通り、一本だけの桜の古木は物語るのである。その樹の花の下に集い宴を張ると云うのは、何ともうらやましい。日本に季節を連れてくるのは桜と云って良い。新しい年度、新学期の始まり。宴(うたげ)に集うハレの人達を、この一本の桜は何年眺めて来たのであろうか。 (2017年04月18日 (火) 11時21分)[10619]

月番 > 皆さんの書き込みから、一本の桜のいろいろな場面が想像されました。 (2017年04月18日 (火) 20時20分)[10629]

榮一 > 作者の位置がよくわかりませんでした。 (2017年04月19日 (水) 12時25分)[10650]

世話人 > 作者は佐藤美鈴さんです。 (2017年04月20日 (木) 18時43分)[10671]
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15 散るさくら吾晩年の時刻表 投稿者:世話人 (2017年04月12日 (水) 21時41分)[10480]
 循子 美鈴 洋子 孝子 保子 義之 剛 吉章 淳子 寿美 (10点)


月番 > 多くの方がおとりになっています。ご意見お待ちしています。 (2017年04月13日 (木) 14時15分)[10510]

寿美 > 満開の桜にいつも感動して、また体も頭も弱ってきたこの頃一層散る桜に自分を重ねてみている。良く気持ちのわかる句でした。 (2017年04月16日 (日) 10時33分)[10559]

洋子 > 「吾晩年の時刻表」って、あの世に旅立つときの時刻表か・・・と読めてしまって、身の引き締まる寂しい鑑賞をしてしまいました。
(2017年04月16日 (日) 11時07分)[10561]

循子 > 何年何月何時何分。そんなことがわかったら生きていられない。私はあらゆることに時間が速く過ぎてしまう齢になって、あらゆる事が予想よりも遅れがちになる。そういう気持ちかなぁ、と。
なによりも、私に比べれば、まだお若いはずですよ、洋子さん、寿美さん。 (2017年04月17日 (月) 16時08分)[10602]

寿美 > この句の中七下五の吾晩年の時刻表という言葉がぴたりとそうだそうだと言うことがわが身におきました。元々60歳で若い高校卒業予定者に交じって車の免許を取りました。しかし自動車学校で受けた更新の学科試験に苦戦し頭の弱りというかバカになっているというかこれはヤバイと自覚し最後まで受けないで途中棄権しました。情けないことです
ですが、老人の事故が多いので受けに行って目が覚めました。最寄の県警本部に行き免許証にパンチが入れられもう乗れませんが、事故が起こっては取り返しがつかないので、これからは自分の足で歩き、風景を見ながら句を書きたいと思っています。 (2017年04月17日 (月) 22時07分)[10608]

洋子 > 循子さま、励ましていただいたような気持ちで、ありがたく思っております。が、昨年の11月に義姉が自宅の二階の階段から落ちて即死しましたので、そのときから、死がすぐ身近に感じられ、明日の命も定かではないという思いに取りつかれています。さしあたっては足元に気を付けて歩き、階段では必ず手すりを持つということを心がけているところです。 (2017年04月17日 (月) 22時29分)[10609]

保子 > 「吾晩年の時刻表」この表現にびっくりしました。でも「時刻表」どうりに事が進むとは限らない〜。その間をゆったりと息をしましょう。と言う事か考えさせられました。
(2017年04月18日 (火) 02時16分)[10617]

> 生まれてから死ぬまでの時刻表が有ろうはずは無いが、年齢に伴う体調の変化等で、作者自身が晩年と感じ取っているらしい。人それぞれであり、作者の述懐なので何の文句も無い。桜に限らず樹は毎年花を咲かし散らすが、特に桜の花に来し方を振り返り、行く末を思う人は多い、桜の花は潔いのだ。自分の身に照らし、来年も生きてこの桜を仰ぐことが出来るのだろうかと、少し侘しい句のようだ。この句の「吾晩年」は、少しシビアではなかろうかと思っている。 (2017年04月18日 (火) 10時14分)[10618]

美鈴 > この句の晩年って何歳くらいのことかしら、と改めて思いました。人それぞれでしょうね。年を重ねるごとに時の流れが速くなります。鈍行に乗ってのんびりあたりの景色を楽しみながら終着駅に着きたいものです。


(2017年04月18日 (火) 18時08分)[10628]

月番 > 鈍行に乗ってのんびりがいいですね。私は循子さんのおっしゃるようにあらゆることの時間が速く過ぎのを感じます。 (2017年04月18日 (火) 20時34分)[10630]

世話人 > 作者は主宰先生です。 (2017年04月20日 (木) 18時43分)[10672]
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