玄鳥 定例句会

2017年

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6 山道やどこまで続く草紅葉  投稿者:世話人 (2016年09月12日 (月) 22時00分)[9022]
鈴子 (1点)


月番 > 作者の息づかいまで伝わってくるようです。 (2016年09月13日 (火) 14時30分)[9035]

鈴子 > どこまでも続く草紅葉、山歩きをしていた頃の事がふとよぎりました。尾瀬ヶ原から至仏山に至る山道の草紅葉に慰められながら歩を進めたものです。山道ので頂きました。 (2016年09月16日 (金) 22時12分)[9092]

榮一 > よくわかる景ですが特徴がないように思いました。 (2016年09月19日 (月) 20時17分)[9165]

世話人 > 作者は渡辺循子さんです。 (2016年09月20日 (火) 20時21分)[9188]
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7 美しい日本語を読む夜の長き  投稿者:世話人 (2016年09月12日 (月) 21時58分)[9021]
オサム 寿美 剛 千尋 吉章 (5点)


月番 > 美しい日本語 思わず息を整えてしまいます。 (2016年09月13日 (火) 14時33分)[9036]

オサム > 美しい日本語と聞くと、私の場合、中勘助さんの「銀の匙」を思います。余談になりますが、昔、灘中学で、ある国語教諭がこの一冊を三年かけてじっくり読み込む授業を行なっていたそうです。秋の夜長に、昔読んだ愛読の一冊を改めて声に出して読んでみるぐらいの心の余裕を持ちたいものです… (2016年09月16日 (金) 00時48分)[9072]

循子 > オサムさん同様『銀の匙』は何回読み直してものめり込む名作と思います。美しい日本語…と考えているうち、他にもあれこれ浮かんできて、そういうものをひっくるめて総体的な意味なのか。ちょっと「美しい日本語」だけでは絞り切れない感じがいたしました。 (2016年09月16日 (金) 12時59分)[9080]

寿美 > 美しい日本語を喋る大人も少なくなり、それが普通のことになっていますが、美しい日本語の小説などを読むうちに物語にも魅かれていく時の立つのも忘れていいですね。 (2016年09月16日 (金) 16時42分)[9084]

吉章 > 先日から三島由紀夫さんの「鏡子の家]を毎日就寝前に少しずつ読んでいます。すぐ眠くなって読み終わるまでかなりの日数がかかると思っています。ストーりイもさることながら文脈の複雑さを乗り越えて読者を優先して解り易く驚くような表現の豊かさに思わず熟読玩味させられております。適当に間を置いてユーモアを交えて退屈させない文脈に感心しております。読書の秋は天が与えた本好きの人の亦とない季節だと思います。 (2016年09月17日 (土) 15時45分)[9108]

> 拘る事は無いが「美しい」は「美しき」もあると思った。意味は同じだと思うが、たぶん「美しい」は現代的で、「美しき」は少し時代が古いように思うが、音の変化だけなのだろう。皆さんの書かれた通り、秋の夜長は本を読む人は多い。私もそうだが、根気が無いので、難し本はおろか、何日もかけて読む長いのは読めなくなった。勿論、横文字(英文)や漢字だけの本も読めない。思い当たったのは、歳時記だった。歳時記に示される季語の殆どは、日本のおりおりの自然や、人事、四季の折り目の行事などが列記されている。いずれも美しい日本語だと思っている。 (2016年09月18日 (日) 10時39分)[9140]

榮一 > 美しいは口語脈で夜の長きは文語脈ですね。その点からすれば「美しき」が統一的ではと思います。美しきと長きの「き」の重なりが気になったのかもしれません。剛さんの言う(大)歳時記は納得です。 (2016年09月19日 (月) 20時40分)[9166]

世話人 > 作者は村上直さんです。 (2016年09月20日 (火) 20時22分)[9189]
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8 北斎の百物語盆の月  投稿者:世話人 (2016年09月12日 (月) 21時57分)[9020]
紫翠 惠美子 義之 進二 淳子 保子 オサム 加津子 主宰 (10点)


月番 > 大人の絵本の挿し絵のような〜感じもします。 (2016年09月13日 (火) 14時38分)[9037]

義之 > 題名は百物語と壮大ですが、作品は残された僅か5枚の妖怪画のようです。盆の月は、付き過ぎかと少し気になりましたが、おどろおどろらしさに、ぴったりかと思いました。 (2016年09月14日 (水) 10時54分)[9054]

循子 > この句は好きなのです。どうしようかなあと、迷いました。ただ義之さんも書かれていますが、盆の月は矢張り付き過ぎでは? 「百物語」は歳時記によっては(現代俳句歳時記)「幽霊≪季・夏≫」の傍題として出ています。一般的に盆の月は秋ですが、季感としては夏に近いので、付き過ぎ感は拭えませんでした。北斎はもともと五枚だけで描いて厭きてしまったのでしょうか。 (2016年09月14日 (水) 20時54分)[9059]

惠美子 > 私も 付き過ぎなのでは・・と迷いましたが、全体の字面が・・外す気にはなれませんでした。 (2016年09月15日 (木) 12時38分)[9062]

作者 > 五枚のなかの四枚、こはだ小平二、笑ひはんにゃ、さらやしき、しうねんはみることができたのですが、あと一枚がわかりません。 (2016年09月17日 (土) 18時10分)[9116]

循子 > あと一枚は四谷怪談の「お岩さん」では?提灯が顔になっています。 (2016年09月17日 (土) 21時32分)[9121]

宜子 > 「百物語」の画像が見られます。↓

http://www.photo-make.jp/hm_2/hokusai_kisou.html (2016年09月17日 (土) 23時27分)[9129]

月番 > お忙しいところ宜子さん有難うございます。後程ゆっくり観たいと思います。 (2016年09月18日 (日) 23時25分)[9150]

榮一 > 盆の月は秋ですが中秋よりひと月早い盂蘭盆会の月です。百物語は晩夏の季語として大歳時記にありますが、百本の蝋燭を立てて、多くの人を集めて一人がひとつずつ化物の話をして終わったら一つろうそくの火を消して、百本目の蝋燭を消したとき本当に化物が出てくるということのようです。昔の金持ちの道楽の遊びのようなことなのでしょう。北斎もその話から百物語を描き始めたのではないかと考えられますが画が売れなければ徒労に終わります。化物の画は美人画とは違いあまり気色のいいものではなかったようです。百物語は北斎のと限定したことで季語から離れたように思います。 (2016年09月19日 (月) 21時06分)[9167]

世話人 > 作者は久野孝子さんです。 (2016年09月20日 (火) 20時23分)[9190]
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9 鬼灯の種抜く秘術おさげ髪  投稿者:世話人 (2016年09月12日 (月) 21時56分)[9019]
杏花 オサム 寿美 剛 直 循子 (6点)


月番 > 鬼灯 子どもの頃のいろいろな事が思い出されます。
(2016年09月13日 (火) 14時52分)[9038]

オサム > 5番のゴム靴のアルペン踊りの句と似た懐かしいテイストの句と思いました。鬼灯の種子を巧みに抜き取って、風船のようにした実を口
に含んで鳴らして遊ぶ。いつしか種を抜く秘術を会得した少女がいても不思議ではありません… (2016年09月16日 (金) 01時06分)[9073]

寿美 > 赤く熟した鬼灯の種を抜くにはまず、赤い実を揉みほぐしはっぱのじくをしっかり握って玉をゆっくり左右にねじりながら外さねばならない、このとき焦りは禁物。集中力あるのみ。親が教えたか、何度も失敗して自分で習得したか、すぐ切れる今の子供たちにこういう遊びをやってほしいと、懐かしさもあっていただきました。作者も何度も失敗したに違いない。 (2016年09月16日 (金) 16時53分)[9085]

循子 > ほんとに鬼灯の種抜きは気短かだと失敗するのですよね。その分、きれいに抜けたときは嬉しかったものです。おさげ髪で一層ノスタルジックな句に仕上がりました。教わった記憶はないので、やはり自分で体得したのでしょうね。私には鳴らすほうが難しかった気がします。 (2016年09月16日 (金) 23時56分)[9093]

> 妻が小学生の頃、鬼灯を上手に種を抜き鳴らしていました。母から教わつたそうです。昔を思いだしました。 (2016年09月18日 (日) 08時04分)[9135]

寿美 > 直さんの奥さまは幼馴染だったんですね。ほうずき一つで若いころの奥さまを思い出されるとはよほど愛してないと忘れるものですよ。うらやましー。 (2016年09月18日 (日) 11時17分)[9141]

> 四万六千日のほおずき市ででも求めたのだろうか、秋に鬼灯は鮮やかな橙色に稔り、実の有る袋を垂れる。いまどきの女子たちは見向きもしないだろうし、鬼灯の実も見た記憶が無い人も多いだろう。その昔、女子たちは皆さんの書かれたように実の中の種を抜いて、空洞を鳴らす遊びがあった。種を抜く秘術が有ったなどと、ゴム跳の句とともに、遥か彼方になった懐かしき時代を振り返るばかりである。 (2016年09月18日 (日) 11時26分)[9142]

榮一 > 鬼灯の種を抜くのは難しそうですが秘術は大げさのように思えました。鬼灯も観賞用になってしまいましたが。 (2016年09月19日 (月) 21時10分)[9168]

世話人 > 作者は森内洋子さんです。 (2016年09月20日 (火) 20時24分)[9191]
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10 野分雲ひと匙甘い玉子焼き  投稿者:世話人 (2016年09月12日 (月) 21時55分)[9018]
 惠美子 美保子 宜子 (3点)


月番 > 甘い玉子焼き 落ち着いた良いひと時のようです。 (2016年09月13日 (火) 14時57分)[9039]

千尋 > 卵焼きほど地方やその家で味が違う料理はないのではないでしょうか。
関西は砂糖も塩も入れないお家が多いようで、東京は甘い卵焼きが定番のようで、名古屋は砂糖も塩も入れます。
どうもそのことが気になって。 (2016年09月16日 (金) 15時45分)[9083]

惠美子 > 子供の頃 母は台風が来るというと おにぎりと玉子焼きを作ってくれました。 京風は出しを効かせた「だしまき」ですが、こんなときは少し砂糖を効かせていました。 懐かしくて頂きました。 (2016年09月17日 (土) 07時27分)[9100]

循子 > 台風が近づき空が暗くなるのは、不安なものです。子供は余計心細い。それを落ち着かせるように、母親が常よりちょっと甘い卵焼きを作ってあげてるのでしょう。恵美子さんの追憶通りの景を思います。蛇足ですが、セブンイレブンのお惣菜として、2種類並んでいます。「だし巻き」は甘くない。恵美子さんの「出しを効かせただし巻き」、一方で卵焼きはウンと甘い。時々手抜をして昼の蛋白源といたします。断然「だし巻き」派ですが。 (2016年09月17日 (土) 11時20分)[9105]

美保子 > 私はNHKのサラメシという番組が大好きで出かけるときは録画して出かける位なのですが、ほとんどのお弁当に卵焼きが出てきます。そして、男の方が案外、甘い卵焼きがお好きなようなのです。そのことを思い出しました。ひと匙甘いという言葉も野分雲とよく合っていておいしそうな卵焼きが目に浮かびました。
(2016年09月17日 (土) 22時39分)[9124]

宜子 > ひと匙分甘くした玉子焼きに、家族の有り様、親子の情のようなものを感じました。外は台風が近づいているような重たい気配、でも台所から匂ってくる玉子焼きの匂いには、あたたかさも乗ってきます。家族の繋がり見せてもらいました。 (2016年09月17日 (土) 23時23分)[9128]

榮一 > 匙も大匙と小匙では甘さも随分変わりそうです。ご飯にはだし巻きで弁当やサンドイッチの具は少し甘くします。野分雲との関係はあまり感じられませんでした。 (2016年09月19日 (月) 21時16分)[9169]

世話人 > 作者は石田加津子さんです。 (2016年09月20日 (火) 20時25分)[9192]
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11 遠き日の遁走夜の黍畑   投稿者:世話人 (2016年09月12日 (月) 21時54分)[9017]
紫翠 義之 洋子 進二 美鈴 孝子 剛 宜子 (8点)


月番 > 夜の黍畑 皆さまの選評が楽しみです。  (2016年09月13日 (火) 15時03分)[9040]

義之 > 実景が見えにくい、やや観念的な句である。黍といえば、五穀の一つであるが、山間地の畑など、稲が耕作できない農地で栽培されるといった、マイナーなイメージがある。若き頃、山間の貧しき農家を飛び出し、都会に出て行った作者の、遠き思い出の一句なのであろうか。 (2016年09月14日 (水) 11時55分)[9057]

洋子 > 戦争中の脱走兵か、人目を忍ぶあいびきか・・・。よくはわかりませんが夜の黍畑の魅力にひかれていただきました。 (2016年09月16日 (金) 09時04分)[9076]

> 沖縄や奄美郡島には広い砂糖黍の畑がある。北海道なども市場へ出荷する為の、玉蜀黍の専業農家もあると思う。眺めたのか、その辺を通ったのか、黍畑は現実の畑であり、その際に遠き日が甦ったと私は採った。この遠き日は熾烈をきわめた太平洋戦争に敗れた、その敗戦時の混乱ではないだろうかと疑った。遁走は「逃れ去ること」「敵前から遁走する」である。遁走は逃げるにマイナスの部分が付加されている。敗戦時の沖縄の地上戦もそうだし、旧満州など大陸の混乱も思われる。当時の大陸の高粱(コーリャン)畑を、兵士も一般人も混乱の中を逃げた屈辱の遁走である。あの「ざわわざわわ」の黍畑の夜である。 (2016年09月17日 (土) 12時13分)[9107]

孝子 > 遁走は遠い遠い昔のこと、そして現実としての、マイナーな黍畑、上手な構成と思いました。またマイナーな記憶もみちたりた現実があるから詠めるのかもとおもいました。 (2016年09月17日 (土) 18時27分)[9117]

進 二 >  終戦間際の満州に於ける餓えたソ連兵から必死に逃れようとしてその多くが命を落としてしまった移住者達の女子供の惨劇を詠むには「遠き日の」では、言葉が足らないと思いますので、この句、私は、まだ学校に行っていた頃の果樹園やとうもろこし畑での必死の「遁走」を懐かしく思い出しての句と受け止めました。少しオーバーに「遁走」としたのは俳諧味かと。 (2016年09月18日 (日) 14時05分)[9145]

榮一 > 小学校の時、中国大陸で売られた少女が黍畑を走って逃げるモノクロ映画を見たことを覚えている。広大な黍畑を少女がやみくも走るシーンで映画は終わりでした。少女の名前は「ヤンシー」だつたと思います。遁走はやはりきつい響きです。トウキビなどを盗んでの事ではなさそうです。 (2016年09月19日 (月) 21時34分)[9170]

世話人 > 作者は安田循子さんです。 (2016年09月20日 (火) 20時27分)[9193]
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12 人去れば秋風通ふ吊り鏡   投稿者:世話人 (2016年09月12日 (月) 21時53分)[9016]
杏花 洋子 淳子 吉章 鈴子 (5点)


月番 > 秋風と吊り鏡 深とした静かさを感じます。 (2016年09月13日 (火) 15時12分)[9041]

洋子 > 人がいるときは気が付かないのですが、誰もいなくなった部屋でふと秋風に揺れた吊鏡。他の季節では感じられない寂寥感を感じました。 (2016年09月16日 (金) 09時08分)[9077]

鈴子 > 秋風通ふ吊り鏡、風情のある句と思い頂きました。欲を言えば秋風通ふ吊り鏡に「ば」は強すぎるように感じました。 (2016年09月17日 (土) 19時56分)[9120]

世話人 > 作者は主宰先生です。 (2016年09月20日 (火) 20時28分)[9194]
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13 冬瓜に座り心地の良き日かな 投稿者:世話人 (2016年09月12日 (月) 21時52分)[9015]
義之 淳子 オサム 眞佐子 宜子 千尋 吉章 (7点)


月番 > 冬瓜の座り心地の良き日  幸せそうですねぇ。 (2016年09月13日 (火) 15時19分)[9042]

義之 > 「座り心地の良き日」と、「冬瓜」の取り合わせに惹かれて頂きましたが、助詞の「に」の座りの悪さが気になったのは、「や・・・かな」のスタイルを避けた為でしょうか。私の好みとしては、「冬瓜や・・」と、しっかり切って、「・・・座り心地の良き日差し」等、「・・かな」を避ける手立てを考えたいと思いました。あるいは月番様の書かれたように、「冬瓜の座り心地の良き日かな」と一物仕立ても、味わい深いものがあります。 (2016年09月14日 (水) 11時17分)[9055]

循子 > 冬瓜に、とあるので、冬瓜にとって座り心地が良いのが、それとも人が冬瓜に座ることが心地良いのか、迷いました。上記のおふたりが書かれたように、「冬瓜の」の意でしょうか? (2016年09月14日 (水) 21時04分)[9060]

惠美子 > 私も「に」だから 散文的で頂かなかったのですが、「の」なら・・大きな冬瓜のすわり心地のように読めますので・・?? 作者は冬瓜に座ってご機嫌なのですよねぇ!? (2016年09月15日 (木) 12時51分)[9063]

月番 > 「の」に月番が変えてしまいました。他の方々はいかがでしょうか。 (2016年09月15日 (木) 21時42分)[9070]

オサム > 私も「の」の方が好きです。 (2016年09月16日 (金) 01時09分)[9074]

洋子 > 私も循子さまのように、冬瓜に人が座るのか、冬瓜が大地に座るのかわかりませんでした。
(2016年09月16日 (金) 09時22分)[9079]

吉章 > 「冬瓜にとっては」と解釈すべきでは無いでしょうか?私はそのつもりの「に」で戴きました。微妙ではありますが「の」とは異なった冬瓜が描かれます。
(2016年09月17日 (土) 16時18分)[9109]

眞佐子 > 私も「冬瓜にとっては」と取りました。冬瓜を栽培しますと沢山の実がごろごろと付きますので、冬瓜にとって座り心地の良い日があるのではないかとおもいました。 (2016年09月17日 (土) 17時18分)[9110]

宜子 > 冬瓜のようなどっしりした物にも、のんびりする陽気の日がありそうな気がします。「冬瓜」ならではと思いました。ちなみにスイカでも、瓜でもしっくりこなかったです。「とうがん」でした。 (2016年09月17日 (土) 23時38分)[9130]

千尋 > 冬瓜の上に座ることができるということが(食べ物の上に座るなんて!)考えられなかったので、あの丸くてでっかい歪な球形の物体の座り加減と思っていただきました。あの物体がきちっと座ったらさぞやスッとしたに違いない。 (2016年09月17日 (土) 23時40分)[9131]

榮一 > 冬瓜「に」がしっくりこなかつたです。 (2016年09月19日 (月) 21時38分)[9171]

世話人 > 作者は石田剛さんです。 (2016年09月20日 (火) 20時29分)[9195]
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14 一打目のホールインワン秋うらら  投稿者:世話人 (2016年09月12日 (月) 21時51分)[9014]
寿美 直 (2点)


月番 > 思わず拍手したのでしょう か? (2016年09月13日 (火) 15時21分)[9043]

寿美 > 今や元気なのは老人ばかり。我が老人会も朝からグランドゴルフを楽しむ元気な年寄りばかりで楽しいばっかりです。ましてやホールインワンでもしようものなら、どこからそんな声が出るのーて大騒ぎです。 (2016年09月16日 (金) 17時00分)[9086]

> グランドゴルフでは、ホールインワンをすると、総打数より3打引いてくれます。上手な人ほど、狙うものです。私も狙つています。 (2016年09月18日 (日) 08時23分)[9136]

榮一 > 一打目だからホールインワンなので。 (2016年09月19日 (月) 21時39分)[9172]

世話人 > 作者は佐藤美鈴さんです。 (2016年09月20日 (火) 20時30分)[9196]
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15 狗尾草漕ぎし少年闇深む 投稿者:世話人 (2016年09月12日 (月) 21時50分)[9013]
淳子 眞佐子 (2点)


月番 > 狗尾草を漕ぐ 少年 選評宜しくお願いします。  (2016年09月13日 (火) 15時26分)[9044]

眞佐子 > 狗尾草の丈は70〜80pだとおもいますので、大人にとっては漕ぐこともないのですが、大人の笹漕ぎのように、少年の狗尾草を漕ぐ姿がみえてきました。日が暮れてきますと心細さも加わって闇深むもわかるような気がします。幼い頃を思い出しました。 (2016年09月17日 (土) 17時32分)[9111]

循子 > 漕ぐというのは、芒原をかき分けて進むような状態をいうのですね?申し訳ないことに、全く意味が判りませんでした。眞佐子さんのお陰でちょっと見えてきました。 (2016年09月17日 (土) 21時39分)[9122]

榮一 > 狗尾草をかき分けている少年をイメージできませんでした。闇深むも言い過ぎのようです。言っても「猫じゃらし」ですから。 (2016年09月19日 (月) 21時46分)[9173]

世話人 > 作者は伊藤保子さんです。 (2016年09月20日 (火) 20時31分)[9197]
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16 本堂の屋根の修復雁渡る 投稿者:世話人 (2016年09月12日 (月) 21時48分)[9012]
杏花 紫翠 保子 孝子 剛 宜子 直 千尋 美保子 (9点)


月番 > 私の町の本門寺さんでもたまに見かける風景です。 (2016年09月13日 (火) 15時28分)[9045]

美保子 > あまり、記憶に自信がないのですが、ずいぶん昔、奈良に行った時、ちょうど、唐招提寺(だったと思うのですが)の修復中で、瓦をたくさん集めて屋根の修復をしていたのだろうと思うのですが、その事を思い出して、大きな景でいい句だなあと思いました。
(2016年09月17日 (土) 22時49分)[9125]

> 今春日大社が屋根の修復をしております。多大な費用と期間をかけ近くお披露目があるようです。楽しみです。 (2016年09月18日 (日) 11時28分)[9143]

> 途中なのか終わったのか判然としないが、修復とは元に戻すと言う意味が有る。歴史のある古い建築物なのだろう。昭和とか平成の大修復とか修理と呼ばれた、有名な寺院のテレビのドキュメンタリーも見た記憶がある。特徴のある屋根の上を鳥が渡る、景色は壮大で大きい。 (2016年09月19日 (月) 09時52分)[9152]

榮一 > 寺の本堂の大屋根の修復と雁渡るです。取り合わせにやはり既視感が漂います。 (2016年09月19日 (月) 21時48分)[9174]

世話人 > 作者は松谷眞佐子さんです。 (2016年09月20日 (火) 20時32分)[9198]
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17 分からぬは分からぬで良し菊日和  投稿者:世話人 (2016年09月12日 (月) 21時43分)[9010]
   淳子 孝子 循子 千尋 美保子  (5点)


月番 > 「菊日和」にゆったりとした雰囲気が広がるようです。 (2016年09月13日 (火) 15時32分)[9046]

千尋 > 子供の頃は菊なんてと思っていましたが、この頃じっくり眺めるとなかなか風情のある花だなあと思います。
この句は「菊日和」に妙に納得させられてしまいました。 (2016年09月16日 (金) 15時40分)[9082]

循子 > 中七までの措辞はポンと投げやりな感じがしますが、「菊日和」を置かれたことで、そう開き直っている人物像が見えてきて楽しい。檜紀代さんだったかしら、「どっちみち地獄行きなり日向ぼこ」という句を思い出しました。 (2016年09月17日 (土) 00時18分)[9095]

惠美子 > 私のような鈍い者には ちょっと読み取りにくい句ですが、少し強引に「考えて理解しろ」と言われているようです。 菊日和がそう思わせるのでしょうね。 (2016年09月17日 (土) 07時43分)[9102]

循子 > 「考えて理解しろ」と言う気は、端っからこの主人公には無いと思いますよ。 (2016年09月17日 (土) 11時01分)[9104]

孝子 > 上五中七ですっきりといいきって、菊日和でおさめて、気持ちよい感じがしました。菊は日本にとって本当にぴったれな感がします。母は仏前には白い花をあげてねといい、私は大小の白い菊をもとめます。菊の節句、菊日和好きなきごです。潔い句とおもいます。 (2016年09月17日 (土) 18時40分)[9118]

美保子 > 「菊日和」って優しくて素敵な季語だなあとこの句の中に置かれて改めて思いました。「分からぬは分からぬで良し」と言ってもらえたら、ずいぶんと生きやすいだろうと思います。
(2016年09月17日 (土) 23時01分)[9126]

惠美子 > 循子さまありがとうございます。 そこが私の鈍いところですね。 私にはこんな句は詠めない 大先輩の句のように思えたので・「勉強しなさい」と言われているようでしたので・・。 (2016年09月18日 (日) 07時39分)[9133]

循子 > いえ、恵美子さん。 私の読めないことを、恵美子さんが読み込んでおられることが屡々あって、ひそかに「なるほど!そうなのか…」と思うことがよくあります。 (2016年09月19日 (月) 12時00分)[9157]

> 安田さんの言う、開き直りだと、私も思う。「分からぬで良し」と潔い。私の事だが、テレビなどで役者や、お笑い芸人の名が思い出せない事が度々ある。もう老人の域に入ったし、齢がそうさせるのだ、何をあくせく名前をと考えることも無いと、自分自身に言い聞かせている。この句もそんな他愛のないものだろう。悩むものでもない、余裕のようなものが見える。穏やかな菊日和がそうさせるのかも知れない。 (2016年09月19日 (月) 18時42分)[9159]

榮一 > 中七までは好きですが菊日和が端正で厳格で躊躇しました。もっと腑抜けた句にしたらと思います。 (2016年09月19日 (月) 21時52分)[9175]

世話人 > 作者は山内宜子でした。 (2016年09月20日 (火) 20時33分)[9199]
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18 白鷺のつがいの飛翔青田波 投稿者:世話人 (2016年09月12日 (月) 21時42分)[9009]
  杏花 紫翠 洋子 直 (4点)


月番 > 青田波と白鷺 伸びやかさが伝わります。 (2016年09月13日 (火) 15時35分)[9047]

千尋 > 白鷺と青田の季重なりが気になりましたが・・。 (2016年09月15日 (木) 15時43分)[9066]

洋子 > 鷺は季語ではなく、青鷺、白鷺は夏の季語でした。小鷺は留鳥として冬に残るものがある、と少し複雑で、うっかりしてしまいました。白と緑の色彩が美しいと思ったのですが、ちょっと絵はがきみたいでしたね。 (2016年09月16日 (金) 09時18分)[9078]

> 季重なりは、気付きませんでした。ただ奈良斑鳩地方を車で走つていると、この景をよく拝見いたし微笑ましいと思い選句いたしました。 (2016年09月18日 (日) 09時22分)[9138]

榮一 > 色彩も鮮やかで美しい田園の景です。季重なりは気になります。ハッとするものはありませんが難のない句です。 (2016年09月19日 (月) 22時02分)[9176]

世話人 > 作者は渡利寿美さんです。 (2016年09月20日 (火) 20時35分)[9200]
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19 オレンジの腹見え隠れして鶲   投稿者:世話人 (2016年09月12日 (月) 21時41分)[9008]
  ・


月番 > 鶲の特徴も捉えつつオレンジ色がよく効いていると思います。 (2016年09月13日 (火) 15時49分)[9048]

循子 > 樹の枝を飛び移っている鶲を下から見上げている景でしょうか。よくわかる情景だと思いましたが、中七から下五への句またがりが嫌われたのでしょうか? (2016年09月14日 (水) 21時21分)[9061]

榮一 > 見え隠れはヒタキが枝を飛び回っているのでしょう。それにしても全体がヒタキの説明のように思えました。
(2016年09月19日 (月) 22時14分)[9177]

榮一 > それ以上の発見がなそうでした。 (2016年09月19日 (月) 22時15分)[9178]

世話人 > 作者は鈴木美保子さんです。 (2016年09月20日 (火) 20時37分)[9201]
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20 引き継ぎし金のおりんや今朝の秋  投稿者:世話人 (2016年09月12日 (月) 21時40分)[9007]
  惠美子 進二 保子 寿美 美鈴 孝子 剛 宜子 加津子 循子 吉章 (11点)


月番 > おりんと今朝の秋 静かさと緊張感も伝わります。 (2016年09月13日 (火) 15時52分)[9049]

寿美 > 立派な仏壇があり先祖代々が祭られている黒檀や紫檀の立派な仏壇がそして、それを守られている優しくてしっかりした長男のお嫁さんが見えてきます。 (2016年09月16日 (金) 18時09分)[9088]

加津子 > 涼やかなおりんの音色が聞こえてきそうです。家を継いでいく思いが伝わってきました。 (2016年09月16日 (金) 19時52分)[9089]

循子 > 今朝は一際おりんが澄んだ音色に思えて、ああそうだ、今朝はもう立秋なのだと思った。ふとした事に感じるのが秋という季節。ここは「今朝の秋」が上手くおさまっていると感じました。それにしても金のおりんとは、さぞかし長く続いている旧家なのでしょう。 (2016年09月17日 (土) 00時38分)[9097]

惠美子 > 清々しいおりんの音色が聞こえてくるようです。 「今朝の秋」が良いですね。 (2016年09月17日 (土) 07時33分)[9101]

義之 > 「引き継ぎし金のおりん」を詩と捉えるか説明的と捉えるか?私の場合一読した際、後者のイメージが強く、選句を見送りました。因みに純金の、おりんだと数百万円以上するようです。下世話な話で恐縮ですが、相続税対策にさりげなく金のおりんを跡継ぎに遺すという、事例が頭に浮かびました。・・・初盆を控えた立秋の朝、真新しい仏壇の金のおりんの澄んだ音色・・・。皆様の句評を読んだ今、詩情をかみしめ選句をパスしたことを反省しております。 (2016年09月17日 (土) 11時22分)[9106]

孝子 > 義之さんのをみて、そういえば先日仲間内で仏具は相続の対象にならないから、金をのこすと・・うんぬんと話にでたことがありました。もとより、我が家は関係がないのでいいかげんに聞いてましたが、本当はどうなのかと、義之さんのをみて、かんがえてしまいました。下世話ですいません。句としては今朝の秋で澄んだおりんが響いたように感じていただいたのですが。 (2016年09月17日 (土) 18時57分)[9119]

進 二 >  金のおりんの音に、改めて跡を取ることの重み・責任感を噛み締めている、そんな今朝の秋、いいと思いますね。(ちなみに、おりんに加工すると、地金の三倍近くの価格で買うことになりますので、いい対策とは、ならないようですね。世間話になりますが。) (2016年09月18日 (日) 14時22分)[9146]

> 大きな仏壇とは言っていないが、大きな家の仏壇が見えてくる。敬虔な仏教徒の家には旧家等もあり、代々と引き継がれた仏壇がある、金のお鈴もご先祖様に繋がっているのだ。我が家も仏教徒であった母が父の為に設えた小さな仏壇が引き継がれている。金のお鈴(りん)ではないが、暑さも去ったこの季節には澄んだ涼やかな音を聞かせるに違いない。 (2016年09月19日 (月) 10時25分)[9153]

循子 > 私の生家は代々お金とは無縁でしたから、引き継いだおりんも当然のことながら金ではありませんでした。お盆の前に真鍮磨き(ブリキ缶入り?)で父と磨き、ピカピカになると、子供心に嬉しかったものです。懐旧の思いもあって惹かれました。 (2016年09月19日 (月) 11時13分)[9155]

榮一 > 仏壇を引き継ぐことは家を引き継ぐことになるのでしょう。おりんの音と今朝の秋は良く響きます。それだけにかえって重いものを背負った感じです。類そう感はありますが悪くない句です。 (2016年09月19日 (月) 22時22分)[9179]

世話人 > 作者は若林千尋さんです。今月の最高点を得られました。つきましては来月の月番をお願いします。 (2016年09月20日 (火) 20時38分)[9202]
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21 先付の走り銀杏伊万里猪口  投稿者:世話人 (2016年09月12日 (月) 21時38分)[9006]
  惠美子 義之 保子 寿美 眞佐子 加津子 循子 鈴子 主宰 (10点)


月番 > 漢字の中に一文字の平仮名。選評が楽しみです。 (2016年09月13日 (火) 15時55分)[9050]

義之 > 小料理屋の景が良く見え、リズムよく、色彩感豊かに、小粋な感じが伝わってきます。 (2016年09月14日 (水) 11時26分)[9056]

惠美子 > お取りになられた方々は お酒のお好きな方には避けて通れない句のようですねぇ!? 作者もお酒大好きな方と感じました。 (2016年09月15日 (木) 13時21分)[9064]

寿美 > はしりものを料理に使う場合は、家庭では高くて手が出ない。この場合は日本料理の立派な会席膳ではなかろうかと想像した。伊万里の陶器市にも通い色々そろえていたが玄海地震でめちゃくちゃに落ちて割れて、残念至極でした。絵付けも色合いも良く、銀杏の色も見えてその場の雰囲気も見えるような句でした。 (2016年09月16日 (金) 18時02分)[9087]

鈴子 > 至福を味わった?句でした。走り銀杏のつややかさ、私好みの伊万里の猪口。ひとくち含んだような気分になりました。 (2016年09月16日 (金) 21時59分)[9091]

循子 > 俳句とはこういうものですぞ、と言われているようです。 (2016年09月17日 (土) 00時54分)[9099]

眞佐子 > 走り銀杏と伊万里猪口が良かったです。飲めない私もちょっと飲めたような気になりました。 (2016年09月17日 (土) 17時41分)[9112]

加津子 > 日本人に生まれて良かったと思う句でした。 (2016年09月19日 (月) 15時38分)[9158]

榮一 > 焼き銀杏と伊万里の猪口と来れば新走りです。京の割烹です。 (2016年09月19日 (月) 22時27分)[9180]

世話人 > 作者は樋口進二さんです。 (2016年09月20日 (火) 20時39分)[9203]
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22 秋暑し読めぬ碑文字をふり返る 投稿者:世話人 (2016年09月12日 (月) 21時37分)[9005]
  杏花 美鈴 直 加津子 (4点)


月番 > 碑文字、ふり返る 何か感じるものがあったのでしょうか。  (2016年09月13日 (火) 16時00分)[9051]

加津子 > 何か気になってふり返る、何気ない動作の一瞬を切り取った句とおもいました。 (2016年09月16日 (金) 20時02分)[9090]

循子 > 「碑文字を」の「文字」は要らないのでは?「碑(いしぶみ)」で事足ると思ったのですが…。 (2016年09月17日 (土) 00時47分)[9098]

惠美子 > 「いしぶみ」なら・リズムが良いですね。 (2016年09月18日 (日) 07時47分)[9134]

> 碑は多くの寺、神社で拝見しますが、読めぬ場合が多い、ただ案内書に説明があり振りかえつて見直す大半の方が同じ感じだと思いますが。 (2016年09月18日 (日) 09時39分)[9139]

月番 > 碑の中の読めない文字が気になって振り返ったのであって「碑」そのものとは違うような気がするのですが、作者さんいかがでしょうか。 (2016年09月18日 (日) 23時59分)[9151]

循子 > 月番さんのしご指摘もその通りかと思いますが、「読めぬ」という表現はすでに「文字」であることを含んでいると思うのです。 (2016年09月19日 (月) 11時22分)[9156]

榮一 > 文字はやはり余分な感じです。 (2016年09月19日 (月) 22時35分)[9181]

世話人 > 作者は新保吉章さんです。 (2016年09月20日 (火) 20時42分)[9204]
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23 かそけくも鼻唄まじり鳳仙花 投稿者:世話人 (2016年09月12日 (月) 21時36分)[9004]
   主宰 (2点)


月番 > 鼻歌と鳳仙花、鳳仙花は少し揺れたのでしょうか。 (2016年09月13日 (火) 16時04分)[9052]

榮一 > 軽いかすかな鼻歌です。心が少し弾んでいるのです。鳳仙花から導き出されたことは遠い昔のことなのでしょう。鳳仙花もあまり見かけなくなった花です。それだけに懐かしさを感じたのです。 (2016年09月19日 (月) 22時48分)[9182]

世話人 > 作者は枡室杏花さんです。 (2016年09月20日 (火) 20時44分)[9205]
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定例句会 投稿者:世話人 (2016年09月12日 (月) 21時35分)[9003]

  ただいま準備中 (^_^)  

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八月定例句会 投稿者:世話人 (2016年08月12日 (金) 22時00分)[8792]
 句会の皆様、残暑お見舞い申し上げます。
全国的に猛暑続きの様子ですが、こちら東京では朝夕涼しく、昼間も少しだけ凌ぎやすい日が昨日、今日と2日ほど続き、命拾いをしております。そして、今夜は満天の流星群が屋上から眺められて、メダルラッシュのオリンピック中継と合わせて、また眠れない夜になりそうです。
それでは、お待たせしました。選句が揃いましたので、八月の句会を始めます。 
主宰先生、梟夢庵先生、今月もご指導ご教示のほど宜しくお願い申し上げます。
なお、梟夢庵先生、投句はございますがご都合により、選句はありません。ご了承下さい。
今月の月番は、太田鈴子さんにお願いします。皆様のコメントお待ちしています。  宜子

     句会 19日(金)まで  作者発表 20日(土)


鈴子 > いっとき涼しくなりましたがまだまだ残暑が厳しい毎日です。八月の月番は太田鈴子が務めることになりました。テレビのオリンピック観戦あり?とお忙しい事とは存じますが、書き込みの方も宜しくお願い申し上げます。
主宰先生、梟夢庵先生猛暑の毎日ですが、今月もご指導ご教示のほど宜しお願い申し上げます。 (2016年08月13日 (土) 09時44分)[8793]

月番 > 句会も中盤になりました。地域によっては旧盆中だったりお忙しい時期でしょうが書き込みの方も宜しくお願い致します。 (2016年08月16日 (火) 15時12分)[8891]

月番 > 句会も今日が最終日となりました。まだお時間がありますのでご発言のおありの方は宜しくお願い致します。 (2016年08月19日 (金) 18時36分)[8942]

世話人 > 期日が来ましたので、ただ今、作者を発表しました。
今月は猛暑の中、また旧盆をはさんでの句会にも関わらず皆様から示唆に富む書き込みを頂きました。
主宰先生からは、各句に亘ってのご教示をいただきました。有り難うございました。まだしばらく残暑は続くと思われます、どうぞ皆様ご自愛くださいますよう。 (2016年08月20日 (土) 16時43分)[9000]

月番 > 句会の期間中猛暑続きで大変なところ大勢の方々にご参加を頂き本当に有難うございました。至らない月番だったこと申し訳なく思っております。主宰先生有難うございました。今日は夕方まで外出していて皆様にお礼が遅くなり失礼してしまいました。台風の予報もあり残暑もまだまだ続くようですね。どうか皆様ご自愛下さいますように。 (2016年08月20日 (土) 20時41分)[9001]

月番 > 句会のお世話を頂いた宜子さん、ほんとうに助けて頂きました。有難うございました。お疲れさまでした。毎月の事ゆえ世話人さんの大変さが目に見えるようです。改めてお礼を申し上げます。有難うございました。この先も暑い日が続きそうです。どうぞご自愛下さいますように。 (2016年08月21日 (日) 08時34分)[9002]
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1 広島忌乙羽信子を想う朝  投稿者:世話人 (2016年08月12日 (金) 21時57分)[8791]
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月番 > 乙羽信子といえば私は百万ドルのエクボを思い浮かべますが。共感を得られなかった点はどんなところでしょか? (2016年08月13日 (土) 09時49分)[8794]

洋子 > 乙羽信子といえば、戦後初めて原爆を取り上げた映画「原爆の子」が思い出されます。そのこととの関連ではないでしょうか。 (2016年08月14日 (日) 11時46分)[8830]

進 二 >  ああ「原爆の子」との関連でしたか。「想う朝」辺りが少し緩かったのでしょうかね。洋子さん、いいサポート有難うございました。 (2016年08月15日 (月) 09時42分)[8863]

榮一 > 映画の「原爆の子」ですか。乙羽信子・・なんだろうとぼんやりした感じだけが残りました。 (2016年08月19日 (金) 20時37分)[8945]

世話人 > 作者は枡室杏花さんです。 (2016年08月20日 (土) 16時05分)[8975]
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2 血縁や時に疎まし瓜の蔓  投稿者:世話人 (2016年08月12日 (金) 21時56分)[8790]
 惠美子 紫翠 孝子 吉章 剛 循子 加津子 (7点)


月番 > 血縁やで切れてますが、疎ましいのは血縁?それとも瓜の蔓でしょうか? (2016年08月13日 (土) 09時58分)[8795]

惠美子 > 疎ましいのは 血縁と読みました。  瓜のつるは緑のカーテンとして 日射を避け・目の保養にもなりますが・・元気が良すぎて手間のかかることも・・? (2016年08月13日 (土) 14時27分)[8814]

孝子 > パソコンが調子悪くて新しいのを依頼中ですが、使える時が時々あるようになったので、できる時はコメントをいれます。血縁やできれているので疎ましいのは蔓ですが、この場合は両方にかかってるとよみました。 (2016年08月14日 (日) 14時29分)[8840]

循子 > 確かに「や」できれが入っていますから、形は二句一章ですが意味上は繋がっていると思います。だから「血縁のときに疎まし瓜の蔓」でも同じことになりそうです。私は小説や映画で評判だった天河神社にある句碑の一つがすぐ浮かびました。≪能の地の血脈くらき天の川  角川春樹≫です。これは掲句と関わりもありません。しかし血縁・血脈いずれも暗く疎ましい一面があることも現実です。また瓜に限らず蔓というもの、とんでもない場所へ伸びたり、季節の終わりに片づけるにも力は要り、「時に」うるさく感じるものです。 (2016年08月15日 (月) 13時35分)[8866]

> 縦横に延びる瓜の蔓を眺めながら、心の奥底に残る澱のような事だろうと思う。「疎ましき」は、瓜の蔓にも血縁にも係るが、時にはと云っているので血縁の方が重たいと思う。考え込むけれど、女性なら嫁ぎ先があって、この時期には親の顔を見るために帰省する、その家の血縁者たちとの葛藤も該当する。この句は、成長を続ける瓜の蔓だけが即物であり、今は穏やかだが、年を経て時には疎ましかったと述懐しているように思う。考えすぎならご容赦を。 (2016年08月16日 (火) 11時36分)[8881]

紫翠 > 取り合わせが良かった。循子さんのご指摘のように、付きすぎの感があるので、「や」を使用していても内容的に一句一章と思います。 (2016年08月16日 (火) 12時04分)[8882]

加津子 > 母方の従妹会なるものを年一回開いているのですが、気の合う人がいないので欠席にしたいのですが、付き合いがが悪いと言われるし。今の私の状況にぴったりあてはまるので頂きました。 (2016年08月17日 (水) 14時31分)[8896]

榮一 > 「血縁」で「疎まし」は感情が濃く出過ぎのように思います。血縁ではなくさらりと言い放したほうがいいように思います。 (2016年08月19日 (金) 20時44分)[8947]

世話人 > 作者は渡利寿美さんです。 (2016年08月20日 (土) 16時06分)[8976]
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3 海峡の色の変りて秋立ちぬ 投稿者:世話人 (2016年08月12日 (金) 21時55分)[8789]
 千尋 洋子 美保子 眞佐子 鈴子 (5点)



月番 > 大きな景が見えてきますね。 (2016年08月13日 (土) 09時59分)[8796]

洋子 > 立秋のころは実生活の中では一番暑い季節で「そよりともせいで秋立つ事かいの」(鬼貫)という頃です。が、自然は着実に移り変わっていて海峡の色が変わってきている、、、ということに気づかれたのでしょう。観察が細やかで大自然の移り変わりを感じさせていただきました。 (2016年08月14日 (日) 13時57分)[8837]

美保子 > 洋子さんの書いていらっしゃる句「そよりともせいで秋立つ事かいの」を例句で読んで、よくぞ私たちの気持ちをうまく詠んでくださった、と思ったものです。それでも、海の近くに住んでいらっしゃる方、あるいは海を眺めながら、通勤していらっしゃる方などには、色が変わっていることもきっとわかるのだろうと、うらやましく思いました。
(2016年08月15日 (月) 19時09分)[8873]

千尋 > 毎日のように、海の色を見ているとたいかに色は変わっていきます。
そして、地上より少し早めに季節が進んでいるのが確かに分かります。海の色と海の温度の関係の詳しいことは分かりませんが、常に感じます。
既視感はありましたが、いっつも思っていることを句にしていただいたのでいただきました。 (2016年08月16日 (火) 00時05分)[8875]

眞佐子 > 昔は窓を開けると遠くに海が見える所に住んでいましたが、今は乗り物で出かけなければ海は見えませんが、秋になるとだんだん海の色が濃くなって来ると思います。海の色の変わる様子をうまく一句にされたとおもいます。 (2016年08月17日 (水) 19時51分)[8912]

鈴子 > 毎日見慣れている筈の海峡。ある日を境に海峡の色が変わったと感じられた作者さんのしなやかな感性が感じられました。 (2016年08月19日 (金) 18時58分)[8943]

榮一 > 句の成り立ちは海峡の海の色が変わったことによって立秋になったかのようです。立秋の声を聴いたから海峡の海の色が意識されたのではないかとおもいます。変わりてと続けるのは良くないと思います。 (2016年08月19日 (金) 20時56分)[8948]

世話人 > 作者は村上直さんです。 (2016年08月20日 (土) 16時07分)[8978]
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4 八千の金魚撩乱かの子の死  投稿者:世話人 (2016年08月12日 (金) 21時53分)[8788]
  惠美子 (1点)


月番 > 八千の金魚繚乱かの子の死。選をされた恵美子さんはどう捉えたのでしょうか。 (2016年08月13日 (土) 10時07分)[8797]

惠美子 > かの子さんの人柄を巧く表現されたと思いました。  ただ、かの子忌は春なので・「死」とされたのかと思いますが、季語の夏(金魚)と忌日の春との関係が私の頭の中でごちっごちゃしております。 (2016年08月13日 (土) 14時47分)[8815]

月番 > 恵美子さん、早速有難うございました。恵美子さんのご指摘どうりと思います。「かの子の死」とした事で句が読み取りづらくなった様にも思います。 (2016年08月13日 (土) 15時25分)[8822]

作者 > 昔々に岡本かの子の金魚繚乱すみませんりょうの手編の字がでません。の本をよんでずーと残っていて、アクアリュウムの八千匹の金魚の展示を見た時に、かの子がよみがえりましたが、なにせ限られた中はじめ詩だったのですがやはり違うし亡くなってから今よみがえった世界と思ったのですが、どなたかいいアイデアを出していただけたらと念じます。 (2016年08月14日 (日) 14時43分)[8841]

循子 > 岡本かの子≪金魚撩乱≫、その、かの子の生き方を書いた≪かの子撩乱≫と二つが浮かぶので、どちらを詠みたかったのだろうと、迷いました。月番さまや恵美子さんのお書きになってる通り、「かの子の死」も曖昧な出方をしているので、句の世界が見えてきませんでした。お盆の時期とは言え「死」も暗くて、効いているとは思えず、もっとかの子について具体的なものを出されたらどうかと口幅ったいことを思っております。 (2016年08月14日 (日) 16時18分)[8852]

月番 > 作者さん、循子さん有難うございました。アクアリュウムの八千匹の金魚の展示をご覧になられた作者さん、圧巻だったでしょうね。ネットで見ましたがほんとにきれいですね。循子さんの書いておられるように、もっとかの子について具体的なものを出されたらどうかとを参考にされたら如何でしょうか。 (2016年08月14日 (日) 22時42分)[8857]

作者 > 循子さん月番さんありがとうございます。たしかにかの子には金魚・・のほかにかの子・・もありましたね。むずかしいです。また悩んでみます。ありがとうございました。
(2016年08月15日 (月) 22時32分)[8874]

榮一 > 「金魚撩乱」で作者の岡本かの子が出てくることを思えば「かの子の死」はあまり意味のないことのような気がします。特にかの子の「死」は過去の事でありイメージが鮮明ではないからです。 (2016年08月19日 (金) 21時06分)[8949]

榮一 > それに作者との係わりもよくわからないようです。 (2016年08月19日 (金) 21時08分)[8950]

世話人 > 作者は久野孝子さんです。 (2016年08月20日 (土) 16時08分)[8979]
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5 万緑やお城の見えるレストラン 投稿者:世話人 (2016年08月12日 (金) 21時52分)[8787]
 洋子 鈴子 保子 (3点)


月番 > 情景の見える句ですね。洋子さん、保子さん宜しくお願いします。 (2016年08月13日 (土) 10時14分)[8798]

洋子 > お城の見えるレストラン、は、全国的に数えきれないくらいあると思いますが、今年の全国大会を主催した地域のものとしてはすぐに雄大な姫路城を借景にしたあのレストランのことが思い浮かびます。素晴らしい眺めで、このレストランでよかったと、誇りにさえ思いました。 (2016年08月14日 (日) 11時39分)[8829]

鈴子 > お城の中入ったのも姫路城が初めてでした。やはりあのレストランの事を思い出しました。 (2016年08月14日 (日) 22時51分)[8858]

保子 > お城の見えるレストラン 全国大会のあの日あの時を思い出しました。これからもこの句と一緒に思い出す事でしょう。 (2016年08月17日 (水) 21時36分)[8921]

榮一 > スケッチ風で特徴がなくて平凡のようです。 (2016年08月19日 (金) 21時11分)[8952]

世話人 > 作者は小川紫翠さんです。 (2016年08月20日 (土) 16時09分)[8980]
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6 汗手貫顕わに法話佳境なり 投稿者:世話人 (2016年08月12日 (金) 21時51分)[8786]
 義之 千尋 寿美 循子 (4点)


月番 > 汗手貫、初めて知った季語でした。四人の方が選をされてますね。宜しくお願いします。 (2016年08月13日 (土) 10時22分)[8799]

義之 > 「汗手貫」を調べると、「籐などで編んだ筒状のもので、汗で袖口が汚れるのを防ぎ、手首に直接装着して用いる」と、あり、仏具の範疇としてネットで購入可能のようである。「法話佳境なり」で、思い浮かぶのは寂聴さんだが、果たして彼女は愛用しているのであろうか。ネットの画像からは、確認できなかった。因みに我が家へ盆参りの僧は、着けてなかった。 (2016年08月14日 (日) 14時50分)[8842]

循子 > 私が学生の頃にはお盆に住職は汗手貫をして来られました。昭和30年代に車で来る坊さんなどなくて、いつも自転車だったと思います。父と真鍮磨きで仏具を磨き、母と団子を作り、仏壇を整えて待っていると、両腕の汗手貫も涼しげに住職が見えて、読経の始まりです。母は後ろから団扇風を送っていました。つつましい庶民のお盆風景を思い出します。馴染みの住職は法話ではなく世間話が多かったですね。掲句は法話佳境ということなので、風の通る大きな寺の景かと思います。因みに今の僧衣は丸洗いも簡単でしょうが、昔は絹の僧衣をそうは洗濯出来なかった筈です。汗染みを防ぐためにも合理的なものだったんですね。 (2016年08月14日 (日) 15時51分)[8850]

千尋 > わたしが小学生の頃におばあちゃんの家でその汗手貫を見たことがあります。
法衣の袖口の下から見えている竹で編んだ長めの腕輪みたいなものでした。それで、あれ何?って母親に尋ねたことがあります。
暑いから袖口から風が通るようにするもの、そして汗から着物を守るものと教えてもらいました。
お坊さんのすることを観察していましたら、その袖口から扇風機の風を入れてましたよ。
このお坊さんも扇風機を傍らに置いているのかもと思いました。今でも使われているのでしょうか。 (2016年08月14日 (日) 21時55分)[8856]

美保子 > 汗手貫というものを皆さんの書き込みでどんなものか、想像ですが、知ることができました。いつも、お盆の法話はお忙しいので、短いのですが、夕方、最後だったのでしょう。長い事お世話になっている、お寺なので、今年の法話の長かったこと。内容もお経の内容にかなり踏み込んでいて、不届きながら、姉達と、長かったねえとため息つきました。掲句は佳境なりとあるのですから、真剣に耳を傾けていらっしゃる様子がわかります。 (2016年08月16日 (火) 11時27分)[8879]

寿美 > 初めて見たときは何だろうと思いましたが、汗で法衣が張り付かぬように籐で編まれたものでおそらく使われるのは和尚様ぐらいと思いますが、たぶん身振り手振りの面白い法話にちがいない。 (2016年08月16日 (火) 12時39分)[8884]

宜子 > 「汗手貫」どのようなものかネットで検索しました。あるブログに写真が載っていました。ご参考に。

http://ameblo.jp/harukoi421/entry-12182246531.html (2016年08月16日 (火) 14時42分)[8889]

月番 > 宜子さんお手間をおかけしました。お坊さんの夏の必需品というところでしょうか。 (2016年08月16日 (火) 15時56分)[8893]

循子 > 俳句とは全く無関係の友人たちとの会話で、偶然に汗手貫が話題になりました。昔は和尚さん(おっさんと呼ぶそうです)が盆に来られるときはいつも付けてはりましたけど、あれをなんというのか名前は知りませんヮ、今はそんなん見たことありませんねぇ、と云ったのが、奈良県生まれ奈良県育ち。埼玉出身の一人は、生まれてから見たこと無い、それ何ですか?と。地方によって違うのかなぁと思ったことでした。お坊さんも車で見えたりするし、檀家にはほとんど冷房が効いてたりして、滅多に使われていないでしょう。 (2016年08月17日 (水) 22時58分)[8924]

月番 > 汗手貫、この句に出遭わなかったら私も知らない儘でした。お坊さんが身に付けていたのも見た事もありませんが法衣の袖口に汗手貫、重厚なお坊さんの様子が見えて来ます。 (2016年08月18日 (木) 10時56分)[8928]

作者 > お墓が静岡にある関係で7月に初盆の法要をしましたが、その時はじめてみたのです。実家では今まで汗手貫を見たことがなかったので、法話の間中ずっと見てました。紫の法衣と相まってとても美しかったです。 (2016年08月18日 (木) 17時01分)[8933]

月番 > 作者さん有難うございました。循子さんがおっしゃるように地方によって違う場合もあるかも知れませんね。 (2016年08月18日 (木) 19時00分)[8935]

榮一 > 施餓鬼寺の法要での法話かもしれません。盂蘭盆会の檀家回りでは法話をしている時間はなさそうです。小さなころに見た汗手貫の記憶は鮮明です。顕わには言い過ぎのようです。 (2016年08月19日 (金) 21時24分)[8954]

世話人 > 作者は佐藤美鈴さんです。 (2016年08月20日 (土) 16時11分)[8981]
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7 炎昼のあはひゴッホの耳ひとつ 投稿者:世話人 (2016年08月12日 (金) 21時50分)[8785]
 義之 オサム 剛 保子 宜子 (5点)


月番 > 月番には難しい句でした。宜子さん、宜しくお願いします。 (2016年08月13日 (土) 10時27分)[8800]

義之 > 文語表現に疎いので、「あはひ」に戸惑いましたが、間(あわい)と読みました。連日の35度超えの猛暑に、朦朧とした意識の中、ゴッホの「耳を切った自画像」が不気味に浮かびあがる。 (2016年08月14日 (日) 08時54分)[8828]

循子 > 句としては好きなのですが、ゴッホの耳は句材としては、そう珍しいものでもなく、玄鳥でも目にした記憶があります。まず既視感が気になり、季語の炎昼は「あはひ」で変化がつけてはあるのですが、そのことで曖昧さが生まれたように思いました。またゴッホに炎昼は付きすぎかなあ…と。ご指名の宜子さんを差し置いて失礼しました。 (2016年08月14日 (日) 16時34分)[8853]

> 作者の確信めいた視線と断定が心地よい。炎昼に「あはひ」を見出し、その「あはひ」に形あるものを見つけた。それはゴッホが狂気で切り取った耳である。と、信じてあげる外はない、俳句の世界である。ゴッホと云えばあの向日葵、そして包帯の自画像の主張。辟易とする炎天が続いて、少し惚けかけた頭や衰え始めた身体も、はっと我に返るではないか。 (2016年08月16日 (火) 12時17分)[8883]

宜子 > 月番さんのご指名、恐れ入ります。ゴッホのそぎ落とした耳、それが炎昼のあはひ(間・隙間・境目のないもの)を漂っていました。なんとも不気味です。「あはひ」なので、さらに不気味でした。この「耳」は意志をを持って漂っているようです。作者独特の炎昼感と受け取りました。まさに独特です。その独自性を堂々と押し出している骨太さが、羨ましくもありました。 (2016年08月16日 (火) 14時55分)[8890]

オサム > 炎昼と耳の取り合わせがいいですね。耳というものの本質が際立ってくるようですね。ゴッホの耳とあえて限定しなくても、ただの耳だけでも十分成り立つ句だと思いました。 (2016年08月17日 (水) 16時56分)[8911]

保子 > ゴッホの耳 の限定は 炎昼のあわひを消し去るほどの強さがあると思いました。でも惹かれました。 (2016年08月17日 (水) 21時30分)[8920]

世話人 > 作者は主宰先生です。 (2016年08月20日 (土) 16時12分)[8982]
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8 まっすぐに我が目見つめる蜥蜴かな 投稿者:世話人 (2016年08月12日 (金) 21時49分)[8784]
  義之 美鈴 (2点)


月番 > 最近住まいの近くで蜥蜴を見かける事がありますがちっちゃい目玉が可愛らしいですよね。
。義之さん美鈴さんお願いします。 (2016年08月13日 (土) 11時15分)[8801]

義之 > 蜥蜴といえば爬虫類、その姿・形・色合いから、本能的に苦手に思う。子供の頃は、よく蜥蜴に出くわしたが、蛇ほど恐怖心は湧かず、こちらを警戒しているその目を、結構可愛く感じたものである。棒切れなどで驚かすと、尻尾を残して逃げたことを思い出した。 (2016年08月13日 (土) 22時55分)[8823]

美鈴 > 田舎で育った身には蜥蜴は珍しくもなく、今住んでいるマンションの5階のベランダにも以前はたまに顔を見せていました。蜥蜴と目が合ったような記憶がありますね。どうやって5階まで登ってきたのかしらと不思議に思ったものです。義之さんと同じく可愛いいと感じたものでした。。 (2016年08月17日 (水) 15時45分)[8907]

循子 > 二十年くらい前になるかしら、若い銀行員の男性がうちの庭先に蜥蜴がちょろっと出てきたとき、ワッと大声出して飛び上がったことがあります。蜥蜴、嫌いなんですか?と私は笑ってしまったものです。しかし近年は蜥蜴を見かけたことがありません。蜥蜴も守宮も可愛いと思いますけど。句としては「我が目見つめる」が気になりました。まだ推敲の余地がありそうで。 (2016年08月17日 (水) 23時22分)[8925]

鈴子 > 私の子供の頃は男の子は金蛇と言いながら尻尾を振り回して遊んでいたものでした。30年前に住んでいたアパートの窓夜になると守宮が張り付いていた事がありましたが、手のひらが星の形のようで可愛いかった事を思い出しました。 (2016年08月18日 (木) 11時21分)[8929]

作者 > 相手が同じ動物であってもそして、見つめあっていても、十番の句は最高点句ですね。循子さんが推敲の余地があるといって下さったのはそこの違いだとしみじみと考えています。その推敲の先が難しいです。
(2016年08月19日 (金) 15時21分)[8940]

月番 > 作者さん点数の事はあまりお気になさらない方が良いと思います。推敲するという事はホントに誰であっても難しいものですがそれが次の句作に繋がると思います。

(2016年08月19日 (金) 19時36分)[8944]

榮一 > 我が目見つめるで近い距離感が想像されますが「見つめる」は言い過ぎのように思います。 (2016年08月19日 (金) 21時33分)[8955]

世話人 > 作者は鈴木美保子さんです。 (2016年08月20日 (土) 16時14分)[8983]
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9 ガムを噛むジープの兵やサングラス 投稿者:世話人 (2016年08月12日 (金) 21時47分)[8783]
 杏花 主宰 (3点)


月番 > 三点句です。子供の頃進駐軍と言っていた頃を思い出しました。主宰先生、宜しくお願いします。 (2016年08月13日 (土) 11時22分)[8802]

惠美子 > 私の子供の頃の景ですね。 句としてはあたらしい句だと思えるのに・・鮮明に残っている景ゆえに・既視感を持ってしまいました。 (2016年08月13日 (土) 14時55分)[8817]

循子 > 典型的な進駐軍兵士像です。飢えた貧しい子供たちの目には夢のように彼らは眩しい存在でした。マッカーサーが日本に降り立ったときのサングラスはいかにも恰好よく思われたものです。戦後の米映画でアメリカの豊かな暮らしをみれば、これまた夢の世界でした。彼らが普通に噛んでいたガムは多分「リグレー(wrigley's)」で、当時のPXでしか買えなかった筈。昭和30年代でもリグレーは高いガムで、ハーシーチョコもダーキーマヨネーズも貧乏学生やOLには高値の花でした。
恵美子さんがお書きになったように、あまりに「鮮明」な記憶は既視感に繋がるようです。サングラスの取り合せで余計そう感じさせるのかも…と思います。 (2016年08月15日 (月) 12時21分)[8865]

千尋 > う〜ん、この句を書かれた方は実際に米兵を見たことがあるのですね。わたしはテレビでしか見たことがないのでコメントしに悩みます。
反戦?記録?どちらにしても疑問に思います。 (2016年08月16日 (火) 00時13分)[8876]

鈴子 > 私が進駐軍の兵士を見たのは小学生の頃です。東京から青森の駐屯地に赴く列車に大勢の兵士が乗っていたようです。浜辺で遊んでいた私たちに列車の窓からガムや、コッペパン、固形石鹸などいろいろの生活物資を窓から投げてくれました。敗戦国の子供達を憐れんでの事だったのでしょうね。戦争と共に忘れられない思い出です。 (2016年08月18日 (木) 16時12分)[8932]

榮一 > 戦争も敗戦も知らない子供の頃初めて外国人を見たのは夏の昼にジープに乗った二人の若い進駐軍兵士です。舗装もされていない田舎道を二人の女性と土煙とともに悠然と走っていきました。ジープを見たのも初めてですしほんの数秒でしかありませんでしたが子供心に不思議な想いが残りました。その瞬間が別世界のように残っています。ある意味では懐かしい記憶です。 (2016年08月19日 (金) 21時45分)[8956]

世話人 > 作者は宮本義之さんです。 (2016年08月20日 (土) 16時15分)[8984]
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10 同じこと考へてゐる山椒魚 投稿者:世話人 (2016年08月12日 (金) 21時46分)[8782]
 紫翠   千尋 美鈴 進二 オサム 吉章 剛 美保子 寿美 循子 加津子 宜子(12点)


月番 > 今月の最高点句です。書き込み沢山お願いします。また、選をされなかった方のご意見もお願いしたいです。 (2016年08月13日 (土) 11時28分)[8803]

進 二 >  山椒魚の何か「人間くささ」を感じさせる辺りを「考へてゐる」で表現。「へて」「ゐ」もさりげなく。「同じこと」で、「長命さ」も匂わせ。淡々とした名詞止めも逆に効果を。意外な言葉の持ち込み頼りでなく、肩の力の抜けた表現で秀句に。この句が最高点になったこと嬉しく思いました。 (2016年08月15日 (月) 10時35分)[8864]

美保子 > 井伏鱒二の「山椒魚」もイメージされての句でしょうか。ちゃんとは読んでいなくて、ネットで調べたのですが、「同じこと」をいろいろ考えるのが楽しかったり、深刻なのかと考えたりしました。
(2016年08月16日 (火) 11時20分)[8878]

寿美 > 活発には動かぬ魚でじっと見ているうちに自分を重ねてみている作者が見えてきて面白い句と思った。 (2016年08月16日 (火) 12時51分)[8885]

宜子 > 同じ事を考えているのは、おそらく作者と山椒魚。作者さんはきっと、山椒魚を見ているうちに「俺もお前も・・」と。見た目には決して美しくは無いけど、なにか重なるものがありそうです。最高得点句です。もっと皆さんの選評を伺いたいです。 (2016年08月16日 (火) 15時50分)[8892]

加津子私も > 進二さんの言われるように山椒魚に人間くささを感じました。人生楽しんでいるように思いました。 (2016年08月17日 (水) 14時37分)[8897]

加津子 > 私もは余計でした。 (2016年08月17日 (水) 14時39分)[8898]

紫翠 > 「山椒魚」がよく効いていると思います。 (2016年08月17日 (水) 15時15分)[8902]

オサム > 山椒魚は目があるのかないのかわからないような顔なので、そもそも何を考えているのか想像がつきにくい。そこに(同じこと考へてゐる)と言われるとなんとなく納得してしまいます。宜子さまがおっしゃっておられるように、山椒魚を見ている作者と山椒魚が同じことを考えているのか。それとも、多くの山椒魚が同じことを考えているのか、あいまいな面があると思いますが、掲句はその曖昧さが、かえって不思議なとぼけた味わいを出していると思いました。それにしても(同じこと)とはいったいどんなことなのでしょう?想像が広がってゆきます… (2016年08月17日 (水) 16時36分)[8909]

循子 > オサムさんが書かれたような曖昧さは確かにあるといえばあるのですが、一読、まず感じるのは矢張り山椒魚と、それを見ている作者との関係性で、それは皆さまの書かれた通りと思います。同じこと、としか書かないテクニックに唸りますし、旧かな使いの表現がピタリと嵌っているいることは進二さんのご指摘通り。掲句には脱帽です。 (2016年08月17日 (水) 23時45分)[8926]

美鈴 > 神戸須磨の水族館にいくと、必ず山椒魚に会いに行っていました。それが3年ほど前からいなくなったのです。なくなったのでしょうね。いつ行っても同じ位置に同じ向きで動かずにずっと生きていたのでしょう。清流にしか生息しないといわれている山椒魚は、きっと生まれたきれいな水の川に帰ることばかり考えていたのではないでしょうか。人間が故郷を恋いしいと思うように。 (2016年08月18日 (木) 17時13分)[8934]

> この山椒魚は、はんざきと呼ばれる大山椒魚である。子供の頃10cm余りの腹が朱色の飛騨山椒魚はよく見かけたが、今は沼も小川も無くなり、見かける事はもう無い。何十年も昔だが、井の頭公園の水生園の水底に、沈思黙考しているような大山椒魚を、初めで見た時の驚愕を思い出す。この句の「同じこと」を、詮索する事もあるまいが、井伏鱒二の短編小説「山椒魚」に、大きくなりすぎて穴を出ることの出来なくなった、大山椒魚と蛙の繰り広げる問答があるが、その辺りにヒントが有るのかも知れない。 (2016年08月19日 (金) 10時23分)[8938]

循子 > 剛氏のコメントで、突然思い出しました。井伏鱒二≪山椒魚≫の冒頭。
「山椒魚は悲しんだ。」この短い書き出しは上手いなあ…というしかなく、若い頃の感動は、いまも鮮明です。ご意見のように、掲句はこの短編がベースにあるのかも知れません。山椒魚を最後に見たのは小説や映画にもなった赤目四十八瀧の回遊路入口辺りの水槽に飼われていたものです。もう十年以上前になりますが、まだ生きていそうな気がします。不気味で山椒魚というと、まずこれが甦ってきて、井伏さんを思い付きませんでした。脇へ逸れますが、井伏さんの地味でさりげないユーモアが若い頃、大好きでした。久しぶりに思い出させて頂き、嬉しいです。 (2016年08月19日 (金) 21時10分)[8951]

榮一 > 皆さんの選評を見ていると納得できます。人間臭さとは思い浮かびませんでした。 (2016年08月19日 (金) 21時52分)[8957]

世話人 > 今月の最高得点句、作者は梟夢庵先生です。 (2016年08月20日 (土) 16時17分)[8985]
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11 八月や万歳をして死にし象  投稿者:世話人 (2016年08月12日 (金) 21時45分)[8781]
  惠美子 オサム 剛 鈴子 保子 主宰 (7点)


月番 > かわいそうな象という物語を思い出しております。 (2016年08月13日 (土) 11時31分)[8804]

惠美子 > 戦時中に射殺された象や猛獣。 兵隊さんの姿とも重なって・・! 京都の岡崎動物園の象を頼まれて鉄砲で撃ったと言う
近所のおじさんの話を子供心に聞いたのを覚えております。 優しそうな仕立て屋のおじさんの顔が鬼に見えました。
(2016年08月13日 (土) 15時10分)[8820]

義之 > 惠美子さんの書き込みを見て合点がいきました。恥ずかしながら、なぜ象が万歳をすることが出来るのだ、と真剣に悩みました。 (2016年08月13日 (土) 23時02分)[8824]

千尋 > この句は涙なしには読むことができませんでした。
先の大戦のときに、空襲で動物園が被害を受けたときに、猛獣が飛び出してして市民を襲うことがあってはならないと、動物園の動物をそれぞれの動物にあわせて処分をしたそうです。
食用にされたものもあるようですが、飼料を多く必要とする象は餓死をさせられたそうです。
芸をしたら餌をもらえるように仕付けられてられていた象は最後、息絶え絶えになりながらも芸をして餌をすがって、それから息絶えたそうです。
そのことを思い出しました。
戦争はイヤです。 (2016年08月14日 (日) 21時47分)[8855]

鈴子 > 評論家の秋山千枝子さんが随分前からTBSのラジオ放送で千尋さんが書いておられた事を八月十五日に放送をしていて何回となく聴きました。秋山さんの語り口はゆっくりで、そしてとても穏やかな語り口で心に沁みた放送でした。秋山さんは今年4月16日に99歳でお亡くなりになられてようです。 (2016年08月14日 (日) 23時10分)[8860]

オサム > 私の場合、ちょっと視点を変えて、(万歳をして死にし象)を戦車(≒戦争)のメタファー(暗喩)として鑑賞させていただきました。ぼろぼろに傷ついた戦車が障害物を乗り越えて進みゆく姿はまさに、万歳をしている象のように思われたのです。(八月)という季語がついそんなことも思わせてくれるのでした… (2016年08月17日 (水) 16時18分)[8908]

保子 > いろいろな思いの交差する八月、その様々を簡潔に表現し伝えていただきました。良かったです。 (2016年08月17日 (水) 21時17分)[8919]

> わが年代の八月は鎮魂の月である。七十年が過ぎたとは云え、戦争の狂気の中に何の衒いもなく、命を落とした(死んでいった)、無辜の人達は多い。この句、穏やかそうな印象の象に万歳をさせているが、当時は一時的に国家が死んだはずである。象を国に例えてあっても不思議ではないと私は思う。今年の全国戦没者追悼式で、参列者から「天皇陛下万歳」の声があったそうである。私に透けて見えたのはそんな事であった。オサム氏と同じく、「死にし象」はメタファーであると思う。 (2016年08月19日 (金) 10時12分)[8937]

惠美子 > 以前、テレビでどこの動物園か・忘れましたが、戦時中に象が飢えて・芸をしてご褒美を貰いたくて・・二本足で立って見せている象の姿を見て涙したことも思い出しました。 人間の戦争で 自由を奪われた動物達にまで辛い思いをさせるのは・・二度とあって欲しくないですよねぇ!! (2016年08月19日 (金) 15時10分)[8939]

榮一 > 象が象徴的に使われています。檻の象は人間のエゴで従順に飼われています。万歳をして死んでいった象は有無もなき兵隊のように思えます。戦はなくなることがありません。人間とは学ばない動物ですね。 (2016年08月19日 (金) 22時04分)[8959]

世話人 > 作者は森内洋子さんです。 (2016年08月20日 (土) 16時18分)[8986]
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12 ずれている突っ張り棒や秋の蝉 投稿者:世話人 (2016年08月12日 (金) 21時44分)[8780]
 紫翠  千尋 美保子 寿美 循子 (5点)


月番 > 子供の頃の田舎の家はどこも寝るときだけ突っ張りをかっていたような気がします。秋の蝉との取り合わせは如何でしょうか。 (2016年08月13日 (土) 11時41分)[8805]

循子 > 「突っ張り棒」とあるので、いまどきの百均や少し上等でホームセンターで売られているものと思います。カフェカーテンを吊るときなど、極めて便利。片方を捩じってどんな幅でも合わせられるので、我が家でも何本か使っています。両端の高さをキチンと揃えるために何度かやり直したりします。掲句はあまり気にしない質の人か時間が経ってなにかの拍子に少し左右がズレてきたのか。残暑でダルイ日に、ふと目についたら、なんだか気になってきた。外には蝉がうるさく鳴いている。なにせ猛暑続くこの頃です。わかる気がして可笑しくなりました。楽しい句です。 (2016年08月14日 (日) 22時58分)[8859]

月番 > 循子さんありがとうございました。「突っ張り棒」とんでもない勘違いをしておりました。子供の頃、寝る前に玄関の内側を鍵などなくて棒で支えていた事を思い出しましたが今考えてみるとあれは「突っ支い棒」と言っていた事を思い出しました。そういえばモデルルームの見学に行った時、突っ張り棒にきれいなレースの短めのカーテンを吊っていた事がありました。ほんとに便利物なんですね。猛暑のせいにする
訳にいかず、恥じ入っております。 (2016年08月15日 (月) 17時06分)[8871]

美保子 > 私も月番さまと同じで つっかいぼうと勘違いしました。 突っ張り棒は我が家でも何か所か使っていて、時々窓の開け閉めなどで、当たってずれて、うーと言いながら、やり直しますが、案外難しいですね。この句の場合はずれているという言葉と秋の蝉が今ごろからの残暑を思わせると思いました。 (2016年08月16日 (火) 11時33分)[8880]

紫翠 > 「ずれている」の言葉の選択が良かったと思います。中七は別の物でもこの句は成り立つような気がします。 (2016年08月17日 (水) 15時22分)[8903]

千尋 > 何かの拍子にずれたのか、それとも設置者のミスか、とにかくずれてしまったつっぱり棒。それと急に元気のない秋の蝉。この組み合わせがなんとも言えない気怠さを出していると思いました。
つっぱり棒がんばれ! (2016年08月17日 (水) 21時05分)[8917]

榮一 > 突っ張り棒と心張り棒と混同しておりました。突っ張り棒ならば私の部屋にも衣類掛けとして少しずれて横たわっています。いずれにしても秋の蝉との関係がよくわからなかったです。 (2016年08月19日 (金) 22時14分)[8960]

世話人 > 作者は石田加津子さんです。 (2016年08月20日 (土) 16時19分)[8987]
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13 ほおずきを鳴らせば終る遊びかな  投稿者:世話人 (2016年08月12日 (金) 21時43分)[8779]
 紫翠   加津子 宜子 (3点)


月番 > 図らずも関東の三人の方が選をしておられますが、遊びはどんな遊びを想像されたのでしょうか。 (2016年08月13日 (土) 11時48分)[8806]

加津子 > 子供の頃、中身を破れないように全部掻き出してきれいに洗いしわしわになったほおずきを思い出しました。中身を出すのに一生懸命で鳴らした音に記憶がないのに気が付つきました。 (2016年08月15日 (月) 00時44分)[8862]

循子 > 私もほおずきの中身を掻き出すのに一生懸命になったものです。上手く鳴らすにはコツがあって、私は下手でした。考えてみると、ほおずきは中身をいかにうまく掻き出すかが勝負で、それが成功して鳴らせれば、それで終わってしまう女の子の単純な遊びだったのですが、それでも十分楽しかった! (2016年08月15日 (月) 14時27分)[8868]

寿美 > ほうずきは植物の赤い球のと海ほうずきがありましたよね。どちらも下唇と上の歯をうまく使わないと音は出ません。おもちゃなどない昔の遊びですが頭を使う手先を使う使う道具を考えるいろんなことが学べてたのしかったー。いきいきサロンのお世話をしていますが、廃物利用で綺麗な小袋や人形を話しながら器用に作られるお年寄りを見ていると、ほうずきでも突き破らぬように中身を出すのは指加減が大事で今の人は馬鹿みたいと思うでしょうね。 (2016年08月16日 (火) 13時13分)[8886]

宜子 > この「終わる遊び」は、子供から大人への切り替えと思いました。「鳴らせば」ですので。ほおづきを作ったり、鳴らしたりする時間が終われば、人は成長しそれぞれの世界を持つようになる。無心でいられるのはいま、このほうずきを鳴らしている時間・・・と読みました。 (2016年08月16日 (火) 15時58分)[8894]

紫翠 > 淡々と表現していますが、余韻、余情のある作品と思います。 (2016年08月17日 (水) 15時30分)[8904]

榮一 > 苦労して種を抜くほおずきは一度鳴らせば終わる遊びとは考えられませんでした。 (2016年08月19日 (金) 22時19分)[8961]

世話人 > 作者は浅村惠美子さんです。 (2016年08月20日 (土) 16時19分)[8988]
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14 八月や名も無き子等の影を踏み 投稿者:世話人 (2016年08月12日 (金) 21時42分)[8778]
 義之 杏花 美鈴 孝子 オサム 主宰 (7点)


月番 > 中七下五に胸を打つものが感じられます。選をされた方の書き込みをお待ちしております。 (2016年08月13日 (土) 11時59分)[8807]

義之 > 「名も無き子等の影を踏み」というのはやや漠然とした表現で具体的な状況が掴めないが、八月という季語で、広島・長崎の原爆忌や終戦記念日が浮かびあがる。ピカドンは人を一瞬にして蒸発させ、その影のみを大地に遺したのである。 (2016年08月14日 (日) 08時28分)[8826]

オサム > たしかに、「名も無き子等の影を踏み」というのはやや漠然とした表現で具体的な状況が掴めないが、八月という季語で、夏休みになって近所の子らで徒党を組んで、近くの野原などで一日中駆け回った昭和の子供たちが浮かびあがる。平成の世にすっかりくたびれ果てた大人となった作者は、ふと見えた楽しきあの頃の子供たちの影をとどめんと踏んでみたのである。 (2016年08月17日 (水) 16時49分)[8910]

千尋 > 名も知らぬ子ではなくて、名もなき子とは、この世に生まれてくることの出来なかったお子達のことでしょうか。
この句は戦争とは関係なくお盆に返って来る水子のことを書かれたのと思いました。

各家々でそれぞれのお盆があるのでしょうか。 (2016年08月18日 (木) 03時20分)[8927]

榮一 > 名も無き子か名も知らぬ子か迷います。八月からすればやはり原爆です。余りの熱量に影として焼け残ったと聞きます。名のある子供たちが焼かれて残った影は名もない子供となったのです。その影も街からはなくなりましたが踏むことで意識するのです。 (2016年08月19日 (金) 22時34分)[8962]

世話人 > 作者は安田循子さんです。 (2016年08月20日 (土) 16時20分)[8989]
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15 親の家に一人でおりぬつくつくし 投稿者:世話人 (2016年08月12日 (金) 21時40分)[8777]
 義之 洋子 直 吉章 剛 美保子 寿美 保子 加津子 宜子 (10点)


月番 > 親の家に一人でおりぬは、伴侶もいないまま一人で暮らしているのでしょうか。選をされた方はどう解釈されたのでしょうか。 (2016年08月13日 (土) 13時33分)[8808]

義之 > 「親の家に」を、代々受け継いできた家と解釈し、何となく限界集落の一人住まいの老人を感じたが、この鑑賞は少し無理があるように思う。「 親の家に一人でおりぬ」とはどのような状況なのだろうか。時に曖昧さは句の広がりや奥行にも繋がるが、もう少し具体的な表現が無いと映像が浮かび上がらない。 (2016年08月14日 (日) 08時39分)[8827]

> 久しぶりに実家に帰ったら今日は留守番を頼まれた。アルバムでも見ているのだろう。法師蝉がいい。  (2016年08月14日 (日) 13時39分)[8832]

洋子 > 最近親が亡くなられて、その家に用事があって訪ねて行ったのでしょう。普段はもしかしたらほかにだれかおられるのかもしれませんが、たまたま誰もいなかった・・・。親のいない家は実家といえどよそよそしい感じで、所在ない感じです。寂寥感がつくつくぼうしの鳴き声でさらに増幅されます。 (2016年08月14日 (日) 13時49分)[8834]

孝子 > 親の家というのが難しいというか、いろいろな考え方、とりかたができるとおもいます。洋子さんの読みが私の感じ方に一番ちかいとおもいます。いつも住んでいない親の家にひとりでいる無聊感、何でいただかなかったかというと実感としてこのさみしさに耐えられなかったからです。 (2016年08月14日 (日) 15時55分)[8851]

宜子 > 人は所詮、一人さ、とも読めますし、親戚づきあいから一時逃れた、静けさとも読めました。鍵は季語の「つくつくし」寂しさより、しみじみ感と受け取りました。自分が、兄弟が育った親の家。親への感謝さえ感じられました。 (2016年08月16日 (火) 16時08分)[8895]

加津子 > 親が亡くなられているか、介護施設に入ったままなのか、お盆の支度をするのに雨戸を開けて風の通る夏座敷に一人いると想像しました。賑やかだった昔を懐かしんでいると思いました。 (2016年08月17日 (水) 14時48分)[8899]

保子 > 親の家 改めて感じる響きと重さ。孝子さん洋子さんの思いに近いものを感じます。 (2016年08月17日 (水) 21時06分)[8918]

榮一 > つくつくぼうしからすれば両親はすでに亡くなっているようです。今まで同居か別居かよくわかりません。見えるものが希薄なように思います。 (2016年08月19日 (金) 22時41分)[8963]

世話人 > 作者は木村オサムさんです。 (2016年08月20日 (土) 16時21分)[8990]
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16 隅田川渡り終えたる夏帽子 投稿者:世話人 (2016年08月12日 (金) 21時39分)[8776]
 杏花 進二 眞佐子 鈴子 加津子 (5点)


月番 > 情景がはっきりと見えて来ます。 (2016年08月13日 (土) 13時36分)[8809]

加津子 > 海風に吹かれながら渡る爽やかな感じを受けました。 (2016年08月17日 (水) 14時51分)[8900]

月番 > 杏花さん眞佐子さん句会にご参加頂けませんか。お願いします。 (2016年08月17日 (水) 14時55分)[8901]

眞佐子 > 以前「梟吟行会」で行った隅田川の遊覧を思い出して、いただきました。渡り終えた満足感で夏帽子がしゃきっとして見えます。 (2016年08月17日 (水) 20時20分)[8914]

進 二 >  そうそう、節子さんたちのお世話で楽しい吟行でしたね。そもそもの梟句会も解散になって暫く経ってしまいましたね。とまれ、この句、私はそれなりのご年齢の方が日差しの中をやれやれ渡り終えたの景と思いました。夏帽子を被って。ご自身のことなのか、見ておられるのか。多分、前者ではないでしょうか。夏の寸景ですが。 (2016年08月18日 (木) 21時24分)[8936]

鈴子 > この句を読んだ瞬間往時の週刊新潮の谷内六郎の表紙絵が思い浮かびました。 (2016年08月19日 (金) 20時44分)[8946]

榮一 > 誰のことを言っているのだろう。隅田川に思い入れがなければ取れなく句ですね。 (2016年08月19日 (金) 22時50分)[8964]

世話人 > 作者は石田剛さんです。 (2016年08月20日 (土) 16時22分)[8991]
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17 炎天やパークゴルフの河川敷 投稿者:世話人 (2016年08月12日 (金) 21時38分)[8775]
  直 (1点)


月番 > 電車の車窓からこんな光景が見える時があります。選をされた直さんもパークゴルフをされるのかしら。それにしても暑そうですね。 (2016年08月13日 (土) 13時42分)[8810]

> この暑いのによくプレーできると感心します。我が町内は7月8月は休みです。頑張ってくださいね。
(2016年08月14日 (日) 13時33分)[8831]

榮一 > 河川敷のパークゴルフですが炎天でも平凡ですね。 (2016年08月19日 (金) 23時01分)[8965]

世話人 > 作者は松谷眞佐子さんです。 (2016年08月20日 (土) 16時23分)[8992]
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18 水中花我が末裔と思いけり 投稿者:世話人 (2016年08月12日 (金) 21時37分)[8774]
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月番 > 我が末裔と言い切った面白さはありますが。何方かお力を貸してください。お願いします。 (2016年08月13日 (土) 13時58分)[8811]

孝子 > 融通が利かないというか、想像力がないのでしようか読み切れませんでした。水中花が、我が末裔なのか。水中花で切れてると思うと何を我が末裔と思ったのか、けりという切れが強い分消化不良な気分です。 (2016年08月14日 (日) 15時38分)[8849]

循子 > 水中花もノスタルジックな季語です。字余りを避けての「水中花」と思い、「を」を補って読みました。≪いきいきと死んでゐるなり水中花  櫂未知子≫を思い出すと、掲句は明らかに自嘲の句であろうと感じたのです。だから心を惹かれましたが、孝子さんのコメントのような疑問もあり、残念ながら通過しました。
(2016年08月15日 (月) 14時15分)[8867]

榮一 > 水中花「を」として読むのでしょうが伝わってくるものがないように思います。 (2016年08月19日 (金) 23時06分)[8966]

世話人 > 作者は若林千尋さんです。 (2016年08月20日 (土) 16時24分)[8993]
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19 夕蝉の声の重なる城下町 投稿者:世話人 (2016年08月12日 (金) 21時36分)[8773]
 紫翠 直 吉章 眞佐子 保子 (5点)


月番 > 中七の声の重なるは如何でしょうか。 (2016年08月13日 (土) 14時00分)[8812]

> 奈良では大和郡山城が有名です。城の周りは木が多く蝉がいっぱい鳴いています。 (2016年08月14日 (日) 13時54分)[8836]

循子 > 中七の「声の重なる」という措辞に共感するかどうかで分れるところと思います。感性は人それぞれということでしょうか。。 (2016年08月15日 (月) 14時35分)[8869]

紫翠 > 鄙びた城下町の情緒がよく伝わります。 (2016年08月17日 (水) 15時33分)[8905]

眞佐子 > 城下町といえば一番近くで金沢を思います。日中ですと蝉時雨とかで多くの蝉の鳴き声が聞こえるのですが、夕蝉ですので「声の重なる」くらいが城下町の風情を醸し出しているのではないかとおもいます。 (2016年08月17日 (水) 20時33分)[8915]

保子 > 蝉に対して 声の重なる は気になりましたが、夕蝉と城下町が良かったです。パソコンの調子が悪く携帯電話から送信しています。読み難かったらごめんなさい。 (2016年08月17日 (水) 20時58分)[8916]

月番 > 保子さんパソコンの調子が悪いのは大変ですね。携帯電話からの書き込みとの事ですが大丈夫です。宜しくお願いします。 (2016年08月18日 (木) 11時38分)[8930]

榮一 > 蝉の声の重なるは常識的ですね。 (2016年08月19日 (金) 23時07分)[8967]

世話人 > 作者は太田鈴子さんです。 (2016年08月20日 (土) 16時25分)[8994]
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20 今以て投下の賛否夏の雲 投稿者:世話人 (2016年08月12日 (金) 21時35分)[8772]
 杏花 孝子 循子 (3点)


月番 > 昭和28年8月6日の広島、8月9日の長崎に投下された原子爆弾のことですね。3点句です。循子さん名指しで申し訳ありませんが、宜しくお願いします。 (2016年08月13日 (土) 14時23分)[8813]

循子 > ご指名有難うございます。上五中七は八月になると、メディアが何十年と取り上げてきた話題ですから、単に投下と書かれただけで、私は反応してしまいます。世代によっては漠然として、具体性のない表現だと思いますから、採ることにも迷いがありました。しかし賛否の賛は大方が勝者の論です。敗者として受けた悲惨さは米大統領のヒロシマ訪問の折に訴えた被害者の男性の涙にも表れています。でもエノラ・ゲイから原爆投下をした兵士らもある意味で戦争の犠牲者。彼らが生きている間は正当性を主張するしかないこともわかる気がします。オバマ氏も言葉で謝罪することは出来ませんでした。毎年八月には、まだ存命の方々が語り始めた戦争の現実に私は涙します。
作品から逸れて深読み、というより勝手読みに近いかも…。承知の上で共感いたしました。 (2016年08月14日 (日) 15時09分)[8846]

孝子 > 循子さんに言って頂いたことでほっとしています。時事とか、政治とかあまり取り上げないほうがいいということもわかりますが、日本での、八月は違うとおもいます。私も句というより感情でいただきましたがそれでもいいとおもいます。昔も今も、そして今持って苦しんでる人がいる日本です。 (2016年08月14日 (日) 15時27分)[8848]

寿美 > 重い内容だが日本人として戦争を知る人がだんだんと少なくなっているので広島長崎を思うとやりきれない。 (2016年08月16日 (火) 13時27分)[8887]

美保子 > こうやって、戦争を知る世代、その事に真剣に耳を傾ける人々、それこそが、本当に今からの日本について考えているのだということを、語って下さったということに私もほっとしています。こういうことが集まって、大きな意見となっていくことを信じたいと思います。
(2016年08月17日 (水) 22時23分)[8923]

榮一 > 投下した国の賛否ですね。勝利のほうに常に正義があるのが人類の歴史です。永遠に決着を見ない議論です。句は意味の世界のようです。 (2016年08月19日 (金) 23時13分)[8968]

世話人 > 作者は樋口進二さんです。 (2016年08月20日 (土) 16時26分)[8995]
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