玄鳥 定例句会

2017年

玄鳥TOP

題 名(作品) メール
名 前 URL

文字色

編集(Pass)キー (半角英数 8文字以内) クッキーの保存


03、ぽっぺんや吉祥草が咲きはじむ 投稿者:世話人 (2015年09月13日 (日) 00時36分)[6504]
(眞佐子)1点


月番 > 吉祥草はわりと地味な花です。これが咲くと、その家には良いことがある、とのことです。いくらでも殖えますよ、と以前に頂いたのですが、何年かたった今は消えてしまい、ついでに吉祥も霧散した感あり。一方、「ぽっぺん」とは語感もそれ自体の形状も、大好きなもののひとつ。捨てがたい句でしたが、もうひとつ掴みきれぬところがあり、残念。植物好きの眞佐子さんがお採りになりました。 (2015年09月13日 (日) 10時14分)[6512]

孝子 > ぽっぺんも吉祥草も同じくらいの重さをもっているのに、季が新年と秋の季違いが気になっていただけませんでした。 (2015年09月13日 (日) 14時53分)[6533]

月番 > 孝子さん、有難うございます。冒頭に「ぽっぺんや」とあるので、秋の吉祥草の影が薄れてしまったということですね。やはり季違いは気になるところです。 (2015年09月13日 (日) 16時59分)[6538]

眞佐子 > 二十年位前に「花が咲くと良いことがありますよ」と頂いた吉祥草
が毎年花をつけますので、気になった句でした。「ぽっぺん」と「吉祥草」との取り合わせが面白いと思い頂きました。「ぽっぺん」が新年の季語だと言う事がすっかり飛んでしまっていました。やはり季違いはよくないと思います。 (2015年09月15日 (火) 20時24分)[6579]

梟夢庵 > もちろん原則としてして季違いは避けるべきだと思いますが、この句のようなことが全く起こらないわけではありません。例えば箪笥を整理していて、ふと小引出しの中に正月に大事にしまっておいたぽっぺんをみつけ、歳時記に「ぽっペんを吹いて厄を払う」ということを思い出した。吉祥草も咲き始めたことだし、今年はきっと良いことことがあるに違いないと、そう思ったと読めます。それで句の分類としては、秋の植物に入れたいと考えます。

(2015年09月15日 (火) 21時28分)[6586]

月番 > 梟夢庵先生、有難うございます。季違い、季重なりいずれも気になることですが、作句、選句ともにまた判断を迷うことの多い問題です。先生のご説明で、この句がいのちを持った感じがします。 (2015年09月16日 (水) 11時19分)[6601]

榮一 > ぽっぺんも吉祥草も佳きことを招くものです。二つが近いことが敬遠されたようです。 (2015年09月19日 (土) 05時45分)[6637]

世話人 > 作者は太田鈴子さんです。 (2015年09月20日 (日) 09時46分)[6661]
名前

編集(Pass)キー

04、草ひばり深山を背ナに太子堂 投稿者:世話人 (2015年09月13日 (日) 00時35分)[6503]
(恵美子、美保子)2点


月番 > 聖徳太子を祀る太子堂というのは全国各地にありますが、この太子堂は背後に深山が迫っている。美しい声で鳴く草ひばり。いい景ですね。 (2015年09月13日 (日) 10時35分)[6514]

惠美子 > 背ナのナがいるのかな・?と思いながら・・ですが、草ひばりの声が大好きなのと、小さな草ひばりに太子堂をどっしりと止めてあるところが好きでした。 (2015年09月13日 (日) 16時59分)[6537]

月番 > ときどき背ナのように小さくカナを送ってある句を読むことがあります。最近のものでは「競ホひし」、「腸タ」(高橋睦郎氏の≪恩無限≫)など。ここまでいかなくとも、「背ナ」は玄鳥誌上でも見かけたように思います。こういうのは作者のこだわりに任されているのでしょうか? 背ナに限って云えば、私は「ナ」を送るのは好みではないのですが…。
(2015年09月13日 (日) 23時43分)[6545]

惠美子 > 月番さま、お教えありがとうございます。 読み違いはしないようですが・・。 (2015年09月14日 (月) 08時36分)[6547]

寿美 > この句も頂いています。連なる山々、古い太子堂、草ヒバリ牧歌的な風景は消えつつありますが子々孫々まで残していきたい風景ですね。 (2015年09月14日 (月) 11時52分)[6549]

月番 > 掲句も寿美さんの選を加えて、3点と訂正です。 (2015年09月14日 (月) 22時15分)[6559]

月番 > 恵美子さんの疑問にお答えしたつもりはないのです。私には判りません。梟夢庵先生、漢字に小さなカナを送るのは、書き手(詠み手)の恣意に任されているということでしょうか? (2015年09月16日 (水) 12時47分)[6605]

榮一 > 何処と言って難はありませんがスケッチのように思えます。 (2015年09月19日 (土) 05時51分)[6638]

梟夢庵 > 「漢字に小さなカナを送るかどうか」は、やはり表現の自由の範疇に属する問題ですので、作者に任せるべきでしょう。もっとも、私はやりません (2015年09月19日 (土) 21時56分)[6656]

月番 > 恵美子さん、そういうことのようです。梟夢庵先生、有難うございました。 (2015年09月19日 (土) 22時24分)[6657]

世話人 > 作者は渡辺淳子さんです。 (2015年09月20日 (日) 09時47分)[6662]

惠美子 > 梟夢庵先生、循子さま、ありがとうございました。 (2015年09月20日 (日) 13時56分)[6681]
名前

編集(Pass)キー

05、一山の寺領の門扉桐一葉 投稿者:世話人 (2015年09月13日 (日) 00時33分)[6502]
 


月番 > 作者の狙いは分かる気がします。点が出なかったのは、なぜでしょうか。皆さんのご意見をお待ちしています。 (2015年09月13日 (日) 10時37分)[6515]

千尋 > お寺は◯◯山◯◯寺といいますので、上五の「一山の」がどこかでダブり感になったのかもしれません。 (2015年09月14日 (月) 23時29分)[6567]

月番 > ありがとうございます。確かにダブリ感はあるようですね。その割りに漠然として焦点の定まらないもどかしさのようなものが感じられます。一山で、私はかなり大きな古刹を思ったのですが、そこから進まなくて。 (2015年09月15日 (火) 00時01分)[6571]

榮一 > 寺も桐一葉も無常や儚さをイメージさせます。その割にはうつたえてくるのものが弱いようです。 (2015年09月19日 (土) 05時58分)[6639]

世話人 > 作者は宮本義之さんです。 (2015年09月20日 (日) 09時48分)[6663]
名前

編集(Pass)キー

06、秋の蚊や脱水中の洗濯機 投稿者:世話人 (2015年09月13日 (日) 00時32分)[6501]
(美鈴、千尋)2点


月番 > なんとなく楽しい。お選びになったお二人のコメントも楽しみです。 (2015年09月13日 (日) 10時40分)[6516]

千尋 > 乾燥もできるドラム式の大きな洗濯機ではなさそうです。ゴロゴロという振動音が聞こえてきます。その洗濯機の近くではしぶとくて黒い秋の蚊が舞っているのです。
洗濯機と蚊の組み合わせ面白いと思いました。こんなラフな句が好きです。 (2015年09月14日 (月) 02時13分)[6546]

美鈴 > 住宅の花壇の一部のお世話をしています。秋の蚊に悩まされています。ネットをかぶっている人もいますが、私は手で、顔をかまれぬよう追い払っています。脱水槽のように顔をブルブルっとふってみたくなるんですよ。想像しただけで笑えますよね。 (2015年09月17日 (木) 10時16分)[6617]

月番 > 私は脱水中の洗濯機を音で捉えたのですが、美鈴さんは動きでイメージされたんですね。そのことが私にとっては意表を衝かれたようで十分笑えます。 (2015年09月17日 (木) 20時32分)[6623]

榮一 > 蚊の羽音と脱水の回転音が同じように聞こえたのかもしれません。二つの配合で伝わってくるものが希薄でした。 (2015年09月19日 (土) 06時23分)[6640]

世話人 > 作者は伊藤保子さんです。 (2015年09月20日 (日) 09時49分)[6664]
名前

編集(Pass)キー

07、実石榴をぶつけて帰るだけの部屋 投稿者:世話人 (2015年09月13日 (日) 00時31分)[6500]
(梟夢庵)2点


月番 > 最後まで気にかかる句でした。やはり梟夢庵先生がお採りになりました。 (2015年09月13日 (日) 10時48分)[6518]

循子 > 詩というものには虚と実があって、それがどういうかたちで、どのような比率で書かれているのか。そんなことをよく考えます。掲句を読むと、必然的に何人かの俳人が思い浮かびます。類想、類句ということでは決してありません。作品のあるいは作句の芯のようなものが共通している。虚の世界を描きつつ、どこかに作者の実がひそんでいて、そこが魅力だと思うのです。掲句について、その判断がつかぬまま、時間切れです。 (2015年09月13日 (日) 11時17分)[6520]

千尋 > 狂気的過ぎる内容で、退いてしまいました。石榴の実の味は子供の血の味と聞いたことがあります。 (2015年09月16日 (水) 00時43分)[6590]

孝子 > 石榴の実は人間の味とわたしもきいていました。また日本画の色紙などにお祝い事のときに石榴の実はかくことがあるとも聞いていたので、マイナーな意味に近いことにちょっとわかりませんでした。 (2015年09月16日 (水) 21時23分)[6611]

月番 > 私自身はそんな狂気染みた感じは持ちませんでした。「だけの部屋」が邪魔っ気な、というか余計な物語が出てくるような…。でも「だけの部屋」を取ったら内容的に句は成立しないでしょうか。 (2015年09月17日 (木) 21時17分)[6625]

梟夢庵 > 石榴にしろ無花果にしろ子供の頃は、手近にあったおやつ的な食べ物であって、それ以上でも以下でもありません。なぜ石榴なのか、ただぶつけるのに手頃だったからだと思います。部屋は、自分が東京の大学へでるまでの少年期を過ごした部屋です。初恋も失恋も経験したものです。石榴をぶつけたのは自分の少年期にたいしてです。選句理由は単純と云えるかもしれません。ただ「だけの部屋」の「だけ」は気になりました。
(2015年09月18日 (金) 21時46分)[6631]

榮一 > 悪くないと思っていますが「だけ」にこだわりました。 (2015年09月19日 (土) 06時25分)[6641]

世話人 > 作者は木村オサムさんです。 (2015年09月20日 (日) 09時50分)[6665]
名前

編集(Pass)キー

08、秋蝶より軽き生命の兵たりし 投稿者:世話人 (2015年09月13日 (日) 00時29分)[6499]
(洋子、章子)2点


月番 > 8月が過ぎると、マスメディアの報道も過去の戦争から遠ざかります。でも戦地体験者には終りのない記憶。 (2015年09月13日 (日) 11時27分)[6522]

洋子 > 戦争になれば、人の命は秋蝶より軽く扱われます。幸運にも戦場から無事に帰還されても、その思い出は永久に消えないでしょう。秋蝶のはかなさが、命のはかなさをよく言い表しています。2度と戦争の起きない世の中でありますように祈るばかりです。
(2015年09月16日 (水) 10時18分)[6596]

章子 > 「兵たりし」でご本人のしみじみとした回顧録のように感じ切なくなりました、若くして逝かれた戦友のことなど思い出されて居られるのでしょうか、普段は忘れていても、今回は秋蝶を見てのおもいでしょうか。 (2015年09月17日 (木) 09時17分)[6614]

榮一 > 今国会の安保法制を念頭に置いているのかもしれません。今も昔も兵士の命を決して軽いとは思っていないでしょう。自虐的な思い込みのようで感心できませんでした。 (2015年09月19日 (土) 06時41分)[6642]

梟夢庵 > <〜より軽き生命の兵たりし>。つまり初五を除くフレーズが、慣用句的表現と云うかいかにもお座なり的で、再考の余地ありです。 (2015年09月19日 (土) 21時31分)[6655]

世話人 > 作者は新保吉章様です。 (2015年09月20日 (日) 10時02分)[6673]
名前

編集(Pass)キー

09、産れしはかかる真昼のすすき原 投稿者:世話人 (2015年09月13日 (日) 00時28分)[6498]
(オサム、循子、美保子、保子、千尋、剛、主宰)8点


循子 > 選句の基準というのは人それぞれだと思いますが、私はこれが俳句なんだろうなあと思って(読み違いも往々にしてあり)選ぶこともありますが、一方で理屈もなにも無く、まず自分のなかの血が反応してしまうということがあります。むしろその方が多い。掲句はその典型。それに尽きます。 (2015年09月13日 (日) 11時38分)[6523]

保子 > 読後、何やら合いの手を入れたくなるようなリズムの良さと「産れしは〜」も少し気になり、すすき原の風に吹かれているような気持ちでいただきました。 (2015年09月14日 (月) 22時27分)[6561]

千尋 > 「産まれし」は「生まれし」かな〜と思いましたが、そのあとの「は」以下のフレーズに惚れました。 (2015年09月14日 (月) 23時35分)[6569]

> 風が吹き抜ける荒涼とした真昼のすすき原は、即物具象と思う。「産まれし」と私の生命の出発点は、真昼のすすき原であると断定しているのが良い。お釈迦様の説く「生老病死」や、平家物語の「生者必滅会者常離」を思えば良いのだろう。生まれてから死ぬまで順風満帆で過ごした人間は少ないだろうし、時にうしろを振り返ると人間は色んなことが光景として立ち上がり甦る。私は結果としてそんな所で落ち着いたが、この句の「真昼のすすき原」に、紛れも無い説得力があるのだと思う。 (2015年09月15日 (火) 10時04分)[6574]

月番 > 保子さん、千尋さん、剛さん、有難うございます。
漢字というのは不思議なもので、同音同意であっても、書き手にとっては、それがどちらでもいいという訳には絶対にゆかないところがあります。掲句の場合も作者のかたの感性にとっては、「生まれし」ではなく「産まれし」でなければならぬのです。ひとりの読者としての私は、句柄からして「生まれし」では、多分不満を感じたと思う。剛さんが、「真昼のすすき原」に紛れも無い説得力がある…」と書かれたのも、「産まれし」を含めてのコメントではないかと思っています。
句の表記については、それぞれのこだわりがあって当然なので、保子さん・千尋さんのご意見を否定するものでは決してありません。
広辞苑の「うまれる」の項には≪◇広く一般には「生を使い、出産・誕生に着目する場合に「産」を使う。…≫という附記があります。ご参考までに。 (2015年09月15日 (火) 20時11分)[6578]

オサム > 人間は誰しも母の胎内から産まれ出る。だがそれはあくまで客観的事実であって、産まれた当人はそんなことは覚えてはいない。むしろある日芒原に立った作者が、「ああ、そういえば私はこのような昼の芒原で産まれたに違いない」という懐かしい思いにかられても不思議はない。芒原はそんな、もの哀しいけれど心地よい場所なのである。掲句の対極に「ひるすぎの小屋を壊せばみなすすき 安井浩司」があるのかもしれない… (2015年09月16日 (水) 00時02分)[6587]

洋子 > 循子さまの、理屈ではなく血が反応するという選句の仕方、大変参考になりました。私はつくづく自分は理屈の人間だなあと思っているこの頃です。オサムさんの鑑賞にも感動しました。私も以前、キリコの「街角の孤独と憂鬱」というようなタイトルの絵に描かれている小さな女の子を見て、この子は私だと思い、ドキドキしたことがあります。キリコの絵はデジャヴューを引き起こすといわれていますが、まさにその通りでした。この句もそんな風に考えたらよくわかりいただくべき句だったと思っています。 (2015年09月16日 (水) 11時25分)[6602]

美保子 > 書き込みが遅くなると皆さんの書き込みにそうなのかとうなずくのみになってしまいます。リズムのよさにも惹かれ、人生に達観した時はこういう気持ちになるのであろう、なりたいと思う句でした。 (2015年09月17日 (木) 19時14分)[6621]

榮一 > 時代を背景にしているわけではなく、いかなる時代であっても誕生は真昼のすすき原なのです。それがこの星の生なのでしょう。 (2015年09月19日 (土) 06時48分)[6643]

世話人 > 作者は梟夢庵先生です。 (2015年09月20日 (日) 09時52分)[6666]
名前

編集(Pass)キー

10、数独をエクセルで解く秋灯 投稿者:世話人 (2015年09月13日 (日) 00時26分)[6497]
(美鈴、淳子)2点


月番 > 頭の悪い月番に、エクセルは最も遠い世界です。美鈴さん、淳子さん、よろしく。 (2015年09月13日 (日) 11時41分)[6524]

寿美 > 数独をエクセルで解くという、発想がまずありませんでした。本屋を覗くと必ず数独の本を買います。最近は腕を上げてかなり難解な本を買ってしまい、消しゴムと鉛筆でうなりながら、かなり無駄な時間を過ごしてしまい、しまったと思うのですが、ボゲかかっているのに数独病にかかっているようです。夫に、馬鹿かと言われていますが、やめられまっせん。 (2015年09月15日 (火) 09時40分)[6573]

淳子 > ボケが進んでいますので、脳活性の為パズル本を買います。漢字ナンクロは面白いと感じますが、数独は難解ですぐに手を上げてしまいます。エクセルで数独、秋の夜長の秋灯にいつまでも、取り組んでいらっしやるお姿を想像しました。 (2015年09月15日 (火) 14時14分)[6576]

美鈴 > 作者のお名前がなんとなく浮かんできます。棋士がコンピュータに負ける時代ですからこのようなことも可能なんだと思います。エクセルを駆使してこんなことができるなんて、と尊敬の気持ちをこめて頂きました。句としても時代を反映して面白いと思います。 (2015年09月16日 (水) 09時53分)[6593]

義之 > 数独を初めて解いたのはおよそ3年前、2日間奮闘して何とか解答を得ましたが、鉛筆を舐め舐め解きながら感じたことは、これはエクセルにぴったりの課題ではないかと。早速、1ヵ月をかけて、数独の解析プログラムを完成させました。出来上がってみれば、僅か数秒で解答を求めることが可能です。秒単位で終ってしまうなら、何のためにパズルに挑戦するのか、新たな悩みを抱えることとなりました。「エクセルで解く数独や流れ星」 (2015年09月16日 (水) 19時24分)[6610]

美保子 > 数独を解くコツのようなものを友人に教えてもらってから、それでもせいぜい、レベル2位で終わりましたが、皆さん、すごいなあと。入院中は時間がたつのが遅く、そういう時の気分転換にやっていました。エクセルで解くだなんて、すごい世界です。 (2015年09月17日 (木) 19時20分)[6622]

榮一 > 手垢が付かなくなった時代ですね。 (2015年09月19日 (土) 06時51分)[6644]

世話人 > 作者は森内洋子さんです。 (2015年09月20日 (日) 09時53分)[6667]
名前

編集(Pass)キー

11、空家から猫の出てくる今朝の秋 投稿者:世話人 (2015年09月13日 (日) 00時24分)[6496]
(恵美子、保子、宜子、章子、鈴子)5点


月番 > 女性ばかりがお採りになりました。近隣に空家が増えて、猫の出入りもよく見かけるようになりました。ひそかに餌を置いてあげるひともあるとか。今朝の秋がいい感じと思いますが、まず恵美子さん、いかがですか。 (2015年09月13日 (日) 12時06分)[6526]

惠美子 > 暑さにばてていた家の柴犬も足取りが軽くなってきました。 最近は空き家が多くなって・少し気味の悪い家もありますが、今朝の秋の句は 我が物顔で出て来た猫が気持ち良さそうに伸びをしている姿を想像しました。 季語の清々しさを感じる句ですね。 (2015年09月13日 (日) 16時53分)[6535]

月番 > 猫が伸びをしている姿ですか。可愛い。そこまで想像しませんでした。 (2015年09月13日 (日) 17時04分)[6539]

保子 > 「空家と猫」よく寝た猫がのっそりと出てきそうで、「今朝の秋」が良かったです。 (2015年09月14日 (月) 22時34分)[6562]

章子 > 最近空き家の話題が多いので我が家も何れ空き家に・・・何て思っていたのでドキッとしました、今朝の秋が気持ちよく〆て下さったので頂きました。 (2015年09月17日 (木) 09時49分)[6616]

宜子 > 最近、このような柔らかい風景や、言い回しに惹かれるようになりました。 (2015年09月18日 (金) 03時02分)[6626]

榮一 > 今朝の秋の必然性が問われそうです。 (2015年09月19日 (土) 06時54分)[6646]

世話人 > 作者は石田剛氏す。 (2015年09月20日 (日) 09時55分)[6668]
名前

編集(Pass)キー

12、古戦場ところどころに彼岸花 投稿者:世話人 (2015年09月13日 (日) 00時22分)[6495]
(洋子、恵美子、吉章、義之、)4点


吉章 > 古戦場と彼岸花が所謂「付きすぎ」のようで付きすぎていない句。ところどころが効果的だと思います。曾ては火花を散らした戦場跡にひそりと立つ曼珠沙華、今は顧みる人もなく足早に過ぎて行く。還らない時代の流れをつくづく感じさせる作品とてして戴いた。 (2015年09月13日 (日) 11時21分)[6521]

月番 > 早速に有難うございます。お書きになった、「ところどころが効果的」というご意見に同感です。俳句はこういうように書くものなんだなあ、と改めて思った月番です。 (2015年09月13日 (日) 11時58分)[6525]

惠美子 > ところどころが想像の拡がるところだと思え、花の赤さが侘しい。 (2015年09月13日 (日) 17時11分)[6540]

千尋 > 古戦場跡のところどころに群れて真っ赤に咲いた彼岸花、それが昔流されたであろう血糊に思えて、先に気の方が滅入ってしまいました。気にしすぎでしょうか。 (2015年09月15日 (火) 18時56分)[6577]

月番 > 古戦場一面に咲いてると述べてあるのではなく、「ところどころに」でサラッとした描写になったと思ったのですが…。洋子さん、義之さん、いかがでしょう。
けさ見たら、若林家から来た庭の曼珠沙華が茎を伸ばしていました。お彼岸前に咲くつもりらしい。 (2015年09月15日 (火) 20時27分)[6580]

洋子 > 古戦場というイメージが好き、彼岸花も句材として好きです。好きなものが二つ並んだ句ですので、私としては一面に咲いているイメージのほうが好き・・・と思いました。 (2015年09月16日 (水) 10時25分)[6597]

寿美 > 彼岸花の別名がすごいのばかりあって、驚きですよー。マンジュシャゲハロマンティックですが、カミソリバナ、シビトバナ、捨子花、その他死人花と見ると古戦場がいっそう身にしみますね。 (2015年09月17日 (木) 10時55分)[6619]

義之 > 掲句は特にインパクトの無い平凡な句かと思いましたが、作者が見た実景をもとに詠んだ句と理解し頂きました。惹かれたポイントは中七で、彼岸花の咲き様を良く言い得ていると思いました。
因みに「ところどころ」の同義語を調べてみると、所々、処々、あちこち、そこここ、あちらこちら、そこかしこ、そこらじゅう、ここにもそこにも 等いろいろありますが、言葉である以上微妙なニュアンスの違いが感じられます。掲句には「ところどころ」がぴったりのようです。
(2015年09月19日 (土) 00時32分)[6632]

榮一 > 古戦場に彼岸花が咲いていても違和感はありません。ただ、兵士の死と死人花とも呼ばれる彼岸花は意味が強く出てきます。 (2015年09月19日 (土) 06時59分)[6647]

世話人 > 作者は小川紫翠様です。 (2015年09月20日 (日) 09時57分)[6669]
名前

編集(Pass)キー

13、百年の木桶の味噌や涼新た 投稿者:世話人 (2015年09月13日 (日) 00時20分)[6494]
(紫翠、孝子、美保子、保子、鈴子、進二)6点


月番 > 味噌の老舗は多いようで、天保年間に創業なんて、珍しくないようですが、掲句もそのようなお店の味噌でしょうか。秋の到来で、味噌汁も美味しく頂けそうです。 (2015年09月13日 (日) 12時17分)[6529]

寿美 > 味噌蔵の風景ですね。代々受け継がれ蔵全体に麹菌が付いているような薄暗い味噌蔵。昨年サロンから見学に行った所もこんな所でした。 (2015年09月14日 (月) 12時02分)[6550]

月番 > 6人のかたがお採りになっています。どうぞ褒めてください。味噌の匂いが漂ってくるようで、月番もこの句は好きです。「涼新た」ももいい感じと思いました。 (2015年09月16日 (水) 11時50分)[6603]

鈴子 > 百年の木桶の味噌はほんとうに美味しいでしょうね。毎朝味噌汁を食べる習慣がある私には羨ましいことです。味噌の旨さもさることながら、味噌蔵にでんと据わっている木桶「涼新た」が取り合わせの上手さと思います。 (2015年09月16日 (水) 16時20分)[6606]

美保子 > 味噌、醤油と言った基本的な調味料は味覚にインプットされるようで、東京で生活した時も熊本で転勤で暮らした時も、母に味噌を送ってもらったものでした。宮崎でも日南や都城などで古くから作られている味噌があり、この句も読んだだけで手に入れたいと思うようなおいしさを感じました。 (2015年09月16日 (水) 16時24分)[6607]

榮一 > 古と新の取り合わせです。無駄に意図を感じてしまいます。 (2015年09月19日 (土) 07時07分)[6649]

世話人 > 作者は松谷眞佐子さんです。 (2015年09月20日 (日) 09時58分)[6670]
名前

編集(Pass)キー

14、葉鶏頭ひとり暮らしの伯母の家 投稿者:世話人 (2015年09月13日 (日) 00時18分)[6493]
(紫翠、宜子、進二)3点


月番 > 葉鶏頭は昔から身近にあった植物ですが、それもその筈、古い時代に中国経由で日本に入ってきて、枕草子六十四段に「…かまつかの花、らうたげなり」として出てきます。つまり「かわいい」ということ。そのあとにちょっと難癖つけているのが清少納言らしい。今の葉鶏頭が当時の「かまつか」と同じものかどうか、よくわかりません。葉鶏頭で見えてくるものがあります。採られなかった方のコメントもどうぞ。 (2015年09月13日 (日) 16時40分)[6534]

循子 > 嘗て大和木綿、製薬などで栄えた五條市や御所市などで、旧い屋敷にお年寄りが独りで暮していらっしゃることが多い。市の有形文化財として公開されているものもありますが、当時の贅を尽くして建てられた邸を維持してゆくのは、もう無理だとこぼされるのを聞いたことがあります。二上山に近い友人の実家は広大な屋敷が、独り住まいだったお母さまが亡くなられてから、いまや朽ちるのを待つばかりとなっています。ほったらかしの柿の木が実をつけたら、我われ仲間が遊び半分に収穫に出かけます。
葉鶏頭がそんな屋敷によく似合います。伯母さまのお暮らしぶりをいろいろと想像できる句です。 (2015年09月16日 (水) 12時27分)[6604]

宜子 > 何も言っていないようで、多くのモノ、コトが浮かんできます。力まずに読める句でした。 (2015年09月18日 (金) 03時07分)[6627]

榮一 > 景はよくわかりますがこのパターンは多いです。 (2015年09月19日 (土) 07時10分)[6650]

世話人 > 作者は三島章子さんです。 (2015年09月20日 (日) 09時59分)[6671]
名前

編集(Pass)キー

15、晩年の父の寡黙や榠樝の実 投稿者:世話人 (2015年09月13日 (日) 00時16分)[6492]
(洋子、淳子、吉章、紫翠、オサム、眞佐子、宜子、千尋、章子、剛、鈴子)11点


吉章 > 作者の父が元気なのか?故人となられたのか?この儘では判然としないが、故人になられたということを前提にして採らせて戴いた。(失礼)カリンの実を見る度に父の姿が目に焼き付いて離れない。だんだん無口になっていった父のことが気になる。よく喋って、よく叱った時代のことが懐かしく思い出る。生前の父を懐旧した作品として戴いた。 (2015年09月13日 (日) 12時08分)[6527]

月番 > 高点句です。共感された方が多いのは季語の効果でしょうか。 (2015年09月13日 (日) 12時22分)[6530]

寿美 > 花梨の実は堅くて黄色の大きな実です。大人のこぶし2個分はあるでしょう。良い香りがして思わずがぶりといきたいところですが、とても堅くて歯が立ちません。友人の所になるので、1個もらってきてリキュールにつけていて、咳止めとして使っています。大きくて堅くて1個でも存在感があって、寡黙なおやじさんのイメージにぴったりと思います。 (2015年09月14日 (月) 15時41分)[6553]

> 四十歳を前に私は父に死なれた。後々に歳を取るに従い、父の背中は段々広くなり、その背中を懐かしむことに為った。もう遥かに父の年を越えて、春夏秋冬それぞれの季節に、父への思いのような事が出没する事は間違いない。この句の通り父は寡黙だったし、何時も不幸者の息子に頑なに背を向けていた。庭に転がった固い花梨の実は鳥が啄む事も無い、父の影だけが行き来する。 (2015年09月15日 (火) 09時01分)[6572]

眞佐子 > 私も寿美さんと同じで花梨の実は果実酒にして、咳止めとして使っています。あの大きな実を見ていますと、若くして逝った無口な父の事が思い出されます。昔の男性は無口の人が多かったような気がします。 (2015年09月15日 (火) 20時49分)[6581]

月番 > 昭和の父はおおかた寡黙で怖がられもし、そしてどこか孤独であったように思います(現代のイクメンとは大違いです)。その点で、共感はしつつも既視感があるように思いました。 (2015年09月15日 (火) 21時01分)[6582]

オサム > たしかに既視感があるかもしれません。無口な父の佇まいと榠樝の実は付きすぎかもしれません。それでも頂かずにはいられない句があるのかもしれません。掲句は(晩年の)とあるだけに、それまでは闊達で賑やかな人物であったと思われるだけに、余計響いてきました。 (2015年09月16日 (水) 00時15分)[6588]

洋子 > 皆様がおっしゃるように、晩年の寡黙な父は、ごつごつしたカリン(パソコンが漢字に変換してくれません)のイメージにぴったりです。オサムさんの「それまでは闊達で賑やかな人物であったと思われるだけに、余計響いてきました。」という深い読みに感動しました。 (2015年09月16日 (水) 10時39分)[6598]

洋子 > 同じ色にしてしまい、すみません。 (2015年09月16日 (水) 10時41分)[6599]

梟夢庵 > 「晩年」の「父」の「寡黙」という同じようなベクトルの言葉ばが並び、最後にいかにもそれらしい「榠樝」を配合しているので、分かりやすい
がクドい感じ。 (2015年09月16日 (水) 22時04分)[6613]

榮一 > 取り合わせも含めてわかりやすい句ですが。 (2015年09月19日 (土) 07時22分)[6652]

世話人 > 作者は久野孝子さんです。 (2015年09月20日 (日) 10時00分)[6672]
名前

編集(Pass)キー

16、雁渡し焼印の濃き道具箱 投稿者:世話人 (2015年09月12日 (土) 23時55分)[6491]
8、( 紫翠、孝子、オサム、美保子、眞佐子、保子、宜子、剛、梟夢庵)10点


世話人 > 括弧の前に数字が誤って入りましたが関係ありません。スミマセン。 (2015年09月13日 (日) 01時43分)[6509]

月番 > 昭和の頃まで、大抵の家に木製の道具箱があって、屋号の焼印があったり、墨で名前が書いてあったりしたものです。この道具箱は職人さんや商店の屋号が押されているものか、と。高点句のひとつです。どなたからでもどうぞ。 (2015年09月13日 (日) 16時54分)[6536]

> 普通に焼印の見える道具箱と云えば大工さんだ。大工さんの道具箱と思いたい。雁渡しは雁が渡ってくる初秋の頃に頃に吹く北風で、空気も澄んでいる。昔堅気の大工の棟梁を思う。ウイキペディアよれば、かつての大工は自分の道具を持ち運ぶために自作していたそうである。私の住む周囲も宅地分譲がなされて、この秋の良い季節に何軒もの新築の家が建造中である、建築の様式や過程が変わった今大工さんの道具箱はあるだろうかと、いらぬ思いを巡らせる事となった。 (2015年09月15日 (火) 10時50分)[6575]

眞佐子 > 義父は戦前は大工さんをしていました。戦後はサラリーマンになったのですが、その道具箱がいつまでも大事にしまってありました。義父は器用な人で焼き印では無くて、自分で色んな物を彫っていた様な気がします。「雁渡し」の季語が好きでした。 (2015年09月15日 (火) 21時07分)[6583]

月番 > やはり大工さんの道具箱ですか。周囲では、そんな道具箱を持ってくる大工さんにはお目にかからなくなりました。宮大工、寺大工の棟梁が思い浮かびます。 (2015年09月15日 (火) 21時27分)[6585]

オサム > 「雁渡し」と、こだわりの道具箱の取り合わせによって、天高くそびえる寺社や塔の頂きで黙々と仕事をする職人気質の棟梁が見えてきました。 (2015年09月16日 (水) 00時36分)[6589]

美保子 > 何度も手を入れて来た我が家ですので、大工さんとの付き合いもそれだけの数ありました。焼印があったかどうかは今では調べる術もないのですが、道具箱を持って来られていたなあと思います。雁渡し の季語がとてもあっていると思いました。 (2015年09月16日 (水) 16時31分)[6609]

世話人 > 作者は岡部主宰先生でした。 (2015年09月20日 (日) 10時03分)[6674]
名前

編集(Pass)キー

17、丹念にレコードを拭く良夜かな 投稿者:世話人 (2015年09月12日 (土) 23時52分)[6490]
(義之、循子、千尋、剛、主宰)6点


月番 > いまほど手軽に音楽を聴ける時代でなかった頃、大枚はたいて買ったLPを、丹念に拭いていたものです。それは至福の時間でした。ましてそれが良夜であったならば。お採りになったかた、どうぞ。どうぞ。 (2015年09月13日 (日) 17時31分)[6542]

寿美 > この句も頂いています。EP,SP,LP
私も沢山持っていました。CDになってから改装を機に友人に上げました。針を下ろす瞬間やかすかなレコードのうねりなどマニアにはたまらなく懐かしいですね。この方もゆったり一人かはたまたご夫婦かわかりませんが、幸せな時間を過ごしていらっしゃる。月夜、音楽、悠々自適のご様子。老後は候ありたいものです。 (2015年09月14日 (月) 12時14分)[6551]

千尋 > CDの音とレコードの音はやはり違がありますね。また、たまたま付いたそれぞれの傷にも思い出が繋がっていたりしてCDより味わいがあります。良夜が効いていると思いました。既視感はありますが。 (2015年09月14日 (月) 13時44分)[6552]

世話人 > 寿美さん選を加え、7点と訂正いたします。 (2015年09月14日 (月) 22時25分)[6560]

> 中秋の名月を見上げながら音楽を聴こうとしている、読者の辿り着くイメージは満ち足りた一日の終わりではないだろうか。ベートーヴェンのピアノ ソナタに「月光」がある、クラシック音楽にはまったく縁が無かったが、愛着のある音楽は身も心も癒すのだ。良い音をオンリーで聴く夜が始まろうとしている。 (2015年09月18日 (金) 11時43分)[6628]

義之 > 上五、中七の「端念にレコードを拭く」に惹かれて頂きました。昭和という時代に生きる中、様々なものが身の回りから消え去っていきましたが、レコードもその一つで私自身想い出深いものがあります。因みに、ネガティブな感想として、掲句はそういった物や、骨董品、刀剣類 等趣味の世界の物品を取り上げ、「良夜」と取り合わせた観念的なパターンの句と感じられるところでしょうか。 (2015年09月19日 (土) 01時03分)[6633]

榮一 > マニア感がよく出ています。 (2015年09月19日 (土) 06時53分)[6645]

世話人 > 作者は佐藤美鈴さんです。 (2015年09月20日 (日) 10時04分)[6675]
名前

編集(Pass)キー

18、ケヤキ並木横断歩道の赤とんぼ 投稿者:世話人 (2015年09月12日 (土) 23時48分)[6489]
 


月番 > 今年は蜻蛉を見かけないなぁと思っていましたが、土曜日に駅へ向う道でに群れ飛ぶ赤とんぼを見かけて、なにやら安心しました。欅並木の横断歩道は街の風景と思いましたが、赤とんぼがいたのですね。 (2015年09月14日 (月) 22時40分)[6563]

榮一 > 散文的です。述べて言えばケヤキ並木の横断歩道の上に赤とんぼが飛んでいますとなります。せめて倒置法ぐらいは用いてほしいと思います。 (2015年09月19日 (土) 07時18分)[6651]

世話人 > 作者は樋口進二さんでした。 (2015年09月20日 (日) 10時08分)[6677]
名前

編集(Pass)キー

19、秋の海ペンフレンドのように暮れ 投稿者:世話人 (2015年09月12日 (土) 23時47分)[6488]
(恵美子、循子、義之、鈴子、進二、梟夢庵、主宰)9点


月番 > 両先生もお採りになっています。男のかたが4人採っていらっしゃるので意外な感じもありましたが…。いや、むしろ当然か、とも。 (2015年09月14日 (月) 22時55分)[6564]

循子 > bXの句と同様、まず知よりも血が反応してしまう。それだけで十分なのですが、それではあまり無責任かもしれぬと思い直して、拙い理屈づけを少々。秋の海の暮れ方がペンフレンドとの関わりのようだという、この比喩の距離の取り方が絶妙。ペンフレンドというカタカナがここでは活きていて、お洒落な句になりました。 (2015年09月14日 (月) 23時16分)[6566]

惠美子 > どこに惹かれて頂いたのか・?考えているのですが・・巧く選評が書けません。 少し物悲しいようで・遠くを眺めているだけの秋の海。 遠くの友を思いやるペンフレンド。 ですが・・やっぱり どうこうと理屈を述べるより、循子さまと同じように お洒落な句に惹かれたようです。 (2015年09月16日 (水) 16時29分)[6608]

義之 > 暮れゆく秋の海を見ているだけの情景の句であり、中七の「ペンフレンドのように」は、作者の心に浮かんだ一瞬のつぶやきなのでしょう。掲句は詠み手から離れ、読者の中で自由に一人歩きを始める、そのような作品と感じました。詩情あふれる私の好きな俳句です。 (2015年09月19日 (土) 01時23分)[6634]

えいいち > ちっとしたセンチメンタルがいいですね。 (2015年09月19日 (土) 07時00分)[6648]

世話人 > 作者は若林千尋編集長でした。 (2015年09月20日 (日) 10時09分)[6678]
名前

編集(Pass)キー

20、坊守の法話に集ふ秋の音 投稿者:世話人 (2015年09月12日 (土) 23時44分)[6487]
 


月番 > 坊守とありますが、法話をなさるので、ご住職のことでしょうか?真宗では寺の奥さんのことを坊守というのだと、以前に梟句会でお聞きしたことがあります。お寺のことはよく知らないのですが、なぜ点が出なかったのか。「秋の音」も悪くはないと思うのですが。どなたかご意見をお願いします。 (2015年09月14日 (月) 23時31分)[6568]

オサム > 坊守には、1.寺院の番人、2.小寺の身分の低い僧、3.浄土真宗の僧の妻の三つの意味があるようです。どの意であっても、面白いですね。意外と高僧の法話より断然心に沁みる話を聞かせてくれるのかもしれません。さて、掲句は何となく季語の(秋の音)が気になりました。法話≒声≒音なので、どこかダブり感があるのかもしれません。全くつまらない意見ですが個人的には(こぼれ萩)あたりの植物と取り合わせるのが好みです。 (2015年09月16日 (水) 00時58分)[6591]

月番 > オサムさん、有難うございます。ご提言のように「こぼれ萩」を置くのが良いですね。「秋の音」はけっこう使いにくい季語です。 (2015年09月17日 (木) 20時43分)[6624]

> 「秋の声」と云う季語が有るのは知っていたが、不勉強で「秋の音」は知りませんでした、よく読んでみると何となく解る気がします。法話と云うのは有難いお話で、その話に熱心に耳を傾ける善男善女たち、集うのは私の年代であり殊勝な気持ちになる事は間違いない。虫の声や、風に樹が葉を散らす音、木の実の落ちる音などを、思えば良いのではないか。 (2015年09月18日 (金) 15時29分)[6629]

榮一 > 仏法に関する話はたいていはお坊さんがするように思います。高僧であれ身分の低い僧であれ同じでしょう。坊守は余分に思えます。 (2015年09月19日 (土) 07時38分)[6654]

世話人 > 作者は鈴木美保子さんです。 (2015年09月20日 (日) 10時07分)[6676]

美保子 > 皆様、書き込み、ご指導ありがとうございました。投句してから、わかりにくい句だったと反省していました。剛さま、循子さま句会のお世話をありがとうございました。宜子さま、来月からよろしくお願いします。 (2015年09月20日 (日) 21時01分)[6682]

宜子 > 美保子さん、来月からも変わらず投句、書き込み宜しくお願いします。 (2015年09月26日 (土) 05時03分)[6684]
名前

編集(Pass)キー

21、"I Have a Dream" 八月三十日のデモ 投稿者:世話人 (2015年09月12日 (土) 23時40分)[6486]
  


月番 > これはいったい何なんでしょうか。八月と言っても季感の全く無い八月です。 (2015年09月14日 (月) 23時44分)[6570]

オサム > 1963年8月28日、マーティン・ルーサー・キング牧師は、アメリカ合衆国の首都、ワシントンのリンカーン記念堂へ向かうワシントン大行進で、「I Have a Dream(私には夢がある)」で知られる有名な演説を行い人種差別の撤廃と各人種の協和を訴えた。そして今年の日本では同じ時節に各地で安保法案反対のデモが行われているのである。こういう句を社会性俳句というのでしょうか…? (2015年09月16日 (水) 01時19分)[6592]

洋子 > 1963年ごろまさにリアルタイムで学生だった私はこのキング牧師の演説を感動をもって何度も読み、聞いています。その精神は身にしみています。16分を超える長い演説ですが、その一番よく読まれたところは「私には夢がある。いつかジョージアの赤土の上に元奴隷の息子たちと元奴隷所有者の息子たちが一緒に座り友愛のテーブルを囲む日が来るという夢が。・・・・私には夢がある。いつか私の子供たち4人が肌の色でなく中身で判断される、そんな国に住む日が必ずくる、、、。」このキング牧師の印象があまりに強くて、8月30日のデモの群衆と重なりませんでした。 (2015年09月16日 (水) 11時04分)[6600]

梟夢庵 > 内容が重くれ過ぎているのと
今回安保法案反対運動がいまだ進行中であることから、見送りました。 (2015年09月16日 (水) 21時35分)[6612]

榮一 > 生なニュースは取り扱うのは難しいと思います。 (2015年09月19日 (土) 07時26分)[6653]

世話人 > 作者は安田循子です。 (2015年09月20日 (日) 10時14分)[6680]
名前

編集(Pass)キー

22、亡き母に重なり見ゆる夜長妻 投稿者:世話人 (2015年09月12日 (土) 23時35分)[6485]
(美鈴、淳子、吉章、進二)4点


吉章 > 私事で恐縮ですが、私の場合は11歳小学校五年生の時に父を亡くし母の手一本で成人しました。当時の内職と言えば、裁縫や編み物がが中心で毎晩深夜まで控え目に編み物の機械の音を遠慮勝ちに出していた事を微かに覚えております。たまに家内が頼まれごとの内職を遅く迄やっていることもあり、亡き母の懐かしい思い出の一句として戴きました。 (2015年09月13日 (日) 12時33分)[6531]

寿美 > 妻の背に母を見ている夜長の灯でも良さそうですね。 (2015年09月14日 (月) 16時07分)[6554]

千尋 > 下五の「夜長妻」が気になりましたが。 (2015年09月14日 (月) 23時14分)[6565]

月番 > 私も「夜長妻」は気になりました。寿美さんの添削だと「夜長妻」は消えますが、採られたかたのご意見はどうなりますかしらね。 (2015年09月15日 (火) 21時09分)[6584]

美鈴 > 作者のお年はわかりませんが、母の時代の夜なべといえば繕いものや編み物、針仕事が浮かんできます。私も子供の小さいころは夜なべにミシンを踏んで子供の服などを作ったものです。今の時代ですと編み物、パッチワークなどでしょうか。電球の明かりの下でのお母様のお姿は作者にとって忘れがたい思い出なのでしょう。 (2015年09月16日 (水) 10時04分)[6594]

美鈴 > 夜長妻ですが、角川大歳時記には載っていませんが他の本で夜長の傍題として載っていました。 (2015年09月17日 (木) 10時30分)[6618]

淳子 > 夜長妻に母をおもいました。戦争で物不足の折、着物を解いて、妹と対の上着を作って呉れました。現代は、主婦でも自分の時間を持てる時代となりました。夜長妻は余暇を利用して、ご自分の趣味に入り込んで夜半に勤しんでいらっしゃるのか?眺めるご主人夢中の奥様を、想像します。

(2015年09月17日 (木) 16時38分)[6620]

世話人 > 作者は渡利寿美さんでした。 (2015年09月20日 (日) 10時12分)[6679]
名前

編集(Pass)キー

9月の定例句会 投稿者:世話人 (2015年09月12日 (土) 23時10分)[6484]
只今準備中

名前

編集(Pass)キー

8月の定例句会 投稿者:世話人 (2015年08月13日 (木) 01時46分)[6318]
立秋を過ぎてなお猛暑が続いております。皆さまお元気でしょうか。お盆休みの若いご家族を迎えて、慌しくも楽しい時間をお過ごしのかたもいらっしゃると思います。お忙しいかも知れませんが、どうか句会にも時間を少々割いて頂き、楽しんで下されば幸いです。
石田剛氏にお任せしてきて、久しぶりの句会のお世話ということで、緊張しています。いろいろと手落ちがあるかと思いますが、お許しください。賑やかで楽しい句会となりますように、よろしくお願いいたします。先月、最高点を得られました伊藤保子さんが、月番を務めて下さいます。保子さん、有難うございます。よろしくお願いいたします。


保子 > 月番を務めさせていただきます保子です。宜しくお願いします。 (2015年08月13日 (木) 10時06分)[6319]

世話人 > 当方の都合で夜中の入力となり、危惧したとおり冒頭から手落ちがありました。肝心の主宰先生、梟夢庵先生にご指導をお願い申し上げる一文が抜けました。大変失礼をいたしました。残暑厳しいなか、なにかとお疲れのことと存じますが、ご指導の程よろしくお願い申し上げます。 (2015年08月13日 (木) 10時37分)[6328]

世話人 > 二十日となりましたので、作者のお名前を発表させていただきます。毎日厳しい残暑が続き、行事も多い八月の句会にご参加頂き、有難うございました。主宰先生、梟夢庵先生にはご多忙のところ、ご指導頂きまして有難うございました。ご意見をお寄せいただいた参加者の皆さまにお礼申し上げます。月番を快く務めてくださいました伊藤保子さん、お疲れさまでした。
予報では、まだまだ猛暑日が続くようです。皆さまお元気でお過ごしください。どうぞ来月の定例句会も宜しくお願いいたします。 (2015年08月20日 (木) 00時43分)[6460]

月番 > 皆様ありがとうございました。 (2015年08月22日 (土) 20時17分)[6483]
名前

編集(Pass)キー

1、終戦詔書の御名の傾ぎ秋の潮 投稿者:世話人 (2015年08月13日 (木) 01時03分)[6317]
(恵美子、淳子、美鈴、宜子、循子、美保子、梟夢庵、主宰)10点


月番 > 8月15日終戦日、敗戦日、それか70年目を 迎えました。 (2015年08月13日 (木) 10時13分)[6320]

循子 > 戦中から終戦まで「御名御璽(ぎょめいぎょじ)」は見慣れ、耳慣れた言葉でした。「裕仁」という御名を当時は目にすることは無かった気がします。教育勅語も御名御璽で覚えました。終戦詔書の「裕仁」という御名がやや右に傾いでいることを意識したことが無かったので、そういえば…という感じです。年齢とともにそうなっていくことが多いようですが、終戦時の昭和天皇はまだ44歳。御名の傾ぎに作者は、特に感ずるところがおありだったのでしょう。「秋の潮」がうまく坐ったと感じています。 (2015年08月14日 (金) 21時59分)[6346]

梟夢庵 > 循子さんの云われるほど事は単純ではないようです。この大東亜戦争終結の詔書は、天皇の御名御璽(署名捺印)のある重要な重大なものであり、後の世に残る性質のものであってみれば、署名が傾き、かつ御璽の端がわづかに文章の最後の行と重なっているという、まことに不体裁なものを、なぜ書き直さなかったのか、考えてみるべきでしょう。このことは、玉音放送と関係しているし、八月十四日深夜の陸軍青年将校の一部による反乱(クー・デター未遂)事件など当時の緊迫した状況を考慮しなければなりませんが、ここ数日のTVや新聞記事を見ていただきたいと思います。いずれにしても、この句は当時の昭和天皇の心中をお察しした句と思います。
(2015年08月16日 (日) 22時39分)[6396]

循子 > 8月15日付の毎日新聞朝刊に「殺気立った抗戦派将校」という見出しで「宮城事件」を特集。何日か前にTVでも同じテーマで放映していて、釘付けになりました。 (2015年08月17日 (月) 00時03分)[6401]

月番 > NHKスペシャル「太平洋戦争の本当の終結は8月22日だった」を緊張感をもって見ました。 (2015年08月17日 (月) 00時33分)[6402]

淳子 > 何事も記憶の薄れていく中で、あの日の玉音放送の玉音が、いまだに耳朶に鮮明に残っています。あの時、天皇の苦悩は如可ばかりであったであろうか?計り知る事ができません。つい御名が傾いていたのも、その時の天皇の苦悩振りを物語っているかと、おもいました。秋の潮が循子さまと同じくよく効いていると思いました。 (2015年08月17日 (月) 23時07分)[6418]

榮一 > 戦後七十年はまさしくともに過ごしてきた年月です。玉音放送も終戦詔書も後に知っとことです。御名の傾ぎと御璽の重なりは時代の節目の激動を感じさせます。 (2015年08月19日 (水) 16時33分)[6441]

世話人 > 作者は樋口進二氏です。 (2015年08月20日 (木) 00時52分)[6463]
名前

編集(Pass)キー

2、これだけと聞かれ顔出す冷奴 投稿者:世話人 (2015年08月13日 (木) 01時00分)[6316]
(洋子)1点


月番 > 「冷奴」この言葉だけでも癒されます。 (2015年08月13日 (木) 10時16分)[6321]

洋子 > 夕餉の食卓をジロリと見回して、「これだけ?」の一声。「そんなこといわれたって、、、。」と心の中でぶつくさ思いながら冷奴の一皿を付けくわえる、、、。かつおぶし、紫蘇、茗荷、等いろいろのせると立派な一品のできあがり。ご主人様のご機嫌も直って、、、。日常よくある景です。冷奴のありようもよくわかって、とても好きな句です。 (2015年08月13日 (木) 11時26分)[6341]

循子 > 鈍い私は洋子さんのコメントを読ませて頂いてはじめて「顔出す」のが冷奴だと分かった次第です。お恥ずかしい話。「冷奴のありようもよくわかって」というフレーズで理解できました。洋子さんのお蔭です。 (2015年08月18日 (火) 22時56分)[6431]

榮一 > 顔出すの擬人法はかえって嫌味になっていそうです。 (2015年08月19日 (水) 16時36分)[6442]

世話人 > 作者は佐藤美鈴さんです。 (2015年08月20日 (木) 00時53分)[6464]
名前

編集(Pass)キー

3、毎日を自由に使う生身魂 投稿者:世話人 (2015年08月13日 (木) 00時58分)[6315]
(洋子、主宰)3点


月番 > 毎日が自由な時間、素晴らしいです。 (2015年08月13日 (木) 10時18分)[6322]

洋子 > 今頃は昔より十歳くらい心身ともに若くて、お元気でご活躍のご高齢者が多いようです。尊敬し、羨ましく思います。 (2015年08月13日 (木) 11時32分)[6342]

循子 > 生身魂をこういうふうにアッケラカンと詠むのは、いっそ面白いと思って、どうしようかなあと迷った句です。洋子さんと同様、羨ましいです、とっても。。 (2015年08月14日 (金) 22時08分)[6347]

梟夢庵 > 「毎日が自由な時間」は生身魂の説明の域を出ないと思います。即物具象性に遠い、つまり発見がないように思います。 (2015年08月15日 (土) 20時32分)[6366]

梟夢庵 > 同じ色を使ってすみません。 (2015年08月15日 (土) 20時37分)[6367]

循子 > 梟夢庵先生、ありがとうございます。物に語らせる、ということから遠いのはおっしゃる通りと思います。
個人的なことながら、私も齢からすれば十二分に生身魂と奉られたい(!)ところなのに、なんと縛りの多いことよ、と思いながら暮しているので、「毎日を自由に使う生身魂」は羨ましいの一語に尽きます。これは俳句以前の問題ですね、すみません。 (2015年08月15日 (土) 21時39分)[6375]

洋子 > 私も、俳句以前のところで句をとっていることが多いので、反省しています。 (2015年08月16日 (日) 11時18分)[6385]

榮一 > 自由に使うは反語のように思えたのです。 (2015年08月19日 (水) 16時39分)[6443]

世話人 > 作者は小川紫翠氏です。 (2015年08月20日 (木) 00時54分)[6465]
名前

編集(Pass)キー

4、背嚢の如く咲きたる夾竹桃 投稿者:世話人 (2015年08月13日 (木) 00時56分)[6314]
(循子)1点


月番 > 「夾竹桃」と「背嚢」の取り合わせ。「夾竹桃の白花多し戦へて」という句を思いだしました。 (2015年08月13日 (木) 10時26分)[6323]

循子 > 夾竹桃は少女小説の影響もあって、昔は憧れの花木でした。いまは高速道路や国道の脇に植えられたりして、排気ガスまみれです。掲句、全く読み取れなくて、これは無理と思っていました。私はときどき田圃道を歩いて少し遠いスーパーへ行くのですが、いつも通る今風のお宅に鮮やかな紅い夾竹桃がいっぱい花をつけていました。あっ、と掲句が浮かびました。八月に入ってから戦争の記録が映像で色々と毎日のように放映されています。紅い夾竹桃は砲弾で一瞬にして燃え上がる背嚢。勝手な読みと思いますが、このイメージが頭から離れない。嘗ては吉屋信子流の憧れの花も、排気ガスどころではない、無惨なイメージを背負うことになって、夾竹桃に申し訳ないと思っています。
月番さんの出して下さった句は知りませんでした。戦争の死者たちへの追悼でしょうか。 (2015年08月14日 (金) 23時16分)[6348]

月番 > うろ覚えの作品を提供してすみません。「戦へて白花多し夾竹桃」だったかもしれません。作者は水鳥の石田多津子さん、戦争と死者への追悼の作品と感じています。この4番の作品「背嚢のごとく」はちょっと分からなかったのですが、循子さんの言葉から慄然とする思いがします。 (2015年08月15日 (土) 20時48分)[6370]

循子 > 水鳥のお方だったのですね。有難うございました。 (2015年08月15日 (土) 21時22分)[6373]

梟夢庵 > 私も循子さんと似たようなイメージを浮べましたが、第一線の銃撃戦で背囊を背負って戦うであろうか、という変な疑問があったのと焼夷弾や火炎放射機ではなく砲弾で一瞬にして燃え上がるだろうかと思った。むしろ背囊の底に秘められた一個の手留弾ではないかと思った。戦況が思わしくなくなった戦争末期、捕虜ととなって生恥を晒すより、この手留弾で自決せよ、と各自に渡された、その手留弾を思い浮かべました。でも、少し無理があるようで、バンザイしました。 (2015年08月15日 (土) 21時33分)[6374]

世話人 > 岡部榮一主宰先生です。 (2015年08月20日 (木) 00時56分)[6466]
名前

編集(Pass)キー

5、遠雷や甘味処に恋敵 投稿者:世話人 (2015年08月13日 (木) 00時55分)[6313]
(恵美子、眞佐子、宜子、進二、鈴子、美保子、千尋)7点


月番 > 「恋敵」なんと若々しい! (2015年08月13日 (木) 10時29分)[6324]

進 二 >  今は昔の物語、お里帰りをする盆休みには、こんな句もいいですね。皆さん、何がしか身に覚えもありそう。京の鍵善というよりは、三宮にあった日栄堂(カンバンのみビルの壁に残っています)あたりが、この句の「甘味処」には、相応しそう。保子さんのおっしゃるように「恋敵」いいですね。「遠雷」は少し近いのでは、などの講釈はこの句の場合・・・・にて。 (2015年08月14日 (金) 15時05分)[6343]

美保子 > 皆さんと同じです。昔昔の事であっても、楽しい気分になります。暑さが続く中、さわやかな気分にさせてくれる句でした。でも、宮崎は随分あとになるまで、甘味処 なるものがなかったのです。東京から帰った時に黒蜜のかかったあんみつが恋しく思ったのを思い出しました。 (2015年08月15日 (土) 20時42分)[6368]

循子 > 女性好みの句だから、かなり点は出るだろうと予想しましたが、なんと男のかたがお採りになっているので、ちょっと意外でした。をんな心がよくお分かりのようです。 (2015年08月15日 (土) 21時52分)[6376]

千尋 > 高校の帰りに良く大衆甘味処に寄り道しました。降り出しそうな空、当然真っ直ぐ家に帰る気になれない。そんな時にカキ氷を食べにお店に入ったら、隣のクラスのマドンナが奥の席に。そんな可愛らしい時代がありました。 (2015年08月16日 (日) 00時08分)[6381]

眞佐子 > その昔、勤め先は午後4時に終わりました。真っ直ぐ帰るのも早すぎるので、毎日のように「甘味処」のような喫茶店に4、5人集まってあんみつや夏は氷小豆を食べたのを思い出し懐かしくいただきました。「恋敵」が良かったです。 (2015年08月16日 (日) 19時48分)[6394]

宜子 > 「遠雷・甘味処・恋敵」取り合わせの面白さで頂きました。 (2015年08月17日 (月) 10時06分)[6405]

鈴子 > 進二さんのおっしゃるように京都の「鍵善」を想像しました。美味しかった葛きりも・・・甘味処にはライバルではなく恋敵ですね。 (2015年08月17日 (月) 20時02分)[6411]

循子 > 「恋を恋する」に終わった半生(一生?)は、なんだか虚しいなあと、皆さんのコメントを拝見しながら思っています。年がら年中、すぐ恋をして会わなければすぐに忘れる繰り返しで、執着することもなかった。代わりに、こどもの頃から読み耽った小説の主人公は即、恋の対象になりました。算数の時間に番町更屋敷の青山播磨の科白を反芻していたのが、四年生の算数の時間であったことは校庭の暑い日差とともに鮮やかな記憶です。生身のひとではないので、恋敵の存在しようもない。
甘味処といえば、鍵善みたいな高級なお店には行けない貧乏学生で、、学生寮の先輩たちに連れて行かれたのが、河原町にあった「冨美家」という小さな店で、やたら甘いぜんざいや亀山が塩昆布とともに出てきました。懐かしいけれど、恋にまつわる思い出の無いまま、河原町の冨美家は消えてしまいました。 (2015年08月18日 (火) 15時49分)[6428]

循子 > 「番町更屋敷」→「番町皿屋敷」です。失礼しました。 (2015年08月19日 (水) 12時20分)[6440]

榮一 > 甘味処にいるのは男性なのでしょう。遠雷からすると遠い記憶なのかもしれません。実感がわかないのは喫茶店でないせいかも知れません。 (2015年08月19日 (水) 16時48分)[6444]

世話人 > 作者は三島章子さんです。 (2015年08月20日 (木) 00時59分)[6467]
名前

編集(Pass)キー

6、白靴で行くロンドンのバスツアー 投稿者:世話人 (2015年08月13日 (木) 00時52分)[6312]
(剛、章子、循子、進二、梟夢庵)6点


月番 > 「白靴」で溌剌とした感じ、楽しそうですね (2015年08月13日 (木) 10時32分)[6325]

進 二 >  この句、「白靴」と「ロンドン」の組み合わせにて物に。テームズ川を渡る車窓からビッグベンを楽しむの景ですね。散文調は気になるところでしたが。まあウキウキ感で。 (2015年08月14日 (金) 15時28分)[6344]

循子 > 「白靴」が主人公の旅への期待感を思わせます。ちょっとステレオタイプの感じもしますが、ロンドンのバスツアーとあっては、採らざるを得ない(笑)。
あとで気がついたのですが、≪白靴で行くユトリロの坂の路地  松本澄江≫というのがあって、焦点が絞られている分、この句に一日の長あり、という気がします。でもロンドンの旅は涼しい夏が快適。白靴が似合います。 (2015年08月15日 (土) 00時21分)[6349]

章子 > バスツアーの白靴田舎者に見えないかしら。・・・軽やかで素敵ですよね、ロンドンに息子が二年ほど居たのに行けなかた、お陰で其の時から始めたパソコンです。 (2015年08月16日 (日) 11時29分)[6387]

梟夢庵 > ロンドン、パリときましたので、ペルシャの句を一句。<白靴の音なき午後をペルシャまで 和田悟朗>私もユトリロの句が好き。
(2015年08月17日 (月) 20時52分)[6413]

孝子 > 若い時にユトリロに夢中な時がありました。この句でそのころのことをおもいだしました。そして、知らなかった句を知ることができ、嬉しく思います、私はどちらかというと、白靴で行くが好きです。脱線ですみません。 (2015年08月18日 (火) 12時13分)[6426]

循子 > 今更ながら言葉って面白くて不思議。<白靴の音なき午後をペルシャまで>を出して頂いての感想です。イランでは詩にならない。「ペルシャ」で成り立つ。言葉の魅力です。 (2015年08月19日 (水) 11時57分)[6439]

榮一 > 海外には縁がありません。バスツアーは少し平凡かも。 (2015年08月19日 (水) 16時52分)[6445]

世話人 > 作者は鈴木美保子さんです。 (2015年08月20日 (木) 01時00分)[6468]
名前

編集(Pass)キー

7、放擲の玩具の機銃芦の花 投稿者:世話人 (2015年08月13日 (木) 00時49分)[6311]
  


月番 > 玩具であろうと「銃」がでてくるとドキリとします (2015年08月13日 (木) 10時34分)[6326]

循子 > 月番の方が書かれたように「銃」が敬遠されたのか、点が出ませんでしたが、私はそれも含めて「放擲」、「玩具」、「機銃」と硬質な名詞を並べ、且つ取り合わせるに、「芦の花」を持ってきたこと。これは作者さんの敢ての企み、あるいは挑戦であろうと感じました。その姿勢は評価したいと思います。それが成功か不成功か、私にはわかりません。無点に終わったことも結論のひとつには違いないのですが。 (2015年08月15日 (土) 11時19分)[6360]

梟夢庵 > やはり、放擲・玩具・機銃という固い感じの漢語が続くのは避けるべきと思います。 (2015年08月17日 (月) 21時04分)[6414]

循子 > 残念ながら、この機銃はどうやら不発に終わったということのようです、作者さん。 (2015年08月18日 (火) 01時11分)[6424]

榮一 > 固い言葉の羅列は馴染めないですね。 (2015年08月19日 (水) 16時55分)[6446]

世話人 > 作者は宮本義之さんです。 (2015年08月20日 (木) 01時01分)[6469]
名前

編集(Pass)キー

8、風鈴市火伏せの桶の並ぶ寺 投稿者:世話人 (2015年08月13日 (木) 00時47分)[6310]
(義之、剛、眞佐子、進二、保子、鈴子、主宰)8点


月番 > 風鈴の音色もいろいろありますね (2015年08月13日 (木) 10時35分)[6327]

義之 > 大寺院の参道や境内を彩る賑やかな風鈴市の景と、火災から建造物を守る昔ながらの火伏の桶の対比が、この句の眼目と感じました。日本の寺院は基本的に木造建築ということもあって、近年、国宝級の建物にあっては火災に対する、積極的防災設備がなされていますが、まだまだ神仏の神通力に頼るところが大きいのです。 (2015年08月15日 (土) 01時34分)[6353]

循子 > 「火伏せの桶」であることが、この寺の古さ、大きさを物語っているようです。義之さんがお書きのように、国宝級の社寺には近代的な防災設備もなされていて、すわ火災!というときは、抜かりなく消防車が駆けつける筈ですが、伝統的な火伏せの桶も一方で置かれているのでしょう。当麻寺の参詣道の民家の入り口には、恐らく二度と使われないだろう火消しポンプ(?)が置かれ、昔を偲ぶよすがとなっています。私は「風鈴市」が目立ち過ぎて、ちょっと違和感を感じてしまいました。 (2015年08月16日 (日) 11時22分)[6386]

進 二 >  大きな軒下に山形に積まれた火伏桶が見えてきます。いい句として頂いておりますが欲を言えば少しずらした季語はと思いはしましたが言うは易くで止まっております。 (2015年08月16日 (日) 23時19分)[6397]

保子 > 川崎大師の風鈴市を思い出しました。色んな形の風鈴が色んな音色を立て、色んな人がその下を通り過ぎて行く。その陰には火伏せの桶が並んで居たのかもしれません。気づきを頂きました。 (2015年08月19日 (水) 00時36分)[6432]

榮一 > 川崎大師の風鈴市が有名ですね。火を使う市ではないので市のために置かれるものではなさそうです。火伏の桶は防火槽なのでしょう。実際に置かれていても不思議は無いようです。 (2015年08月19日 (水) 17時09分)[6447]

世話人 > 作者は久野孝子さんです。 (2015年08月20日 (木) 01時04分)[6471]
名前

編集(Pass)キー

9、夜は更けて見目麗しき金魚かな 投稿者:世話人 (2015年08月13日 (木) 00時44分)[6309]
(洋子、千尋)2点


月番 > 金魚、見目麗しい金魚、書き込みが楽しみ。 (2015年08月13日 (木) 10時38分)[6329]

循子 > 頂きませんでしたが、ちょっと江戸川乱歩の世界を思いました。夜更けに愛玩の金魚をウットリ見ている孤独な男。金魚ってエロチックな生物でもあります。 (2015年08月15日 (土) 21時10分)[6372]

千尋 > 小夜更けて見目麗しき金魚かな
金魚にぞっこんです。 (2015年08月16日 (日) 00時12分)[6382]

洋子 > 「夜は更けて」の「は」が?でしたが、「小夜更けて」ですっきりしました。夜、暗い部屋の中で、そこだけが灯っている水槽の中で、金魚が長い尾をゆっくりとくねらせて泳いでいる姿が目に浮かびます。循子さまがおっしゃるように少し妖しげな雰囲気もあって魅力的です。 (2015年08月16日 (日) 11時16分)[6384]

月番 > 循子さん、千尋さん、洋子さんの楽しそうな会話、良いですね〜。「小夜更けて」も良いですね〜。 (2015年08月17日 (月) 01時07分)[6404]

梟夢庵 > 皆さんの書込みを見ていると乱歩調の少しエロチックで妖しげな雰囲気にダマされそうですが、「見目麗しき」という折り目の擦り切れそうな常套句が出て来て、いっぺんに白けてしまいました。
(2015年08月17日 (月) 21時32分)[6415]

月番 > 三人の方は常套的な「見目麗しき」の中に、面白さを感じたのではとちょっと思いました。先生白けないでくださいませ。金魚は穏やかな赤です。 (2015年08月18日 (火) 00時33分)[6422]

孝子 > 金魚というと、なぜか岡本かの子の金魚繚乱ということばが頭をしめてしまいます。 (2015年08月18日 (火) 12時25分)[6427]

洋子 > 金魚、ますます妖艶に見えてきました。 (2015年08月19日 (水) 09時09分)[6436]

榮一 > 優雅に泳ぐ蘭鋳なのでしょ。見目麗しきは安易ですね・。 (2015年08月19日 (水) 17時15分)[6448]

世話人 > 作者は石田剛氏です。 (2015年08月20日 (木) 01時03分)[6470]
名前

編集(Pass)キー

10、椅子一つなきバス停や草の花 投稿者:世話人 (2015年08月13日 (木) 00時42分)[6308]
(淳子、紫翠、孝子、眞佐子)4点


月番 > 「バス停」作者の思いも感じられます。 (2015年08月13日 (木) 10時41分)[6330]

紫翠 > よく目にする光景ですが、「草の花」が効いていると思います。 (2015年08月15日 (土) 11時52分)[6361]

循子 > 作為のない、地味な句ですが、こういうのも私は好きです。 (2015年08月15日 (土) 21時58分)[6377]

孝子 > この頃、バスをつかうことが多くなった。椅子のあるところないところさまざまである。地方では一時間に一本とかも多いとのこと、確実に椅子は必要とおもわれる。東京でも10分ごとでも長く思われ、椅子があるとうれしい。待ってる間に雑草の花を見るのがだいすきです。この作者も、待ってる間に、目につかないような花、そして今は秋の花もふえてきている。少しの時間でも楽しめるものは気持ちさえあればいくらでも見つけられるということをこの句で実感して大好きな句でした。 (2015年08月16日 (日) 16時07分)[6390]

眞佐子 > 私が利用する路線のバス停は椅子のないところが殆どです。草の花に見とれていることもあります。
草の花から我が家のような田舎のバス停を思いました。草の花が好きでした。 (2015年08月16日 (日) 20時06分)[6395]

淳子 > 自家用車が増え、バス時刻は削減されています。片田舎の道には標識が道端に立つています。少ないバスを待つとき野端の野草が一際目に和みます。 (2015年08月17日 (月) 12時21分)[6408]

梟夢庵 > わるい癖で、些細なことに拘って選句を逸してしまいました。といいますのは「椅子一つなき」の「一つ」は書き過ぎのように思えたのです。出来ればない方がベターではないかと。しかし、<椅子のないバス停留所草の絮>くらいで頓挫してしまいました。SOS! (2015年08月18日 (火) 22時22分)[6430]

月番 > 「バス停」は「バス停留所」にという事ですよね。先生頓挫しないでくださいませ。作者さんいかがでしょうか。 (2015年08月19日 (水) 01時20分)[6433]

榮一 > 一つにこだわる人が多いように思います。数字を使うのは難しいですね。 (2015年08月19日 (水) 17時19分)[6449]

世話人 > 作者は太田鈴子さんです。 (2015年08月20日 (木) 01時06分)[6472]
名前

編集(Pass)キー

11、松手入チャイコフスキー降ってきし 投稿者:世話人 (2015年08月13日 (木) 00時40分)[6307]
(恵美子、剛、章子、オサム、千尋)5点


月番 > 「降ってきし」どんな感じなのでしょう。 (2015年08月13日 (木) 10時44分)[6331]

千尋 > まさかロシアの作曲家チャイコフスキーのような人物が落ちてきのではないでしょう。
チャイコフスキーは、わたしのようなクラシックに縁のないものでも「悲愴」「白鳥の湖」「くるみ割り人形」「アンダンテカンタビーレ」など思いうかべられます。曲名まで特定できないというのは気になりましたが、わたしが詳しく知らないせいかとも思っています。
植木の職人さんが手を入れている松のすぐ近くを通りかかったら、松の針のような葉がバサバサと降ってきた。それをオーケストラのような大量の音が降ってきたとととらえた大袈裟な表し方が気に入りました。 (2015年08月15日 (土) 01時29分)[6352]

オサム > 私はクラシック好きの植木職人さん(高齢)がラジオでチャイコフスキーを聴きながら松の手入れをしている景を思いました。ついつい興に乗って植木ばさみを指揮棒代わりに振り回したりしている内に、バランスを崩して梯子から滑り落ちてしまったのです。松をうまい具合に整える時に、チャイコフスキーの曲はよく合うんです。しかし今日はまさに猿も木から落ちる状態になってしまったのです… (2015年08月15日 (土) 03時36分)[6354]

惠美子 > 私の読みは定まらないまま・いただきました。
お二方のような・いろいろな読みを楽しませて頂き、選評でも楽しませていただいて居ります。 (2015年08月15日 (土) 08時32分)[6357]

循子 > 高齢の職人さんを滑り落としてしまったら、結果は大ごとになりますよ、オサムさん。でも植木屋さんが、ラジオを携帯して松手入れしている図は思いもしなかったので、さすがオサムさん、と。でも松手入れは熟練の職人さんでも難しいと思うので、FMのクラシック聴きながら仕事をするとも思えず、私は千尋さんの方の読みをしました。もうひとつは松手入れしているお宅の二階か三階から、或いは極く近くの高層マンションからチャイコフスキーが突然、聞こえてきた。「降ってき」たのですから、大音響に違いない。ピアノ協奏曲第一番の冒頭がまず浮かびました。でも交響曲bSの第四楽章だろう、いや序曲1812年のフィナーレだろうとか、いろいろと迷っているうちに時間切れとなりました。結局、単にチャイコフスキーが天から降ってきてもいいのではないかと、いま思っているところです。難しい句でした。 (2015年08月15日 (土) 20時47分)[6369]

章子 > オサムさま循子さまの言われる通り植木屋さんそれも高齢の職人さんを落としてしまっては困ります、笑・・・私はチャイコフスキーのカセットを松の枝に掛けて心地よい音量で楽しんで仕事をしている若い職人さんを想像しました、世の中変わってきたのかな、家に来る植木屋さんは松の木は最後にします、他の木より丁寧に楽しんでいる様に見えました。 (2015年08月16日 (日) 12時08分)[6388]

榮一 > 二階で誰かがチャイコフスキーを聞いているのかもしれませんが降ってきしはどうでしょうか。 (2015年08月19日 (水) 17時29分)[6452]

世話人 > 作者は梟夢庵先生です。 (2015年08月20日 (木) 01時08分)[6473]
名前

編集(Pass)キー

12、夾竹桃七十歳の足の裏 投稿者:世話人 (2015年08月13日 (木) 00時38分)[6306]
(章子、循子、オサム、千尋、梟夢庵、主宰)8点


月番 > しみじみと見る足の裏。 (2015年08月13日 (木) 10時46分)[6332]

オサム > 戦後70年。敗戦の年に生まれた子が今や70歳なのである。敗戦の混乱、高度経済成長、バブル崩壊…色々なことがあったが、今、縁側でそんな時代の流れの中をしっかりと踏みしめてきた足裏を眺めているのである。季節は盛夏。花期が長く、街路樹としてもよく植えられる夾竹桃が、あの敗戦の日と同様に炎天の下咲き誇っているのである… (2015年08月15日 (土) 03時55分)[6355]

循子 > 足の裏に年齢を感じるのは、非常に感覚的なものです。七十歳が例えば作者さんの齢ならば、八十歳の足の裏の感覚はぜったいに分からないだろうという気がします。八十歳を過ぎて私は自分の足の裏がちゃんと地面を掴めていないことに気付き、愕然としました。七十歳のとき、足の裏が地面を掴めること(ヘンな表現ですが)は当たり前であり、意識することではなかった。毎日足の裏の頼りなさを感じつつ暮らしている私は多分掲句を違った読みで捉えていると思う。逞しい夾竹桃は七十歳にこそ相応しいのです。 (2015年08月15日 (土) 22時40分)[6378]

章子 > 夾竹桃の強さと柔順さは当に七十歳の足の裏と思いました、でも七十歳にはまだまだ夢があります。 (2015年08月16日 (日) 12時24分)[6389]

榮一 > 夾竹桃は花期の長い庶民的な花です。七十歳の足の裏にはぴったりです。 (2015年08月19日 (水) 17時32分)[6453]

世話人 > 作者は浅村恵美子さんです。 (2015年08月20日 (木) 01時09分)[6474]
名前

編集(Pass)キー

13、測量船の操舵室や夏の蝶 投稿者:世話人 (2015年08月13日 (木) 00時35分)[6305]
(保子)1点


月番 > 蝶々と操舵室との兼ね合いが 〜。 (2015年08月13日 (木) 10時49分)[6333]

義之 > はかなく弱々しい蝶のイメージだが、実は種類にもよるが蝶の飛翔能力は鳥にも負けぬほど優れている。一方、測量船といえば、大洋の真ん中で全速航行するのでは無く、沿岸部や近海で定点に留まり、岸辺に佇む人々にとって、一幅の絵画的景を演出するように思う。時事的な面からいえば普天間基地の移設問題で揺れる辺野古のサンゴ礁の海の測量船かも知れない。作者の意図は読めぬが、夏の蝶が、測量船のブリッジに羽を休める様は、詩情あふれる景と思う。「夏の蝶測量船の操舵室」。 (2015年08月16日 (日) 09時41分)[6383]

循子 > 義之さんの書き込みを読ませて頂いて、安西冬衛の≪てふてふが一匹韃靼海峡を渡って行った≫という瑞々しい短詩を思い出しました。この句の夏蝶は測量船に迷い込んだらしい。リズムの悪さが気になっていましたが、義之さんの「夏の蝶測量船の操舵室」でそれは解消するようです。 (2015年08月16日 (日) 23時34分)[6398]

保子 > 何となく惹かれた句でした。停泊中の測量船かな〜と。義之さんの言われるように、上五と座五を入れ替えると情景が安定し、爽やかな風が通り抜けます。 (2015年08月19日 (水) 01時29分)[6434]

榮一 > アサギマダラなどは長距離を移動するようです。何の測量船かわかりませんが外洋のようです。やはり特殊な状況は実感がわきません。 (2015年08月19日 (水) 17時45分)[6455]

世話人 > 作者は松谷眞佐子さんです。 (2015年08月20日 (木) 01時11分)[6475]
名前

編集(Pass)キー

14、黙祷の凛と響きし花木槿 投稿者:世話人 (2015年08月13日 (木) 00時33分)[6304]
(淳子、孝子、宜子)3点


月番 > 8月は黙祷の月のような気がします。 (2015年08月13日 (木) 10時55分)[6336]

孝子 > なぜか敗戦の時期を迎える時思う花は、夾竹桃と槿である。終戦の年に生まれた私が見ていて覚えているわけではない。夾竹桃の花は循子さンが言われたように、本の
影響かとも思われますが、花槿はなぜかと考えたときに、満洲時代の絵をかいてる母の絵のなかに、よくみることが影響してるのかとかんがえました。 私個人の感覚のなかにこの句が無理なく悲しみと様々な思いをもってはいってきました。 (2015年08月16日 (日) 16時24分)[6391]

循子 > 「黙祷」という声がはっきり聞こえるようです。ほんとうに8月は黙祷の月。いろいろのシーンが、戦争と結びつく8月ですが、「俺は…戦場のリアルを語る。銃後の少国民のリアルとは違うんだ。」という95歳の兜太さんの厳しい顔も浮かんできて、8月はいろいろと考える月でもあります。
ところで、槿の苗木を植えたとき、埼玉出身の友人が「槿って、実家のほうではお墓に植える木なんですけど…」といいました。そうなんでしょうか?いずれにせよ、この苗木は育って桃色の花をつけてくれましたが、虫だらけになって枯れてしまい、もう切ってしまいしょか、と植木屋さんが切って行きました。 (2015年08月17日 (月) 12時37分)[6409]

淳子 > 小学生の時敗戦となり、あの時変わらず時が巡り、紅底木槿が咲いて居ました。木槿が咲くと終戦時を思いだします。 (2015年08月17日 (月) 12時46分)[6410]

淳子 > 文章が変になりました。 あの時紅底木槿が咲いていました。木槿が咲くと終戦時を思いだします。  (2015年08月17日 (月) 22時40分)[6417]

榮一 > 戦没者や空襲で亡くなった人に対する八月の黙祷です。それでも黙祷の号令の声を凛は嫌ですね。 (2015年08月19日 (水) 17時59分)[6458]

世話人 > 作者は伊藤保子さんです。 (2015年08月20日 (木) 01時14分)[6476]
名前

編集(Pass)キー

15、登り木の瘤黒々と晩夏光 投稿者:世話人 (2015年08月13日 (木) 00時31分)[6303]
(美保子)1点


月番 > 「登り木」がちょっと分かりませんでした。 (2015年08月13日 (木) 10時58分)[6337]

美保子 > 登り木 は勝手に上るための木 と判断して頂いたのですが、違ったのでしょうか。運動は苦手でしたが、木登りは好きで、父が栴檀の木などにブランコをかけてくれたので、今でも、大きな木を見かけると枝振りを見てしまいます。瘤黒々と とありますので、いかにも足をかけやすそうですし、晩夏光という季語も素敵でした。 (2015年08月15日 (土) 20時28分)[6365]

月番 > 「登り木」いつも登り降りしている木、だから瘤も黒々とつや光しているのかもしれませんね。美保子さんの話には思い出がいっぱいありそうで良いですね〜。 (2015年08月15日 (土) 21時04分)[6371]

榮一 > 登り木ではなく登る木ではと思います。 (2015年08月19日 (水) 18時01分)[6459]

世話人 > 作者は山内宜子さんです。 (2015年08月20日 (木) 01時15分)[6477]
名前

編集(Pass)キー

16、補習中消える先生つくつくし 投稿者:世話人 (2015年08月13日 (木) 00時29分)[6302]
(恵美子、美鈴、孝子、義之、剛、宜子、鈴子、美保子)8点


月番 > 物語がありそうです。 (2015年08月13日 (木) 10時59分)[6338]

義之 > 立秋を過ぎ、残暑とはいえ酷暑の続く毎日、夏休み中にもかかわらず受験に備える補習授業の景が浮かぶ。課題を生徒に与えた先生は、いつの間にか教室から消えていた。それでも生徒たちは黙々と補習授業に取り組んでいるのである。最近の学校事情は知らないが都会であればエアコンが静かに回っているのだろう。つくつくしの季語から、山間の高校が見えてくる。開け放たれた窓から涼風が心地よい。都会の大学を出て、今は定年後の悠々自適の毎日を送る、作者の追憶の一句かもしれない。 (2015年08月15日 (土) 00時35分)[6350]

惠美子 > つくつくしがなく学校の先生だから・・想像の広がりがあり、好きな句です。 (2015年08月15日 (土) 08時39分)[6358]

孝子 > 義之さんのかかれてることで、ほぼ言い尽くしてると思いました。つくつくしの季語をもってきたことで、余計に涼風を感じるロマンもあるようです。昔教育実習に行った学校の先生が、素敵で、仲間の友人に目で、話するなと怒られたことなど思い出しました。 (2015年08月16日 (日) 16時37分)[6392]

宜子 > 先生が居なくなったのを「消える」としたところに、生徒のハッとした驚きが表れていると思いました。 (2015年08月17日 (月) 10時12分)[6406]

美保子 > 課題を与えておいて、先生はちょっと休憩と言うような不謹慎なこともありかなと思いました。慕われてる先生で、さぼりに消えているのも生徒にも見抜かれているのかもしれません。 (2015年08月17日 (月) 20時11分)[6412]

千尋 > わたしが高校生のころは、補習と言ってとりあえず生徒を集めておいて、始めてすぐに自習と言いつけていなくなる先生が普通にいましたけど。
もちろんみっちり補習して下さる先生もいらっしゃいましたが。
昔は先生ものびのびしていました。 (2015年08月17日 (月) 23時45分)[6420]

循子 > 私の高校時代に補習など無かったのではないかしら。あったけど知らないだけかも知れません。大体、受験勉強した記憶もないほどの怠け者でした。秀才たちが行く小規模な塾はありましたが、鈍才で怠け者の私とは無縁でありました。いずれにせよ、昔は破天荒な先生がときどき居て、授業中消えるくらいのことはあったかも知れない。いまはどうでしょうか。 (2015年08月18日 (火) 01時04分)[6423]

榮一 > 補習授業があったかどうかよく覚えていません。補習で自習かテストでもない限り先生がいなくなることは考えられません。よくつかめませんでした。 (2015年08月19日 (水) 17時53分)[6457]

世話人 > 作者は木村オサムさんです。 (2015年08月20日 (木) 01時16分)[6478]
名前

編集(Pass)キー

17、蝉時雨とっくに頭腐ってる 投稿者:世話人 (2015年08月13日 (木) 00時25分)[6301]
(美鈴、義之、オサム)3点


月番 > 激しい蝉の鳴き声、これがないと夏ではありませんね。 (2015年08月13日 (木) 11時02分)[6339]

義之 > 私にはこういう句は絶対詠めないし、真似をしても付け焼刃ではどうにもならない。作者への羨望の気持ちで頂いた一句です。 (2015年08月15日 (土) 00時40分)[6351]

循子 > 日々実感していることなので、古い川柳≪ギョエテとは俺のことかとゲーテ言い≫の心境ですが、こう直截に表現されると、困ってしまいます。 (2015年08月15日 (土) 23時00分)[6379]

オサム > この時期に蝉時雨の季語に出会うと、つい玉音放送を思ってしまう。あのラジオの声を聴く大多数の者の頭はとっくに一種の思考停止状態に陥っていたのではないだろうか。そんな亡羊とした状態を作者は(頭腐ってる)と表現されたように思えた。そして70年後の今こそ我々は頭を腐らさないように注意しなければならないのかもしれない… (2015年08月15日 (土) 23時02分)[6380]

榮一 > 頭腐ってるは美しくないですね。 (2015年08月19日 (水) 17時47分)[6456]

世話人 > 作者は若林千尋さんです。 (2015年08月20日 (木) 01時17分)[6479]
名前

編集(Pass)キー

18、八月のモノクロ写真白き旗 投稿者:世話人 (2015年08月13日 (木) 00時22分)[6300]
(美鈴、紫翠、進二、保子)4点


月番 > モノクロ写真と白き旗、如何でしょうか。 (2015年08月13日 (木) 10時51分)[6334]

進 二 >  6月に「六月のモノクロ写真・・・」と出しておられたら、もっと読み手の心を掴めたように思えましたが、まあ忘れてはいけない出来事として終戦の月に作られたのかなと受け止めました。幼気ない女の子が、棒切れに白旗で米兵の前に出た写真、胸がつぶれますね。私は六月の沖縄戦と見ましたが作者の方は、いや終戦の時のこととおっしゃれば、失礼しましたですが。まあ読み手に委ねるということでご了解お願いします。 (2015年08月14日 (金) 16時09分)[6345]

紫翠 > 「白き旗」が弱いように感じますが、作者の思いは伝わります。 (2015年08月15日 (土) 12時02分)[6362]

孝子 > この時期、テレビで白旗の少女の写真を見て、全くこのとおりと思いました。 (2015年08月16日 (日) 16時41分)[6393]

循子 > 例年にも増して今年の八月は、多くのモノクロ写真を見たように思います。時には涙しました。知らなかった事実の多さにも衝撃を受けました。俳句・8月号のなかで、金子兜太さんが対談相手の宇多喜代子さんに向って、トラック島にいた自分からすれば銃後の「戦争体験」なんて牧歌的なもので、「戦場体験」とは絶対に違うのだと、繰り返していたのが、深く心に残りました。私など、戦争を知らないに等しい。
掲句は作者のかたの意図は分かるのですが、「白き旗」ではそれが十分伝わらない感じを受けて、通り過ぎました。紫翠様のコメントのとおりです。 (2015年08月17日 (月) 11時55分)[6407]

保子 > モノクロ写真なのに「白き旗」と強調。この白旗の背景には混沌とした世の動き、人の思いが、」だる〜く凝縮されているように思います。
(2015年08月19日 (水) 01時44分)[6435]

榮一 > 八月のモノクロ写真と旗ですべてがわかるような気がします。白が作者の感情の意図のように感じました。 (2015年08月19日 (水) 17時40分)[6454]

世話人 > 作者は森内洋子さんです。 (2015年08月20日 (木) 01時18分)[6480]
名前

編集(Pass)キー





Number Pass
SYSTEM BY せっかく掲示板