玄鳥 定例句会

2017年

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11、 尼寺の裏の櫓や彼岸花 投稿者:世話人 (2015年10月12日 (月) 22時08分)[6697]
(オサム 剛 保子 眞佐子)4点


月番 > 尼寺にある櫓は何のための櫓なのでしょうか・?(武器庫・展望の為・火の見櫓・・・?) オサムさま どのようにお読みになられたのでしょうか。 (2015年10月13日 (火) 14時43分)[6737]

オサム > 武士の時代においては、当主である夫が亡くなればその妻が尼となり、夫亡き後の一族を背後から支えることはしばしばあったと思われる。そんなとある城下の尼寺の裏に武器庫としての櫓があってもおかしくはないだろう。そして次の戦に備え、その地下茎が非常食ともなった彼岸花が盛んに植えられていたとしても不思議はなかろう。今となっては、そんな名残の尼寺や櫓や彼岸花が静かに佇んでいるだけの秋の昼下がりなのである。 (2015年10月15日 (木) 03時32分)[6754]

月番 > オサムさま 勉強させていただきました。 深〜い意味のある良い句なのですね! (2015年10月15日 (木) 13時37分)[6763]

保子 > 「尼寺と彼岸花」には静かな寂しさ、「櫓」には意表を突かれ面白いと思いました。オサムさんの言葉に納得です。 (2015年10月16日 (金) 01時01分)[6773]

> 櫓(やぐら)に少し戸惑ったが、尼寺の裏から思うに鎌倉辺りで云われる、 仏像の安置されている、窟(やぐら)ではなかろうかと推察した。少し無理かも知れないが、何かで見た記憶がある。鎌倉も京都もお寺さんが四季の観光の中心である。夏に催された寺の行事の名残りもあろうし、火の見櫓やオサム氏の武器庫(矢倉)であっても不思議ではない。暑い夏が過ぎて行き、生き物がひと息入れる頃に突如燃え立って、燃え尽きる彼の花と、尼寺の裏の貴人達の墳墓は何となく連れ合うように思えるのだが、どうだろうか。  (2015年10月16日 (金) 10時33分)[6783]

眞佐子 > 高台に北前船資料館がありその望楼が今も残されています。
近くにはお寺が幾つもありますので、その一つに尼寺もあると思います。尼寺から見える望楼(櫓)ではないだろうか。お寺と彼岸花はつきすぎのような気もしましたが、櫓に惹かれていただきました。 (2015年10月16日 (金) 16時03分)[6794]

循子 > お採りになった皆さんの書き込みで櫓・窟、が見えてきました。有難うございます。自分では読みきれませんでした。 (2015年10月17日 (土) 21時19分)[6826]

榮一 > 何のための櫓か分かりにくいですね。 (2015年10月19日 (月) 22時40分)[6853]

世話人 > 作者は三島章子さんです。 (2015年10月20日 (火) 02時29分)[6873]
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12、 デリート・キー叩いて戻る花すすき 投稿者:世話人 (2015年10月12日 (月) 22時07分)[6696]
(洋子 オサム)2点 


月番 > ディスプレー上の文字などを削除するデリート・キー。 花すすきとの取り合わせは・分かる気がしますが・・「戻る」は・? どのようにお読みになられたのか・お教え頂けますでしょうか。 (2015年10月12日 (月) 23時56分)[6710]

寿美 > 何となく気分がむしゃくしゃする、あるいは、ぶつけようのない怒り、イライラそんなとき家を出て風のなすまま揺れている花すすきにあのように生きればと癒やされて戻るこの句もいいですねー。 (2015年10月13日 (火) 10時57分)[6717]

洋子 > この句も寿美さんが見事に鑑賞されています。花すすきのように美しくしなやかに生きられたらいいですね。
さてオサムさんはどのような鑑賞をされるか楽しみです。 (2015年10月13日 (火) 12時45分)[6726]

月番 > 寿美さま、洋子さま ありがとうございます。  オサムさまの選評を楽しみにしておりま〜す! (2015年10月13日 (火) 14時46分)[6738]

オサム > 掲句は文明批判的な心象句であろう。一見華やかで人間も幸福そうに見えるこの物質社会。だが実は、人の心は荒み、不安だらけなのである。失われた大切なものを取り戻すために、想像のデリート・キーを押し続け、いったん芒が無限に揺れているだけの世界に人類は戻るべきなのかもしれない… (2015年10月15日 (木) 04時07分)[6755]

洋子 > この句を読んで思い出したのは9月の句会の梟夢庵先生のお句、「産まれしはかかる真昼のすすき原」でした。自分の出自はすすき原である、という思い・・・。それと同様に自分の心にデリート・キーを打っていったら、元の自分の姿の花芒に戻ってしまった、という風に読んだのでした。少しわかりにくいかなと思っていたところ、寿美さんの鑑賞があまりににすっきりとわかりやすく素敵だったので、節操もなく鞍替えしてしまったのです。それでオサムさんの句評を心待ちしていたのですが、やはり期待通りのことを書いてくださったのでうれしく思いました。寿美さん、オサムさん、お二人の句評、どちらも素晴らしく私も両方の思いを抱いています。 (2015年10月15日 (木) 09時40分)[6757]

惠美子 > オサムさん なるほど!!です。 お三方の読みの素晴らしさに、だんだん頭の中が軽くなっている私の先行きに・・不安ばかりです。 (2015年10月15日 (木) 13時46分)[6764]

世話人 > 作者は主宰先生です。 (2015年10月20日 (火) 02時31分)[6874]
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13、 客船が大橋過る秋の潮 投稿者:世話人 (2015年10月12日 (月) 22時05分)[6695]
(鈴子 宜子)2点


月番 > 大橋の橋げたに大きな波がざぶ〜んと・・の想像力しかない月番です。   鈴子さま、宜子さま この句の良さをお教え下さいませ。 (2015年10月13日 (火) 14時31分)[6736]

循子 > 晴れた日に秋の潮は春の潮とは違う爽やかさがあります。澄んだ空の下、大橋を客船がよぎっていった、それだけのことですけど、悪くないと思います。秋の日の一風景として、むしろ好きな句です。 (2015年10月16日 (金) 12時51分)[6790]

宜子 > 4番の句「サファイヤプリンセス」と同様、景の大きさ、気持ちよさで頂きました。家の中で細々したものに囲まれていても一瞬、気持は青い海へ。今は夜中で外は小雨、それでも頭の中は海外へ。 (2015年10月17日 (土) 00時19分)[6809]

鈴子 > 一風景をすっきり表現されたところに共感しました。大型客船が滑るように大橋を過ぎるさまが見えて来ました。秋の潮を配した事も良かったと思いました。 (2015年10月18日 (日) 19時27分)[6834]

惠美子 > 循子さま、宜子さま、鈴子さま 勉強させて頂きました。 このような さらっとした良さの句が詠めない私です。 (2015年10月18日 (日) 20時48分)[6836]

榮一 > 大橋の下を客船が通る景は明石大橋でよく見かけます。やはり平凡ですね。 (2015年10月19日 (月) 22時43分)[6854]

世話人 > 作者は若林千尋編集長です。 (2015年10月20日 (火) 02時33分)[6875]
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14、 遊園地に夜汽車はなくて虫の秋  投稿者:世話人 (2015年10月12日 (月) 22時04分)[6694]
(洋子 惠美子 美保子 オサム 吉章 剛 美鈴 義之 主宰)10点


惠美子 > 遊び疲れた遊園地の夜。 ほんとに秋らしさを感じる句で、虫の音が癒されますね〜! (2015年10月13日 (火) 14時51分)[6739]

循子 > 気になる句で、何度か立ち止まったのですが、中七の「夜汽車はなくて」の「なくて」に躓いて結局は頂きませんでした。 (2015年10月15日 (木) 22時49分)[6766]

オサム > ある孤独な少年が遊園地に出かけ、そこで汽車の遊具に乗り、たいそう感動したのです。その感動が忘れられず、少年は夜中に一人でその汽車を動かしてやろうと、こっそり遊園地に忍び込むのですが、なぜか汽車はなく、虫の声だけが広がっています。そして、ふっと少年が空を見上げるとそこにはあの汽車が音を立てることなく夜空を走り回っているのでした…。賢治の「銀河鉄道の夜」へのオマージュを感じさせる幻想的な句ですね。 (2015年10月17日 (土) 01時11分)[6811]

義之 > 循子様の言われるように、「・・・はなくて」の書き方で、せっかくの詩情が意味的に響いてしまったのでしょうか。切れも曖昧で一本調子に見え選句の折、少し迷いましたが作者のユニークな視点に惹かれ頂きました。 (2015年10月17日 (土) 05時35分)[6812]

洋子 > 遊園地、夜汽車、虫の秋、という懐かしい、心にしみる言葉に血がさわぎ、とても好きな感じの句です。ところが鑑賞をまとめるのがとても難しいのです。オサムさんのようにファンタジーでまとめるというのも一つの手ですね。どなたか、現実の世界の読みで、なるほど、という鑑賞をお待ちしております。 (2015年10月17日 (土) 10時20分)[6815]

> 遊具として設置された公園や遊園地の汽車は、昼間の間は子供たちが盛んに遊ぶが、今頃の夜なら無人で虫のすだく広い空間だろう。「なくて」は撤去された遊具では無く、オサム氏の書かれたメルヘンの夜汽車だろう。遊園地や公園に本物の機関車が設置されている所もあるが、私の夜汽車のイメージは、石炭を焚いて走るあの黒い機関車である。各地に伸びた新幹線が夜汽車を駆逐してしまいったと云えようか。摂津幸彦さんの金魚は、路地裏を夜汽車と思ったし、この句の夜汽車は、虫たちに送られて秋の夜空に消えた。 (2015年10月17日 (土) 16時16分)[6820]

美保子 > 皆さんのファンタジックな想像に素晴らしいと溜息をついています。洋子さまのご希望にそえないのですが、私も銀河鉄道の夜の列車のように、遊園地の汽車が夜空に上っていく、風景を思いました。剛さまの虫たちが送ってくれているとの捉え方も素敵です (2015年10月17日 (土) 20時44分)[6824]

榮一 > 奈良ドリームランドやあやめ池など近くで割と気楽に行けた遊園地がありました。神戸で言えば王子動物園内の遊園地があるばかりです。回転木馬や観覧車や汽車など子供の乗り物は今も健在です。USJやでディズニーなどの豪華な遊園地などはなかった時代です。子供同士で少ない小遣いで大事に乗り物に乗ったものです。夜汽車はそんな昔を思い出させるようです。 (2015年10月19日 (月) 23時03分)[6855]

世話人 > 作者は梟夢庵先生です。 (2015年10月20日 (火) 02時34分)[6876]
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15、 テーラーの年季の話虫の夜   投稿者:世話人 (2015年10月12日 (月) 22時02分)[6693]
(紫翠 吉章 保子 眞佐子 美鈴 鈴子 循子 主宰)9点


月番 > 年季が明ける嬉しいお話なのでしょうか? 8名の方がお取りです。 この句の良さをお教えくださいませ。 (2015年10月13日 (火) 14時59分)[6740]

循子 > 註文主の身に添う紳士服を仕立てるのは大変な技のようで、職人というより、ほとんど芸に近い技を必要とするようです。それだけにかなりの年季が要るのでしょう。数少ない顧客のためにだけ高級紳士服を仕立てていた叔父がいたのですが、なんか気難しい人物で、しかし恰好良いひとでした。既製服が幅を利かす時代になっても、一流の仕立てでないと身に着けないひともあり、いまだにそういう仕事のできる天才的なテーラーのお話をTVで見たり聞いたりすることがあります。掲句はテーラーそのひとと話しているのか。年輩のひとの趣きある話が想像されます。「虫の夜」がいい感じに置かれていると思いました。月番さんのおっしゃる「この句の良さを」ということにお答えする力は残念ながらありませんので、お許しを。 (2015年10月13日 (火) 16時33分)[6747]

月番 > 循子さま、ありがとうございます。  「虫の夜がいい感じに置かれている」を教えて頂けたら充分です。 (2015年10月13日 (火) 17時42分)[6748]

吉章 > 秋の夜長を想定したい。語り合う人は三名くらい?。かつて仕立服を生業としていた一人の懐旧談。如何にして仕立屋として独り立ちが出来たか?どんな苦労を重ねたか?聞き手は黙って語り手の口許を見ているだけ。話しの継ぎ目にふと頻りに鳴いている虫の音が時間の経過をそれとなく知らせている。 (2015年10月15日 (木) 11時40分)[6760]

保子 > 「虫の夜」は少し寂しい気がしますが、雰囲気はよく伝わわります。義父もささやかな仕立て屋さんでした。 (2015年10月16日 (金) 00時49分)[6772]

紫翠 > 「テーラー」に「年季」で気になって迷ったのですが採りました。定型に収めるのに「仕立て職人」など難しいと思いますが、やはり「テーラー」は気になります。 (2015年10月16日 (金) 11時40分)[6787]

眞佐子 > 知り合いに年季を終えて父親の後を継いで、紳士服の仕立屋を営んでいる息子さんがいます。最近はイージーオーダーが多いらしです。年季の話に虫の夜はしんみりと良いのではないでしょうか。 (2015年10月16日 (金) 16時32分)[6795]

循子 >  テーラーが気になるという紫翠様のご意見は同感です。自分の好みとしては「仕立屋の年季の話…」としたいところだけれど、と思っていました。ただ、「仕立屋」という言葉はどうなのか、迷いがあります。むつかしいところです。 (2015年10月17日 (土) 23時08分)[6830]

鈴子 > 働いていた頃、テーラーや、仕立て屋など町なかにありました。ウインドーに仮縫いの紳士服の上着が着せかけてあるようなお店。この頃はあまり見かけなくなりました。循子さんが迷っておられるようですが、テーラーの年季の話より、「仕立屋の」年季の話の方が好きですが、「仕立屋の年季の話」は古臭いかしら? (2015年10月18日 (日) 19時57分)[6835]

榮一 > 仕立屋とすると店構えが無いような感じです。神戸元町やトアロードにはテーラーがたくさんあったように記憶します。やはり外国の人がたくさんいたせいかもしれません。それも少なくなっていますが。 (2015年10月19日 (月) 23時09分)[6856]

世話人 > 作者は樋口進二さんです。 (2015年10月20日 (火) 02時36分)[6877]
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16、 秋天やブラスバンドの応援歌  投稿者:世話人 (2015年10月12日 (月) 22時00分)[6692]
  (淳子 紫翠 孝子 吉章 鈴子)5点


月番 > 運動会の光景でしょうか?  淳子さまからよろしくお願い致します。 (2015年10月13日 (火) 15時02分)[6741]

淳子 > 校下の中学校のブラスバンドは優秀で有名校となっています。秋晴れの青空の下、中学生が高揚して吹奏しているのは、何ともこちらも高揚して拍手を送りたくなります。秋天や がよく効いていたように思いました (2015年10月14日 (水) 16時15分)[6750]

吉章 > 平易な描法で難解な字句など皆目見当たらない作品。だが幾度も読んでいる中に最期の四句目として戴いた。高校野球が好きな私は出身校の出る試合は殆ど応援席に座る。限りなく高い秋天へ白球がぐんぐん伸びてゆく醍醐味は目に焼き付いて離れない。
(2015年10月15日 (木) 12時19分)[6761]

紫翠 > 簡潔で、取り合わせもよかったと思います。心地よく胸に響きました。 (2015年10月17日 (土) 13時41分)[6817]

榮一 > 甲子園でしょうか。 (2015年10月19日 (月) 23時10分)[6857]

世話人 > 作者は渡利寿美さんです。 (2015年10月20日 (火) 02時37分)[6878]
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17、 桔梗や若紫の下ぶくれ   投稿者:世話人 (2015年10月12日 (月) 21時59分)[6691]
  (オサム 眞佐子 寿美)3点


寿美 > 桔梗の花は色といい形といい何とも日本的でいいですね。母方の紋が桔梗だったのでことさら愛着があります。咲き方に、色に何となく品が有り作者は下ぶくれに目をつけられ、何となく誰かを重ねられたんでは無いかと深読みしてしまいました。
(2015年10月13日 (火) 11時14分)[6720]

月番 > 「若紫の下ぶくれ」に「和」の良さを感じて惹かれたのですが、説明に終わったような感もあり・・で、パスしましたが、魅力的な字面ですよね〜!  オサムさま、眞佐子さま 良さをお教えくださいませ。 (2015年10月13日 (火) 15時13分)[6742]

オサム > 源氏物語第5帖に登場し、まだ若き光源氏が自邸二条院に引き取った若紫の君。おそらくこの時代には美人とされた下ぶくれの顔であったに違いない。京都界隈を散策していた作者はとある静かな屋敷の庭に桔梗を見つけ、ふと若紫の君のことを想ったのかもしれない。なにせ寿美さんが書かれたように桔梗は日本的で品がある花なのだから… (2015年10月15日 (木) 04時31分)[6756]

月番 > オサムさま ありがとうございます。 「若紫の君が下膨れ」なのですね。 作者さま 失礼をお許しください。<(_ _)> (2015年10月15日 (木) 13時56分)[6765]

眞佐子 > オサムさんと同じで、源氏物語の若紫の事と思います。昔は下ぶくれの顔が美人であったと聞きます。紫の上も少女の頃は下ぶくれの美人であっただろうと思います。桔梗の気品のある紫の色から若紫を想われたのでしょう。 (2015年10月16日 (金) 17時09分)[6798]

循子 > 国宝≪源氏物語絵図≫など見ると(写真です)、下ぶくれに描かれていない女性はひとりも無いので、当時の美の基準がそうだったのでしょう。臨終の紫の上さえ、半分は袖で覆われてはいるものの、ふっくらとしています。桔梗の蕾が、なるほどと思わせますが…。 (2015年10月18日 (日) 12時30分)[6832]

榮一 > 循子さんの言うことは納得ですが、桔梗の蕾も紫で下ぶくれですね。 (2015年10月19日 (月) 23時18分)[6859]

世話人 > 作者は森内洋子さんです。 (2015年10月20日 (火) 02時39分)[6879]
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18、 文机にほお杖をつく虫の夜    投稿者:世話人 (2015年10月12日 (月) 21時57分)[6690]
    (淳子 吉章 寿美 進二)4点


寿美 > 今日一日も終わった。やれやれ、自分の一番落ち着く文机に頬杖をつき、一日の終わりを思い虫の声を聴く。いいですねー。心配事は何も無くただボーっとして聴く作者が老後かどうかも判りませんが、若い人にも留めて欲しい虫の声。 (2015年10月13日 (火) 11時34分)[6723]

淳子 > 私事と家事の疲れを癒す時、先ず机の前に座り、さまざまな雲の流れを飽きず眺めています。そして夜になると狭庭ゆえに虫の声が余計に身近に聞かれて癒されます。狭庭につはぶきが咲き初めました。 (2015年10月15日 (木) 10時39分)[6758]

榮一 > 虫の夜でなくてもよさそうです。 (2015年10月19日 (月) 23時19分)[6860]

世話人 > 作者は鈴木美保子さんです。 (2015年10月20日 (火) 02時41分)[6880]
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19、 すれ違ふスマホの女こぼれ萩   投稿者:世話人 (2015年10月12日 (月) 21時56分)[6689]
  (惠美子 剛 章子 進二)4点


惠美子 > 危なくて・ついジッ〜ト見てしまう嫌なばあさんになってしまいます。 こぼれ萩の季語が巧く付いていると思えました。 (2015年10月13日 (火) 15時18分)[6743]

章子 > 風情のある季語にスマホの女の取り合わせが妙に気になりました、中学生・高校生ではなく「女」としたところです、きっと俳句には興味が無いのですね。よく句になさいましたね。 (2015年10月16日 (金) 10時53分)[6784]

> 良いにしろ悪いにしろ、電子機器が世の中を変えたと思って居る。使用する場所は禁止される所もあるが、殆どフリーに近い。若い人に較べて使うことは少ないが、私のような者でも急用や場所の確認のために携帯電話は持たされている。この句のスマホは、指でタッチして使うコンピュータの機能を併せ持った携帯電話。興味はあるが老眼も有る私にはもう使いこなせない。この句は歩きながら画面に指を滑らせている人に、羨望では無い少し苦々しい眼差しがあるようだ。 (2015年10月18日 (日) 09時12分)[6831]

榮一 > 現代的ですがスマホやマクドなどの省略語は言語として一般的に認知されているのですかね。 (2015年10月19日 (月) 23時27分)[6861]

世話人 > 作者は宮本義之さんです。 (2015年10月20日 (火) 02時42分)[6881]
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20、 藤の実や国会審議中断す   投稿者:世話人 (2015年10月12日 (月) 21時54分)[6688]
    (惠美子 循子 千尋 紫翠)4点   


循子 > 国会審議などという殺風景で時にはアホらしくなるようなものを句にするのは、なかなかのことです。「藤の実」が実にうまく使われているなあと、私は感心しました。そしてちょっと笑ってしまったのでした。 (2015年10月13日 (火) 11時18分)[6721]

惠美子 > 豆のような・瓢箪のようにぶら下がっている 面白い藤の実。 最近あったドタバタ騒動を思い出して、藤の実を付けられた作者さんの発想力に感心いたして居ります。 私も笑ってしまいました。 作者発表が楽しみです。!! (2015年10月13日 (火) 15時29分)[6744]

千尋 > 藤の花って優雅で品があり華を振り撒きますが、藤の実のヤツはなんと武骨で愛想のない。見てられない。国会に藤の実なんていう取り合わせにウナリました。 (2015年10月16日 (金) 23時50分)[6805]

紫翠 > それぞれに書かれた通りと思います。嫌味を上品に表現されたと思います。 (2015年10月17日 (土) 13時49分)[6818]

榮一 > 取り合わせがうまく理解できなかったです。 (2015年10月19日 (月) 23時13分)[6858]

世話人 > 作者は松谷眞佐子さんです。 (2015年10月20日 (火) 02時43分)[6882]
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21、 義経の叫ぶ沖から深む秋    投稿者:世話人 (2015年10月12日 (月) 21時53分)[6687]
  (進二 美保子 宜子)3点


月番 > 月番には読みきれなくて・・です。  美保さま、進二さま、宜子さま お教え下さいませ。 (2015年10月13日 (火) 15時34分)[6745]

美保子 > 沖となれば、壇ノ浦の闘いでしょうか。義経は兄頼朝にいろいろな疑いをかけられて、最後には自刃しているとも、又、チンギスハンだともいろいろな事を言われているようです。NHKの大河ドラマなどで、見たものの記憶でもう曖昧なのですが、これは壇ノ浦の闘いでの勇ましい戦いぶりなのか、無念の叫びなのかと想像してみるのですが、歴史上、人気のある義経のあわれを詠まれたものかと思いました。 (2015年10月15日 (木) 23時12分)[6769]

月番 > ちゃんと「美保子」になっているのに・美保さまなんて書いてしまって・! 美保子さま おゆるしを・!! (2015年10月16日 (金) 07時52分)[6780]

宜子 > 「義経」で「沖」ならば美保子さんの書かれているとおり壇ノ浦が浮かびます。でも「深む秋」からむしろ、最期の地、奥州平泉を思いました。義経は最期、なにを叫んだのかと。 (2015年10月17日 (土) 00時29分)[6810]

美保子 > 月番さま、気になさらないでください。宜子さまの書いていらっしゃるように、平泉が最期の地ですね。今月の句は歴史を考える句が多くて、勉強になります。 (2015年10月19日 (月) 19時58分)[6843]

榮一 > 義経の叫ぶ沖がうまくイメージできませんでした。 (2015年10月19日 (月) 23時30分)[6862]

世話人 > 作者は新保吉章さんです。 (2015年10月20日 (火) 02時44分)[6883]
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22、 取り込みし洗濯ものや鰯雲 投稿者:世話人 (2015年10月12日 (月) 21時50分)[6686]
 (紫翠 章子 循子 寿美 千尋 梟夢庵)7点


寿美 > 家がわりと福岡空港に近く、飛行機の離発着がみえます。頬杖ついてボーとしてるのが好きで毎日空を見ない日はないくらいです。きょうは美しい青空に白い綿雲がゆっくり南に流れています。常は雑事に追われゆっくり雲を見ることも無い主婦業。洗濯物を取り込むひととき鰯雲に癒やされ、季節の移り変わりを実感する主婦の夕暮れわかるなー。 (2015年10月13日 (火) 11時54分)[6724]

月番 > 寿美さま ありがとうございます。 私は夕方 犬の散歩前にあわただしく取り込むために・・これからは寿美さまのように季節の移り変わりを感じながら・やろうと思います。 (2015年10月13日 (火) 15時41分)[6746]

紫翠 > 洗濯物の乾き具合と作者の気持ちが、「鰯雲」によく出ていると思います。「鰯雲」で日常生活を少し超えた巧みな表現になったと思います。 (2015年10月17日 (土) 13時58分)[6819]

月番 > 紫翠さま、20番の「嫌味を上品に表現された」や掲句の「洗濯物の乾き具合と作者の気持ち・」など 的確な選評に頷いております。 ありがとうございました。 (2015年10月17日 (土) 17時13分)[6821]

循子 > 鰯雲が作為のない極く自然な使われ方をしていて、す〜っと入り込める句でした。蛇足ながら、家事のなかで唯一好きなのが洗濯。 (2015年10月18日 (日) 12時50分)[6833]

千尋 > 綺麗になって良く乾いた洗濯物を取り入れるのは気持ちの良いものです。鰯雲もうっとりするほど綺麗だったのでしょう。 (2015年10月18日 (日) 22時28分)[6839]

世話人 > 作者は太田鈴子さんです。 (2015年10月20日 (火) 02時45分)[6884]
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十月定例句会 投稿者:世話人 (2015年10月12日 (月) 21時44分)[6685]
    
        句会準備中

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9月の定例句会 投稿者:世話人 (2015年09月13日 (日) 01時37分)[6508]
災害のニュースが続いております。
皆さまがたにも被害が及んでいるのではないかと、心配しております。いまのところ当地は申し訳ないほど平穏に過ぎておりますが、何時何処でなにが起こっても不思議ではないと思う昨今です。
9月の句会を開きます。忌憚のないご意見をどしどし書き込んで頂けたら幸いです。主宰先生、梟夢庵先生、ご指導をよろしくお願い申し上げます。
決まりに従って、月番も循子が務めさせて頂きます。行き届かぬ点はお許し願い、よろしくお願いいたします。


月番 > お早うございます。
大水害ばかりでなく、首都圏では大きな地震があり、昨夜は日高地方にもかなりの地震があったようで、心が痛みます。関東のかたがた、被害をお受けになったのではないでしょうか。お見舞申し上げます。 (2015年09月13日 (日) 10時22分)[6513]

月番 > 今月の句会も明日19日を以て終わります。おおかたは書き込みして下さったかと思いますが、まだのかた、書き残したと思われる方、よろしくお願いいたします。 (2015年09月18日 (金) 20時44分)[6630]

世話人 > 秋日和の20日です。作者のお名前を発表しておきます。

皆さまの書き込みもほぼ終わりました。主宰先生、梟夢庵先生、お忙しいところを、丁寧なご指導を賜りまして有難うございました。参加者の皆さま、この句会をお楽しみ頂けたでしょうか。世話人&月番の不調法でご迷惑をかけたことをお詫びいたします。来月からは山内宜子さんが世話人を引き受けてくださることになっております。どうぞよろしくお願い申し上げます。皆さまのご協力をお願いいたします。
石田剛さまには世話人として、3年という年月を定例句会のために快く割いて頂きました。有難うございました。

どうぞみなさまお元気でお過ごしください。 (2015年09月20日 (日) 09時41分)[6658]

宜子 > 来月から、世話人を務めます、宜しくお願いします。慣れぬことで、不手際もあるかと思いますが、どうぞご容赦くださいますよう、お願い申し上げます。
循子様、永らくの世話人のお役目、お疲れ様でした。感謝申し上げます。宜子 (2015年09月25日 (金) 09時03分)[6683]
名前

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01、秋風や乳の匂ひの産着干す 投稿者:世話人 (2015年09月13日 (日) 00時41分)[6506]
(孝子)1点


月番 > お孫さんの産着でしょうか。懐かしい匂い。秋風との取り合わせです。 (2015年09月13日 (日) 12時08分)[6528]

孝子 > 激暑酷暑、やっととおりこしてさわやかな季節、風も一番感じられる秋です。ややこのいる家ではほっとしているころでしょうね。やさしい気持ちになれる匂い。洗ったら飛んで消えるでしょうなんて、野暮なことはいいっこなしです。穏やかなやさしい気持ちになれる句で好きです。 (2015年09月13日 (日) 14時44分)[6532]

梟夢庵 > やはり、乳の匂いと産着の取り合わせが近過ぎると思います。 (2015年09月14日 (月) 21時38分)[6556]

榮一 > 乳の匂いと産着は付き物のようなパターンです。 (2015年09月19日 (土) 05時36分)[6635]

世話人 > 作者は山内宜子さんです。 (2015年09月20日 (日) 09時43分)[6659]
名前

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02、四万十を投網がつかむ秋の天 投稿者:世話人 (2015年09月13日 (日) 00時39分)[6505]
(洋子、美鈴、淳子、循子、吉章、孝子、オサム、義之、眞佐子、章子、梟夢庵、主宰)14点


月番 > 最高点獲得の作品です。どなたからでもどうぞ。 (2015年09月13日 (日) 09時48分)[6511]

吉章 > 表現の妙が高点に結びついた作品。スタンダードなら[四万十に投網のしきりや秋の
天」などの情景報告になりやすいが作者は、知名度の高い四万十を冒頭に麗かな秋日和を詠むことにより読み手は、その大きい風景に自然に引き込まれて行かざるを得ない力があるのでは?などと思いました。
(2015年09月13日 (日) 10時53分)[6519]

月番 > お早い書き込みを頂き、有難うございます。全国大会の四万十川観光を思い出します。 (2015年09月13日 (日) 22時54分)[6543]

循子 > 中七の措辞の巧さにやられました。秋の天も景に広がりを与えているように感じます。

(2015年09月13日 (日) 23時06分)[6544]

寿美 > 選名に入っていませんが寿美も頂いています。天に向かって投網を打つ感じが「つかむ秋の天」によく出ていると思います。 (2015年09月14日 (月) 11時47分)[6548]

孝子 > 投網がつかむで切れがあると思いました。ということはつかんだのは四万十。全国大会でのことをなつかしくおもいました。秋の天もさわやかでいいです。大きな四万
十らしいひろがりがみえます。
(2015年09月14日 (月) 20時54分)[6555]

梟夢庵 > 投網がつかむという力強い表現が、投網さばきの見事さと秋天のもとで広がる網の美しさを的確に見せている。一般的には厭味に聞こえる、四万十を投網が「つかむ」などという擬人法を巧みに用いて成功しています。 (2015年09月14日 (月) 22時10分)[6557]

世話人 > 手違いがあったようで、寿美さんの選句が落ちていますが、寿美さんの選を加えて15点と訂正します。 (2015年09月14日 (月) 22時11分)[6558]

洋子 > 2か月ほど前支部の句会で投網の句を作りましたが、この句を読んで、さっと色あせてしまいました。投網には四万十と秋の天がぴったりです。投網がつかむ、という表現も言い得て妙!と思いました。 (2015年09月16日 (水) 10時06分)[6595]

章子 > はっきりと目に浮びました四万十川の情景が投網の水しぶきまで、何年か前の全国大会も晴天の四万十川観光でしたね、懐かしいです。 (2015年09月17日 (木) 09時37分)[6615]

榮一 > 投網をよく見ています。澄んだ川も見えてきそうです。 (2015年09月19日 (土) 05時40分)[6636]

世話人 > 作者は浅村恵美子さんです。最高点を得られました。おめでとうございます。 (2015年09月20日 (日) 09時45分)[6660]
名前

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03、ぽっぺんや吉祥草が咲きはじむ 投稿者:世話人 (2015年09月13日 (日) 00時36分)[6504]
(眞佐子)1点


月番 > 吉祥草はわりと地味な花です。これが咲くと、その家には良いことがある、とのことです。いくらでも殖えますよ、と以前に頂いたのですが、何年かたった今は消えてしまい、ついでに吉祥も霧散した感あり。一方、「ぽっぺん」とは語感もそれ自体の形状も、大好きなもののひとつ。捨てがたい句でしたが、もうひとつ掴みきれぬところがあり、残念。植物好きの眞佐子さんがお採りになりました。 (2015年09月13日 (日) 10時14分)[6512]

孝子 > ぽっぺんも吉祥草も同じくらいの重さをもっているのに、季が新年と秋の季違いが気になっていただけませんでした。 (2015年09月13日 (日) 14時53分)[6533]

月番 > 孝子さん、有難うございます。冒頭に「ぽっぺんや」とあるので、秋の吉祥草の影が薄れてしまったということですね。やはり季違いは気になるところです。 (2015年09月13日 (日) 16時59分)[6538]

眞佐子 > 二十年位前に「花が咲くと良いことがありますよ」と頂いた吉祥草
が毎年花をつけますので、気になった句でした。「ぽっぺん」と「吉祥草」との取り合わせが面白いと思い頂きました。「ぽっぺん」が新年の季語だと言う事がすっかり飛んでしまっていました。やはり季違いはよくないと思います。 (2015年09月15日 (火) 20時24分)[6579]

梟夢庵 > もちろん原則としてして季違いは避けるべきだと思いますが、この句のようなことが全く起こらないわけではありません。例えば箪笥を整理していて、ふと小引出しの中に正月に大事にしまっておいたぽっぺんをみつけ、歳時記に「ぽっペんを吹いて厄を払う」ということを思い出した。吉祥草も咲き始めたことだし、今年はきっと良いことことがあるに違いないと、そう思ったと読めます。それで句の分類としては、秋の植物に入れたいと考えます。

(2015年09月15日 (火) 21時28分)[6586]

月番 > 梟夢庵先生、有難うございます。季違い、季重なりいずれも気になることですが、作句、選句ともにまた判断を迷うことの多い問題です。先生のご説明で、この句がいのちを持った感じがします。 (2015年09月16日 (水) 11時19分)[6601]

榮一 > ぽっぺんも吉祥草も佳きことを招くものです。二つが近いことが敬遠されたようです。 (2015年09月19日 (土) 05時45分)[6637]

世話人 > 作者は太田鈴子さんです。 (2015年09月20日 (日) 09時46分)[6661]
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04、草ひばり深山を背ナに太子堂 投稿者:世話人 (2015年09月13日 (日) 00時35分)[6503]
(恵美子、美保子)2点


月番 > 聖徳太子を祀る太子堂というのは全国各地にありますが、この太子堂は背後に深山が迫っている。美しい声で鳴く草ひばり。いい景ですね。 (2015年09月13日 (日) 10時35分)[6514]

惠美子 > 背ナのナがいるのかな・?と思いながら・・ですが、草ひばりの声が大好きなのと、小さな草ひばりに太子堂をどっしりと止めてあるところが好きでした。 (2015年09月13日 (日) 16時59分)[6537]

月番 > ときどき背ナのように小さくカナを送ってある句を読むことがあります。最近のものでは「競ホひし」、「腸タ」(高橋睦郎氏の≪恩無限≫)など。ここまでいかなくとも、「背ナ」は玄鳥誌上でも見かけたように思います。こういうのは作者のこだわりに任されているのでしょうか? 背ナに限って云えば、私は「ナ」を送るのは好みではないのですが…。
(2015年09月13日 (日) 23時43分)[6545]

惠美子 > 月番さま、お教えありがとうございます。 読み違いはしないようですが・・。 (2015年09月14日 (月) 08時36分)[6547]

寿美 > この句も頂いています。連なる山々、古い太子堂、草ヒバリ牧歌的な風景は消えつつありますが子々孫々まで残していきたい風景ですね。 (2015年09月14日 (月) 11時52分)[6549]

月番 > 掲句も寿美さんの選を加えて、3点と訂正です。 (2015年09月14日 (月) 22時15分)[6559]

月番 > 恵美子さんの疑問にお答えしたつもりはないのです。私には判りません。梟夢庵先生、漢字に小さなカナを送るのは、書き手(詠み手)の恣意に任されているということでしょうか? (2015年09月16日 (水) 12時47分)[6605]

榮一 > 何処と言って難はありませんがスケッチのように思えます。 (2015年09月19日 (土) 05時51分)[6638]

梟夢庵 > 「漢字に小さなカナを送るかどうか」は、やはり表現の自由の範疇に属する問題ですので、作者に任せるべきでしょう。もっとも、私はやりません (2015年09月19日 (土) 21時56分)[6656]

月番 > 恵美子さん、そういうことのようです。梟夢庵先生、有難うございました。 (2015年09月19日 (土) 22時24分)[6657]

世話人 > 作者は渡辺淳子さんです。 (2015年09月20日 (日) 09時47分)[6662]

惠美子 > 梟夢庵先生、循子さま、ありがとうございました。 (2015年09月20日 (日) 13時56分)[6681]
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05、一山の寺領の門扉桐一葉 投稿者:世話人 (2015年09月13日 (日) 00時33分)[6502]
 


月番 > 作者の狙いは分かる気がします。点が出なかったのは、なぜでしょうか。皆さんのご意見をお待ちしています。 (2015年09月13日 (日) 10時37分)[6515]

千尋 > お寺は◯◯山◯◯寺といいますので、上五の「一山の」がどこかでダブり感になったのかもしれません。 (2015年09月14日 (月) 23時29分)[6567]

月番 > ありがとうございます。確かにダブリ感はあるようですね。その割りに漠然として焦点の定まらないもどかしさのようなものが感じられます。一山で、私はかなり大きな古刹を思ったのですが、そこから進まなくて。 (2015年09月15日 (火) 00時01分)[6571]

榮一 > 寺も桐一葉も無常や儚さをイメージさせます。その割にはうつたえてくるのものが弱いようです。 (2015年09月19日 (土) 05時58分)[6639]

世話人 > 作者は宮本義之さんです。 (2015年09月20日 (日) 09時48分)[6663]
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06、秋の蚊や脱水中の洗濯機 投稿者:世話人 (2015年09月13日 (日) 00時32分)[6501]
(美鈴、千尋)2点


月番 > なんとなく楽しい。お選びになったお二人のコメントも楽しみです。 (2015年09月13日 (日) 10時40分)[6516]

千尋 > 乾燥もできるドラム式の大きな洗濯機ではなさそうです。ゴロゴロという振動音が聞こえてきます。その洗濯機の近くではしぶとくて黒い秋の蚊が舞っているのです。
洗濯機と蚊の組み合わせ面白いと思いました。こんなラフな句が好きです。 (2015年09月14日 (月) 02時13分)[6546]

美鈴 > 住宅の花壇の一部のお世話をしています。秋の蚊に悩まされています。ネットをかぶっている人もいますが、私は手で、顔をかまれぬよう追い払っています。脱水槽のように顔をブルブルっとふってみたくなるんですよ。想像しただけで笑えますよね。 (2015年09月17日 (木) 10時16分)[6617]

月番 > 私は脱水中の洗濯機を音で捉えたのですが、美鈴さんは動きでイメージされたんですね。そのことが私にとっては意表を衝かれたようで十分笑えます。 (2015年09月17日 (木) 20時32分)[6623]

榮一 > 蚊の羽音と脱水の回転音が同じように聞こえたのかもしれません。二つの配合で伝わってくるものが希薄でした。 (2015年09月19日 (土) 06時23分)[6640]

世話人 > 作者は伊藤保子さんです。 (2015年09月20日 (日) 09時49分)[6664]
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07、実石榴をぶつけて帰るだけの部屋 投稿者:世話人 (2015年09月13日 (日) 00時31分)[6500]
(梟夢庵)2点


月番 > 最後まで気にかかる句でした。やはり梟夢庵先生がお採りになりました。 (2015年09月13日 (日) 10時48分)[6518]

循子 > 詩というものには虚と実があって、それがどういうかたちで、どのような比率で書かれているのか。そんなことをよく考えます。掲句を読むと、必然的に何人かの俳人が思い浮かびます。類想、類句ということでは決してありません。作品のあるいは作句の芯のようなものが共通している。虚の世界を描きつつ、どこかに作者の実がひそんでいて、そこが魅力だと思うのです。掲句について、その判断がつかぬまま、時間切れです。 (2015年09月13日 (日) 11時17分)[6520]

千尋 > 狂気的過ぎる内容で、退いてしまいました。石榴の実の味は子供の血の味と聞いたことがあります。 (2015年09月16日 (水) 00時43分)[6590]

孝子 > 石榴の実は人間の味とわたしもきいていました。また日本画の色紙などにお祝い事のときに石榴の実はかくことがあるとも聞いていたので、マイナーな意味に近いことにちょっとわかりませんでした。 (2015年09月16日 (水) 21時23分)[6611]

月番 > 私自身はそんな狂気染みた感じは持ちませんでした。「だけの部屋」が邪魔っ気な、というか余計な物語が出てくるような…。でも「だけの部屋」を取ったら内容的に句は成立しないでしょうか。 (2015年09月17日 (木) 21時17分)[6625]

梟夢庵 > 石榴にしろ無花果にしろ子供の頃は、手近にあったおやつ的な食べ物であって、それ以上でも以下でもありません。なぜ石榴なのか、ただぶつけるのに手頃だったからだと思います。部屋は、自分が東京の大学へでるまでの少年期を過ごした部屋です。初恋も失恋も経験したものです。石榴をぶつけたのは自分の少年期にたいしてです。選句理由は単純と云えるかもしれません。ただ「だけの部屋」の「だけ」は気になりました。
(2015年09月18日 (金) 21時46分)[6631]

榮一 > 悪くないと思っていますが「だけ」にこだわりました。 (2015年09月19日 (土) 06時25分)[6641]

世話人 > 作者は木村オサムさんです。 (2015年09月20日 (日) 09時50分)[6665]
名前

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08、秋蝶より軽き生命の兵たりし 投稿者:世話人 (2015年09月13日 (日) 00時29分)[6499]
(洋子、章子)2点


月番 > 8月が過ぎると、マスメディアの報道も過去の戦争から遠ざかります。でも戦地体験者には終りのない記憶。 (2015年09月13日 (日) 11時27分)[6522]

洋子 > 戦争になれば、人の命は秋蝶より軽く扱われます。幸運にも戦場から無事に帰還されても、その思い出は永久に消えないでしょう。秋蝶のはかなさが、命のはかなさをよく言い表しています。2度と戦争の起きない世の中でありますように祈るばかりです。
(2015年09月16日 (水) 10時18分)[6596]

章子 > 「兵たりし」でご本人のしみじみとした回顧録のように感じ切なくなりました、若くして逝かれた戦友のことなど思い出されて居られるのでしょうか、普段は忘れていても、今回は秋蝶を見てのおもいでしょうか。 (2015年09月17日 (木) 09時17分)[6614]

榮一 > 今国会の安保法制を念頭に置いているのかもしれません。今も昔も兵士の命を決して軽いとは思っていないでしょう。自虐的な思い込みのようで感心できませんでした。 (2015年09月19日 (土) 06時41分)[6642]

梟夢庵 > <〜より軽き生命の兵たりし>。つまり初五を除くフレーズが、慣用句的表現と云うかいかにもお座なり的で、再考の余地ありです。 (2015年09月19日 (土) 21時31分)[6655]

世話人 > 作者は新保吉章様です。 (2015年09月20日 (日) 10時02分)[6673]
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09、産れしはかかる真昼のすすき原 投稿者:世話人 (2015年09月13日 (日) 00時28分)[6498]
(オサム、循子、美保子、保子、千尋、剛、主宰)8点


循子 > 選句の基準というのは人それぞれだと思いますが、私はこれが俳句なんだろうなあと思って(読み違いも往々にしてあり)選ぶこともありますが、一方で理屈もなにも無く、まず自分のなかの血が反応してしまうということがあります。むしろその方が多い。掲句はその典型。それに尽きます。 (2015年09月13日 (日) 11時38分)[6523]

保子 > 読後、何やら合いの手を入れたくなるようなリズムの良さと「産れしは〜」も少し気になり、すすき原の風に吹かれているような気持ちでいただきました。 (2015年09月14日 (月) 22時27分)[6561]

千尋 > 「産まれし」は「生まれし」かな〜と思いましたが、そのあとの「は」以下のフレーズに惚れました。 (2015年09月14日 (月) 23時35分)[6569]

> 風が吹き抜ける荒涼とした真昼のすすき原は、即物具象と思う。「産まれし」と私の生命の出発点は、真昼のすすき原であると断定しているのが良い。お釈迦様の説く「生老病死」や、平家物語の「生者必滅会者常離」を思えば良いのだろう。生まれてから死ぬまで順風満帆で過ごした人間は少ないだろうし、時にうしろを振り返ると人間は色んなことが光景として立ち上がり甦る。私は結果としてそんな所で落ち着いたが、この句の「真昼のすすき原」に、紛れも無い説得力があるのだと思う。 (2015年09月15日 (火) 10時04分)[6574]

月番 > 保子さん、千尋さん、剛さん、有難うございます。
漢字というのは不思議なもので、同音同意であっても、書き手にとっては、それがどちらでもいいという訳には絶対にゆかないところがあります。掲句の場合も作者のかたの感性にとっては、「生まれし」ではなく「産まれし」でなければならぬのです。ひとりの読者としての私は、句柄からして「生まれし」では、多分不満を感じたと思う。剛さんが、「真昼のすすき原」に紛れも無い説得力がある…」と書かれたのも、「産まれし」を含めてのコメントではないかと思っています。
句の表記については、それぞれのこだわりがあって当然なので、保子さん・千尋さんのご意見を否定するものでは決してありません。
広辞苑の「うまれる」の項には≪◇広く一般には「生を使い、出産・誕生に着目する場合に「産」を使う。…≫という附記があります。ご参考までに。 (2015年09月15日 (火) 20時11分)[6578]

オサム > 人間は誰しも母の胎内から産まれ出る。だがそれはあくまで客観的事実であって、産まれた当人はそんなことは覚えてはいない。むしろある日芒原に立った作者が、「ああ、そういえば私はこのような昼の芒原で産まれたに違いない」という懐かしい思いにかられても不思議はない。芒原はそんな、もの哀しいけれど心地よい場所なのである。掲句の対極に「ひるすぎの小屋を壊せばみなすすき 安井浩司」があるのかもしれない… (2015年09月16日 (水) 00時02分)[6587]

洋子 > 循子さまの、理屈ではなく血が反応するという選句の仕方、大変参考になりました。私はつくづく自分は理屈の人間だなあと思っているこの頃です。オサムさんの鑑賞にも感動しました。私も以前、キリコの「街角の孤独と憂鬱」というようなタイトルの絵に描かれている小さな女の子を見て、この子は私だと思い、ドキドキしたことがあります。キリコの絵はデジャヴューを引き起こすといわれていますが、まさにその通りでした。この句もそんな風に考えたらよくわかりいただくべき句だったと思っています。 (2015年09月16日 (水) 11時25分)[6602]

美保子 > 書き込みが遅くなると皆さんの書き込みにそうなのかとうなずくのみになってしまいます。リズムのよさにも惹かれ、人生に達観した時はこういう気持ちになるのであろう、なりたいと思う句でした。 (2015年09月17日 (木) 19時14分)[6621]

榮一 > 時代を背景にしているわけではなく、いかなる時代であっても誕生は真昼のすすき原なのです。それがこの星の生なのでしょう。 (2015年09月19日 (土) 06時48分)[6643]

世話人 > 作者は梟夢庵先生です。 (2015年09月20日 (日) 09時52分)[6666]
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10、数独をエクセルで解く秋灯 投稿者:世話人 (2015年09月13日 (日) 00時26分)[6497]
(美鈴、淳子)2点


月番 > 頭の悪い月番に、エクセルは最も遠い世界です。美鈴さん、淳子さん、よろしく。 (2015年09月13日 (日) 11時41分)[6524]

寿美 > 数独をエクセルで解くという、発想がまずありませんでした。本屋を覗くと必ず数独の本を買います。最近は腕を上げてかなり難解な本を買ってしまい、消しゴムと鉛筆でうなりながら、かなり無駄な時間を過ごしてしまい、しまったと思うのですが、ボゲかかっているのに数独病にかかっているようです。夫に、馬鹿かと言われていますが、やめられまっせん。 (2015年09月15日 (火) 09時40分)[6573]

淳子 > ボケが進んでいますので、脳活性の為パズル本を買います。漢字ナンクロは面白いと感じますが、数独は難解ですぐに手を上げてしまいます。エクセルで数独、秋の夜長の秋灯にいつまでも、取り組んでいらっしやるお姿を想像しました。 (2015年09月15日 (火) 14時14分)[6576]

美鈴 > 作者のお名前がなんとなく浮かんできます。棋士がコンピュータに負ける時代ですからこのようなことも可能なんだと思います。エクセルを駆使してこんなことができるなんて、と尊敬の気持ちをこめて頂きました。句としても時代を反映して面白いと思います。 (2015年09月16日 (水) 09時53分)[6593]

義之 > 数独を初めて解いたのはおよそ3年前、2日間奮闘して何とか解答を得ましたが、鉛筆を舐め舐め解きながら感じたことは、これはエクセルにぴったりの課題ではないかと。早速、1ヵ月をかけて、数独の解析プログラムを完成させました。出来上がってみれば、僅か数秒で解答を求めることが可能です。秒単位で終ってしまうなら、何のためにパズルに挑戦するのか、新たな悩みを抱えることとなりました。「エクセルで解く数独や流れ星」 (2015年09月16日 (水) 19時24分)[6610]

美保子 > 数独を解くコツのようなものを友人に教えてもらってから、それでもせいぜい、レベル2位で終わりましたが、皆さん、すごいなあと。入院中は時間がたつのが遅く、そういう時の気分転換にやっていました。エクセルで解くだなんて、すごい世界です。 (2015年09月17日 (木) 19時20分)[6622]

榮一 > 手垢が付かなくなった時代ですね。 (2015年09月19日 (土) 06時51分)[6644]

世話人 > 作者は森内洋子さんです。 (2015年09月20日 (日) 09時53分)[6667]
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11、空家から猫の出てくる今朝の秋 投稿者:世話人 (2015年09月13日 (日) 00時24分)[6496]
(恵美子、保子、宜子、章子、鈴子)5点


月番 > 女性ばかりがお採りになりました。近隣に空家が増えて、猫の出入りもよく見かけるようになりました。ひそかに餌を置いてあげるひともあるとか。今朝の秋がいい感じと思いますが、まず恵美子さん、いかがですか。 (2015年09月13日 (日) 12時06分)[6526]

惠美子 > 暑さにばてていた家の柴犬も足取りが軽くなってきました。 最近は空き家が多くなって・少し気味の悪い家もありますが、今朝の秋の句は 我が物顔で出て来た猫が気持ち良さそうに伸びをしている姿を想像しました。 季語の清々しさを感じる句ですね。 (2015年09月13日 (日) 16時53分)[6535]

月番 > 猫が伸びをしている姿ですか。可愛い。そこまで想像しませんでした。 (2015年09月13日 (日) 17時04分)[6539]

保子 > 「空家と猫」よく寝た猫がのっそりと出てきそうで、「今朝の秋」が良かったです。 (2015年09月14日 (月) 22時34分)[6562]

章子 > 最近空き家の話題が多いので我が家も何れ空き家に・・・何て思っていたのでドキッとしました、今朝の秋が気持ちよく〆て下さったので頂きました。 (2015年09月17日 (木) 09時49分)[6616]

宜子 > 最近、このような柔らかい風景や、言い回しに惹かれるようになりました。 (2015年09月18日 (金) 03時02分)[6626]

榮一 > 今朝の秋の必然性が問われそうです。 (2015年09月19日 (土) 06時54分)[6646]

世話人 > 作者は石田剛氏す。 (2015年09月20日 (日) 09時55分)[6668]
名前

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12、古戦場ところどころに彼岸花 投稿者:世話人 (2015年09月13日 (日) 00時22分)[6495]
(洋子、恵美子、吉章、義之、)4点


吉章 > 古戦場と彼岸花が所謂「付きすぎ」のようで付きすぎていない句。ところどころが効果的だと思います。曾ては火花を散らした戦場跡にひそりと立つ曼珠沙華、今は顧みる人もなく足早に過ぎて行く。還らない時代の流れをつくづく感じさせる作品とてして戴いた。 (2015年09月13日 (日) 11時21分)[6521]

月番 > 早速に有難うございます。お書きになった、「ところどころが効果的」というご意見に同感です。俳句はこういうように書くものなんだなあ、と改めて思った月番です。 (2015年09月13日 (日) 11時58分)[6525]

惠美子 > ところどころが想像の拡がるところだと思え、花の赤さが侘しい。 (2015年09月13日 (日) 17時11分)[6540]

千尋 > 古戦場跡のところどころに群れて真っ赤に咲いた彼岸花、それが昔流されたであろう血糊に思えて、先に気の方が滅入ってしまいました。気にしすぎでしょうか。 (2015年09月15日 (火) 18時56分)[6577]

月番 > 古戦場一面に咲いてると述べてあるのではなく、「ところどころに」でサラッとした描写になったと思ったのですが…。洋子さん、義之さん、いかがでしょう。
けさ見たら、若林家から来た庭の曼珠沙華が茎を伸ばしていました。お彼岸前に咲くつもりらしい。 (2015年09月15日 (火) 20時27分)[6580]

洋子 > 古戦場というイメージが好き、彼岸花も句材として好きです。好きなものが二つ並んだ句ですので、私としては一面に咲いているイメージのほうが好き・・・と思いました。 (2015年09月16日 (水) 10時25分)[6597]

寿美 > 彼岸花の別名がすごいのばかりあって、驚きですよー。マンジュシャゲハロマンティックですが、カミソリバナ、シビトバナ、捨子花、その他死人花と見ると古戦場がいっそう身にしみますね。 (2015年09月17日 (木) 10時55分)[6619]

義之 > 掲句は特にインパクトの無い平凡な句かと思いましたが、作者が見た実景をもとに詠んだ句と理解し頂きました。惹かれたポイントは中七で、彼岸花の咲き様を良く言い得ていると思いました。
因みに「ところどころ」の同義語を調べてみると、所々、処々、あちこち、そこここ、あちらこちら、そこかしこ、そこらじゅう、ここにもそこにも 等いろいろありますが、言葉である以上微妙なニュアンスの違いが感じられます。掲句には「ところどころ」がぴったりのようです。
(2015年09月19日 (土) 00時32分)[6632]

榮一 > 古戦場に彼岸花が咲いていても違和感はありません。ただ、兵士の死と死人花とも呼ばれる彼岸花は意味が強く出てきます。 (2015年09月19日 (土) 06時59分)[6647]

世話人 > 作者は小川紫翠様です。 (2015年09月20日 (日) 09時57分)[6669]
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13、百年の木桶の味噌や涼新た 投稿者:世話人 (2015年09月13日 (日) 00時20分)[6494]
(紫翠、孝子、美保子、保子、鈴子、進二)6点


月番 > 味噌の老舗は多いようで、天保年間に創業なんて、珍しくないようですが、掲句もそのようなお店の味噌でしょうか。秋の到来で、味噌汁も美味しく頂けそうです。 (2015年09月13日 (日) 12時17分)[6529]

寿美 > 味噌蔵の風景ですね。代々受け継がれ蔵全体に麹菌が付いているような薄暗い味噌蔵。昨年サロンから見学に行った所もこんな所でした。 (2015年09月14日 (月) 12時02分)[6550]

月番 > 6人のかたがお採りになっています。どうぞ褒めてください。味噌の匂いが漂ってくるようで、月番もこの句は好きです。「涼新た」ももいい感じと思いました。 (2015年09月16日 (水) 11時50分)[6603]

鈴子 > 百年の木桶の味噌はほんとうに美味しいでしょうね。毎朝味噌汁を食べる習慣がある私には羨ましいことです。味噌の旨さもさることながら、味噌蔵にでんと据わっている木桶「涼新た」が取り合わせの上手さと思います。 (2015年09月16日 (水) 16時20分)[6606]

美保子 > 味噌、醤油と言った基本的な調味料は味覚にインプットされるようで、東京で生活した時も熊本で転勤で暮らした時も、母に味噌を送ってもらったものでした。宮崎でも日南や都城などで古くから作られている味噌があり、この句も読んだだけで手に入れたいと思うようなおいしさを感じました。 (2015年09月16日 (水) 16時24分)[6607]

榮一 > 古と新の取り合わせです。無駄に意図を感じてしまいます。 (2015年09月19日 (土) 07時07分)[6649]

世話人 > 作者は松谷眞佐子さんです。 (2015年09月20日 (日) 09時58分)[6670]
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14、葉鶏頭ひとり暮らしの伯母の家 投稿者:世話人 (2015年09月13日 (日) 00時18分)[6493]
(紫翠、宜子、進二)3点


月番 > 葉鶏頭は昔から身近にあった植物ですが、それもその筈、古い時代に中国経由で日本に入ってきて、枕草子六十四段に「…かまつかの花、らうたげなり」として出てきます。つまり「かわいい」ということ。そのあとにちょっと難癖つけているのが清少納言らしい。今の葉鶏頭が当時の「かまつか」と同じものかどうか、よくわかりません。葉鶏頭で見えてくるものがあります。採られなかった方のコメントもどうぞ。 (2015年09月13日 (日) 16時40分)[6534]

循子 > 嘗て大和木綿、製薬などで栄えた五條市や御所市などで、旧い屋敷にお年寄りが独りで暮していらっしゃることが多い。市の有形文化財として公開されているものもありますが、当時の贅を尽くして建てられた邸を維持してゆくのは、もう無理だとこぼされるのを聞いたことがあります。二上山に近い友人の実家は広大な屋敷が、独り住まいだったお母さまが亡くなられてから、いまや朽ちるのを待つばかりとなっています。ほったらかしの柿の木が実をつけたら、我われ仲間が遊び半分に収穫に出かけます。
葉鶏頭がそんな屋敷によく似合います。伯母さまのお暮らしぶりをいろいろと想像できる句です。 (2015年09月16日 (水) 12時27分)[6604]

宜子 > 何も言っていないようで、多くのモノ、コトが浮かんできます。力まずに読める句でした。 (2015年09月18日 (金) 03時07分)[6627]

榮一 > 景はよくわかりますがこのパターンは多いです。 (2015年09月19日 (土) 07時10分)[6650]

世話人 > 作者は三島章子さんです。 (2015年09月20日 (日) 09時59分)[6671]
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15、晩年の父の寡黙や榠樝の実 投稿者:世話人 (2015年09月13日 (日) 00時16分)[6492]
(洋子、淳子、吉章、紫翠、オサム、眞佐子、宜子、千尋、章子、剛、鈴子)11点


吉章 > 作者の父が元気なのか?故人となられたのか?この儘では判然としないが、故人になられたということを前提にして採らせて戴いた。(失礼)カリンの実を見る度に父の姿が目に焼き付いて離れない。だんだん無口になっていった父のことが気になる。よく喋って、よく叱った時代のことが懐かしく思い出る。生前の父を懐旧した作品として戴いた。 (2015年09月13日 (日) 12時08分)[6527]

月番 > 高点句です。共感された方が多いのは季語の効果でしょうか。 (2015年09月13日 (日) 12時22分)[6530]

寿美 > 花梨の実は堅くて黄色の大きな実です。大人のこぶし2個分はあるでしょう。良い香りがして思わずがぶりといきたいところですが、とても堅くて歯が立ちません。友人の所になるので、1個もらってきてリキュールにつけていて、咳止めとして使っています。大きくて堅くて1個でも存在感があって、寡黙なおやじさんのイメージにぴったりと思います。 (2015年09月14日 (月) 15時41分)[6553]

> 四十歳を前に私は父に死なれた。後々に歳を取るに従い、父の背中は段々広くなり、その背中を懐かしむことに為った。もう遥かに父の年を越えて、春夏秋冬それぞれの季節に、父への思いのような事が出没する事は間違いない。この句の通り父は寡黙だったし、何時も不幸者の息子に頑なに背を向けていた。庭に転がった固い花梨の実は鳥が啄む事も無い、父の影だけが行き来する。 (2015年09月15日 (火) 09時01分)[6572]

眞佐子 > 私も寿美さんと同じで花梨の実は果実酒にして、咳止めとして使っています。あの大きな実を見ていますと、若くして逝った無口な父の事が思い出されます。昔の男性は無口の人が多かったような気がします。 (2015年09月15日 (火) 20時49分)[6581]

月番 > 昭和の父はおおかた寡黙で怖がられもし、そしてどこか孤独であったように思います(現代のイクメンとは大違いです)。その点で、共感はしつつも既視感があるように思いました。 (2015年09月15日 (火) 21時01分)[6582]

オサム > たしかに既視感があるかもしれません。無口な父の佇まいと榠樝の実は付きすぎかもしれません。それでも頂かずにはいられない句があるのかもしれません。掲句は(晩年の)とあるだけに、それまでは闊達で賑やかな人物であったと思われるだけに、余計響いてきました。 (2015年09月16日 (水) 00時15分)[6588]

洋子 > 皆様がおっしゃるように、晩年の寡黙な父は、ごつごつしたカリン(パソコンが漢字に変換してくれません)のイメージにぴったりです。オサムさんの「それまでは闊達で賑やかな人物であったと思われるだけに、余計響いてきました。」という深い読みに感動しました。 (2015年09月16日 (水) 10時39分)[6598]

洋子 > 同じ色にしてしまい、すみません。 (2015年09月16日 (水) 10時41分)[6599]

梟夢庵 > 「晩年」の「父」の「寡黙」という同じようなベクトルの言葉ばが並び、最後にいかにもそれらしい「榠樝」を配合しているので、分かりやすい
がクドい感じ。 (2015年09月16日 (水) 22時04分)[6613]

榮一 > 取り合わせも含めてわかりやすい句ですが。 (2015年09月19日 (土) 07時22分)[6652]

世話人 > 作者は久野孝子さんです。 (2015年09月20日 (日) 10時00分)[6672]
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16、雁渡し焼印の濃き道具箱 投稿者:世話人 (2015年09月12日 (土) 23時55分)[6491]
8、( 紫翠、孝子、オサム、美保子、眞佐子、保子、宜子、剛、梟夢庵)10点


世話人 > 括弧の前に数字が誤って入りましたが関係ありません。スミマセン。 (2015年09月13日 (日) 01時43分)[6509]

月番 > 昭和の頃まで、大抵の家に木製の道具箱があって、屋号の焼印があったり、墨で名前が書いてあったりしたものです。この道具箱は職人さんや商店の屋号が押されているものか、と。高点句のひとつです。どなたからでもどうぞ。 (2015年09月13日 (日) 16時54分)[6536]

> 普通に焼印の見える道具箱と云えば大工さんだ。大工さんの道具箱と思いたい。雁渡しは雁が渡ってくる初秋の頃に頃に吹く北風で、空気も澄んでいる。昔堅気の大工の棟梁を思う。ウイキペディアよれば、かつての大工は自分の道具を持ち運ぶために自作していたそうである。私の住む周囲も宅地分譲がなされて、この秋の良い季節に何軒もの新築の家が建造中である、建築の様式や過程が変わった今大工さんの道具箱はあるだろうかと、いらぬ思いを巡らせる事となった。 (2015年09月15日 (火) 10時50分)[6575]

眞佐子 > 義父は戦前は大工さんをしていました。戦後はサラリーマンになったのですが、その道具箱がいつまでも大事にしまってありました。義父は器用な人で焼き印では無くて、自分で色んな物を彫っていた様な気がします。「雁渡し」の季語が好きでした。 (2015年09月15日 (火) 21時07分)[6583]

月番 > やはり大工さんの道具箱ですか。周囲では、そんな道具箱を持ってくる大工さんにはお目にかからなくなりました。宮大工、寺大工の棟梁が思い浮かびます。 (2015年09月15日 (火) 21時27分)[6585]

オサム > 「雁渡し」と、こだわりの道具箱の取り合わせによって、天高くそびえる寺社や塔の頂きで黙々と仕事をする職人気質の棟梁が見えてきました。 (2015年09月16日 (水) 00時36分)[6589]

美保子 > 何度も手を入れて来た我が家ですので、大工さんとの付き合いもそれだけの数ありました。焼印があったかどうかは今では調べる術もないのですが、道具箱を持って来られていたなあと思います。雁渡し の季語がとてもあっていると思いました。 (2015年09月16日 (水) 16時31分)[6609]

世話人 > 作者は岡部主宰先生でした。 (2015年09月20日 (日) 10時03分)[6674]
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17、丹念にレコードを拭く良夜かな 投稿者:世話人 (2015年09月12日 (土) 23時52分)[6490]
(義之、循子、千尋、剛、主宰)6点


月番 > いまほど手軽に音楽を聴ける時代でなかった頃、大枚はたいて買ったLPを、丹念に拭いていたものです。それは至福の時間でした。ましてそれが良夜であったならば。お採りになったかた、どうぞ。どうぞ。 (2015年09月13日 (日) 17時31分)[6542]

寿美 > この句も頂いています。EP,SP,LP
私も沢山持っていました。CDになってから改装を機に友人に上げました。針を下ろす瞬間やかすかなレコードのうねりなどマニアにはたまらなく懐かしいですね。この方もゆったり一人かはたまたご夫婦かわかりませんが、幸せな時間を過ごしていらっしゃる。月夜、音楽、悠々自適のご様子。老後は候ありたいものです。 (2015年09月14日 (月) 12時14分)[6551]

千尋 > CDの音とレコードの音はやはり違がありますね。また、たまたま付いたそれぞれの傷にも思い出が繋がっていたりしてCDより味わいがあります。良夜が効いていると思いました。既視感はありますが。 (2015年09月14日 (月) 13時44分)[6552]

世話人 > 寿美さん選を加え、7点と訂正いたします。 (2015年09月14日 (月) 22時25分)[6560]

> 中秋の名月を見上げながら音楽を聴こうとしている、読者の辿り着くイメージは満ち足りた一日の終わりではないだろうか。ベートーヴェンのピアノ ソナタに「月光」がある、クラシック音楽にはまったく縁が無かったが、愛着のある音楽は身も心も癒すのだ。良い音をオンリーで聴く夜が始まろうとしている。 (2015年09月18日 (金) 11時43分)[6628]

義之 > 上五、中七の「端念にレコードを拭く」に惹かれて頂きました。昭和という時代に生きる中、様々なものが身の回りから消え去っていきましたが、レコードもその一つで私自身想い出深いものがあります。因みに、ネガティブな感想として、掲句はそういった物や、骨董品、刀剣類 等趣味の世界の物品を取り上げ、「良夜」と取り合わせた観念的なパターンの句と感じられるところでしょうか。 (2015年09月19日 (土) 01時03分)[6633]

榮一 > マニア感がよく出ています。 (2015年09月19日 (土) 06時53分)[6645]

世話人 > 作者は佐藤美鈴さんです。 (2015年09月20日 (日) 10時04分)[6675]
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18、ケヤキ並木横断歩道の赤とんぼ 投稿者:世話人 (2015年09月12日 (土) 23時48分)[6489]
 


月番 > 今年は蜻蛉を見かけないなぁと思っていましたが、土曜日に駅へ向う道でに群れ飛ぶ赤とんぼを見かけて、なにやら安心しました。欅並木の横断歩道は街の風景と思いましたが、赤とんぼがいたのですね。 (2015年09月14日 (月) 22時40分)[6563]

榮一 > 散文的です。述べて言えばケヤキ並木の横断歩道の上に赤とんぼが飛んでいますとなります。せめて倒置法ぐらいは用いてほしいと思います。 (2015年09月19日 (土) 07時18分)[6651]

世話人 > 作者は樋口進二さんでした。 (2015年09月20日 (日) 10時08分)[6677]
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19、秋の海ペンフレンドのように暮れ 投稿者:世話人 (2015年09月12日 (土) 23時47分)[6488]
(恵美子、循子、義之、鈴子、進二、梟夢庵、主宰)9点


月番 > 両先生もお採りになっています。男のかたが4人採っていらっしゃるので意外な感じもありましたが…。いや、むしろ当然か、とも。 (2015年09月14日 (月) 22時55分)[6564]

循子 > bXの句と同様、まず知よりも血が反応してしまう。それだけで十分なのですが、それではあまり無責任かもしれぬと思い直して、拙い理屈づけを少々。秋の海の暮れ方がペンフレンドとの関わりのようだという、この比喩の距離の取り方が絶妙。ペンフレンドというカタカナがここでは活きていて、お洒落な句になりました。 (2015年09月14日 (月) 23時16分)[6566]

惠美子 > どこに惹かれて頂いたのか・?考えているのですが・・巧く選評が書けません。 少し物悲しいようで・遠くを眺めているだけの秋の海。 遠くの友を思いやるペンフレンド。 ですが・・やっぱり どうこうと理屈を述べるより、循子さまと同じように お洒落な句に惹かれたようです。 (2015年09月16日 (水) 16時29分)[6608]

義之 > 暮れゆく秋の海を見ているだけの情景の句であり、中七の「ペンフレンドのように」は、作者の心に浮かんだ一瞬のつぶやきなのでしょう。掲句は詠み手から離れ、読者の中で自由に一人歩きを始める、そのような作品と感じました。詩情あふれる私の好きな俳句です。 (2015年09月19日 (土) 01時23分)[6634]

えいいち > ちっとしたセンチメンタルがいいですね。 (2015年09月19日 (土) 07時00分)[6648]

世話人 > 作者は若林千尋編集長でした。 (2015年09月20日 (日) 10時09分)[6678]
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20、坊守の法話に集ふ秋の音 投稿者:世話人 (2015年09月12日 (土) 23時44分)[6487]
 


月番 > 坊守とありますが、法話をなさるので、ご住職のことでしょうか?真宗では寺の奥さんのことを坊守というのだと、以前に梟句会でお聞きしたことがあります。お寺のことはよく知らないのですが、なぜ点が出なかったのか。「秋の音」も悪くはないと思うのですが。どなたかご意見をお願いします。 (2015年09月14日 (月) 23時31分)[6568]

オサム > 坊守には、1.寺院の番人、2.小寺の身分の低い僧、3.浄土真宗の僧の妻の三つの意味があるようです。どの意であっても、面白いですね。意外と高僧の法話より断然心に沁みる話を聞かせてくれるのかもしれません。さて、掲句は何となく季語の(秋の音)が気になりました。法話≒声≒音なので、どこかダブり感があるのかもしれません。全くつまらない意見ですが個人的には(こぼれ萩)あたりの植物と取り合わせるのが好みです。 (2015年09月16日 (水) 00時58分)[6591]

月番 > オサムさん、有難うございます。ご提言のように「こぼれ萩」を置くのが良いですね。「秋の音」はけっこう使いにくい季語です。 (2015年09月17日 (木) 20時43分)[6624]

> 「秋の声」と云う季語が有るのは知っていたが、不勉強で「秋の音」は知りませんでした、よく読んでみると何となく解る気がします。法話と云うのは有難いお話で、その話に熱心に耳を傾ける善男善女たち、集うのは私の年代であり殊勝な気持ちになる事は間違いない。虫の声や、風に樹が葉を散らす音、木の実の落ちる音などを、思えば良いのではないか。 (2015年09月18日 (金) 15時29分)[6629]

榮一 > 仏法に関する話はたいていはお坊さんがするように思います。高僧であれ身分の低い僧であれ同じでしょう。坊守は余分に思えます。 (2015年09月19日 (土) 07時38分)[6654]

世話人 > 作者は鈴木美保子さんです。 (2015年09月20日 (日) 10時07分)[6676]

美保子 > 皆様、書き込み、ご指導ありがとうございました。投句してから、わかりにくい句だったと反省していました。剛さま、循子さま句会のお世話をありがとうございました。宜子さま、来月からよろしくお願いします。 (2015年09月20日 (日) 21時01分)[6682]

宜子 > 美保子さん、来月からも変わらず投句、書き込み宜しくお願いします。 (2015年09月26日 (土) 05時03分)[6684]
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21、"I Have a Dream" 八月三十日のデモ 投稿者:世話人 (2015年09月12日 (土) 23時40分)[6486]
  


月番 > これはいったい何なんでしょうか。八月と言っても季感の全く無い八月です。 (2015年09月14日 (月) 23時44分)[6570]

オサム > 1963年8月28日、マーティン・ルーサー・キング牧師は、アメリカ合衆国の首都、ワシントンのリンカーン記念堂へ向かうワシントン大行進で、「I Have a Dream(私には夢がある)」で知られる有名な演説を行い人種差別の撤廃と各人種の協和を訴えた。そして今年の日本では同じ時節に各地で安保法案反対のデモが行われているのである。こういう句を社会性俳句というのでしょうか…? (2015年09月16日 (水) 01時19分)[6592]

洋子 > 1963年ごろまさにリアルタイムで学生だった私はこのキング牧師の演説を感動をもって何度も読み、聞いています。その精神は身にしみています。16分を超える長い演説ですが、その一番よく読まれたところは「私には夢がある。いつかジョージアの赤土の上に元奴隷の息子たちと元奴隷所有者の息子たちが一緒に座り友愛のテーブルを囲む日が来るという夢が。・・・・私には夢がある。いつか私の子供たち4人が肌の色でなく中身で判断される、そんな国に住む日が必ずくる、、、。」このキング牧師の印象があまりに強くて、8月30日のデモの群衆と重なりませんでした。 (2015年09月16日 (水) 11時04分)[6600]

梟夢庵 > 内容が重くれ過ぎているのと
今回安保法案反対運動がいまだ進行中であることから、見送りました。 (2015年09月16日 (水) 21時35分)[6612]

榮一 > 生なニュースは取り扱うのは難しいと思います。 (2015年09月19日 (土) 07時26分)[6653]

世話人 > 作者は安田循子です。 (2015年09月20日 (日) 10時14分)[6680]
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22、亡き母に重なり見ゆる夜長妻 投稿者:世話人 (2015年09月12日 (土) 23時35分)[6485]
(美鈴、淳子、吉章、進二)4点


吉章 > 私事で恐縮ですが、私の場合は11歳小学校五年生の時に父を亡くし母の手一本で成人しました。当時の内職と言えば、裁縫や編み物がが中心で毎晩深夜まで控え目に編み物の機械の音を遠慮勝ちに出していた事を微かに覚えております。たまに家内が頼まれごとの内職を遅く迄やっていることもあり、亡き母の懐かしい思い出の一句として戴きました。 (2015年09月13日 (日) 12時33分)[6531]

寿美 > 妻の背に母を見ている夜長の灯でも良さそうですね。 (2015年09月14日 (月) 16時07分)[6554]

千尋 > 下五の「夜長妻」が気になりましたが。 (2015年09月14日 (月) 23時14分)[6565]

月番 > 私も「夜長妻」は気になりました。寿美さんの添削だと「夜長妻」は消えますが、採られたかたのご意見はどうなりますかしらね。 (2015年09月15日 (火) 21時09分)[6584]

美鈴 > 作者のお年はわかりませんが、母の時代の夜なべといえば繕いものや編み物、針仕事が浮かんできます。私も子供の小さいころは夜なべにミシンを踏んで子供の服などを作ったものです。今の時代ですと編み物、パッチワークなどでしょうか。電球の明かりの下でのお母様のお姿は作者にとって忘れがたい思い出なのでしょう。 (2015年09月16日 (水) 10時04分)[6594]

美鈴 > 夜長妻ですが、角川大歳時記には載っていませんが他の本で夜長の傍題として載っていました。 (2015年09月17日 (木) 10時30分)[6618]

淳子 > 夜長妻に母をおもいました。戦争で物不足の折、着物を解いて、妹と対の上着を作って呉れました。現代は、主婦でも自分の時間を持てる時代となりました。夜長妻は余暇を利用して、ご自分の趣味に入り込んで夜半に勤しんでいらっしゃるのか?眺めるご主人夢中の奥様を、想像します。

(2015年09月17日 (木) 16時38分)[6620]

世話人 > 作者は渡利寿美さんでした。 (2015年09月20日 (日) 10時12分)[6679]
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9月の定例句会 投稿者:世話人 (2015年09月12日 (土) 23時10分)[6484]
只今準備中

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8月の定例句会 投稿者:世話人 (2015年08月13日 (木) 01時46分)[6318]
立秋を過ぎてなお猛暑が続いております。皆さまお元気でしょうか。お盆休みの若いご家族を迎えて、慌しくも楽しい時間をお過ごしのかたもいらっしゃると思います。お忙しいかも知れませんが、どうか句会にも時間を少々割いて頂き、楽しんで下されば幸いです。
石田剛氏にお任せしてきて、久しぶりの句会のお世話ということで、緊張しています。いろいろと手落ちがあるかと思いますが、お許しください。賑やかで楽しい句会となりますように、よろしくお願いいたします。先月、最高点を得られました伊藤保子さんが、月番を務めて下さいます。保子さん、有難うございます。よろしくお願いいたします。


保子 > 月番を務めさせていただきます保子です。宜しくお願いします。 (2015年08月13日 (木) 10時06分)[6319]

世話人 > 当方の都合で夜中の入力となり、危惧したとおり冒頭から手落ちがありました。肝心の主宰先生、梟夢庵先生にご指導をお願い申し上げる一文が抜けました。大変失礼をいたしました。残暑厳しいなか、なにかとお疲れのことと存じますが、ご指導の程よろしくお願い申し上げます。 (2015年08月13日 (木) 10時37分)[6328]

世話人 > 二十日となりましたので、作者のお名前を発表させていただきます。毎日厳しい残暑が続き、行事も多い八月の句会にご参加頂き、有難うございました。主宰先生、梟夢庵先生にはご多忙のところ、ご指導頂きまして有難うございました。ご意見をお寄せいただいた参加者の皆さまにお礼申し上げます。月番を快く務めてくださいました伊藤保子さん、お疲れさまでした。
予報では、まだまだ猛暑日が続くようです。皆さまお元気でお過ごしください。どうぞ来月の定例句会も宜しくお願いいたします。 (2015年08月20日 (木) 00時43分)[6460]

月番 > 皆様ありがとうございました。 (2015年08月22日 (土) 20時17分)[6483]
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1、終戦詔書の御名の傾ぎ秋の潮 投稿者:世話人 (2015年08月13日 (木) 01時03分)[6317]
(恵美子、淳子、美鈴、宜子、循子、美保子、梟夢庵、主宰)10点


月番 > 8月15日終戦日、敗戦日、それか70年目を 迎えました。 (2015年08月13日 (木) 10時13分)[6320]

循子 > 戦中から終戦まで「御名御璽(ぎょめいぎょじ)」は見慣れ、耳慣れた言葉でした。「裕仁」という御名を当時は目にすることは無かった気がします。教育勅語も御名御璽で覚えました。終戦詔書の「裕仁」という御名がやや右に傾いでいることを意識したことが無かったので、そういえば…という感じです。年齢とともにそうなっていくことが多いようですが、終戦時の昭和天皇はまだ44歳。御名の傾ぎに作者は、特に感ずるところがおありだったのでしょう。「秋の潮」がうまく坐ったと感じています。 (2015年08月14日 (金) 21時59分)[6346]

梟夢庵 > 循子さんの云われるほど事は単純ではないようです。この大東亜戦争終結の詔書は、天皇の御名御璽(署名捺印)のある重要な重大なものであり、後の世に残る性質のものであってみれば、署名が傾き、かつ御璽の端がわづかに文章の最後の行と重なっているという、まことに不体裁なものを、なぜ書き直さなかったのか、考えてみるべきでしょう。このことは、玉音放送と関係しているし、八月十四日深夜の陸軍青年将校の一部による反乱(クー・デター未遂)事件など当時の緊迫した状況を考慮しなければなりませんが、ここ数日のTVや新聞記事を見ていただきたいと思います。いずれにしても、この句は当時の昭和天皇の心中をお察しした句と思います。
(2015年08月16日 (日) 22時39分)[6396]

循子 > 8月15日付の毎日新聞朝刊に「殺気立った抗戦派将校」という見出しで「宮城事件」を特集。何日か前にTVでも同じテーマで放映していて、釘付けになりました。 (2015年08月17日 (月) 00時03分)[6401]

月番 > NHKスペシャル「太平洋戦争の本当の終結は8月22日だった」を緊張感をもって見ました。 (2015年08月17日 (月) 00時33分)[6402]

淳子 > 何事も記憶の薄れていく中で、あの日の玉音放送の玉音が、いまだに耳朶に鮮明に残っています。あの時、天皇の苦悩は如可ばかりであったであろうか?計り知る事ができません。つい御名が傾いていたのも、その時の天皇の苦悩振りを物語っているかと、おもいました。秋の潮が循子さまと同じくよく効いていると思いました。 (2015年08月17日 (月) 23時07分)[6418]

榮一 > 戦後七十年はまさしくともに過ごしてきた年月です。玉音放送も終戦詔書も後に知っとことです。御名の傾ぎと御璽の重なりは時代の節目の激動を感じさせます。 (2015年08月19日 (水) 16時33分)[6441]

世話人 > 作者は樋口進二氏です。 (2015年08月20日 (木) 00時52分)[6463]
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2、これだけと聞かれ顔出す冷奴 投稿者:世話人 (2015年08月13日 (木) 01時00分)[6316]
(洋子)1点


月番 > 「冷奴」この言葉だけでも癒されます。 (2015年08月13日 (木) 10時16分)[6321]

洋子 > 夕餉の食卓をジロリと見回して、「これだけ?」の一声。「そんなこといわれたって、、、。」と心の中でぶつくさ思いながら冷奴の一皿を付けくわえる、、、。かつおぶし、紫蘇、茗荷、等いろいろのせると立派な一品のできあがり。ご主人様のご機嫌も直って、、、。日常よくある景です。冷奴のありようもよくわかって、とても好きな句です。 (2015年08月13日 (木) 11時26分)[6341]

循子 > 鈍い私は洋子さんのコメントを読ませて頂いてはじめて「顔出す」のが冷奴だと分かった次第です。お恥ずかしい話。「冷奴のありようもよくわかって」というフレーズで理解できました。洋子さんのお蔭です。 (2015年08月18日 (火) 22時56分)[6431]

榮一 > 顔出すの擬人法はかえって嫌味になっていそうです。 (2015年08月19日 (水) 16時36分)[6442]

世話人 > 作者は佐藤美鈴さんです。 (2015年08月20日 (木) 00時53分)[6464]
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