玄鳥 定例句会

2017年

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11、松手入チャイコフスキー降ってきし 投稿者:世話人 (2015年08月13日 (木) 00時40分)[6307]
(恵美子、剛、章子、オサム、千尋)5点


月番 > 「降ってきし」どんな感じなのでしょう。 (2015年08月13日 (木) 10時44分)[6331]

千尋 > まさかロシアの作曲家チャイコフスキーのような人物が落ちてきのではないでしょう。
チャイコフスキーは、わたしのようなクラシックに縁のないものでも「悲愴」「白鳥の湖」「くるみ割り人形」「アンダンテカンタビーレ」など思いうかべられます。曲名まで特定できないというのは気になりましたが、わたしが詳しく知らないせいかとも思っています。
植木の職人さんが手を入れている松のすぐ近くを通りかかったら、松の針のような葉がバサバサと降ってきた。それをオーケストラのような大量の音が降ってきたとととらえた大袈裟な表し方が気に入りました。 (2015年08月15日 (土) 01時29分)[6352]

オサム > 私はクラシック好きの植木職人さん(高齢)がラジオでチャイコフスキーを聴きながら松の手入れをしている景を思いました。ついつい興に乗って植木ばさみを指揮棒代わりに振り回したりしている内に、バランスを崩して梯子から滑り落ちてしまったのです。松をうまい具合に整える時に、チャイコフスキーの曲はよく合うんです。しかし今日はまさに猿も木から落ちる状態になってしまったのです… (2015年08月15日 (土) 03時36分)[6354]

惠美子 > 私の読みは定まらないまま・いただきました。
お二方のような・いろいろな読みを楽しませて頂き、選評でも楽しませていただいて居ります。 (2015年08月15日 (土) 08時32分)[6357]

循子 > 高齢の職人さんを滑り落としてしまったら、結果は大ごとになりますよ、オサムさん。でも植木屋さんが、ラジオを携帯して松手入れしている図は思いもしなかったので、さすがオサムさん、と。でも松手入れは熟練の職人さんでも難しいと思うので、FMのクラシック聴きながら仕事をするとも思えず、私は千尋さんの方の読みをしました。もうひとつは松手入れしているお宅の二階か三階から、或いは極く近くの高層マンションからチャイコフスキーが突然、聞こえてきた。「降ってき」たのですから、大音響に違いない。ピアノ協奏曲第一番の冒頭がまず浮かびました。でも交響曲bSの第四楽章だろう、いや序曲1812年のフィナーレだろうとか、いろいろと迷っているうちに時間切れとなりました。結局、単にチャイコフスキーが天から降ってきてもいいのではないかと、いま思っているところです。難しい句でした。 (2015年08月15日 (土) 20時47分)[6369]

章子 > オサムさま循子さまの言われる通り植木屋さんそれも高齢の職人さんを落としてしまっては困ります、笑・・・私はチャイコフスキーのカセットを松の枝に掛けて心地よい音量で楽しんで仕事をしている若い職人さんを想像しました、世の中変わってきたのかな、家に来る植木屋さんは松の木は最後にします、他の木より丁寧に楽しんでいる様に見えました。 (2015年08月16日 (日) 12時08分)[6388]

榮一 > 二階で誰かがチャイコフスキーを聞いているのかもしれませんが降ってきしはどうでしょうか。 (2015年08月19日 (水) 17時29分)[6452]

世話人 > 作者は梟夢庵先生です。 (2015年08月20日 (木) 01時08分)[6473]
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12、夾竹桃七十歳の足の裏 投稿者:世話人 (2015年08月13日 (木) 00時38分)[6306]
(章子、循子、オサム、千尋、梟夢庵、主宰)8点


月番 > しみじみと見る足の裏。 (2015年08月13日 (木) 10時46分)[6332]

オサム > 戦後70年。敗戦の年に生まれた子が今や70歳なのである。敗戦の混乱、高度経済成長、バブル崩壊…色々なことがあったが、今、縁側でそんな時代の流れの中をしっかりと踏みしめてきた足裏を眺めているのである。季節は盛夏。花期が長く、街路樹としてもよく植えられる夾竹桃が、あの敗戦の日と同様に炎天の下咲き誇っているのである… (2015年08月15日 (土) 03時55分)[6355]

循子 > 足の裏に年齢を感じるのは、非常に感覚的なものです。七十歳が例えば作者さんの齢ならば、八十歳の足の裏の感覚はぜったいに分からないだろうという気がします。八十歳を過ぎて私は自分の足の裏がちゃんと地面を掴めていないことに気付き、愕然としました。七十歳のとき、足の裏が地面を掴めること(ヘンな表現ですが)は当たり前であり、意識することではなかった。毎日足の裏の頼りなさを感じつつ暮らしている私は多分掲句を違った読みで捉えていると思う。逞しい夾竹桃は七十歳にこそ相応しいのです。 (2015年08月15日 (土) 22時40分)[6378]

章子 > 夾竹桃の強さと柔順さは当に七十歳の足の裏と思いました、でも七十歳にはまだまだ夢があります。 (2015年08月16日 (日) 12時24分)[6389]

榮一 > 夾竹桃は花期の長い庶民的な花です。七十歳の足の裏にはぴったりです。 (2015年08月19日 (水) 17時32分)[6453]

世話人 > 作者は浅村恵美子さんです。 (2015年08月20日 (木) 01時09分)[6474]
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13、測量船の操舵室や夏の蝶 投稿者:世話人 (2015年08月13日 (木) 00時35分)[6305]
(保子)1点


月番 > 蝶々と操舵室との兼ね合いが 〜。 (2015年08月13日 (木) 10時49分)[6333]

義之 > はかなく弱々しい蝶のイメージだが、実は種類にもよるが蝶の飛翔能力は鳥にも負けぬほど優れている。一方、測量船といえば、大洋の真ん中で全速航行するのでは無く、沿岸部や近海で定点に留まり、岸辺に佇む人々にとって、一幅の絵画的景を演出するように思う。時事的な面からいえば普天間基地の移設問題で揺れる辺野古のサンゴ礁の海の測量船かも知れない。作者の意図は読めぬが、夏の蝶が、測量船のブリッジに羽を休める様は、詩情あふれる景と思う。「夏の蝶測量船の操舵室」。 (2015年08月16日 (日) 09時41分)[6383]

循子 > 義之さんの書き込みを読ませて頂いて、安西冬衛の≪てふてふが一匹韃靼海峡を渡って行った≫という瑞々しい短詩を思い出しました。この句の夏蝶は測量船に迷い込んだらしい。リズムの悪さが気になっていましたが、義之さんの「夏の蝶測量船の操舵室」でそれは解消するようです。 (2015年08月16日 (日) 23時34分)[6398]

保子 > 何となく惹かれた句でした。停泊中の測量船かな〜と。義之さんの言われるように、上五と座五を入れ替えると情景が安定し、爽やかな風が通り抜けます。 (2015年08月19日 (水) 01時29分)[6434]

榮一 > アサギマダラなどは長距離を移動するようです。何の測量船かわかりませんが外洋のようです。やはり特殊な状況は実感がわきません。 (2015年08月19日 (水) 17時45分)[6455]

世話人 > 作者は松谷眞佐子さんです。 (2015年08月20日 (木) 01時11分)[6475]
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14、黙祷の凛と響きし花木槿 投稿者:世話人 (2015年08月13日 (木) 00時33分)[6304]
(淳子、孝子、宜子)3点


月番 > 8月は黙祷の月のような気がします。 (2015年08月13日 (木) 10時55分)[6336]

孝子 > なぜか敗戦の時期を迎える時思う花は、夾竹桃と槿である。終戦の年に生まれた私が見ていて覚えているわけではない。夾竹桃の花は循子さンが言われたように、本の
影響かとも思われますが、花槿はなぜかと考えたときに、満洲時代の絵をかいてる母の絵のなかに、よくみることが影響してるのかとかんがえました。 私個人の感覚のなかにこの句が無理なく悲しみと様々な思いをもってはいってきました。 (2015年08月16日 (日) 16時24分)[6391]

循子 > 「黙祷」という声がはっきり聞こえるようです。ほんとうに8月は黙祷の月。いろいろのシーンが、戦争と結びつく8月ですが、「俺は…戦場のリアルを語る。銃後の少国民のリアルとは違うんだ。」という95歳の兜太さんの厳しい顔も浮かんできて、8月はいろいろと考える月でもあります。
ところで、槿の苗木を植えたとき、埼玉出身の友人が「槿って、実家のほうではお墓に植える木なんですけど…」といいました。そうなんでしょうか?いずれにせよ、この苗木は育って桃色の花をつけてくれましたが、虫だらけになって枯れてしまい、もう切ってしまいしょか、と植木屋さんが切って行きました。 (2015年08月17日 (月) 12時37分)[6409]

淳子 > 小学生の時敗戦となり、あの時変わらず時が巡り、紅底木槿が咲いて居ました。木槿が咲くと終戦時を思いだします。 (2015年08月17日 (月) 12時46分)[6410]

淳子 > 文章が変になりました。 あの時紅底木槿が咲いていました。木槿が咲くと終戦時を思いだします。  (2015年08月17日 (月) 22時40分)[6417]

榮一 > 戦没者や空襲で亡くなった人に対する八月の黙祷です。それでも黙祷の号令の声を凛は嫌ですね。 (2015年08月19日 (水) 17時59分)[6458]

世話人 > 作者は伊藤保子さんです。 (2015年08月20日 (木) 01時14分)[6476]
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15、登り木の瘤黒々と晩夏光 投稿者:世話人 (2015年08月13日 (木) 00時31分)[6303]
(美保子)1点


月番 > 「登り木」がちょっと分かりませんでした。 (2015年08月13日 (木) 10時58分)[6337]

美保子 > 登り木 は勝手に上るための木 と判断して頂いたのですが、違ったのでしょうか。運動は苦手でしたが、木登りは好きで、父が栴檀の木などにブランコをかけてくれたので、今でも、大きな木を見かけると枝振りを見てしまいます。瘤黒々と とありますので、いかにも足をかけやすそうですし、晩夏光という季語も素敵でした。 (2015年08月15日 (土) 20時28分)[6365]

月番 > 「登り木」いつも登り降りしている木、だから瘤も黒々とつや光しているのかもしれませんね。美保子さんの話には思い出がいっぱいありそうで良いですね〜。 (2015年08月15日 (土) 21時04分)[6371]

榮一 > 登り木ではなく登る木ではと思います。 (2015年08月19日 (水) 18時01分)[6459]

世話人 > 作者は山内宜子さんです。 (2015年08月20日 (木) 01時15分)[6477]
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16、補習中消える先生つくつくし 投稿者:世話人 (2015年08月13日 (木) 00時29分)[6302]
(恵美子、美鈴、孝子、義之、剛、宜子、鈴子、美保子)8点


月番 > 物語がありそうです。 (2015年08月13日 (木) 10時59分)[6338]

義之 > 立秋を過ぎ、残暑とはいえ酷暑の続く毎日、夏休み中にもかかわらず受験に備える補習授業の景が浮かぶ。課題を生徒に与えた先生は、いつの間にか教室から消えていた。それでも生徒たちは黙々と補習授業に取り組んでいるのである。最近の学校事情は知らないが都会であればエアコンが静かに回っているのだろう。つくつくしの季語から、山間の高校が見えてくる。開け放たれた窓から涼風が心地よい。都会の大学を出て、今は定年後の悠々自適の毎日を送る、作者の追憶の一句かもしれない。 (2015年08月15日 (土) 00時35分)[6350]

惠美子 > つくつくしがなく学校の先生だから・・想像の広がりがあり、好きな句です。 (2015年08月15日 (土) 08時39分)[6358]

孝子 > 義之さんのかかれてることで、ほぼ言い尽くしてると思いました。つくつくしの季語をもってきたことで、余計に涼風を感じるロマンもあるようです。昔教育実習に行った学校の先生が、素敵で、仲間の友人に目で、話するなと怒られたことなど思い出しました。 (2015年08月16日 (日) 16時37分)[6392]

宜子 > 先生が居なくなったのを「消える」としたところに、生徒のハッとした驚きが表れていると思いました。 (2015年08月17日 (月) 10時12分)[6406]

美保子 > 課題を与えておいて、先生はちょっと休憩と言うような不謹慎なこともありかなと思いました。慕われてる先生で、さぼりに消えているのも生徒にも見抜かれているのかもしれません。 (2015年08月17日 (月) 20時11分)[6412]

千尋 > わたしが高校生のころは、補習と言ってとりあえず生徒を集めておいて、始めてすぐに自習と言いつけていなくなる先生が普通にいましたけど。
もちろんみっちり補習して下さる先生もいらっしゃいましたが。
昔は先生ものびのびしていました。 (2015年08月17日 (月) 23時45分)[6420]

循子 > 私の高校時代に補習など無かったのではないかしら。あったけど知らないだけかも知れません。大体、受験勉強した記憶もないほどの怠け者でした。秀才たちが行く小規模な塾はありましたが、鈍才で怠け者の私とは無縁でありました。いずれにせよ、昔は破天荒な先生がときどき居て、授業中消えるくらいのことはあったかも知れない。いまはどうでしょうか。 (2015年08月18日 (火) 01時04分)[6423]

榮一 > 補習授業があったかどうかよく覚えていません。補習で自習かテストでもない限り先生がいなくなることは考えられません。よくつかめませんでした。 (2015年08月19日 (水) 17時53分)[6457]

世話人 > 作者は木村オサムさんです。 (2015年08月20日 (木) 01時16分)[6478]
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17、蝉時雨とっくに頭腐ってる 投稿者:世話人 (2015年08月13日 (木) 00時25分)[6301]
(美鈴、義之、オサム)3点


月番 > 激しい蝉の鳴き声、これがないと夏ではありませんね。 (2015年08月13日 (木) 11時02分)[6339]

義之 > 私にはこういう句は絶対詠めないし、真似をしても付け焼刃ではどうにもならない。作者への羨望の気持ちで頂いた一句です。 (2015年08月15日 (土) 00時40分)[6351]

循子 > 日々実感していることなので、古い川柳≪ギョエテとは俺のことかとゲーテ言い≫の心境ですが、こう直截に表現されると、困ってしまいます。 (2015年08月15日 (土) 23時00分)[6379]

オサム > この時期に蝉時雨の季語に出会うと、つい玉音放送を思ってしまう。あのラジオの声を聴く大多数の者の頭はとっくに一種の思考停止状態に陥っていたのではないだろうか。そんな亡羊とした状態を作者は(頭腐ってる)と表現されたように思えた。そして70年後の今こそ我々は頭を腐らさないように注意しなければならないのかもしれない… (2015年08月15日 (土) 23時02分)[6380]

榮一 > 頭腐ってるは美しくないですね。 (2015年08月19日 (水) 17時47分)[6456]

世話人 > 作者は若林千尋さんです。 (2015年08月20日 (木) 01時17分)[6479]
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18、八月のモノクロ写真白き旗 投稿者:世話人 (2015年08月13日 (木) 00時22分)[6300]
(美鈴、紫翠、進二、保子)4点


月番 > モノクロ写真と白き旗、如何でしょうか。 (2015年08月13日 (木) 10時51分)[6334]

進 二 >  6月に「六月のモノクロ写真・・・」と出しておられたら、もっと読み手の心を掴めたように思えましたが、まあ忘れてはいけない出来事として終戦の月に作られたのかなと受け止めました。幼気ない女の子が、棒切れに白旗で米兵の前に出た写真、胸がつぶれますね。私は六月の沖縄戦と見ましたが作者の方は、いや終戦の時のこととおっしゃれば、失礼しましたですが。まあ読み手に委ねるということでご了解お願いします。 (2015年08月14日 (金) 16時09分)[6345]

紫翠 > 「白き旗」が弱いように感じますが、作者の思いは伝わります。 (2015年08月15日 (土) 12時02分)[6362]

孝子 > この時期、テレビで白旗の少女の写真を見て、全くこのとおりと思いました。 (2015年08月16日 (日) 16時41分)[6393]

循子 > 例年にも増して今年の八月は、多くのモノクロ写真を見たように思います。時には涙しました。知らなかった事実の多さにも衝撃を受けました。俳句・8月号のなかで、金子兜太さんが対談相手の宇多喜代子さんに向って、トラック島にいた自分からすれば銃後の「戦争体験」なんて牧歌的なもので、「戦場体験」とは絶対に違うのだと、繰り返していたのが、深く心に残りました。私など、戦争を知らないに等しい。
掲句は作者のかたの意図は分かるのですが、「白き旗」ではそれが十分伝わらない感じを受けて、通り過ぎました。紫翠様のコメントのとおりです。 (2015年08月17日 (月) 11時55分)[6407]

保子 > モノクロ写真なのに「白き旗」と強調。この白旗の背景には混沌とした世の動き、人の思いが、」だる〜く凝縮されているように思います。
(2015年08月19日 (水) 01時44分)[6435]

榮一 > 八月のモノクロ写真と旗ですべてがわかるような気がします。白が作者の感情の意図のように感じました。 (2015年08月19日 (水) 17時40分)[6454]

世話人 > 作者は森内洋子さんです。 (2015年08月20日 (木) 01時18分)[6480]
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19.寂庵の反戦法話蝉時雨 投稿者:世話人 (2015年08月13日 (木) 00時19分)[6299]
(洋子、淳子、紫翠、孝子、義之、眞佐子、章子、オサム、保子、鈴子、梟夢庵)12点


月番 > 高点句です。活発な書き込みを宜しくお願いします。 (2015年08月13日 (木) 10時53分)[6335]

オサム > 1922年生まれの寂聴さん。90歳をとうに越えた今こそ、老体に鞭打って平和の大切さを切々と訴えておられるのでしょう。おりしも外では玉音放送の日と同様に、うるさいほどの蝉時雨。(あやまちはくりかへします秋の暮 三橋敏雄)そんなことが現実にならないように祈るばかりです… (2015年08月15日 (土) 04時13分)[6356]

義之 > 高齢著名女性作家の瀬戸内寂聴さん、京都嵯峨野の寂庵、反戦法話、蝉時雨と、何れを取っても決まり過ぎるくらいに、決まった句柄に圧倒されました。高得点も頷けられますが、微かな不満を感じたのは、内容があまりにも当たり前過ぎるせいなのでしょうか。 (2015年08月15日 (土) 09時49分)[6359]

紫翠 > そつのない表現ですが、新鮮味の乏しい感じがします。 (2015年08月15日 (土) 12時06分)[6363]

循子 > 蝉時雨が平凡過ぎるのではないでしょうか。 (2015年08月16日 (日) 23時39分)[6399]

月番 > 循子さんの言われる「蝉時雨」については如何でしょうか。 (2015年08月17日 (月) 01時00分)[6403]

鈴子 > この夏で93歳になられたという寂聴さんの反戦法話。「蝉時雨」は平凡かも知れませんが私はこのままでいいと思います。 (2015年08月17日 (月) 21時59分)[6416]

千尋 > う〜ん、ごめんなさい。鈴子さんの意見のあとで書きにくいのですが、蝉ってあの小さな体で大きな声で鳴きます。「蝉時雨」って煩いです。ですから法話が聞き取りにくいのでは?と思いました。
それとも、作者はわざと聞き取りにくいと言っているのでしょうか?そうは思わないのですが。 (2015年08月17日 (月) 23時38分)[6419]

保子 > そう言われると蝉時雨、一匹でも激しい鳴き方ですから〜。実は「寂庵」に惹かれて頂いたのかも〜。 (2015年08月18日 (火) 00時18分)[6421]

千尋 > 「蝉時雨」は、やっぱり深い意味がありそうです。どうにも気になって眠れなくなりました。わたしは蝉の一匹。 (2015年08月18日 (火) 02時44分)[6425]

洋子 > 何十年も前、嵯峨野散策の折、まだできて間もない寂庵を門のところから覗いたことがありました。草木の多いこじんまりしたところだったと記憶しています。それからすれば蝉時雨は実景として実感できます。実景でもいいし、又昨今の活発な世論の様子を表しているのかなとも思い、それはそれで納得できる気がします。 (2015年08月18日 (火) 20時46分)[6429]

淳子 > 私も千尋さんのように深い意味がありそうに思いますが、上手く表現できません。 (2015年08月19日 (水) 11時45分)[6437]

洋子 > 或は戦死者の声か・・・? (2015年08月19日 (水) 11時56分)[6438]

榮一 > 千尋さんと同じく近くで聞かなければ蝉しぐれとは感じないのではと思いました。時雨に拘ってしまいました。 (2015年08月19日 (水) 17時26分)[6451]

世話人 > 安田循子です。 (2015年08月20日 (木) 01時20分)[6481]
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20.調律の終われば開くひつじ草 投稿者:世話人 (2015年08月13日 (木) 00時14分)[6298]
(紫翠)1点


月番 > 調律音が終わるまで、ひつじ草は開かないのです。 (2015年08月13日 (木) 11時08分)[6340]

紫翠 > 「調律」と「ひつじ草」を上手く使って表現されていると思いました。まだ工夫の余地があるように感じました。 (2015年08月15日 (土) 12時12分)[6364]

循子 > 私も「調律」、「ひつじ草」で面白く感じましたが、「終われば開く」が気になりました。 (2015年08月16日 (日) 23時46分)[6400]

榮一 > 終われば開くの繋がりが希薄なように思いました。 (2015年08月19日 (水) 17時22分)[6450]

世話人 > 作者は渡辺淳子さんです。 (2015年08月20日 (木) 01時22分)[6482]
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8月定例句会 投稿者:世話人 (2015年08月13日 (木) 00時08分)[6297]
只今準備しております。

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7月定例句会の開催について 投稿者:世話人 (2015年07月13日 (月) 07時09分)[6151]
定例句会の皆さまには、お元気でお過ごしの事と思っております。梅雨も終わりに差しかかり、気温も上昇して蒸し暑い日が続いております。皆さまの選句もあらかた出揃いましたので、句会のセットを致しました。ご多忙の方もいらっしゃるでしょうが、皆さまには忌憚のない句の評や意見をお願い申し上げます共に、岡部主宰、梟夢庵先生にはよろしくご指導をお願い致します、今月の月番は世話人が務めますので、皆さま宜しくお願い申し上げます。
パソコンに不慣れなため、投句番号5番の句が、一番上になりました、済みません。


世話人 > 句会終了の日が来ましたので、投句者名を書き込みました。梟夢夢先生をはじめ、参加の皆さまには、お忙しいにも関わらず、句の評を書いて下され有難うございました。梅雨が殆ど上がったようで、暑さが続いております。皆さまにはお元気でこの夏を送られるよう願います。ふつつかな月番で申し訳ありません。来月もどうか宜しくお願い申し上げます。 (2015年07月20日 (月) 17時23分)[6296]
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05・古くなった顔取り替える半夏生 投稿者:世話人 (2015年07月13日 (月) 07時02分)[6150]
(美保子 美鈴 オサム 惠美子 眞佐子 千尋)6点


月番 > 季語は時候と植物が当てはまりますが、果たしてどちらでしょうか。  (2015年07月13日 (月) 09時29分)[6160]

循子 > 月番さんのお問いかけのように、「半夏生」という季語は、ちょっとややこしい。明らかに植物を指していると思われるときもあれば、どちらかなぁと迷うときもあります。半夏生は7月2日頃ということで、ほぼ一年の折り返し点となります。ああ、もう半分が過ぎたちゃったよ…という感懐のようにも思うし、植物ならば開花時期がくると花序に近い葉が半分白くなる。それが「古くなった顔取り替える」となったのか。読み手の私が鈍いということになりそうです。作者のかたの罠に嵌ったらしい。決めかねました。 (2015年07月13日 (月) 12時22分)[6174]

美保子 > 植物の半夏生はよく目にしていたのに、実物と一致していませんでした。たまたま、NHKテキスト「素敵にハンドメイド」の最初のページに大きく取り上げられており、タイミング良く、これが半夏生だったのかと思った次第です。「古くなった顔取り替える」事ができたらと思いつくだけでも、すごーいと思いました。循子さまの書き込みの植物の方の読みかなと思っておりますが。 (2015年07月15日 (水) 20時09分)[6222]

惠美子 > 50歳過ぎくらいから、昔 ほっぺをそっと撫でて「羽二重餅ね」って言われた頃を懐かしく思い出します。 顔に皺が増えた分 脳にも皺を増やしたいものです。 半夏生はどちらにとっても・面白いようですが、私は半分白い葉を眺めていると仮面を脱ぐように取り替えられたらと・・作者さんの姿を想像して・くすっとたのしみました。 (2015年07月17日 (金) 09時29分)[6241]

眞佐子 > 我が家の半夏生はまだ白い部分は少ないのですが、皆さんと同じで半夏生の半分白い葉から「古くなった顔を取り替える」の発想が面白いと思いました。  (2015年07月17日 (金) 20時24分)[6248]

世話人 > 小川紫翆氏です。 (2015年07月20日 (月) 17時09分)[6291]
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01・転勤の話は明日に焼茄子 投稿者:世話人 (2015年07月12日 (日) 19時34分)[6147]
(剛 義之 眞佐子 宜子 鈴子)5点 


月番 > 勤め人の転勤は、申し渡す方も、また受ける方も悲喜こもごもなのです。焼き茄子に何となく哀愁がありました。 (2015年07月13日 (月) 08時53分)[6152]

循子 > サラリーマン家庭のありようが出ていて面白いと思いました。焼茄子からしてそう若い家庭でもなさそうだから、問題は深刻になりそう。結局のところ単身赴任ということになれば、もっと深刻。焼茄子に哀愁漂う所以ですね。頂いてもいいと思った句です。 (2015年07月13日 (月) 12時39分)[6176]

義之 > 妻が料理した焼茄子が、ただ食卓に上ったと、読めば冷奴でも、豆御飯でも何でもよいと思うが、ここは作者自身が茄子を焼いていると読みました。単身赴任は、避けられそうにないとか、いろいろ面倒なことが脳裏をよぎる中、茄子を焼きながらこの話は明日にしようかと、悩んでいるのです。 (2015年07月15日 (水) 10時26分)[6219]

> 支店のある企業に勤めると転勤はなかなか避けられない。会社の為にと言われ、いや応なしに迫られる事もある。勤め人は辛い。この句、話は明日にしようと云ってゐるので、きっと話の先に難航する事が見えている。場所は帰宅した家庭かも知れないし、勤め帰りの、小料理屋などの片隅かも知れない。茄子の鴫焼(しぎ焼き)が丁度手頃と思えた。 (2015年07月17日 (金) 10時39分)[6243]

眞佐子 > あまり若くないサラリーマン家庭の一齣のような気がします。焼茄子が良かったです。 (2015年07月17日 (金) 20時35分)[6249]

世話人 > 樋口進二氏でした。 (2015年07月20日 (月) 17時12分)[6295]
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02・月見草砂漠の夢をみてをりぬ 投稿者:世話人 (2015年07月12日 (日) 19時33分)[6146]
(鈴子 紫翠)2点


月番 > 月見草の〈花言葉〉は、湯上がりの美人。夕暮に咲いて、夜半には薄ピンクからピンク色に変身して、朝にはぼんでしまう可憐な小花だそうです。メキシコから渡来した花のようでした。     (2015年07月13日 (月) 08時56分)[6153]

寿美 > 私は鈴子さんから月見草の種を頂いて毎年咲いてくれています。夜半には純白の花びらですが朝には薄いピク色に変わり萎みます。咲き始めは純白で美しいはかない花ですよ。 (2015年07月13日 (月) 09時38分)[6161]

循子 > 私は鈴子さんに苗を頂くまで、待宵草を月見草と思っていました。太宰治の「富岳百景」のせいもあります。御坂峠でも、花の時期ではありませんでしたが、小説のとおり黄金色の花を思いました。寿美さんと同様、鈴子さんからホンモノの月見草を頂いて、感動しました。日が暮れると儚げに白い花が咲きます。砂漠の夢を見ているのは「黄金色の月見草(オオマツヨイグサ・マツヨイグサ)」のような気がしますが、どうでしょうか。まず童謡の「月の砂漠」が頭に浮かんだので、つい通過してしまいしました。 (2015年07月13日 (月) 14時31分)[6182]

鈴子 > 循子さんのおっしゃるように私も待宵草をずっと月見草と思ってました。20年も前に紫翠さんから、青森の「水鳥」の誌友にもらったと云う月見草の種を貰ったのが始まりです。花言葉が湯上り美人なんて、今まで知りませんでした。真っ白い花びらは清楚そのもので、愛おしく?なる花です。 (2015年07月14日 (火) 21時44分)[6201]

寿美 > 頂いた種は20年も前に紫水様から続いている種なんですね。それが九州の庭で咲いているなんてすてきですねー、嬉しいです。 (2015年07月16日 (木) 10時13分)[6225]

千尋 > 手元の牧野日本植物図鑑の昭和15年初版28年17版改訂版のつきみさうに「まつよひぐさ等ト同時ニ伝来セシト雖モ性弱キ為メ遂ニ野生状態トナラズシテ了リ現時ハ世間殆ンド之レヲ見ザルニ至レリ。世俗往々おほまつよひぐさヲ以テつきみさうと呼ブハ非ズナリ」とあります。でも、鈴子さんから戴いた月見草はとても野性的で鉢からこぼれて、今は庭のあっちこっちに花を咲かせて楽しませてくれています。
この句からは日本海側の海岸沿いにオオマツヨイグサ(歳時記に一般に月見草と呼ぶとあります)の群落があって夕方一斉に花が咲くときの音を聞いたことがあるというまもる先生のお話を思い出しました。 (2015年07月17日 (金) 03時10分)[6240]

紫翠 > 「月見草」と「砂漠の夢」の取り合わせが素晴らしい。「夢」を使うのは難しいのですが上手く表現されたと思います。 (2015年07月17日 (金) 11時28分)[6247]

世話人 > 佐藤美鈴さんでした。 (2015年07月20日 (月) 17時11分)[6294]
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03・半券のドラマの記憶更衣 投稿者:世話人 (2015年07月12日 (日) 19時33分)[6145]
(オサム 寿美 惠美子 進二 章子 紫翠 梟夢庵 主宰)10点


月番 > 辿るのは過ぎ去った時代の映画、映画の切符などと云っていましたが、今はチケットでしょうか。映画館の入場口でもぎ取られた半券でしょう。 (2015年07月13日 (月) 08時58分)[6154]

寿美 > ポケットに入ったままの映画のチケットの半券。一年ぶりによみがえるドラマの記憶。日々忙しい主婦もふっとあの時の自分を振り返り、見たドラマを思い出し鑑賞に浸るひととき。半券がなければ思い出すことも無い忙しい日々。 (2015年07月13日 (月) 09時51分)[6162]

循子 > 昔は映画館へ行かなければ観ることが出来なかった映画も、難なく自宅で見られる時代。昭和60年前後から、チケットの類(映画・絵画・芝居など)は殆ど日付を入れてとってあります。映画も前売券はきれいなカラー刷りで、半券として捨てる気はしなかった。シネコンでいま映画をみると、ちゃちな紙切れの半券を入り口でもぎ取られます。ポケットやバッグの隅でくちゃっとなって終り。更衣で気が付いた一、二年前の半券で昔日の思い出が甦ったということでしょうか。共感を呼ぶ郷愁の句と思います。「ドラマ」という語に引っかかって頂きませんでしたが…。 (2015年07月14日 (火) 11時14分)[6193]

洋子 > 「更衣」は夏の衣服に替えることと思いますが、去年着た夏服は当然洗濯されてしまっておかれたものと思います。ですからポケットから映画のチケットの半券が出てくることはないのでは・・・? あるいは洗われて皺くちゃになった紙屑でしょうか。そのあたりのところ、どういう更衣なのか教えていただけたらありがたいです。 (2015年07月14日 (火) 12時48分)[6196]

循子 > 更衣の時期、冬着や春着をクリーニングに出すつもりで、ポケットを探ったら出てきたということではないでしょうか?私など自分のものは殆ど洗濯機で洗ってしまうので、ポケットの確認をせずに、エライ目にあったりします。クリーニングに出すと、お店が確認をします。掲句の更衣はそういうことで、「記憶」だけが何年前か何十年前のことを指しているのでは?違っていたらごめんなさい。それより私は、やはり「半券のドラマ」が気になります。月番さんが最初に書かれたように、半券とといえば映画館のものを思い浮かべます。「ドラマ」はドラマであってTV画面が浮かんでしまう。その点で、どうも違和感が拭えません。 (2015年07月14日 (火) 22時03分)[6202]

洋子 > 着初めの時ではなくて、着終った洋服の中から、なのですね。わかりました。ありがとうございます。 (2015年07月14日 (火) 23時51分)[6207]

紫翠 > 「更衣」がピッタリで、発想が良かったと思います。好みでは「ドラマ」より「映画」の方が好きです。 (2015年07月17日 (金) 11時22分)[6246]

梟夢庵 > 「ドラマ」だとその筋書きを中心とした狭い範囲に限定されそう。「映画」の方がイメージの広がりがはるかにひろくてよい。 (2015年07月18日 (土) 22時03分)[6267]

世話人 > 新保吉章氏です。 (2015年07月20日 (月) 17時11分)[6293]
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04・モビールの小鳥のゆれている薄暑 投稿者:世話人 (2015年07月12日 (日) 19時32分)[6144]
(孝子 梟夢庵)3点 


月番 > いつか貝殻の物を見たような記憶があります。ウイキに寄れば、「紙やプラスチック、金属板、薄い木の板のような軽い素材を、糸や棒で吊るし、特定の位置でバランスを取って安定するようにしたもので、吊られているので回転しやすく、風や人の手で揺り動かすと、複雑に予想しがたいような形に変化する」と、ありました。風鈴は日本的で、モビールは外国風とでも云いましょうか、この季節には似合う。 (2015年07月13日 (月) 13時31分)[6177]

循子 > モビールは大きさによって室外にも室内にも吊るされています。ミュージアムカフェの庭にはかなり大掛かりなモビールがあって、ゆったりと動いていた記憶があります。美術館ですから、有名アーチストの作品で、動力を使ったものでしょう。掲句のモビールの小鳥はお部屋のなかに吊られているのでしょうか。薄暑ですから開け放たれた窓から来る風に揺れているのでしょう。環に吊るされたカラフルな紙の小鳥が可愛いですね。風鈴のように音を出さないところが私には好もしいのですが、反論があるかも。ともあれ穏やかな暮らしぶりが見えて、眩しいほど羨ましく思っています。器用なかたなら手作りかも。 (2015年07月14日 (火) 10時49分)[6192]

孝子 > 循子さまにみんな言っていただいて、なんか得をした気持ちです。ほんとうに、そのなかに佳人までみえるようで好きでした。ちなみに、わが夫婦は鉄の風鈴も好きです。こちらでは川崎大師とか、池上本門寺とかで風鈴市とかあり風鈴がたくさんつるされますが、循子さまにがてかしら・・ (2015年07月14日 (火) 18時06分)[6197]

梟夢庵 > 私は、この句を見て反射的にJR神戸駅の北側の広場に設けられた大掛かりなモビールを思い浮かべた。多分市バスの窓越しに何回か見ていたに違いない。そのモビール(動く物体という意味)はゆっくりと回転し、緩慢に動いており
まさに薄暑感そのものであった。思わずチェックをいれていた。考えてみると、モビールの動きと薄暑感の結び付きは多分に個人的なものと思われるが、その緩慢な動きがある程度普遍的な薄暑感に通じているように思う。なお、余談かも知れないが、ネットによると、モビールはデンマークでは古くから室内装飾として使われてきたが、アメリカの彫刻家アレクサンダー・カルダーが芸術作品としてのモビールを創始したという。そこでJR神戸駅に電話で問い合わせてみると、例のモビールは造形作家として著名な新宮晋先生の作品で、タイトルは確か確か「光の風」であったと思うとの回答であった。
(2015年07月15日 (水) 23時05分)[6224]

世話人 > 太田鈴子さんでした。 (2015年07月20日 (月) 17時10分)[6292]
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06・お遍路の息の整う片陰り 投稿者:世話人 (2015年07月12日 (日) 19時30分)[6142]
(進二 鈴子 保子 吉章)4点


月番 > 片陰で一息付いて、また炎天へと出てゆく、白装束と杖が見えようです。 (2015年07月13日 (月) 11時13分)[6167]

吉章 > 加齢とともに体力も大分老化した自分を省みている。漸く正常な呼吸を確認して腰を上げた様子が納得できる。 (2015年07月13日 (月) 11時44分)[6172]

鈴子 > 情景がはっきり見えて来て選をしました。今頃になって「片陰り」は平凡に終わった気がしました。 (2015年07月16日 (木) 21時55分)[6234]

世話人 > 渡利寿美さんでした。 (2015年07月20日 (月) 17時08分)[6290]
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07・金魚玉雨垂れ拍子の三味の撥 投稿者:世話人 (2015年07月12日 (日) 19時29分)[6141]
(剛 オサム 洋子 眞佐子 吉章)5点


月番 > 田舎に住んで居ると、この季節の金魚売りや、風鈴売りは全く見かけません。古い町の片隅に残る昔の色町の風情かも。   

(2015年07月13日 (月) 11時17分)[6168]

吉章 > 古き佳き時代の回想ではないか?と思いました。あの当時のドラマのようなお祭りの様子が作者の目に焼き付いている。「雨垂れ拍子」は言い得て妙な表現だったと思いま
した。

(2015年07月13日 (月) 12時00分)[6173]

洋子 > 普段は苦手な世界にあえて挑戦していただきました。昔の色町の風情というのは全くわからないので、路地裏あたりでひっそりと三味線を教えている曰くありげな女の人、を思いました。「雨だれ拍子」が、本当に「言い得て妙」なので、いただきました。 (2015年07月13日 (月) 20時29分)[6188]

> 三業地と呼ばれた昔の花街は各地に名残りを留めている。当然置屋と呼ばれ酒席に芸妓を斡旋する店もある。まだ芸妓になりたての子もいて、三味線の稽古でも付けてもらって居るのか、のんびりとした撥さばき。塀越しに見える軒先の金魚玉に、夏の近い昼下がりの裏通りが見えるような気がした。 (2015年07月17日 (金) 10時11分)[6242]

眞佐子 > 金沢の茶屋街を歩きますと今も三味の音が聞こえてきます。金魚玉もありそうです。「雨垂れ拍子」が一寸きになりました。 (2015年07月17日 (金) 20時52分)[6250]

循子 > 眞佐子さんが「ちょっと気にな」ったと、お書きになっていますが、やはり「雨だれ拍子」は評価の分かれるところと思います。私は逆に「雨だれ拍子」のために頂けませんでした。「三味の撥」にも少し引っかかりました。昔の置屋の並ぶ裏通りの雰囲気はよく伝わりますが…。 (2015年07月17日 (金) 22時16分)[6255]

世話人 > 宮本義之氏でした。 (2015年07月20日 (月) 17時07分)[6289]
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08・水匂うほたるぶくろに灯のともる 投稿者:世話人 (2015年07月12日 (日) 19時29分)[6140]
(美保子)1点


月番 > 水辺に咲いているのか、また壜にでも挿してあるのか、確かに花は火をともすような形をしています。解りやすい句です。   (2015年07月13日 (月) 09時12分)[6155]

美保子 > 水匂うという上五に惹かれました。園芸用のカンパニュラも「ほたるぶくろ」と呼ばれますが、掲句のものは原種のものだと思います。母からもらって、少ししか花を咲かせてくれなかったのに、今年は沢山、花をつけました。でも、季節的には春だったのですけど。 (2015年07月14日 (火) 23時25分)[6205]

循子 > 「水匂う」で切れるのでしょうか?園芸用カンパニュラは上手に育てると、少々うるさいほど花をつけますが、山野に自生するものは可愛いですね。提燈花という別名があるので、「灯のともる」が生きてこなかったということでしょうか。梅雨の頃よく咲くので「アメフリバナ」の異名もあるそうです。 (2015年07月16日 (木) 14時49分)[6230]

梟夢庵 > この句、もっと点がでると思っていたが意外であった。理由は循子さんの指摘するとおり、提灯花という別名があることによると思う。ちなみに角川『俳句大歳時記』の例句として挙げられている<逢ひたくて蛍袋に灯をともす 岩淵喜代子>の収録されている句集『蛍袋に灯をともす』は第一回俳句四季大賞を受賞している。 (2015年07月16日 (木) 22時36分)[6235]

梟夢庵 > 循子さんの「水匂う」で切れるのでしょうか?という問いかけを忘れてました。私は切れないと思う。「匂う」も「ともる」も終止形と考えると何となく不安定で治まりがわるい。やはり「匂う」は連体形で「ともる」は終止形と読むのが自然と考える。 (2015年07月16日 (木) 23時19分)[6237]

循子 > 梟夢庵先生、有難うございました。やはり連体形の「匂う」なのですね。五七五の中に動詞二つがあるということは、句にどこか落ち着きの悪さが生まれるような気がします。無論、すべてがそうとは言えませんけれど。 (2015年07月16日 (木) 23時53分)[6239]

美保子 > ほたるぶくろの別名が提灯花ということは梟夢庵先生も書いて下さいましたし、あとで知りました。下五をもう少し、広がりのある言葉が良いのでしょうね。 (2015年07月17日 (金) 21時47分)[6254]

作者        > ありがとうございます。先生、水匂うで生まれたてのホタルが花の中で、ポオと点いたりつかなかったりと、幻想的な様子をイメージしたのですが、ホタルがダブルので、水匂うを持ってきたのですが無理でしたね。 (2015年07月18日 (土) 18時13分)[6264]

世話人 > 久野孝子さんです。 (2015年07月20日 (月) 17時06分)[6288]
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09・立葵咲く隠居所の勝手口 投稿者:世話人 (2015年07月12日 (日) 19時28分)[6139]
(剛 美保子 美鈴 鈴子 章子 梟夢庵)7点 


月番 > 勝手口があるので当然玄関も。広い敷地の中の一角と思いました。隠居が制度として残っていたのは昭和22年まで、高齢化が進んだ今日ですが、鄙びた所へ行けば、季節の花を咲かせて、こんな場所が残っている。 (2015年07月13日 (月) 13時56分)[6178]

美保子 > 隠居所がある家など、今では少ないのかもしれません。九十一才になる義母は私が丈夫でないので、二年前からうちの近くの施設で暮らしてくれています。本当なら、同居なり二世帯住宅なりという事を考えた時期もあったので、胸が痛みます。そのこととは別に、勝手口からはおかずが届けられたり、様子を見がてら、お茶を飲みに上り込んだり、義母にしてあげられなかった風景を浮かべました。 (2015年07月14日 (火) 23時35分)[6206]

章子 > 今は隠居所あまり聞きませんね、多分老人ホームにとってかわったのかも知れませんね、子供の頃田舎に行くと離れが隠居所で渡り廊下に添って立ち葵咲いていた記憶があります、目が覚めると早々におばあちゃんの処に駆け出していました、何故か立葵が懐かしい花なんです。 (2015年07月16日 (木) 10時37分)[6227]

美鈴 > 真っ赤な立葵が浮かびました。背丈を超えるような力強い花姿、家の周りにもいろんな花が植えられているのでしょう。余生を花とともに楽しんでおられる姿が見える句です。 (2015年07月18日 (土) 09時34分)[6259]

鈴子 > 隠居所で穏やかな余生をおくられていらっしゃる日々。母屋とのつかず離れずの気持ちの良い関係が見えて来ます。季語の立葵が隠居所にはぴったりのように思いました。 (2015年07月18日 (土) 22時05分)[6268]

梟夢庵 > このご隠居、なかなかの曲者で、青年のころ抱いた大志を忘れず、いまだにその夢を追いつづけている、そんな一徹な老人が見える。


(2015年07月18日 (土) 22時39分)[6269]

> 隠居は言葉だけで事で、落語の中に名を留めるだけのようである。存在しないとは言い切れないが、事実上はもう皆無に等しい。老人と言われる年齢も毎年伸びて、その昔の隠居と呼ばれた年齢などは遥かに超えてしまい、比べることも出来ない。私もそうだが、近所には子供たちが仕事等の為に県外へ出たりして、別に世帯を構えて住んでしまい、一人暮らしや、連れ合いと二人だけという後期高齢者たちが多い。今の住まいが隠居所のようなものである。隠居所に似合いの花などは無いが、立葵は上に伸びる花である、自嘲めいたこの句の勝手口を隠すばかりに咲き誇っている。 (2015年07月19日 (日) 09時21分)[6270]

世話人 > 安田循子さんです。 (2015年07月20日 (月) 17時05分)[6287]
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10・白鷺の細き足生ゆ植田かな 投稿者:世話人 (2015年07月12日 (日) 19時27分)[6138]
(寿美)1点


寿美 > 私は日々この光景を見ている。家を建てた頃は野中の一軒家で植田の蛙の合唱で目を覚まし、カーテンを開けるといつも白鷺が田におりている。今もずっとこの光景は変わらない。白鷺が歩いている所は見たことが無く気長にじっと動かずかえるやおたまじゃくしを狙っているんだと思います。しかし、青田に白鷺ってとても美しい風景できにいっています。 (2015年07月13日 (月) 10時03分)[6163]

月番 > 結構、田圃の中に餌があるようで、当地でも見かけます。植えられた稲はいま丁度頃良い状態で育っているようです。あの細くて長い脚が、水稲の中から生えて出たようだと作者は云ってゐる。      (2015年07月13日 (月) 11時30分)[6171]

惠美子 > 好きな景色で頂きたかったのですが・・植田の白鷺を詠まれた句で、季重ねは どちらも重くて・・あきらめました。 (2015年07月13日 (月) 16時12分)[6186]

循子 > 「かな」で終る一句一章と思うので、「生ゆ」が「植田」に係るときは連体形の「生ゆる」ではないでしょうか。字余りを避けられたということでしょうか。 (2015年07月17日 (金) 21時39分)[6253]

美保子 > 循子さま、ありがとうございます。季重なりだという事は恵美子さまの書き込みで初めて気づきました。そして、「生ゆ」は自信がないまま、教えて頂こうと思って、投句してしましました。植田という体言にかかるのですから、「生ゆる」とすべきなのですね。季重なりも考えなければならないので、大きく考え直してみます。 (2015年07月18日 (土) 20時43分)[6266]

美保子 > またもや、自分の名前を入れてしまいました。我ながら情けなくなります。申し訳ありません。 (2015年07月19日 (日) 21時09分)[6272]

世話人 > 鈴木美保子さんでした。 (2015年07月20日 (月) 17時04分)[6286]
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11・宵山の白き二の腕束ね髪 投稿者:世話人 (2015年07月12日 (日) 19時26分)[6137]
(保子 章子 循子 主宰)5点


月番 > 現代の若い女性たちは自由奔放と、常々思っております。 (2015年07月13日 (月) 11時24分)[6170]

循子 > 浴衣姿で、宵山見物に出かけようとして、若い女性が長い髪を束ねているところ。当然浴衣の袖から二の腕がもろに現れて、それはハッとするほど白く美しい。好きなだれかと出かける前の、若い女性のときめきが伝わってとても好きな句です。いまや中也ではないけれど、そんな日もありき、です。 (2015年07月14日 (火) 11時29分)[6194]

章子 > 美人でもないのに何気ないしぐさにハッとするほどの女らしい色気を感じることがあります、まだ十代の若さなのに・・・循子さまのそんな日もありきに同感です。 (2015年07月16日 (木) 10時13分)[6226]

世話人 > 山内宜子さんでした。 (2015年07月20日 (月) 17時03分)[6285]
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12・風の陰探して昭和の昼寝かな 投稿者:世話人 (2015年07月12日 (日) 19時25分)[6136]
(剛 洋子 宜子 千尋)4点 


月番 > エアコンの中での昼寝では無いでしょう、ノスタルジーです。風の通る緑陰も広々と開け放された畳の部屋も思はれる。    

(2015年07月13日 (月) 11時22分)[6169]

洋子 > 今はマンションのエアコンの部屋を思いますが、昭和時代は少しがたびしでも木造の一軒家が多く、あちこちあけて風の道を作ることができました。本当に気持ちのいい開放的な時代でした。 (2015年07月13日 (月) 20時34分)[6189]

千尋 > まだ低学年のころの夏休み、まだエアコンが無かったので、枕を持って戸という戸を開けて家の中の風の通り道を探して、お昼寝をしてました。そんなことを思い出しました。今思えば昼寝?と思いますが。 (2015年07月14日 (火) 11時40分)[6195]

循子 > 皆さん年は違っても同じ風景のなかでくらしていたんだなあ…と、面白く思います。外から丸見えの家も平気で昼寝をしているという長閑な時代でした。赤ちゃんは母衣蚊帳に寝かせてあったりして。いまは物騒でそんな状景はあり得ない。
ただ細かいことを言うようですが、中八になっても「探して」の「て」が必要だろうか、という疑問を感じました。 (2015年07月14日 (火) 23時06分)[6204]

千尋 > 循子さん!なるほどです。字余りですね〜 (2015年07月14日 (火) 23時55分)[6208]

洋子 > 私も、「て」、はいらないと思いました。 (2015年07月14日 (火) 23時58分)[6209]

梟夢庵 > 「風の陰」がどうして「風の道(通り道)」なのかよく分からない。 (2015年07月17日 (金) 21時31分)[6252]

洋子 > 私も気になったんですけど・・・。考えてもよくわからなかったのですが、景が好きだったので、勝手に風の道と解釈しました・・・。こういうのいけませんね。 (2015年07月17日 (金) 23時34分)[6257]

> 皆さんの書かれた通り「て」はいらないように思う。普通になら風の陰は風の道だろうと思った。風の陰は微妙な言葉である、何か意図されているのかもとも思える。易学の「陽」に対置されている「陰」とでも取れば良いのかも知れないが、素直に風の通る陰と思いたい。生活の環境や様式が変わり、日盛りの昼寝はもう遠い過去の話となったが。農家などは今でも昼寝の習慣は残っていると思う、考えて見ると私などは子供の頃の夏休みくらいではなかったろうか。日本が戦に敗れ復興途上にあった頃に、街中の工事現場等で働く人たちは、昼食後に建築物の陰や公園の樹の回りで、僅かな時間を憩っていたのを思い出す。あれが昭和の昼寝だったのだと思う。 (2015年07月18日 (土) 13時07分)[6263]

世話人 > 岡部榮一主宰です。 (2015年07月20日 (月) 17時02分)[6284]
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13・夕焼けや日に三本の路線バス 投稿者:世話人 (2015年07月12日 (日) 19時25分)[6135]
(美鈴 惠美子 孝子 宜子 保子 循子 紫翠 吉章)8点


月番 > 当地では日に三本では無いのですが、路線バスも鉄道も本数は減りました、理由ははっきりしています。夕焼けだけは変わらない。 (2015年07月13日 (月) 09時16分)[6156]

孝子 > 東京に暮らしていると、たまに遠方にいってバスが一時間に一本とか見たとき、大変だとおもいますが、それが日に三本。乗り遅れたら大変とおもいました。のどかなことにあこがれはあるのですが、分きざみで10分待つだけでもあーあと思う身にはちょっと大変とおもいます。 (2015年07月14日 (火) 18時21分)[6198]

孝子 > すみません。句の鑑賞になっていないことに気がつきました。もうしわけありません。 (2015年07月14日 (火) 18時24分)[6199]

循子 > 紛うこと無き現代社会の現実です。「夕焼け」は童謡に繋がる懐かしい世界ですが、「日に三本」の路線バスも存続が危ぶまれている集落はひっそり取り残されています。月番さんが書かれた通り、「夕焼けだけは変らない」で、みなに優しい。
小振りの五重塔が美しい室生寺さえも、観光シーズンを少しずれると、もうバスの本数はガタッと減ります。おととし、ちょっと遅めの紅葉を見に独りで出かけたときは、もう臨時バスは無くなっており、エライ目にあいました。田舎は観光地であっても、そんなものですよ、孝子さん。 (2015年07月16日 (木) 16時24分)[6231]

紫翠 > 取り合わせの妙だと思いますが、情景がよく見える作品。作意を感じさせない表現にも魅力がありました。 (2015年07月17日 (金) 11時16分)[6245]

吉章 > 中小都市によく見られる周辺部落、
吸収合併したあとの現象を想定したい。名ばかりの市に編入されたが実際は過疎化して行く農山村へ往復する三本のバスでさえガラガラの状態を描いている。その反面朝夕の僅かの車に頼らない通勤客にとっては唯一存続して欲しい交通機関と言えよう。 (2015年07月18日 (土) 10時21分)[6261]

惠美子 > こんな場所での夕焼けがみてみたいなぁ〜!と思わせる句でした。 (2015年07月20日 (月) 13時33分)[6273]

世話人 > 三島章子さんです。 (2015年07月20日 (月) 17時01分)[6283]
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14・青田波診察室に文庫本 投稿者:世話人 (2015年07月12日 (日) 19時24分)[6134]
(美鈴 洋子 孝子 眞佐子 進二 宜子 循子 千尋 梟夢庵 主宰)12点 


月番 > 今月の最高点句です。 (2015年07月13日 (月) 14時07分)[6180]

循子 > 待合室に文庫本があってなんの不思議もないけれど、診察室だから笑えます。よほど暇な医院なのでしょうし、おまけに青田波。長閑な田園風景が見えて、老医が急がず焦らず優しく患者に接してくれる。患者が途切れたときは、藤沢周平か、池波正太郎でも読んでいる。あるいは若いころ愛読したヘルマン・ヘッセあたりかも知れない。楽しい句でした。 (2015年07月15日 (水) 00時09分)[6210]

千尋 > 育ち始めた稲田の広がる郊外の小さな診療所の診察室、文庫本は歳をとられた先生の愛読書でしょうか。今は重病患者はいない。農繁期なのでしょう。農作業にはまったく無縁で今迄生きて来ましたので、想像の域を出ませんが。 (2015年07月15日 (水) 00時23分)[6211]

惠美子 > 循子先輩・編集長の選評で 私の想像力の無さにあきれております。  少々の病気でもすぐに治ってしまいそうな景色の句で いただきたいと思ったのですが・・先生用の本の想像が出来ず・・診察室に文庫本は・?と思ってしまいました。 長閑さの出た良い句ですね〜! (2015年07月15日 (水) 09時12分)[6216]

美保子 > 今回、選句の締め切りを勘違いして、一日遅れで、剛さまにご迷惑をかけてしまいました。申し訳ありません。あわてて、選をした言い訳になりますが、診察室と読んだつもりが、私の意識の中で、待合室に代わっていました。それで、循子 さまの書いていらっしゃるように、不思議でもなんでもないと思って、通り過ぎてしまったのですが、高得点の訳が後でわかった次第です。 (2015年07月17日 (金) 21時29分)[6251]

洋子 > 循子さま、千尋さまとだいたい同じ鑑賞です。 (2015年07月17日 (金) 23時47分)[6258]

美鈴 > この文庫本は先生が患者さんにお貸しするための本かもしれないし、逆に患者さんが先生に持ってこられたのかも、と思いました。家庭医ともなると雑談をすることもあります。そんな折に本の話題がでたのかもしれません。
(2015年07月18日 (土) 09時53分)[6260]

世話人 > 伊藤保子さんです。 (2015年07月20日 (月) 17時00分)[6282]
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15・蟻のほか動くものなしひろしま忌 投稿者:世話人 (2015年07月12日 (日) 19時23分)[6133]
(義之 美保子 寿美 惠美子 主宰)6点 


寿美 > 平和の鐘が鳴らされひとびとは、何をしててもその場に佇み黙祷をささげ、平和の鐘に過去を振り返りさまざまな思いを抱く。これは、何年たとうとも変わることは無いと思うが蟻は匡黙々と己の作業にいそしんでいる。目の付け所がいいですねー。 (2015年07月13日 (月) 10時15分)[6164]

月番 > 寿美さんの書かれた通りです。何時も思うのですが、ヒロシマは仮名と漢字の広島があって、この句は平仮名で表記されており、何となく意図されている事が有るのかも知れません。  (2015年07月13日 (月) 14時27分)[6181]

惠美子 > 以前から私は「ヒロシマ忌」は意味ありで好きでは無く、漢字の広島も地域名だけに使いたい感があり・・で、「ひろしま忌」に少し優しさを感じております。 国民みんなが手を合わせて・何かを考える日にしたいものです。 (2015年07月13日 (月) 16時32分)[6187]

美保子 > 皆様が書かれていらっしゃる事を私も感じました。本当に、皆で今の平和が続くように、一人一人が心の底から祈りたいと改めて、考えさせてくれる句でした。
(2015年07月14日 (火) 22時59分)[6203]

循子 > 戦後70年ということで、TV,新聞ともに連日特集が組まれていて、考えることの多い夏です。7月14日、毎日新聞夕刊文化面の「論の周辺」に目が止まりました。曰く<「戦前」的な空気に対する懸念は嘗ての左翼的教条とは異なる次元でリアリティーを持ち始めているようだ。…中略…その根源は、政治や社会の指導的立場にある人々が「戦争を知らない」世代へと、ほぼ完全に移行したことにあると思われる>。戦争で生き残ったひとびと、戦後の混乱のなかで家も親も失った孤児たち。悲惨さゆえに語って来なかったひとびとが、80代、90代の終わりに差し掛かって、やっと語り継ぐことの重大さを思い、泣きながら語り始める姿は見る側も涙せずにはいられません。掲句もそういう思いで書かれたものと思います。
月番の方が書かれたように、「平仮名で表記され」たことに意図があったのか、恵美子さんの「優しさ」もなるほどと思いますが…。≪ヒロシマ忌泳ぎし素足地を濡らす  鈴木六林男≫、≪まくなぎを払ひてゐたり広島忌  辺見じゅん≫など、それぞれ作者の表記に対するこだわりがあります。ひらがな表記によって、声高に反戦、半原爆を唱えることを避けられたのか、これはいささか難問でありました。 (2015年07月15日 (水) 15時29分)[6221]

循子 > 上記、「半原爆」とあるのは「反原爆」の間違いです。申し訳ありません。 (2015年07月16日 (木) 14時07分)[6229]

世話人 > 梟夢庵先生です。 (2015年07月20日 (月) 16時59分)[6281]
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16・夕菅や合掌造りの落語会 投稿者:世話人 (2015年07月12日 (日) 19時22分)[6132]
(保子)1点


月番 > 合掌作りの家屋が観光地として宣伝されているのは、岐阜や富山です。 (2015年07月13日 (月) 14時04分)[6179]

保子 > 合掌造りと落語の取り合わせが面白いと思って頂きました。「合掌造りの落語会」は少々難しいところでした。 (2015年07月15日 (水) 21時06分)[6223]

循子 > 最近は古い酒蔵や住むひとが居なくなった旧家、お寺、銭湯などで、コンサートや落語会が開かれています。そのせいで、あまり珍しい感じが無かったのかも知れません。 (2015年07月16日 (木) 23時29分)[6238]

世話人 > 松谷真佐子さんでした。 (2015年07月20日 (月) 16時58分)[6280]
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17・すでに脚ふらつく兆し半夏生 投稿者:世話人 (2015年07月12日 (日) 19時22分)[6131]
(寿美 進二 吉章)3点


月番 > この句の半夏生はたぶんあの葉っぱです。  (2015年07月13日 (月) 09時21分)[6158]

寿美 > 黒髪も白髪が目立ち染めると茶色になり、アジャーと思う日々、階段の上り下りには手すりを頼り、相当脚に来ていることを実感する日々半夏生が半白髪に見えています。情緒無い鑑賞でごめんなさい! (2015年07月13日 (月) 10時26分)[6165]

循子 > お酒の酔いでふらつく脚かと思いましたが、なるほど半夏生は半白髪のことですか。わかりやすい句だったのですね。読みはまたしても失敗! (2015年07月16日 (木) 16時30分)[6232]

吉章 > 明らかに体力の衰えの兆しだと思います。とある日、着替えの際にふと安定しない四肢に気づいた。愕然とはしたが、改めて我が年齢を再確認せざるをえなかった。
(2015年07月18日 (土) 10時42分)[6262]

世話人 > 石田剛です。 (2015年07月20日 (月) 16時58分)[6279]
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18・父の忌の沖むらだちの間かな 投稿者:世話人 (2015年07月12日 (日) 19時21分)[6130]
(無点)


月番 > 父の忌で切れ、あとは一気と思いましたが、むらだちの間が理解できませんでした。     (2015年07月13日 (月) 09時26分)[6159]

千尋 > この句は上五で切れてないのでは? (2015年07月13日 (月) 12時32分)[6175]

> 「ちちのきのおき/むらだちの/あいだかな」と、755に読むべきですか。(はざま)も考えられる。父の忌やで切りたい?が。それを避けた。「沖むらだち」は「叢立ち・群立ち」と思いました。古語辞典の引用ですが「群立つの意味。・自動詞タ行四段活用活用{た/ち/つ/つ/て/て}@群れをなして 出発する。群がって飛び立つ。出典万葉集 一七八五「群鳥(むらとり)の(=枕詞(まくら ことば))むらだち行けば」[訳] 群れをな...- 」。沖の浮き寝鳥ではなく、沖に立つ白波と白波の間と思いましたが、どうでしょうか。 (2015年07月14日 (火) 10時49分)[6191]

千尋 > 「沖むらだち」という言葉を耳にしたことがありましたが、方言だったかもしれません。 (2015年07月15日 (水) 00時42分)[6213]

洋子 > googleを検索していたら、「むらだち」というのは「夕立」のことで、各地方によっていろいろな呼び方があり、愛知県知多地方では、伊勢のほうから降ってくる夕立を「伊勢むらだち」、沖のほうから降ってくるのを「沖むらだち」という、という記事をみつけました。 (2015年07月15日 (水) 01時24分)[6214]

洋子 > 同じ色にしてしまい、すみません。 (2015年07月15日 (水) 01時26分)[6215]

循子 > 剛さん、洋子さん、調べてくださってありがとうございます。「沖むらだち」、「伊勢むらだち」も、勉強になりました。さっぱり分からない句だったので、下五も剛さんと同じく「あいだかな」か、「はざまかな」、はては「あわいかな」のいずれであろうかと迷い、ますます藪の中。「沖むらだち」が沖から降って来る俄雨なら、突然にその雨が途切れる地点に抜けるという経験をよくするので、そういうことか、と。やっと謎がいくらか解けました。さて、「間かな」の読みは? これはやっぱり、ナゾです。

(2015年07月16日 (木) 16時55分)[6233]

> 沖から次々と来る、夕立と夕立の間ととれば、季語も見えてきました。大変勉強になりました。 (2015年07月17日 (金) 10時47分)[6244]

梟夢庵 > まずは「沖むらだち」という言葉のあることを教えていただいた洋子さんに感謝致します。私の最初の読みは、「沖むらだち」を二語と解して、「父の忌の/沖・むらだちの/間かな」と句またがりと考えた。つまり、「海鳥の群立つ間から父の忌の沖が見えていることよ」と云う意である。ところが「沖むらだち」が沖から降ってくる夕立と知った今では、次のように読める。「沖の方から降ってくる夕立(季語)の切れ目から、父の忌の沖がはっきりと見えることよ」と。「間」を時間的な経過と捉えないで、空間的な切れ目解する方が良い。なお、夕立の別名を牛脊雨(ぎゅうせきう)というほど、切れ目ははっきりしているという。


(2015年07月17日 (金) 23時33分)[6256]

循子 > 有難うございます。雨の名前も、ほんとかなぁと思うほど、変化に富んでいて、日本語は面白いと改めて感じます。先週、橿原市内から戻る車中で、牛脊雨を体験したばかりです。「夕立は馬の背を分けて降る」という表現があってもこちらは馬脊雨とは言いませんから、おかしなものです。おなじ夕立を「婆威し」というけしからぬ地方もあるそうで、「瞋怒雨(しんどう)」や「端的雨(たんてきあめ)」などは風情があるのかないのか分からない。なにごとも「知るは楽しみ」ではあります。 (2015年07月19日 (日) 15時15分)[6271]

世話人 > 若林千尋さんでした。 (2015年07月20日 (月) 16時57分)[6278]
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19・二匹だけ入れ替えてみる蟻の列 投稿者:世話人 (2015年07月12日 (日) 19時20分)[6129]
(孝子)1点


寿美 > 誰でしょう、こんないたずらする俳人は。でも興味津々、でどうなったの教えて! (2015年07月13日 (月) 10時34分)[6166]

月番 > 何にでも並ぶという事が多かった世代なので、私の蟻の列の連想は炎天です。この句、的の絞れない面白さでしょうか。    (2015年07月13日 (月) 14時37分)[6183]

孝子 > あまりよい鑑賞はできないのですが、もっと点が入っていると思っていただいて、私的にはとっても面白いし既視感が無くていいと思いました。昔子供が小さい頃には、ガラスの瓶に蟻を飼って、その巣ずくりをたのしんだものです。男のこを持ったら、母親はたとえ嫌いでも気持ち悪くても子供の持ってくる物に変な感想をしないようにときめて、カメもトカゲもいもりも飼いました。すみません。また脱線しました。そんな、子供の気持ちを持った大人がしたことでしょうか、それとも子供がしたことでしょうか。どちらにしても、面白いことを考え、またそれを目にして句にしたのか。とても面白いし、情景もよく見えるし一番の句でした。 (2015年07月14日 (火) 18時53分)[6200]

世話人 > 木村オサム氏です。 (2015年07月20日 (月) 16時56分)[6277]
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20・高原の硝子の厠麦嵐 投稿者:世話人 (2015年07月12日 (日) 19時19分)[6128]
(義之 章子)2点 


月番 > 意外な物の衝突ですが。 (2015年07月13日 (月) 15時32分)[6184]

義之 > 「麦嵐」(麦の秋風)という季語はこれまで出会ったことが無かったので調べてみましたが、子規のほか著名な俳人の句が多く詠まれています。掲句を一読して、麦秋の高原のロッジの景をイメージしました。一方「硝子の厠」というものも、公私を問わず実際に設備されているのは事実で、句全体が醸し出す透明感がなんとも魅力的です。少し引っかかったのは、麦と高原の関係ですが、著名な麦の産地といえば北海道でしょうか、麦秋の高原というのも実景の様です。 (2015年07月15日 (水) 10時00分)[6217]

章子 > 多分、箱根の森硝子美術館で見た様な気がします、一寸怖かったのですが入ったと思います、随分昔のことで忘れてしまいましたが、
高原と麦嵐が清々しく思い出されました。 (2015年07月16日 (木) 11時01分)[6228]

世話人 > 浅村恵美子さんでした。 (2015年07月20日 (月) 16時55分)[6276]
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21・沙羅の花さらさらさらと砂時計 投稿者:世話人 (2015年07月12日 (日) 19時18分)[6127]
(義之 オサム 千尋)3点


月番 > 言葉がかぶっていて面白い。 (2015年07月13日 (月) 09時18分)[6157]

千尋 > 「さら」をこれだけ入れてよく句にされたなぁと驚きました。仏さんにご縁のある沙羅の花と砂時計にも納得してます。 (2015年07月15日 (水) 00時33分)[6212]

義之 > 俳句が「詩」であることを如実に感じさせてくれる作品だと思いました。どなたか絵本の一頁として、完成させて欲しいですね。 (2015年07月15日 (水) 10時13分)[6218]

世話人 > 森内洋子さんでした。 (2015年07月20日 (月) 16時54分)[6275]
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22・築山の辺に風集め鴨足草 投稿者:世話人 (2015年07月12日 (日) 19時18分)[6126]
(洋子 循子)2点 


月番 > 風情がありそうです、鴨足草は雪の下の別名。築山は、日本庭園に人工的に土砂を用いて築いた山。と、文献にあります。      (2015年07月13日 (月) 15時45分)[6185]

洋子 > 鴨足草は本当にか弱く、風が起こるとすぐに揺れてしまいそうな花です。それを「風集め」と表現されたところがお上手と思っていただきました。 (2015年07月13日 (月) 20時42分)[6190]

循子 > 洋子さんもお書きになってるように、雪の下は本当にか弱い感じ。「花の精が舞い降りたような…」と、解説している本もあって、なるほど、です。ありそうな場所に、ありそうな花がある、そんな景ですが、小さな風に揺れる花は、いかにも好もしい。「風集め」も洋子さんのおっしゃるとおりです。鴨足草、虎耳草という表記は俳句を始めるまで知りませんでしたので、なかなか覚えられず困りました。 (2015年07月16日 (木) 23時07分)[6236]

美保子 > 雪ノ下というのは、葉っぱを天麩羅にするとおいしいあの雪ノ下でいいのでしょうか。鴨足草、虎耳草というのは今回初めて知りました。でも、植物の名前は日ごろ目にするものでも、なかなか出て来なくなっています。優しい句ですね。 (2015年07月18日 (土) 20時34分)[6265]

世話人 > 渡辺淳子さんでした。 (2015年07月20日 (月) 16時53分)[6274]
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7月定例句会の準備 投稿者:世話人 (2015年07月12日 (日) 19時16分)[6125]
定例句会の準備をしています。

 狐火に河内の国のくらさかな  後藤夜半
 水は木に遅れて暮れぬ桜桃忌  鷹羽狩行

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六月定例句会の開催について 投稿者:世話人 (2015年06月12日 (金) 20時37分)[5927]
梅雨に入り鬱陶しい日が続いております。定例句会の皆さまには、お変わりなくお過ごしの事と思っております。選句も出揃いましたので、13日から開催予定の句会の準備を致しました。ご多忙の方もいらっしゃるでしょうが、岡部主宰、梟夢庵先生にはご指導をお願い致しますと共に、皆さまには忌憚のない句評をお願い申し上げます。先月の最高点の安田循子さんが今月の月番を務めて下さいます。皆さまどうか宜しくお願い申し上げます。


循子 > 早々と剛さんが句会の準備を整えて下さいました。いつも有難うございます。今月は安田循子が月番を務めさせて頂きます。梅雨空のような月番に構わず、どんどんご意見を書き込んで頂けましたら幸いです。
主宰先生、梟夢庵先生、ご指導をお願いいたします。
(2015年06月12日 (金) 22時24分)[5928]

月番 > 句会はあす19日まで。あと1日を残すのみです。よろしくお願いいたします。 (2015年06月18日 (木) 22時35分)[6068]

世話人 > 全国的に何処も梅雨に入り、鬱陶しい日が続いて居ります。句会終了の期日が来ましたので、投句者名を記載いたしました。4月からひと月置いて再び月番を務めて下さいました安田循子さん、有難うございました。また参加の皆さまにも厚くお礼を申し上げます。来月もどうか宜しくお願い申し上げます。 (2015年06月20日 (土) 17時31分)[6122]

月番 > 至らぬ月番にお付き合い下さいました皆さま、有難うございました。いろいろ失礼もあったかと思います。お許しください。主宰先生、梟夢庵先生、ご指導有難うございました。
お世話をしてくださいました石田剛さま、お礼を申し上げます。 (2015年06月20日 (土) 21時47分)[6123]
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01・入梅や差出人のない手紙 投稿者:世話人 (2015年06月12日 (金) 20時23分)[5926]
(淳子 加津子 孝子)3点


月番 > 差出人の名前が書かれてない、ということでしょうか。たまにありますね。賀状のようにほぼ劃一的なものは推察しようがなくて困る。でも掲句はそうではなさそうです。若いときは思い当たるふしがあったりして、ドキドキ…なんてことも。お三方はどうお読みになったでしょうか。 (2015年06月12日 (金) 22時46分)[5929]

加津子 > 怪しげな手紙に開封するか否か迷っているように季語で感じました。ドキドキするような手紙をもらったことがないので、ドキドキ手紙は全く考えに及びませんでした。 (2015年06月14日 (日) 17時24分)[5966]

孝子 > 季語がやで切れているのであとの中七下五にあまり関係をもたせたくはないのですがちょっとした不安感がかんじられます。家族にみられたくなくてかくしているのか、なら同性名で書けばとか、不埒なことを考えたり、なんかのクレームかとかいろいろ考えてしまいます。年を経てくると、若いころのいろいろなことが現われてきたり面白い句とおもいました。できれば季語が不安感よりもどきどきするものならもっと面白いかなとかも思いました。 (2015年06月14日 (日) 23時22分)[5971]

淳子 > どの様な種の封筒であったうか?鬱陶しい梅雨の最中に、一瞬煩わしく
思うかもしれない。煩わしさを感じると同時に、相手もまた、私と同様に手抜かりの多くなった人なのかなと感じ乍ら封書を開く事でしょう。  。 (2015年06月15日 (月) 10時24分)[5982]

月番 > 加津子さん、孝子さん、淳子さん、それぞれのご意見有難うございました。「や」で切れていても中七以下とはどうも繋がるような感じですね。孝子さんのおっしゃるように、もうちょっと冒険的な季語を置いてみるのも一興か。 (2015年06月15日 (月) 15時05分)[5986]

榮一 > 入梅は平均でドキドキ感が薄いですね。 (2015年06月19日 (金) 14時50分)[6073]

世話人 > 舛室杏花さんでした。 (2015年06月20日 (土) 17時07分)[6099]
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02・十字架の墓標の列や蝉の穴 投稿者:世話人 (2015年06月12日 (金) 20時23分)[5925]
(寿美 紫翠 千尋)3点


月番 > 大会の開催地だった横浜の外人墓地の景でしょうか。共同墓地というか、大きな墓地には蝉の穴がつきもののようで、大阪の真田山陸軍墓地にも無数の蝉の穴がありました。まず、お採りになった寿美さん、いかがでしょうか。 (2015年06月12日 (金) 23時03分)[5930]

寿美 > 墓標の列と蝉の穴で亡くなった人の墓所からまるで生まれ変わりのように出てきて短い一生を終える蝉。葬られた人を悼むように。生と死輪廻転生と言う感じです。

 




(2015年06月13日 (土) 11時00分)[5938]

月番 > さっそく有難うございます。墓地の蝉の穴を見るときに感じる物悲しさは、そういうことなのかも知れません。採られなかったかたもかなり居られるので、そちらのご意見も出して頂ければ。 (2015年06月13日 (土) 23時16分)[5945]

梟夢庵 > やはり生と死というような明らかに対立する素材で一句を構成するのはむつかしいと思う。 (2015年06月14日 (日) 21時58分)[5968]

紫翠 > 「蝉の穴」がよく効いていると思います。「誕生」から「死」までを暗示しているようで注目しました。 (2015年06月15日 (月) 14時50分)[5984]

千尋 > 日本の景ではないのではと思いました。
南方の戦地で亡くなった兵隊のお墓です。テレビでしか見たことはないのですが、整然と並んだ真っ白な十字架。芝生には蝉の抜けた穴もあるのでしょう。蝉の鳴き声が聞えてきそうです。 (2015年06月15日 (月) 23時25分)[6004]

月番 > なるほど戦没者の墓地ということですね。アーリントン墓地などは確かに整然と並んでいます。私は「蝉の穴」によって、誕生につながる明るさよりも、むしろ「死」につながるものを感じて、つまり二つの素材は同じ足場に立っていると思ったのです。訳のわからぬ表現ですね、すみません。 (2015年06月16日 (火) 14時08分)[6019]

千尋 > わたしが。おかしいのかもしれないのですが、蝉の穴からは墓の下の死体をも養分にして生きて来た生命力を感じます。そして世代が代わってもずーっと続く戦争というものの悲しさ虚しさを感じたのです。 (2015年06月16日 (火) 16時04分)[6027]

榮一 > ニュースなどで時々見るアメリカのアーリントン墓地などをおもいました。対比がきついと変な意識が働いてしまいそうです。 (2015年06月19日 (金) 14時54分)[6074]

世話人 > 森内洋子さんでした。 (2015年06月20日 (土) 17時07分)[6100]
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03・老鶯やゴルフクラブにこめる意志 投稿者:世話人 (2015年06月12日 (金) 20時22分)[5924]
(寿美)1点


月番 > ゴルフなさる方は皆さんそうなんでしょうね。寿美さんだけがお採りになりましたが、採らなかった理由も他の方お聞かせください。 (2015年06月12日 (金) 23時13分)[5931]

寿美 > 主人は80に成りますが故郷山口のゴルフ同窓会には必ず出席します。日頃の立ち居振る舞いを見る限りパターは良いとしてもドライバー等振れるのかしらと思っているとかなり上位にいき賞品を自慢げに帰って来ます。ゴルフとなると強い意志があるみたいで、この句主人を見ているような句です。 (2015年06月13日 (土) 10時24分)[5935]

循子 > 寿美さんのコメントに我が支部の男性を思い浮かべました。いくつものゴルフバッグが玄関先に並んでいて驚く私に、まだまだ二階にもあるのだということでした。体力の衰えをなんとか道具で補いたいと、つぎつぎに新しいものが欲しくなるもののようです。今日は優勝しましてね、と報告されると、こちらも嬉しい。
句そのものから逸れましたが、私としてはお気持ちわかるなあ…で終った感じが残念です。 (2015年06月14日 (日) 10時22分)[5955]

榮一 > ゴルフのシーンですが中七以下はそのままですね。 (2015年06月19日 (金) 14時56分)[6075]

世話人 > 浅村恵美子さんでした。 (2015年06月20日 (土) 17時08分)[6101]
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04・はまなすの可憐に指を刺されけり 投稿者:世話人 (2015年06月12日 (金) 20時21分)[5923]
(洋子 章子)2点 


月番 > 一句一章として読んだ月番は、ちょっと文脈にひっかかりを感じたのですが、読み違えかも知れません。洋子さん、章子さん、ご意見をどうぞ。 (2015年06月12日 (金) 23時23分)[5932]

章子 > 洋子さんお先に失礼いたします、月番さんの読み違いではないと思います、一句一章、切れの無い一物仕立てとおもいます、このお句は思い立つて瞬間的にお出来になった一句でしょうか、私は読んだ瞬間に十五六の女学生に戻って選をしておりました、色々思いだして楽しい時間でしたが、やはり中七は可笑しいですね、月番さん宜しくお願い致します。 (2015年06月13日 (土) 15時57分)[5940]

洋子 > 私も一句一章と読みました。はまなすがあまりに可憐だったので、つい手折ろうとしたらとげに刺されてしまった、ということなのでしょうが、確かに可憐に刺された、というのは少しおかしい気もしますが、「彼女の純情にほだされた」というような言い方と同じかな、と思ったのです。これが薔薇のとげに刺されたのだったら、高慢で冷たい薔薇の感じがするのですが、庶民的な感じのするはまなすだったら、刺されてもご愛嬌という感じでしょうか。文法的に解析しようとすると難しいことになりそうですが、私的には割りにすんなりと面白いと思っていただきました。どなたか正しく読み解いて下さったらありがたいです。 (2015年06月13日 (土) 20時41分)[5944]

月番 > 洋子さんのご意見は、「可憐というもの」に指を刺されたということでしょうか?私は「可憐」を名詞としてではなく、「可憐に」という修飾語として読んだので、「?」となりました。「可憐というもの」に指を刺されたとなれば、月番の「?]は消えることになります。章子さん、さっそくに有難うございました。採っていらっしゃらない東の宜子さん、そして西のオサムさん、いかがでしょうか。 (2015年06月13日 (土) 23時45分)[5946]

梟夢庵 > ハマナスもバラ科、棘があるのは当然。この句も2の生と死と同様、美しい花と相反する棘だけで一句を構成するのは難しい。なお、詩の世界では、ときとして故意に文法を外すこともあるのです。 (2015年06月14日 (日) 22時53分)[5969]

月番 > 梟夢庵先生、有難うございます。「詩の世界では、時として故意に文法を外すこともある」ということ、納得です。先日、TVで小椋佳さんが作詞について、自分の造語とか文法的に間違っていることを、これまで何度もあちこちから叱られたのだ、と笑いながら話していました。無論ご本人はそのことを意に介する様子もなく、私は非常に興味深く思いました。しかし先生のおっしゃる「故意に」が大事なポイントで、うっかりミスとは違うことを忘れてはならず。また「相反するもので一句を構成する難しさ」も、頭のどこかに留めておかねばと思います。 (2015年06月15日 (月) 00時19分)[5972]

オサム > このハマナスを大切に育てている方が、花に付けた名前(愛称)が「可憐」なのかも…。 (2015年06月15日 (月) 00時36分)[5974]

月番 > 花につけた名前が「可憐」とは、思い付きませんでした。オサムさん、有難うございます。 (2015年06月15日 (月) 00時55分)[5977]

宜子 > ハマナスの棘に刺されたけれども、あまり痛くないのでしょう、実際にも、心情的にも。それが「可憐に」だと思いました。 (2015年06月15日 (月) 22時07分)[5999]

榮一 > 可憐が工夫ですが美しいものには刺があるは昔から言われていることなので。 (2015年06月19日 (金) 15時00分)[6076]

世話人 > 渡辺淳子さんでした。 (2015年06月20日 (土) 17時09分)[6102]
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