玄鳥 定例句会

2017年

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13・起し絵の光源氏や猿が辻 投稿者:世話人 (2015年06月12日 (金) 20時14分)[5914]
(宜子 主宰)3点


月番 > 最近の宜子さんのお作品の世界かなぁと思ったのですが、どうでしょう。 (2015年06月14日 (日) 10時38分)[5956]

宜子 > 「起し絵」は、今なら飛び出す絵本。そして夏の季語。昔は、さまざまな「起し絵」を縁側に出し、裏側から電灯の光をあてて、子どもたちが楽しんだので、夏の季語に収録されているようです。その起し絵に源氏の君が!そして場所は、京都御所の鬼門に当たる北東の角、奇妙に内側に折れていて、そこには金網の奥に木彫りの猿がいる「猿が辻」・・・雅というより、物の怪の雰囲気が漂う世界でした。夜な夜な、猿が辻で起し絵の源氏を待っている、待っているのは私。そんな楽しみ方の出来る句でした。 (2015年06月15日 (月) 21時54分)[5997]

月番 > 宣子さん、有難うございます。あやかしの世界ですね。 (2015年06月15日 (月) 23時32分)[6006]

榮一 > 揃い過ぎている感はあります。起し絵はもっと重要な役目があったようですが娯楽の世界にも取り入れられたようです。昔の人の息使いが感じられるように思いました。 (2015年06月19日 (金) 16時22分)[6088]

梟夢庵 > 「猿が辻」についてはネットで検索すれば、そこが京都御所の鬼門に当たる北東の角で宜子さんの「奇妙に内側に折れて」いる理由も、また「金網の奥に木彫の猿が」封じこまれている由来も書いてあるし、「起し絵」(立て版古)については歳時記に、「江戸時代初期に盂蘭盆会の供養の灯篭が玩具化したものとされる」との解説がある。問題は光源氏と猿が辻の関係である。あるいは、六条御息所の生き霊の世界とも思えたが、力不足で読み切れなかった。 (2015年06月19日 (金) 22時44分)[6096]

世話人 > 安田循子さんでした。 (2015年06月20日 (土) 17時16分)[6111]
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14・鎖垂る外人墓地の薄暑かな 投稿者:世話人 (2015年06月12日 (金) 20時14分)[5913]
(加津子 眞佐子 鈴子 宜子 章子 紫翠)6点


月番 > 採られた方々、どなたでもどうぞ。大会の観光で生まれた句かと思いますが。 (2015年06月14日 (日) 12時30分)[5963]

加津子 > 外人墓地の鎖、確かに私も目にしました。俳句になるんですね。季語で横浜の海、風、バラが目の前に拡がりました。 (2015年06月14日 (日) 17時41分)[5967]

紫翠 > 「薄暑」が良かったと思います。 (2015年06月15日 (月) 15時12分)[5987]

章子 > なだらかな坂ですが外人墓地まで来ると汗ばんできます、木陰で横浜の港を見降ろしながら心地よ良い風に薄暑を実感しています。 (2015年06月16日 (火) 12時57分)[6015]

月番 > 「鎖垂る」が分かりませんでした。申し訳ありません。 (2015年06月16日 (火) 14時28分)[6022]

千尋 > わたしも鎖がわからなかったのです。墓地を囲む柵?でしょうか。 (2015年06月16日 (火) 20時05分)[6033]

鈴子 > 大会の観光風景が甦りました。情景を上手く切り取っていると思いました。季語の薄暑が決まってると思います。月番さんのお尋ねの「鎖垂る」は私の思い違いでなかったらいつごろか忘れてしまいましたが、以前は鎖が張られることもなく細い径を下まで降りて、墓地の墓石など見たように思います。いつごろから鎖がはられたのでしょうね。ピンと張った鎖ではなく少し弛んでいる鎖かと思いました。 (2015年06月16日 (火) 20時17分)[6034]

月番 > 鈴子さん、有難うございます。私が横浜外人墓地を訪ねたときは、自由に立ちいることができ、印象に残る墓碑も色々ありました。そこで拙い句も作りました。いまは鎖が張られているのですね。 (2015年06月16日 (火) 21時25分)[6041]

眞佐子 > 大会の観光で行った外人墓地の光景だと思いました。鎖が張られて墓石の近くまで行けなくて残念に思いました。「鎖垂る」がそれを良く詠まれていると思ったのですが、見ていない人には解らないのですね。「薄暑」が良かったです。 (2015年06月16日 (火) 21時43分)[6042]

月番 > やはり立入り禁止の鎖なのですね。眞佐子さん、ありがとうございます。 (2015年06月16日 (火) 23時03分)[6048]

榮一 > 大会での外人墓地の入り口の鉄扉の鎖ですね。昔は自由に入れたのにとおもいました。鎖垂ると薄暑は情感的に効きすぎるようにおもいました。 (2015年06月19日 (金) 16時27分)[6089]

世話人 > 伊藤保子さんです。 (2015年06月20日 (土) 17時17分)[6112]
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15・夏風邪や茄子紺色に暮れる橋 投稿者:世話人 (2015年06月12日 (金) 20時13分)[5912]
(義之 杏花 鈴子 循子)4点


循子 > 手前勝手な話ですが、「橋」という言葉が昔から好きです。いろんな橋の名前も好きです。橋の出てくる歌も国の内外を問わず好きです。俳句も好きです。≪柩出るとき風景に橋かかる≫は忘れられぬ句。したがって作者の橋カン(もんがまえに月)石さんも好きです。…と言う訳ではないのですが、掲句も好きです。作者はぐずぐずと治らぬ夏風邪を抱えて、外出もままならぬのか、窓から橋を眺めている。茄子紺はその気分も表しているかも知れませんが、現実の夕空が茄子紺というのは面白い感じ方と思います。前出の「…風景に橋かかる」には勝てないかもしれないですが、好きは好き、ということで。 (2015年06月15日 (月) 16時28分)[5991]

月番 > 義之さん、杏花さん、いかがでしょうか?鈴子さん、お採りになっていますね。どうぞ。 (2015年06月15日 (月) 16時32分)[5992]

義之 > 「夏風邪や」で朦朧とした気分が漂い、紺色に暮れゆく世界は、やがて真の闇へと変わる中、何故か一つの橋が現れ、渡るべきか、渡らざるべきか、躊躇する夢幻の世界が見えて来ます。「茄子紺色に暮れる橋」という表現が、生死の境界を想起させるようです。 (2015年06月16日 (火) 02時06分)[6012]

洋子 > 循子さま、橋カンセキの句を教えてくださってどうもありがとうございました。本当に素晴らしい句ですね。
また、義之さまの鑑賞に感動いたしました。 (2015年06月16日 (火) 20時23分)[6035]

義之 > 以下ネットからのコピーです。
橋 關ホ(1903年2月3日 - 1992年11月26日)は、日本の英文学者、俳人。 石川県金沢市出身。神戸高商(のち神戸商科大学。定年後名誉教授。)、新和女子大学教授(学長)を歴任し英国の随筆文学を研究する一方、1949年に俳誌『白燕』を創刊、主宰。1958年には高柳重信の『俳句評論』にも加わる。1984年『和栲』で第18回蛇笏賞、1988年『橋關ホ俳句選集』で第3回詩歌文学館賞受賞。代表的な句に、「蝶になる途中九億九光年」「階段が無くて海鼠の日暮かな」「銀河系のとある酒場のヒヤシンス」など。句集に『雪』『朱明』『無刻』『風景』『荒栲』『卯』『和栲』『虚』『橋關ホ俳句選集』『微光』、随筆に『泡沫記』、研究書に『俳句史講話』 『俳句史大要』などがある。
(2015年06月17日 (水) 09時05分)[6050]

月番 > 義之さん、ご親切有難うございます。勉強になります。話が逸れますが上掲の文中、橋 關ホの代表句のひとつとして出されている≪銀河系のとある酒場のヒヤシンス≫は確か晩年に詠まれた句だと思いますが(?)、その瑞々しい巧みさに驚きます。英文学者でもあって、チャールズ・ラムが卒論だったとか。 (2015年06月17日 (水) 17時10分)[6053]

榮一 > 茄子紺色はかなり深い紺色です。暮れるよりはすでに暮れた橋がふさわしいように思います。 (2015年06月19日 (金) 15時03分)[6077]

鈴子 > ここ数年帰郷していない故郷の光景が広がりました。「茄子紺色」懐かしいです。母のの好きな色で、男児のセーターは手染めで大人になるまで茄子紺色で、女児は海老茶に決まっていて、ほんとにつまらない時期もありましたが・・・「茄子紺色に暮れる橋」は、肩の凝りもほぐれるようなほっこり感を味わいました。好きな句です。 (2015年06月19日 (金) 15時10分)[6079]

世話人 > 山内宜子さんです。 (2015年06月20日 (土) 17時18分)[6113]
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16・鬼子母神神社の暗み雪ノ下 投稿者:世話人 (2015年06月12日 (金) 20時12分)[5911]
(惠美子)1点


惠美子 > 鬼子母神と雪ノ下に「暗み」はすこしくどいような感がありましたが、子供の頃によく遊んだ袋路地の奥にお稲荷さんがあって・・そこの雪ノ下を思い出し・・「お転婆惠美子」の頃を思い出させてくれました。 (2015年06月13日 (土) 16時31分)[5943]

月番 > 雪ノ下を私は長いこと見かける機会がないのですが、愛らしい花です。虎耳草、鴨足草、畸人草、などの表記があって、ややこしい植物でもあります。鬼子母神は性質邪悪で他人の子を殺して食べたという話ですが、やがて仏に帰依した女神。産生と保育の神。どこの村にも町にも鬼子母神さんはあって、母や祖母とお詣りしたものです。恵美子さんの遊び場でもあったそうですが、懐かしいですね。「鬼子母神神社」は固有名詞だとすれば、仕方ないですが、重複の感があって、気にならないでしょうか?採られなかった方々の理由にここらへんも関わっているのかと思うのですが…。 (2015年06月14日 (日) 11時03分)[5957]

惠美子 > 神社は確かにとってほしい感はありますねぇ〜。 鬼子母神と雪ノ下の取り合わせは大好きです。 (2015年06月15日 (月) 09時03分)[5980]

千尋 > 鬼子母神神社とはいわないようですね。鬼子母神堂が多いようです。 (2015年06月16日 (火) 13時46分)[6018]

月番 > 鬼子母神堂、ですか。有難うございます。いままで単に「鬼子母神さん」としか意識してなかったので、改めて教わりました。 (2015年06月16日 (火) 14時23分)[6021]

鈴子 > 千尋さまのおっしゃるように「鬼子母神堂」が正しくて鬼子母神神社は私の勘違いです。ほんとに申し訳なく、恥ずかしいです。 (2015年06月17日 (水) 21時42分)[6054]

作者 > 作者とするところを名前を書いてしまいました。。なんということを・・・・ (2015年06月17日 (水) 21時46分)[6055]

月番 > 私などはいろいろな間違いを臆面もなく繰り返しています。鈴子さん、たまには勘違いもウッカリミスもあって当然ですよ。間違って作者が名乗り出ることぐらい、へいちゃらです。アハハ…でおしまいです。 (2015年06月18日 (木) 13時51分)[6066]

世話人 > 太田鈴子さんです。 (2015年06月20日 (土) 17時19分)[6114]
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17・パペットの糸のもつれや梅雨に入る 投稿者:世話人 (2015年06月12日 (金) 20時11分)[5910]
(美鈴 孝子 眞佐子 保子 章子)5点


月番 > 上で糸を操っているのも指人形もパペットといいますが、文楽とは違った楽しさがあります。昔、若い男性が巧みに操って見せてくれたのがプラハ最高の思い出。楽しいけれど、あれ一旦縺れたら、たいへんでしょうね。採られたのは女性ばかりですが、男性がたは興味の外というところかも知れません。「梅雨に入る」については、どうでしょう、美鈴さん?
章子さんも人形お好きですか?私はいい年をして人形好きとはなぁ…と常に嘲笑されておりますが。 (2015年06月14日 (日) 12時03分)[5960]

章子 > 女性の人形師の黒いロングスカートと白い長い指が見えます、パペットの糸の縺れは入梅の湿気のためではないと思いますが、心の乱れかしら、お人形お好きな月番さん実は私人形怖い派なんです、もっぱら縫ぐるみを可愛がっております。 (2015年06月16日 (火) 13時23分)[6016]

美鈴 > BSで最近再放映されたターシャ・チューダの暮らしのなかにパペットを懐かしんでいる姿が出ていました。微妙な指の動きで人形の表情まで表すのはとても難しいことだと思いました。もつれた糸をほぐすのは忍耐と根気がいることでしょう。季語もそんな気持ちをうまく表していると思いました。深く読めばいろんな意味にもとれる句だと思います。 (2015年06月16日 (火) 19時11分)[6032]

月番 > ターシャ・チューダの再放送は知りませんでした。残念!何年も前の放映は熱心に見ましたが、細かいことは忘れました。パペットもギニョールも郷愁を誘うものです。上手い使い手になると、人形にいのちが入りますが、そこへ到達するのはなんども糸を縺れさせねばならぬでしょう。「梅雨に入る」が生きているということですね。有難うございました。 (2015年06月16日 (火) 22時06分)[6043]

眞佐子 > 以前、落語の菊翁と円楽の前座にパペットを見たことがあります。何本もの糸が縺れたらどうしようと思いながら見ていたような気がします。「梅雨に入る」が「糸のもつれ」とうまく絡んでいるようです。 (2015年06月16日 (火) 22時07分)[6044]

保子 > 何であれ、糸が縺れると世界を揺るがすような一大事、座五で楽しめそうな気がします。 (2015年06月18日 (木) 00時47分)[6060]

榮一 > 梅雨と糸のもつれは響き過ぎます。すぐに響きすぎるのも意味がでてきて考えものです。 (2015年06月19日 (金) 15時30分)[6081]

世話人 > 鈴木美保子さんです。 (2015年06月20日 (土) 17時20分)[6115]
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18・城ケ島の厚き貝殻走り梅雨 投稿者:世話人 (2015年06月12日 (金) 20時11分)[5909]
(剛)1点 


月番 > 「厚き貝殻」がもうひとつ見え難い感じがあるのですが、ここは剛さんの独壇場です。よろしくお願いいたします。 (2015年06月14日 (日) 12時08分)[5961]

> 三浦半島の先端に在る城ケ島も、湘南に沿う江の島も名だたる観光地である。厚きに特別な意味があるとは思えないが、アクセサリー等に仕立てて土産に売られる貝殻は薄い。視線の先に見える栄螺や牡蠣等の殻の実感だろうと思う、特に殻の堅固な栄螺は土地の名物として、貝殻ごと焼いて店先で売られている。一般的に湘南や三浦半島は一年中明るい季節の印象があるが、その城ケ島にも鬱陶しい梅雨が訪れるようである、作者はそれを貝殻に見つけたのだと思う。貝殻と云われれば「私の耳は貝の殻〜〜」なんて、思い出すし、海岸に打ち上げられる薄い桜貝等も目に浮かぶが、城ケ島は周囲が岩場であり砂浜は少ないようだ、何となくであるが厚き貝殻が、この島に似合いではなかろうか。 (2015年06月15日 (月) 18時35分)[5995]

月番 > 有難うございます。城ヶ島も昔を知るひとにきくと、以前とは姿を変えているということですが、白秋の詩の所為か、いまも情緒のある島ですね。 (2015年06月15日 (月) 23時41分)[6007]

榮一 > やはり利休鼠の雨なのでしょうか。 (2015年06月19日 (金) 16時30分)[6090]

世話人 > 若林千尋編集長でした。 (2015年06月20日 (土) 17時21分)[6116]
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19・緑さす区民図書館昆虫記 投稿者:世話人 (2015年06月12日 (金) 20時10分)[5908]
(美保子 美鈴 洋子 千尋 主宰)6点 


洋子 > 新緑の季節、小さな区民図書館でファーブルの昆虫記を読んでいます。男の子でしょう。もう少し季節が進んだら、蝉、カブトムシ、カミキリムシなどいっぱいとるのでしょう。しっとりとした楽しい初夏の句です。 (2015年06月14日 (日) 16時16分)[5965]

月番 > ファーブルの昆虫記は愛読者が多いですね。たしかに男の子なら目を輝かせて読みふけっているに違いありません。 (2015年06月15日 (月) 23時56分)[6009]

千尋 > 先ず緑さす区民図書館という乗りの良いフレーズに惚れてしまいまた。公園の中にある小さな図書館で、昆虫記を手にしている子ども、雑誌をめくっている若いお母さん。穏やかな時間が流れています。うちの孫たちも垂水区図書館に良く出入りしているようです。 (2015年06月16日 (火) 13時34分)[6017]

月番 > 神戸に行くと確かに区ごとに図書館があって、羨ましく思います。衰退の一途を辿っている奈良県の商業都市はいずこも大赤字抱えて図書館の内容充実までは手が届かないようで。借りたい本が見つからないことが多い。ちょっと出かければ図書館、という環境は子供たちにとっても幸せですね。 (2015年06月16日 (火) 15時44分)[6025]

美保子 > あふれんばかりの新緑と大きな木々に囲まれた、図書館、昆虫記に夢中になっている、少年。もしかしたら、借りたばかりの本を外の木の下で読み始めているのかもしれない。私も「緑さす区民図書館」というリズムのよさに惹かれました (2015年06月16日 (火) 15時50分)[6026]

榮一 > 神戸には各区に市民図書館はありますがほとんどが駅前で緑さすとはいきません。大きな公園の多い東京のような気がします。大都会ゆえに昆虫記が活きるようです。 (2015年06月19日 (金) 16時34分)[6091]

世話人 > 樋口進二氏でした。 (2015年06月20日 (土) 17時22分)[6117]
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20・頭陀袋の鳥獣戯画図青嵐 投稿者:世話人 (2015年06月12日 (金) 20時09分)[5907]
(オサム 梟夢庵)3点 


オサム > 青葉の頃、やや強い清爽な風が吹く中を一人の男(僧)が頭陀袋背負って歩いてくる。その頭陀袋は、もともと滑稽な鳥獣戯画図が描かれていた反物で編まれている。山頭火や放哉のような、ちょっと破天荒でいて、風雅を愛する不思議な坊さんが見えてきました。 (2015年06月15日 (月) 00時51分)[5975]

月番 > オサムさんは放浪好きの不思議な坊さんをイメージされたそうですが、牧水なども頭陀袋で旅を重ねていたのでしょうね。私達が普段の暮らしのなかで「頭陀袋」というとき、なんでも入ってしまうダボダボの大きな袋のことを指します。ややおどけ気味に。掲句の頭陀袋はそれのことではないかと思いました。東京では鳥獣戯画展が大賑わいだったようですが、それを観に行った主人公。ショップで鳥獣戯画のプリントされた大きなバッグを購入。中には重いカタログや、ポストカード、あるいは他の小物など買い込んだグッズが入っている。時は青葉の六月。やや強い風も心地よく、満足して帰ってゆく主人公。そんなこと想像しました。「鳥獣戯画図」の「図」に違和感があったのですが、考えてみれば、プリントされたものは、やはり「図」としか言いようがない。主人公は楽しげに青嵐のなか歩いています。 (2015年06月16日 (火) 15時28分)[6023]

榮一 > 頭陀袋と言えば坊さんが托鉢の時に首から下げている白い色の袋のイメージです。提げて持つ袋全般を言うならばプリント柄のこの句の景の袋もありそうですね。 (2015年06月19日 (金) 16時41分)[6092]

世話人 > 久野孝子さんです。 (2015年06月20日 (土) 17時23分)[6118]
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21・産土や波音に吊る青き蚊帳 投稿者:世話人 (2015年06月12日 (金) 20時08分)[5906]
(剛 美鈴 オサム 淳子 寿美 洋子 進二 循子 保子 梟夢庵)11点


寿美 > 今は蚊帳ははほとんど使われないが、私はまだ捨てきれず持っています。窓を開け放ち蚊帳の中で潮騒を子守歌に聴いて眠る。懐かしい懐かしい風景です。 (2015年06月13日 (土) 10時45分)[5937]

洋子 > 寿美さんの鑑賞に同感です。 (2015年06月14日 (日) 07時41分)[5954]

循子 > 「波音に吊る」で詩になった。ヤラレました。 (2015年06月15日 (月) 16時35分)[5993]

月番 > 最高得点句ですね。皆さん、どうぞ。反論も大歓迎です。 (2015年06月15日 (月) 16時38分)[5994]

オサム > 私も(波音に吊る)という詩的な把握に思わず釣られました。更に、(産土の)ではなく(産土や)と切れを入れたことで、多くの日本人の心の底にある郷愁を、より呼び起こす構造の句になっていると思いました。 (2015年06月16日 (火) 01時59分)[6011]

美鈴 > 長塚 節の「垂乳根の母が吊たる青蚊帳をすがしといねつたるみたれども」が浮かんできました。余命わずかな作者にとってこの蚊帳は母の懐のように感じられたことでしょう。さらに土肥顧問先生の「鯨の中の畳の部屋に灯が灯る」が浮かびました。海に散った我が子を思いつつ、あるいは兄や姉が弟をしのびつつ蚊帳を吊る、そんな景も見えてきました。洋子さんたちの詠みが素直な詠みでしょう。今は使われないだけに蚊帳はことさら郷愁を誘うようです。


(2015年06月16日 (火) 18時58分)[6031]

淳子 > 私もまず産土やで郷愁を呼び起され、みどり濃い少し重い蚊帳、姉妹のこと、鮮明に懐かしく、懐かしく思い出しました。青い蚊帳は少し軽く涼しげで来客用だったのだろうか?。 (2015年06月17日 (水) 22時30分)[6057]

保子 > 「産土や」「産土の」とでは違いがあるのでしょうか?ちょっと気になりました。 (2015年06月18日 (木) 01時00分)[6061]

月番 > 保子さんの疑問については、6011のオサムさんのコメントが、ひとつの答になっているかと思います。他のかたでこれとは違うご意見、またはべつの視点から捉えた「や」の肯定論を書いて下さると有難いのですが。掲句を採られなかった方々のご意見が全く出ませんが、月番としてはいささか残念です。月番が書き込む前に、まず皆さまのご意見を伺わせて頂きたいと思っております。 (2015年06月18日 (木) 12時50分)[6064]

> 皆さんの言われる通りである。一般的に蚊帳という懐かしいものは現在見ることは滅多に無い。生まれ育った鄙びた田舎、産土の地はあるが、進学後の就職や転勤等によって、都会生活を余儀なくされ、そのまま都会に慣れ親しんで住み着いてしまった人たちも多い。思いを巡らせば自分にも思い当たる。この句は、波音から思うに海に近い産土の地に帰って、ご先祖や土地の守り神、所謂土地の持つ力に癒されているように思う、自然な形でそっと寄り添ってくれるのだ。この地で休んでまた新たな力を与えて貰う、いわば安息の深まる波の音や青い蚊帳である。しっかりと切って産土を強調しているので、多忙である都会生活者の夢の醒め際かも知れないとも思う。いずれにしても、産土に青い蚊帳を持ち出されたら、これは敵わない。 (2015年06月18日 (木) 15時45分)[6067]

世話人 > 岡部榮一主宰です。 (2015年06月20日 (土) 17時25分)[6119]

美鈴 > 引用させていただきました顧問先生の御句、灯が灯るは灯が点るの誤りでした。お詫びして訂正いたします。
(2015年06月22日 (月) 08時52分)[6124]
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22・かたつむり隣の家へ往く途中 投稿者:世話人 (2015年06月12日 (金) 20時07分)[5905]
(美鈴 洋子 加津子 杏花 進二 章子 紫翠 主宰)9点


洋子
私たちにとっては1分もかからずに行ける隣ですが、かたつむりにとっては覚悟を決めての遠出なのでしょう。必死のかたつむりがいとおしく感じられます。 (2015年06月14日 (日) 16時02分)[5964]

洋子 > 或は、深読みをして、彼岸に向かっているわれわれの姿かも・・・。 (2015年06月15日 (月) 06時20分)[5978]

紫翠 > 二句一章で鑑賞も可能ですが、素直に読んで選をしました。 (2015年06月15日 (月) 15時20分)[5989]

梟夢庵 > この句、かたつむりという確かなモノがあるので即物具象俳句といえる、とは云えないと思う。むしろ、隣の家へ行く途中、というコトの説明に重点が置かれているといると云えよう。いずれこのことについて討議する機会を考慮すべきであろう。 (2015年06月15日 (月) 22時41分)[6002]

月番 > 「…の途中」という句を出して私自身、梟句会で注意されたことを思い出しました。 (2015年06月16日 (火) 00時06分)[6010]

月番 > すぐ上の6010、月番の書き込みは不十分、不適切です。梟夢庵先生は「…の途中」という表現そのものを否定されている訳ではなく、掲句における「隣の家へ行く途中」が具象ではなく「コト」の説明に傾いていることについて、問題提起をされていると思います。これは興味深くて月番もいろいろ考えてみたいと思うことです。ただこの場ではスペース的にも、時間的にも無理なように思います。ちょっとこれは参加者のみなさまへの宿題としてお考え願いたいと思います。梟夢庵先生、いかがでしょうか? (2015年06月18日 (木) 13時02分)[6065]

洋子 > この句は、いただきましたが、少し不思議な句です。@かたつむりが主語なら、かたつむりはどういう意図で、隣に行くのか、そして隣とはかたつむりにとって何なのか。Aかたつむりで切って、私が隣に行く途中でかたつむりを見た、という句ならちょっと平凡ではないか。そしてやはり隣の家とは何なのか。(詮索の必要はないかもしれませんが)。というようなことからやはり即物具象の句ではないような気がします。そこで「5978」のような考え方になったのですが。理屈っぽくてわかっていただけないかもしれませんが。 (2015年06月18日 (木) 22時48分)[6069]

章子 > 選をした句が大変なことになっています、私は隣の芝生が余り綺麗なので一寸息抜きにぐらいに、軽い気持ちでしたが、月番さんも洋子さんも真摯に対処なさっておられます、宜しくお願い致します,人ごとの様で済みません。 (2015年06月19日 (金) 07時30分)[6070]

美鈴 > カタツムリのような人物、殻にこもってほとんど外部とのふれあいがない人物が意を決してお隣さんへ何かの目的があって出かけている途中、というふうにも読めます。 (2015年06月19日 (金) 09時04分)[6071]

月番 > 洋子さん、章子さん、美鈴さん、それぞれ貴重なご意見、有難うございます。
洋子さん、美鈴さんの読みはそれぞれユニークで興味深く読ませて頂きました。私自身はお二人のような深いところまで入っては行けなくて、ごく単純に読みました。主人公が隣へなにかの用事で行くときにカタツムリを見かけた、ということであろうと思ったのです。ただお隣の方向へ向って進んでいるかたつむりを自宅から主人公が見ている、ということもあり得るか、と迷ったので、採りませんでした。私はこの句そのものに対して「真摯に対処」しているわけではなく、梟夢庵先生が問題提起された表現の「即物具象」ということを再考する機会と捉えたのです。読みについては紫翠様がお書きになったように、「素直に読んで」選をするのも、洋子さんや美鈴さんのように、個性的な読みも十分あり得るので、それが句会というものの面白さであろうと考えています。 (2015年06月19日 (金) 12時31分)[6072]

榮一 > かたつむりで明確に切れるのかそれとの次に続くのか悩ましいところです。続けばかたつむりが隣の家に行く途中であることになります。その読みは取りたくありません。隣に行くのは作者でしょう。その途中にかたつむりが居たと読みたいです。 (2015年06月19日 (金) 16時51分)[6093]

梟夢庵 > 今年の角川『俳句』4月号で、<俳句は「物」に語らせる>を特集している。即物具象ということを考えるうえで参考となるので、ぜひ読んでおいてもらいたい。 (2015年06月19日 (金) 21時19分)[6095]

月番 > 梟夢庵先生、ありがとうございます。あの特集は面白いしタメになるし、というわけで、私は特集の部分を切り取って、自分流に製本(と、までは行かぬチャチなもの)、車中の読み物として時々持ち歩いています。<豆の花俳句は「モノ」に語らせよ>と、句にも標語にもならぬもの作って念仏みたいに唱えていますが(笑)、必ずしも実作に結びつかないところが情けない。力不足と脳の老化の所為でしょう。先生の書かれた通り、「参考になる」ことは言うまでもなく、なにより面白いので月番からもお薦めです。 (2015年06月20日 (土) 10時48分)[6098]

世話人 > 石田剛です。 (2015年06月20日 (土) 17時26分)[6120]
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23・片陰に歩き遍路の笠の列 投稿者:世話人 (2015年06月12日 (金) 20時06分)[5904]
(義之 美保子 オサム 淳子 保子)5点 


月番 > このごろは旅行会社の仕立てるバスツアーもあるし、タクシーで廻る人もあるようです。掲句は実直に歩いて巡る「歩き遍路」さんの列なのですね。 (2015年06月15日 (月) 00時52分)[5976]

オサム > 二つの読みが可能な句だと思いました。@夏場の遍路道を延々と歩き続けるのはたまらなく暑いので、笠を被った数人の遍路が、少しでも涼しい所を求め片陰を歩いている。A遍路宿の庇の下に数個の遍路笠が並んで掛けられている(きっと遍路達はあまりに暑いので、宿の中で小休止しているのかも)。丁度その庇が片陰になっている。@だとちょっと理屈が感じられるし、まともすぎるような気がして、個人的にはAで鑑賞させていただきました。 (2015年06月16日 (火) 02時35分)[6013]

美保子 > オサムさんの二つの読み、なるほどと思いました。私は頭から、@の読みしか、浮かびませんでしたが、Aの読みもいいなあと思いました。 (2015年06月16日 (火) 15時34分)[6024]

月番 > オサムさんの鑑賞Aまでは思い至りませんでした。面白いですね。 (2015年06月16日 (火) 22時34分)[6046]

義之 > 素直に景が浮かぶ句だと頂きましたが、「歩き遍路」に引っ掛かりました。おそらく月番の書かれたように、作者は歩き遍路にこだわっていると想像しますが、理屈を感じます。オサムさんの句評のように@「片陰を/歩く・辿る/遍路の笠の列」A「片陰に並ぶ遍路の笠の列」と景を具象化するのがベターかと感じました。 (2015年06月17日 (水) 08時45分)[6049]

淳子 > 月番さんのおっしゃる(歩き遍路)さんの列と思います。直向きに寡黙に歩むお遍路さんを思いました。義之さんの(1)の読みが好きです。 (2015年06月17日 (水) 22時14分)[6056]

保子 > 遠景描写の作品として頂きました。「1」です。なごみます。 (2015年06月18日 (木) 01時09分)[6062]

榮一 > 片陰にはよくないように思います。「に」で繋ぐことによって散文になってしまいました。少なくても「や」で切るべきではと思います。 (2015年06月19日 (金) 16時55分)[6094]

世話人 > 渡利寿美さんです。 (2015年06月20日 (土) 17時27分)[6121]
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6月定例句会の準備 投稿者:句会世話人 (2015年06月12日 (金) 20時05分)[5903]
狐火に河内の国の暗さかな 後藤夜半
玉蟲はおのが光の中に死ぬ 加藤楸邨

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五月の定例句会の開催について 投稿者:世話人 (2015年05月12日 (火) 18時31分)[5687]
メイストームが列島を過ぎつつあるようです。定例句会の皆さまにはお変ありませんか。新しい年度に入り4月の終わりから5月の黄金週間も、私めには何の関係も無く過ぎて行ったようです。
投句者の皆さまの選句も出揃いましたので、明日から開催予定の句会の準備を致しました。ご多忙の方もいらっしゃるでしょうが、岡部主宰、梟夢庵先生にはご指導をお願い致しますと共に、皆さまには忌憚のない句評をお願い申し上げます。先月の最高点の森内洋子さんが今月の月番を務めて下さいます。皆さまどうか宜しくお願い申し上げます。


洋子 > 月番を仰せつかりました。皆様よろしくお願いいたします。1つの句に対して選句した人によっていろいろ違った気持ちがあると思いますので、その違いを書いていただけたら皆さんの勉強になると思います。たくさんの書き込みをよろしくお願い申し上げます。 (2015年05月13日 (水) 08時12分)[5688]

美鈴 > うっかり作者とするところを実名を書いてしまいました。
月番様、石田様、申し訳ございません。 (2015年05月18日 (月) 08時44分)[5849]

月番 > 美鈴さま、よくあることです。どうぞお気になさらずに。 (2015年05月18日 (月) 09時17分)[5854]

月番 > 句会もいよいよ明日までとなりました。
皆様、心残りのなきよう、存分にお書き込みをお願いします。 (2015年05月18日 (月) 12時11分)[5861]

世話人 > 何処も初夏の気配が感じられる昨日今日です。来週は横浜で全国大会が開催され、それぞれの年度賞の栄誉に浴された方々が表彰されます、誠におめでとうございました。句会の終了期日が来ましたので投句者名を記載いたしました。梟夢庵先生には、ご指導や助言を戴き有難うございました。また今月の月番を務めて下さいました森内洋子さんには細部にわたり、ご手配を戴き有難うございました。また、参加の皆さまにも厚く御礼もうしあげます。来月も宜しくお願い致します。 (2015年05月20日 (水) 14時05分)[5901]

月番 > 皆様、たくさんの書き込みをどうもありがとうございました。梟夢庵先生、文法のことやその他のコメントをどうもありがとうございました。緊張の1週間でしたが、大変勉強になり充実した1週間でした。1番苦闘したのは12番の天平の釈迦牟尼仏、と20番のメロンパンでしたが、適切な句評のおかげで無事解決することができまして、感謝しております。又、いろいろ書いていただいたエピソードも楽しく読ませていただきました。ありがとうございました。
もうすぐ全国大会がありますが、皆様とお会いできますことを楽しみにしております。 (2015年05月20日 (水) 19時31分)[5902]
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01・修道尼の銀のクルスや夜の新樹 投稿者:世話人 (2015年05月12日 (火) 18時22分)[5686]
(美鈴 孝子 梟夢庵)4点


月番 > 下五が「夜の新樹」で収まるとてもいい句があってなかなかそれがおもいだせず、ネットで検索してみたら、「夜の新樹」を使った句がたくさんありました。いろいろな状況に組み合わされて使える言葉だなあと思った次第です。 (2015年05月13日 (水) 08時17分)[5689]

循子 > 確かに「夜の新樹」を下五に置くと収まりが良い気がします。たまたま夕方、二人のシスターと玉造神社の近くで擦違ったことがありました。そのときの一種爽やかな風のようなものを思い出しましたが、銀のクルスがやや平凡な感じがしました。 (2015年05月14日 (木) 22時27分)[5730]

孝子 > 俳句のかたちとして、居心地良く整っていて、おさまりも良く、気持ちよい句とおもいました。たまにおとなしげな修道尼をみかけることもありますが、あまりよく観察したことはありません。それでも銀のクルスは当然のものとして感じられるほど違和感がないのが、逆に物足りなく感じられました。 (2015年05月15日 (金) 17時06分)[5752]

月番 > 「銀のクルス」について、梟夢庵先生お考えをお聞かせください。 (2015年05月15日 (金) 18時16分)[5768]

梟夢庵 > できれば知らんふりをしていたいところ。正直「銀のクルス」に強烈なエロティシズムを感じました。おそらく「夜の新樹」の所為でしょうね。 (2015年05月15日 (金) 22時03分)[5779]

月番 > 梟夢庵先生、びっくりしました。そういう読みがあったんですねえ。深いですねえ。ひょっとしてフロイトですか。 (2015年05月15日 (金) 22時26分)[5782]

千尋 > 近くにある修道院のシスターたちは十字架を掛けていません。それとシスター達は厳しい戒律の中で生活をしておられるので、夜にお見かけするということはありません。そのあたりに違和感を感じていました。
月番さんと同じで梟先生の読みに驚きました。 (2015年05月16日 (土) 23時57分)[5824]

美鈴 > クルスは修道尼が一生を捧げるキリストの象徴で、以前映画でみた修道尼は銀のクルスをかけていたように思います.教会の中で人生の大方を過ごす生き方と命を漲らせる夜の新樹はほどよく響きあっているように思います。 (2015年05月18日 (月) 08時35分)[5847]

月番 > 美鈴さま、なるほど、です。 (2015年05月18日 (月) 09時31分)[5856]

世話人 > 樋口進二氏でした。 (2015年05月20日 (水) 13時39分)[5879]
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02・主も神も暗きに在す青嵐 投稿者:世話人 (2015年05月12日 (火) 18時21分)[5685]
(剛 義之 循子)3点


月番 > 主や神を宗教的にきちんと把握しようとするととても大変なので、ここは俗に言われる神も仏も、ぐらいに受け止めていいでしょうか。 (2015年05月13日 (水) 08時19分)[5690]

義之 > スタジオジブリの「となりのトトロ」を思う。主人公の名は「メイ」と「さつき」、明らかに5月をイメージし、スクリーンに広がる大樹が神秘的であった。風にざわめく大樹の様は、神(畏れ)の存在を素直に感じる。因みに、主はイエスキリストであり、神が世に遣わした救世主である。作者はクリスチャンなのだろうが、私の宗教心からは、「妖怪の暗きに在す青嵐」であろうか。 (2015年05月13日 (水) 09時22分)[5710]

月番 > 義之さま、さっそくにありがとうございました。私のうろ覚えの記憶の中に「神は細部に在す」のようなフレーズがあるのですが、本当でしたでしょうか。私は勝手に「俳句は細部にあり」と思っているのですが。 (2015年05月13日 (水) 09時37分)[5714]

義之 > 安易に「も」を使うなとよく教えられるが、一瞬を明確に切り取ることが大切な俳句において、焦点がぼやけてしまうからであろう。しかし、掲句に「も」の嫌味が感じられないのは、主はイエス・キリスト、神は全宇宙に唯一のものであり、曖昧さが全く無いからなのである。 (2015年05月13日 (水) 10時06分)[5717]

循子 > 15年ほど前に池田澄子さんの≪青嵐神社があったので拝む≫という句を読んで、その得も言われぬ可笑しさに感動しました。以来「青嵐」というと、この句を思い出します。
掲句は、それに比べると、神妙で真面目な、どちらかというと暗いイメージで読みました。読み手としての私が持つ暗さかも知れません。
「主」はキリスト教の、そして「神」はいわゆる八百万の神を指すのかと単純に考えました。キリスト教も派によって三位一体と教わったり、父なる神、御子イエス、聖霊はそれぞれ別の存在であると教わることもあり、詳らかなことは知りません。単純に「主なる神」と捉えました。いずれにせよどちらも目に見えぬ。それを「暗きに在す」と表現されたものでしょうか。星の王子さまが「大切なものは目に見えないんだよ」というような科白を言ってた記憶がありますし、金子みすゞの詩に「見えぬものでもあるんだよ」というフレーズがありますが、作者さんは青嵐にそういう存在を感じたのかも。クリスチャンかどうかは無関係でしょうが、不思議な句です。私自身はこの句の持つ或る種の暗さに共感するものがありました。 (2015年05月14日 (木) 00時41分)[5719]

月番 > 循子さま、ありがとうございした。「この句の持つ或る種の暗さに共感するものがある」というご意見に私も共感しております。 (2015年05月14日 (木) 11時48分)[5725]

> 場所を訊ねるべきではないかも知れないが、教会も神社もまた仏閣も、主(しゆ)や神(かみ)は暗い所に安置されている所が多いようだ。「神も佛もあるものか」とは、世の無情や不遇を嘆いていう言葉のようであるが、この句は、在す(おわす)と云っているので、敬虔な祈りの姿勢があるように思えた。外は青葉を揺すって少し強い風が吹いている、清々しく明るい風である。この句は季節の中でふと兆した作者の心の翳りなのだろうと思う。私自身の経験でもあるが、歳を積むと共に宗教や信仰に対する、考え方や思いはきっと変化している筈である。 (2015年05月14日 (木) 19時38分)[5727]

月番 > 剛さま、「季節の中でふと兆した心の翳り」って、素晴らしい評と思いました。 (2015年05月14日 (木) 20時28分)[5729]

世話人 > 編集長若林千尋さんです。 (2015年05月20日 (水) 13時40分)[5880]
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03・砺波野の皇居へ贈るチューリップ 投稿者:世話人 (2015年05月12日 (火) 18時20分)[5684]
(加津子 鈴子 吉章)3点


月番 > チューリップ畑の広がりが見えるような句ですね。 (2015年05月13日 (水) 08時21分)[5691]

月番 > たしか阪神大震災の時、美智子皇后が皇居に咲いているお花(水仙だったでしょうか)を摘んで来られて慰霊の手向けにされた、ということがあったように思います。心温まるエピソードですが、砺波のチューリップも皇居に贈られるんですね。 (2015年05月16日 (土) 09時50分)[5795]

鈴子 > 砺波のチューリップはテレビの映像でしか見たことはありませんが、ほんとうに見事なチューリップ。皇室に贈られていたことは私も知りませんでした。掲句は中8になっているようですが、内容はそのままで、「皇室へ贈る砺波のチューリップ」としたら定形になると思いますが・・・・ (2015年05月16日 (土) 20時50分)[5814]

作者 > 大正7年に10個の球根から始まったチューリップの球根が肥沃な扇状地で栽培されて、球根の出荷量は全国一となっています。球根が毎年皇居に送られています。オランダの友好都市から移築されたオランダ風車があります。 (2015年05月16日 (土) 20時53分)[5815]

鈴子 > 皇居へ贈られたのは砺波の球根だったのですか、私はてっきりチューリップの花かと思っておりました。チューリップの歴史、初めて知りました。有難うございました。 (2015年05月16日 (土) 21時46分)[5816]

作者 > 鈴子様田圃一面に植えられたチューリップは絨毯の様で生き生きと咲いています。ミュウジアムでは一〇〇〇種のチューリップがあるそうです。見たことのない花。茎型まさに、茎放埓のチューリツプでした。

1000種です。
  
(2015年05月16日 (土) 22時44分)[5819]

月番 > 作者さま、球根が贈られるのですね。初めて知りました。ありがとうございました。 (2015年05月16日 (土) 23時26分)[5822]

月番 > 又余談になりますが、神戸で、「インフィオラータ」というイベントがあります。チューリップのいろいろな色の花を敷き詰めて、路上に絵を描くというものですが、その時のチューリップの花びらが富山から運ばれてくると聞きましたが砺波からでしょうか。球根を太らすためには花はすぐ切った方がいいんですよね。

(2015年05月16日 (土) 23時49分)[5823]

加津子 > 私もてっきりチューリップの花と思って頂きました。丁寧に包装されて送られるのでしょうね。昨年の皇居の吟行会で見かけた勤労奉仕の方々と重なり頂きました。 (2015年05月17日 (日) 13時39分)[5833]

鈴子 > 作者の方は田圃一面の絨毯のようなチューリップをご覧になられているようで、なんと羨ましい!いまどきのチューリップはほんとに色も形もさまざまですね。小学唱歌の赤、白、黄色、も懐かしく想い出されます。 (2015年05月17日 (日) 16時44分)[5839]

作者 > 開花しきつて直ぐに摘花して球根を育てています。私も地元で街中の花びらを敷きつめて作られた園を見たことがあります。農家の方は、手間がかかるのでその場で廃棄しているそうです。路上の花絵も砺波からのチューリップと思います。 、 (2015年05月18日 (月) 11時22分)[5858]

月番 > 作者様、ありがとうございました。球根は皇居へ、花びらは神戸に届くんですね。砺波がとても身近に感じられてきました。 (2015年05月18日 (月) 12時06分)[5860]

世話人 > 渡辺淳子さんでした。 (2015年05月20日 (水) 13時41分)[5881]
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04・メモ帳に漢字が増えて麦の秋 投稿者:世話人 (2015年05月12日 (火) 18時20分)[5683]
(美鈴 惠美子 主宰)4点


月番 > メモ帳の持ち主は何歳くらいでしょう。 (2015年05月13日 (水) 08時22分)[5692]

循子 > 俳句を始めた頃、読めない漢字があって、えつぐ・まもる先生に電話で教えて頂いたことがあります。「俳人はなんでこんな難しい字を使うんでしょうね」と私がこぼしましたら、「僕もそう思う」とお笑いでした。著名俳人の作品には、今でも読めない漢字が幾つも出てきて、その度に調べて書き込んだり、手帳に書いたりしますが、悲しいかな今では全くアタマに定着してくれません。書き込んだことさえ記憶から飛んでいます。中七までは、私自身のことかと思った位ですが、残念ながら私、麦の秋のような実りとは無縁。掲句のメモ帳は伸び盛りのお子さんのものでしょうか。 (2015年05月14日 (木) 22時57分)[5731]

惠美子 > 循子さまの評に頷いております。 私も 初めの頃はよくまもる先生に教えて頂きました。 循子さまはもう美しく実っておられますが、私は青いまま・・! 「麦の秋」を目標に・・!!  頭に入れるよりも 零れ落ちる方が多くなってきております。 私の応援歌のようで・・。 (2015年05月15日 (金) 08時51分)[5739]

月番
恵美子さま、ありがとうございます。確かに「麦の秋」を目標に、ですね。
美鈴さまはどう思われますか。

   
(2015年05月15日 (金) 09時15分)[5741]

美鈴 > 何年か前に孫のまねをしてニンテンドーDSを買いました。ソフトの一つに250万人の漢検があり、時々遊んでいます。季語はあまり出てきませんが、やさしい漢字がわからない時はショックです。作者はきっと季語の勉強をされているのでしょうね。辞書を使っても漢字を使うよう心がけています。麦の秋は好きな季語です。 (2015年05月16日 (土) 18時05分)[5804]

月番 > 美鈴さん、ありがとうございます。大人から、子供から、いろいろなメモ帳が見えてきましたね。 (2015年05月16日 (土) 19時28分)[5807]

世話人 > 舛室杏花さんでした。 (2015年05月20日 (水) 13時42分)[5882]
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05・夏初月手拍子流す屋形船 投稿者:世話人 (2015年05月12日 (火) 18時19分)[5682]
(剛)1点 


月番 > 夏初月は「なつはづき」と読むようです。 (2015年05月13日 (水) 08時24分)[5693]

循子 > 夏初月という季語は字面も響きも好きなのです。あまり使われないのか、以前どこかの句会に出したら読んで貰えなかった記憶があります。この句を通り過ぎてしまったのは「手拍子流す」にひっかかったようです。 (2015年05月14日 (木) 23時11分)[5732]

> 河川の見直しや観光等に屋形船が見直されていると、何かにあった。富山も新幹線が通じて、町中の小さな川や運河も花見の時期には、屋形舟もどきが運行されている。隅田川の沿岸には趣向を凝らした屋形船は多い。年間を通じて楽しめる、勿論酒と料理付の観光船である。また四季の折々に、春は花見、夏は花火、秋には月見まである。大川から見上げる東京の夜景は素晴らしいと思う。夏の始まる月に満艦飾の舟から流れる手拍子は賑やかな宴席に違いない。勤めて居る頃に何度か乗る機会があったが、その都度急な仕事が出来たりして乗る機会を失った。初めで見る季語だったが、古い江戸の催しや情緒も夏初月に見えているようである。 (2015年05月15日 (金) 10時47分)[5743]

月番 > とても風流な景なのですね。ありがとうございました。 (2015年05月15日 (金) 12時40分)[5744]

世話人 > 浅村恵美子さんでした。 (2015年05月20日 (水) 13時43分)[5883]
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06・囀をそうかそうかと聴いており 投稿者:世話人 (2015年05月12日 (火) 18時18分)[5681]
(義之 寿美 オサム 洋子 惠美子 鈴子 章子)7点 


月番 > 「囀」をこのような視点から読んだ句は初めて出会いました。 (2015年05月13日 (水) 08時25分)[5694]

義之 > 日本昔話の世界、「舌切り雀」を思った。翻って現代社会に下れば、ひがな、囀りを楽しむ好々爺の姿が浮かんでくる。 (2015年05月13日 (水) 09時26分)[5712]

月番 > 「舌切り雀」ですか。「そうかそうか」の思いです。 (2015年05月13日 (水) 09時41分)[5715]

寿美 > まるで自分が小林一茶にも成った気分になりました。山の中に住んでいると東側の梅の木にいろんな小鳥がやってきます。窓を開けていると木に飛んできても見られているのが判るのか落ち着き無く枝移りして鳴きません。ブラインドを下ろすと仲間を呼んでいるのか美しい声でしばらく鳴き、すると仲間がやってきてほんとにおしゃべりするかのようです。 (2015年05月15日 (金) 16時42分)[5749]

月番 > 私のマンションも六甲山の麓にありますので、朝から晩まで鳥の囀りに満ちています。メロディーのついた鳴き声の鳥もいるのですが、なんの鳥か調べようがありません。残念に思っています。
(2015年05月15日 (金) 17時29分)[5756]

循子 > 鳥の鳴き声で私が識別できるのは鶏と烏、鶯と雀、ぐらいのものです。近所の自然公園で独り花見をしていたときは、満開の桜の下で、囀りの美しさに感動しました。小鳥たちは忙しく飛び回るので、姿を捉えることが出来ず、残念。月番さまがお書きの通りです。ツーピッ!ツーピッ!この可愛い鳴き声が気になって君は誰?と思いながら、春は行ってしまいました。 (2015年05月15日 (金) 19時48分)[5772]

月番 > あとは、山鳩、ほととぎす、くらいでしょうかね。夜になく梟の仲間の声は聴いたことがありませんし・・・。あ、トンビもわかりますね。なんて無駄話をしてしまいました。 (2015年05月15日 (金) 21時21分)[5776]

オサム > 皆様、それぞれの身の回りの囀りの話題で盛り上がられておられるようですね。さて、掲句はもちろん、「夏鴬さうかさうかと聴いて遣る 飯島晴子」を意識した一種の本歌取りの句と思いました。おそらく一羽の夏鴬に対しては、しっかりと(聴いて遣る)、ですが、無数の囀りに対しては、ある意味聞き流す感じの(聴いており)がぴったり来うるように思いました。 (2015年05月16日 (土) 03時28分)[5790]

月番 > オサムさま、ありがとうございます。飯島晴子の句は知りませんでした。 (2015年05月16日 (土) 09時29分)[5792]

章子 > 私も飯島晴子氏の句を知りませんでした, 多分鳥語をご存じないであろう作者さんのお優しいお人柄やお姿を想像して私もご一緒にそうかそうかと聴いている気分になりました。 (2015年05月16日 (土) 15時11分)[5800]

鈴子 > 電信柱のトランスの周りでひとしきり啼いたと思うと、近所の古い家の樹の茂みから囀りがひっきりなしに聞こえて来て、どんな鳥が、どんな貌をして囀っているのか想像しながら楽しんでます。囀りに元気をもらう時もあり、好きな季節です。 (2015年05月16日 (土) 15時26分)[5801]

月番 > 皆さま、やさしい感想をありがとうございます。 (2015年05月16日 (土) 18時28分)[5806]

美鈴 > オサムさまありがとうございます。飯島春子の句は知りませんでした。「そうかそうか」を「さうかさうか」にしようかと迷いました。せずに良かったと思います。飯島春子氏と同じ感性を持っていたことにちょっぴり嬉しさを感じています。ノーテンキな私です。 (2015年05月18日 (月) 08時42分)[5848]

美鈴 > 作者とするところをうっかり実名を入れてしまいました。
石田様月番様、申し訳ございません。ノーテンキではなく、脳があぶない状態です。 (2015年05月18日 (月) 08時48分)[5850]

月番 > 美鈴さま、どうぞお気になさらずに。
飯島晴子と同じ感性をお持ちなんて、さすが美鈴さんですね。
(2015年05月18日 (月) 09時11分)[5852]

世話人 > 佐藤美鈴さんです。 (2015年05月20日 (水) 13時44分)[5884]
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07・散るに非ず崩るる牡丹見てゐたる 投稿者:世話人 (2015年05月12日 (火) 18時17分)[5680]
(オサム 洋子 孝子 循子)4点


月番 > 牡丹の散る様子ですね。 (2015年05月13日 (水) 08時27分)[5695]

循子 > 大輪の牡丹はハラハラ散るというより、まさに崩れる感じ。眼前に自分が見ている気がします。 (2015年05月14日 (木) 23時17分)[5733]

孝子 > 散るに非ずの明確な言い切りになぜか心がすっきりして、そのあとの中七下五がうなずけて大好きな句です。本当にそのままです。池上は寺の多いまちで道の並び、向い側。寺だらけです。牡丹の満開のときは、この寺、向いの寺と寺ごとに手入れのきいたボタンをみてまわりました。中にはこの状態もありました。実感です。 (2015年05月15日 (金) 17時41分)[5761]

月番 > 本当にお二方のおっしゃるとおりに思います。後はオサムさんの鑑賞が楽しみです。 (2015年05月15日 (金) 17時51分)[5763]

オサム > 掲句の牡丹は、次第に衰えゆく最愛の女性の象徴であろう。百花の王という別名があるほど、可憐で存在感のある牡丹の花。白楽天や李白はあの楊貴妃を詩の中で牡丹に喩えたりもしている。(崩るる)という表現は生々しくもあり、哀しくもあり、ただ男はそれを(見てゐたる)他ないのである。動詞の多さがちょっと気になる句ではあった。 (2015年05月16日 (土) 03時54分)[5791]

月番 > オサム様のことだから、なまじの鑑賞ではないだろうと予想はしていたのですが、まさか楊貴妃まで思いが及ぶとは想像もできませんでした。なるほどそういう鑑賞もおもしろいですね。循子さま、孝子さま、どう思われましたか。 (2015年05月16日 (土) 09時33分)[5793]

循子 > 男性ならではのご意見と思いました。
私は牡丹を可憐と感じたことがないので、ちょっと戸惑っています。女性の美の移ろいを「崩るる」という言葉で表現することにも抵抗があります。
それぞれの読みがあっていいので、オサムさんのご意見に反論する気はありません。私は単純に牡丹の移ろう様の描写と読みました。
動詞の多さという点では、同感です。なにせ名詞は牡丹だけで、あとは全て動詞ですから。 (2015年05月16日 (土) 22時11分)[5817]

梟夢庵 > この句の動詞の多さには辟易するが、口調の良さについ最後まで読まされてしまう。そして再度読み直してみて、その内容のなさに驚く。掲句は牡丹の花は散るというより全体が崩れるという感じだという一般的なことを述べたにすぎない。次の例句と比べると具体性具象性のないことは明らか。<火の奥に牡丹崩るるさまを見つ 加藤楸邨><白牡丹帯のたかさにくづれちる 石原八束><夕風や牡丹崩れて不二見ゆる 鳳 朗> (2015年05月17日 (日) 23時25分)[5841]

月番 > 梟夢庵先生、コメントありがとうございました。 (2015年05月18日 (月) 08時11分)[5843]

循子 > 梟夢庵先生、有難うございました。牡丹=「崩れる」がそれほど詠まれているとは、迂闊にも知りませんでした。楸邨の句などはアンソロジーにも出ていて読んだ筈ですが、記憶になかったのは、読みも浅かったせいです。 (2015年05月18日 (月) 11時23分)[5859]

循子 > …とは言え、知らなかった者としては、非常に新鮮ではありました。 (2015年05月19日 (火) 11時42分)[5868]

世話人 > 今月はお忙しい岡部主宰です。 (2015年05月20日 (水) 13時46分)[5885]
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08・橋わたる卯月曇りの御茶ノ水 投稿者:世話人 (2015年05月12日 (火) 18時17分)[5679]
(進二 鈴子 千尋)3点


月番 > 東京に疎いのですが、この橋は神田川にかかる御茶ノ水橋ですか。 (2015年05月13日 (水) 08時28分)[5696]

鈴子 > 神田川にかかる橋は「聖橋」と思います。ずいぶん前に吟行に行ったことなど思い出しました。季語の卯月曇りは初めて知りましたが、聖橋から眺めた湯島聖堂、ニコライ堂など、卯月曇りに溶け込んでるさまが読み取れました。 (2015年05月16日 (土) 14時33分)[5798]

月番 > 鈴子さま、ありがとうございます。ネットで検索して聖橋の雰囲気を楽しみました。 (2015年05月16日 (土) 18時20分)[5805]

千尋 > 卯月曇をわたしも知りませんでした。が先月たまたま、聖橋からの東京らしい景色を楽しみましたので、もう懐かしくていただきました。
観光の船が橋の下を潜って行きました。 (2015年05月17日 (日) 00時16分)[5825]

循子 > 実景を知らないので、頂きませんでしたが、「卯月曇」はいい季語ですね。「り」は取って、「卯月曇」としたほうが、すっきりすると思うのですが。 (2015年05月19日 (火) 11時49分)[5869]

鈴子 > 循子さんのご指摘通り、「卯月曇」ですっきりしますね。 (2015年05月19日 (火) 15時04分)[5873]

世話人 > 石田加津子さんでした。 (2015年05月20日 (水) 13時46分)[5886]
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09・行く春やローランサンの空の色 投稿者:世話人 (2015年05月12日 (火) 18時16分)[5678]
(加津子 眞佐子 章子 梟夢庵)5点


月番 > ローランサンはよく俳句に出てきますね。 (2015年05月13日 (水) 08時29分)[5697]

章子 > ローランサンのパステルカラーから二十世紀の巴里の空の色を想像して見ました、パソコンの机の窓から見た横浜の今日の空は珍しいほど美しく春を惜しむに充分でした。 (2015年05月15日 (金) 16時37分)[5748]

孝子 > ローランサンから思いだした蛇足なことですが、徹子の部屋のテレビ番組で黒柳徹子さんが好きな画家らしくいつも彼女の絵を飾っていました。その昔のころ、東京駅大丸の美術館でローランサンの展示を見に行ったとき、売り場で聞いた声がすると思ったら、徹子さんが絵を一生懸命えらんでいて、しかもすっぴんだったのでびっくりしたことがあります。でもこうやって、自分で選んでるんだと感動したことがありました。関係ない話で失礼しました。 (2015年05月15日 (金) 17時57分)[5764]

月番 > 章子さま、ありがとうございました。
また、孝子様、素敵な場面に立ち会えてラッキーでしたね。 (2015年05月15日 (金) 18時14分)[5767]

眞佐子 > ローランサンの絵の淡い色が行く春によく合っていると思いました。 (2015年05月16日 (土) 20時38分)[5813]

加津子 > 季語がとても合っていると思いいただきました。 (2015年05月17日 (日) 13時44分)[5835]

世話人 > 森内洋子さんでした。 (2015年05月20日 (水) 13時47分)[5887]
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10・厨からはじける笑い柿若葉 投稿者:世話人 (2015年05月12日 (火) 18時15分)[5677]
(義之 加津子 杏花 孝子 保子 循子 吉章 千尋 梟夢庵)10点 


月番 > どんなお料理ができるのでしょう。 (2015年05月13日 (水) 08時30分)[5698]

義之 > 素直に景が浮かんでくる、ほのぼのとした作品で、柿若葉が良く効いている。 (2015年05月13日 (水) 09時27分)[5713]

杏花 > どんな料理でも集まってつくるのは楽しいですよね
季節もいいですね柿若葉が心地よく
素直な作品ですねやさしい作者が見えます。 (2015年05月14日 (木) 09時39分)[5723]

循子 > 義之さんや杏花さんがお書きのように、「柿若葉」が決まっていて、家族の在りようまで覗えます。「はじける笑い」が平凡のようでありながら、実に効果的と思います。 (2015年05月14日 (木) 23時27分)[5734]

月番 > 「柿若葉」がよく効いているというお三方のご意見ですが、他の皆さまはいかがでしょうか。 (2015年05月15日 (金) 12時43分)[5745]

孝子 > 柿若葉本当にきれいでつやつやして、大好きな季語なのになぜか、自分では作れません。楽しい句でとてもぴったり決まっていると思いました。厨と言っているけど、本当はキッチンと言いたいような若さを感じます。 (2015年05月15日 (金) 18時04分)[5765]

月番 > 本当に「キッチン」の方が似合うように思いました。皆様の書き込みで、その都度、目からうろこの思いです。 (2015年05月15日 (金) 18時20分)[5770]

千尋 > みなさんが言われるように「柿若葉」が本当に決まっていると思いました。
いま一人暮らしなのでうらやましい限りです。 (2015年05月17日 (日) 00時25分)[5826]

月番 > 柿若葉・・・殊勲賞ものですね。 (2015年05月17日 (日) 10時27分)[5829]

加津子 > 柿若葉は本当に厚みがあって豊かな葉です。家族の元気な様子が見えました。逆に柿落葉はなかなかしぶとく掃き寄せるのにも苦労します。 (2015年05月17日 (日) 14時07分)[5837]

世話人 > 三島章子さんでした。 (2015年05月20日 (水) 13時48分)[5888]
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11・薫風や大地に影す一軒家 投稿者:世話人 (2015年05月12日 (火) 18時15分)[5676]
(剛 美保子 主宰)4点


月番 > 「影す」という表現についてお聞かせください。 (2015年05月13日 (水) 08時31分)[5699]

梟夢庵 > かって、えつぐ・まもるとこの件に関して議論したことがあった。結論は出なかったのであるが、参考になればと思い紹介する。「影す」は「影」(体言)に、動詞「す」(為・口語「する」)の付いた複合動詞である。その例は、「愛す」「卒業す」「落第す」「答弁す」等々。その意味では「影す」が誤った用法と云うわけではない。かと言って体言(名詞)であれば何でもよいと云うわけでもない。「天井す」「電信棒す」などは意味をなさない。その境界が明確にできないまま、まもるとの論議は終っている。したがって、その表現の良否はもっぱら読者の感性に委ねるしかあるまい。わたしは推敲の余地があるようにおもう。<薫風や地に影落とす一軒家><薫風や地に影しるき一軒家>…? 
(2015年05月14日 (木) 18時06分)[5726]

月番 > 梟夢庵先生、ご説明をどうもありがとうございました。まもる先生にもご登場いただいて懐かしい思いをしました。なかなか難しい問題なんですね。言葉は時代とともに変わっていくものと思いますが、「お茶する」などという言葉はもうしっかりと定着してしまいましたね。時々自分は昭和の化石か!と思うことがあります。 (2015年05月14日 (木) 20時25分)[5728]

循子 > 月番さんの適切な問題提起と、梟夢庵先生のコメントで、閊えが取れた気がします。有難うございました。
複合動詞云々の他に、「影す」は終止形ではないか。終止形なら、ここで切れが入ってしまうのではないか。文法に弱い私には、そんな疑問があったのですが…。 (2015年05月15日 (金) 00時27分)[5736]

月番 > 梟夢庵先生、循子さまの疑問に対して、もう一度お出ましをお願いいたします。 (2015年05月15日 (金) 07時31分)[5737]

孝子 > 私も先生のコメントですっきりしました。また推敲の句で達意も形もよくなったとおもいます。この、す。は四段型で終止でなく連体形ではないかと思ったのですが、先生ご指導おねがいします。 (2015年05月15日 (金) 18時18分)[5769]

梟夢庵 > まず孝子さんの質問から答えます。文語「す」は四段活用ではなく、サ行変格活用で「せ・し・す・する・すれ・せよ」と活用します。したがって「影す」は終止形で、循子さんのご指摘のとおり原句は三段切れです。なお、口語の
「する」もサ行変格活用ですが「せ・し・する・する・すれ・せよ」でありややこしい。 (2015年05月15日 (金) 21時14分)[5775]

月番 > 梟夢庵先生、ありがとうございました。これですっきりいたしました。 (2015年05月15日 (金) 21時25分)[5777]

美保子 > 梟夢庵先生、お教えありがとうございます。先生の推敲で、三段切れも解消されますね。二番目の推敲句の「しるき」は「著し」の連体形ということでいいのでしょうか。文法苦手で、夕べから、文法の本を一生懸命読んでいるのですが、ご指導を頂けたら、幸いです。掲句は 薫風が吹き抜けるにふさわしい、大きな景にひかれましたが、三段切れには気付きませんでした。
(2015年05月15日 (金) 22時07分)[5780]

作者 > 梟夢庵先生、皆様有難うございます。三段切れの事良く分かり、すっきりとしました。「薫風の大地に影す」「の」にしてみたいと思います。 (2015年05月15日 (金) 23時47分)[5787]

孝子 > 先生ありがとうございます。久し振りに古語辞典ひっぱりだして文法みなおしました。 (2015年05月16日 (土) 12時46分)[5797]

> この句の云う大地の一軒家を考えた。いま大地と形容されるような所はそんなに有るまい、大地と云うからには剥き出しの地面が見える所である。密集した都市の無機質な建造物だって影をもつが、そこはもう大地とは呼べまい。私に見える景色は、宅地造成などで開発されて販売された土地に、家が建ち始めた、そんな景色であった。風薫る日に願望のような気持ちで影を曳くこの家を見ているに違いない、この大地や一軒家は憧れではあるまいか。先生や皆さんがたくさんの評を付けられて大変参考になりました。 (2015年05月17日 (日) 10時53分)[5831]

月番 > 剛さま、深い読みをありがとうございました。 (2015年05月18日 (月) 08時14分)[5844]

世話人 > 伊藤保子さんでした。 (2015年05月20日 (水) 13時49分)[5889]
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12・天平の銅の釈迦牟尼夏きざす 投稿者:世話人 (2015年05月12日 (火) 18時14分)[5675]
(美保子 進二 紫翠 主宰)5点 


月番 > 東大寺の大仏様でしょうか。 (2015年05月13日 (水) 08時32分)[5700]

紫翠 > 「夏きざす」がよく効いていると思います。 (2015年05月15日 (金) 14時17分)[5746]

月番 > 「鎌倉や御仏なれど釈迦牟尼は美男におはす夏木立かな」という与謝野晶子の短歌がありますか、東西の大仏様は夏が似合っているのですね。 (2015年05月15日 (金) 17時48分)[5762]

美保子 > 帚木蓬生の「国銅」という小説に仏像建立の様子が詳しく、書かれていて、当時、重機もない時代にあのような大きな仏像をどのように作ったのかを知る事ができて、母にも回して、二人で感激したので、この句もとても親しみを覚えて頂きました。夏きざす がさわやかで、ぴったりだと思いました。
(2015年05月15日 (金) 22時21分)[5781]

千尋 > 遅れて来て何ですが、東大寺の大仏さまは盧舎那仏で、釈迦牟尼仏ではありません。天平の金銅製の仏というと東大寺の誕生の釈迦牟尼でしょうか。花祭のときに拝観できますよね。国宝だからレプリカかもしれませんが。 (2015年05月17日 (日) 03時40分)[5827]

月番 > 千尋さま、ご指摘ありがとうございました。ちょっと検索してみましたが、なかなか難しそうなので時間のある時にしっかり調べてみます。千尋さまは仏像にお詳しいと伺っておりますので、少し説明していただけたらありがたいのですが・・・。

(2015年05月17日 (日) 09時34分)[5828]

月番 > 確かに、奈良の大仏は盧舎那仏で、鎌倉の大仏は阿弥陀如来像だそうです。
釈迦牟尼像はどこにおわすか・・・。釈迦三尊像のようなかたちで、本堂内に安置されていることが多いのでしょうか。飛鳥時代だったり、天平時代だったりして、うまく調べきれません。掲句の釈迦牟尼仏はどこにあるものなのか特定できませんでしたので、どなたかご存知の方教えてください。。 (2015年05月17日 (日) 13時40分)[5834]

作者 > どこの釈迦如来か、明かすならば、関東最古の御仏とつたえられる深大寺の釈迦堂に安置されている白鳳時代の釈迦如来倚像でとてもすばらしいおかをのみほとけです。しばらく堂を改築中でしたが、拝見できるようになりました、 (2015年05月18日 (月) 13時02分)[5862]

月番 > 作者様、とんだ勘違いをしてしまい申し訳ありませんでした。おしらせいただき、さっそくネットで検索しましたところ、確かに、美しい釈迦牟尼のお姿を拝見することができました。
どうもありがとうございました。 (2015年05月18日 (月) 17時00分)[5863]

千尋 > 深大寺のお釈迦如来は白鳳時代らしい切れ長のおかお、美しいですね。わたしもネットで調べさせていただきました。
天平の金銅仏と限られたので混乱してしまいました。厳密に事実を追及することもないのかもしれませんが。 (2015年05月18日 (月) 17時52分)[5866]

美保子 > 東大寺の仏像は盧舎那仏だったのですね。何回か見ていたはずですのに。国銅 も東大寺の仏像建立の話だったと思います。
深大寺の釈迦牟尼像は見たことがありません。まだ、混乱していますが、菩提寺の坊守さんに教えて頂いた時期もあったのに、本当にさわりの部分だけだったのだなと思っています。こうやって、書き込みをしていただくだけでも、勉強になります。ありがとうございます。 (2015年05月19日 (火) 13時47分)[5871]

月番 > 美保子さま、私も今回はとてもいい勉強になりました。盧舎那仏、というのもつかむのが難しくて、本当に時間のある時にじっくり取り組まないと、理解できないような気がして、ひとまず、あきらめました。今回の句会は、仏教関係、キリスト教関係があり、本当に何も知らないということを実感させられました。 (2015年05月19日 (火) 20時16分)[5874]

世話人 > 久野孝子さんでした。 (2015年05月20日 (水) 13時50分)[5890]
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13・二枚目も三枚目も逝き昭和の日 投稿者:世話人 (2015年05月12日 (火) 18時13分)[5674]
(剛 義之 美保子 寿美 眞佐子 鈴子 章子 保子 紫翠 吉章 梟夢庵)12点  


月番 > 歌舞伎の看板の2枚目は若い色男の役者、3枚目は道化役の名が書かれたことからきているそうです。 (2015年05月13日 (水) 08時38分)[5701]

義之 > 人により思う人物はそれぞれだろうが、成程と納得させられる句である。因みに本句から少し外れてしまうが、私にとっての昭和の大スターといえば、美空ひばり(平成元年6月24日歿)である。 (2015年05月13日 (水) 09時42分)[5716]

月番 > 選ばれた皆さんにはそれぞれに思っている二枚目、三枚目がいらっしゃることと思いますが、どなたなんでしょう。 (2015年05月13日 (水) 18時31分)[5718]

寿美 > 長谷川一夫・上原謙・佐田啓二・渋いところで佐野周治?・・活動写真全盛期の俳優ですよね。三枚目は脇役の多い人ででもその人達が居ないと映画も面白くないし、二枚目も引き立たないですよね。昭和の娯楽は活動写真でしたよね。 (2015年05月15日 (金) 16時54分)[5750]

月番 > たくさんの懐かしい名前があがりましたね。他の皆様はいかがですか。 (2015年05月15日 (金) 17時32分)[5757]

循子 > それぞれ思う二枚目、三枚目はあるでしょうが、俳優に限らず、作家、詩人、絵描き、噺家、などなど。最近亡くなられた米朝師匠などは二枚目だと思うし、三枚目は…まあいろいろと。
寿美さんが懐かしい名前を書いて下さって、そう言えば少女の私は上原謙ほど美しい男はいない、と公言。ブロマイドを集めていたそうで、同窓会に行くと、必ずそのことでバカにされていました。 (2015年05月15日 (金) 21時03分)[5773]

美保子 > 二枚目、三枚目という言い方で、昭和を表していて、昭和時代に主に活躍された方が、最近、亡くなられて、そのことを惜しむ気持ちをうまく俳句にされたと思いました。最近では 高倉健 なども、そうでしょうか。 (2015年05月15日 (金) 22時35分)[5784]

紫翠 > 「昭和の日」の作品を多く見ていますが、この切り口の表現は新鮮です。「昭和の日」が効果的と思います。 (2015年05月16日 (土) 16時03分)[5802]

> 二枚目はいまの時代なら、さしずめイケメンであろうか。映画が全盛だった頃の昭和3,40年代を思い起こせば、当時の銀幕の俳優たちが懐かしい。戦後の働け働けのそんな時代が過ぎて行き、世の中は豊かになり、必然であったようにテレビの時代が到来して、映画は斜陽産業となって久しい。テレビが悪いとは言えないが、手軽な映像が氾濫することで、現代は節操も無い、定義も無い「もどき」達の世界である。昭和は多感で熱く過激な時代であったと思うし、理不尽と云う人もいるが、何事においても不動の昭和であったと、私は思っている。 (2015年05月18日 (月) 10時00分)[5857]

月番 > 平成7年に阪神大震災があり、その年に子供たちが大学を出て、独立しましたが、平成時代というとその年のことしか記憶がなく、あとはのっぺらぼうの真っ白い月日で、平成時代がどんな時代だったのか、つかみどころがありません。そして時々、自分は昭和の化石だ、と思っているこの頃です。 (2015年05月18日 (月) 17時15分)[5865]

世話人 > 今月の最高点は安田循子さんです。 (2015年05月20日 (水) 13時52分)[5891]
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14・涅槃図にいる錯覚や通夜の席 投稿者:世話人 (2015年05月12日 (火) 18時13分)[5673]
(美保子 杏花 眞佐子)3点


月番 > 「涅槃図」は釈迦入滅の時の図ですね。 (2015年05月13日 (水) 08時40分)[5702]

杏花 > 通夜と涅槃図つきすぎでしようか
暫く高熱で入院、、自分に想いをかさねていました。 (2015年05月14日 (木) 09時10分)[5720]

月番 > 杏花さん、ありがとうございます。お病気されていたんですね。お大事になさってください。 (2015年05月14日 (木) 09時24分)[5721]

月番 > すみません、同じ色を使ってしまいました。 (2015年05月14日 (木) 09時25分)[5722]

美保子 > 最近、義兄を見送ったばかりで、気持ち的には掲句のようなおごそかな気持ちを持ちました。お通夜と告別式とは又、違った雰囲気を持っていると思いました。 (2015年05月15日 (金) 22時40分)[5785]

月番 > 美保子さま、経験された方にはぴったりのお気持ちでしょうね。 (2015年05月15日 (金) 23時09分)[5786]

眞佐子 > 長谷川等伯の涅槃図を見てきたばかりでしたのと、義理の弟のお通夜と告別式があったばかりでしたので、我が事のように思いいただきました。 (2015年05月16日 (土) 20時28分)[5811]

梟夢庵 > 杏花さん入院されいたとは知りませんでした。もう大丈夫なの?大事にして下さい。
句の涅槃図と通夜との配合はやはり付き過ぎです。 (2015年05月16日 (土) 22時38分)[5818]

世話人 > 小川紫翆氏でした。 (2015年05月20日 (水) 13時53分)[5892]
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15・西田幾多郎のごとき沈思や蟇 投稿者:世話人 (2015年05月12日 (火) 18時12分)[5672]
(洋子 循子)2点


月番 > 西田幾多郎といえば「善の研究」がすぐ思い浮かびますが、その哲学体系は難関過ぎて、とてもとても・・・というところです。循子さま、存分にお願いします。 (2015年05月13日 (水) 08時42分)[5703]

循子 > 折角のご指名ですが、私は西田哲学については、「哲学の道」との関わり位しか知りません。難解で取り付く島もないと言った感じです。哲学者の本といえば和辻哲郎や、串田孫一といったひとのものを若い頃に読んだ程度です。それもエッセイに近いものばかりで、串田さんの著作は今でも好きですから、時々読み返しています。
掲句について。 固有名詞なので「ニシダキタロウノ」と長くはなりますが、上八でも気にはなりません。また別に西田哲学や「善の研究」を知らなくても関係なく、この著名な哲学者の風貌と蟇を取り合わせてイメージすれば良いのだと、勝手に解釈。それだけで諧謔が生まれます(と、私は思う)。
月番さまのご期待に副えなくて申し訳ありません。 (2015年05月15日 (金) 00時12分)[5735]

洋子 > 私も、蟇が構えてじっと座っている様子と、大哲学者の沈思の様子は雰囲気が似ていると思っていただきました。 (2015年05月15日 (金) 08時44分)[5738]

> 安田さんの云うように「この著名な哲学者の風貌と蟇を取り合わせてイメージすれば良い」のだろう。この哲学者の書物も読んだことも無いし、私にはとても無理というもので、手の届かない句であった。ただ句として蟇(ひきがえる)の存在に大変興味をそそられた。人間探求派と呼ばれた草田男に「蟾蜍長子家去る由もなし」の句があり、句の解釈を巡って論争も有ったと書物から知識を得ている。沈思とは、深く考え込むこと。いろいろと思案すること。である。もう何十年も前になるが、若い頃の貸家の狭い庭に日が暮れると、大きいのが出現して、酒呑み達を驚かせた東京の生活を思い出す。 (2015年05月18日 (月) 17時01分)[5864]

世話人 > 梟夢庵先生でした。 (2015年05月20日 (水) 13時54分)[5893]
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16・高々と神社の国旗囀れり 投稿者:世話人 (2015年05月12日 (火) 18時11分)[5671]
(惠美子 杏花 進二 紫翠 千尋)5点 


月番 > 私事ですが、五月から近くの山寺に、朝のラジオ体操に行っています。五月三日と五日には国旗を掲揚して「君が代」を歌いました。そのことを思い出しました。
(2015年05月13日 (水) 08時48分)[5704]

杏花 > 村の神社のまつりごとでしようか世話役の人の心づかい行き届いた美しい神社に今日の祝いを感じます。 (2015年05月14日 (木) 09時47分)[5724]

惠美子 > 近隣諸国でいろいろな難しい問題がある今日、上五・中七が 平和を願っているようで・・。 「囀れり」が明るく感じられて 好きな句です。 (2015年05月15日 (金) 09時08分)[5740]

紫翠 > 「神社の国旗」と「囀れり」が良くマッチしていると思います。 (2015年05月15日 (金) 14時21分)[5747]

月番 > 日本の平和を象徴するような穏やかな景ですね。 (2015年05月15日 (金) 17時34分)[5758]

世話人 > 太田鈴子さんでした。 (2015年05月20日 (水) 13時55分)[5894]
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17・剣道着の子の昼弁当芝青し 投稿者:世話人 (2015年05月12日 (火) 18時11分)[5670]
(惠美子 保子 吉章 主宰)5点


月番 > 情景がよくみえますね。 (2015年05月13日 (水) 08時50分)[5705]

惠美子 > 「孫よ! 丈夫に育てよ!!」と願う婆の気持ちをくすぐる句ですね!  「芝青し」が 付いているようでもありますが、素直で気持ちの良い句ですね。 6・8・5はあまり気になりませんでしたが・・? (2015年05月15日 (金) 09時17分)[5742]

月番 > 健やかに育った少年、健やかな食欲が青芝によく合っていますね。 (2015年05月15日 (金) 18時27分)[5771]

保子 > 定型からはずれていると思いますが、好きで頂きました。
「芝青し」で日中という事は分かるので「昼」を抜いて、「子のお弁当」6、7、5音になるかと思いますが〜。 (2015年05月15日 (金) 21時56分)[5778]

月番 > 保子さま、なるほど、です。 (2015年05月15日 (金) 22時29分)[5783]

世話人 > 松谷真佐子さんです。 (2015年05月20日 (水) 13時56分)[5895]
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18・一人居の軒に口開け燕の子 投稿者:世話人 (2015年05月12日 (火) 18時10分)[5669]
(加津子 寿美 オサム)3点 


月番 > 朝日俳壇で最近読んだ「孤ならずと花ひとひらに訪はれけり」という句を思い出しました。 (2015年05月13日 (水) 08時54分)[5706]

寿美 > 燕は一度巣をかけると毎年やってくるようですね。玄関前がふんで汚れるので、そのお宅を伺うときは気をつけます。一人だと我が子を迎えるように嬉しく、巣立っていくとそれも又嬉しいでしょうね。何の子供でも見ると母性本能がくすぐられます。 (2015年05月15日 (金) 17時24分)[5754]

オサム > 燕の子が軒に作られた巣で口を開けて餌を待っているのは、当たり前といわれそうです。つまり、掲句の独自性は(一人居の)の一点にあるといえるかもしれません。寿美さんの(一人だと我が子を迎えるように嬉しく、巣立っていくとそれも又嬉しい)の思いがひしひしと伝わってきました。毎日、何度となく、燕たちの様子を、そっと見守っているんでしょうね。 (2015年05月16日 (土) 03時15分)[5789]

月番 > 加津子さまはいかがですか。 (2015年05月16日 (土) 19時35分)[5808]

加津子 > 作者の優しく見守っている姿がみえました。大きい口を目いっぱい開けて騒ぐ燕の子はかわいいですね。我が家にも燕が来ていましたが、巣作りに使ったスズランテープで親鳥が宙吊りになってから来なくなりました。昔からつばめの来る家は栄えるといわれているのでとてもショックな出来事でした。 (2015年05月17日 (日) 14時00分)[5836]

月番 > 親鳥が宙吊りになったなんてかわいそうなことでしたね。
皆様のコメントで、燕の子とそれを見守る一人居の方への暖かい思いが伝わってきました、 (2015年05月17日 (日) 14時40分)[5838]

作者 > 締切ぎりぎりに作った句で、無点覚悟で出した句でした。選をして下さった方、ありがとうございます。皆様が、好意的に評をして下さったので、へこまずにすみ、又、来月につなげられそうです。いい加減、一夜漬けはやめて、その時々の作句をと願っているのですが。この季節、さわやかな季語がたくさんあるのですから、気持ちを明るく持って、頑張りたいと思います。
(2015年05月19日 (火) 13時56分)[5872]

月番 > 作者様、その意気でお互い頑張りましょう。 (2015年05月19日 (火) 20時22分)[5875]

世話人 > 鈴木美保子さんです。 (2015年05月20日 (水) 13時57分)[5896]
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19・正論の重たくなりて老ゆる春 投稿者:世話人 (2015年05月12日 (火) 18時09分)[5668]
(洋子 孝子 章子 保子)4点


月番 > 15番の西田幾多郎の句を読んだ時、このような思いになりました。 (2015年05月13日 (水) 08時55分)[5707]

寿美 > 若いときは正義感と勢いで、ぶつかっていけるが正論道理に行かぬ事は老いて知ること。しかしそうじゃ無いと反論する気力の方が萎えていく。 (2015年05月15日 (金) 17時16分)[5753]

月番 > 「反論する気力のほうが衰えていく」・・・確かにそう感じます。 (2015年05月15日 (金) 17時40分)[5760]

章子 > 寂しいけれど、寿美さんのおっしゃる通りかも知れませんね、面倒なこを避けている自分を歳の所為にしたりしています、甘えているのかも、ご免なさい。 (2015年05月16日 (土) 14時42分)[5799]

循子 > 現実を書かれて、あまり実感があり過ぎると、却って通り過ぎたくなる、その見本のように思いました。 (2015年05月16日 (土) 23時05分)[5821]

月番 > 「老ゆる春」を別の季語にかえたらどうでしょう。 (2015年05月17日 (日) 10時34分)[5830]

オサム > ほんの一例ですが、「雲の峰」とかどうでしょう。ちょっとだけ句の感じが変わるような気がしたのですが… (2015年05月18日 (月) 01時43分)[5842]

月番 > オサムさま、ありがとうございます。
私はリラックス系で、ハンモック、籠枕、矢車草などを考えてみました。 (2015年05月18日 (月) 08時19分)[5845]

循子 > しかし掲句、読めば読むほど、身に沁みますねぇ。私はここに既出の蟇を置きたいと思ったり、いっそ罌栗坊主を、なんて思ったりして、勝手に楽しんで居ります。 (2015年05月19日 (火) 12時03分)[5870]

月番 > 季語をいろいろ考えるだけでも楽しいし、いい勉強になりますね。 (2015年05月19日 (火) 20時27分)[5876]

保子 > 「正論の重たくなりて」にドキリ「老ゆる春」に少々の不満。「正論」と思っていても反対側からみたら違うかもしれないしね〜等と勝手に想像!循子さんの言われる蟇に賛成!です (2015年05月19日 (火) 21時09分)[5877]

惠美子 > 私は 「罌粟坊主」が 一番好きです。 (2015年05月20日 (水) 08時41分)[5878]

世話人 > 新保吉章氏です。 (2015年05月20日 (水) 13時58分)[5897]
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20・メロンパンの皮の弾力更衣 投稿者:世話人 (2015年05月12日 (火) 18時09分)[5667]
(美鈴 加津子 眞佐子 進二 紫翠)5点


月番 > 「メロンパンの皮の弾力」と「更衣」の取り合わせですが、私はこういう感性に疎いので、皆様の感じられたことをお知らせください。 (2015年05月13日 (水) 09時02分)[5708]

循子 > 焼きたてのメロンパンの皮はパリパリで、ちょっと触れても崩れてしまいます。持ち帰ったときや、元から袋入りのメロンパンなどは全く別物になったようで、がっかりするのです。ここで「弾力」というのは、そういうことなのでしょうか?ちょっと解りませんでした。 (2015年05月15日 (金) 17時05分)[5751]

紫翠 > 「皮」を省いて「メロンパンの弾力」でいいような気がしています。食べるとボロボロ落ちて煩わしいのでほどんと食べませんが、「更衣」に立ち止りました。 (2015年05月16日 (土) 16時23分)[5803]

月番 > 循子さま、紫翠さま、コメントをありがとうございました。感性の固い月番はまだ「?」の状態です。 (2015年05月16日 (土) 19時46分)[5809]

眞佐子 > 私はメロンパンをあまり食べないのですが、子供達がよく食べますので一寸押してみましたら弾力があるように思いました。紫水さまのように「メロンパンの弾力」で「皮」の弾力ではないようでした。表面のパリパリ感が「更衣」に通じるjのではないかと思います。 (2015年05月16日 (土) 20時21分)[5810]

月番 > 眞佐子さま、ありがとうございます。メロンパン、なかなかの難敵です。
(2015年05月16日 (土) 20時31分)[5812]

月番 > 美鈴さま、加津子さま、進二さま、迷える月番に教えてください。 (2015年05月17日 (日) 11時31分)[5832]

加津子 > メロンパンは進化しています。表面がクッキーのようだったり、しっとりしていたり。このメロンパンはしっとり派と思いいただきました。 (2015年05月17日 (日) 19時24分)[5840]

美鈴 > 皮の弾力ではなくメロンパンでいいのではと思います。一読して若い女性のふっくらとした胸のふくらみを連想しました。 (2015年05月18日 (月) 09時01分)[5851]

月番 > 美鈴さま、ようやくパッと感じられ、わかりました。ありがとうございました。 (2015年05月18日 (月) 09時15分)[5853]

世話人 > 木村オサム氏でした。 (2015年05月20日 (水) 13時59分)[5898]
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21・空っぽの麦わら帽の黒リボン 投稿者:世話人 (2015年05月12日 (火) 18時08分)[5666]
(寿美)1点


月番 > 麦わら帽子の持ち主は・・・? (2015年05月13日 (水) 09時03分)[5709]

循子 > ここで「空っぽの」というのは持ち主が亡くなられたという意味でしょうか?黒リボンから、そんな連想をしましたが、失礼かも知れません。中原中也の帽子のリボンも浮かびましたが、あれは麦わらではないし…。 (2015年05月15日 (金) 17時26分)[5755]

寿美 > 父が生前私の家の畑でいろんな野菜を作っていました。農作業するには鍬いろいろ、水瓶その他もろもろの道具のほかに、必ず麦わら帽子をかぶっていました。男の麦わら帽子には黒いリボンがついています。父が居なくなって農作業にも来なくなって残された黒いリボンの麦わら帽子まるで、死者を悼むリボンに見えてしばらくはつらかったです。今は主人がこれを使っていますが、居なくなると息子がかぶるのかなーなんて、思っています。 (2015年05月15日 (金) 17時37分)[5759]

月番 > 「男の麦わら帽子には黒いリボンがついている」・・・。確かにそうでしたね。思い出しました。亡くなられた後は黒いリボンが切ないですね。 (2015年05月15日 (金) 18時10分)[5766]

循子 > 寿美さん、有難うございます!!そういえば、黒いリボンと言うのか、あのテープのような飾りが付いていたこと思い出しました。謎が解けて、スッキリしました。 (2015年05月15日 (金) 21時14分)[5774]

世話人 > 宮本義之氏でした。 (2015年05月20日 (水) 14時00分)[5899]
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22・漁るのは冷蔵庫の中昭和の日 投稿者:世話人 (2015年05月12日 (火) 18時07分)[5665]
(オサム 美鈴 杏花 千尋)4点  


月番 > 余談ですが、以前の4月29日の天皇誕生日は、昭和天皇が亡くなられた後、今上天皇の誕生日の12月23日に移り、4月29日は「みどりの日」となったのですが、国民の要望により、国会で「昭和の日」と制定し、「みどりの日」は5月4日に移された、といういきさつがあるようです。  (2015年05月13日 (水) 09時26分)[5711]

オサム > 漁る(あさる)には、いくつかの意味がある。1.動物がえさや獲物を探し求める。2.魚介・海藻などを探し求める。漁をする。3.物や人を探し回る。掲句の場合、2の意味と解釈した。最近の若い人たちは、めっきり魚を食べないという。特に家では、魚を料理する時の匂いと面倒くささのせいでスーパーで買ってくる切り身の刺身や、冷凍フライや、シーチキンの缶詰ぐらいしかない家庭も多いのだろう。そんな家庭で育った子供はもしかすると、自分の食べている魚がもともと海に住むものという実感はないのではないか。魚は、時々冷蔵庫から漁る得体のしれない食べ物ぐらいにしか思っていないのかもしれない。作者は昭和の日に、漁業が日本の重要産業の一つであり、どこの家庭でもありのままの魚を裁いたり、焼いたりするのが当たり前だった昭和の時代をふと懐かしんだのであろう。 (2015年05月16日 (土) 02時51分)[5788]

月番 > 私は、昭和の戦争時代の飢えの記憶から、冷蔵庫の食べ物を漁る、というふうに結びつけたのですが、オサムさまの書かれたように、「漁るのは(海ではなくて)、冷蔵庫の中」と冷蔵庫を特定しているわけですから、食文が変化した、ということを書かれているのですね。他の皆様はどう思われましたか。 (2015年05月16日 (土) 09時43分)[5794]

月番 > すみません、前記の「食分」は「食文化」でした。 (2015年05月16日 (土) 09時56分)[5796]

循子 > 「漁る」の意味は、オサムさんがお書き下さったとおり幾つかありますが、日常語としてはむしろ「3」の使い方が多いような気がします。私は月番のかたの読みをしました。それだけに「漁るのは冷蔵庫の中」に違和感がありました。戦中に育ったせいかも知れないので、あまりそれを強調したくないのですが、中七までのフレーズに「昭和の日」を置かれると、ちょっと切ないですね…。 (2015年05月16日 (土) 22時57分)[5820]

美鈴 > 私は1番目の意味に受け取りました。戦中戦後の物のなかった時代、食糧を求めて苦労した人たちが、飽食の時代といわれる今、冷蔵庫を覗けばなにか食べ物にはありつけるわけです。皆様のご意見にも賛同いたしますが、ひねった解釈をしてみました。 (2015年05月18日 (月) 08時24分)[5846]

月番 > 「漁る」という意味が1.2.3.にわかれましね。句会って楽しいですね。 (2015年05月18日 (月) 09時29分)[5855]

世話人 > 石田剛でした。 (2015年05月20日 (水) 14時02分)[5900]
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5月定例句会の準備 投稿者:世話人(剛) (2015年05月12日 (火) 18時05分)[5664]
定例句会の準備をしております。

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27年度ネット句会参加費(年会費)納入のお願い 投稿者:節子 (2015年04月19日 (日) 16時00分)[5641]
27年度のネット句会参加費を受付けています。
 年会費  1000円 
 締切日  5月末日
 送金先  紀平節子(みなと支部) 郵送でお願いします。
(受領確認:句会掲示板に掲載しています。ご確認ください)  

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4月定例句会の開催について 投稿者:世話人 (2015年04月12日 (日) 20時06分)[5500]
この春の桜は散った所が多いようですが、皆さまにはお元気でお過ごしの事と思って居ります。今月の投句は19句でした、全国大会を控えてお忙しい方もいらっしゃるようですが、参加の皆さまには厚くお礼を申し上げます。
選句が出揃いましたので、明日(13日)から開催の定例句会の準備を致しました。今月の月番は先月の最高点の安田循子さんです。岡部主宰、梟夢庵先生には、ご指導をお願い致しますと共に、皆さまには率直な句評をお願い申し上げます。


循子 > 石田剛さま、句会の準備、いつも有難うございます。

皆さま、お早うございます。出るのが遅くなり、申し訳ありません。今月の当番を仰せつかりました。至らぬ月番になりそうですが、今月はやや投句数も少なめですので、皆さまには活発な書き込みをお願いいたしたく存じます。どんなご意見も忌憚なくお書き頂ければ幸いです。些細な疑問も出して頂けましたら、みんなで考え、梟夢庵先生や主宰先生のご指導を得てご一緒に楽しく学んでいきたいと願っています。
なお月番のペースにはお構いなく、どんどんお書きくださいませ。お願い申し上げます。
(2015年04月13日 (月) 09時47分)[5501]

世話人 > 桜の花も散って4月も中旬をすぎました、各地は朝から春の嵐が吹き荒れているようです。皆さまには気を付けてお過ごしください。句会終了の期日が来ましたので投句者名を記載いたしました。今月は年度の始めで、お忙しい方も居られたようですが、お忙しいにも関わらず岡部主宰には全句についてコメントを付けて戴き誠に有難うございました。また月番の安田循子さんをはじめ、参加の皆さまには厚くお礼を申し上げますとともに、来月もどうか宜しくお願い申し上げます。 (2015年04月20日 (月) 09時37分)[5661]

循子 > 石田剛さま、今月も有難うございました。主宰先生はじめ、皆さまの書き込みで、月番も楽しく学ばせて頂きました。お礼申し上げます。地区の行事その他と重なり、行き届かぬことでしたが、お許し下さい。
PCの作動が鈍くなり、不慣れなディスクのクリーンアップをしましたら、思わぬ時間がかかり、お礼が遅くなりました。どうぞ皆さま、お元気にお過ごし下さい。 (2015年04月20日 (月) 15時27分)[5662]
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01・花ぐもり湯呑に浮かぶ見知らぬ眼 投稿者:世話人 (2015年04月12日 (日) 20時01分)[5499]
(主宰)2点


月番 > ちょっとミステリアスなところもありそうです。主宰先生がお採りですが、採られなかった方々のご意見をまず伺いたいと思います。どなたからでもどうぞ。 (2015年04月13日 (月) 09時52分)[5502]

孝子 > なんかこの句からしじみの味噌汁がイメージとして浮かんでしょうがないのです。なんだかつながるようだけどわからない、どなたか私の疑問にこたえてくださるかたはいらっしゃらないでしょうかね。偶然今日の読売新聞のコラムに広東や四川には蚊の目玉のスープと称される料理があるとか・・眼つながりの話です。 (2015年04月14日 (火) 21時39分)[5547]

美保子 > 孝子さんの疑問にはお答えできないのですが、この句は最初はわからなかったし、違うのかもしれませんが、見知らぬ眼というのは湯呑を覗き込んでいる自分の眼のことではないかと思い始めました。疲れている、あるいは歳を感じる、「おや、この眼は誰の物だろう」と思った瞬間なのかと。 (2015年04月15日 (水) 21時44分)[5574]

月番 > 美保子さん、ありがとうございます。孝子さんの疑問はなかなかの難問です。
湯呑に「映る」ではなく、「浮かぶ」とあるので、私は目そのものが浮かんでいるのだろうと思い、オディロン・ルドンの絵を思い出したりもしました。 (2015年04月16日 (木) 23時10分)[5600]

榮一 > もちろん写っているのは自分の眼です。湯呑みには白湯かお茶ぐらいしか入りません。日頃鏡で見ている眼ですがそれは顔全体からの印象でしょう。水に映った眼は知らない者の様に見えたのではないかと思います。花曇りが見知らぬ眼を納得させます。自身が知らない表情もありそうです。 (2015年04月19日 (日) 11時35分)[5623]

世話人 > 木村オサム氏です。 (2015年04月20日 (月) 09時16分)[5644]

孝子 > つまらないことですが、かろうじて自分の疑問がわかりました。江戸落語に薄い味噌汁に映った自分の目玉をしじみだと思って食べようとするっていうのがあったのをなんの脈絡もなく、頭のなかを占領してしまいました。作者さんごめんなさい。 (2015年04月20日 (月) 17時11分)[5663]
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02・母いつも騙されたふり四月馬鹿   投稿者:世話人 (2015年04月12日 (日) 20時00分)[5498]
(美保子 美鈴 寿美 オサム 鈴子 梟夢庵 主宰)9点


月番 > 女というもの、年とともに老練さを増してゆきます。楽しいですね。今月の最高点句です。 (2015年04月13日 (月) 09時58分)[5503]

美保子 > 母いつも騙されたふり という言葉が
世の中の母親のやさしさを言い尽くしているようで、さりげないのに、いい句だなと頂きました。私など、もともと天然ぼけですので、騙されても気づかない事が多かったかもしれません。 (2015年04月13日 (月) 21時06分)[5525]

月番 > 美保子さん、早速有難うございます。「母親のやさしさを言い尽しているようで、」と書かれていることに、私は美保子さんの優しさを感じとっています。私はもうちょっと違う「母」をイメージしたのですが、そこらはわたしの心根の悪さが出てるのかもしれませんね。俳句の面白さでもあります。 (2015年04月13日 (月) 23時35分)[5527]

オサム > 美保子さんの。「母親のやさしさを言い尽しているようで、」が掲句を言い尽くしているようです。罪のない嘘をつく子とそれを受け入れる母。四月馬鹿の句には、俳諧味やちょっとした哀しさを狙ったものが多いような気がするのですが、こんな暖かい四月馬鹿の句は珍しいのでは!? (2015年04月16日 (木) 00時54分)[5590]

鈴子 > さらりと受け流して騙されたふりをしている母親。微笑ましい句と思いました。オサムさんの「こんな暖かい四月馬鹿の句は珍しいのでは」に共感しました。 (2015年04月17日 (金) 20時21分)[5612]

榮一 > 母につく嘘は昔は他愛ないものでした。最近はもっと深刻なものかもしれません。昭和の匂いのする句です。 (2015年04月19日 (日) 11時42分)[5624]

世話人 > 森内洋子さんです。 (2015年04月20日 (月) 09時17分)[5645]
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