玄鳥 定例句会

2017年

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20・メロンパンの皮の弾力更衣 投稿者:世話人 (2015年05月12日 (火) 18時09分)[5667]
(美鈴 加津子 眞佐子 進二 紫翠)5点


月番 > 「メロンパンの皮の弾力」と「更衣」の取り合わせですが、私はこういう感性に疎いので、皆様の感じられたことをお知らせください。 (2015年05月13日 (水) 09時02分)[5708]

循子 > 焼きたてのメロンパンの皮はパリパリで、ちょっと触れても崩れてしまいます。持ち帰ったときや、元から袋入りのメロンパンなどは全く別物になったようで、がっかりするのです。ここで「弾力」というのは、そういうことなのでしょうか?ちょっと解りませんでした。 (2015年05月15日 (金) 17時05分)[5751]

紫翠 > 「皮」を省いて「メロンパンの弾力」でいいような気がしています。食べるとボロボロ落ちて煩わしいのでほどんと食べませんが、「更衣」に立ち止りました。 (2015年05月16日 (土) 16時23分)[5803]

月番 > 循子さま、紫翠さま、コメントをありがとうございました。感性の固い月番はまだ「?」の状態です。 (2015年05月16日 (土) 19時46分)[5809]

眞佐子 > 私はメロンパンをあまり食べないのですが、子供達がよく食べますので一寸押してみましたら弾力があるように思いました。紫水さまのように「メロンパンの弾力」で「皮」の弾力ではないようでした。表面のパリパリ感が「更衣」に通じるjのではないかと思います。 (2015年05月16日 (土) 20時21分)[5810]

月番 > 眞佐子さま、ありがとうございます。メロンパン、なかなかの難敵です。
(2015年05月16日 (土) 20時31分)[5812]

月番 > 美鈴さま、加津子さま、進二さま、迷える月番に教えてください。 (2015年05月17日 (日) 11時31分)[5832]

加津子 > メロンパンは進化しています。表面がクッキーのようだったり、しっとりしていたり。このメロンパンはしっとり派と思いいただきました。 (2015年05月17日 (日) 19時24分)[5840]

美鈴 > 皮の弾力ではなくメロンパンでいいのではと思います。一読して若い女性のふっくらとした胸のふくらみを連想しました。 (2015年05月18日 (月) 09時01分)[5851]

月番 > 美鈴さま、ようやくパッと感じられ、わかりました。ありがとうございました。 (2015年05月18日 (月) 09時15分)[5853]

世話人 > 木村オサム氏でした。 (2015年05月20日 (水) 13時59分)[5898]
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21・空っぽの麦わら帽の黒リボン 投稿者:世話人 (2015年05月12日 (火) 18時08分)[5666]
(寿美)1点


月番 > 麦わら帽子の持ち主は・・・? (2015年05月13日 (水) 09時03分)[5709]

循子 > ここで「空っぽの」というのは持ち主が亡くなられたという意味でしょうか?黒リボンから、そんな連想をしましたが、失礼かも知れません。中原中也の帽子のリボンも浮かびましたが、あれは麦わらではないし…。 (2015年05月15日 (金) 17時26分)[5755]

寿美 > 父が生前私の家の畑でいろんな野菜を作っていました。農作業するには鍬いろいろ、水瓶その他もろもろの道具のほかに、必ず麦わら帽子をかぶっていました。男の麦わら帽子には黒いリボンがついています。父が居なくなって農作業にも来なくなって残された黒いリボンの麦わら帽子まるで、死者を悼むリボンに見えてしばらくはつらかったです。今は主人がこれを使っていますが、居なくなると息子がかぶるのかなーなんて、思っています。 (2015年05月15日 (金) 17時37分)[5759]

月番 > 「男の麦わら帽子には黒いリボンがついている」・・・。確かにそうでしたね。思い出しました。亡くなられた後は黒いリボンが切ないですね。 (2015年05月15日 (金) 18時10分)[5766]

循子 > 寿美さん、有難うございます!!そういえば、黒いリボンと言うのか、あのテープのような飾りが付いていたこと思い出しました。謎が解けて、スッキリしました。 (2015年05月15日 (金) 21時14分)[5774]

世話人 > 宮本義之氏でした。 (2015年05月20日 (水) 14時00分)[5899]
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22・漁るのは冷蔵庫の中昭和の日 投稿者:世話人 (2015年05月12日 (火) 18時07分)[5665]
(オサム 美鈴 杏花 千尋)4点  


月番 > 余談ですが、以前の4月29日の天皇誕生日は、昭和天皇が亡くなられた後、今上天皇の誕生日の12月23日に移り、4月29日は「みどりの日」となったのですが、国民の要望により、国会で「昭和の日」と制定し、「みどりの日」は5月4日に移された、といういきさつがあるようです。  (2015年05月13日 (水) 09時26分)[5711]

オサム > 漁る(あさる)には、いくつかの意味がある。1.動物がえさや獲物を探し求める。2.魚介・海藻などを探し求める。漁をする。3.物や人を探し回る。掲句の場合、2の意味と解釈した。最近の若い人たちは、めっきり魚を食べないという。特に家では、魚を料理する時の匂いと面倒くささのせいでスーパーで買ってくる切り身の刺身や、冷凍フライや、シーチキンの缶詰ぐらいしかない家庭も多いのだろう。そんな家庭で育った子供はもしかすると、自分の食べている魚がもともと海に住むものという実感はないのではないか。魚は、時々冷蔵庫から漁る得体のしれない食べ物ぐらいにしか思っていないのかもしれない。作者は昭和の日に、漁業が日本の重要産業の一つであり、どこの家庭でもありのままの魚を裁いたり、焼いたりするのが当たり前だった昭和の時代をふと懐かしんだのであろう。 (2015年05月16日 (土) 02時51分)[5788]

月番 > 私は、昭和の戦争時代の飢えの記憶から、冷蔵庫の食べ物を漁る、というふうに結びつけたのですが、オサムさまの書かれたように、「漁るのは(海ではなくて)、冷蔵庫の中」と冷蔵庫を特定しているわけですから、食文が変化した、ということを書かれているのですね。他の皆様はどう思われましたか。 (2015年05月16日 (土) 09時43分)[5794]

月番 > すみません、前記の「食分」は「食文化」でした。 (2015年05月16日 (土) 09時56分)[5796]

循子 > 「漁る」の意味は、オサムさんがお書き下さったとおり幾つかありますが、日常語としてはむしろ「3」の使い方が多いような気がします。私は月番のかたの読みをしました。それだけに「漁るのは冷蔵庫の中」に違和感がありました。戦中に育ったせいかも知れないので、あまりそれを強調したくないのですが、中七までのフレーズに「昭和の日」を置かれると、ちょっと切ないですね…。 (2015年05月16日 (土) 22時57分)[5820]

美鈴 > 私は1番目の意味に受け取りました。戦中戦後の物のなかった時代、食糧を求めて苦労した人たちが、飽食の時代といわれる今、冷蔵庫を覗けばなにか食べ物にはありつけるわけです。皆様のご意見にも賛同いたしますが、ひねった解釈をしてみました。 (2015年05月18日 (月) 08時24分)[5846]

月番 > 「漁る」という意味が1.2.3.にわかれましね。句会って楽しいですね。 (2015年05月18日 (月) 09時29分)[5855]

世話人 > 石田剛でした。 (2015年05月20日 (水) 14時02分)[5900]
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5月定例句会の準備 投稿者:世話人(剛) (2015年05月12日 (火) 18時05分)[5664]
定例句会の準備をしております。

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27年度ネット句会参加費(年会費)納入のお願い 投稿者:節子 (2015年04月19日 (日) 16時00分)[5641]
27年度のネット句会参加費を受付けています。
 年会費  1000円 
 締切日  5月末日
 送金先  紀平節子(みなと支部) 郵送でお願いします。
(受領確認:句会掲示板に掲載しています。ご確認ください)  

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4月定例句会の開催について 投稿者:世話人 (2015年04月12日 (日) 20時06分)[5500]
この春の桜は散った所が多いようですが、皆さまにはお元気でお過ごしの事と思って居ります。今月の投句は19句でした、全国大会を控えてお忙しい方もいらっしゃるようですが、参加の皆さまには厚くお礼を申し上げます。
選句が出揃いましたので、明日(13日)から開催の定例句会の準備を致しました。今月の月番は先月の最高点の安田循子さんです。岡部主宰、梟夢庵先生には、ご指導をお願い致しますと共に、皆さまには率直な句評をお願い申し上げます。


循子 > 石田剛さま、句会の準備、いつも有難うございます。

皆さま、お早うございます。出るのが遅くなり、申し訳ありません。今月の当番を仰せつかりました。至らぬ月番になりそうですが、今月はやや投句数も少なめですので、皆さまには活発な書き込みをお願いいたしたく存じます。どんなご意見も忌憚なくお書き頂ければ幸いです。些細な疑問も出して頂けましたら、みんなで考え、梟夢庵先生や主宰先生のご指導を得てご一緒に楽しく学んでいきたいと願っています。
なお月番のペースにはお構いなく、どんどんお書きくださいませ。お願い申し上げます。
(2015年04月13日 (月) 09時47分)[5501]

世話人 > 桜の花も散って4月も中旬をすぎました、各地は朝から春の嵐が吹き荒れているようです。皆さまには気を付けてお過ごしください。句会終了の期日が来ましたので投句者名を記載いたしました。今月は年度の始めで、お忙しい方も居られたようですが、お忙しいにも関わらず岡部主宰には全句についてコメントを付けて戴き誠に有難うございました。また月番の安田循子さんをはじめ、参加の皆さまには厚くお礼を申し上げますとともに、来月もどうか宜しくお願い申し上げます。 (2015年04月20日 (月) 09時37分)[5661]

循子 > 石田剛さま、今月も有難うございました。主宰先生はじめ、皆さまの書き込みで、月番も楽しく学ばせて頂きました。お礼申し上げます。地区の行事その他と重なり、行き届かぬことでしたが、お許し下さい。
PCの作動が鈍くなり、不慣れなディスクのクリーンアップをしましたら、思わぬ時間がかかり、お礼が遅くなりました。どうぞ皆さま、お元気にお過ごし下さい。 (2015年04月20日 (月) 15時27分)[5662]
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01・花ぐもり湯呑に浮かぶ見知らぬ眼 投稿者:世話人 (2015年04月12日 (日) 20時01分)[5499]
(主宰)2点


月番 > ちょっとミステリアスなところもありそうです。主宰先生がお採りですが、採られなかった方々のご意見をまず伺いたいと思います。どなたからでもどうぞ。 (2015年04月13日 (月) 09時52分)[5502]

孝子 > なんかこの句からしじみの味噌汁がイメージとして浮かんでしょうがないのです。なんだかつながるようだけどわからない、どなたか私の疑問にこたえてくださるかたはいらっしゃらないでしょうかね。偶然今日の読売新聞のコラムに広東や四川には蚊の目玉のスープと称される料理があるとか・・眼つながりの話です。 (2015年04月14日 (火) 21時39分)[5547]

美保子 > 孝子さんの疑問にはお答えできないのですが、この句は最初はわからなかったし、違うのかもしれませんが、見知らぬ眼というのは湯呑を覗き込んでいる自分の眼のことではないかと思い始めました。疲れている、あるいは歳を感じる、「おや、この眼は誰の物だろう」と思った瞬間なのかと。 (2015年04月15日 (水) 21時44分)[5574]

月番 > 美保子さん、ありがとうございます。孝子さんの疑問はなかなかの難問です。
湯呑に「映る」ではなく、「浮かぶ」とあるので、私は目そのものが浮かんでいるのだろうと思い、オディロン・ルドンの絵を思い出したりもしました。 (2015年04月16日 (木) 23時10分)[5600]

榮一 > もちろん写っているのは自分の眼です。湯呑みには白湯かお茶ぐらいしか入りません。日頃鏡で見ている眼ですがそれは顔全体からの印象でしょう。水に映った眼は知らない者の様に見えたのではないかと思います。花曇りが見知らぬ眼を納得させます。自身が知らない表情もありそうです。 (2015年04月19日 (日) 11時35分)[5623]

世話人 > 木村オサム氏です。 (2015年04月20日 (月) 09時16分)[5644]

孝子 > つまらないことですが、かろうじて自分の疑問がわかりました。江戸落語に薄い味噌汁に映った自分の目玉をしじみだと思って食べようとするっていうのがあったのをなんの脈絡もなく、頭のなかを占領してしまいました。作者さんごめんなさい。 (2015年04月20日 (月) 17時11分)[5663]
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02・母いつも騙されたふり四月馬鹿   投稿者:世話人 (2015年04月12日 (日) 20時00分)[5498]
(美保子 美鈴 寿美 オサム 鈴子 梟夢庵 主宰)9点


月番 > 女というもの、年とともに老練さを増してゆきます。楽しいですね。今月の最高点句です。 (2015年04月13日 (月) 09時58分)[5503]

美保子 > 母いつも騙されたふり という言葉が
世の中の母親のやさしさを言い尽くしているようで、さりげないのに、いい句だなと頂きました。私など、もともと天然ぼけですので、騙されても気づかない事が多かったかもしれません。 (2015年04月13日 (月) 21時06分)[5525]

月番 > 美保子さん、早速有難うございます。「母親のやさしさを言い尽しているようで、」と書かれていることに、私は美保子さんの優しさを感じとっています。私はもうちょっと違う「母」をイメージしたのですが、そこらはわたしの心根の悪さが出てるのかもしれませんね。俳句の面白さでもあります。 (2015年04月13日 (月) 23時35分)[5527]

オサム > 美保子さんの。「母親のやさしさを言い尽しているようで、」が掲句を言い尽くしているようです。罪のない嘘をつく子とそれを受け入れる母。四月馬鹿の句には、俳諧味やちょっとした哀しさを狙ったものが多いような気がするのですが、こんな暖かい四月馬鹿の句は珍しいのでは!? (2015年04月16日 (木) 00時54分)[5590]

鈴子 > さらりと受け流して騙されたふりをしている母親。微笑ましい句と思いました。オサムさんの「こんな暖かい四月馬鹿の句は珍しいのでは」に共感しました。 (2015年04月17日 (金) 20時21分)[5612]

榮一 > 母につく嘘は昔は他愛ないものでした。最近はもっと深刻なものかもしれません。昭和の匂いのする句です。 (2015年04月19日 (日) 11時42分)[5624]

世話人 > 森内洋子さんです。 (2015年04月20日 (月) 09時17分)[5645]
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03・花満開逝きし人あり我生きん 投稿者:世話人 (2015年04月12日 (日) 19時58分)[5497]
(剛)1点


月番 > 選者の孤軍奮闘も、なかなかやり甲斐があるものです。剛氏のご登場をお待ちしています。採られなかったかたも多いので、どなたからでもご意見もどうぞ。 (2015年04月13日 (月) 10時08分)[5504]

> 直情的ではあるが素直な句とおもう。我が時代の日本人はその年の花(さくら)に、感慨や来し方の思いを重ねる。年齢を積めば積むほど、それは強まっていくようである。この世の習いで後や先に彼岸へ渡る人が多くなって、心を引き締めているのだ 人ありと言い切っているので、特別な人なのかも知れない。花の下に死にたいと願った人もゐたが、矢張り人間は生きてゐればこそと云われているようであった。 (2015年04月14日 (火) 10時54分)[5530]

月番 > 有難うございます。おっしゃるとおり齢を重ねるほど花にまつわる思いも深まります。まさに「さまざまの事思ひ出す桜かな」です。掲句、下五の強さにちょっと引いてしまったのと、三段切れっぽいところが気になったのですが…。
(2015年04月14日 (火) 13時41分)[5535]

保子 > 「我生きん」に共感しましたが、私にとってそれは内緒の思い。三段切れっぽいのは一歩踏み出す作者の、表現への照れかなと感じました。 (2015年04月18日 (土) 01時01分)[5617]

月番 > 保子さん、有難うございます。「三段切れっぽいのは…表現への照れかな…」というのは面白い感じ方と思いました。そこでまた読み返してみると、「逝きし人あり我生きん」はこのままで、纏まっているような気がしてきました。 (2015年04月18日 (土) 11時43分)[5619]

榮一 > 中七以下はやはり思いがそのまま出ている気がします。不思議なのは人物像が見えてこないように思いました。 (2015年04月19日 (日) 11時47分)[5625]

世話人 > 久野孝子さんでした。 (2015年04月20日 (月) 09時20分)[5648]
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04・ネクタイの締まりのなさや夕燕 投稿者:世話人 (2015年04月12日 (日) 19時58分)[5496]
(義之)1点


月番 > 締まりのないネクタイと、夕燕との取り合わせです。なぜか共感をあまり得られなかったようですが…。どうなんでしょう? (2015年04月13日 (月) 10時14分)[5505]

義之 > あまり点が入らなかったのは、「ネクタイの締まりのなさ」くらいでは、既視感があり平凡に思われたせいでしょうか。燕はスマート。一方、サラリーマンは形だけのスーツに、だらしなく緩めたネクタイで家路に。数年前までは、自宅の玄関に燕が毎年巣を構えていましたが、最近では見かけません。春の夕のけだるさと、燕と人の対比が面白いと感じました。 (2015年04月14日 (火) 16時55分)[5537]

孝子 > 義之さんの評でよくわかりました。面白いとおもいました。 (2015年04月14日 (火) 21時10分)[5544]

月番 > 燕は「素早く滑らかな滑翔が特徴で…」と歳時記にあるとおり、活き活きと格好よいイメージがありますが、夕燕となると、草臥れたサラリーマンみたいになるのですね。<夕燕我には翌(あす)のあてはなき   一茶>
義之さんの書かれた様に、最近はさっぱり燕を見かけなくなりました。 (2015年04月14日 (火) 22時04分)[5551]

榮一 > ネクタイが緩む、あるいは緩めるは仕事の終わりすなわち夕方です。夕が答えを導きます。 (2015年04月19日 (日) 11時51分)[5626]

世話人 > 浅村恵美子さんでした。 (2015年04月20日 (月) 09時21分)[5649]
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05・4Bの淡きデッサン春の雪 投稿者:世話人 (2015年04月12日 (日) 19時57分)[5495]
(惠美子 眞佐子 章子 循子 梟夢庵)6点 


月番 > 4Bの鉛筆は比較的よく登場する素材ですが、そう思いつつ月番も頂きました。恵美子さん、いかがですか? (2015年04月13日 (月) 10時19分)[5506]

惠美子 > 循子さま、ご指名ありがとうございます。  仰られるように 4Bはよく出てくるようですし・・「淡き」と「春の雪」も同じような取り合わせのようにも思えましたが、春の雪は鉛筆のデッサンがぴったりで・・なぜか・癒される清々しい句ですね。 (2015年04月13日 (月) 18時52分)[5523]

月番 > 恵美子さん、有難うございます。「淡き」と「春の雪」が結びつく感じが気になるようですが、採られなかったかたの理由はそのあたりにあるのでしょうか。 (2015年04月13日 (月) 23時48分)[5528]

孝子 > 4Bはデッサンによくつかいます。ただ自分的に淡きがしっくりこなかったのです。しかもダメ押しに春の雪がとれなかったところです。 (2015年04月14日 (火) 21時16分)[5545]

月番 > 絵をお描きになる孝子さんですから、「淡きがしっくりこなかった」というご意見には極めて説得力あり。春の雪も駄目だそうです。眞佐子さん、章子さん、反論をどうぞ。梟夢庵先生、いかがでしょうか? (2015年04月14日 (火) 22時20分)[5554]

眞佐子 > 春の雪は淡雪ですので、淡きデッサンに春の雪はつき過ぎではと思いましたが、春の雪とデッサンが清々しく好きでした。 (2015年04月15日 (水) 20時08分)[5570]

月番 > いい雰囲気ですものね、眞佐子さん。でも結局「淡き」という形容詞は無くもがな、ということになるでしょうか。 (2015年04月15日 (水) 22時37分)[5580]

章子 > 初めに先ず美し句とおもいました、淡きは4Bの鉛筆を柔かく使ったデッサンでしようか、春の雪が美しく見えました.[淡き」が無くもがなと言われると、何とも言えませんが、私は淡きが好きです。 (2015年04月16日 (木) 10時13分)[5592]

榮一 > 採ろうと思っていたのですがはずしました。4Bの粗い線と春の雪はよくあっているように感じましたが淡きが邪魔に思えたのです。 (2015年04月19日 (日) 11時57分)[5627]

世話人 > 宮本義之氏です。 (2015年04月20日 (月) 09時22分)[5650]
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06・下枝は葉となり初むる桜かな 投稿者:世話人 (2015年04月12日 (日) 19時56分)[5494]
(寿美 鈴子)2点 


月番 > 「桜かな」の「かな」は内容からして、大仰な感じがありますが…。 (2015年04月13日 (月) 10時23分)[5507]

寿美 > 桜はまさに花の命は短くてを実感させられます。ふれあいイキイキというサークルでボランティアをしていますが、お年寄りに近所の公園の桜見を計画しましたが、案の定大雨。仕方なく集会所でのお花見弁当でした。又来週にでもと思って見に行くと散って見る影もありません。他の花はともかく、桜ほど雨風に弱い花はありません。そういう感慨からも桜かな・・・でぴったりかなと思いますが。 (2015年04月14日 (火) 11時33分)[5531]

月番 > 寿美さん、有難うございます。ボランティアご苦労さまです。私事ですが、「ジャック&ベティ」(なんというエエ加減なネーミング!)という名で20年余続けてきたボランティアグループを今春で解散しました。私が81才になったことがきっかけ。楽しかっただけに、なんか淋しいね、と友人も言いますが、こちらの齢を考えると、まあ仕方ない。お若い寿美さんは、まだまだご活躍ください。桜に限らず花はいずれも天気次第で、予定通りにいかぬのが、辛いところ。
「オトウサンコトシモサクラガサキマシタ」花が咲くと、なぜかこう呟いてしまう私です。 (2015年04月14日 (火) 13時13分)[5534]

孝子 > よく観察してると思いました。やはり俳句でも絵でも、きちんと観察をすることが、基本だと改めて思いました。絵を習ってる時に花などを写生するとき花びらなどを分解したことを思い出しました。母はよく桜を描きましたが、葉も花も落ちてる裸木のときに写生に行っていたことを思い出しました。私も初心に戻ってよくよく観察することを大事にと思いました。私的には今年の桜はシルバーの会の花見もばっちりでしたし、雨続きと言われた桜も、吉野だけはあきらめましたが、大阪も京都もばっちり晴れおんなの名に恥じませんでした。 (2015年04月14日 (火) 21時31分)[5546]

循子 > 孝子さん、ポストカードで頂いたお母さまの桜、原寸の桜図はさぞ豪華であろうと思っています。
ところで吉野山の桜、何年か前、雨の日に行ったことがありますが、それはそれでなんとも言えぬ美しい風情でしたよ。 (2015年04月14日 (火) 22時35分)[5558]

千尋 > 循子さん、それはまあ贅沢なこと! うらやましい限りですわー。関西エリアにいても吉野の桜なんて‼ (2015年04月15日 (水) 00時35分)[5563]

循子 > おまけに山道を下ってくるとき、いまより若くてカッコ良かったセイン・カミユさんに出会いましてね。バッチリ目が合って、独りで行った雨の吉野はなかなかのもんでした。雑談です。お許しを。 (2015年04月15日 (水) 23時56分)[5585]

孝子 > 循子さま、雨の吉野実は絵手紙の先生の息子さんが心斎橋でアジアンテイの喫茶店をしてるので伺った時に雨の方が人が少なくて、かえって穴場ですよといわれたのですが、なんせ歳と歩きたくない主人連れなもので泣く泣くあきらめたのですがやはり最初の希望どおり行くべきでした。残念です。花の時期は本当に難しい。パソコンが危なくて何時とまるか気でないのでもし故障した時はお許し下さい。 (2015年04月16日 (木) 10時48分)[5594]

鈴子 > 随分時間が経っているのに吉野山の桜は色褪せることもなく私の桜の一番の想い出になってます。そして、茶店でいただいた葛餅
美味しかったこと!関東の葛餅とは別格の美味しさでした。桜時になると思い出す景色です。 (2015年04月17日 (金) 20時59分)[5613]

月番 > 近年の吉野山。桜と紅葉の季節はちょっと近寄る気になりません。何年か前の梟吟行会のころは、まだ花の季節ものんびりしていたとおもいますが。最近は桜狂騒曲そのもの。外国の方たちも増えました。鈴子さんの吉野山は何年か前でしょうね。山桜は美しい。ああ、葛餅! (2015年04月18日 (土) 12時02分)[5620]

鈴子 > 月番さま、吉野山は変わってしまったのですね。私が行ったのは25年も前です。夜東京駅から鳩バスで高野山をお参りして、吉野山の桜を観るとのバスツアーに参加した時の事ですので随分古いハナシです。 (2015年04月18日 (土) 20時41分)[5622]

榮一 > 単なるスケッチのようで焦点が定まらない句に思えました。 (2015年04月19日 (日) 12時01分)[5628]

世話人 > 安田循子さんでした。 (2015年04月20日 (月) 09時22分)[5651]
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07・さくら褪せ途中の駅となる上野 投稿者:世話人 (2015年04月12日 (日) 19時56分)[5493]
(洋子 オサム)2点


月番 > 「さくら褪せ」で弱い切れが入るのでしょうか。次々と新しい路線が増える昨今です。上野駅のイメージもどんどん変るのでしょうね。 (2015年04月13日 (月) 10時28分)[5508]

洋子 > 桜褪せ、は花の盛りが過ぎて桜見物の人も上野には立ち寄らず通り過ぎていく時期になったと、単純に解釈したのですが、月番さんも書いておられますように、新しい鉄道の路線が増えて、上野駅が始発ではなくなったこともあり、上野駅も色あせてきた、という思いもあるのでしょうか。昔は東北からの乗客は上野こそが東京への玄関口だったわけで、集団就職の子供たちにとっても、”上野はおいらの心の駅だ〜”だったのです。西郷さんの下で待ち合わせた中学校のクラス会なども懐かしい思い出なのに・・・。隔世の感がありますね。 (2015年04月14日 (火) 21時59分)[5549]

オサム > 句の内容的には、洋子さんの評と全く同感です。いつの間にか上野は東京の中において、取り残されつつある町になっているのかもわかりませんね。(さくら褪せ)の(褪せ)が中七以下の内容と心情的にダブって、掲句はちょっと敬遠されてしまったのかも…とふと思いました。 (2015年04月15日 (水) 01時41分)[5564]

義之 > 選句の折り、「桜の季節が終わり、賑わった上野も今はただ山手線の一駅に過ぎない」と鑑賞し、単なる説明の句かとパスをしました。洋子さんやオサムさんの鑑賞を読み、昭和の時代の上野駅は、東北の玄関口だったことに思いを馳せ、味わい深い句だったと気付きました。 (2015年04月15日 (水) 16時36分)[5568]

月番 > やはりオサムさんの書かれたような理由で、少し敬遠されたのかもしれませんね。他の理由があったというご意見があれば、どうぞ。 (2015年04月15日 (水) 22時02分)[5576]

榮一 > 上野駅はもはや陸奥の玄関口ではなくなった感があります。北陸新幹線が開通して一層そのように思います。そんな現状の報告のようです。 (2015年04月19日 (日) 12時23分)[5632]

世話人 > 石田剛でした。 (2015年04月20日 (月) 09時23分)[5652]
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08・囀りや散水栓の鍵の穴 投稿者:世話人 (2015年04月12日 (日) 19時55分)[5492]
(美鈴 孝子 千尋 梟夢庵)5点


月番 > 一度立ち止まった句でしたが、月番にはいまひとつ掴みきれませんでした。美鈴さん、教えてくださいませんか? (2015年04月13日 (月) 10時43分)[5509]

美鈴 > 私は現在団地の園芸部に所属し、花壇の一角を任されています。
これからだんだんと水やりが忙しくなってまいります。散水栓はほぼ花壇ごとに
設置され仕事が楽にできるよう配慮されています。またいろんな樹木も花壇の周りに
植えられ、鳥たちの囀りもしきりと聞かれます。散水栓はちょっとひねるだけで水がホースから迸ります。鳥たちの囀りと水の勢い、萬物が春を謳歌しているようです。





(2015年04月13日 (月) 17時58分)[5521]

美鈴 > ちなみに私の預かっている鍵の穴は
真四角のへこみ(凹)になっていて差し込むようになっています。だいたいどこも同じでしょうね。 (2015年04月13日 (月) 18時09分)[5522]

月番 > 美鈴さん、有難うございます。
花壇に設置されているような散水栓を扱ったことがないのですが、ご説明で、ありようがよくわかりました。 (2015年04月13日 (月) 23時58分)[5529]

孝子 > 鍵の穴がよくみてなかったので、わからなかったのですが、よく、散策に行ったときにちょっとした、寺社のある道ノ途中とか、滝へ行く道のとちゅうとかに散水栓があって、何回か句づくりで悩んだことをおもいだしました。この作者のようにもっとよくよく見ればよかったと反省しました。季語は私の気分にぴったりの感じでいただきました。 (2015年04月14日 (火) 20時58分)[5543]

月番 > 孝子さん、有難うございます。私は鍵の穴の形を美鈴さんのご説明でやっと知ったようなことです。孝子さんは一句にしたいと何度も思われてたのですから、ボンヤリ月番とは、えらい違いです。 (2015年04月14日 (火) 22時13分)[5553]

榮一 > 公園の散水栓ですね。いたずらされないように施錠するようになっているのでしょう。何かぴんと来なくてはずしました。具象的で悪くないと句です。 (2015年04月19日 (日) 12時27分)[5633]

世話人 > 太田鈴子さんでした。 (2015年04月20日 (月) 09時24分)[5653]
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09・石窯のパン屋の喫茶春の雨 投稿者:世話人 (2015年04月12日 (日) 19時54分)[5491]
(義之 洋子 美鈴 惠美子 眞佐子 鈴子 保子)7点


月番 > 月番がすぐ思い浮かべるのは葛城や二上の山麓にある、小さめのこだわりパン屋さんです。したがって、次に行くと店が無くなってたりすることがあります。掲句は街なかの景でしょうか。 (2015年04月13日 (月) 10時48分)[5510]

孝子 > 月番さまみなそれぞれのこだわりパンやさんがあるのですね。私がこの句から思う石窯パンは鎌倉の寺の中にある、石窯ぱんのレストランで食事をすることもあるし、パンだけでお茶することもあります。7点も入っているのに、かえるなんておこがましいのですが、春の雨石窯パンの喫茶店とのが省略されていたら一点いれたのですが・・ (2015年04月14日 (火) 21時53分)[5548]

洋子 > 石窯焼きのパンは神戸にもあり私も大好きです。このパン屋さんも石窯焼にこだわったしゃれたパン屋さんなのでしょう。春の雨の日に芽吹き始めた街路樹などを眺めながら、しばし春愁を紛らわしているというしっとりした情緒が伝わってきました。 (2015年04月14日 (火) 22時08分)[5552]

月番 > 春の雨はやはり鎌倉や神戸など洒落た街のパン屋さんのほうが似合いそうですね、洋子さん。
「の」を取りたいというご意見、解らなくもないです。鈴子さん、いかがでしょう? (2015年04月14日 (火) 22時51分)[5559]

義之 > 孝子さんのコメントに興味を覚え、ネットで調べてみたら、確かに「石窯パン」はあっても「石窯のパン屋」という表現は見当たらないようです。パン屋にも喫茶店にも殆んど縁のない私ですが、浮かび上がる上品な映像に惹かれて頂きました。 (2015年04月15日 (水) 16時47分)[5569]

惠美子 > 以前は神戸のパンが美味しくて 毎月三宮へ出ていた時は食べていましたので、掲句で あの頃の美味しいパンと元気とやる気を思い出させてくれました。 春の雨が洗い流してくれそうで・・・?  (2015年04月17日 (金) 09時12分)[5603]

月番 > 歳時記を読んでいて気がついたのですが、「春の雨」と「春雨」が蕉門俳諧では峻別されていたそうです。『三冊子』では陰暦正月から二月初めに降るのを「春の雨」、二月末から三月に降るのを「春雨」と区別しているそうです。歳時記によってはこの二つは別立てになっています。現代では「春雨」の傍題として「春の雨」が出ているものもあり、厳密な分けかたはしないようです。季語としの「春雨」は、すでに万葉集に使われており、ざっと見ただけで(春の雑歌)三首ほどあります。
そんなこと先刻承知だよと言われそうですが、勉強不足の私、初めて知りました。 (2015年04月17日 (金) 11時40分)[5610]

保子 > 「石窯のパン屋」すっと鎌倉でのお店を思いだしました。木々の揺れる、小鳥さえずるロマンチックな処でした。その頃が懐かしくなりました。 (2015年04月18日 (土) 00時47分)[5616]

榮一 > 月番さんの「春の雨」「春雨」は昔の人の繊細さを象徴するようです。季語も時代によって変わるものもあるようです。何事にもそれぞれに矜持があるようですね。 (2015年04月19日 (日) 12時34分)[5634]

世話人 > 三島章子さんでした。 (2015年04月20日 (月) 09時25分)[5654]
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10・湧水の音うらがえる黄水仙 投稿者:世話人 (2015年04月12日 (日) 19時53分)[5490]
(美保子 眞佐子 千尋)3点 


月番 > 鮮やかな景です。 (2015年04月13日 (月) 11時39分)[5516]

千尋 > 水音が裏返るという表現が心地よいような、素敵なような、嫌みなような、魅力的なような、どっかで見たことのあるような複雑な感じがしました。が、決め手は鮮やかな黄水仙でした。冬の水仙より黄水仙は大ぶりの花を付けます。 (2015年04月14日 (火) 19時41分)[5541]

美保子 > 湧水の音がうらがえる という表現に水の透明さ、冷たさなども感じられるように思いました。黄水仙は他の水仙に少し遅れて咲いて、春の訪れを感じさせてくれます。
「春の水すみれつばなをぬらしゆく」与謝蕪村 の句と通じ合うような句だと思いました。 (2015年04月14日 (火) 22時01分)[5550]

月番 > 千尋さん、お忙しいのに出て下さってありがとうございます。複雑な感想を持たれたようで、私はその中の「…、嫌味のような、…」に近い感じを持って、通り過ぎましたが、黄水仙の鮮やかさには心惹かれるものがありました。 (2015年04月14日 (火) 22時59分)[5560]

眞佐子 > 湧水は春になると水量も多くなり、水音も時々うらがえる様に聞こえます。黄水仙が凛としているようで、心地よく感じました。 (2015年04月15日 (水) 21時06分)[5572]

千尋 > 今、ひょっと思ってしまったのですが、「湧き水の音」「うらがえる黄水仙」だったのでは…? (2015年04月15日 (水) 22時15分)[5577]

千尋 > 眞佐子さん、ごめんなさい。色が重なってしまいました。 (2015年04月15日 (水) 22時19分)[5578]

月番 > どうでしょうねぇ…。「うらがえる黄水仙」というのは、風による水仙の動きのことですか?オサムさん、どう思われますか? (2015年04月15日 (水) 22時51分)[5581]

オサム > 「うらがえる黄水仙」に、ギリシャ神話のナルシスを思いました。水辺に咲く黄水仙の中に特にうなだれた一輪をふと見つけた作者。湧水の音もあいまって、ギリシャ神話の世界に思いを馳せられたのではないでしょうか。ご承知とは思いますが、一応ナルシス(ナルキッソス)神話の概略は以下の通りです。ナルキッソスは、その美しさにさまざまな相手から言い寄られたものの、高慢にはねつけ恨みを買った。ついには、そんな彼への呪いを聞き入れた復讐の女神ネメシスにより、水鏡に映った自分自身に恋してしまった。水面の中の像は、ナルキッソスの想いに決して応えることはなく、彼はそのまま憔悴して死ぬ。そして、その体は水辺でうつむきがちに咲くスイセンに変わった、というものです。だからこそスイセンは水辺であたかも自分の姿を覗き込むかのように咲くのである…。そんな訳で掲句は、うなだれるほどの水仙の形を(うらがえる)と表現されたように思えたのです。 (2015年04月16日 (木) 00時10分)[5586]

洋子 > 私も、裏返るのは湧水の音より黄水仙のほうがわかりやすかったので、湧水の音、で切って読みました。そしてナルシスの話を思い出しました。 (2015年04月16日 (木) 09時09分)[5591]

義之 > 有名な湧水といえば、広大な富士の裾野を経て、三島あたりの平地のあちこちの池や泉でしょうか。場所によっては静かに湧き上がるものもあれば、掲句から間欠泉のように、ごぼっと、水底の砂を巻き上げる様が見えて来るようです。表現の曖昧さを避けるべく「うらがえる湧水の音黄水仙」と、潔く水が裏返ると断定した方が、私の好みです。水辺のほとりに黄水仙が咲き誇っています。 (2015年04月16日 (木) 11時54分)[5596]

洋子 > 義之さんは博識なので、説得力がありますね。湧水の音を聞いたことのない私は、また心が裏返ってしまったような・・・。 (2015年04月16日 (木) 13時59分)[5597]

惠美子 > 私は 湧水の音 うらがえる黄水仙と読んだのですが・・音がうらがえるとなりますと・・私の頭は???・・と なってしまいます。 (2015年04月17日 (金) 09時27分)[5604]

月番 > 「音うらがえる」か「うらがえる黄水仙」で、意見が割れそうです。私は眞佐子さんと同じ読みをしました。間欠泉を直に見たのは、イエローストーンでのことだったのですが、衝撃的でした。湧水とはかなり違うような気がします。山間の湧水の音がうらがえるほうが、シックリしますが…よくわかりません。 (2015年04月17日 (金) 12時06分)[5611]

榮一 > 湧水もその湧き方はいろいろなのでしょう。音うらがえるがもう一つ響きませんでした。 (2015年04月19日 (日) 12時38分)[5635]

世話人 > 小川紫翆氏です。 (2015年04月20日 (月) 09時26分)[5655]
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11・勤王の志士の墓碑銘花の雨 投稿者:世話人 (2015年04月12日 (日) 19時53分)[5489]
(惠美子 孝子 章子 保子 紫翠 主宰)7点 


月番 > 京都かなあ、東京かなあと、歴史ファンの月番。 (2015年04月13日 (月) 10時58分)[5512]

惠美子 > 付きすぎているようでも・・やはり「花の雨」がぴったり! かな・・と・・。 (2015年04月15日 (水) 11時22分)[5566]

月番 > 関西なら勤皇の志士の墓といえば、京都霊山護国神社を思い浮かべるのですが。坂本龍馬、中岡慎太郎の墓のあたりからの眺めがいいですよね。折りしも花時とあって。
「花の雨」は「…情緒纏綿たる雰囲気をもっている」と歳時記(角川)の解説にもあります。 (2015年04月16日 (木) 22時55分)[5599]

紫翠 > 「花の雨」の取り合わせで選をしました。 (2015年04月17日 (金) 10時48分)[5606]

保子 > 心落ち着く作品でした。花の雨は付き過ぎかもしれませんが〜。 (2015年04月18日 (土) 01時05分)[5618]

榮一 > 勤王の志士もいろいろです。名もなく散っていた人の数のほうが多いでしょう。掲句の志士もそんな一人のような気がします。花の雨がよく効いています。 (2015年04月19日 (日) 12時44分)[5636]

世話人 > 松谷真佐子さんでした。 (2015年04月20日 (月) 09時26分)[5656]
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12・曇り日の街路樹の中鳥さかる 投稿者:世話人 (2015年04月12日 (日) 19時52分)[5488]
(章子 紫翠)2点 


月番 > お採りになったお二方のコメント、お待ちしています。 (2015年04月13日 (月) 11時26分)[5513]

孝子 > 今日、自転車で30分弱の共働きの息子夫婦のところに、孫可愛さに夕食を届けに週一いっているのですが、桜の終った街路樹にほんとうにこの句と同じ情景を感じました。私もいつもこの情景をあちこちで見ているのですが、句にするのはなかなか、とおもっていました。素直にありのまま、詠まれていて実感はあるのですが、あまりにもそのまますぎてとつい欲張ってほしいと思いちょっと遠慮してしまいました。 (2015年04月15日 (水) 22時00分)[5575]

章子 > 春は曇り日が多いですね、花曇り、霞か雲か、また戻りの寒さ、でも着実に春は深まり、街路樹に鳥が騒いて春本番ですね。 (2015年04月16日 (木) 10時30分)[5593]

月番 > ほんとうに春の天気は変りやすくて、今年は特にそう感じますね。
掲句について、孝子さんは「あまりにもそのまますぎて…」と書いておられますが、そのことはどうでしょうか、眞佐子さん? (2015年04月16日 (木) 23時31分)[5601]

紫翠 > 新鮮味にかける点はありますが、堅実な表現と思います。 (2015年04月17日 (金) 10時44分)[5605]

榮一 > 散文的です。鳥さかるもこの句では響くがよくありません。鳥の恋ぐらいでいいのではと思います。 (2015年04月19日 (日) 12時50分)[5637]

世話人 > 渡利寿美さんです。 (2015年04月20日 (月) 09時27分)[5657]
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13・天麩羅のからりと揚り銀縷梅 投稿者:世話人 (2015年04月12日 (日) 19時52分)[5487]
(美保子 オサム 千尋 循子 紫翠)5点


循子 > 銀鏤梅はまんさくのことですが、金鏤梅ほど使われないようです。見たことないと思っていましたら、灯台下暗し。角川俳句大歳時記の例句にひとつありました。≪おほかたは追慕に燃えて銀鏤梅   山本つぼみ≫
私も頂きました。どなたからでもご意見どうぞ。 (2015年04月13日 (月) 11時33分)[5514]

美保子 > ぎんろばい は今回ネットで調べて、まんさくの花だと知りました。写真も出ていましたが、ひもの様な花が何だか、太陽のような、ピエロのような楽しい雰囲気の花でした。天麩羅がからりと揚がった時の気分とそれはぴったりと来ると思いました。 (2015年04月13日 (月) 21時18分)[5526]

千尋 > マンサクのちりちりの花弁と天ぷら、言われてみるとな〜るほどです。私は揚げ物は苦手ですが…。 (2015年04月14日 (火) 19時48分)[5542]

月番 > 千尋さんと同じこと思いました。まんさくの花の有りようが、からりと揚がった天ぷらとは、まさに「な〜るほど」。あくまで「からりと揚」っての話です。自宅で揚げても、なかなかこうはいきません。 (2015年04月15日 (水) 22時20分)[5579]

オサム > 私もみなさんと同じマンサクのちりちり感と天ぷらの響き合いでいただきました。あと、(テンプラノカラリトアガリギンロバイ)の中に、(ララリリロ)とラ行の音が五つも隠れており、これも掲句のなんともからっとした明るさを引き立てていると思いました。 (2015年04月16日 (木) 00時23分)[5588]

月番 > なるほど、ですね、オサムさん。ご指摘のとおり、この句の軽やかさは、意図されたものかどうかは別として、そこから来ているのでしょうね。 (2015年04月16日 (木) 23時40分)[5602]

紫翠 > 取り合わせで選をしました。上五中七はよく見る表現ですが、マンサクの取り合わせが秀逸と思いました。 (2015年04月17日 (金) 10時59分)[5607]

榮一 > 上五中七までそのままで既視感があります。季語が変わってだけではどうかと思いました。 (2015年04月19日 (日) 12時54分)[5638]

世話人 > 梟夢庵先生です。 (2015年04月20日 (月) 09時28分)[5658]
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14・桜蕊降る一人になりし姉の膝 投稿者:世話人 (2015年04月12日 (日) 19時51分)[5486]
(洋子 寿美 鈴子 循子)4点


月番 > 「膝」に最初はこだわりましたが、考えているうちに「膝」がいいのだと思えてきました。いかがでしょうか。どなたからでもどうぞ。 (2015年04月13日 (月) 11時37分)[5515]

寿美 > お花見風景か、あるいは連れだって行った公園の桜見かそこに姉妹がいられて、感慨深そうに散る桜を見ていられる姉を見ている優しい妹。今まで以上にお姉さんを気遣われる優しいお人柄が垣間見えてほっこりする句でした。 (2015年04月14日 (火) 11時46分)[5532]

洋子 > 一人になりし、は、いろいろな状況が考えられますが、、一番に考えられるのは、ご主人様をなくされたのかなという思いでした。縁側にぼんやりと座って、あるいは公園のベンチにぼんやりと座っていると、その膝に桜蕊がはらりほろりと散ってくる、という情景と思います。桜蕊が付き過ぎのようで切ないですね。 (2015年04月14日 (火) 22時24分)[5556]

循子 > 「桜蘂降る」は確かに付き過ぎと思いますが、付き過ぎでいいじゃないの、と思わせてしまうものを「一人になりし姉の膝」に感じます。縁側に静坐してぼんやり外を見ている姉を、垣間見た妹の心情。老いて嵩低くなった膝が悲しい。「姉の膝」に、やられました!「桜蕊降る」でいいじゃないの、と開き直る所以です。 (2015年04月15日 (水) 23時18分)[5582]

月番 > 鈴子さん、お願いいたします。 (2015年04月15日 (水) 23時19分)[5583]

鈴子 > 自分の姉の暮らしを見ているような句です。姉は80歳まで現役で、魚を焼いたり刺身を作ったりと小商いをして忙しく働いていて良く恩恵にあずかったものです。今は新聞を読んだり、テレビを見たり、庭の畑をいじったりと穏やかに暮らしている姉。姉の膝「桜蕊降る」はなんの抵抗もなく選をしておりました。 (2015年04月18日 (土) 19時58分)[5621]

榮一 > 花の後なのでしょう。 (2015年04月19日 (日) 12時58分)[5639]

世話人 > 鈴木美保子さんです。 (2015年04月20日 (月) 09時29分)[5659]
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15・好きだった人は音痴で春彼岸 投稿者:世話人 (2015年04月12日 (日) 19時50分)[5485]
(剛 孝子 章子)3点


循子 > 昔むかし、「僕はクラシックなんて全くわからない。ベートーベンの田園聴きながら、今夜はカレーを食おうかなぁ…なんて考えてしまう」と言ったひとを思い出しました。まだどこかで存命だと思うけれど六十年も前の話。
掲句は春彼岸ですから、好きだったひとは、すでに故人なのですね。『「彼岸」といえば、春の彼岸をいい、秋は「秋彼岸」「後の彼岸」という』と歳時記には出ていますが、「春彼岸」としても使われていて、≪帰るたび町がさみしと春彼岸  小口延子≫≪月山の山ひだ深き春彼岸  有馬朗人≫などあります。 (2015年04月13日 (月) 12時14分)[5517]

> 音痴だが好きだった人と春彼岸。以外な取り合わせであるが、歳月のような横線の距離感があって興を呼ぶ。春彼岸と云う季節の変わり目に、ふーっと思い出した人は、記憶にのこる音痴の彼になるのだろうか。好きだったけれど叶わぬ事も有る、過去形で人を偲ぶという心のポケットの中で、この音痴はそんなに暗い影は落としてゐないようで、意外と面白い。音痴だった人しか思い出さない春彼岸もある。 (2015年04月14日 (火) 17時50分)[5539]

章子 > 今まで意識していなかった人の音程の外れた歌を聞いて顔が赤くなり席を外した思い出、好きだったのかも知れません、、風の便りではもう亡くなられたそうですが、懐かしいお人です。 (2015年04月16日 (木) 10時56分)[5595]

榮一 > もう一つ見えてくるものが乏しいように思いました。 (2015年04月19日 (日) 13時02分)[5640]

世話人 > 若林千尋編集長でした。 (2015年04月20日 (月) 09時30分)[5660]
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16・蒼天の砂まといたる蚯蚓の屍 投稿者:世話人 (2015年04月12日 (日) 19時49分)[5484]
(美保子 惠美子 孝子 主宰)5点


月番 > 「蒼天の」の「の」に、ちょっと疑問があるのですが、採られたかた、そうでないかた、ご意見をお書きくださいませんか。 (2015年04月13日 (月) 12時24分)[5518]

惠美子 > 「蒼天に・・・」という意味に読みましたが・・たらたら感をさけて 「の」で軽く切られたのでは・?と取りましたが・・?  みなさま、お教えください。 (2015年04月13日 (月) 19時06分)[5524]

美保子 > 私も 「蒼天に」と言う意味だと思いました。ただ、頂いておきながら、お恥ずかしいのですが、下の句を 「みみずのかばね」と読んだのですが、そうすると下7になると思うのですが、どなたか教えて頂けますか。 (2015年04月14日 (火) 22時24分)[5555]

循子 > 屍は「し」と読み、字義は「しかばね」「かばね」「むくろ」などということでよろしいのでは?したがって「蚯蚓の屍」は「みみずのし」と五音におさまります。 (2015年04月14日 (火) 23時23分)[5562]

美保子 > 循子さん、さっそく、ありがとうございます。「し」と読めばいいのですね。今、電子辞書で調べたら、ありました。怠け者で申し訳ありません。勉強になりました。
掲句は 砂を纏った蚯蚓でも、死んでしまえば、蒼天に抱かれる と言ったイメージを持ちましたが、かけ離れているでしょうか。 (2015年04月15日 (水) 21時35分)[5573]

榮一 > 蒼天ので軽く切れていると思います。雨の日など道を這う蚯蚓を見かけることがあります。この蚯蚓は何かの都合で死んでしまったのでしょう。太陽に照らされて乾いているのです。蒼天も時には残酷にもなりうるのです。 (2015年04月19日 (日) 12時17分)[5630]

世話人 > 伊藤保子さんです。 (2015年04月20日 (月) 09時19分)[5647]
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17・見るだけの大型客船春の昼 投稿者:世話人 (2015年04月12日 (日) 19時49分)[5483]
(剛 洋子 オサム 寿美 千尋 保子 紫翠)7点 


月番 > 大型客船には、とんと無縁の月番。実感あります。 (2015年04月13日 (月) 12時38分)[5519]

寿美 > 博多にも韓国や中国からの客船が着き、最近テレビにも出ていましたが、博多のデパートで化粧品や電化製品を爆買いされている姿を見ました。最近まで皆人民服を着て貧しい感じでテレビに出ていたのに、すごい勢いで豊かになっているんだなーと感慨無量です。 (2015年04月14日 (火) 11時56分)[5533]

月番 > ついつい「大型客船」を勝手に「豪華客船」に翻訳?してしまい、寿美さんの書かれた爆買いの人たちではなく、優雅に船旅そのものを楽しんでいる人々を想像しました。単に大型客船なら有難い買い物客を乗せてくるのですね。博多の町の賑わいを思っています。 (2015年04月14日 (火) 13時51分)[5536]

洋子 > 私も「豪華客船」と思って読んでいました。自分には縁のない豪華客船に遠い異国への憧れをのせてうっとりと眺めているという、夢見心地の春の昼です。 (2015年04月14日 (火) 22時30分)[5557]

オサム > 『ふらんすへ行きたしと思へどもふらんすはあまりに遠し せめては新しき背広をきてきままなる旅にいでてみん〜 「旅上」萩原朔太郎より』掲句を読んで、そんな詩をふと思い出しました。最近の大型客船の船内は高級ホテルや豪華レジャー施設の機能を備えているようなものまであるようで、なんだか大変なことになっているようです。巨大なものをただ見る、という行為はなんだか春の昼に合いますね。 (2015年04月16日 (木) 00時41分)[5589]

紫翠 > 「春の昼」がピッタリで、「見るだけの」が上手いと思います。 (2015年04月17日 (金) 11時04分)[5608]

> ツアーでやってくる、プレミアムクラスの豪華客船ではなかろうか。巨船を初めで見たのは横浜だった、クイーン・エリザベス。開通したばかりの横浜ベイブリッジの下を通過出来ないのでは、と話題になった。勤め先の6階から眺めていた記憶がある。横浜博覧会の際にホテルとして大桟橋に長期間停泊していたので、見るだけの一人として野次馬の如く見に行った。勿論、船の大きさを見上げながら、その料金等にも羨望の眼差しがあったに違いない。横浜も神戸も周囲の環境を思えば、名だたる港である。春の昼が似合いと思う。 (2015年04月17日 (金) 11時07分)[5609]

榮一 > 見るだけが平凡に思いました。 (2015年04月19日 (日) 12時19分)[5631]

世話人 > 佐藤美鈴さんです。 (2015年04月20日 (月) 09時18分)[5646]
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18・微動だにせぬ鮒の浮花筏 投稿者:世話人 (2015年04月12日 (日) 19時48分)[5482]
(剛 義之 梟夢庵)4点


月番 > たまたまか、お採りになったのは男性ばかりお三方です。釣女(ツリジョ)は、いまのところ流行ってはいないのでしょう。ゆっくり動く花筏が見えますが、こんなときでも浮はピクとも動かないものなんですか。 (2015年04月13日 (月) 12時43分)[5520]

義之 > 微動だにせぬ浮といえば、まずは無風、次にあたりが全く無い状態だと理解出来る。
あたりが無いのは、釣果を全く期待していないようだ。花筏の斡旋から、のんびりと桜を楽しんでいる、作者の姿が思い浮かぶ。釣れても釣れなくてもいい、近くのため池で釣糸を垂らしている毎日なのである。

(2015年04月14日 (火) 18時53分)[5540]

> 義之氏が書かれた通りである。女性に限らず、男でも釣りの経験の無い人には見えない部分があると思う、「微動だにせぬ浮」は、浮子で、鮒が餌に食いつかない状態を云っており、もう少し踏み込んで云えば、たぶんへラと呼ばれる鮒を釣る特殊な浮子で、微妙な浮子の当たりを楽しむ釣りである。また場所も河や湖では無く街中にも有る釣堀だろうと感じた。桜の季節には風に散った花びらは釣堀に舞い込んで水面に散り敷き、花筏と呼ばれる風情のある景色を作る。それは季節の中で遭遇する、至福の時間ではなかろうか。 (2015年04月15日 (水) 14時11分)[5567]

月番 > お二方、ありがとうございます。釣りを知らない私にはわからぬ世界です。魚が食いつかない時間を、世の太公望たちは何を考えておられるんだろうと思ってしまう。そんなとき名句がひょいと浮かんだりするのかも。 (2015年04月16日 (木) 00時12分)[5587]

千尋 > もうずいぶん昔のことですが、兄に連れられて近くの池に釣りに行ったことがあります。何を釣りに行くのかも全く分からず連れていかれました。この句でその時のことを思い出しました。池の側の桜が散って水面は半分くらい白くなっています。わたしは早く家に帰りたいので、花びら動け!風よ吹けと念じておりました。浮きはまさに微動だにせずでした。
♪どじょっこなどふなっこなど春がきたかと思うべな〜・・ (2015年04月17日 (金) 22時32分)[5614]

世話人 > 岡部主宰です。 (2015年04月20日 (月) 09時16分)[5643]
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19・まんさくや銀嶺飽きず見て暮れる 投稿者:世話人 (2015年04月12日 (日) 19時47分)[5481]
(義之 美鈴 眞佐子 保子 循子)5点 


義之 > 何処の銀嶺と書かれていないが、すぐさま富山の立山連峰を思い至った。これまで数十年の間に出張で、10回以上富山を訪れているが、なぜか雪の季節ばかり。今年は3月の後半に、新設となった北陸新幹線で富山を訪れたが、当日は快晴であった。驚いたのは街の際まで迫り切り立つ銀嶺であった。昨年もその前年も、なぜか大雪の降りしきる富山しかこれまで知らなかった。まんさくの咲いている富山を経験したいものだ。

(2015年04月14日 (火) 17時06分)[5538]

眞佐子  > 銀嶺は季語にはありませんが、富山では冬から春にかけて立山連峰の銀嶺がとても美しいのです。まんさくの咲く頃の連峰は、「飽きず見て暮れる」が良く解ります。
銀嶺とまんさくで季語が二つあるように思いましたが、気になりませんでした。 (2015年04月15日 (水) 20時29分)[5571]

月番 > 銀嶺は雪が積もった山ですから、夏でもあり得ると思って、気にはなりません。お二人が書かれた通り、立山連峰の景でしょうか。贅沢な景の贅沢な時間だと羨ましく感じます。一方で主人公の屈託のようなものが「見て暮れる」という措辞に感じられて、心惹かれるものがあります。まんさくもいいですね。美鈴さん、保子さんも採っていらっしゃいます。 (2015年04月15日 (水) 23時39分)[5584]

美鈴 > 啄木の「ふるさとの山に向かひて・・」を連想しました。四季折々の山の姿、とりわけまんさくの花を見ながらの景は作者にとって至福の時なのでしょうね。
羨ましい思いで頂きました。 (2015年04月16日 (木) 16時58分)[5598]

保子 > 幸せな時間を過ごしていらっしゃる方だな〜と思いました。「見て暮れる」このゆったり感素晴らしいです。 (2015年04月18日 (土) 00時34分)[5615]

榮一 > まんさくの黄色と銀嶺の白さは印象的です。毎日見ている山でも飽きないのは日々の変化があるからでしょう。 (2015年04月19日 (日) 12時09分)[5629]

世話人 > 渡辺淳子さんでした。 (2015年04月20日 (月) 09時15分)[5642]
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4月定例句会の準備 投稿者:世話人 (2015年04月12日 (日) 19時45分)[5480]
句会の準備をしております。
  春眠の覚めつつありて雨の音  星野立子
  午後からは黄になる太陽竹の秋 三橋敏雄


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3月定例句会の開催に付いて 投稿者:世話人 (2015年03月12日 (木) 20時20分)[5324]
皆さまには毎日をお元気でお過ごしの事と思って居ります。春の雪とは云いながらも、富山はもう三日間も真冬の寒さです。節分寒波の後には春らしい天気も有りましたが、もうこれでこの冬は終わりにして欲しいものです。
今月の投句は22句でした、お忙しい方もいらっしゃる筈で、参加の皆さまにはお礼を申し上げます。選句が出揃いましたので、明日(13日)から開催の定例句会の準備を致しました。
ご多忙の方もいらっしゃるでしょうが、岡部主宰、梟夢庵先生にはご指導をお願い致しますと共に、皆さまには率直な句評をお願い申し上げます。今月の月番は先月の最高点者の浅村恵美子さんです。どうか宜しくお願い申し上げます。      


惠美子 > 何故か 先月はお点を沢山頂き 月番のお役までいただきました。  本当に知識の薄い私では皆さまにご迷惑をおかけしそうですが、 二度と無い経験だと思いますので私なりの月番で申し訳ありませんが務めさせて頂きます。 先生、皆さま、よろしくお願い致します。 (2015年03月12日 (木) 21時24分)[5325]

惠美子 > 句会はあと二日間となりました。 お取りの句は4句ですが、出来るだけ多くに選評・ご意見を戴けませんでしょうか・?!  玄鳥俳人さまの勉強の場としての(私個人には・)先生や先輩方々にお教え頂ける最高の場ですので・・どうぞよろしくお願い致します。  めったにないチャンスですので 厚かましいお願いを書かせて頂きました。 お許しくださいませ。 (2015年03月18日 (水) 09時37分)[5408]

世話人 > 春爛漫にはまだ遠いが日差しにその気配が感じられる朝でした。桜の蕾も少し膨らんで来たでしょうか。句会の終了期日が来ましたので投句者名を記載いたしました。梟夢庵先生、岡部主宰にはご指導や助言を戴き有難うございました。また今月の月番を務めて下さいました浅村恵美子さんをはじめ、参加の皆さまにも厚く御礼もうしあげます。来月も宜しくお願い致します。 (2015年03月21日 (土) 09時11分)[5479]
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01・あたたかや昭和静かに立っており 投稿者:世話人 (2015年03月12日 (木) 20時09分)[5323]
(美保子 杏花 進二)3点


月番 > お取りになられたお三方さま、中七・下五はどのようにお読みになられたのでしょうか? お教え頂けますでしょうか。 (2015年03月12日 (木) 21時31分)[5326]

美保子 > うまく書けないのですが、三月というのはいろいろな節目の季節で生まれを意識する時期だなあと思いました。昭和という時代は今に比べて、寡黙であったと思ったのです。やたら、スピードだけが加速して、落ち着かない現代に対して、昭和静かに立っており という事かなと。選評になっていないですね。すみません (2015年03月18日 (水) 21時08分)[5422]

月番 > 美保子さま、ありがとうございます。 「立つ」は「経つ」でも無いので・・昭和を擬人化したように・読めばいいのでしょうか・?  杏花さま、進二さま、お願い致します。 (2015年03月19日 (木) 08時57分)[5425]

> 平成も27年を経れば、明治、大正は遥か彼方で、昭和も「遠くなりにけり」である。町や村に今でも残っている石碑や墓銘碑は多い、あれは確かに立っている。兵役で戦死された軍人が多いが、土地の治山治水に尽くした人のもある。それを顕彰する石碑は明治や大正時代に建立されたのも有るが、作者の懐かしむのは波乱の昭和なのだ。 (2015年03月19日 (木) 19時27分)[5436]

榮一 > 昭和では漠然としている。具体化したい。 (2015年03月20日 (金) 10時49分)[5444]

世話人 > 新保吉章氏でした。 (2015年03月21日 (土) 08時47分)[5462]
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02・参道の捜し当てたるゴム風船 投稿者:世話人 (2015年03月12日 (木) 20時08分)[5322]
(無し)


月番 > やんちゃ盛りの男の子が 迷子にでも なられたでしょうか・・? (2015年03月12日 (木) 21時42分)[5327]

> 参道の、と言い切っているので、「が」と同じくゴム風船を捜しているお宮か神社に続く道になる。何処へ消えたか見えなくなったゴム風船を捜す参道、そんなように取れる。賑わいなのか、誰もいない道なのか、そんな判断を迫られるような気もするし、季語の風船は動かないにしても、頼りなげである。「参道に」なら少し違うように思う。      (2015年03月18日 (水) 10時28分)[5409]

循子 > 剛氏のご意見通りと思います。「参道の」とあるために、この文脈では「探し当てたる」という動詞の主語が参道ということになりそうです。点が出なかったのは、そのために句意が曖昧になったこともあるでしよう。。剛氏の書かれた「参道に」ならば、探し当てたのは句の主人公ということで、少なくとも句意は見えてくるのでは? (2015年03月18日 (水) 12時05分)[5414]

作者 > 剛様、循子さま ありがとうございました。 最初は「雑踏」や「ひとごみ」と 思ったのですが、どちらも字面的に好きでは無かったものですから・・。 助詞を「に」に変えればよかったのですね。 推敲する時間も無いような作句では・・だめですね〜! (2015年03月19日 (木) 09時06分)[5426]

世話人 > 浅村恵美子さんです。 (2015年03月21日 (土) 08時48分)[5463]
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03・初雛や泣けば乳房に抱き上げて 投稿者:世話人 (2015年03月12日 (木) 20時08分)[5321]
(孝子 千尋 主宰)4点


月番 > 作者のお嬢さんの初節句なのでしょうか・? 私は お孫さんの初節句で母となった娘の幼い頃を思い出して居られるのかと・・?  主宰、編集長、孝子さま、お願い致します。 (2015年03月12日 (木) 21時51分)[5328]

千尋 > 最近もう一人孫が生まれてまた赤子を抱くチャンスに恵まれました。赤子に泣かれると抱くしかないのです。そして抱くと乳房の高さになります。それは、母親でも父親でも婆でも同じでしょう。「初雛」で、女の子を持つ親の気持ちをあらわしているのかな〜と思いました。 (2015年03月15日 (日) 01時33分)[5358]

孝子 > 千尋さま、赤子が抱けるなんて、うらやましい。昔々になってしまいました。でも、乳房にというフレーズは本当にうまいと思いました。赤子も幼児も大人もシルバーも乳房のことばはつかわなくても、いつも意識下にあるのではないでしょうか。心臓に近く、その音が胎内にいる時から、安心と安らぎを与えてくれるのでということも聞きました。女の子であれば、泣いてうるさくて抱き上げたというよりも、やさしく可愛くて抱き上げたという感じがします。ああー女の子がほしかったなーとおもっています。 (2015年03月16日 (月) 17時14分)[5386]

梟夢庵 > 泣きやまないので、抱きあげて乳を飲ませたとも読める。 (2015年03月17日 (火) 22時15分)[5399]

榮一 > 女の子の初節句です。赤ん坊には雛飾りも欲求の対象はないでしょう。やはり母親が抱き上げて乳を飲ませているように思います。 (2015年03月20日 (金) 10時59分)[5445]

世話人 > 森内洋子さんでした。 (2015年03月21日 (土) 08時49分)[5464]
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04・春の水ほたるの幼虫放ちけり 投稿者:世話人 (2015年03月12日 (木) 20時07分)[5320]
(無し)


月番 > 幼虫は成虫の鎧の無いような・・美しい光を放つ蛍の幼虫とは思えないですよね〜?   (2015年03月12日 (木) 21時57分)[5329]

> 子供の頃に小川と呼ばれた水路は殆ど姿を消して、多くはU字溝などを埋め込んで改修された。この句の春の水は小川ではないが、今では余程の処まで行かなければ地方でも童謡のようにサラサラの春の小川は無い。その昔の自然は失われて戻らない。ホタルの幼虫が寄生して育つ小さな巻貝などは農薬で死滅してしまい、今はホタルも養殖されて売られる時代である。この季節に鮎や鮭等の稚魚も各地で放流されるし、ホタルの幼虫を水に放つ会も開かれるのだろう。大きな庭園を持つ料亭などはホタル狩りなどをセットにして客を呼ぶらしい。 (2015年03月18日 (水) 11時46分)[5413]

循子 > 俳人たちに愛され、詠まれてきた宇陀郡もいまは宇陀市となり、又兵衛桜もあって、すっかり観光化してきました。宇陀は古代の狩猟地であった阿騎野を擁し、迫間地区には阿紀神社という古い社があります。23年前からこの境内にある能舞台で「あきの蛍能」が催行されます。昔は神社の近くは外灯ひとつ無い真闇でしたから、能が終って田圃道を帰るときは足元が危なっかしいながらも、本物(?)の蛍を見ることができました。その風景も今は無く、能舞台には養殖の蛍を放つことになっています。どうも弱弱しくて、あまり飛ばないし発光しないし、一年間養殖に係わって来たひとに気の毒な気がします。宇陀市の大イベントとなって、全国からファンが訪れるのですが、剛氏がかかれたように、昔の自然は失われて戻りません。掲句ですが、「春の水」だけでは少し情景が見えてこないので、敬遠されたのでしょうか。 (2015年03月19日 (木) 10時50分)[5430]

千尋 > 春の水とほたるの幼虫で季が重なっているような気がしたのです。 (2015年03月19日 (木) 22時24分)[5438]

世話人 > 伊藤保子さんです。 (2015年03月21日 (土) 08時49分)[5465]
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05・春昼や河馬の親子に会ひに行く 投稿者:世話人 (2015年03月12日 (木) 20時00分)[5319]
(オサム 孝子 眞佐子 鈴子 千尋 紫翠 吉章 梟夢庵)9点 


月番 > 河馬の子は可愛いですねぇ〜! 暖かくなったら・岡崎動物園へ行きたくなりました。 敬老乗車券で入園できますので・・。  オサムさまから・・よろしくお願い致します。 (2015年03月12日 (木) 22時06分)[5330]

オサム > 図体のでかい動物は色々いますが、河馬はその中でも愛嬌のある芸をするでもなく、ただぬぼーっとしているのです。それも親子でぬぼーっとしているのです。作者は、ただでさえのどかで駘蕩とした春の日に、明確な意志をもって河馬に(会いに行く)というのです。なぜか掲句から現代人の深い疲労感のようなものを感じました。上五は(春昼や)だとちょっと切れが強いので、(春の昼)ぐらいにしたほうが、この句のテイストには合っているかな、と思いました。ところで「桜散るあなたも河馬になりなさい(坪内稔典)」など、河馬といえば稔典と言われるほど、河馬の句は最初からある意味足枷がついて回りますが、そんなことは意に介さず、私もこの不思議な存在感のある河馬という生き物を是非詠んでみたいものです。 (2015年03月14日 (土) 01時52分)[5348]

月番 > オサムさま、ありがとうございます。 この句の良さが分かってきました。 河馬の句、楽しみにして居ります。 (2015年03月14日 (土) 10時18分)[5352]

紫翠 > 素直な表現に好感が持てます。内容的にはオサムさんの書かれた通りと思います。 (2015年03月15日 (日) 14時41分)[5367]

孝子 > どうも河馬と春昼は合いすぎると思いながら、いただいてしまう自分がいます。オサムさんのいわれるように、私も自分の河馬さんの句がよめるように宿題にしたいとおもいました。 (2015年03月16日 (月) 17時19分)[5387]

梟夢庵 > 孝子さんの言われるとおり、河馬と春昼は合いすぎると思いながら頂きました。強いて云うならば、稔典さんの魔力によると思います。 (2015年03月18日 (水) 22時27分)[5423]

惠美子 > 選ばれた皆さまは・素直なお人柄なのでしょうね。  私は惹かれながら・反発をしてしまいました。 (2015年03月19日 (木) 09時11分)[5427]

吉章 > 春昼のけだるさと河馬の親子の絆の深さが読み手を無条件で引き寄せる力があり、いつの間にか自分が動物園へ入ったような不思議な感覚になる吸引力を持っている。そんな作品だと思いました。 (2015年03月19日 (木) 11時33分)[5432]

世話人 > 佐藤美鈴さんです。 (2015年03月21日 (土) 08時50分)[5466]
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06・大本営発表桜開花時期 投稿者:世話人 (2015年03月12日 (木) 20時00分)[5318]
(剛 義之 循子)3点


月番 > 面白い取り合わせで・惹かれましたが、私には 読みきれませんでした。 循子さま、剛さま、義之さま、お教え頂けますでしょうか? (2015年03月12日 (木) 22時17分)[5331]

循子 > まず、可笑しい。ものものしく始まって、次に出てくる情報が桜開花状況なのですから。そのあと、やがて悲しき…となります。
日支事変直後に生まれて第二次大戦のさなかに育ちましたから、ラジオからあの独特のイントゥネイションで流される「大本営発表」を毎日聴いていたように思います。子供心に只ならぬ雰囲気を感じたものです。
戦後七十年ということで、政治に、外交にと、さまざまの論議が交わされ、戦時の記録の検証もなされていますが、先日来ニュースになっている戦艦武蔵を含めて、大本営発表の裏側で、どれほどの若者たちが犠牲になっていったか。それに思いを致せば、いま長閑に桜開花情報をニュースで聞いている私達はその若者たちに何を以て償えるのか、と思うことがあります。彼らは開花する時間さえなく散っていったのです。
散るを潔しとされて、櫻は戦士のシンボルとなり、数々の歌になり愛唱されました。それに刺激を受けて志願した少年たちも居たに違いない。
…などなど、たった十個の漢字を、そっけなく並べた掲句に感ずること山の如し、でした。深読みし過ぎという反論もありましょうが。 (2015年03月16日 (月) 12時21分)[5381]

惠美子 > 循子さまの選評には 頷くほかはありません! 尊敬の一言です。 (2015年03月16日 (月) 19時18分)[5388]

梟夢庵 > 循子さんの名調子の後で書きにくいのですが、俳句で花と云えば桜のことで、したがって開花にわざわざ「さくら」と解説する必要はな<大本営発表開花予想時期>で十分。 (2015年03月16日 (月) 22時02分)[5390]

> 大本営というのは、「もと 戦時に天皇の下に置かれた最高の統帥本部」と辞書や広辞苑にある。その大本営発表とは、「当時国民に向けて発表した、戦況に関する情報。末期には、戦況が悪化しているのにもかかわらず、優勢であるかのような虚偽の発表をくり返した」と大辞泉にある。私の年代はかの大戦を経験したとはとても言えないが、ただ敗戦の混乱に巻き込まれて苦しい生活をした事は事実であり、それは今でも記憶に残っている。後々史実によって、この大本営発表は意図的に操作されたものと知ることになった。大時代的な大本営と取り合わせられた桜の開花時期は、毎年気象台や予報業者が科学的な数字に基づいて判断して可なり正確なものである。作者は発表に懸けて句で遊んでいるように思えてならない、軽い洒落も有るのかとも思うが、どうであろうか。 (2015年03月17日 (火) 19時58分)[5394]

千尋 > 「大本営発表」に嫌悪を感じていましたが、どう書いていいのかわからなかったのです。剛さんありがとうございました。 (2015年03月18日 (水) 02時27分)[5402]

榮一 > 桜の開花は地方に標準木があるようだ、その木でいくつか咲いたら開花宣言がされるらしい。大本営は面白いが少し大げさに感じます。 (2015年03月20日 (金) 11時04分)[5447]

世話人 > 梟夢庵先生です。 (2015年03月21日 (土) 08時51分)[5467]
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07・胃袋の重き一日養花天 投稿者:世話人 (2015年03月12日 (木) 19時59分)[5317]
(剛 杏花 孝子 章子 紫翠 主宰)7点 


月番 > この時期は 花粉症の方でもつらい時期ですよね〜! (2015年03月12日 (木) 22時20分)[5332]

紫翠 > 「養花天」がよく効いていると思います。時々経験することなので共鳴できます。 (2015年03月15日 (日) 14時43分)[5368]

孝子 > それほど食べ過ぎたわけでもないのに胃が重い。この頃とみに感じる自分自身がいる。この句はまさに自分自身のことを詠んでいるとおもう。実感である。季語がはまりすぎるくらいにぴったりすぎる。もしかしたら・・・と考えてしまう気分。養花天そのままである。 (2015年03月16日 (月) 17時03分)[5385]

> 養花天と花曇りは同じ意味を持つ筈で、曇天が桜を養って咲かせるというような発想から生まれた季語のようである。太陽に暈がかかるような曇り空も同じで、この時期は兎角気鬱になりやすい。この句の重たい胃はそんな事を擬えているようで、たぶん苦痛ではない、気の思い事があるのだ。その昔、自分の勤め人の時代を思い返せば、この時期は胃の重くなる日が続いた、だが桜が散って日常が凡に戻ると回復した。季語が上手く働いていると思う。 (2015年03月17日 (火) 16時35分)[5393]

> 「気の思い」は「気の重い」です。 (2015年03月17日 (火) 20時01分)[5395]

章子 > 季語の養花天を上手に使われており感心致しました、待っていた春なのに気の重いことですね。 (2015年03月18日 (水) 11時22分)[5410]

榮一 > この季節は卒業、入学、就職、決算、など胃の重いことは各人にありそうである。まさか呑みすぎではなかろうと思う。養花天がいい。 (2015年03月20日 (金) 11時10分)[5448]

世話人 > 若林千尋編集長でした。 (2015年03月21日 (土) 08時52分)[5468]
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08・囀りや手押しポンプの水噴けり 投稿者:世話人 (2015年03月12日 (木) 19時58分)[5316]
(美保子 美鈴 洋子 寿美 眞佐子 章子 鈴子 保子 梟夢庵)10点 


月番 > たくさんのお点が入って居ります。 小さい頃に手押しポンプを見た記憶はありますが・・・皆さまもご存じの方ばかりなのですよねぇ〜! 汲み上げるポンプの水のように 選評をよろしくお願い致します。 (2015年03月12日 (木) 22時30分)[5333]

寿美 > 冬はガチガチに凍り手押しポンプがビクとも動かない。湯で氷を溶かし迎え水を入れひたすら水が出るまでついた。里ではポンプの水がすべてで洗顔は外、台所は水瓶、お風呂はポンプぐちにトイを差し込んでひたすらポンプを付いて水を満たした。この句は懐かしい昭和の風景や若かった父母のしぐさまで思い出し思わず涙組そうになりました。 (2015年03月15日 (日) 12時53分)[5360]

洋子 > 冬には苦労した手押しポンプも今や春になって、勢いよく水を噴きだしています。鳥も恋の季節で思い切り囀っています・・・。生気あふれる春の息吹が感じられていただきました。 (2015年03月15日 (日) 13時49分)[5366]

美保子 > 幼い頃は井戸や手押しポンプのある生活でした。今でも、そういう暮らしをしていらっしゃる所もあると思います。手押しポンプに囀りや という季語で本当に春の訪れを喜んでいる感じがしました。 (2015年03月16日 (月) 21時20分)[5389]

保子 > 「や」「けり」が気になったのですが、「ポンプの水噴けり」に惹かれて頂きました。 (2015年03月17日 (火) 21時45分)[5398]

章子 > 気が付けば「や」「けり」でした、眠っていたポンプが勢いよく水を噴き上げたのでそちらに気を取られてました、「囀りや」も捨てがたいですね。 (2015年03月18日 (水) 11時36分)[5411]

鈴子 > 囀りと手押しポンプの水の勢いを上手く表現された句と思い頂きました。私の勉強不足と思いますが、この句の場合の「噴けり」は切れ字の「や」「けり」には当たらないように思いました。 (2015年03月18日 (水) 14時24分)[5419]

美鈴 > 鈴子様のお考えに賛成です。「噴く」という動詞に助動詞の「り」がついたものだと思います。ポンプを扱ぐ音に囀りの声、生命力にあふれたさわやかな句だと思います。 (2015年03月19日 (木) 09時17分)[5428]

循子 > 鈴子さんや美鈴さんのご意見どおりと思います。掲句の「けり」は助動詞「けり」ではなく、「噴く」という四段活用の動詞に完了・存続の助動詞「り」が付いたと解釈しました。これで正しいでしょうか、梟夢庵先生?助動詞はほんと難しい。 (2015年03月19日 (木) 11時52分)[5433]

梟夢庵 > 「噴く」の活用は「か・き・く・く・け・け」。「噴く」に「けり」が付く場合、けりは連用形に接続するので「噴き・けり」となる。一方「り」は已然形に接続するので「噴け・り」となる。循子さんの解釈が正しいです。 (2015年03月19日 (木) 21時56分)[5437]

循子 > ほっといたしました。ありがとうございます。 (2015年03月19日 (木) 22時30分)[5440]

千尋 > 「り」は連用形、終止形があるので「噴ける」と連体形にする方が響きも良いように思うのですが、梟先生こんなときは? (2015年03月19日 (木) 22時34分)[5441]

梟夢庵 > 千尋編集長の連体形説(ける)に賛成。 (2015年03月20日 (金) 11時00分)[5446]

作者 > 私は、学生の頃何よりも文法が嫌いでした。面倒くさくて、ややこしくて本当に嫌いでした、それなのに今、俳句のお仲間に入り向う見ずの私と思います。さすが先輩方の博識、学習ぶりに感心致しております。今後とも私には及ばない問題だと思いますがよろしくご指導の程お願いいたします。文法は難しいですね。皆様有難うございました。           (2015年03月20日 (金) 13時37分)[5454]

保子 > 選をしていながらも曖昧で気になっていました。「水噴ける」に納得です。有難うございました。 (2015年03月21日 (土) 00時03分)[5455]

世話人 > 渡辺淳子さんです。 (2015年03月21日 (土) 08時53分)[5469]
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09・耳の日と重なっている雛祭 投稿者:世話人 (2015年03月12日 (木) 19時58分)[5315]
(循子)1点


月番 > 3月3日は耳の日と雛祭り と 読むだけでは 作者に叱られそうです。 循子さま、耳と雛祭りの取り合わせをどのようにお読みになられたのでしょうか? お教えくださいませ。 (2015年03月12日 (木) 22時37分)[5334]

循子 > さる友人が、嘗て角川俳句賞を受けられたさる著名俳人の先生に、「考えれば考えるほど俳句が難しくて、何も書けないのです…」と愚痴ったところ、「たかが俳句。作れば出来る。」と簡単明瞭なお返事が戻ってきたそうです。なるほどなぁ。その通りかもねぇ。しかしそう言われてもねぇ。…などと、二人で笑い転げたのは、極く最近の話。掲句を読んで、まずそのことを思い出したのです。作者の方に失礼と誤解されないように願いますが、そうか、ここを原点にして、ここに戻ればいいのだ…と私は思ったのです。洒落た言葉が無いか、変った発見が無いか。そんな碌でもない色気が先立って、却って一語も出て来ない。掲句はなんの意味もなく衒いもなく、三月三日というキーワードだけを五七五に書き付けているだけです。「隗より始めよ」ということを思い出させて頂いた感謝をこめてのささやかな一点でした。 (2015年03月15日 (日) 16時08分)[5371]

循子 > もうひとつ感じたこと、付け加えます。
雛に限らず人形というものにのは、「ひとがた」として、人間の幸不幸を背負っている哀れさがあります。市松人形はみな愁い顔だし、雛もそう。代々受け継がれた雛ならば尚のこと。持ち主と同じだけの歳月を雛も生きています。
掲句の主人公は恐らく年配のひとでしょう。齢を加えて雛飾るのもそろそろ億劫になってきました。五感の衰えも感じている。殊に聴覚にそれを感じている。そういえば三月三日、雛の日は最近ゴロ合わせで耳の日なんて言われてるなあ…など来し方行く末を思っているのです。 (2015年03月15日 (日) 16時56分)[5372]

月番 > 循子さま、納得!納得!!です。 勉強させて頂きました ありがとうございます。 (2015年03月15日 (日) 18時48分)[5374]

榮一 > 三月三日の耳の日はごろ合わせです。重なっているといわれても・・。 (2015年03月20日 (金) 11時14分)[5449]

世話人 > 小川紫翆氏でした。 (2015年03月21日 (土) 08時54分)[5470]
名前

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10・地虫出づ昔の男思ひ出し 投稿者:世話人 (2015年03月12日 (木) 19時57分)[5314]
(洋子 惠美子 杏花 吉章)4点 


月番 > 思い出す男性のあるお方はしあわせですよねぇ〜!  せめて私は夫の若い頃でも思い出すことにしましょうか・・?   (2015年03月12日 (木) 22時41分)[5335]

洋子 > 啓蟄の日ですから、虫がぞろぞろと地中の穴から這い出してきます。そして記憶の底からは昔の男が・・・。いろいろな男がぞろぞろ這い出して来たらどうしましょう。ちょっと怖いような
楽しいような・・・。 (2015年03月14日 (土) 09時22分)[5350]

月番 > 洋子さま、そんな想像も楽しいですね〜! (2015年03月14日 (土) 10時21分)[5353]

寿美 > 思い出すほどの昔の男うらやまし〜〜〜。 (2015年03月15日 (日) 13時05分)[5363]

循子 > 純情詩集にでてきそうな方々が多いようですが、「昔の男」に拘ると、この句は嫌なものになってしまう。昔の男ったって、別に深い意味はないと思って私は掲句を読みました。小学生時代から始まって、中学、高校、その後の学生時代。それぞれ鮮明な記憶として「男」が居ます。名前も忘れたりしていますけれど、やはり彼らが登場したシーンだけは鮮やかに蘇ります。私ぐらいの齢になると、おおかたは彼岸のひとであろうと思っていますが…。「昔の男」に拘ると、この句はつまらないと思う。
私は「地虫出づ」が直接的に働いて、思わせぶりになる感じがしたので、パスしました。 (2015年03月15日 (日) 23時17分)[5378]

梟夢庵 > まず内容が通俗的に過ぎる。「昔の男を思ひ出し」なんてまさに演歌の世界である。加えて、形が古川柳に多い{連用形止め」である。つまり、形も内容も通俗的であるので敬遠されたと思う。 (2015年03月17日 (火) 23時20分)[5400]

吉章 > 「通俗的」は間違いありませんが次々に湧くように出て来る地虫を見ながら作者はふとこんな思い出に浸った。表現を少し工夫すれば?例えば「地虫出づときめきし日の遠くなり」 (2015年03月19日 (木) 12時05分)[5434]

> この句の季語が引っ張っている昔の男はこれが女であっても、先生や新保さんの云われるように通俗的に過ぎてしまうのだろう。読者(私)の頭の中に浮かんだ想像も男女の仲(濃密であった)であったし、この句はそれを避けられないと思う。今は同性の仲もあからさまにカミングアウトされる時代で、面白がるわけでは無いが、その様にもとれる。ただ、私はこの句の作者は男性で有る事を知る立場にいるわけで、この句の云う昔の男とはひとつの時代を生きた著名のおとこ達では無かろうかと思っております。安田さんの云うように「拘るとつまらない」は同感です。 (2015年03月19日 (木) 14時05分)[5435]

循子 > いま剛氏のコメント読ませて頂いて、思わずヒヒヒッと笑ってしまいました。「昔の男」にありきたりのイメージしか浮かばぬことも問題ではありますが、要するに、これは実に人騒がせな句であります。読者の反応を見ながら、今頃は作者さま、ほくそ笑んで居られるかも知れません。お採りになったかたは癪に障るかもしれないけれど、ここは作者さまに軍配があがりそうです(と、言いつつ笑いが止まらない)。
真面目なところ、「昔の男」とは、男が男であり得た時代のことを、詠まれたのか、と作者が男性と知ったいまは考えております。 (2015年03月19日 (木) 22時28分)[5439]

榮一 > 昔の男は捉え方がやはり悩ましいですね。 (2015年03月20日 (金) 11時20分)[5450]

世話人 > 木村オサムさんでした。 (2015年03月21日 (土) 08時55分)[5471]
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11・芽柳や大正軒のオムライス 投稿者:世話人 (2015年03月12日 (木) 19時56分)[5313]
(美保子 美鈴 オサム 惠美子 保子 吉章 主宰)8点 


惠美子 > オムライスは大好きなのでネットで調べてみましたが、ラーメン屋、和菓子屋、鰻や、とありますが・・有楽町の「キッチン大正軒」のオムライスなのかな・・? です。 芽柳・大正軒・オムライスと意味の離れた3点の取り合わせで 素直に美味しそうで元気が出てくるような句だと思いました。  (2015年03月13日 (金) 09時09分)[5336]

美保子 > 高校生の頃からオムレツの練習に励みました。大正軒は知らないのですが、記憶が確かであれば、たいめい軒の茂出木さんという料理人さんがだしていた本を読み返して練習したものです。東京は柳の多い街だと思います。芽柳との取り合わせもぴったりと思いました。 (2015年03月15日 (日) 19時31分)[5376]

美鈴
私は銀ネットで大正軒を入力、検索すると何件かヒットしますが
座にある大正軒だと思います。昔恋しい銀座の柳・・という歌が出てきたためです。谷崎潤一郎の著書の中に子供の頃(明治18年生まれ)父親が月に1回洋食屋からオムライスを一皿取り寄せて兄弟2人に食べさせてくれたことがこの上ない愉しみだったと書かれています。芽柳のやわらかさとオムライスのふんわりした卵のそれが微妙に響きあってモダンな大正時代を感じさせる句だと思いました
(2015年03月16日 (月) 15時21分)[5383]

美鈴 > 前2行を訂正いたします。
ネットで大正軒を検索すると何件かヒットしますが私は銀座の大正軒だと思います。
(2015年03月16日 (月) 15時33分)[5384]

榮一 > 柳からすると銀座でしょう。当時のオムライスはモダンな食べ物だっただろうと思います。加速度的に先端技術が発達する現代にはない感慨ではないかと思います。良き時代であったと言うべきか。 (2015年03月20日 (金) 11時27分)[5451]

世話人 > 三島章子さんです。 (2015年03月21日 (土) 08時56分)[5472]
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12・梅ふふむ爪立つ翁の指の先 投稿者:世話人 (2015年03月12日 (木) 19時55分)[5312]
(美保子 眞佐子)2点


月番 > 美保子さま、眞佐子さま、よろしくお願い致します。 (2015年03月13日 (金) 09時11分)[5337]

美保子 > 体調が良くなく、しばらく、お休みしてしまいましたが、今月は何とか、投句に間に合いました。参加させていただける所だけでも、仲間に入れてください。少し高い所にある梅のつぼみが沢山ついた枝を爪立って、切ってくれる母の姿と重なりました。梅ふふむ という言葉も好きで、自分でも作ってみたいと思っているのですが、なかなかです。 (2015年03月14日 (土) 20時14分)[5356]

月番 > 美保子さま、ご参加ありがとうございます。 自宅で出来るネット句会はありがたいですよねぇ〜。 お身体をご自愛くださいね。 (2015年03月14日 (土) 22時40分)[5357]

眞佐子 > 「梅ふふむ」「爪立つ翁」「指の先」とどこをとっても奥床しさに溢れていて、句意がよく見えます。私には書けない句でした。 (2015年03月17日 (火) 20時25分)[5396]

惠美子 > 「翁の指の先」は 梅の蕾を指している・・のですよね?(どなたか お教えください) (2015年03月18日 (水) 09時12分)[5404]

循子 > この翁は爪立って何をなさっているのか。「蕾がいよいよ膨らんできたね、ほら、あそこをご覧よ」とか言いながら、指差して居られるのか。それなら爪立ったりしないだろうし…と、考えていました。美保子さんが「…梅のつぼみが沢山ついた枝を爪立って、切ってくれる母の姿と重なり…」と書かれたのを読ませて頂き、そういうことかと納得はしました。しかしそうなると「指の先」がまた私には難しい。恵美子さんと同じで、「どなたかお教えください」です。
ところで、翁という語はこの句には、いささか物々しい感じがします。眞佐子さんの「奥ゆかしさ」というキーワードで括るならば、「翁」かも知れません。そうなると好みの問題になります。 (2015年03月18日 (水) 12時46分)[5416]

世話人 > 宮本義之氏でした。 (2015年03月21日 (土) 08時57分)[5473]
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13・趣味数多ありて凡凡蜆汁 投稿者:世話人 (2015年03月12日 (木) 19時55分)[5311]
(剛 義之 洋子 寿美 惠美子 孝子 進二 千尋 鈴子 保子 紫翠)11点       


月番 > 凡凡は 日々凡凡の意味と取らせて居ただきましたが・・?  今月の最高点句です。 たくさんのご意見をお願い致します。 (2015年03月13日 (金) 09時19分)[5338]

寿美 > 老後のゆったりと幸せな日々が見えてくる。趣味が多いとそれに伴って用具や作品がたまって困るが贅沢は出来ずとも心豊かな人物像がみえてくる。 (2015年03月15日 (日) 12時58分)[5361]

紫翠 > 「蜆汁」の取り合わせが上手いと思います。 (2015年03月15日 (日) 14時47分)[5369]

惠美子 > ・・・凡凡蜆汁」なんともリズムが心地よい! (2015年03月15日 (日) 18時52分)[5375]

洋子 > 周りを見渡せばこういう多趣味な暮らしを楽しんでおられる方がたくさんいらっしゃいます。凡凡?とんでもない。とても素晴らしい人生だと思います。蜆汁もおいしいし。人生の後半、を輝いているのではないでしょうか。 (2015年03月18日 (水) 09時25分)[5407]

鈴子 > 「蜆汁」で見事に着地した素敵な句でした。凡凡とした日々のこころの豊かさが感じられて、羨ましい限りです。 (2015年03月18日 (水) 19時59分)[5420]

> 趣味という言葉の意味は色々あって難しい。大辞林の解説によれば「専門としてではなく,楽しみにすること。余技。ホビー」が、この句に当たっているようで、金銭を得る仕事や職業など全く関係はなく、あくまでも個人の楽しみの範疇を云っているようである。そしてその楽しみを多く求めすぎて、どの趣味(余技)も「凡凡」で本物には中々ならないと、自虐めいて見せた言葉の面白さで持っていると思う。云うならば言葉で遊んでいるのだ。これは作者の諧謔であり、取り合わせられた蜆汁は予定調和等と云わせない効力を発揮していると思う。 (2015年03月18日 (水) 20時29分)[5421]

世話人 > 安田循子さんでした。 (2015年03月21日 (土) 08時58分)[5474]
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