玄鳥 定例句会

2018年

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10 ランドセルぶつかり合って陽炎いぬ    投稿者:世話人 (2018年04月12日 (木) 21時04分)[12813]
 吉章 剛 杏花 美鈴 義之 保子 加津子 (7点)


杏花 > 隣は小学校・
午後になると騒がしく帰途の子供にて騒がしくなりますこの句から情景が楽しくなる心地良いきもちにさせていただきました。 (2018年04月13日 (金) 10時10分)[12826]

月番 > 「陽炎う」という動詞には、「空を赤く染めて光る。また光や影がゆらいで見える(精選版日本国語大辞典)」の意味があります。杏花さんの読みだと前者で夕方の下校風景ですね。ほんと楽しそう。 (2018年04月13日 (金) 16時26分)[12844]

保子 > 月番さんの「光や影が揺らいで見える」の感じで頂きました。下校時の開放感を「ぶつかり合うランドセル」で子供たちがふっと消え音だけ。微妙な感じが良かったです。 (2018年04月17日 (火) 01時27分)[12953]

> 「特に春先にかけて発生し、.遠方の物体が細かくゆれたり、形がゆがんで見える現象」のようだ。今年もまた新しい学期が始まった。朝や夕の通学路は受難の時間でもある、市街地の小学校の大方は集団の登下校である。まだ中には幼気(いたいけ)ない子供もゐるのだろう。この句の情景は作者の暖かい眼差しであり、ランドセルの鳴る音も懐かしい。俳句を創る人の眼は素晴らしい。 (2018年04月17日 (火) 13時14分)[12962]

榮一 > 子供たちがふざけあっているている景です。ぶつかり合って陽炎いぬでは陽炎はぶつかり合ったから生じたといyことになりそうです。何かしっくりこなかったです。 (2018年04月20日 (金) 06時49分)[13011]

世話人 > 作者は太田鈴子さんです (2018年04月20日 (金) 19時58分)[13033]
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11 さくらさくら墓の隣に腰掛ける      投稿者:世話人 (2018年04月12日 (木) 21時02分)[12812]
進二 眞佐子 孝子 宜子 美鈴 義之 直 千尋 美保子 淳子 加津子 (11点) 


月番 > 最高点句です。どなたからでもどうぞ。月番は「墓の隣に腰掛ける」という、いわば簡単な措辞が読み切れませんでした。え〜っと馬鹿にされそうで恥ずかしいのですが、恥を忍んで教えを乞います。 (2018年04月13日 (金) 16時36分)[12845]

義之 > 月番様、墓に直に腰掛ける、では如何でしょうか、やはりこれは無い!!一方、隣、と対面では違う、やはりこの句の良さは、隣にあると思うのです。月番様はお分かりになっておりながら、書き込みを促しておられると信じております。 (2018年04月13日 (金) 19時44分)[12850]

洋子 > 放哉の「墓のうらに廻る」が浮かんできましたので、ネットを調べると「墓はあの世とこの世の境界線上にあるとおもわれる」という文章に出会いました。たしかに「墓の隣」は墓の近くの特定の場所ではなくて「あの世とこの世の境界線」のことを意味していると思いました。それは「桜」という花は、日本人の心情としてどこか「死」を内包しているように思われるからです。墓の近くで桜をみていると自ずから来し方行先のことが考えられるのです。深読みかもしれませんが、このように読んだときに私には納得のいく名句に思われました。 (2018年04月14日 (土) 09時43分)[12855]

千尋 > う〜ん、洋子さんの読みは深いですね。そして納得させられてしまいました。わたしがいただいた理由は単純です。子供の頃、父に連れられてお墓参りに行きました。お墓の周りの掃除をしてもちろんお参りをして、それからお弁当やお菓子を出してお墓の横の柵に腰かけて父の話を聞きながら食べるのです。話の内容はいつも決まっていて、父の早く亡くなった父と母の話、そしてあの頃亡くなったすぐ上の兄の話です。
それからが、変わってるのですが、お墓の前の所の石を開けて中に入っている全員の骨壺取り出して中のお骨を出してなでるように一つ一つ丹念に見て、わたしにも説明して見せて、また骨壺に納めてお墓をもとに戻して帰るのです。
そんな父と二人だけの時間を思い出しました。ですから亡くなった人たちと一緒に桜を眺めてよもやま話をされたのかな〜とただ思いました。 (2018年04月14日 (土) 10時46分)[12865]

孝子 > 単純な私は洋子さんのように深くは考えませんでした。墓はそのまま死者を葬った場所、桜のころになつかしい人の墓参りにいった。時期がら桜の花が満開でちらほらまっている。故人とはなしたくなり近くに腰掛優しい気持ちで対話している。さくらさくらとひらがなをつかっているところにその気持ちがうかがわれると思う。隣に深い意味はないと思われる。最高点なのに深詠みできないじぶんのことを考えています。 (2018年04月14日 (土) 10時58分)[12870]

美保子 > 実家の墓苑の周りは桜の樹が沢山植えられています。何度か、お弁当を持って行って、高台からお花見をしました。さくらさくらが桜に囲まれていることを思わせてくれます。お墓の掃除は案外大変で、終わるとどこかに腰掛けたくなります。皆さんの書き込みに納得するところが沢山ありました。無意識に真ん前とかには座ろうとはしませんよね。そうですね。時々、会いたくなる、父の傍にいるような気持ちになるのですね。 (2018年04月14日 (土) 11時00分)[12871]

月番 > 義之さんに、当然わかっているだろうと書かれてしまって、うろたえました。判らなかったのは事実です。正確にいえば「隣に」ではなく、「腰掛ける」に躓いた、ということです。いま自分に関わりのある墓に、腰掛けるところなど全くありません。千尋さんの書き込まれた回想場面には、ちいさな子供が横の柵に腰掛けている可愛いい景がよく見えます。皆さん墓参には折り畳みの小椅子でも持参されるのかと思ったのですが…。そこで謙虚に辞書をひいてみて、自分の無知に気が付きました。「腰掛ける」には「台や椅子の上に腰をおろす。腰をかける。」のほかに「ちょっとの間休む」という意味があるのですね。これで納得。申し訳ありませんでした。
(2018年04月15日 (日) 12時00分)[12895]

循子 > 今はない生家の菩提寺の墓の周りを思い出すと、近くに腰を下ろすような石もいくつかあったと思い出しますが、最近の墓苑はすっかり様変わりしました。時代ですねぇ。 (2018年04月15日 (日) 16時07分)[12899]

> 皆様のご意見が色々あることに少しびつくり、お墓参りにご意見があるからだと思います。各人とも、お墓が近くにあり、年3、4回行ける方もあれば、遠方で3、4日休みを取り、充分計画をたてなければ、行けない人もいます。私の場合、奈良から山口まで行き生家から、1キロの山に登りお参りしています。よつて、墓参りは1日を費やし、厳粛な行事です。「腰掛ける」は、月番様の言われる、「ちょっと休む」が良いと思います。
(2018年04月15日 (日) 20時53分)[12910]

宜子 > 「腰掛ける」に、作者とお墓の中の方との近さを感じました。その距離感を「腰掛ける」と比喩したのだと思います。実際に腰掛けたのではなく。 (2018年04月16日 (月) 04時44分)[12927]

眞佐子 > 実家の墓は御堂の裏の墓地にあります。いつも御堂の端の基礎石に腰掛けて休みます。我が家の墓は腰掛ける所がないので、しゃがんで休みます。月番さんの「ちょっとの間休む」と言うことでしょうか。さくらさくらが好きでした。 (2018年04月16日 (月) 22時11分)[12949]

美鈴 > この句の墓は墓地という意味も含んでいるような気がします。一基のお墓ともあるいは墓苑とも解釈できるような気がします。 (2018年04月18日 (水) 09時57分)[12976]

月番 > そうですね。それぞれの読みが納得できます。俳句は楽しい。
(2018年04月18日 (水) 10時06分)[12977]

杏花 > 夫は一人っ子で姑は厳しい人でした
お墓にて休憩は許されません
静かに我が家に帰ります。 (2018年04月18日 (水) 19時45分)[12986]

榮一 > 田舎の墓地は広そうです。ところによっては彼岸詣りや盆には墓を洗ってお供えをして家族みんなで賑やかに飲食をするところもあるようです。そんなところでは墓の隣に座ることも不思議ではありません。洋子さんの読みもいいですね。 (2018年04月20日 (金) 07時04分)[13012]

世話人 > 作者は木村オサムさんです。今月の最高点を得られましたので、来月の月番をお願いします。 (2018年04月20日 (金) 20時00分)[13034]
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12 蛇穴を出るいつだって無我夢中      投稿者:世話人 (2018年04月12日 (木) 21時00分)[12811]
  進二 孝子 宜子 循子 美保子 千尋 主宰 (8点)


孝子 > 月番さんの前にすみません。季語と下のことばが実感として、だよね、私もよという思いで頂ました、 (2018年04月14日 (土) 11時47分)[12880]

月番 > 孝子さん、ありがとうございます。月番に構わず書き込んで頂けるのは、いちばん嬉しいことです。ここへは書き込んだつもりだったんですが、最後のボタンを押さなかったのか、入力出来ていませんでした。すみません。 (2018年04月14日 (土) 23時52分)[12888]

月番 > いつだって無我夢中なのは、作者?蛇?どちらとも取れていろいろ考えると、どんどん面白くなってきます。皆さんの読みを楽しみにしています。 (2018年04月15日 (日) 16時15分)[12900]

宜子 > 「蛇穴を出る」が季語なので、切って読んで、無我夢中なのは作者と。そのほうが納得はできます。でも、蛇が無我夢中と読んだほうが実景+思いとも読めて楽しいですね。十七音の短詩の良さかもしれません。 (2018年04月16日 (月) 04時51分)[12928]

美保子 > 穴を出てきた蛇はまぶしさに一瞬たじろぐかもしれませんが、そのあとは無我夢中で動き出してるのではないかと思ったら、何か、楽しい気分になりました。宜子様と一緒で、作者様の生きざまというか、思いなのかと思いました。 (2018年04月17日 (火) 10時55分)[12958]

進 二 >  蛇は冬眠から覚めて表に出た時が一番狙われるのだと聞いたことがあります。カラスや犬、それに悪童達から襲われそうですね。そんな時、蛇は必死で無我夢中でしょうし、私だっても同様、生きていくのに七人の敵と対峙しつつ、いつも、無我夢中で生きているのよと、おっしゃっている。けなげで、いいですね。 (2018年04月19日 (木) 15時24分)[13000]

榮一 > 蛇は目が良くありません。舌で匂いを嗅いで獲物や環境を知るようです。作者と重なったとしても無我夢中がなるほどと思わせます。 (2018年04月20日 (金) 07時09分)[13013]

世話人 > 作者は小川紫翆さんです (2018年04月20日 (金) 20時04分)[13035]
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13 石仏の丗三箇所山笑ふ         投稿者:世話人 (2018年04月12日 (木) 20時57分)[12810]
  剛 洋子 紫翆 宜子  (4点)


月番 > 仏教については殆ど知りません。三十三箇所の石仏を一箇所で御参りできる山寺があるのだと思います。詳しい方に教えて頂きたいのですが。 (2018年04月14日 (土) 09時48分)[12856]

洋子 > 私も今33の仏さまのことをネットで調べてみたのですが、理解するにはあまりに難しく、この際今はこだわらないことにしようと思いました。西国33か所とかの巡礼の道もあるようですが、私の家(六甲山の山裾の斜面)のすぐ近くにお寺があり、その寺域の森の崖の中に33体(?)の小さな石仏がおかれてています。時々散歩します。緑が深くなって山笑ういい季節になりました。 (2018年04月14日 (土) 10時31分)[12862]

洋子 > すみません。33体まとめてではなく、道順に添って所々に、です。 (2018年04月14日 (土) 11時04分)[12872]

> 三十三所とか三十三観音は観世音の三十三身に基づくようである。日本に限らず世界には神仏を巡る信仰は多い。石仏を巡るには、冬が過ぎて「山笑う」のこの季節にこそではないか。私は見たことの無い、この句の「丗」に注目した。この字を知る為に色々文献を引いた。以下は引用であるが、10の倍数の漢数字「丗」は十が三つ横に並んだ形で三十を表す。現代では「廿」「卅」「卌」は一般的ではなく、それぞれ「二十」「三十」「四十」と漢字2文字で書かれる。この「丗」は「卅(30)」の異体字で、「世」の異体字とも言われる。それは中国最古の殷王朝の時代は平均寿命が30歳ほどであったため、30年で一世代と考えられたためのようである。部首は一(いち)) 読みは、さんじゅう。 意味は親が子に引き継ぐまでの約三十年間。いわゆる、ゼネレーション。何故この句が現役では使われていない「丗三」なのか良く解らないが、意味ありげで面白い。楽しく勉強させて戴きました。 (2018年04月15日 (日) 10時57分)[12891]

月番 > お二方、色々調べて頂き、有難うございました。「丗」という字の謂れが中国殷王朝まで遡るというのは、興味深いことです。三十年で一世代という話も時代を感じます。わざわざ丗三箇所とあるのは、この石仏群にそう書かれているのでしょう。洋子さんによれば、六甲山麓にもあるそうで、私もどこかで見た記憶あり。有名無名を問わず、全国にいくつかあるのかも。 (2018年04月15日 (日) 15時54分)[12897]

宜子 > 三十三ではなく「丗三」と書かれたことに意味を感じましたが、あまり深追いせず「三十三」でしたら読み過ごしたかもと思いました。「山笑う」が程よいです。 (2018年04月16日 (月) 04時58分)[12929]

紫翠 > 「山笑う」で採りました。 (2018年04月16日 (月) 11時10分)[12935]

洋子 > 上記のお寺に行って説明を読んだところ、「背山には四十八か所の霊場があり」と書かれていました。三十三どころか四十八か所に石仏がおられて、四国の霊場巡りと一緒だということがわかりました。いずれにせよ「山笑う」との取り合せが良かったと思います。 (2018年04月16日 (月) 17時49分)[12941]

洋子 > 四国は八十八カ所でしたね。そそっかしくまた間違えてしまいました。三十三、四十八、八十八と三つの意味のある数字が並びました。暇ができたら調べてみたいと思います。 (2018年04月16日 (月) 17時55分)[12942]

月番 > 結果をまたいつか教えてください、洋子さん。 (2018年04月17日 (火) 16時17分)[12973]

榮一 > ふと国東半島の磨崖仏を思いましたがはっきりしませんでした。西国三十三か所は良く聞きますがいったことはありません。四国八十八か所は丁度三十三か所までで止まっていますが。 (2018年04月20日 (金) 07時17分)[13014]

世話人 > 作者は宮本義之さんです (2018年04月20日 (金) 20時05分)[13036]
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14 八条口へ二分の酒房若竹煮    投稿者:世話人 (2018年04月12日 (木) 20時55分)[12809]
 剛 千尋 循子 鈴子 美保子 加津子 (6点) 


循子 > 若竹煮がいかにもこの季節にふさわしい。京都駅八条口を利用する身です。「酒房」という言葉もこだわりがあって好きです。 (2018年04月13日 (金) 16時42分)[12846]

月番 > 月番は飲めない体質なので、酒房へは入れない。八条口は通り抜けるだけ。残念です。 (2018年04月13日 (金) 16時44分)[12847]

美保子 > 八条口がどこなのかも知らずに頂いたのですが、とにかく駅の近く、夫の様子をみていますと、待ち合わせには駅の近辺を利用することは多いようです。居酒屋ではなくて、酒房と言う言葉に若竹煮が今の季節にぴったりの雰囲気だと思いました。 (2018年04月14日 (土) 11時10分)[12873]

月番 > 美保子さん、八条口というのは京都駅の南側出口です。京都御所の方とは逆。飲食店、土産物店が並び、外国人観光客で烏丸出口に負けないほど賑わっています。若い頃は八条方面へなど出口があったのかどうかも知りませんが。 (2018年04月15日 (日) 16時30分)[12901]

鈴子 > この季節の酒の肴の若竹煮、「酒房」で頂くなんて何とも羨ましくて、作者の方は酒にも拘りのある方と思いました。「酒房」とされた事でお店の造りも想像出来ます。循子さん、こんな処でご一緒したいですね。そんなに呑めなくても美味しい肴を楽しめそうです。 (2018年04月15日 (日) 21時51分)[12918]

> この句の舞台の、京都駅八条口は昔から在ったと思うが、新幹線が開通し開発を繰り返しながらの現況がある。八条口、酒房と書かれると、その辺りの居酒屋ではなく、京都ゆえに何となく上品な飲食店(酒店)を想像してしまう。白だしで炊かれる若竹煮は、新和布と筍を炊き合わせた和食。京都駅の八条口と云えば新幹線の乗り降りには都合が良い、正面と言うか北口?の烏丸口からは結構な距離を歩かされる。たぶん時間に追われる身なのだろう。酒を呑めるのは解放された自分の時間である、仕事でも終えて一息ついているのか、深夜には各地への高速バスもあるし、西へ行くのか東へ行くのか、乗るバスや列車までの時間を計っているように思えた。屋台などは八条口には無いだろうが、深夜に発つ寝台列車に乗るため駅の時計を気にしながら、屋台で安酒を呑んでゐた時代が懐かしい。 (2018年04月17日 (火) 10時14分)[12957]

循子 > 鈴子さん、是非! (2018年04月17日 (火) 15時59分)[12970]

月番 > 上のお二方どちらも左党と記憶しています。左党のひとにはどういう世界が見えているのだろうと、羨ましくて。 (2018年04月17日 (火) 16時05分)[12971]

美保子 > 月番様が教えて下さった、八条口にも行っているのかもと思い始めました。京都にも何度か行っているのですが、一番、新しいのは五年ぐらい前でしょうか。めったに利用しないツアーで京都の主だった所の紅葉を見て回りました。帰りの飛行機に間に合わないので、最後はお先に帰ったと思います。前日は京都駅の中で夕食をとりましたので、駅に行った事は確かですが、夫や娘との旅行ばかりですので、付いて回るばかりで、何口を利用したものやら。でも、教えて頂き、ありがとうございます。今度はトロッコ列車で見る、桜や紅葉も素敵だなとテレビを見て思いをはせるばかりです。 (2018年04月19日 (木) 11時01分)[12996]

榮一 > 京都駅の南側の口です。若竹にも京都らしいと思います。酒は勿論伏見ですね。悪くない句と思っています。 (2018年04月20日 (金) 07時22分)[13015]

世話人 > 作者は樋口進二さんです (2018年04月20日 (金) 20時07分)[13037]
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15 花びらを敷いて怪しき路地の奥       投稿者:世話人 (2018年04月12日 (木) 20時54分)[12808]
 ・


月番 > 時代小説を読む気分です。面白い話が広がりそうなのですが…。 (2018年04月13日 (金) 16時47分)[12848]

孝子 > 面白いとおもったのですが、敷いてがわざと敷いたの、怪しきが説明してしまったというおもいとがありとれませんでした。花びらを敷いてなら散る桜で5音にするとか面白い材料なので推敲すると化けると思います。なまいきにすみません、
(2018年04月14日 (土) 11時37分)[12878]

オサム > (花びら)だと季語にならず、桜以外とも取られかねない点もちょっと気になりました。皆様のおっしゃるように路地の奥に(桜の)花びらが敷き詰められている景はそれだけである意味ミステリアスで物語性もあるので、(怪しき)はもったいないと思いました。 (2018年04月16日 (月) 02時24分)[12925]

洋子 > 「花片(はなびら)」は、角川の大歳時記に出てますよ。
(2018年04月16日 (月) 08時41分)[12932]

オサム > 洋子様ご指摘ありがとうございました。俳句を始めて拾余年、花びらは季語ではないという思いこんでしまっていました。作者様大変失礼いたしました。 (2018年04月16日 (月) 13時32分)[12939]

月番 > 「桜」、「花」などは傍題が多いので、見落とすことがあります。私など読んでいても忘れることが多々あります。
(2018年04月18日 (水) 10時38分)[12979]

杏花 > 花びらの散りゆく路地の武家屋敷と読ませていただきました・
ひとり旅の冒険を思い出していました。 (2018年04月19日 (木) 09時31分)[12991]

榮一 > 怪しいがよくわからなかったです。 (2018年04月20日 (金) 07時24分)[13016]

世話人 > 作者は石田剛さんです (2018年04月20日 (金) 20時08分)[13038]
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16 花の下酸素ボンベの置かれいる 投稿者:世話人 (2018年04月12日 (木) 20時52分)[12807]
  孝子 洋子 オサム 直 千尋 加津子 (6点) 


月番 > 花見どきの露店で見かけるアレですね。アセチレン燈(今はもう存在しない?)と同様、何となく独特の風情ある景です。
(2018年04月13日 (金) 23時03分)[12851]

洋子 > 月番さまのコメントにアッと驚く〇〇〇〇〇!でした。私は、肺の病気かなにかで鼻から酸素を吸っている人がお花見がしたくて、酸素ボンベを引きながら行って、花の下でくつろいで桜をめでているところ、しか浮かびませんでした。お花見に行っても花以外は見てなかったんですね。
(2018年04月14日 (土) 10時06分)[12859]

千尋 > わたしも肺のための酸素ボンベだと思いました。露店のボンベは酸素ボンベではないのでは? (2018年04月14日 (土) 10時51分)[12866]

孝子 > 昔は酸素ボンベを引いて外に出ている人は少なかったと思われる。時代がよくなったと思われるが、このごろは杖をさしてるひと、人酸素ボンベの人。車椅子の人が沢山外に出られていい時代になったと思っている。うちもお嫁さんのお父さんが肺血栓で酸素ボンベを使っていて宮城で地震のときに停電で危なかったと聞いている。身近にそういう方が折られると本当に目がいくと思う。この句の中の肩はお花見にでてこられてよかったとやさしい気持ちになれた句です。ただ感情をいれないシンプルな書き方が読み手の想像力をかきたててうまいと思いました。 (2018年04月14日 (土) 11時17分)[12875]

孝子 > すみません修正がうまくできなくて、身近におられるです。句の中のかたです。 (2018年04月14日 (土) 11時22分)[12877]

月番 > 千尋さん、ご指摘どおり、あれはプロパンガスのボンベですものね。最初はご病気のかたのボンベと読んだのですが、違うかなぁ…、といろいろ考えた末、露天のボンベに行き着いたというわけ。浅知恵ですね。洋子さん、惑わせて申し訳ない!決して月番に騙されてはなりません。
(2018年04月15日 (日) 00時08分)[12889]

オサム > 特に意味はなく、桜の下にただ一本の酸素ボンベが在る景を思いました。シュールでもありながら、意外と桜と酸素ボンベの取り合わせは合っているような気がしました。 (2018年04月16日 (月) 01時39分)[12922]

> 酸素ボンベを使用されている方が、花見に行かれるか義姉(看護婦長)に聞きました。看護婦付でできるだけ
外の空気をすわせてあげたいと配慮しておりますと答えてくれました。今年も花見に行かれたそうです。 (2018年04月17日 (火) 12時13分)[12961]

榮一 > ぽっんと酸素ボンベがただ置けれてあればいただいていましたが。花の下がわざとらしく見えて敬遠しました。花の下より「さくらさくら」ぐらいでいいのではと思います。 (2018年04月20日 (金) 07時28分)[13017]

世話人 > 作者は松谷眞佐子さんです (2018年04月20日 (金) 20時10分)[13039]
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17 指切りの遠くに若葉風揺れし   投稿者:世話人 (2018年04月12日 (木) 20時50分)[12806]
  杏花 オサム 淳子 主宰 (5点)


杏花 > 次男の子供が月一に我が家に、、
いつも帰りには約束・・たいていは欲しいものおねだりですが指切りの好きな小学2年生
句から今の季節を取り入れておられたのが素晴らしい素直な句ですね。 (2018年04月13日 (金) 10時25分)[12828]

月番 > お孫さんとの指切りはいかにもありそうですね。月番は少女小説を思い出したという「凡人」ぶりで、どうしようもありません。 (2018年04月13日 (金) 23時14分)[12852]

オサム > この指切りはずっと有効。若葉風という季語との連動で明るい未来を感じ、いただきました。《起立礼着席青葉風過ぎた 神野紗希》という句もふと思い出しました。 (2018年04月16日 (月) 01時53分)[12923]

榮一 > ノスタルジーの句ですね。作者の想いでいいのではとおもいました。常套的ですが。 (2018年04月20日 (金) 07時32分)[13018]

世話人 > 作者は新保吉章さんです (2018年04月20日 (金) 20時12分)[13040]
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18 春愁や薬の量が増えている 投稿者:世話人 (2018年04月12日 (木) 20時49分)[12805]
  剛 美鈴 紫翆 直  (4点)


孝子 > 月番さんの前にすみません。上五がやできれているのですが、下の句と同じ傾向でちょっと違う季語を探したほうがいいのではと思いました。 (2018年04月14日 (土) 11時42分)[12879]

月番 > 春愁が薬の量が増えたことの原因になってるというか、原因・結果の関係性は気になります。孝子さんのかかれているのも、そういうことかと思います。 (2018年04月15日 (日) 17時04分)[12905]

紫翠 > 上五に工夫の余地がありそうですが、内容的には深いものがあるように思います。 (2018年04月16日 (月) 11時14分)[12936]

> 私の年代で薬のお世話にならない人は余りいなのではないか。自慢するのではないが、もうかれこれ10年も薬を飲み続けている身としては同情に耐えない。どんな薬かは解らないが、量を増やされたと思える。何時の間にか(知らない間)投薬された薬が増えていた意外性のような面白さもある。考えすぎだが「愁」とは「うれい」であり人間的である。何かに訴えるには、丁度手頃な季語のように思えるのだが。 (2018年04月17日 (火) 13時55分)[12963]

> 剛様の言われるとうりだと思います。薬では、ないと思いますが最近ビタミン剤を増やしました。毎年4月に人間ドツグにいきます。今年は4月23日に行きます。 (2018年04月17日 (火) 16時43分)[12974]

杏花 > 茶道先生91歳にて引退されましたが薬ではなく食事にて日々健康に気を付けておられました
私もみならっています。 (2018年04月19日 (木) 10時54分)[12995]

榮一 > 春愁も意味の世界になっているようです。 (2018年04月20日 (金) 07時33分)[13019]

世話人 > 作者は渡利寿美さんです (2018年04月20日 (金) 20時14分)[13041]
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19 初蝶を追ふ初孫のベビー靴       投稿者:世話人 (2018年04月12日 (木) 20時46分)[12804]
  吉章 孝子 淳子  (3点)


孝子 > 月番さんの前にすみません。初孫をもたれた作者さんおめでとうございます。なにをみてもかわいいでしょうね、初蝶をお追ふよりも初蝶やできれをいれたほうが私自身はすきです、初蝶や孫の黄色いベビー靴とか、生意気にすみません。 (2018年04月14日 (土) 12時01分)[12881]

月番 > 初学の頃、えつぐ・まもる先生が「孫俳句なんて書くな。孫が可愛いのは自分だけで、他人は誰も感動してくれんよ」と言われたのが印象的でした。梟夢庵先生は七五三。どちらもそれで秀句を成すのは難しい、というわけです。私に孫はいないので、残念ながら実感はありません。あんたに言うのは酷やけど、孫ってほんとに可愛いよ、と友人が話してくれました。ベビー靴ってどれくらいまでの靴を云うのでしょうね。まだ歩けない赤ちゃんに履かせる靴は無論ベビー靴ですが…。そんな赤ん坊が蝶を追う筈もないし。孝子さんご指摘のとおり、「初蝶や…」の方が佳いですね。 (2018年04月15日 (日) 16時53分)[12902]

榮一 > 可愛い孫俳句ですね。 (2018年04月20日 (金) 07時39分)[13021]

世話人 > 作者は安田循子さんです (2018年04月20日 (金) 20時16分)[13042]
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20 春泥の跳ねたるままに始業式  投稿者:世話人 (2018年04月12日 (木) 20時43分)[12803]
 眞佐子 洋子 美鈴 宜子 循子 鈴子 主宰 (8点)


循子 > 「…に」か「…の」か迷いつつ、頂きました。極く自然体の書き方で、好感の持てる作品と思いました。 (2018年04月15日 (日) 16時57分)[12903]

洋子 > 今はほとんどの道が舗装されていて、雨が降っても泥が跳ねるということはないと思いますが、子供の頃田舎ではほとんどが土の道で雨が降ったらどんなに丁寧に歩いてもズボンに泥がはねたものです。特に私は元気な子だったので人一倍泥をはねあげていました。いまの時代でもこんなことがあるのかなと少し不思議に思いましたが、昔の生活がよみがえってきて、懐かしくいただきました。 (2018年04月15日 (日) 17時29分)[12907]

月番 > 昔は泥跳ねを始終気にしながら歩きました。ストッキングのみならずスカートやズボンまで跳ねて、足癖が悪いとか言われたりしました。 (2018年04月15日 (日) 21時57分)[12919]

宜子 > 「春泥の跳ね」で周りの景色がよく見えます。句会に参加し始めた頃に、ある先輩が「俳句は書かれていることより書かれていないことのほうが多く見える句が良い句です」と教えていただいたのを覚えています。掲句も、春泥の跳ねだけで学校の周りの様子を描くことができました。 (2018年04月16日 (月) 05時06分)[12930]

眞佐子 > 私は田舎に住んでいますので、脇道に入るとすぐ泥跳ねです。元気のいい男の子なんかは、背中まで泥跳ねが飛びます。始業式も何のそのです。掲句の様子がよく見えます。 (2018年04月16日 (月) 22時20分)[12950]

鈴子 > 元気の良い小学生のそのままが見えて来ます。新入生の緊張した面持ちとは別に、在学生の男児の勢いのようなものが感じられます。 (2018年04月18日 (水) 15時59分)[12982]

杏花 > 通学路がアスファルト舗装になる昨今このような情景は見られなくなりましたね自分の子供の頃思い出します。 (2018年04月19日 (木) 08時00分)[12988]

榮一 > なかなか起きられないのが春ですね。寝坊の小学生が良く見えてきます。「の」がいいですね。 (2018年04月20日 (金) 07時37分)[13020]

世話人 > 作者は鈴木美保子さんです (2018年04月20日 (金) 20時19分)[13043]
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21 チューリップ昇降口の変わる朝  投稿者:世話人 (2018年04月12日 (木) 20時42分)[12802]
  吉章 紫翆 保子 美保子  (4点) 


月番 > どういう状況か、月番には掴めませんでした。どなたでも教えて頂きたいのですが。 (2018年04月15日 (日) 17時00分)[12904]

オサム > 『4月1日をもって、社史編纂室から営業企画室への異動を命ずる。』そんな辞令が出て、今日からはビルのエレベーターの昇降口が地下1階から、地上25階に変わる。そんな朝、会社へ向かう道すがら見かけた色とりどりのチューリップ。今日からますます仕事に精を出すぞ!という状況でしょうか。(昔、植木等の映画でそんな感じのやつがありました…) (2018年04月16日 (月) 02時44分)[12926]

紫翠 > 和風の趣のない「チューリップ」がよく効いているように思いました。 (2018年04月16日 (月) 11時20分)[12937]

保子 > 「昇降口」は生徒たちの玄関。入学式で「チューリップ」の花が沢山置いてあります。「変わる」がいつもの「昇降口」と変わって見えたのか?「詩」よりも「理」で頂いた感じです。 (2018年04月17日 (火) 01時55分)[12954]

美保子 > オサム様の書き込みの様に会社の新年度なのか、保子様の書き込みの様に学校の新学期なのか、学校ならば、新しい中学、高校、大学に通い始める時は駅でも新しい昇降口を利用することでしょう。今までと違う所に向かう時に目にしたチューリップは新しい生活を祝ってくれているのではないでしょうか。 (2018年04月17日 (火) 11時24分)[12959]

月番 > 皆さま、有難うございます。鈍い月番にもよくわかってきました。興味深く掲句を再読させていただきました。 (2018年04月17日 (火) 16時15分)[12972]

洋子 > 先週、3才の孫の入園式があったせいか、幼稚園の子供のことを思いました。3才児はらせん状の歩道を、年中、年長さんになったら別の入り口の階段を、みたいに分かれていて、進級すると昇降口が変わるので、子供なりの自覚をもって新しい朝を迎える、というのはどうでしょう。チューリップもぴったりとおさまるようで・・・。この頃孫俳句づいています。 (2018年04月17日 (火) 20時33分)[12975]

杏花 > 洋子様の心境在りし日の私
一番楽しい時期ねおかげ様にて楽しい日々
想うこの頃です。 (2018年04月19日 (木) 10時29分)[12994]

榮一 > 昇降口は特に学校で上履きに履き替える場所とあります。進級すれば教室も変わり入り口も変わると言うことなのでしょう。エレベーターを思えばチュウリップはどうかと思います。 (2018年04月20日 (金) 07時46分)[13022]

世話人 > 石田加津子さんです (2018年04月20日 (金) 20時21分)[13044]
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22 凹凸の都会の空や春霞  投稿者:世話人 (2018年04月12日 (木) 20時40分)[12801]
 進二 眞佐子 剛 杏花 美鈴 紫翆 オサム 宜子 千尋 保子 (10点)


千尋 > 東京に来ています。今日は休みをもらって神宮外苑に行って来ました。誠に凸凹の空でありました。ぼんやりしたお天気と思いましたが、霞だったのかもしれません。
(2018年04月15日 (日) 16時03分)[12898]

月番 > 高点句です。都会の空はみな凸凹ですね。神戸だってそうですよ、千尋さん。霞は都会も田舎も同じなんですね。 (2018年04月15日 (日) 17時10分)[12906]

千尋 > 神戸というか舞子の霞はすごいです。短い間ですが10メートル先が見えなくなります。汽笛がボーボー鳴ってちょっとミステリアスで、ロマンチックです。で、神戸って田舎だなぁと思うわけです。あ、舞子か。 (2018年04月15日 (日) 21時17分)[12913]

オサム > 私は昔、東京の新宿区に住み、渋谷や池袋で働いていたことがあるので、掲句の都会のビル街の凸凹感よくわかります。そして、春霞でぼんやりとしかビル街や空が見えない状況だからこそ、作者様は、よりはっきりと凸凹を感じたのかもしれません。都会に暮らす人間の寂寞を感じさせる一句でした。 (2018年04月16日 (月) 02時08分)[12924]

宜子 > まさに、都会の空は凸凹と思いました!ビルが凸凹なのは当たり前、逆に空の青さを凸凹とすることで一瞬、都会の狭さ息苦しさを感じました。智恵子抄「東京には空がない」とも通じそうです。 (2018年04月16日 (月) 05時12分)[12931]

紫翠 > 新鮮味に欠ける作品ですが、下五で新鮮味のある作品に変化できるように思いました。 (2018年04月16日 (月) 11時26分)[12938]

眞佐子 > ビルの凹凸ではなく、凹凸の空とされたところに惹かれました。春霞も良かったです。 (2018年04月16日 (月) 21時29分)[12944]

保子 > 真上を見上げれば「空」は空だと思いますが、裾にきてその空の個性が出るのかなと思いました。 (2018年04月17日 (火) 02時04分)[12955]

> 狭い日本は、海を埋め立て山を削りながら、地の下や空へと、居住して生きる場所を求めた。人間の知恵は計り知れない。必ずしも東京や大阪とは言っていないと思うが、大都会の変わりようは目を瞠るばかりである。富山でさえ中心部は凹凸の空が感じられる。地震などの驚異にも曝されているが、自然はほぼ季節通りに訪れる。それぞれの時代に生きた人たちの春霞の感慨は色々あると思う。作者にとって高層ビルが切り立つ空に、春の霞が立ち込める異様とも云うような世界なのかも知れない。オサム氏と住んだ時代がたぶん違うのだろうが、オサム氏や山内さんの書かれた通りである。 (2018年04月17日 (火) 11時51分)[12960]

月番 > 都会の空と言えば、福永耕二の≪新宿ははるかなる墓碑鳥渡る≫を思い浮かべます。季節は違いますが、ベクトルは同じという気がしています。 (2018年04月18日 (水) 10時51分)[12980]

作者 > 月番さま、私も福永耕二のこの句が好きで、掲句も新宿の空をイメージしたものでした。「新宿の空」にしたらすぐにこの句が出てきますので、書けませんでした。どんなに考えても福永耕司の句は越えられないと思っています。 (2018年04月18日 (水) 11時09分)[12981]

月番 > 福永耕二を超えるのは難しいことかも知れませんが、この定例句会で10人という多数の共感を得られました。これは素晴らしいことと思います。 (2018年04月19日 (木) 09時29分)[12990]

杏花 > 東京の嫁が神戸の空は美しい時々1人でやってきます
この句は東京?
サッカー観戦の帰りハーバーランドから見る神戸の空は美しいです。 (2018年04月19日 (木) 09時45分)[12993]

進 二 >  凹凸とされたところがいいですね。読み手から見ると凸凹とは違いますのでね。西新宿の高層ビルの立ち並ぶ空は「凹凸」の方がピンときますのでね。季語も黄砂でなくって、ほっと致します。オサムさんも新宿でしたか。私も18年間御苑前のマンションに住んでいましたので、擦れ違っていたかも知れませんね。 (2018年04月19日 (木) 16時47分)[13001]

榮一 > 高層ビルが立ち並ぶ東京が思われます。智恵子は東京に空が無いと言い、福永耕二は墓碑と言う。作者にとってはどちらも凸凹に見えたのですね。 (2018年04月20日 (金) 07時54分)[13023]

世話人 > 作者は森内洋子さんです (2018年04月20日 (金) 20時23分)[13045]
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四月定例句会 投稿者:世話人 (2018年04月12日 (木) 20時37分)[12800]

 鋭意準備中 \(^o^)/

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三月定例句会 投稿者:世話人 (2018年03月12日 (月) 21時51分)[12635]
句会の皆様
 全国大会作品募集、皆様のご協力のおかげで一部、二部合わせて2198句の応募をいただきました。有難うございました。心より御礼申し上げます。また、大会開催のご案内を差し上げております。以前に横浜で開催致しました時と同じホテルです。是非、今年もお出かけくださいますよう、お待ちしております。
それでは、金子兜太氏追悼句20句の選句が揃いました。残念ながら月番をお願いしておりました若林千尋さんが都合により、今月ご欠席です。急遽、安田循子さんに交代をお願いしましたところ、お引き受けいただけることになりました。循子さん、お忙しいところ恐れ入りますが、一週間よろしくお願い申し上げます。宜子

     句  会  3月19日(月)まで
     作者発表  3月20日(火)


循子 > ひょんなことから(?)月番を務めさせて頂くことになりました。無責任なことで恐縮ながら、私は金子兜太という巨人については、常識程度のこと以上に知識も理解力も持ち合わせません。皆さまの助けを頂きながら、なんとかお役目を果たしたいと思っております。どうぞ忌憚のないご意見、ご感想をお寄せ頂き、今月の句会を楽しいものにして頂きますようお願いいたします。 (2018年03月12日 (月) 23時19分)[12637]

紫翠 > 3月1日に兜太先生の通夜に参列してきました。(数日後に交通事故で入院して選句を失礼しました。現在は退院して元気です。) (2018年03月14日 (水) 15時05分)[12673]

月番 > 交通事故に遭われたとか、大変なことでした。ご本復の早いこと、願っております。お大事になさいますよう。 (2018年03月14日 (水) 21時25分)[12675]

進 二 >  昨日、ある日刊紙の俳壇欄に常任選者で兜太氏と親交のあった黒田杏子さんが、兜太氏への悼句で選した12句が掲載されていました。その内「鮫と梅の2文字が入っていたのが一句、「梅」だけが入っていたのが一句。他の十句には、それらの文字が使われておりませんでした。タイミング良く同じテーマでの投句・選句でしたので興味深く読ませて頂きました。概ね句会も終了に近付いていますので、情報の一つとしてご報告まで。 (2018年03月18日 (日) 11時38分)[12741]

月番 > 進二さんが書かれた通り、この句会も終盤に入りました。まだ書き込みをなさっていない方、熱心にお書き頂いたかたがた、悔いのないように、どうぞ充分なコメントをお寄せ下さいますように。 (2018年03月18日 (日) 20時31分)[12747]

月番 > 進二さん、情報を入れて頂き、有り難うございました。 (2018年03月18日 (日) 20時34分)[12748]

世話人 > 期日が来ましたので、ただいま作者を発表しました。
 主宰先生、全句へコメントをいただき、有難うございました。
今月の追悼句、案内を差し上げてから4日ほどでの作句となりましたが、20名の方からの投句、本当に有難うございました。追悼句とはどのように詠み、投句された作品をどのように読むのか、今回はとてもたくさん学ばせていただきました。句会の醍醐味とはこのようなものかと心深く感じております。句会間際になって月番をお願いしました循子さんに助けられるところも大でした。感謝申し上げます。
皆様、世話人の無茶なお願いにお付き合いいただき、本当に有難う御座いました。 (2018年03月20日 (火) 21時12分)[12798]

循子 > 至らない月番にご協力頂き、皆さま有難うございました。 (2018年03月20日 (火) 22時32分)[12799]
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1 庭中の鮫の瞑目梅真白   投稿者:世話人 (2018年03月12日 (月) 21時43分)[12634]
  循子 オサム 眞佐子 進二 美保子 宜子 淳子 (7点)


月番 > <梅咲いて庭中に青鮫が来ている>
やはりこの句がもっとも印象的なのでしょうか、追悼句として今月はこれをベースに詠まれた作品が多いようです。掲句にも7点が入りました。ご意見をどうぞ。 (2018年03月12日 (月) 23時51分)[12638]

美保子 > 月番様が書いて下さった句が代表句のように色々な場面で取り上げられてきていると思います。鮫の瞑目そして梅真白 で追悼の句にふさわしい句だと思いました。 (2018年03月13日 (火) 22時04分)[12657]

月番 > 美保子さん、さっそく出て頂いて有難うございます。ほっとしています(笑) (2018年03月14日 (水) 11時55分)[12669]

循子 > 瞑目という言葉が活きたのでしょうか、こころが鎮もるような追悼句と感じました。美保子さんと同様の思い。 (2018年03月14日 (水) 12時07分)[12670]

オサム > 原作品の続編であり、クライマックスであるような感じ。 (2018年03月14日 (水) 22時12分)[12679]

宜子 > 庭中の鮫が瞑目しているという場面には、静謐な迫力がありました。兜太劇場のラストシーンを思いました。 (2018年03月17日 (土) 16時27分)[12727]

眞佐子 > 庭中の鮫の瞑目は追悼の句にふさわしいと思いました。 (2018年03月17日 (土) 20時20分)[12733]

月番 > 皆さまのご意見に同感です。 (2018年03月18日 (日) 11時29分)[12739]

進 二 >  皆さん、おっしゃるように「鮫の瞑目」が効いていると思いました。一句目ということで分かり易く。 (2018年03月18日 (日) 11時46分)[12743]

榮一 > 追悼句は本人と分かりやすいのが良いようです。 (2018年03月20日 (火) 01時46分)[12758]

世話人 > 作者は森内洋子さんです (2018年03月20日 (火) 20時23分)[12778]
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2 鳥雲に兜太の御霊戦場に        投稿者:世話人 (2018年03月12日 (月) 21時41分)[12633]

 洋子 直 杏花 吉章 淳子 (5点)


月番 > 1944年、主計中尉としてミクロネシア・トラック島へ赴任。同島にて終戦。「無数の犠牲者、飢餓者を出した呵責の念が根底にあった…」と高野ムツオ氏は2月26日付毎日新聞夕刊に寄せた追悼文に記しています。採られたかたはこの追悼句に季語を含めて、どんな感想を持たれたでしょうか? (2018年03月13日 (火) 11時07分)[12639]

洋子 > 「水脈の果て炎天の墓碑を置きて去る」この句は私の心に一番残る句です。月番さまが書かれているように、トラック島で壊滅的な敗戦を迎え、島を去るときの句です。その後の兜太氏の人生の根幹にあったのはこのトラック島での敗戦あり、ここから戦後の生き方を探っていかれたことと思います。渡り鳥は春になると雲のかなたの故郷に帰っていきますが、それと同じように、兜太氏の魂は戦場であったトラック島に還っていったのでしょう。私たちが兜太氏の死を悼むように兜太氏の魂は戦死者餓死者の鎮魂に捧げられていることと思います。 (2018年03月14日 (水) 09時25分)[12664]

月番 > 洋子さん、「心に一番残る句」は同感です。丁寧なコメントを頂き、月番も丁寧に繰り返し読ませて頂きました。有難うございます。 (2018年03月14日 (水) 12時14分)[12671]

> 追悼句を提出するのは、始めてです。死者を偲んで作るので、つきすぎは、関係なし、と先輩にいわれました。特に戦場に、惹かれました。 (2018年03月18日 (日) 14時32分)[12745]

榮一 > 兜太が常に意識していたであろう戦友が眠るトラック島に還っていったのでしょう。追悼句は人生でもありそうです。 (2018年03月20日 (火) 01時54分)[12759]

世話人 > 作者は佐藤美鈴さんです (2018年03月20日 (火) 20時24分)[12779]
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3 青鮫の背に梅花散る兜太の忌  投稿者:世話人 (2018年03月12日 (月) 21時40分)[12632]

 孝子 (1点)


月番 > 悼む思いの伝わる句と思いますが、孝子さんの独選となりました。採られなかったかたのコメントも是非お願いいたします。 (2018年03月13日 (火) 11時10分)[12640]

オサム > 今回、追悼句を詠むという課題を頂き、その難しさを感じております。掲句は、兜太の青鮫の句を下敷きに、梅花を鮫の背に散らすという巧みな表現により追悼の意が伝わってくる素晴らしい句だと思うんです。ただ、変な言い方になるんですが、追悼追悼し過ぎていて、寂しいでしょっ!というよくわかり過ぎる情感が前面に出過ぎている気もするのです。それが追悼句じゃないか!と言われればそうなんですが…。ああ、いい追悼句とは何なのだろう?というのが実感なのです。 (2018年03月16日 (金) 01時21分)[12700]

孝子 > オサムさんのいわれるとおり本当に作句も選句もむづかしかったです。98歳の、しかも戦中戦後仕事も俳句も一筋縄ではいかない人生。五七五になんてとうていむりです。皆様すごいと思いました・1番の句とこの句どちらにしようかとおもいました。1番の句はうまいと思いました。言葉悪くてすみません。上手、ということです。でも私にはこの句のほうに作者の素直な哀悼の心をかんじたのです。 (2018年03月16日 (金) 18時30分)[12707]

月番 > 月番の願い通りに両方のご意見頂きました。追悼句というのは、詠み手の思いが自ずから出てくるものであり、それは追悼の対象である人物と悼む側の距離によって様々な違いが生まれると思う。追悼句ほど難しいものはないと常々考えています。また軽々しく追悼句を書くべきではないとも思って来ました。無理に作れば、空々しいものになりかねないし、また悼む相手への思いは、秘めておきたいばあいがあるかもしれません。追悼句というものに向き合い、考える機会を与えて頂いたという意味で、今月の世話人様が出して下さったテーマは意義があったと思います。 (2018年03月16日 (金) 21時16分)[12712]

宜子 > 循子さんのお言葉、「追悼句」をとお願いした世話人として、どれほど励まされたことでしょう。有難うございます。 (2018年03月17日 (土) 16時47分)[12728]

榮一 > 追悼句もつかず離れずがよさそうです。 (2018年03月20日 (火) 01時58分)[12760]

世話人 > 作者は渡辺淳子さんです (2018年03月20日 (火) 20時26分)[12780]
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4 今はしも水脈の果てなれ荒凡夫 投稿者:世話人 (2018年03月12日 (月) 21時36分)[12631]

 循子 洋子 オサム 宜子 美鈴  (5点) 


月番 > 『少年』(昭和30年)に収められた「トラック島にて」の三句のひとつ。それが底辺にあるようです。掲句はなかなか凝った難しい表現法です。どなたか読み解いて頂ければ、と思います。生涯、荒凡夫と自認していたのはよく知られています。 (2018年03月13日 (火) 11時38分)[12641]

洋子 > 2番の句にも書きましたが、兜太氏の魂は今こそ水脈の果てのトラック島に還っていったということと思います。文法的には難しいですが、「果てなれ」の「なれ」は「なり」は已然形で係り結びになっています。が係り結びになるのは、ぞ、なむ、とかの語が一般的で、この場合、連体形で結び、已然形で結ぶのは「こそ」の時だけです。「しも」は調べますと「係り結び」と書かれていますがその場合の例文としては連体形で結んでいるようです。ということで、ここまでしかわかりませんでしたが、私は勝手に強調の「しも」を使った句として文法にはこだわらずに読みました。兜太氏の魂は今こそ原点であるトラック島に還っていかれたのだ、そして安らいでおられるのだと思っておられるのだと思います。追悼の思いが強く伝わってきました。 (2018年03月14日 (水) 09時52分)[12665]

美鈴 > 生きている間片時も脳裏を離れなかった戦友たち、今こそ戦友に会いに飛び立たれたであろう兜太氏、荒凡夫という表現も素晴らしいと胸を打たれました。 (2018年03月14日 (水) 11時07分)[12668]

月番 > 洋子さん、美鈴さん、有難うございます。文法は難しいですね。結局あまりこだわらずにスッと読み下すのが正解かも。美鈴さんが書かれたように、ここは荒凡夫がよく納まりました。 (2018年03月14日 (水) 12時49分)[12672]

オサム > もしも「金子兜太」という一冊のぶ厚い小説があったとしたら、その末尾はこう結ばれていたであろう。『今、トラック島に新たな墓碑がひとつ加わった。その墓碑には「荒凡夫」と記されていたのであった…』 (2018年03月14日 (水) 22時53分)[12682]

洋子 > オサムさん、すばらしいアイディアですね。このアイディアを関係者の方が知ったら本当にトラック島に「荒凡夫」という碑が建つかもしれませんね。 (2018年03月15日 (木) 09時33分)[12685]

宜子 > 限られた時間の中で、このような句ができることに驚いています。作者さんの日頃の研鑽が思われます。 (2018年03月17日 (土) 16時51分)[12729]

榮一 > しもは強意と言うより限定して示す意を表す。少なくとも「今」だけはの意味ではないかと思したがあっているかどうかはよく分かりません。荒凡夫をうまく使っています。 (2018年03月20日 (火) 02時35分)[12761]

世話人 > 作者は樋口進二さんです (2018年03月20日 (火) 20時27分)[12781]
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5 反戦と青鮫の庭梅の花  投稿者:世話人 (2018年03月12日 (月) 21時34分)[12630]

 義之  (1点)


月番 > 生涯、反戦を声高に唱え表現し、体現したひとのようです。高野ムツオ氏は前出の文中に「反戦は自らの存在意義ともいえる確たるテーゼだった」と述べています。反戦と青鮫の庭、とありますが、この並列は庭に対してどう働いているでしょうか。 (2018年03月13日 (火) 11時55分)[12642]

義之 > 初めて兜太の「青鮫」の句に接したとき、意味は分からぬが面白いと思いました。素朴な疑問は、鮫はどちらかというと灰色なのに、なぜ青鮫なのか? 青鮫から導き出させる、映像は、米軍のグラマン戦闘機の機首に描かれた、鮫の絵柄と、そのパイロットが撃墜した日本軍の戦闘機の数を誇示する星の数です。機体に描かれた鮫の体色は青で、誇張された鮫の歯と眼が、強烈な存在感を示しています。ところで、兜太自身の「梅咲いて庭中に青鮫が来ている」に関する解説は、私が感じた、このようなことは一切述べていないようです。ネットからの引用ですが、「庭全体が、朝なんか特に青さめているんです。海の底みたいな感じ。青っぽい空気ですね。こう春の気が立ち込めているというか。要するに、春のいのちが訪れたというか、そんな感じになるんですね。それで朝起きてヒョイと見てね、青鮫が泳いでいる、というような感覚を持ったんですよ。それですぐできた句なんですけどね。私の場合だと、見たままを、そのまま丁寧に書くということよりも、それを見ることによって感じたもの、その感じたものからいろんなことを想像して書く、というふうなことがほとんどなんですね。想像の中にうそが入ったり、ほんとが入ったりしていい加減なんですけどね。それが自分では面白いんで」とあります。俳句は、カメラのシャッターをカシャと押すように、直感した一瞬の事実を、切り取りたった17文字に纏め、その作品を発表するにあたって、句の鑑賞の全てを、読者に託す。兜太は読者に、青鮫を米軍のメタファーと論じてはいないようだけれど、私には、太平洋戦争を背景に、反戦の句として詠んだ、確信犯としか思えないのです。 (2018年03月15日 (木) 19時10分)[12687]

月番 > 詳しく書いて下さったので、興味深く読ませて頂きました。グラマン戦闘機の名前は子供の時から零戦の敵として知っていましたが、実態は何も知りませんでした。まして青鮫を米軍のメタファーなどと、思い付きもしなかった。私は俳句をやり始めて間もなくアンソロジーで青鮫の句を読み、この句のどこが名句なのやら、さっぱり解りませんでした。後年何となくわかるかなぁと思ったのも随分経ってからのように思う。一瞬で解ると感じる句、いつまで経ってもわからぬ句。それでも惹かれる不思議さもあり。俳句というぎりぎりの短詩の魅力かなぁと、思っています。 (2018年03月15日 (木) 21時38分)[12691]

孝子 > 私はこの句がわかりませんでした。義之さんと月番さんの評をよんであらためて俳句の深さ面白さに目覚めた気がします。勉強になります。ありがとうございました。 (2018年03月16日 (金) 18時40分)[12708]

孝子 > 言葉が足りませんでした。この句とは兜太氏の句のことです。 (2018年03月16日 (金) 18時43分)[12709]

世話人 > 作者は主宰先生です (2018年03月20日 (火) 20時28分)[12782]
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6 梅咲くを待ちて秩父の巨臍果つ 投稿者:世話人 (2018年03月12日 (月) 21時33分)[12629]

 加津子 洋子 オサム 美鈴 剛 鈴子 進二 主宰 (9点)


月番 > 故郷・秩父の風土も荒凡夫・兜太氏の存在の根源であるようです。どなたからでもどうぞ。 (2018年03月13日 (火) 13時49分)[12643]

洋子 > [巨星」というところを「巨臍」だなんてなんと素晴らしい発想でしょう「曼珠沙華どれも腹出し秩父の子」が下敷きにあると思います。兜太氏はまさに秩父の荒凡夫」なのですね。 (2018年03月14日 (水) 10時00分)[12666]

オサム > 本当に素晴らしい発想ですね。こんな素晴らしい句に、あえて不満を言うなら、(咲く)(待つ)(果つ)と一句に動詞が三つあること。個人的には(梅咲くや秩父盆地に巨臍果つ)ぐらいでも良かったような… (2018年03月14日 (水) 23時19分)[12683]

孝子 > オサムさんの推敲に1票です。 (2018年03月16日 (金) 18時47分)[12710]

加津子 > 巨臍という表現が骨太の兜太にぴったりと思いました。秩父は、雁坂峠を越えると山梨に絹の道をたどると横浜に行きつきます。秩父という地名が私には、海に通じるように感じます。皆様の書き込みに日ごろの勉強不足を痛烈に感じました。刺激をもらいました。皆様ありがとうございます。 (2018年03月17日 (土) 07時56分)[12717]

> 名前を云わないで、兜太さんと思わせる巧みがある。兜太さんは大きな臍の持ち主だった…に妙に合点している。「巨臍」は、この句の作者の想像の賜物で有ったとしても、大変に面白い。オサム氏通り動詞が3個あるが、この句はどの動詞も切りにくい感じが私にはあった。身体のほぼ中心にある臍は、母親と繋がっていた証しであり、名残りの臍である。日本の国土の臍と自称する土地は何処其処に有るらしいが、この句の臍は俳句の世界ではの意味だろう、それも巨であり中心と理解すれば良いのだろう。兜太さんの死は予期された死では無かったらしいが。ほぼ自分の歌の通りに死んだ西行の「願わくば花の下にて春死なん」が裏側に見えるような気がした。 (2018年03月17日 (土) 16時19分)[12725]

進 二 >  「梅咲いて」に加え「秩父の子」も折り込み、且つ「巨臍」の表現を使うことで、自然体の一茶が自称自称していたと言われ、兜太氏自らも後半生に使うことのあった「荒凡夫」と言う言葉まで、滲ませている。読み応えのある句に纏められたなと思いました。いいですね。 (2018年03月17日 (土) 16時20分)[12726]

鈴子 > 「巨星」を「巨臍」に変換?するなんて面白い表現と思いました。そして、作者の方は兜太氏をよく御存じなのかも知れないと想像しております。「巨幣果つ」に寂しさが深まるようです。 (2018年03月19日 (月) 16時19分)[12751]

鈴子 > すみません、今気がつきました。「巨幣果つ」は「巨臍」の書き違いです。失礼しました。 (2018年03月19日 (月) 22時28分)[12756]

榮一 > 秩父の子供が大きくなって巨臍は言いえて妙です。いかにも故人を彷彿とさせる追悼句です。 (2018年03月20日 (火) 02時44分)[12762]

世話人 > 作者は安田循子さんです。今月の最高点を得られましたので、引き続き来月の月番をお願いします (2018年03月20日 (火) 20時30分)[12783]
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7 梅咲いて口中青きことば満つ     投稿者:世話人 (2018年03月12日 (月) 21時29分)[12628]

 義之 眞佐子 宜子 淳子 主宰  (6点)


月番 > 青鮫の句からの連想かと思いますが、月番は「青きことば」の確たるイメージを結ぶところへ行き着けませんでした。不穏な、あるいは不安なものを含む言葉ということでしょうか?義之さん、どう捉えられました? (2018年03月13日 (火) 13時55分)[12644]

義之 > 「青きことば」は浅薄なイメージという事でしょう。反戦だ、平和だと、声高に叫ぶ若造を、慈悲深く見守る兜太の姿が浮かびます。叫ぶ人、思慮する人、見守る人、泣く人、書く人、それぞれに意味があるのです。「青きことば」は「青鮫」とかけているのでしょうか。 (2018年03月15日 (木) 19時22分)[12688]

月番 > 他のかたのご意見もお待ちしています。 (2018年03月15日 (木) 21時41分)[12692]

宜子 > 「青きことば」は、口中にあるのでまだ、発声されていないと読みました。大きな「ことば」を聞けないでいる無念さが感じられました。願わくば、発せられていない「青きことば」を、後を行くものが継ぐことができたらと。 (2018年03月17日 (土) 17時04分)[12730]

眞佐子 > 「青きことば」は青鮫の句からの連想と思いました。 (2018年03月17日 (土) 20時40分)[12734]

月番 > 「青きことば」にそれぞれ読み手の解釈があって、興味深い。 (2018年03月18日 (日) 11時33分)[12740]

榮一 > 下敷きにあるのは青鮫の句ですが追悼句を離れれば兜太のこととは言い切れないようです。青きことばはこれも兜太の一面のように感じさせました。 (2018年03月20日 (火) 02時49分)[12763]

世話人 > 作者は木村オサムさんです (2018年03月20日 (火) 20時31分)[12784]
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8 自詩で創れ兜太師訃報春悲し    投稿者:世話人 (2018年03月12日 (月) 21時27分)[12627]

  保子  (1点)


月番 > まず、三段切れっぽいところが月番は気になりました。春悲し、はどうでしょうか。採れなかった理由もコメントしていただければ、作り手にとっては参考になりますので、よろしく。 (2018年03月13日 (火) 14時02分)[12645]

保子 > 「自詩で創れ」に惹かれて頂きました。兜太氏の言われた言葉なのでしょうか。自分の言葉で作句しなさいよ、「創」なのですべての創作活動に繋がる言葉と思います。もっと深く知りたいと思いました。「春悲し」生の季語と感情語はよろしくないと思います。「兜太師訃報」でその思いは充分伝わっていますので。 (2018年03月15日 (木) 23時55分)[12697]

月番 > 兜太師の「師」によって、掲句の作者のかたと俳人金子兜太の距離感が見えると感じましたが、どうなんでしょうか。保子さんが書かれてるように、「兜太師訃報」で充分伝わるので、「春悲し」は気になるところです。しかしそう書かざるを得ないほどの思いがあったかとも思えて、ああやっぱり追悼句は難しい! (2018年03月16日 (金) 21時30分)[12713]

洋子 > 保子さまのおっしゃるように、私も「自詩で創れ」というフレーズが心に残りました。作者様の言葉でしょうか、兜太氏の言葉でしょうか、それとも誰か他の人の言葉とか・・・?教えていただけたら嬉しいです。 (2018年03月19日 (月) 13時19分)[12750]

作者 > 自詩で創れは兜太先生の本から、引用しました。保子様洋子様ありがとうございました。 (2018年03月19日 (月) 18時21分)[12752]

洋子 > 作者様、ご親切にありがとうございました。兜太氏の言葉として、じっくり味わってみたいと思います。 (2018年03月19日 (月) 19時46分)[12753]

月番 > 「自詩で作れ」という兜太氏の言葉は知りませんでした。不勉強な月番で恥ずかしいです。「もっと深く知りたい」と書かれた保子さんのためにも、ご迷惑でなければ、その本のタイトルをお教え頂くと有難いのですが。
(2018年03月19日 (月) 21時18分)[12754]

榮一 > 結論的に悲しは言わないほうがよさそうです。 (2018年03月20日 (火) 02時58分)[12764]

世話人 > 作者は村上直さんです (2018年03月20日 (火) 20時33分)[12785]
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9 諳んじる兜太の御句や春満月 投稿者:世話人 (2018年03月12日 (月) 21時26分)[12626]

 加津子 孝子 保子 美保子 (4点)


月番 > 私事ですが、最近は諳んじることが難しくなりました。昔スラスラと口をついて出た名句の数々さえ断片的にしか出て来ない。これは羨ましい景。春満月にはどんな思いが込められているのでしょう。 (2018年03月13日 (火) 14時15分)[12646]

加津子 > 春満月の季語でいただきました。一晩中地球を照らしている3月2日の満月は大きくて兜太と重なりました。それが太陽が上がるころ、雪の富士を紅に染めその頂上に白い満月が沈みました。呆けた犬のおかげで、朝のパールムーンを見ることが出来ました。ちなみに次の満月は、3月31日です。 (2018年03月13日 (火) 23時21分)[12661]

月番 > 春満月の大きさと金子兜太という巨大な俳人が加津子さんの中で重なったのは分かる気がします。 (2018年03月14日 (水) 21時34分)[12676]

保子 > 「暗んじる兜太の御句」を持つ作者。春満月の下でご冥福をお祈りしながら、静かな時を過ごしておられるのでしょうか。 (2018年03月16日 (金) 00時21分)[12698]

美保子 > 俳句を作る人に限らず、自分の句を諳んじるほどに、好きでいてくれたら、それはもう、俳人としての生涯を生きた人に限らず、どれほど、幸せなことだろうと思うのです。まして、季語が春満月であれば、兜太先生のお顔や亡くなられた時期、豊かな人生であったろうと色々な事が浮かんで来ます。 (2018年03月16日 (金) 11時38分)[12705]

孝子 > 春満月の季語が追悼の句にぴったりと思いました。パソコンがちょうしわるくてみな消えてしまいつかれたのでこれまでにします。 (2018年03月16日 (金) 19時08分)[12711]

月番 > ほんとパソコンって怖いですね、孝子さん。一瞬にして半日の作業が無に帰したかと思うことがたあったりします。 (2018年03月18日 (日) 11時44分)[12742]

榮一 > 具象性が弱い気がします。 (2018年03月20日 (火) 03時00分)[12765]

世話人 > 作者は太田鈴子さんです (2018年03月20日 (火) 20時34分)[12786]
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10 白梅の庭の広さや兜太無く      投稿者:世話人 (2018年03月12日 (月) 21時24分)[12625]

 孝子 直 美鈴 進二 鈴子 杏花 吉章 (7点)


月番 > 共感されたかたが多い句です。「庭の広さや」とあり、ここがポイントかと思いますが。採られたかた、採らなかった方、どちらからでもどうぞ。 (2018年03月13日 (火) 14時22分)[12647]

オサム > 今まではいた兜太がいなくなったので、白梅の咲く庭が広く感じられた。現実としても、あるいは心理的にも。ちょっとそのロジックが一種の因果関係に感じられ、敬遠してしまいました。でも、よく考えると、追悼の思いを庭の広さに託すというのはいいですね。 (2018年03月16日 (金) 01時38分)[12701]

孝子 > 人が亡くなるということはこういう感覚だと思います。そして兜太氏ならこの句の世界がすぐ浮かぶと思います。追悼の句にぴったりと思いました。 (2018年03月17日 (土) 13時27分)[12718]

榮一 > 無くは中途半端な気がしました。 (2018年03月20日 (火) 03時01分)[12766]

世話人 > 作者は松谷眞佐子さんです (2018年03月20日 (火) 20時35分)[12787]
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11 モノクロの兜太連れ去る涅槃西風   投稿者:世話人 (2018年03月12日 (月) 21時23分)[12624]

 洋子 オサム 美鈴 宜子 美保子  (5点)


月番 > 初五「モノクロの」は兜太に掛りますか、それとも涅槃西風に? (2018年03月13日 (火) 14時24分)[12648]

洋子 > 「モノクロの兜太」というのは「死んだ兜太」と読みました。ちょうど涅槃西の吹く頃だったんですね。全くの余談ですが、晩年、詳しくはいつ頃かわかりませんが兜太氏は句仇の稲畑汀子さんに「あの世にいったら一緒になろうか」なんておっしゃったんですって。笑ってしまいました。
(2018年03月14日 (水) 10時09分)[12667]

月番 > 或る年の新年号だったと思いますが、溲瓶の句ばかり出ていたことがあって、へぇ〜と思ったものですが、近年ある中学校の俳句教室へも溲瓶を携えて行き、生徒に触らせていたというような話を読みました。溲瓶も動物も植物もそして人間も兜太氏にとっては同列だったのかも。<長寿の母うんこのようにわれを産みぬ>こんな句もありますね。稲畑汀子さんとの対談は、どこかで読んだ記憶があります。愉快ですね。 (2018年03月14日 (水) 22時03分)[12677]

美鈴 > 洋子さんの解釈に賛成ですが、戦後も一貫して変わらぬ生き方を貫いたという解釈もできるかなと思いました。 (2018年03月16日 (金) 18時24分)[12706]

月番 > ああ、そういう読みもできそうですね。美鈴さん、有難うございます。 (2018年03月16日 (金) 21時35分)[12714]

美保子 > 何度も読み直してみたのですが、モノクロの はやはり、兜太にかかると思いました。ただ、美鈴さんの解釈もありえるのではと思い始めました。涅槃西風で追悼の心は詠まれていると思うので、モノクロのは情景がでてきてもいいのかなと思いました。モノクロの というのは美鈴さんの書かれたような、戦後を表すのか、昭和を表すのかそこの所は少しわからないのですが。 (2018年03月16日 (金) 21時59分)[12716]

孝子 > モノクロで昭和を象徴してると思いました。どこにかかるかといえば兜太でしょうとおもいます。季語に工夫が感じられました。 (2018年03月17日 (土) 13時31分)[12719]

榮一 > 涅槃西風は浄土からの迎えの風と言います。連れ去るはべったりかも。 (2018年03月20日 (火) 03時06分)[12767]

世話人 > 作者は石田剛さんです (2018年03月20日 (火) 20時37分)[12788]
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12 海の無い里に生まれる桑ほどく   投稿者:世話人 (2018年03月12日 (月) 21時21分)[12623]

 義之 保子  (2点)


月番 > 故郷・秩父を念頭に間接的な追悼句かと思いますが、。 (2018年03月13日 (火) 15時01分)[12650]

義之 > 月番様の言われる通りかと思います。「桑ほどく」という初めて接した季語に新鮮味を覚えて頂きました。兜太を離れたとしても、絶滅季語的な要素も加わって、味わい深い作品と思いました。 (2018年03月15日 (木) 19時28分)[12689]

月番 > こどもの頃は他所の桑畑で桑の実を採って食べたものです。いまは桑畑を見ることもない。まさに桑解く、桑ほどくは絶滅危惧種に近い季語の気がします。「海の無い里に生まれる」と「桑ほどく」との繋がりが文脈からすると、曖昧というか、不自然な感じが気になるのですけど。 (2018年03月15日 (木) 22時05分)[12693]

保子 > 「桑ほどく」に惹かれて頂きました。実際にそれがどの様な状態なのか分かりませんが、違う視点からの追悼句と思いました。秩父銘仙という絹織物の産地でした。 (2018年03月16日 (金) 00時37分)[12699]

孝子 > 句会の楽しみの一つに私は知らないことを勉強できることと思います。いくつになっても学ぶこと、知らないことを知る喜びを感じます。この句の季語桑ほどくはじめてみて、歳時記でしらべてすばらしい季語だと知りました。しかし、現実にはなくなりつつある季語ともしりせめて歳時記のなかだけでも生き続けてほしいとねがいます。ひとつ学べてうれしかったです。 (2018年03月17日 (土) 13時40分)[12720]

月番 > おっしゃる通りです。学べるという機会がどれほど貴重か、年を重ねるほど強く感じます。 (2018年03月18日 (日) 11時26分)[12738]

鈴子 > 私は選をしておりませんが、「桑ほどく」は桑の木の根元から少し上の部分を広がらないように荒縄で縛っていたように思います。母が蚕を飼っていた時期もあり、そんな光景が浮かんで来ました。子供の頃の記憶なので違っていたらごめんなさい。 (2018年03月19日 (月) 22時52分)[12757]

榮一 > 生まれる/桑ほどくは繋がっていないように思う。一句一章に「生まれて桑ほどく」にしたいです。 (2018年03月20日 (火) 03時12分)[12768]

世話人 > 作者は石田加津子さんです (2018年03月20日 (火) 20時38分)[12789]
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13 散る桜昭和まといし兜太かな 投稿者:世話人 (2018年03月12日 (月) 21時20分)[12622]

 保子 鈴子 吉章 淳子  (4点) 


月番 > 平成も今年で終わるようです。昭和と平成をまるごと生きて、しかも最後まで骨太の思想も俳句創造も衰えることが無かった。金子兜太というひとは凄い。皆さまのコメントお待ちしています。 (2018年03月13日 (火) 15時08分)[12651]

鈴子 > 昭和と平成をまるごと生きたと月番さんが記しておられるように、生涯揺るぎない言葉でご自身の俳句を貫かれた俳人と思います。散る桜に作者さんの哀悼の念が深まります。 (2018年03月17日 (土) 14時00分)[12721]

保子 > 東京新聞に[平和の俳句]が掲載されるようになって、金子兜太 という方を身近に感じられるようになりました。ご冥福をお祈りいたします。 (2018年03月18日 (日) 00時42分)[12737]

榮一 > 昭和は戦争を意識してのものですね。 (2018年03月20日 (火) 03時14分)[12769]

世話人 > 作者は久野孝子さんです (2018年03月20日 (火) 20時39分)[12790]
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14 兜太とふ本名知りし春の雷    投稿者:世話人 (2018年03月12日 (月) 21時18分)[12621]

 剛 主宰  (3点)


月番 > 現代俳句大辞典(三省堂)によると、父君も俳人(俳名・伊昔紅)であられたようですが、兜太という命名はいみじくも…という感じがします。春の雷がどう効いているのでしょうか。 (2018年03月13日 (火) 14時59分)[12649]

> 月番がいみじくも…と云っておられるが、本名と受け取る人は少なく、俳号と思う人が多いし、また「トウタ」と読んでくれる人も少ない難読例の名前であると、兜太さん自身が云っている。俳人であった町医者の父は、虚子と袂を分かった「馬酔木」主宰の水原秋桜子と同級生であったらしいし、秩父音頭と俳句に熱を注いでいた父親の会心の命名であったと思う。折しもの訃報によって本名であると知ることになったが、既成の俳句を乗り越えて、前衛俳句の旗手と云われた兜太氏の生前を想いながらの、作者の追悼の一句である。時ならぬ春の雷は、秩父の産土を愛した兜太さんに対する、鎮魂の一撃ではなかろうか。 (2018年03月15日 (木) 15時45分)[12686]

月番 > 「鎮魂の一撃」ですね。納得です。 (2018年03月15日 (木) 22時09分)[12694]

榮一 > 兜太を本名と知った驚きですね。雷は兜太らしいです。 (2018年03月20日 (火) 03時17分)[12770]

世話人 > 作者は伊藤保子さんです (2018年03月20日 (火) 20時41分)[12791]
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15 兜太逝く朧に魚の影数多  投稿者:世話人 (2018年03月12日 (月) 21時10分)[12620]

 循子 義之 剛 主宰  (5点) 


月番 > 月番以外は男のかたが採っておられます。そのことに意味はないでしょうけれど。 (2018年03月13日 (火) 22時07分)[12658]

義之 > 一読して兜太の「青鮫」の句であることが分かる。春の季語の朧で、兜太の追悼句と判明。兜太逝くは、ダメ押しの感。採っていながら、ネガティヴな句評ですみません。ただ、うようよ泳ぐ青鮫の映像が、これでもかと迫りくる。 (2018年03月15日 (木) 19時37分)[12690]

循子 > 「兜太逝く」は義之さんの「ダメ押し」のとおり、無くもがなの感がありますが、中七から下五への映像が魅力的でした。 (2018年03月15日 (木) 22時15分)[12695]

> 義之氏の書かれた通り、兜太さんを追悼するこの句の背景は、あの句の庭の梅と青い鮫であるに違いは無い。また、この句の朧の中に見えた数多の魚の影は兜太さんの死を悼む人たちと取らねばなるまい。ただ必ずしも青鮫では無いような気がしないでも無い。あの庭中に来ていた青い鮫は何の暗喩だったのか未だにすっきりしない所為もあるが、この追悼句の朧の中の「魚の影数多」には、うな垂れる外は無い。 (2018年03月16日 (金) 10時40分)[12704]

月番 > 剛氏のコメントの繰り返しになりますが、「朧に魚の影数多」は情に流れ過ぎず、しかもはっきりとイメージ出来るし、上等の措辞と思います。「うな垂れる外無い」という剛氏の賛辞が羨ましい。
(2018年03月17日 (土) 14時09分)[12723]

榮一 > 朧の魚影が南溟に散った戦友のように思いました。まさに追悼ですね。 (2018年03月20日 (火) 03時21分)[12771]

世話人 > 作者は山内宜子です (2018年03月20日 (火) 20時42分)[12792]
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16 逝く桜鳥に運ばれ風に乗り    投稿者:世話人 (2018年03月12日 (月) 21時07分)[12619]

 孝子 眞佐子 杏花   (3点)


世話人 > 作品の文字色が黒になってしまいました。変更ができないのでこのままで。 (2018年03月12日 (月) 22時00分)[12636]

月番 > 一般的な追悼句としても通りそうな作品です。どういうところに共感されましたか、孝子さん? (2018年03月13日 (火) 22時12分)[12659]

孝子 > 兜太にかぎらず、人はこのように自然でありたいとこのごろとみにおもうのです。偉大な兜太れたでもなくなられたあかつきにはすべてを忘れて悠々と空を舞ってほしいという願望で頂きました。 (2018年03月14日 (水) 23時47分)[12684]

杏花 > 我が家の庭は隣が小学校もうすぐ桜が満開になり小鳥も多くやってきて春爛漫やがて花は散っていく景を想う今日この頃です。 (2018年03月16日 (金) 08時20分)[12703]

眞佐子 > 逝く桜は兜太さん自身にかかっていると思います。鳥に運ばれ風に乗って今頃はトラック島の当たりでも舞ってほしいです。 (2018年03月17日 (土) 20時56分)[12735]

月番 > やっぱりトラック島へ思いは行きますね…。 (2018年03月19日 (月) 21時27分)[12755]

榮一 > 動詞三つは如何なものか。句体の順序もばらばらな気がします。逝くはどかとも思います。 (2018年03月20日 (火) 03時26分)[12772]

世話人 > 作者は鈴木美保子さんです (2018年03月20日 (火) 20時43分)[12793]
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17 恩師の心残りと初ざくら  投稿者:世話人 (2018年03月12日 (月) 21時05分)[12618]


月番 > ちょっと字数が足りないようですが、作者のかたの表記ミスでしょうか。リズムが整わなくて残念です。上五に特別な読み方があるのでしょうか? (2018年03月13日 (火) 15時15分)[12652]

義之 > 常識的に考えれば上五は「恩師への」なんでしょうか (2018年03月14日 (水) 18時53分)[12674]

月番 > そういうことですね。そうすると「初ざくら」の前に置かれた「と」の意味に悩むことになりそうです。ちょっと難しいです。 (2018年03月14日 (水) 22時09分)[12678]

孝子 > やはり上五の四音はきついですね。恩師へのが一般てきでしょうが、そうすると恩師自身が他人からみた恩師と位置がかわると思います。恩師自身からにすると意味的には恩師思う心残りとでしょうか。そうするととではなく。恩師想う心残りや初桜でもこれは字数の関係だけで作者は気に入らないと思います。義之さんの恩師へのが一般的でしょうか。この場合のとは月番さんのいわれるとおりですね。ほかの追悼句で多い梅の時期の句でわかるように並列てきな心残りと咲かない桜をいってるのでしょうか。ごめんなさい。いじっているうちに支離滅裂になってしまいました。うやむやなかきかたが無点の原因と思いますが考える勉強させていただき作者に感謝です。 (2018年03月17日 (土) 14時08分)[12722]

月番 > 孝子さん、いつも真剣に考えて頂き、有難うございます。いずれの場合も作者にとって推敲の手がかりになることでしょう。 (2018年03月17日 (土) 14時50分)[12724]

榮一 > やはり初句の4音がリズムを失っていますね。 (2018年03月20日 (火) 03時29分)[12773]

世話人 > 作者は枡室杏花さんです (2018年03月20日 (火) 20時44分)[12794]
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18 ふんだんに昭和を撒いている雪解   投稿者:世話人 (2018年03月12日 (月) 21時04分)[12617]

加津子 直 眞佐子  (3点)


月番 > 雪解とありますが、ここは雪解水と解釈すればいいのでしょうか。金子兜太というひとには矢張り昭和のイメージが強いようです。加津子さん如何でしょうか。 (2018年03月13日 (火) 21時20分)[12653]

加津子 > 兜太の身を雪になぞらえて溶けて消えて逝ったと思いました。中7が上手く表現できませんが、雪解にひかれました。 (2018年03月13日 (火) 22時58分)[12660]

月番 > ありがとうございます。月番はいまひとつ理解するところまで行き着けません。直さん、眞佐子さん、よろしくお願いいたします。ほかの方もどうぞ。 (2018年03月14日 (水) 22時26分)[12680]

眞佐子 > 兜太さんは昭和を代表する俳人ですから、ふんだんに昭和を撒いているのは兜太さんであり雪解とともに消えてしまったのだと思います。 (2018年03月17日 (土) 21時09分)[12736]

> 昭和を撒いているが、とても好きです。私も、昭和を52年生きました。昭和人間と思います。 (2018年03月18日 (日) 14時51分)[12746]

月番 > 採られたかたがた、ご意見有難うございました。それぞれ同様の思いを抱かれたのだと思います。月番の個人的な意見ですが、金子兜太というひとが雪解のように、あるいは雪解とともに消えたという感じを持てないのです。前述の高野ムツオ氏の追悼文ですが、「…金子兜太はたぶん死んだのではないのだ。秩父の『陽の崖』となったのだ。ますます巨大化し険峻化し、未来永劫、我々を睥睨する絶壁である。…後略」。二十歳の時、金子兜太に師事したのが半世紀以上前のことになるという高野ムツオ氏と同様に私が語れる筈もありませんが、この追悼文に似た感じを持っています。人を悼む思いはそれぞれです。お三方のご意見には反するようで、申し訳ないのですが、お許し願います。 (2018年03月18日 (日) 21時24分)[12749]

榮一 > 昭和を撒いている雪解が兜太とは感じられませんでした。 (2018年03月20日 (火) 03時34分)[12774]

世話人 > 作者は新保吉章さんです (2018年03月20日 (火) 20時47分)[12795]
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19 立ちすくむほどの春雷兜太逝く   投稿者:世話人 (2018年03月12日 (月) 21時02分)[12616]
 循子 加津子 直 鈴子 剛 進二 杏花 美保子 (8点)


月番 > 高点句です。どなたからでも、どうぞ。 (2018年03月13日 (火) 21時48分)[12654]

美保子 > 数週間前に宮崎でもそれはすさまじい雷が鳴りました。家が揺れるかと思うほどで、その時の思いがまだ残っている時でしたので、そして、スマホの速報で金子淘汰先生の訃報が報じられたのとでその驚きをよく詠んでいらっしゃると思いました。宮崎にもいらしたことがあると思うのですが、結局お目にかかったことはありません。それでも、テレビでは時々生活ぶりが映されたりでやはり、俳句に関わる人たちの驚きは大きかったでしょう。 (2018年03月13日 (火) 21時57分)[12656]

加津子 > 春雷でいただきました。朝日歌壇の選者をお休みされていたので具合が悪いと思っていたのですが、人の死は突然やってくる春雷のようにやってくると思いました。
(2018年03月13日 (火) 23時32分)[12662]

月番 > 近親者でない限り患いの時を知らないので、著名人の突然の訃報はまさに立ちすくむほどのものがあります。そのひとへの思いが強ければなおのこと。生前、自分は死なないような気がすると云った人たち、金子兜太、宇野千代のお二人はどちらもご長寿でした。 (2018年03月15日 (木) 22時36分)[12696]

杏花 > 夫の一周忌を
済ませ想いを重ねて頂きました・
突然の不幸想いが伝わる句です。 (2018年03月16日 (金) 08時13分)[12702]

月番 > 有難う、杏花さん。淋しげな杏花さんの顔が浮かんできました。こういうときは何て言えばいいんだろう…。 (2018年03月16日 (金) 21時51分)[12715]

宜子 > 人に死は、たとえそれが長患いであっても、その瞬間は「たちすくむ」思いでしょう。立ちすくんだまま一歩も出せないでいる時間が続きます。自分の足で歩こうと思えるまで。杏花さん、同じ思いを抱きつつ、隣りにいます。 (2018年03月17日 (土) 17時22分)[12731]

> 北陸は、冬には雪を連れてくる雷が海沿いに鳴り渡る。春雷は文字通り待ちかねた春を連れてくる。春に背いて彼岸へ旅立った兜太さんを送るに相応しい、関東平野の春の雷のように思った。海の無い秩父であれば、周りの里山の樹の芽吹きを促し、田畑を目覚めさせる春雷である。秩父の山河をこよなく愛した、巨臍の兜太さんを送るには、格好の雷のようであった。 (2018年03月17日 (土) 18時15分)[12732]

美保子 > 義兄が亡くなって、三年が経ちます。地域の方達からも仲が良いと言われた夫婦でしたので、ふっとした時に姉の事を思い涙ぐんでしまいます。私などは定年で家に居る夫に向かって「私は一人が好きだったんだよね。」と憎まれ口をきいています。沢山の病院にも付き合ってくれて、感謝しなさいと母や姉に言われています。返事だけは「はい」と。でも書き込みをされている月番さまや宜子さまだけでなく、皆こういう時はなんて言えばいいんだろう。と思っていらっしゃると思いいます。 (2018年03月18日 (日) 13時04分)[12744]

榮一 > 衝撃が伝わります。追悼句はこれぐらいがいいのかもしれません。 (2018年03月20日 (火) 03時36分)[12775]

世話人 > 作者は小川紫翆さんです (2018年03月20日 (火) 20時48分)[12796]
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20 梅咲いて池中に蝶鮫の影       投稿者:世話人 (2018年03月12日 (月) 21時01分)[12615]

 吉章  (1点)


月番 > 本歌取りをするなら、原作品を超えるものを作れと梟夢庵先生に教わった記憶がありますが、現実はなかなかそうはいきません。掲句については、どうお思いでしょうか、オサムさん? (2018年03月13日 (火) 21時54分)[12655]

オサム > 原作品は「梅咲いて庭中に青鮫が来ている」。蝶鮫は海のサメとは違う古代魚であり、基本的には淡水魚で川や湖に棲んでいるんですね。かつては日本でも北海道の一部に生息していたが今は絶滅しているそうです。原句は、早春の明るい日差しの中の梅の白い花と、その日差しの中をゆらめく青鮫の背のかげりのある青さとが、微妙な陰影をかもだしており、ありえない景だがなんとなく納得してしまう不思議な力を持っています。対して掲句は、池に(日本では)絶滅したはずの蝶鮫の影が見えているというのです。蝶鮫の影に亡くなった兜太の姿をオーバーラップさせているのかもしれませんね。(梅咲いて)が兜太の亡くなった時期を示すにとどまり、原句の梅と青鮫との鮮烈なイメージの対比にはかなわないように思えるのです。さすがに原句を超えるまでには至っていませんが、充分に独創性がある句だと思います。 (2018年03月14日 (水) 03時37分)[12663]

月番 > オサムさん、有難うございます。納得です。初見の時から、この句を採るべきか、採らざるべきか、ちょっと悩みました。原作品の強烈なイメージにチャレンジされた作者の勇気に脱帽。「充分に独創性がある句だ」ということですね。採られた吉章様コメントをお願いいたします。 (2018年03月14日 (水) 22時51分)[12681]

榮一 > 池中に蝶/鮫の影と読むのかもしれません。 (2018年03月20日 (火) 03時44分)[12776]

作者 > チョウザメと書かず、池中に蝶/鮫の影と意図して書いたので、先生のこのような句評に出会えて正直嬉しいです。 (2018年03月20日 (火) 11時37分)[12777]

世話人 > 作者は宮本義之さんです (2018年03月20日 (火) 20時49分)[12797]
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三月定例句会 投稿者:世話人 (2018年03月12日 (月) 20時57分)[12614]

   句会準備中 ^_^

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二月定例句会 投稿者:世話人 (2018年02月12日 (月) 22時08分)[12440]
句会の皆様
 立春を過ぎて一週間、春の暖かさはどのあたりにいるのでしょうか。
ただいま、関東支部連合会では全国大会第二部の投句募集をしていますが、まだまだ目標の投句数に達しておりません。締切が16日と迫っております。日程の都合上、締切を伸ばすことができません。大会成功のため、皆様の一層のご協力をお願いします。
 それでは今月の句会を始めます。月番は先月に続いて石田加津子さんです。皆様の積極的な書き込みをお待ちします。宜子

句 会   2月13日(火)〜19日(月)
作者発表  2月20日(火)


加津子 > おはようございます。皆様のお力を借りて乗り切りたいと思いますので、よろしくお願いします。 (2018年02月13日 (火) 07時56分)[12441]

世話人 > 昨日、月番の加津子さんから「熱を出しました!」とのメールがありました。インフルエンザかどうかはこれからお医者さんに行って調べるそうです。大事ないといいのですが。いずれにしても句会の月番、どなたかに代わっていただけないかのことでしたが、あと三日ほどですので、このままで進めたいと思います。必要なときは宜子が代わりを務めます。どうぞこのまま皆様の書き込みを続けていただきまますようお願い申し上げます。宜子 (2018年02月16日 (金) 02時44分)[12504]

世話人 > 加津子さんから連絡がありました。インフルエンザA型だったそうです。今は薬のおかげで少し熱は下がっているとのことです。皆さんにご迷惑かけて申し訳ありませんとのことでした。このまま拗らせることのないよう、安静に過ごしていただきたいとお返事しました。
句会もあと一日です!引き続きの書き込みお願いします。 (2018年02月18日 (日) 05時38分)[12538]

加津子 > 皆様にご迷惑とご心配をおかけしました。リレンザを吸入して熱は治まりましたが、体の焦点の定まらぬ日々でした。宜子さん、お世話になりました。ありがとうございました。 (2018年02月20日 (火) 12時06分)[12584]

世話人 > 期日が来ましたので、作者を発表しました。主宰先生、今月もご多忙の中、丁寧なご指導をいただき、有難うございました。勉強になりました。たくさんの書き込みをしてくださいました皆様、これからの句作りに活かしてまいります。月番の加津子さん、インフルエンザ重くならなくて良かったです。それでは来月はお雛祭りを挟んでの句会になります。よろしくお願いします。宜子 (2018年02月20日 (火) 22時14分)[12612]
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1 立春や明るき色の服を着る  投稿者:世話人 (2018年02月12日 (月) 22時05分)[12439]
保子 美鈴 吉章 淳子  (4点)    


月番 > 日射しは柔らかいのに寒さは厳しい。けれど気持ちは春です。 (2018年02月13日 (火) 09時42分)[12442]

杏花 > 立春、明るき色はどううでしようね
少しつきすぎ?と思いましたどんな洋服でしようか
色?かどのような洋服かはっきり表現されてはと思いました・ (2018年02月15日 (木) 11時55分)[12478]

保子 > 立春とは言え寒さは続きます。が明るい色の服を着る その気分から元気になる と思いました。 (2018年02月18日 (日) 15時20分)[12548]

榮一 > 春になったぞと言う気分はよくわかります。ただ立春の頃は春は名のみぞということもありますので少し早い気がします。 (2018年02月19日 (月) 21時13分)[12562]

世話人 > 作者は村上直さんです。 (2018年02月20日 (火) 21時31分)[12590]
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2 青蓮院小御所の反橋はだれ雪       投稿者:世話人 (2018年02月12日 (月) 22時03分)[12438]
   義之 宜子 主宰  (4点) 


月番 > 中七はどのように読むのかおしえていただけますか。 (2018年02月13日 (火) 09時58分)[12443]

義之 > 素直に「こごしょのそりはし」と読みました。歴史を知らなくても、「青蓮院」という門跡寺院と子御所の反橋、さらに季語のはだれ雪の効果が相まって、自然と物語が浮かびあがって来るようです。ただ、調べてみると、江戸時代に仮御所となったことがあるとの記述だけで、特定の人物の物語は無いようです。日本庭園に見られる反橋に焦点を定めた古都の雪景色の映像がくっきりと浮かび上ります。 (2018年02月13日 (火) 10時50分)[12457]

月番 > 義之さんありがとうございます。中八でしょうか。 (2018年02月13日 (火) 11時49分)[12471]

宜子 > 「青蓮院」は、義之さんの書かれている通り、江戸時代、天明の大火(1788年)の折に仙洞御所も焼かれ、時の後桜町上皇が一時、御所として使われたため「小御所」とされています。でも、そのような由来よりやはり「小御所の反橋」という美しさと「はだれ雪」の取り合わせで選びました。中八ではありますね。京都にいた頃、文庫本を持って青蓮院のお庭を見ながら小半刻を過ごすのが至福の時でした。 (2018年02月15日 (木) 09時55分)[12475]

千尋 > 宜子さんの解説を読んでいっそう思いました、三段切れではないですか。 (2018年02月15日 (木) 16時10分)[12483]

循子 > 中八が嫌われる理由のひとつにリズムが崩れるから、ということがあると思います。場合によって(多分音韻の関係かと思いますが)それほど気にならぬこともあり、また作品(作者)によって、敢て中八を選択することもあるようです。基本を踏まえた上で、自由に書きたいと私は思う齢になりました。掲句の中八はどうなんでしょうか。 (2018年02月15日 (木) 16時14分)[12484]

義之 > 私は、中八はほとんど気になりません。たまに見かけますが、全くダメなのは下四です。 (2018年02月15日 (木) 16時54分)[12487]

オサム > 最近、自由律俳句のグループの代表の方と話していて、「一句一律」という言葉が印象的でした。どの国もその内容に応じて最適の律があるということだと思います。個人的には、掲句ではあえて中八が最適の律とは思えないので、やはり中七にする工夫があってもいいなとは思いました。思い切って、青蓮院か、小御所か、反橋のどれかを捨てる手もあるかも…。(反橋や青蓮院のはだれ雪)(はだれ雪小御所の橋のゆるき反り)…なかなか難しいですね… (2018年02月16日 (金) 01時28分)[12502]

オサム > 上記の二行目の(どの国も)は(どの句にも)の誤りでした。 (2018年02月16日 (金) 01時35分)[12503]

孝子 > 三段切れと思うと中八はアウトとおもいますが。うえ中をきらないで続けて十四音になりますが、三段きれでないということはどうでしょうか。 (2018年02月16日 (金) 15時14分)[12511]

榮一 > 青蓮院はしょうれんいんで6音です。三段切れは青蓮院のと7音にするのを嫌ったためと思います。「青蓮院の(7音)小御所のそり橋(8音)はだれ雪(5音)」」と少し長くなりますが三段切れは解消した方が良いように思います。また小御所だけでは京都御所なども思われてはっきりしなくなります。青蓮院も小御所も言いたいのであれば粟田御所を使えばよいのではと思います。 (2018年02月19日 (月) 21時45分)[12563]

榮一 > あまり長いのは間延びして締まりのない句になるようです。ただこの句では下五で少しは緩和されているように感じます。 (2018年02月19日 (月) 21時59分)[12564]

世話人 > 作者は安田循子さんです (2018年02月20日 (火) 21時33分)[12591]
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3 薄氷の下にピエロの貌揺らぐ   投稿者:世話人 (2018年02月12日 (月) 22時01分)[12437]
   杏花 加津子 眞佐子 主宰 (5点)


月番 > ピエロの貌が揺らぐのは、作者さんの心の思いでしょうか。 (2018年02月13日 (火) 10時07分)[12444]

杏花 > 薄氷の映る自分の顔が何かに見えたのでしよう、それがピエロに思いつき表現された作者のねらいがきっとあるはずです

漠然とピエロにしたのでしようけどきっと表現できない何かといろいろ空想させられます・ (2018年02月13日 (火) 10時20分)[12446]

眞佐子 > 最初は杏花さんと同じで、薄氷に映る自分の顔かと思いましたが、薄氷の下に絵本の切れ端とかピエロの玩具があって揺らいでいたのかも知れないと思った。 (2018年02月17日 (土) 20時05分)[12534]

榮一 > 氷に閉じ込められた空気が揺れたように感じました。ピエロは自嘲的な自画像かもしれません。句柄からいえば「下」より「中」の感じです。 (2018年02月19日 (月) 22時14分)[12565]

加津子 > 道化師のピエロの哀しい顔が作者さんの心を映していると思いました。 (2018年02月20日 (火) 12時07分)[12585]

世話人 > 作者は木村オサムさんです (2018年02月20日 (火) 21時34分)[12592]
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