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タイトル:戦時中学童疎開先のお寺を検索 投稿者:大橋新也 S17年卒
さきほど、埼玉県の某学校関係者(090−540829301)からお尋ねの電話が参りました。あの大戦中、十思の五年生以下は、埼玉県にある次の二ヶ所のお寺さんに疎開していたとご返事いたしておきました。当時、私は、六年生でしたので、東京を離れませんでした。丁度、四年生の弟・隆雄は、あの三月十日の大空襲の夜は、東京に帰ってきて居りましたので、焼夷弾攻撃の恐ろしさにびっくりして防空壕で怯えていました。二年生の弟・敬三は、その時は、疎開先に居りました。従って、低学年の生徒は、空襲の恐ろしさは、全く体験しておりません。
さて、二つのお寺に疎開したと言う、そのお寺の住所と電話番号は、次の通りです。
埼玉県東松山市大字下野本662・曹洞宗「無量寿寺」0493−22−2628
埼玉県東松山市大字柏崎341・曹洞宗「萬松寺」0493−22−1369です。
さて、疎開した生徒は、たとえ疎開先に農家が沢山あるとは言え、それなりに栄養はうまくゆきわたりません。従って、蚊やその他毛虫などに刺されて、それがオデキとなり、みな苦しんで居りました。そんな時、私の父が見るに見かねて、我が家に備品としてあった、「ポータブルの太陽灯」を携えて、ほとんど毎週の様に、東上線の電車で通いつめ、オデキに太陽灯を照射して、平癒させて居りました。十分の医薬品がなかった当時ですから、それぞれの父兄保護者から大変感謝されました。以上を先ほどお問い合わせを戴いた方にお伝えいたしました。
尚、折角こう言うチャンスを戴いたので、私から双方のお寺さんにお電話いたし、改めて、当時お世話になった事のお礼を申し上げました。現在の住職は、当時の御前様のお孫さんに当たられるとのことでした。また、両方のお寺さんは、本院と末寺と云う、俗に言う親戚寺の関係だとのことでした。
[52]2010年07月17日 (土) 17時01分
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