[102] 【第二の触発】見当はずれな贖罪の歌【BIS×男悪魔】 |
- いづる - 2009年05月27日 (水) 20時38分
許されない、と思っていたし、実際にそれは許されなかった。 許されるべきでは、なかった。 だから、どんなに逃げようとしても逃れられないこの恋が、胸を押しつぶしても足りないほど、苦しかった。
>>> 見当はずれな 贖罪の うた <<<
初めて会ったのは、このギルドに加入したときだ。 彼はギルドホールで談笑を交わしていた。俺を見つけると微笑んで会釈してくれた。鼓動が高まる。 その時既に恋は始まっていたのかもしれない。俺は無愛想に頭を下げることしか、出来なくて。 二度目の鼓動はギルド戦で。自分を過信してパーティーから離れた俺を、彼はコールで救ってくれた。 支援をかけなおしながら、困ったような微笑。
『大丈夫?』
はっきりと恋を自覚した。俺は目をそらして、「ありがとう」と伝えるのが精一杯。 けど、同時に胸が軋むように痛んでいた。
今まで、パーティーには目もくれずソロばかりの生活だった。 たまに入る秘密パーティーはいつも淡白で、事務的な挨拶と事務的な回復ばかり。 優しくされたことなど、数えるほどしか無くて。
『大丈夫?』
あの穏やかな声が、頭から離れない。 あの優しい笑顔が、心を温めていく。
――――でも。
遠い遠い昔の記憶が、悪魔を蝕む。
幾度も腕前を褒められるたび、 胸が弾んだ。胸が痛んだ。 幾度も窮地を救われるたび、 思わず頬がほころんだ。思わず泣きそうになった。 幾度も微笑まれ、幾度も教えられ、与えられ、 そのたび、隠しようもないときめきと、隠すしかない重い罪悪感が一緒に生まれる。
俺たちは、俺は、お前たちを、お前を、 ―――蹂躙したんだ。 レッドストーンを求めて、自分たちの利害のために、お前たちの楽園に土足で踏み込んで荒らした。 何人も殺した。お前の友達を、俺は殺したかもしれないのに。 そしてそれを確かめる術すら、俺は持たないのに。
愛しく思えば思うほど、苦しくて苦しくて仕方が無かった。 いっそ諦めてしまえるなら、どれほど楽になれるだろうと夜毎考えるようになった。 実際、一度ギルドを離れたことがあった。助っ人を頼まれた、なんて見え透いた嘘をついて。 俺は必死でお前から距離を取ろうとしたのに、それがどれほど辛くても、俺は我慢したのに、お前は「調子はどう?」なんて俺の心配をして。 いっそ辛く当たってくれたら、どれほど楽だっただろう? 俺はただ沈痛な顔をして、悲恋に浸っていればよかった。 「頑張れ」とか、「早く帰ってこいよ」なんて言わないで。 頼むから、俺を憎んでよ。思い切り罵倒して、友を返せとなじって、この恋を終わらせてくれ。 どんなに逃げても、逃げても、自分の恋からは逃げられなかった。
そして。 俺は結局、またこのギルドに戻っている。 彼とパーティーが一緒で。顔を見るのが辛くて。 俺は余程沈痛な顔をしていたらしい。副マスターのアーチャーが心配そうに、「大丈夫?」と肩を叩く。 その一瞬、本気で泣くかもしれないと思った。それほどまでに追い詰められていた。
やがて戦は始まる。パーティーのウィザードやビショップたちは一斉に支援を始め、アーチャーや剣士は槍や盾を自身に回す。 周囲はチャージスキルで一気に騒がしくなる。 何日ぶりかの彼の支援。少し悪戯っぽく微笑まれた。笑い返そうとしてみたが、果たしてうまく笑えたのか、分からない。
ウィザードやビショップからあまり離れないように、死なないように、そんな立ち位置はとっくに覚えていた。 けど、復帰して初めてのギルド戦。俺は単独行動ばかりとっていた。彼のそばに居るのは辛かった。
そして案の定狙われる。狙われにくい悪魔とはいえ、パーティー単位でターゲットを合わせるのであればその限りではない。 彼に、自分が好かれているはずが無い。優しくしてくれるのも、きっとギルドメンバーだから仕方なく、微笑んでくれるだけで。 俺は笑った。思ったより力の無い声だった。いっそ殺して。それで楽になれるなら、もうなんだっていい。 ――――そんな、自虐的な苦しみ。
次の瞬間見えてる筈だった空。けど、一瞬で切り替わった世界に映るのは、必死な表情の彼と、仲間たちだった。
「大丈夫!?」
あの日と同じように。あの日より強く。 救われた。
「ああ、間に合ってよかった。俺から離れないで。……危ないから」
視界が揺らぐ。
「どうして……」
気が付いたら泣いていた。 彼が目に見えて狼狽するのが分かった。堪える間もなく零れた涙は、堪えることも出来ない感情を連れてきた。 だめだ、と分かっている。困らせるだけだと。だけど一度こぼれた涙は止まってくれない。 ビショップは困ったように頭を掻いた。火力たちはチラチラと好奇心の目を向けてきたが、ギルドマスターの指示でやがて再び戦闘に没頭していく。
「どうして、って」
彼が呟いて、俺は泣き濡れた顔を上げた。
「そりゃあ、す――」 「ボケっとしてんじゃ、ないわよっ!!」
反射的に口を開いたビショップの言葉を、明るい怒号と突っ込んできた槍に遮られた。 庇うように抱き寄せられて脳が灼けた。頭が真っ白になる。 砂塵の向こうから現れた敵のランサーは顔見知りのハイテンション・ガールだ。 槍を片手に仁王立ちし、目が合った瞬間にレイドで突っ込んでくる。
「ビーショーップ!だめだよー、ちゃんとパーリー見てなきゃっ」 「泣いてるハニーをほっとけないだろ?よそ見してるのはお前もだよ、ランサ」 「え、」
今、ハニーって言った? そんな思考は戦闘の喧騒にかき消される。後ろに回りこんだ俺はドローでランサーを引き寄せた。
「あーーー!ひっどぉい!邪魔しないでよ、もぉーー」 「いや、妨害が仕事だし」
レイドでビショップを追うランサーを何度も引き寄せ、そうするうちにワームが発動してランサーを捕まえた。蟲に食われたランサーが暴れる。 ビショップが逃げる時間ぐらい、稼げただろうか。そう思って目を上げるともうそこに彼の姿はなく、ややあってからまたコルされた。
*
結局ギルド戦はこちらが勝って終わり、ハイテンション・ガールには冗談のような微笑み付きで悪態を吐かれた。 単独行動に関する注意も反省会では挙げられたような気がするが、放心していて反省会の内容などろくに頭には入っていなかった。 反省会も終盤になると、各自狩りや他のギルド戦に赴くためにホールを去っていく。一人のウィザードがいなくなったのを皮切りに一人、また一人と消え始め、それに紛れて「それじゃ俺も」と帰ろうとしていたときである。
「………悪魔」
呼び止められてビクッと肩がはねた。背中を向けたまま硬直した。 怒られるのだろうか。困らせた、何度も。
「……どの?」
思わずしょうもない言い逃れが口をついた。 後ろで笑う気配がする。
「お前しかいないだろうが、悪魔は」
振り返った顔があまりに泣きそうだったからだろう、それでまた笑われる。 おいで、と手を伸ばされて、抗うことも出来ずに歩み寄った。
「…あの、俺。たくさん迷惑かけて」 「そんな事じゃないだろ。…なんで泣いた?」 「なんで、って」
あなたが余りに、優しいから。 そう言ったら、ビショップは大きく目を見開いた後、困ったような優しい笑みを浮かべる。
「そんなの、当たり前だろ。だって―――」 「ッ…当たり前なんかじゃ、」 「お前が悪魔だから?」
まさに悩みの種を言い当てられて動揺した。 ギリッと歯噛みする。どうして。 …もういい。我慢なんかしない。嫌われてしまうほうが楽だから。 自棄になった。溜め込んでいた感情が爆発した。
「……ッだって!俺は!」
ビショップを突き放すように距離を置く。 拳が白くなるほど力いっぱい握り締めて。胸のつっかえを全て吐き出すように、叫んだ。
「殺したんだ、お前の、仲間を!沢山…街も、焼き払った。沢山、沢山、壊した!俺は、」 「俺も殺したよ」
冷静な声に頬を打たれたような気がした。思考が止まる。顔を上げると目の前のビショップは落ち着いた目で、俺を見ていた。 彼が一歩、踏み出す。
「俺も殺した。あの戦争でな」
思わず一歩下がっていた。 かつての友の死に慄いたわけではない。当然のように忘れていたその事実に気づかされて、驚きが波紋のように胸に広がる。 また一歩ビショップが踏み出し、また俺は下がる。 じりじりと追い詰められている。畏怖のようなこの感情はビショップへの怯えではない。
「…仕方ないだろう、戦争なんだから」
苦笑するようにくしゃりと笑った。 お前、一体何百年前のことを気にしてるつもりだ――と続けられたとき、退がり続けていた悪魔の背がとんっと壁にぶつかった。 ビショップの影が黒く、悪魔を覆う。
「あ…」 「もう逃げられないな。どうする?」
悪戯っぽく笑われる。――ああ、その顔は反則だ。 ビショップの顔がまともに見られずにうつむく。近い。距離が。どうしよう。
「お前、ずっと俺を避けてただろう?何で?」 「何でって」
こいつはこんなに意地悪だったろうか? 遊ばれている気がするのは、気のせいだろうか。 ビショップが悪魔の頭の横に腕をついた。 解けない罪悪感と恥じらいが、悪魔を黙らせる。
「…俺が嫌いか?」 「そんなわけッ…!」
ふいに気弱な声で訊かれて反射的に顔を上げた。 目が合う。近い。僅かに身じろぎすれば、唇が重なってしまいそうなほど。
「あ……」
そのまま動けなくなった。目がそらせない。今度こそ逃げられない、と思った。…赤い瞳に魅せられて。
「…じゃあ、何?」 「ッ……!!」
耳に、息が。それはずるい。もう理性はギリギリで。 のどまでせり上がる言葉が出てこない。羞恥で顔が真っ赤に染まり、肩が震えた。
俺は、お前が。 そんなこと。
極限まで追い詰められた悪魔に、ビショップは特大級の爆弾を放った。
「俺はお前が好きなんだがな?」 「はっ…!?」
今度こそ悪魔は石になった。ビショップを凝視したまま、うそだ…、と微かな呟きがもれる。
「即否定すんな。…もう、急に泣かれてビビッたよ。そんなに俺のことが嫌いか、ってな」 「だ、だって……なんで…?」 「あー、もう、泣くなって」
滲んだ涙をぬぐわれた。見上げた顔は苦笑している。 始まりは、やはりあの戦いだったと、ビショップは話し始めた。
朗々と戦場に響く悲しい鎮魂歌。怖気を震う程のその美声。 戦場の真ん中で歌い上げるテノールに魅せられた。
「俺はお前を口説きたくて仕方なかったのに、声かけてもつれない、目も合わせてくれない、挙句の果てにわざとらしい理由で移籍。…俺は本気で悲しかったんだぞ?」 「う…」
顔を覗き込まれて言葉に詰まった。彼を避けていたのは本当だ。でも、そんな。
「おまけに今日は急に泣かれて―――」 「わ…わかった!わかったから、もう…」
離して、と消え入りそうな声で頼んだ。先ほどまでではないが、距離は依然として開いていない。 嫌だ、とビショップは満面の笑みである。 腰から抱き寄せられた。胸に顔を押し付けられて悪魔は煮上がった。 低く耳元に囁かれる。
「わかったって、何が…?」
甘い声だった。 悪魔の思考回路が爆発する。もうどうにかなりそうだ、と悪魔はぎゅっと目を閉じた。
「だ、だから…っ」
そんなに意地悪く急かさないで。答えはもう出てるから。
「お、俺も」
赤い顔で少しうつむくと、それさえ許さないと言う様にクイ、と開いた片手で顎を挙げられた。 ああ、もう、泣きそう。 ビショップの顔が近づく。悪魔は観念したように目を閉じた。
「お前が…」
好きだ。うわ言のように呟いたその声は、果たして声になっただろうか。 ゆっくりと重ねられた唇は、今までの苦しさ全てを溶かすように甘く、長い長いキスになった。
-------------------------------- あとがき うわぁあああ触発第二弾です。触発多いな私! ネタ勝手に使ってごめんなさい桃太郎様。 きび団子はいらないので、もう鬼退治でもお使いでも何でも使ってください。 攻速石いくつ要りますか?買ってきます先輩!
人見知りなのでコメント頂いても返せなくてごめんなさい。 励みになってます。また今度遊んでください。
|
|