【広告】楽天市場にて お買い物マラソン5月16日まで開催中

O.L.作品置き場

ホームページへ戻る

書き込む
タイトル:OLの二つの仕事 アクション

――仕事をサボり、課長に怒られて業務の量を増やされてはぼやく、芋まんを愛する女性社員“Office Lady”こと、明神水亜。しきし、彼女の持つ肩書き、OLとは“Office Lady”だけではなかった。果たして、その真の職名とは……。アトリエ初のオリジナル作品は、アクション風味の秘密組織モノ!?

月夜 2010年07月06日 (火) 22時37分(1)
 
題名:OLの二つの仕事(第一章)

暖かな陽射しが降り注ぐ、心地よい平日の午後。
空はほど良く晴れていて、青空に浮かぶ小さな雲が、気持ち良さそうに西から東へと流れてゆく。
既にうるさい蝉の声は消え、代わりに周囲を満たすのは、小鳥たちのさえずりによる麗美なコーラスだ。
生暖かく湿っていた肌触りの悪い風も、涼しげで爽やかなそよ風へと変化を遂げていた。
広場の周囲を埋め尽くす、かつては深緑色のみで彩られていた沢山の木々も、徐々にその葉を落とし始めている。
それらの事象全てが、灼熱の如き猛暑の終わりと、入れ違いに近づきつつある秋の訪れを告げていた。
「……ふぁ〜」
そんな広場の中央、なだらかな丘陵状となった草原の上に、ごろんと寝転がる一人の女性。
頭の後ろで組んだ腕を枕代わりに、瞳を閉じて、眠たそうにあくびをしている。
その顔付きはとても端正で、目を閉じ、口元を微かに綻ばせているにもかかわらず、どことなくキツそうな感を受けた。
頬に貼られた絆創膏が、何となく痛々しい。
身体は全体的にほっそりとしていて、なかなかにスレンダーな体型だ。
女性にしては、かなり背も高く見える。
腕や足は余り日に焼けておらず、透き通る程とまではいかなくとも、世の一般女性が羨望を抱くであろうくらいの白さは保っていた。
制服に身を包んでいるにもかかわらず、何故かその上には紺色の大きなコートを羽織っているのが、どことなく気にかかる。
そして何より、彼女という存在を一層印象付けているのは、その青く緩やかな長髪だ。
腰の下ほどまで伸びたその髪は、地に座れば容易に大地と接してしまうだろう。
髪を彩るその青は、深海の如き濃厚な青ではなく、澄みきった青空の青だった。
空色と表現してもいいかもしれない。
そう、ちょうど今日のような。
「だんだんと、過ごしやすくなってきたわね〜」
誰に言うという訳でもなく、彼女はのほほんと呟いた。
まだ、些か少女っぽさの残った、いたいけな感じの声だった。
枕代わりにしていた腕を片方だけ持ち上げ、自然と目尻に浮かんだ涙を拭き取る。
「み〜ちゃ〜ん♪」
と、不意に、このような明るい午後のワンシーンにおいても、まだ多少の場違いささえ感じられるほどに明朗とした声が、どこかから聞こえてきたような気がした。

――……気のせいってことにしておくか。

何となくダルいので、とりあえずスルーしてみる。
だが、その程度でやり過ごせるなら、彼女とて苦労はしない。
「見〜つけたっ♪」

――ボスッ。

歓喜の声と共に、体にのしかかる柔らかな重み。
……毎度毎度のことではあるけれど、どうやらいつまでもシカトを決め込んではいられなさそうだ。

――……はぁ。

心の中で一つ溜め息。
「何よぉ……人がせっかく初秋の安穏とした一時を満喫してるっていうのに……」
人の許可なく体の上に覆い被さる無礼者に、彼女―明神水亜(あけがみみあ)は、口を尖らせながら声を掛けた。
「何言ってるのよ〜。ついこの間まで、“あぁ、もう夏も終わってしまうのね……”とか言ってた癖に」
水亜の体の上からどこうともせず、欠片たりとて似てもいない口真似をするのは、無礼者こと彼女の同僚の高礼絢音(こうらいあやね)だ。
背丈は、一般女性の平均より少し小さいくらいだろうか。
人なつっこい丸い瞳とあどけない少女のような顔立ち、それに後頭部で結わえた薄い緑色の髪が、何とも特徴的だ。
そのスタイルは、スレンダーな水亜とは対照的、且つ幼さの残る顔付きからは意外なくらい、出すところはしっかりと出した、なかなかのナイスバディ。
「あの時はあの時。今は今よ」

月夜 2010年07月06日 (火) 22時38分(2)
題名:OLの二つの仕事(第二章)

その顔に似合わずダイナミックな体を押し退けながら、水亜は重々しく上体を起こした。
それと同時に、上空のみを見つめていた彼女の視線が水平になる。
そこに映る数多の人々。
広場のベンチに座り込み、のほほんと時を過ごしている人から、両手に買い物袋をぶら下げて、犬の散歩をしている人まで、その過ごし方は人それぞれだ。
広場の向こう側に見える歩道には、携帯で話しながら、せかせかと時計を確認する営業マンや、学校を抜け出しでもしてきたのか、制服姿で堂々と闊歩する数人の学生の姿も認められる。
更に奥の車道は、忙しそうにすれ違う車の往来で満ち溢れていた。
両腕を高々と掲げ上げると、水亜は全身を使って思いきり背伸びをした。
しばらく動かしていなかった体を、程良い刺激が駆け抜ける。
「それに、秋を満喫するのは良いけれど、もうとっくにお昼休みは終わっちゃってるよ?」
ぶっきらぼうに体を退けられた絢音が、うつ伏せに寝転んだままの体勢で問いかける。
「……そう言うあんたこそ、なんでこんなとこで油売ってんのよ」
「課長に言われたの。“誰か、あのあばずれじゃじゃ馬OLを連れ戻してこ〜いっ!”……ってね」
悪びれる様子もなく、やっぱり全然似てない口真似をしながら、絢音が膝から下を上下に動かす。

ほぅ?
あの無駄な中性脂肪の塊のような役立たず課長が、あばずれやらじゃじゃ馬やらと、暴言暴挙の限りを尽くしていたのか?
……この私に対して?
……なるほど。
更年期障害と闘う前に、私に打ちのめされることを所望なさるか。
いつの日か、こってりとシメてやらねばなるまい。

「……それで、サボりが増えてちゃ世話ないわね」
そんな思いを胸に抱きつつも、水亜はそれを決して口に出すことはなく、うんざりとした口調で、どこからどう見ても仕事に戻る気皆無な絢音に向かって呟いた。
「まぁまぁ。細かいことは気にしない気にしない♪」
絢音が相変わらずの口調で応える。
……いつものことと言えばいつものことだが、話し方からその一挙一動まで、こいつは何だかぽやぽやとしていて掴みにくい。
表現しにくいのだが、相手のベクトルというものを、良い意味で受け流すのが得意なのだ。
どんなに敵意や悪意を持って接したとしても、絢音を前にして当初の勢いを保てる人間など、盲目盲聴か、さもなくば余程の変人くらいのものだろう。
まぁ、そんな特技でもない限り、水亜の親友を務めるなどという芸当、到底出来るはずも無いのだが。
「にしても、ホント気持ち良いよね〜。このまま寝ちゃいそう……」
「コラコラ。眠たそうに目を閉じないの」
気持ち良さそうに瞼を閉じる、絢音の頬を左右に引っ張る。

おっ。
ふにゃふにゃしていて、なかなか良い感触だ。
ふにふに。ふにふに。
……何だか楽しくなってきたぞ。

「ふにゅ〜、いひゃいよ〜」
「だからってあんた、このまま放っておいたら、間違いなくここで爆睡するでしょうが」
柔らかな頬を、引っ張りこねくり回す。
「あ、明神せんぱ〜い!!」
と、そんなことに夢中になっていた水亜の耳に、突如として聞き慣れた声が聞こえてきた。
その声がした方へと首を捻る。
こちらへと走り寄る一つの人影。
短い金髪を上下に揺らしながら、駆け足でこちら近づいてくるにつれて、その容姿が明らかになる。
それなりに端正の整った顔立ち。
だが、それは精悍という表現では些か語弊を生じるだろう。
ハンサムと言うよりかは可愛らしいと言う方が適切だ。
だからという訳でもないのかもしれないが、着込んだスーツが余り似合っていない。

月夜 2010年07月06日 (火) 22時39分(3)
題名:OLの二つの仕事(第三章)

彼の醸し出す雰囲気に相反していて、水亜は日頃から妙な違和感を感じていた。
だからといって、彼とてサラリーマンをやっている以上、スーツを着てくるなと言う訳にもいかない。
いつか、お子様用のパジャマでも着せてやろうと、密かに目論んでいたりするのは、水亜の中だけの秘密だ。
「あんたね〜。ここは高校の部活じゃないんだから、先輩はやめなさいって言ってるでしょう」
彼――守哉聖(もりやさとる)が近くまで来るのを待ってから、水亜は呆れ混じりに口を開いた。
「でも、俺が“明神さん”って呼んだら、何か知らないけど怒りますよね?」
「当たり前よ。“明神様”と呼びなさい」
「分かりました、せんぱい♪」
聖が朗らかな笑顔を浮かべる。
「はぁ……」
出るのはまたもや溜め息。
こいつもこいつで、絢音と似通った一種独特の雰囲気を持っている。
体のどこかしらから、α波でも放出してるんじゃないだろうか。
「あ、そうそう」
何かを思い出したのか、聖が手を叩きながら水亜の方へと向き直った。
「先輩、今度は一体何をやらかしたんですか?」
聖が興奮気味に問いかけてくる。
心なしか輝いて見えるその瞳は、好奇心で満ち満ちていた。
「は? 一体何のこと?」
そんな彼の唐突な問いに、水亜は首を傾げた。
何だろう?
何か、バレたら都合の悪い情報でも流出したのだろうか?
課長の引き出しの中のボールペンの芯を、全部使えないやつと入れ替えたことか?
それとも、今朝課長の鞄の中に入れた、奥さんの機嫌を逆撫でするための甘ったるいラブレターか?
いやいや、もしかすると、課長のパソコンをハッキングしたのがバレたのかもしれない。
……ふむ。
こうして改めて思い返してみると、今までどれだけの悪行をはたらいてきたかが良く分かる。
これらの極秘情報を知っているのは、主犯の私を除けば、後はあそこのふにふに女しか知らないはずだ。
「……」
水亜が眦を釣り上げ、無言のまま絢音を睨み付ける。
「……!!」
その言わんとしていることを察したのか、絢音が両手を前に突き出しながら、首をぶんぶんと左右に振り回す。
どうやら、こいつが課長に情報をリークしたという訳ではなさそうだ。
じゃあ一体誰が?
……と、そんなことに思いを巡らしている水亜の隣で、
「だって、社長に呼び出されてるんでしょう?」
聖は不思議そうに口を開いた。
「え? 社長が?」
水亜は思わず問い返した。
「あれ? 知らないんですか? さっき課長がぼやいてましたけど……」
聖は言いながら後ろを振り返った。
その瞳の中に、そびえ立つという表現のまさにそのままに、荘厳と空へ伸びる高層ビルの姿が映し出される。
水亜達の勤める会社は、この中にあった。
だが、このビル全てがそうという訳ではない。
その中の数フロアを借りてやっている、こじんまりとした中小企業だ。
それでも、最近は経営も軌道に乗り始め、今年はボーナスも出るという話で賑わっていた。
かく言う水亜も、既に絢音とバーゲンに行く約束をしていたりする。
「な〜んだ。呼び出しって社長からか〜」
何でもないかのように、水亜はあっけらかんと呟いた。
「え? な〜んだって……社長に呼び出されてるのに……」
「み〜ちゃんは、おじいちゃんとはマブダチだからね〜」
絢音が楽しそうに言った。
何故か、マブダチの部分をやけに強調しながら。

――何を呑気なことを……。

水亜が内心密かに毒付く。
まぁ、彼女にとって、社長に呼び出されるということが、一体どういうことであるかを知らない以上、仕方のないことと言えば仕方がないのだが。
「おじいちゃん?」
「ん? あんた知らないの? ここの社長、こいつのおじいさんなのよ」
不思議そうに眉をひそめる聖に向かって、水亜は絢音を指差しながら言った。
「へぇ〜。そうだったんですか〜」
感嘆混じりに呟く聖。
同じ名字なのだから、普通気付くと思うのだけれど……。
「……まぁいいや。それじゃ、ちょちょいと行ってくるわね」
水亜はその場に立ち上がると、頬に貼った絆創膏を無造作に剥がした。
それを丸めて、コートのポケットの中に適当に放り込む。
「行ってらっしゃ〜い♪」
「失礼のないようにして下さいね〜」
依然として草原に寝そべったままの絢音と、その隣に座り込む聖に向かって、後ろ手に手を振りながら、水亜はゆったりとした足取りでビルの方へと歩みを進めた。

月夜 2010年07月06日 (火) 22時39分(4)
題名:OLの二つの仕事(第四章)

――コンコン。

木製のドアを叩く乾いた音が、社長室前の静かな廊下に反響する。
「明神です」
「入りたまえ」
扉越しに返ってくる声。
「失礼します」
扉を開き、水亜は頭を下げながらその奥へと足を踏み入れた。
途端、空気が変わる。
重々しい……とはまた少し違う妙な緊張感で、その部屋中が満たされていた。
塵一つと落ちていない、高級感溢れるカーペットや、周囲の壁に掛けられた厳かな額縁。
それに、部屋の隅に置かれた見るからに年代物の壷など、それら全てがこの空間に漂う緊張をより助長していた。
静かに扉を閉め、前方へと向き直る水亜。
光を反射し、眩い光沢を放つ横幅の広い机が視界に映る。
その机上は清潔を保たれており、数冊の本といくつかの資料、それにガラス製の灰皿以外、何一つと置かれていない。
こざっぱりとしていて、無駄な装飾が無いとでも言えばいいのだろうか。
「よく来てくれた」
その奧に位置する背の高い椅子に座し、威厳のある声で水亜に語り掛ける初老の人物。
口周りに髭を生やし、顔にはいくつかシワが寄ってはいるものの、その隆々とした力強い筋肉と、生命力に充実した輝かしい瞳は、まだまだ老いを感じさせない。
そう、彼こそ、この会社の社長であり、高礼絢音の祖父でもある人物――高礼嘉治(こうらいよしはる)だ。
「また“仕事”ですか?」
問いかけながら、水亜は部屋の奥へと歩みを進めた。
「いや、まだ君の“仕事”になると決まった訳ではない」
近場の引き出しの中から、クリップで止められた数枚の資料の束を取り出すと、嘉治はそれを水亜へと差し出した。
「……」
手渡されたそれを、水亜が無言のまま見つめた。
文章と共に、いくつかの顔写真が貼られている。
「……これは?」
ページをぱらぱらと捲りながら、水亜は微かに目を細めた。
「国際的なテロ組織だ。テンプル騎士団の末裔を自称する、典型的な宗教テロ団体だな」
嘉治の口から簡潔な説明がほどこされる。
なるほど。
確かに良く見てみれば、顔写真の中に僅かに映った肩の部分には、十字の端が少し広がった、独特な形状の赤い十字架―ペタ十字と呼ばれるシンボルマークが刻まれている。
「まぁ、その所在がまだ判明していない以上、君が担当することになるか、それとも他の“O.L.”が担当することになるかは、今のところはっきりとは分かっていない」
あくまでも可能性の範囲で考えてくれ、と付け足しながら、嘉治は椅子にもたれかかった。
ここで彼が言った“O.L.”とは、無論“Office Lady”、女性社員の意ではない。

“Officer of Lethal”

通称“死の公務員”

極秘裏に設置された特別扱いの役職で、警察のさらに上に位置する保安のための特殊公務員だ。
法の激しい縛りを受けた警察では、対処することが出来ない残忍な事件の増加を憂い、半世紀ほど前から計画されていたもので、国の基盤を揺るがしかねない大事件に対して、その芽を未然に摘み取るのが、彼らに課された主だった仕事だ。
“任務の障害となるあらゆる事象に対して、その一切の排除を認める”という特権が、彼らには国から与えられていた。
……それはつまり、その肩書きが示す通り、合法的に人を殺すこともできる、いわば殺しのライセンスを所持しているという意味でもあった。
現在では全国に50人程のライセンス所持者がいるそうだが、未だそれは水面下にひた隠されており、公の場には明かされていない。
そして、何を隠そう“O.L.”第一号の人物こそ、明神水亜その人だ。

月夜 2010年07月06日 (火) 22時40分(5)
題名:OLの二つの仕事(第五章)

言うまでもないことだが、国が殺しを許可するほどなのだから、誰もが“O.L.”になれるという訳ではもちろんない。
華奢でか細く見えるその体格からは、到底伺い知ることはできないやもしれないが、実は彼女も相当な数の修羅場をくぐり抜けてきている。
結構生傷が絶えないのだが、大雑把な性格のおかげと言うべきかせいと言うべきか、あんまり気にされてはいない。
その方が、言い訳を考えなくて済む分好都合だから、それはそれで別に構わないのだけれど。
「……しかし、見たことのない顔ばかりですね」
渡された資料に一通り目を通した後、水亜はそれを机の上に置きながら呟いた。
「国際的とは言え、まだそこまで派手なテロ行為ははたらいていないからな」
応えながら、嘉治はシガレットケースから巻煙草を一本手に取った。
無論、義治とて只の中小企業の社長であるはずはない。

“特命武装安全理事会”

これも表向きには発表されていない、極秘裏の国家機関だ。
警察では対応出来ない事件に対して、どのように動くかを決めるのが仕事だ。
水亜のような“O.L.”を、いつ、どこに派遣するかを決める、いわば“O.L.”達の司令塔のようなものと考えてもらえれば、それで差し支えはないだろう。
「君が知らないのも無理はない」
その巻煙草を口にくわえ、懐から高そうなジッポを取り出すと、もう片方の手で覆い隠しながら火を点ける。
たちまち、立ち上る白い煙が部屋中を包み込んだ。
「とりあえず、今のところは待機ということですね」
「そうだ。いつでも出れるよう、心構えだけは怠らないように頼む」
そう告げると、嘉治はまだ半分も吸い終わらぬ内に、くわえていた巻煙草を灰皿の上で揉み潰した。
「承知いたしました。それでは、私はこれで……」
「あぁ、明神君」
退室しようと踵を返した水亜を、嘉治の声が呼び止めた。
「何でしょう?」
青い長髪を翻しながら、水亜が背の方を振り返る。
その視界に映る、どことなく柔和な嘉治の表情。
そこに、先ほどまでの威圧混じりの威厳は湛えられていなかった。
「……絢音はどうしてる?」
「相変わらず、はっちゃけてますよ」
嘉治の問いかけに、水亜は朗らかな笑顔で答えた。
「そうか……」
嘉治が呟く。
微かに綻んだ口元が、どんな言葉よりも雄弁に、その心の内を物語っていた。
これは絢音から聞いた話だが、最近、余り二人は会っていないらしい。
何やら、複雑な家庭内の事情により、会いに行くこともままならないらしいが、そこまで詳しい要因は水亜も知らなかった。
まぁ、社内では社長と一社員の関係である以上、そうそう会えることもない。
第一、会ったとしても、他の社員の見ている手前、そんなに親しげに話す訳にもいかないだろう。
気の毒だとは思うが、こればかりはさすがにどうしようもない。
「何か、言伝をお預かりしましょうか?」
水亜が問いかける。
嘉治が絢音のことについて尋ねた時、いわば社長室を訪れた時の恒例行事の一つだ。
「そうだな……体には気を付けるように、とだけ伝えてもらえるかな」
ほんの少しの思考の後、嘉治は軽い口調で答えた。
これもまた、いつもと何ら変わらぬ答えだ。
「分かりました。ただ、元気の塊みたいな娘ですから、ご心配には及ばないと思いますよ」
「昔から、元気だけが取り柄だったからな」
「そんなこと言うと、絢音が怒りますよ?」
「なら、そこだけは言伝から外してもらおうか」
「ダメですよ。しっかりと伝えさせてもらいますから。それでは、私はこれで失礼します」
などという短いやり取りを終えると、水亜は微笑みながら頭を下げ、静かに社長室を後にした。
「……」
一人になった空間の中で、嘉治はシガレットケースから再び巻煙草を取った。
口にくわえ、火を点ける。
深々と息を吸い込み、煙を惜しむようにゆっくりと吐き出した。
「……ふぅ」
小さく溜め息を付く。
煙が昇っていく天井を見つめながら、嘉治は口元に微かな笑みを浮かべた。

月夜 2010年07月06日 (火) 22時41分(6)
題名:OLの二つの仕事(第六章)

「ただいま〜っと」
玄関の扉を開き、誰もいない一軒家の奥へと声を放ちながら、水亜はその中へ足を踏み入れた。
自分の声だけが、暗闇に抱かれた空間で幾重にも反響する。
手探りで明かりを探し、そのスイッチを入れた。
電気による人工的な光が、暗黒による支配をかき払う。
水亜は揃えて靴を脱ぐと、真っ先に階上の自分の部屋へと向かった。
明かりを点ける。
光にその姿を晒される、装飾度の薄い殺風景な部屋。
窓は常にカーテンが閉まっており、周囲の壁には何も掛かってはいない。
ベッドの他にあるものと言えば、簡素な味気ないクローゼットと、数冊の本しか入っていない寂しい本棚、それにシンプルな作りのタンスがあるくらいだ。
着ていたコートを乱雑に脱ぎ捨てベッドの上に鞄を放り投げた後、次いで我が身をその上に横たえる。
枕元の目覚まし時計を掴み取り、今の時を確認する。
曜日は“Fri”を、そして時刻は、既に夜の9時を回っていた。

――あんのうすらデブの肥満課長め〜!!

握り潰さんばかりに時計を鷲掴みにし、水亜は心の中で悪態をついた。


あれから、社長室を後にし、自分の職場へと戻った水亜を待っていたのは、机の上に置かれた大量の仕事だった。
一体何事かと思い、しばらく呆気に取られていた水亜だったが、その理由は、彼女に耳打ちをする絢音の囁きですぐに判明した。
「み〜ちゃんの今朝のいたずら、課長にバレちゃったんだよ」
……なるほど。
自分の机に積み重ねられた、今にも倒壊しそうな資料の山を見つめる。
それでこの仕打ちか。
まぁ、それなりのリスクは覚悟していたが、まさかこんなにあっさりと見付かるとは思ってなかった。
せっかく、退屈な家庭内に、修羅場という名の新鮮な風を吹かせてやろうと思っていたのに……。
「それじゃあ、み〜ちゃん頑張ってね〜♪」
「……ねぇ、私達、親友でしょ?」
笑顔のまま立ち去ろうとする絢音を、水亜は含みのある声音で引き止めた。
「うん。そうだよ〜」
絢音がこちらを振り返りながら答える。
よしよし、いい子だ。
「なら、手伝ってくれるわよね?」
「それはダメ〜」
絢音は笑みを崩すことなく即答した。
「なんでよっ!」
水亜が声を荒げる。
前言撤回。
全然いい子じゃない。
「それはそれ、これはこれだよ。私だって、まだ自分の仕事終わってないもん」
そう言い残し、自分の机へと去り行く彼女の背中を見つめながら、

――ちっ、使えない奴め……。

と、水亜は心の中で舌打ちをした。
周囲を見渡す。
……が、誰一人としてこちらと目を合わせようとはしない。
なんて薄情な連中だ。

――ガチャ。

不意に響いた扉の開く音に、水亜は入り口の方へと視線を向けた。
そけには、片手に茶封筒を抱え、もう片方の手にコンビニの袋をぶら下げた、聖の姿があった。
その視線が、何気なく水亜の方へと向けられる。
「あれ? どうしたんですか、先輩のその仕事の量」
聖が訝しげに問いかける。

――……ちや〜んす♪

水亜は心の中で妖しい笑みを浮かべた。
飛んで火に入るなんとやらとは、まさにこのこと。
「酷い課長に大量の仕事を押し付けられちゃったのよ〜。聖君は、そんな水亜のことを見捨てたりしないよね?」
こちらへと歩み寄る聖に向かって、水亜は胸の前で手を合わせ、上目遣いに猫撫で声で問う。
「えぇっ!? そ、そんなこと言われても……」
聖が困惑したように自分の机へと目線を送る。
そこに乗せられた資料の束。
水亜のものほどではなかったが、それでもなかなかの量だ。
まぁ、だからといって見逃してやるつもりなど毛頭無いが。
「……ダメ?」
瞳を潤わせて、首を傾げながら聖を見上げる。

月夜 2010年07月06日 (火) 22時42分(7)
題名:OLの二つの仕事(第七章)

私だって、やろうと思えばこれくらいのことは出来るんだから。
「……み〜ちゃん……なかなかやるわね」
遠巻きから、絢音の感嘆を含んだ声が聞こえてくる。
当たり前じゃない。
可愛らしさは、あんたの専売特許って訳じゃないのよ。
「う……で、でも……」
狼狽えながら、聖が自分の机と私の眼差しを見比べる。
見たところ、かなりの心の迷いが感じられた。
よしよし、もうあと一押しで……。
「くぉらぁ! 明神ぃっ!」
そんな水亜の目論見をぶった切るように、職場中を大きな怒声が響き渡った。
音源へと目を向けずとも、その声が誰のものかくらいは直ぐに分かった。

――あ〜ぁ、うるさいのが戻って来たなぁ……。

口には出さず、内心密かにぼやく。
「自分で撒いた種だろう。他人に押し付けようとするんじゃない」
「だからって、この量は余りにも酷いですよ」
「なら、既婚の上司の鞄に、心にもないラブレターを忍ばせるのは酷くないのか?」
「う……あ、あはは。や、やだなぁ、お茶目なジョークじゃないですか〜」
返す言葉に詰まり、乾いた笑い声を上げる水亜。
「そういうジョークが通じない相手なことは、一度会ったことのある君が一番良く分かっているだろう」
課長はこみかみを押さえながら、呆れたように呟いた。
そう、実は、水亜は以前に一度だけ、彼の奥さんと会ったことがあるのだ。
ある日、仕事も終わって、珍しく課長と肩を並べて社を後にした時だった。
同じく、珍しいことに彼を迎えにきた奥さんと会ったのだ。
いつも旦那がお世話になってます、と低姿勢で頭を下げる彼女に、

「はじめまして。彼の愛人をやらせてもらっている、明神水亜と申します」

……などと、勝手に腕組みをしながら言ったのが、多分まずかったのだろう。
無論冗談のつもりだったし、奥さんにも通じるものと思っていたのだが、どうやら相手を間違ったらしい。
あの時の彼女の眼差しの豹変ぶりと、課長の血の気の引いたような青白い表情が、今でも鮮明に思い出せた。
翌日、彼が心身共にズタボロな様子で出社してきた時、初めて心の底からの謝罪というものをした気がする。
「……とにかく、これは君が自分の力でやり遂げるように」
「……は〜い」
肩を落とし、仕方なしに頷いた水亜を見てから、課長は自分の机の方へと戻っていった。
「先輩、残念でしたね」
水亜の傍に立ち尽くしたまま、安堵の笑みを浮かべる聖。
ちっ……命拾いをしたな、少年。
「……ところであんた、今まで何やってたの?」
「実は、午前中に回った営業先に、その時持って行ってた資料を忘れてしまいまして……」
苦笑いしながら、片腕に抱えた茶封筒に目を落とす。
「ふーん……で、その右手に吊されたコンビニの袋は何?」
「あぁ、これは高礼さんに頼まれたピザまんを……」
「サトちゃん! 余計なことは言わなくていいの!」
そんな聖のすぐ傍にやってきた絢音が、返答を遮りつつその手からコンビニの袋をふんだくった。
こういう時だけは素早い奴だ。
「あれ?」
ごそごそと袋の中を漁る絢音の口から、微かな驚きの声が上がった。
「サトちゃん、これ何?」
そう言って、絢音が袋の中から紫色の中華まんを取り出す。
それが一体何であるか、水亜の目には一目で分かった。
おぉっ!
あの特徴的な紫色の生地は!
間違いない。
私がこよなく愛する、紫芋をふんだんに使用した、愛しの芋まんではないか!
数ある中華まんの中から、こいつをチョイスするとは……聖もなかなか良いセンスをしている。
「あ、それは、先輩が大好きだから、買ってきてあげようかなって」
「……え?」
思いもよらなかったその言葉に、水亜の動きが一瞬硬直する。

月夜 2010年07月06日 (火) 22時42分(8)
題名:OLの二つの仕事(第八章)

「これ、私に?」
湯気の立ち上る芋まんを受け取りながら、水亜は思わず問い返した。
両の掌を暖かい刺激が包み込む。
「えぇ。先輩、好きでしょう?」
「あ、あぁ……ありがとう」
おぉ〜っ!
嬉しいことをしてくれるではないか!
いつもは生意気なその笑顔も、今日は心なしか可愛らしく見える気がするぞ!
芋まんにかぶりつく。
口中に広がるほのかな甘味。
紫芋の練り込まれた芋風味の生地が、その甘味をより一層引き立てている。
うむ。
やはり、中華まんと言えば、芋まんしかない。
「ねぇねぇ、先輩」
「む?」
そんなことを再確認していた水亜に、聖が声をかけた。
目の前に差し出された彼の手。
「……?」
その意図するところが分からず、芋まんをくわえたまま、水亜が不思議そうに首を傾げる。
次の瞬間、彼の口から放たれた言葉に、全てが合点いった。
「税込み126円になりま〜す♪」
「……は?」
水亜の口から間の抜けた声が漏れる。
その言葉の意味を理解するまで、少し時間を要した。
こいつ……まさかとは思うが、私にこの芋まん代を請求しようというのか?
そのまさかであることは、その後すぐに判明した。
「食べっぱなしは良くありませんよ? 先輩」
「そーよそーよ。私なんか、お使い代合わせて200円もあげたんだから」
聖と絢音が、口々に言い張る。
「……子どものお使いじゃないんだから……」
心の内の呆れを隠すことなく、水亜は小声で呟いた。
とりあえず、先ほどまでの喜びが急速に冷えてゆくのを、水亜は自分でも感じていた。
……何だか、妙に腹が立ってきたぞ。
「……」
水亜は、無言のまま手の中の芋まんを見つめると、乱雑にそれを自らの口の中に詰め込んだ。
喉を鳴らし、一気に飲み込む。
「……ごちそうさま」
ぶっきらぼうに言い捨てると、水亜は椅子から立ち上がった。
「あれ? 先輩、どこ行くんですか?」
「お手洗いよっ!」
捕え所の無い原因不明の怒りを胸に、水亜は荒々しくオフィスを後にした。
バタンッ、という扉の閉まる大きな音がこだまする。
「み〜ちゃん、どうしたんだろ?」
「さぁ……」
そんな水亜の怒りを孕んだ背中を、二人は首を傾げながら見送るのだった。


「……」
そこまで思い返してから、水亜はベッドの上に体を起こした。
腕を伸ばし、つい先ほど床に放り捨てた紺のコートを拾い上げ、その懐から3丁の銃を取り出す。
かなり大型のリボルバーを2つと、昔から愛用しているハンドガンを1つ。
ベッドの下に手を伸ばし、工具箱のような小さいケースを引っ張り出した。
「さて、と」
手首の関節をほぐしてから、水亜はリボルバーの内の一丁を手に取った。
ケースの中から、何やらドライバーらしきものを手に持ち、慣れた手付きでそれを分解してゆく。
弾倉の部分だけを取り外すと、その中から銃弾を抜き取り、綿棒みたいなものを用いて、その内部に付いた埃などを取り除いていった。
汚れを取った後は、分解した時と同じ要領で素早く銃を組み上げる。
撃鉄が正常に動くかどうか、引き金を引く時に、妙な抵抗や違和感は無いか。
慎重に、だが手際良く動作確認を行う。
同じようにして、もう一丁のリボルバーも、掃除の後に点検を行った。
……ふむ。
どうやら、何も問題は無さそうだ。
そのことを確認してから、水亜は元あったコートの懐へと、その二丁のリボルバーを戻した。
入れ違いに、長年愛用しているハンドガンを手に取った。
オーストラリアのグロック社が開発した、その社の代名詞的なハンドガン―グロック17だ。
その名が示す通り、装弾数が17発と、ハンドガンにしては多い弾数を売りにしている。
また、安全性にも優れており、セーフティの機能は全世界でも上位に位置する。
ジャム(弾詰まり)を起こすことも少ないので、使い易くて勝手がよい。
何より、劣悪な環境に晒されても、そう易々とは壊れない耐久性がある。
特筆的な能力は無いものの、決して持ち主の気持ちを裏切らない銃。
そんな性格を気に入り、水亜は長年このハンドガンを相棒として使ってきていた。
軽く水平に構える。
長きに渡り慣れ親しんできた銃だ。
それだけで、何も異常が無いことくらいは直ぐに理解出来た。
「……うん」
水亜は小さく笑みを浮かべ、満足げに頷いた。
銃を腰に差し込み、ゆっくりとベッドから立ち上がる。
タンスの一番上の引き出しを開け、その左隅から大きめのガウンを取り出す。
着やすく暖かいというだけの理由で、水亜の寝巻き兼部屋着はいつもこれだ。
「明日は休みだし、今日一日の疲れと嫌なことは、今日の内に洗い流すとしますか〜」
そんなことを口にしながら、折りたたまれたガウンを抱えて、水亜は風呂場へと向かうのだった。

月夜 2010年07月06日 (火) 22時43分(9)
題名:OLの二つの仕事(第九章)

明後日、日曜の午後。
近場のショッピングモールにある、比較的大きな洋服屋。
その前に立てられた看板には、バーゲン中という売り文句が、赤い文字色ででかでかと標記されている。
そのすぐ下に記された、“赤字覚悟の大売出し!”という文章。
良く見かける類の言葉だが、こういった客寄せ文句を見る度、


――赤字になるような経営を、一体どこの馬鹿がやるというのだろう?


などと考えてしまうのは、果たして作者だけなのでしょうか?

……まぁ、それはさておき。
「う〜ん……」
小さくうめきながら、洋服屋を後にする一人の人影。
それは、一昨日と同じく紺色のコートに身を包み、小さな鞄を肩からぶら下げ、顔をしかめる水亜の姿だった。

――やっぱり、バーゲン品から自分の欲しいやつを見つけられる程、世の中甘くないんだな〜。

心の中で不満げにぼやく。
毎度毎度のことではあるが、バーゲンやらセールやらという言葉を聞く度に、ついつい見に来てしまう。
それが、大抵間違いであることは、今までの経験から彼女自身が一番良く分かっている。
まぁ、安いだけあって、そうそう良質な品など見つからないことくらい、承知の上ではあるのだが。
それでも、たまに見つかる掘り出し物目当てで、どうしても足を運んでしまうのだ。
「……」
ふと、後ろを振り返る。
その目に映る、客寄せのための字句が、無数に散りばめられた看板。
脳裏に蘇る、セール品用カゴの中に積まれた洋服たち。
それらのおよそ7割〜8割が中国製品であることを、水亜は何度とない似たような経験から知っている。
「……赤字にする気なんか、さらさら無いくせに」
苦々しげに言い捨てた。


……ふむ。
どうやら、疑問を抱いていたのは作者だけではなかったようです。


「うわああぁん!!」
「ん?」
と、不意に響いてきた大きな泣き声が、水亜の意識をそちらへと向かせた。
そこに立ち尽くし、鼓膜を破らんばかりの大声で号泣する、一人の小さな男の子。
多分、年の頃はまだ一桁……おそらく、小学校低学年くらいだろう。
その傍らに、居なければならないはずの保護者の姿は見えなかった。
親とはぐれたであろうことは、状況から容易に判断できた。
「わああぁん!!」
自らの存在を主張するかのように、より一層声を張り上げる。
だが、未だ彼の求める人影は、付近にその姿を現す気配すらない。

――……仕方がないわね〜。

口元に小さな笑みを浮かべて、水亜はそんな男の子の傍へ歩み寄った。
「ボク、どうしたのかな?」
しゃがみ込み、視線を彼と水平な位置へともってきながら、優しく包み込むように声を掛けた。
その声に、男の子がうつ向かせていた顔を持ち上げる。
潤んだ瞳は、涙の余り赤く充血していた。
「ひっく……っく……お母さんと……はぐれちゃって……」
喉を鳴らし、途切れ途切れに言葉を繋げる。
よほど寂しかったのか、その両手は、いつしか水亜のコートの裾を固く握り締めていた。
小刻みに震える小さな手が、孤独からくる恐怖に苛まれていた彼の心境を、何よりもよく体現していた。
「そっか。お母さんとはぐれちゃったんだ。それじゃあ今から、お姉さんと一緒に、お母さんを探しに行こっか?」
その小さな頭を撫でながら、水亜はなだめるように微笑んだ。
「……」
その男の子は、無言のまま頷いた。
痛いくらいに握り締めていた手を離し、目頭に溜まった涙を拭き取る。
「よし。そうと決まったら……」
立ち上がろうと、水亜が自分の両膝の上に手を置いた、ちょうどその時、
「智樹!」
遠くから聞こえてきた誰かの声に、水亜は膝を伸ばしながらその方へと目を動かした。

月夜 2010年07月06日 (火) 22時43分(10)
題名:OLの二つの仕事(第十章)

駆け足でこちらへと走り寄る、一人の女性の姿。
「あ、お母さん!」
その言葉で、彼女がこの男の子の母親であることは、すぐに理解できた。
「もう! 急にいなくなっちゃって、心配するでしょ!」
男の子の両肩を掴み、母親が声を荒げる。
そこに含まれる明確な怒り。
だが、それ以上に大きな安堵と愛情が、声の端々から感じ取れた。
唐突に、彼女の眼差しが、すぐ傍らに佇む水亜に向けられる。
「すいません、ご迷惑をお掛けしてしまって……」
こちらへと向き直り、母親が丁寧に頭を下げた。
「いえいえ、そんな迷惑なんてことは……。良かったね、お母さんが見つかって」
「うん! ありがとう、お姉ちゃん!」
水亜の微笑みに、その男の子が満面の笑顔で応える。
それは、見ているだけで心が洗われるような、純粋で澄みきった天使の笑顔だ。
本来、子どもは生意気だから嫌いなのだが、こういう素直な子を見ると、子どもというのも案外悪くないと思えた。
「本当にありがとうございました。それでは、私達はこれで……」
もう一度だけ礼を告げてから、母親は男の子の手を引いて奥の方へと歩き出した。
「バイバ〜イ! お姉ちゃ〜ん!」
「バイバイ♪」
母親に引き連れられながら、腕を大きく振って別れを告げる男の子に、水亜は心からの笑顔で応えた。
次第に小さくなっていく二人の後ろ姿。
それが、人混みに紛れて見えなくなってしまうまで、水亜はただじっと見つめていた。
「……子どもかぁ」
何気なく呟くと、水亜は踵を返して、ショッピングモールの出入口へ歩みを進めた。
何も良い買い物は出来なかったが、気分はすこぶる良かった。
お金では買えない安らぎなんてものも、たまには良いものだ。
そんなことを考えながら、外界と店内を隔てる自動扉をくぐった……次の瞬間。

――カチッ。

何かが聞こえた気がした。
否、確かに聞こえた。
何らかの装置が作動した時のような、乾いた機械音。

――!?

そのことを脳が確認した時、既に水亜の体は跳躍していた。
地を踏む両足に全神経を集中し、力の限り前方へ。
その数瞬の後、世界は轟音に包まれた。

――ドオォン!!

背後で巻き起こる激しい爆音。
建物の崩れる鈍い崩壊の音。
その奥から聞こえるのは、人々の悲痛な断末魔の叫び。
激しい爆風に吹き飛ばされ、水亜の体が中空を走る。
「くっ……」
地面に激突する、まさにそのすんでのところで、水亜は体を捻って右肩を地面へと向けた。
手を地につけ、肘、肩へと、転がるようにして受け身を取り、衝撃を最小限に抑え込む。
素早く立ち上がり、水亜は弾けたように背後を振り返った。
そこは、賑やかな喧騒から一変して、悲鳴と絶叫がこだます、地獄絵図と化していた。
つい先ほどまで、巨大なショッピングモールがあった場所は、ただ瓦礫が山を成すだけの廃墟でしかなくなっている。
「……あっ……」
数多の叫びが織りなす混乱の極みの中、水亜の口から漏れた弱々しい声は、それらによってすぐにかき消された。
その瞳に映し出される、瓦礫の近くにて横たわる小さな身体。
心中に渦巻く不安に駆られるがままに、水亜はその傍へと駆け寄った。
「……」
そこに広がる凄惨な光景。
瞬間、心を刺す絶望という名の鋭い針。
「……ねぇ、ボク?」
屈み込み、ピクリとも動かない彼の身体を優しく揺する。
……だが、返事は返ってこない。
開ききった瞳孔と、恐怖に歪んだ今際のきわの表情だけが、無機的な眼差しで水亜を見つめるのみだった。

――ありがとう、お姉ちゃん!

月夜 2010年07月06日 (火) 22時44分(11)
題名:OLの二つの仕事(第十一章)

脳内にて鮮明に蘇る、もう二度と聞くことはできない天使の声。

なんで……どうして、この子が……。
もう少し、私が側に居てあげてれば……。

胸中にて募る、暗く深い後悔の念。

どうしようもなかった?
……違う。
そんなの、ただの言い訳でしかない。
この子を守ってやれなかった自分に対する、ただの……。

増大の一途を辿る、ともすれば自己嫌悪に陥ってしまいそうなくらいに激しい自責の念。

――ルルルルルル。

だがそれは、突如として鳴り響いたコール音によって、無限連鎖する悪循環となる前に断絶された。
「……」
開いたままの彼の瞳を、優しく瞼の下に隠してやってから、水亜は胸ポケットのボタンを外し、振動する携帯を手に取った。
「……もしもし」

――明神君か。

耳に届いてくる、落ち着きの中にも緊張感と威厳を漂わせた声。
それは、有事の時における義治独特の声音だ。

――今、隣町のショッピングモールで、大規模な爆破テロが起きた。この前話した、例の宗教テロ団体の仕業だ。

「……知ってます」
水亜は物静かな口調で応えた。

――そうか。なら話が早い。奴らの要求は、日本円にして約五千億だ。要求に応じない場合、事前に仕掛けた別の爆弾を爆発させると脅してきている。

そう告げる彼の声は淡々としていて、緊迫感や焦燥感は微塵も感じられなかった。
いつも通り、普段通りの冷静な声だ。
それに、不快感や疑念を覚えたことは、今まで一度も無かった。
だが、今日、この時ばかりは、彼の落ち着き払った態度に、水亜は明らかな憤りを感じていた。
「……奴らの居場所は判明してるのですか?」
可能な限り苛立ちを押し殺し、水亜が平然を装って尋ねる。

――あぁ。逆探知した結果、爆破されたショッピングモール近くの廃ビルが、発信源であることが分かっている。

首を左右へ回し、義治の言う廃ビルを探す。
ショッピングモールの反対側、交差点を三つ行ったほどの辺りに、背の高い古ぼけたビルが見えた。
ここに来るまでに一回通ったが、付近には立ち入り禁止のテープが掛かっていた記憶がある。
他にそれらしき建造物はない。

――……あれね。

「……分かりました」
水亜は義務的な口調で答えると、携帯から耳を離した。

――今すぐ出社して、準備を整え次第直ちに……。

――ピッ。

まだ何かを言っていたようだが、構うことなく電源を切り、それを二つに折りたたんで、元あった胸ポケットの中へとしまい込んだ。
落ちないように、しっかりとボタンを止める。
再び、大地にて仰向けに瞑る彼に目を落とした。
「……」
無言のまま、水亜は横たわる彼の両手を取り、その胸の上でそっと重ね合わせた。
「……ごめんね」
水亜は涙を堪えて囁くと、その場に毅然と立ち上がった。
コートを翻し、先ほど確認した廃ビルの方へと向き直る。
「……」
眼光鋭くその先を睨み据えながら、水亜はゆっくりと歩みを進めた。
……波一つと立たぬ水面を思わせるような静けさの内に、激甚と燃え上がる憎悪と怒りを秘めて。

月夜 2010年07月06日 (火) 22時44分(12)
題名:OLの二つの仕事(第十二章)

「……なるほどね」
例の廃ビルの周囲を一周してから、立ち入り禁止のテープ手前にて、水亜は小声で呟いた。
無数の雑草で埋め尽くされ、全く手入れされていない荒れ果てた敷地。
元は駐車場だったようだが、今は密集した草の隙間に、その名残と思われる白線が微かに見えるのみで、ほとんど面影すら残されていない。
窓はその半数から大半が割られており、本来あるべき正常なものは数枚しか存在していなかった。
その内、ひび割れ一つとないものとなると、もう皆無とすら言えるのではないだろうか。
既に入り口の部分に扉は無く、常時開放状態のその奥に覗けるのは、木屑と埃の積もった床のみ。
色褪せた外壁と、そこに走った多数の亀裂が、ビル全体の老朽化の程を語っている。

――確かに、これなら中に人が居るなんて、考えもしないわね。

そう思いながら、水亜は立ち入り禁止のテープを跨ぎ越した。
そのまま、入り口へと足を向かわせようとしたが、

――カッ。

ビル内から唐突に聞こえてきた靴音に、水亜は素早く壁に背を張り付けて身を隠した。
「チッ、何でわざわざ見回りなんかしなきゃなんねぇんだよ。誰も来やしねぇのに……」
壁越しに聞こえてくる、だるそうな不満の呟き。
それは、日本語でも無ければ、英語でも無かったが、水亜の耳はそれがどこの言語であるか、瞬間的に判断していた。
流暢なロシア語だ。
「……」
水亜は背を屈めてビルの側面へと周り込むと、そっと窓から内部の様子を覗き見た。
白髪長身の男が一人、眠そうに欠伸をしている。
白を基調とした衣服を身に纏い、その肩の部分には赤いペタ十字の模様が見える。
そして、その手に握られた一丁の銃も。

――……AKか。

水亜は心の中で呟いた。
ロシアを代表するシリーズで、世界的にも有名なアサルトライフルだ。
7.62ミリ弾を使用し、装弾数は30発。
連射速度や命中精度など、性能そのものに特筆すべき点はあまり無い。
だが、この銃の本当の強みは、その汎用性にある。
世界中で製造されている量は、正規軍だけでなくテロリストの使用するものも含めると、一説によれば一億丁を超えるとさえ言われている。
“人類史上、最も人を殺した兵器”という称号も、この驚くべき流通量に基づくものだ。
そして今、水亜の視界に映っているものは、その最も初期型であるAK-47と思われた。
「まったく……面倒ったらありゃしねぇ」
AKを肩に下げ、後頭部をかきむしりながら吐き捨てる。
こちらに気付いた様子もなければ、警戒しているような素振りもない。
殺そうと思えば、それこそいつでも殺せる。
だが、下手に撃ってしまえば、その銃声を奴の仲間達に聞かれないとも限らない。
それに、目立たぬ廃ビルとは言え、昼の町中に銃声を響かせる訳にもいかない。
「……」
そこまで考えてから、水亜は再び壁に身を隠すと、肩から下げていた鞄を地に置いて、その止め金を外した。
中から、一本のペットボトルを取り出す。
まだ、中には半分ほど水が残っていた。
キャップを外し、中身が四分の一ほどになるまで飲み下す。
その後、キャップを外したままのペットボトルを水平にしてみた。
中の水は溢れない。

――……こんなものね。

そのことを確認してから、水亜は懐に差していたグロックを引き抜いた。
ペットボトルの口の部分にその銃口をあてがい、水平を保ったまま、底面越しに標的の男へと銃身を向ける。
一撃で確実に殺せるよう、狙うはその側頭部だ。
狙いを定め、水亜は――

―バスッ。

――躊躇うことなく引き金を引いた。
微かな音のみを残し、撃ち放たれた銃弾が、ペットボトルの底に穴を空け、一直線に男の側頭部を貫く。
血しぶきを撒き散らし、悲鳴一つ上げることすら出来ず、無様に地に崩れる体躯。
穴の空いたペットボトルを無造作に放り捨て、水亜はグロックを手にしたまま、それを軽くコートの陰に隠し、入り口の方へと回り込む。
周囲に対する警戒を緩めることなく、引き金に掛けられた指はそのままだ。
安全を確かめながら亡骸の近くまで歩み寄ると、水亜はその場に膝を付き、床に転がったAKを拾い上げた。
先ほど撃ち抜いた頭部を中心に広がる、埃にまみれた床を染め抜かんばかりの濃厚な血の池。
「……ふん」
さして苦悩の色を浮かべることもなくそれを見下ろし、苦々しげに吐き捨てると、水亜は拾ったAKを肩に掛け、部屋の奥に見える階段へと歩みを進めた。
その瞳に、人を殺めたという自らの行為に対する罪悪などは、欠片も感じ取れなかった。

月夜 2010年07月06日 (火) 22時45分(13)
題名:OLの二つの仕事(第十三章)

――お客様がお掛けになった電話は、電波の届かない所にいらっしゃるか、電源が入っていないため……。

受話器から聞こえてくる、抑揚の無い義務的な機会音声。
「……まったく」
義治は呆れ混じりの呟きを漏らすと、手に持っていた受話器を置いた。
チン、という甲高い金属音が、静謐な社長室の空気を軽く揺らす。

――相変わらず、人の話を最後まで聞かない娘だ。

口に出すことなく呟いた。
確かに、彼女は優秀だ。
運動神経の良さや瞬時における思考の早さはもちろんのこと、本能的な危機回避能力も併せ持っている。
本当に最悪な状況というものを常に想定し、心の平静を保つという精神的な鍛練や心構えも怠ってはいない。
豊富な知識と技術、それに、今までの経験に裏付けされた確固たる自信もある。
だからといって、己の実力を決して過信したりはしない。
良い意味での謙虚さ、とでも言えばいいのだろうか?
生来彼女という存在はなかなかの感情家のようで、日常生活を見ている限り、喜怒哀楽を豊かに表す人間らしい普通の女性だ。

――それが、果たして彼女にとって、心からの本当の感情なのかどうかは定かではないが――

とりあえず、普段社内で見ることのできる彼女の明るい笑顔から、非日常的な要素は微塵も感じられなかった。
だが、いざ公務となると、そこに一切の無駄な感情は関与しない。
恐ろしいまでに冷静且つ合理的に、一片の情けもかけることなく“仕事”を行う。
どのような理由があろうと、相手の言葉に耳を傾けることなどあり得ない。
彼女が“仕事”を行った後、その“職場”に残るものは、鼻を突く血生臭い匂いと、折り重なって倒れる無数の死体のみ。
それは、相手がどれ程巨大な組織であろうと関係のない、避けることの出来ぬ宿命とも言えるだろう。
まさに“O.L.の第一人者”とよぶにふさわしい逸材であることは、もはや疑いの余地すらない。
……だが、そんな彼女と言えど、限りなく完全に近いだけで、決して完全ではなかった。
当たり前だ。
この世に、本当に完全なモノなど、ただ一つとして存在しないのだから。
まず一つ上げるとするならば、その短絡的な性質が言えるだろう。
複雑に絡み合う事象に対し、上辺だけの説明を聞き、自分勝手な解釈をしてしまうのは、彼女の悪い癖だ。
それに、行動のきっかけが感情的なのにも問題がある。
先ほど、公務には一切の感情を持ち込まないと先述したが、公務以外では普通の女性というのも先述した通りだ。
今回なんかが良い例だろう。
電話越しにでも感じ取れた、あの時の彼女の声に含まれた仄暗い憎悪の念。
何があったかは知らないが、きっと今頃は、既に例の廃ビルへと乗り込んでいることだろう。
だが、感情移入することによって、自らを危機に陥れるような愚かな真似はしない。
いくら感情的になるとは言え、それは所詮一瞬のこと。
戦場に一歩足を踏み入れれば、その瞬間、彼女は心にぶ厚いフィルターをかけ、冷徹な殺人機械そのものと化す。

――……そうでもしないと、平気で人を殺すなんてこと……出来ませんから……。

昔、いつの日だったか、悲しそうな笑顔を浮かべ、小さく呟いた彼女のその言葉が、今も鮮明な映像を伴って、瞼の裏に映し出されているように思えた。
もしかしたら、彼女の中に根付いた暗く深い陰り、深淵の奥底に押し込められていた本音というものを、その時初めて垣間見たのかもしれない。
「……」
義治は机上に置かれたシガレットケースへと手を伸ばすと、その中から巻煙草を一本取り出した。
それを口にくわえ、手で覆い隠しながら、もう片方の手に握ったジッポで火を付ける。
深々と息を吸い込み、肺の中の煙を味わうようにゆっくりと吐き出す。
「……」
巻煙草を燻らせながら、背もたれに身を預け、義治は無言のまま天井を仰いだ。

月夜 2010年07月06日 (火) 22時46分(14)
題名:OLの二つの仕事(第十四章)

「か……はっ……」
薄暗い部屋の中、目の前から聞こえてくるのはかすれたうめき声。
首元に食い込む、一本の透明な細い紐。
それは、肉を切り裂くには十分の強度を持った、硬く鋭利なピアノ線だ。
避けようのない死を前にし、その男の表情は、恐怖からくる怯えで醜く歪んでいた。
幾度も首筋を掻きむしり、既にその皮膚は赤くただれている。
「た……すけ……」
耳障りな命乞い。
だが、その程度のことが、彼女の手を止める理由となろうはずがない。
罪悪感一つと芽生えはしないのだから。
「……」
水亜は固く握り閉めた両手を、無慈悲にも一気に左右へと開いた。
刹那、男の首と胴体が断絶される。
切断面から夥しい量の血を吹き上げながら、躯と化したその五体は、鈍い音を立てて地に倒れ臥した。
無惨にはねられた首が床を転がり、その跡を濃厚な赤が染めてゆく。

――……これで10人目。

鮮血滴る細いピアノ線を巻き取り、コートのポケットにしまい込みながら、水亜はこのビルに入ってから、今までに始末してきた人間の数を数えた。
あの時、社長室で見たファイルの内容は、奴らの思想やら理念やらといったどうでもいいことは除いて、粗方必要な情報程度は頭に入っていた。
あのファイルに載っていた顔写真と名前の数から察するに、おそらく人数は15人。
しかし、仮定すべきは希望的観測ではなく、どこまでも絶望的で否定的な仮説だ。
もしかすると、あそこには載せられていない人間がいるかもしれない。
大体20人前後と見積もっていた方が無難そうだ。
懐のグロックに手を掛けながら、音を立てぬように気をつけて、水亜はそっと部屋の扉を引いた。
そのまま部屋を出ようとして……、
「……」
何を思ったのか、水亜はその手前で足を止めた。
後退りして扉から距離をとると、瞳を閉じ、全神経を扉の向こう側、こちらから見て左右に広がる廊下へ集中させる。
とても微かだが、それこそ、音とよべるかどうかすら危ういくらいのものだったが、何人分かの荒い息遣いが聞こえてきた。
何より、隠そうともしない溢れんばかりの殺気が、無言の空気の中に漂っている。
姿形は見えなくとも、これでは己の存在を露呈しているのと何ら変わりはない。

――……素人ね。

水亜は心の中で嘲笑った。
……だが、

――何故見つかったのだろう?

ふと、そんなことを思った。
今まで始末してきた奴らの死体は、そうそう簡単には見つからない場所に隠してきたはずだが……。
やはり、小規模な団体なだけに、10人も急にいなくなれば、さすがに気付くということだろうか。
まぁ、そのようなことの分析は二の次で十分だ。

――……さて、どうするか……。

ざっと部屋を見渡す。
壊れた戸棚や机、埃を被ったタンスなど、身を隠す場所には困らなさそうだ。
相手の未熟さから考えるに、しびれが切れるまで持久戦というのが最も確実だろう。
だが、今回はそんな悠長なことを言っていられる時と場合ではない。

――出来るだけ早急に片付けたいんだけど……。

そんな思いを胸に、周囲を再び見渡した水亜の目に、ある物体が飛び込んできた。
それは、先ほど殺した男の亡骸だった。
息絶えた時の、恐怖に歪んだ表情のまま硬直した頭部が、最期の刻の凄惨さを物語っている。
それを見た瞬間、水亜の脳内に一つの残虐なアイデアが浮かんだ。
相手の力量を考慮に入れても、十二分に有用性はありそうだ。

――……使えそうね。

水亜はその骸の方へと歩み寄りながら、左手で懐からグロックを引き抜いた。

月夜 2010年07月06日 (火) 22時47分(15)
題名:OLの二つの仕事(第十五章)

肩に掛けていたAKを右手に持ち、その引き金に指を添える。
そして、床に転がった男の頭部を、

――ガッ!

開け放たれたままの扉へ向けて、思いきり蹴り飛ばした。
「っ!?」
息を呑む数人分の気配。
動揺している。
予想通りだ。
水亜はそれを追って、迷うことなく部屋を飛び出した。
と、同時に二つの銃口を左右両方へと向け、瞬時の内に敵の数と位置を把握する。
左に一人、右に二人だ。

――ガガガガガッ!

銃弾が左右目がけて同時に放たれる。
激しい反動が両の手首に伝わり、込められた力に比例して血管が浮き上がる。
空の薬莢が宙を舞い、床に落ちては甲高い金属音を巻き起こす。
そして、その銃声が鳴り止んだ時、その場において、水亜以外に立っている人間は存在していなかった。
床に倒れる三つの死体。
ある者は心臓を、ある者は首を、そして、またある者は頭部を石榴のようにぶちまけて、惨めな躯と成り果てていた。
僅かながら、この建物自体が傾いているのだろう。
溢れ出た鮮血は、世の理に従って上部から下部へと流れてゆく。
「……他愛もない」
グロックを懐にしまい込み、AKを肩に掛け直しながら呟くと、その血溜りを踏まぬよう気をつけて、水亜は静寂に包まれた廊下を一気に駆け抜けた。
出来る限り足音を殺し、周囲への警戒は微塵も怠らず。
突き当たりに見える、上へと続く階段。
水亜は素早く一気に駆け上がると、死角の多い物陰へと身を隠した。
「……」
息一つ乱さず、呼吸を押し殺して周囲に神経を集中させる。
だが、物音や人の気配はもちろんのこと、微かな空気の揺れさえも感じられなかった。
まさに静寂そのものだ。

――……どうやら、この階層には誰も居ないみたいね。

そのことに確信を覚えてから、水亜は静かに廊下へと姿を現した。
突き当たりには、今までと同じように、上へと続く階段がある。
そして、左右には定間隔毎に部屋が配置されているのも、今のところは全て同じだ。
だが、ここは今までの階層とは少し違うようだった。
ちょうど中央部付近で、廊下が十字路型に折れている。
その中心部まで歩みを進めると、水亜は左右へと視界を回した。
左手側には、上へと続く別の階段が。
そして、右手側の廊下は、一つの部屋へと繋がっていた。
何気なくそちらへと歩みを進め、黒い扉の前に立つ。
そこに漂う、一種独特のうすら寒い雰囲気。
漆黒のみで彩られた、どことなく重々しい感じのする扉が、その空気により一層の重みを与えていた。

――なんだろう……?

水亜は背筋に走る悪寒を感じながらも、静かにその扉を開いた。
辺りに響く軋んだ金属音。
瞬間、目の前に広がる密閉された空間。
そこに一切の光源はなく、昼の時間帯であるにもかかわらず、薄気味悪い仄暗さで満ち溢れていた。
「……」
そんな部屋の中へ、さして驚いた様子を見せるわけでもなく、水亜は足を踏み入れた。
肌寒い不気味な空気が、水亜の肌を鋭く刺した。
人間の気配は無い。
それなのに、得体の知れない息苦しさを感じた。

――……ふっ。

水亜は、そんな自分自身に向かって、軽い嘲笑を浮かべた。
私としたことが……何て非科学的な想像をしているのだろう。
ナンセンスにも程がある。
自らに軽く言い聞かせた。
と、そんなことをしている内に、徐々にだが、この暗さにも目が慣れてきたようだ。
部屋の状況がだんだんと分かってきた。
部屋の四隅に置かれた大きな本棚。
それは、ここに来るまでに見てきた、ボロボロに朽ち果てたものではなかった。
暗がりの中にあっても、埃一つとないくらい、丁寧に手入れが行き届いているのが良く分かる。
その内の一つに歩み寄り、水亜は適当な本を一冊取り出した。

月夜 2010年07月06日 (火) 22時49分(16)
題名:OLの二つの仕事(第十六章)

懐からペンライトを手に取り、それを照らしてみる。
表面は黒一色で塗り潰され、タイトルはおろか文字一つと記されていなかった。
中を開いてみる。
そこも同じく、黒で全面を覆い尽くされていた。
違うところと言えば、そこには白で描かれた文様があるということだろう。
その内のいくつかは、見覚えのあるものだった。
本を閉じ、何気なく足下に目線を落とす。
今まで気付かなかったが、そこにも先ほどの本で見たのと同じ類の文様―魔方陣が描かれていた。
よくよく見てみれば、数本の火を灯されていないロウソクも見える。
もう、ここが何のための部屋であるかは明白だ。
悪魔を召喚しようとは……何とも悪趣味な奴らだ。

――カツン。

「……!」
背後、距離はまだかなり遠かったが、不意に鳴り響いた乾いた靴音に、水亜は素早く扉付近の壁に背中を張り付けた。
反射的に、手に握っていたペンライトを、出入口を挟んで反対側へと放り投げる。
無論、明かりは点けたままだ。
こちらへと近づいてくる足音。
数とその間隔から察するに、人数は二人だ。
「……」
肩からAKを下ろすと、邪魔にならない位置まで滑らせた。
右手でグロックを引き抜き、その引き金に柔らかく指を添える。

――ビルに入る前に一発、そしてさっき三発撃ったから、残りはあと十三発か……。

そして、弾倉に残る残弾数を確認した。
二人分には十分過ぎるくらいだろう。
わざわざ予備の弾倉を装填し直す必要もない。

――……余裕ね。

心の中で呟く。
それは、己の実力に対する過信でもなければ、相手の未熟さに対する傲りでもない。
文字通り、余裕なのだ。
すぐ近くまで来てから、唐突にその靴音が鳴り止んだ。
「さて、とりあえず、はじめましてと言っておこうかな」
語り掛けてくる声。
それは、ビル入り口にて撃ち殺した男同様、流暢なロシア語だった。
「早速だが、君に二つの選択肢を用意させてもらった」
その声色は、怒りや威圧感を孕んだ好戦的なものではなく、静かで紳士的な落ち着いた調子だった。
焦りや不安、憤怒といったマイナスの感情はおろか、心にさざ波一つと立っていないかのようだ。
だが、相手が語り掛けている先は、水亜のいる方とは出入口を挟んで逆の方向だった。
ペンライトの明かりから、相手の居る側を判断したのだろう。
偉そうな口ぶりだが、こいつも所詮は三流だな。
「一つ目。我々と敵対を続け、この場でその生涯を終える」
男は言葉を繋げる。
「二つ目。素直に投降し、我々の仲間となる。どちらを選ぶかは、貴殿にお任せしよう」
そこまで言うと、男は一旦言葉を区切った。
「……」
水亜は一言も言葉を返そうとはしなかった。
何をふざけたことを。
貴様ら如きに殺される気もなければ、仲間になる気とて毛頭無い。
「我が同胞を数多く殺めたことを問いはしない、安全ならば保証しよう」
そんな水亜の沈黙を別の意味で捉えたのか、その男がてんで的外れな言葉を投げ掛けてきた。
まるで見当違いだ。
自惚れるにも程度というものがある。
どちらが上の立場なのか、一度教えてやらないといけないな。

――……。

しばしの沈黙。
臨戦時の緊迫した空気が、耳をつんざくような無音の空間に立ち込める。
「……なるほど。それが貴殿の答え、ということか」
唐突に男が呟いた。
その口調の至るところからは、相手に対する嘲りと失望の念がありありと感じ取れた。

――キン。

次いで耳に届いてきた小さな金属音。
今までに幾度も聞いてきた音だ。
それが何の音であるか、理解するまでに秒すら要さなかった。
そして、脳がそのことを理解した時には、もう既に水亜の体は行動を開始していた。
あさっての方角へと投げられる手榴弾には目もくれず、水亜はグロックの銃口を二人の方へと向ける。

――ガンガンッ!

立て続けに二度連続で引き金を引く。
放たれた銃弾が、内一発は手榴弾を投げた男の眉間を。
そして、もう一発は先ほどまで話していたと思われる男の、銃を握っていた方の掌を撃ち抜いた。
「ぐぁっ!?」
悲鳴を上げて銃を手放す男と、悲鳴を上げることすら出来ずに息絶え、グラリと左右に揺れた後、血を撒き散らしながら惨めに膝から崩れ落ちる男。

――ドォン!

月夜 2010年07月06日 (火) 22時49分(17)
題名:OLの二つの仕事(第十七章)

次の瞬間、炸裂した手榴弾によって発生した轟音が、ビル全体に轟き渡った。
眩い一瞬の光が、目を潰さんばかりに辺りを包み込む
……だが、生じたのは激しい光と音のみで、衝撃や爆発の類は一切起きなかった。
当然だ
ただの閃光手榴弾なのだから。
奴らにとって、あの儀式の間は神聖な空間。
そんなところに、炸裂型の手榴弾を投げるとは考えにくい。
第一、こんな老朽化した廃ビルの中で、どこのバカが手榴弾を投げるというのか。
少し考えれば、直ちに分かることだった。
「……」
男は言葉を失い、ただその場に立ち尽くしていた。
大きく見開かれた瞳が、その驚愕の程を表している。
「殿方ではなく淑女であったか……」
小さく呟く。
落ち着き払った口ぶりのようではあったが、小さい団体とはいえ、女一人に潰されたことに対する隠しきれない動揺が、その奥底から滲み出ていた。
「……いくつか質問をしても?」
「構わんよ」
「ショッピングモールを爆破した理由は?」
「この国に対する脅しと見せしめ、つまりは金のためだ」
男が何でもないことのように答える。
「……金を得て、貴方達は何をする気だったの?」
「世界を滅ぼす」
「……何?」
男の答えに、水亜は眉をひそめた。
「言葉の通りだ。世界を滅ぼし、この地上から人間を抹消する」
男の口が淡々と告げる。
右手に空けられた銃痕が垂れ流す鮮血は、短い間隔を置いて、雫となり床に溢れ落ちてゆく。
「この世界は狂っている。地球に生まれた一動物であるはずの人間は、母なる大地の恩恵を忘れ、地上にある有限の資源を、さながら無限にあるかのように浪費し、己が生きる環境の枯渇を省みない。そのことを憂い、環境保全の活動を行っている輩もいるが、それも、地球に対する罪悪感からきた罪滅ぼしの念などではない。ただ、自分達が生きるのに不都合だからという利己主義的発想に基づいた、自己中心的な行為だ。いや、自己中心的というよりかは、自種中心的と言った方が正確だな。そして、科学という技術を手にし、人間が創り出したものは何だ? 人間を殺すための武器と、人間の為という名目の元に環境を殺す兵器だけだ。同じ種同士で無意味な共食いをするのも、数多存在する動物の中で人間のみだ。よくよく考えてもみるがいい。人間は、この世に存在する価値があるかどうかを。答えは明らかなはずだ」
男が饒舌に文章を紡いでゆく。
その言葉を聞きながら、水亜は自分の中から何か一種の暗い感情、ドス黒い負の想念が浮かんでくるのを感じずにはいられなかった。
「歴史というものは、さながら積み木遊びと似たようなものだ。基盤となる部分が弱ければ、いくら上部で形とバランスを整えようと、安定を得ることは叶わない。分かるだろう?一度基盤の部分に障害を抱えてしまった以上、全てを壊し、再び組み立て直すことでしか、本来あるべき姿を取り戻すことは出来ないのだ」
「……さい」
……なるほど。
そうだったのか。
やっと気付いた。
この感情の正体、それが何であるか……。
「だからこそ、我々は活動しているのだ。ただ悪魔崇拝をするだけのテロ団体ではない。この地球上の誰より、我々こそが地球のことを最も考えて……」
「……五月蝿い」
そう……これは……、

――怒りだ。

――ガンガンッ!

その言葉を遮るように、水亜は引き金を引いた。
鈍い銃声を伴って、男の両足を貫いた銃弾が、その腱を断ち切る。
「ぐあぁっ!!」
悲痛な叫び声を上げて、壁にもたれかかるように崩れ落ちる。
「貴方、何様のつもり? 我々が地球を救う? 自惚れるのも大概にしなさいよ」
水亜は酷く冷たい声音で言い放った。
その脳裏に焼き付いて離れない、あの子の明るい笑顔。
こんな奴らに、あの子は……。
そう考えた瞬間、静かに渦を巻いていた歪んだ激怒が、その臨海点を踏み超えた。
「貴方が、一体どこで道を踏み誤ったのか……」
水亜は、仰向けに倒れる男を見下しながら、その胸部を足で踏み付けた。
今更になって恐怖が芽生え出したのか、その歯はガチガチと震え、上下が噛み合っていない。
「そんなことは知らないし、知ろうとも思わないけど……」
グロックの銃身を、怯える男の頭部へと向ける。
許す気は、とうの昔に無い。
もう、法の裁きに任せるつもりもない。
今、この場で、私が裁いてやる。
「……てめえの人生に、リプレイの余地はねえよ」

――ガァンッ!

鈍い一発の銃声が轟き渡り、大気が大きく揺るがされる。
それを最後に、そこからは全ての音が消え去った。
「……」
水を打ったような静けさの中、無言で一人佇む水亜。
その手に握られたグロックは、蛍光灯の無機質な明かりを反射して、冷たく黒光りしていた。

月夜 2010年07月06日 (火) 22時52分(18)
題名:OLの二つの仕事(第十八章)

「……報告は以上です」
義務的な口調でそう呟くと、水亜は後ろへ一歩退いた。
その目線が見つめる先には、椅子に腰かけ、腕を組む義治の姿があった。
四角い机は相変わらずこざっぱりしており、ガラス細工の灰皿と、数枚の資料くらいしか見当たらない。
窓から差し込む朝の陽光。
その入射角の小ささが、まだ早朝であることを証明していた。
くわえられた巻煙草の先から、天井に向かって煙が立ち上っている。
「うむ。ご苦労だったな、明神君」
手短な言葉で水亜を労う。
簡潔なものではあったが、水亜に対する暖かい思い遣りが、彼女の名を呼ぶその声に良く表されていた。
「君が去った後、すぐに処理班の連中が駆け付けたんだがな。彼ら、例によって例の如く、君の“仕事”の正確さに感嘆していたぞ」
「そう……ですか……」
義治のそんな言葉に、水亜は複雑そうな表情を浮かべた。
誉めてくれている。
それは分かった。
確かに、賛美を送られること自体は嬉しいことである。
だが、それも内容によるというものだ。
殺しの正確さに対して賞賛を送られても、気持ちはありがたいが、素直に喜べるはずがない。
「……失敬。失言だったな」
そんな水亜の心情を悟ったのか、義治は神妙な口ぶりで呟いた。
「いえ……」
心なしか、うつ向きがちに水亜が応える。
気分を害した……という程ではなかったが、心に暗い陰りが差したのは間違いなかった。
人を殺すというのは、やはりそんなに良い気分ではない。
「……とにかく、今回もご苦労だったな」
「はい。それでは私はこれで……」
「あぁ。いつ新しい“仕事”が入ってくるかは分からんが、それまではゆっくりと休んでくれたまえ」
「了解しました。では、失礼します」
水亜は恭しく一礼してから、静かに社長室を後にした。
「……ふぅ」
社長室の扉を背に、溜め息を一つ残すと、水亜は冷たい廊下を歩いていった。
公務をこなした後に感じる、虚無感を伴った一種独特の脱力感。
それが、真綿で優しく絞め上げるように、水亜の心を縛り付けていた。
……今まで、何人殺してきたんだろう?
不意に、そんなことを考えてしまう。
そして、私はその答えを知っている。
昨日の公務を合わせて、ちょうど930人だ。
その中の誰を、どこで、どのように殺したかまで、すべて正確に記憶している。
覚えようとして記憶に留めている訳ではない。
忘れようとしても、忘れられないだけだ。
私の無意識は記憶の喪失を促すのに、意識がそれを拒絶した。
私の本能は光を求めるのに、理性が暗闇を手放さなかった。
初めて人を殺した日。
その時から、私は暗い過去に縛られて生きてゆくことを余儀なくされたのだ。
暗黒が支配する闇の中、漆黒の雨に打たれつつ構えた短刀。
あの時の刃の重みを、この両手は今も忘れていなかった。
重く感じた……そう、とても重く……。
その日以来、私は人を殺し続けてきた。
ここに来るまでにも、己の利害のためだけに何人も殺してきた。
愛される前に傷付け、信じられる前に裏切り、殺される前に殺してきた。
それは、生きていく上で仕方のないことだった。
そうすることでしか、生き長らえることができなかったのだから。
それでも、最初の内は罪を感じていた。
人を一人殺める度に、己の行為に恐怖し、戦慄し、言い様のない罪悪感を覚えていた。
それを感じなくなったのは、一体いつからだっただろうか?
どうやら、死を“身近に存在するモノ”と認識した時から、私の感覚は麻痺してしまったらしい。
この、死に対する超然的な感覚は、もはや麻痺という言葉でしか言い表せないだろう。
「……」
ふと、歩みが止まる。
鼻をついた不自然な香り。
それが何であるか、理解するまでに多少の時間を要した。
そういえば、今日は香水を付けてきてたんだったっけ。
朝の行為を思い返す。
それは、公務の翌日に必ず行う、いわば私の中でだけの簡単な儀式のようなものだ。
血と硝煙の入り混じった退廃の匂い。
それが私の本当の体臭であることは分かっている。
それを覆い隠し、偽るための儀式だ。
もう大分昔からやっているというのに、未だに自分がそれに慣れない。
人工的に偽装した香が鼻孔を刺激する度に、そこはかとない違和感を覚えてしまう。
そして、そんな違和感を感じるその度毎に、思ってしまうこと。
私は……本当にここに居て良いのだろうか?
いくら自分自身を偽造しようと、所詮私の本性は底無しの闇。
こんな光の溢れる世界で、いつまで生きていけるというのだろう?
光の世界は、果たしてこんな私を、受け入れてくれているのだろうか?
次々と浮かび上がる疑問。
返ってくる答えは……。
「せんぱ〜い!」
と、悪性的な連鎖をしていたその思考は、突如として聞こえてきた脳天気な声によって、空気中へと霧散させられた。
音源の方を振り返る。

月夜 2010年07月06日 (火) 22時57分(19)
題名:OLの二つの仕事(第十九章)

その視界に映し出されるのは、いつもと何ら変わらぬ笑顔を浮かべ、こちらへと駆け寄る彼の姿。
「先輩、おはようございます」
「うむ。おはよう」
元気に挨拶してきた聖に対し、水亜は手をシュタッと立てながら言葉を返した。
そこに、先ほどまでの苦悩の色は、その片鱗さえも浮かんではいなかった。
「先輩、今日はえらく早い出社ですね?」
「この前、課長に押し付けられた仕事が、まだ終わってないのよ」
水亜は頭を抱えながら呟いた。
本当は社長への報告をするために早朝出社したのだが、課長に課せさせられた仕事が終わっていないというのも、また事実だ。
「そういうあんたこそ、今日はいつもより一時間以上早いじゃない。いつも定刻ギリギリ出社の男が、今日に限って一体どういう風の吹き回し?」
「いや〜、一昨日、昨日と仲間内で徹夜で遊んでたんですけど、気付かない内に寝ちゃって、起きたら朝の5時とかだったもんで……」
後頭部に手をやりながら、聖が楽観的な笑みを浮かべる。
「……相変わらず、行き当たりばったりな生き方してるわね」
「当たって砕けろがモットーですから」
「砕けてばっかじゃ意味ないわよ?」
「大丈夫ですよ。大概砕けてますけど、今日みたいに何とかなることもありますから」
笑みを崩すことなく、あっけらかんと答える。
朝っぱらから、何とも楽しい奴だ。
「それじゃあ、せっかく早くに来てくれたんだし、少し働いてもらおっかな」
言いながら、水亜はコートのポケットに手を突っ込み、その中から100円玉を一枚取り出した。
指先で弾き、聖の方へと放り投げる。
「先輩、これは?」
「ひとっ走り、私の為に芋まん買ってきてよ」
不思議そうに首を傾げる聖に、水亜は悪戯っぽい笑顔を向けた。
「えぇ〜っ!」
途端、聖が不平不満の叫びを上げる。
「何で俺が行かなきゃならないんですか! それに、これじゃ微妙に足りませんよ!」
「はいそこ! つべこべ言わず、行ってきなさい!」
「うぅ〜……先輩のオニ〜! アクマ〜! ヒトデナシ〜!!」
そんな捨て台詞を残しながら、聖はエレベーターの方へと走って行った。
楽しいし、それでいてなかなか可愛い奴だ。
水亜はそんなことを思いながら、職場のドアを開け放った。
まだ、中には誰も居ない。
朝の冷涼とした空気が、ひっそりと漂っているのみだ。
自分の机とそこに置かれた仕事の山には目もくれず、水亜は窓際へと歩み寄った。
ガラガラと音を立てながら窓を開く。
少し身を乗り出してみた。
吹きそよぐ穏やかな風が、その頬を優しく撫で、長い髪をゆらゆらと遊ばせる。
何気なく下へと目線を下ろしてみた。
ビルから出てくる金髪姿の男性が見える。
その足は、多少の重々しさを残しつつも、しっかりとコンビニへと向かっていた。
……と思っていたら、何を思ったか急に方向転換。
ビルのすぐ側にある広場へ向かい、そこにある小高い丘陵までくると、その場に寝転がってしまった。

――カチン。

ちょっとだけ頭にきた。
息を深く吸い込み、そして吐く。
何度かの深呼吸。
その後、水亜は思いきり息を肺に送り込むと、
「聖―――――っ!!!」
大声で彼の名を叫んだ。
朝の穏やかな空気を切り裂くお騒がせな声に、聖が慌てて飛び起きる。
その視線が、音源であるビルの一角を捉えるなり、聖は駆け足でコンビニへと走り出した。
「さぁ、走った走った!」
そんな彼の小さな背中目がけて、水亜は尚も催促の声をぶつける。
「……ふぅ」
その後ろ姿が見えなくなってから、水亜は視線を水平に戻した。
徐々に昇ってゆく太陽が、世界に朝の訪れを告げている。
差し込んでくる光の束が瞳に眩しい。
コンビニから出てくる聖の姿。
手に白い袋をぶら下げながら、全力でビルの方へと疾走している。
「……さて、と……」
水亜は一度だけ大きく伸びをすると、窓から離れ、自分の席へと歩みを進める。
口元に浮かんだ微かな微笑み。
「今日も一日、頑張っていきますか〜!」

月夜 2010年07月06日 (火) 23時00分(20)
題名:OLの二つの仕事(あとがき)

皆さん!

















萌えてます?

(のっけから意味不明)


ちなみに私


















萎えてます♪

(誰も聞いてない)



・゜・(ノ∀`)・゜・




さて。
今回は勝手にオリジナルな作品に挑戦させてもらいましたが、いかがなものでしたでしょうか?
戦闘シーンに今一つ納得行かないまま、なんだかんだで書ききってしまいましたが、それ以外のシーンはそれなりに仕上がっているかと。

……え?
これ、戦闘がメインなんじゃないかって?





…………(´・ω・`)



(´・ω・`)




とゆーことで、(どういうことだよ)今回はあとがき第一号ですから、簡単にキャラクター紹介といきましょーか。



明神 水亜(あけがみ みあ)
年齢:25歳
身長:180センチ
体重:58キロ
スリーサイズ:B78 W58 H83

この話の主人公。
“O.L.”第一号。
その能力は世界的にも恐れられており、巨大な組織であれば、まず知らない者はいない。
“青い死神”“東洋のリーサルウェポン”など、様々な忌み名を持っている。
だが、本人は余りこの“仕事”を快くは思っていない。
普段の生活の中では、明朗快活な明るい女性。
だが、少々キツい性質のため、好き好んで彼女に話し掛ける人は余りいない。
本当は、慈愛に満ちたとても心優しい女性。
近くのコンビニで売られている、紫芋をふんだんに使用した芋まんが大好物。
他のコンビニでも売られているが、何故か一番近くのコンビニでなければならないらしい。
原材料の紫芋の産地は、鹿児島以外認めていないとの噂もちらほら。
税込み126円也。


高礼 絢音(こうらい あやね)
年齢:25歳
身長:163センチ
体重:47キロ
スリーサイズ:B94 W60 H85

水亜の同僚。
ダイナマイトなバディの持ち主。
いつものほほんとした空気を撒き散らしており、周囲から浮きつつも上手く溶け込んでいる。
しかし、そんなほのぼのさとは対照的に、運動神経はかなりのもの。
社内の運動会では、いつも水亜と張り合っている。
彼女の祖父、高礼義治は、この会社の社長を務めていたりする。



守哉 聖(もりや さとる)
年齢:20歳
身長:182センチ
体重:68キロ

水亜の後輩に当たる新人。
独特の子供っぽい雰囲気を漂わせているせいか、他人と衝突することは余りない。
水亜の使いっ走りになっていることが多々あり、その度に不満を口にはするものの、結局は従ってしまう。
水亜によると、聖のこういうところが可愛いらしい。
色々と大変な目には合っているが、彼女のことを先輩と呼び、とても慕っている。



高礼 義治(こうらい よしはる)
年齢:72歳
身長:175センチ
体重:65キロ

水亜達が務める会社の社長で、絢音の祖父。
見る者に、どことなく荘厳な感を与える初老の人物。
普段は普通の中小企業の社長という肩書きだが、それはあくまでも表向きのもの。
彼の本当の役職は“特命武装安全理事会”の役員だ。
常に的を射る的確な判断力もさることながら、“O.L.”第一号である水亜の直属の上司ということもあり、その中でも階級はかなり上位に位置している。
そのため、国防省の長官とも面識があり、政府の役員とも密接な繋がりを持っている。



課長 (かちょう)
年齢:45歳
身長:173センチ
体重:87キロ

悩める中間管理職。
水亜の行う性質の悪いイタズラのせいで、家庭内環境は悪化の一途を辿っている。
名前も作ってもらえなかった、可哀想なおじさんである。






とまぁ、主な登場人物はこのくらいですね。
まぁ、後々増えていくかもしれませんが、それはその度に追加するということで。

……え?
最後の奴、必要ないんじゃないかって?

何をおっしゃる!
彼はこの物語の

キーパーソン

ですぞ!
(本当かよ)




ではでは、今回はこのくらいで幕と致しましょう。
今作についての感想、アドバイス、はたまた苦情(泣)等ございましたら、下にある「小説感想アンケート板」または「小説感想掲示板」、「月夜に吠えろ」の方まで、どしどしとお寄せくださいませ♪
それでは、また会えるその時まで、ごきげんよう♪
素人小説家兼管理人の月夜でした_(._.)_

月夜 2010年07月06日 (火) 23時02分(21)


Number
Pass

ThinkPadを買おう!
レンタカーの回送ドライバー
【広告】楽天市場にて お買い物マラソン5月16日まで開催中
無料で掲示板を作ろう   情報の外部送信について
このページを通報する 管理人へ連絡
SYSTEM BY せっかく掲示板