――もしもし。
「あ、お父さん?」
――なんだ、紗弥か。どうした?
「明日の約束……覚えてる?」
――……あ、あぁ……明日のことか。覚えているよ……。
「……帰って来れるの?」
――う……そ、それがな、紗弥……今日明日中に、どうしても片付けないといけない仕事が急遽入ってしまってな……ちょっと、今日も帰ってやれそうにないんだ……。
「……そう……」
――すまないな、紗弥…………来週! 来週なら、きっと空けられると思うから……。
「……この前も……おんなじこと言ってたくせに……」
――……ん? 今、何か言ったか? 良く聞こえなかったんだが……。
「……ううん。何でもないよ。それじゃあ、お仕事頑張ってね」
――あぁ。本当に悪かった。
「いいよ、気にしないで……それじゃ」
――チン。
受話器を下ろす乾いた音。 その場に立ち尽くしたまま、周囲を見つめる。 広がるのは見慣れた光景。 それは、生活するにおいて十分過ぎるほどに広大な空間だ。 隅に置かれた大きな机。 そこに散らばるペンと、互いに積み重なる数多の参考書。 見ているだけで、何だか無性に憂鬱な気分になってくる。 横に長い窓の下には、同じように長く広がるベッドがあった。 そこに敷かれた柔らかいシーツは、清潔感漂う純白一色で染められている。 左右に一台ずつ設置された本棚は、そのすべてを多種多様の本達で埋め尽くされており、空きスペース一つと見当たらない。 多種多様と先述はしたものの、そこに年頃の少女が読むような本は一切無かった。 あるのは経済学や心理学、機械工学やコンピュータープログラミング、果てには諸外国の小説や哲学書など、小難しいものばかりだ。 部屋の中央に位置する、丸形のテーブル。 きらびやかな水色のクロスが引かれたその上には、数輪の胡蝶蘭の生けられた花瓶が置かれている。 よくよく見ればその花瓶も、どこにでもあるような安っぽい器ではなかった。 そこはかとない荘厳な雰囲気と高貴さが、それがただの白磁ではないことを証明している。 多分、結構名の知れた骨董品なのだろう。 その他、豪奢な装飾品達の数々が、辺りの空気に優美な雰囲気を与えている。 「……」 何気なくクローゼットの方へと歩み寄ると、それを勢い良く引き開いた。 中に掛けられた大量の洋服が、否が応にも目に映る。
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