「うぃ〜……みぃちゃ〜ん……もっとろみらさいよぉ〜!」 「そ〜れすよぉ、せんぱぁい! 俺らって、こんらにろんでるんれすからぁ……むにゅむにゅ……」 二人分の重みを両の肩に背負いながら歩みを進める私の耳元で、そんな寝ぼけた声が上がる。 何寝言でまでリンクしてるんだか、この二人は……。 私は足で襖を開けると、その奥へと進み、二人の体を予め敷かれてあった布団の上へと放り投げた。 風邪を引かないよう、その上に掛布団を掛けてやる 「まったく、新年早々世話の焼ける……」 もつれあって転がる二人の体を見下ろしながら、溜め息を一つ。 あ〜あ、仲良く抱き合っちゃって。 ……これ、翌朝絢音の方が先に起きたら面白いことになりそうね。 この天然悪女のことだから、黙っといてあげる〜とか言いながら弱味として握って、聖のことを使いたい放題使うんだろうな。 そんな光景を想像してみる。 オフィス内で、弁当なりお菓子なりのお使いに顎で使われる聖。 その代金は、もちろん彼持ちだ。 ……なんだ、いつもと大して変わらないじゃないか。 小さく肩を落とす。 別に何かにがっくりした訳じゃないけど、なんとなくつまらない。 さて、社長が待ってることだし、こんな二人は放っておいて、私はもう居間に戻るとしますか。 「……せんぱ〜い……」
――え?
ちょうど二人に背を向けた折り、私の名を呼ぶ聖の声が耳に届いて、ふと足を止める。 聖……今、私のことを……? 息を殺し、聞き耳を立ててみる。 「うぅん……せんぱ〜いぃ……」 確かに呼んでいた。 うわ言で、私のことを。 も、もしかしてこいつ、私と抱き合ってる夢でも見てるんじゃ……。 背後を振り返る。 室内は暗くて、彼の姿そのものは確認出来ても、さすがにその表情までは見えなかった。 「んぅ……せんぱぁい……」 再び呼ばれる私の名前。 心なしか、先ほどより響きに恍惚さが含まれているような気がした。 何かを考えるより前に、私の足は部屋の中へと再び歩み入っていた。 聖の傍らに跪き、その顔を見つめる。 立っている時には良く見えなかったが、ここまで近づけば、薄暗くても夜目にしっかりその表情を視認できた。 「ダメですよぉ〜……そんなことしちゃあ……」 「――っ!?」 聖のそんな寝言に、私は思わず息を呑んだ。 ダ、ダメ!? いっ、一体何がどう!? って言うかこいつ、私に断りもなくなんて夢見てんのよっ!? あ、い、いや、断れば良いって訳じゃないけど、別に悪いことじゃないし、私が断る理由もなくて……ってそうじゃなくってぇっ! ……待て待て待て! 私は何を考えてるんだ!? 何で私まで、こいつの夢に付き合って妄想を膨らませなきゃならないのよ!? こ、こんな破廉恥なこと、良いわけないに決まってる! け、けど、私は嫌じゃないし、むしろ……って違う違う違う〜っ!! まるで思考が定まらない。 落ち着け私、落ち着け私! 戦場でこんなことになったら、確実に死んでるわよ! そうだ、ここは戦場。 ここは、どこぞの組織の秘密基地的なところで、私はそこに単身潜入中。 電気系統を破壊したから、辺りは僅かな月明かりしか光源のない暗闇だ。 そう、私はここで課せられた任務を果たさねばならない。 そして、その任務とは……。 「だから……ダメですってばぁ……そんなの、もし誰かに見られたら……ど〜するんですかぁ……」 「――――っ!!?」 こ、こいつはぁ〜っ!? だから、一体どんな夢見てんのよぉっ!! まず、誰かに見られるってどんなシチュエーションなの!? わ、私、そんな……その……そ、外で…………とか、そんな変態な趣味は持ってないんだからっ! せ、せっかく、もう少しで自分を誤魔化せそうだったってのに……。 何気なく、胸に手を置いてみる。 激しく高鳴る心臓の鼓動。 少し息苦しい……けど、どこか心地よさを感じた。 こんなドキドキした感じは……生まれてこのかた初めてかもしれない。 「……」 改めて、その寝顔をまじまじと見つめてみる。 ……こいつ、普段からこんなに可愛い顔してたかしら。 何と言うかこう……母性本能をくすぐるって言うか……。 ふと、その唇に目がいった。 意識して見たことなんてなかったから、今の今までわからなかったけど、形の良いそれは、見るからに柔らかそうだった。 ……何を考えているんだ、私は。 首を左右にブンブンと振って、頭に張り付いた煩悩を払拭しようとする。 だが、そんなことでこの動悸が治まるはずもない。 聖の唇に目を奪われた私の体は、何を考えるということもなく、自然前屈みになってゆく。 あどけなさの残るその寝顔が近づく。 それにつれて、早鐘を打つように高鳴る鼓動は、更にその加速度を増してゆく。 「聖……」 一度だけその名を呼び、そっと唇を重ね合わせようとした……ちょうどその時だった。 「だからぁ……食べられちゃいますよぉ……」
――……へ?
すぐ近くで上がった彼のそんな寝言に、私ののぼせた意識は急速冷凍された。 食べられる? 一体どういうこと? 「ライオンは……危な過ぎますよぉ……」 ……なんですって? ライオン? こいつ、何を言ってんの? 「あんなのとじゃれてたら……食べられちゃいますってばぁ……」 ……な〜るほどねぇ……。 こいつ、別に私とイケナイことしてるいかがわしい夢を見てるんじゃなく、ただ単に動物園にでも行ってるような夢を見てるわけだ。 で、何をトチ狂ったのか、夢の中の私はライオンと戯れようとしてて、それを聖は必死に止めてる……そういうわけね。 ってことは、こいつは抱き合ってるつもりなんじゃなく、私を羽交い締めにしようとしてるってことか。 依然として直ぐ近くに見える、悩ましげに表情を歪める聖。 つい先ほどまで、この上なく愛しく見えたはずなのに、今は何故か腹立たしく感じてならなかった。 狂ったように鳴動していた脈拍も、いつの間にやら正常値。 今となっては、何のドキドキ感もなかった。 その代わりに胸中にて募り始めるのは、何とも形容し難い怒りにも似た不満感。 「……」 理由は分からないけど、何だか腹が立った。 なので、とりあえず布団をひっぺがしてみた。 だが、この程度では生ぬるい。 そう思った私は、常時携帯している小型のデジカメを取り出し、
――パシャッ。
絢音の腰に抱き付いて眠っている聖の姿を激写した。 どれどれ……おぉ、流石は政府からの支給品。 こんな暗がりの中、フラッシュもたかずにこうまで鮮明に映るとは、やはり市販のデジカメとは比べ物にならない。 こいつをネタに、私も少し良い思いをさせてもらいましょうかね。 次に会社で会う時が、楽しみでならないわ。 「さて、これ以上社長を待たせるわけにもいかないし、そろそろ戻るとしましょうか」 デジカメを懐にしまいながら、何だか無性にすっきりとした爽快感を胸に、私は部屋を後にした。
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