聖夜――通称、恋人たちの時間。 辺り一面、どこもかしこもがきらびやかにデコレーションされ、夜だというのにその明るさは昼間並か、それ以上にも感じられる。 今宵、冷たい夜空に浮かぶのは満月。 だが、その光が地に届くことはなく、より強く無機的な電光によってかき消されるのみだった。 それらの中でも特に、数多の電飾でキレイに飾り付けられ、ライトアップされる巨大なツリーは、眩いほどの輝きを放っていた。 普段何気ない時には、ただそこにあるだけの木に過ぎないくせに、今この時に限り、まるで今夜の主役は俺だと言わんばかりに自己主張をしている。 吹きすさぶ風は、季節通りの冷涼さを孕み、吹き抜ける冷たさで人々から熱を奪っていく。 ……はずなのだが、そこかしこで寄り添っているカップルたちにとって、それはもはやただの憎らしい凍える風ではなく、好いている人と密着するための都合の良い理由でしかないようにも見える。 周囲どこを見渡しても、容易に見つけることができる、メリークリスマスという文字と、ハートマークの飾りたち。 今日という日、世界は、間違いなく愛し合う二人を等しく祝福していた。 しかし、そのような日にも、もちろん例外、アウトローな連中はいる。 男女のカップルがはびこる中、ちらほらと女同士で集まるグループも、いくつか見受けられる。 中には腕組みをして、それこそカップル以上に仲睦まじい様子の女二人組も見当たる。 しかし、それは特に問題ない。 世間的に見ても、こういう本来男女のカップルの為の記念日に、女同士で戯れることは特に問題があるわけじゃない。 だが、その中に男ばかりの集団が見えると、そうはいかないのが世の常だ。 クリスマスに男同士となると、それだけでどこか痛々しい眼差しを身に浴びることになりかねない。 日本には、古来より男尊女卑という、少々差別めかしい言葉がある。 文字通り、力があり労働や戦の戦力になる男は、女に比べて尊ばれるという意味だ。 しかし、平和ボケした現代の日本の若者にとって、戦などというのは文字として知っているだけの言葉に過ぎない。 むしろ、少子化の進行が激しいこと等々の理由により、男尊女卑という言葉は失われ、逆に女尊男卑にさえなりつつあるくらいだ。 このような男性に対する世間の冷たい眼差しも、その進行に追随して起きているとも言える。
私こと月夜は、このような現代の悪しき逆差別的風潮に対し、この場をもって警鐘を鳴らしたい次第であります! ……少々、私事が入ってしまったようにも感じられますが、その時は何も見なかったことにしてくれると幸いです。
とにかく、このクリスマスという日は、恋人たちの大切な時間なのだ。 「え〜っと、買わなきゃいけないのは、大体こんなものね」 そんな中、何かメモらしきものを見ながら、水亜は一人、迷いなく真っ直ぐに歩いていた。 いつものコートを身に纏い、缶コーヒー片手に目を細め、どこか気だるそうに見える。 「……ちょ、ちょっと……、待ってくださいよ……」 ……訂正、彼女は一人ではなかった。 彼女から遅れること十数歩、その背を追って必死にふらつく足を進める、全身荷物まみれの聖の姿がそこにはあった。 「だらしないわね〜。そんなことで、男として情けなくないの?」 仕方なしに立ち止まり、背後を振り返るなり、水亜は開口一番にそう言い放った。 「そんなことって……先輩、俺の今の状況、ちゃんと分かってます?」 「せいぜい数十キロ程度でしょ? ちょっと軽くなった私を背負ってるようなものと思ったら、軽いもんじゃない」 「先輩、絶対もっと重いで……」
――グシャッ!
聖が全てを言い終える前に、中身を飲み干された空き缶が、突如として水亜の手の中でひしゃげた。 ポイッと放り捨てられたそれは、空中にキレイな放物線を描いて、ゴミ箱の中へと吸い込まれていった。 「……」 「……ん? 間抜けな顔して、どうかした?」 あんぐりと口を開けたまま、唖然とする聖に向かって、何もなかったように不思議そうな表情を浮かべる水亜。 「あ、いえ、何でも……」 答えながら、聖はさっきのシーンを思い返した。 握力まかせに、一瞬でグシャグシャにへこんだ空き缶。
――缶コーヒーって、ほとんどがアルミじゃなくスチール製じゃなかったっけ?
もしスチール製だったとしたら、一体どれほどの握力で握り潰されたというのだろう。 そんな力で、握手でもされようものなら…… 「……!」 恐怖と形容しても良い寒気が、聖の背筋を走り抜けた。 本能が告げていた。 さっきの話題は、二度としてはならないと。 「ほら、何ぼんやりしてんの。絢音が待ってるし、早く帰るわよ」 「は、はい! 只今!」 「あら、急に返事が良くなったじゃない」 「そ、そうですか? あ、あはは……」 乾いた笑いを浮かべながら、聖は疲弊しきった全身の筋肉に鞭を打ち、小走りで水亜の後についていくのだった。
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