【ゾンビ者雇用促進法】
――働くゾンビ者、働くことを希望するゾンビ者を支援するためゾンビ者の就業機会拡大を目的とした各種施策を推進するべく、ゾンビ者雇用促進法が平成2×年4月1日より施行されます。
「鬼塚くん、この前のはどうなってる?」 岩村部長に呼ばれ、俺は資料を持って部長のデスク横に椅子を置いた。座る。 「やっぱりゾンビ者を新規に雇用しないといけないみたいです。今日、職安で説明会があるようなので参加したいと思っているんですが」 「しかしゾンビ者だろう。いきなり営業や技術部には置けないな。……総務の仕事は、人手が足りないとこの前言ってなかったかね?」 Create All Good Eating、略してCAGE。株式会社CAGE総務部で、俺は人事労務を中心とした仕事をしている。CAGEの主たる業務は、業務用調理器具の製造販売とメンテナンスで、お客様は小さな料理店から給食所まで幅広い。 総務の人手は確かにちょっと足りない。人事労務を扱っているのは俺と次長の2人だけ、部長の他にあと4人いるが、経理はその人数でもぎりぎりなんだそうだ。俺も時々伝票打たされるし。 「そうですね、テストケースとして事務補助ででも求人かけてみましょうか」
数年前、ゾンビウィルスが流行った。感染力は強くなかったのだが、場合により死にも至る危険なウィルスで、その時はCAGEでも「感染しない十か条」とか「家族が感染した場合の取り扱い」とか、そういう文書をいくつも作って社内BBSに載せた。作ったのは俺だ。総務部は何でも屋さんである。 幸い社員やその家族が感染したという報告はなく、ワクチンも作られ、もう怯えることはない。しかし、ゾンビウィルスで亡くなった患者たちは、体が死んでいるのに普通に生活をしているというのだ。厚生労働省が統計を取ったところ、全人口の約0.8%はゾンビ者なのだという。
「せめて障害者枠に入れて法定雇用率を上げるとかだったらなぁ」 デスクに戻り資料をばらりと散らかして、椅子で伸びをする。総務の仕事には波がある。たとえば経理担当は月の終わりと初めや年度初めに激しく忙しいし、俺は新卒採用をほとんど一人でやっているので12月から5月くらいまではやばいくらい忙しい。 障害者なら法定雇用率よりも多く雇っている。誰が障害者なのかは社内の個人情報取り扱い規定により、俺と次長と総務部長しか知らないことになっているけれど。まあ実際は一緒に業務やってりゃ判るよね。
資料に目を通す。「ゾンビ者雇用促進法について」と題されたパンフレットだ。基本的なシステムは障害者雇用促進法と同じ、と俺は読んだ。つまり、法定雇用率に足りない場合は1ヶ月1人当たり5万円(しばらく猶予期間として4万円らしいが)を納付しなければならない。多ければ逆に調整金が支給される。 なんだか、高齢者と障害者の雇用支援をしていた行政法人も、高齢・障害・ゾンビ者雇用支援機構と名前を変えている。 挟まっていたチラシに目が行く。「ゾンビ者を職場に迎えるために人事担当者が読む本」。これ、シリーズだよな、確か。そうだ、職安に行くついでに書店に寄ろう。この本、買ってみよう。まあ買ってみても蔵書にすれば金は戻ってくるし。
「じゃ、職安行ってきます」 脱いでいたジャケットを羽織り、行き先ホワイトボードに「ハローワーク NR」と書き込み鞄を持つ。 「ゼンメイさんいってらっしゃーい」 「いってらっしゃーい」 「気をつけてー」 経理担当は忙しくないらしい。それに俺はゼンメイじゃない、善明(よしあき)だ。俺は総務に入ったのが一番遅いからなんだかいじられてばかりだ。新規に雇用するなら俺の業務を手伝ってもらいたい。そしてちゃんと「鬼塚さん」と呼んでもらうんだ。
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