嗚呼、夜だ。今この時を持って私は、解放された。 月の光が、非常に心地がいい。感覚が研ぎ澄まされていく。 冷たい風が、全身を撫でる。私は、生き返った。 毎夜、訪れる奇跡。私は、あらゆる枷を解かれ自由だ。自由なのだ。 笑いが止まらない。いまいましい、太陽さえなければ永遠に続くはずの、この時間。 最早、一秒一刻の時間も惜しい。解き放たれし我が生よ、存分に快楽を貪るべし。 一つの屍骸が満月に向かって獣のような、それでいて、どの獣にも似ていない禍々しい叫び声を上げた。人間だった、その屍骸。どこの誰だかは、誰も知らない。ただ、生きているものはすべて、人間から獣まで彼を忌み嫌い、避けてきた。その人間だったものは、見境も無い悪食ぶりで、生きているものなら、すべてを殺して食った。当然、人間だろうが獣だろうが関係なかった。 彼を突き動かす、快楽の最たるものは食欲。特に人間の子供を好んだ。血を啜り、跡形も無く食らう。彼は、死の象徴であり、恐怖そのものであった。 所々に腐れ落ちた肉と、死して未だ衰えない頑強な骨、これが、凶悪な食欲によって激しく突き動かされるのだ。 目を刺すような異臭を身に纏い、ただひたすら生きた肉を求めるのだ。 彼は、醜く爛れた顔を歪ませ、鋭く伸びたつめを、びちゃびちゃと音を立てて舐りはじめた。今宵の獲物を想像して、嬉しくてたまらないのだ。 風が、生きている人間達の、それも相当な数の人間達の臭いを彼のところに運んできた。 彼は狂喜した。嬉しさのあまり小躍りした。ひょっとしたら彼が生きていた頃、人間だった頃の彼の癖かもしれない。もっとも今となっては誰も知る由がなかった。 しかし、彼はその人間達がどんな目的の群れであるかを予想していなかった。その人間達は、彼を抹殺する為に徒党を組み手に松明と武器を持った人間達の群れであった。怒り、怒りにみちた人間たちの群れ。理不尽な恐怖に対する怒り、突然肉親を殺されたものの怒り、その邪悪な存在自体に対しての怒り、様々な怒りが塊となって、鋭い刃のように研ぎ澄まされた憎悪を握り締めた人の群れ。怒りに満ち溢れた必殺の刺客の群れだ。 闇の中を飛び立つ鳥の羽音が聞こえてきた。 もうすぐ、血の宴が始まろうとしていた。そう、もうすぐ目の前に…。
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