運転免許も最後は高速道路だが、『CCC免許』も最後は高速破壊である。CCCとはコモン・クリーチャー・クラッシャーの略で、つまり異物破壊公務員である。 大学で理系を選んだ女子二名、神庭ウズメと各務チノリは時間通り戦闘配置についた。お互い、かんばとかがみの苗字が読めない書けない頃からの同級生で、二人一組で挑む試験で、相棒は他に考えられなかった。 ウズメとチノリが通う帝臣大学生命環境学部防災学科の卒業試験がやってきた。卒業生は『CCC国家1種免許』という希少な国家資格が与えられ、超高収入の未来が約束される。入試は自己推薦なので、その気さえあれば涅槃のように入りやすい学科だ。 二人ともここに入るつもりで高校時代は勉強しなかった。入学後、鍛えたのはとにかく戦闘能力だ。なぜなら卒業試験の合格率は毎年1%を切るほど過酷なのだ。不合格者は留年し再挑戦するか中退かの二択だ。ちなみに不合格者とは生存者のことである。 いざ、通称『獄門センター』と呼ばれる施設に入り、ボディチェックを済ませた。この日、勝負服を選んだ二人。ウズメは韓流も悔しがるヘソ出しTシャツと超ミニで太もも全開。一方、チノリは訳あってホットパンツだが、キャミの胸元から大きな谷間がのぞく。 ゲート前で、神妙な顔で待っていた教官に肩を叩かれた。 「全力で突破するしかない」 教官は言う。 「まあな」ウズメは腕を組んでニンマリ笑う。 「そのつもりで」チノリは軽くストレッチで体をほぐした。 シグナルが緑に変わりゲートが開く。中に入ると即座に閉まった。それと同時に、五百メートル先にある巨大な獄門が開く。肋骨を曝け出した腐乱物の門柱が左右にそびえ立ち、奥の洞穴から一分間に約三十体のペースで人型腐乱物が湧き出してくる。と物珍しく観察している間に続々と出てくる出てくる、あっという間に百体を超える勢いだ。 二人が持つ武器はアトミックサイズという特殊な大鎌で、これで首を刎ねることが、動きを止め実存を冥府に送る唯一の方法だった。実存は首に宿っており、首を切断か破砕しないと体のどこを斬っても向かってくるのだ。 そして、大鎌に文殊の札を貼り、精神を集中し術式を発動する。これによって大鎌がどれほど返り血や肉片にまみれても切れ味が保たれるようになる。連戦には不可欠な術式だ。この札の効力が合格を左右すると言われ、その点では二人とも抜群に効力が高かった。 「チノリ、今日あれの日なんだって?」 「――ウズメ、それ教官にしゃべったろ」 「あ、ごめん。悪気はない」 「……帰りにファミチキで許す」 一呼吸置き、手に携えた大鎌を確かめる。柄に貼った文殊の札が青い輝きを煌々と放っている。準備万端だ。 「んじゃ、行くか」 「そのつもりで」 獄門から湧き出す異物は増えていく。数に押されて良いことはない。ウズメとチノリは猛スピードで駆けていき、先頭集団に斬りかかった。凄まじい腐乱臭だが、ひるむ暇はない。一振りで最低二、三体ずつ首を飛ばす。断面から黒々とした血が噴き出す。目に入らぬよう機敏に避け、別の標的に斬りかかる。順調な滑り出しだが、それでも腐乱物たちは倒れた肉塊を踏み越え、次々に迫ってくる。 囲まれると危ないので原則はヒット&アウェイで攻めるものだが、二人はまるで遊具のティーカップのように、リズムに乗って高速で首を切断し、大鎌の反動を生かして次の首を薙ぎ払う。その連続で着実に数を減らした。何しろ一分で三十体出てくるのを乗り越え、洞穴の門を閉めなければ試験は終わらないのだ。だが、この流れるように首を刈るペアには何の不安もなかった。 「最速記録を立ててやろうよ!」 「そのつもりで」 ウズメとチノリはそれぞれ向かってくる群れを一点へ引き込むように誘導する。二人が交差した瞬間、連中はぶつかって鈍化し、二人は翻って一気に首を刈る。文殊の札の青い光は美しく弧を描き、黒い血の雨が舞い、大鎌の銀色が残骸の山を旋回し、噴水のように黒い血飛沫が連なる。
腐敗物が単純な人型よりも半獣型が増えてきた。試験は第二段階に入ったのだ。二人は一歩退き、状況を確かめる。人型の腐敗物は、動物の生肉を食べるとその身体能力や特徴を取り込むことがある。それが半獣型だ。 厄介なのは犬人型で、四つん這いで首の位置が低く、俊敏な脚力を持ち、鋭く噛みついてくる。ずっと人型の首ばかり見ていると足元からいきなり襲われることがある。不意を突かれて深手を負いリタイアした者も多いと聞いている。 チノリは腰を落とし大鎌を構え直した。戦法を変える必要があると直感したのだ。 「――ワンコが出てきた」 犬人型は首が頭に隠れているので横から斬る必要がある。それだけ標的に近づかないといけない。数も多い。 「背が低いチノリは犬、背の高いあたしは人ってのが効率いいか?」 「……数が不公平」 「んなこと言ってる場合じゃないだろ! じゃあ、まとめて斬るってのか?」 「そのつもりで」 チノリは先陣切って突進した。足の速い犬人型どもが群れから抜け出し一斉に向かってきた。接触寸前で急に舵を切り、沿道に生えている汚れた木に大鎌を引っかけ器用に登った。犬人型はその根元に集まり猛然とよじ登ろうとする。 「なるほどね!」 追ってきたウズメは、木に前足をかけた犬人型の首を、後ろから鮮やかにまとめて薙ぎ払った。胴体はみな倒れ、飛んだ首はごろごろと地面に落下した。一方、チノリも木から降り攻撃に加わった。 だが、これでは到底終わらない。洞穴から人型の大きさの数倍はある黒い影が何体も躍り出た。 「やっば、もっと速いのが来たぜ!」 馬の体格をした腐乱物が、はらわたを道にこぼしながら突撃してくる。背中に人型が乗り、騎馬兵のようになったものもある。上から襲われたら相当危険だ。二人はこれまで以上に警戒心を高める。そのとき、ウズメにはまた別のものが見えた。 「群れの中央に虎人型がいるな。あんな太い首、どうやって斬るんだよ?!」 チノリはさらに別のものを発見する。 「後方に熊人型もいる。すごく……大きい……」 アトミックサイズを握りしめる手が熱くなる。 「なあ、まさか象人型とかないよな」 パオオッ! と洞穴前で土色の長い鼻がしなった。あんなやつ大鎌で本当に仕留められるのか。溜め息をつく間もなく、鼻先に馬人型の第一陣が迫ってきた。 「しょうがない、順番に行くか」 「うん、そのつもりで」
馬人型は首が長い。ウズメは神経を研ぎ澄まし、居合抜きのように大鎌を構えた。周囲に迫る人型はチノリが倒し、相棒を馬人型の迎撃に専念させる。けたたましい足音を立て、間もなく数体が突っ込んでくる。馬人型は横に並んで走る傾向があると教わった。ウズメは位置を見た直後、数歩下がり、臆さず一気に大鎌を振り抜いた。 完璧なタイミングで首の上と下を分断させた。でかい胴体はそのまま倒れ、乗っていた人型もまとめて崩れた。血を噴いて宙を舞った巨大な首は胴体のそばにどさりと落ちた。ウズメは大きく呼吸する。 「洞穴に向かうぞ! 残りは迎撃する!」 ウズメは駆け出し、チノリも続いた。馬人型の群れが再び追ってくる。まずは人型を仕留めてスペースを確保し、二人はそれぞれ狙う馬人型の標的を定めた。そして、接触寸前にバックステップで軌道を離れ、大鎌を振り抜き、首を刎ね飛ばす。さらに自ら追いかけて、もう一体ずつ首を斬り落とす。それからまた洞穴へと走る。このリズムで洞穴との距離を縮めつつ、迎撃と追撃を重ね、次々に数を減らしていった。だいぶ斬ったと思う頃にはいつしか馬の足音が消えていた。 「おし、門の近くまで来たな!」 「あれは……手強そう」 虎人型と熊人型が雄叫びをあげ、怒涛の勢いで襲ってくる。背後にいる象人型に比べれば小さいが、十分な巨大さだ。虎人型はしなやかに人垣の隙間を縫って駆けてくる。ハッと気づけばもう目の前だった。 チノリは咄嗟に大鎌を振った。そうしなければ噛みつかれ命を落としていただろう。顔を斬りつけられた虎人型は一瞬ひるんだ。その隙を突きウズメが首を狙った。手応えは十分だったが、首が落ちない。 「うそだろっ?! 一本じゃ斬れない!!」 相棒が叫ぶが早いか、チノリは反対側から力一杯振り下ろし、今度こそ巨大な首を地面に落とした。残骸が横倒しに崩れる。 休む間もなく、熊人型が剛腕で周囲を見境なく弾き飛ばし、道を開けた。すぐ突進してくるに違いない。対策を考える時間がない。 「腕が超やばいな」 「――なら、後ろから」 「だな!」 人型の群れを抜け、熊人型の背後に回り込む。だが、考えが浅かった。熊人型は機敏に向きを変え、人型もろともウズメに強烈な一撃を浴びせた。チノリは血の気が引いたが、相棒の無事を信じて希少なチャンスを選んだ。再び四つん這いになった瞬間、体の横に躍り出て大鎌で上から首を叩き斬った。一刀で断つことができたのは幸運だった。 腐乱物の山の中からウズメが猛然と立ち上がる。 「やった! あとはあいつだ!!」 ひときわ巨大な象人型が洞穴の前に立ちはだかる。急がないとまた人型や半獣型が増える。一撃で動きを止めたい。方法は――先に目だ! 言葉にせずとも二人は両側から眼球を斬った。そして腹の下を通り、邪魔な人型を斬り倒し、洞穴の門を閉じて錠前をかけた。流入を止め、残った腐敗物を片っ端から沈めていく。象人型は最後の最後、背によじ登り、首に刃を刺して実存を消滅させた。
結果、歴代の最速記録には少し及ばなかったが、ウズメとチノリは主席卒業ペアとなった。その後、教官に届いたメールによると、ひたすら腐乱物破壊に邁進しているそうだ。まあ仕事だしな。そのつもりで。
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