| [104] 俺とアイツのデートの話 もしくは 三人の魔女の話 |
- 日時:2017年04月10日 (月) 15時34分
名前:渡邊 直樹
露骨に色の付いたレンズは目立つからと、ただのガラスを選んだ。 いや、選ばされた。 少しだけ青みのがかった細い銀フレーム。 慣れない重みに戸惑い、何度も触っては位置を確かめる仕草。 『眼鏡に慣れてないってバレバレ』 そう笑ったのは今回の件を企画した、セルフィだ。 笑われて少しだけ面白くなさそうに眉間に皺を寄せて見せても、彼女には通じない。 おかしい、調子が狂う。 だが、それも悪く無いと思うあたり毒されている。 ここに、この空気に。 飛び出した時、いや、魔女の手を取った時に帰られないと思ったバラム・ガーデンに。
普段髪を上げているなら下ろせば印象ががらりと変わる筈。 そんな発言でブラシを動かす人にされるがままに弄られ続ける。 下ろされた前髪も、印象かわるからとかけられたパーマも、どこか借り物のようだ。 むずむずと落ち着かない。 『邪魔くせぇ』 我慢しなさいと笑ったのはキスティス。 別に怖くはないが、こいつの持っている特技は些か厄介だ。 出来ればお相手をしたくは無いとここでも我慢を強いられる。 諦めたように零れた言葉は、どうしようもなく本音だ。 視界が悪い、くすぐったい、落ち着かない。 ああ、なんてこった ───── ちょっとアイツと出掛けたいと思っただけでこの騒ぎ。 絶対、お前ら人ごとだと思って楽しんでやがるな? 口に出した言葉は、同い年のくせに年上ぶる女に笑って躱された。
同じガーデンにいるのに、回りくどいことをさせようとする。 『やってみれば解りまーす』 そんな風に人差し指を口に当てていたずらっぽく笑ったのはリノア。 現代の魔女様に云われちゃ、元魔女の騎士としては従うしかない。 たとえこいつがアイツの魔女で、俺の魔女じゃないとしても、だ。 しかし、女どもはどっから今日のことを知った? アイツが話すとは思えないし、俺も彼女らに云った覚えも無い。 『じゃ、ここに18時ちょうどでおねがいしまーす! スコールにも伝えておくね』 指定された時間に来てみればアイツの姿は無い。 それにしてもあちこちカップルばかりが目に入る。 バラムの駅舎の時計を見れば、指定された時間からもう15分ほど過ぎている。 珍しいな、時間に厳しいアイツが遅れてくるなんて。 何かあったのか? 少しだけ不安に思い、携帯していた通信機を覗き込む。 連絡は無い。
長い針が真下を向いた時、見慣れた栗色の髪を見つけた。 らしくない格好にどうやらアイツも俺と同じように彼女たちに弄られたのだろうことを知る。 いつも身につけて居るシルバーのアクセがどこにも見られない。 無頓着な髪も綺麗に整えられている。 なるほど。 どうやらリノアの言っていたことが少しだけ理解った。 待つのは性に合わない。 が、コイツを待つのは存外悪くは無い気分だ。 「アンタ、随分と早いな」 「俺は時間通りに来た」 そんな筈はないと言いたげに、アイツが眉間に皺を寄せる。 それから俺の格好を上から下まで眺める。 「土産の一つでも買って帰らないと駄目だろうな、サイファー」 「俺も同感だ」 見たいと思っていたガンブレードの部品を見て、腹が空いたと適当な店に入った。 魚料理メインの食事を平らげた後、時計を見ればガーデンの門限が近づいている。 普段とは少し違う姿ももう終わりの時間だ。 そう思うと、惜しくなる。 もう少しだけいつもと違うコイツを見ていたいと思うのは惚れた相手に当然抱く感情だ。 「なあ」 「悪い、ガーデンから連絡だ」 この後の予定が欲しいと言い出しかけた俺を遮り、アイツが通信機を取り出す。 途端に表情が引き締まるのはコイツらしい。 何か緊急事態でも起きたかと、俺もまたカップに残っていた珈琲を飲み干す。 「……スコール?」 何も云わず、震え出したアイツの手元を覗き込む。 なるほど。 全く、暫く彼奴らに俺は頭が上がらないだろうなと苦い笑みが自然と浮かぶ。 『外泊届は出してあるからあとでサインお願いね、指揮官様』 そんな文字が並ぶ端末を俺はさっさとしまい、スコールを促して店を出る。 翌日の太陽が真上を過ぎた頃に戻った俺たちを出迎えたのは、言うまでも無くあの三人。 それを見たスコールの顔が耳まで真っ赤になったのは当然の話だった。
 (18)
|
|