| [173] 8月23日 |
- 日時:2019年08月23日 (金) 23時33分
名前:山田かん
執務室の扉が開くなり、キスティスがその美しい金色の髪を揺らしてスコールの元に歩み寄った。何事かと視線を送るスコールの机の上にトン、と片手に乗るほどの大きさの白い小箱を置いて微笑んだ。
「お誕生日おめでとう」
細い指先から離れた小箱を見て、綺麗な微笑みを崩さないキスティスに視線をやり、スコールは、はて、と考え込むように顎に手をあてて首をかしげた。
「……? たしかまだ先だが?」
ここにはスコールしか居らず、となれば、お誕生日おめでとうとの言葉はスコールに向けられたものであるはずだ。が、スコールの誕生日はまだ当分先にある。
キスティスの記憶違いでなければ、日々机に向かいっぱなしのスコールの日付感覚が可笑しくなったか、はたまたスコールが自分の誕生日を勘違いしているかだ。
G.F.の影響を受けているとはいえ、流石に自分の誕生日が何時だったかはまだ忘れていないはずだ、と顔をしかめるスコールに、キスティスはにっこりと──心なしか瞳の温度を下げて口を揺らめかせた。
「知ってるわ」
ゆっくりと穏やかに紡がれた言葉に、どうしてであろうか、背筋に冷たいものを感じたスコールは少しばかり居ずまいを正し、それでもやはり訳がわからぬと問うた。
「なら、何故?」
「何故? 私、明日から長期の任務なの? 残念ながら、あなたの誕生日当日に戻れないくらいには。たしかあの任務の人事決定してくれたのはあなただったと思うわ?」
美しい形に微笑みを崩さぬままに捲し立てられ、スコールが眉間に片手をあてる。忘れていた訳ではないが、意識になかった。
「……悪かった」
悪かった、の短い言葉には“長期任務を入れて悪かった”、“依頼に対して適正な人材がアンタ以外に居なかったんだ”、“忘れていた訳じゃないが、誕生日と結び付かなくて聞き返して悪かった”、“そもそも自分の誕生日を気にしてくれているなんて思わなかった”と、多様な意味が込められていた。常人であれば、到底汲み取れぬであろうその真意が、自称スコールマニアである彼女には八割方伝わったらしい。ふっ、と肩の力を抜いて温度を取り戻した目を細めた。
「ま、いいわ。……ともかく、少し早いけどおめでとう。これはプレゼントよ」
と、机に置いた小箱を指差す。
「ああ、ありがとう。開けても?」
キスティスが流れるような仕草でどうぞ、と促す。小箱に施された簡易的な包装をとき、箱を開くと、小さな箱より更に一回り小さな──掌に収まるほどの──板が入っていた。
「……端末?」
その独特のつるりとした板には見覚えがあり、スコールが呟いた。最近では見ない方が少ないくらいに全校生徒……教員も、バラム市街の人々──それどころか世界中何処を見渡しても御目にかかれる位には普及している小型の通信端末だった。
「あなた、持ってないでしょ?」
持っていないのではなく、持ちたくなかったからあえて持たなかったのだが、それを素直に口にできる子供らしさは既に通り過ぎていた。が、とっさに隠した感情を、何年もスコールを見ていた彼女に隠し通せる程、大人でもなかった。
「知ってるわ。持ちたくなかったんでしょ? ……でも、今に感謝するわよ」
そう言い残して、執務室を去ったキスティスの背中と手にした端末をスコールは交互に見つめて心の中で呟いた。
(感謝? 感謝ならいつもしている)
美貌のガーデン元教師に取り残された元教え子は、つるりとした突起の無い板をしげしげと見つめていた。
機械……である以上、電源を入れなければ話にならない。が、その電源の入れ方が全くわからないのだ。スコール自身、ゼルとは違い機器類に明るい方ではない。が、仕事で扱うコンピュータなどは問題なく使えていた。電源の入れ方がわからない等、今迄で初めてである。
改めて手にした機械をかざすようにして見てみる。端末はどこまでもつるりと、やはり、電源を入れるためのボタンなどは見当たらない。
「まず、電源ON……だろ……?」
戸惑うようにそう呟けば、静寂を保っていた端末から光が溢れてきた。
『初めまして。まず、快適にお使い頂く為の設定を始めさせていただきます。お客様のお名前をフルネームでどうぞ』
端末から流れてきた流暢な合成音声に、スコールは目を見開いた。
「音声認識……」
呟いたスコールの言葉は、名前だと認識されずにすんだらしく、再び端末が同じ問いを投げかけてきた。
『お名前をどうぞ』
「スコール……レオンハート」
疑うような気持ちを滲ませて呟くと、端末から声が返ってきた。
『ありがとうございます。スコールレオンハート様ですね。指紋認証を行います。今画面に映っている丸い部分に指を押し付けてください。どの指でも構いません』
戸惑いながらも右手のグローブを外し、表示された画面に指を押し付けた。スコールの日焼けのない白い指に微かな振動が伝わる。
『ありがとうございます。スコールレオンハート様、データベースにて照合が完了致しました。その他の環境設定については省略致します』
「照合?」
『はい、スコールレオンハート様、バラムガーデン総司令官、身長177cm……』
「まて、わかった。もういい」
スコールが制止すると、端末はポウっと静かに光をおさめた。
端末の入っていた箱を見ると、エスタのシンボルとオダインの名前が刻まれており、スコールは納得したように、一人頷いた。
ガーデンとエスタは正式に協力関係を結び、ガーデンが収集したデータはバラムとエスタ両国の定めた条約に基づいて相互利用が認められている。ガーデンの生徒は年に一度の定期健診時に指紋の採取も行われる。つまりは、そういう事だ。
ふう、と溜め息をついてスコールは端末をジャケットの内ポケットに入れた。──正直、使う気にはならない。が、せめてキスティスが任務から戻るまでくらいは、使わなくては失礼だろう、と。
──
スコールと端末の共同生活が始まって既に3日が過ぎていた。
スコールは、その恐ろしく整った理知的な顔立ちから誤解されがちではあるが、機械──というより最新技術全般と相性が良くない。なまじ本人にその自覚があるものだから、余計たちの悪いことに、今の今まで最先端の技術とは極力関わらないようにして生きていた。そんな男がエスタの科学の結晶たる最新機器を持つに至ったのだ。
端末が反応する度に、スコールも可笑しな挙動を返す。
スコールがコーヒーを淹れてくれば、
『血糖値が低下しています。角砂糖を一つ入れてはいかがですか?』
と、端末が返し「なっ……!?」とスコールが驚いてコーヒーカップを落としそうになる。
そんな様子を、この3日、愉快げに観察する男が居た。スコールと同室の金髪の男、サイファーは、今にも笑いだしそうになる口元を押さえて機械に翻弄されるスコールを眺めていた。
4日目、スコールと端末の間に劇的な変化が表れた。
それはいつもの朝。サイファーが朝の弱いスコールの為に、いつも通りにコーヒーを用意してテーブルに置いていると、正に淹れたてのタイミングで起きてきたスコールが、まだ眠いのか、目をとろんとさせながらも実に自然に端末に尋ねた。
「今日のエスタ北部の天気を教えてくれ」
『晴れ、降水確率10%、午後6時以降20%、最高気温──』
ほう、とサイファーが自身のコーヒーカップを口元に運びながら、横目でスコールの様子を伺う。スコールが返答以外で自ら端末に話し掛けたのはこれが初めてであった。端末の回答に満足したように頷いたスコールは、サイファーに向かって一言「出掛ける」と言い残すと、部屋を後にした。
(そういえば、親父さんのとこから依頼が来てたって言ってたな──それにしてもあのスコールが……)
コーヒーで喉を潤したサイファーがううん、と唸った。ここ数日のスコールと端末のやり取りは、傍から見ていて愉快なものであった。そもそも、滅多なことでは取り乱すことがない(ように努めている)男である。それが小さな機械一つに翻弄されている様はどうにも可笑しい。
──警戒心の高い猫が、人間に慣れていく様にも見える──そんなことを考えながら、サイファーがカップを置いて喉の奥を鳴らした。
5日目、朝。
昨日のうちに任務から帰還したスコールの為、いつも通りサイファーがコーヒーを淹れていると、スコールが悲愴な面持ち──とはいえ、その表情はスコールをよく知らないものから見れば、不機嫌そのものに見えるのだが──でやってきた。
その顔が、ふと、サイファーの脳裏に遠い昔の記憶を蘇らせた。エルオーネが去った後、スコールはよくこんな顔をしていた。涙をこぼすまいと我慢しすぎたが故の、不機嫌そうな表情。
久しく見ることのなかった表情に、サイファーの心臓がばくり、と跳ねた。
サイファーの人生に置いて、後悔があるとすれば、それは独りで生きようと強がる年下の少年が、誰にも伸ばすまいと思って、それでも、誰にでもなく伸ばしてしまったその手を引き上げてやらなかったことだろう。
あの頃のサイファーは幼く、居なくなったエルオーネ以外眼中にないスコールに訳もなく腹が立った。エルオーネの事なんて忘れるくらいに、もっと悲しませてやりたい、と思ってしまった。今ならば、それが子供らしい独占欲であった事がわかる。
「サイファー……」
引き絞るように発された声に、サイファーの意識が引き戻される。
誰に頼ることもできなかった、かつての少年は、誰かに頼ることを知る大人になった。そして、傷つけることでしか愛情を表現できなかった少年は、その間違いに気が付くことが出来た。
スコールのただならぬ様子に、サイファーは手に持ったドリップケトルをテーブルに置き、どうしたと尋ねると一拍置いてスコールが言葉を漏らした。
「こいつ……動かないんだ」
握り締めた手を胸の高さに持ち上げ、ゆっくりと開くスコール。その手の中には端末があった。端末の小さなディスプレイは暗く、何の反応もない。
「……壊れた……のか?」
あまりにも情けない色を滲ませたスコールのその言葉に、サイファーの肩がフルフルと震える。指で端末を押したりスワイプさせるスコールの様子に、辛抱溜まらんとばかりに噴き出した。
「なっ」
突然噴き出した男に、スコールが不快をあらわに眉を寄せる。
今にも食って掛かりそうなスコールを左手で制しながら、右手で顔を覆ったサイファーが、ひとしきり笑い飛ばした後、呼吸も苦しそうに声を出した。
「お前、充電してないだろ?」
ククク、と喉を鳴らすサイファーの言葉に目を丸くしたスコールが、目を丸く見開いた後、ばつも悪そうに顔を背けた。耳がみるみる赤く染まっていく。
単純なことだ。動力がなければ、機械は動かない。
家電の充電は世界標準規格に統一され、通常、機器の購入時に専用の充電器はついてこない。だからと言って、充電の概念を忘れるのはいかがなものか、と。サイファーが考えたところで、昨夜キスティスから届いたメッセージの事を思い出した。
『そろそろだと思うから宜しく』
何の事かと首を捻っていたが、成る程、優秀な元教師はこの教え子の事をよくわかっているらしい。
いまだにやける口元を右手で隠しながら、自分の充電器を貸してやろうかと思って、思い出したかのように動きを止めてニヤリと笑った。
「一つ、貸しだな」
苦々しい顔をしたスコールが、それでも頭を縦に動かした。
8月23日──
「自分の有能さがたまに怖いわ」
手にしたティーカップを口に運び、ふぅ、と息をついたキスティスが肩をすくめた。
バラムガーデン執務室──常ならばスコールが陣取るワークチェアにはキスティスが長い足を組んで腰掛けている。
デスク前の来客用スペースには男女が4人。そのテーブルには──スコールが見れば顔を青くして怒るであろう──ランチミーティングの名目で、菓子がところ狭しと広げられている。
「ほんと〜。後一週間はかかる予定だったのにね〜?」
キスティスの言葉にセルフィがチョコレートを頬張りながらくすくすと笑いを返す。
「予定を一週間も繰り上げて帰ってくるなんて、どんな魔法つかったのさ〜?」
セルフィの隣を陣取ったアーヴァインが、甲斐甲斐しくも彼女にジュースを注ぎながら、間延びした声で問いかけた。
「どうせ現地スタッフを馬車馬みたいに働かせたんだろ」
ゼルがスナック菓子を乱暴に頬張り、その音に紛れるほど小さく言葉を漏らす。
「あら? 何か今、とても人聞きの悪い言葉が聞こえたのだけれど? ゼルは昼休みにも仕事したいのかしら?」
「……結構です」
にこりと微笑みを向けるキスティスに、スナック菓子で汚れた手をナプキンで拭きながら、ゼルが肩を落として返答した。
「あのー」
そんな面々のやり取りを目で追いながら、ストローでジュースを吸い上げていたリノアが、おずおずと声をあげた。
「私、ここにいておっけーな感じ?」
「おっけい、おっけい!」
「おっけーも何も、スコールのバースデーパーティの企画者はリノアだろ?」
明るく声をあげたのはセルフィ、続いてアーヴァインが首をかしげて声を出した。
「でも、私、いちおー部外者だしな〜って……」
「ちゃんと入場手続き踏んできてるんだから問題なしなし!」
「んじゃ、主役の居ぬ間に段取り決めちゃいましょう」
ぱん、とキスティスが両手で乾いた音を立てて、声をあげる。
「んで、そのスコールはどこにいるんだ?」
ゼルが尋ねると、皆は顔を会わせて思い思いに表情を作った。
「貸しがあるからとか言って、苦い顔でサイファーと出かけていったわ。パーティー迄には戻るそうよ」
とキスティスが溜め息をつき、
「とか言って、どうせデートだろ〜?」
と、アーヴァインが茶化す。
「は? でぇとぉ? あいつらが?」
ゼルが驚いて目を丸くすれば、
「うそ。ゼル気づいてなかったの?」
「にぶちん〜」
キスティスとセルフィが、大丈夫かとでも言うようにゼルの鈍さを指摘した。二人の言葉に、ゼルは苦いものでも食べたかのように表情を崩してリノアを見た。
「オレ、てっきり」
てっきりリノアと付き合ってるとばかり──という台詞はかろうじて呑み込んだが、続く言葉はリノア自身が引き取った。
「てっきり? まだわたしと付き合ってると思った?」
もう半年も前の事よ、と他人事のように話すリノアは、何かを思い出したかのように沈黙し──忘れるように頭を振って声をあげた。
「よし! 結構は8時……じゃなくて、〇八〇〇! スコールが自分の中の誕生日を大大大〜好きになるくらい、パーティー盛り上げるわよ!」
その言葉に皆が相好を崩して頷いた。
日が落ちて、スコールとサイファーが学園に戻ると、どこかぎこちない様子のゼルが二人を出迎えた。
「お、もどったな」
「なんだ、おまえだけか? 今日の主役の出迎えだぞ。チキン野郎には荷が重くねぇか?」
「あんだと」
二人を制するようにスコールが静かに声をあげた。
「……ゼル、熱くなるな。サイファーも、あんまりからかうなよな」
軽く溜め息をついたスコールを見て、少し落ち着きを取り戻したゼルが、咳払いをしてポケットに無造作に入れていたメモを取り出し読み上げた。
「えー。スコール・レオンハートさま。本日はお誕生日おめでとう! ささやかながらパーティーを催しましたので是非お越し下さい」
「なんだよ、書いたのはリノアか?」
「だな」
スコールが。柔らかい声をあげる。チキン野郎の声で読まれると気色悪い、と続くはずだったサイファーの言葉は、スコールの微かに緩められた口元を前にして消えてしまった。サイファーがスコールと暮らし初めて随分にはなるが、やはりスコールの笑顔というのは滅多にみられるものでもない。
スコールを見つめるサイファーの瞳の温度に気が付いたゼルが、一言「オレ、にぶちんかな……」と肩を落として呟いた。
用意されたパーティー会場はゼルの個室だった。いくらガーデン指揮官とは言え、一生徒であるスコールの為だけにガーデンの施設は借りることが出来ない。──シドにでも頼めば二つ返事で了承しただろうが、あくまで今回の催しは内輪のものだ。SeeDともなれば公なパーティーに仕事で出席することも多い。今回は本当に、仲間内だけで騒ぐことが目的だった。
「スコールおめでとう〜!」
「はんちょ、おめでと〜!」
スコールが部屋に踏み入れるなり、リノアとセルフィがハモりをあげてクラッカーを鳴らす。
「ありがとう」
簡素に礼を言うスコールの声に棘はなく、二人は顔を見合わせて笑った。
「はんちょーくらーい!」
「めちゃくちゃ明るいスコールってのも怖いけどね」
言われてるぞ、とスコールを小突くサイファーを見とめたキスティスが、にこやかに近付いて来た。二人の前に立って、スコールとサイファーを交互に見ると、腰に手をあて、少し顎を上向きに、見おろすような仕草で微笑んだ。
「あら、サイファー。ちゃんとスコールをエスコートしてきたようね?」
にっ、と片側の唇を上げて笑ったサイファーが、スコールの頭を右手で掴み、ぐいっと自分の肩に寄せるようにして眉をあげた。
「は、出迎えがチキン野郎だけだったからな。とーぜん」
「見せつけてくれるわね」
目を丸くしていたスコールが、状況に気が付いたのか、離せ。とサイファーの右手を払いのけてキスティスに言葉をかけた。
「任務の件、すまなかったな」
「あら、こんな時に仕事の話?」
そう言うところが……と、説教モードに入りかけたキスティスが「ま、いいわ。今日だけは、おおめに見てあげる」と肩をすくめた。
「そうしてもらえると、助かる」
スコールが頭を振った。すでに二人の会話に興味をなくしたサイファーは、一足先にテーブルに並んだご馳走を物色している。
「ちょっとサイファー! 乾杯もしてないだろ〜」 アーヴァインがグラスを持ってサイファーをたしなめる。皆の様子を見たスコールが、満ちた瞳でうん、と頷いた。
(……ひとりじゃないって、いいもんだな)
バラムガーデン執務室。昨日の騒ぎが嘘のように静まり返った室内に、キスティスの声が響いた。 「あなた昨日飲みすぎてたみたいだけど、大丈夫?」
キスティスの言葉に右手で軽く頭を押さえていたスコールが、左手を挙げて短く返事をした。
「問題ない。業務は出来る」
「あら? 流石に優秀ね。……早速だけどサーバに報告書上げてるから見ておいて」
頭痛に顔をしかめながら、頷いたスコールが、思い出したように声を掛けた。
「ああ。……そうだ……昨日は言いそびれたけど、コレありがとう」
スコールがキスティスから送られた端末を取り出して机の上に置いた。それを見たキスティスがふっ、と口を緩めた。
「どういたしまして」
ほんの少し照れたように口を歪めたスコールが、顔を引き締めてPCに目を通す。その様子を確認して、キスティスが声揶揄う様にを出した。
「ねえ、あなた達……あなたとサイファーのことね。昨日どこにデートに行ってたのよ?」
なにも答えず沈黙するスコールに、キスティスが肩を竦めた。スコールはまるで聞こえていないかのように、ディスプレイを見ながら、何かに気が付いたように眉を寄せた。
「なあ、報告書にあるこの男だが……」
どれどれ、と表情を仕事に切り替えたキスティスがディスプレイを覗き込むと、スコールが持っていたペンで男の顔写真を差した。
「あぁ、この人ね……今回の任務地の……現地の人の纏め役ってところかしら? それ以外、別段変わったところはないように思えたけれど?」
「名前に覚えはないが、顔立ちに見覚えがある……悪いが履歴を洗い出してくれ」
わかったわ、とキスティスが言い終える前に、デスクに置かれた端末が淡い光を放って空中にスクリーンを投影し、音を出した。
『履歴を参照します』 そんな機能まであるのか、と感心するスコールとキスティスに、端末は流暢な合成音声で言葉を続ける。
『8:02 バラム近郊、8:28バラム海岸、11:35<予約済み>バラムレストラン、12:24<予約済み>バラムホテル、20:12バラムガーデン』
各地の映像と読み上げられる音声にキスティスが「履歴?」と首を傾げる。表情の消えたスコールが青くなったり赤くなったりする様子を見て、ああ、と口の両端を上げた。
「ホント、楽しんだみたいね」 ──こっちの履歴は任せて──と、くすくすと笑って執務室を去るキスティスが扉の向こうに消えた後、執務室から大きな物音と後悔するような絶叫が聞こえてきた。
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