| [189] 優しい嘘 |
- 日時:2020年03月31日 (火) 07時31分
名前:ちゃとら
人々の話し声が賑わうバラムガーデンのエントランス。 柔らかな風に暖かな日差し、木々は新たな芽生えを宿している。 季節は春、バラムガーデンの日中は緩やかなひと時を迎えていた。
(つまんねぇな・・・)
サイファーの視界の奥では、スコールが次から次へと入れ替わり激しく人々と話し込んでいる。 始めはその様子を眺めていたが、いつまでも経っても途切れる事がない。 やがて待つ事が苛立ちに変化すると、サイファーは穴が空くほどスコールを睨んでいた。
(いい加減、オレの元に来いっつーの)
ここ最近、任務で遠方に出掛けることが増え、気づけば数週間、お互いの顔を見合わせていなかった。 久々に姿を拝見出来ると思いきや、出迎えに行けばこの状況である。 サイファーの表情は不機嫌丸出しであった。 そんなサイファーに声を掛ける勇気ある者は居らず、サイファーの周囲は険悪ムードが漂っている。 一人喋ればまた一人、スコールの前に立ち人々が楽しそうに会話をしている。 そんなスコールはというと、サイファーの事などお構いなしで、来る者全員に丁重に耳を傾けていた。 お陰でサイファーを相手するまでもう暫くかかりそうである。
ようやくサイファーの元にやってきたスコールに、サイファーがワザと周りに聞こえるように言った。
「よう、指揮官サマは大人気なこった・・・っ、オレ様を後回しにするとはいい度胸だな?」 「アンタ、うるさいぞ」
相変わらず棘のある発言をするサイファーである。 ”やられたらやり返す”それが二人の周囲の評価であった。
「で、オマエこの後時間あるのかよ?」
サイファーの放った台詞に周囲の人々が、また始まった、だの、これから勝負を挑むのか?とコソコソ話し声が聞こえる。 騒つく周囲の空気にサイファーは舌打ちをし、スコールの回答を待つ。
「時間?挨拶しに行く場所が他にもあるが・・・その後でなら」
興味の眼差しを一斉に浴び、スコールが冷静に返答する。
「おいおい・・・、まだ他に優先する事あるのかよ」
そろそろオレの相手をしろ、とサイファーは不機嫌オーラ全開の眼差しをスコールに放つ。
「仕方がないだろう周りみてくれ」
スコールは額に手を当て嘆息を漏らすと、声のトーンを落としサイファーにだけ聞こえるように言う。 周りをみれば、憧れの眼差しをスコールに注ぐ生徒達。 そしてライバルのサイファーが目の前に対立している。 バラムガーデンの人気者二人が揃い、ここで言い合う一コマ。 この後の噂のネタにされる、とスコールが無関心を装いつつ視線で訴えかけてくる。 その意味をサイファーも汲み取り理解した。
「メンドくせぇな・・・っ、とりあえず狸オヤジからか」
本当はワガママを通したかったが、他者がいる前でスコールを困らせたいわけではない。 サイファーも大人しく、しかし表情は燻っていたが、せめて挨拶に行く場所までとスコールの荷物を手に取りエレベーターへエスコートする。 その流れはあまりにも自然だった為、周囲の人々は二人が啀み合う仲だという認識を忘れさせた。 エントランスホールの奥にあるエレベーターに二人が乗り込むと扉がゆっくりと閉じる。 二人の姿がエントランスホールから消えると、再び周囲の刻は動き出し、今起きた出来事を噂する声が響き渡った。
エレベーターの中、周囲の視線が遮断された空間。 ようやく訪れた誰にも邪魔されない二人っきりの短い時間。 啀み合う二人は建前で本当の姿が晒される。 サイファーは手にした荷物を足元に下ろし、無事に帰還したスコールをたまらず強く抱きしめた。 スコールも何も言わずサイファーの背に腕を回し、肩に頭を埋める。 しばらくして、二人は視線を絡め合わせると静かに互いの唇に吸い寄せられた。 相手の口内を味わう為に長く深く互いの舌を絡ませ、角度を変えながら心のこもった口づけをする。 小さな水音がいやらしく箱の蜜室空間に反響した。 「・・・・んぅッ・・・」 スコールから息苦しさを訴える吐息が漏れたのを合図に、まだ名残惜しいが一度、銀色の糸を引かせながら唇を離す。 そしてサイファーは、少しひんやり冷えた質感のスコールの髪に物足りない唇を埋めた。
「挨拶は・・・やっぱりアイツらにもか?」
抱きしめたまま、静かにサイファーは疑問をスコールに投げる。
「ああ、キスティスとシュウにもしなくては」 「それ、紙で報告とか出来ないのかよ?」 「流石に顔は見せないと・・・、後々面倒になるだろ」
指揮官自ら任務に出て、不在中のガーデンを動かしていた彼女ら二人である。 挨拶を後回しにすれば、後々恐ろしい事になるのは目に見えていた。 しかも暦は春、入学生が増える時期が迫ってきている。 今後の打ち合わせも兼ねる挨拶に、スコールは考え込む。 思案するスコールをサイファーはじっくりと観察した。 チョコレート色の髪、鼻筋が通り形の良いキスで濡れた柘榴色の唇、伏し目がちの碧灰色の瞳の周りを髪と同じ色の睫毛が深い森のように濃く縁取る。 少し赤みを帯びた頬は、キスのせいか、照れのせいか。色を乗せ食べ頃の果実のように美味しそうに映る。 やはりこの容姿が自分のココロを掻き乱す、と改めてサイファーは思う。 揶揄う自分に生意気な視線を送る一方、挑発的な誘惑を小悪魔の如く仕向けてくる。 そして少し意地悪をすれば、すぐヘソを曲げ、しばらく根に持つ性格。 どれを取ってもサイファーには精髄だ。 それは周囲も同じくまるで花に群がる蜂のように、人々が集まってくるのだと理解出来る。 しかし、あまりにも人々にスコール自身を取られ、サイファーは気分が優れない。 今もスコールの脳内は他者の事に埋められ、サイファーはそれが心にわだかまる。 せめて独占出来る時間を、邪魔が入らない閉鎖的な時間を求めたい。 その時、エレベーターが静かに目的の階に到着したことを告げた。 だが、二人はそのまま降りずにいる。
「このままオマエを何処かに閉じ込めてぇな・・・」
心の奥底で燻っている想いを思わずサイファーは吐き漏らし、しまったと思うが、もうすでに相手の耳元には聞こえているはずだ。 声に出してしまった事は後には戻らない。 ついつい二人きりのムードにロマンティックな考えが溢れてしまう。 どう誤魔化そうか、考えているサイファーにスコールが口開く。
「アンタになら閉じ込められてもいいかもな」
静寂の中、柄にもない言葉をスコールが続けた。 スコールの言葉に、サイファーの心は黒い靄が消え晴天が差し込まれる。 だが、直ぐに自分の零した言葉に合わせて優しく嘘を付いたことに気がついた。 しかし雰囲気は悪くない、とサイファーは思う。 二人きりの鳥籠の中、誰にも邪魔をされずに檻の中にスコールを閉じ込め甘い時間を過ごすのだ。 そんな考えを想像すれば、スコールがクスクスと笑い声をあげ始める。
「その表情、卑怯だ」 「そりゃどうも」 「褒めてないぞ」 「オマエ、少しムードに流されるってコト覚えろつーの」
やれやれ、と翡翠色の瞳が呆れた。 面白くないと不満顔でサイファーは腕の中に閉じ込めていたスコールを解放する。 解放されたスコールは、まだ笑い続けていたがコホンと一つ咳払いをした。
「アンタ今日は空いてるんだろ?俺は何時とは決められないが」 「あん?なんだよ」 「空いた時間を全てアンタと過ごすようにしてやる」 「ほう、随分偉そうでありがたいこった」 元々口下手な性格のスコールが普段言わないセリフを吐く。 これがスコールなりのロマンティックなのだろうか、言われ慣れない言葉と偉そうな態度になった。
「じゃあ、また後で」
ここで留まっていたらますます二人の時間が減る事は見えている。 だからスコールは離れエレベーター開閉ボタンを押す。 こう見えてもお互い、好かれ合う仲なのだ。 静かに降りるスコールにサイファーが呼び止める。
「おい!」 「・・・なんだ?」 「今日は特別にフルコースでオマエの部屋で待っててやる、有り難く思え」 「別にいらないっ!」 「ロマンティックも味わえるぜ。だから安心して行ってこいよハニー」
サイファーが口角を上げ、ニヤリと笑う。
「誰がハニーだっ、バカ!」
艶やかな唇を綺麗に曲げ、誰もいない廊下でスコールはサイファーを怒鳴りつける。 そして、もう振り返らずにまっすぐ学園長の元へ足を向けた。 サイファーはその背が視界から消えるまで見届けると、甘い時間を作る為に部屋へ向かったのである。
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