| [72] 8月24日 |
- 日時:2016年08月29日 (月) 01時12分
名前:aq
人気のない夜更けの廊下を歩く。さきほどまでのパーティーの余韻がまだ心に残っている。 俺の誕生日を祝うために皆が集まってくれた。昔の俺ならばその好意を素直に受け取れなかったかもしれないが、今の俺は「ありがとう」と言うことができた。 楽しいパーティーだった。馴染みのメンバーが集まり、気兼ねない時間を過ごす。仕事続きの日々の中、束の間、心から楽しめる時間だった。それは事実なのだが。 しかし、俺が一番強く思っているのは、皆と騒いだ楽しさではなく、ただ一人来なかった男の不在だ。風神、雷神まで来てくれたから、余計に意識したのかもしれない。 『サイファーにも声かけたんだけど、趣味じゃないって断られたもんよ』 雷神が申し訳なさそうに教えてくれた。俺は『だろうな』と苦笑しながら答えた。 サイファーが俺の誕生日を祝う。何かの冗談のようだ。わかっている、だが、集まったメンバーを見て、一番最初に思ったことは、サイファーがいないことへの落胆だった。 祝われるような関係でもないし、サイファーはそういう柄ではない。充分にわかっている。それでも、考え続けてしまうのは、要は、俺がサイファーにいてもらいたかったからだ。 皆に祝ってもらえて嬉しい。それは本当だ。だが、一番祝ってほしい相手はいなかった。 俺は溜息を漏らす。自分の感情を持て余すのは今日に始まったことではない。あの日ー秘めていたサイファーへの想いに気づいてしまった時から、ずっとだ。 サイファーへの想いに気づき、同時にその不可能性に直面した。俺たちの関係は、ライバルと言えば聞こえは良いが、要するに犬猿の仲という代物だ。しかも、つい最近まで殺し合いをしていたほどの。 本気でガンブレードを打ち合わせた相手に告白など、滑稽以外の何物でもない。そして、俺は溜息を漏らすのだ。 仕方がない。サイファーを打ち破ったのは俺の方だ。その事実がある以上、たとえサイファーをどれほど想っていようと、どうすることもできない。それでも、もしかしたら、誕生日くらいは来てくれるかもしれない。そんな淡い期待を持つ程度には、俺は自分の感情を持て余している。 俺は皆と別れてから自室への帰り道、ほとんどサイファーのことを考えていた。だから、俺の部屋の扉に軽く寄りかかって立っている男の存在に、直前まで気づけなかった。 気づき、そして、足が止まる。男はつまらなそうな顔で俺の方を向いた。 「遅いじゃねぇか。消灯時間、とっくに過ぎてるぜ」 「……それは、あんたもだろ」 俺は掠れた声でなんとか返せた。サイファーは肩を竦め、「お誕生日会は楽しかったか?」と揶揄するように言う。やっぱり、俺の誕生日のことはわかっていたのか。そう思いながら、俺は頷くだけだった。 何故、ここに、サイファーが。そう思うと同時に、それまでずっと考えていた相手の突然の出現に、俺は頬が熱くなる気がした。馬鹿げた考えだが、見抜かれているような気がしたのだ。 サイファーは、しかし、俺の様子に構うことなく言葉を続けた。 「お疲れのところ悪いけどよ、ちょっとつきあえ」 そう言うと、サイファーは俺の返事も聞かず、さっさといつもの大股で歩き出した。俺は、弾かれたように後を追う。 「ガンブレードが……」 部屋に置いたままだ、と言いかけて、サイファーも素手であることに気づいた。格闘で勝負するつもりなのかもしれない。 サイファーの誘いが、訓練と称したバトルであることは、すぐにわかった。と言うより、それ以外の用事を俺たちは持ったことがない。 しまった、さきほど酒を飲んでしまった。歩きながら軽く酔っていることに気づき、少し後悔する。うまく闘えないかもしれない。が、サイファーに言って、日を改められたくはない。俺は黙って、サイファーの少し後ろをついてゆく。 誕生日だというのに、バトルときたか。俺はうんざりしようと思うのだが、頬が緩みそうになるのを堪えることに必死だった。 バトルでも何でもいい。時間も0時を過ぎ、日付は変わってしまったが、誕生日にサイファーと過ごせるのだ。しかも、サイファーは俺の誕生日を覚えてくれていた。 廊下に、二人分の足音が響く。しんと静まり返ったガーデンで、俺とサイファーしかいないようだ。俺は妙に落ち着いた気分でサイファーの後を追う。 しかし、何故、こんな時間なのだろう? 俺にとっては今日は誕生日だが、サイファーは今日である必要はない。バトルが長引き、訓練施設で夜を明かすことはあったが、深夜に突然、バトルを挑んできたことは今までなかった。 「なんで、こんな時間なんだ?」 俺が声をかけるとサイファーは歩みを止め、そのまま無言で立っていた。俺も仕方なく、その場で足を止める。 「……言いたいことがあってよ」 どのくらい時間が経っただろう、サイファーは低い声で言い、ゆっくりとこちらを振り向いた。 真正面から向き合う形となり、俺は顔を背けたくなる。そうしなかったのは、生来の負けず嫌いのせいだ。 「お前を待ってたら、こんな時間になっちまった、それだけだ」 サイファーの言葉に、胸が高鳴るのがわかった。どのくらいの時間か知らない。が、サイファーは、俺の部屋の前で、俺を待っていたのだ。 顔が赤くならないことを祈りながら、サイファーの表情をうかがう。少し強張ったような顔だが、まあ、あまり機嫌が良くない時の、いつものサイファーの顔だ。 俺はサイファーの背後に伸びる人気のない廊下を見やり、再びサイファーに視線を戻す。少しは落ち着けただろうか。 「言いたいこと? なんだ?」 それでも、その言葉を口にする時、鼓動が速まったのは、むしろ、俺の方に言いたいことがあったからだ。サイファーが好きだと言いたいけれど言えない俺は、サイファーの何気ない言葉に反応してしまう。 サイファーは、相変わらず機嫌の悪そうな顔で俺を睨むように見ていたが、ふと視線が外れた。あちらこちらに視線が泳ぎ、最終的には足元の廊下に辿り着くのを、その視線の先を追っていた俺は気づいた。 「ずっと伝えたかった、けど、伝えられねぇことが、二つある」 サイファーの言葉に俺はドキドキしてしまう。俺と同じだ。俺も言いたかったが、言えなかった。 サイファーは何を語ろうとしているのだろう。俺はじっとサイファーの唇を見つめる。 「伝える気もなかったけどよ、そんな風に勿体ぶることでもねぇなと思った。だからー」 不意に、翠の眼が俺に向けられ、俺は呼吸が止まりそうになる。サイファーは、睨むように俺を見つめながら、口を開いた。 「ー誕生日、おめでとう」 「……は?」 俺は思わず、聞き返してしまった。あまりにも、サイファーが纏っている緊張感と不釣り合いの言葉だったからだ。 「……もう昨日だぞ」 「知ってる。帰って来ないお前がいけねぇんだろうが」 サイファーが眉を寄せた。俺は呆気に取られながらも、それでも内心では、ふつふつと笑みが込み上がってくる。 「とにかく! ガキの頃から言えなかったが、言うべきだと思ったんだ」 「うん、わかったーありがとう」 なんと返せば良いのかわからず、結局ありきたりの言葉しか返せない。俺のドキドキを返せと言いたい気持ちもあるが、それ以上に、サイファーに祝ってもらえて嬉しいと感じた。 「もう一つは?」 言葉を持たない俺は、次を促す。誕生日に関連したことだろうか。 サイファーは、やはり、俺を睨みつけている。綺麗に澄んだ眼だ。俺に向けられる時、その眼差しは敵意でなければ、憎悪を孕んでいることがほとんどだが、それでも俺はサイファーに見つめられるのが嬉しい。 「ーずっと抱えていた言葉だ。言う必要はねぇ。そう思っていたから、言わなかった。言えなかった。でも、言わなきゃいけねぇ気がした」 サイファーの肩が動き、深呼吸したのがわかった。サイファーは挑むような眼をしている。 「何も答えなくていい。黙ってろよーもう一つの言葉だ、お前のことが、ずっと、好きだった」 頭を殴られたような気がした。サイファーをじっと見つめる。サイファーはもう一度、深く息を吐いた。 今、何と言った? 俺はサイファーに、何と言われた? 何か言いたいし、動きたい。だが、俺は壊れた人形のように、固まったままだ。サイファーは視線を外した。 「ーそれだけだ。時間取ったな」 心なしか早口で言うと、サイファーは歩き出す。そのまま、俺の横を素通りして、帰ろうとしていることに気づき、俺は何か考える前に口が動いた。 「好きだ!」 サイファーが振り返り、俺を怪訝そうに見る。その視線を受けて、俺は自分が何を口走ったかを知った。 頬がみるみる赤くなるのが自分でもわかる。だが、一度出た言葉だ、取り返しようもない。ならば、前に進むだけだ。 「あんたのことが、昔から、今も、好きだ、サイファー」 サイファーは惚けたように俺を見ていた。が、ふっと笑みを浮かべた。柔らかくて、優しい笑みだ。こんな風にサイファーは笑うのかと、俺は思わず見つめる。 「ーありがとよ、スコール。でも、俺の『好き』はそういう『好き』じゃねぇんだ。勘違いするな」 「ーっ、違う! いや、わかってる、俺も、そういう『好き』で……!」 「じゃあ、オヤスミ」 必死で説明しようとするが、サイファーは笑みをうかべたまま、立ち去ろうとする。このままではいけない。サイファーを引き止めなくてはならない。俺は強く頭を振り、声を上げた。 「サイファー、勝負だ! 俺が勝ったら、俺とつきあえ!」 苦し紛れの言葉は、あまりに幼稚で、我ながら愕然とする。だが、いつものサイファーとのやり取りを考えると、一番自然な言葉なような気がした。多分、サイファーもそう思ったのだろう。 俺の方を向いたサイファーは、一瞬唖然としていたが、すぐに楽しそうに笑い出した。そう言えば、サイファーが声を上げて笑うのを見るのが、俺は好きだった。 「ーいいぜ、賭けだな。で? 俺が勝ったらどうするつもりだ?」 「あんたが勝ったら……いや、俺が勝つ!」 「俺が勝ったら、俺の恋人になれよ、スコール」 俺は頬どころか、首筋まで赤くなるのがわかった。どうして、この自称ロマンティストは、こうも恥ずかしいことを、笑いながら言えるのだろう。 「……わかった」 俺は短く答えるので精一杯だ。サイファーが堪えきれず、小さく笑い声をあげる。 「誕生日プレゼントがバトルで悪いな」 訓練施設へ向かって並んで歩く。サイファーがにやりと笑って言う。俺は首を振った。 「バトルはいつものことだろ。プレゼントは他のものにしてくれ」 「何がいい?」 「ー二人っきりで俺の誕生日を祝ってくれ」 俺はサイファーが見られない。勢いで、何もかも話してしまっている。 サイファーは声を上げて笑う。楽しそうな、俺の好きな笑顔だ。 「日付、変わっちまったぞ」 「ー大した問題じゃない」 サイファーは笑う。俺たちはいつものように訓練施設へと足を踏み入れる。
誕生日にバトルができる恋人なんて、早々いない。俺は最上の恋人を持つことになりそうだ。
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