【広告】Amazonからファッション秋のお出かけタイムセールまつり24日まで開催

COLLECTOR BBS

ホームページへ戻る

名前
Eメール
題名
内容
URL
削除キー 項目の保存

[220] 題名:ねずみのチューザー42 名前:コレクター 投稿日:2011年08月29日 (月) 06時17分

計画通りに運んだとほくそ笑むのが正しいのだろうけれど、しっくりと来なかったのは、いや、しっくりなんて言い方はどうこうあれ好ましくない、とにかく覚束ないままおくものこころに接触し、設問に即してない形ではあったが、攻落へと至ったことを素直に喜べなかったのは事実だった。
理由は分かっているようで、分からない。物差しを当ててみたものの先っぽがどうにも霞んでしまう、そんな不的確さにこころの安定は揺れていた。それはおぞましい感じでなく、もっと微細で曖昧な雰囲気がしなだれかかったおくもにまとわりついていたから、ほこりを振りはらう手先きに似た軽さで、底辺に沈んだ重しに触れらなかったのかも知れない。沈みゆくものが欺瞞という名の装置であるのも覚悟していたけど、僕の方がまごついているからには、思ったよりたやすくこの場面を演じられた安堵によって、空白がさらけだされたみたいだ。
空白を埋める算段まで描いてなかったので、同じく抜け殻になってしまったおくもを心持ち強く抱きしめるのが関の山だったよ。意向が伝わった時点で本当は直ぐさまにでも突破口が開かれるはずだったし、予断は許されない疾走のみが最後の方法だったから、軽微であれ感慨などに耽っている間などなく、そして詳述する代わりに無言で手を取り、目から異彩を放てば、あとはもう鮮明な逃避行へと一直線に結ばれる。だが、そんな憂慮は拭われてしまった。
両腕に預けられらた置物のようなからだは刹那に流されなかったのか、しなやかさを呼び戻し、まるで僕を先導する勢いで語気も優雅に、
「旦那様、やはり桜をみたくなりました。ですからこうしているのはおしまいでございます。さあ、まいりましょう」
と、姿勢を正しながら潤いたたえた瞳が輝きだし、豹変するのはなめらかな箇所をなぞる軽快さの証し、そう言いたげな様子がこぼれ出していたんだ。天真の笑みに薄ら寒いものを覚えたが、数える間もなく、それは怯懦によりもたらされた冷ややかな戸惑い、冷徹な意志が試される武者震いが背中合わせになっていると考えて間違いなかっただろう。
情念がこうも見事に開花するとは想像もしてなかったので、すっと立ち上がったときには互いの顔が向き合い空気を切っているような感覚を得て、おくもと共に上空へ舞う幻視さえよぎった。しかも乾いた口もとからはうらはらに熱気を孕んだ吐息が、ちょうど氷点下の地で吐かれる白煙みたいに拡散し、雪女の風姿も脳裡に浮かばせては異様なまでに士気が高揚してくる。一方では零落した欲情が名残りを惜しみ、ここで唇を重ねるわけにはいかないと自問している。余情に引きずられたままだったが、抱擁を確かめ合うことはなく、突破口を突き抜けるまでは色香は別種の彩に変貌し、鳥肌が全身へ吹きだした瞬間を自戒の念になぞらえ、なまめかしい様相を封印した。そしておくもが発した道行きの言葉が最後のみやびと思いなした。
「どこへ行くというのさ」
少しばかり引きつってはいたけど、あらかじめ決められた台詞として口を突いて出た。おくもに委ねられている情況は反転する文様と等しく、僕のひかりが織りなしたんだ。そう自責するのが義務なのだと言い聞かし、邪念を打ち消した。
「かねてより探索されていたところでございます。そこには旦那様が求めていた徴がきっと見いだされましょう。このような立場になった限り、わたしは一身を捨て去る覚悟、これから待ち受けているのは決して容易な道すじではありません。どうぞ、しかと気持ちを引き締めお進み下さい」
「ああ、わかったよ。でも、おくもさん、君を巻き込んでしまって申し訳ない、、、」
ほとんど自動的に吐かれた弁明が如何に虚しく、汚れているのかを痛感しながら、もう後戻りが出来ない緊迫に身を投げ入れている実際を肯定していた。だから、それ以上深謝の言葉は見つからないわけではなく、見つけようとしない虚偽のうえに一方的な沈黙を被せるしかなかった。
おくもはすべてを見通しているようなので、せめて、君だけを危険にさらしたりしない共にゆこうと喉から出かけたとき、
「お気遣いは無用でございます。わたしが選びとったのですから。旦那様の自由は、わたしの自由でもあるわけです」
そう言い含むよう応えたんだ。悲壮感など微塵もうかがわせない淡白な口ぶりに僕は本当に無言で対するしかなかった。そうしてふたりは以前かくれんぼの際に開け放たれたままのふすまを通り抜け、右や左に折れながらまったく感心するほど均一な座敷の奥へと呑みこまれていった。
美しくだまされたい、という願いは閉ざされた一枚一枚のふすまにおくもが手をかける度に、まるで深い谷底に落下してしまうような戦慄を催させて、増々純度を高めていく。おくもの背と僕の距離は、まさに道さき案内人を彷彿させる間合いだった。屋敷内だから外よりは狭まっているのだろうけど、活力が一見抑制された女性らしい歩幅は、単調に進んでゆく機械人形を想起させ、一縷の望みとかけてきた一切陰謀説を馥郁とした香りで裏切ってくれてたんだ。
おくもが機械なら油も必要だろう、狂い始めたネジや歯車に注入するための。ほのかに匂うそんな香りに僕は陶然としてしまったわけさ。


[219] 題名:ねずみのチューザー41 名前:コレクター 投稿日:2011年08月23日 (火) 04時01分

「この里にも桜は咲くのだろうか」
付近を見回し、ふとそう口を突いてでたのが自分でも以外な響きに感じられた。真っ昼間からおくもの股間をなめつくし、ほとばしりが済んですぐの言葉だった。
「わたしにもよく分かりません。旦那様と同じではじめての里でございますから」
おくもが真実を言っているのかなど詮索する気は毛頭なかった。ただ、この環境に対しての疑念をおくもに問いかけてみることが今までなかったのは以外だと思い、どんな遠慮が働いているのか考えかけたとこで、やはり推量は断念するべきだとため息をついた。遠慮といえば、肉の交わりはより激しさを増し、昼夜に関わらず濃厚な情念を解き放っていたよ。
ふすまを開けたまま陽射しを浴びて裸をむさぼったのも、決して思いやりがないわけじゃなく、居るか居ないか分からない老夫婦に見せつけてやりたい気持ちが開放感へと結びつき、同時に籠絡の身が為せるせめてもの抵抗をおくもと共有したかったからなんだ。羞恥を捨ててない素振りは見せるけど、嫌がる顔などせず卑猥な体位にも応じてくれたし、廊下でのんびり茶をすすっていて、急にいちもつに触れて欲しいとねだったりした。春の訪れを待つ風趣で、堅くなったものを口内に含んでもらえるのは、土中に眠れる草木の目覚めより幸せかもね。茶の熱はおくもの口に残っていて、そのぬくもりの人肌とは異なる、しかし限りない生命の温感はまさに新緑の到来だ。
かくれんぼは最近ほとんど行なわれなかった。といってもどこかで秘密を探りたい希求はくすぶっていたんだろう、おくもと交わるところはいつも違う部屋だったり、時々畳のへりを爪でなぞったりしてみた。
「紅葉は素晴らしかったから、是非とも桜も見てみたいよ」
「わたしも見てみたいものです」
おくもの返答にはいつも無邪気な拒絶が植えつけられている。一々目くじらは立てないけど、水滴みたいな小さな悲しみが空中に舞っているような、涙とは別種の形態を想い浮かべた。こんなに肉体が交じり合い溶け込んでいるのに、現実にはどこへもたどり着けないやるせなさに辟易していた。いっそのこと僕とと一緒に脱走しよう、そう切り出せたら、、、しかし、それはこの隠れ里での夢遊病的な生活の終わりを告げることになるに違いない。目には見えない鋭い氷のような刃が僕を切り裂く。春爛漫はこうして限りなく先延ばしされる様相で、停滞し、微かな時計の秒針さえ耳に入らないよう狂った季節を装っていた。
僕はおくもに狂気を見い出していたんだ。それは合わせ鏡に寄り添う影そのものだった。病棟には手触りこそ冷たいがこころのこもった贈り物が届けられる。
「それなら僕が咲かせてあげよう」
「まあ、それは素敵でございます」
「いや君がこの世で一番素敵さ。だからもう少しこうしていよう」
自分でも意味が不明確になってゆくのを知りつつ、発した文句を何度も胸にこだまさせた。さっきの水滴が身近に迫ってくる幻影とともに涙腺がゆるみだし、取り繕うように苔子やもげ太、チューザーへの不満を並べ立ておくもの存在を讃えるつもりだったけれど、その裏では彼らをとても恋しがってる気持ちが払拭されず、増々僕は切り裂かれてしまったんだ。
とはいえ、この庭先には陽気な鬼神が隠れているんじゃないかと真面目に考えてしまうくらい平和だったよ。だから気を取り直しおくもにあれこれ他愛もないことまで言って聞かせた。意識は混濁していなかったから、同じいきさつや込み上げた感情をだぶらせてなかったみたいだが、話自体が堂々めぐりなのは我ながら興ざめだよな。
君も退屈してきたと思うので、先だって言っておいた急展開へ怒濤のごとく快進撃しよう。もっともすでに絵巻物はひも解かれているけどね。
おくもの瞳に中にかつてないひかりを知ったのは、きつねの面々の隅にチューザーの姿を見つけたあたりで、その続きを話しだすと更にそのひかりは、ちょうど点滅しながら近づいてくる未確認の光源のように、僕のすぐ側まで肉迫してきた。そしてついに掟が破られるのを、禁断の地が開拓されるのを実感すると、おくもはそれが特別な破顔であることを意識しているのか、
「それでチューザー様は何か言い残されましたのですか」
と、不気味なくらいにこやかに尋ねてきたんだよ。さすがに驚いたし、遠慮という意味合いは気遣いを遥かに越えた禁句で成り立っているのが分かっていたから、狂人が正気を取り戻すよりも震撼とさせたんだ。あたまのネジがいくつかゆるみだすのは楽しいようで怖いものさ。案の定おくもは堰を切ったみたいに饒舌になり、それまでの寡黙な姿勢は一気に蒸発してしまった。
「旦那様は寂しいのでございましょう。わたしが番犬でいることもつまらないのですね」
「そんなことはないさ。さっき言っただろう、君が一番素敵だって」
「チューザー様や闇姫様に会われたくはなのですか。どれほどわたしを誉めて頂いても、旦那様の語り口のあちらこちらには他の方々が宿っています。わたしは闇姫様のように変幻自在な術などあやつることは出来ません。夜伽だけしか能のない婢女なのでございます。正直に申してくださいませなど、口が裂けても言えませんが、旦那様はわたしの裸体しか愛しておりません。いいえ、そのよう仕向けるのが本来の務め、失言であるのは百も承知のうえなのです。巌の口重だけをよりどころと教えを受けてまいりましたけれど、旦那様の寂しさがこのおくもの身に伝染してしまったのでしょう、もうこれより先は言わせないで下さい」
はらはらと崩れゆくはかなさを僕は黙って受け止めるしかなかった。


[218] 題名:ねずみのチューザー40 名前:コレクター 投稿日:2011年08月23日 (火) 00時47分

その日は一度の**で済んでしまった。気分が乗らないというより、執拗に絡み合うことで以前の愛欲の沼にはまり込んでいくのを危惧したためだろう。それと、かくれんぼを終えたわけではなかったので、軽くなった下半身はなおさら計画の続行へ速やかに戻ろうとした。多分おくももそれなりの快感にひたれたのだと思う。「それじゃ、さっきの続きだ」と、軽快な口調でうながしたところ、黙ったままどんよりとした目で応えたのが演技とかでなく、まだからだの芯が痺れ余韻に犯されていると映ったからだった。
倦怠に支配されながらも残り火が忘れられない、そんなまなざしには敵意とは逆の親密なひかりがうかがえ、これはあながち誇大な言い様でないと感じたんだ。交わりにどれだけ満足したのかまでは分からないけど、ある程度の快楽はおくもにあたえられ、再びかくれんぼを求める態度になかば呆れつつも、無言で従うあたり、ひょっとしたら僕の思慮を見通しているのかも知れない。むろん看破されたとして楽観的にとらえるのは早計だし、第一そんな簡単に助勢が得られるはずもない。
とにかく僕はおくもを迷路に放つ素振りで、あらためてこの屋敷の不可解さを認めようと努めた。結果から言ったほうがいいだろう。そうだよ、畳のへりをじっくり調べてみたけどどこにも仕掛けなど発見できず、ましてや掛け軸ひとつ飾られてない殺風景な有様は僕の根気をたやすく削いでしまったのさ。天井だってにらむように視線を送ったし、欄間の相違も注意深く眺めてみた。廊下のどこかに抜け穴が設けられているんじゃないかと足もとにも神経を配り、あとは庭に出て辺りの様子をつぶさに観察するだけだったが、以外と広い敷地には期待通り凡庸な草木がまばらに茂るのみで池もなければ灯籠もない、実をなさない柿の木を見つめていると気抜けするばかりで、最初の閃きはものの見事に打ち砕かれてしまった。
そういうふうに出来上がっているかと妙に感心してしまう自分が情けなくもあり、空元気の素材を拾い集めている無為を痛感したよ。
だが、おくものからだは毎日欠かすことなく抱き続けた。かくれんぼ=探索の図式はほとんど崩れてしまい、根気というよりか性欲が勝手に一人歩きしている風情だった。完全に計画を放棄したのか問われてみれば、夜間には交情を持たなかったあたり、一縷の望みを捨てていなかったようだから、どこかで探査の目線は発せられていたんだろう。
かくれんぼ=交情の日々は虚しく過ぎていったと語りたいところだが、懸念した肉欲の虜に堕してしまったと白状したくなる胸中を察してくれないか。まったく変な義理を自ら設定しまったようで、救われているのはまさにこの設定なんだけど、どうみてもおくもの女陰を突き上げることに主眼が置かれているのは紛れもないよ。身のまわりの世話にしたってたいして雑作などかからず、飯の支度で顔を合わせたあとは決まってうしろから抱きつてみたり、着物の裾をまくりあげたり、これはもう立派なひひ爺に成り下がっていると顔を始終引きつらせながら苦笑でごまかしていたんだ。日毎の交わりは一度に限られていたから、突発的に後ろから突き立てることや、下半身だけ広げてもらって太ももに顔をはさみ込まれて悦にいってることなど、またある日は無造作に寝転んだうえからいろいろ秘技が繰り出されるに至って、からだの相性は掛け替えのない方向に流れていったよ。そして義理に縛られていた思考もなし崩し的に消えうせ、昼夜に限らず僕とおくもは乱れたのさ。夕餉には酒を決まって運ばせたから、随分といかがわしいまぐあいにも発展していた。
一向に報せを寄越さない苔子やもげ太、雲隠れしてしまったチューザー、この屋敷に残されたのはじいとばあだけで、彼らともふだん滅多に顔を合わせる機会もなくなっていた。僕の気持ちが婚儀で結ばれた苔子から自然に遠ざかってゆくのは、おくもが代理で居てくれるからなんだと、感謝がもっと上位に高まった頃、例の種牛理論も危うくなってきたんだ。春の気配が近づいてきて、それとなく温かさがこの身にも伝わる。おくもを抱いてから結構月日を経たにも関わらず、精をすべてなかに注入した効果が一切現われない。虚言だと頭から決めつけていた避妊の是非がここに来て、もはや判然とされてきたではないか。僕は非情の手段、と言っても大方泣き落としに近い腹を割って相手の意向を見定める決意をした。
「おくもさん、こうして僕とふたりで楽しいかい」
「はい、ずっとこのまま旦那様と、、、わたしの役目でございますから」
青空を仰ぎ見たあとの充足に似た、けれども笑みにはならない渇いた表情が切なかった。おくもが監視役だとしても、僕には逃走願望さえあやふやでこの先の展望など持ち合わせていない。だとすれば、懐柔するもされるも徒労に等しい、思いつきたままを口にしたほうが今後いつまで続くか知れない情況に歩み寄れるのではないか。例え思惑が筒抜けになってしまおうとも仕方がないし、悪あがきしてみたところで所詮解放にはほど遠い。
日がな一日おくもと過ごしているのだからと、これまでのいきさつも含め、決して整然とした言い様ではなかったけど(これは君に対しても同じだ)ぽつりぽつり喋りだしたのさ。気がつくと落ちている秋雨のように庭先を煙らしながら、おくもは顔色に変化を見せないのが身上だという趣きで話しにつき合ってくれた。ひと言も疑点をただすどころか、ただ黙って僕のせわしない気分を、まるで季節の推移にゆだねる野生の草花のごとく静かに、風雨への感情が消えいるかに耳を澄まし、ときおり目を細めたりしながらうなずき聞き入ってくれるのだった。


[217] 題名:ねずみのチューザー39 名前:コレクター 投稿日:2011年08月22日 (月) 04時29分

袱紗の手触りを慈しむよう髪を撫でながら、唇をそっと重ねる。伏せられた目もとは眠た気なまま、情欲を静かに解き放とうとしている。おくもの表情は微風によりかすめられたような、うっすらとした哀しみが現われており、僕の胸は厳かな鎮魂に被われそうになったが、鏡に口づけする冷たい感触を味わう様相へと埋没して、反応を細やかに受け取ることは避けた。次第に温もりが感じられだしたのは哀しみが、別種のものに移り変わったからだと、醒めた歓びのなかへ時間を放り投げ、肉欲が穏やかに巡ってゆくのが分かった。
苔子との放埒な日々はからだにまだまだ残っていたので、おくもに対する興奮は影絵のうちに描かれる色彩となって、すぐさま躍りだしはしなかったのさ。彩りが不明瞭なぶん、技法を常に意識している節度が保たれていたと思う。おくもの着物を脱がし、瑞々しい肌を目の当たりにしながら、小ぶりの乳房を観賞し、少女の面影を宿した上半身に欲情とは異なったときめきを覚える。掌はそっと肩先へ触れるだけにとどまり、なだらかな胸を弄ぶ衝動は抑えられ、ゆっくり帯をほどいてみるもの憂さで、沈着した肉欲の流れを見届けたんだ。そんな僕の顔つきをおくもは不思議そうに眺めていた。いや、そんなふうに思い込みたいだけだったかも知れない。だってかなり悠長に構えて裸体との出会いを遅らせ、激しい交わりに展開するのかどうかさえ覚束ない態度を維持していたから。序曲だけを愛聴する短気さが、実はとても気長であるように。
濃紺の十字絣を脱いだ柔肌には格別な美しさが備わっていた。そしていよいよ茄子色の帯も巻き付く役目に暇をあたえられたとき、隠し通す使命から解放された初々しくまぶしい太ももが出現した。水気を含んだような張りは見事な肉感を漲らせている。透けるほどの白さではないが、憎々しいくらい肌の色がにじみ出て、僕を吸い付けてしまう一体感へと誘いながらも、その弾力には好意をはね返しかねない、無邪気な抵抗が潜んでいて増々悩ましさを募らせた。穏やかだった気分に変調をきたしたのは無理もなかったよ。だけども、そのあとに僕はもっと強烈な鼓動を知った。
着物の裾が完全にめくられたとき、まったく予期してなかった光景に目を奪われてしまったんだ。おくもは生成り色のパンティをはいていた。淡い色合いのせいか、はっきりした判断は数秒遅れていたと思うけど、恥毛の有無を認めることより、下着を身につけている不自然さに圧倒されてしまったよ。苔子に慣れすぎたのも一因だろうが、まさか股間を被う布がこれほどめまいをもたらすとは考えてもなかったから、やっぱり不自然といえるし、この違和感に僕はかなり戸惑ってしまい、しかも単なる驚きだけでなく、肝心なのは女体がそこですべてをさらされているよりも、つまり股の草むらが秘所を守護している加減、あるいは反対に陰部が陰部であることを強調している官能、それより遥かに僕は脳髄を揺さぶれ、手足の身震いを止められなかった。
肉に張りついているようなパンティはおくものこころと不可分なのかも知れなかったが、実際にはこころから超越したに違いない咽せかえては、視界さえもさえぎる濃い霧にかいま見る局部であり、いまここに陶然と目にしているものは女体の神髄をくぐるのれんだった。顕現を待つ心境は神々しく、そのむこうに開けるすべてを掌握している。そうだよ、脱がす瞬間は至福そのものだ。
もう帯を解くときの手つきは忘れてしまっていて、序曲の第一旋律は絶頂に達し、参拝する際にありがちな作られた無心が僕を突き動かしたのさ。ムクムクと**するのが痛いほど分かる。女体の地平が開かれた以上、妄念は嫌がうえにも脂汗にまみれ、熱烈な惰性とともに溶けてなくなるんだ。まばゆい太ももに顔を埋めるとき、おくもが見せた逃亡者を彷彿させる切実な、だがどこか不敵でありそうな微笑を僕は愛した。かくれんぼはまだ終わっていない。
ためらいが傷口であったなら、そんなことを思い浮かべながら股のあいだに唇を這わせ、水飴でもなめているような音を聞き取った。春先に咲き始める花の色づき、濃い桃色をした花弁、季節は移ろい真夏の太陽が燦々と降り注ぐ。蝉の声は暑苦しいけど、限りなく澄んでいる。おくもの喉の奥から次第に嗚咽がもれだす。僕は濡れた花びらから飛び立つ蝶のように、太ももの内側をまんべんなく味わい、それから雨上がりのカタツムリの精神で脇腹をさかのぼり、愛でるにとどまっていた乳房に到達する。
人差し指と中指で**を軽くつまんでから、両手ですべてをもみほぐした。決してちからを強めず、かといって弱すぎることなく、その盛り上がりに応える加減で柔らかなしこりを撫で尽くしたんだ。そのあとは左手を離し、再び濡れたところへと指さきを、緩慢に割れ目に沿って上下しながら少しだけ奥に忍ばせた。おくもが身をよじらせうっすらと汗ばみ始め、僕の下半身も肉に接したく上半身を起こしたとき、「わたしは避妊しております。どうぞ思いきり感じて下さいまし」喘ぎ声とは無縁であるかの口ぶりで、そう言い放った。
これまで手探りで築き上げていた臆見が瓦解する失意を覚えたけど、すぐにそれは一蹴された。おくもは明らかに虚言を吐いている。僕が断片的にかき集め、方向づけた種牛説を否定するのは無限の迷路をさまよい続けるに等しい。慎重に考えてきたつもりだ、揺るぎはなかった。
「そうなんだ、じゃあ、いくよ」
勢いよくおくもに精が注がれた。いつものことだが半分以上放出されたあたりで、冷静な思考がよみがえってくる。補欠策は穿ち過ぎだったかも知れない、僕は鋭利な自説に酔っていた、何というお人好しなんだろう。しかし、この里の住人が常軌で計れないのならば、現象は永遠につかみとれないというのか。


[216] 題名:ねずみのチューザー38 名前:コレクター 投稿日:2011年08月09日 (火) 00時10分

婚礼のため解放されたあの広間からむこうは知らない。まずは僕が隠れる役になり、幾重にも閉ざされたふすまを数えることなく開け放っては、底なしの奥行きへと遊泳する。もう何年もまえから住み続けてきたような思いがするいつもの座敷が、装い違う必要なしとばかりの無機質な相貌で出迎えてくれる。
畳の匂いや天井の木目にわずかに新鮮なものを感じとっているような気もしないわけではないが、多分それは代わり映えしない部屋をかき分けて進んでいる感覚のなせるわざで、歩調こそ軽いけど、決して駆けるほどの勢いでないにもかかわらず、こころ躍るがゆえにだろう。
遊戯だとよくよく自分に言い聞かせてみれば、確かにこの迷宮はおくもの息づかいを背後に知るし、騙し部屋をぐるぐる巡っているだけとしても、それはそれで愉快なところがある。世の中には不愉快な遊戯もいっぱいあるんだろうけど、今の僕には文句ない迷走だったよ。思惑はまえに話した通りだからくり返さなくてもいいね。ひと言、この脱出劇から遊びごころを外してはいけない、とだけ念押ししておこう。
さて、困ったことにどの部屋にも押し入れがない。それらしき敷居のつくりに飛びついてみると、またもや同じ光景が現われてくるだけでいっこうに進展がなく、このままだと他愛なくおくもに追いつかれてしまうな。一応探索も兼ねているのだから、何らか身をひそめる場所があって欲しいものなのに、これではただの追いかけっこになってしまう。いつもまでも堂々巡りに応じてはいられない、とりあえず屋敷内を無闇に探ってみた結果はまさにつかみどころがなかったし、徒労に終わりそうだ。いくら遊戯とはいえ、なるだけ早く見取り図なり、秘密の通路なりの仕掛けを見つけ出したい。さあ今度は慎重に目を凝らしながら、畳のへりや欄間の文様などにも相違がないか調べてみよう。僕は足取りをゆるめ、いかにも根負けした趣きで一室にたたずんだ。背中で表情を見せるのは中々難しい。元々静かな空間だったから、僕が音を忍ばせれば自ずとおくもの気配は耳をかすめた。おくもは女忍なら悟られることなく近づくのも可能なはずだけど、鬼の役目は言わずもがなだったから、悲嘆にくれ、あるいは戸惑いにせき止められた様相をそつなく背中でしめせたら、意向は伝わるに違いない。機微をうがつ手間は省略される代わり、瞬時にして僕の葛藤は解読されることだろう。大丈夫さ、誤解、つまり逃走心だけを見抜かれたとしても、おくもはそこに率先している挙動の影を見る。
攻落に向けての第一歩がたたずみの裡にあることを知り、また頓狂な好意がこうも寡黙になかに息づいている直感を得るんだ。おくもの動揺を背後に感じよう。
案の定、畳をする足音も初々しくおくもは僕に迫ってきた。開け放たれたふすまが何枚越しか、大体わかる距離だ。極めて冷血なまなざしを阻まれた無限の造りに投げかけ、その鋭い冷たさも反射して後方のおくもに届けられるよう願った。もはや耳を澄ます神経はいらない。
「旦那様、降参でございますか。行けども行けども、同じ部屋の連続、、、」僕は陽気な言葉をさえぎるよう声をあげた。
「次はおくもさん、きみが隠れる番だ」
句点を打った効果のような間が透明に堕ちた。そして僕の返事に対する口ぶりが発せられた刹那、おもむろに身を翻しながら目線を合わせることが出来た。
「承知しました。わたしの番でございますね」
おくもの声は距離を置いて響く花火のごとく、少しだけ低音気味だった。僕は微笑を取り寄せ、優しくこう言った。
「そうだよ、早く逃げないと」
今度はおくもが背を向けると、これまでたどってきた座敷へ小走りに去っていった。直列した四枚目のふすまから左に折れるのが見てとれた頃、僕はほとんど平時の歩行速度でそのあとを追跡したのだったが、逃げ足が途絶えているのを訝しながら左に向かったとき、思いがけない姿に出会ったんだ。
そこには投げやりにも意図的にも見えてしまう、おくもの哀願するような眼光が浮かんでいる。まさかこんなに早く番を放棄するとは考えてもいなかったので、心臓がドキリとしたけど僕は無言のまま、さっきの冷血なまなざしを注ぎ、情感を混交させようと努めた。
ここが奥まった座敷であることをあらためて認識したのは、陽光がほとんど差していない仄暗さによって、僕らふたりの間合いに遮蔽がほとんど存在していない、情感よりもっと高揚するものを見せつけられたからだった。眼光に哀しみを感じたのは僕の勝手かも知れない。しかし、この場に待ち受けているふうに立っている事実は想像のよどみではなく、ひとつの意思が歴然と働いている証ではないか。僕の驚きを期待していると思った矢先、おくもは有無を言わせない行為で更に緊縛を求めた。そう、求めたんだ。
そして空気を抜かれた風船みたいにヘナヘナとしゃがみこんでしまった。明かりのよりどころだった目線は面持ちをうかがわせない素振りで下方に落とされ、ちから尽きたと言わんばかりの風姿に僕は複雑な気持ちを抱いた。失望と希望が同居しつつも、悪夢と欲望が離反していく奇妙な、だが、限りない愛情が芽生える予感が渦を巻いている。おくもが鋭敏に僕を理解してくれたのなら、なぜ遊戯をこんな形で終わらせてしまうのか、早急な交情はこの隠れ里では真意が曖昧なのに、、、
どうやら僕は籠絡される運命から逃れられそうにもない。おくもはすべてを熟考したうえで忍法を仕掛けているんだ。遅かれ早かれの問題だったが、なまじ背中で演技などした挙げ句の至り、僕は黙っておくもと交えるしかない。かくれんぼは一時中断と思えばそれでいいじゃないか。
間合いなど本当になかった。すぐ手を伸ばしてうなだれたようにも見える首を上げさせた。ゆるやかな曲線を描いている額の下に悩まし気なまつげが伏せられ、瞳の中をのぞくまでもなかった。


[215] 題名:ねずみのチューザー37 名前:コレクター 投稿日:2011年08月02日 (火) 02時01分

屋敷にこもったきり憮然と苔子を待ち続ける風情で、庭先おろかこの敷地内さえ興味本位ならずも調べてみる挙動をこれまであらわにしなかったのは、やはり開き直りなのかも知れない。
いきさつを語りだしてみたものの、いまひとつ切迫した危機感をあぶりだしているふうに君には見えるだろうか。原因は僕の記憶がなにより一番だと考えられるけど、不可解な現象に対する反応の鈍さがもっと問われるべきではないか。架空の女忍に好意をすりつけ、曖昧な対象へと意識をくぐらせていたったのは、籠絡を僕から乞い願ったと見なされても仕方のない態度だよな。
囚われの身なのだと嘆くよりも、浮遊した意思を預けてあると言い換えたほうが不安や怖れは減少されるし、仮釈放みたいな自由がもたらされ、萎縮した我が身と四六時中向き合わなくても済みそうだった。熱烈な信仰を捨てなかった隠れキリシタンじゃあるまいし、当然ながら本当の自由なんて微塵も得ることなど出来ない。僕は奇怪な接遇に甘んじる代わり、自ずと幽閉の規律をまっとうしていた。そう、許されたこころの自由がひろがりゆくほど、この身を目に見えない荒縄で縛りつけていたんだ。だから、寝起きする座敷より出てみるのは圧迫をともなう苦痛だった。かといって決然とした解放への希求があったわけでもなく、所詮は隠れ里から逃れなれない、異境の涙に流れるしかない、そんな諦観にしっかり骨抜きにされていたから、別に拷問を受けているでもなし、怪し気な重力と健全な斥力がうまい具合に計られ今日まできた。もっとも何が健全かは自明に述べられるんじゃなく、あくまで怪異にのみ込まれた餌食が覚える想念だけどもね。
で、まあそうした葛藤がいよいよ僕の背を押し、隠れ里でかくれんぼという二重構造の回路を見いだす珍事に展開した。もげ太やじいばあを懐柔するには今更の感が強すぎる、細かく言わなくても分かるだろう。そうなるとあとはおくもしか残らない。苔子が帰ってくるまでにはとりあえず、屋敷中を調査し可能な限りの情報を探しだす。僕だけで隠密に行なうのは絶対に無理だ。昨日までふぬけ状態だった奴がいきなり部屋や庭をうろつきだしたら、間違いなくすぐ警戒される。おくもには最大の用心がいるな、苔子やねずみはあきらかに身近な監視として彼女を屋敷に寄越したんだ。だが、一番僕に近いことで不用意な行動が案外客観性を損なわす、つまり天井裏から盗み見しているねずみのような視線の配分を削る効果が期待される。おくもが優秀な女忍であるのは疑う余地はないが、何も絶望的になることはない。
僕は自分でも得体の知れない力が奥底からみなぎってくるのが分かり、単なる特攻精神だけでない、僕が何か未知なるものを握っているに違いない、そんな確信がはっきり芽生えたからなんだ。この件はまえにも話したよな、前置きはもうこれくらいにしておこう。
さて、かくれんぼを開始するにあたって、念頭に叩きこまなければならない要点を反芻してみると、自然不自然の見識は場合によってはあだになる、子供のように無邪気に振る舞えばいい。退屈しのぎだ、憂さ晴らしだといった面持ちこそ最善の構えなんだ。次に監視はさておき、注意すべきはおくもとの会話であり、更に神経を研ぎすましておくのが盗聴への対策だよ。この防衛術に関しては腹案があるのでいずれ実演におかれた時点で話すことになるから省略させてもらうとして、おくもには早い段階で僕の意向を悟らせておき、なるだけ綿密な探索を決行したいと願っているから、あえて無防備な挙動に出るつもりさ。
そうじゃないと限られた時間で屋敷の見取り図は描けないし、外部への逃走も出遅れてしまうだろう。最後にもっとも重要な事柄を示す。僕の不穏な行動に察知したじいとかばあはいち早く連絡網を使うと考えられるが、そのまえに有効に探査が進行しているとは明言し難い、出来るだけ穏便な手段を選びたいところだけど、これはつまり戦争だ。非情な攻撃も遂行する覚悟でいる。武器はすでに調達してある、以外なものが役立つのさ、これも後々話すよ。さて、あとはもげ太も含めた自称忍者らとの最悪の決戦だ。あの婚儀に参列したきつねの面々も加わったら僕は完全に包囲されてしまうだろう。いかにして突破口を切り開くか、そのさきは残念ながらわからない。
かくれんぼから包囲まではとりあえず遊戯だろう。だから取り急いではいけない。二重構造をそうたやすく横断してしまっては元も子もない。折角閃いた回路なんだ、まずはおくも攻落の仕掛けからゆっくりとご覧にいれよう。一気に要点だけを絞って聞かせたので、気忙しく感じたかも知れないけど、この里に流れる時間はそれはそれはゆったりとした優雅なうつろいであり、僕が想定した攻防などよくよく鑑みればおとぎ話となってしまい、なごやかなものに思えてしまう。
おくもの裸体にだってまだ触れていない、そして僕自身の何かにもまったく気づいていない、時間は短いようで長いのか、それとも反対なのか。
こころの準備は一応整ったので、おくもに切り出した。といっても我ながら拍子抜けするくらいの頼りなさが声色に出てしまい、遠足にでも行くような、もしくは海水浴に誘うような喋り方だった。
おくもにしてもきょとんとした目で僕を眺め返していた。そしてこう言ったのさ。
「面白そうでございます。旦那様もさぞかし退屈でしょうから。承知しました。では鬼の番はどちらから始めましょうか」
僕はこの屈託のない口ぶりを忘れることはないだろう。


[214] 題名:ねずみのチューザー36 名前:コレクター 投稿日:2011年08月01日 (月) 01時05分

日ごと寒気はつのりはじめ座敷の畳もひんやりした感触を通り越して、手のひらに尖った冷たさを残していった。冬支度で備えられた火鉢の暖に寄りそっていると、無為な生活も相変わらずと思われたけど、胸の奥には炭火と似た紅い火炎が消されることなく燃え続けている。
僕の生活は奇妙なほど静かに過ぎていったが、暗色の炭に炎を宿しているよう沈思黙考を怠らず時機を待っていたんだ。とはいえ、秋空の下でもくすぶるしか能がなく、半ば宿命とあきらめに傾斜していた身を省みれば、胸中はどうあれ実際には自分からすすんで幽閉の責めに甘んじてるとしか思えなかった。
例えばこの屋敷内を隈なく探査してみただろうか。もげ太らの言う金目教なり甲賀である虚偽を暴く行動を起こす試しがあっただろうか。つまるところ、妄言と退けたい一心で反対にことの真意から遠ざかるのみで、隠蔽された鉄壁に忠実な態度で臨んでいたにすぎない。思い返すまでもなく、僕は軽佻な素振りで楽観視を肯定していたから。籠絡の地位に妥協するには、こんな浮薄な神経が要求されたとでも弁解するつもりなら、部屋の散らかりを放置しておく怠慢となんら変わりはないよな。
季節に責務をゆだねるなんて適当な言い訳かも知れないけど、秋の深まりが冬に移行した現在、何かこう背筋が正され一条の光明に向かって邁進する決意がわきあがってきた。転倒した言い分にも聞こえるだろうが、火鉢にしがみついていた安楽の気分が情けなさを増大させ、一気に果断な心境へと転化したわけさ。
奇怪な儀式とはいえ、仮にも婚礼を行ない、あまつさえ僕の子種を宿した新婦はなしのつぶて、取り巻く環境もこれまで話してきた限り、いま可能性として開かれているのは、あるいはそう見届けてしまう迷妄なのか、兎に角おくもを通じてしか余された道はあり得ない。おくもを攻落するっていっても先だって話したはずだけど、中々よい方法が浮かんでこなかった。湯浴みにおいて思いきって交情へ持ち込む算段にしたところで、苔子との成りゆきがどこかで先行きを邪魔をしているのか、いつまで経っても背中を洗い流してもらうばかり、色情とは無縁の呆気ない日常に埋没してしまっている。
むろん時宜にかなった交情でないのは、例の第一問、補欠策におくもの使命が決定づけられているからであり、種牛としての僕は役割に縛られていた。ここで仮説が仮説でしかない、妄想が妄想でしかない、限界に直面し、補欠要員だと認めざるを得なかった僕の心境を察してほしいんだ。昔風に考えれば苔子が正室で、おくもが側室であってもかまわない気がするのだが、本山とやらの意向はどうも僕の憶測に合致しているようだ。考えてもみてくれ、この格式ばった待遇こそ、仮説を裏打ちする方便じゃないか。奴らは僕が記憶の断片を無くし、優柔不断に振る舞っている性分を洞見している。もっともそれすらが操作により試されているのなら万事休すだけど、とりあえず、最悪の事態を知らされてない以上、第一問から導かれた補欠ならびに慎重説をよりどころとして駒をすすめていこう。
おくもに欲情しなかったのかと言われれば、ないと答えるのは嘘になる。ここに連れてこられて以来、種牛と蔑んでみたところで自分なりには、女体をむさぼり精を吐き出す快楽は天にも昇る心地がしたし、婚儀にいたるまでの日々はまさに愛欲で充たされていたから、意識転換した今でも下半身にうずく血流はそう簡単に治まりはしないさ。
もげ太が念押しした、「決して忍耐などなさらぬようお願い申す」という意味がこれほど引っかかってくるとは思ってもみなかった。つまり、おくもに手をかけることは僕の品性や人格とかでなく、ある真偽が試され、更に穿てば監視の域から絶対に逃れられなくなってしまうんだ。いかなる理由でそこまで徹底した管理が施されるのかは残念ながら見通せない。
僕の煩悶はそうやって火鉢のなかに燃える炭のごとく絶えることがなかった。ところがある日、屋敷内探索の意想から飛び火するように、とても素晴らしい閃きが炎上したんだ。案はいたって児戯に等しいけど、領分はもちろん大人のそれさ。
炭火が灰に埋もれていくのをじっと眺めていたときだった。不意にかくれんぼという言葉が脳裏にどっしりのしかかった。さあ誰とかくれんぼするのというのだ。決まっている、おくもしかいない。だが、あの若さに似つかわしくない取り澄した娘が、いくら旦那様のいいつけであっても容易く了解するだろうか。補欠策によって交情は見送られているからこそ、児戯にまぎれておくもを攻落し、監視の眼をかく乱させ、この幽閉から脱出するために是が非でも彼女の協力を得なくてはならない。ことは慎重にそして大胆に遂行されるべきだ。もう説明は無用だろ、かくれんぼとは探索そのものだよ。おくもと交わる機は案外速やかに訪れるように思えてならない。何故ならこの閃きとともに、僕の股間もいきり立っていたからだ。
火花は燃えさかる。そして、あらゆる方向に飛び散る勢いを秘めている。闇姫が言い残していった、日向への憧憬もこうなると感慨深く、僕は戦国時代の合戦のさなかにおける血縁や男女の契りを想起させた。さながら信念と裏切りが渦巻きつつ、紅蓮の炎に包まれる城中を夢み、無常の果てに疾走する魂のゆくえを、、、


[213] 題名:ねずみのチューザー35 名前:コレクター 投稿日:2011年07月26日 (火) 03時43分

ある晩のこと、膳を下げにきたおくもに熱燗を再度所望し、酔眼の振りをもって彼女の視線と交わらせつつ笑みを作ってみたのだが、偽悪の表情はわれながらさぞ卑屈な顔つきだろうと、考えただけで興ざめしかけた。けれども、その不自然さがあべこべにおくもの軽侮をたぐり寄せ、思わぬ成果を生んだ。
「旦那様、今宵はめずらしいですね。随分とご機嫌がよろしいようで」
僕の醜悪な笑顔もまんざらではなかったのか、酔眼をなだめる優しい口調でそう言った。
「おくもさんよ、僕だって酔いたいときもあるさ。ねえ、すまないがお酌なんかしてくれるとありがたいんだけど」
図にのって頼んでみたら、おくもは黙って静かに徳利を傾けてくれた。手にした杯が微かに震えたのも何やら意味が添えられているふうで好都合だったかも知れない。一滴もこぼさないよう口を近づけ一気に杯をあおると、卑屈さは転じ未知数は逆算され、修正不要の確信を抱いた。「これでいい、これが前進さ」そう胸のなかでつぶやいた。
徳利が空になるまでおくもは酌をしてくれた。そのあいだ僕は彼女の顔を目に焼きつける。始めて会ったときの印象を裏切らない意思の強そうな目もとからは、犯しがたい神聖なひかりがいつも放たれていて、相手を威圧しかけない鋭さにためらってしまうが、ややしもぶくれの輪郭に調和する肉厚の唇と、きれいに揃った歯並びの白さを忘れ勝ちになり、ついつい顔全体で形成される穏やかな品性がなおおざりにされてしまう。その見た目は実際におくもに面しているときよりも、まぶたを伏せてみる遮断のなかに瑞々しくよみがえってくる。あごにかけての肉づきが丸みを帯びているせいか、正面と横顔に際立った違いを見いだすのが出来ないことに失望しかけた途端、鼻唇溝の深みととも口角がさわやかに上がり、歯並びが強調されるようにして笑みが浮き出し、あらゆる角度からの観賞にも親しみが付随していることに感嘆するだろう。おくもの笑顔がまれであるだけ、いつまでも脳裏に映し出されている余韻は隔てを無効にし、見知らぬものには既視感さえあたえるのではないだろうか。
僕が奸計と推量したこの冷たさ、あるいは毅然とした気風がかもす近寄りがたさ、これらは天性の器量であって殊更に誇張されたものではなかった。
濃紺の十字絣と茄子色の帯も本来の若さをいったん濾過してから、のちに抑えを解いたような清冽さを香らしている。からだつきは着物の濃い色調もあって一様にはかり知ることが出来ない。
「空になりましけど、もう一本おつけしましょうか」
鼻にかかったその声が耳をなでていくように感じられ、甘えながら抱き寄せてみたい衝動に駆られたが、その晩はそれ以上を望まなかった。鼓膜に微風が届けられたのかと夢想する。断念なんかじゃない、第二問はあわてては仕損じるだけで答えを取り逃がしてしまうんだ。だから「おやすみなさいませ」と、静かに障子を閉めたときの乾いた音に、夜の残り香を感じとり満悦した。手のうちはもう気づいただろう。そうだよ、僕はおくものこころに接触したかった。えらく純な胸中だって、さあそれはどうかな。屋敷をあとにする苔子には間違いなく感傷的になったと思うが、いまの僕は苔子にも闇姫にも、そしておくもにも束縛などされないし、情愛を分かち合う妄想も持ち合わせていない。女体を賞味しないのかって、どうやら義務みたいだから一応はだかはむさぼるさ。だが、それは第三問に進む情況を切り開く必要においてだよ。
見上げればもう冬空だ。冷たい雨はやがて雪になるだろう。少しも不自然じゃない、異形の里にも雪は積もる。日々は嘘みたいな早さで流れていった。約束された湯浴みの場面に筆を運ぼう。
あの酔眼から間もない日暮れ、僕は湯船につかったまま大声を張り上げておくもを呼んだ。
「どうなさいました。気分がよろしくないのですか」
心配そうに風呂場の戸から顔をのぞかせながら尋ねてきたので、いかにも平気な表情を保ちこう口にした。
「悪いけど背中を流してくれないか」抑揚はないが一言、やや高圧的な語気を込め目線はそらしたままだった。沈黙という効果がどこまで力量を発揮するのか、そんな問いを浮かべたところをみると僕は少々自信がなかったようだね。が、おくもは沈黙の場そのものに溶け込んでゆく、伏せ目がまるで無言の承諾であるように自分の足もとに注意をはらうと、躊躇することなく着物の裾をまくり、どこから手にしたのかたすきがけも鮮やかに湯船へ歩を進めてきた。
「旦那様、湯から上がってくれませんとお背中を流せません」そう、僕の語気などまったく意に介さない模様で微笑さえ投げかけてくれる。
これではかつての場面がくり返されたと困惑してしまい、局部を隠しながら湯船をまたぐのも等しく、せめてもの救いは手ぬぐいがすぐ近くに置かれてあった幸運だった。おくもの手つきは苔子とはあきらかに相違があった。ごしごしと垢をこするような加減とは別の、肌をゆっくりとなでつけてくれるふうな柔らかでのんびりとした調子、あまりに軽い手触りだったから、その分浴室の空気は湯気に代わって吐息が充満しているんじゃないかという妙な思いで密度は高まる。
背中に泡立てられた石鹸の匂いが希薄になっているようなはかなさは、紛れもないこれより反転する上体を求めている証だろう。そんな願望が湯冷めと拮抗しかけたのだが、おくもは背中をすすぎ終えると、「それではわたしはこれにて」そくそくと木戸を開け濡れた手足を拭っている様子がうかがえ、足音を響かせるくらいの気兼ねなさを誇示するふうに廊下の奥に消えてゆくのがわかり、僕はやはり肩すかしを食ったのだと遺憾を記しておくよ。


[212] 題名:ねずみのチューザー34 名前:コレクター 投稿日:2011年07月26日 (火) 03時14分

じいやばあのすがたは目にすることはあっても、おくもが来て以来めっきり僕に近づく動静もなく、ただ単こうしてにひとつ屋根の下で暮らしているのは、すりガラスの向こうに見ているような感じだった。
おくもは最初の姿勢を変わらず保ち続けているので、僕は増々萎縮してしまい、距離感は縮まるどころか限りない平行線で律儀に計られていたよ。しかし慣れっていうのはある意味底知れないものだね。配膳のときなどおくまのからだはかなり僕に接近したりするけど、いつの間にか、独り膠着状態に淀んでいた気分がごく当たり前に思えてきたんだ。それまでは手が触れそうになったら、妙に意識したりしていたのでよくよくおくもを忖度してみる余裕などあり得ず、常にどぎまぎした自分を情けなく思ったりしていた。
ところがそんな初心な心情も季節の変わり目には移ろっていくように、段々と図太い神経が育まれていくのか、隔たりを十分知りつつもそれまで対峙からは一歩踏み出し、素知らぬ顔色でおくもの姿態をうかがうようになり、同時に心算を働かせていたのは相手のほうじゃないかと感じてきたんだ。
さっき慣れだと言ったけど実はそれだけじゃない、あらかじめ用意されていた意想がようやく緊縛を振りほどいたに違いなく、それは心棒のようになって僕の胸にわだかまっていた濁りを浄化し始めたわけさ。
聡明な君にならすぐわかるだろう。そうだよ、おくもの微塵たりとも揺るがない物腰は本来の姿勢ではなく、周到にめぐらされたもの、つまり見事な演技だってことなんだよ。これは大胆な飛躍でも過剰な妄念でもない、もげ太に連れられ挨拶にきた折、含蓄のある微笑を僕は見抜いていたし、いや、見せられていた、それはつまるところ貞節を尽くす身構えが、うらはらに色香を霧状に発散させていたという非常に官能的な有り様に落ち着くわけだ。とりもなおさず僕は苔子からももげ太からも、禁令に対する免罪を認可されているじゃないか。が、なまじ正当な品行だと含まれたお陰で、一歩も二歩もへりくだるような意識が台頭してしまい、欲望の対象として眺めるまなざしを忌避してしまう方向に追いやろうとした。
実像に触れた途端、僕はおくもをしげしげとそしてなめまわすよう視野を固定し、隙をつく算段に終始した。まったく暇を弄ぶ身分にあったから、日がな一日、庭先の枯れ木なぞに無常を覚えるよりか、ひりつきながらも薄ら恥ずかしい気持ちに尻がすぼまる思いで、慎重かつ大胆な構想を練り始めたんだ。
君にしてみれば、雑然とした細事を読まされる煩わしさに閉口するだろうけど、ここからが急転劇の幕開けなので我慢して字面を追ってほしい。
湯浴みが意味するところはすでに自明だった。気軽ささえ包含されている容認だし、あの湯煙に包まれた欲情こそが現在の僕へと繋がって、未知数を残したまま、まるで蟄居を命ぜられた当主の態で謎かけに遊ぶ行為は抑止され、その代替としておくもが送りこまれてきた。ところが僕は謎かけの第一問だけはなんとか解けたので、続く問題にも挑戦してみたくなったんだ。これもひょっとしたら、すでに仕掛けが施されており自負心を操作する罠なのかも知れないが。
逡巡は許されない、それと安易におくもを抱くことも控えるべきだ。いやいや、抱くのはいいが、闇姫に溺れるような放埒は絶対に避けなければいけない。
それから何日経過しただろう。本山とやらに赴いた苔子からは一切連絡はなし、もげ太は何やら気忙しい様子で屋敷を留守にする日が多く、もっとも彼とは打ち解けようにも鉄壁の好感度ですべてをうやむやにしてしまうので、はなから監視役くらいにしか意義を認めていなかったから、不在であるのは却って都合がよかった。じい、ばあも同様、もともとさほど接点はなく信頼など求めていない、残るはねずみだけども、あの婚礼の夜から再びすがたを現さず、天井裏に潜んでいるのかどうかも定かではなかった。
で、謎かけの第一問、種牛としての義務をまっとうし苔子が懐妊したにもかかわらず、どうしてまだお役御免とならないかという疑問に対する解答を述べよう。好きよ惚れたの恋情もこうして引き離されてみれば何とも複雑でもの悲しさに沈滞しかけてしまいそうだけど、ふたつの標識がありありと提示されるんだ。ひとつめは種牛としては無論のこと、僕には何らか利用価値が備わっている為、更なる子種を注ぐとともに延命が約束されるという凡庸にしてこれまで通りの不条理らしき道程。ふたつめは苔子の出産に不具合が生じた場合、新たな母体としておくもが使命を受け持ついわば補欠策で、あからさまな夜伽の認可がそれを如実に物語っている。ではおくもが能動的に誘惑を表にしない訳、憶測だが苔子の安産が確定されるのを判断してから実行される慎重説で、これにもいわくはあると考えられる。
肝心なのは僕の精だけではなく、母体としての資質が多大な影響を占めるために子宮があれば誰でもよいわけではない、やはり選ばれし条件があると見るのが賢明だ。苔子は闇姫を装うほどに妖艶な容色に恵まれ、尚かつ上臈を彷彿とさせる典雅な挙措を失することなき絶品、おくもはといえば、観察の結果から苔子みたいなふくよかな容姿ではないが、武家の子女などに見受けられる凛とした息づかいが感ぜられ初々しい気品も漂わせている。
会話こそ抑制されていたけど、僕はあれからおくもを攻落することだけに専念し、すがたかたちの検分に尽力し、そして第二問へと挑むため、まだ開かれていない肉体の奥に神経を集中した。


[211] 題名:ねずみのチューザー33 名前:コレクター 投稿日:2011年07月25日 (月) 04時17分

苔子が本山とやらに里帰りするのを、じい、ばあ、もげ太らと門口で見送りながら僕は得もいわれぬ感情に襲われた。深刻でありながら作り事を了解してしまう、水と油が入り混じらないようで微妙に溶け合っているみたいな思いがけなさ。惜別の情には違いないのだろうが、悲哀が沈殿していると同時に上澄みとなって揺らぎ透明すぎて、よく判別できない心境。それは苔子を抱きしめたあと、僕をさとす顔つきになって含めるよう口にした、「わたしの留守中、色々と大変でしょうから身のまわりを世話する者を寄越します。もげ殿にも断っておきましたので気兼ねなさらずに」という意味あり気な発言に戸惑っていたのがひとつ、それから子供の頃には日中を雨戸によってさえぎったり、異様な雰囲気を好む性癖があったことを振り返ってみて、苔子からも夜光虫と指摘される道理が、やはり闇姫を慕っていた心情を浮き上がらせたのだ、そう頑なに念じてしまう寂しさも間違いなく寄与していた。
もうここに慕っていたひとはいない。闇姫のなかに苔子はいても、その反対はすでに過ぎゆきてしまったんだ。闇姫に投影していたものがここにきて自ずと立ち現われてきたよ。とはいえ、決して苔子の魅力が減ずるわけではなかった。
伴侶を送ったあと、案の定もげ太は世話係の件を一刻も早く伝えたいのか、朗らかに説明しはじめた。
「明日にでも参りましょうが、気だてのよいおなごでございます。これからしばらくは独り身でなにかと不自由になりますゆえ、苔子の気遣いと汲んでやってください。なんなりと申しつけくだされ」
いつものさわやかさに増して、目尻がやや下がり気味なのがどこかくすぐったく、身のまわりなんか別に忙しい分際でもないのに、じいやばあで上等だと思っていたら、もげ太はすかさず察知したのか、
「これまでは、といいますか、ここへお見えになってからあなた様には苔子が付きっきりでしたから、今後は細々とした配慮なども補填しなくてはなりません。湯浴みなども遠慮なさらず、女中とは申せそれなりの要員として教育されております。どうぞお含みくださり、決して忍耐などなさらぬようお願い申す」
なるほどそういう思惑が働いているんだ。あっさり了解している自分がとても軽やかに思えたりしたが、そうした軽さを生み出している誘因は目に見えない空気のように僕を取り囲んでいると苦笑いした。
いずれは究明にいたるだろうって、薄皮みたいな予感が去来したけど、そのときは深く考えるのを先延ばしにしてみた。のちにこの態度は急進的な展開となってゆくわけだが、それは追々語るとして、とりあえず苔子が言い残し、もげ太が是認した女中がやってきた日へと筆を飛ばすよ。
独り座敷で無聊に苛まれている間なんてなかった。もげ太の言う通りこれまで闇姫の影を常に意識していたから、事情はどうあれ身ひとつ無為に過ごす時間が逆に外側へと広がってしまい、多分一時的にせよ自由を得たような錯覚が洞察のきっかけも一緒にあたえてくれたと思う。しかし、心境には先延ばしを願う切れ味の鈍い切っ先が横たわっているので、快刀乱麻を断つごとくまわりの空間を処理してみせるのではなく、どんよりとした雲がたれ込んでいる様相で視界が開かれるしかなかった。
混濁した意想はきらびやかな光彩を放てないが、鉛色のくすんだひかりがある種の重みを感じさせるように、こころの底辺にも不確定ながら微動だにしないわだかまりを発生させ、そこから徐々に外側が開示されていったんだ。ようはおっかなびっくりだったということかな。そこへもってきて女中の登場だ。もげ太の背に整然と佇んでいる様子からはとりとめて好印象を抱くこともなく、却って芯の強そうな目つきにちょっとした疎ましさを感じたりした。
「これは先日申し上げました娘でございます。名はおくも、しばらくお世話させていただきます。こちらは新しい旦那様だ、ご挨拶いたせ。」
「おくもと申します。若輩ではありますが、どうぞよろしくお願いいたします」
腰の低さにそつはなく、表情もまた律儀な心得からはみ出すこと知らず、実年齢を越えているような落ち着きのある愛嬌が丁重に包み込まれていて、微笑とともにひかった目の鋭さが何故かしら柔和に見えてしまった。また心持ち鼻にかかった嫌みのない甘い声色も加わり、僕は疎ましさなど放れ雲となって消し飛んでいく気がした。
「いやあ、こちらこそどうぞよろしく」
印象が覆されにもかかわらず、簡単な返答しか口に出来なかったのは、おくもが目を細めながら照れた面持ちで、一瞬僕を観察している怜悧な素振りをしめしたからだった。もちろん思い過ごしかも知れないけど、もげ太からはそれなりの要員だと聞かされていた覚えもあり、油断は禁物と咄嗟に念じたのだろう。
あらためて言うまでもないが、僕を取り巻く連中は最小限の情報しかもたらさない。現におくもにしたって、その日から僕の身のまわりに関わりながら不用意な言動をあらわにすることなく、掃除や食事の世話に専念している。無駄口のひとつくらいとこっちが差し向けたいところだけど、暗黙のうちに一線が引かれているような雰囲気はまだまだ濃厚で、冗談めいた軽口はさておき、天候や風向きを何気に話しかける機会さえ逸している有様だったから、自ずとぎこちない気構えで接してしまう。
例えば夕餉の際など、「お酒は燗になさいますか」そう訊かれて、「ああ、頼むよ」と、ぶっきらぼうなもの言いで返してしまい、そうじゃなく、寒くなってきたね、少し熱いくらいにしてもらおうか、くらいの綾をつけ足してもよかったなど後悔してみたり、「冷えてまいりましたから、おやすみ前に雨戸を引きましょうか」って、あの苔子の思い出が乗せられた問いにも、至って沈着な口ぶりで応えてしまったり、一体どうしてここまで態度が硬化してしまっているのか解せない。
僕が理性でなく本能的な嗅覚でこの距離を見極めるのは、枯れ葉が舞うのを見慣れた頃になってからだった。


[210] 題名:ねずみのチューザー32 名前:コレクター 投稿日:2011年07月25日 (月) 04時16分

綿帽子にすっぽり隠された横顔はのぞき込むまでもなく、きつねの面も透き通され、始めて目にした苔子の困惑したような、苦いものでも口にしたような、けれども何やら思わせぶりな微笑が薄膜となって張りついており、それほど親密ではない知人にふとした拍子で同席してしまった場面を想起させて、儀式の緊迫からほどけてゆく心持ちをもたらした。
同様に時間の過ぎ行きもまた不明瞭な夜気にさらわれ、気がついてみれば、おどろおどろしくもおごそかだった提灯のあかりがわびし気に遠のいてゆくのを、はかなく見守っている。安堵で虚脱したというよりも本来強いられてではなく、自らこころのどこかで望んでいた実像がかすんで映っている。とらえきれない手ごたえは脳裏へ巣食った幻影にそれとなく共鳴しているからだと思った。
灯火が夜の奥へと帰っていく。僕は今宵の婚礼に会した人々が何者だったのか知るすべもなく、また伴侶となった闇姫に質してみることさえ禁句であり、儀式がつかさどる永遠の内郭に無名化されているのを黙ってうなずくしかなかった。
皆が去ったあと、僕と闇姫は薄明を怖れるまなざしを確認し合いながら寝屋へと、その足取りに幽玄な音律を忍ばせ、芳しくも激烈な交情に耽溺したんだ。夜具が怪しく乱れるより、畳のへりに爪を立てた自分に陶酔し、甘露をすすっては精をそそぎ、胸の谷間に眠った。
夜明けを告げられたのは思ってもみないことだった。これまでどれだけ朝陽をさえぎる雨戸の自堕落な軋みを耳にしてきたか。祝言が済んでしまえば、いきなり日常やらに逆戻りしてしまうのだろうか。じいが言うには、「よい朝でございます。誠にめでたき晴天です」以前からそう口にし続けたかのごとく笑みをたたえている。唖然としている顔を寝惚けまなこと峻別するかのように闇姫が語りだす。
「主様に申し伝えねばなりません。妾は身重なれば、これより屋敷を出て金目様の本山にて安産を祈願いたします。なぜにと思われましょうが、ここはもげ太殿のお住まい、妾は主様にまみえる為にこそ身を寄せていましたゆえ、出産の大事は本山が道理でございます。なれど主様にはお役目もありましょう、どうぞ、もげ太殿のはからいにて逗留いただき、妾の無事を願いただきたく存じます」
えらく丁寧なもの言いに聞こえるけど、結局それも掟なんだろって思いながら、しかも懲りずに金目様を持ち出してくるからには返す言葉もなかったよ。
「いままで主様には妾の生理に同調いただき、かような日々を送らさせたこと誠にすみません。身ごもった限り妾はもう闇姫ではなく、これからはひかりを燦々と浴びて生きてゆけましょう。主様、そうした次第でありますゆえ、なにとぞ本日より夜光虫のごとき生活から逸してくださりませ。手前の事情ばかりで申しわけありませんが」
闇姫はあたまを深々とさげ、悲嘆にくれた顔つきでそう説明するものだから、情が移ったわけでもないけど、さなぎが蝶に変化したような気持ちがして、いや、狐狸にたぶらかされているのか、とにかく無下にするわけにもいかず承知を覚悟したうえでこう尋ねてみたんだ。
「色々と内情があるのはわかっているつもりだけど、闇姫ではないとしたら誰になるわけなんだろうね。まさか苔子さんかい」
「主様の申すとおり、妾はいえ、わたしは苔子になります。赤影さん」
「ちょっと待ってくれ、苔子はいいが、赤影さんっていうのはどうなんだろう。僕は違うと思うんだけど」
あわてた僕の表情がよほど面白かったのか、あるいは彼女の肩の荷が懐妊でおり、使命なりがまっとうされた解放感からか、相好をくずしながら、
「では主様」
「その方がまだましだよ。しかし苔子さん、どこまでも虚飾をつらぬくつもりだね。金目様の本山がどこなのか別に関心はないし、あれこれ吟味するのも無駄だとわかっている。けど、きみは僕と結婚したんだろ、それなのに秘密だらけっていうのもやりきれないなあ。きみの最大の任務は僕の子種を宿すことだけだったとしたら、それはそれで認めるしかない。出産をひかえて里帰りするのも大義名分がある。ああ、すまない、きみを責めても仕方がないよな、でもなんか切なくてさ。闇姫にあこがれを持っていた身とすればね」
「当然です。どんなになじられても余りあります。闇姫は主様を惹きつける化身でした。これがわたしの宿命なのですから、、、でも苔子は必ず帰ってきます。もし、わたしが少しでも愛しいとおっしゃられるのなら、信じて待っていてくだい。あともうこれからは苔子と、呼び捨てにしてほしいのです」
こんなに表情が交替する彼女を見ることはなかったよ。僕は自分の感情をよく把握していないみたいだ。が、使命だろうが、任務だろうが、絶対の掟によって素顔を無くした境遇は同情している。たぶん過剰なくらいに。
「もうなにも言わなくていい。じゃ、苔子がこどもを連れ帰ってくるのを楽しみにしているよ。それでいつ出立する予定なんだ」
「今日これからです、、、」
「なんだってそんなに急に」
僕の涙腺がゆるんだのは間違いなかった。もう一度きみを抱く時間も残されていないの、そう言いかけて右手を差し出した。苔子は左手でしっかり握ってくれた。お互いの腕はからだを引き寄せあう為にちから強かったよ。そして僕と苔子は、乱れ飛び散った夜具のうえで激しく抱き合い、唇を重ねた。
苔子の頬からひとすじの哀しみがまっすぐに流れ、僕の手に落ちた。
「きみなしで、こんなところで耐えられるだろうか。苔子、好きだよ」
「主様、わたしも大好きです。祝福の涙と信じます。しばらくのお別れですね」


[209] 題名:ねずみのチューザー31 名前:コレクター 投稿日:2011年07月19日 (火) 04時45分

こんなに廊下はくねっていたかと、屋敷内を隅々までめぐったことのなかった僕は宙になかば浮いた気分で感心しながらふすまを取り払ったとみえる広間に連れていかれた。
燭台は座したふたりと距離がおかれない間隔で煌々と灯され、まっすぐな炎を立てている。すでに来客らで広間は中央まで埋め尽くされ、ゆうに五十人は越えているかと見まわせるなか、上座には白無垢の打ち掛けに綿帽子で顔容を被われた闇姫がしおらしく端座している。僕はうっすらしためまいにも似た動揺に背を押されながら、浮遊の足つきで部屋の角をまわり座布団の隙を縫って指定の位置まで赴いた。
そっとうかがうようにかぶりを降る闇姫に目配せする余裕もなく、咳払いやぼそぼそとした声が入り交じる大勢の客人らがかもす異容にあらためて脅威を覚えてしまう。きつねの仮面といっても祭りなどで見かける白地に赤い耳や口の白狐ではなく、芥子色や土色をした被り物ばかりで、なかにはひげや眉毛がすすきの穂や羽毛の束のように飛びはね能面を彷彿させる類いも見受けられる。皆が黒装束であり唯一花嫁だけが白無垢となれば、碁盤に並んだ黒白の配列の対比を想起してほしい、それがいかに鮮やかな心象を描きだしているのかを。ましてや灯りといえばろうそくの燃える火が、橙色であったり、黄金色であったり、中紅であったり、真朱であったりする加減によって、黒衣一辺倒の広間には霊妙な雰囲気がひろがって、あながち冥暗に吸いこまれる怖ればかりを抱かせるのではなく、闇夜へ照射する勢いさえ保ち光彩陸離とした凄みを感じさせた。
きつねの面々もそんなまばゆさに囲繞されながら、様々な表情が陰影豊かにあぶりだされ、今宵の祝言の幕開けをおおいに歓んでいる。もげもげ太が僕の横に座ったとき、右端のそれほど遠くないところに儀礼にのっとって客人と同じよう面をつけたチューザーを発見した。一瞥をくれた僕に感づいたのか会釈をしてみせたのだが、いかにも他人行儀な葬儀場とかで出会ったふうの空気をまとっていて、一瞬不快な気持ちがしたけど捨て置く以外に仕方ないだろう。
この婚礼の儀はどうした式次第で執り行なわれるのか期待などしていなかったが、斎主も巫女のすがたはおろか、三三九度の杯も、祝詞を読み上げることも、玉串を捧げることもなくて、たぶん神式とはまた違った儀式なんだと殊更いぶかしがる必要もなく、各人のまえに添えられた膳をしみじみ観察してみた。
随分と型のよい真鯛の塩焼きが皿からはみ出している。それに赤飯のにぎりめし二個、どうやらワンカップ酒らしきものも供され、上質そうな割り箸も配されているのだけど、誰として手をつけようとはしていない。こんな仮面を被っていたら食べようにも無理なわけだから、この膳はあくまで飾りであってきっと帰りに持たせるんだろうって考えていたよ。それにしても全員が黙りこんでいるだけっていうのも一種不気味な光景だ。ところが段々とその寡黙がつちかっている真意がわかってきたのさ。
広間の右側はふすまも障子も除かれ、庭に面していたわけだけど、ろうそくの丈が目に見えて短かくなった頃、夜風がさっと部屋全体をなぞっていくように吹きこんだ。かなりの本数がその風にゆらめき、それまで仮面に秘された表情を炎と影がつくりだしていたと信じ、雑踏に映える夕陽みたいなものと類推していたのだったが、実は目線は隠されていただけで決してそれぞれに散らばっているのではなくて、すべての所見は僕と闇姫に一点集中していたんだ。まぎれもない確信に及んだのは、いつしか中空に現われた満月に照らし出され、広間にいままでとは異なったひかりが注がれ、やがて深閑とした集まりのうちから嘆息のような声色がもれだしたときだったよ。
月影がしめしてくれたのは、自然のなかに眠りかけていたまなこを刺激している、夜の帳に包まれた僕たち新郎新婦への激しい好奇心に違いない。僕だって面なんかしてるけど、こうして幾つもの視線が投げかけられていると思えば、熱してくる意気込みを彼らに投げ返してあげたくなってきた。そこで衝動的に面をはぎ取り素顔をさらしてやろうと手をかけてみたが、驚いたことにまるで張りついているかのように仮面はびくともしない。両手にちからを入れ何度も試してみたけど結果は同じだった。横合いからもげもげ太が言った。
「無謀な仕打ちをするものではありませぬ。今宵は至上の儀式、どうぞ最後まで大人しく客人と向かい合っていただきたい」
反論するつもりはなかったから、「わかったよ。婚礼をだいなしにする気なんて毛頭ないさ」と、薄笑いを伝えたい声で了解した。
僕の挙動に怪しんでいる反応は人々になかったようなので、観念して再び満月を眺めていると、どこからか囃子の音色がそよいできた。夜風に流れるさだめを心得ているみたいな、透き通って、闇の空間に掻き消えてしまいそうな美しい調べだ。一体誰がこんな音曲を奏でているのだろう。謎めいてはいたけど、もはやどこから聞こえてくるのか知れない囃子を詮索する気も失っていた。
笛や太鼓は月のひかりに応えている。徐々に高まる曲調にのって僕のこころは月世界に遊び、美酒に酔いしれているふうに闇姫の横顔をじっと見つめた。


[208] 題名:ねずみのチューザー30 名前:コレクター 投稿日:2011年07月18日 (月) 19時22分

闇姫との婚儀は出来るだけつまびらかにするつもりだよ。ここまで来たからはもう気おくれもないし、その日はまだ明るいうちから儀式特有の張りつめた、よそよそしい雰囲気が屋敷中に漂っていたので、身が引き締まる思いだった。じいとばあは朝からあれこれ立ち振る舞っていて、別に掃除とか飾り付けではなかったけど、とにかく忙しそうに部屋のふすまを開けたり閉めたりしていた。ここの家は毎日掃除がゆきとどいていて、廊下は火影を弾いてしまうような艶をたたえていたり、調度類こそほとんど目にされなかったのが不思議というよりか、ひとつひとつの間が適度な緊張を強いており、畳の表面には必ずひとの残像を吸い取ってしまう妖力が秘められているようで、欄間から天井を見上げてみてもそこに澄んだ空気がいつも保たれている感じがするほど、簡素を極めた清潔さがうかがえたんだ。
もげもげ太は早くも紋付袴で門前に日の丸の旗を掲げ、庭先に水を撒いたりして僕と目があってもいつになく気難しい顔つきをしていた。花嫁の闇姫といえば、朝餉の席にも現われず、どうも奥座敷にこもって衣装合わせに余念がないのは聞き出すまでもなく、鋭敏に伝わってくる。
僕は着付けにあとでまいりますと、ばあから言われていたので別段あちこち通わす必要もなく、座敷のまんなかで大の字になって冷気とともに忍んでくる緊張を、無造作に払う素振りをしていたよ。
ほんのわずかだけうたた寝をしたのか、竹林のなかから幾羽とも知れない数のすずめがいっせいに飛び出し羽ばたいていく夢を見て、瑞祥なのかなどと目をまばたいていた。
晩秋の陽は一気に山稜を燻った色に変え、辺りに薄明るさをしめしながら、やがて谷間や、川底や、軒下に陰った夜の敷物をひろげていった。すっかり黄昏どきの仄かな親しみが引いていった頃、小声をひそめる来客の足取りが地を伝わってきた。耳を傾けるまでもなく、横目で庭の方を静かに眺めると、まばらな提灯の明かりが宙に浮かんだふうに確認でき、その顔かたちまではっきり見通せないものの、行列とまではいかないが、途切れつつも相当数の人々が祝言に集っている様子。もげもげ太は来客のひとりひとりに黙礼で応えているのだろうか、短い会話さえ夜風に乗って運ばれてこない。さすがに着替えも済ましていない僕は落ち着いてはいられない気分になり、上半身を起こし廊下に出て行こうとする衝動に駆られた。が、どうしたものかまるで金縛りにあったみたいにからだの自由が許されず、焦る意識だけが尚も深まる夜の空気に絡めとられてしまう。ひんやりとした微風が頬をなでるのを感じながら、ねっとりしたあぶら汗がゆっくり首のうしろを垂れてゆく。金縛り状態は途方もなく長い時間に思えた。念頭にのぼってくるのは身支度を整える術であり、この部屋には用意させていない装束への渇望だった。
夜目ににじみ出す提灯がいよいよ列に近い密度で、門前の先まで連なっているのを呆然と見つめている。皆一様に黒装束と思うが、女性の来客は抑えた声色の具合でかえって性差を識別させているようで、それはともかく、彼女らも全員がまるで喪服を身にまとっているのではないかと目をこすってみたくなるほどに、婚儀に参集した面々は夜の申し子だと軽く身震いを催させたんだ。昨日、闇姫に無邪気に問うた言葉が不気味によみがえってくる。朦朧とした夜景は異様なる相貌を漆黒に塗りこめ、決してそのすがたを明るみにさらさせようとはせず、ひたすらに消え入りそうな提灯の黄ばんだひかりを制御している。夜空に目をやった。
「あれはまやかしだったのか、月なんかどこにも出ていない」僕はそう呪文を唱える語感で胸をいっぱいにすると、かつてこの地が猖獗をきわめた異形の民で満たされていたことに傾倒しまい、想像の羽を闇夜に羽ばたかせた。これまでとは一線を越えた、この妖異に溢れた死人の匂いは僕の総身に鳥肌を立てながら、血の気が急速にそこなわれていくのを体感させた。
点綴していた灯火がほぼ門内にのまれて、庭先は当然大勢の来客で華やいだよ。気がつくとこの屋敷の部屋すべてにも明かりは灯され、次々と履物を脱ぐざわめきが聞こえてくる。廊下にはまぎれもない足音を感じる。提灯は玄関先で消され、手もとから離れたけれど、この座敷のまえを渡ってゆく人々の黒衣が濃厚なのか、いまだ各人の全体を把握することは難しい、、、
視界が狭められているようで仕方なく、ちいさな穴からこれらの様相を見やっている気がした。数人の足取りが僕の目のまえを横切っていったとき、ついに彼らの顔を目撃できた。
「なんということだ、、、みんなきつねの面を被っているじゃないか」
あまりの場に驚嘆する間も置かず、僕は次なる怪異に見舞われていたんだ。いつ、着込んだかまるで覚えない、家紋入りの羽織袴、それに夜道を密やかに通ってきた客人らと同じく、僕もきつねの面を顔に張りつけている。確かに視界が狭いわけだ。
じいとばあ、それにもげもげ太がようやく正式の支度で現われたのはその直後だったよ。もっとも三人はやはりお面を被っていたけど、その声と物腰からすぐに気がついたし、口上もまた儀式とはいえ、それほど人格にまで定規をあてられた異形で毒されてはいなかった。
「大変お待たせ致しました。里の衆も皆いらして下さいました。これより甲賀流婚儀を執り行ないたくお迎えにあがりましたぞ。ご用意も万全でございますな。ではまいりましょう」
もげもげ太はまだ甲賀とか言ってるから、幾分か引いた血の気が戻ってきた。まったく、どこまで金目教を演じきるつもりなんだろう。


[207] 題名:ねずみのチューザー29 名前:コレクター 投稿日:2011年07月18日 (月) 19時16分

「朝餉を食べ雨戸によって再び閉ざされたされたひかりなき座敷で熟睡しろと、そして昼と夜の区別もつけられないなか、貴女と交わり続けるわけですか」
ほとんど怒号に近くなっていた僕の詰問に対し、闇姫は反論することなく黙ってうなずいた。実際にはここが終着点だった。すべてを言い尽くすどころか、僕の立場はここから一歩も踏み出せない仕掛けにはばまれていた。失った記憶への感謝も所詮は都合しだいで落胆に転じてしまう。
その後のあらましを書き記すにはいくらか抵抗があり、しかも君の想像通りだろうからあえて詳細はひかえたい。でもこの数日間、といってもほとんど時間の感覚も失せてしまっているのでくり返しを避けるために、多少とも衝撃的なことがらだけを話しておこう。
連日にわたって僕は闇姫の女体に溺れ続けた。朝餉だって夕餉だって、おそらく昼餉もあったかな、とにかくしっかり飯は食べさせてもらったし、リポビタンもユンケルも酒も茶も毎日飲ましてくれたよ。女体に飽きなかったのかと問われれば、即答できる。「飽きる間などなかった」とね。
闇姫は「また苔子と呼んでくだされ」そう人格変異の術で徹底してまどわしてくれたから。あるときなど「あなたさまを赤影と申してよろしいでしょうか、苔子の際には赤影さんとなりますが」と、琴線に触れる文句とともにしなだれる仕草で悩殺されてしまうし、湯船にも一緒に浸かったり極楽気分を満喫、もうすっかり愛欲生活にまみれていた。
僕にはもう薄々わかっていたんだ。生活はいつも安全日でしかも闇姫は自分を搾乳機と同一視しているのか、毎回きまって最後の一滴まで精を吸いとる。僕が種牛なのがここにきて判明したわけだ。これが鍵ならなんという喜劇だろう。しかもそんな環境に甘んじている僕も相当いい加減なもんさ。
ねずみはあれから姿を見せなかった。種牛が奴らの目的だったなら計画が遂行された今、顔を合わせる必要などなかったんだろう。もげもげ太とはしばらくしてから婚礼の打ち合わせで面会した。相も変わらずの好青年ぶりなんだけど、言っていることは酷い内容で、苔子との縁組みは金目様も祝福しておりますとか、闇姫の存在が自明なのにまだしらをきっているんだ。しかもこの婚礼のどこに意味があるのかさっぱり理解できない僕の境遇などまったく度外視したまま、さっさと日取りを決めてしまい、
「どうぞ、いたらぬ姪でございますが末永く可愛がっていただきとう願います」なんて、涙目で切々と口にするんだよ。すっかりふぬけになっていた僕は、闇姫愛しさから逃れられるなんて考えるだけでも面倒だったから冬支度に入るまえにはとの言い分に承諾してしまい、いよいよ婚礼の日を迎えることになった。
こうかいつまんで話しただけで、おおよその見当はつくだろう。ねずみともげ太は僕の胤を得んが為に画策してきたんだ。ただ、どうして僕なんかの血脈が求められるのかは疑問として徹底的に残る。以前チューザーに聞きただそうとして、埒があかなかったままなおざりにしておいたのがいけなかった。あのときは真意を探りだしたい反面、幼児期の光景が妙にまばゆく、原体験の核心に触れることがその年齢と歯車をしっかり合わせているようで、揺籃から抜け出すことに怖れを持ってしまい、ついつい玩具のままミューラー大佐を仮想の世界へ置いてきたように思う。どう推量してみても秘密結社の黒幕と、僕が手にしていたビニール人形との間には隔世の感どころか、逆立ちしても接点すらまったく浮かんでこない。この荒唐無稽な示唆にはなからさじを投げていたこともあって、いくら事情をつかみ取りたくとも空すべりの連続に終わるだけだと、自分の存在意義を吟味してみる意欲もそがれていったわけさ。そうなれば種牛に黙って甘んじているのも仕方ない、仔細はいずれ知ることになるかも、とにかくこの情況へ無闇に刃向かってみたところで結果は見えているし、なんらかの因縁があるだったら遅かれ早かれの問題だ。
今すぐ獲って食われるよりはまだましかなどと、心労をなだめすかしながら奇妙な婚礼に糸口を結んだ。明日の晩がその儀式となった夕餉の際、僕は闇姫から朗報を受けた。
「お喜びくださいませ、懐妊いたしましたようでございます」
何やら少々日にちが早いような気もしたけど、婚礼を明晩にひかえた心境には、ちょうど小鼓の渇いた音色が響く按排でしかなく、かえって幽玄な調べに幻惑されたよ。闇姫の満足気な面持ちを察することなく、小雨が落ちてきた外の気配が胸にしみわたり、冷や酒のほろ酔いで夜景の向こうに目線が泳ぎだした頃、雨水の軽く流れるような誘いにそって、静かにまぶたを閉じてみた。
一瞬障子の白さが残像として夜に挑んでいるかの鮮烈な印象がよぎってゆき、小雨と寒さに震えて鳴いている地虫の音が遠い山間まで続いている錯覚に聞き入った。耳鳴りにも似た微かだが、座敷の奥まで突きさってくる音感が心地よい。婚礼の段取りなど一切聞かされてないにもかかわらず、いやに泰然としているわけも深追いしなかった。ただ、ひとことだけ質問してみた。
「貴女は闇姫だから日中を避け、宵に式をあげたいのだろうけど、雨戸は解放されているのかい」
闇姫はいかにも良識を得た態度をしめすように、
「明晩は月夜でございます。今宵の雨は清浄なるしるし、深い秋の夜こそ月光がふさわしいものです」
と快活な声で言い放った。


[206] 題名:ねずみのチューザー28 名前:コレクター 投稿日:2011年07月13日 (水) 19時12分

じいとばあはそれ以外の無駄口は利かず盆を行灯の横に置くと身をひるがえし障子を閉めていった。
「夕餉からですから。いえ、もう朝餉の時刻です。お召し上がりくだせれ」
苔子はいつ着物を身にまとったのか、すでに裸身ではない。再び灯された行灯に妖艶な影がちらつく。僕のこころは二転三転しながら、ついに来るべきときを迎え入れたと、おののきつつも相手をいさめる語気で苔子に詰め寄った。実ることのない恋情を支えていた哀しみのほうが、どれほど幸せなひとときであったことか。
「苔子さん、貴女が闇姫なんだね」
「おっしゃるとおり、妾は闇姫。相まみえるのを願うておりましたのは貴殿の方とうかがっておりますぞ」
まさしく火花が散るみたいなやりとりだったから、苔子の表情も一変した。消えうせてしまったとは言いたくない、少女の面影はすでに湯煙にさらわれていたし、秘所に執拗なまで魅入ったうえ、からだを被う皮膚のすべてを愛撫しつくしたことで、一夜とはいえ僕は苔子に恋をした。それはもちろん幻の恋だろうけど、肉欲を通過した執着はもはや現実でも治まりはつかない。情熱はそう簡単に消えたりしないさ。何よりも僕はずっと闇姫を追い求めてきたんだ。
「やっと逢えたね。苔子であろうが闇姫であろうがもういいんだ。貴女のなかに苔子はいつもいると信じている」
「なにゆえ、そう言いきれます。妾の術であったとすればいかがいたすおつもり」
「術だって貴女が体得したものでしょう。だったら例え分身の術を使おうとも貴女には変わりない」
闇姫の目が一段と鋭くなった。でも僕はひるまず、その目から視線をそらそうとはしなかった。別に格好つけて話しているわけじゃないよ、実際には戦慄が走り抜けていったし、夜明けまで交わり続け疲労感もどんよりと重くのしかかっていた。それは闇姫だって同じだろう、一応からだに血が流れている人間同士とすれば。
それよりも童心に帰ったみたいな気分で苔子に執着してしまい、一夜限りとの言に打たれ、泣きべそをかきそうになった自分を見つめれば、この場面は恐怖や不安を単純に通り越して、案外救われているんじゃないかって。気になる異性と些細なことで口論しながらも胸のなかでは何かが華やいでいた思い出は君にはないだろうか。
「それならば貴殿はすべて承知のうえと申させるのでしょうか」
「ああ、闇姫を訪ねてここまで来たのです。もげ太さんから貴女のことを聞かされたときにどれほど驚き喜んだことか」
闇姫の視線が一瞬下向きになりかけたのを僕は見逃さなかった。そして、ここまで保持してきたものを瓦解させても悔いはなかった。
「闇姫さん、金目教なんて本当はなかったんでしょう。卍党だって。それからもげもげ太さんも傀儡甚内の子孫なんかじゃない。ねずみの話しにしても、、、」
「さればもう一度、お尋ねいたしましょう。なにゆえ妾に」僕はそこで言葉をさえぎった。無論きちんと言い分を確認する為にね。
「山中をさまようバスの行き先には、どうしようもない不安がこめられていたからチューザーからいろいろと話しされているうちに、僕は誘導尋問にでも乗る成りゆきで、郷愁を彩っている記憶を引っぱりだし、籠のなかの鳥がさえずるように言語として意味不明であるべき様相を選びとったんだ。ねずみが人語を操る、その不条理に対抗するには絵空事へと身を投じなければ。僕にはチューザーの存在がどうしても幻覚や幻聴だとは思えなかった。だとすれば僕自身も不条理を受け入れる土壌が別口で必要になる。奴の言い分ばかりでは片手おちだからだよ。そこで卍党を耳にした途端に、幻想が果たして現実味を帯びるのか試してみたんだ。するとわけなく闇姫の名前が確認できた。僕はここしか突破口はないと腹をくくったわけさ。もげもげ太には立場的に追う側にいれたと思う。だから不本意ながらこの里を甲賀と偽ってなるだけ早く貴女と対面させるしかなかった。姪というのも嘘だろう、夜伽にしたって礼式的な意義とは違う思惑が働いているはずだと感じた」
「では妾さえ闇姫などでなく、謎の工作員と危ぶんではおらぬのでしょうか」
さすがにすべてをここで言い尽くすのは無理があると思ったので、
「僕は不条理に飛び込んだわけです。貴女がその試金石といえる。なぜかといえば、僕は小さい頃にテレビで闇姫を観てから恋をしていたからなのです」
「これは随分とけむに巻く口上、妾のお株を奪いとるおつもりか。なれどそれもよろしいでしょう。貴殿は大変な齟齬に気づかぬ様子、不条理とやらの神髄をしかと見届けるがよい。妾もおちから添えいたしましょうぞ」
鋭利なまなざしが反転し、より秘められた危険なひかりを放ちながらそつない口ぶりで応じる。
「もちろんだとも、だけど闇姫さん、墓穴を掘ってしまったようだね。貴女の狼狽こそ僕の出方を探っているよ。しばらく僕に張りついているのが使命なんだろう。ねずみによれば僕は何かの鍵みたいなものを握っているじゃなかったっけ」
そこで闇姫は急に笑いだした。
「これはまたおかしなことを申される。記憶も定かでない貴殿がどれほどあがいてみても突破口とやらも、鍵とやらも顕現いたすことなどありえませぬ。ねずみ一族の心遣いをいかように感じておられよう。黙して刹那を過ごされてこそ身上、妾を好いておられるのならば」
「僕は美しくだまされたいんだ。確かにチューザーからにぎりめしなど食べさせてもらったり、気分を害するような態度もなく親切にされた。信頼もしていたよ。でも夜伽まで弄するのはつまるところ懐柔策だろう。貴女にも美しく泣かされたよ。雨戸が閉まる音を耳にするまではね。それから決定的だったのはそこに置いてあるにぎりめしさ。チューザーはこの屋敷にいるはず、そう直感した。昨夜の光景を天井裏からのぞいていたかも知れないと。大人の迷子にとってチューザーは心強い味方でもあった。だからその不用意なにぎりめしが僕にすべてをあからさまにした」


[205] 題名:ねずみのチューザー27 名前:コレクター 投稿日:2011年07月12日 (火) 14時39分

すべる手すりなんてと思いながらも指は割れ目をなぞり、無為な**に果てる瞬間を限りないものに高めてくれた。安っぽい感情だと知りつつ、存分に異性の魅惑を認めてしまったからには、一夜だけの恋もあり得るのだというふうに。
それから僕は出来る限りの愛撫をもって苔子の肉体を隅々まで探査し、敏感な手応えを覚え、ひたすら責め尽くしては体位を替え何度も交わった。いやらしくもうるおう「わたくしのほうが好きものかも知れませぬ」という言葉は薄っぺらい媚態にとどまるのでなく、あの激しい吸引をあとにほぼ受け身とまわり、苔子から積極的な技巧で弄ばれることはもうなかった。ただ身をくねらせては熱いささやきで、僕の興奮をなだめ、あるいは募らせ、執拗に秘部をなめつくしたときも、その潮の香と柑橘類が溶け混じったような匂いに溺れている忘我を讃えるべく、夜のしじまを破るよう嗚咽があげられるのだった。
どれだけ裸身が入り乱れていたのか数えられなくなった頃、僕は余裕の目線で苔子の肉体を観察してみた。
行灯の鈍いひかりがもどかしく感じる。白く優雅な曲線のなかに描かれた裸像はたっぷりと味わいつくしたつもりなのに、この手の残る感触はすでに遠く記憶の彼方に向かって放れ去ってゆくようで、いたたまれなくなり、すぐにでも全身で強く受け止めたい欲求に苛まれてしまう。だが、一呼吸もして焦心が落ち着いていまうと、つい今しがたの肌触りや肉感がよみがえってきて、ふくよかだけでない乳房の張りがやや垂直に抵抗しがたい熟れた加減や、へそから腰まわりにいたる肉づきが少女のそれではなく、くびれを残していながらも下腹に脂肪をたくわえているのが、ちょっとした動きのうちに艶やかに映り、正座したままの両腿にもなだらかでまるみのある柔肌は、薄明るさで膨張して見える。そして暗さによって仄かにしめされている小さな逆三角形をした恥毛の草むらは腿のつけ根で隠され、卑猥な感じを生じながらもどこか清楚な野草を想わせる。
かなり汗ばんでいたのは苔子も同様、夜目にも白いからだの表面に張りついた水滴は真夏の湿気を呼び戻し、毛穴にまわとりつくあの不快さを一歩手前で、そう、秋の乾燥した空気によって細やかな水晶に精製してしまい、尚のこと裸体をなめらかにしていた。
行灯は確かに明かりを失っているようだったよ。廊下に面した雨戸は閉められた様子がなかったので、容赦なく朝陽が差し込んできた。この季節の黎明は長く、そしてはかない。苔子との一夜は夏日の勢いで燃え盛ったとうなずいてみても、こうして夜が大地の反対側に退いていくのはやるせない気分だった。
苔子の黒目にも翳りから解放されている放心みたいなひかりがある。儀式はつつがなく終了したというのか。夕陽とは反対の気軽なくせに制圧的で朗らかな陽光がこうなると疎ましい。さすがにもう一度苔子に挑むのは断念されたけど、黎明にふさわしく彼女の肉体を愛でることが出来たのは有終の美に思えたんだ。
照度はいきなり増さないが座敷の隅まで明るみが及んでいる。裸身ばかりに見とれていた僕を揶揄するふうに苔子はにっこりと笑顔を作ったまま、姿勢を崩そうとはせずに無言を通してした。おそらく外はまぶしい秋晴れだろう。陽射しだって季節の情緒以前に能天気なくらい強烈に違いない。この座敷にいる限り僕のこころは悲哀にとらわれてゆくだけだ。「苔子さんも一緒に哀しんでくれよ」そう叫びだくなるのも、いまさら妙な笑みなんか浮かべているからじゃないか。「夜伽」の成果がこんな気持ちへと結ばれていくというしかないのなら、それは仕方ないかも知れない。それに、享楽の限りにひたっておいて虚しさを直ぐさま呼びつけるのも大人げないよな。どうしたんだ、すっかり骨抜きにされてしまったみたいじゃないか、そんなひとりごとを唱えてみれば、「どうしてそんな冷たい目をしているのですか」と、肌が触れあうまえにつぶやいた苔子の不審がとっさに脳裏へ返ってきた。それから多少の笑みもこぼれると嘆いていたことも。
僕は思考だけを逆まわしにして悦に入っていったのだろう。それが最適な方便だと信じ、たぎる性欲をコントロールしようと試みた。ところが夜明けに流れ去る感情はまるで最初の段取りとは正反対で、激流にのまれてしまい自分を完全に見失っている。精々手もとに取り残されたのは、どうせ奸計にはまるのなら悦楽のみを重視する気構えを持ち、あとは虚無を受容するという駆け引きの反故だった。なるほど無用の紙切れは残されたが、この執着心は疑うまでもなく苔子へ愛欲だけだ。
思い出せ、チューザーに連れられみかん園に行ったときの出来事を、、、あの見知らぬ母子から差し出された離縁状こそ反故されるべき代物であるはずなに、通行手形などと言い含められてしまい、うやむやなまま道中を続けた真意はどこにあったのだろう。
そのときだった。朝陽を浴びて居たたまれなくなった座敷の明るみが嘘のようにもとの薄闇へ戻ってしまった。理由はすぐに判明したよ。廊下の雨戸が閉められたんだ。あのぎこち悪くもありさり気ない音は記憶の倉庫にしまってあったから、すぐに分かった。それに、じいとばあが極々ありふれた顔で、
「たいそうくたびれたでございましょう。雨戸を閉めておきましたのであとはごゆるりとおやすみくだされ」そう言って、盆にのせたにぎりめしと椀を持ってきた。
いたずらにしては不可解とかしげるところ、何て光景だ、僕は確かこどもの時分、日曜の昼ひなかに家人のいないことを幸いに雨戸を引いては真昼の暗黒を楽しんでいた、あの不気味な追想が鮮やかに描きだされる。だから、これはちっとも不可解なじゃない場面じゃない。君にもそろそろ読めてきたはずだ。ああ、陽は当分昇らないだろうって、、、


[203] 題名:ねずみのチューザー25 名前:コレクター 投稿日:2011年07月11日 (月) 02時58分

満腹感となんだかんだの疲労が重ったのか僕は睡魔にさらわれてしまった。升酒の酩酊というより、バスに揺られ、屋敷へ通され、座敷の畳につかの間だけど安堵を見いだし、湯船で温まったうえ、魔に魅入られた情念が開花して、日暮れ次第に深まる宵闇へと青白くも鮮烈な電流がほとばしる。
「不都合ならばどうぞ就寝のままにて」という苔子の言葉が耳の奥で幾度もこだまし、欲情をなだめすかす役割に忠実であろうとしていたのだろう、醒めた意識に柔らかな面紗を掛けられるのは、確かに夜の甘美な戒めだ。
決して熟睡していたとは思えない。ゆっくり瞬くようにして視界を徐々に閉ざしながら、身が横たわる感覚を宙に浮いた鈍さで知る刹那、じいとばあのよくは聞き取れないが、ことさら困惑した気配も伝わらない首尾を心得た会話は、まるで催眠効果のごとくに僕から流露した夢想の導入部に違いない。
座敷に揺らめていたのは行灯の影だとぼんやりした意識が輪郭を取り戻し始めたのだけど、薄暗い室内の様相をはっきり認めるには覚束なかった。何より感じたのは酒食で熱を帯びていたからだの表面を包みこんでいるひんやりとした肌触りにほかならず、察すれば、僕の体温を吸収するこの布団の冷ややか具合から、どうもさほど寝込んでいたわけではないという目覚めだったよ。
天井の明かりは消されていたから、枕もとへ置かれた行灯に目が吸い寄せられたのも当然だね。そのうち、何やら影が視界にぼっと浮かんでいるのがようやく定かになったとき、局面がひらけると同時に暗闇へ配慮を示しているようしとやかな声がもれてきた。
「お目覚めでございますか。斯様な所作をお許し下さいませ。一夜のおなぐさみなれど共寝いただきたくお願いにまいりました」
苔子の口ぶりにはどこか哀感がこもっている。酒酔いの残りによるものでないけど完全に思考が復活しないまま、僕はあえて眠気に誘われる調子で夕餉の満足を、風呂場の湯煙に秘匿された快感を、門前で初めて苔子の容姿を見いだしたときめきをフィルムの逆まわしとして脳裏にめぐらせたんだ。そうすることが、苔子に対する礼儀にも思われ、また情況に接した緊張をほどく手段にもとれた。
「夜伽」という言葉の響きを厳粛に受けとめてしまえば、その隠微でありながら高まりつつある欲情に水をさして、興を削いでしまうだけでなく下手をすると鎮火によって、すべてが義務づけられた足かせになってしまいかねない。色仕掛の妙策を自覚してしまえば、残されたものは服従と引き替えであることは瞭然、まえにも言ったけどせっかく古風な情趣を演出してくれているんだ、味気のない契りに心身を投じるのはあまりに虚しいよ。これから目の当たりにする苔子の裸身を堪能するのは例え束の間の悦楽だろうが、豊かなときを確実に約束してくれる。だからこそ面前の緊迫から解放される為、自己演出が要求されるんだ。苔子の声色にもそこはかとない哀しみがひそんでいる以上、儀式はいったん閑却される。
実際の女体に色香を直接求めず、さながら**が初体験時に怯懦を克服するよう、直視を避け、かつて自慰の対象となっていた想像世界を陶然と見つめ返すに等しく、自らを奮い立たせるのさ。筆おろしと今の情況ではいささか違いがあるだろうが、未知なる場面を選択する自由において何の隔たりがあるというのだ。
僕の意識はそうやって眠た気なまなざしを頼りに意図された性欲を制御しつつ、至上の高まりをめざし行灯の影に寄り添った。
「どうしてそんな冷たい目をしているのですか」
どうやら苔子に僕の気持ちは通じているらしい。
「冷たくなんかないさ。苔子さんがとても奇跡的だから驚いているだけだよ」
「ならば、多少の笑みもこぼれましょうに」
おそらく僕の表情に変化はない。が、冷淡な言葉を保ち続ける意志は届けた。
「ほら、貴女はもうそんな優しい顔で驚いているじゃないですか。その満面を僕はしっかりと見つめていたい。わかるだろう、僕は今から優しい顔に隠されたからだと交わるんだ」
苔子はそっと目を伏せながら、白い歯をほんの少しだけ覗かせた。そして行灯を背でさえぎる格好で座ったまま帯を解き、着物をゆっくり脱ぎ始めた。紅い半襟は夜目にまばゆいはずなのに、明かりが塞がれた座敷は鮮明な彩りを投げかけることはない。際どい色合いよりも今は制約され煤けた暗渠を好んだ。灯火に映える水面を遠目にし、ほくそ笑む自分を慈しみながら、台所の底を這っているナメクジの陰湿な軌跡を愛した。夜風など入りこむ余地はなかったけれど、こころのなかは秋の月をもかすめていくような涼風を得て半身を起こすと、すでに素肌をあらわにしている苔子に手を差しのべた。
夕暮れには白襦袢に透けていた実り豊かな乳房へと顔をうずめる。仄暗い空間でも裸身は接するほどに白く発光している。その胸の谷間には青い血管がほどけた糸のように細く浮いて見えた。からだはまだ火照りに制覇されていない。上布団をはねのけ、女体と横並びになる格好で両腕をしっかりまわした。互いの面が視線と共に向き合ったとき、一層腕にちからがこめられるのが我ながら悩ましく、が、おそらくは伏し目になっていまうだろう一瞬を逃さずに吐息も飲みこむ勢いで唇を重ねた。半開きの状態を維持しつつ舌先を少し絡めてみる。声にはならない、かといって呻いているわけでもない呼気が舌の奥から熱気となってもれだし、ふたりの唾液は純度を増していき、案の定すでに閉じられた両のまぶたを開かせる興奮が荒い口づけとなってぬめり、歯の裏まで僕の舌は触れていた。


[202] 題名:ねずみのチューザー24 名前:コレクター 投稿日:2011年07月05日 (火) 03時36分

夕暮れは一気に深まった。秋の宵口に歩調を合わせたのはいうまでもないだろう。夕餉の膳を運んできたのは門前で挨拶を受けた、じいとばあだった。いつの間にやら天井の明かりが座敷を静かに照らしている。こんな古い家屋だから燭台とか行灯が具されているのかと案じていたけど、以外と電気が通じているんだ。そういや風呂場周辺に薪の燃える匂いはなかったようで、もしかしたらガス湯沸かしだったかもね。
家の外をじっくり見回したりしてなかったので、はっきりしたことはわからないが、走行距離は長かった割にそれほど標高ある土地特有の空気ではないような気がする。山深い里であるのは違いないみたいだけど、近くに山村が開けていて他にも民家があってもおかしくない様子がした。本当にここは甲賀なのか、そんな疑念もかすったりしたが、実質的に重要視されるのは映画のセットがいい雰囲気をかもしてくれて、金目教の末裔やらが似非史伝とともに存在しているというときめきに尽きるんだ。
じいがいうにはチューザーはねずみの会合に出かけてしまい、どうやら僕ひとりこの座敷で食事をすることになってしまった。もげもげ太も苔子も一緒でないあたり、またチューザーも伝言だけ残して居なくなってしまうなんて、幾分よそよそしさがあるようにも思われ一抹の不安も翳ったけど、「夜伽」を待ち受ける側からすれば、この方が気楽といえば気楽で、これも細やかな心遣いかと内心うなずいた。
座敷に運ばれたてきたものは、こころの片隅にとって大事な栄養素となる夢見の確信であり、薄暗くなった夜気にまぎれこんだ香しい罠だった。湯煙の向こうに見え隠れしためくるめく悦楽がこんな近くまで忍びよっている。僕は自分の顔に遊戯の始まりを確認した歓びと、その敗北を知る不敵な笑みを同時につくりだしているのを感じ納得した。
料理は山里にふさわしい品々で、川魚の甘露煮、茸と山菜の天ぷら、柿のくるみあえ、茶碗蒸し、大根のみそ汁、おろしそば、それに赤飯も添えられていたよ。あと升酒。
どれから箸をつけようか思案するまでもなく、升酒に手をのばしかけて、やっぱり川魚からいただくことにした。目のまえに膳を並べられると空腹感が一層募ってきたからね。
「これはヤマメですか」
「左様でございます。この辺りではよく獲れるのです」
ばあが目尻をさげながらそう答えてくれた。茸や山菜も同様に種類など尋ねてみたかったけど、今度はじいが詳しく説明を始めそうだと勝手に決めつけて黙って口にした。ああ、おいしいかったよ。山菜は名前は思い出せないけど春先によく見かけるものを塩漬けにでもしてたのだろう。茸は今まで味わったことのない肉厚で歯切れのいい食感だった。茶碗蒸しは対照的にとろけるくらいのだし加減で舌にからまり、具材として閉じ込めらている、ぎんなんやたけのこ、魚のすり身のような固まり、椎茸などが柔らかな黄味のなかからつつまし気に顔をだすと、僕の気分もなごやかなになり升酒をひとくち飲んでみる。木の香りこそ酒に移ってはいないものの、唇と一緒に上下の歯が枡のふちに微かに触れて、異質な感じを口内にあたえてくれた。軽くのつもりが勢いを増したのか喉ごしもあきらかになり、一気にあおってしまいそうな調子だったので、代わりにみそ汁の椀を手にした。別にひといきに飲み干してもよかったけど、空きっ腹に染み渡るのがしっかり分かったからほどほどにしておいたんだ。だって最初のひとくちが流下した途端にあたまの中がくらりと揺れるのを実感したから。
酔いがもたらすのは揺らぎだけではないね、すかさず含んだみそ汁のなんと程よい塩梅、千切り大根と油揚げの相性も加わって、鰹だしとみそがあらゆる記憶を溶かしこんでしまうかと思えるくらい、濃密でありながらあっさりとした味つけ、それがまた塩気を脇にかかえつつ佳味に転じてしまう。この芳醇さ、懐かしさも通りこんでしまい根底に横たわっているものは一体何なんだろう。遥か遠方に気持ちがめぐりかかったとき、不意にねずみのにぎりめしを思い浮かべたのも仕方ないこと。あれからどれだけ時間が流れたのか、つい昨日のようであり、随分と日にちを経た気もする。そんなときの推移に目配せでもするよう小茶碗に盛られた赤飯へと意識がうながされていたものの、この品だけはどうにもいわくつきではないかという観念が離れず、青磁皿に平たくのせられたそばへと食指は動き、その大根おろしは、さながら台地の中央に降り積もった白雪を彷彿とさせては、すでに味覚を先取りしてしまったかの錯誤させ生じてしまう。汁はやや深みをもった青磁皿の底にひたされている。自然が織りなす色彩を損なうような所懐にとらわれながらも、積雪を掘り返して土と交じり合う要領で、箸の先は水分を滴らせおろしそばを僕の口まで上手に持ってきてくれた。そば粉独特の滋味にわずかに辛みを帯びたおろし、そして両者をなだめるように主張してやまない汁の奥深いこれまた鰹だしの濃い味わい。
みそやだしに秘伝が備わっているのは訊くだけ野暮かと、じいの面持ちをちらっと見てはためらっていたが、絶妙なそばを食した矢先、
「このそばは手打ちなのでしょうか」と、意気さかんな声を出してしまったんだ。
「いえ、これは市販の乾麺でございます」
じいはもそもそっとした口ぶりでそう言った。
「あ、そう」
僕の反応に揚々とした響きがなかったけど、別に落胆したわけじゃない。十分な夕餉だった。


[201] 題名:ねずみのチューザー23 名前:コレクター 投稿日:2011年07月05日 (火) 03時34分

再び訪れた沸点のあとを湯で流し、自若として風呂場から出た。脱衣所らしき手狭なところだったが、苔子に連れられここで衣服を脱いだ記憶もおぼろげで、多分それは宙に浮いたような心持ちのせいだったろうけど、入り口なんていつも覚束ないものだと苦笑いしてしまったよ。いまは一応出口だから平静な目で足もとやら壁やらを眺められる。籘のかごに浴衣らしきものが折り畳まれているのは、僕の為に用意されたに違いない。だが、それまで身につけていた衣類はどこにも見当たらず、ましてやどんな格好であったのかさえ完全に忘却してしまっていた。まわりの土壁は電球の明かりを吸い込んでしまっているみたいに、鈍い反射で取り囲まれている。鏡もなかった。
すると今しがたまでの欲情が別のすがたで立ち現われてくるような気がして、幻惑のなかに泰然と居座っていた不遜な思いは失意にも似た影に招き寄せられ、悔恨の情へかられていった。とはいえ、それほど深く滅入ったわけでもない、ただ何となく物悲しくなっただけさ。底意地の悪い戯れとも見なしたくなかったし、鏡の有無をあえて問いただしてみる気力は、続けざまで放出した精の気だるさに従い虚脱を覚え少々萎えたに過ぎないとね。
柔らかそうな白いバスタオルも置かれていたので、秋の澄んだ空気も手伝って汗はたやすく拭われ、浴衣だとばかり思っていたものが、真新しい作務衣であるのを知ったとき、萎えた気分は不思議に速やかに遠のいてしまった。生成り色した上下の脇には同じ色合いの下着も添えられていて、無心のうちに着込んでみた。木綿の肌触りがとても心地よく、作務衣を見下ろしている自分の表情さえ思い浮かんでくる。
勝って知った心意気でひとり苔子に案内された廊下に出て座敷に戻って、畳に寝転がってみてようやく、淫靡なささやきを胸のなかに解放する出来たんだ。あれは「夜伽」を意味しているんだ、と。そしてそんな歓待を受けることを訝し気に計ってみるよりも、素直に情況を認めてみれば、どうにも避けがたい渦のなかに巻き込まれているのが判然とするじゃないか。推論に狂いはあるまい、もげもげ太の計略によるものか、チューザーの指令なのかは見通せないが、こうまでして僕を引き込みたい思惑には首尾一貫した信念が感じられる。色仕掛けをもって味方に取り込む手管は古今東西、定番だからね。
僕が安堵したのは、いくらでも可能なはずなのに彼ら決して威圧的な手段を選ばず、こんな古風な筋書きでより深い接近を望んだってところなんだ。ここらで再度この奇妙な立場を理解するのに肝心な部分を整理してみよう。
世界情勢とか国際組織には無縁だと考えていたこれまでの自分を取り巻く現実は、静かに音を軋ませ歪みかかってしまっている。偶然というかたちにしろ、僕の方から臨んだとは了解するにはかなり無理があり、何故かは分からないけど記憶の大半をなくしたままで、邪推を含めれば記憶の剥奪もひょっと計画的かも知れないけど、とにかく彼らの活動に協力する羽目になっているようだ。しかも洗脳による一方的で暴力的な参画を求めてはおらず、あくまで僕の決意を重視しているのがこれまでの接し方から十分うかがえ、そこに謎は沈滞している。以前確か現象学に触れたことがあったよな、徹底した懐疑をもってふるいにかけるよう本質に迫ろうという態度だ。もちろん想像とかの余地も残されてはいるし、五感をくぐり純正培養される残滓から導かれる答えがすべてとは言い切ることは乱暴すぎて、疑念が常に付随してくる動的な思考を捨て去るのは経験主義以前のひとの業だよ。だってひとの感性なんて受け身だけでは割り切れない、つまり受け手であると同時に僕らは意思をそこにはらませ、交換とも呼べるやりとりがいつも稼働しているからさ。闇夜の道中を懐中電灯で照らす、現象はひかりの世界に浮かびあがり道筋を明瞭にさせるけど、そもそも明瞭にさせたいのは闇雲にあたりを照射しているのでなく、夜道を安全に渡って行きたいという願望に強く裏打ちされている。
世のなかであれ、身近な道のりであれ、場面の選択であれ、僕たちが照らしだしたいのは根源的な箇所に限定されるほど高尚な質だけではない、もっと卑近で猥雑な目移りも同居しているわけさ。だから現象学が後に批判される最たる要因は、懐中電灯の機能にあるのじゃなくて、その発光体を握りしめた手、更にいえば光源そのものに潜む欲望を半ば切り捨てようと意識した不用意にあると思う。照射される道筋だけをたどる行為はそれ以外の世界を認識から葬ることで、残念ながら新たな二元論を擁立させてしまった。ひかりを記述に置き換えてみれば一目瞭然だね、記述自体は必ずしも精確とはいえない。
無意識の心理学が結局、思弁を駆使した仮想のうえに成り立っているように、厳密な意識もまた幾重にも折り重なる綾を追う終わりなき幻想に最後は出くわす。かといっても無理強いしてまで意識を分断してしまうのが正しいのか、どうかは僕にはよく分からない。ただひとつだけ明言したいのは二元論を許容した時点で、あの世とか異界が、もしくは絶対的な代物が台頭しざるを得ないという仕組みなんだ。
僕は感謝しなければならない、記憶が曖昧な事情からの出発であり、ある意味純粋な思念だけを見届ける境遇にいるから。
鏡は脱衣所の土壁に掛けられていたのかも知れない。僕はそこに映った顔を認めまいとしただけかも知れない。だが、どちらでも一緒ではないだろうか。意識の領野を追い求めては探りつつ、切実に道標を乞いながらも異界へと迷うことに分け隔てはしたくない。ひかりは闇と共にある。


[200] 題名:ねずみのチューザー22 名前:コレクター 投稿日:2011年06月28日 (火) 06時03分

それは座敷へ届けられた障子に透ける夕陽だった。少女の肌にしめされた残照は僕を自由にした。薄地にのぞく柔肌にとらわれたには違いないだろうが、肉体に太陽の証を見つけた限り、突発的で一過性の欲情では収まりの効かない高揚に襲われてしまったんだ。湯煙はそんな胸中をさり気なく曖昧にする。だから一層自由になれた。
からだの隅々といったけど石鹸泡は僕の腹部から垂れてきたもので、まだ下半身そのものに苔子の手が触れたわけではない。胸から腹のあたりで躊躇いが見られる様子もなかった。きっと次は太ももに手がかかると思っていた僕は、生地の薄さによって染みこんでゆく襦袢に見とれていたから、別段その先への感覚に敏感になってはおらず、むしろもっと能動的な肉欲につき動かされそうだった。少女の胸にへばりついた生地はほとんど水着の加減で、その豊満な乳房を薄皮のように包みこんでいる。まして白地ゆえの幸いか、桜桃のような弾ける赤みを秘めた**もしっかり浮かびあがって、鮮烈な印象をあたえながら刹那、紅白は反転し女体が血染めにかがやく光景もよぎりさえしたよ。こうなれば妖艶な肢体が包み隠されているのは間違いないだろう、どうして今まで気がつかなかったのだろうって、狐狸にたぶらかされているのを承知していたはずなのに、朦朧と過ぎ行く気配に隠匿していたのは僕自身、諦観やらの産湯とはき違えるどころか進んで意気を沈めこんでしまった仇なんだ。苔子は顔のつくりこそ小娘の瑞々しさに形とられているが、実際にからだつきをうかがえば未成年なのやら、童顔にすぎないだけなのやらよく判じられない。笑みをあらわにしない態度は人見知りからくるというより冷徹な陰をひそませていたし、口数の少なさも隙をつかれない護身に思われてくる。
「苔子さん、もしかして、、、」
僕の欲情と共に噴出した理性は当然ながら見事に均衡をなくしてしまった。たぶん問いかけなど蚊が鳴くほども声にならなかったろう。へそに生暖かいものを感じた矢先、僕の股間はくすぐられるような気分に圧倒され、顔先には哀訴へと堕ちてかかっている切ない苔子の表情が迫っていた。
お互いが吐く息もかかるほど近づいたにもかかわらず、視線のひかりを的確に定めることはどう委曲を尽くしても難しい。きっと僕の目も似たふうな色合いに傾いていたと思う。だって、苔子の内情はどうあれ立場的には攻める側にいたわけで、僕はすべてが無防備なうちに快感へと連れ去られてしまったから。
手ぬぐいでさわるのが作法に則っていないと判断したのだろうか、それともこれが最適な慰めと、あえて野に咲く花を手折る心情で接してくれたのだろうか。手つきはもはや入浴に付随する行為から逸脱してしまい、くつろぎのひとときは完全に消えうせて、燃えさかる炎に接近するばかり、掌で揺さぶられるものは最初の数秒だけ驚きに戸惑ったけど、それからは脳髄まで直撃する快楽に身を押しとどめておくのも不可能で、根元からきつくいきり立ってしまっている棒先から精が噴き出すのも仕方のないことだった。ほんのわずかだったよ。石鹸のすべりもあって、苔子の指先は固定されたまま技巧を弄するまでもなく、いとも簡単に絶頂へと導いてくれた。下半身全体が虚脱しかけたとき、ここで何が起こっているのか疑ってみたいような、天の邪鬼な心根も出かかったが、それより間近にまみえる苔子の唇をかすめることを一心に願いながら結局未遂に終わり、果ててしまったんだ。
自分でも信じられないくらいの勢いで精は飛び散った。本当いっぱい出た。**が透けているあたりに付着しているのも瞭然で、頬やらあごやら眉毛にも痕跡はあって、束ねられた黒髪にも僕の液が認められたのには、ある意味こっちが攻める側であったのかと妙に感心したよ。
放出後は無心に近かたっけど、湯上がりまでの情景は網膜に焼きついている。それから苔子は股間に湯をかかてくれ、乱発射してしまった精を手ぬぐいでそっとふき取ると、さっきよりもっと顔を寄せて僕の耳元にこうささやいた。
「今宵、あなた様の床にまいります。不都合ならばどうぞ就寝のままにて」
返す言葉をのどにつまらせながら、ほとんど反射的に彼女を抱きしめようと腰を浮かしてしまったんだけど、両腕は肩さきにかかったものの、つかまえられずにそのままするりと輪が抜けていくみたいに身をかわされた。そうなんだ、今宵と明言しているじゃないか、ここで慌ててどうする。苔子の素早い動作に驚嘆しつつ、わずかだけど僕の両腕は女体の輪郭をかすめていた。
立ち上がりこの場から退くとき、無言のままで眉根によせたものが、困惑なのか、期待なのか、哀しみなのか判別出来ないなか、やはり湯気をなぞったのかと内心ほくそ笑んだその訳は襦袢を透して見知ったより更に、総身成熟した芳香をまとっていたからさ。僕は考え直した。強引に呼んだんじゃない、夢は向こうからやってくるとね。
叶わぬ夢を嘆く必要もないし、苔子も含め僕をとりまいている情況をにらんでみても仕方ない。決して気持ちが整理されたとかじゃなかったけど、苔子のささやきが吐息となりまだ耳に残っているような気がして、その一途な情動をかけがえのない証とする為に僕は湯煙を相手に、自らもう一度快感にひたってみた。




Number
Pass

ThinkPadを買おう!
レンタカーの回送ドライバー
【広告】Amazonからファッション秋のお出かけタイムセールまつり24日まで開催
無料で掲示板を作ろう   情報の外部送信について
このページを通報する 管理人へ連絡
SYSTEM BY せっかく掲示板