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[71] 題名:まんだら 第二篇〜月と少年27 名前:コレクター 投稿日:2009年09月14日 (月) 18時35分

両手を後頭部で支えてみるようにして、伸びた背筋のうしろすがたに気をとめてみたものの、裸のままそんなポーズをとるよう言った晃一の思惑がよく解せないうちに、背後から見つめられていると云う、気恥ずかしさが鳥肌のように全身を被ってしまい、
「意識を背中に集中して」
と言った晃一のいつになく強い哀願調の響きに共鳴することも忘れかけて、恥じらいが内部へと浸透してしまうまえに富江のこころを支配し始めたのは、自分の影が晃一を反対に見つめ返していることであった。
スケッチだと言って、ボールペンでノートに富江の裸体を写しかけたのだが、昨日の秋晴れから空模様は一変し、今日は朝から雨脚のやまない、薄暗らさに活気も奪われそうな陰気さで、部屋には灯りが天井より放たれてはいるものの、閉切ったカーテンに倍以上の大きさで、その襞に忠実に染みこむようにして形成された影、、、陰影を濃く出すためにと卓上用の蛍光灯を斜めからあてることで発生した、乳房の三角が真横に刻されると、その上部には同じ角度をもった肘が、対角線上に大きく間隔を持って墨絵のようになって、すでに描かれてしまっている。
横目で自分の伸び上がった影を見ながら、いつしか意識はあきらかに情感から屹立した、まるでこの影絵に問いかけるように、そして現実の晃一と云うよりも、あくまでこの場に存在しない彼を想像してみるのだった。

今日もまた仕事の合間に、晃一によればこの時期は暇なので一向に気にしなくてもよいと言うのだが、富江の方からしてみると、確かに共働きの両親は日中不在だし、自分は親戚が営業している飲食店に夕方から手伝いのおかげで、こうした昼間からの結びつきが約束されるわけであったけれど、ほとんど日をあけずの交わりには、激しい息づかいがもたらしただけとは違った、にじみ出る汗がシーツに吸い込まれていくようになった。
澄みきった季節ながら、今日みたいな雨空では部屋のなかにも湿気は忍びこみ、いつになく果敢に挑むようにして肉体をかきわけ、むさぼった晃一の激情と、たかまる快感を制御しようにも最後には鼓動を共有する勢いで果ててしまう富江とがしぼりだす発汗は、部屋全体を陰湿な感触に変質させる。
晃一の求めるがままに背中をさらして、奇妙な静止画を室内に映し出した富江の意識が、あたかも分離して別の意思を築き出し、しかしよく考えてみると、そこに登場したのは又もやあの影法師であったと知るやいなや、思いもよらない言葉をうしろから浴びた。
「あの昨日の写真だけど、実はうちの親に送ってあげたんだけど」
「えっ、、、」
「いあや、たまたま、親父からメールが来てさあ、ほんと珍しいんだ、こっちに来てから二回目だよ。母さんは時たま、電話もくれるんだけどね。それで、元気かって書いてよこしてあったんで、彼女が出来るくらい元気だよって、これ証明って送ってあげたわけ」
「それで、、、どうなったの」
うわずる声を勘づかれまいとした配慮も、吹き飛ばされる勢いで、
「親父なんて言って来たと思う」
間をあけるのが罪とも感じられながらも、突風にあおられる様をようやく知り得たことで、今度はその間に罪ではなく、罰をあたえるような気概を持ってこう言ってみた。
「彼女なんて、そんな無理すんなよ、ってじゃない」
震えだしたのは声色ではない、あきらかにからだの方であった。
晃一にはそんな変化を識別する根拠も、眼力もなかった。彼にいま備わっているのは、見失ったはずの自然、、、演出家たること必要としない、手放しの充足であった。
「違うよ、精々がんばれよ、だって」
富江は一瞬、あたりが茫洋としたような気がするのだったが、たどりつくべき大陸をいち早く察知しているとでも云わんばかりの安堵で、それは吹きこぼれる煮物に注意をはらったあとに似た、つまりはより入念な神経で、
「あら、そう、じゃあいつか上京するとき、わたしも連れていってくれる」
そう、言い放ってみた。
しかし、小刻みに揺れだしそうになるはだかには、明解な釈明は直ぐさまに用意出来ない。いくら予測された悲劇の最高潮だとしても、それを目前として、このまま平静を装うにはあまりに荷が重すぎる。
吹きこぼれだすと云うより、爆発してしまうくらいの情況なのだから、、、火元は取りあえず弱めるのではなく、消しさらなくては、、、
「悲劇の主人公はわたしでなくてはならない。あなたは脇役よ。あなたのお父さんもね」
富江のからだは、武者震いしているかのように火照るのだった。


[70] 題名:まんだら 第二篇〜月と少年26 名前:コレクター 投稿日:2009年09月14日 (月) 18時32分

予期せず眼前に陽炎のごとく現れた、冷たい至情を持つひとがた、、、
鮮明な木立の陰影に隠された、歴然たる情感の波立ちのさきに、すでに序章が始まっているのを意識しえない、だが山の神が微笑みかけるのならば、おそらくきっと自分に優しく投げかけたであろうと想われる哀切に彩られた宣告。
夢幻の裡に受託する意識の遠のきに似た甘美な旋律が、そのとき富江の胸許まで届いたのも、醒めやらぬ焔の予兆であったとすれば、今もまだこうやって巣くっている錯綜としたままの愛憎を見つめるだけでは、ときの小舟に流されるはかなさしかその中心部に残らない。
忌諱されるべき様相なのに、あの山道で憶えた交錯した感情が、自分の意思とは別な方向に彷徨いだしたのは、鬱蒼とした草に被われる底知れない井戸を覗きこんだときのように、仄暗い未知なる領域を知ってみたいと願う一心に結ばれるのなら、それは極めて危険な行為であり、また限りなく非現実的な逸脱であることによって、がしかし、最終的にはこの世に完全な花園を創り出すことになるだろう。
何故ならば、究極の探査なしに桃源郷が見いだされないのと一緒で、例え偶然にせよ、そう云った悲願を胸に抱き続けない限り、向こう側の扉は決して開かれることがないからである。血と汗の結晶が燦然と輝くことは、太陽の光輝や夜空の迷宮と同じく、果てしない可能性のまったただ中に位置する意識を逃しはせず、ひたすら突き抜けるだけの加速で疾走してゆくから、、、
小さな冒険には小さな発見が、得体の知れない衝動には不確かな結末が、底知れないほどに深い欲望には、目がつぶれてしまうくらいの狂喜が到来する。
富江は晃一のすがたを通じて、あの世を覗きこもうとしたと言える。それが健全な精神から発動された情熱であるかどうかは問われまい、わが身に寄り添う実体なき影法師を思考のよりどころとしてしまった精神が不健全であるかどうかただせないように。
高校を出るあたりから胸に巣くった暗部が、逆に生命の躍動を知らせた反エネルギーであることを、富江は死に至る必然を介して理解したのであった。夭折した音楽家や作家に傾倒していったのは、別段風変わりでもないはず、彼らは短い生涯に美しさを託すよう、信じられないくらいの放電と炎上でもってすべてを撹乱させたからで、それは強烈なめまいを要求する転倒した自然体を再確認する効果が完遂されたことであり、凍結された時間が永遠の額縁に収められた証しであった。
瞬間的にわが身を通過して行くもの、それがこの現在の連鎖のひとこまひとこまであると同時に、後方へと彗星の如く流れ去ってうつろい、その都度の死であるとするならば、いまここに在ると云うことは、生死の均衡のうえで成り立っている奇跡であると過信してしまう、限りない祈願を生みだす母体となり、実際には死は時間軸に於いてもこの身に訪れてないにも関わらず、先取の構えであの世とやらを構築する契機となる。
些事にこだわる日常のなか、そんな不安に包まれた端緒を封じてしまおうとして、様々な教えが連綿として語りつがれている人智を、富江は知っていた。それらが反自然的な思弁に塗りこめられている華飾の言説をも、ちょうど濃厚な彩色の筆で描かれた油絵のように理解していた。
しかし、それらは地獄絵巻のような艱難で船出しなければ意味がなく、つまりは安寧や静謐な情趣は保たれたとしても、はなからそんな境地が待ち受けているはずではない、まさに血と汗の彼方に、血みどろに染まった苦渋の果てとして、汗まみれの汚穢の果てとして、到達する至上の結実のなかにすべては映しだされなくてはならない。
暴走行為を繰り返す少年のこころをかすめる死の不安が、いつしか行為そのものだけを避けはじめ、だが身の保全に向かおうとした心性を正面から認めない不遜さ、、、無頼に振る舞うちからの背後には、むろん賭けそのものである精神が張りついているだろう。
ところが、その支えとなる張りついた護符は極めて乾きのはやい糊で、しかも剥がれる際もこれまた容易である。一度、剥がれ落ちた護符はものの見事にその霊験を失ってしまい、賭けそのものは目先を改め、少なくとも一晩は熟思したのち、日々の些事に立ち返ってゆく。手軽く意味はなさないかわり、そう簡単には失効しない緩やかな賭けを演じるおとなとなって、、、
ひとは誰しも若いころ、こうした経験を覚えるものだ。
富江が晃一の裡に嗅ぎとったのは、ある意味強靭な理性をまとった不合理な賭博精神であり、その純粋なゆえに自らをもねじ曲げてしまわなければならない、不幸な贅沢であった。


[69] 題名:まんだら 第二篇〜月と少年25 名前:コレクター 投稿日:2009年09月07日 (月) 06時22分

過ぎゆく四季への目配せ、、、晃一がこのまちで体感し想像した一種の儀礼。
それから彼が東京から持ちこんだ、徹底した自慰の精神。これはある意味ではおごそかに存続され、ある意味では両親の提案を受け入れたこと同様、形式的には妥協のうちになかば解体されてしまった。
だが、よく振り返って考えてみれば最初比呂美がもたらした禁断の香り立ちに煩悶してみせた自分のすがたには、鋭利な刃物に近い禁欲精神が屹立しており、徹底した自慰へともう一度、降りてゆくための受難劇を成立させる気概がまだまだ見受けられるではないか。
やがて太陽の高まりは、そんな孤影を大地にしらしめ叱咤激励するとでも云うように、はやくもこれが寸劇であることを証明してみせるかの如く、自分をとりまく役者たちも、強烈な陽射しを浴びながら、速度を増す季節のうつろいに応答し、すばやくまわる舞台のうえで、肌理こまやかな律儀な演技を披露させる。
森田に誘われた一夜、、、後々で判明したことだが、やはりあの勧誘は婚前の青井好子への気遣いもあったのだろうけれど、何よりも麻菜の傷心を、、、それは森田や花野らの男性陣が、女性特有の愁いにほだされ意識の深みと云うよりも感性の共鳴で、ついつい遊びごころの振幅を拡張してしまったまでのことに帰着される。
それが悪戯と呼ばれるのか、好意と呼ばれるのかは、それぞれの思惑のなかでただただ意味づけられる。
森田自身もまだ離婚の痛手を完全に振り払っているとは言えなかったし、あの晩、麻菜からそっと耳打ちされるように知らされた、三好荘との関わり、、、幼なじみとして比呂美とは懇意であったこと、、、それから、ことさらに声を低めして、
「森田さんの**ってひょっとして、ひょっとしてよ。わたしにはわかるなあ、おんなの勘よ、いまでも想ってるんじゃないかって。でも、揃ってバツイチじゃ、世間態もあるんだろうし、あっ、わたしはそんなのあまり気にしないけど、三好のお父さん頑固もんだしね。森田さんもものすごく繊細なとこあるでしょ」
そう聞かされた片方の耳朶には、おとなの世界だけで共鳴すべき哀愁の音色が流れていった。
このまちの人間模様など及びもつかない晃一ではあったが、思えば、森田が比呂美に今も懸想していたとしても、それが互いに離縁の身上であると云う境遇でより深く、より揺るぎないものとして、地下で目覚めていることは決して夢物語ではないはず、、、
借りに世間と云う障壁にはばまれていたとしても、おとなの男女が織りなす気高さと危うさの交わりには、見てなならない爬虫類の腹のような不気味な色彩がほどこされるゆえに、背伸びするわけでもない、そこにはあの何とも淫らな空気が沈滞し続け、なおかつただちに視線が釘付けになってしまったようしばらく身動きがとれなくなる。それが官能と云う、機能とあきらめをつけるまでは。
実際に森田の口から、まるでおとぎ話の如く壮麗な、悲劇の如くやるせない、胸襟を開ききった哀切に満ちた説話を聞かされることになるが、その顛末はいずれ章が代わって、舞台模様が変転したのちに物語れるであろう。
ここでは晃一の**を見抜いた森田があたかもかなわぬ己の愛欲を、晃一のすがたに仮縫いするように、意趣ばらしを講じてみたと云うことと、そんな企図を察知するまでもなく、戯れのこころでもいくらか癒されることを、恐ろしく無邪気に振る舞った麻菜の天真爛漫を述べておくだけにする。
無論、このふたりは計画的にことを運びだそうなどとはしておらず、何ら相互に指示もなく、あくまで晃一をとりまく役者として、そうした役回りを演じたまでであり、その一挙一動は本人たちが観想する枠を越えたところで立ちまわれ、陽がのぼり夜のとばりが降りる自然でもって、もはや超越的な書割りの裡でのおごそかな演目になったのである。
更には彼らの演技もすべて晃一の脚本であったとすれば尚のこと、、、自慰の精神はそんな驟雨のような寸劇に想いを馳せた。

四季への一瞥、、、富江との出会い、進行形の跳躍。演出家のいない自然の感情表現。さようなら夏の日よ。
晃一は以前の彼ではなかった。


[67] 題名:まんだら 第二篇〜月と少年24 名前:コレクター 投稿日:2009年09月07日 (月) 04時05分

吐息ととも熱気に冒されたあきらめを含んだとまどいが、遠い胸のなかで結晶のように成りかけるのをなかば知りつつ、また情念がことばとして紡ぎだされようとする今、秋風に吹きなだめられるやや渇きかけた晃一のくちびるに対し、富江は混濁した汚水があふれる様を想起してみた。
それは、人気の途絶えた山道に思わぬ人影を見いだしたときの木々のざわめきを序章とし、相手のほうから予期しない笑みが木漏れ日とともに投げられた際の、あの動揺があらかじめ裡にひそめていることを自覚し得ぬ、未分化な、だが気が薄らいでいくような曖昧さに包み込まれている感覚を甦らさせる。
「あのう、このさきはまだまだ山の上に続くんでしょうか」
ためらい気味と云うよりもそこには問いかけ自らが、まるでこれからはじまる冒険を冷ややかに楽しんでいる野心が勝っているふうに富江には聞こえ、
「はじめてですか、この道は山腹をぐるりをひとまわりするのです」
と、勢いよく通った口調はあきらかに彼の存在 ― たった今、発見したその姿態にものおじしない、それは晃一が醸し出した雰囲気によるものであったが ― それ自体がなにものかに先んじる感情を前面に押し出し、自身の気持ちを快活とした声色にさせた。
それからふたりが交したやりとりは、澄みきった天空から降りおちてくるような小鳥たちのさえずりに囲まれながら、ときおり頬をかすめてゆくひんやりとした山の冷気に火照った気分を解放させていくのだった。

伏せた目もとをほんの少しだけ開いてみると、自分と同じ高まりのなかに心情を捧げた晃一の閉じたまぶたが、すぐそこと云うより遠い遠い記憶から霧状になって現われているように思える。
あのとき、どんなふうに会話が弾んでゆき、気がつけば双方の名と年齢を告げ合い、しかし、それまでの時間としてもさして長くはないはずの、そう好意が互いに浸透している実感の渦中にあって、不意に訪れたその姓が持つ反響は、まるで余韻のほうが前にたなびいていると云う錯覚で後から脳裏に深いよどみをもたらした。
濃霧にさえぎられながらも、予想を裏切らない形状をそこに認めるであろう、あの願望の正当性のように。
富江のこころに目には映らない波紋がひろがっていたのだが、それは自覚しようとする意識がまだかろうじて、対岸の火事の如く物見ですまされればと云った、直感的な否定の作用が働いて、と云うのもこれ以上関わるより、ただ道ばたですれ違ったひとみたいにさり気なくその場を離れれば、たとえ耳に飛び込んだ異物であろうとも、別段これよりは実質的な責務を負うわけでもなく、悪印象だとすればそれが追々とわだかまることにもなろうが、一切を否定する保身のための逃走だって最善の手段ともなる。
「しかし、、、それでは、わたしのほうが悪者みたい、、、過去を捨て去ること、、、もっとも善い方法はそんなふうに日陰にくぐもることじゃなく、この日陰から飛び出してゆくことじゃないかしら、、、」
意志はいつもなにかに突き上げられる。
富江のよどみは確かに汚濁のなかにあり、それゆえ波紋の伝播もよく感じとることが出来なかったのだが、いったん意志のちからを宿したからには、そのさきの紋様は蜘蛛の巣のように、颯爽と夜気に白く張りめぐされ、執拗な邪気を眠らせながらも、毒素はとりあえず中和され、何よりも粘液をもってこれから編み込まれる賭けにも似た遊戯に甘い殺意を封じこませるのだ。
「あなたの閉じた目をわたしは、こうして薄目でぼんやりと見つめている、、、あなたの知らないことをわたしはよく知っている、、、それは、いつかあなたにさらされる宿命だとしたら、わたしの手のなかには、一個の鍵が握られている」

晃一は、自分のくちびるの渇きが富江のなかから湧出するもので充たされるのを願った。
その小ぶりなこれまで味わったことのない濡れた果実を思わせるぬめりの感触はこうして重ねあわせれることによって溶けだし、いつしか晃一自身の一部と変容していくのである。
彼はことの最中に、その筆舌にしがたいまでの味覚を何度も言葉に現そうとしては断念し、その代わりに本当に噛みついてしまいたくなる衝動を優雅に味わいつくそうと、反対に軽い、さながらあめ玉をしゃぶるときの愛おしさで口中に含んでしまった。
晃一は忘れてはいない、、、この相手の口を封じてでもいるかの加虐的な興奮の陰に、麻菜との初体験が夜霧の神話の如くひそんでいるのを、、、
そして、その悔恨と失意がねじれを生じ、夢うつつの肉感でありながら、のちにこの掌に収まった残された鍵の冷たさが被虐性を養い続けていることを。


[66] 題名:まんだら 第二篇〜月と少年23 名前:コレクター 投稿日:2009年09月04日 (金) 16時00分

船着き場を横目に勾配が急になりつつある坂にさしかったあたり、右手には防波堤を乗り越えていくような浮遊感が運転席からも心地よさをもって高まりはじめ、その彼方に解放されている蒼海が見る見るあいだに視界に収められる。
陽光のみなぎる鮮烈さは、フロントガラス越しに反射している木々のざわめきをしらしめるよう、道なりに伸び続けるガードレールの力強い影へと挑みかけるかがやきで加速し始めた。
中腹へと上ってゆく山道には豊穣な草木が覆いかぶさるようにして、陽射しをさえぎっているのだったが、そうした木陰に決定的なコントラストを示しているのか、さながら網の目からこぼれ落ちたひかりの鮮度は、その場その場で産声をあげるいると云ったふうに圧倒的な明瞭さで束ねられている。
わけても木立が描きだす線状の陰影は、そんなひかりの束と交互にせめぎあって、富江の網膜に明暗を強く焼きつけていった。
曲がりくねった山道の走行は、まさにひかりのシャワーを浴びている感覚をもたらす。そして時折、山深くなった光景に隙間が突然現われ、ふたたび目が釘付けになるほどの海原が荘厳に沈滞しているかのよう、そのころにはすでの下方へと眺望されるのだけれど、葉緑の濃さにも増して紺碧にたたえられる海の色彩は、遠方に浮かべさせている小島の緑をも剥奪し、上空高く自らの諧調を謳歌する調子で、晴れわたった大空もまた、領分への配慮を心得ている、、、
白雲の謂いに饗応しているのであろうか、対岸から小島のあいだに見られる潮の流れはまるでたわんだ投げ輪の如く海上に白く脈打っている。所在なげにも映るが、そのじつ生き生きとした海流であることは、原風景に対し拘泥すればするほどに無力感を覚える、あの壮大さのなかにあっては当然の帰結となろう。
そう、鳥瞰する心性が育んだと云うよりも、もはや非現実にと傾斜しかける太古への旅路を通じて。
まるで、宇宙の彼方の天体を眺めるときに知る、奇妙な一体感とも似て、稜角が削られたまなざしの鎮魂となる。
眼前の草葉が風にそよぐと、そんな深い色で培われていよう海面が波立つと見まごうのも素晴らしいこと。
さきほどから、車のエンジンを切り、その垣間見える場所に佇んでいるのだった。
「確かこの先にみかん園があったはず」
富江は高校のころ、みかんを形状選別するアルバイトを短期間ではあったが、そこで手伝ったことを思いだし、まわりのおとなから、
「帰りには手先は黄色くなるよ、いいや、みかん色になあ」
と、親しみとも嫌味とも関係のない激励を受けたことなどを振り返って独りほくそ笑みながら、車中に戻り先へと走り出した。
次第に傾斜が意識され、いくらか大きくくねりながらも、そう時間も隔てることなく、気がつけが自然の草木がきれいに取り払われ、こんもりとまとまったみかんの葉が右側の沿道からあたまを覗かせ始めた。
向こう岸は遠景として明確なすがたを形作って、その湾内として望められる海の蒼さに変わりはないとしても、随分と下界に見おろす恰好になっている。
決して山頂には至ってはないのだけれど、菜園として切り開かれた上方から窺う様子と、勾配の加減で切り取られる風景によって、登頂への予感が爽快に訪れるのであった。
もう一度、停車しようと考えた矢先、道なりは急なカーブであったので、徐行しかけたそのとき、富江のひとみにたち現われたのは、自転車をゆったりを手押しつつ海を見おろしている、ひとりの少年らしき風体であり、その以外な遭遇は、ちょうど猿とかのけものに出くわした折の驚きとも似ているようなのだが、しかし何かが異なる不思議な動悸であった。
現に民家のある山裾から中腹にかかった辺りを越えたときから、すれ違う車は一台もなく、ただひたすらに太陽光線が照りつける意志の裡に擬人的なざわめきを聞き、刻印される山木や青葉の暗影に点在する喧噪を想じたのである。
なおかつ木々の下、真っ赤に彩られた自転車は、その視線のむこうには碧海とぬけゆく蒼空、そしてまわりには深玄たる山の調べが、絵画的な配色のありようで中枢神経を服従させている。
富江の胸に早くも去来する、はぐれ雲のように意味の定まらないときめきは、さまよえる小舟を見失いつつ眼下に縮小され収まってしまった、が、肉眼では決して見られることのない波頭がいつも静止を表出してみせながら、無軌道な連破へとあらたなリフレインを求めるように、思わぬ波立ちは章句の連鎖に似て、ある必然性の裡に曳航されているのであった。


[65] 題名:まんだら 第二篇〜月と少年22 名前:コレクター 投稿日:2009年09月01日 (火) 03時21分

小首を傾げ気味にした目もとは、幾分か身長の差で定置へと配属されたふうに、やや下方から見上げられる面を一層、小悪魔的な挑発で浮かびあがらせると、あたかも晃一の視線にそって飛び火して来そうな勢いのまつげが鋭く、だが際どさに至らぬ電撃となりながらも、信じられないほどの柔和に転じてしまうのは、その首もとの真下になめらかに現われている胸の谷間へと、あらゆる心情が転げおちてゆくことで確定されるのか。
焦点さえもがぼやけて消えうる、乳房の盛り、、、日陰の熱い桃、、、絶対の果実、、、
「そうなの、結局、その麻菜さんとの初体験の確信はないままってわけね。だって、お口の場面しか覚えてないんでしょ。でもいくら酔っているからって、そんな大事なことをぼやかしてしまうんんて、随分ともったないことよ。ええ、確かに当人に問いただすのは、もっとかっこ悪いかも」
ことを終えてみてもはだかのままでいるには、少々肌寒さを感じる故に、こうしてすでに炎上した愛欲が終息を見せた素振りで互いの衣服をまとい、如何にも見た目だけでは全裸となって求め合った姿かたちは汗がひき渇くことで、反対に情欲の飢餓が充たされるのだったが、その透けて移しだされるような、こぼれ落ちるために存在しているような、再来する色情の顕現を待ち受けてしまうことに帰着してしまう。
丸かじりしたリンゴを今度は、向こう側からかじりつく衝動として、、、
「いいんだよ、富江さん、ぼくはああやって闇に閉ざされた記憶であるほうが刺激的だと思うんだ。仮にきちんと挿入していても、、、」
そこまで言いかけると、晃一は話しぶりでは富江のほうが性に対してあっけらかんとしていて、その実、年上にしては自分よりおさなげな雰囲気の顔つきをもちながら、からだははちきれんばかりのゴム毬みたいな落差に未だ幻惑されていることを再確認し、すると挿入と云う語感が放った意味合いは、言霊並みの霊力で富江に向かって露呈した己の陽物のようで、なんともくすぐったさを感じながらも、あえて深く女陰をつらぬく意地で、
「すぐに放出してしまったらさあ、それでそのあとが続かなかったら、とてもいい印象を残さないだろうって。でもあの夜に間違いなく、あれを体験したとぼくは言い切りたんだ」
そう話してみたものの晃一には、あの鍵を手放してからのめくらむような幻想を富江に語ることが出来なかった。何故ならば、あの女体との融合は、この世のもととは異なるあくまで観念的な、自慰が創出した演劇であらねばならなかったからである。
その代わりに夢の彼方にとり忘れた可能性は、ありとあらゆる姿態で非常識なまでの痛快さを演じつつ、だがその反面鋳型に押し込める灼熱の類型が定められること、この両義的な了解がこの世界を実りゆたかなものに仕立て上げてくれるのだった。
麻菜との交わりは欠落することによって、富江のすべてをたぐり寄せ、その他の満ち足りない項目は秘蔵の部品で補填されることになる。常に完成されながらも、見事にその場で崩壊してしまう時間の流れのしもべと化す。
そこに陰惨さなどなかった。この能動的な陰りこそ、未来への忠実たる従僕でありながら、闇夜に視界を通じさせる絶対君主の手腕が最良の発揮される、つまりは労働の歓びを発見するようなものである。
富江には、そんな晃一がとても健気に映じるのだった。
「わたしは知っている。月影が引力がどんな魔法を駆使するのか、、、あなたの父親と一緒に列車でトンネルをくぐるときに覚えた、うしろめたさを孕んだ好奇心のわだかまりを、、、祭りの夜、独りで死と向き合ったとき夢幻の境地にさまよわせた偉大な優しいちからを、、、」
「富江さん、、、」
如何にも甘えやわびしさを、哀願にすり替えた晃一の声は、ふたりがどこかで見上げている月夜の静寂に染みこんで行くようであった。
ふたたび富江の両目は視界を遮断して月世界へと翔けてゆく。熱いくちびるを互いに鎮静させると云わんばかりの醒め過ぎた情炎でもって。
富江のなかに夜の河口が開けてくる、、、すでに慣れ親しんだ住人だと思いこむ意識には、もちろん刃が仕込まれていた。
「あなたの名を知ったときから、こうやって待っていた自分が成就すると確信したわ。さあ、次はわたしが語りだす番ね」
おそらく富江は晃一の父、孝博への復讐を企てたのではなかった。そう自分に言い聞かせた。ちょうど晃一が初体験を幻影と現実の境目で確認するように。
彼女が画策したのは他でもない、この居心地のよい、思春期に萌芽を見せた自分に寄り添っては先んじ、乗じては後手にまわりこみ、生命そのものと不可分になって羅針盤を狂わせた、もっとも愛しい過去、あの影法師に復讐の念を抱いたのである。それは晃一の考える偽装の心情とは違った、壮大なる母性に突き動かされているのであった。


[64] 題名:まんだら 第二篇〜月と少年21 名前:コレクター 投稿日:2009年09月01日 (火) 01時49分

目が覚めたとき、晃一はここが何処であるのか瞬時にして判別することが出来なかった。
しかし、次のまばたきで確認された事態は、夢の出口を振り返る意思より先行された、おそらく外泊をしてしまった、三好の家に釈明を、と云った焦燥が前景に押し出されるのであった。
ただちにそれが杞憂であり、三好には酔い具合によっては森田のところに泊めてもらうことになるかも知れないと、そうむこうからも遠慮なくと言われていると、昨夕のうちに伝えているのを思いだして、安堵を重しにあらためてまどろみのなかへと沈下するゆとりを持った。
後景への歩幅は夢見の重力から逃れる意味を知らないまま、沈みゆく枕の安らぎを保ちつつ、そうして弱音で奏でられるピアノの旋律のごとく、ゆるやかに戻り、たおやかな身のこなしであった。
それは極めて短命なときのまたたきであっただろう、、、ふたたびまぶたの裏に赤い色彩が染まりだし、まわりにひとの気配が感じられない認識へと移行したのは、そこに麻菜の姿を見いだすことが出来ないと云う、敗北に似た驚きを受理するためであり、明るみにさらされることのなかった始めての女体を、こうして陽光にさらわれてしまっている悔恨に惑溺するためであった。
奇跡は自ら捻出されるべきと妄信した根拠の彼岸には、砂上に構築された城塞が純白のかがやきで崩落しようとしている。やがては深く沈みゆく古城と変化することを願って、、、
ベッドの脇に置かれた小さなテーブルの上に麻菜が書き記したものを目にしたとき、その字面を追ってみたあとにも、晃一のこころに波紋はひろがることはなかった。

「よく寝ていたので起こしませんでした。わたしも今日は仕事は休みですが、実家に用事があって午後まで帰りません。それまで居てくれてもかまわないけど、もしそうでなければ、この鍵で施錠して入り口左手の芝生に立てかけてある、さるぼぼの下に、あっ、さるぼぼ知らないか、でもすぐに目にとまるわ。真っ赤な顔したのっぺらぼうの人形よ。そこに置いていって」

壁に掛けられた時計は九時をまわっていた。我ながらよく痛飲したものだと妙な自信がわき上がったのも束の間、カーテンでさえぎられた窓のそとを窺えば、たしかに玄関先からあたり一面は芝生が敷きつめられているように見える。
晃一は昨夜の服装を身につけたままであることに奇妙なとまどいを覚えたが、腰のベルトが随分と緩んでいることにほくそ笑み、室内は冷房がゆき届いていることも感心して、おもわず白日を呼び込んだ部屋全体を見回してみるのだったが、ひとり暮らしの若い女性にしてはえらく殺風景な印象で、それより脳裏を巡ったのは性交の光景へと飛翔しかけた充たされない幻影が空回りして、羞恥らしい居たたまれなさが虚しさに飲みこまれてしまうまえに、麻菜の言うよう、影は影のむこうへ、幸いにして灯りに見とがめられることがなかった故、足跡ひとつ残さない気持ちで速やかにこの部屋をあとにすることが出来た。さるぼぼとやらのまん丸した顔は昇りつめようとしている太陽より赤かった。
自分でも不思議なくらい強く握りしめてしまった鍵をそこに収めて、小走りで自転車を置いてきた公園へと向かった刹那、初夏らしいまだひかえめな陽射しが、それでも鮮烈な印象を常に肯定させようとする気概のある光線を斜めに浴びながら、鍵をつかんでいた手の芯に微かながら、それは陽炎が立ち上るゆらめきのように曖昧でいて、しかもめくらむほどの甘酸っぱさを味わさせる。
それはまぼろしなのだろうか、、、それとも夢をみていたのか、、、だが、この掌に残る未知なる感触、己の身体とは別種の柔らかでしかも張りつめた弾力の新鮮さ、あるいは指のあいだに、そうまるで櫛で梳く要領で長く色香がただよう髪の流れ、、、あらゆる方向へと曲線が描きだされる様を果てしなく愛撫しようとする意志を持ったこの掌。
耳を澄ませば、夜の扉はきしみをあげ闇の情炎を解放しようと、哀しみを帯びた悦びがもれだす小声が聞こえてくる。しなやかに躍動する半身はいにしえからの妖術に操られてでもいるふうに、乳房を原始のリズムで弾ませ、続く腹部にまとわるもっとも柔らかな肉付きは優雅に小刻みしながら左右へ振動を伝えているようだ。
女体の存在を知らしめる尻から、餅のように伸び膨らむふとももの頑丈さは、股間を這う**の叱咤に反撥するとでも云った感じで、その局部を変幻自在のかいま見せることを熟知しているのは、どこまでも力つよい大蛇のうねりを連想させる。
一見小柄に映る女性のほんの薄きれ一枚隔てた先は、何と豊満な密林が展開しているのだろう、、、体内から湧出するもので湿ったところへ指先が到達したのは、すでに目に見えない糸とやらで結ばれていたあかし、、、そうして今度は渇いたくちびるを潤すためにときめきながら近づき、その泉に舌先もろとも潜入してゆけば、両の掌がすでに撫でつくした感触とは異なる、悦楽がこの身に訪れる。
いや、この身だけではあるまい、此岸と彼岸が出会う刹那、おんなのからだにも異変が顕われ、もうひとつの世界へと移り住む心づもりが、満ち潮のごとく押し寄せてくる。

幻想は終止符を打つよりも罪深く、晃一にある実感を悟らせた。手のなかに包まれる金属片がもたらした、柔軟な白日夢。
何よりも救いがなかったのは、そんな白日夢を他者も共有しているとは到底およびもつかない現実にあった。


[63] 題名:まんだら 第二篇〜月と少年20 名前:コレクター 投稿日:2009年09月01日 (火) 01時46分

晃一のこころに明滅し続けている照り返しが、思いあまってのどの奥から放出されたからなのか、もしくは、その波間に消え去る永遠の真珠のきらめきを感じとったからなのだろうか、少なくとも簡単な裏付けのままに<事実>の確証を得た富江にしてみれば、深入りと形容されても言い逃れが出来ないこのひと月であったはずであった。
実際に目を細めまぶしい具合で見つられるがわとなれば、また、少年時の年上女性に対するあこがれは一般通念に裏打ちされるまでもなく、野性的な趣味として十全に富江の子宮にまで伝わり、何ら拒否する名目が見当たらないのを幸いに、その好意をすべて受け入れるつもりであった。
肉親に咎めがあったにせよ、一切は不問にし、ただ自分とは多少の相違はあっても、その背伸びした姿勢の気炎に共通項を感じられるからなのか、、、
富江は年長ということもあって、自分の領域には触れないまま巧みに相手の心中を忖度した。
第三者から傍観すると、一方的な質問攻めにさえ映り兼ねない様子に近かったのだけれど、晃一の若さは繁茂した草木が身を持てあまし、それを見かねた富江に草刈りをしてもらっていると云った感覚にさえ萌え盛り、もはや彼女を疑る条件などこの地上からは見いだすことが不可能であった。
そんな有様だから、あれほど慎重に扱われた**への拘泥さえも、過ぎ去ったときの向う岸と云うより、もはや自分では関知しない他人事のように思い返される。もっとも意想の変移は特技とも呼べる性質ではあったが、愛欲と性欲が不可分である現在では、随分と屁理屈をこねまわして来た経緯は記憶から消えてゆくべき類いとして歯牙にもかけなかった。
あの東京での梨花子とのくちづけさえも今では思いかえすこともない。だが、この夏を擦過していった比呂美への禁止された欲情の高揚と、その矢先にまるでお膳立てしてもらったような上戸麻菜との初体験は沈める古城となって、鮮烈な記憶を祭り上げるため、ときおり城門が勢いよく、あるときは冷静に開かれるのであった。
富江はそうした彼の心意を察するとばかりに、三好の家のことなども含め一切合切、聞き出してしまいそうな勢いで、
「でもよかったじゃない。そんな薄暗い部屋なんかで、お色気の出戻りさんとしょっちゅう顔合わせてたら、終いには妙なことになってたかもね」
「確かにその通り、もう臨界点を越えそうだったから。森田さんからの誘いがなかったらおそらく何らかのアプローチをおこしていたと思うよ」
「それでその飲み会の夜にやったっていうのは結構いけるわ。本当にうろ覚えなの、さっきから聞いてても肝心なと記憶が飛んでるとか言って、しっかり順序よく整理してみてよ、居酒屋出てスナックに行ってからの意識があやふやなのね、そこを出てからどうやって帰ったのかも、、、」
どうたぐり寄せてみても失われた思考は晃一は断片的な光景として、所々をかいま見せることしか無理だった。焼けこげた配線の回路を伝いやがて故障への烙印を押されるとでも云った調子なのだが、これは機械の故障ではない、記憶の裁断なのだ。すべてを順序よく再編するまでもなく、一番肝心な箇所、つまりは初めて裸の女体に重なった際の感触や、ぎこちなく済まされたであろう**までの情況を呼び覚まさないと、初体験と云う人生一度の想い出が無効になってしまう。
富江から注意を受けるまでもなく、晃一にとってそれは鮮やかな色調で甦るべき属性でならなければならない、、、まさか今更、上戸麻菜本人に尋ねることも出来ないし、森田はあれから数日後、出張先で何でも駐車場で猫を轢き殺してしまい、かいつまんでしか話してもらえなかったが、過失にしろ酷く無惨な傷跡に苛まれているようでそれ以来、思うところあってを自らを律しているとのこと、いつの日か宿命的な事態への備えに対してなど、どうにも今はこの方からも詳細は得れそうにもない。
お膳立てと云えば確かに泥酔した自分と麻菜を妊婦の好子の車で送らせて、麻菜の部屋まで付き添うよう促したのは覚えているし、部屋のなかにふたりして倒れこむようにて入った途端に、好子の車がその場から走り去る音が響いていったも、それで不審と緊張によってお互い顔を見合わせたことも知っている。
ただ、その部屋の灯りは消されたままだったので、麻菜のどんぐり目がさぞかし大きく見開かれたさまを想像することはあっても実際には確認出来なかったのである。
靴は脱いだと思われるが服まではどうだったのか、、、それよりどちらから歩みより相手の背に腕をまわしたのだろう、、、前戯として麻菜のはだかをまさぐった覚えがない、**した感覚さえあやふやなのだから。
結局、性交渉が実際だと想起出来る場面は、
「じゃ、きれいにしてあげる」
というさきほどまでの声色とは違ったやわらかな口調とともに、下半身があらわになったままの晃一の陰茎をすっぽりと口中に含みながら、その時間の経過がカーテンの向こうからもれてくる街灯のわずかの明かりに滲みだしてしまったよう、いつまでも、いつまでも、夜に支配し続けられている快感が局部を通じるより、眠りに落ち入るきわに似た、緊張が緩和される快楽を約束してくれていることにあった。


[62] 題名:まんだら 第二篇〜月と少年19 名前:コレクター 投稿日:2009年08月31日 (月) 05時57分

「人はすべて行為をその成就にまで続行しなければならない。そうすれば、その出発点がなんであろうとも、終極はすべて美しいはずだ。行為が醜いのは、それがまだ完全に成就されていないからなのだ」
― ジャン・ジュネ

振り返っても、そぐそこに届きそうなくらいの距離しか持たないと感じさせる夏日に、まだ惜別を情をはらませる理由が見つからないのはおそらく、その時間への配慮が瑞々しさの気持ちに包みこまれてしまっていて、あえて刻一刻この身に知らしめる必要を回避しているからなのだろうか。
秋日和は天空に渇きながら、しかしまだまだ森林の濃い緑は保有する湿り気に覆われていることで却って鮮明さを醸し出すよう、そんな息吹で支配している。さながら淡い恋ごころを涙で確信的な情感へと高まらせると云ったふうに、、、そう、あらかじめ失われているひとときをつかみとる為に、反対に自分からそれらを囲繞する為にも。
おだやかな波のリズムのようにして風は幾度となくレース越しに、あるいは何のさまたげなく部屋へと運ばれた。
涼風によって造形されたかの微笑と共に、富江が差しだして見せたふたりを収めた携帯画像が、一葉の写真に思えるのもこの秋風がもたらした錯覚だとするなら、やはりときの過ぎゆきはこの気持ちのなかで川面の夕映えのごとく輝いているのだろう、、、
川の流れの照りは目に優しさをあたえてくれる。そのわけは言うまでもなく、流下する光の粒子たちが過去と未来、そしていまの瞬間をせつなく同居させて見せようと懸命に努めているからである。
無論のこと晃一は、富江の笑みを慈しみ、こころの底から情熱をくみ上げ季節の裡に、、、いや季節の推移をも忘れさせるくらいこの夕映えをとどめ置きたかった。
だが、彼は光の粒が水面に散らばるように、川底にも光明が浸透している模様を想像する。それは浮上することのない明るさではあったが、忘れ去ることが出来ない想い出と同じく、決して晃一のなかから逃れることのない花影に似た性質のものであった。すでに旭日と夕日は溶けあっていた。そして月影へと想いは知らぬ間に流されているのだった。

もし運命の番人がこのふたりを見守っているなら、彼らの衣服をもう一度脱がせてお互いのからだを結びつけながらため息まじりに、こうつぶやくに違いない。
「もっと肌と肌を密着させておくべきだ。間隙をさがすのがやっかいな程に、、、そうすれば、多少の邪魔が入り込んでみても簡単には引き離されはしない、、、」

晃一の胸裡に富江以外の異性が潜んでいる事実は、とりもなおさず彼自身を燦然と輝かせる光源であったし、たとえ内密にしようと努めるまでもなく、富江からからだを合わせているさなかに、
「ねえ、それでその始めての子どうだったの。いいのよ隠したりしなくたって、わたし気にしないから」
と思いがけない拍子で秘事のふたがひろげられてしまい、馬鹿正直にことの次第を話してみるほうが、相手に対しても純情であることを強調するようにも思われ、また自分にとってみても誇示されるものは、その意気込みの手前で抑制され殊勝さをまとうことによって、独白を上位に高めることで落ちつきが良くなるはずだったからである。手鏡のなかに富江の顔も一緒に並ばせると云った具合に。
そして、晃一の思惑に呼応するとでもいうように、今度は彼女から更に確証を抱かせるふたりしての撮影が行なわれた。ふとした勢いで写されたのだけでは説明の出来ない、目には見えない運命がその引き金を弾かせただろう瞬間が、来るべき運命を動かし始めた。
運命の番人には、そんな不自然さに宿る暗黒の意志が見通せるため、彼らが出会って名前を口にし(晃一の)、それから東京出身であることなどを聞かされた折の富江の反応をも踏まえたうえで、ことの成りゆきへと必要以上の吐息がもらされるのだ。
この町には珍しい<磯野>と云う姓、直感が適中するのを、眼前に危難が迫っているのになす術を持たない、それどころか進んで逼迫した嵐の裡に飛び込んでしまいそうな奇態な威厳、、、一年前の夏、帰郷する列車で遭遇した人物に結びつけられるまぎれもない予感は、一体富江を何処に向かわせようとしているのか。


[59] 題名:まんだら 第二篇〜月と少年18 名前:コレクター 投稿日:2009年05月26日 (火) 05時23分

街灯のわびしさがこれほど夜を演出している光景を今まで見たことがない、、、ましてや五月雨に向かおうとする時節を気に留めず、知らぬ間に飛び越えてしまった薄ら寒いこおろぎの音を潜ませる青草が、こんなにもぼんやりと火照っている様子を、、、
このまちに来てひと月あまり経ったころ、宵のなかに見つけたちいさな灯りと虫の音の競演に思わず耳を澄ませてしまったのが、つい最近のようにも思われる。
三好から、数少なくなったけれども、まだ銭湯が残っていると聞かせれた晃一は、興趣つのるまま歩いてみたところで湯冷めにはそう遠くないであろう、ひなびた浴槽と番台の位置も曖昧な造りを自由に思い浮かべ、夕食後さっそく独りそぞろと宵闇が隅々にまでゆきわたる夜道をめぐって行ったのだった。
男女の出入り口が分けられて、しかし互いの湯船の底を海流しているのは、そんな隔てを太古の彼方に見失ってしまった感情であると云う、ぬくもりを信じようとするロマネスクであるべきなのか、あるいは混浴が想起させる過ぎ去った母性にあったのかは、あくまで湯けむりのむこうに隠された陰部のように、決してあらわにされることはない。

記憶の在りかをどこに求めようとするのだろ、その夜のことを想いかえそうとする矢先、ちょうど蒼天がしめした湿気のなさが夜空へと、ときの橋を渡って過ぎるよう出来ることなら爽快に清らかに、こころの裡へと安置してしまって、意地らしいくらいあの銭湯へと向かった晩の情景が描かれるのだった。
夕暮れの陽をいっぱい吸いこみながら反映する川面の惜別が、一途な流れに身をまかせていることを躊躇わないように。

不確かな意識に明滅するのは、カウンター越しから客の煙草へと点される瞬きにも似て、素早い着火の陰に消えてしまう宿命でしかない。
晃一と麻菜とのおそらく冗長な会話のそのほとんどは、一見やわらかに見える木の実と同じで、実際には殻は固く、しかもむき終わるまで要した時間の割には中身がこじんまりした、云わば賞味それ自体よりもそこへ至る道程をたしなんでいる趣きにひたりながら味わっていたのであった。
来るべき肉感が、予想を裏切らないこととぼんやりした語感のなせるままに、深く沈める赤光は暁に違いないと乞い願う声が言葉にならないままに、、、
酩酊した晃一の目に映るのは、一面が落陽に染めあがっているこのまちの港と、潮風に濡れた今にも溶けおちそうな麻菜のまなこだった。

どうやって店の外へ出たのか、どれほど時間が経過したのか、思考回路のぜんまいが急回転してしまって伸びきった晃一の感覚には推しはかることは不可能であった。
とぎれとぎれに、古い映像が乱れるように、自分のすがたをあらぬ方向から見つめている奇妙な錯視がまずよみがえり、それもほんの束の間、次には映写された一齣のうちに道ばたへしゃがみこんでいる麻菜とそばから心配そうな顔つきで覗きこんでいる好子に森田の影が横ぎり、街灯や酒場の看板に照らされているわけでもない、強いて言うならば月明かりがこの路地の片隅にまで届けられたと形容すべき、危うさと気高さが滲みだすまさしく白雲がひかりを吐き出しその代わりに月光を呑みこんだに相違ない阻まれた冷たいほむらが放つ、限りない優しさに包まれながらどっと地べたに手をついてへどを吐きだしているその顔をよくよく見れば、誰でもないそれはの苦渋と恍惚が交じりあった己の表情ではないか。
夜風に乗ったのはこのからだ、、、冬支度の窓のそとに舞う、取り残された枯れ葉の予感は一気に若葉を襲って、人生のかけらしか噛みしめていない無念を想像させる。
夜更けに運ばれてくる秘めやかなピアノの練習曲のはかなさを、、、明星を待つことなく狂喜を唱えるうぐいすのわびしさを、、、
如何なる理由で、、、無意味な空想が、いや不気味な追憶が選びだされ未だ成人に達してないこの身を緊縛するのか、、、それとも昏睡のがわから見つめる世界において、悪夢を打ち払うために恐怖から逃れたい一心によりこんな不鮮明な、だが強烈無比な断片を切りとるのだろうか。
夢のなかから現実に瞬く閃光のすべてが、やはり夢であることをもう一度知るように。

たったひとつ、疑えないのは他でもない、その夜、晃一の**が捨てられたと云う事実であった。


[58] 題名:まんだら 第二篇〜月と少年17 名前:コレクター 投稿日:2009年05月26日 (火) 05時16分

歩いている時間も閑却させるほどすぐ近くにあるスナックのカウンターに並んだときの別種な感触を味わっている間もなく、好子が乾杯とともに一曲歌いだすと他の客らの手拍子も始まってにぎやかな雰囲気がにわかに形成され、別段遠慮してみたわけでもなく、三人のあとに座った席の隣がたまたま麻菜であったと云う現実にスポットライトがあてられた高揚に乗りこめないでいるもどかしさは、さながら喧噪のなかでの孤絶感を想起させてしまい、そうなると横目で窺うような自分の目つきに過敏にならざるを得なくなってしまうのは、やはりまだ拮抗する胸裡を意識しているからと云えよう。
しかし、いまは森田、好子、麻菜、自分と横列した事実に感謝しなければいけないと、ふとあたまによぎったのは疑うべくもない、思惑はどうであれ麻菜のことに引き寄せられている事態を承認する、いわば通行手形みたいなものであった。
妖しい魅惑の根底に巣くう正体を見極める為くぐる隧道への。

気持ちよく声を張り上げる好子のすがたに感心する振りをして、その視線は焦点をあわせるようにたぐり寄せることで麻菜の横顔を不自然ではなく、堂々と見つめることが可能になった。
森田はなじみらしいカウンターの向うの女性となにやら話しこんでは、まわりに囃され連続して歌声を披露する好子に時折、拍手することも忘れてはいないようで、一番はしに位置した晃一にとってみればそれは約束の地をあたえられた迷い子であった。
そして、思いついたと云うふうに目のまえに置かれた焼酎を迷うことなく一気に飲み干した。
「あら、若いひとはさすがに豪快だわね」
そんな愛想に真正面から応じるよう、ママらしいもうひとりの女性が作ってくれた濃いめの水割りを何杯も勢いよく喉の奥に流しこむ。
視野が急速にせばまりゆくのが自覚出来たのが、晃一にとって明晰な判断に信憑を寄せられる最後の光景であった。途中で歌の順番が自分へとまわって来たときには、すでにスピーカーから鳴り響く音とは異なる耳鳴りのような高音が空気中を漂っているなか、幽体離脱したかの自分にとマイクを渡そうとする麻菜に向かい、
「僕は歌は苦手です。いえ、けっこうです」
そう昂然とした口ぶりで意思をしめし、好子の高ぶりへと連なるよう、あたかもその場の情況に自然であるよう、拒絶を柔軟に仕上げてみせたのは決して胸算によるものでなく、あくまで本能的な目論みであった。
再びマイクを手にした好子の微笑みが、自分の意想に照応したであろう連鎖を確認したとき晃一は、初めて麻菜に対して距離を埋めていることに積極的であることを見いだした。そしてこう言った。
「麻菜さんは彼氏とかいないのですか」
今しがたの反応からは想像してもいなかった唐突な投げかけに、一瞬何を言っているのかよく分からない面持ちを保たせようとしたのだったが、
「あれえ、磯野くん、そんなこと聞くんだ。じゃ、教えてあげようかなあ。わたしはね、去年の春さきに大失恋しちゃって、このまちに帰って来たんだ」
自分でも予期しない、不思議な反動のような勢いが口を借りて勝ってに込みあがってくる。それがいつから蠢いていたのかは知らない、、、嘔吐をもよおす加減が突然であるのと同じく。
晃一はもう酩酊の手前の横断歩道を左右確認しないまま通行する、無頓着さで危険を信頼してしまっていた。すると麻菜の心中も同様に乱雑な文体で綴られた物語りのごとく、展開してしまうのだった。
自分の酔いが相手の酔いと同調し、錯覚であることを目醒めようにもそれが実感となってこころのなかを満たしてゆく限り、混乱は素直に落ちつきを認めようとはせず、暴走は程よい抵抗の風を生みだす行為となって、涙も血も鼻水もよだれでさえ何もかもを肯定する覚醒した夢想と拡張してしまう。
唯一、片隅でささやくように点滅しているのは、膨満し続ける意識が虚栄を育んでいるのではいかと云う危険信号なのだが、うれしいことにこの信号には色彩が剥奪されているのだった。悲哀と悔恨は酔い覚めの朝、陽のひかりで照らしだされてから彩りを取り戻すのである。
縮小する意識が虚栄を持てあますことで、反対に居場所を明確な彩度を探りあてると云った方程式は背理ではない、何故ならばそれは営為そのものだから、、、


[57] 題名:まんだら 第二篇〜月と少年16 名前:コレクター 投稿日:2009年05月25日 (月) 03時11分

小さく、しかし大胆に耳へと吸い込まれた麻菜のひとことは、初顔あわせした今夜の時間の流れを一瞬にして固定してしまい、つかみようのないままに指先から逃げさってゆく期待を芽生えさせた。
そう感じられたのは、予期せぬ僥倖に先んじることで受け入れ態勢を整えようと構える結果が逡巡を招きいれてしまっていると云う、あの尊大な好奇心を晃一の胸中に植えつけていったからである。
異性を含め他人との距離感を意識しなくとも、すでに自動的に間合いがはじき出されている世間慣れした人間であれば、あの艶めいた健全な問いに即応して思惑が素早くめぐり、股間へと脈打つことを知るが故に却って、過剰な反射を本能のあかしと認める余裕が獲得される。
同時に発動されてしまった事態を不埒なものといさめる分別があったと云う良識が、下半身の躍動を牽制し、やがては狩人が慎重な足どりで獲物に近づいてゆく沈着さを、つまりは欲望を遠回しにコントロールする器量を養うことになる。
秋波を送られたにもかかわらず、すぐには踏み足を出さず機が熟すのを待つことによって駆け引きを楽しむ、気品に香るしなやかな情欲をある程度持続させる為に、、、
ところが、若き晃一にはそんな術など持ち合せているはずもなく、また元来の性質からしてみても到底、欲情を一巡させてみるしたたかさは欠落していた。もっとも、このような場面以外のところでは心理の動きや彼なりの世界観は独自の価値が理論化され、あるいは理論を基礎づける装飾がほどこされて、秘められた性欲としての範疇できわめて珍妙な禁令が遵守されているのだった。

麻菜の目のひかりにまぶしさを覚えたのは紛れもない事実であり、いまこうやって数秒にも充たない威圧にも似た好意を含んだ質問にひるんでしまっているのだが、どう答えればよいのやら戸惑う根因は、つまるところ女性経験を知らない恥らいに由来するからだと、投げ打つよう自尊心の裡から鮮明な感情を見つめてみれば、そこには放擲される自尊心も同様に認められ、以外とすっきりした心持ちになり足を引っ張っていたのは脆弱な理論なのかも知れない、径庭を造りあげていたのは秘匿された怯懦によるものだと、それこそ開き直りに近い明朗さが晃一をもう一皮むかせることになった。
「麻菜さんの目はきらきらしていて美しいと思います」
麻菜の側からしてみれば、決して間合いを経てそんな言葉が口にされたなどとは思ってもいないのだろうけれども、晃一からすれば自分で吐いてしまった表現に実は深い意味合いなどなく、ただ直感がかする上澄みの内奥まで透過できなかっただけのことであった。
そんな晃一の気後れには関知してないと云ったふうに麻菜は、
「あら、お上手ね。ではその目に映っているのは誰なの」
如何にも含蓄をはらんだ言い方は、ふたたび目尻に寄せられた俊足なしわと協調しあうように笑みを誘っている。
彼女の美点を讃えたばかりにもかかわらず、不意をつかれた、いや更に追い打ちをかける秋波であることを正面から受けとめれない狼狽は、晃一の目線をテーブルの上へと下げさせてしまい、
「ひょっとして僕なのかな、、、」
と、まるで無実であることを忘却させられた容疑者のような投げやりな覚悟が醸し出される。
「そうだとしたら、どうするの」
「それは、、、」
にごり水の中に顔面を沈めたときの困惑と、咄嗟の判断を見あやまる不快な驚きを相手に見いだしたのか、
「かなり酔っぱらってきたのかなあ。目のなかにはお星さまがきらきら、わたしは王女さま、、、ねえ、もう一件いこうよ」
隣の好子をうながす素振りで森田のほうへ向きなおってみせると、多少大きくなった声に素直に煽りをうけたといった様子で、
「よし、じゃあ、カラオケに行こうか」
夜はこれからだと云うふうに、森田は心配りなのだろうか、今日の主役は好子なのだと暗に示す態度もさりげなくそう提案した。好子の表情は洗顔あとのように歓びを隠せなかった。
一同席を立ちかけたとき晃一は足がふらついているのを感じたのだが、店の外に出てみるとすでにその感覚も夜気に溶けだしてしまったのか、次の酒場を選択している森田らの声を遠くに聞いている茫洋とした自身を発見し、それがまさに酔いの証拠だと、揺れる小舟が大海に身をまかせる方便であることに大きく首肯するのであった。


[56] 題名:まんだら 第二篇〜月と少年15 名前:コレクター 投稿日:2009年05月18日 (月) 05時33分

麻菜と格別に込みいった会話を進ませた記憶もない、数日たってその夜のことを思い返す度にまず狼煙のよう上がってくるのは、くだんの老成を先取した、完熟トマトみたいに鮮やかな内にも酸味を残すことを忘れない、夕陽を彷彿とさせる笑みであった。
隣席の好子は森田に婚約者のことを懸命にあれこれ話している様子だったのだが、すでに酔いがふたりの会話を切実なものから、云うまでもなく曖昧なものに鳴り響かせてしまい、むろんそうなると彼らの話し内容は、窓の外でとぎれとぎれに跳ねているにわかの雨脚のようにも思われ、気にすることもしないことも可能な、あの適当な雑談のなかに消えてゆく宿命をほんのわずかだけ憂慮してみせる。
また、それはまったく違う形で晃一と麻菜を、いわば彩るのであった。
「西安さんったら、夏風邪とか言っちゃって、そんなに二週間近く長引くものなの」
多少、鼻息が荒くなりかけた好子が自分の未来の伴侶を叱責しかけると、森田はいかにも落ちついた口調で、
「あっそう、二週間ねえ、実際は先週の終わりからだっけ」
すると好子は、あたまのなかで指折り数えているふうな目つきをして、
「えーと、今日で八日目」
彼女以外、酔い加減は均等に自分にもまわって来ただろうと云う、実感のあった森田から見れば、好子の素面さが、逆に酩酊の調子に見紛われて揺れ動き、奇妙な錯覚へと支配されてしまうのだった。
日数を上げてみたその声は、通りがよかったせいもあり、麻菜と晃一のふたりにとってみても、目線が交互に相手の顔の上を横切って、これこそ酔眼の証拠と呼べるかもしれない断続的な効果音と化し流れてゆく。
「磯野くんって、東京では彼女いたの」
「ええ、まあ、軽い感じで」
「軽い、それはどういう意味」
最後の意味という語が半音下がり気味にのばされる。
そこに、好子の具体的すぎる数字が差し挟まれ、答えには直結しないものも、想像の枠内からははみ出しはしないだろう艶めいた推察へと香って、まるで異国の言葉のように、その花びらのように、ひとひらこぼれおちる。
あるいは、「何となく、わたしを避けているみたいな気もするんだけど、あのひとは今までもいっぱい彼女つくってきたから、避けるふりして試されたりもされてるんじゃないかって、、、」
森田は、束の間の無言も間合いを見抜いてみたというふうに、
「考え過ぎだと思うよ」
そう言った語感は単なる説明からあきらかに超脱し、未だ見知らぬ情感へと勝手にたなびきながら、
「あのさあ、さっき少し聞いた、三好荘に戻ってきてる娘さんいるよね、わたしも知ってるよ。森田さんと同い年じゃない、子供のころよく遊んでいたって」
そこから麻菜は幾分か声を低めにして、横目でちらりと森田の方を目配せして、
「ひょっとすると、前からあのひとのこと好きだったりして、、、」
と、情熱が積まれたた倉庫内の反響みたいに、けれども日陰に安置させるべく、ひんやりとした声色はすぐ後に続く森田の冷静なことばを察した呼び子となり、こうしてふたりの間を繕うかの如く、一片のことの葉が舞おりる。
夏いきれから開放されたかの、青葉が夜陰の空気に抵抗受けることなくここまで届けられるのを、晃一はまたもや奇跡のなかへと静かに沈めようとしたのだった。
何故ならば、ときおり停止される、麻菜の柔らかに磨かれた瞳が、あまりに時間的配慮を欠いた刺激となって己の胸に突き刺さるのを、今はとりあえず避けなければと感じるからであった。
反面、もう少しの余裕が、つまりはこんな進行具合がまるで映画のように思われ、クライマックスを嫌がうえにも期待させるからであり、それにも増して決定づけられたのは、唐突に発せられた麻菜のひとことにより強烈なときめきを知らされたから、、、
「ねえ、わたしみたいな女性はどう見えるのかしら」
比呂美に対する禁句が、まるで短冊にでも書かれているような現実性をまえにした晃一は、そのとき萎縮しながらも、微熱が呼び起こす不遠慮な風が、短冊の裏側を覗かせてくれる希望を抱いた。
パンティが脱がされる以前に、蠱惑のふとももがあらわにされるように、その為には禁断のスカートが強風であおられる様を乞い願うように、、、


[55] 題名:まんだら 第二篇〜月と少年14 名前:コレクター 投稿日:2009年05月18日 (月) 05時09分

麻菜や森田らの断続な会話の流れは、更けゆく夜の気配を招きいれたとでも云うようにして、十分に明るい店内へと忍びよった微風の如く、一層こうして対座している場面を、テーブル上に運ばれている各自の飲み物や料理の並び方を、それとなく意識させる、あの読点に似た間合いを覚えさせさない流麗さでもって、晃一の皮膚全体へめぐってゆくのだった。
ほどよい刺激が産毛まで揺れさせてしまうように、そして微かに開かれつつある毛穴へと浸透してゆく際の、肉眼では窺い知り得ない暗部へもひかり差し込んでいる想念は、転じて目に映る身近なものをより鮮明に輝かせる。
すると、照度は視覚との均整を保つ為であろうか、まるで透明なビニールシートで覆われた物体を目の当りにしたときみたいな、興味本位な親近さが最前より備わっていたかの光輝を放ちはじめる。
奥行きはせばめられ、均一化された、白々しい光線を浴びてでもいると云うように、、、だが、日常の方向感覚とは異なった、浮遊した無限性をそこに見ようとしているのは、やはり、酔い心地のなせる技だとしたら、確かにすでに箸で何をつまんだのか、ビールのグラスを半分以上飲みほしたのが、どれくらいまえの時間だったのかを気にかける必要もあるまい、、、
「きっと瞳孔が小さくなってるんだ」
晃一のため息にも似た、こんな想いをしたたらす様子は彼を取りまく人たちのなかへと、目に見えない風となって届けられたのか、自分の感情を振り返るまでもなく、まさに手をのばせばすぐそこに相似形の海綿となって、今度はこちらへと急激に近づいてくるのだった。
波の合間と水しぶきが、お互いに距離を量りつつ、空隙を形成し合うように。

麻菜と好子は、思わぬ本音が飛び出したということさえ忘れてしまったのか、先程までの結婚観まで尾を引きかけた遣り取りが、偶然の間合いでもあるように、しかし、実際の注文が酔いの空間でエコーしただけなのだが、並んだふたりの間を裁断する具合にのびてきた店員の腕まくりされた手によって、ちょっとした一息を入れるタイミングに仕上げられたのである。
「あれ、またビール頼んだの、わたし、ビール飽きちゃったから、焼酎おかわりしたんだけど。あっ、磯野くんのじゃない、わたし、すこし酔ったのかなあ」
笑顔が笑顔である為に、抑揚を増幅させることで、例えるなら、よりボールが大きく回転するようためらいなく表情が刻印される。
本人とは無関係の感情がそこに訪れてしまっているかの、荒磯の激しい波の意思にも似て。
そのとき見せた、麻菜のどんぐりまなこは、反対に受光を狭めたふうにも映り、尚もその瞳の底のほうでは相変わらず相手の全体像を飲みこむ勢いなのだろうけれど、その両脇に寄せられた数本のしわは、ちょうど蜘蛛の足を想起させる敏捷さでもって線引きされており、ときの垣根を飛び越えた加齢のあかしは、却って瑞々しい顔つきをそこに誕生させてしまい、少女と老婆を類比させようにも、発想の提起自体がはなから意味のないことを悟らすようで、あえて印象のありかを問うならば、それは瞬時にして美しく歪んでゆく、子供こころの無邪気さに由来しているのだろう。
まわりめぐって拡大されたのは、ひかりをいっぱい含んだ両目が時間に溺れてみただけのこと、、、その端に刻まれる不相応なしわが走る彼方など露知らずに。
麻菜の微笑み、それは晃一にとってみれば、ある異変とでも呼べる好感に変容されることであり、いびつな美しさにまとわれている現実として投げかけられるのであった。

ひとが恋におちいる寸前を、瞬間に冷凍されるこころ模様を、一気に沸点に到達したがる熱情を、あたかも時計の針をゆっくり、そう、ゆっくりとねじが宿した気丈な反撥をも介せずに、それがまぎれもない自然の営みであるように、巻き戻してみると、無に似たその区画は盲滅法、ちょうど小賢しい気な蟻の群れが乾燥した土のうえを這いまわる仕草を思わせて、けれども早送りされるように不自然な動作によく目を凝らしてみれば、どうにも無駄な起居かとめぐらすあの思惑にせめぎとめられるまでもなく、その微小な光景からはなんと馥郁たる香りの如く、機能美にさえ連なる渇きゆく臨場感を得ることだろうか。
更には、蟻たちが立てる点を喚起させるリズムの、なんと粘着質で優雅なことか。
潤いを求める口中に、一番最初に含み、流れ、浸透してゆくであろう、そんな瞬間。

わずかに不快ではない、耳鳴りを感じた頃、時計はもとのすがたを取り戻し静かに帰っていく、、、
面倒な、だが、未知なる恋ごころの旅すがたが、蟻の群れだったとすれば、晃一は砂の一粒一粒をかき分けてみればよかったのである。


[54] 題名:まんだら 第二篇〜月と少年13 名前:コレクター 投稿日:2009年05月04日 (月) 05時37分

この季節を感じることは、もうすでにあきらめにも似たやるせなさで上着を脱いでしまっていると云う、そもそも夏着に裏地などと辻褄の合わない道理をあてがいながら、ほどよく袖が抜けていく気楽さと遺憾を途上にて受理する風趣にあった。
安閑としてるのは抗うことに意味を求めようとしない摂理、そして心残りなのは、また幾度かめぐって来るだろう夏日に対する憧憬をねじ曲げてみた拘泥。冷房が行き届かない為か、いや、むしろ情趣を重んじるために開けひろげられた縁側に置かれた扇風機の生暖かい風を得る、安息にも似た静止された望み。
少年が振り返る郷愁は美しくも歪んだ過剰によって、ちょうど近視なのか遠視なのか見わけのつかない眼鏡をかけてみるときのように、期待が増幅されたまま後方へと追いやったはずの光景をすぐ様たぐり寄せるのだった。
その反射神経こそが瞬発力だと己惚れる拡大鏡をふんだんに活用しながら。
晃一の微熱は体内から発したものではなかった。それは季節が、このまちが、自分をとりまくあらゆることが、ひかりごけに類する作用として彼を呪縛せしめているのだった。もちろんそんな効能を感知していないわけではない、何故ならば、少年が育んだのは自ら霊媒師となって宣託を受けとろうとする現実にあったからである。
酔い心地は宵闇ににじみながら小さく閃光する花火のようだった。

一皮むかれた晃一の意識には先程までの転化する視線の分配が、あたかも天啓によって導かれることによって解かれる方程式の如く、整然とした活路で開かれている。
麻菜による人なつこさを身上とした根掘り葉掘りの質問に応えると云った流れは、すでに平静のうちに水路を抜けるようたおやかになびき、ことさら生硬な理屈をこねてまわすまでもなく如何にも自分らしさを未熟な思念のまま含め伝えることで、ときには集中し聞き耳そばたてる好子や森田の表情の肌理をなぞりながら又、冗漫な加減で茶化すことも忘れず、こうして注視されることに快感さえ発生している情況を作りだしているのだった。
学業を放棄したのは単に学歴社会に疑問を持ったとか、田舎暮らしに憧れたのも自然回帰的な安易な発想ではなく、あくまでひとつの選択肢として思慮された結果であること、最終的には両親の意向をくむ形に落ちついたから今があるのであって、自由などと放言してみたところで本当の意味での解放には繋がらないし繋げようとも考えていないと云う不遜な態度を率直に述べてみると、これは晃一自身も覚悟していたのだったが実際は思いもかけず、若気の至りなどと紋切り型の反応がかえってくるのか案じた予想を裏切り、
「けっこう、そういうのって恰好いいじゃない。ちょっとした反抗よね」
「どうかなあ、本人にとってはちょっとどころじゃないと思うんだけど、流れを自分で変えてみたかったというのはわかるような気がするな」
など、ふたりの女性が交互にうなずく様子は以外な調子を打ち出して、
「そうだよ、おとなになったからって分別がしっかり出来るものでもなし、好きなことをやれるうちにやっておくのも悪くはないよな、もっとも後悔さきに立たず、かどうかは知らないけど、誰のものでもない自分の人生だからね。寝た子を起こすべきか、寝かしたままにすべきかは誰の判断でもないよ、俺もえらそうなことは言えないけどね、、、でもひとそれぞれさ」
と、少しはにかみを面にしながらも笑みが突然引きしまったふうな急ごしらえでは決してなく、余韻のなかにそれまでの姿が残り続けているよう接続点をも感じさせない森田の表情ある言葉を噛みしめ聞き及ぶと云う自賛へ高騰していくのだった。
こうやって初見の人たちも含めた共通の認識の裡に自分がいると云う事実は、晃一に別の陶酔をもたらす。
「それで、親戚の家の居心地はどうなの」
その頃にはこのまちへとやって来た初日の感想なども、年少から温め続けた卵のように柔らかに、しかし程よい熱意で大事に扱うことを貫きながら語りだし、現実にも則していった順化の行程に足もとをとられているのが他人ごとのように小気味よく、ついつい口が滑ってしまいそうになる比呂美の魅惑を押し殺しているのも不本意かと、もたげる肉感の原色に染まりかかる背景を怖れつつも窺い、それでいて震わすのど仏との共存を配慮してみたと云う、葛藤のあとを胸のなかに沈みこめる節度も讃えることで、けばけばしい色合いは薄められ淡い恋情となって溶けだしながら、やはり秘匿された宝石箱の内蓋のようにその光彩は軽減されることなく、閉ざされたまま、あらたな領域を人知れず照らしだすのだった。
そして、こう云うふうに晃一を喋らせた。
「奇跡は自分で発見するものですよね、ひとからあたえられるものじゃなくて、そう思ってました、いままでは。でもこのまちに来てから少しづつ変わり始めました。あっ、はい、居心地はすごくいいです、綿菓子のうえに乗っているみたいな感じがします。ちょっと底なし沼のように抵抗感がないのが大変ですけど」
すると、麻菜はすかさずにこう言った。
「なら、その綿菓子を食べちゃったらどうなの、案外と早く底が見れるかもよ」
ここに来て痛烈な光線は人為を経ることで危険信号となる以前から、光明によりあらかじめ内包されているかの如来蔵をあらわにする。
瞬時に網膜へと到達してしまう運命を呪いながらも、生命を賛美するため幾層にも重なる音階の裡に最も相応しい諧調を得る、牽強付会となって発動されるであった。


[53] 題名:まんだら 第二篇〜月と少年12 名前:コレクター 投稿日:2009年04月30日 (木) 06時43分

「ねえ、前にどこかで会ったことあるような気がするんだけど」
「そんなはずないさ、磯野くんはこのまちに来てから日が浅いし、どうして麻菜ちゃんが知ってるわけ」
早すぎるのでもなく遅すぎるのでもなくしてふたり連れが現れると、晃一はすでに酔いが全身をまわりだしたのを感じたのだったが、高校の頃にも似たような感覚を保ちながらそれでも相当量を痛飲したことが思いだされ、別段呂律が怪しくなったわけでもなし、ただひたすらに心身が上昇していくのが確認出来るのだった。
「うん、そうなんだけど。まだ十八でしょ、、、きっと誰かの面影がかぶっているのかなあ」
ただでさえ丸い目を思いっきり見開らきながら、しげしげと値踏みでもするふうに迫っている視線を避けることはまだ晃一には難しく思われ、悪気はないにしろ露骨な目つきにさらされている実感は、酔い心地を差し引きしてみても少しばかり釣りがくるのだけれど、それはある意味ぜいたくな自意識の残余でもあった。
テーブルをはさんで男女対座する恰好の配置は、初めてのふたりからしてみれば当然合わせもった好奇の的となる。
むろん晃一の方でも森田からそれぞれの名を告げられた直後から、果たしてどちらが妊婦なのか、また年齢差はなどと見定める意欲がわき起こっていた。
晃一の真正面が青井好子で、その隣の席で大きな目を光らせているのが上戸麻菜だった。
飲みものの注文をとりに来たときには好子が、今夜のいわば発起人であることがさとられた。話しぶりから察するところ麻菜の方が若干年上だと思われたのだが、目もとにべったりと塗りこまれた原色と呼称するのが適切なくらいのブルーなメイクが、好子の第一印象を決定づけてしまって方や自然な団栗まなこと比べてみると、異質な対照がありありと見受けられ両者の個性が同時に飛びこんでくるようで、増々年齢不詳を募らせてしまう。
「あっ、焼きそば、おいしそう」
そう言って好子が注文した品を横合いから奪いとる手際も悪びれたところがなく、そんな麻菜の幼さを晃一は高いところから低いところを見おろすときに似た、爽快さでもって眺めているのが転倒した立場であるように意識され、言い様のない親近感を覚えだした矢先、反対に視線を送るがわから送られるがわに転じていることを痛感してしまうのだった。
森田は彼女とはかねてより気心が知れているらしく、必要以上のプロフィールを晃一に示すことなく酒宴は続行されてゆく。
ウーロン茶をすすりながらもこの場が楽しくて仕方ないと云った内心が隠しようがないのは、やはり森田からさきほど説明された好子の微妙なこころ模様なのだろう、焼酎片手に今度は水餃子をつまみだしては無邪気に喜んでいる麻菜の微笑みとは別種の開放感がかいま見える。
「そうよ、梅男さんの言う通り、麻菜ちゃんの思い過ごしだわ、ついつい目新しいものに理由づけしたがるのは、欲深い証拠かもね」
平然とした口調なのだが、濃厚な化粧の奥からかがやいている瞳の崇高なまでの優しさに、晃一はたとえ先入観があったにしろやがては母となる運命の底知れないちからを感じてしまい、その皮肉めいた言い草には本来宿っているべきものなど実はないのだと云う、不思議な予言を教えられているようで感心してしまったのだが、そんな逆説を放っているのは現実の妊婦であり、しかもすぐ後で知った好子の年齢、、、まだ二十歳であることが奇跡を呼び寄せるための装置であるかの早熟な態度と醒めた幸福感、、、少しばかり年かさであることがここまで大きく開きを告知していることに初めて触れるのだった。
とは云え、晃一の穿ち過ぎもまた同罪であるのを次には知らしめるように、
「何よ、あんたは結婚するからいいでしょうけど、つかみとれない人間はいつだって右往左往しているものよ、去年まで半べそかいてた癖に」
ついむきになってしまったと言いた気な、しかし、攻撃的にはけっしてならないむせこみながら語尾が下がってゆく麻菜の音調に同感してしまうのも、切なさを共鳴しているようでふたりの言い分に振りまわされている自分が浅薄に思えてくる。
だが、そんな主体性のなさ加減に自由をあてはめてみるのも、悪くはない禁じ手だとしたらなどと、ぼんやりした意識がぬくもったのはやはり酔っているせいなのだろうか、そうこころの片側をやんわりと見返してみるのだった。


[52] 題名:まんだら 第二篇〜月と少年11 名前:コレクター 投稿日:2009年04月30日 (木) 04時24分

待ち合わせ場所の公園付近まで自転車を走らせた晃一は、夕闇がひろがりだした敷地内を鬱蒼と覆うよう茂る木立の影にひとり佇み、携帯を操っている森田の姿を一目で見てとった。
「あっ、森田さん早いですね」
と自分も時間より早めに来たつもりだったのに以外な先手でもあるかのような気後れがして、しかし、おとなを待たしてしまったと云う妙な優越感も同時にわき起こり、自転車のうえから思わず大きな声を出してしまったのである。
そうして小走りするよう人影との距離を縮めてゆくと森田は、
「いあや、さっき仕事関係のひとを駅に見送ったところだったんだ。夕涼みにちょうどいいかなと、ここは花見で何回か来てるけど、こうやって生い茂った桜の葉の下にいると何か変な気分なるね。懐かしいような、、、あっ、さっき知り合いに連絡したら、ぜひ来たいってメールがあって、いや、せっかくだから磯野くんの歓迎会をこめてって思ったもんだから。だいじょうぶだよ、女の子だから、花見に誘ってくれなかったとか言われたからいい機会だとね」
晃一は想像もしていなかった展開に追いつく間もなかったが、
「えっ、それって森田さんの彼女とか」
適当に動揺をさとられまいして素早く応対してみると、森田は苦笑を浮かべながら、
「あっ、全然関係ないの、よく飲み屋で顔をあわせるひとが今度結婚するんだけど、その本人が夏風邪で寝込んじゃって、で相手はおめでたでさ、風邪うつすとよくないからって何日か会ってないらしく、彼は目一杯気遣いしてるつもりなんだけど、彼女は冷たい仕打ちとか言いだす始末でね。これってマリッジブルーの一種かもって、気晴らしも必要だってことでちょうど今日の昼時にそんな電話があって、それなら今晩にでも彼女とその友達らを誘ってみるからと話してたところへ君から連絡もらったわけなんだ」
「じゃあ、先約だったんじゃないですか、、、」
「いやいや、むこうも磯野くんのことをちらっと話したら、えらい興味あるみたいでさ。それより迷惑だったかな、君の知らない子らを呼んだの」
すでに森田が語る詳細を半ばまで聞いていた晃一は俄然、先刻までの夕映えが再びめぐって来たようにこころのなかが朱に染まっていく。
「迷惑だなんで、違います、、、でも何か、恥ずかしいですけど、、、」
すると、森田はそんな彼のこそばゆい表情を慰撫するかの低めの口調で、
「女の子っていっても気さくでね、生憎その彼女ともうひとりしか都合つかなったんだけど、人数的にもいい組合わせだよ。おめでたさんだから酒を飲まないみたいだしね。帰りは車で送ってくれるって言ってるし」
と、まるで晃一の照れを呑みこむよう、そして自らに言い含むよう応えるのだった。

すっかり相手のペースに乗ってしまい、「自転車で、、、」と堅固な思考が働かないことをどこかで願った小さな回転は、期待通りの空回りとなって宵闇にかき消されていった。
それから一時間も経たないうち、すでに公園内の暮れは忘却の彼方へと去りゆき、あたかもかんな掛けされた木材が新鮮な芳香を漂わすように杞憂は剥ぎとられ、そこに新たに見いだされたのは紛れもない自由な精神であった。
公園の近くにある居酒屋の暖簾をくぐってから誘われたふたりの女性が訪れるまでの間、一応遠慮はしてみたものの予期するべきであったよう森田から、
「磯野くんは年齢よりいくつか上にみえるね。ビール一杯くらいはいいだろう、せっかくだから、飲めないなら無理にとは言わないけど」
辺りをはばかるようで、実のところその丁寧な口ぶりに恐縮した晃一は、不意に念頭をよぎった父の顔に乾杯の意を捧げなければいけないと云った、素晴らしい強迫観念を払拭するためにも、そして父が酒豪であったことも今あらためて思い出され、名も知らない洋酒の瓶や夏場になればビールの後でと、すでにテーブルに用意されているワインクーラーの冷たげな銀色をなぞる清涼な汗のようなしずくを横目で眺めているすがたが甦り、もの欲しそうな顔色を酔眼で読んでみたに過ぎないと言い聞かせるふうにして勧められたであろう、その白ワインのかつて憶えたことのない飛び抜けて引き締まった冷たさに驚いて、一気にあおってしまったあと口のなかに父の秘密を味わったことが、こうして血をわけている証明になりかかるのであった。
晃一はそんな父を一刻も早く忘れようと、森田のうしろになにものも見ることなくビールを飲み干した。


[51] 題名:まんだら 第二篇〜月と少年10 名前:コレクター 投稿日:2009年04月30日 (木) 04時23分

翌朝には初々しい陽光がこのまちすべてに降りそそいだ。
もっとも晃一は昨夜は寝つけないまま、いつの間にか眠りおちたのかと思えば、うつらうつらと意識が彷徨して夢見なのか、こちら側での感情のこわばりなのかよく分からないうちに夜明けを迎えた。
あれから、比呂美は盆に乗せた麦茶のポットとサッポロポテトバーベQあじ一袋を置いて、別段会話もなく「おやすみ」と言って晃一の視界から消えていった。
内部に暴発した原液はいつになく大量放出されたようで、と云ってもこんな醜態は初めてのことであり(一般にいう夢精の経験もかつてなく)どれくらい噴射したのか比べようもないのだが、とにもかくにも比呂美をまえにしてよだれを垂らすように、いや、それの何倍も羞恥が塗りかさなる痴態は、晃一を未知なる複雑な領域へ連れこんだのである。
日中には当然比呂美と顔を合わせもし、来客の段取りで用件を伝えられることも何らいつもと変りないのだったが、しかしその日常の微動だにしない有様が却って晃一の胸中を煩雑なものに生成した。
台風一過の青空のもと、忘れものを探しているのかようにときおり地を駆ける突風となって、、、
やがては追い風にあおられる宿命を信じたいが為に、姑息な避難場所に身をひそめてしまう惰弱を知るが故に。

晃一が願ったのは夕立ではなかった。これからの季節に長雨は降らない。あの夜のことがもう数週間も数ヶ月もまえの想い出となって胸をひりひりと焦げつかせる。
「たった三日した経ってないのに、、、」
その夜、三好から明日は泊まり客が少なくなるから休みをとるように言われたこともあって、休日には恒例となっている自転車の町中巡りを考えていたのだけれども、この三ヶ月のあいだ方々を走りまわったことだし、かねてより誘われていた夜のまちへ探訪してみるのも一興だと、早速その連絡をとってみた。
「もしもし、磯野です、はい、三好荘の。ええ、お酒は飲めないわけでもないのですけど、僕まだ未成年ですから、いやあ、食べるだけでけっこうです。はい、それでは、あと一時間してから、駅前の公園のところですね。わかりました、それでは」
このまちに来てすぐ三好から、
「この人はむかしうちに食品を納めてくれてた森田商店の息子さん、もう随分まえにここの親父さんは廃業したんだけど。息子さんはいまは会社勤めしてるんだがね、釣りが趣味なもので、うちのお客さんと釣り場の情報交換をしてくれてるんだよ」
と言って初日にたまたま顔を出した青年を紹介された。
年の頃は二十代なかほど、眉目のつくりが明確で派手な風貌なのだが、その割にはどことなく落ちついた雰囲気が全身を嫌味なく透過しているのは、その茶色がった虹彩の澄み具合によるもの、ちょうど抑制される感情が自他ともに静けさをもたらすことに似ている。
「どうも、しげさんから聞いてたけど、今日着いたんだね。よろしく」
と言ってさりげなく名刺を取り出した。

それからから所用でまちへ出ることがあると、森田のバイク姿を見かけて軽く会釈すると、「やあ」と云った笑顔を返してくれ、また三好のところにも頻繁に訪れる度に色々話しかけられて、晃一はきっと近いうちに懇意になるかも知れないと内心期待もし、それはいくら孤独癖を深めようにも実際は隔絶した情況に居るわけでもなく、多様な関係にとらわれるまでは行かないにしろ、ある程度は世間の風を受けてみるのも自分の軽やかさを育むような気がしたからであった。
三好からも比呂美の帰省話しの流れから森田のことを聞かされ、
「梅男くんはうちの娘と同い年でな、結婚も早かったんだが去年の秋に別れてしまって、子供が欲しいと言ってたけど出来ないままでなあ。家庭を大事にする気性のよい子だったんだけど、やっぱりむこうとの性格があわなかったんだろう、おんな遊びをするわけでもないし、、、」
などと近々出戻ってくる自分の娘の心情をくんだ侘しさを、そこに重ねあわせるよう語るのが晃一にとってもどこかしら胸に染み、ちょうど雲間からかいま見える青空に却って哀愁を覚えるような、先行きの懸念が物語のごとく培われるのだった。


[50] 題名:まんだら 第二篇〜月と少年9 名前:コレクター 投稿日:2009年04月28日 (火) 05時40分

それから幾日か哀しみなどにも想い馳せることなく、夜気を迎え入れては白々と煩悶を刷くのだったが、そんな虚構のうちに循環している情欲がいつまでも平穏に保てるはずがなかった。
ある大雨の晩のこと、地面を叩きつけるような雨脚と樋をつたう激しい水流の為、いつもなら敏感に耳を澄ませる足音への警戒がなおざりにされ、と云うのも梅雨明けからの久しぶりにまとまった降水で洗われているかの感覚が先行してしまって、嵐が吹きすさぶ興奮にも似た作用が晃一の雑念を払拭したせいもあり、極めて危うい情況を呈したのであった。
「おそらく勘づかれたかも、、、」
時折だが、特に来客が多く繁忙な日の夜半には、冷たい飲みものや切った西瓜を比呂美なり彼女の母が、晃一の寝起きする別棟の二階部屋まで差しいれてくれることがある。
一階は商家ふうのガラス戸をひき開け、土間になったところには晃一や三好の自転車、雑貨類に燃料などが置かれており、その先にある六畳の間の左から階段が上っているのだが、主に響くのはガラス戸の軋みであって(六畳間はほとんど開放したまま)しかも二枠に収められた大きな硝子なので、二階にも振動としてよく伝わるのだった。
ジャージの上下は作業着と云うよりパジャマ替わりに着衣されていて、ベルトもファスナーもない気楽な着心地は又、儀式の際にも下着ごとずりおろせる手軽さがあった。
激しい雨が窓のそとから部屋のなかまで煙って来そうな陰湿さは、決して不快な気配を室内に誘致したわけではなく、むしろ晃一にとって一種の静寂をもたらした。
雨音に対し知らず知らずの裡に意識が沈みこんでゆく、、、暗雲たれこめた夜空は判別つかない遠景を一層曖昧なものにして行くと、難なく山稜を潜伏させた意思もやはりくみ取れないまま、星のきらめきを乞い願う闇夜の憧憬に対し柔らかに応えるように、たより気ない外灯のあかりは、降りつける線状の雨を瓦屋根がきつく跳ねかえす様を、そこに少しだけ情趣が醸し出したふうに意地らしく光らせるのであった。
夜が眠りを忘れ去ろうとしているのではないかと、想い募らせた子供ごころをなだめ満たしてくれるように、、、

晃一の夢想は幼年期の未分化なこころが性的な濁色で配合されだした日々を、憎み愛した。根もとからの噴出は快楽によって愛憎を無辺の虚空に希釈させ、徹底した快感を培養することで、現実の秘めごとは独白の根底に潜水してゆく。
とろみをもった精のあふれは清色の、清水の、抽出液だった。少年には破壊的精神は存在しなかった、ただ、過ぎゆく時間に向き合った時限爆弾の仕掛けみたいな、何もかもかが静止する緊縛の予感を怖れつつ崇拝した。
傷つけられる時間から逃れることが不可能である故に、目を耳を鼻を口を皮膚を、そしてさまよい出そうになる魂魄を逃がすまいと懸命になったのである。
いつもは階段を踏みしめるときに生じるだろう、空気の上昇の気配でそれが誰なのか晃一は推断した。
しかし、極点に達しかけた逸楽と強雨が障壁となってしまった。障子のむこう側から「晃ちゃん」と比呂美の声が届いたときには、あわてふためくよりも全身が凍りつく反応がいち早く、せめてもの救いは背後より不意をつかれたことで、それはすでに開きだそうとしている部屋の光景をあからさまに露見する危機を辛うじて回避させた。
障子に手をかけ比呂美が現れる、、、引き下げられた股間に固く火照った陽根は今にも噴射寸前だった、、、縛られたからだにも関わらず背中の眼が、うしろの様相を鋭く察する、、、比呂美は自分のあられもない姿を瞬時に見極めてしまう、、、だが、彼女にしたところで思いの外に違いない、きまりが悪いのは秘ごとに遭遇した者同士が抱き合う、恐怖による密着劇と同じ情況、、、
咄嗟には、言葉も態度も表情も作られはしない、、、晃一にはそんな保身をはかる一抹の余地が残されていた。
局部の露出を免れた態勢から両の手をさっと離して火照りをズボンのなかに隠すと、大様にふりかえってみせるのだった。そして、うつむき加減なのも仕方がないままに、
「びっくりしたぁ、大雨の音でわからなくて、何かドキッとしちゃった」
と如何にも意に介さない素振りを示したのだったが、すでに背中の眼が察知した怪訝な面影はそこにはなく、普段通りの微笑が、けれども晃一のこころに触れることをはにかんでいるような生真面目さが、赤面を催させる湿気を帯びた部屋にひろがっていた。
一呼吸つく間もなく、安堵の念とともに比呂美の顔色をうかがったその時、晃一は根もとから急激に噴き上がってくる源流の勢いをどうすることも出来なかった。


[49] 題名:まんだら 第二篇〜月と少年8 名前:コレクター 投稿日:2009年04月27日 (月) 04時55分

晃一の儀式はこのまち赴いてからその夜、再開された。いや、儀式などの形式ばった天井を吹き破った、無礼講による解剖室の祭典と呼んだほうが実質に近い。
ならいっそはっきりと「自慰」と言えばよいものだが、少年には少年の曲がりなりにも美学が息づいていた。むろん独断的な美学ではあるのだけど、性衝動を対峙する姿勢には、単に欲情を抑制するだけの禁欲精神では不十分であり、肝要は性欲の対象といかに関わりあうかと云う命題に集約された。
それは、色欲による意識の変遷などと云った、官能小説における心理分析とは態度が異なる、もっと科学よりの自己解剖だった。
あの納戸部屋から大皿二枚を抱えて厨房へ戻った晃一は、そこで初めて箱から出された藍色の陶器と対面した。
「昔からここは旅籠だったこともあって、これは、なんでも戦争前からこの家にあったらしくてな、無銘の焼きだが、見てみろや、この鯉のなんともいえない跳ね具合、それと何も怖れていないうっとりした目ん玉、こう云うのが生き生きしてるってことなんだろうな、、、」
三好は年に一度使用しするかしないかの大皿の絵柄を調理台に乗せると、蔵出しされた祭具にでも見立てたふうに、しみじみとながめながらどこか遠いところを懐かしんでいるような表情で、ひとり言ともつかない声でそう言った。

晃一は儀式の最中にその言葉が、とぎれとぎれに、又少し語彙が差し替えられ、だが結ばれる意味は決して明白でない、それは徐々に高まってゆく快感により蒙昧とした霧にさらわれだした意識の乱れを受容しかけた、次元の異なる言語作用であり、肉感以前のまだ耽溺にいたらない不器用な夢想への導入部だった。
握りしめた掌は弾みがつきはじめ往復が激しくなるに従って、整頓された言葉は水気を含んで紙のように溶けだし滲み始めると、語感もおぼつかない混濁した想念が無作為に、時には強引に脳裏の片隅から呼び戻しながら、ところかまわず飛来してゆく。
絵皿の目は、まさに宙へと跳ねあがって、己の恍惚があふれる源はは眼窩へと貫いていることを思い知ることとなる。
それから性急なまでに追い立てられ濃縮される断片図は、変容の度合いも不安定なまま、白熱を帯びた女体像へ思いめぐらすと、様々な角度から照らしだしては、反対に翳りで覆わせつつ糜爛した恥部をかいま見せ、更には局所から周辺へと満ちゆく潮の如く、肉塊が、**が、くちびるが、睫毛が、鼻孔が、或いはふぞろいな**が首筋へと連なる様子が、欲情によって還元され不確かなうちにも、ある特定の面貌を形成しようと躍起になる、、、
抵抗することなく引き受けられる、横顔、長い髪、白い肌、ゆれるまなざし、尊厳さえ漂わす色香、なめらかさを想起させることで乱れを強調する荒れた素肌、、、比呂美の顔、、、得体の知れない微笑から覗かす唾液に濡れた歯、、、梨花子との乾いたふれあい、否、怯懦で乾ききっていたゆえの無骨な覚悟、、、可能性さえ覚束なかった隔絶した性欲の対象、、、間を置いから押し寄せる後悔の念とあらたに陵辱が入り混じった攻撃的な偽装の本能、、、
しかし、何ものにもまして確実に陶酔を約束するそんなうしろめたい情欲を晃一は信頼していた。背中に注視を浴びながら舞台から消えゆくときに押し寄せる余韻のように。
夢想の輪郭は浮上しかけたかと思えば、今度は虚実ないまぜになった様々な首がそれにとって替ってしまい、ぐるぐる水しぶきをあげながら旋回するモーターボートみたいに視点を抑えることの至難さを投げつけているかと云えば、そうではなく、却って回転する独楽を見つめるときに生じるあの澄んだ情動にも似て、何色かの色合いが高速により単一の、しかし風化したような、液化したような、純然たる化学反応の悦楽となって生体へ一直線に打ち響いて来るのだった。
巻き戻される映像、、、パンティがいかがわしい手つきでゆっくりと脱がされるときの、そうやってあらわになる黒い茂りようの、自由になった剥き身が開かれる際の、あらゆる欲望がその一瞬に収斂されるかの狂おしい閃光は、幾度となく繰り返すことで、まるで金打ちされる刀剣から飛び散ってゆく、熱く冷たい火花となって過剰な目くらましをあたえ続けるのだ。反復される残像こそが最もの刺激となる。
引き下ろされるパンティはこうして無限の日めくりと化し、晃一に至福の白夜を過ごさせた。




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