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11・軍神の混みあう沖や虎落笛
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投稿者:剛
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(2013年12月13日 (金) 06時59分)[2508] |
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(剛 惠美子 杏花 孝子 進二 紋子 眞佐子 循子 宜子 保子 主宰)12点
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月番 > 軍神として祀られるのは限られているようだが、この句の軍神は海軍、船に乗って海に沈んだ数多の人達の鎮魂の趣があるようでした。 (2013年12月14日 (土) 20時29分)[2534]
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循子 > 開戦日を思いました。軍神とありますが、海や空に散った人々はいうまでもなく、戦にかかわって命を落としたすべての人々への鎮魂句と思いました。 残念ながら、多少の既視感があることは否めません。季語に疑問もあります。それでもこの時季、作者の素直な感慨であろうと思って、採らせて頂きました。 (2013年12月18日 (水) 11時12分)[2557]
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榮一 > 戦後68年。それでも消えないものがある。虎落笛は時として 心の中まで攻めるのあろう。消えない過去もあるのだろう。重たいのは激しさゆえであろうと思う。 (2013年12月19日 (木) 11時08分)[2572]
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剛 > 古くは勇猛な戦死者の軍人を神格化して軍神と呼んだ。最近読んだ本に、海軍の予備士官であった平野邦雄さんの著書「私の「昭和」」によれば、終戦の年の4月に沖縄に向かう途中、アメリカ軍航空機の集中攻撃を受けて沈没した不沈戦艦「大和」には3,000人以上の乗組員が乗っていたそうで、生還を果たした人もいるが、多くは九州沖の海底に眠っているとされる。連合艦隊の最後は真に痛ましい。大戦中は第二国歌と呼ばれた、万葉集の大伴家持の「海行かば 水漬(みづ)く屍(かばね)」を思い出すに至った。 (2013年12月19日 (木) 18時19分)[2582]
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孝子 > 高校時代の本、きけわだつみの声だったか、学徒の書を思い出しました。 (2013年12月19日 (木) 22時11分)[2587]
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剛 > 梟夢庵先生でした。 (2013年12月20日 (金) 16時25分)[2600]
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