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[10] 佐藤康光九段-泣き続けるだけではなく-
JC IMPACTU (/) - 2011年05月02日 (月) 09時50分

佐藤康光九段もまた羽生世代のひとりである。今、盤側の談話室で考察している森内九段と比較すれば、この二人のタイプの違いというものがある意味、際立っていて実に興味深い。

森内九段と中原誠十六世名人の姿が私には重なるし、佐藤九段には米長邦雄永世棋聖に通じるおかしさがみられる。例えば記録係をしていて、居眠りし、対局者に何度も起されたなどというエピソードを有する棋士というのは珍しい。このスレッドで具体的に紹介していきたいが、起こした棋士は優勢だったものの、記録係に気をとられたのか、結局はその将棋を落としたそうである。

ビストロ氏に通じる面があるのかもしれないが、佐藤九段は勝負に負けると「泣いた」そうである。森内九段はそのようなことはなかったという。

達人戦に佐藤九段が優勝したのはいつだったか、私はその時のインタビューを囲碁・将棋チャンネルで視聴した記憶がある。米長永世棋聖ほど突き抜けてはいないが、対外的な発信としては、なかなかに面白い方だった。良識ある、嫌みのないユーモアである。

芹澤博文九段がある時の中原VS佐藤戦を解説して「凄い若手が出てきた」と絶賛したことがある。その時の次の1手もおいおい紹介していこう。私は芹澤九段のファンでもあったから、氏が評価する棋士は、それだけで好きになってしまうという面がある。

森内九段と比べながら読んでいただければ幸いである。

Pass

[15]
ビストロ (/) - 2011年05月05日 (木) 10時26分

佐藤九段は、(棋士はみんなそうでしょうけど その中でも)稀代の「負けず嫌い」だと思います。

負けて布団をかぶって泣く。
それはいいとしても負けるのをひきずりすぎる。

羽生さんは、外見上は負けを引きずらない。
これは「また勝ってとりもどせばいい」という自信なのか
「負けは負け仕方ない」と割り切れるからなのか
「死ぬほど悔しいけど表に出すと損だから出さない」のかはわかりませんが、羽生さんほどひきずらないように見える人はめずらしいと思います。

その羽生さんの対極が佐藤さん。
昨年の棋王戦の第5局の後の佐藤さんの落胆ぶりは写真にも
ありありとあらわれていました。

(竜王のブログにもそういう面は見えますが)
十割勝てる棋士はいない以上、ひきずりすぎるのは勝負師として
マイナス面に働くこともあります。

 ま、これは性分ですから仕方ないですね〜

 佐藤さんは ファンが多いと思います。
 理由はわかりませんが、多分森内さんより多いでしょう。

 その魅力はなんでしょうね。熱狂的佐藤ファンである私もよくわかりません。

Pass

[17]
JC IMPACTU (/) - 2011年05月05日 (木) 23時21分

ビストロさん

私、昨日連盟の催事で佐藤九段の指導対局の模様を拝見していましたが、イベント終了直前、1Fのチャリティ色紙販売会場で「色紙は売れていますか」とスタッフの皆さんに声をかけていましたよ。立場上、色々なところに気を遣わなければいけないでしょうし、大変だなぁと思いました。

佐藤九段は竜王をとった翌年「慢心した」と小伝で語っています。七段が竜王になると、色々な意味で環境が激変するのですね。目標の喪失みたいな面があったのでしょう。

いずれここで紹介していきたいと思いますが「森内九段が自分よりも先に結婚するとは思っていなかった(笑)」のだそうです。勝負に生きる人というのは面白いですねぇ。

正直いえば、盤側にも以前書きましたが、私には今、特定の棋士に対してファンであるというような感覚はありません。それはもう少し前の世代でしたので。

ただ、この世代にはもっともっと頑張って欲しいとは思っています。そういう意味で、明日からの名人戦は興味がありますし、佐藤九段というのは「人柄の良さ」では定評がありますから、ぜひ名人戦にも登場して欲しいと願ってもいます。

Pass

[23]
JC IMPACTU (/) - 2011年05月09日 (月) 22時23分

佐藤康光九段-泣き続けるだけではなく-(2)

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佐藤と将棋の運命の出会いは、小学校1年生のある日突然訪れた。級友の1人が小さな将棋盤を学校に持ってきていた。マグネット盤ではなく、駒を盤にはめ込むタイプだったという。昭和50年代、少年たちの人気の遊びといえば、ビー玉や牛乳ビンのふたの取り合いなどで将棋もその一つだった。男の子は何かにつけて競うのが好きだ。級友たちは将棋に興味を持ち、遊ぶようになった。

佐藤も例外ではなかった。
「はまりましたね。何がそんなに面白かったのかよく覚えていないんですけど。やはり将棋は偶然性が少ないですからね」

勝って喜び、負けて悔しがり。考えることが大好きだった佐藤はたちまち将棋の魅力にとりつかれた。思えば運命の出会いだった。この時点では、将棋界を代表するトップ棋士になるとは夢にも思っていなかった。(中略)

将棋を覚える前は電車の時刻表を眺めるのが大好きだった。主要な路線の駅名をすべて暗記し、順番にそらんじていたそうだ。このあたりに「1秒間に1億と3手読む」と形容される驚異的な頭脳の片鱗がうかがえる。

習い事にも通っていた。特技のバイオリンは将棋よりも早く、4歳から始めていた。そろばん教室にも通っていた。(中略)自分の意思で行きたいと言ったのは後に通う将棋教室だけだった。

佐藤は昭和44年10月1日に生まれた。両親、弟、妹の5人家族。少年時代は京都府八幡市ですくすくと育った。近くにはカブト虫が捕れる松林や、オタマジャクシが泳いでいる池など豊かな自然が残っていた。特別に品行方正だったわけではないが「父親からはきつくしかられた記憶がない」という。下の2人はまったく将棋を指さない。正確に言えば、一度弟と六枚落ちで指したことはあるが、佐藤が容赦なく勝ってしまい、それきりだ。(中略)

将棋の面白さに目覚めてから、佐藤は加速するようにのめり込んでいった。とにかく寝ても覚めても将棋が頭から離れなかった。両親には将棋の本をよくせがんだ。初めて手にしたのは原田泰夫九段と観戦記者、田辺忠幸氏の共著である『早わかり将棋なんでも入門』。子ども向けだったので読みやすかったという。買ってもらった本は隅々まで念入りに読み返した。駅名を覚えたように、書かれている戦法名や定跡、格言などは自然と暗記した。好きなことに対する子どもの集中力は驚異的だ。
(「新手への挑戦」2009年6月・上地隆蔵・NHK出版刊より引用)
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佐藤九段も森内九段も、家庭の中で兄弟と将棋を指すという機会は殆どない。クラスメートが相手で、強く興味を抱き、自分で学ぶという環境を自ら作っている。好きだから、夢中になるから自ら向上への道をどんどん切り開いていく。私は色々なところで「好きの度合い」ということについて触れてきたが、ここでも女流棋士とは明らかに違うものを感じる。

そして、おそらく大なり小なり、奨励会で段位を取得する者のスタンスというものは、実は似たような「熱意」によって裏打ちされているのではないかとも考えている。でなければ、昇級、昇段はできない世界ではないだろうか。

四段に昇段できるかどうかはこれ、別の問題なのだろうとも思う。森内九段や佐藤九段のように努力すれば、同じようになれるかといえぱ、そうはいかない。これと同じである。

佐藤九段は森内九段とは、それでも歩んできた道、歩み方が違うように思える。次回以降もこのスレッドで検証してみるが、もしも森内九段、佐藤九段が棋界を担うようになれば、ある意味、中原VS米長に近いイメージが生まれるのではないか。私にはそんな気がしてならない。

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