【広告】Amazonから1月31日から開催スマイルセール!

「言葉の対局室・別館」リレー将棋対局室

本掲示板は「リレー将棋対局室」です。
リレー将棋や棋戦情報、詰将棋、次の一手検討などにご活用ください。
上記以外の「議論」に発展する内容は「言葉の対局室」にてお願い致します。
本掲示板では1スレッドの上限を100に設定しています。継続する場合は、新しいスレッドを立ててください。

合計 今日 昨日

ただいまの閲覧者

ホームページへ戻る

名前
メールアドレス
タイトル
本文
アップロード
URL
削除キー 項目の保存


RSS
こちらの関連記事へ返信する場合は上のフォームに書いてください。

[3933] 将棋語録 ――名言・迷言・珍言―― C
まるしお (/) - 2014年10月02日 (木) 18時01分

――――――――――――――――――――
 将棋界のいろいろな言葉を集めましょう。
 胸に沁みる名言
 「なんだこれは」の迷言
 「え、そんな!」という珍言
 発言者・出典・背景説明・感想なども
――――――――――――――――――――

Pass

[3938] 豪語篇(15)
まるしお (/) - 2014年10月03日 (金) 17時02分

「将棋は十三のときから始めたんですけど、もう十年くらい前から飽きちゃってますね」

―――前田祐司

「お好み将棋道場」解説中のひとこま(囲碁将棋チャンネル 2008年3月収録)
―――――――――――――――――――――――――――――――――

 前田祐司、五十四歳のときの発言。
 前田によると、この世でいちばんの発明はお酒で、これにはノーベル賞を十個あげてもいいと言う。

 「私も十五歳のときから呑んでますからねえ。全然飽きませんね、五十四歳になりましたけど。将棋は十三のときから始めたんですけど、もう十年くらい前から飽きちゃってますね、本当に」

 こういうことをテレビカメラを前にして堂々と言ってのける。
 このときの聞き手は甲斐智美女流だったが、笑顔で応じてはいたものの、さすがに驚きと戸惑いは隠せない。

 「将棋は飽きちゃった」なんて、これはもう棋士にとっては禁句中の禁句。
 しかし、守らねばならぬ建前なんぞ何のその、前田祐司はその建前を、いとも軽やかに飛び越える。

Pass

[3940] 愉快な前田八段(1)
まるしお (/) - 2014年10月04日 (土) 16時24分

「ねえ、お嬢さん、お酒の他に素晴らしい発明って分かる?」

―――前田祐司

「お好み将棋道場」解説中のひとこま(囲碁将棋チャンネル 2008年3月収録)
―――――――――――――――――――――――――――――――――

 「お酒の他に素晴らしい発明」とは、前田祐司曰く、「カラオケ」である。
 まあそれはそれとして、問題は、「お嬢さん」とは誰かということだ。

 なんと、前田八段、この放送の聞き手甲斐智美女流をつかまえて、「お嬢さん」とやったのである。
 放送時の甲斐は二十四歳。五十四歳の前田からすれば、まあお嬢さんには違いなかろうが、これから女流棋界を背負っていく逸材に対し、いくらなんでも「お嬢さん」はないでしょう!

 私も放送を見ていて目が点に(耳が点にと言うべきか)なりました。
 棋界広しといえども、甲斐智美を目の前にして「お嬢さん」と呼んだのは前田祐司ただ一人であろう。
 いやはや、愉快愉快。

Pass

[3976] 愉快な前田八段(2)
まるしお (/) - 2014年10月20日 (月) 17時08分

「このあとやってくれないんだ。ぼくの気分の良いとこは…」

―――前田祐司

銀河戦「前田祐司八段 vs 増田裕司六段」感想戦のひとこま(2013年9月25日 収録)
―――――――――――――――――――――――――――――――――

 第22期銀河戦Gブロック二回戦「前田祐司八段 vs 増田裕司六段」は前田八段の勝利。三回戦進出となる良い気分の白星となった。

 ただ、感想戦は主に増田六段の攻めの当否に集中。
 長い検討の後、結局、「この後はちょっと駄目です」という増田の言葉で感想戦もそろそろお開きという雰囲気になってきた。
 このとき前田から出た言葉が、

 「このあとやってくれないんだ。ぼくの気分の良いとこは…」

 なんと、自分が勝ちになったところの感想戦もやってくれと要求したのである。
 「ぼくにも気分の良い局面をつくってよ」
 むろん、笑いながらの言葉だったが、テレビ棋戦でこんな要求をしたのは前代未聞?

 そしてそれからの五、六分はまさに抱腹絶倒。
 解説の森雞二九段もときどきチャチャを入れ、いやはや賑やか。
 最後、前田は敵玉をなんとか詰みに討ち取ったのだが、もっと単純明解な手を相手の増田に指摘されるや、
 「ああ、なんだなんだ!」と大声を上げる。

 「なんだこりゃ、あきれたね」
 「角か!」
 「なんだこりゃ、本に書いてあるやつじゃない」

 まったくもって愉快な感想戦であった。

 第22期 銀河戦 本戦Gブロック2回戦「前田祐司八段 vs 増田裕司六段」棋譜(2013年9月25日)

Pass

[3979] 愉快な前田八段(3)
まるしお (/) - 2014年10月21日 (火) 17時38分

「(門倉四段は)ぼくの先生なんだよ」

―――前田祐司

銀河戦「前田祐司八段 vs 門倉啓太四段」感想戦のひとこま(2013年10月30日 収録)
―――――――――――――――――――――――――――――――――

 このときの感想戦も腹を抱えて笑ってしまうほど楽しいものだった。

 一回戦二回戦共に「角交換型四間飛車」で勝利した前田八段、今回もそのつもりで初手▲7六歩と突いたところ、門倉四段は意表の▽3二飛。
 結局先手は向飛車、後手三間の相振飛車となってしまい、結果は前田の敗戦。

 この出だしについて、聞き手の本田小百合女流が、「序盤はお互いに想定内ですか?」と訊くと、前田曰く、「いやいや、想定内ではありませんよ。だってあそこ(三間)に来ると思ってなかったんだもん」

 それから始まったのが次の会話。

 前田「(後手門倉四段が二手目に)角道空けると思ったんだよ。で、ここ(▲6八飛)に持ってくるんだよ。ここにね、四間飛車に。いや、だから、ぼくの先生なんだよ。門倉さんの本を読んで、それでねえ、ええとねえ、年間に一回か二回しか勝たないんだよ、ぼくは。で、門倉さんの本を読んだら、今九回勝ってるんだよ、年間に」
 本田「『角交換四間飛車』ですか? 私も買いました」
 前田「そうそう、非常に良い本なんだよ。で、本によると、(先手が)角道空けたら(後手も)角道空けるんだよ。で、ここ(四間)に回ってさ、その予定なんだよ」
 本田「あ、はじめのところですね」
 前田「調子狂っちゃったんだよ、本に書いてないからね、これね」

 この間の門倉啓太四段の表情を想像してみて下さい。
 いやー、面白かった。

 第22期 銀河戦 本戦Gブロック3回戦「前田祐司八段 vs 門倉啓太四段」棋譜(2013年10月30日)

 門倉啓太『角交換四間飛車 徹底ガイド』(マイナビ)

Pass

[3983] 愉快な前田八段(4)
まるしお (/) - 2014年10月22日 (水) 17時18分

「いつも前田八段の前にはいろんな花が咲いてますよね、お話の花が」

―――本田小百合

銀河戦「前田祐司八段 vs 門倉啓太四段」解説中の言葉(2013年10月30日 収録)
―――――――――――――――――――――――――――――――――

 前田祐司、1954年生まれ。
 塾生時代は大変な苦労を強いられたようだが、1974年、二十歳で四段昇段。
 順位戦では1985年四月からB1、翌年度(1986年度)のNHK杯戦で優勝もしている(1987年二月)。
 しかし2005年にフリークラスへ落ち、今年が十年目。六月の竜王戦を最後に引退となった。

 銀河戦のこの対局は引退の約七ヶ月前のもので、まるで引退を惜しむように、このときの放送の聞き手・本田小百合が素敵な言葉を贈った。

 「いつも前田八段の前にはいろんな花が咲いてますよね、お話の花が」

 話し好きでユーモアいっぱいの前田祐司八段を見事に言い表している。

Pass

[3988] 愉快な前田八段(5)
まるしお (/) - 2014年10月23日 (木) 17時53分

「あとの二本の指の人はねえ、なかなか挨拶しないんですよねえ。誰とは言わないけど」

―――前田祐司

「お好み将棋道場」解説中のひとこま(囲碁将棋チャンネル 2008年3月収録)
―――――――――――――――――――――――――――――――――

 陽気な前田八段も時にはこんなふうにチクリと刺すようなことも言う。

 番組は「アマ vs プロ」の駒落ちお好み対局。この日のプロ出場者は斎田晴子女流五段。
 解説役の前田祐司八段はこの斎田女流を高く買っており、斎田は見習うべき先輩だとして、聞き手の甲斐智美女流に話しかける。

 「斎田さんはね、女流では三本の指に入る実力者。で、ねえ、将棋も強いんだけど、非常に美人でね、聡明で、礼儀正しいですね」

 ところが、この後、「そうですね」と頷く甲斐に、前田は突然こんなことを言い始めたのである。

 「あとの二本の指の人はねえ、なかなか挨拶しないんですよねえ。誰とは言わないけど」
 「せめてねえ、〈お早うございます〉〈こんにちは〉くらいはちゃんとやらなくちゃいけないと思うんですけどねえ」

 戸惑う甲斐、「それはちょっとはじめて聞きましたけれど……」と返すのがやっと。タジタジである。
 しかし前田の攻撃は止まらない。

 「喋ったり書いたりするときは、〈礼儀正しくしましょう〉とか、やってるんだけどね。どうもしかし……。ぼくにだけ挨拶しないのかと思ったけどねえ、どうも他の人にもなかなか挨拶しないんだよねえ」

 甲斐、もはや適切な応答もできず、ただ、「そうなんですか……」と呟いてしばし沈黙。

 いやー、テレビでこんなことを言われちゃあ、「あとの二本の指の人」はたまりませんな。
 しかしこれも前田流率直発言なのかも。
 甲斐女流のうろたえる様子が面白かった。

Pass

[3998] 裏話は面白い
さっちん (/) - 2014年10月26日 (日) 20時11分

>いやー、テレビでこんなことを言われちゃあ、「あとの二本の指の人」はたまりませんな。

斎田さんが活躍していた頃の将棋界はほとんど知らないので
あとの二本の指が誰だかは見当つきませんが

ひょとして一人はおいらのお師匠さんか? もうお一人はフリー棋士のお方かにゃ?

Pass

[4045] 愉快な前田八段(6)
まるしお (/) - 2014年11月11日 (火) 21時36分

「相手、誰か分かりますか?」

―――森雞二

銀河戦「川上猛六段 vs 前田祐司八段」解説中のひとこま(囲碁将棋チャンネル 2013年9月25日収録)
―――――――――――――――――――――――――――――――――

 フリークラス所属棋士同士の対戦。
 しかし川上猛六段が銀河戦で準優勝した経歴を持つとは知らなかった。
 一方の前田祐司八段、こちらはNHK杯での優勝経験を持つ。

 そのことを、聞き手の藤田綾女流が紹介するや、解説の森雞二九段、間髪を入れず藤田女流に問いかけた。

 「相手、誰か分かりますか?」

 こういうときに聞き手としての態度が試されるのである。
 「昭和六十一年度のNHK杯戦で優勝」と、渡された資料を丸読みしてやり過ごすのか、そうではなく、事前にその将棋を調べてから本番に臨むか、これが聞き手の実力となって現れる。

 藤田綾は残念ながら「丸読みやり過ごし」を選んだ。
 以下は二人の会話の再現。

 「相手、誰か分かりますか?」
 「あ、すいません、ちょっと……」
 「相手、私なんですよ」
 「あ、森先生でしたか! そうなんですね……」
 「悔しかったんですよ、私、準優勝で」
 「そうだったんですね……」

 このときは森のポカで将棋を駄目にしてしまったそうだ。
 優勝した前田の相手が目の前にいる解説者だと知ったときの藤田女流の慌てぶりが面白かった。

Pass

[4048] NO1の聞き手は?
さっちん (/) - 2014年11月12日 (水) 08時26分

>・・・これが聞き手の実力となって現れる

まさに至言ですにゃ おいらのような超初心者だと
プロの将棋を解説抜きに観賞することなど到底無理

将棋が接戦で解説が面白かったら言うことなし
その上で さらに聞き手が上手だったらもう最高

解説者はやはり渡辺明が一番だな 何と言ってもテンポがいい
分かりやすい 

聞き手は誰だろう?

> 藤田綾は残念ながら「丸読みやり過ごし」を選んだ

おいおいダメじゃん 対局料よりどちらかといえば聞き手で稼いでるんだろ
おそらく次のNHK杯の司会を任されるだろうから 
このまるしお殿のお言葉をしかと胸に刻みなさい

でも おいらは藤田綾の聞き手は嫌いじゃない 
結構上手い方じゃないかな 誰とは言わないけれど
語彙が乏しくて度々言葉に詰まるお人も居ますにゃ

「相手、誰か分かりますか?」
「もちろんです 森先生でした あの時の将棋は先生の三間飛車でしたね
先生の華麗な振り飛車捌きがとてもすばらしかったです」

なんてことをさらっと言えたらねぇ
しかし この年綾ちゃんは1歳 四半世紀なんてあっという間ですにゃ


Pass

[4054] プロとは…(1)
まるしお (/) - 2014年11月12日 (水) 20時47分

「プロの音楽家の仕事は、ただ楽器を演奏するのではありません。曲を演奏する以上のことが求められるのです」

―――五嶋みどり(ヴァイオリニスト)

「プロフェッショナル 仕事の流儀」(NHKテレビ 2014.11.3 放送)より
―――――――――――――――――――――――――――――――――

 十代前半から三十年以上プロとしての仕事を続けてきたヴァイオリニスト・五嶋みどりが、音楽を志す若者たちに語った言葉。

 ヴァイオリニストの仕事は、音符をなぞるだけではない、リズムどおりに弾くだけではない。プロには曲を演奏する以上のことが求められている。
 人生で味わう楽しみも苦しみも、全てが音になる。
 そういう音を感じたとき、人は演奏家の音楽に感動する。
 それがまさにプロの仕事なのだ。

 プロの卵たちに、五嶋は静かにこのように語りかける。

 ひるがえって、将棋の場合はどうか。
 プロは対局で己れの技術を披露して人々を魅了する。
 しかし、本当に求められているのは、やはり、「将棋を指す以上のこと」ではなかろうか。

Pass

[4100] 二日目のカレー
まるしお (/) - 2014年11月20日 (木) 19時57分

カレーさえ選んでおけば、まず間違いはない。

―――森内俊之

『覆す力』(小学館、2014年2月)より
―――――――――――――――――――――――――――――――――

 前期竜王戦、渡辺明から竜王位を奪回した森内俊之は、二日目の昼食をすべてカレーで通した。

 カレーが好き。
 当たりはずれが少なくて美味しい。
 これが直接の理由だが、「緊張感の高まる二日目の昼にメニューのことであれこれと悩みたくない」というのが勝負師・森内の態度。
 結果、「カレーさえ選んでおけば、まず間違いはない」ということに相成った。

 さらに、このとき「カツカレー」を注文した対局(第一、二、四局)は全て勝っている。

 この本の中で森内は、「このカツカレーの法則に気づいていたら、第五局以降もカツカレーにしていたと思う」と、茶目っ気を見せるのである。

Pass

[4103] 予期せぬ一手
さっちん (/) - 2014年11月21日 (金) 08時27分

>前期竜王戦、渡辺明から竜王位を奪回した森内俊之は、二日目の昼食をすべてカレーで通した

となると 昨日の昼食は定跡はずし? セオリー無視? 奇策なのか?

なんと 「カレー」ではなく「うなぎ」でしたぞ
あっ カツが無かったからか?

Pass

[4113] プロとは…(2)
まるしお (/) - 2014年11月22日 (土) 22時01分

家庭が裕福でなければ将棋のプロになることはできない。

―――櫛田陽一

「将棋講座」テキスト(2014年12月号)より
―――――――――――――――――――――――――――――――――

 冒頭エッセイ「棋士道――師匠と弟子の物語――」より。

 この文章の中で櫛田は、「経済的」という言葉を何度も使っている。
 中2で将棋を覚えたという晩学の櫛田陽一。中学卒業後、アルバイトをしながら将棋に熱中し、アマ棋戦でも好成績をあげるまでになる。
 「プロになりたい」――けれども、家庭が経済的に苦しかったので奨励会入りを断念するのだった。

 そしてそのまま何年か経過する。
 が、あるとき、将棋バーで谷川浩司と対局。それが契機となり、「この人と指したい」との思いに燃えた。ついに奨励会受験を決意するのである。
 プロになるまでの経済を支えてくれたのは師匠の田丸昇やアマチュアの仲間たちだった。

 櫛田は断言する。

 「家庭が裕福でなければ将棋のプロになることはできない」

 こういう視点で「プロ」を捉えた言葉に私は虚を突かれた。
 そして軽い衝撃を受けた。

 櫛田は訴える。

 ――家庭の経済的理由で奨励会入りを諦めた子供たちが沢山いるに違いない、全ての子に平等なチャンスを与えるように、連盟は考えるべきではないか――と。

Pass

[4115]
柳雪 (/) - 2014年11月23日 (日) 12時37分

まるしおさん

>櫛田は訴える。

>――家庭の経済的理由で奨励会入りを諦めた子供たちが沢山いるに違>いない、全ての子に平等なチャンスを与えるように、連盟は考えるべ>きではないか――と。

クッシーのこの言葉には言外に、棋士の現状に対する連盟のあり方が込められておると思っております。でなければ彼はフリーになる必要も無かった。

彼の、棋士だけに分かるメッセージなのでしょう。

Pass

[4124] プロとは…(3)
まるしお (/) - 2014年11月26日 (水) 19時33分

志は長い時間をかけてゆっくりと腐敗し、ある日突然それが失われていることに気付くものなのだろう。

―――橋本長道(小説家)

『サラは銀の涙を探しに』(集英社、2014年10月)より
―――――――――――――――――――――――――――――――――

 小説の中の言葉。作者は元奨励会員。

 プロになったからには、いや、奨励会のときでも、将棋の道を進む者は誰しも大きな志を持つ。
 ずばり、名人を目指すのだ。

 この小説に登場する鍵谷英史というプロもかつてはそんな志を抱く青年だった。
 それがどうだろう。
 順位戦は最高位まで上がっていたものの、ふと気付くとそんな志はとうに消えていた。

 「プロを辞めないのは、今時、年間二、三十日の労働でこれだけ稼げる業界は他にない、という最低な理由だった」

 まさに、志が長い時間をかけてゆっくりと腐敗した姿だった。

Pass

[4129] プロとは…(4)
まるしお (/) - 2014年11月27日 (木) 17時21分

新しい打ち方がいくらでもできる。

―――呉 清源(囲碁棋士)

「空前の棋士 呉清源 求め続ける囲碁の理想」(囲碁将棋チャンネル、2014年11月)より
―――――――――――――――――――――――――――――――――

 矢倉や腰かけ銀の戦いでは、詰む詰まないという局面まで既成手順を辿ることがある。
 しかし、これが果たしてプロの棋譜として相応しいのかどうか。

 今年百歳を迎えた呉清源は、生涯新しい打ち方を追求してきた囲碁棋士である。
 定石や既成手順ではない新しいもの。
 それを碁盤という大宇宙に表現しようとした。

 この番組は、百歳の呉清源が「新しい打ち方がいくらでもできる」と語る場面で締め括られている。
 囲碁でも、将棋でも、プロ棋士はそういう精神でありたい。

 張、挑む異次元布石 ブラックホール「未来の囲碁界へ問いかけ」(朝日新聞デジタル)2014.11.25

 チェス王者の勝利はスパコンに対する人間の勝利(英フィナンシャル・タイムズ紙)2014.11.25

Pass

[4134] プロとは…(5)
まるしお (/) - 2014年11月29日 (土) 16時48分

耐えて違う自分になる。

―――加藤桃子

「将棋世界」2014年11月号のインタビュー より
―――――――――――――――――――――――――――――――――

 奨励会ではとくにそうらしいが、プロ将棋は総じて相手の手を殺すことに心血を注ぐ。
 本当は自分らしい手を指したい。自由に羽ばたきたい。しかし相手がそうはさせてくれない。
 自然、ストレスがたまってゆく。

 これにどう対処するのか。
 加藤桃子はこう答える。

 「でもそれは耐えるしかないんですよね。いままで自分はこうだと思っていたけれども、耐えて違う自分になる。いままでもそうやって指してきたので、心配はしていません」

 おそらく、プロは皆この「耐える力」によってプロたり得ているのだろう。

 女王と女流王座の二冠を奪取した奨励会員・加藤桃子だが、本当の目的を達成するまでの道は険しい。
 これからもとことん耐えて、自分を大きくしていくしかない。

Pass

[4137]
柳雪 (/) - 2014年11月29日 (土) 19時08分

まるしお さん

「チェス王者の勝利はスパコンに対する人間の勝利(英フィナンシャ ル・タイムズ紙)2014.11.25」
 http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/42286

拝読いたしました。

非常に面白い記事です。

「糸谷は竜王になる」との感をより強く感じました。

Pass

[4166]
柳雪 (/) - 2014年12月23日 (火) 22時26分

現在、ヤフオクにある将棋盤が出ております。

その盤覆いに揮毫があります。

「お互に
 端歩を突いて
 先ず煙草」
 
升田幸三

Pass

[4167]
升田がNo.1 (/) - 2014年12月24日 (水) 13時17分

何か由緒がありそうなような・・・?
柳雪殿はご存知なのですか?

Pass

[4168]
柳雪 (/) - 2014年12月24日 (水) 23時09分

升田がNo.1 さん

一つ書き忘れておりました。それは、「八段升田幸三」と書かれていた事です。と言う事は、1947年から1958年の間に書かれてということに成ります。

そして、それは升田の病気以前の全盛期であり、自信と心の余裕がその文章から出ているように感じたのですね。そして、如何にも升田らしいとも感じさせられました。

今の棋士に、そのような自信と心の余裕があるのかな〜、と。

Pass

[4169]
升田がNo.1 (/) - 2014年12月25日 (木) 09時35分

柳雪さま

詳細ありがとうございます。
ヤフオクを見てみました。
6万円。。。まだ上がるのでしょうね。。。
来年もよろしくお願い致します。


Pass

[4182] プロとは…(6)
まるしお (/) - 2015年01月03日 (土) 16時00分

「普及のプロ」はプロとは認められていないのです。

―――渡辺 明

『頭脳勝負』(筑摩書房、2007年) より
―――――――――――――――――――――――――――――――――

 たとえばアマへの指導対局。

 アマの特性を知り尽くし、長年にわたる経験で指導のノウハウを身に付けた「普及のプロ」。彼らが得るお金よりも、普及に関する専門知識などほとんど持たない「プロ棋士」の方がはるかに高い金を稼ぐ。

 これはおかしいのではないかと渡辺明は言っている。

 「普及のプロ」がプロとは認められず、相応の対価も支払われない。結果、日々将棋ファンを増やすために奮闘している「普及のプロ」が生計を立てることさえ難しいという現状。これは将棋界にとって大きなマイナスだと指摘しているのである。

Pass

[4184] プロとは…(7)
まるしお (/) - 2015年01月04日 (日) 19時28分

「振り返ると私は24歳くらいのときに情熱が薄れました」

―――森下 卓

「将棋世界」2014年12月号(中村太地との対談) より
―――――――――――――――――――――――――――――――――

 将棋に対する情熱が二十四歳で薄れ、二十七歳になって、「はっきりダメだと分かってしまいました」というのである。
 その後の二十年間は情熱時代の貯金でなんとかごまかしてきた……。

 いやはや、なんとも正直なお人だ。
 「まあそういう人生もあるか」というのが最初の私の感想。
 しかしこの森下の告白に噛みついた熱血漢がいた。

 「情熱を失ったのなら、さっさと棋士などやめてしまえ!」

 『将棋世界』12月号 〜竜王戦展望対談……森下九段×中村太六段〜 その3(英の放電日記、2014.12.26)より

 私はこの言葉にハッとした。思わず居住まいを正すといった案配であった。
 この対談の司会者も、森下の言葉を受けて、「印象に残る話です」などと相づちを打っている。
 これがいけないのだということを「英の放電日記」が教えてくれたのである。

 業界の人も、ファンも、情熱の失せたプロを優しく抱え込む。
 サラリーマンならそれも良いだろう。しかし勝負師の世界ではどうなのか。
 「さっさと棋士などやめてしまえ!」と言える人物がいない――そういう現実の上に現在のプロ将棋界が成り立っている。

Pass

[4194] 舐める
まるしお (/) - 2015年01月16日 (金) 21時57分

「駒と盤を俺になめさせてくれないか」

―――盲人の哲ちゃん

桜井哲夫『盲目の王将物語』(土曜美術出版販売、1996年)より
―――――――――――――――――――――――――――――――――

 小説の一節だが、間違いなく実体験だろう。
 「なめさせてくれ」には思わずギョッとした。凄い場面だ。

 主人公の「哲ちゃん」はハンセン病療養施設に入所している。
 盲目となって十年が経った頃、施設で将棋が流行った。自分も勧められて覚えようとするのだが、ルールは理解したものの、盤と駒の感覚が頭にすっきりと入ってこない。手の知覚麻痺が深く、触っても実感が湧いてこないのだ。
 そこで、娯楽施設に集う仲間たちに向かい、

 「どうしても将棋盤と駒が頭に入らないので駒と盤を俺になめさせてくれないか」

 こう頼んだのである。

 この後、王将から金銀桂香歩と一枚ずつ口にくわえて丹念に舐め回し、舌の感覚を頼りに、大きさ・厚さ・形を頭に入れていく。最後に身を屈めて将棋盤を舐める。八十一升を区切る線を舌で確認していくのだ。

 将棋に関する記述でこれほど凄まじいものがあるだろうか。
 人間の凄み、そして、こう言ってはいけないのかもしれないが、エロティシズムのようなものも感じさせる。


      

Pass

[4195] 耐える
まるしお (/) - 2015年01月17日 (土) 17時03分

将棋の全ては忍耐と言っても過言ではない。

―――盲人の哲ちゃん

桜井哲夫『盲目の王将物語』(土曜美術出版販売、1996年)より
―――――――――――――――――――――――――――――――――

 将棋の世界に触れた哲ちゃんは、対局を通じ、将棋は対話であり、同時に忍耐でもあると悟る。将棋に勝つ喜びは、忍耐に徹した者にのみ与えられる。そして、この対話と忍耐は、療養生活という長い長い日常を生き抜く重要な術でもあった。

 「ふるさとを離れての長い療養生活はすべて耐えることにあると言ってもいいだろう。その耐える心もまた将棋によって得るところが多いのであった。将棋の全ては忍耐と言っても過言ではない」

 「将棋は忍耐」とは、専門棋士ならば誰でも口にしそうである。しかし、この小説の哲ちゃんの言には、棋士の言葉とは別の、とてつもない重みを感じた。

Pass

[4196] プロとは…(8)
まるしお (/) - 2015年01月18日 (日) 16時54分

たとえ世界の終わりがこようとも、彼らは将棋の議論をして過ごし、そのままで幸せなのだろう。

―――橋本長道(小説家)

『サラは銀の涙を探しに』(集英社、2014年10月)より
―――――――――――――――――――――――――――――――――

 二人の若手棋士が談笑しながら将棋会館に入っていく。
 「4四歩の変化」やら、「角換わり同型の動向」やら、「つい最近指された関西の新手」やら、彼らにとってはそれらが世界の全てなのだ。

 作者はそんな彼らを、「たとえ世界の終わりがこようとも、彼らは将棋の議論をして過ごし、そのままで幸せなのだろう」とを揶揄的に記述する。

Pass

[4198] プロとは…(9)
まるしお (/) - 2015年01月19日 (月) 17時26分

私はこのまま将棋を指していていいのだろうか。

―――森内俊之

『覆す力』(小学館、2014年2月)より
―――――――――――――――――――――――――――――――――

 二〇一一年三月十一日。
 森内俊之が名人戦挑戦を決めた九日後に東日本は未曾有の大震災に見舞われた。

 名人戦?
 将棋?
 そんなことをしていていいのか?
 森内は悩む。

 日本全体の危機、そして自分の無力。
 将棋どころではない。
 しかし自分には将棋を指すことしかできない。

 そういう疑問と動揺と混乱と……。
 そんな中で四月六日、名人戦第一局が開始される。

Pass

[4199] プロとは…(10)
まるしお (/) - 2015年01月20日 (火) 19時04分

将棋を考えるなんて、偉いというより、異常とさえ思える。

―――河口俊彦

「−評伝−木村義雄」(「将棋世界」2014年12月号)より
―――――――――――――――――――――――――――――――――

 昭和二十年八月十五日、敗戦。
 大破壊、大荒廃、物資も食料も不足。
 人々は今日一日を生き延びること、食いつなぐことに必死だった。
 そんな中で木村義雄は、敗戦から数ヶ月で将棋界の復興立案をしていた。

 河口俊彦はこれを、「天才の真価は大変な逆境のときにあらわれるのである」と感嘆する一方で、この大混乱時代を実体験している者として、この時期に将棋のことを考える異常性もまた指摘しているのである。

Pass

[4200] プロとは…(11)
まるしお (/) - 2015年01月21日 (水) 22時21分

「そんな恥ずかしいことをしていいんだろうか」

―――森下 卓

電王戦リベンジマッチ(ニコニコ生放送、2014.12.31)より
―――――――――――――――――――――――――――――――――

 対コンピュータ戦。
 盤側に継盤を用意し、そこで駒を自由に並べて検討しながら指す。
 森下卓が言い出した対局方法。
 これで棋士側の「ヒューマンエラー」が無くなるというのだが……。

 森下自身、こんな対戦が実現するなどとは思ってもみなかったらしい。
 実際に依頼が来てから悩みに悩んだ。

 「継盤というのはある意味〈待った〉でもありますし、そんな恥ずかしいことをしていいんだろうかと相当悩みました」

 言い出しっぺの彼自身、こんなものはプロにあるまじき行為だと自覚していたのである。
 しかし最後には、「完璧な将棋」をしようと出場を決める。

Pass

[4201] Re プロとは
マキ (/) - 2015年01月22日 (木) 15時30分

>言い出しっぺの彼自身、こんなものはプロにあるまじき行為だと自覚していたのである。

まるしおさん、お知らせありがとうございます。

森下さんが悩んでいたことがわかってホッとしました。

それにしてもソフトの投了のプログラムはどうなっているのかなー。自分の玉が詰むとわかった時にしか投了しないのでしょうか。

Pass

[4202] プロとは…(12)
まるしお (/) - 2015年01月22日 (木) 17時04分

棋士の魂は? 誇りは? 使命感は? 矜持は? 気高さは? 本当にこれでいいのか?

―――小暮克洋(観戦記者)

小暮克洋氏のツイッター(2014.9.7)より
―――――――――――――――――――――――――――――――――

 竜王戦・名人戦に次ぐ賞金が用意された「電王戦タッグマッチ」。二〇一六年から始まるというのだが……。
 観戦記者の小暮克洋はこれを、「いくらお金を引っ張ってきても、物事にはやっていいこととやっていけないことがあるはずだ」と厳しく批判した。

 棋士がコンピュータの示す手を参考にしながら対局する。
 しかし、煎じ詰めれば、これは紛れもなくカンニング将棋。
 それを興行として行うプロ集団の日本将棋連盟。

 拝金主義にも程がある、と小暮克洋は怒った。
 そして、プロのプロたる所以を問い返す。

 「棋士の魂は? 誇りは? 使命感は? 矜持は? 気高さは? 本当にこれでいいのか?」

Pass

[4203] 素人将棋の醍醐味
まるしお (/) - 2015年01月23日 (金) 19時52分

「なんでい。二歩打った事ぐらいで文句たれるな。志ん生なんか三歩打ったって平気な顔をしていたんだ」

―――立川談志(落語家)

団鬼六「将棋バカ」(『牛丼屋にて』バジリコ株式会社、2004年)より
―――――――――――――――――――――――――――――――――

 かつて豊川七段がテレビ将棋で二歩を打ったことがあった。相手に指摘され、あっと声を上げて投了。
 プロ将棋だからこうなる。
 しかし素人将棋では二歩の結果思いもかけぬ展開になったりもする。

 団鬼六邸にやってきた立川談志、鬼六の将棋を観戦するのは良いが、横からああだこうだと口を出す。長考に入ると、「早く指しなよ」「考えすぎだよ」と急かす始末。
 うるさい、うるさい。そこで談志を鬼六の弟子と対局させた。

 もの凄い早指し。しかしふと見ると、談志側の駒が二歩になっている。
 鬼六、これを指摘すると……。

 さあここからが素人将棋の独壇場だ。
 鬼六が二歩の場面まで戻すように妥協案を示すと、「時間がもったいねえ」「面倒くせえ」と駄々をこねる。
 そして、こともあろうか、対局相手に、「じゃあ、あんたもどこかで二歩を打ちな。それでチャラにしようじねえか」ときた。
 遂には、

 「なんでい。二歩打った事ぐらいで文句たれるな。志ん生なんか三歩打ったって平気な顔をしていたんだ」

 なんと、古今亭志ん生まで持ち出してきた。
 いやはや、こんな面白い場面はプロ将棋では決して見られない。
 素人将棋の醍醐味と言えよう。

Pass

[4204] 持駒一枚五千円
まるしお (/) - 2015年01月25日 (日) 21時15分

「先生、何でしたら僕の持ち駒、売りましょうか。一枚五千円で売りますよ」

―――小池重明(真剣師)

大崎善生『赦す人』(新潮社、2012年)より
―――――――――――――――――――――――――――――――――

 小池重明が団鬼六邸へやってきた。
 いつもどおりの稽古対局が始まる。
 一局三万円、飛車落ち。

 鬼六は数え切れないほど小池と指しているが、一度も勝ったことがない。
 この日も必敗形の終盤。小池の駒台には駒があふれかえっている。

 「ああ、ここで、あれだけ駒があったらなあ……」

 そんなことを考えていると、

 「先生、何でしたら僕の持ち駒、売りましょうか。一枚五千円で売りますよ」

 なんと、前代未聞の持駒売買提案。こんなことはプロ将棋では絶対にない。いやいや、アマの将棋にだってありゃしない。
 ところが、この提案を受け入れて、鬼六は飛角金銀の四枚を二万円で買ったというのだから、世の中は面白い。

 以下、大崎善生と鬼六の会話。

 「それでどうしたと思いますか?」
 「どうなったんですか」
 「いや、それでもやっぱり私が負けました。アホやね、ほんま」
 「やっぱりですか」
 「しかし長いこと将棋をやってきましたけど、持ち駒を売りに出したなんて小池がはじめてや」
 「売るほうも売るほうだけど、それを買う人もめずらしいですね」
 「ほんまやね」

Pass

[4207] プロとは…(13)
まるしお (/) - 2015年01月30日 (金) 21時46分

私達が失いつつあるあの幼児性というものを彼等は持続させている

―――団 鬼六(作家)

「牛丼屋にて」(『牛丼屋にて』バジリコ株式会社、2004年)より
―――――――――――――――――――――――――――――――――

 世間の常識から相当にずれた思考形態を有するプロ棋士たちを揶揄して「将棋脳」などと言う輩がいる。
 ところが団鬼六にはそれが魅力なのだ。

 「とにかく小学生、中学生時代より奨励会に飛び込んで将棋一筋に育ってきている人間というものは何か大人になり切れない子供っぽさを持っているものであり、俗世間に毒されてしまった私などは彼らと接することによってふと魂の安らぎを感じることになる」

 だから、そんな棋士の集合体・日本将棋連盟には「俗悪世界から孤立したユートピア世界」を感じるとまで鬼六は言う。

 鬼六にとって人間の黄金時代は将棋やメンコ・ビー玉に熱中していた頃の子供時代であり、棋士と接しているとそういう「少年期の郷愁」を感じさせてくれる。
 その郷愁は大人の運営する俗世間の現実主義からは決して得られない。
 子供のまんま大人になったようなプロ棋士こそ、団鬼六は愛して止まないのである。

Pass

[4208] アラエッサッサア
まるしお (/) - 2015年01月31日 (土) 17時06分

「先生。小池さんと将棋を指していてくださいな。アラエッサッサアっていつものように」

―――団 安紀子(団鬼六夫人)

大崎善生『赦す人』(新潮社、2012年)より
―――――――――――――――――――――――――――――――――

 二〇一一年五月六日、将棋界の大旦那・団鬼六が世を去った。享年七十九歳。
 盛大この上ない葬儀。
 じめじめした雰囲気にならぬよう、努めて明るく振る舞っていた安紀子夫人だったが……。
 いよいよ出棺。
 夫人は柩を抱えるように寄り添い、ついに泣き崩れた。

 「アラエッサッサア」

 小池重明の相手をするときの鬼六の口癖。
 そんな音頭を取りながら小池と将棋を指し、どれだけ「指導料」を献納したことか。
 その小池が世を去ったのも、十九年前のちょうど五月だった。

 「先生。小池さんと将棋を指していてくださいな。アラエッサッサアっていつものように。楽しく将棋を指していてくださいね。わかりましたか先生。アラエッサッサアですよ。小池さんとですよ……」

Pass

[4210] 照れと粋
まるしお (/) - 2015年02月03日 (火) 19時47分

「その内、亭主と別れさせて俺の二号にしようかと思っておる」

―――七條兼三(秋葉原ラジオ会館社長)

団鬼六「火葬場にて」(『鬼六人生三昧』三一書房、1995年)より
―――――――――――――――――――――――――――――――――

 誰を二号にしようというのか。
 元女流アマ名人、将棋観戦記者の湯川恵子である。
 これは亭主として聞き捨てならない。
 が、これ、むろん七條流のジョーク。

 あるとき、湯川恵子が某棋士を少し批判するような文章を書いた。
 するとたちまち問題になってしまった。
 将棋村特有の現象で、世間常識で見れば実に取るに足らない話。問題にする方がおかしい。

 けれどもこのことを聞きつけた七條兼三が、酒の席で団鬼六にこう言ったという。

 「あんた、時折彼女を元気づけてやってくれよ」

 鬼六は、「あれは気の強い女だから放っておいても大丈夫」と応えたのだが、「いやいや、庇ってくれるものがいないとなると、やっぱり女なんだから心細いはずだ」と元気付けを促す。

 おやおや、七條社長、これは大したフェミニストだなあと鬼六が内心思っていると、それを察した社長、付け加えた一句がこれ。

 「その内、亭主と別れさせて俺の二号にしようかと思っておる」

 七條流の照れ。
 そして粋。

Pass

[4213] 誰もがすなるブログといふものを、我もしてみむとて……
まるしお (/) - 2015年02月07日 (土) 21時26分

お知らせ

 ブログを開設しました。

 たくさん書いてきたこの「語録」、および関連する記事を再構成してまとめたい。
 そんな考えから、ブログを使ってやってみようかと思い立ったわけです。

 けれども、ブログなんて難しそう。
 まあ、駄目で元々という気でチャレンジしてみようか。
 そうしてできたのがこれ。

 まるしお撰「将棋語録」――言葉にこもる人生(livedoor blog)

 実際、まだ手探り状態ですが……。

 まあ、興味のある方は覗いてやってみて下さい。

Pass

[4214] 将棋語録(言葉にこもる人生)
マキ (/) - 2015年02月09日 (月) 10時16分

まるしおさん、お気に入りに入れました。

5日に開設してから、怒涛の更新ですね。

これからも楽しみにしています。

Pass

[4215] おおきに!
まるしお (/) - 2015年02月09日 (月) 20時46分

 マキさん、御覧いただきましてありがとうございます。
 本掲示板に載せた「語録」をいかに分類しいかに上手に並べるか。
 ブログは単行本的な感じでまとまれば良いんですが……。(となると、掲示板は雑誌かな?)

 なお、トップページは新規投稿順ですが、カテゴリーは古い投稿から順に並ぶようになっています。(これも単行本的配慮)

Pass

[4216] プロとは…(14)
まるしお (/) - 2015年02月11日 (水) 20時13分

「気がついたらプロ棋士になっていた感じです」

―――羽生善治

羽生善治 & 白石康次郎『勝負師と冒険家』(東洋経済新報社、2010年)より
―――――――――――――――――――――――――――――――――

 海洋冒険家の白石康次郎が、「子どものときの夢って、素直にまっすぐ伸ばせば大成するね」と発言したのを受けて羽生善治は、「そうですね」と頷く。

 「特別に仕事を選んだという感覚はないんですね。小学校六年生なんて、たとえばそれがどういう職業とか、仕事とか、どういう程度とか、そんなの何もわからないで入っちゃったんで。とくに将棋を選んだという感じもなくて、気がついたらプロ棋士になっていた感じです」

 素直に、まっすぐ、ただひたすら将棋を指していて、気付いたらプロ棋士になっていたというのである。
 しかし長くプロ生活を続けていけば、否応なく自らの中に、「プロ棋士とは何か?」「プロの役目とは?」という問いが芽生えてくる。

Pass

[4217] プロとは…(15)
まるしお (/) - 2015年02月11日 (水) 20時15分

「社会に対して、何かしらの価値を創る」

―――羽生善治

羽生善治 & 白石康次郎『勝負師と冒険家』(東洋経済新報社、2010年)より
―――――――――――――――――――――――――――――――――

 「いま大切に思っていること」は何かと白石が羽生に尋ねる。
 すると羽生はこう答えた。

 「価値を創ることですね。社会に対して、何かしらの価値を創る。方法とか形とかは、何でもいいんですけれども」

 これは二〇一〇年の対談での発言。
 プロ生活二十五年を経た羽生の境地。

Pass

[4218] 家族篇
まるしお (/) - 2015年02月13日 (金) 21時51分

涙が止まりません。

―――島井咲緒里

島井咲緒里のツイッター(2015.2.12)より
―――――――――――――――――――――――――――――――――

 二〇〇二年に四段に上がり晴れてプロとなった横山泰明。
 しかし、二十二歳だった青年は三十四歳になってもまだC級2組のままだった。

 それが、ついに、抜け出したのである。

 二〇一一年に入籍した妻・島井咲緒里は、ツイッターで、「涙が止まりません。 私はずっと隣で彼の努力を見て来ているので、やっと報われたんだと、心から嬉しく思います」と呟いた。

 涙が止まらない――月並みな言葉である。その月並み言葉を、妻がツイッターで、ネットという空間に公開する。
 現代の不思議な一風景。

 けれども、いいではないか。

 何度も何度ももう一歩のところで昇級を逃していたC2棋士が、十二年かけてやっとよじ登ったのである。
 それは、羽生善治が名人位を防衛するよりもよほど感動的なことかもしれないのだから。

Pass

[4219] 老師を偲んで
まるしお (/) - 2015年02月13日 (金) 22時13分

おもしろい観戦記を書こうと思ったら、感想を疑ってかかるのが第一歩ということになる。

―――河口俊彦

『新対局日誌 第二集 名人のふるえ』(河出書房新社、2001年)より
―――――――――――――――――――――――――――――――――

 何やら神妙そうに、二人が口を合わせて、「▽9六歩では▽8四銀の方が良かったね」などと感想を述べ合っている。
 しかしそんな言葉を信用していたら面白い観戦記など書けないというのである。

 本当は、それより遙か以前の▲5八銀で将棋は終わっているのだ。
 二人ともそんなことは重々承知の上。
 承知の上で、対局者はああだこうだと言葉を継いでいる。

 そこらへんの人間の機微を書け。
 河口はそう言いたいのだろう。

Pass

[4220] 老師を偲んで(2)
まるしお (/) - 2015年02月13日 (金) 22時44分

「これは板谷君の分」

―――米長邦雄

河口俊彦『新対局日誌 第二集 名人のふるえ』(河出書房新社、2001年)より
―――――――――――――――――――――――――――――――――

 昭和六十三年二月二十六日、対局を終えた米長邦雄と河口俊彦、それに産経新聞の記者・福本和生の三人は連れ立って中国料理屋へ入っていった。

 負けた河口だけでなく、勝った米長も記者の福本も沈痛な面持ち。
 老酒と三人分のグラスが運ばれてくる。
 と、米長は、「グラスをもう一つ」と頼んだ。

 その「もう一つ」のグラスに老酒をなみなみと注ぎ、テーブルの端に据えると、こう言った。

 「これは板谷君の分」

 二日前、四十七歳で急逝した東海の熱血漢・板谷進。
 対局で参列できなかったけれど、今日は板谷のお通夜だった。

[4221] 老師を偲んで(3)
まるしお (/) - 2015年02月13日 (金) 23時06分

将棋の神様が、加藤一二三と米長邦雄は、一度だけ名人にしてやりたい、と思ったからでもあろう。

―――河口俊彦

『新対局日誌 第二集 名人のふるえ』(河出書房新社、2001年)より
―――――――――――――――――――――――――――――――――

 なぜ米長邦雄が四十九歳十一ヶ月の「五十歳名人」になれたのか。
 なぜ加藤一二三が「伝説の十番勝負」を制して名人になれたのか。
 そして両者とも、なぜ一期で名人を譲り渡すことになったのか。

 米長は若手との研究会で現代の将棋を徹底研究した。その成果なんだと世間は言う。
 だがそんなのは実は些細なこと。

 全て将棋の神様の采配だったのだと河口俊彦は言う。

 「一度だけ」というのが神様の思いやり。
 だから一期で落ちる。
 神には誰も逆らえない。

[4222] 老師を偲んで(4)
まるしお (/) - 2015年02月14日 (土) 23時31分

嫉妬こそ棋士を棋士たらしめているのであり、嫉妬心の強いほど将棋が強い。

―――河口俊彦

『覇者の一手』(日本放送出版協会、1998年)より
―――――――――――――――――――――――――――――――――

 たとえば、ある棋士が活躍して世間の話題になる、また、テレビに頻繁に出るようになる。
 そんなとき、他の棋士はよく、「将棋の普及になって良いことです」などと優等生的なコメントを返したりする。
 だが、そんなのは嘘っぱちだと河口俊彦は棋士の本音を暴露する。

 芹沢博文や内藤國雄がテレビで人気者になり、講演会に引っ張りだこだった頃、「講演がうまくなると将棋が弱くなる」と揶揄した棋士がいた。
 大山康晴である。

 この強烈な嫉妬心こそが棋士の本質、棋士の命。
 嫉妬心が強いほど将棋が強い。

 「将棋界の内部には、嫉妬が渦巻いている。棋界の物事は、嫉妬心で決まる、と言いたいくらいだ」

 こういう筆致は河口の独壇場。
 こんな書き手はもう出てこないかもしれない。

[4223] 老師を偲んで(5)
まるしお (/) - 2015年02月14日 (土) 23時33分

村社会の慣習にとらわれないで強くなった棋士が現れた、ことが私にとって意外だった。

―――河口俊彦

『覇者の一手』(日本放送出版協会、1998年)より
―――――――――――――――――――――――――――――――――

 「因縁」という言葉を河口は使っている。
 将棋界に長く暮らしていると因縁がどんどん深くなる。
 棋士たちはその因縁とうまく折り合いを付け、変に目立たないように気を使って生きる。

 「この世界は、ちょっとした口のきき方、先輩・後輩への接し方、遊びや食事に誘われたときの応じ方、その他いろいろと気を遣わなければならない。そうしないと、いじめられる。そして才能をすり減らした棋士が何人かいた」

 ところが、その将棋界の伝統や慣習からすっぱり切れて、しかも強くなった奇跡の人物、それが羽生善治だと河口は指摘する。
 例の上座下座事件も、平然として、周囲に漂う濃密な村的視線を全く意に介さなかった。
 その、「盤外のもろもろをさっぱり取り去り、盤上に集中できる人間性」に河口は驚嘆するのである。

[4224] 老師を偲んで(6)
まるしお (/) - 2015年02月14日 (土) 23時51分

人間的魅力は、負けて泣く人の方にある。

―――河口俊彦

『覇者の一手』(日本放送出版協会、1998年)より
―――――――――――――――――――――――――――――――――

 大山康晴と升田幸三。
 大山は勝っても負けても平然としている。打ち上げの席でも、自然体過ぎて、いったい勝ったのか負けたのか分からないくらいだ。

 升田だと全く逆。
 勝てば大はしゃぎ。負ければ愚痴が出るは、負け惜しみで大口を叩くはで手が付けられない。
 一度河口俊彦が升田に勝ったことがあった。すると、

 「バッカな、大駒一枚弱い将棋に負けてしもうた」

 こんなことまで言い出す始末。

 兄弟子の大野源一もそうだったらしい。
 負けた後の感想戦では精一杯の虚勢を張り、自室に戻ってから大泣きしていたそうだ。

 河口俊彦は、この、負けてさんざん愚痴ったり、人前では強がって強がって、そうして蔭で泣く方に人としての魅力を見る。

[4225] 老師を偲んで(7)
まるしお (/) - 2015年02月15日 (日) 21時28分

棋士ばかりで、碁打ち、将棋指しは少ない

―――河口俊彦

『将棋界奇々怪々』(日本放送出版協会、1993年)より
―――――――――――――――――――――――――――――――――

 もう皆んなが「棋士」になってしまった。
 あの、気骨に溢れた「将棋指し」や「碁打ち」はどこへ行ってしまったのか。

 ――こう河口俊彦は嘆く。

 木村義雄は偉大な「将棋指し」だった。
 気骨の人であり、譲れぬこだわりがあり、それ故に喧嘩もした。
 そして、その喧嘩も上手だった。

 ――こう河口俊彦は懐かしむ。

 「棋士」と「将棋指し」、いったいどこが違うの? などと、とぼけた質問をするなかれ。
 この言葉のニュアンスにこそ河口はこだわるのだ。

 「棋士」と呼ばれるようになって、人間がつまらなくなった。
 実はそう言いたいのである。 

[4226] 老師を偲んで(8)
まるしお (/) - 2015年02月15日 (日) 21時30分

「投げずにいれば、君が心臓発作を起こすかもしれないじゃないか」

―――永作芳也

河口俊彦『将棋界奇々怪々』(日本放送出版協会、1993年)より
―――――――――――――――――――――――――――――――――

 素人でもすぐに分かるような三手詰。
 玉の頭に金を打ち、逃げたらまた金を打って終わり。

 その局面まで追いつめられても永作芳也四段は投げない。
 十分経ち、二十分経ち、それでも動かない。

 で、どうしたか。
 時間切れの負けになった。

 局後、「何を考えていたの?」と相手から訊かれ、こう答えた。

 「投げずにいれば、君が心臓発作を起こすかもしれないじゃないか」

 ジョークではない。平然とそう言ったそうだ。

 対局では闘志を顕わにし、普段もギラギラと飢えた狼のような感じだったという。
 それが、突然将棋界から縁を切る。
 不祥事でもなく、引退でもない。
 まさに、「縁」を切った。

 棋士番号は139だったとか。
 けれども、将棋連盟から籍を抜いたので、棋士の名簿には載っていない。

 河口俊彦はこういうタイプの人間が大好きだった。

[4227] 老師を偲んで(9)
まるしお (/) - 2015年02月15日 (日) 21時31分

子供がダダをこねるのを、よしよしとみんな聞いてやった結果が、現状、すなわち、ゴマすり文の氾濫である。

―――河口俊彦

『将棋界奇々怪々』(日本放送出版協会、1993年)より
―――――――――――――――――――――――――――――――――

 観戦記に棋士からクレームが付いた場合、ほぼ百パーセント、記者が折れる。
 悪意など微塵もなかったのに、とんでもない的外れの指摘を受けることがある。
 それでも棋士の言い分を通すのである。
 もう編集権も何もあったものではない。

 そうしないとこの村社会ではやっていけないのだ。
 新聞社のかなり上の人ならば例外もあろうが、フリーの記者などは、たった一言のクレームで明日の仕事が来なくなる。

 結果、観戦記は当たり障りのないゴマすり文ばかりと相成った。

 「今だけではなく、ずっと以前から続いているのだ。それが、囲碁・将棋界を毒しつづけているのである」

[4228] 老師を偲んで(10)
まるしお (/) - 2015年02月15日 (日) 22時09分

両名人の思い出は、私にとって宝物である。

―――河口俊彦

『将棋界奇々怪々』(日本放送出版協会、1993年)より
―――――――――――――――――――――――――――――――――

 大山康晴や升田幸三のことを書かせたら河口俊彦の右に出る者はいない。
 そう言いたいくらい、彼の書く両名人のエピソードは面白い。

 「私たちは山の麓にいるようなものであり、頂の有様は外側しか見えないのである」

 こう河口俊彦は謙遜しているが、私たち読む者には、頂の内部を垣間見たように思えて、嬉しくなるのである。「宝物」を書くときの彼の筆は軽やかに舞う。

 その升田幸三が世を去り、その一年数ヶ月後に大山も逝った。
 誰かが、「升田名人が呼んだのだ」と言ったとか。
 それを聞き、河口はそうかもしれないなと思う。

 大山の葬儀のとき、突然升田夫人から挨拶された。最初どこの老婦人かと思ったら、静尾夫人ではないか。

 「もう、こういう折でないと、お会いできなくなりましたね」――そう言って夫人は微笑む。

 河口にとっての宝物がもう一つ増えた。

[4229] 老師を偲んで(11)
まるしお (/) - 2015年02月16日 (月) 20時40分

ルールがあってそれに従うのでなく、人に合わせてルールが作られるのだ。

―――河口俊彦

『一局の将棋 一回の人生』(新潮社、1990年)より
―――――――――――――――――――――――――――――――――

 たとえば昇段制度。

 A棋士を昇段させようという意思がまずある。それでAの成績を調べ、それに合わせて昇段規定を作る。
 そのとき、B棋士も上げるべきではないかという意見が出たとする。
 しかし両者の成績を精査してみるとBはちょっと足りない。
 ならば昇段規定を少し緩めよう。

 かくしてA棋士とB棋士が新規定により昇段となる。

 将棋界のルール、なべてかくの如し。

 「実力制第四代名人」なる呼称もその類だ。
 これは升田幸三だけのもので、加藤一二三が「実力制第六代名人」を名乗ることは決してできない。

 将棋界のルール、なべてかくの如し。

 そんなことを堂々と言ってのけるのが河口俊彦の魅力。

[4230] 老師を偲んで(12)
まるしお (/) - 2015年02月16日 (月) 20時43分

師匠は弟子に「嫌われたらあかん」とまず教えるのである。

―――河口俊彦

『最後の握手』(マイナビ、1990年)より
―――――――――――――――――――――――――――――――――

 将棋界では、同僚から悪いイメージを持たれたら、もうそれだけで勝負は不利になる。

 「あいつは生意気だ」
 「この前の大盤解説では随分なことを言ってくれたようだね」
 「あの新四段は付き合いが悪い」

 こんなふうに思われたらもう一巻の終わりなのだ。
 陰険な村の空気が身を覆い尽くし、そうなると、いくら平静を保とうとしても平常心ではいられない。ちょっとした心の揺らぎで、勝てるものも勝てなくなってしまうのだ。

 「いじめにあって才能の芽を摘まれた天才は何人もいる。だから師匠は弟子に“嫌われたら損をする”とうるさく言い、勝ちまくっている若手棋士は、みんなおとなしく口数の少ない優等生なのである」

 このように、河口俊彦ほど「村社会」の内面をえぐり続けた書き手はいないだろう。
 読む方はそこが面白くてしょうがない。

[4231] 老師を偲んで(13)
まるしお (/) - 2015年02月16日 (月) 20時44分

自分のファンを多く持つのは、タイトルを取るよりむずかしい

―――河口俊彦

『最後の握手』(マイナビ、1990年)より
―――――――――――――――――――――――――――――――――

 原田泰夫。
 引退したのは一九八二年。
 ところが面白いことに、夫人の話によると、現役時代より引退後の方が収入が多かったそうだ。

 つまり、それだけ良いファンがたくさんいたのである。
 人柄に惚れ、引退してもファンは原田を手放さなかった。
 だから講演依頼も多く、稽古将棋も数多くこなした。

 また、引退後も将棋の研究を怠らず、控室で現役バリバリの棋士を負かしてしまうことも良くあったらしい。
 そういう面も含め、原田泰夫は、タイトル獲得者に劣らぬ名棋士であり、「こんな棋士はもう現れまい」と河口は賛辞を送る。

[4232] 老師を偲んで(14)
まるしお (/) - 2015年02月16日 (月) 20時45分

「男は二十四時間、女を抱きつづけていられるくらいでないと駄目だ」

―――坂口允彦

河口俊彦『最後の握手』(マイナビ、1990年)より
―――――――――――――――――――――――――――――――――

 そんなことを突然坂口允彦八段から言われ、少年だった河口俊彦は何のことやらさっぱり分からなかったという。

 坂口允彦。
 「くろがねの坂口」と言われた。
 あるいは「浮沈鑑」。

 伝説的なタフガイ。
 三、四日研究をし続けて寝ないこともある。
 それでもビクともしない。
 そんな男に、同じ横浜住まいだということで、奨励会員の河口は将棋を教えて貰いに通った。

 しかし今振り返ってみると何を教えて貰ったのか全然覚えていない。だだあの言葉が強く頭に焼き付いているだけなのである。

 「男は二十四時間、女を抱きつづけていられるくらいでないと駄目だ」

[4233] 老師を偲んで(15)
まるしお (/) - 2015年02月17日 (火) 17時16分

升田の棋譜を並べると「俺のよい所だけを見てくれ」との叫びが聞こえるような気がする。

―――河口俊彦

『最後の握手』(マイナビ、1990年)より
―――――――――――――――――――――――――――――――――

 升田を評した言葉は世に数多ある。
 その中の最大傑作がこれ。
 私は断然そう思う。

 数々の傑作棋譜を創り上げた升田幸三。
 それは将棋界の宝物。
 しかし、天才の反面を見ることも河口は忘れない。

 実は凡作も多いのである。

 「俺のよい所だけを見てくれ」とは、河口俊彦も良く考え付いたものだ。
 もう、升田幸三に成り切っているのである。
 河口俊彦の内なる升田幸三が叫んでいるのである。

 真の愛情とはこういうものなのだなあと私は感心した。

[4234] 老師を偲んで(16)
まるしお (/) - 2015年02月17日 (火) 17時17分

見おろすように羽生は大山を睨んだ。彼独特の怨念がこもったような視線が、大山の広い額の上部から脳の中心に突き刺さったように思えた。

―――河口俊彦

『一局の将棋 一回の人生』(新潮社、1990年)より
―――――――――――――――――――――――――――――――――

 一九八九年八月二十五日、羽生善治五段と大山康晴十五世名人が竜王戦準決勝で相まみえた。
 勝負は八十七手目羽生の▲6六銀が非凡な着想で、「大山の玉をカンヌキでしめ上げている」。

 でも、大山ならば振りほどくだろう。

 河口俊彦はそう思いながら盤側に座る。
 しかしその後に展開された光景は、河口の期待を打ち砕くものだった。

 「羽生の右手が大山の眼の下に伸びて、殺到する手が指された。
 瞬間、大山は体を起こし、眼を宙に泳がせた。と、数秒して突然首がガクッと落ちた」

 河口はいたたまれずに、逃げるようにして対局室を出る。

 一つの時代の終わりを見事に描き切った絶品。

 棋譜のデータベース(第二期竜王戦本戦トーナメント準決勝「羽生善治五段 vs 大山康晴十五世名人」)1989.8.25

[4235] 老師を偲んで(17)
まるしお (/) - 2015年02月17日 (火) 17時19分

棋士は、負けて強くはならない。負ければ負けるほど弱くなる。

―――河口俊彦

『一局の将棋 一回の人生』(新潮社、1990年)より
―――――――――――――――――――――――――――――――――

 どの世界でも言われる言葉――「負けて強くなれ」。
 負けてもそれが肥やしになって己れを成長させてくれるという格言だ。
 敗北を肥やしに転じること。
 それが人生というもの。

 だが、河口俊彦はこの箴言を「ウソッパチ」と断じる。

 「棋士は、負けて強くはならない。負ければ負けるほど弱くなる。勝って勝って勝ちまくって強くなるのである」

 日々負け続ける我々市井の凡人の、微かなる夢をも打ち砕いてくれる。

[4236] 老師を偲んで(18)
まるしお (/) - 2015年02月17日 (火) 17時20分

大山の将棋にも、そういった気合いがあり、恫喝するタイミングが絶妙である。

―――河口俊彦

『一局の将棋 一回の人生』(新潮社、1990年)より
―――――――――――――――――――――――――――――――――

 それはまるでこけおどし。
 「こんな馬鹿な手に引っかかるなんて、全くもってあり得ないではないか」

 負けた棋士が家に帰ってその将棋を研究していると、そのように腹が立ってくる。
 相手の大山康晴にではなく、自分に腹立たしくてたまらないのだ。
 技術では勝っていた。
 よし、今度は騙されないぞ。

 そんな決意で次に臨むのだが……。

 また騙されて帰ってくる。
 それこそが大山将棋。

 気合いと恫喝のタイミング。
 その絶妙さに人は何回でも騙されてしまうのだ。
 全盛期を過ぎてもA級を維持してきた秘密はそれだ――そう河口俊彦は指摘する。

[4237] 老師を偲んで(19)
まるしお (/) - 2015年02月18日 (水) 17時06分

「なんだ、A級になっただけか」

―――升田幸三

河口俊彦『将棋界奇々怪々』(日本放送出版協会、1993年)より
―――――――――――――――――――――――――――――――――

 田中寅彦が晴れてA級棋士になったのは一九八四年だった。
 四年連続昇級だから、まさに飛ぶ鳥を落とす勢い。
 さっそく祝賀パーティーが執り行われた。

 その、会場となったホテルの受付へ、羽織袴の正装で現れた人物がいた。
 ヒゲの大先生、升田幸三である。
 ところがこの大先生、「A級昇級記念」と書かれた受付の立て札を見るや、

 「なんだ、A級になっただけか」

 こう呟くなり、祝儀をポイと置いてからすっと帰ってしまったそうだ。

 升田には同じ時間に予定が入っていたのである。
 そこを、くどくどと挨拶などせず、恩着せがましくならぬよう、小粋な悪態を付いてスッと消えるのが升田流。
 誠に河口俊彦が好むところである。

[4238] 老師を偲んで(20)
まるしお (/) - 2015年02月18日 (水) 17時11分

木村は、役者が舞台で見得を切っているような、そんなポーズを生涯とりつづけた人だった」

―――河口俊彦

『一局の将棋 一回の人生』(新潮社、1990年)より
―――――――――――――――――――――――――――――――――

 木村義雄名人が大山康晴挑戦者に敗れて引退を表明したのは一九五二年(昭和二十七年)だった。
 そのときのセリフ。

 「私はよき後継者を得た」

 これが、まこと美しい言葉と棋界で評判になる。
 「さすが、天下の木村だなあ」と。
 だが、河口俊彦はこれを、あらかじめ用意された芝居だと喝破する。

 「引き際をきれいに、と願ったのである。おそらく、せりふまで用意してあっただろう」

 いわば、見得切り将棋人生の総決算としてあらかじめ用意したのがこの言葉なのだ。

 しかしこのセリフは大山用のものである。
 升田幸三には捧げられない。
 なぜなら、升田は木村の所作を「くさい芝居」と軽蔑していたからだ。
 あんな虫の好かない男に引退させられるのだけは真っ平御免。

 そのために、引退の前年、升田に挑戦された木村は、あらゆる盤外戦術を使って相手の心を乱し、勝利した。
 そしてここで、精根を使い果たした。

 翌年、大山が挑戦してくる。
 「やれやれ、ようやくこのセリフが使えるわい」
 そうしてあっさり土俵を割る。

 木村義雄の見得切り人生。
 河口俊彦はそういうのもまた好きだった。

[4239]
升田がNo.1 (/) - 2015年02月22日 (日) 11時11分

ボンジョルノ

此処でもずっと感動させて頂いていたが、
まるしおさんブログ版「将棋語録」も素晴らしい。

あのマイナビこそ、これを纏めて出版するべきだ。
あと「将棋ペンクラブ大賞」に『将棋語録』を
いち推しし升田!

(北海道将棋事情については継続して「監視」中)

Pass

[4240] ブログ版
まるしお (/) - 2015年02月23日 (月) 23時11分

 升田がNo.1さん、ブログ版「将棋語録」を御覧いただきありがとうございます。
 本掲示板での蓄積があればこそのブログ。
 いろいろな人に見て貰えるのは嬉しい限りです。

 まるしお撰「将棋語録」(言葉にこもる人生)
 



Number
Pass

ThinkPadを買おう!
レンタカーの回送ドライバー
【広告】Amazonから1月31日から開催スマイルセール!
無料で掲示板を作ろう   情報の外部送信について
このページを通報する 管理人へ連絡
SYSTEM BY せっかく掲示板