ジュリアさんありがとうございます! > 逆境や失敗の中の失意から立ち直りました、というような形で私たちが耳にするのは、成功体験ばかりです。 > 結果的に失敗となったような人は、そんなことを人に語ろうとはしないものです。 > そんなことを人に話したら、「ほら見ろ、だからあれほど言っただろう」と、自分を否定されるような言葉が返ってくるのは明らかだからです。だから、たとえ失敗だと自覚しても、強がりを言うのも、また人間というものです。 > 勝者の陰には、その何倍もの敗者がいるものです。 > それは、あなたが社会に出てみないと、いくら言葉で言っても理解できないのは仕方がありませんが。 なるほど、わかりました。 失敗=敗者で 人間は強がりだから失敗は口にしない。 社会に出たときに自分の目でしっかり見ときます > 警察官になりたいようですが、階級社会である警察組織は、今の高校なとどは比べものにならないほど、理不尽がまかり通る組織です。高校なら3年間の我慢ですが、警察では定年まで一生の我慢です。個人の意見や考えが、ほとんど一切通用しないのが、警察と自衛隊でしょう。 そうなんでしょうか... > 現実の社会では、正しいかどうかは、それが多数か少数かによって決まるものです。社会での評価も、ほとんどの場合、それに同意・共感する人が多いか、少ないかで決まるものです。絶対的な正しさというものがあり、それがいつでも、どういう場でも通用する、というものではありません。 つまり少数意見は社会に通用せず、正しくないので意味が無いということでしょうか? 違いますよ、これは社会の評価じゃない ジュリアさんの評価です。 多数でないものはジュリアさんにとって通用せず、ジュリアさんにとって正しくないんです。 だからジュリアさんにとって多数であることが正しいんです。 多数=正しい という前提では 意見を言う→多数か?少数か?→少数だった その意見=間違い 結論:多数派が正しくその意見に賛成 ということはジュリアさんには自分の意見がありません。 自分の意見ではなく他人が選んだ多数の意見を述べているだけです。 誰もが支持するジュリアさんにとっての正しい側に付きたいのでしょう。 よって根拠がなく、理由は多数だからということなので 正しいとはいえません。 でもジュリアさんにとっては正しいのです。それは変わりありません。 そもそも正解なんてなくて いつも「〜にとって正解」であって ようするに 答えならあるんです。 >そう思う根拠は何ですか。 正解なんてないからです
投稿日:2011年06月28日 (火) 16時35分
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