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草木としっとりとした土の自然の優しさと生命力に満ちあふれた匂いが、柔らかな春のそよ風に運ばれ、深緑の木々に覆われた宿舎を包み込 み、このドルケ孤児院に柔らかでのどかな風景と時間をもたらしていた。 「うらあああああ!!」そんなのどかな風景を破る声が辺り一面に響き渡った。 木刀を持った少年が少女に向かって突進していく。黒髪で黒の中に光があるような輝いた目をしている少年、年の頃は十五、六歳程だろうか 、年齢にしては良く鍛えられた身体をしている。 「相変わらず品性の欠片もないわねぇ、オーサ」 呆れ顔で答えるも、健康そうに日焼けした小麦色の手に木刀と構えその琥珀色の瞳にオーサを見据え初撃に備える。 「らあ!」とかけ声とともに振り下ろされた木刀を受けずに、燃えるような真紅の長髪をたなびかせ避ける。 避けられた木刀はそのまま地面に叩きつけられ、大地をへこませ、辺りを土の匂いが包んだ。 「あたらなきゃ意味ないわよ、こんな風にね。」無防備になったオーサの頭に木刀が振り下ろされる。 直撃したかに見えた木刀はなんとか彼の左腕で受け止められていた。「ぐっ、つぅ」左腕を駆け巡る痛みに顔をゆがめ ながらも、なんとか木刀を振り反撃する。が、届かない。 「いつも通り、バカ力と頑丈さだけが取り柄ね」見下した冷めた口調でそう評価する。 「それが俺の能力だから、なっ!」 声とともに突きを繰り出すが胸の前をかすめるだけだった、が言葉による攻撃を忘れない。 「あ〜あ、おまえにまともな、お山があったら当たったのによ、メイル」 かすめた彼女の年齢の割に成長してない胸に目を向け、言い放った。 実に無神経な言葉がメイルの胸に突き刺ささる。 ブチり!・・・・・・何かが切れる音がした。 ふと見ると、そこには全身を細かく震わせ、髪を実の炎のようにゆらゆらと揺らめかせている先程まで冷静に戦いを進めていた女性がいた。 彼女の心に憤怒の炎が燃え拡がっていく! 「どうやら痛い目みたいらしいわねぇ!」右手の木刀を前に突き出し、左手を腰に当て、彼女の平原を張ってさけんだ。 琥珀色だった目が紅玉のような光を帯びている。その真紅の髪と共に周りの風景が揺れ始めた。 「迷える蜃気楼」言葉と共に、彼女の姿がぼやけ、薄れながら、オーサの周りを五人のメイルが取り囲んだ。 (さて、オーサはどうするかな?)この二人の、もはや恒例となっている決闘を見守っている<能力付加仕>(エンチャンター)ギルド 「スタッフ=ゴーレムズ」の一員であることを示す”長杖を携えたゴーレム”の刺繍がされた紺色のローブを着た男がいた。 彼の名前はラント、決闘をしている二人と同期なのだが背が高く、彼の掛けている眼鏡の奥には知性の輝きを秘めた藍色(コバルト)の目 を持ち、大人びていて少年と言うよりも青年と言った方がしっくりとくる。<能力付加仕>(エンチャンター)の彼は自分が直接戦いに出 ることが少ないので、このように静観してることが多い。 そのため冷静な分析が出来るのだ。 「ほらほら、さっきも言ったけど当たらなきゃ意味ないわよ」彼女の能力 <迷える蜃気楼>によって生み出された彼女の分身に闇雲に斬 りかかるオーサに言い放つ。 無論オーサも黙っていない「うるせえんだよ、この平原女、お前の胸でも五倍にしてろ零を五倍にしても零だけどな」 戦いに関係のない挑発はない。ようは相手の冷静さを奪えればそれでいいのだ。 「なっなな何ですってぇ!?、今日という今日は徹底的に痛めつけてやるわ」髪や目だけでなく、顔全体を真っ赤して叫ぶ。同時に五人のメイル が一斉にオーサに斬りかかる。その瞬間だった、突然オーサがその場にかがんで砂を握り五人のメイルに投げつけた。思わぬ反撃にメイル 達は一度下がった 投げられた砂のほとんどは実態のない蜃気楼を通過し大地に還った。本体についた砂を除いて。 「これで、お前の位置は丸分かりだぜ」得意げなオーサを尻目に、今の反撃で冷静さを取り戻したメイルの内の一人が冷ややかにに言葉を返す。 「よく見ることね、どうやって見分けを付けるのかしら?」本体とは別のはずなのに、そのメイルにも投げ付けられた砂の跡がついている。 「ど、どうして?」驚きでオーサの黒目が文字通り目一杯に開かれていた。 「当然でしょ、そもそも、この蜃気楼は私の姿を映してるんだから、本体の姿が変われば自然と他の姿も変わるわ」 そう言って、驚きで固まっているオーサの脳天に木刀を振り下ろした。 こうして二人の孤児院での最後の決闘は幕を下ろした。 「さて、オーサ、さっきからの暴言の借りを返させてもるわよ」彼女は実に美しいサドスティックな微笑みを浮べて言った。 どうやら彼の決闘はこれからが本番らしい。
決闘が終わり改めてこの空間に春の穏やかな暖かい風が流れ、新芽の匂いがその風と共に運ばれて、ここドルケ孤児院の広場を包み込んで いた。その春の匂いの中心に二つの人影があった。 一人は、先程までここで激しい戦い繰り広げていまだに少年の影を残した戦士風の男で地面にしゃがみ込んでいる。その光を灯した黒い瞳 は大地を見ていた。 もう一人は眼鏡を掛けた青年で戦いを静観してた男だ、彼の着ている紺色のローブの刺繍を見る限り恐らく<能力付加士>(エンチャンター)なのだろう。 「ぐっ、痛てててて 」頭の出来たての大きなコブを押さえオーサは目の前の眼鏡の男に話しかける。 「見ろ、このコブと体中のアザを、いくら何でもここまでやる必要はねぇだろ!」決闘の幕を降ろした脳天への一撃で出来たコブと、決闘の 後、怒りの収まらなかったメイルにやられた、痛々しく青く染まったアザをラントに見せつける。 しかし、彼は特に感情を込めず、眼鏡を右手でクイっと上げ「挑発の失敗例だな、お前が悪い」<能力付加士>らしく冷静な分析をその まま言葉に表しただけの一言で返した。 「まあ、ケガなら後でミチャス先生かシャリィにでも見てもらえよ、何にせよこれで三連敗だな、メイルがあの能力を使えるようになって からの戦績は。全く持って相性が悪い」 ラントが戯けたように両の手のひらを上に向け肩をすくめる。 「なんなら、お前の武器になんかエンチャントしてやろうか?そうすりゃもっとまともに戦えるだろ」 その提案にオーサは憮然とした顔で返答する 「それじゃ意味ないだろ、俺は<強化系能力士>(シュラッダー)として<自然系能力士>(エレメンター)のあいつを倒したいんだから な、と言ってもここでの決闘もこれで最後かもしれないけどな」 「そうだな、明日で俺達もここからお別れだからな、寂しい限りだ・・・・・・」そうつぶやき、目を細めて、宿舎の年期を感じさせる黒い 点々とした汚れのある宿舎の白い壁を、彼の藍色の目で見つめた。 「そうか?俺はどんな所に所属出来るか、楽しみだけどな」彼の顔に不敵な笑みが浮かぶ。すでに<能力付加仕>(エンチャンター)ギルド(組合) 「スタッフ=ゴーレムズ」の一員となっているラントと違いオーサはまだ、どこに所属するか決まってないのだ。 「少しは、別れを惜しめよ」呆れ声で返し、一言「さっさと宿舎に戻るぞ」と付け加えた。 「わかったよ」 そうして彼らは宿舎に入っていった。
「少し、やり過ぎたかしら?」 ひんやりとした空気を生み出している灰色の石畳の廊下を歩きながら、メイルは先程の決闘の後にした言葉の暴力に対する復讐について考え を巡らせていた。挑発されたとはいえ、さすがに、あれはやりすぎたかもしれない。そんなことが頭をよぎったが、同時にあの時の言葉も頭 に浮かんだ。 「この平原女」 思い出しただけで額に青筋を立てられる一言だ。頭を左右にふって、考えを追い出す。彼女の赤い髪がたなびいた。 「いや、あれは当然よ。よりにもよって人が一番気にしていることを・・・・・・」 自分の寂しい発展途上の胸に手をあて、発展を願い寂しげな視線を送る。しかし、発展していくという保証は当然どこにもない。 さらに廊下を歩いていくと、白いフリヴァス教の神官着を纏い栗色の髪を後ろで束ねた少女を見かけた。彼女の亜麻色の目はまだ、あどけなさ を多分に残している。実際年齢はメイル達より二つ低い、だが、彼女の胸はすでにメイルよりも発展が進んでいる。 「あら?シャリィじゃない。こんなところで何してるの?」 「何してるの?じゃないですよ、メイルさん達三人を呼びに来たんですよ。孤児院最後の日なんかに決闘なんかしなくてもいいんじゃないです か?なんにせよ、ミチャス先生や他の子供達も待ってますよ」 少し怒ったような感じでシャリィは返答した。 「仕方ないじゃない、決闘はあいつが売ってきたんだから。それに最後の日だからこそ決闘したのよ。当然、勝ったけど、やっぱりこの能力 はあいつと相性がいいわ、これで三連勝よ。まあ、どっちにせよ、この能力がなくてもあの力馬鹿には負けないけど、あれじゃただのイノシ シよイノシシ」 「あ、あの、メイルさん・・・・・・」 言い終わって、シャリィの方を見ると彼女の粟色の目が泳いでいて、メイルの後ろを指さしていた。 「よう、イノシシ男のオーサ様の登場だミス・平原」 右手を挙げ、顔に笑みを浮かべ、友好的に話しかけてきたオーサだったが、こめかみの辺りがぴくついている。当然目は笑っていない。 「あ〜ら、また懲りずに女の子に退治されにきたのかしら?さすがはイノシシね、さっきから同じ言葉でしか挑発できないのね」 しかし、その同じ挑発に乗っているのは確かのようで、メイルの方もオーサと大差ない表情になっている。 二人にゆらゆらとしたのような物が表れ、その間には火花が散っているように見えた。 さっそく、売り言葉に買い言葉の応酬の、激しい舌戦を開始した。傍から聞くとギャーギャーと言ってるようにしか聞こえない。 そんな二人を尻目に、オーサの後ろにいたラント呆れた表情をみせながらシャリィに声を掛ける。 「まあ、なんだ、とりあえず二人の痴話喧嘩が終わったらあの馬鹿のケガを治してやってくれ、俺はケガ人と一緒にここを旅立つのはごめん だからな」 「そ、そうですよね、旅立ちの前にケガしてたら、さい先が悪いですよね。」 ラントの「旅立つ」という言葉を、シャリィはとても寂しく感じたが、それを顔に出さないようにして返事をした。そして、とりあえず言われ た通りにオーサのケガを治そうと準備に取りかかる。 二人の舌戦も、ようやく終わろうとしていた。 はあ、はあ、ゼイ、ゼイ、両者とも肩で息をしている。 メイルの額には汗が浮かび前髪が張り付き、小麦色に日焼けした肌は紅潮していた。一方のオーサは血が巡ったせいか、先程メイルにつけられたコブが 若干大きくなっているように見えた。 「なんにせよ、今日は私が勝った。これでいいわね」 「ちっ、しかたねぇ、わかったよ。こんどこそは負けねぇ」 ”戦いが終わったら勝敗に関係なく後腐れなし”これが二人の暗黙の了解である。この了解のため普段は平和にそこそこ仲良く出来ている。 「はいはい、仲良し喧嘩はそこまでにしろ。そして、オーサお前はさっさとシャリィにケガを治してもらえよ、もう準備出来てるみたいだ ぞ」 相変わらずの呆れと、多少の苛立ちを含んだ口調で話しかける。 「「誰が仲良しだ(よ)」」ハモった二人の返事をラントは無視した。 「オーサさん、さっさと終わらせますよ、光の精霊も待ちくたびれちゃいますよ」 シャリィの右手が光り輝いている。精霊を体の一部に憑依させたのだ。彼女のようにフリヴァス教や、他の神に仕える神官や司祭がなる <精霊使い>(シャーマン)の中等技術である。これを使える辺り彼女の若さを考えると、この四人の中で一番才能があるのかもしれない。 「おお、悪いな、よろしく頼むぜ」体を屈めコブの出来た頭をシャリィの前に出す。 「治癒の光」シャリィは呟きと共に右手の光をオーサのコブにかざした。光にかざされたコブが除々に退いていき、元のメイルに殴られる前 の頭に戻った。 「ふう、助かったぜ、こっちも頼む」 シャリィは差し出されたアザだらけの両腕の治癒にとりかかる。 (相変わらず、すごい才能だな)その様子を見ていたラントが心の中で目の前の少女を賞賛していた。 オーサの両腕はすでに治ったようで、シャリィにお礼の言葉を述べていた。 「そういえば、シャリィはどうしてここにいるんだ?」 オーサが思いついたように、口を開いた。 「えっと・・・ああっ!!そういえば私、オーサさん達を呼びに来たんですよ。速く教室まで来てください、私が子供達に文句いわれちゃい ます」 心底慌てた感じでシャリィはまくし立てた。 一同は教室に向かって、なぜか先程よりも、暖い空気を生み出しているような気がする石畳の廊下を、駆けだしていった。
「ようやく、来ましたか。子供達が待ちくたびれていますよ」 教室の入り口の前には、彼等にとっての親代わり、つまり、ここドルケ孤児院の管理人”ミチャス”の姿があった。彼はシャリィと同様フリ ヴァス教の白い神官着に身を包み、頭には服と対照的な、黒い帽子を被っている。初老と言える年齢のため、目尻にはしわをたたえ、黒い髪 は白髪混じりになっている。だが、その姿からは不思議な強さと、優しさが感じられる。 「「「「すいません、ミチャス先生」」」」 四人の声が重なった。 「まあ、良いでしょう。今日で、シャリィ以外の三人は、ここを出て行ってしまうのですから、きちんと子供達に、力の手解きをして上げてくだ さい。お願いしますよ」 そうして四人を中に入れる。教室の窓からは暖かい日差しが入り込み、部屋を明るく照らしていた。 中に入ると、さっそく、三十人程いる子供達からの、抗議の声が上がった。 「オーサ兄ちゃん達遅いよー」 「何やってたの?シャリィ姉ちゃん?随分遅かったね」 「みんな、待ってたんだよ」 ここでは、年齢が上の人間が先生、兄、姉代わりとなっている。 「悪いな、みんな、いつも通り、この馬鹿二人のせいだ」 ラントがいつものように、馬鹿二人を指さしながら事情を話し、子供達もいつものように、納得するため、何か言い返したい馬鹿二人は、 何も言い返せない。 「「とっ、とにかく!!、さっさと始めるぞ(わよ)!!」」 重くなった空気を振り払うために、二人が声を張り上げる。 かくして、最後の授業もこうしていつもと変わらずスタートした。 子供達は、自分の能力の系統と、同じ系統に近い、人間の所に集まる。一番多く子供が、集まっているのはラントだ。二番目はメイル、三番目 はシャリィ。そして消去法でオーサが一番少ない。この順番になるのには理由がある。 その理由は、なぜ、”同じ系統”ではなく、”同じ系統に近い”という曖昧かつ不確定な表現になるか?という中にある。 これはそもそもの話、系統の分け方が曖昧かつ不確定だからである。言い換えると適当ということだ。 例えば、メイルの場合、一応、蜃気楼は自然現象なんだから、”自然系能力士”(エレメンター)ということにしてるが、彼女の能力は ”幻想術士”(イリュ−ジョニスト)と言った方がしっくりする。メイルの方はまだ分かり易い。 シャリィのように、”精霊使い”(シャ−マンは仕える神によって、従える精霊が変わるし、精霊の力次第で”自然系能力士”(エレメンタ ー)や”幻想術士”(イリュ−ジョニスト)とも言うことも出来る。 <能力付加仕>(エンチャンター)が一番、範囲が広く曖昧である。付加するものや、能力によって、名称を変えられるからである。 オーサのように<身体強化士>(シュラッダー)は身体能力の強化なので、範囲は狭い。 しかし、範囲の広さと能力の優劣はまったく関係ない。所詮、ただの大別のための名称なのだから。 そうこうしている内に、三人の最終授業の終わりを告げる。ガラーン、ガラーンという正午の鐘が重々しく鳴り響いた。 軽い昼食を終え、三人は孤児院のレンガ造りの大きな門の前にいた。門の中には見送りに来た、子供達とシャリィ、ミチャスの姿があった。 「何か、困ったことがあったら、いつでもここに来なさい。出来る限りの手助けはします。なによりも、あなた達にフリヴァスの加護がありま すよう」 ミチャスが胸の前で、時計回りに手で円を描き、その円に線を描くように手を下げる。フリヴァス教の幸運を祈る仕草だ。 「兄ちゃん達、たまには、帰ってくれよな〜」 子供達も言葉を繋げる。 「それじゃ、俺達はいくぜ!」 そうオーサが言い、三人は踵を返し、新たな旅立ちの一歩を踏み出した。
2 旅を初めて三日目、本来なら目的地であるルーツガ島の西端、マラカサト大陸の玄関口となる港町”ブリッグ”に着いてるはずの頃 だ。だがオーサ達は、現在その道程の半分程の所にいた。なぜ、まだこれしか進んでいないのか? 話は昨日にさかのぼる。
三人は、港町”ブリッグ”に続く街道を歩いている。周りには若草色に染まったルーツガ島南西部の肥沃な大地”スレン平原”が広 がっている。草原を渡るさわやかな風が日中には汗ばむ程の陽気を見事に中和し、三人に快適さを提供していた。 「ふう、良い風だな、この格好でこの気温は、中々辛いからな」 口を開いたのは、エンチャンター・ギルド(組合)”スタッフ=ゴーレムズ”のローブを身に纏っているラントだ。黒でないとはいえ、熱が籠も りやすい紺色のローブではこの陽気は辛いものがあったので、この涼風は有り難かった。 「んな、格好しなけりゃ、良いだろ」 珍しく、オーサがラントにつっこんでいる。 「まっ、そのローブ着れてるだけ、良いわよね、私とオーサは所属ギルド決まってないし。とりあえず、マーニタル連合系列のどこかにな るんでしょうけど」 「そうだな、まあ、ブリッグにつけば大丈夫だろ、ミチャス先生の紹介状もあるし」 ミチャスから渡され、胸ポケットに入れた紹介状を叩く。 職に就く時は基本的にギルドに所属する。なぜなら、その方が仕事や情報が入るし、他者とのコネなどを作りやすい。また、ギルドと いっても、所属する場所によって多少の差異はあるが、基本的に自由であり、それぞれが独立して仕事しているというのも少なくない。 それに、この島のギルドはマーニタル連合系列がほとんどで、上手くいけば連合内の高い地位につけるということもある。 「そうね、ところで、そろそろ休憩しない?もう、半日も歩き通しよ」 メイルが少し疲れた声で言う。 「そうだな、あの大きな木の所で休憩にしよう。」 ラントが少し先に見える大きな木を持っている長杖で指す 三人はこの選択の誤りをすぐに気づくことになる。
木の近くまで来た一行は木陰に人影を認めた。自分達と同様に休憩してると思い近づくと、随分と様子がおかしい。腰に剣を差し てることから戦士だとは思うが、いかんせん、格好が実に奇妙なのだ。 不可思議な形容し難い色彩の鎧を身に纏い、顔には墨か何かで、魔除けとも呪いともとれる紋様が描かれていた。さらに異国風のマントを羽織って いた。 「おや、アナタ達は誰デスか?」 物珍しく見ていたのが裏目に出てしまい、この怪しい男に声を掛けられてしまった。好奇心は身を滅ぼすのだ。 「ええっと、俺達はブリッグまで旅してるんですけど・・・・・・、それで、ここで休憩しようとおもったんですけど・・・・・・」 怪しい男の質問に、内心の動揺からいち早く回復したラントが言葉をかえした、が、うまく喋れない。 「そうデスか、あなたは見たトコロ」 「ええ、エンちゃ・・・・・・」 「シャーマン、デスね」 「へ?」 随分とマヌケな声がでた。 「い、いや、格好、見ればわかると思いますけど、エンチャンターですよ。」 自分の杖と、ローブを指さす。 「HA、HA、HA、ごまかしてはいけませんヨ、あなたは絶対シャーマン、デース」 ラントはどうしたら良いか分からなかった。百人がいたら百人がエンチャンターと答えても不思議でない、模範的なエンチャンター の格好をしてる自分が、突然シャーマンに間違えられたのだ。 「シャーマンって、何のことか分かってますよね?」 「もちろんデスヨ、精霊使いのコトでしょう?おや、確かに、あなたはエンチャンターにも見えますね」 「まあ、そういうことで、俺達はこれで・・・・・・」 「そ、そうね、私達も先を急ぐことだし」 触らぬ神に祟りなしと、これ以上かかわるのは危険と、本能が鳴らしている警鐘に従い、オーサとメイルが切り出した。二人の顔には一筋 の汗が流れている。 「HA、HA、HA、まあ、待ってください、ここで会ったのも何かの縁デスし私の修業を受けてみませんカ?」 ヤバい、こいつ、ヤバい。 ここで承諾したら、とてつもなく面倒な事になる。この三人でなくても解るだろう 「「「い、いえ結構です!!!」」」 見事に三人の声が重なる。 「そうデスか・・・・・・それは残念デス。久しぶりに生徒が出来ると思ったんデスが・・・・・・」 三人はホっと胸をなで下ろした。だが、一行はこの男の生徒になる運命から逃れられなかった。 「それにしても・・・・・・その眼の色といい、髪の色といい、顔立ちといいアナタは彼女に良く似ていマスね」 男はメイルの方を見ながら呟くように言った。 「へ〜え、コイツにそっくりなやつなんていんのか、凶暴でガサツな性格までそっくりなら、面白いな」 ちゃかす様にオーサが口を開く。そして、いつも通りに反撃に備え身構える。 しかし、オーサの言葉はメイルの耳にはまったく届いてない様で、ちいさな声でなにやら呟いている。 「・・・・・・こ・・・・・・どこ・・・・・・今」 「どうしたんだよ?メイル?」 「今!!、その女はどこにいるの!!?」 メイルが声を張り上げた。眼はいつもの琥珀色から紅玉に変わっていた。決闘の時とはまったく異質な心の底からの怒りがにじみ出してい る。 「どうしマシた?突然?」 流石の怪しいこの男でも、目を見開いて驚いている。 「その女はどこって聞いてんのよ!!」 「残念ながらわからないのデスよ、彼女は旅人デスからネ」 メイルは周りの声など、聞こえてないようだった。 「そう・・・・・・庇い立てするのね・・・・・・なら!」 その瞬間、メイルが五人に増え、一斉に男に斬り掛かろうと、腰の剣を抜いた。メイルの”迷える蜃気楼”だ 「殺してでも、居場所を聞き出すわ!」 ここまで、激昂したメイルを見たのは、長い付き合いの二人でも初めてだった。しかし、初めてにせよ何にせよ、とにかく止めに入ろうと した。その時だった、二人と激昂したメイルを、何かに引きずり込まれるような、高いところから落ちるような、口では言い表せない 独特の不快感が襲った。
「っつ、何だここは?」 気づいた時にはオーサとラントはそこにいた。周り一面が柔らかな乳白色で囲まれた空間、そう、見渡す限り見事な乳白色が広がり見てい てイライラしてくる程だ、一体どれ程の大きさがあるのか、見当もつかない。 「HA、HA、HA、みなさん大丈夫デスか、シンパイしないでください。ここは私の作った空間の一つ”手抜きだろここ”デスから」 「作った・・・・・・この空間を作ったのか!?アンタ!?」 オーサが驚きの声を上げる。それもそのはずだ。空間系の能力者で自作の空間を作れるのは相当高位の能力者で、しかも、これ程大きな 空間を作れる能力者なんて聞いたこともない。 「HA、HA、HA、大したことないデスよ。名前の通り、昔の弟子に”手抜きだろここ”と言われた空間デスからネ」 驚いたが、それを後回しにしなくてはいけない事に、気がついた。 「ところで、メイルのヤツはどこに?」 「それも、シンパイないデスよ。彼女は今、この空間の少し離れた場所に飛ばしてるだけデスから。ところでアナタ達は彼女の怒りの理由 がわかりマスか?」 「悪いんですけど、長い付き合いの俺達でも、わからないんですよ」 オーサがラントと男を交互に見ながら言う。 「そうデスか。仕方ありませんネ、彼女のトコロまで行きマスか」 男が乳白色の地面に、手を触れた。 またしても、二人は引きずり込まれていった。
メイルはこれまでにないほど困惑していた。先程までの怒りも霧散してしまっている。その証拠に、怒りや感情の昂ぶりを表す彼女の紅 玉が、もとの琥珀色に戻っている。が、代わりにその顔は真っ赤だった。 オーサ達三人が上から降ってきた。これだけでも十分に驚くことだが問題はこの後だった。 こんなこと作り話の中だけだと思っていた・・・・・・まさか自分の身に降りかかるなんて・・・・・・ 見事にメイルの上に、飛来したオーサは彼女を押し倒すことになり、そして決まっていたかのように、唇を重ね合わせていた。 オーサにしてもこんな状況は初めてで、身動き一つ出来ない。 二人の間に、永遠に感じられる時間が流れた。しかし、永遠という物は存在しない。この場にはまだ二人、二回目で慣れ、普通に着地し ていたラントと、この世界の作成者である男がいたからだ。 おいしい場面に出会ったラントが、身振り手振りを加え、声を当てた。 「メイル!俺はお前が欲しい!・・・・・・ああん、ダメよオーサ嬉しいけど、続きはベッドに、も・ど・っ・て・か・ら」 「「ぶっ**(わよ)!!ラント!!」」 先程の体勢から、二人同時に、一瞬でラントに詰め寄り、ローブの胸ぐらを掴んだ。二人とも怒気と羞恥により、良く熟したリンゴのよ うな顔になっている。 「や、止めろ、ほんの冗談だろ・・・・・・」 さらに、からかいを続けようとしていたラントだったが、二人の殺気と気迫に押され、何も言わなっかった。 こうなると当然、二人の怒りの対象は、隣の人間に向く。 「大体、何であんたは着地も、まともに出来ないのよ。ラントは普通に立ってるじゃない!!」 「お前が下にいたからだろ、お前さえいなけりゃ、俺も普通に着地してたぞ!!」 「どっちにしろ、何でアンタ等落ちてきたのよ!?そしてここどこ!?」 その質問は、落とした本人が答えた。 「ここは私の空間”手抜きだろココ”デスよ。スミマせんネ、少しミスってしまいましたよ」
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