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EXU小説投稿掲示板

*原則としてエヴァの二次創作でお願いします。 *LASでもLRSでもLARSでもカップリング無しでも異世界系でも学園モノでも大歓迎です。 *見るに堪えない内容、描写はご遠慮ください。

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タイトル:異世界支店 パラレル

 カインは魔法を披露した。
 誰よりも自分を愛した、母に褒めて貰うためだった。
 カインは一人絶望した。
 自分の使った魔法に、人々が恐れ戦いたからだった。
 カインは魔法で人を殺した。
 賊が自分を襲ってきたので、みんなを守るためだった。
 カインは善き男だった。
 賊に両親と兄弟を殺され、その賊の正体が国軍と知るまでは。

 カインは魔王と呼ばれていた。
 一千人の魔法使いにたった一人で立ち向かい、みんな殺して大けがを負い、廃城に一人逃げ込んだ。気付けば彼はただ一人。人は彼を魔王と呼んだ。
 カインは魔王になっていた。
 廃城に一人引きこもり、常に何かを待っていた。嘗ての傷は貫禄となり、古びた玉座は彼のもの。今やかの国、砂の城。さらりさらりと壊れゆく。
 カインは今宵、殺される。
 勇者が現れカインを斬って、国は再び蘇る。
 カインはただただ、玉座へ座る。
 自分を殺す、勇者を待って。

 悄悄(しょうしょう)として、俺はその紙を玉座の下の床へと置いた。玉座の下からこんな紙が出てくるとは思わなかったが、変な言い方だが、内容はあまりに、予想していた以上に予想していた通りだった。
 カインは三代前の魔王だ。
 そもそも、自分より前に四人も魔王がいるとは全く信じられなかったが、それはつい二月(ふたつき)ほど前に、この廃城の地下にあった書物によって明らかになったのだった。
 もう、俺はかれこれ五年、この廃城に立てこもっている。理由は、この陳腐な詩モドキを書いてくれた二代目魔王・カインと全く同じだ。ある日突然、暗黒魔法に目覚め両親と兄と妹を賊に殺され、その正体が国軍だと知って国軍対俺で全面戦争、あと一歩で敗れて這々(ほうほう)の体でこの城まで逃げて引きこもっている。
 カインは歴代の魔王の中で、最も若かったらしい。歴代といっても継でいるわけじゃないのは前述の通りである。
 初代魔王のランドが25歳、二代目カインが16歳、三代目ザーヴァンが20歳、四代目ジードが29歳、五代目の俺が17歳。
 俺は二番目に若かったという事になる。そして共通しているのが、どれもこれも、引きこもってから約五年で勇者が現れて、ぽっきり魔王が殺されているという事だ。今提示した年齢は、俺以外全部没年だ。そして、五年で死ぬのならば、俺もこの歳で死ぬ事になる。
 少なくとも、地下で埃を被っていた、先代の魔王によって綴られた本から、そんな解釈ができる。
 詩っぽいものにした二代目と、本にまとめた四代目はそれを知っていたのだ。しかし逃げなかった。四代目は本の最後に、「俺はもう、どうでも良くなった。家族は死に、友もおらん。自分が存在する価値が分からぬ」と綴っていた。

 自分の家族を殺した王への復讐の一心で、俺は引きこもってから3年、この廃城で修行を続けた。そりゃ辛かった。けどこの手で、あの税だけでずんぐり太った肉塊を紅く染める日が来ると信じて、闇の魔法を磨き続けていた。
 だが、三年も修行して、いざ行こうと思った時、国は既に、それこそカイン氏の言った通り、波打ち際の砂の城のように脆く崩れかけていた。国軍は反乱軍との内乱に明け暮れて、試しに俺がヤツらに声を掛けてみても周りと十把一絡げ。国軍は機械的に人を殺すのに必死だった。
 俺はどうでも良くなった。今のぐたぐたな政権に復讐などしても心の中の空虚が無駄に広がるだけだと理解したが、それを理解するとますます心の空虚が広がるのだから不思議だった。だが、もし収まって国が立て直ったら、その時は民衆の前で王の全身に細かな穴を開けて血のシャワーを眺めてやろう。と表面上、自己暗示のように思い続けていた。しかし、空虚は広がり続けた。ミラキア王国の内乱は続いて収まる気配を見せず、俺はいよいよどうでも良くなった。心の空虚はいよいよ心を溶かす水となり、俺の士気や自尊心は、虚無の水に砂糖のように溶けて薄れて消え、玉座でぼうっとするだけの日が増えていった。
 しかしある日、ふと突然文字が読みたくなり、もう随分長いこと人の入っていないであろう書斎を見た時、俺は驚愕した。
 過去に複数存在した魔王、五年の月日と現れる勇者、殺される魔王、そしてその後に蘇る国。
 四代目の魔王、ジードが書き残した本を見た。

 今となってはもう確信を持って言えるが、王国は魔王を利用している。
 王国は危機、もしくは停滞に陥りそうになると魔王を祭り上げ、そして勇者を見つけ出し、荒廃し飢餓する責任を全て魔王に押しつけ、勇者が魔王を倒し、それによってバラバラだった国を一つに纏め上げ、士気は高まり、景気は良くなる。
 カインの陳腐な詩が、繰り返されているのだ。歴史は巧妙に工作され、勇者の名前は残ろうと、魔王の存在はいつしか忘れられる。
 恐らく、勇者は俺と同じだ。
 俺が祭り上げられた犠牲者だとすれば、勇者は祭り上げられた英雄だろう。役目こそ違えど所詮は似たもの同士であり、二人とも誰かの掌で剣舞を繰り広げている。魔王は、その舞の途中で勇者に刺されて死ぬのだ。
 それに気がついたとき、背筋に何かぞくりとしたものを感じて、全身に鳥肌が立った。こんな事は初めてかもしれない。自分は、魔王と呼ばれた、ただの生け贄だったという事に漸く気付かされた。
 するとなぜか、今までは一度も湧いてこなかった途方もない恐怖が地面から伝わってくるようだった。今や、刻一刻と刻まれる時計の針は、俺の心臓を今にも突き刺そうと狙う槍にも見える。
 魔王は恐怖の中、決意する。
「まずはさっさとここを出よう」

 しかし、今この城を出ん、としていた準備も終盤に差し掛かった時、蜘蛛の巣の張り巡らされた薄暗い部屋に、轟音と共に幾筋もの光が降り注ぐ。封印をかけていた筈の重い扉が開かれた。
「魔王はどこか!?」
 善意の固まりである筈の、踊らされる勇者が現れた。

山礬 2009年08月01日 (土) 08時24分(36)
 
題名:

 店内にフードを被った、随分と挙動不審な少女が入ってきた。
 入り口からおずおずと店内を不思議そうに眺めている。一体何があるのだろうと思ったが、とりあえず「いらっしゃいませー」と声をかける。
 すると彼女はびくりと驚き、困惑してこちらをまじまじと見つめた。何だろう。俺の顔に何かついているのだろうか。どうやらこちらに気付いていなかったらしい。万引きとかじゃなければいいが。店長は何やら古い友人と久しぶりに会って外で話しているらしく、現在、店内には俺一人だ。
 少女が一度口を開いたが、またすぐ閉じる。何か言いたげだ。
「何でしょうか?」できるかぎりの0円スマイルを浮かべながら、俺は聞いた。誠心誠意バイトしてます。ここの店長曰く、お客様は王様らしいです。
 しかし、帰ってきた言葉は予想の斜め上を行くものだった。
「……こ、これってお店なの?」
 ん?
「そうですよ」
 よく見ると、少女の服はなんだか見慣れないものだった。フードだと思ったものはよく見たらローブのようで、その下はよく分からないが、何か古代的な……。少なくとも、最近のファッション誌では掲載されていなさそうなものだった。
 服から顔を上げて目をよく見ると、目は日本人離れした金色をしていた。ローブが邪魔して髪型はよく分からないが茶髪というのは判断できて、顔立ちも随分と整っているのが分かる。
 もしかしたら異国の人なのかもしれない。そう思って、俺はお客様に、これまた誠心誠意お答えした。
「ここはコンビニエンスストアです。『便利な店』という意味があります。一日24時間営業していて、食品や文房具や雑誌や化粧品など、日用品なら基本的になんでも売っている店です。便利な分、スーパーとかよりは少し値段が高いんですがね。別に、珍しくありませんよ。コンビニエンスストアを略してコンビニと呼ばれていますが、聞いた事ありませんか?」
「い、いえ……。私、最近町に出ていないからよく知らなくて……」
「あ、そうでしたか。では、お求めの商品などがありましたら、あの籠に入れてそこのレジでお持ち下さい」
 言い終えて、少し違和感があった。何故、日本語があんなに流暢に喋れるのにコンビニの存在を知らないのだ、と。
 まぁ、母親か父親のどちらかが日本人だったという可能性もあるし、もしくは、日本語を勉強した東南アジアの方の出なのかもしれない。いや、でも東南アジアだと金色の目はおかしいか。金色という事はヨーロッパとかの出だろうけど、少なくともアメリカにはコンビニがあった筈だ。いやいや、もしかしたらカラーコンタクトかもしれない。でも何のために? コンビニを知らなくてコンタクトを知っている可能性はかなり低い。でも否定はできない。もしかしてアルビノか? でもぱっと見髪の毛は茶髪っぽいし……いや、白い髪はイヤで染めてる可能性だってある。
 そこまで考えた末、再び少女を見た。雑誌コーナーのところを、何やら興味深げに眺めている。確か今日はジャンプの発売日だったから、立ち読みに来たのか? いや、コンビニを知らないのならば読みに来るはずはない。
 ん? 少女は『最近町に出ていない』と言っていたのだ。つまり、少女はこの付近にはきっと住んでいなくとも、県内にはいるのだろう。あれ、でも、地方でもコンビニはざらにあるし、第一、俺と大して変わらないであろう少女の年齢でいう最近なんて高が知れてるし……。
 あ! ――あれはコスプレか!
 なーんだ、とそれで納得した。
 そういえば、なんとなーく、なんだか中世の魔女ってあんな格好をしているような気がするし、凝った人ならばカラーコンタクトだってしてみせるだろう。茶髪だって、日本人の若者が普通に髪を染めてる今では珍しくない。さっきのは演技だろう。そうに違いない。

 自分の中で漸く問題が解決した時に、あの少女がレジへとやってきた。籠を持ってはいるが、中には何も入っていない。
 何だろうか、と思い少し身構える。少女はいつの間にかローブを取っていて、髪は肩ほどあるセミロングでそろえているというのが漸く分かった。そして肌の色は、それこそ磁器のように白く儚げだった。通常なら息を呑むような美しさを持つ肌なのだろうが、よく見るとなにやら青白い。
 そして、表情は滅茶苦茶不安げだ。大きな金の双眸は、今や凶器と化している。止めて下さい、そんな表情で人を見ないで下さい。なぜか申し訳なくなります。
 一体何を告げられるのかと内心不安になっていると、少女の顔が突然見えなくなった。
「も、申し訳ございません!」少女はお辞儀草より丁寧な礼をして本当に申し訳なさそうに言った。当然、何のことやら理解できない。
「あなたが異国にある方とは知らず、私が喚(よ)んでしまいました」
 呼ぶ、というと、さっきの挙動不審の少女に俺が話しかけた事を言っているのか? もしかしたら、これは本当はコスプレなどではなく、彼女の国では、異国の人を呼んだら天罰が下るとか、そういう宗教があるのかもしれない。……ないかもしれないが。
「呼ぶ? 私をですか? さっきは呼ばれたのではなく僕の方から行きましたがよ。まぁ、確かに、あなたは人を呼びたそうな顔をなさっていましたが」
 沈黙が辺りを支配した。
「……え? そうでしたか?」
「そうも何も、思い出して下さいよ。あなたが不安そうにしていたので、僕の方から行ったじゃないですか。店はサービスが第一、お客様は王様です。どうぞそんな事をお気になさらないで下さい」
「……それじゃ、私に協力して下さるのですか!?」
「? いいですとも」
「ありがたく存じます! 報酬……いえ、供物はちゃんと致しますから!」
 ん? 何か、おかしい。
「異国の未知の魔法で、荒れ果てた王国を、きっと元に戻しましょう!」
「ちょっと待って下さい。何ですか、王国っていうのは?」
「?」
 少女が小首を傾げた。よく見ると、えらい美人じゃねーか。嬉しそうなのは結構だが、勘違いしていないか? いや、俺が勘違いしているのか?
 とりあえず嫌な予感がする。

◇◆◇◆◇◆

「魔王はどこか!」
 神剣を携えた私は扉をこじ開け、魔王の城内部へと足を進め、叫んだ。
 この重い扉を破壊できたのは、ひとえに職人たちの英知と腕の結晶により、錆びた神剣をたたき直したからだ。神剣とは魔の闇を切り払い、悪を貫くという伝説の剣だ。暗黒魔法の封印は、光の魔法でもそう簡単に破れない。この扉にはそれが厳重にかかっているため、ここをこじ開けるには神剣が必要不可欠なのだ。
 しかし、薄暗い中を目をこらして見るも、玉座は空っぽだった。
「……あれ?」
 玉座にでん、と魔王座っているのを想像していた私は、完全に不意を突かれていた。まぁよく考えたら、招待状も貰ってないのに魔王が都合良く玉座に座って『待っていたぞ』とかいうのも無いだろう。しかし、薄暗い部屋に光の魔法で証明を点し魔王の姿を探してみても、殺気すらも感じられないのは一体どういう事だろう。
 勇者は戸惑った。
「ん?」
 しかし不意に、僅かに水の跳ねる音が聞こえて、そちらへ目を向ける。

 魔王が顔を洗っていた。

「あ」
 布で顔を拭きながら魔王……? が言った。よく見るとまだ若い。私よりも年上みたいだが、それでも二十歳は行っていないと思う。顔を拭く布のせいで顔は良く見えない。当たり前だ。
「魔王だな?」顔を拭くそいつに神剣を向けながら私は訪ねる。
「……勇者は女だったのか。予想外だな。美人だし」魔王っぽい人は興味なさげに言って布をぽいっと捨て、鏡で姿を整える。
 いよいよ決戦か、と私は身構えるが、魔王は髪の毛を整え始めた。何か、恥が込み上げてきて非常に直視しずらい。目を逸らしたい。こっちが馬鹿みたいに思えてくるのはどうしてだろうか。
「おい、やる気はあるのか、魔王。お前は魔王だろう、魔王がそんなのでいいのか」羞恥に顔は紅くなっている筈だが、私は問う。
「魔王? 何の事さね」
 ヤツはすっかり惚けて言った。
「惚けるな、お前が魔王なんだろう」私は内心戸惑いを隠せなかった。
 もしかしたら、これもヤツの作戦のうちなのかもしれないと、油断だけはしていない。
「魔王か。なんか魔物の王って感じの大層な名前つけられているが、別に俺は伝説みたいに魔物を従えているとかいうわけじゃないんだがな。それ以前に、俺が敵わない魔物だっている。俗に言うサタン級なら勝ち目がないだろうし、インペリアル級のヤツでも苦戦を強いられる」
「なんだと?」
 魔王は姿を整えたのか、全身鏡の前に立つと満足げに頷いた。その姿は、都に入ったら、富裕階層の商人のように見えるような、予想していた魔王の姿とは随分違っていた。魔王は俗っぽかった。
「お前は魔王、いや、俺について、どれだけ知ってる?」今度はそこから振り向き、魔王の方が問いかけてくる。初めて魔王の顔をまともに見た。少し目つきが悪いだけの、普通の青年のようだった。
 そして私はしぶしぶ返答する。これから殺す相手に返答の義務などなかったが、自分のプライドが黙るのを許さなかった。
「……五年前に突如として町に姿を現し、魔物を率いて穀物を炭に変え、女子供容赦無く殺し、戦いに出た三百人もの魔術師を殺し、城を守る魔術師であった我が母の一撃を受け瀕死の重傷を負いながらも最後に残った母を殺し、ゾルフォンド教国の森へと消えた。……お前は、我が母の敵(かたき)であり、幸福を躙(にじ)る悪魔だ」
 『君の母親は魔王に殺されたんだよ。彼女は最後まで勇敢に戦った。何故、罪のない人が死ぬのだろうなぁ。君のような子を残して』過去に王から伝えられた言葉を思い出して、はらわたが煮えくりかえるようだった。それだけで血圧はどんどん上昇し、くらくらと目眩までしてくる。落ち着け自分、と己に言い聞かせるが――
「ふーん」
 魔王の興味のなさそうな言葉に、とうとう堪忍袋の緒が切れ、いや、破裂した。
「殺してやる!」
 神剣を、魔王に向かってぶん投げる。
「おっと、あぶなっ!?」
 魔王は慌てながらもそれを平然と避けてみせた。神剣は風を切り、全身鏡を奥の壁に縫い付けて轟音を部屋に響かせた。
 しまった。冷静さを失って、神剣を投げてしまった。あれは、魔王を倒す重要な武器なのに。魔王の反撃を恐れ、私は守りの術式を思い描いた。
「撤退ッ!」
 しかし、魔王は私を殺す最大のチャンスをみすみす逃し、一目散に逃げ出した!
 神剣でも突き刺さるまでに留まった、絶対に破壊不可能だと思われた分厚い魔法石の壁に、魔王は手を翳す。
「暗黒大砲(ダーク・キャノン)!」
 刹那、意識を失ったかと思えるほどの漆黒が視界を支配し、思わず目を瞑(つむ)る。
 響いたのは、壁の凶音(きょういん)。嘗て聞いた事のない、空気が漏れるとも違う音。魔力が溢れる、法螺(ほら)貝の音を更に低くしたような音が薄暗い空気に漏れて、天の災害であるかのように大地を震わせている。まるで大地が咆哮しているみたいだった。
 そして、おそるおそる目を開けたときには既に、魔力の漏れる壁には大穴が開き、魔王は城から消えていた。
 一陣の風が、ひょう、と穴から吹いた。

 ありえない
 ありえない。
 ……なんで?
 ってかありえない。

 あの、絶対に破れない壁を壊す闇魔法の威力もあり得ないが、どうして自分と戦わないのか。それが全く分からない。魔王は、勇者と戦うものではないのか。それとも、自分が女だから見逃したというのか。だから、私を勇者と認めないのか。
「ま、待て!」
 暫し呆然としてしまったが、私は神剣を壁から引き抜くと、慌てて魔王を追う。
 玉座の下から、一枚の紙が風に吹かれて飛んだ。

◇◆◇◆◇◆

 昔から、私は夢見ることが多かった。
 白馬の王子様が現れて自分を助けてくれるなんて乙女な発想は無かったけれども、山奥にひっそりと佇む屋敷で育っていた私は、広大な夢見ていた。
 私に、この狭い谷から出る力と勇気の翼を与え、荒れ果てた国土を豊満な大地へと変えてくれる救世主。
 小さい頃に母にそれを言うと、『その救世主はきっと勇者様だろう』と母は返した。母は神話に詳しかった。勇者について聞くと、魔王が現れるたびに勇者はその魔王を倒して、国を救ってくれるのだと話してくれた。国が廃れたらそれは魔王が現れたからで、その後にはきっと勇者様現れて国を立て直してくれるという。
 話を聞いたが、私は小さい頃から結構な現実主義で、それを人々に希望を与えるためのただのお伽話かと思っていた。他にも母は色々話してくれたが、話半分にしか聞いていないため、あまり覚えていない。

 しかし、現実主義者の可愛くない私がこんな夢を抱いたのは、小さかった頃に成功させた、私の召喚魔法が原因だ。
 その召喚魔法は術式を地面に書き込んで予め用意したものを転移させる、非常に簡単なものではあったが、私はその時に、術式の転送元の部分を書き忘れてしまったのだった。本来術は成功するはずはなかったが、それがどういうわけか発動してしまった。
 発動する前に書き忘れには気付いたが、ちゃんとした反応があったのでそのまま放置すると、なにやら見た事もない、土台付きのくるくる回る球に、地図と文字が書き込まれたようなへんてこりんな人工物が召喚された。
 面白かったので何度もそれに挑戦した。
 何も召喚しない事の方が圧倒的に多かったが、諦めずに挑戦して何日も経って、合計三百回ほど挑戦したところで、何か向こうの物を掴むような変な感覚を覚えると、成功回数は瞬く間に増えていった。魔法力の限界量を引き延ばすいい練習にもなったが、召喚魔法の基礎モドキの真似事をしている私を見て、母は『他の事にも挑戦してみなさいよ』としばしば言った。
 紅い金属の円柱に黒いくちばしと黄色い輪っかがついたような物体とか、強い弾力のある車輪を二つもつ、金属の骨を組み合わせたような人間のバランス感覚を考えていない歪な乗り物モドキとか、正五角形の白黒模様を持つ球体など、召喚したのは用途不明で理解不能なものばかりだったが、それでも、友達の作れる環境にいない私はその召喚遊びが大好きになった。一日に使える魔力の殆どを、それに使っていた気がする。
 それから何年か経った今でも、暇な時はそれに挑戦するようになっていた。
 もしかしたら、『勇者』とか『救世主』とかそれに準じる何かを、心のどこかでまだ期待しているのかもしれない。
 屋敷の倉庫は謎の物体で結構埋まっているが、とりあえずはあの倉庫が一杯になるまでは続けてみようかと思う。

「……で、俺がここに喚び出されてしまったと」
「ごめんなさい」
 これで何度謝ったか、自分でも分からない。とりあえず、二桁に突入しているのは分かった。
 聞けば、彼はこの召喚してしまった、風変わりな四角い白い店で副業として働いていたらしい。本業は勉強する事だそうで、高等学校という三段階目の学校に通い始めたばかりだったらしい。
「いや、別に悪気があったわけじゃないんだからいいんだけど……なぁ……」
 どうやら彼は『ニホン』という国から来たという。この辺りの人間でなければこの小国、というか集落である『イフテル』を知らないというのは分かるが、巨大な四つの国家、私が知る限り最も巨大な国である『ゾルフォンド教国』も知らないというし、『グラナエル民主国』も『ミラキア王国』も『パルティリア独立国』も知らないという。どうやら、めちゃくちゃ遠いところから引っ張ってきてしまったようだ。本当に申し訳ない。
 先行き不安だ、という彼の暗澹たる表情が周りの空気を淀ませている。
 緑で溢れるの山々を揺らす風の音も、龍のように巨大で壮大な滝の音も、小鳥が健気にさえずる声も、その淀んだ空気に遮断されてしまっている。
「ああ、よりにもよって異世界か……」
 言葉の意味は理解できないが、自分は随分ととんでも無い事をやらかしてしまったのだと、改めて自覚して申し訳なくなった。

山礬 2009年08月01日 (土) 08時25分(37)
題名:

 深邃(しんすい)の境にあるかのような真っ黒な森の中を、魔法を使って駆けている。
 一秒間に、直径2mある木が五本、視界の端へと消えていく。風になったようだ、なんてどうでもいい事を考える暇はこれっぽっちも存在しない。
「待てぇええええ!」
「うわ、思ったよりアイツ、早いな」
 魔王は追われていた。別に追いつかれたら一瞬で死が待っているという訳でもないが、怪我を負うのはわかりきっているし、アイツは光の属性持ちだ。属性的に圧倒的に不利だ。過去の魔王がみんなやられたのも頷ける。
 もう時速70km前後のスピードが出ているが、普段から移動系の魔法を使っている勇者の方が数段早かった。
 魔法の並行行使もやむを得ない。気が遠くなるし、ますます息が上がるから、あまりやりたくはないのだが。
「影壁(シャドウ・ウォール)」
「ん? ……ぅわっ」
 巨大な木々の影が巨大化して、そのまま一斉に立ち上がり、勇者の前に立ちはだかる。
 何だか鈍い音がした。多分勇者が影壁に突っ込んだのだろう。あの影はそこそこ弾力があるし、勇者の名前は伊達じゃないから、あれぐらいじゃ死なないとは思うが。
 一旦追跡が止まったのを感じて、魔王は胸をなで下ろし、『速脚(クイック・レッグ)』に全魔力を集中させ、更に速度を上げた。
 暫くそうして走っていたが、魔法を使っていても走っているわけなんだから普通に体力は減るし、目的地があったりするわけでもないし、終点もないので、やっぱり勇者は追ってきた。
「くそっ……おのれ、卑怯なり! 待て魔王!」
 鼻の下には紅い筋の跡がある。綺麗な顔が台無しだった。
「今度はこちらから行かせて貰うぞ!」
 何と?
「光散弾(レイ・ショット)!」
 掲げた勇者の右腕には、目を瞑りたくなる程のまばゆい光が集まっている!
 散弾への形状変化は1から7ある難易度のうち、かなり高い5に分類される。レイは三段階ある属性の、光の二段階目の筈だから、この組み合わせはそこそこ強い。闇属性の自分が喰らったら、致命傷は免れられない。
「やばっ」
「発砲!」
 光の散弾が、俺を飲み込もうと襲いかかる。慌てて木の陰に隠れて緊急避難。
 木を焼き削る音が、鼓膜を激しく攻め立てる。目を閉じずに相手をよく見ると、彼女の白い手袋に、光の散弾の術式が書き込まれている。右手のあれを媒介にして発動したらしい。
 すると、左手にも、やっぱりそれと同じ……
「もう一丁!」
 マジか!
 1発目の散弾でぼろぼろの木屑となってしまった大木は、今にも倒れようとしている。
 あの光線スピードだと、次の木までは間に合わない!
「光散弾(レイ・ショット)!」
「陰鬱な淀み(ディズムル・オーラ)!」
 慌てて呪文を唱え、攻撃に持ちこたえる。
 オーラは形状変化のレベルが6、ディズムルの属性の段階は闇の2。自分の周りに闇の魔力を敷き詰め、集めた魔力より小さい種類の魔法攻撃を全て無効化するという、殆ど反則的な魔法である。つまり、5(形状)×2(属性)=10である光散弾は、6×2=12であるこの魔法以下の魔力であるために打ち消される。基本的に、使う魔力=難易度なのだから。
 ただ、通常の攻撃は本人の基礎魔力が更に追加されて、一般人を基準として×1.0、平均的な魔術師なら×5.2、勇者ならば多分、×10くらいで、魔王の俺ならば×30ほどになる。
 だが、この魔法にはそれが関係ない。その代わり、属性の優劣もこの魔法に関係なく、オーラによって全ての光は飲み込まれる。
 もしただの、属性初段の魔法影壁(シャドウ・ウォール)だったりしたら、瞬く間に貫通されていただろう。この魔法以外、闇の楯は光に異常なほど脆いのだ。
「くっ、それがあの噂の魔王の鎧か」
「あー、しんど……」
 自分も勇者も随分と息が上がっている。
「酷いな。俺はまだお前に危害を与えようともしていないのに」
 息も切れ切れと思わせ、胸に手をつく。いや、実のところ結構疲れてはいたが、まだ疲労困憊というわけではない。胸に手をついたのは、胸ポケットに入れてある、紙に書いた術式を取り出すためだった。
「影壁を使った」
「正当防衛だ」
「……」
「君は俺が黒幕だと思うかね? この、勇者の目の前から1分経たずに逃げ出した俺が」俺は再び勇者に問う。この会話は俺にとって、術式を成功させるための、魔力を貯める時間稼ぎだ。
「噂に聞く暗黒の鎧を纏う上に、厳重に魔力が込められた城壁の破壊など、魔王でなければ不可能だ」
「そうか。ならば、君は魔王が黒幕だと思うかね?」
「当たり前だ! お前は数多の罪なき人々を殺し、穀物に火をつけ大飢饉を起こし、人々の邪な心を呼び起こし国内は汚職事件が多発している! 貴様のせいではなかったらなんなんだ!」
「俺が穀物に火をつけても俺には何のメリットもない。お前が前言った、女も子供も殺していない。殺す意味がないからな。そもそも、お前の母親どころか、軍の魔術師に女はまずいなかったと記憶している。医療系なら背後にいたかもしれないが、俺は一切の手出しをしていない。確かに、三百人くらい軍の魔術師を殺したのは事実だが、王を消そうとして、それを妨害したやつだけに、俺は止めた。それに、俺が瀕死になったのは他ならぬ自分の魔力の使いすぎが原因だ」
 ふん、と嘲笑の笑みを浮かべて告げる。もう、どうでもいい。この勇者がどこまで俺の結論を信じるかは知ったことじゃないが、もう術式は成功している。
 『影武者(シャドー・インカーネーション)』と呼ばれるこの闇の呪文は、本来自分の代わりに、影に戦って貰う呪文だ。普通はただの黒い人型とかを使うのだが、自分と全く同じ姿となると、形状変化の難易度は最上級の7段階目まで跳ね上がり、更なる魔力と精密さが必要だ。
 自分は召喚魔法の応用で100mほど離れたところへ移動、そして自分と同じ場所に立つように、且つ入れ替わっても相手に気付かれないような術式も同時に術式に織り込んである。
 俺はまだ呪文を発動させずに、勇者へ告げる。
「邪な心を呼び起こす、か。そもそも闇の魔法に人の心を操る力は存在しない。所詮は腹黒い大臣が責任を俺に擦り付けただけだ。何故疑わない? 何故気付かない。汚職事件を起こすような奴等の仲間の証言だ。俺は三百人を殺した後、ずっとゾルフォンドの廃城にいたから、飢饉があった事自体、さっきお前に聞いて初めて知った」廃城にずっといた、というのは少し嘘だ。何度か外出くらいする。
「嘘をつくな! 人殺しが!」
「人を殺すのは、あの魔術師とて同じ事。俺の両親と兄と妹を殺したのは国軍の魔術師だ。俺はそれで、俺から全てを奪う命令を下した人間に復讐を企てた。何が悪い? そもそも軍人など、人の命を奪う職業ではないか。復讐のために人を三百人殺した魔王と、命令を下されて人の命を奪う軍人の何が違う?」
「……軍人は」
 必死に反論をしようとする少女は、既に苦虫を噛みつぶしたような表情だ。しかし、言葉は途中で途切れてしまった。五秒待ってから、続けた。
「悪を討伐する? 違うのは分かっているのだろう。心を読む神のような特殊な術は持っていないが、今の俺には読めるぞ、お前の心が。きっと旅の仮定で何度も見てきただろうな。度重なる戦争と内乱で困窮した村人達を。何度も国を渡ったお前なら分かる筈だ。相手の国にも、自分の国と全く同じ人達で構成され、それが戦争で互いに潰し合っている。全ては欲に目が眩んだ命令する者のせいだ。さて、魔王は一体、どこに入り込めばいい? 全ての責任は魔王にあるのかな?」
「……」
「だが、魔王を殺す事には意味がある」
「全てが洗い流されるからか?」
「確かにそれもある。全ての悪は片付いた、と思わせるのは確かに大切だが、重要なのはその後だ。お前はこの後、王になる。若しくは、お前は女だから、王子様みたいなのと結婚するだろう」
「英雄か?」
「その通りだ。悪を滅ぼした英雄の誕生だ。反乱の起きていた国はやがて一つに纏まり、士気と景気は嘗て見た事のない程に高まり、火災が原因の飢饉ならばすぐ立ち直り、国の勢力は以前を上回り、人はますます繁栄するだろう。お陰で生まれる平穏な時間。家族を殺され祭り上げられた魔王の犠牲一人の上に、国は再び蘇るのだ。国は時折、英雄の力を必要とする。それが、お前であり、今までも歴史に名を残す勇者だ」
「……」勇者は何も言えなさそうだった。
「俺はそれに気付いた。俺は所詮、魔王とは名ばかりの、祭り上げられた生け贄だったのだ。そしてお前は祭り上げられた英雄だ。英雄は偽りの母の敵(かたき)を倒し、民の指示を集めて国を再興する。そして、平穏な時間の後、お前は国を広げるために、最前線で戦争に参加する。こうしてお前は、嘗て勇者の時代に訪れた国を攻撃し、自国を成長させるのだ。やがては、お前も人を殺すのだろうな。戦争によって」
「馬鹿な! 私はそんな事は決してしない!」
「だが、今まで流れてきた歴史を見ると、どれもこれも英雄が侵略を行っている。お前に害意がなくとも、お前は人を殺す運命なのだ。現にお前は俺を殺そうとした」
「!」
「恐らく、どこそこの国は何々という悪い奴を匿っている、とか、あそこの国は新種の魔法を開発して侵略を開始するらしいぞ、とかいう情報だろうな。今私が動かなければ民が危ない。大きな戦争を回避するためにも、すぐに武力で先制をかけるぞ! 自分の国の侵略を正当化させるために、適当な理由をでっち上げるのだ。大臣達お得意の情報操作でな」
「……もうやめろ!」
「そして、その戦争によって」
「言うな!」
「国土は崩壊し、人々は困窮し、再び、新たな勇者と魔王が祭り上げられるのだ」
 魔王と呼ばれた男は言い終える。
 『勇者』と呼ばれた少女の威厳は消え、ただ呆然と、糸の切れた操り人形のようにその場に崩れ落ちた。
「剣を取れ、勇者よ。お前は戦う為にあるのだろう。嘗て、勇者と魔王は四人いた。いずれも、国家を成長させる良い餌となっていったがね。魔王を倒し、国を再興させるのが、お前の役目だろう。魔王は所詮、お前の引き立て役に過ぎん。さっきは、この永劫回帰を繰り返す仕組みに恐怖して逃げだそうとしたが、よく考えたら、今となってはどうでもいいな。この世に未練などはない。人間どもの為に殺されるのも……悪くはない」
 嘘だ。現に俺は今、少女が呆然と崩れた隙をいいことに、影武者の術を発動させた。これで俺の本体は、ここから南に100mいったところに移動している。殆どの意識はまだこちらにあるから、会話は続けられる。今頃分身は、南へ向かって駆け出し始めている。
「……出来るわけないよ!」
 少女は初めて素の口調を出し目から大粒の涙を零して泣いていた。涙は女の武器というが、本当らしい。現に俺は、心に罪悪感の傷を負った。
「そうか」
 だが、俺がやる事は既に決まっている。魔物のうじゃうじゃ出る森の中で、今まで出したこともないような大声を上げて言った。

「……さて、勇者よ、よくぞここまで辿り着いた! ふははは、大したものだ! 余の部下の魔物達をよくもこうまでずたずたにしてくれたな! よい力だ! 今、余の部下になるというのならば、貴様に世界の半分をくれてやるぞ!」
 突然大声を出した俺を、涙をぬぐわないまま何事かと勇者は見つめる。恐らく、今の俺の演技が、この勇者にとっての理想像なのだろう。きっと。
「何? できないだと? ならば貴様と余の、世界一つを賭けた最後の勝負をしようではないか! 神剣を取れ! 闇を切り裂くというその剣に、私の闇が切れるかな!?」
 俺が自分の魔法で、神剣を宙に浮かせる。無属性魔法の『浮遊』だ。無詠唱、術式無しで扱えるのが、無属性魔法の特長だ。
 ここで、勇者は俺の考えに気付いたらしい。
 ハッと顔を上げて、「だめ!」と大声を上げて神剣に飛びつく。
 だが、ただの腕力と魔法の力の差は歴然だ。通常の人間の三十倍ある俺の魔力による魔法を止められる筈がない。身体増強属性の魔法を使われたって、止められない自信がある。
 だがしかし、彼女の方も本気になって、本当に本気で身体増強の魔法を使って剣の動きを止める。
 神々しく輝く剣の切っ先はもう、俺の心臓まで後一歩だった。
「何、なかなかやるな……!」
「馬鹿な真似はやめたまえ!」口調が女ではなく、勇者のものに戻っている。だが、その目からは宝石のように綺麗な涙が流れ続けている。
 先程とは全く立場が逆だ。
 表面だけ見ると、勇者が剣を魔王に突きつけ、それを止める魔王の図のように見えるが、中身は自殺しようとする魔王とそれを止める勇者の図なのだから面白い。
 だが、今の俺はただの分身だ。ここで殺されても影が四散して俺は跡形もなく消えるだけだ。ここまで高位の『化身』の形態変化は見たこともないだろうから、勇者はこれっぽっちもこれの裏側を疑わないが。本体には意識の切れ端を送ってあるから、今頃南の方へと疾走しているだろう。
 要するに、俺は『殺された』って事にして欲しいのだ。
 このまま俺が自殺モドキをしてしまえば、この勇者は俺を殺した英雄になり国を建て直し、俺は隠居生活を送れるわけだ。だが当然隠居生活などするつもりはない。国が立て直ったらもう一度あの税金喰らいの肉塊をミンチに変える為に、今度は綿密に作戦を立てて国を攻めるつもりだ。その時はこの勇者もいるだろうから、頑張って光に対抗できるような闇の魔法を考えるしかない。
「何、強い! これが、俺が苦しめた人々の『想い』の力だったのか!」
「(魔王裏声)今こそ懺悔の時だ!」
 まぁ、なんというか。内心、必死な勇者が面白くてたまらない。コイツには悪いけど。
「冗談は止せ!」勇者が、ある限りの魔力を出す気になったのか、一気に本気を出した。
「何をっ、小娘が!」
 俺もムキになって、この分身に蓄えてあった魔力を全て一瞬に集中させ、いっきにこちらに剣を寄せた。爆発のように魔力が膨れあがる。
 突然の力に勇者は驚いたのか、ひゃっ、と可愛らしい声を上げて地面に転がる。
 剣は俺を見事に、いや、正確には、俺の分身の心臓を見事に貫通していた。
「かはっ」これは演技だ。
 神剣とやらのおかげで纏っていた陰鬱な闇(ディズムル・オーラ)は晴れ、俺は噴水のように影を吹き出して前のめりに倒れ、
「ははは……貴様が俺を倒しても、魔王はいつかまた現れる……」
 と、これは本気か演技か、自分でも分からない言葉を勇者へと投げかけた。
 これは所詮、魔力を失った影の分身でしかないために、全く痛みは感じられない。だが、女勇者の心が折れそうな涙の視線が、俺を罪悪感に駆り立てた。
 本当にあと少しだけ、魔力が残ったので、自分に突き刺さる神剣に、無属性魔法である『記述』で、
『魔王は無事に倒されました』
 と、掘ってやった。俺のサイン付きで。
 視界が歪んだ。


 ふっ、と意識が本体に戻ると、土と木の香りがする風の匂いが鼻をついた。
 さらば勇者よ、また会おう。
 俺は南へ向かい、森の中を翔る翔る。
「ィシャー……」
 魔物の声がしたので、後方へと振り返る。できれば、今の自分は基礎魔力に比べると三分の一くらいしか残っていないので、あまり強力なのに見つかって欲しくはない。
 ゾルフォンドにある人跡未踏の森の深部には、魔王たる自分が本気でも敵わないような危険すぎる魔物が希にいるのだ。
 走り続ける中で足下をよく見ると、無数の魔力が込められた蜘蛛の糸が地面に張り巡らされている。冷や汗が一筋、額を流れた。この糸の張り方には、記憶がある。手配の紙や図鑑でしか見た事はないが、確か、AAA(トリプルA)ランク、俗にインペラル級と呼ばれる化け物だった……かも。いや、きっと……そうでないと信じたい。さっきも勇者に『苦戦するヤツ』とは言ったが、今のコンディションで勝てるわけがない。
 どろどろどろ、と後方で太鼓を軽く叩くような不気味な音が響き渡るのが聞こえた。これはもしかしたら、いや、もしかしなくても。
 走りながら振り返ると、そこには蜘蛛の化け物が、16の目がこちらを見つけて紅い光を灯らせ、16ある太い脚をせわしなく動かして、直径2mある木々をなぎ倒しながらこちらへ猛然とダッシュしていた。
「インペラル・スパイダーッ!?」
 脚がなくとも全長8m高さ2.5m、普通に立っていたら、高さは10mにも達する。最も長い脚は20mとか。自分の巣半径5kmに渡る地面に魔力の糸を張り巡らせ、獲物がどこに何匹いるのかを理解し、相手が気付かなかったら殺し屋のように静かに、残忍に獲物に上から忍び寄り、粘着性の糸を吐き動けない獲物を喰らうという、とんでもない化け物だ。体表から分泌されて体表で固まる蜘蛛の糸は、乾燥すると鋼鉄よりも更に固い鎧となる。身体のトゲはそれによって固められ、岩に研がれて刃となる。そしてごらんの通り、逃げる相手には滅茶苦茶に素早い。どうも近くで普通の魔物を見ないなぁと思っていたら、コイツが手当たり次第に食い尽くしていたからか!
 意識を僅かしか与えなかった自分の本体は、気付かぬうちに怪物の巣窟へと脚を踏み入れてしまっていたらしい。さっさと勇者との会話を早々と終えなかったがためにこんな事になってしまうなんて。天網恢々疎にして漏らさずというのは本当なのか。そもそも天網とはこの地面の糸の事なのか。勇者を弄んだ罰なのかこれは。
「ギシャー!」
 巨大蜘蛛が跳んだ。
 もうコイツに勝てる余力は残っていない。できるのは、コイツのテリトリーから一刻も早く抜け出す事だけだ。
 さっきの勇者よりも遙かに危機迫った追いかけっこは始まったばかりだ。

山礬 2009年08月01日 (土) 08時26分(38)


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