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カインは魔法を披露した。 誰よりも自分を愛した、母に褒めて貰うためだった。 カインは一人絶望した。 自分の使った魔法に、人々が恐れ戦いたからだった。 カインは魔法で人を殺した。 賊が自分を襲ってきたので、みんなを守るためだった。 カインは善き男だった。 賊に両親と兄弟を殺され、その賊の正体が国軍と知るまでは。
カインは魔王と呼ばれていた。 一千人の魔法使いにたった一人で立ち向かい、みんな殺して大けがを負い、廃城に一人逃げ込んだ。気付けば彼はただ一人。人は彼を魔王と呼んだ。 カインは魔王になっていた。 廃城に一人引きこもり、常に何かを待っていた。嘗ての傷は貫禄となり、古びた玉座は彼のもの。今やかの国、砂の城。さらりさらりと壊れゆく。 カインは今宵、殺される。 勇者が現れカインを斬って、国は再び蘇る。 カインはただただ、玉座へ座る。 自分を殺す、勇者を待って。
悄悄(しょうしょう)として、俺はその紙を玉座の下の床へと置いた。玉座の下からこんな紙が出てくるとは思わなかったが、変な言い方だが、内容はあまりに、予想していた以上に予想していた通りだった。 カインは三代前の魔王だ。 そもそも、自分より前に四人も魔王がいるとは全く信じられなかったが、それはつい二月(ふたつき)ほど前に、この廃城の地下にあった書物によって明らかになったのだった。 もう、俺はかれこれ五年、この廃城に立てこもっている。理由は、この陳腐な詩モドキを書いてくれた二代目魔王・カインと全く同じだ。ある日突然、暗黒魔法に目覚め両親と兄と妹を賊に殺され、その正体が国軍だと知って国軍対俺で全面戦争、あと一歩で敗れて這々(ほうほう)の体でこの城まで逃げて引きこもっている。 カインは歴代の魔王の中で、最も若かったらしい。歴代といっても継でいるわけじゃないのは前述の通りである。 初代魔王のランドが25歳、二代目カインが16歳、三代目ザーヴァンが20歳、四代目ジードが29歳、五代目の俺が17歳。 俺は二番目に若かったという事になる。そして共通しているのが、どれもこれも、引きこもってから約五年で勇者が現れて、ぽっきり魔王が殺されているという事だ。今提示した年齢は、俺以外全部没年だ。そして、五年で死ぬのならば、俺もこの歳で死ぬ事になる。 少なくとも、地下で埃を被っていた、先代の魔王によって綴られた本から、そんな解釈ができる。 詩っぽいものにした二代目と、本にまとめた四代目はそれを知っていたのだ。しかし逃げなかった。四代目は本の最後に、「俺はもう、どうでも良くなった。家族は死に、友もおらん。自分が存在する価値が分からぬ」と綴っていた。
自分の家族を殺した王への復讐の一心で、俺は引きこもってから3年、この廃城で修行を続けた。そりゃ辛かった。けどこの手で、あの税だけでずんぐり太った肉塊を紅く染める日が来ると信じて、闇の魔法を磨き続けていた。 だが、三年も修行して、いざ行こうと思った時、国は既に、それこそカイン氏の言った通り、波打ち際の砂の城のように脆く崩れかけていた。国軍は反乱軍との内乱に明け暮れて、試しに俺がヤツらに声を掛けてみても周りと十把一絡げ。国軍は機械的に人を殺すのに必死だった。 俺はどうでも良くなった。今のぐたぐたな政権に復讐などしても心の中の空虚が無駄に広がるだけだと理解したが、それを理解するとますます心の空虚が広がるのだから不思議だった。だが、もし収まって国が立て直ったら、その時は民衆の前で王の全身に細かな穴を開けて血のシャワーを眺めてやろう。と表面上、自己暗示のように思い続けていた。しかし、空虚は広がり続けた。ミラキア王国の内乱は続いて収まる気配を見せず、俺はいよいよどうでも良くなった。心の空虚はいよいよ心を溶かす水となり、俺の士気や自尊心は、虚無の水に砂糖のように溶けて薄れて消え、玉座でぼうっとするだけの日が増えていった。 しかしある日、ふと突然文字が読みたくなり、もう随分長いこと人の入っていないであろう書斎を見た時、俺は驚愕した。 過去に複数存在した魔王、五年の月日と現れる勇者、殺される魔王、そしてその後に蘇る国。 四代目の魔王、ジードが書き残した本を見た。
今となってはもう確信を持って言えるが、王国は魔王を利用している。 王国は危機、もしくは停滞に陥りそうになると魔王を祭り上げ、そして勇者を見つけ出し、荒廃し飢餓する責任を全て魔王に押しつけ、勇者が魔王を倒し、それによってバラバラだった国を一つに纏め上げ、士気は高まり、景気は良くなる。 カインの陳腐な詩が、繰り返されているのだ。歴史は巧妙に工作され、勇者の名前は残ろうと、魔王の存在はいつしか忘れられる。 恐らく、勇者は俺と同じだ。 俺が祭り上げられた犠牲者だとすれば、勇者は祭り上げられた英雄だろう。役目こそ違えど所詮は似たもの同士であり、二人とも誰かの掌で剣舞を繰り広げている。魔王は、その舞の途中で勇者に刺されて死ぬのだ。 それに気がついたとき、背筋に何かぞくりとしたものを感じて、全身に鳥肌が立った。こんな事は初めてかもしれない。自分は、魔王と呼ばれた、ただの生け贄だったという事に漸く気付かされた。 するとなぜか、今までは一度も湧いてこなかった途方もない恐怖が地面から伝わってくるようだった。今や、刻一刻と刻まれる時計の針は、俺の心臓を今にも突き刺そうと狙う槍にも見える。 魔王は恐怖の中、決意する。 「まずはさっさとここを出よう」
しかし、今この城を出ん、としていた準備も終盤に差し掛かった時、蜘蛛の巣の張り巡らされた薄暗い部屋に、轟音と共に幾筋もの光が降り注ぐ。封印をかけていた筈の重い扉が開かれた。 「魔王はどこか!?」 善意の固まりである筈の、踊らされる勇者が現れた。
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