【最終章・私達の戦いはこれからだ】
あれから数日後、白花那姫神が伝えた政策に乗っかって宗旨替えした有力者筋の固定票を獲得した形で、選挙日は過ぎた。
慌てて高美蔓姫神と共に陽華を羽交い締めにし、挨拶もそこそこにあの場から去ったのだが……危ないところだったと思う。下手をすれば、傾きかけていた支持者すべてが陽華を恐れて逃げていたかも知れない。
白花那姫神は月見里家を訪れていた。
スーツ姿で、座卓の前に正座する。目の前には阿佐美と陽呂之、陽華、陽嘉琉が座っている。陽呂之は選挙後に家に戻ってきた。やはり仕事の都合上、家にいる方がいいらしい。あと、あっちにいると頻繁に桜蛇鬼に襲われるんだとか。
修復されたフィギュアと、復活したHDDのデータを見て驚喜していたそうな。理屈はよく分からないけど、論理フォーマット程度なら、サルベージソフトを使うだけでデータは復活出来ると陽嘉琉は言っていた。だから、PCを捨てるときはちゃんと専門の業者を使うんだよとも言われた。そういえば、先輩達もそんな事言っていた気がする。
「え〜と、お陰様で何とか私達、日本国神党はぎりぎり……友愛改革党を抑えて与党にはなったわけですが……」
もっとも、与党とはなったが、ほぼ同じ数の議席を友愛改革党が持っている以上、政権運営は難しくなる。開票結果の直後に、どこのニュースでも解説者が得意げに語っていた通りである。そんなこと、解説されなくても想像つくだろうにと思うのだけれど。
「その……ロリコン有力支持者の方々がですね? 何かこう……私達のことを公約違反だの何だのと言いがかりを付けてきましてですね? 有ること無いこと、マスコミを使ってネガティブッキャンペーンを……おかげで政権発足早々、支持率が……。ちゃんと、私はあんな格好までして……恥ずかしい写真を……なのに……」
白花那姫神は大きく溜息を吐いた。
その一方で、最大野党の友愛改革党の支持率は絶好調だったりする。下手をすればこのまま解散まで追い込まれ、その上で選挙をしたら今度こそ友愛改革党の大勝利は間違いない。思い返してみれば、あのとき大物種子命は何も邪魔をしてこなかったが……それも、ここまでの流れを読んでいたからのような気さえしてくる。
「いや……シロちゃんや?」
「なんでしょうか?」
半眼を浮かべてくる陽呂之に、白花那姫神は小首を傾げた。次に言ってくることは想像つくが、分からないふりをする。
「恥ずかしい写真って……まさか、あれのことかね?」
「はい、そうですよ? もう……今思い出しても顔から火が出る思いです。お嫁に行けないかも知れません」
いやんいやんと、白花那姫神は両手で顔を覆ってくねって見せた。
「……流石に、禿げカツラに腹巻きか、前進白タイツとか、猿の着ぐるみとか、肉襦袢とか……それだけで済ますつもりじゃないよね?」
白花那姫神はくねるのを止め、陽呂之から目を逸らす。その野獣のような眼光に、目を合わせることが出来ない。冷や汗が流れる。
「まあ、お約束よねー」
のほほんと、陽華がそんなことを言ってお茶を啜るのが聞こえた。
「陽呂之さん? ほら、お楽しみって後に取っておくものじゃないですか」
「そんなの無理っ! アチキもう我慢出来ないっ! アチキが抑えている、禍津世啼太刀(まがつよになくたち)が、今か今かと血肉に飢えているのっ!」
ぎゃおー、食べちゃうぞー。みたいな素振りを見せる陽呂之を陽華は無言で殴り倒した。陽呂之の顔面が座卓に埋まる。
「そんなこと言いながら、兄ちゃん三冊も写真集を買ったじゃない」
「そうそう、それに電話で担当者さんも言っていたわよ? リリィちゃんのオクトパスコスチュームも好評だったって。あれよね? 写真集にあったタコさんの着ぐるみをネタにしたのよね?」
しっかりとネタにしていたのかと、白花那姫神は乾いた笑みを浮かべた。どんな格好だったのか、見てみたい気もする。絶対に見ないつもりだけれど。
「そうじゃないっ! そうじゃないんだっ! シロちゃんは確かに、あのときは『脱ぐ』って、それに『二言は無い』って言っていたじゃないかっ! そこまで言って、無かったことになんてアチキ許さないよっ!?」
上半身を起こして、陽呂之が再び熱弁を振るう。相変わらず復活が早い。もう、驚きもしないが。
「失礼な。私は嘘なんて吐きませんよ? ちゃんと、これから脱ぎますから」
「うむっ!」
ふんすと鼻息を荒くして、こくこくと陽呂之が頷く。
「ただ、その然るべきタイミング、日時については検討の余地があってですね? もうしばらくは待って頂くことになるかと……ただ、いずれ……近いうちには」
「それっていつさ?」
うろんな視線向けてくる陽呂之に、白花那姫神はにやりと唇の端を吊り上げた。
「私は必ず脱ぎます。脱いでみせます。ですが……そのときの場所と日時は指定していません。つまり……私がその気になれば、100年後……いえ、1000年後でも可能だろうということっ!」
陽呂之が凍る。そんなのアリか!? という表情で固まっているのが、見ていて少し楽しい。
「……今までもそんなことばっかり言っていたから、この前の選挙のときに支持率落としていたんじゃいかなって僕思うんだけど」
陽嘉琉が苦笑を浮かべてそんなことを言ってくる。無視するけど。
「あ、そういえば桜蛇鬼だっけ? あの子もそんな約束していたけど、あれは結局どうなったの?」
「限定販売して、かなり際どい格好した写真集を売ろうとしたみたいですけど、お父さんに見付かって怒られたそうです。嫁入り前の娘が何を考えているって。嫁入り後だったら、それはそれで問題な気もするんですけど。とにかく、まだ揉めているらしいですねえ。大物種子命も巻き込んで……。そんなことをゴンドラ代の請求だとか電話してきたときに愚痴ってました」
「でも、それも時間の問題よね。種雅さん、説得力のある人だから」
朗らかに言ってくる阿佐美の言葉に、白花那姫神は小さく呻いた。考えていなかったが、その可能性は大だ。そして、そうなったらますますこちらが不利になる。出すべきものを出していないというのはどちらも同じなのに、支持者の反応が違うのはそういった状況説明や期待感の差なのかも知れない。
「そ、そんなの納得出来るか〜っ! アチキ、もう我慢出来ない。こうなったら、どんな手を使ってでも――げぶんっ!?」
硬直から復活した陽呂之は陽華に殴られ、再び座卓に沈んだ。座卓が大きくひび割れる。
白花那姫神は大きく溜息を吐いた。
「……と、まあこんな状況なので、私達としては早急に陽呂之さんのロリコンを何とかしないといけなくなってきたわけです」
よっこらしょ、と立ち上がって白花那姫神は陽呂之へと近付く。もたもたしているとまたすぐに復活してしまう。
「シロちゃん、そのゴミクズをどうするの?」
「私達の事務所に連れて行こうと思います。そして、しばらくトレーニングして貰おうかと。筋肉を育てる悦びに目覚め、健全な肉体と精神に生まれ変われば、きっとロリコンも治ることでしょう」
「健全って概念と筋肉を育てる楽しみって、イコールじゃない気がするんだけどなあ?」
「ユフェリウスさんの言葉は、誤訳だったみたいだけどねえ? ……まあ、今はどうでもいいのかも知れないけど」
白花那姫神は陽呂之の襟首を掴んだ。そして、転移しようと――
“ちょっと、待ちなさいいいいいいいいいぃぃぃぃぃぃぃ〜〜〜〜っ!!”
「あ痛っ!?」
突然、目の前に星が出た。思わず後頭部を押さえる。
「あんた、陽呂之さんをどこに連れて行く気よっ!?」
声の主へと顔を上げる。そこには桜蛇鬼と梅雪鬼が立っていた。どうやら、彼女達も転移してきたらしい。つくづく、しつこい連中だと思う。
「私達の事務所ですよ。というか、あなたこそ何て事するんですか? すっごく痛いんですけどっ? ……って、なんですかそれは?」
「うっさいわねっ! 手加減したんだから、感謝しなさいよ。私なんてねぇ? まったく、あの分からず屋が……」
どうやら、ついさっきまで彼女の父とまた揉めていたらしい。桜蛇鬼は頭にでっかいたんこぶを作っていた。相当痛いのか、涙目を浮かべている。
「とにかく、陽呂之さんを連れて行かせはしないわっ! いくわよ、梅雪鬼」
「うん、姉ちゃんっ!」
白花那姫神はすかさず、木槌を取り出して構えた。
「シロちゃん。私も加勢するわ」
「有り難うございますっ!」
咆吼を上げて鬼達が襲いかかってくる。それに向かって、白花那姫神は木槌を……陽華は拳を振りかぶった。「お仕事もいいけど、お家壊さないでね? 陽嘉琉の期末試験も近いから」と阿佐美の声が聞こえた気がした。
―END―