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作品名:珍味レストラン 自由(小説)

 私は仕事で一風変わったスープを出すという店に来ていた。

楠沢朱泉 2011年09月18日 (日) 23時28分(21)
 
作品名:珍味レストラン

 私の仕事はグルメ雑誌の珍味リポーターである。雑誌の中ではネタ扱いされているコーナーだが、コアなファンも少なくない。
 今日は投稿者から寄せられた情報を元に、一風変わったスープ店とやらへ行ってみた。
 中に足を踏み入れてみると、客は私だけだった。スープのだしを取っているのだろうか、少し生臭い。これはマイナスポイントだ。店内は中華料理店風で古いながら掃除は行き届いている。内装の評価は「普通」。
 席に着くと直ちに店員がメニューと冷やを持ってきた。メニューはラミネートされたB5サイズの用紙に『絶品!ゾンビの脳みそスープ』とだけ書かれていた。自慢の一品だけで勝負に出る店は少なくないが、スープでこれはやりすぎではないだろうか。スープだけで腹を一杯にするのは難しい。土鍋いっぱい食べれば腹は満たされるが、心が満たされない。一品しかないのにメニューを持ってくるのは日本人が大好きな形式美ということで自分を納得させる。
「あのー、このゾンビの脳みそスープ一つください」
 これも形式美。
 店員が厨房に入っていくのを確認して嘆息する。ネタ系の店か。自分で「絶品」と言ってしまうあたりネタ臭しかしない。挙げ句の果てにゾンビの脳みそとは。見た目は悪いながら味はうまいと言いたいのだろうが、敢えて言おう。料理とは見た目、香り、味すべてがそろって初めて旨い料理と言えるのである。
 五分後、目の前に運ばれてきたものを見て私は絶句した。
 これは……。
「まんま、ゾンビじゃねーかって思っただろ」
 テーブルの上の器から声が聞こえた。
 これは、作り物……ではなく、本物の、ゾンビさん、です、よ、ね? それも生首。『ゾンビの脳みそスープ』ってまさか脳みそのあるべきところにスープが入っているとか恐ろしいこと言いませんよね?
 こちらの不安をよそに、店員は表情を一つ変えずに、かぽっとゾンビの頭の上半分を取り「ごゆっくりどうぞ」と淡々と告げて去って行った。
 やっぱりぃぃ。
 ゾンビの脳みそがあるべきところに、乳白色の液体と具が入っている。店内に入ったときと同じ臭いがするそれはふわふわと湯気を立てていた。
 生首の上に頭半分切り取られて痛そう。そして熱そう。
「そうでもないんだぜ。何せ腐ってるから神経馬鹿になって痛みとか感じねーんだわ。はっはっは」
 ゾンビが歯をカタカタ鳴らした。はっはっはって笑うところなのか。スープを入れられる器として生きていくこと……すでに死んでるのだが……に抵抗を感じないのだろうか。
「それは運命だってあきらめるんだよ。俺だって好き好んでこんな仕事やってんじゃねえ。感覚はなくても自分の頭に液体入れられれば誰だって気持ちよくねえよな。俺のことは気にするな。まあ、冷めないうちに食えや」
「それが、猫舌なもんで。もう少し冷めたらいただくよ」
 嘘だった。
 器がこれではとてもでないが食べる気にならない。口調こそ親しみやすいが、見た目はゾンビそのままなのである。片方の目は取れかかってるし、皮膚も青くてところどころはげ落ちそうになっているし。それ以上は凝視したくないから略。今回は適当に書いておこう。クセは強いがそれが逆にクセになる、マニア向けの味。仰天する仕掛けもあるので怖いもの見たさで行くのもあり。これで大丈夫だろう。そういえば、まだ値段がわからない。値段は重要だ、特にこういう店では。
「うちは熱々が旨いんだぜ。とはいえ、やけどされてもしょうがねえ。味わってもらうのが一番だからな」
 嘘がばれなかったようで内心安堵する。ゾンビは「暇つぶしに俺の話でもしてやろう」と身の上話を始めた。
 人間だった頃の話から始まった。幼少の頃、学生の頃、社会人になってから……話はそれなりに上手いが、いかんせん長い。
 最初は質問をぶつけてみたりもしたが、それも疲れて相づちばかり打つようになる。飽きたところでゾンビの顔をじっと見る気にもならず苦痛の時間だけが過ぎていく。
 手持ち無沙汰になった私は無意識にスプーンでスープをすくって口に含んでいた。
 食べたことのない味だった。
 においから想像するような臭みは一切ない。ベースの味は甘く、とろりと舌を包み込む。それを上手くカバーするように酸味と辛味が効いている。具も野菜は素材の味が見事にスープに調和しており、肉もとろとろに煮えていた。
 旨い!
前言撤回する。見た目は悪くても旨いものはあるのだ。人間だって見た目じゃなくて中身だと言うではないか。
 それからは無我夢中でスープを口に運んだ。ゾンビの話はほとんど耳に入ってこなかった。ゾンビは上機嫌で喋り続けた。
「ふー、うまかった」
「そういうわけで、俺は今ここにいるわけだ」
 器が空になるのとゾンビの話が終わるのは同時だった。
 これは本格的に取材をした方がよさそうだ。まだ他社も目をつけてない店だ。大々的に取り上げれば私の名前も売れる、かもしれない。
「これは何でダシをとってるのかな。まさか本当にゾンビの脳みそなわけがないでしょう?」
 ゾンビの目がぎらりと光った。
「おまえさん、うちがそんなインチキをすると思っていたのかい?」
 なんてことだ。ペンを持つ手が震えた。
「ゾンビは人の肉を食うって言うけど、逆の場合ってどうなるのかな」
 以前、人がゾンビの肉を食べるとゾンビになると聞いたことがある。その時は都市伝説と思っていたのだが。
「ここで二つばかし問題だ。一、どうやったらこのスープの材料が確保できるでしょう。二、俺たちの食料はどこから調達するでしょう。」
 慌てて席を立とうとすると足がもつれて床に倒れこんだ。体を起こそうとするが、体がいうことをきかない。頭も朦朧としている。何か盛られたか。逃げなくては、にげなくては、に……げな……。
「まいど」
 最後に頭上でゾンビの声が聞こえた気がした。
 

楠沢朱泉 2011年09月18日 (日) 23時31分(22)
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