[5180] 「爺さん」の ブログ の「コメント欄」に登場した人達の<誤謬>を突く・・ |
- サーチャー - 2016年09月21日 (水) 22時14分
<トキ掲示板(「今の教え」と「本流復活」を考える・挨拶板)>
2491 :トンチンカン:2016/09/21(水) 09:39:16 ID:7Vw8/kHk
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 「藤倉善郎氏」の表現をもってすれば・・「宗教的な充実感」が失われている!!
「爺さん」の ブログ の「コメント欄」に登場した人達の<誤謬>を突く・・ 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
<谷口雅春先生に帰りましょう・第二> ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 《ここに注目!》『新潮45』10月号がつきつけた根本的問題はこれだ!ここから 信徒の洗脳≠解いていこう! (3546) 日時:2016年09月21日 (水) 08時54分 名前:破邪顕正
表題は、これを書いた藤倉善郎氏の最後の文章を読んでの感想です。
《ただ単に「右翼」が「左翼」になっただけではない。
宗教的な充実感そのものが、生長の家から失われてきているのではないだろうか。》
まさに、ここにこそ、今の教団の深刻な問題があるのです。
「宗教団体」という看板を掲げながら、そこに「救い」がない!
藤倉氏の表現をもってすれば、「宗教的な充実感」が失われている!
本来ならば、もはやそれだけで「宗教団体」としての資格が云々されて当然のことなのです。
絵手紙に、ノーミート料理教室に、自転車漕ぎ等々。
こういうものばかりに興じているのを見たら、第三者が「これでも宗教か?」と疑問を抱いたとしても何ら不思議ではありません。
そして、それこそが、まさに現教団に対する、一般社会の健全な、客観的な評価だということなのです。
ところが、それが当の教団信徒には全く、理解されない。
不思議とさえ思われていない。
こういう姿を見て、世間は洗脳≠ウれていると評するのだと思います。
それをはからずも見せつけているのが、総裁の件のブログ記事に関するコメント欄です。
今の段階で4名がコメントしています。
それを逐一、紹介し、私なりのコメントを附け加えることにします。
(後略) http://bbs6.sekkaku.net/bbs/?id=kaelou&mode=res&log=786 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
|
|