| [421] インターネット道場 ―――感激的体験記 ・ 大山昌平先生 「光の行くところ闇はなし」 <その三> 「道は開ける」より |
- 信徒連合 - 2015年09月03日 (木) 09時21分
インターネット道場 ―――
感激的体験記
大山昌平先生
「光の行くところ闇はなし」
<その三>
「道は開ける」より
3.葵の花と一人の青年
松島湾周辺の十七ヵ所を新規開拓のために歩いたときの、ある一村であったことである。
ここでもやはり生長の家の誌友は一人もいず、ただ世話をしてくれる人によって、四、五十人の人が集まって、生長の家の話をさせていただいたのであった。話の終わったとき、その中のおもだった人たちが言われるには、「そんなに人間が神の子ですばらしくなるのならば、実はこの村で非常に困っている青年が一人いるのです。晃(あきら)という名ですが・・・」という話である。
その青年は両親を失い、親戚もほとんどなくて、一人だけ遠い親戚に当たる人があるのでそこへ身を寄せて、下男のようにいろいろな仕事をしていた。体格は非常によくて頑丈な青年なのだが、ある日、塩釜へ行って、何かの用事のあとで一杯飲んだらしい。そこでどういうことがあったのか、その後はまるで不良青年のようになってしまった。
村へ帰って来ても、今まで身をよせていたその遠縁の家にいつかないで、村中のあちらこちらの家に上がり込んで、勝手なことをやる。さあ、酒を出せ、さあ、何を食べさせろ、俺を今晩ここへ泊めろ、というようなことを言い、それを断ると、手当たり次第に乱暴をする。みんなもホトホト困ってしまっている。ただその青年が孤児(みなしご)であるので、同情心から彼を警察に訴えるというような人はいない。
しかし、何とかしなければいけない。時によると、村の若い娘さんをおっかけまわして、乱暴をする。その晃青年は今もこの村のどこかにいるはずだが、その青年をあなたのいう神の子にしてもらいたい、という。私は、よし、という覚悟をした。
その青年をここへ呼んで来なさい、探してつれて来なさい、と言った。みんなは、晃青年がむらのどこかにいるというので手分けをして探しに行った。私は残っている人々に、「その青年が来るならば、どうぞあなたがたはみんな一時この家から出ていてください。ぼくとその青年と二人だけで話をしたいから」と言って、その家をあけてもらうことにした。
その家には、座敷のまん中に囲炉裏(いろり)が切ってあって、炭火が入れてあった。私はそれにあたっていた。炉辺(ろばた)には一本の葵(あおい)を植えた素焼の植木鉢が置いてあり、赤いきれいな花が一輪だけ咲いていた。それを見ながら、私は背中を部屋の上がり口の方に向けて坐っていた。そうして静かに神想観の気持で、心を落ちつけて瞑目していると、背中の方に何か言うに言われぬ悪寒(おかん)を感じた。ゾーッとするような感じであった。
私は、晃青年が来たんだな、と思った。その青年は、私に対して、「こいつは何者だ!ただは置かんぞ」というような、殺気走った気持で来たに違いない。その気持を私は感じたのだろう。私は、<きたな>と思ったけれども、うしろを振り向かなかった。
すると、その感じがだんだんせまってくるように感じた。そのとき青年は部屋の上がり口に立っていたのであった。青年はしばらく、その上がり口のところで私のうしろ向きの姿を見て突っ立っていたらしいが、私が一口も声をかけないので、上にあがって来た。私は心の中で招神歌(かみよびうた)をとなえた。わが業(わざ)はわが為すのではない、そして今ここに来る青年も、姿かたちや行ないは、あるいはどうにもしようがない、凶暴な不良の青年になっているかも知れないが、本来は神の子である、完全円満な神の子であるんだ、ということを心に念じていた。
青年はだんだんと、足音を忍ばせるようにして、私の真向かいのところに来て突っ立った。そして炉ぶちのところに立ったまま、じっと上から、坐っている私を見おろしている感じがした。私ははじめて目を開いて、前を仰いで見ると、年のころ二十七、八の青年が、頭は長い毛をボサボサにかき乱して、両手をポケットに突っ込み、上から私を見おろしている。
なかなかガッチリした立派な体格の青年である。私のようなひょろっぽとは比べものにならない。 「ああ、晃君か。よく来てくれたね」と私はまず声をかけた。青年は、「何をぬかすか」というような顔つきで私をにらみつけている。
「光君、ここへ来た以上は、誰もじゃまをする人はいないし、ぼくははじめて君に会うんだ。なにも突っ立っていたって話はできんから、そこへ君、坐ったらどうだね。坐りなさい。そして君とユックリ話したいんだ」と言うと、青年はそこへドカッとあぐらをかいた。
私はまず、「晃君、ここに葵の花が咲いているね」と口を開いた。返事はむろん、ない。「なぜ、こんな葵の花を鉢に植えてここへ置いておくのかね。もしこの葵が花を咲かせなかったら、こんなものは誰も炉ぶちのところまで持って来はしないんだよ。こんなものは、庭のすみにでも放り出してしまってあるだろう。こんな小さな花でも、きれいに咲いておればこそ、炉ぶちのところへちゃんとこうやって置いて、みんなが喜んで見ているんだね。そう思わないの?」青年は黙っている。
何を言っているか、ぐらいの気持が顔色に表れている。「下手なことをぬかすと承知しないぞ」という殺気が感じられる。 「ぼくはね、さっきまでみんなの人から、君の話を聞いていた。君は本当に気の毒な人だと思って訊いたよ。また君がいろいろヤケクソを起こすのも無理はないなあと思った。ぼくでもね、立場を変えて君のようであったら、あるいは同じような気持を起こしたかもしれない。実際、ぼくは君以上にどうにもならない過去があったんだ。それがこうやってお話ができるようになっているのも、生長の家というのを知ったからなんだ。ところで、人間はだれでも、人に愛されたいという気持があることはまちがいないんだ。君もね、両親があったり、あるいは好きな人があったり、君を本当に愛してくれる人があったら、それがなによりの喜びだろう。
ところが君にはそういう人がなかった。両親は早く亡くなり、兄弟、身寄りも少なくて、遠縁のお宅に君がおったということは、まあそれだけでも幸せといえば幸せなんだが、それでは君は満足できなかったのは無理はない。そのことは、けっして責めないよ。本当にこれからでも、君を愛し、君のためを本当に思ってくれる人があったら、君は必ず幸福になれると、ぼくは信ずるんだ。そういう君を愛する人、いたわってくれる人があるように必ずなれるんだ。それは、君の心、君の覚悟一つなんだ。それにはね、この葵の花のように、まず自分が咲かなきゃだめだ。葵は花が咲かなければ誰もこれを炉ぶちにまで持って来て眺めたり、喜んで世話をしたりなんかしないでしょう、
それと同じなんだよ、人間というのは。君もみんなから喜ばれることを何かすることによって、愛されるということのなるんだ。君がよくなるということなんだよ。クソッと思って乱暴したり、みんなが困るようなことをやるのは、このこの葵が花を咲かせずにのさばっているのと同じで、そんなものは掃きだめのすみかどこかへ放り出されてしまうことになるんだ。それが君の現在だとぼくは思うんだ。
きょうもここへ来た人々がみんな、君はかわいそうだが、どうにも手がつけられないと言って、困っていた。それが、手をつけられる君になるには、花のように君が咲けばいいんだ。咲いたから、さあどうだと言ってすぐに君が結果を求めても、あるいはどうかわからんが、とにかく葵の花は咲きさえすればいいというので咲いているんだ。それを人間がただ喜んで炉ぶちへ持って来てめででいる。それは人がやることであって、葵の花はそんなことはおかまいなしで、ただわしは咲くのがわしのいのちだ、わしのつとめだと思って、咲いているにちがいない。
それと同じに、ただ誰かを喜ばすようなことをやるのが人間のつとめであって、それが人間のとしての生き甲斐だと思うんだが、そういう気持にあんたはなれないものかね。あなたがなろうと思わなければ仕方がないけれども、しかしそれではあなただけですむならいいが、この村全体が困るということになれば、法律的にいろいろ言わんでも人間のこの世における大きな罪悪であるんだ。どうぞひとつ、君の生き方はぼくにまかす気持になってもらえないか。そしてやってみて、それでもだめだという時は匙(さじ)を投げることは仕方がないかも知れんが、やらずにいて初めからだめだと言わずに、ひとつその気持になってみないか・・・」と私はひとりしゃべりでだんだんとしゃべって行った。
すると、晃君のはじめの殺気がだんだんと静まり、そのうちに頭を下げて、ポタリ、ポタリと涙を流している姿に変わってしまった。そうして、「おじさん、ぼくは悪かった。悪かったけど、もうどうにもならんんと思って今までヤケクソになってやっていたんだが、それでは、おじさんのいうように、ぼくが悪かったと、言ったらいいでしょう」「ああ、悪いと思いながらやっていたのなら、つらかっただろう。だけども、悪いと思ったら、『悪かった』と言うことが、それが男なんだ。だからね、みんなに、『今までやっておったことは悪かった』と、あやまるだけくらいはあんた、やれるだろう」と言うと、それはやるという。「そんなら、今ぼくがみんなをここへ呼ぶから、みんなの前で、『悪かった』と言うかね」「言う」
そこではじめて、その辺にいた人に、「どうぞみんな家にはいって下さい」と呼び入れた。そうしてずっとそこに大勢の人が集まったので、「それでは晃君、みんなに、悪かったと言ってお詫びをしなさい」と言うと、晃君は胡坐をかいたままで、「ぼく悪かった」と言った。「やあ、晃君、それはすばらしい、よいことだったがね、しかし、そう言ってお詫びをするなら、お詫びの仕方もあるんだ。今のところでは、なんだかいやいや君は言ったように見えるから、どうだね、みんなの方へ向いて手をついて、頭を下げて、お詫びをすることはできないかね、できるだろう。そういうのを本当の勇気というんだ。乱暴をするときの、あばれることが勇気じゃなくて、そういう君としてはちょっとやりにくいようなことをやれるのが、すばらしい勇気というものなんだ。ぼくはあんたは勇気があると思って、頼むからやりなさい」と言うと、
しばらく晃君はうつむいて考えていたが、「やる」と言って正坐をし、畳へ両手をついて、「ぼくは悪うございました」と、はっきりと詫びをした。
そこに集まっていた人たちは、非常に喜んで、「おお、晃、こっちへ来い! 晃、よく、悪かったことをあやまってくれた。ああ、やっぱり晃はすばらしいぞ!」誰となしにこういう声が出て、すばらしい結果になったのであった。
こういうのは、単なる体験といえば体験であるが、こういう指導は、こちらも必死の覚悟がなくてはできないことである。もし乱暴をされても、誰かが助けてくれる、誰かがとめてくれるからたいしたことはないだろう、というような気で指導したのではだめである。
そのためには、ほかの人はみんないなくして、一対一、その相手と本当に真剣に立ちあって説得する、という覚悟がだいじである。それが彼に通じたのだと思う。
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