| [574] インターネット道場―――個人を救い国家を救う『甘露の法雨』とその奇蹟 G |
- 信徒連合 - 2015年09月17日 (木) 09時36分
インターネット道場―――
個人を救い国家を救う『甘露の法雨』とその奇蹟 G
炭鉱爆発の時に起こった奇蹟
新講『甘露の法雨』解釈(p.322−329)
<< このような奇蹟は、あの昭和三十八年十一月の九州三井鉱山の三川坑の大爆発の惨事の時にも不思議な奇蹟が現れたのであります。大牟田市の前田常喜さんが、次の様な体験を発表されたのであります。
『私は十一月九日の三井坑大爆発の際、坑内にいまして罹災した一人であります。・・・当日、平日と変わらず出勤いたしました。・・・二十一卸(おろし)を昇って行きました所、粉塵、煙で真っ黒、今まで見たこともない真っ黒な煙・・・誰かが「本線に出てはいかんぞ、事故が起こったらしい。早く退避しろ」と言っている。間もなく乗り場の方からよろよろと二人出て来て、崩れるように倒れました。・・・私たちもガスを吸って・・・急激に手足の麻痺、頭痛が襲って来ました。・・・私の右肩の工具箱には、お守りの「甘露の法雨」が入っています。取り出す余裕もないので、そのままとにかく頑張れ頑張れと自分に言い聞かせて、必死になって急ぎました。・・・頭は朦朧として息苦しく「もう駄目だ」「いや二人の子供が待っている」・・・自問自答を繰り返しながら「甘露の法雨」を袋の上から押さえて、這うように歩き続け・・・しかし体力の限界でしょうか、倒れて失神してしまいました。
何時間くらい仮死状態で寝ていたでしょうか、何かゾクゾクッとしたと思ったら、ハッと気がつきました。目を開けると真っ黒い煙は、跡形もなく消え、キャンプ・ランプに照らし出された坑道は、綺麗な空気で満たされていたのでした。右肩を見ると、「甘露の法雨」の入っている工具袋を、肩から胸にしっかり抱いているのでした。「ああ、助けて頂きました。ありがとうございます」私は急いで「甘露の法雨」のお守りを取り出し、左胸のポケットにしっかりとしまい込み、上から手で押さえ、ただ「有難うございます」を繰り返していました。
失神していた時間は、二時間余りのようでした。二十一卸の方から、「おーい、こっちに倒れとるぞー!」という声が聞こえ、「眠ったらいかんぞ」「助かったんだ。しっかりしろ」と励ましの声と共に、担架に乗せられて二十一卸の四片口まで運ばれました。担架で運ばれる道すがら、倒れている仲間の多数の遺体を見て、大事故だとの実感がやっとピンときたのでした。天領町の三井総合病院に収容されたのは、十日の零時半頃でした。尚、当日は、長崎に行っていた妻は、朝から聖経三巻をあげ、神想観をして祈り、長女は昨晩のように『甘露の法雨』をあげてくれていたとの事ですがその時間がちょうど、私が失神から覚めた時と一致していたようでありました。
生きる喜び、九死に一生を得させて頂きました私の喜び、これこそ生長の家の大神様の御導きとお守りでなくてなんでありましょう。ただ有難いばかりであります。』>>
「みんな毒ガスで窒息死を招いた中でだだひとり助かった奇蹟」
<<三井鉱山の三川坑での奇蹟的な『甘露の法雨』の救いは、ひとり前田常喜さんだけではないのであります。昭和三十八年十一月二十二日、日大講堂において生長の家の大会がありました時に、菊地藤吉氏が聖経千回読誦の功徳を次の様に、小宮正秋さんの体験談を取り次いでお話になりました。
『・・・「甘露の法雨」の千回読誦をしようと心がけまして・・・それで一所懸命にやっておりまして、そして今月の九日の朝でございました。丁度、”ゆには道場“の当番として聖経をお誦げしておりましたら、何か胸さわぎがする。終わってから「何か今朝胸騒ぎがした」と言ったけれども一笑に付されたというのでございます。
ところが家に帰りまして、テレビを見ておりましたら、あの大牟田のおける三井の炭鉱の爆発、自分の弟さんがあの炭鉱に勤めております。そうして坑夫となって坑内に入っておりますので、どうだろうとテレビを見ておった所が、その死亡者の中に小宮正秋という死亡者の名が――自分の弟さんの名が――出たのであります。・・・早速連絡を致しましたけれども、もうゴッタ返しのようで電話が通じない。そこで小宮寛一さんは「自分が今やる事は、とにかく自分の心を落ち着けることだ」と聖経「甘露の法雨」を一所懸命読誦いたしました。・・・不安の中に聖経を一所懸命あげておりましたが、翌日になりまして二十七時間坑内に入っておって、最後に救われた小宮正秋君、四十二歳というのが大きく新聞に出たと言うのであります。実際は、この小宮正秋さんは、あの爆発の一時間前に、事務所の方へ至急な連絡があって、電話をかけて寄越しております。それから一時間たって、爆発したんでありますが、それで救助隊が入りました。坑内から千八百メートル奥へ入った辺が爆発の中心地でありますが、救助隊が入っていきました時に、二十四人全部そこでガス壊疽を起こして死んでおりました。
死体を上げて来て数えてみたところが、一人足りない。その一人が小宮だという事が分かりまして“小宮君は確か電話かけて来たのだからいる筈だ”という訳で、また、十時間過ぎに捜査隊が入って行きましたけれど、どこにも見当たりません。さらに探したところが、土砂の中にコンクリートで固めたマンホールがございまして、その中に小宮さんは入って、しかも胸まで土砂に埋まって、しかもマンホールの蓋をして、その中で気絶しておったと、こういう訳であります。
引き上げて、色々手当てをしまして完全に立ち上がった訳でありますけれど、どうして蓋をしたか、いつ蓋をしたか、いつマンホールへ入ったかそれが全然判らない、埋まってから蓋がかかっているのですから、一体どうして自分がそのマンホールにはいったものか、とにかく蓋をしてその中で助かっておったのであります。もし、あそこで気絶していなければ、これは完全に一酸化炭素を吸っている訳ですから、皆と一諸に死んでいなければならない。この辺の“あや”が全く神様のお計らいと言うより仕方がございません。
それからの「甘露の法雨」をあげますのは、誦げるのが有難くって有難くって、一字読んでは泪を流し、一句読んでは泪をながし・・・弟さんにも今度は「甘露の法雨」のお守りを持っていって、生長の家に喜んで入って頂く・・・と言う事でございましたので、御報告をさせて頂きます。』
弟さんの正秋君は、まだ遭難当時は誌友でなかったのですけれども、兄さんの寛一さんが、その時間に胸騒ぎがして一所懸命に『甘露の法雨』を読誦した功徳であります。仏典に「一人出家すれば、九族天に生まる」とはこのことであります。>>
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