| [93] 「本流復活」への私の思いと覚悟―― |
- 塚原卜伝 - 2015年07月27日 (月) 16時30分
私は、『生命の實相』全巻の連続七回読破によって、わが人生を救われた者です。開祖・谷口雅春先生の『御教え』がなかったならば、私は悲惨な人生を送っていたことでしょう。「イワシの頭も信心から」という諺がありますが、私の場合はそのような、或る種の盲目的信仰ではありませんでした。「生長の家」の『御教え』は、釈迦・キリストを超える「個人の病悩苦からの救済」(個人の成仏)のみならず、「国家の實相顕現」(国家の成仏)を説き、深遠なる最高の唯神實相哲学を基礎としていることが理解できたからです。そして、家庭生活、仕事、人生の自己開拓、求道の多方面に亘っての真理の実践によって、開祖・谷口雅春先生が説かれる「生長の家」の『御教え』が世界最高峰の教え、人類の至宝である事が、諸々の人生体験を塔して理屈を超えて実証できたのでした。
この様な素晴らしい至上の『御教え』は未来永劫に拡がり続けて行く、という確信をもって仕事や組織活動を続けてきたのですが、立教わずか70〜80年にして地上から姿を消す事態に陥るとは思ってもいなかったのです。今や、三代目の開祖反逆児としか言いようもないマサノブという名前の孫によって、「生長の家」教団は解体の方向へ、『御教え』の地上からの抹殺の方向へ導かれようとしており、このまま放置すれば総裁の地位は終身ですから、あと10年もすればマサノブ教に完全に取って代わられ、全国の教化部・練成道場は閉鎖されて換金され、総本山も宇治も無くなり、「森のオフィス」一ヶ所で信徒せいぜい数千名の「地球環境の家」と実質的になっていることは間違いありません。この様な事態になってもマサノブという人間は、「生長の家」という看板だけは決して手放さないでありましょう。この様な事態は私から見れば両手両脚をもぎ取られるよりも辛いことなのです。それほどまでに世界最高に素晴らしい教えであるとの確信に真理の実践を通じて到達できたからであります。
私も肉体的には80歳に近い後期高齢者の一員です。若い青年会時代の体力はありません。しかし、年寄りは年寄りなりの活動が出来ます。私は、自宅において、インターネットを通じて開祖・谷口雅春先生の『御教え』への全面復活運動に余生を捧げたいと思っております。私は次のような「本流復活」の夢をもって目標に向かって進んでおります。
1、 マサノブという人物によって、教団資産が蕩尽されないうちに、『本流復活』を実現できる情勢を作り出す。それは具体的には、三代目マサノブ自称総裁が辞表を出して教団を去っていかざるを得ない情勢を作り出すことで、彼の秘められたる目的「生長の家」の完全解体と『御教え』の地上からの抹殺と言行不一致振り、つまり「マサノブ教」の“誤謬”・“非真理性”をインターネットの「掲示板」活動を通じて日本全国、全世界の人たちに訴え続けて行くことです。
2、個人的希望としては、本流諸派の一本化を望んでおります。開祖・谷口雅春先生の立教の使命目的――― なかんずく、日本国實相顕現は小規模では出来ません。どうしても、元のような世論に影響を与えられるような規模に戻らねばならないと思っています。その為には「ときみつる会」・「学ぶ会」その他の個人的規模の本流復活グループの一本化が理屈を超えて是非必要であると思います。
3、その一本化の統合のための象徴的存在は、やはり御三家といわれる「谷口家」・「宮澤家」・「荒地家」の方にして『御教え』の全相継承の出来る方々を、扇の要に据えることで、それら御三家を盛りたてて信徒を糾合するお役目は、元本部講師の方々であると思って居ます。マサノブ君は今のところ“総裁”を辞職するつもりもなく、「生長の家」看板をも返却するつもりは毛頭ありません。しかし、マサノブ教の内容のマチガイに気付いて教団を去る信徒さんを出来るだけ落ちこぼれのないように掬い取っていくためには、そして1000億円を越すといわれる先輩信徒さんの残された浄財が、マサノブという開祖反逆の人物によって浪費されていく現状に鑑み、「正統・生長の家」教団の起ち挙げの提案がなされていますが私は全面的にそうあらねばならないと考えております。
そんなことできるものかと笑われるかもしれませんが、どういわれようと、元・本部講師でもない一人の末端信徒として出来る事は、その夢想とも批評される目的に向かって「点滴岩を穿つ」如く、根気強くインターネットの掲示板活動を命ある限り続けて参る覚悟を定め、その線に沿って精一杯の努力を傾注いたしております。 合掌
|
|