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生長の家・開祖の『御教え』全相復活
を目指す掲示板

「生命の實相」第14巻 <和解の倫理>

われわれは天地一切のもの(実在)と和解しなければなりませんけれども、
虚説に対して和解してはならないのであります。
虚説に和解したら実相をくらますことになります。
虚説を容れることをもって寛容と和解の徳があるように思うのも間違いであります。
虚説を排撃すること、いよいよ明瞭であればあるほど真説は明らかに照り、
それに照らされて救われる人間もまた多いのであります。

<新掲示板の概要について>

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[1448] インターネット道場 −−− 生命の實相とダーウィンの進化論(人間の生命は如何にして顕現したか)
信徒連合 - 2015年12月08日 (火) 08時23分




インターネット道場


生命の實相とダーウィンの進化論

(人間の生命は如何にして顕現したか) 



類人猿から人間に進化した証拠はない(『生命の謎』P.241−245)

人間の生命は如何にして生じて来たものであろうか。それに対する吾々の見解はすでに述べて来た通りであって、人間は宇宙心霊(神)の心の中に描かれたる最高理念の表現としての「理念」的存在であるのである。(前編「生命の本質への探究」参照)ところが、この哲学の最初にのべたと通り、宇宙の根源は唯一(ただひとつ)の大生命であるから、宇宙には一つとして無生物というのはないのであって、原子も分子もそれが集合してできているところの物質も、それが鉱物であろうと無機物であろうと悉く生きているのであって生きていないものはひとつもないのである。

そして単純なる組織の結晶体と生物との境である様な簡単な生物の生命から、極めて高級な生命体にいたる迄、各種各段階の生物が存在するのである。そして、形はともかくとして、人間はその精神に於いて、能力に於いて、その道徳性に於いていよいよ益々進化しつつあるのである。人間のみならず、ありとあらゆる生物は進化しつつある様にみえるのである。

そこで簡単なる生物から複雑なる生物へと徐々に進化してついに類人猿にいたり、人間まで進化したのであろうという様な憶測が行なわれるというのも無理がないのであるけれども、類人猿が「人間」にまで進化する過程のその中間的連続を形成するところの漸進的変化の各段階と思われる姿の生物は地上に見出すことはできないのである。

類人猿と人間とは哺乳類であり、有脊椎動物であるという事について著しく似ているのではあるけれども、それらの根本的形態をのぞいては、余りにも類人猿と人間との間には徐々に形態が変化したとは居えない様な著しいギャップがあるのである。そこに「人間」の生命が猿の生命と根本に於いて「種」を異にするものであり、「その内在理念」を異にするものであるといわなければならないのである。

 もっとも類人猿と人間とのそのギャップをうずめる所の徐々変化の形態をそなえた所の生物が、過去には存在していたのであるが、それが現在は死滅してしまってそのギャップをうずめることができないのであるけれども、過去の時代には必ず、類人猿と人間との中間変異を現わす超類人猿ともいうべき生物がいたのだが、その種族が或る機会に全滅して其のリンクが絶えてしまったという説もあるのである。

即ち或る種類の生物が地上から一時に大量的に消滅してしまうという実例は随分あるというのである。たとえばアメリカ産の水牛の如きは極めて急速に滅亡して行きつつあるのであって特別の保護を与えなかったならば地上から間もなく姿を消してしまうに相違ない由である。人間に於いてもアイヌ種族の如きは、特別の保護を与えながらでも急速にその人口が減少しつつあるのである。

更にハワイに土着していた種族の如きは白人種がハワイ島を発見する当時迄は現在よりも人口も多く健康であり、知能もすぐれ、道徳的水準も高かったのであるけれども白人種がこの島を発見して以来、結核とか肺炎とかの病菌をその島に伝播してそれらの病菌に対して**地である所のハワイ土着の民族は著しく不健康となり、その生存力を失って、次第次第に減少の一途を辿っているのである。もしこれをば人工的な人種保存保護の方法を講ぜずして、太古の時代の如き放任状態におくならば、間もなくその種族は絶滅してしまったであろうと考えられるのである。

その外、太古時代又は中古時代に棲息していたと思われる多数の動物が地上に一匹も残らずに絶滅してしまっている事実を考え合わすならば、類人猿と「人間」との中間変異の途上にある生物も、嘗ては存在したのであるが、それらの種族は何らかの事情によって悉く死滅してしまい、その死体や骨格もその後の地殻の変動のために埋没して化石としてすら残らなかった為に類人猿と「人間」との間のリンクが絶たれてしまったという説もあるのである。

然し乍ら類人猿と人間との間に存在する如き著しいギャップの如きものはそのほかの生物に於いてもはっきり現れているのである。羊と豚との中間段階の生物もなければ羊と牛との中間生物もないのである。馬と牛との間にも著しいギャップが見られるのであって、どの種族からどの種族へ徐々に進化したという様な、徐々変異の学説をば肯定すべき事実は存在しないのである。

そこで吾々はすべての生物の形態は徐々に変化したのではないのであって、それはある「理念」(精神的設計図)が原型となり、その姿に原子分子細胞が配列せられて特殊の生ける形態をとるに到ったと考えざるを得ないのである。そしてその内在「理念」こそその生物の本当の「生命」そのものであるのである。

 ある種族がある時代に地上から絶滅するという事はあり得るのである。それは太古又は中古の地層より発掘せられる化石によっても、下記の時代に存在したに違いない生物の種族の骨が化石して歴然と残っていることがあることによっても知られるのである。けれども、その今迄発見せられた化石に於ける生物の形態をいくら列べ合わせてみても、すべての生物が徐々に進化して形をかえたというような徐々変異の姿は見られないのであって、一つの生物の形から他の生物の形には非常なギャップが存在するのである。




魚類は絶対に両棲類に進化し得ない(『生命の謎』P.245−247)

地質学の研究せる所によれば約六十億年乃至七十億年以前の地層だと思われる岩の中には全然生物の化石と見られるものは存在しないのである。一番古い化石とみとめられているものはベルムナイトといわれる烏賊(いか)の化石、菊石といわれる頭足類の化石や、三葉虫の化石がみられるのである。これらは何れも海中の生物であって最初の生物が海中に於いて発生したに相違ないことは最も古い化石には陸地の生物が存在しないということである。

やがてそれから二十億年たって約今より四十億年前に於いて最初の有脊椎動物が魚類や両棲類の先駆者として現れたと思われるのである。地球は最初全部が水によって覆われていたのであって、このことは奥野俊郎博士が、世界のあらゆる海水の成分が、紅海のように袋になって出口のない海水でもその濃淡の差こそあれ、含有成分相互の比率に全然同じであるので地球全体は同成分の海水に蔽われていて後から陸地があらわれて来たと見るほかはないと云う学説でも証明されるのである。

其処へ両棲類が出現したということはその時代になって地球のある部分に陸地が出現したことを現わしているのである。然し陸地が出現して来たにしてもどうして水棲動物が両棲動物に変異することができるのであろうか。陸地にも生きることが出来る様に有肺類として現れた方が生活し易いというような単なる適者生存の理由によって魚類が両棲動物に変化し得るであろうか。魚類は幾度陸地上に抛(ほお)りあげられてみても死ぬばかりであって、その次には死なない様に空気を呼吸し得る肺臓を造っておきましょうという様な遺伝因子の変化がおこり得るであろうか。

陸地上に抛り上げられた魚類は死ぬばかりで、空中生活に耐え得るだけに進化する期間辛抱することはできないのである。また水中にいる魚類は水中に棲息するのに都合がよければいいのであって別に空気を呼吸し得る器官を造る必要もなければ遺伝する必要もないのである。ここに魚類が進化し両棲動物に変化したという様な徐々的変化の覊(きずな)が断ち切られるのである。

魚類と両棲動物とは全然別種の「理念」が形を現わしたものであって、生活に適するから徐々に進化したなどとは到底かんがえることが出来ないのである。宇宙生命は適当な条件が現れた時にそこに新しき「理念」を天降(あまくだ)してそれを表現するのである。




松や杉は海藻からは進化し得ない(『生命の謎』P.247−248)

両棲動物が現れて来たと思われる殆んど同じ時に地上に簡単な植物が生えて来、やがて樹木が生えて来たと思われるのである。どうして樹木が生えて来るのであろうか。松の木は如何にして生じたのであろうか。杉の木は如何にして生じたのであろうか。今まで陸地がなく海ばかりであって存在した所の昆布や海苔(のり)や若布(わかめ)の様な海草が、やがて松の木や杉の木に進化すると言い得るであろうか。そこには余りにギャップが多すぎるのである。

陸地の植物のみを考えてみても蘚苔類(せんたいるい)がどうして禾本科(かほんか)の植物となり、それが薔薇(ばら)の木や、藤の木に変化し得るのであうか。その中間的な徐々の変異の如きは全くみられないのである。ここにも亦ある種の植物が或る形態を現わしているということは、単にそれが徐々の進化ではなくして突然別の形の「理念」が姿を現したのだと結論するほかはないのである。




爬虫類から哺乳類への進化のリンクはない(『生命の謎』P.248−249)

二十億年乃至三十億年前になってある種の爬虫類が生まれて来たという事が凡そ研究によってみとめられているのであってそれは実に巨大な形態をそなえていてその骨の化石の断片をつなぎ合わせて博物館に陳列されたりしているのである。やがて最初の哺乳類ともいうべきものが現れたのは十五億年前位だと推定されているのである。

爬虫類から哺乳類に形態が変化するその途中のギャップをうずめるものは見当たらないのである。その年代にある種の不思議なる形の鳥が生まれてきたとみとめられているのである。即ち、爬虫類に翼が生えた様なものであって、飛龍などと称せられているものである。どうして羽根のない所の爬虫類や哺乳動物に翼を生じ得るのであろうか。飛んだ方が生活するのに便利であるから、上肢を動かしていたら遂に上肢に翼が生えて飛べるようになったというのであろうか。

もしそんなことができるのであるならば、テニスの選手が幾代もつづけてテニスの運動をしている中に遂にその手からラケットが生えてくるであろうか。ラマルクは吾々の筋肉または器官はそれを使用している中に、次第にその使用目的に適う様に発達して来るのであるという説をたてたのであるけれども、いくら上肢を運動していても、腕や肩の筋肉は発達してしてくるかも知れないけれども、決してそこから翼やラケットは生えて来ないのである。

だからラマルクの、或る器官を運動させていることによってその姿が変わるという様な説をここに採用することはできないのである。即ち翼が生えた鳥類は、哺乳類でも爬虫類でもないものから、新しき「理念」――「鳥」の理念――が天降って着て、それが具象化して生じたものであるといわなければならないのである。

次いで地上に現れたのは胎盤という別個の器官によってその胎児が養われる所の有胎盤哺乳類が生まれて来たのであり、次に吾が現代にみる所の種類の色々の鳥獣類が生まれて来、そして遂に人間というようなすばらしき生物が地上に姿を現したのであった。




人間出現の準備としての地表の変化(『生命の謎』P.249−251)

これらの生物が出現する準備として地球上の状態は著しく変化したのである。最初は古事記に天照大御神が須佐之男尊(すさのをのみこと)に向かって「海原をしろしめせ」と仰せられている所の「海原」とは地球のことであるといわれているのである。即ち地球全体が海水をもって覆われ「地球」即ち「海原」であったのである。然るにある時代にそこに火山が噴起して山が生まれ、或いは地球の収縮によって皺(しわ)を生じ、その高き所が陸地となり、その陸地の一部分は、また水によって侵蝕せられて海中に沈殿し、いくたびも幾たびも斯(か)ようなことをくりかえして現在の地球表面の状態を現わしたのであった。

 その間に於いても、地球を包んでいる所の雰囲気の状態も、徐々に変化を生じたのである。幾千億年以前のことであるかは確かにはわからないけれども、地表全体が水に覆われていて、同時に地熱の高かった地球は常に水蒸気がはげしく立ちのぼっていたために、きっと常に雲によって覆われていたと思われるのである。

だから太陽からの光は地表否海原の中へは到達しないのである。然し地球が徐々に温度を減じ水に一部分が地殻の一部に吸収せられ、山を生じ陸地を生じて来た時に空気中の湿度の状態は著しく変化して空は次第に晴れて来たと思われるのである。そして遂に太陽が輝かしく地表を照らす様になった。恐らく色の美しい諸種の花や動物が地表に産まれて来たのは、それから以後のことであろうと考えられるのである。

太陽の光線のない世界では美しい色彩も何の役にもたたないのであるから、従って美しい色彩の生物も生まれなかったであろうと考えられるのである。ともかく地上に或る条件が整って来た時に新しき「理念」は天降って来て、そこに新種の生物を生ずるに到ったといい得るのである。




如何なる変異が遺伝するか(『生命の謎』P.251−255)

ベルグソンは「生命」というものは周囲の状態に適合せんとする働きをもつもので、自分の住んでいる環境に適する様な方面にその子孫の形を変化してゆくことができるのであるという説をたて、その変化の原動力として「エラン・ビタール」(生命素)という様な神秘なものの存在の仮説を立てたのであるけれども、然し人間に於いてそれが寒地に生活すれば、その子孫も耐寒力が増大するとか親が飲酒家であれば子孫がアルコ−ルにたいする抵抗力がつよいとかいうこと以外には、形態までも確然と変化するというようなことはみとめられないのである。ラマルクは生物の器官はそれを使用することによって発達し、それを使用せざることによって退化する、その発達と退化とが累積して遺伝して、ついに種族としての形態を変ずると云う説をたてたのであるけれども、かかる使用不使用による形態の発達改善は遺伝しないと云うことがみとめられるに到ったのである。

ダーウィンの進化論はベルグソンの有意思的な変化とは違って、植物または動物に起こった或る偶然のチャンスにおける変化がそれが次第に終結して、それが進化の原因になると説明したのである。

即ち生命が形態の変化を志向するのではなくして、或る何かの原因で偶然変わった変化が、ある場合にはその生物にとって生活に不利であり、ある場合には有利である。その場合、不利なる偶然変化をおこした生物は、その不利条件のために死滅してしまい、有利な形態に変化したる生物はそれが次第に遺伝されてその有利なる形態が度々蓄積されることによって種族に有利なる変化をおこして新しき動植物の形態が生じたのであり不適当なる形態をもったものは生存を継続することが出来ずして遂に地上から姿を消してしまったとするのである。

 然るに気候、温度、光線、地球その他の環境に対応するためにおこった多くの変化したる形は遺伝しないということがわかったのである。それは単に、その種族の生命が環境に対応する必要上、一時的にある方便的形態をとったのであって、元の環境に戻すと、元の形態にかえってしまうのである。

ノルウエーの植物学者ヨハンゼンはある植物を、その原産地とは異なる所に移植して植物の世代数十代にわたって実験した結果、その植物がその葉の大きさや形に著しき変化を生じそれを数代くりかえしてもやはりそれが遺伝するらしき事を発見したのであるがその種をとってその原産地に栽培してみると、もとの植物の形態と全然同じ形に還元してしまうことを発見したのである。

それによってその植物の形態の変化が最初は遺伝であると認められたけれども遺伝ではないのであって、単にそれは移植せられた所の気候風土光線温度等に対して反応したるところの形態であるということがわかったのである。

 この種類の生物の形の変化は遺伝しないのであるけれども、突然変異と称せられるところの形の変異は遺伝するということがわかったのである。ルイセンコの遺伝学説は、メンデルの云うような遺伝因子と云う如き物質的な要素を認めず、環境によって種が変化する、即ち或る種の生命は或る環境条件に対して特殊の反応を呈し、形態を変化し、それが遺伝すると云うのであるが、これは突発変異の一種であると思われるのである。

これは或る条件が整ったとき、別の「理念」が天降って来て形を変ずる、そしてその理念の継続する間、遺伝が継続するものと考えられるのである。

 1791年米国マサツセッツ州に羊を飼っている百姓があったが、ある日その牝羊(めひつじ)が足の短い曲がった足の牡羊(おひつじ)を生んだのである。彼はこの足の曲がった短い足でヨチヨチしている羊をつくることにすれば、垣根から飛び越えないで都合がいいと考えたのである。その羊は牡(おす)であったから外の牝(めす)の羊と交配した所が、その子孫にその短い足が遺伝してそれ以来別種の羊が生まれる様になったのである。彼はその交配をつづけて行くことによって数代それを繰り返していると純粋な新種の短脚の羊を作ることが出来たのである。この羊の種類は尚一層よき形の羊に改良せられるまでアメリカの農家ではもてはやされていたものだと云うことである。

 オランダの植物学者ド・ヴリ氏は遺伝の問題を研究してそれはメンデルの法則によって遺伝するという事をたしかめたのである。即ち種子の交配によってその子孫に色々の変種が現れて来るのであり、此れは遺伝因子の交配によるものであると考えられるのである。然し遺伝因子とはなんであるか。

それは単なる物ではなく、ある微小体を契機として存在する所の「理念」の力というものだと認める外はないのである。それを交配することは「理念」と「理念」との交配だと考えられるのである。

 カーネギー研究所の生物学研究室に於いてダフニヤと称する一種の水生蚤(のみ)の新しき変種を造りだしたが、それはいつまでもその形態が継続して今に到るまで数百代を繰り返しているといわれているのである。即ち突然変異は遺伝するのであって、徐々に姿が変わって行くのではないのである。モルガンの研究室であるケルマップ生物研究所に於いては最近新しい蠅(はえ)の新種を造りだしたが、その形態は遺伝せられて現在も尚生き残っているということである。




何故突発変異のみ遺伝するか(『生命の謎』P.255−256)

どうしてこういう様な突発変異が遺伝するのであろうか。どこに遺伝の原動力がありどこにその形を子々孫々につたえる所の不思議なる知性又は記憶が宿っているのであろうか。それは物質的方面からみれば染色体であるとか遺伝因子であるとかいわれているのであるが、もし染色体または遺伝因子に於ける変化を新しき安定状態に継続することができればその形の遺伝は継続することができるのである。然しながらその染色体または遺伝因子を構成している分子原子等を一定に変化なき状態に持続するのは何の力であるのであろうか。

またそのような生殖細胞が出来たのは人間に於いては思春期以後であるのであるが、その生殖細胞が思春期以前のことを印象しており、更に物質的には何らのつながりもない数代前の祖父の性格を遺伝したりするのは、物質そのものに遺伝さるべき性質が印象せられているのではないと云わねばならない。ここに到るとどうしてもその遺伝さるべき記憶が物質の原子分子の力であるということはできないのである。そこには何か精神的な力があって、そらが或る時期が来ると、生殖細胞の一定の位置に遺伝因子の分子原子をあるべき様に把握してそれを持続しているのであると考えなければならないのである。

ある光線又は熱処理によってある植物またはある動物の色を変化させることは出来るのであるけれども、外界の変化によって植物の形を色々変化してみても、その変化を遺伝さすことには失敗したのである。ここに於いて遺伝は外界から発得(ほっとく)したものではなく、外界の或る条件を契機として内界の「理念」の展開したものと云わなければならないのである。




遺伝しない場合の突発変異(『生命の謎』P.257−260)

所が、ここに光線栽培の特別の例外の場合があらわれて来たのである。それは或る植物の種をX線で照射した場合に異なる品種の如き植物が生ずるということであったのである。その大部分は遺伝しなかったのであるけれども、ある種族のものはこの変異を遺伝することができたのである。最近においてはある化学薬品に種子を浸すことによってもこの種の「突発変異」がおこるということが実験せられたと報じている者がある。

 そもそも遺伝因子なるものは、これを物質的方面から観れば、ある物質の分子原子が特殊の配列をなしたものであると思われるが、これに対してX線を放射すれば一体なぜ突発変異がおこることが可能なのだろうか。X線や、電子や、アルファ粒子やガンマー線のごときものは、極めて微小なるエネルギーの弾丸の如き働きをなすのである。そして遺伝因子を構成している原子分子のある部分に局所的に命中すると考えられる。だからX線は遺伝因子の一部分に命中してそれを傷つけ遺伝因子の原子分子の配列に前とは異なる状態をひきおこすのだと思われるのである。ある場合には染色体はX線によって大いに破壊せられ或いは一部破壊せられる。ある化学薬品によっても同じ結果を生ずるとするならばやはり遺伝因子の構造の変化から、その遺伝形態が変わって来るということが出来るのである。

 この様な実験よりして突発変異がおこるのは、原子、アルファ粒子、X線、またはガンマー線又は宇宙線の如き極めて強力なるエネルギーの微小弾丸ともいうべきものによって遺伝因子の構造が偶然に変化するのであるとも云えるのである。

 放射物質はアルファ線を放射している。紫外線は、その放射の強度はアルファ線に比べると、きわめて微小であるけれども、亦それに似た所の効果を有するのである。然しながらその大部分は空中を通過する際に吸収されて生殖腺の遺伝因子を変化せしめるまでには至らないのである。宇宙線は強力ではあるが大気を通過する時ほとんど全く吸収されてしまうのである。ただその第二次的三次的に発生する所の宇宙線が吾々に影響を与えるのだと云われているのである。

 ともかく突発変異のおこる原因を物質的にこれを解釈して行く場合には、生殖細胞内に配列せられた遺伝因子の並び方が宇宙線の如き強力なるエネルギーの弾丸によってその一部分が射ちぬかれて構造が変化するによるのだと解釈せられるのであるけれども、それによっておこった人工的な変異は殆んどすべては遺伝しないで、単にそれは一代きりであって、唯特殊の極く僅かな場合にのみ遺伝するのである。それは遺伝因子の内部構造を元の完全なかたちに復元してしまう所の不思議なる力「理念」が存在するのであるということを却って証明しているということにもなるのである。

そしてたまたまかくの如き人工的に突発変異をおこせしめ得た場合にはそれは概ね劣性又は退化する方面に変化するのであってそれはむしろ進化ではないことである。そしてもしかくの如き突発変異が遺伝する場合には遺伝因子という物質が遺伝するというよりも、条件が異なる状態になったとき、新たなる「理念」が天降って来て、その染色体の構造変化にも現れて来たものであると認められなければならないのである。

何故なら、染色体そのものの物質的構造が、それが単に物質的構造である限りに於いては、その単なる物質的構造のなかに、色々の花の形や昆虫の形などを形成する所の「精神的構図」がそこに内在し、その構図に従って、あとから形成される細胞を順序よく配列する精神的力を見出すことはできないからである。

しかし物質的遺伝因子がなければ遺伝は行なわれない。この場合、遺伝因子は「理念」の世界と「形の世界」とを連絡する所の電話の中央交換局の如き働きをするのであって、遺伝因子を通して「理念」の世界に存在する形が、物質の世界に於ける形にまで翻訳されて現れて来ると認められるべきであるのである。


 

指導理念がなければ物質分子は生命体にはなり得ない(『生命の謎』P.260−264)

 実験によってある種の生物に特殊な変種ができたからといって、地球上の生物の無数の変異がそういう実験と同じ様な原因によってできたものだと断定するのは、早計であるといわなければならないのである。生命の現実はきわめて複雑であり、一つの生命がそれを物質的形に現わしてくるためには、いろいろの要素および条件の協力がいるのであって一、二の原因だけを以って実験を重ねてみてそれによって結論を正確に得ようとするのは間違いであるのである。

人間の性格の如きも、ある種の方法によっては、それを変化してしまうこともできるのである。しかもその「人そのもの」は変わらないのである。すべての動物は両性的性質をもっているものであって、多くの動物実験によれば、雄(おす)の動物に雌(めす)のホルモンをその雄の優生をうちかつ程に注射する時にはその優生がかくれてしまって雌の如き性格に変化してしまうのである。

人間に於いてはかくの如き実験は尚行なわれていないけれども、去勢された男性が女性に近き性格を現わすのは知られているところである。然し「彼」は依然として彼自身であって性格が女性化しようと男性化しようと「彼」自身は変わらないのである。そのように、同じ「彼」なる<人格>(理念的存在)でも、それが表現する所の媒体に変化が起これば、勇敢なる男性的性格が女性的性格に変化して現れるということはあり得るのである。従って同一「理念」が物質界に現象化して出る場合にその遺伝因子の構造に変化が起こる時には、その形態に変化が起こることも予想されるのであって、かくの如き場合には「理念」は変異しないのであるからそのような突発変異は遺伝しないで、そのうちに還元するのであると考えられるのである。

「理念」によって物質が特殊の配列を与えられるのが生態の現象である。一定の有機体を構成している所の「精神原理」というものを考えずして、単に物質の化学作用によってそれが分裂し且つ結合して行くにしてもそれは電気メッキの祭に生ずる「樹枝状鉛」の如きものであって、それは形は樹木に似ているが有機的な生命は現れて来ないのである。人間に於ける視覚器官の如きものが如何にしてこのような複雑な器官が、物質の分子原子の配列を指導する所の、何か叡智ある精神原理(理念)がなくして盲目的に出来上がることが出来るであろうか。皮膚ある生物が光にふれている中に、光の刺戟によって皮膚の組織に化学変化がおこり、それが目に変ずることがあり得るというかも知れないけれども、たんに皮膚の成分たる物質に光が照射してそれによって化学作用がおこり、従って皮膚組織の一部が眼球に変ずる如きことは到底それはあり得ないことであるのである。吾々は太陽の光線を上からも下からも前からも後ろからも額にも頬のも受けるのである。

それにもかかわらず、なぜ額の下部にただ二個だけの眼球を生ずる様に化学作用をおこしたのであろうか。その様なことは到底人間というものがたんなる物質の化学反応によって生じたという様な理論では説明することが出来ないのである。然も視覚器官が出来上がる為には、単に眼球のみが出来ただけでは足りるのではないのである。それには複雑な視神経が必要であり、視神経の終端に脳髄の視覚中枢が必要なのである。しかし外界から光の放射が水晶体を通して網膜に衝撃を与え、そのエネルギーの電磁的波動が視神経を通過して大脳の視覚神経中枢にある振動をおこすにしても、その物理的振動がどうして「心象」となり得るのであろうか。

大脳のごく一部におこった振動が、広々とした大空の彼方の如き心象を、どうして描くことができるのであろうか。この問題は又後に詳しく述べる機会がある筈であるが、更にその物質の振動が吾々の感情となり、吾々の理性となり、論理的構造をもった理念の働きと変化するのはどうしてであるのであろうか。

何(いずれ)にせよ脳髄中枢に存在する所の神秘なる「成分」は、たんにそれは物質的成分ではなくして「理念」的成分をもっており、それがある刺戟によって触発される時に、その理念の姿を現すのだという外はないのである。ともかく人間はたんなる物質ではないのであり、又たんなる物質の複合体でもないのである。

吾々が現在かくの如き姿を現しているのは、猿から徐々に進化したのではなくして、突如として現在の人間形態の新種が地上に出現したのであるとみることが合理的であるのである。然もその種類はかたちの世界にあるのではなく、遺伝因子の中に顕微鏡で見てもわからない「無」の中に、即ち時間空間をこえた中に、存在する或る形(理念)であって、その理念の指導精神に従って物質の分子原子が現在のような構造におきならべられて、現在の様な形態を構成するに到ったものだと考えられるのである。

 かくてダーウィンやラマルクの進化の原理というものは真理ではないのであって、進化とみえるものは、結局新しき「理念」の降誕即ち「生命」の発生と同一起源に到達するのである。最近物理学がいよいよ発達して来て、物質の原子が崩壊せしめられて、その素粒子が結局「無」に帰することがわかって来たのであって、宇宙全体の実質は本来、姿形なき一様のものであったということがわかって来たのである。

従って一様の素材を以って色々の形を現わすのは、その一様の素材そのものの力ではないのであって(すべての物質が最始源の状態に於いて一様であるならば、その物理化学的運動も一様であるから、特殊の形態を別々に造りだす如き異種類の反応は物質それ自身ではできないのである。)そしてその一様の資材をある形にまとめあげるのは、どうしても理念とか知性とかいうものの存在を仮定しなければならないのである。この宇宙全体にみち満ちている理念とか叡智とかいうものを吾々は神というのである。




物質の形態、色彩、大いさ等を定むるもの、(『生命の謎』P.264−271)

吾々が光をみるという場合に、一体吾々は実際光をみるのであろうか。光とはなんであろうか。物理学に於いては光とは或る種類の波動であると考えられているのである。ある時代には空間にはエーテルという物質が充満していた、それが波動をおこすのが光であって、その波動の周波数に従って、色の感覚が異なるのであるとせられていたのである。

所が、物理学の進歩するに従って、光は波動的性質をもっていると同時に光子とよばれている所の微粒子によってなりたっているのであるということがわかったのである。それが波動であるにせよ、粒子であるにせよ、吾々が「光をみる」という場合にはある種の電磁的放射が吾々の視覚器官に衝突するといわれている。ある物体の表面から反射された光が、或いは自ら輝いている物体から放射された所の光が眼球の水晶体によって屈折せしめられ、眼球の後方にある網膜にある衝撃を与えるのである。その状態は写真のカメラに於いてフィルムの化学薬品に、光の刺戟が化学的変化を起こさしめるのによく似ているのである。網膜内に装置されたる桿状態又は円錐体の上に、光と影とによってできた姿がうつるのである。そしてそこに化学変化がおこる。そこであるエネルギーの振動がおこると、それが視覚神経に伝えられて遂に脳髄視覚中枢に伝えられるのである。

 その時に奇蹟がおこる。奇蹟という外はないのである。<脳髄の視覚中枢におこったエネルギーの振動――それは光ではないのである>。しかも光の感覚は単にその振動が漠然とひとかたまりに感じられるのではなくして、はなれたる所にある一定の<脳髄の振動そのものではない所の或るはっきりした或る色彩をもった形(心象)を生ずるのである>。<即ち物理的振動が心の観念に変化するのである>。此れを奇蹟といわずして何といい得ようぞ。

 吾々はこの種類の視覚を通じて人間の形を見、樹木の形を見、動物の形を見、更に望遠鏡を通して天体を観察し、顕微鏡を通して微生物を観察するのである。<吾々が見る通りの形なるものはそこには客観的には存在しないのである>。<客観的に存在するのは脳髄の一部分におこっているエネルギーの一束の心の振動>であるのである。それを契機として吾々は殆んど無限に広がる大宇宙を見、きわめて微細なるバクテリアを見るのである。もし脳髄の一部におこっている振動を別の姿のものに翻訳する「心」が存在するとしたならば」全然別の姿にこの宇宙およびすべての存在をみたりすることも考えられるのである

 吾々は感覚器官を通してこの世界を知覚し想念するのである。触覚とは何であるか。それは吾々の感ずる通りにものがあるのではなくして、分子の振動又はその電気的雰囲気が、われわれの感覚器官をたたいているのである。それを「分子がたたいている」とは感ぜずして「触れてそこに物体がある」と感ずるのである。あるものに触れて吾々は熱いと感ずる。又あるものに触れて吾々は痛いと感ずる。それも結局分子が吾々の触覚器官をたたいているのであって、「熱い」も「痛い」も客観的には存在しないのである。針を以って吾々の皮膚をさす、吾々は痛いと感ずる。然し針は「痛い」のではなく吾々の心が「痛い」のである。

即ち吾々の感覚というものは、相手そのものが何であるかということを知るのではなく、相手の刺戟によっておこされた自分自身の心の姿を相手に移入して感ずるにすぎないのである。即ち吾々が赤い花を見て「赤い」と感ずる。それは花そのものが赤いのではないのであって、それから放射された所の光の波が脳髄の視覚中枢細胞を刺激したのを契機として自分自身の心がおこした所の「心象」にすぎないのである。そこに七寸咲きの朝顔の花が咲いているとする。吾々はその花を直径七寸あると感ずる。けれども吾々の脳髄の面積七寸の間にわたってその光の波の刺戟が振動しているのではないのである。ものの大きさといい、色といい、悉くそれは実際的に存在するのではなくして、自分の心の中に起こっている所の「心象」にすぎないのである。

 仮に、ここに赤い色の例をとってみるとする。物理学的にいうならば赤い色の波長は凡そ0.0006ミリメートルの波長をもった電磁的放射であるといわれている、約40分の1インチの波長である。もっとわかり易くいうならば1秒間に450,000,000,000,000周波数をもった振動であるのである。それはかくの如き波長又は周波数の波又は放射であって、決して「赤いもの」ではないのである。然し吾々が感覚器官にそれをうける時、吾々の心はそれを「赤い色」と翻訳してそしてある距離の彼方にそれを広げてみせるのである。

この色の感覚は一体どこから来るのであろうか。光子そのもの、波動そのものには色はないのである。唯その刺戟によっておこされたものが「赤」と感ずるのである。それは丁度針そのものには、「いたみ」ではないけれども、針の刺戟によっておこされた感じを「いたみ」と感ずるのとよく似ているのである。「赤い色」も、ものの視覚的な「形」の何れも、感覚によって起こされた心象であって、「ものそのもの」ではないのである。吾々は唯その刺戟を契機としてある「心象」をおこすにすぎないのである。物理的刺戟が色々の形に変ずるのは如何にして可能なのであろうか。吾々は、色の刺戟で写真のフィルムの上にある所の分子にイオン化をおこさしめて、それによって振動板を刺戟して映画のトーキーを語らしめることもできるのである。光の波動が音の波動に変化せしめられたのである。

かくの如き場合に於いてはある種の物理的範疇の運動が他の種の物理的範疇に変化せしめられたと見ることができるのである。然しながら<目に与えられたる刺戟がある美しき花の感覚と変化するのは、たんにある種の物理的振動が他の種類の物理的振動に変化せしめられたのであるのとは全く種類>を異にするのである。
 では、光の刺戟という物理的「エネルギー」が赤い朝顔の花という「心象」に変化せしめられると云う事は、如何にして可能なのであろうか。吾々は眼をつぶっているその上を強力に打撃すると「目から光が出た」というのである。目の神経に与えたる刺戟が光の心象をおこすのである。吾々が睡眠中に霧吹きを以って顔に霧をふきかける時、吾々は往々にして驟雨(ゆうだち)にあった夢をみるのである。皮膚に与えたる刺戟が、「驟雨(しゅうう)に遇った」心象をおこすのである。然しかくの如き場合には目をたたかれた人、顔に霧をふきかけられたる人自身のみが斯くの如き心象をおこすのであって、他の人からみたならば「光」もなければ「驟雨(しゅうう)」もないのである。

所が吾々が普通に「朝顔」の花を見る場合は、それも亦、心象には相違ないのであるけれども、他の多くの人からみても、やはり「赤き七寸咲きの朝顔の花がある」とみるのである。その大きさ、その色彩、その形等悉く他の人の見る所と一致するのである。そこで吾々はそれを単に「まぼろし」であるが如き頼りない心象ではなくして「実在する心象」として吾々はそれを見るのである。それは単にその人がおこした心の姿であるばかりでなく、そこに真に「朝顔の花」があるのである。然しそれは物理的にあるのではなくして、物質として吾々がかく知っているのは脳髄のある一部分におこった或る種のエネルギーの爆発のみであるのである。

吾々はそれを契機として実在の世界にある所の「色の世界」「形の世界」「花の世界」等をみる所の門を開かれるのである。脳のごく小さい範囲におこったエネルギーの振動が、色もなく形もない振動が色として現され、形として表現される。然もそれが個人の心の出鱈目な形ではなくして全体に共通する所の形相(かたち)に翻訳されるということは、すべての人間の心が、同じ性質をもっているものであり、従って凡(すべ)ての人間を生み出した所の「宇宙心霊」の精神を分かちもつものであるということにならざるを得ないのである。

 即ち吾々の感覚や心象は決して単に物質が分離又は結合する際のエネルギーの振動を感ずるだけではなく、宇宙的な根元からそれが出ているものであるからこそ、すべての人間に共通的なものであると結論することができるのである。

吾々の感覚器官や脳髄神経細胞は吾々の心が宇宙的な心に通ずる一つの門戸を形成するものであるけれども、見られる世界は決して感覚器官が作ったものではないのであって「小宇宙」である所の吾々の心が「大宇宙」の心の内に描かれたる「理念」の形態をみる所の媒介をするにすぎないのである。

それ故に吾々がみる所の世界は「物質の世界」ではないのであって、「想念の世界」であるにもかかわらず一定の共通的な法則に従ってそれが支配されており、それが吾々の理性の働きである所の数学的な法則によって組み立てられ、運動せしめられるのであるというのも、結局この心の世界にある宇宙が神なる一つの心、一つの叡智によって組み立てられているものであり、その叡智の一部分がわれわれに宿っている理性であるからである。

すなわち吾々の叡智が宇宙の叡智を理解して、それを一定の形態や色彩や大きさに翻訳し、それを物理学的或いは数学的或いは哲学的に理解して行くことができるのである。




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