| [5244] <再掲載> インターネット道場・「生長の家」信仰体験談の重要性と感激的体験談の数々 第135回 |
- 信徒連合 - 2016年09月26日 (月) 08時58分
谷口雅春先生の体験談に関する懇切なる説明――
@ 『 生長の家には体験談というものがありまして、誌友たちが御自分で、私の書いた『生命の實相』をお読みになりまして真諦を握られた結果、法爾自然(ほうにじねん)に実際生活に現われて来たところを御発表になるのでありまして、・・・『生命の實相』を読んでも必ずしも全部の人の病気が治っている訳ではありません。治らないような例外もあります。然し、それでも実際無数の多くの病人の治った体験談がある以上『生命の實相』を読んで病気が治ると云うことは、例外があって綿や埃が空中に舞い上がることが在っても『物体の落下』を原則として肯定しなければならないと同じように肯定しなければならないのです。読者のうちにはお蔭を受けて感謝の心は有(も)っているが、その体験談を発表することを何かつまらないことようにご遠慮なさる人があるかも知れませぬが、体験記録は人生という実験室に於いて真諦(しんたい)、即ち本当の真理を握ったら、世諦(せたい)がこんなに成就したと云う体験を蒐集し積上げて整理して行くことによって、こんな心を持てば斯うなると云う科学的に重大なる真理を立証する事実を寄与して下さるわけであります。酸素と水素を結合させたら水になったと云う体験記録の発表も尊いことでありますならば、人間というものに生命の實相の原理を加えたら斯う云う結果を得たと云う体験記録の発表は尚々重要なことであります。』
A 『 宗教が科学に近づく道は体験記録の蒐集であります。 心に神の無限供給をハッキリ自覚したら自然法爾に自分の行ないも整うてき、人からも好感を受けて、それが形の世界に無限供給として現われてくるということが皆さんの数々の体験によって実証せられまして、それが体系づけられましたなら、それは一つの科学だということになるのであります。科学というものは何も必ずしも目に見えるもの、物質だけの実験による体験記録でなければならぬということはないのであります。目に見えない材料、心の材料というものも、その体験をずっと重ねてゆきまして、それを一貫した法則があるということが発見されましたならば、それは精神科学の法則だということになります。この精神科学の法則というのを、生長の家では「心の法則」とこう言っているのであります。これを、宗教的用語で言いますならば「三界は唯心の所現」という釈迦の言葉や「汝の信仰なんじを癒やせり」というようなキリストの言葉となって表現されるのであります。キリストが「汝の信仰なんじを癒やせり」と言っておられるのは、キリストが縁となって病人の信仰が喚起されて、その信仰のカで病気が治ったとこう言っておられますのですが、「病気」というものは、必ずしも肉体だけの病気ではないのであります。』
★★ 信徒の信仰体験談を無視して取り上げないマサノブ君は「総裁」と言う名に値しない者であります。
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藤原敏之先生「全てを癒やす道」より(11)
(つづき)
やっぱり変えるべきは自分の方
3日目の昼過ぎ、近所の奥さんが見舞に来て下さり、「気の毒にリュウマチでは薬もないし、治り難い病気だから、一遍生長の家の先生の指導を受けて見られたら……」と親切にお勧め下さいます。その内に手の肘や膝が硬直し始めますので、早速息子に頼んでリヤカーに乗せてもらいT先生の御宅に運んでもらいました。先生は私が苦しんでいるのをじっと見つめながら「かわいそうになー」と言いながら、ホロホロと涙をこぼされ、静かに「おばあ ちゃん、人間は神の子やでなー、病気など無いはずじゃがなー」と申されました。そして
「あんた、誰か恨んどるか、憎んどると違うかな。そうでないとこんなことは起らんはずだよ」と言われた一言で、私は「ええ、ええ、あるどころじゃありません。殺してやりたい程憎んでおります」と極楽息子の話をしますと、先生は、 「そうかな、人間は皆神の子じゃから、悪い子なんか居らんはずだよ。あんた何か思い違いしとると違うかな」と申されました。私ははじめてハッと気がついたのです。“そうだ、あの子は随分長い間、私を苦しめ、金や物やと責めはしたが、「今日はお母さんお前を殺しに来た」と言ったことは一度もなかった。それに引きかえ、私は口にこそ出さぬが、心の中では何百回何千回殺したか、あいつさえ死んでくれたら、あの子さえ居なかったら……とそればかり祈っていた私ではなかったか。戦争で死にに行くと知ったとき、手を叩いて喜んだ私は私ではなかったか。死にに行くと決まったとき、可哀想に……と思うどころか逆に喜ん だ。それでも私は人間か! 人間の面は被っているが、心は鬼ではないか、大蛇よりも恐ろしい私ではなかったか“と気がつかせてもらいました。
腹のどん底から謝りました。泣きました。「ああ、悪かった。悪かった。皆私が間違っていた。悪いのは息子でない、私であった」と泣き伏しました。暫く泣いて家に連れて帰って貰い、それから三日三晩泣き明かしました。ああ、何という不思議、あんなに痛んで硬直するまでになっていた肘も膝も、全然痛みがありません。あまりの嬉しさにその足でT先生の御宅に飛んで行きました。「先生有難うございました。お蔭様で助けて頂きました」と涙ながらに御礼を言いました。
先生はまるで自分のことのように喜んで下さり、「おばあちゃん、あんたが素直だからだよ、神縁が深いのだよ。よかったね!」と申され、「見ててごらん、息子も良い子になっているよ」と言って下さいました。私は家ではずっと謝り、お詫びして いましたが、「まだ本人に会って、ことわりをしておらんのですが……。それでも通じていましょうか?」と尋ねますと、「そうだよ、想いというのは何百里、何千理離れていても直ぐ届くものだよ」と申され、それを聞いて私は又嬉しくなり、その足で息子の所を訪ねました。息子は隣の駅の近くに養子に行っております。外は大吹雪でありますが、頭から毛っとうをスッポリかぶり、雪の中2キロもある所を泣きながら走りました。
その間中、「倅よ許してくれ、息子よこらえてくれよ」と大声で泣きながら行きました。家に着いてみると、ちょうど息子も囲炉裏のそばで嫁と姑と3人でお茶を飲んでいるところでした。私が雪だらけになって入っていったのを見るなり、息子は立ち上がり、「まあ、お母さんじゃないか。この大雪によくも来てくれた。寒かったろう。さあ上れ」と言って、優しく手をとって抱えるようにして抱き上げてくれました。
そのとき私は泣きながら、“やっぱり悪い子でではなかった。こんなにも優しい子じゃないか“と思うと、私は申し訳なくて 泣き伏してしまいました。「許してくれ、私が悪かった。お前を憎んですまなかった。寂しかったろう。辛かったことじゃろう」と息子にしがみついて泣きました。息子も「イヤイヤ長い間、お母さんを苦しめた、これからは心を入れ替えて、孝行をする。年寄りが一人こちらにもいるから、あんたばかりにして上げるわけにもいかんが……」と言いながら、お金を入れからお金を出し、「これは少ないが御賽銭にでもせい」と言って一枚くれるのです(その頃の一枚は、多分百円ではないかと思います)それを見て、やっぱりそうだった。息子があのようになっていったのは、息子ではなかった。みんな私がさせていたのだ、とわかりま した。私は嬉しさのあまり、泣いて御礼を言って帰りかけますと、息子はいたわりながら送り出してくれ、私は今度は、親子が仲直り出来た嬉しさに喜びの涙を流しながら、また雪の 中を大声で泣きながら帰ったのです。
すると後で、自転車のチリンチリンという音がします。今までは自転車の鈴の音がすると、“また息子か”と思って、ヒヤッとしておりましたが、息子と和解出来たお蔭で鈴の音までも楽しく聴こえました。振返って見ると、息子です。私が手放しでワァワァと大声で泣いているので「お母さんどうしたんか?」と申します。私は「どないもこないもあろうが、あんたがこんなにまで良い子じゃったとわかり、仲直りが出て、わしゃこんな嬉しいことがあろうかいや」と泣きながら川端の道を一緒に歩きました。息子は墓石をつくる石工職人で、「ある施主に頼まれて、お墓に刻んで、昨日墓地に運んであり、今日は日が良いのでこれから墓を据えにいくところだ」と言って途中から山の方へ登って行き、私は川沿いの道を歩いて帰りましたが、寒い寒い吹雪の中で、私の姿が見えなくなるまで立って見送ってくれるのです。振返って見ると、手を振っては大きな声で「用心しんさいよー。長生きしんさいよー」と叫んでいるのです。それからというもの、どんなに 無いといっても、あばれてでも取るまで動かなかったあの息子が、来るたび、会うたびに「少ないが小遣いにせよ」といって一枚ずつくれる子になったのであります≫
先にプラス面を見よ
目を真赤に泣きはらしながら、語ってくれる物語に、私ははじめて、あんなに面白い話をしているのに、始めから終りまで涙を拭き、泣きながら話を聴いておられた意味がわかり何という素直な、清らかな魂の持主であろうかと心の底から清められた想いでもらい泣きしました。この事実を見ても、根っからの悪人というものは絶対に居ないということがわかるのであります。また自分の上に現れる運命や環境がすべて向うにあるのではなく、自分の心にあることが納得できるのであります。ともかく人間は、他人の仕業や、相手次第で悪いことがあると思いがちであり、相手を変えることばかり考え、思うようにならぬと恨んだり、憎んだりするものですが、それは大変な間違いであることに気付かない限り、本当の救いも幸福も得られないのであります。
宗教が、知ることでも考えることでもなく、行ずることであり、生活することであることは谷口雅春先生がいつも教えて下さっているところであります。また、全てが心も持ち方、心の向け方如何にあることも充分に教えて頂いております。“不幸だ、不幸だ”といって悔やんだり苦しんだりしておられる方々は、今ここにある幸福を見失い、ありもしない不幸をあると思い違いし、見える条件ばかりを探して愚痴を並べている人達であります。足りないものやマイナス面ばかり探している人であります。有難いことやプラス面が一杯あるのに気付かずにいる人であります。
子供の問題なんかで苦しんでいるお母さん方は、大抵子供の欠 点や悪い面ばかり探して、子供の顔さえ見れば小言を言っている人達であります。通信簿をもらって来ても、折角4や5もあるのに、2や3ばかり探して文句を言いたがるのでありますが、それでは子供が善くなりようがないのであります。一つでも5があったら、それを認めて喜んでやり、褒めてやることです。4が一つでも二つでもあれば、それを喜んでやるのです。常にプラスばかり見る人は、ついに幸福を発見し、救われる人であります。極楽は発見した人にだけ存在するのです。極楽を発見する方法は、マイナス(不足)を一切見ず、プラス(満足)だけを見ることであります。
谷口雅春先生がよくお話になられることですが、先生が神経痛で苦しんでいるおばあちゃんを指導された時のお話です。あるとき神経痛のおばあちゃんが訪ねて来て、「先生、左の肘が神経痛で痛くてどうにもなりません。どうしたら治るでしょうか?」と尋ねたら、谷口先生は「そう、それはお気の毒だね」と優しく言って「右の方はどうもないかね」と言われておばあちゃんは「右は別にどうもありませんと申上げると、先生は「それは良かったね、貴女自分で歩いて来たの? 足は丈夫の様ですね」と訊かれて、おばあちゃんは「足はどうもありません」と言うと、先生は「それは良かったね。目は見えているようだね」と訊かれて 、「目はどうもありません」と答えると、「そう、それは良かったね。耳も良く聴こえているようだね」と訊かれ、「はい耳もどうもありません」「口も、ものがちゃんと言えるようだね」 と訊かれ、「口は何ともありません」といえば「それは良かったね」と言われ、次々と「肺も心臓も腸も、丈夫なようだね」と尋ねられ、おばあちゃんはその度に、「それはどうもありません、そこも丈夫なんですと答えると、先生は一つ一つ「それは良かったね」と言われ最後に「それじゃ悪いのは左の手だけかね?」と言われ、おばあちゃんは「そうなんです。この左の手だけで困っているのです」と答えますと先生は「そんなら悪いのは一つだけで随分良い所だらけじゃないかね。これからその沢山ある良い所を順々に御礼を言ったらどうかね。目が見えてありがとう。耳が聞こえて有難い、臭いがかげて有難い、ものが言えて有難い、右手が利いて有難い、肺が丈夫で有難い、心臓が丈夫で有難い、胃が丈夫で有難い、腸が丈夫で有難い、足が達者で有難いと良い所だけを一緒懸命御礼を言ってごらんなさい」 と教えられて、おばあちゃんは素直に実行したら、一週間位ヒョッと気がついてみたら、左手の痛みがいつの間に消えたか、すっかり治っていたというお話を聞いたことがあります。
痛い所をつかんで治そう治そうと思っているのは、焼けた火箸をつかんでいて冷くなろうと焦っているようなものであります。何がどんなになっていても、みんな心の影であり、実在しないのだから、心配することをやめて、唯有難いと感謝するのであります。昨日死んだと思えば、何でもありません。世の中には昨日死んだ人もあり、死んでも仕方がないのですから、今あることだけでも本当に有難いと感ずることが出来るのであります。
心配や恐れる心が不幸の生みの親であり、不幸の正体であります。反対に感謝と喜びが神であり、癒やす力であります。この神を顕わす生活が信仰生活であり、救いの根本であります。救われておりながら、気がつかなければ、一生知らずに過ぎてしまいます。花園で花に囲まれて、花に埋もれていても見る目が開いていなければ何にもなりません。極楽、天国を見出す方法と、天国に至る道を教えるのが宗教であり、人生の目的であります。正しい宗教に耳を傾けましょう。
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