| [1173] インターネット道場―――体験実話特集・平岡初枝先生「子供を見つめて」より(16) |
- 信徒連合 - 2015年11月19日 (木) 09時31分
インターネット道場―――
体験実話特集
平岡初枝先生「子供を見つめて」より(16)
<相手の気持になること>
「私は長い間教職にあって、小学校の校長の席にもいたのですが、ただ今お話しになった、相手の気持になってやるということ、つまり子供の気持になってやるという一つのことをはっきりつかんでいなかったばかりに、家庭教育についていまだに確信をもつことができませんでした。しかしただ今のお話をきいていて、そうだ相手の気持になってやることだ。そうしたらこの世で解決のできぬ問題なんてあるはずがない、と非常にうれしい気持になりました」
この方は、なお言葉をつづけて、 「この相手の気持になってやるという言葉で思いだしたのですが、うちには子供が五人いるのです。それで女房が忙しまぎれに、『うちには子供が多いので、うちには子供が多いので』とこぼすことがあるのです。先日も、そうした女房の言葉の後で、一人の子供が『お母さん、2、3人死んだらいいのやろう』といったことがあります。親は絶対そんな気持で言っているのではないが、それをきく子供の立場になってみると、どんなに淋しく感じたのかと反省して、すまない気持になりました」と正直な感想を述べてくださったのであります。
<死んだ子だけほめるお母さん>
この話が終わって応接間へ戻ったとき、四十歳あまりのお母さまがとびこんできて、「本当にすみませんでした」と何のことか、しきりに恐縮し、詫びていられる。初対面の方なのに、と不思議なおもいで聞いていると、話は次のようなことでした。
「私は三人姉弟の一人です。二人は弟、女は私一人でしたが、末の弟が十五のとき、かりそめの病気がもとでなくなったのです。すると母が大そうなげいて、あけてもくれても『あの子は、いい子であった。あの子は、やさしい子であった。あの子は親思いの深切な子であった』とこぼしているのです。
そのときは、もう二十歳にも近い私ではありましたけれど、それをきいていてたまらなく淋しい気になり、ある時、母に『お母さん、私と代わっていたら良かったんでしょう』と言ったことがあるのです。
すると、母が大そう怒って『この子は、まあ、親の気もわからないで』と叱られたのです。こんな体験をもちながら、今日の先生のお話をきくまで、やっぱり子供の気持になってやるということに気づかなかったのです。うちに帰ったら子供に手をついてお詫びしたい気持になりました」
全く心ないお母さんは、死んだ子供のいいところだけしかいわないで、現に今生きてくれている子供のいいところをいってやらない。自分は子供の気持になってやれないのに、子供が親の気持を察してくれないというのだから、大したものです。
どうかすると、うちは女の子ばかりで……と、つぶやく親がよくあります。そんなことをきいて育った娘は、必ずといってよいほど、心にひがみをもち、劣等感をもつものです。ちょっとした言葉でも、相手の気持を考えたとき、軽々しくは出せないものです。本当に心すべきだと思います。
<孫はわずか四人です>
かなり以前のことですが、私があるお家を訪れると、ちょうどその家の、もう七十歳を越したおばあさんと若奥さまとが縁先で話し合っていられるところでした。
そこへ、五つばかりの男のお孫さんがチョロチョロと出てきたので、私は思わず「お孫さんは、幾人おありですか」とたずねました。すると、お祖母さまは「はい、わずか四人しかおりません」とお答えになった。
私はこの「わずか四人」という言葉をきいて、何と美しい御家庭であろうと讃嘆せずにおれなかったのです。ちょっとの言葉でも、言葉は生きているのです。人の一生をつらぬく運命を形づくるのですから……。
私の知人に、こんな人もあります。嫁入った日、姑になる方が、「私は子供を五人も育てて、子供にはもうあきあき。孫の世話だけは、もうかんべんしてもらわにゃ……」といわれた。このお嫁さんは、そのとき「よし、もう一生涯、子は生みますまい」と心にきめた、それがそのまま生涯子なしの運命をつくったと嘆かれたことがあります。
まことに、言葉は運命を作るのです。くり返し申します。あなたが、いま子供に与えられた一言、そのときの表情が、子供に希望と自信を与えるものであるか、それとも反抗心や劣等感を植えつけるものであるか、時おりよく考えてみていただきたいのです。
<罵倒は励ましにならない>
親は、時々怒ること、罵倒することが、子供への激励になるように考えるものですが、これくらい愚かなことは、およそなかろうと思います。もっとも、こういったからとて、叱ったり罵倒したりするのは絶対いけないというのではありません。叱られ、罵倒されている方が納得のゆく叱り方、怒り方でなければならないというのです。
怒りは親の感情的な憎しみから出たものであっては、絶対に相手の魂に響くものではないだけでなく、子供の性格をゆがめ、子供を悪に追いやる種になることが多いことをいいたいのです。深い愛情から出たものでなければならない、といいたいのです。それよりは、むしろ逆に子供の美点を見て、それをほめた方が遙かに素晴らしい激励になるといいたいのです。
<ほめられて字が上手になった子供>
富山にいたときのこと、ある婦人会の会長をつとめていられる田中というお母さんがありました。その方が私の家を訪ねてこられて、こんな話をされました。
「うちの一番末っ子の幸雄は、今年小学校四年生ですが、字が下手で国語の帳面など汚なくて見られたものではありません。どうしたらいいでしょうか?」
それで、私はいいました。 「それであんたは、その帳面さえ見れば顔をしかめ、声をとがらして、『なんなの、この汚ない字。まるで烏が田をふんだような……』といっているのじゃないですか?」
田中さんは吹きだしながら、答えました。 「全くその通り。先生は、まるっきり千里眼のようですね」 「それで、子供さんの帳面は、きれいになりましたか?」 「よくならないからこそ、相談にきましたのに……」
「ああ、そうでしたね。田中さん、それでは私のいう通りにしてください。今日お帰りになったら、子供さんの読方の帳面を初めから終りまで丹念に調べてみてください。必ず、一字ぐらいは立派な字がありますから。それが見つかったら、その一字を見つめて他の字は見ないことにし、今までしたことのないようなうれしい顔と、今まで出したことのないようなうれしい声で次のようにいうのです。
『まあ幸雄、あんたは、こんな字も書けるの! これなら大したもんじゃないの。幸雄、大丈夫、あんたは、こんな字が書けるんだもの』
こういって祝福してあげるのです。あなたの表情の変わっただけ、あなたの言葉の変わっただけ、必ず素晴らしい答えが出るのですから……」
田中さんは、それから家に帰り、幸雄さんの帳面を克明に調べると、中に一字だけ、「自由」の「自」の字がかなりの形にかけていた。それで、その字をじっと見つめて、私のいった通りの言葉と表情を実行されたのです。幸雄さんは何もいわなかったが、いかにもうれしそうな気持を口のあたりにただよわし、それから机に向かって字を書き出したというのです。これまでにくらべて、格段にきれいに書けたということです。子供というものは、本当に可愛いものです。
<教師の協力を>
ところで、田中さんもさるものです。その帳面を携えて受持の先生を訪ねました。
「先生、うちの子の字の汚ないのは、もう何とも言いようがありません。今日からは少しずつ気をつけて書かせるようにします。でも、他のお子さんとは全然くらべものにはなりませんでしょうが、幸雄の字が前の日のとくらべてホンの少しでもよかったら、丸をつけてやっていただきたいのです」
こう頼まれたというのです。これは、まことに素晴らしいことです。私も学校の教師として20年も働きましたが、前より少しでもよかったら丸をつけてやってくれ、ほめてやってくれと頼まれた経験は、一度もないのです。
古い時代の教育であり、しかも富山県の農村地帯であったためでもありましょうが、当時のお母さんたちは、父兄会にきても、道であっても、「先生さま、きかん子です。叱ってでも、なぐってでも、いい子にしてやってください」といったものです。
ところが、このお母さんは、丸をつけてやってくれ、ほめてやってくれと幸雄さんの教育方針について教師に協力を求めに行かれたのですから、大したものではありませんか。しかも、昨日にくらべて、一昨日にくらべて少しでもよいところがあったら……と、これがまた素晴らしいと思うのです。
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